2006年11月アーカイブ

2006年11月30日

連載コラム11 楽園ロタ島:ランドシャフトで楽園を創る









前回の連載コラム10では、その建設について(再び)議論されているカジノ・プロジェクトについてお話し、楽園ロタ島での新しい観光のあり方を提案した。今回は、ロタ島に気持よい楽園を創るために、島の自然や環境、そして構造物(市街地、道路、建物など)に対する直感的で簡単な評価法について、近自然学から提案したい。その評価の物差しとなるのが『ランドシャフト』という新しい概念だ。



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1.楽園は『気持よい』所



皆さんは『楽園』と聞くと、をどんな情景をイメージされるだろうか?

いずれにしても、静かで、きれいで、自然豊かで、居心地よく、快く、そして気持よい場所だろう。そしてそれはある特定の人だけに当てはまるのではなく、楽園に住むすべての人たちに共通のことに違いない。



楽園をヴィジョン(理想像)としたロタ島では、当然のことながら、住んで気持よい場所の実現を目指す。どうしたら、そんな素晴らしい楽園が実現できるのだろうか? 近自然学ではどんなソリューション(解決策)を用意しているのか?



そのためのツール(道具・方策)が『気持よい』をキーワードとした『ランドシャフト』なのだ。



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2.ランドシャフトとは?



ランドシャフト』とは、かつて『景観』と日本語に訳されたドイツ語だ。しかし、景観という表現は(一般的には)見た目を主に意味するので正確な訳語ではない。そこで、最近では『景域・風景・風土・情景・心象風景』などと様々な表現が使われるようになった。英語の『ランドスケープ』に相当するが、その意味するところは少々異なる(注1)。ドイツ語のランドシャフトのでは、近年のヨーロッパにおける環境・エコロジー・人間心理などに対する意識の変化に伴い、その意味が大きく変わりつつある。最先端の意味は『五感+心(感動)』だ。つまり、視・聴・嗅・味・触覚という五感で感知する事柄と、それによって我々の中で起こる感動・恐れ、好き嫌いなどの感情や心の動きを足し合わせた物のことだ。



例をあげよう。今、ロタ島の小道を散策してるとしよう(写真)。








ロタ島の素晴らしい眺望を堪能しながら歩く。珍しい小鳥との出会いにワクワクし、その愛らしい姿やさえずりを心から愛おしむ。潮の香りをはらんだそよ風に疲れた心身が癒され、柔らかい草原の小道を踏みしめる感触を一歩一歩楽しむ。そうすると、心の底から生きている歓びが湧き上がってくるだろう。



素晴らしい景色はもちろんランドシャフトの重要な要素だ。しかし、我々は景色を見ているだけではない。同時に、風の音、潮騒の音、小鳥のさえずり、場合によっては雨の音、山鳴り、雷鳴……などに耳をすます。これらの音も重要なランドシャフトだ。また若葉の香り、草花の匂い、風の香り、雨の匂い、磯や潮の香り……などを嗅ぐ。これらの匂いもランドシャフトに欠かすことができない。さらにフルーツやハーブや水や食事の味……これらもランドシャフト。そして、風が頬を撫でる感触、小道の砂利や草を踏みしめる感触、海で泳ぐ時の波の感触、食事の時の歯ごたえや舌触り、着物の肌触り……これらの感触もとても重要なランドシャフトなのだ。

以上が五感で受け取る情報だが、さらにそこから生じる我々の中での反応がある。感動、興奮、安心、愛おしさ、憐憫、恐れ、不安、畏怖、畏敬、ワクワク、イライラ、ドキドキ……などの感情だ。つまり心の動き。



つまり、これら全てを合わせた物が『ランドシャフト』なのだ。



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3.良いランドシャフトとは?



では、『良いランドシャフト注2)』とは何なのだろう?



それは『気持よい』ことである。つまり『グッド・フィーリング』だ。

もっと言うと、快い、心地よい、居心地よい、美味しい、美しい、楽しい、愉快、好き……などなど。誰しも、こんな状態が大好きだし、いつもそうありたいと願っていよう。



しかし、もしかしたら皆さんは気持よいことに、一抹の不安とある種の後ろめたさを感じてはいないだろうか。または、快楽主義(注3)と取り違えていないだろうか。快楽は快く楽しいことなので、素晴らしいのだが、快楽、それも肉体的官能的な快楽が人生における唯一の目的となる快楽主義は少々問題があるかもしれない。肉体の快楽に耽るという状態に我々はモラルからだけではない抵抗を本能的に覚えるわけだ。



『気持よい』のは、本当はとても重要なことなのだ。



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4.気持よいと……生き延びやすい!



なぜ『気持よい』のが重要なのか?



それは、『素晴らしい人生』を実現してくれると同時に『生き延びやすい』ことにつながるからだ。



それはなぜか?



我々人類はその数百万年の歴史の中で何度も危険な目に遭ったであろう。そんな危機を乗り越えれなくて消えていった人類が沢山あることも分かっている。しかし我々の祖先はその都度うまく危機を回避してきた。だから、今、我々が生きているのだ。つまり、我々には危機を敏感に察知しそれにうまく対処する能力が備わっているのだ。

地球上の他の動物たちのそれと同様に、我々の五感(視・聴・嗅・味・触覚)も危険を察知するセンサー(外界の情報を検出し伝送する器官)として発達したことが分かっている。このセンサーがとても鋭敏なので、我々は生き残ったとも言える。もちろん、危険のあるなしを危険や安全としてダイレクトに認識する場合もあるだろう。しかし、それは大きな危険の場合であって、危険がもっと小さい場合、我々はどう感じるのだろう?



それが、『気持よい・気持わるい』なのだ。



危険センサーである五感に違和感がないのが『気持よい』状態だ。これは我々が、危険が少ない、食物や水が豊富にある、健康によい、子孫が繁栄する、生き延びやすい……などを直感的本能的に察知しているという意味である。快い、心地よい、居心地よい、美しい、美味しい、愉快、好き……などもそれだ。

逆に、危険センサーである五感に違和感がある状態が『気持わるい』だ。これは我々が、危険が潜んでいる、食物や水が少ない、健康を害する、子孫が繁栄し難い、生きていく上で不都合がある、生き延び難いことなどを直感的本能的に察知してるという意味だ。不快、心地わるい、居心地わるい、醜い、不味い、不愉快、嫌い……なども同様である。



つまり、『気持よい』のはとても重要なことなので、もっと大事にしたい。








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5.良いランドシャフトと悪いランドシャフト



我々人類には危険を察知する能力が備わっていて、それは『気持よい』『気持わるい』という形になって現れることをお話した。そうすると、「『気持よい、気持わるい』は個人的な物で、人によって違う」という反論が来そうだ。確かにその通りだ。しかしながら、人類に共通する基準があることも事実らしい。私が今までスイス人、ドイツ人、日本人、アメリカ人、チャモロ人などに講演した際に確かめた経験からも、それは言えそうだ。



ここで、いくつかの写真をお見せしよう(写真8対)。皆さんは、対の写真の左右のどちらを気持よいと感じ、どちらを気持わるいと感じるのだろうか?






左のような直線道路では事故が多いことが分かっている。右の蛇行した道路は環境に配慮してるだけではなく、運転しやすい上に安全なのだ。

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右の小川の方が魚を含めた動植物が格段に多い。つまり食べ物が豊富ということ。水質浄化能力も高く、しかもローコスト。思わず入って行きたくなる。

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右の川では動植物が多く、水辺へ近づけ、水質浄化能力も高い。しかも水害に対する安全性もしっかり確保されている。

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右の混交林は下草も生えて植生が豊かだ。野生動物のエサも多い。

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右はスイスの中世の町並みを残している街。クルマは通行禁止で排ガスがなく、街に住民の生活が感じられる。

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右は交通量が少なく木陰も涼しげなロタ島の道。思わず歩きたくなるのでは?

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左の高潮堤は住民の生命財産を守るための物だ。問題は、危ない場所に人間が住むことと、住民が海と折り合いをつけて生きる知恵を失ってしまったことだろう。子どもの頃遊んだ静岡の浜が高潮堤で覆われてしまったショックから、私はいまだに立ち直ることができない。

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左は典型的な近代文明のしわ寄せであるゴミ。使われる材料や製造はすべて石油依存である上に、素材が製品の耐用年数を過ぎても自然分解しないのでゴミとなりやすい。右はチャモロの伝統的文化である丸木舟。ロタ島でとれる木を使ってマンパワー(人間の労働)で作られる。しかも壊れたら薪として利用できる。エンジンが付いていないとバカにしてはいけない。モーターボートは石油がなくなったらどうするのだろう?

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様々な国や文化の人々に、上のような写真を見せながら「Do you habe a good feeling?(気持よいですか?)」と聞いたわけだが、例外なく左の写真を「No!」と、右の写真を「Yes!」と答えた。実は私自身もそう思うのだが、恐らく、皆さんも同感なのではないだろうか。この共通性は偶然ではない。



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6.近自然学からの提案:ランドシャフトを使ってロタ島に真の楽園を創ろう!



危険に対しての感覚に関して、細かな個人差は当然あるだろうし、国や文化による違いもあるかもしれない。しかし、おおまかには全世界の全人類が似たような感覚と反応を持っているようだ。それは頭で考える理屈ではなく、誰でもが直感的本能的に感じるもので、もしかしたら遺伝子の中に何らかの形で書き込まれている可能性もある。動物は学習しなくても危険に対して正しく反応できることが分かっているからだ。

我々人類の場合、小さな危険の有無に対しては『気持よい』かどうかという形で現れる。そしてそれは同じような危機を乗り越えてきた人類が共通に持つ危険察知能力のようだ。現在の環境や気象の変化に対して、多くの人が「何かおかしい」という違和感を持っているが、これも我々の危険察知能力が警鐘を鳴らしていると理解できよう。



そこで、この誰もが持つ危険を察知する能力を活用して、自然や環境やまちを住みやすくてきれいな上に、健康で安全にしたい。つまり、『気持よい』かどうかで、自然や環境やまちを見直し、より『気持よい』方向へ改善しようというわけだ。もちろん、専門家による科学的な調査と評価が不要なわけではない。しかし、『ランドシャフトと気持よさ』による評価なら誰でも参加でき、しかもかなり正確な評価が瞬時にくだせる。誰でも参加できるので多くの人たちが参加できよう。それは広い範囲に監視の目が行き届くことを意味する。また、瞬時に評価できるということは迅速な対応が可能という意味であり、自然環境が破壊されて取り返しがつかなくなる前に対処できる可能性が高くなる。



広い範囲を緩やかに監視するのは、危機管理の鉄則ではないか(注4)。



近自然学からの提案:ランドシャフト(気持よさ)を使って環境を見直し、ロタ島に真の楽園を創ろう!



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2006年11月29日、スイス近自然学研究所にて




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注1)英語の『ランドスケープ』に相当するが、その意味するところは少々異なる

ランドスケープはアメリカで発達した学問で、当然のことながら、広大で厳しいアメリカの自然条件が強い影響を与えている。そこでは、主に都市景観を対象としていると言われる。つまり、デザイン的な意味合いが強いわけだ。

それに対して、スイス・ドイツ・オーストリアのランドシャフトは、造園学から独自に発達した景観工学に根ざし、自然も田園も都市もその対象となる。特に、近年では人間との関わりが重視されるようになった。つまり、人間がどう感じるかを考えて対処することだ。





注2)良いランドシャフト

良い悪いは我々の判断の問題だ。良いとは我々にとって都合の良いという意味。故に、良いランドシャフトとは、我々に都合の良いランドシャフトということ。





注3)快楽主義

古代ギリシアに始まった倫理学のひとつであるヘドニズムのこと。

快楽(特に、官能的な欲望の満足によって起こる快い感情)を人生の最高で唯一の目的、または唯一の善と考え、行動の原理(行動の正しさや義務の基準)とする立場、または生活態度のこと。18世紀のフランスにおける唯物論や功利主義にも通ずるだろう。

快楽のみを追い求め苦を避けようとするため、場合によっては、利己主義、功利主義などにもなり得る。故に、主義そのものは個人の自由だが、社会生活の上からは問題が生じやすいと言えよう。





注4)危機管理の鉄則

危機管理上でよくないのは、狭い範囲だけを徹底的に監視することだ。問題がそこで起こるかどうかは確率の問題でもあり、外れた場合は破滅を意味する。

むしろ広い範囲を緩やかに監視し、ある場所で何か異変らしき兆候が見付かったなら、そこを徹底的に調査する。その方が、破滅の危険性を減らせるので、好都合だ。


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2006年11月29日

【対談】 日本の若者に未来はあるか(4)再チャレンジ支援策

永井俊哉と峯山政宏による四回にわたる対談の第 四回目。安倍内閣は、再チャレンジ支援策の一環として、年長フリーターの正社員化を推し進めているが、この政策は正しいのか、これからの労働はどうあるべきかを論じる。

永井俊哉と峯山政弘
永井俊哉(左)& 峯山政宏(右)

峯山:前回は、前置き的な議論が長くなりましたが、今回は、最終回ですから、若者の雇用の問題を正面から捉えたいと思います。

永井:バブル崩壊後の不況のおかげで、新卒の就職は、長い間、超氷河期と呼ばれるほど厳しい状況が続いたのですが、2002年以降は景気がよくなり、今では企業が人材難で悩むほどで、新卒の就職難の問題は、過去の話になりました。他方で、この10年間の超氷河期に正社員になれずに、フリーター生活を余儀なくされている、25-34歳の、所謂「年長フリーター」の存在が大きな社会問題となっています。

峯山:景気がよいのであれば「年長フリーター」を再雇用するということはできないのでしょうか。彼らにしても正式な職が見つかるので良いと思うのですが。

永井:それが難しいようです。安倍政権は、再チャレンジ支援策を重要施策に掲げて、年長フリーターの正社員化を推し進め、厚生労働省も、来年度予算で26億円を新規要求し、対策を練っています。しかし、日本経団連の調査では、年長フリーター採用に前向きな企業はわずか1.6%で、24.3%は採用する意思がないとのことです。日本経団連のある会員企業の人事担当者は「ずっとフリーターだった若者を一から教育する考えはない」と言っています。

峯山:日本の企業は年功序列社会ですからね.今までフリーターとしてやってきた、年長の若者に年齢に見合う賃金を支払うのはもったいということだと思います。ところで安倍政権の再チャレンジ制度とはどのようなものか具体的にご説明いただけますでしょうか。

永井:文字通り、失敗しても、何度でも再チャレンジできる社会という意味です。その理念は正しいのですが、年長フリーター支援策に関して言うと、なぜあえて正社員にしなければいけないのかという根本的なところから疑って考えなければいけません。

峯山:永井さんは再チャレンジ支援策の理念自体はよいけれども、その方法論に賛成できないということでしょうか。

永井:年長フリーターの正社員化の推進は、正社員が理想の雇用形態であるという価値観が前提になっているわけですが、その前提を疑わなければいけないということです。峯山さんが「若者はなぜ会社をやめるのか」で書いているように、「なんでもそつなくこなせるタイプの人材」を正社員として雇い、公私にわたって会社がその社員の一生の面倒を見る時代は終わっています。正社員を増やすという政策が時代の流れに反しているわけです。

峯山:それでは今の時代の流れに沿った理想的な再チャレンジ制度とはどのようなものでしょうか

永井:現在企業は、正社員を減らし、代わりにアウトソーシングをするようになりました。フリーターも、専門的な技能を身につければ、フリーの身分でアウトソーシングの仕事を取ることができます。自分で会社を作れば、さらに大きな仕事ができるでしょう。うまくいけば、正社員になるよりも、収入や働き甲斐は大きくなります。

また、再チャレンジ推進委員会は、「再チャレンジ創業の資金調達支援、個人保証に過度に依存しない融資の推進」を提案していますが、国際的に見て著しく不利な日本の起業環境を改善することは必要なことです。

峯山:フリーで生きていく能力を身につけるのは並大抵のことではありません。頑張ればフリーでアウトソーシングの仕事を取れるのは良いと思いますが、多くの人が仕事が取れずに没落してしまうのではないでしょうか?また正社員の存在は日本人の年功序列社会を前提にしてきました。私もそのような時代も確実に変わってきていると思いますが、年功序列型が向く企業とそうではない企業の2通りがあると思います。後者は主として技術の移り変わりの激しいIT産業などを指します。

永井:売れるものができたら、それをウェッブ上で宣伝してみてください。私も自分のサイトを持っているおかげで、いろいろなところから仕事の依頼が来ます。

峯山:永井さんはどちらかというと普通の人ではなくて、特別な人です。普通の人が、自分でアイデアを出して、ものを作って、webで公表するなんてできるわけないと思います。普通の人でもそれなりに生きていけるのが年功序列制度ではないでしょうか?正社員がすべて廃止されて、個人がフリーで生きて行かなくなると、社会は大変不安定化します。

永井:企業内でも、成果報酬制が採用されるなど、社員が自営業化しています。正社員であろうがなかろうが、雇用は不安定化しています。不安定化するというと悪いことのように聞こえますが、要は、機動力が高くなるということです。安定的で全体主義的な雇用形態は、工業社会に適応的ですが、情報社会には向いていません。

峯山:情報化社会が到来すると言っても、工業社会が全くなくなるわけではありません。日本は高い工業技術力によって世界的に認められてきました。会社内の技術の蓄積の重要性を考えて、年功序列制度と成果主義の可否について検討しなければいけません。

永井:私が言っている情報社会というのは、知識集約型の社会という意味で、業種は関係ありません。農業であれ、工業であれ、知への投資が重要な役割を果たすということです。正社員であれ、フリーターであれ、単純労働をやっている限りは、未来はありません。

今働いている、これから働こうとする若者には、自分がやっている、あるいはこれからやる仕事が、ロボットやコンピューターあるいは発展途上国の労働者にもできる仕事なのか、それとも自分でないとできないような仕事であるのか自問してほしいと思います。

峯山: 知識集約型の社会になると、誰でもできる単純労働しかできない人は生 きてはいけないということですね。厳しい結論のようですが、頭を使わ なければいけないという点で、より人間性を求められる社会ででもある と思います。私は大切は大学時代を遊ぶために使うのではなくて、自分 の人生の方向を考える有意義な時間にしていただきたいと思います。永井さん、長時間にわたるおつき合いありがとうございました。

参考

新春特別号

コラムニスト募集

対談1 峯山政宏と孔明(1)

対談2 峯山政宏と孔明(2)

対談3 峯山政宏と孔明(3)

革命者

若者を犠牲にする社会

国民の品格を復活せよ

若者はなぜ会社をやめるのか

格差社会

アジア通貨危機

あやうい高所得者層

なぜ古代ローマ帝国は滅亡したのか

2006年11月28日

石油枯渇後の世界

石油がなくなり、石油に代わる代替エネルギーが開発されなかったらどのような世界になるだろうか?ちょっと頭の体操をしてみよう。

1.ジェット機はなんらかの燃料によって飛び続けるだろうがその価格は高騰するだろう。一般の人が現在のように気楽に外国の観光旅行に出かけることはできなくなるのではないか。
ということは一般の人は再び蛸壺に戻り、世界を認識できなくなることを意味する。文化の違いを認め、その価値を受け入れることはなくなるだろう。一つの国の文化を絶対的なものと考え、偏狭なナショナリズム、愛国心が復活することだろう。

一部の国で理不尽な政治が行われても現在のように国際社会の批判を浴びることは減るのではないか。少なくとも一部の世界を理解している人たちが批判しても一般大衆の賛同は得にくくなると思われる。

2.世界が消失すると言うことは、現在でも機能不全が疑われる国連がさらに存在意義を失うことになりかねない。UNESCO、UNICEF、WHO等の国際機関も同様である。国際的に批判を浴びがちだった独裁国家はほっと一安心するとともに、いままで民主国家だった国々から独裁国家に切り替わる国が出てくる可能性も否定できない。世界の評判を気にして、民主国家の体裁をとっていた国は、喜んで独裁体制をとることだろう。

3. 現在のトラック輸送は経済的に成り立たなくなる可能性がある。自家用車も一部の富裕層にのみ許される贅沢品に戻ることになる。一般の人々の行動圏は歩いていける範囲、自転車でいける範囲に限定される恐れがある。

4. ということは地産地消、近くで作られたものしか一般の人は入手し難くなるだろう。大げさに言えば昔の「鎖国状態」に戻りかねないということだ。少なくとも人々の住む世界が狭くなることは確かだ。

5. エネルギー価格は全ての物価水準を決定する。したがってエネルギーの価格が高騰すれば、すべての物価が高騰する筈である。結果として一般の人たちの生活水準は下落する。
また、輸入食料の価格が上がれば、これを買えない人も出てくるだろう。
特に農業は壊滅的な打撃を受ける恐れがある。大型農業機械を使った大規模農業は成り立たなくなるかもしれない。アメリカの大規模農業が成立しなくなれば日本のような食料輸入国は食糧難になる恐れがある。日本の農業も小規模ではあっても石油に全面的に頼っているので現在の兼業農家は立ち行かなくなるだろう。
日本で餓死者が出ることは想定し辛いが、こうなると考えられることである。特に高齢者の死亡率は上がり、平均寿命は下がると思われる。

6. このような世の中では、暴力が昔の地位を取り戻すのではないか?無理が通れば道理が引っ込む時代が再び来る。
筋肉の強さが再び価値を持ち、家庭内暴力が増えて、当たり前になる。或いは暴力団が表の世界に出てきて、庶民の人気を集めるようになるかもしれない。女性の権利は再び無視される可能性が高い。

7. この世界で電気をどうやって起こすかが、生活水準の下落をどの程度に留められるかを決めるだろう。
水力発電は生き残るだろう。良い代替エネルギーが生まれていれば火力発電も生き残れるかもしれない。原子力発電はどうだろうか?もし原子力発電のエネルギー収支がマイナスならば生き残れない可能性がある。しかし、電気代の高騰は避けられないだろう。代替エネルギーの開発がうまく行けば、電車は生き残れるかもしれない。そうすると先に私が予測した国内交通は多少改善される可能性がある。

8.電気が起こせれば、通信(電話・インターネット)が生き残れる可能性が生まれる。これが残れば人々の世界は少し広がる。しかし、人は情報だけで生きていけるわけではない。

2006年11月27日

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL129

今回は、イラク戦争の結果が見えたことで、遂に始まった、NATOの発展的解消及び、海洋国家連合結成と中東問題につき、前例としての3C政策と3B政策との対比において、検討してみたい。

<参考>
------------引用--------------
http://www.asahi.com/international/update/1122/005.html?ref=rss
NATO、日本など「グローバル・パートナー」承認へ
2006年11月22日10時11分
 米国務省のバーンズ次官は21日、ラトビアの首都リガで来週開かれる北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で、NATOの加盟候補国ではないもののアフガニスタンなどで密接に協力する日本や韓国など5カ国を対象に、「グローバル・パートナー」と名づけた新たな協力国グループとして組織、共同訓練などの活動を強化するよう米国として提案する、と明らかにした。
 バーンズ次官は、首脳会議にあわせた大統領のエストニア、ラトビア歴訪に関する事前説明の記者会見で語った。NATOが、冷戦下の対共産圏同盟から、地球規模での対テロ戦に対処する集団安全保障機構へと性格を変えてきたとみなしての制度改革の一環。首脳会議で承認される見通しだという。
 同次官によると、5カ国は日韓のほか、オーストラリア、スウェーデン、フィンランド。このうち、日韓豪は地理的にみて、NATO加盟国の条件である欧州大西洋地域に含まれないため、加盟候補国の対象に入らない。欧州の2カ国は国是として中立政策を保っているため、現時点ではやはり加盟は現実的な選択肢として検討の対象になっていない。
 だが、どの国もアフガニスタンで、軍事作戦または民生面に関してNATOと密接な協力関係にある。イラクやバルカンの紛争後処理などでも存在感を示してきた。各国ともNATOとの関係強化に熱意を見せているため、現実の環境に合わせた協力国の分類を新たに設け、関係を制度化することになった。
 具体的には、共通の脅威に関する戦略的な対話や、軍事作戦に関する共同訓練をより頻繁に実施することなどが考えられているという。
------------引用--------------
------------引用--------------
安倍首相:インド首相来日時、米豪加えた戦略対話目指す 毎日新聞 2006年11月23日 19時13分
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20061124k0000m010043000c.html
 安倍晋三首相は来月13日に来日するインドのシン首相との会談で、米国、オーストラリアを加えた4カ国による 戦略対話の実現を目指す方針だ。地域協力などを話し合う「緩い結合体」(外務省幹部)からスタートさせたい考えで、 既に各国と事務的な協議を進めている。ただ政府内には「中国包囲網のような印象を与える可能性がある」との懸念 がある上、米国も明確な立場を示しておらず、実現までには曲折も予想される。

 「アジア太平洋地域において、日米豪印の4者が対話を深めることは有意義だ」。麻生太郎外相は16日、ベトナム・
ハノイでのライス米国務長官との会談で、4カ国の戦略対話実現を目指す考えを伝えた。

 安倍首相は自由と民主主義という「基本的価値観」を共有する国々との連携をうたい、就任前からインドやオーストラリアとの戦略対話実現を公約に掲げた。日米豪の3カ国には既に、安全保障問題などを協議する閣僚級の戦略対話の枠組みがあるが、政府はインドとの関係強化も模索。先月末に来日したインドのナラヤナン国家安全保障顧問とも、対話実現に 向け協議した。

 ただ、非同盟国として全方位外交を進めるインドは、シン首相が21日に中国の胡錦濤国家主席と会談するなど中国との 関係強化も重視しており、日米豪印4カ国での戦略対話には慎重論もある。安倍首相は15日の米CNNなどのインタビューで、 戦略対話について「中国に対抗するものではない」と強調するなど「中国けん制」論の否定にも努めている。【大貫智子】
------------引用--------------
中東には5千年以上の歴史があるが、現在に直接連なってくるのは第一次世界大戦の戦後処理において、ドイツ側に立って参戦したオスマントルコが解体され、英国がその利権を手中に収めた頃からだろう。この経緯を見ることは、現在につながる中東問題の根源やドルやユーロといった問題を理解する上で、必要不可欠であり、多くの示唆を与えてくれる。

 第一次大戦で敗戦したドイツにおいて、特筆すべきは、優れた外交手腕を発揮したのは、プロイセン首相を務めたビスマルクの外交政策との対比である。ランドパワーたるプロイセンの周囲には、ロシア、オーストリア、フランス、イギリスという列強があり、神聖ローマ帝国全体をさえ纏め得ないプロイセンに勝機はあり得なかった。

 ところが彼は、列強各国が抱いていたフランス憎しの感情を利用して対仏同盟を主導し、最終的に普仏戦争に勝利してフランスに城下の盟を誓わせた。対内的にも恐怖政治を誘導することなく、巧みな内政を駆使し、オーストリアを除く旧神聖ローマ帝国領の大半を併呑した。
 最終的に武力行使という手段を使ったが、これはフランスに外交上の完全な敗北を認識させるために行使したもので、国を賭けての戦争ではなかったことに特徴がある。あくまで外交というソフトなアプローチで望み、ときには利益をちらつかせ、ときには威嚇を見せつけ、武力行使を極力伴うことなく戦略上の勝利を築き上げた。
オーストリアと戦争した際には、ウィーンまで進軍すべしという参謀の進言をはねつけ停戦し、後の対仏戦の際のオーストリアの好意的中立を勝ち取った。彼は、戦争の勝利と戦力均衡による和平を人生においてともになしえた、稀有の宰相だ。彼は孫子を読んでいたといわれる。反対に、ウィルヘルム皇帝は第一次大戦後、亡命先のオランダで孫子を手に取り、「もっと早く読むべきだった」と悔やんだとされる。

 ビスマルクを失って以降、ウィルヘルム皇帝の海外植民政策はイギリスのそれと対立し、第一次大戦に至る。シーパワーがランドパワーの海洋進出や中東進出をどうやって阻止するかの典型が、この期間の英独関係なので、詳細に見てみる。
ビスマルクはドイツ帝国には海外植民地は不要との立場だった。外交政策を尽くした上で、その延長に必要最小限の戦争を考える、孫子にも通じる戦略である。しかし、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世とその配下の官僚は宰相ビスマルクを解任した。というのも、ビスマルクがヨーロッパ諸国の動きを慎重に見極めた外交を展開していたのに対し、この皇帝と官僚は世界進出を目指した夜郎自大の外交を展開したかったのだ。この点、元老という国家のリーダを失い、官僚国家となった、昭和期の日本とよく似ている。

 ヴィルヘルム2世は1898年、1900年の2回にわたり制定された艦隊法によって艦隊を拡張し、海軍力を強化させた。
この当時、「ドイツの将来は海上にあり」とのスローガンがあった。
 これにイギリスが非常な警戒をした。1906年にイギリスは、それまでの艦船よりも攻撃力を飛躍的に増大させたドレットノート級を建造。さらに、イギリスの植民地だったカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどに独自の海軍を認め、より機動的にイギリス系の海軍が活動できるようにし、ドイツの動きに対応した。1890年、ドイツでビスマルクが引退すると、ヴィルヘルム2世(位1888~1918)はロシアとの再保障条約の更新を拒否した。
 そのため、ドイツから離れたロシアはビスマルク外交によって孤立していたフランスに接近して露仏同盟(1891~94年に成立)を結んだ。
 露仏同盟の成立によって、ビスマルクが最も恐れていたドイツが東西からロシア・フランスにはさまれる状況が現出した。
 ドイツは露仏同盟の成立後ロシアの東アジア進出を支持し、自らはバルカンから西アジアへの進出をはかり、3B政策を推し進めた。
 3B政策はベルリン(Berlin)・ビザンティウム(Byzantium)・バグダード(Bagdad)を結ぼうとするドイツの西アジアへの進出をはかる帝国主義政策の代名詞で、主要3都市の頭文字をとってこう呼ばれている。 まさに、ランドレーンによる中東の「囲い込み」を狙った政策だ。
 ドイツは、1899年にトルコからバグダード鉄道(トルコのコニアからバグダードを経てペルシア湾に至る予定線)の敷設権を獲得し、1903年にはバグダード鉄道会社を設立し、3B政策の中心として建設を進めた。バグダード鉄道は1918年までに3分の2が完成し、この間トルコにおけるドイツの勢力が著しく強まった。
 なおバグダード鉄道は、広義には19世紀末以来のドイツ資本による近東での鉄道事業の総称としても使われる。
 ドイツの3B政策はイギリスの3C政策を脅かすこととなり、また両国の激しい建艦競争も相まってイギリスとドイツの対立は強まった。この両政策は中東を囲い込むのに鉄道を使うか、船を使うか、すなわち、ランドパワーとシーパワーの中東争奪戦であり、第一次大戦の原因になった。
 イギリスは20世紀の初頭まで「光栄ある孤立」を誇ってきたが、ロシアの東アジア進出に対抗するために「光栄ある孤立」を捨てて1902年に日英同盟を結んだ。
 1904年に日露戦争が始まると、日本の同盟国であるイギリスとロシアに同盟国であるフランスは日露戦争に巻き込まれることを避け、ドイツに対抗するために1904年に英仏協商を結んだ。
 イギリスとフランスは英仏協商によって、エジプトにおけるイギリスの、モロッコにおけるフランスの優越権を相互に承認して長年にわたる植民地をめぐる対立を調整した。
 なお協商とはゆるい国家間の協力提携の関係をいう。
 日露戦争で東アジアでの南下政策を阻止されたロシアは再びバルカンへの進出をはかってドイツ・オーストリアと衝突するようになった。
 そのためロシアは、1907年にイギリスと勢力範囲を協定して英露協商を結んだ。英露協商ではイランの北半分をロシアの、イランの南東部をイギリスの勢力範囲として分割し、ロシアはアフガニスタンにおけるイギリスの優越権を認め、またチベットについては中国の主権を認めて相互内政不干渉を協定した。
 この英露協商の成立によって、従来の露仏同盟・英仏協商と合わせて、イギリス・フランス・ロシアの間に三国協商と呼ばれる協力関係が成立し、三国同盟(ドイツ・オーストリア・イタリア間の軍事同盟)と対立することとなった。
 イタリアは統一後北アフリカのチュニス進出をねらったが、フランスがチュニスを保護国とすると(1881)、ドイツ・オーストリアへの接近をはかり、1882年に三国同盟を結んだ。
 しかし、イタリアは「未回収のイタリア」(イタリアは1870年以後もオーストリア領にとどまったイタリア人居住地域のトリエステ・南チロルを未回収のイタリアと呼んでその併合を要求し続けた)をめぐってオーストリアと対立した。
 そのため、イタリアはその後フランスに接近し、トリポリにおけるイタリアの、モロッコにおけるフランスの優越権を相互に認めて1902年に仏伊協商を結んだ。
 領内に多くのスラヴ系民族をかかえていたオーストリアはパン=スラヴ主義(スラヴ民族の独立・団結を主張する立場)の影響を恐れ、3B政策を推し進めているドイツと結んでパン=ゲルマン主義(ゲルマン民族や国家の団結を主張する立場)を唱えてバルカンへの勢力拡大をねらった。
 1908年にオスマン=トルコで青年トルコの革命が起こると、この混乱に乗じてブルガリア(スラヴ系国家)はトルコからの独立を宣言し(1908.10)、オーストリアはボスニア=ヘルツェゴヴィナを併合した。
 ボスニア=ヘルツェゴヴィナはスラヴ系住民が多く、パン=スラヴ主義の先頭に立ったセルビアがかねてより併合をねらっていたので、セルビアはオーストリアに対して激しい敵意を抱き、また再びバルカンへの進出をはかるロシアとオーストリアの間にも緊張が高まった。
 ロシアは、1912年にセルビア・ギリシア・ブルガリア・モンテネグロの4カ国の間でバルカン同盟を結成させ、これを指導下においた。
 バルカン同盟4カ国は、イタリアがトリポリ・キレナイカを奪おうとしてイタリア=トルコ戦争(伊土戦争、1911~12)を起こすと、これに乗じてトルコに宣戦した(第1次バルカン戦争、1912.10~13.5)。
 トルコはただちにイタリアとの戦争を終わらせてバルカン同盟4カ国と戦ったが敗れ、イスタンブルを除くバルカン半島に残されていたトルコ領の大部分とクレタ島をバルカン同盟4カ国に割譲した。
 しかし戦後、領土分割問題からブルガリアとセルビアが対立し、ブルガリアがセルビア・ギリシアを攻撃して第2次バルカン戦争(1913.6~13.8)が始まった。
 セルビア・ギリシア側にはモンテネグロの他にルーマニア・トルコも参戦したので、ブルガリアは大敗し、ルーマニア・セルビア・ギリシアそしてトルコにも領土を割譲した。そのためブルガリアは以後ドイツ・オーストリアに接近するようになった。
 バルカン戦争によって勢力を伸ばしたセルビアとそれに反発するオーストリアの対立が激化し、それにともなってパン=スラヴ主義とパン=ゲルマン主義が激しく対立したのでバルカン半島は「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれるようになった。第一次世界大戦は一般的には、バルカン半島の支配権をかけ、汎ゲルマン主義と汎スラブ主義の衝突から起き、そして、欧州の枠組みを変えたとされる。
確かにそのとおりだろう。しかし、第一次世界大戦の真の意味は、ドイツの3B政策と英国の3C政策の衝突の結果、オスマントルコの解体がもたらした中東の枠組み変容である。この視点はどういうわけか、世界史の教科書などでも大きくは扱われない。

 何故だろうか。それは、第一次世界大戦で決定されたこの地域の枠組みが、現在の中東情勢そして世界情勢に直接インパクトを与えておりまだ、歴史ではなく、リアルタイムの問題だからだろうと推察される。

 重要な点として、欧州の枠組み変容は欧州というローカルな地域の問題だが、中東の枠組み変容はエネルギーの供給地であるため世界的グローバルな問題なのだということを念頭に入れてもらいたい。G8で中東が主要議題となり、アメリカが中東に戦略重心を移行しているのもそのためだ。

 「石油が戦略エネルギーである限り、中東を制するものは世界を制する」と考えているのだ。中東をハートランドと考えれば、まさしく、マッキンダーに通じる大陸派地政学の実践だ。

 このような観点から、世界的グローバルな視点から考えた第一次世界大戦の真の意味はオスマントルコから英国への中東利権移行、第二次世界大戦の真の意味は英国から米国への中東利権移行というのが正しい。ドイツや日本の枠組み変更は、ローカルな話なのだ。

 第一次世界大戦の推移については、詳述を省くが肝心のメソポタミア戦線において、1916年4月26日ロンドンに於いて、サイクス(イギリス外務省・中東担当官)とピコ(フランス前駐ベイルート領事)との間でパレスチナからメソポタミアに渡る広汎な地域を含む旧トルコ領土の戦後処理について秘密協約が結ばれた。サイクスピコ協定は当時の秘密外交の所産であり、英仏以外の意見は斟酌されていない。

 協定の骨子はまずバクダットとエルサレムの間に線を引き、その北部をフランスの影響地域、南部をイギリスの影響地域とする。そのうえであるアラブ人王(ハシミテ家から予定)のもとで王国を建設するが、両国の影響下に置かれることに変わりはない。内容は、ベイルートを首都とするレバノン沿海部をフランスの植民地とする。アラブ主権国家をダマスクスに設立し、シリアとしてフランスの保護国とする。

 一方、ハイファとアグラ(十字軍の根拠地)をイギリスの直轄都市とする。後背地のパレスチナは英・仏・露の保護国とする。同時にトランス・ヨルダンからアラビア半島の大部分にアラブ主権国家を設立し、イギリスの保護国とする。メソポタミアはイギリスの自由裁量とし、トルコ東部はロシアの自由裁量とする。

 以上であるが、現在の国境をほぼ決定したと言ってよい。あきれるほどの19世紀的秘密外交には違いないが。イギリスは領域としての領土に最早こだわっていない。ハイファとアグラは石油パイプラインの終点だとして明記されている。この地域を領有しても負担だけで実利はないことに気づいていたのだろう。一方フランスはシリアを手に入れたが、戦間期反乱処理に追われ、治安部隊の派遣費用を負担しただけだった。
上述のように、英国とドイツが3C政策と3B政策で中東をシーパワーとランドパワーで囲い込もうとした事が、結果として第一次大戦に繋がり、ランドパワーは敗れ去ったように、ユーロとドルによる中東の囲い込みは、イラク戦争をはじめとする戦争に繋がった。まさに、私が、何度も指摘したように、歴史のパターンは繰り返されるのだ。
このことに見られるように、関が原である中東をランドパワーが押さえるか、シーパワーが抑えるかは、世界で最も重要な問題だ。
例えば、1973年10月、第4次中東戦争が勃発。OAPECがアラブ非友好国に対して石油禁輸を宣言、石油の供給が止まり西側諸国では大きな混乱が起こった際、当時のニクソン政権はUAEやクウェート、サウジといった、湾岸諸国の軍事占領を計画したという。
湾岸戦争や、今回のイラク戦争もこの文脈で考えるべきものだ。イラク戦争はアメリカの統治という点では失敗したが、前号で述べたイラン-イラク-シリア-レバノン4カ国同盟の阻止という点では成功した。
今後の戦略は、イスラエルによるイラン攻撃から、イランを引き釣り込み、「対イラン防衛を名目とした、湾岸諸国の米軍による占領」すなわち「第四次中東戦争や湾岸戦争方式」なのではないか。こういうことを阻止するためにも、日英が基軸となり、アラビア半島をアクエリアス化し、アメリカやイスラエルやイランとの間で、均衡を保たせることが、世界の運命を左右する重要な戦略だ。
関が原を押さえ、湾岸諸国のドル離れを阻止し、原油資源をアメリカが握るために、追い詰められたイスラエルを鉄砲玉に使う可能性は、非常に高い。そのための、今回のガザ撤退だろう。
<参考>
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http://www.nikkei.co.jp/news/main/20061126STXKA004726112006.html
イスラエル軍「ガザ撤退完了」
 【エルサレム26日共同】イスラエルのオルメルト首相とパレスチナ自治政府のアッバス議長は25日夜、電話会談し、イスラエル軍とパレスチナ武装勢力がガザ地区での戦闘を26日朝に停止することで合意した。首相府が同日未明、発表した。軍報道官は同日朝、ガザ地区からすべての軍部隊が撤退を完了したと述べた。
 イスラエル軍は6月にイスラム原理主義組織ハマスなどによる兵士拉致事件が起きてから、ガザ地区で空爆や部分侵攻などの作戦を続けていた。戦闘が停止すれば約5カ月ぶりとなる。停戦が持続すれば、拉致兵士の解放や両者の首脳会談実現に向けた協議に好影響を与えそうだ。
 首相府やパレスチナ当局者によると、議長は首相に対して、ハマスを含むパレスチナの全組織がロケット弾発射や武器密輸など、すべての攻撃的な行為の停止で合意したことを伝え、イスラエル軍の作戦停止とガザ撤退を要請。首相も同意し、パレスチナ側が攻撃をやめれば軍部隊の撤退を始めると表明した。 (13:51)
------------引用--------------
ここで重要なのは、ランドパワーとシーパワーの優劣をどう見るかだ。鉄道は敷設コストや国境をまたぐ上でのリスクもある。これは、鉄道敷設の利権や用地の買収や各国政府との調整や交渉、さらには、一旦敷設してしまうと、その維持コストや防衛コストも大量に発生するという意味だ。19世紀において、この鉄道が、技術的に開発された時点では、鉄道敷設は植民地経営、帝国主義の根幹とも見られていた。マッキンダーがその地政学を上梓したのは、当時の鉄道の隆盛を見てのことで、彼のランドパワー論(世界島(ユーラシア大陸)の中央部でシーパワーの力が及ばないユーラシア北部を「ハートランド」と名付け、鉄道や道路などの陸上交通や通信技術が発展すれば、ランドパワーが沿岸地域に及んでいるシーワーを駆逐し、圧倒することになると主張した。)とは、つまるところ「鉄道を握るものは国家を支配し、ユーラシアを制する」するという議論と言える。
3B政策は、このマッキンダーの理論の実践といえる。日本の満州経営における、満州鉄道の敷設もこの観点で考えるべきであり、ランドパワー戦略の実践だ。
現在でも、ランドパワー陣営には、朝鮮半島縦貫鉄道をシベリア鉄道と連結させ、極東と欧州を鉄道で結ぶ構想がある。
現在の北朝鮮情勢をめぐる、胡主席派ランドパワーと江沢民シーパワー派の争乱の根底には、中国東北地域を開発、発展させ、朝鮮半島や日本海海上交易路と結び、ロシアや欧州への鉄道を使った生産や物流の拠点とする、ランドパワー構想がある。その実現に、金正日体制は邪魔なのだ。だから、胡主席は、潰そうとしている。
<参考>
------------引用--------------
http://www.geocities.jp/curoka3/061119a.htm
北朝鮮を経由するユーラシア横断鉄道建設のスローガン。
------------引用--------------
一方で、シーパワー、すなわち船舶輸送は、輸送コストも海洋の存するところ、自由に浮力を用いて航行できるため、鉄道と比較にならない優位をもっている。例えば、シベリア鉄道は毎年2万個のコンテナを極東からヨーロッパに輸送し、そのうち8,300個は日本からの輸出品を運んでいる。これは日本からヨーロッパに船などで運ばれる一年当たり36万個のコンテナに比べれば非常に少ない数であり、コンテナ船の大型化やスピードアップ、ソ連崩壊後の鉄道の混乱などでシベリア鉄道を経由する比率は落ちている。
さらに、海洋については、鉄道と異なり、敷設コストや維持コストもかからないというメリットがあり、防衛についても、チョークポイントのみを支配すればよい。
反対に、鉄道を防衛しようとすると、その敷設地域全体の安全保障のための膨大な陸軍が必要になる。すなわち、満州における、関東軍だ。
この観点から、ランドパワー、シーパワーを分ける大きな点が輸送、安全保障コストである。シーパワーの利点の一つが海を活かした低コスト、大規模輸送であり、海洋の存在する所は船により、どこへでも国境に関わらず、自由かつ低コストで多量の物資を運びえることから関係国、地域との国際貿易や国際分業化達成により、シーパワー間を相互依存の関係(対等なパートナーシップ)としている。

 シーパワーとランドパワーとどちらが国家発展上有利かについて考察してみたい。鉄道や馬車が物資輸送の主役であった時代には、ランドパワーにも有利な点があった。道路しか道が無い場合、その道を押さえた国が優位に立つのも当然である。しかし、科学技術の発展による港湾の整備や船舶の大型化により、輸送効率や国際的分業体制などのシステムが確立したため、シーパワーの優位が明確になり、近世における蒸気機関の発明はこのことを決定的にした。海から離れた内陸部や山間部を抱えること自体が、輸送、移動、通信、エネルギー等の社会インフラといった点で高コスト体質を構成する。陸上では国境を越えることにともなう、コスト、地政学リスクも計り知れない。

 さらに、極論すれば、シーパワーは海空軍だけで安全保障できるが、ランドパワーは人手(人件費)のかかる陸軍を大量に保有する必要から、安全保障コストも計り知れない。
究極的には、ランドパワーが土地支配を本質とするのに対し、シーパワーは情報支配に特化できる。膨大な陸軍や治安部隊を配備し、常に隣国に目を光らせねばならないランドパワーに対し、インターネットや情報衛星、メディアやコンピュータの支配だけで、世界を管理できるのだ。海は輸送ルートとしてのハイウエィであるのみならず、情報ハイウェイでもある。かって、19世紀に英国が張り巡らせた海底ケーブルやアメリカの情報衛星によって収集された情報をシーパワー陣営が握っているかぎり、最終的な勝利は不動だ。
一説には、アメリカは、情報衛星やエシュロン、さらには、米海軍の海底調査等を通じ、地球上の天然資源の分布をかなり正確に把握しているという。さらには、日本の地球シュミレータを駆使した気候変動予測はかなりの確度で地球が受けるダメージや、気候難民の流出を予測できる。これらの地球環境や資源に関する情報は、最重要の戦略構築の基盤だ。こういった、「情報支配」が崩れない限り、シーパワーは不滅だ。この、情報と技術を駆使し、アクエリアス化で、エネルギー戦略を脱カーボンとし、世界に地政学上の革命を起こすことがが、今後のシーパワー戦略の根幹になる。
このように、ランドパワーはその地政学的かつ本質的脆弱さがある限り、シーパワー連合の敵ではない。むしろ、現在、ランドパワーは主導しているフランスは、幕末以来一貫し、日本政府に敵対しており、現代も、対中武器輸出の旗振り役であるなど、日本の仮想敵だ。社会党のロワイヤルが次期大統領になり、ブレアと同じように、「親米」に舵を切らなければ、海洋国家連合とフランスは徹底的に対決し、相当、ひどいことになるだろう。よく言われる、左派か右派かは関係ない。ブレアは労働党だが、イラク戦争に出兵した。全ての戦略は、地政学に基づいて規定され、政治家個人の思想信条や主張は無意味だ。
政治家がどうしても主張を貫き、反米に走る場合、「辞任」を余儀なくされることになる。田中角栄や細川護熙や村山富市や橋本龍太郎のように。これが、戦略地政学というものだ。
冒頭で述べたように、現代の3C政策は、日米英同盟であり、インドや英連邦を含め、世界の海を支配する。反対に、現代の3B政策は、フランス主導で形成される。そして、両者は必ず中東の覇権をかけて、激突する。第一ラウンドがイラク戦争だ。ここで、アメリカが敗退したことで、かえって、シーパワー連合が促進され、海洋国家戦略を実施する契機となった。穿った見方をすれば、真の意味でのグローバルなシーパワー連合を結成する上で、イラク戦争の敗退は必要なコストであったのかもしれない。
注意すべきは、19世紀の3B政策は鉄道で行われたが、現代の3B政策は、天然ガスや原油の輸送パイプラインで行われるという点だ。参考までに、「BTCパイプライン」についての下記記事を参照されたい。
対抗するシーパワー連合は、シーレーン防衛のための海軍と、効率性を確保する上での、高速、大容量タンカーの開発が喫緊の課題だ。下記記事に見られるように、日本の造船業界の技術が必要だろう。
パイプラインVSタンカー。地政学リスクを考えると、どちらが有利かは、言うまでもない。最も重要な点として、パイプラインを敷設し、エネルギー供給を依存すると、その設置国に生殺与奪を握られる事だ。このことは、ウクライナや東欧とロシアの間で実証済みだ。ロシアは現在、旧ソ連諸国に対し、同じような恫喝を繰り広げている。

<参考>
------------引用--------------
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20061122AT2M2101M21112006.html
ロシア、輸出ガス値上げ・旧ソ連諸国に通告
 【モスクワ=古川英治】ロシアの天然ガス独占企業ガスプロムが旧ソ連諸国に対し来年のガス輸出価格の引き上げを一斉に通告した。プーチン政権は価格交渉で、価格を優遇する見返りにパイプラインの運営権の引き渡しや政治的な要求を突きつけている。交渉不調の場合は供給停止も辞さない構えで、年初のウクライナへの一時供給停止をきっかけに欧州に広がった「ガス危機」の再燃を懸念する声もある。

 プーチン政権の支配下にあるガスプロムはベラルーシに現行の四倍の価格を通告した。今年は割安なままで価格を据え置いたが、同国がロシアとの国家統合に消極的なことや幹線パイプラインの利権を渡すことを拒んだため強硬姿勢に転じた。ロシアは原油輸出量の削減もちらつかせ圧力を強めている。 (07:01)
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参考までに、下記の両記事を読み比べ、どちらがリスクとコストが高くつきそうか、読者の皆様にも考えてもらいたい。

KGB元中佐が亡命先のロンドンで暗殺されたように、決戦正面たる中東戦線に続き、西部戦線でも、既に両軍の「槍合わせ」は始まった。EU議長国のフィンランドは、エネルギー分野などを含むロシアとの包括的な新協定について、予定していた協議開始が不可能になったと発表し、強硬に反対するポーランド政府を説得できず、EUとしての交渉権を確立できなかったことに見られるように、ロシアとEUの関係悪化は時間の問題だったが、現実化した。

今後は、EUの右傾化そして、EU分裂崩壊を予測する。既に、移民排斥を主張するルペンの支持も急上昇している。極論すれば、「ルペンやハイダーの欧州」だってありうる状況だ。

私が数年前から主張し続けたように、全ては、地政学によって決まることを、EUは事実で裏打ちするだろう。

次は、東部戦線だ。シーパワーは古代よりテミストクレスやネルソンあるいは秋山真之といった優秀な司令官の存在が戦局を大きく左右する。今後、日本にいる、たった一人のシーパワー戦略家が百万の軍勢や10個機動部隊、戦略空軍に匹敵し、全世界の戦局を決するということを、世界は理解するだろう。
<参考>
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http://www.janjan.jp/world/0609/0609131139/1.php
グルジアがシェワルナゼ政権崩壊(2003年)とともに一気に親欧米国家となったことは、改めていうまでもない。中東に次ぐ豊かな埋蔵量を持つカスピ海の石油を、トルコに運び出すBTCパイプラインが通過したことで、同国はますます欧米との結び付きを強めている。米国で学んだシャーカシビリ氏の大統領就任自体が、CIAのシナリオだった、との説が当時有力だった。

 しかし、イランを足場に中東への関与を強めたい(地図参照)ロシアにとって、グルジアは戦略要衝だ。トルコがNATOの一角を占めていることもあり、もしグルジアを完全に失ってしまえば、黒海から地中海への出口を失ってしまう。自慢の黒海艦隊も袋のネズミとなる。ロシアがグルジアを手放せないのは、当然だ。

 ワイン輸入禁止、天燃ガス値上げは、親欧米路線をひた走るシャーカシビリ政権に対する強い牽制である。

 元国家安全相の逮捕をめぐる捜査の過程で、グルジア政界では、ロシア治安機関から資金を得ている政治家がいることが明らかになっている。

 黒幕ロシアを相手取ってのこれだけの大捕り物は、小国グルジアの治安機関だけでなしうる業ではない。3年前のシェワルナゼ政権転覆同様、CIAが関与していると見るのが妥当だろう。

 天燃資源に乏しく、さしたる輸出産業もないグルジア経済は、低迷からの脱出口さえ見出せずにいる。失業率12.6%、全人口の半分以上が貧困ライン(1日の生活費が1ドル未満)下にある。

 ロシアとの領土紛争が続いているため、首都トビリシなどに数十万人もの国内難民を抱える。ロシアから輸入する天然ガスの値上がりは、台所を直撃する。国民には不満が溜まっており、反政府運動に火が着きやすい状況にあることも確かだ。

 6日の一斉逮捕の際、警察は「正義の党」の下部組織がアジトに隠し持っていた兵器や現金をビデオ撮影しており、即日テレビで公開した。政府のリスク管理能力をアピールする狙いからだ。

 すご腕のKGB要員でもあった元国家安全相は、ロシアからの資金を得て、親ロ政党とその下部組織をフルに動かして、グルジア国民の反政府感情を煽ろうとしていた。だが、反ロ感情の強いグルジア国民には受け入れられずに失敗に終った。
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http://nippon.zaidan.info/kinenkan/history30/1/1311.html

31年のスエズ動乱によるスエズ運河の閉鎖はスエズ・ブームを引き起こし、世界の海運界にタンカーの大型化をもたらしたが、そのほとんどをわが国の造船業が吸収し、驚異的な発展のきっかけとなった。さらに42年6月再度勃発した中東紛争によってスエズ運河が再び閉鎖されると運賃は急騰し、スエズ運河に依存しない超大型タンカー、大型バルクキャリア、大型兼用船等の需要が増大し、造船ブームが到来した。しかし45年後半からの通貨不安の増大、46年12月の大幅な円切上げによって、わが国造船業は約2,400億円の為替差損をこうむったが、47年後半には海運市況の好転、円再切上げの思惑から輸出船の受注が増加していった。
25年、30年当時は進水量においてイギリスが世界一であったが、31年にはわが国の進水量はイギリスを抜いて世界一となり、40年以降、全世界の造船高の43%から49%を占めるまでになった。船舶の大型化も急ピッチですすみ、48年度には史上最高の受注量を記録するとともに、その進水量も1,567万総トンと全世界進水量の49.7%を占めるに至った。同年度には48万4,000重量トンの巨大タンカーがわが国の造船所において進水した。
このような造船業の発展は、技術の向上、設備の合理化、さらには企業の近代化に官民一体となって努力した結果であったが、将来さらに一層の繁栄、発展を期するためには、日進月歩の技術革新に対処する技術の開発と、ますます厳しさを加えつつあった国際受注競争にたえることのできる国際競争力の培養に努めることが必要であった。
特に専用船の大型化が、それに見合った建造技術の確立を超えて予想以上の速さですすみ、油槽船の分野においては50万重量トン以上の船舶の建造さえ計画されるに至った。巨大船の建造は当時の技術からすれば一応可能ではあったが、安全を保証するだけの建造技術の確立があったわけではなかった。船型の巨大化に伴って根本的に解決しなければならない技術的な諸問題、より一層合理化を図る必要のある諸問題、また、より一層安全性を確保するために考慮しなければならない問題など、多くの諸問題が未解決のまま残されていた。
わが国の造船業が世界第1位の地位を維持し、将来にわたってその指導的立場を確保していくためには、これらの諸問題を解決して、すでに稼働している超大型船を含めた巨大船に対するこれまでの造船技術の見直しを行い、これから建造される超大型船および巨大船に対する総合的な技術水準の向上を達成することが必要であった。
このため本会は、造船および造船関連工業の振興事業として、設備の近代化をはじめ、企業の合理化、技術の向上、品質性能の改善などの諸事業を促進する必要を痛感し、これらの事業を積極的に取り上げて、造船および造船関連工業のより一層の発展を図ったのである
------------引用--------------
以上

2006年11月26日

ロタの近況2

ロタの街並


ロタの最近の町並みは少し刹那的な感じがする.2ヶ月前までは噂でしかなかったロタのカジノ計画。それが現実味を帯びてきているのかもしれない。Rota Casino coming soon!という看板が掲げられていた。日本の駅前のパチンコ店のようなものがロタに乱立するのだろうか? 現在の観光客の数ではとても成功するとは思えないが、自然豊かなロタ島がそのような変貌を遂げるのはどこか寂しい気分になる。ロタ最大のイベントは何といっても、毎年10月に行われるフィエスタである。3日間のうち、2日目に行われる料理の祭典には毎年、子豚の丸焼き、刺身の舟盛り、ケーキ、パイ、デザートなどが山のように教会とロタ市の協賛により提供される。見ているだけでお腹がいっぱいになる。この祭典に限って、グアム、サイパン、テニアン等近隣のミクロネシアからたくさんの観光客がロタに足を運び、ホテルはどこも満室という盛況ぶりだ。いつも閑静なソンソン村がこのフィエスタに限り、60年前の日本統治時代にロタ銀座と呼ばれたソンソン村に変貌するのだ。そのロタ島民の誇りでもあるフィエスタがなんと今年(2006年)は一部の有志の出店を除いて、何も料理がでなかったそうだ!!!(お酒は出たそうですが)ロタ市にお金がないから仕方がないのかもしれないがロタの人はとてもとても残念がったそうだ。日本人で言うと、正月を迎えたのにお節料理が一つもないという状況に違いない。とても残念だが、日本人の私は彼らに同情するという気持ちにも簡単にはなれない。なぜならチャモロ人は働かないからだ。厳密に言うと、働かないでも生きていける制度があるから、彼らは働かないのである。これは山脇正俊教授による連載コラム8 楽園ロタ島:その歴史とコミュニティを参照にしていただきたい。その代わりに誰がロタで働いているかというと、外国人労働者のフィリピン人やバングルディッシュ人である。単純労働をするのが嫌ならば、ロタにどうしたら観光客がたくさん訪問してくれるようになるだろうか?どのようにしたらロタをすばらしい場所になるだろうか?ロタ島のビジョンとは一体何だろうか?ということに対して、チャモロ人には知恵を絞っていただきたい。すこしずつでもロタが魅力的な場所になれば、観光客が増えて、フィエスタもかつての盛況を取り戻すようになるであろう。あるチャモロ人が私に「Why do we have to suffer so much?」なぜこんなに苦しまないといけないのかと言っていた。その気持ちもわからないではないが、それではチャモロ人はまず行動を起こすべきなのである。その理念に共感する日本人もたくさんいるはずだ。そしてチャモロ人と日本人が協力して事にあたればロタ島は一層に魅力的な南の島になるに違いない。是非頑張っていただきたい。

ロタの水道、電気事情


北マリアナ連邦は典型的な海洋性亜熱帯気候である。年間の平均最高気温は27度、季節は5〜10月の雨季と11〜4月の乾季に分けられるので今は乾季にあたる。冬を迎えようとする日本の皆さんには贅沢なことを言うなとお叱りを受けるかもしれないが、連日30度を超えるロタ島ではエアコンがないととても生きていけない。エアコンがないとまるでサウナのようで、頭がぼんやりしてきて思考がはたらかない。そんなサイパン、ロタでは毎日のように停電になり、水道が止まる。CUC(北マリアナの電力会社、水道会社)に連絡してもさぼっているのか、忙しいのかわからないが連絡がつながらない。困ったものだ。よってサウナでの生活を余儀なくされている今日この頃である。一時的な石油高の影響も落ち着いてきているのにもかかわらず、この島の電気代はあがり続けている。9月分の電気代の請求書がなんと日本円換算で20,000円に達していた!私は、日本では月々3,000円ほどしか支払っていなかったが、ロタ島で生活すると一気に7倍近くになっている。過去の経営の負債がよほどあるのかこの傾向はまだまだ続くようである。ロタ在住の日本人としてなんとかしてくれよと思うが、ロタ島民はそれ以上に我慢しているに違いないので自分も我慢する事にしよう。



北マリアナの気候と時差

Despite strong objections from CNMI residents, the Commonwealth Utilities Corp. has adopted as permanent its proposed power rate regulations.CUC, through executive director Anthony C. Guerrero, filed before the Commonwealth Register on Oct. 30 a public notice about the adoption of the new regulations.Attorney General Matthew T. Gregory approved the adopted regulations.

ご挨拶


株株式会社チーム連山は2006年度3月30日に設立いたしまし て、早くも8ヶ月が経過しようとしています。弊社のホームページにも 多くの訪問客の皆様に足を運んで頂き、株式会社チーム連山の代表として、とても感謝の念で一杯です。さて、株式会社チーム連山は来年度、 ドバイの教育法人にネット雑誌「連山」が買収されます。社会的役目を終えた株式会社チーム連山は2月末をもって終了いたします。私は11月末の臨時株主総会で代表取締役を退任することになりました。今後も、「連山」は継続します。また、この教育機関はアラビア語、英語のネット雑誌を運営し、フランス語、ドイツ語のネット雑誌の運営を来年中に行うグローバルな知的活動を行う教育機関です。世界規模で実現する様々なプロジェクトやサービスを 日本の皆様にご紹介するという使命を持って、弊社を設立いたしました。その責務が果たされて今は気分が爽快です。連山の売却益をもって私は世界武者修行の旅にバックバッカーとして行く予定です。中田英寿のように世界の現実を垣間み、世界には一体何が必要で、そして日本の生きる道は一体何なのかをこの目で直視してきたいと思います。日本は必ず復活すると私は信じています。機会があれば海外の現地情報のコラムをチーム連山のサイトで発表させていただく機会もあるかもしれませんので、その節は何卒よろしくお願いいたし ます。一回り大きな人間になって帰ってきたいと思います。それでは短い期間ではありましたが、皆様には大変お世話になりありがとうございました。また会う日まで。さようなら。



I WILL BE BACK!

2006年11月25日

水素文明を語る(3)

北海道大学名誉教授で触媒化学の世界的権威である市川勝博士と永井俊哉による対談。水素をいかにして作るか、いかにして運搬し、貯蔵するか、いかにして燃料電池で発電させるかについて語り合う。

2006年11月24日

対談レポート3:永井俊哉

哲学者永井俊哉

永井俊哉氏は哲学者である。三度の飯より本を読み、思考する事が好きだという事だ。また、氏は反骨の精神を持つ哲学者でもある。職を得るために大学に残り、官僚的な学閥社会で汲々とするのは潔しとはせず、下野して、インターネットを通じて自分の学問の業績を公開するという鉄の意思を持つ人間である.大学を離れてから既に13年も経つということだ。その属社会と屈託せずに自分の学問を継続している姿は多くの大学人に感銘を与えるのではないだろうか。私も氏に畏敬の念は払う人間の一人である。氏は常に一人で行動する。一人でいるのが好きだそうだ。家にはテレビも漫画もおかず、読むのは本だけのようだ。しかも小説も読まないというぐらいのハードな人柄だ。氏の浮世離れの度合いは現代の鴨長明といったところだ。氏にはつくづく頭が下がる。最後の対談レポートの締めを永井氏とどのようにするか、氏と私とで共通点が少ないので大変困ったが、お互いロタ訪問経験者ということで、対談の最後をロタに関する様々な断想で締めくくりたいと想う。

私は、研究職を手に入れるために、自分をアカデミズムに適応させようと努力しました。そうすることでわかったのは、アカデミズムが官僚的であるのに対して、私は非官僚的な人間で、順化は不可能ということです。 もともと、大組織の忠実な部品となるよりは、流浪の芸術家のような人生に憧れていましたから、現在のような生き方を選んだことは後悔していません。むしろ、もっと早くアカデミズムと決別 していた方が良かったかなと思っているぐらいです。

哲学者永井とのロタ談話



ロタ訪問時の永井俊哉氏

峯山:対談レポート3:永井俊哉では、ロタ訪問の経験がある、永井さんと私、峯山とでロタに関する様々な話をしていきたいと思います。永井さんよろしくお願いします。永井さんはロタに2ヶ月程滞在された経験がおありですが、食事等は自炊されていたのでしょうか?それともレストラン通いだったのでしょうか?

永井:最初は自炊をしようと思っていたのですが、スーパーに新鮮な食材がなかったり、別荘にあった自動炊飯器が壊れていたりで、ほとんどレストランで食べていました。スーパーでいくつか買い物をしましたが、缶詰とかは最高にまずかったですね。

峯山:はい、ロタ島というと、海の透明度は50m以上を誇り、うに、かつお、やしがに、ロブスター、カジキマグロという海の幸とアボガド、パパイヤなどの山の幸がとても新鮮で、おいしいのですが、残念なことに、スーパーマーケットに行って、これらの食材を手に入れる事は難しく、賞味期限の切れたジュースやら、まずい缶詰しか手に入らず、私もとてもがっかりしました。レストランはいつもどこを愛用されていたのでしょうか?

永井:最初は、安いからという理由で、アスパリスに行っていましたが、途中から、ピザリアに行くようになりました。日本ではめったに食べることのない珍しいメキシコ料理とかあって、結構満足しました。

峯山:なるほど、ピザリアにメキシコ料理があるのですか? 私はいつもピザリアでは名前にあるようにビザしか食べなかったですが、どのようなメキシコ料理を好んで食べられたのでしょうか?よく考えるとロタに行って、ピザやメキシコ料理を食べるというのは大変違和感がありますが。

永井:それが、聞きなれない料理なので、名前は忘れました。ロタでメキシコ料理というと、違和感があるかもしれませんが、トロピカルな雰囲気ですから、抵抗なく楽しめました。むしろ、ああいうところで日本料理を食べる方が違和感がありませんか。

峯山:私としては、現地の食材を使用したチャモロ料理をもっと楽しみたかったのですが、TONGATONGACAFEなど限られたところで、限定した料理しか食べられなかったのがとても残念でした。現地の人は食の需要が無いから、ロタの食材を提供できないと言っていましたが、ここを訪れた日本人は皆さん、私と同じ感想をお持ちでした。需要がないから、供給しないのではなくて、単にチャモロ人にやる気がないだけだと思っております。それにしてもあれだけの豊かな自然のもとになった、水やシーフードや果物が食べられないのはおかしいですよ。

永井:ベイブリーズレストランでは、ローカルフィッシュの料理が安く売られていました。あそこの料理は、安くて、おいしくて、ボリュームがあるので、お薦めです。ただし、昼食をここでとるのは、おすすめではありません。オープンエアーであるため、食べている時に、たくさんの蝿がたかってきます。トンガ洞窟の近くにあるTONGATONGACAFEも、洞窟内をイメージしたおしゃれな店ですが、オープンエアーだから同じ問題があります。現地の人は、蝿が料理をなめてもなんとも感じないようですが、こういうのは、日本人には抵抗があるでしょう。蝿がいない夜に、このレストランの名前の通り、湾岸から吹くそよ風の息遣いを肌で感じながら、地元でとれた新鮮な魚の料理とかを食べると、最高です。

峯山:はい、ゴミ処理の問題がうまくいってないせいか、オープンエアーで食事をする場合は大変蝿が気になりますね。私は現地での滞在期間が長かったので、最後の方は気にもならないようになっておりましたが。私も夜になって、暑さもおさまり、心地よい風を感じながら、地元の魚料理を食べるのがこの島でのもっとも贅沢な食事であると思います。縦横無尽の知的冒険という本を執筆するくらいですから、永井さんも現地でたくさんのフィールドワークをされたと思いますが、現地で一番驚いたことはなんでしょうか?

永井:実は、別荘内にこもって仕事をしていたので、それほどあっちこっちいったわけではありません。驚いたことといえば、未処理のまま捨てられてできたごみの山、あっちこっちにある自動車や家屋の残骸ですね。

峯山:そうですね。私もあれには大変驚きました。ゴミ処理場までゴミを持って、自分で捨てにいかないといけないですし、ゴミの分別という概念がないので、何でもいっしょくたにしてゴミ山に捨てるのは日本人としてはかなり抵抗があります。今は現地の人が少なくて問題が生じないかもしれませんが、観光客をもっと呼びたいと思うのであれば行政は早い段階で対応しないと、海洋汚染にもいずれつながり観光客が逃げてしまいますね。

永井:最近、峯山さんは、またロタ島に行ったとのことですが、観光客や町の様子はどうでしたか。

峯山:観光客や町の様子は様変わりしていました。Coming Soon!!! ROTA Casinoという看板が設置してあったのには驚きました。またコンチネンタル航空がグアム-ロタ間の運行を日便より定期便に変更したために日本の旅行代理店では、ロタ行きのパックツアーを組めず、10月にはロタ行きの旅行がすべてキャンセルされたようです。そのためロタはまさに閑古鳥が鳴いているかのごとく観光客が見られず、お通夜のように静かな感じでした。

永井:サイパンの様子はどうですか。9月11日のコラム「ロタ島の生活:サイパンは今」で、「サイパンを初めて訪れたのが今年の6月11日なのですが、そのときから比べても”サイパン”という土地にあった活気のようなものが急速に失墜していることがわかります。あまりの変貌に少し鳥肌のようなものが立ちました。サイパンの中心街のガラパン地区に観光客がまったくいないという状態です。6月に営業を行っていたスーパーマーケットやお土産などを販売するショップなども虫食いのような状態で閉鎖し始めています。」と書いていましたが、相変わらずこういう感じですか。

峯山:私は最近、訪れた時はJALがチャーターをサイパンに飛ばした時でしたので、少し賑やかでしたが、基本は観光客が激減し悲惨な状態のようです。私がなじみのホテルは20部屋のうち、2部屋しかその日も埋まっておらず、このような状態が続けば店を閉めるしか無いという状態でした。ドバイのように勃興する都市もあれば、サイパンのように衰退する都市もあるのだということを実感しました。サイパンの復活の鍵は永井さんはどうすればよいと思われますか?

永井:もっと漁業に力を入れたらよいのではないでしょうか。独排他的経済水域も相当に広いはずです。少なくとも自分たちが食べるだけの魚は取れるでしょう。

峯山:はい、漁業や農業など豊かな自然を生かして自分たちの食生活を豊かにするだけではなくて、輸出を行ってもかなり儲かるのではないでしょうか。戦前の製糖産業のように。一方、観光業に対して打開策はありますか?私はサイパンダに匹敵するマスコット一つを作った程度ではどうしようもないと思います。サイパンでは現在、電力不足のためによく停電します。リゾート地としては最悪です。また、海が電力会社に資金力がないために、石油が漏れても野放しのようです。ロタとテニアンに較べて、サイパンの海はかなり汚れています。このような状況が続くのであれば、観光業はお手上げですので、何か産業が必要であると私も考えておりました。

永井:サイパンが観光業で復活するというのは無理ではないでしょうか。観光開発をするなら、やはりロタ島ですね。ただし、ロタも、海が汚くなったら、終わりだと思います。海以外の観光スポットが乏しいので、海だけが命です。

峯山:永井案によると、手つかずのロタはテニアン島のようにカジノ計画を行うのではなくて、海や自然を保護した環境観光立国を目指す方がよいということですね。しかし、ロタも観光開発されていないわけではありません。ロタリゾートのようにゴルフ場もありますので。永井さんがロタ市長ならどのような観光開発なされますか?一つ市長になったと思って、ロタ復活の名案をお答えください。

永井:カジノ開発は感心しませんが、どうしても賭博で観光客を呼び寄せたいなら、チャモロ人がやっている闘鶏を一般観光客向けにやればよいのではないでしょうか。そのほうがまだしも文化的な感じがします。

峯山:せっかくの闘鶏も地元の人だけで楽しんでいるというのはもったいないですね。スペインの闘牛のように観光客にも解放すべきです。私ならやはり漁業、農業などの産業を行うでしょう。戦前のさとうきびの栽培でも成功しているのでロタの人にも受け入れやすいと思います。ロタの水はエビアンよりもおいしいので、質という意味では申し分ないはずです。また教育にも力を入れるべきであると思います。自然との共存というのが21世紀の一つのキーワードになると思いますが、その模範的な生活実践と教育を世界に先駆けて行うべきです。現在はお金がなくて、教師がリストラされ、優秀な教師は海外に移住しているようですが、このような事態はなくさないといけません。日本の米百俵の精神を今こそ、北マリアナ連邦へいかすべきだと思います。その取組みが成功すれば、世界から様々な視察団がロタを訪問するようになれば成功と言えると思います。

永井:北マリアナが今の状態であれば、教育に力を入れても、人材は海外に行くだけです。農業と漁業に力を入れるべきだというお話ですが、その前に、大半の住民がフードスタンプで食べていけるという状況をなんとかしなければいけません。しかしながら、生活保護の打ち切りを公約すると、選挙で落ちるから、政治家としては、なかなか実行しにくいというのが実情でしょう。まずは、補助金を打ち切り、人々に働くインセンティブを与えなければいけません。

峯山:現在のように輸出できるような枠組みができていないのですから、自家消費はできるかもしれませんが、電気代やガソリン代を支払えるような外貨を獲得することができません。それこそ混乱を起こす元になると思いますが。

永井:他の産業と比べれば、初期投資は少しでよいわけですから、農業と漁業が一番現実的な選択肢です。

峯山:どちらにしても改革は必要ですが、改革期にはかなり混乱が予想されます。改革の先にどのような国家のビジョンがあるのか私はそれがとても大切だと思います。ロタで驚いたことを中心にお話をいただきましたが、ロタで感動したことというのはございますか?

永井:テテトビーチでシュノーケリングをして、熱帯魚が泳いでいるのを見ることができたのが一番感動的でした。

峯山:私も体験しましたが、テテトビーチでシュノーケリングをしたときにたくさんの熱帯魚がよってきてとても綺麗だと思いました。このような経験は初めてでしたか?

永井:初めてでした。ただ、水位が低くて、体と海底の岩が接触しそうで、怖かったですね。泳いでいる間に、ビーチサンダルが一つ足から外れて、無くなってしまいました。

峯山:災難でしたね。満潮の時に行くともっと感想が違ったかもしれませんね。私が感動したのは星空です。日本にいると電灯の明かりがきついので夜の星星ははっきりと見えないのですが、ロタでは天然のプラネタリウムのごとく星星の輝きを肉眼で捉える事ができたのでとても感動しました。自然の豊かさという点でロタはかなり魅力的です。

永井:ココナッツビレッジに行ったとき、望遠鏡をのぞかせてもらいました。土星をアップで見ることができて、嬉しかったです。日本は空が汚れているから、あれほどきれいには見ることができないのだそうです。

峯山:はい、ロタの良さは自然の豊かさですね。まだまだたくさんの問題を抱えていますが、ロタがNature Treasure Islandとして存続される事を私も強く願います。KFCトライアスロンクラブ主催のトライアスロン大会も先日、ロタで行われて大変盛況であったようです。まだまだ高いポテンシャルを秘めた島であると私も思います。これからの活躍が楽しみですね。本日はありがとうございました。

永井俊哉 ながいとしや
97年 以降、学問の本当の楽しさを一般の人に伝えようと、インターネット上で著作活動 を開始し、読者とのインタラクティブな対話を続けている。分野を横断的に駆け巡る注目の作家。1965年 京都生まれ。88年大阪大学文学部哲学科卒業。90年東京大学大学院倫理学専攻修士課程修了。94年一橋大学大学院社会学専攻博士後期課程単位修得満期退学。JMF第4回日本マルチメディア大賞他、4つの受賞論文がある。『縦横無尽の知的冒険』(プレスプラン刊)の著者

2006年11月23日

連載コラム10 楽園ロタ島:未来のヴィジョンと今日のパン




楽園では働く必要がない。しかし、現実の世界では日々のパン(我々にとってはご飯か?)を得るためにそうはいかない。また、何もしないのも辛いものだろう。そこで今回のコラムでは日々の糧を得ることをテーマに、ロタ島での観光のあり方についても考えてみたい。

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1.楽園というヴィジョン

ロタ島のヴィジョン(理想像)は楽園だ。楽園ではあくせく働かなくても生きていける(らしい)。『働かざるもの喰うべからず』という厳しいオキテは、楽園には通用しない。しかしながら、我々には何も仕事をしないという状態も、ほとんど拷問に近いのかもしれない。逆に、お金のためにする仕事も虚(むな)しいではないか。理想を言えば、全ての住民が自分のやりたいことを一生懸命やって、それで社会が維持できることだ。つまり、それぞれが自らの天命と天寿を全うして生きる社会。ロタ島ではこの理想を是非実現したい。

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2.今日のパンをどうするのか?

前回の連載コラム9では、皆が自由奔放に生きても大丈夫なシステムの提案をした。それが「環境貢献プレミウム(ボーナス)と環境負荷ペナルティー」の導入だ。しかしこれだけではまだ不十分である。現在の貨幣をベースとした経済システムは早晩破綻するだろうが(注1)、ここでは、一応貨幣経済が存在するとしてお話しよう。

楽園ロタ島でも、現金収入は今のところ必要不可欠なものだ。チャモロ人の一般家庭で、月額600ドルほどが必要と言われる。この600ドルを得るために、大変な努力を強いられ、目先の利く多くのチャモロ人たちは米国本土へ移住した。そして、その代わりに低賃金でもやっていけるフィリピンなどからの外国人労働者たちが多く流入している(注2)。

問題は、ロタ島のチャモロ人たちが月に600ドルをいかに確保できるかだ。

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3.近自然学からの提案:基本給の無条件支給と楽園基金

月額600ドルを確保するために、何をすべきか?

近自然学からズバリ提案しよう。
それは、島民全員に一律600ドルの基本給を支給することだ。現状のロタ島では、月額約600ドルで生きていけると言われるので、とりあえず600ドルとしておこう。大人1人で600ドルだ。家族がいれば増やす。
これで、病気や障害などで働けなくても、なんとか生きていくことができよう。そして、もし働くなら当然収入が増えるのだが、その一部は『楽園基金』にプールされる。この「楽園基金」と前回お話した『環境基金』は同じでもよいし、別に分けてもよい。

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4.楽園ロタ島でのカジノ・プロジェクトに

今ロタ島にカジノを造ろうという話が持ち上がっている。実は今回は4回目で、今まで3回はことごとく実現しなかった。しかし、今回はどうやら様子が違う。それは、首都サイパンの隣のテニアン島に大きなカジノが造られ、風俗や治安はかなりメチャメチャらしいのだが、経済的には一応成功してるからだ。
カジノは中国人が牛耳り、その客のほとんどは中国人たちだ。私はよく知らないのだが、中国人はバクチが好きらしい。今でも「ポーカー」という看板をあげた賭場がロタ島にもあるのだが、すべて中国人の経営だ(写真)。



すでに首都サイパンの隣のテニアン島に大きなカジノが3つもあるのに、誰が好き好んで飛行便もろくない僻地のロタ島のカジノへ来るのか? 破綻は目に見えているではないか。さらに、多くの住民にとってメリットは何もないと断言できよう。経済的恩恵を受けるのは、土地を提供する地主、税金やリベートを受け取る政府と政治家、そしてそこで働く従業員だろう。ただし従業員の中にチャモロ人は1人もいないはず。それは給料が低過ぎるからだ。要職を占める中国人と雑用を請け負うフィリピン人だけの世界となるだろう。またカジノの客たちは、日系の高級ホテルには泊まらず、カジノが新たに経営するであろう安ホテルに宿泊することになろう。経営の行き詰まったホテルが何軒もあるからだ。
もちろん、これは私の想像に過ぎないが、恐らく核心は外していないはずだ。

しかも、そのカジノも数年で破産する。中国からの客が来続ける保証がないからだ。残るのは、乱れた治安、荒んだ人心、憎悪、落胆、無残に破れた夢、そして環境破壊だけだ。そんな中で数人の資産家だけはしっかりと財産を増やす。しかしながら、今でも無気力な大多数のチャモロ人たちのさらなる落ち込みようは想像に難くない。考えるだけでも心が痛むではないか。こんな厳しい試練をロタ島のチャモロ人たちは受け入れなければならないのだろうか?

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5.ロタ島での観光は無視できないが…

ロタ島の主産業は観光であり、最大の企業はゴルフ場を備える日系のホテル、ロタ・リゾートだ。その他大小のホテルが10軒、ベッド数は300ほどあるので、宿泊のインフラはすでに整っている。

現金収入のために、ロタ島では観光を無視することはできない。確かに、ロタ島の自然は素晴らしく、チャモロ人たちは親切で、治安はとてもよい。しかしながら、観光のあり方には一考を要する。日本では安いパッケージツアーが観光だと思っている人が多いようだが、これはたいへんな誤解だ。観光の基本は、本来なら行けないような場所にある桃源郷を訪ねることだ。つまり非日常性の実現なのだ。安く気軽にいつでも行けるのは本当の観光ではない。単なる移動か気晴らしの旅だ。

ロタ島へはとても行き難い。普通それはデメリットと思われがちだが、本来の観光から見れば、大きなメリットでもあるのだ。もちろん、苦労して行ってみたら大したことなかった……というのでは話にならぬ。ようやく到達したロタ島は素晴らしかった、是非また行きたい……と多くの人たちの思わせる、そんな桃源郷(楽園)を実現しなければならない。

ロタ島は一般的なパッケージツアーが組める観光地ではない。短期滞在であちこちの名所を見て買い物をする……こんな観光をイメージするなら、ロタ島の魅力は半減、いやほとんどないと言えるだろう。ロタ島に名所はないしショッピングもできない。否、できないことはないのだが、観光客を満足させリピーターを呼べるような名所やショッピング街はない。

では、ロタ島の観光はどうすれば良いのか?

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6.新しい観光の提案1:『健康を楽しむ(スポーツ、セラピー)』をテーマに

確かにロタ島の売りは美しい自然だが、スイスのアルプスやモルジブの海のように、見ているだけで飽きない、しかも何度も行きたくなる……そんなタイプの自然ではないように思う。長期滞在のために、何か特別な付加価値が必要だろう。

ロタ島にはすでに整備されたゴルフ場がある(写真)。これは是非活用したい。一方、海の透明度が高いのでダイビングも素晴らしい(らしい)(写真)。また、ロタ島一周のサイクリングや秘密の洞窟などもあるジャングルのトレッキングも是非やってみたい(写真)。ジャングルのトレッキングには、当然のことながら現地ガイドのエスコートが必要だ。有能なガイドと一緒なら、自生する草花やフルーツやハーブ、そして鳥類など豊かな動植物の説明が受けられるので、楽しみは倍増するだろう。毒ヘビがいないのも大きなメリットだ。






実は、ロタ島にプロ・テニス・プレーヤーのためのトレーニングセンターを造るプロジェクトがある。将来のプロ・プレーヤーを養成する場所でもある。暑い場所では身体の冷却効率が低いので、トレーニング効果が上がると言われる。それにプロにとって一番怖いケガも減る。

そこで、『健康を楽しむ』を観光の第一のテーマにあげたい。

楽園では、人々は健康と永遠の命を授かる。故に、楽園ロタ島では、「健康・長寿」がとてもふさわしいテーマだ。しかしながら、それを楽しみながらやりたい。なにしろ『楽』園なのだから。
テニス、ゴルフ、ダイビング、サイクリング、トレッキングなどのスポーツの他、太極拳や気功法やヨガを学ぶのもいいだろう。また、ロタ島にはノニ(注3)をはじめとした様々な薬草やハーブが自生している(写真)。これらを使った健康茶やハーブバスやマッサージなどのセラピーも考えられる。

また、豊富なフルーツや魚介類、そして自生するロタペッパーなどの数多くのハーブを活用した料理教室も面白い。また、それらを美味しく食べさせるレストランも欲しい。現状でも素晴らしいレストランがいくつかあるのだが、一般的にひどいものが多過ぎる。もっと安くて旨いレストラン、またはカフェーが欲しい。



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7.新しい観光の提案2:『環境を学ぶ(近自然学)』をテーマに

楽園ロタ島では、世界で初めての『近自然の島』を実現しようとしている。
人間の豊かさと自然環境とを両立させて、我々が豊かに健康に幸せに、しかも末長く生きていくことができる……そんな楽園を実現するのだ。そしてこの近自然の考えを、できるだけ多くに人たちに知って欲しい。また、できるだけ多くに人たちに学んで欲しい。これはロタ島や日本ばかりではなく、人類の将来にとって重要なことだ。

つまり、南の島の楽園を楽しみながら『環境を学ぶ』という新しい観光の提案だ。

その拠点となるのが、今私がこれを書いている、スイス・チューリッヒ州にある『スイス近自然学研究所』だ。ロタ島にも『ロタ近自然学研究所』をつくり、日本などから近自然学を学ぶ多くの人たちを受け入れたい。もちろん、本格的な勉強のためには数ヶ月から数年が必要だが、その核心部分を1週間から1月ほどで伝えようというわけだ。
すでに、スイス近自然学研究所では、近自然学セミナーを定期的に開いており、まだ数は少ないが日本からの留学生も受け入れている。しかし、手狭なため、新しいスイス近自然学研究所の建設プロジェクトが現在進行中だ(写真)。



ロタ島では、まず近自然学を教えるインストラクターの養成をしたい。
ここでは国際性を身に付けるために、英会話講座も開く。語学講師はすべてネイティブ(英語が母国語)であり、従来の学習法にとらわれない、新しいメソッドによる確実に上達する英会話講座を提供する。

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今回は豊かさを支える経済活動としての観光を主テーマに、ロタ島独自の新しい観光を提案した。次回は、観光にも日常生活にも重要な、ランドシャフト(注4)の重要性についてお話したい。


2006年11月22日、スイス近自然学研究所にて


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注1)貨幣をベースとした経済システムは早晩破綻する
本当はもうすでに破綻しているのだが、多くの人たちが気付かないか、認めたくないだけだ……とも言われている。アメリカ合衆国や日本など先進諸国が抱える累積赤字は返済できる見通しは全くない。企業で言えば、とっくに破産状態である。国の借金を平気で累積させていく政府には、国家経営の能力がないというのは極論だろうか?
「今までの借金はなかったことにしていただきたい」、という法律が国会を通過する日もそう遠くないと予想する。すでに米国では上の内容を含むNESARA(National Economic Security And Reformation Act)法が2000年3月に連邦議会で可決され、クリントン大統領もサインしていると言われるが、ブッシュ政権は反NESARAの立場をとり、米最高裁判所も公開を禁止しているため、詳細は不明のままだ。


注2)フィリピンなどからの外国人労働者たちが多く流入
ロタ島の公式データでは、
 チャモロ人: 1,861
 フィリピン人: 891
 アメリカ人: 54
 日本人: 36
 その他: 320
 合計: 3,162
である。フィリピン人の全人口に占める割合は30%に登る。実際には、バングラディッシュなどから、工事現場などの肉体労働者が入っているので、低賃金の外国人労働者の割合は全人口の40%近くを占め、異常な状態と言える。


注3)ノニ:Noni
学名:Morinda citrifolia(モリンダ・シトリフォリア)
和名:ヤエヤマアオキ(沖縄地方の呼び名)
熱帯から亜熱帯地方に自生するアカネ科の植物で、成長が早く、発芽から約8カ月で実を付ける。年間およそ4回花が咲き実を付け、一つの枝に完熟の実、未熟の実、花弁が同時に付くのが特徴。種は気泡を持ち水によく浮くので、島から島へと海を渡って繁殖しやすい。
ノニの実は各種ビタミンやミネラルなどを豊富に含むハーブフルーツ。その実は数週間で醗酵を始め、その醗酵液には各種酵母菌や酵素、アミノ酸、中鎖脂肪酸、ポリフェノール類など有用な成分が多く含まれる。ノニジュースは、糖尿病、高血圧、免疫力、心臓病、ガンの予防、美容や健康などに効果があると言われるが、科学的に実証された物ではない。また、その根には毒素を持つので、扱いは専門知識が必要。
ノニの育成には水はけがよく汚染のない土壌が必要で、汚染に無縁の火山島であるロタ島は良質のノニが育つ好条件が揃っている。


注4)ランドシャフト
景観・景域・風景・風土・情景・心象風景のこと。見た目だけではなく、音・匂い・味・感触、そして感動をも含む。つまり『五感+心』がテーマだ。

PDF版

2006年11月22日

【対談】 日本の若者に未来はあるか(3)格差社会

永井俊哉と峯山政宏による四回にわたる対談の第三回目。アメリカ型の市場原理主義を導入し、規制緩和を実施したおかげで、日本の社会でも貧富の格差が増大し、格差社会が生まれたといわれているが、本当なのか。再チャレンジ支援策を考える前に、格差社会を考察する。

永井俊哉と峯山政弘
永井俊哉(左)& 峯山政宏(右)

峯山:これまで教育の話をしてきましたが、後半の2回は、就職の話を扱いたいと思います。安倍内閣は、小泉内閣最大の負の遺産と言われる格差社会 の問題を解決するために、再チャレンジ支援政策を打ち出していますが、これについて、永井さんはどう思いますか。

永井:格差社会の弊害を言う前に、日本の格差社会がどういうものかをよく見なければいけません。よく、テレビで評論家とかが、規制緩和や自由競争により、社会が弱肉強食となり、強者はますます金持ちになり、弱者はますます貧乏になるから、弱者を救済するために規制の強化が必要だといったことを主張したりしますが、こういうことを言う人たちは、日本の格差社会の現状を大きく見誤っていると思います。

日本で実際に賃金が高いのはどういう業界かを見てみましょう。業界別平均生涯賃金ランキングによると、1位、放送業界:47千万円、2位、石油・石炭製品業界:31千万円、3位、海運業界:30千万円、4位、空運業界:30千万円、5位、情報・通信業界:29千万円、6位、電気・ガス業界:28千万円、7位、証券業界:27千万円、8位、医薬品業界:27千万円、9位、不動産業界:27千万円、10位、その他金融業界:26千万円、11位、保険業界:26千万円、12位、銀行業界:25千万円、13位、倉庫・運輸関連業界:25千万円というように、物、金、情報を横に動かしているだけの産業が上位にランクインしています。

トップは放送業界ですが、実際、平均年収高額企業ランキングをみても、上位7位中5社までがテレビ局とそこにCMを供給している広告会社です。後は、保険と不動産の会社です。では、こういう業界が、本当に世界的に競争力のある強者かというと、そうではなく、むしろ、規制によって守られている、その意味では、弱者とも言うべき業界です。

峯山:国際競争力があるわけでもないテレビ局の人間に高い賃金が支払われている一方、真に国際競争力のある日本の製造業の人間にはそれに見合った対価が支払われていない というわけですね。でも、自由競争が格差社会を作るのではなくて、自由競争をさせないことが格差社会を作るなどという話はあまり聞いたことがありません... ああ、わかりました。テレビ局が、規制緩和と自由競争をやると格差社会が生まれるから規制を強化するべきだといった考えで視聴者を洗脳し、事実を隠蔽するのは、テレビ局が、規制によって生まれる格差社会の最大の受益者だからということですね。

永井:そこまで陰謀論的に考えてよいのかどうかわかりません。実際、自由競争をしても、格差社会になります。ただ、強調しておきたいことは、もしもフェアな競争が行われていて、努力して成果をあげた人が裕福になるという社会なら、貧富の格差はあってよい、いや、むしろ貧富の格差がなければ不公平だということです。しかし、保護産業が、規制に守られて、不当に高い利益を手にして、格差社会が生じているとするならば、それは、社会的正義という点からも、経済の健全な発展を阻害しているという点でも、望ましくありません。

峯山:そういえば、日本のアニメ産業も国際競争力を持った輸出産業ですが、現場のアニメーターの人は悲惨な生活を強いられているようですね。

永井:たしかに、日本の漫画やアニメは世界的に高い評価を受けていますが、肝心の作品を作っている人の給料は安いですね。アニメーターの初任給とか月10万円を切っています。一方で、アニメを放送するテレビ局の給料は高い。日本の製造業には、今でも、世界的に高い評価を受けている優秀な会社がたくさんあるのですが、あまり給料は高くない。しかし、そこに金を貸しているところの給料は、その製造業よりも給料が高い。私は、金融業が製造業よりも給料が高いのはけしからんと言うつもりはありません。金融業でも、優れた金融テクノロジーを開発したり、優れた調査・評価能力を持ったところの給料はよくてしかるべきだと思います。しかし、日本の金融業は、 世界的に見て一流とは言い難いです。

峯山:世界的に見て一流であるとは言えない産業が一流である産業を搾取して高い給料をもらっているというのは許せません。

永井:格差社会の弊害を口にする前に、まずは、保護主義や政府による市場経済への干渉を止めて、強者が豊かになる社会を実現するべきです。弱者の救済は、保険でカバーすればよいでしょう。

峯山:現在の六社による電波の寡占状態を打破するためにも、地上波への新規参入を認めるべきなのでしょうが、放送の自由化を推し進めようとすると、その政治家や政党は、テレビ局から叩かれて、選挙が不利になるから、 なかなか改革できないというのが現状でしょう。

ところで、普通、格差社会というと、業界間の格差ではなくて、労働者個人間の格差が問題となります。特に最近問題になっているのは、正社員とフリーターの格差 です。

永井:たしかに、最近、アルバイト社員、派遣社員、契約社員といった非正規労働者が増えています。正規労働者と仕事内容や労働時間が同じであるにもかかわらず、給料が低く、社会保険からも阻害されていて、働いても貧しいという意味で、ワーキングプアなんて呼ばれたりしていますね。なぜこのような非正規労働者が増えていると思いますか。

峯山:不景気のために労働者の需要が減少したためです。本来なら社員の給料を一律にカットをすれば、労働需要は増加しますが、労働組合などの既得権益層が自分たちの給与の現状維持を行い、新入社員の数をカットして、不足な労働力を安い賃金で働く非正規労働者に委託しているために非正規労働者が増えているのだと思います。

永井:労働者の需要が減少しているのに、労働力が不足するのはなぜでしょうか。

峯山:どの会社にも新人が行うべき単純労働という仕事があります。新入社員が本来行うべきですが、彼らの採用数をカットしたために派遣社員に委託するという方法を取るのだと思います。

永井:派遣社員というのは、本来は、高度な技術を持っていて、その技術を一時的に売るという職種だったのだから、それは違うでしょう。規格製品を大量生産する工業社会が終わり、情報社会になることで、産業がスポット化し、それに伴って、雇用もスポット化し、簡単に雇用したり解雇したりできる派遣社員がもてはやされるようになったと私は考えています。ただ、派遣労働者を使うと、派遣業者に、派遣料金の20-40%を取られてしまいます。企業は、中間搾取があることを知りながら、なぜ割高な派遣社員を雇うと思いますか。

峯山:退職金や厚生年金などの企業加算をしなければならない正社員よりもいつでも解雇できる派遣社員の方が割安だからではないのでしょうか 。

永井:そうですね。日本では、不要になったからといって、正社員を簡単にクビにすることはできません。解雇するときには、会社が新しい就職先を紹介しなければなりません。それができない時は、窓際族と呼ばれる社内失業者として残留するので、企業にとっては、正社員を雇用することは、非常にリスクが高いわけです。

これに対して、会社が正社員をいつでもすぐに解雇できる社会では、労働者の権利が守られていないように見えますが、そういう社会では、逆に失業者も簡単に職を見つけることができるわけですから 、かえって労働者の権利が守られているということができます。労働者の権利を守ろうとして、儲かっているのは、派遣業者というのは皮肉なことです。こうしてみてみると、労働者の権利を守ることは、かえって労働者の権利を守らないことになるということが見て取れると思います。

結局のところ、企業内格差も、企業間格差と同様に、必ずしも本人の努力や能力の結果生まれたものではありません。景気がよかった頃に正社員として就職した人たちが、規制と慣習に守られて雇用を維持し続け、不当に高い賃金を得ている一方で、不況のときに学校を出て、就職できずに、フリーター人生から抜け出せなくなることで、格差が生まれているわけです。 こうした不公平な格差が生まれないようにするためにも、また人材の適材適所化を進めるためにも、雇用をもっと流動化する必要があると思います。

峯山:やっと若者にとってシリアスな格差社会の話に到着しました。でも、だいぶ長くなったので、フリーター問題と再チャレンジ支援策については、次回に持ち越すことにしましょう。

(次回に続く)

2006年11月21日

産油国の未来

石油に限らず、多くの資源を採掘する場合、採りやすいところ(=採掘コストが安いところ)から手をつけていきます。また、質が良いものと悪いものが一緒にある場合、質が良いものから先に手をつけます。石油をどんどん採掘していくと、質が良くて採りやすいところの油田は枯れていきますから、将来、質が悪くて採りにくい(=採掘コストが高い)油田からでないと石油がない時代がやってきます。石油価格が高騰していくと、採掘コストが高いところでも採算がとれますから、多少はしのげるかもしれませんが、代替エネルギーにシフトしないと石油文明は行き詰まりとなります。

今、産油国は我が世の春を歌っていますが、自国の油田が枯渇した後はどうなるのでしょうか? 類似の例で、南太平洋のナウル共和国のケースを見ましょう。1906年からリン鉱石の採掘を行い、20世紀末まで、リン鉱石の輸出によって豊かな経済を保っていました。国民は働く必要もなく、税金もありませんでした。労働力は外国からの出稼ぎ労働者に頼っていました。1989年にリン鉱石の産出量が減少しだし、最盛期には年間200万トンだった産出量も2002年には5万5千トン、2004年には数千トン程度となりました。ナウルにはリン鉱石以外の産業はほとんどなく、食料や生活物資のほとんどを輸入に頼っているため、経済的に破綻してしまいました。ナウル政府は何もしなかったわけではなかったが、かつての繁栄を再び手に入れるのは不可能です。

砂漠の国で緑を求めて遊牧の民に戻るのを良しとするか、今あるキャッシュを使って未来の産業を産み出していくのか。後者を選択するなら、何をやればよいのだろうか。産油国はいろいろ智恵を絞っています。UAEの場合、先代の国王以来、ドバイを中東の金融センターにしたり、観光の街として世界中から観光客を呼ぼうとしています。UAEが21世紀以降もエネルギーや水、食料で困らないようにするための試みとして、MASDARプロジェクトも立ち上がってきています。ポスト石油時代をにらんだ動きを今のうちから手をつけているのです。

中東の産油国には、石油とカネはあるが水がない。未来を拓く技術的な蓄積がない。逆に日本には、石油はないが、水と技術がある。カネは・・アメリカに貢いでもう国内にはない。財政赤字もすごいので実質チャラとしても、お互いに協力すると、相互に相手のないものを補完することができます。100年先とは言いませんが、これからの先行きを考えると、日本の技術を中東で活かすことはポスト石油時代を創ることにつながり、歴史的にも有意義な取組みとなりましょう。

橘みゆき 拝

2006年11月20日

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL128

今回も、前回に引き続き、アメリカの選挙結果が今後の世界に与える影響につき、検討してみたい。

まず、伝統的視点に立てば、民主党とは、労働組合やマイノリティといった、社会的弱者を基盤としてきた。産業界では、鉄鋼や軍事といった重厚長大分野が共和党であったのに対し、金融やITといった、隙間産業、新興産業がその基盤だ。非常に大雑把な言い方をすれば、共和党が軍人の政党であるのに対して、民主党は商人の政党という訳だ。

しかし、この伝統的区別も、実際には、かなり、意義を失い、米国内のヒスパニックやムスリムあるいは、無党派層の増大という点で、共和党、民主党に本質的な区別が無くなっている。今回の中間選挙の「共和党惨敗」という結果は、その事を如実に表している。そして、重要な点として、その増大する無党派は、明確にイラク戦争に「No」と言ったのだ。この無党派の増大は、間違いなくアメリカのモンロー化に拍車をかけるだろう。

日本にとって、重要な意味をもつのは、ラムズフェルド国防長官の更迭だ。これは、「米軍の総意」といっていい。何故、日本に関係があるかといえば、ラムズフェルドが目指した米軍のIT化、トランスフォーメーションという名の、ミサイルや空軍や、IT化された機械化歩兵の迅速な展開、運用により戦闘を短時間で終わらせるため、従来型の空母や機甲師団、歩兵部隊の削減を図るという戦略が大幅に頓挫するからだ。
<参考>
------------引用--------------
江端謙介「米軍再編」より引用
ラムズフェルド国防長官の米軍トランスフォメーション(変革・変化)(米軍トランスフォメーションは1990年中ごろから提唱されてきたが、ラムズフェルドは国防長官就任以来 米軍の運用や装備計画の全ての面において基本に据えてきた)
①州兵や予備役兵の(米軍部隊勤務の)負担を軽減させるための国家安全保障人事制度
②戦闘作戦に従事していない在外米軍部隊の削減と人間の異動
③アフガニスタンやイラクのような紛争形態に対応するための戦略と戦術の開発
そして
●米四軍間の「真の意味での統合」(ジョイントニスJointoness)・・・より少ない人間や装備でより効率よく目標を達成する
●在外米軍部隊と基地・施設の再編計画(GPR)・・・外国軍を訓練し、必要な装備を自分たちでもたすようにしてやれば、米国の国防予算は削減できると指摘。要するに世界各地の紛争や戦いは、その地域の国の軍隊が自分たちで行うべきで、米軍はそれが出来るように支援するだけにとどめるとの構想が基本方針
ラムズフェルド国防長官のトランスフォーメーション戦略の目的装備のトランスフォーメーションを進めれば、より少ない装備数で つまりその運用に必要な兵士もより少ない数で、米国が必要とする軍事的能力が得られるはずだ。よって結果として、より少ない国防支出で済む。国防支出の中で非常に大きな役割を占めるようになっている人件費も削減できる。
------------引用--------------

平たく言えば、ラムズフェルト更迭により、海外の米軍基地、海軍や陸軍のリストラと民営化、IT化に歯止めがかかり、軍事的観点からは、空母基地としての日本の役割は高まるだろう。
ラムズフェルドは略歴を見ての通り、民間企業に勤めていた時期が長く、企業経営の手法を軍政に持ち込もうとした。
即ち、効率化、省力化、経済効率。贅肉をそぎ落とし、無駄を一切省く。余剰機能と人員をバッサリ削減する。 しかし、古今東西、これをやると、必ず軍人の報復を受ける。そして、軍事技術や軍事部門の製造ラインさらには軍人というものは、一旦リストラしてしまうと、容易に復活できるものではない。ラインの維持には、常に発注を継続する必要がある。
 このような観点から、従来、共和党を支持していた軍や軍需産業が、民主党を応援したというのが、今回の選挙の特徴だ。ITを主にし、新産業を興し、軍にも応用するという方向性はクリントン政権の「情報スーパーハイウエイ構想」に端を発するが、民間部門で重厚長大産業からIT産業への移行は当然のことながら、それを全く同じ基準で軍事部門に適用すると失敗する。
もし、民主党がラムズフェルド路線を継続し、軍事産業を切り捨て、IT化に動くならその切られた軍事産業を日本が買うこともできる。日本としては、米軍からの新規発注が見込めない軍事分野、例えば、シーウルフ攻撃型原子力潜水艦等を発注しやすい環境になったのだ。その際、重要なのは、今回敗北した共和党の軍事族を通じて、発注工作を行うことだ。パワーバランスの変化をいかに、うまく利用するか。その点が試される。
軍事は、地政学を含む、民間と違うロジックで動いている。ラムズフェルドはそこを読み切れなかった。だから、イラク戦争でも敗退した。日本にとっても、アメリカに大きく依存しているのは中東までのシーレーン防衛のための機動部隊と対ランドパワー戦略の切り札である、オハイオ級戦略原潜SLBMだが、両者は「米海軍」が担っている。旧ソ連は冷戦時代アメリカを凌駕するICBM核攻撃力や強大な空軍力を保有したにもかかわらず、パックスアメリカーナを覆すことが出来なかったのは「空母機動艦隊」による海洋覇権のシーパワーを有さなかったからだ。
航海自由原則に基づき制海権を支配し、7つの海に迅速に大兵力を派遣し、空爆により相手国を徹底的に殲滅する米海軍のシーパワー戦略こそは『世界の警察官』たるアメリカの力の源泉だ。空軍力が進歩しても、陸上基地から発進する空軍機の作戦範囲は限定的であり、グアム島のB52やB1などの遠距離爆撃機による長距離戦略空爆という運用が中心であり空母機動艦隊のような前方展開の戦術的用途とは住み分けているし、近い将来、ランドパワーの潜水艦による日本の通商破壊が実際に行われたら、空軍では対処できず、海軍しかない。その意味で日本がシーレーン防衛という死活的利益を共有するのは、米海軍だ。よって、米海軍を削減する動きは、日本の安全保障に直結する。その意味で、空母廃止論者で海軍の敵ラムズフェルド更迭は日本にとって、大歓迎だ。
日本としては、むしろ、この空母削減の動きを利用し、「いかにして、親日派が多い米海軍をリースし、日本のための運用をするか」を戦略的に検討しなければならない。米国の財政赤字増大、アクエリアスの技術化と米海軍への優先供与、そして私の海洋国家戦略を上手く組み合わせていけば可能だ。武士の情けで星条旗は掲げさせてもよいが。キティホークの日本への払い下げと海上自衛隊の運用はその嚆矢になるだろう。
古代ギリシャのデロス同盟は「加盟国の船と金の供出」で成り立っていた。当初の目的はペルシアの再攻撃にそなえることであり,ペルシアの攻撃は陸路ではなく海上からとの推測し、ギリシアで最大の海軍力をほこっていたアテネが盟主となった。同盟の本部(金庫)はデロス島におかれ、同盟国は国力に応じて軍艦と兵を提供した。同盟国は最盛期には200をこえたが、一部の有力国以外の同盟国は艦兵の代わりに軍資金を提供するようになった。この故事に習い、今後は、アメリカが船を日本が金を出すのだ。
経済面でみれば、共和党は小さな政府で自由貿易主義、民主党は大きな政府で保護貿易主義といった特徴がある。そして、民主党は伝統的に親中反日で、中国に甘く、日本に厳しいといわれている。民主党を支える高学歴の人間は、昔から中国に幻想を抱いているようだ。これは、民主党を支える、国際金融資本が、16世紀から、中国を市場として重視し、取り込みを狙っているためだといえるが、彼らの、対中援助は全て裏切られ続けたことを理解すべきだ。そして、現在、中国の対米貿易黒字や外貨(ドル)保有は頂点に達している。この点、保護主義の民主党がどのような対応をとり、中国を潰そうとするか、見ものだ。

この選挙結果を最も危惧している国に、イスラエルがある。言うまでもないが、イスラエルはユダヤ人の国であり、米国のユダヤ人は、民主党支持だ。つまり、イスラエルにとっては、民主党が上下両院を獲得することは、本来、望ましいことのはずだ。しかし、現実には、「イラク戦争の失敗」が争点であり、米国は、明確にその点に「No」といった以上、イスラエルの安全保障についても、相当のダメージがあることになる。

つまり、イラク戦争のもう一つの目的である、「イスラエル安全保障」は破綻したのだ。7月の対ヒズボラ戦争失敗と相まって、またしても、イスラエルは国家安全保障上の重大局面に立たされることになった。これは、ロスチャイルドがイスラエルを建国して今日にいたるまでの歴史で、最大の危機だと考えられる。根本的には、土地に執着しない、してはならないシーパワーが土地に執着したため失敗したとさえいえる。地政学の黄金律が当てはまったようだ。

国際金融資本としても、イスラエルに対しては、愛憎相半ばという状況で、世代が変わるたびに、関心も低くなっている。この状況は、歴史的に見れば、関が原の役後の大坂城に似ている。バグダットを関が原と看做せば、エルサレムはまさに、大坂に相当する。

秀吉が築いた天下の名城である大坂城は健在だが、既に、体制は決しており、有力諸侯の中で親豊臣が消滅した状況だ。この後は、時間をかけて、外堀、内堀と埋めて行き、最後は天守閣である、エルサレムを攻め落とすだけだ。

大坂の役において、豊臣方の救援要請に応えた大名は一人もおらず、浪人中心の編成となった。その際、真田幸村の父昌幸は、九度山幽閉中に家康が近い将来、豊臣氏を滅ぼすことを予期していたと言われ、その際には青野ヶ原(大垣市を中心とする西美濃一帯)で徳川軍を迎撃する策などを画していたと言う。まさに、関が原の役と同じ戦略構想を描いていたわけだ。これは、大坂の最終防衛ラインが青野ヶ原から、関が原のラインにあることを知っていたからだ。ここを突破されれば、大坂の防衛は困難だし、大坂の陣は、決戦場を大坂周辺に指定したため、結局、敗れ去った。

このことを、イスラエルに当てはめるとどうなるか。青野ヶ原から、関が原のラインとは、いうまでもなく、チグリス・ユーフラテスを繋ぐ線であり、まさに、バグダットが相当する。つまり、イスラエルにとっての最終防衛ラインは、チグリス・ユーフラテスなのだ。

ここまで考えると、イラク戦争の真の理由がはっきりしてくる。それは、イスラエルにとっての悪夢たる、レバノン-シリア-イラク-イラン同盟が完成し、ユーロを通貨として、フランスやロシアがバックにつく、「ランドパワー連合」の結成の阻止だ。実際、2000年の時点で、フセインがユーロ決済による原油売却を認めた時点で、この可能性は十分あった。反対に、イラン-イラクが戦争をしていた期間(80年代)、イスラエル及び、中東全域は極めて安定した平和を享受できていた。イラン-イラクが停戦してから、湾岸戦争を始め、中東の紛争は際限が無い状況だ。逆説的ではあるが、イラン-イラクが割れている状況が、実は、中東の安定条件だったのだ。

ここまでで、チグリス・ユーフラテスのラインが、中東の勢力限界であり、最終防衛ラインだということ、そして、イスラエルはその防衛に戦略的に失敗したことが、お分かりいただけただろうか。家康は、関が原の後、15年をかけて、大坂城を落としたが、果たして、イスラエルはそれだけ、もつだろうか?イスラエルの立場では、時間の経過は不利を招くだけなので、篭城はできない。つまり、打って出るしかない。一か八かの積極策に賭けるだろうと予想する。

基軸通貨の観点から、今までの動きを整理すると、現在、世界の原油価格を決定しているのは「ニューヨーク石油取引所」である。イラクが行おうとした原油のユーロでの決済、さらには、構想があるテヘランの製油取引所の設立は、石油をドルではなく、ユーロで米国以外の国やバイヤーと取引するということにつながり、さらには、多くの国やバイヤーたちが次々とドルではなく、ユーロで石油を取引するようになっていく。それは、将来、ユーロ建ての石油を買うために、為替市場でドルを売って、ユーロを買うという、つまり大量のドル売りが始まり、世界通貨としてのドル体制が崩壊することに繋がる。

私は、事態の背景を丹念に追っていくと、全ての絵を描いたのは、フランスのシラク大統領ではないかと考えている。つまり、シラクVSユダヤ(ネオコン)というのが、この闘争の根底にある。考えてみれば、EUやユーロを推し進め、中東でアメリカに挑戦しようとする勢力は、フランスぐらいしかないだろう。そして、フランスと、アメリカやイギリスには、本質的な利害の対立がある。それが、ランドパワーとシーパワーだ。
<参考>
------------引用--------------
http://npslq9-web.hp.infoseek.co.jp/sls005.html

なぜなら、例えば、イギリスはEUに深入りしても場所が場所だけに欧州の物流・交易の中心には絶対なれない。(仏中心で)大陸ヨーロッパが1つになる事によって、欧州内で陸上ルートを使った物流・交易が極めてローリスクで行えるようになった、今回の拡大もその範囲の拡大と捉える事が出来る。域内のブロック化は、大西洋への出口として重要な位置にある海運の国の英にとっては、米国のその地域内での影響力低下も伴うからメリットよりデメリット大きいだろう。
 だから英国は今後もEU諸国の統合強化を妨げるように動くであろうし、実際、数世紀前からの英国の大陸欧諸国に対しての基本的な戦略だ。
 具体的には独仏分断のため、東欧の発言権を増しフランスに対抗させるといったやりかただ。英国がポーランドの欧州議席数交渉を支援したのはそのためだ。
 はっきり言って、英国がEUに入っている理由はEUの情報を入手し、域内を分断するためなのだ。(トロイの木馬)これは独仏の利害と対立する。
 そもそもランドパワーがシーパワーに対して優位性をもてるのは域内の統一がなって海上を利用しない物流・交易が容易になった時だ。
 シーパワーとしてはランドパワーが分裂状態にある事がとっても望ましいわけで海上を支配し分断されたランドパワーをつなぎ、その間で付加価値をつけマージンを得る事で富をなすわけでそれが出来ないと辺境に甘んじるか引きこもるかするしかない。このように、EUの分断、勢力均衡が必要なのは米国にとっても同じだから共通の利害関係にある以上、英にとっては米>欧で米英同盟は少なくともEU崩壊までは続くだろう。
 日本には、欧米という表現で、大陸欧州も英国も米国も一緒くたにする見方がある。欧米を「同じ」キリスト教国や民主主義国、白人種といった見方もそうだ。
 しかし、ランドパワーとシーパワーの視点からみると、大陸欧州と英米には「本質的かつ根本的な利害の対立」があることがわかる。つまり、英米は大陸欧州を分断して勢力均衡を図ろうとするし、大陸欧州は分断されてると、英米に利用されるから統合しようとするのだ。これがEU統合、ユーロ導入の意味であり、英米とEUが相容れない本質的理由だ。
 ナポレオンの頃から、二度の世界大戦、更に冷戦期を通じて、この勢力均衡が英米の基本戦略であり、それはイデオロギー的に相容れないソ連と組んでドイツを潰したことでも分かる。
 地政学的にみた場合、シーパワーたるアメリカは防衛線を島国たるイギリスに置き、独仏は防衛圏外(いざという時は見捨てる)とする、二度の世界大戦から、冷戦期を貫く戦略をとっていたのだ。
 アメリカは第二次大戦において、フランスを解放したではないかという向きもあろうが、44年6月という時期は、既に東部戦線で決着が着いていたのであり、ノルマンディー上陸はナチスを打倒するのに必要であったとはいえない。遅すぎたのである。むしろ、米国はフランスを防波堤にして英国を守ったという見方もできる。この対米不信感は戦後のフランス人の深層心理に深く刻まれ、ドゴールのNATO脱退、独自核武装につながる。           
 裏を返せば、イギリスは二度の世界大戦、さらに冷戦期を通じて、リムランドとしてアメリカの欧州関与(パワーバランスのため)の最前線となることを受け入れ、代償としてアメリカに安全保障を依存したということである。これが、アメリカの軍事戦略にイギリスが全面的に付き合う、付き合わざるを得ない本当の理由である。単なる共通の利権があるとか同じアングロサクソンだからといった次元の低い話では全くないのである。
 はっきり言えば、米国は二度の世界大戦以降、冷戦期を通じて欧州を防衛していたのではない。正しくは、大陸欧州を分断して勢力均衡を図っていたのだ。そのための前線基地として英国を利用していたのだ。現在の英米と大陸欧州の角逐の根底にはこの勢力均衡戦略がある。WW2末期、欧州の第二戦線をどこにつくるかについて、チャーチルはソ連を牽制するためにバルカンから東欧に米軍が上陸すべきと主張した。しかし米国はフランスに上陸支配しかつソ連へ東欧と東ドイツを譲ったのだ。この戦略の真の意図はソ連を利用して欧州を分断し勢力均衡を図ることだと私は見ている。つまり、独仏ソの封じ込めだ。

 このような、大陸欧州と英米の「本質的利害不一致」が冷静終結後、表面化し、ユーロ導入からEU統合拡大という対米自立戦略をとらせるのだ。
 もっとはっきり言えば、「欧米」という枠組みはもともと存在せず、英米と大陸欧州諸国はお互いを利用できる限り利用して来たに過ぎない。
 このような観点から、19世紀のイギリスの首相パーマストンは「大英帝国には永遠の友も永遠の敵もない。存在するのは永遠の国益だけである」と述べた。
 同盟関係は友人や親戚関係というより、ビジネス上の取引関係と捉えた方が良さそうだ。取引が成立するには利害の一致が不可欠である。特に警察も裁判所もない国際社会ではなおさらだ。
 欧米は同じ白人だから、文化を共有してるから、キリスト教だからいずれ和解するという見方があるが、私はこのような見方に賛成できない。
 血がつながっているという理由で後継者やパートナーを選ぶといずれ失敗するのは、ビジネスをやったことがある人ならわかるだろう。国家間も同じだ。
 このような歴史から、大陸欧州は英国に不信感と憎しみすら抱いている。日本人には分からないことだが、大陸欧州は英国そして現在は米国をその深層心理において蛇蠍のごとく嫌っており、蔑んでいる。なぜなら、勢力均衡が彼等の戦略だからだ。英米にとって、真の同盟国は大陸欧州に存在しないのだ。EUをつぶすため、ロシアと取引することも考えられる。WW2の時のように。

 EU憲法を批准すると、英国は大陸欧州に政策決定権を握られ、過去数世紀の復讐をされる可能性すらある。
 最も基本的なことは、EUの基本的理想がシャルル・マーニュのカロリング朝フランク王国の再興を理想にしていることだ。EUの最高機関であるブリュッセルにあるEU理事会ビルが”?シャルル・マーニュビルディング”と呼ばれているのは象徴的だ。そして、この観点から、英国はフランク王国の一部ではないのだ。
 私は英国のEU離脱を予想する。
 また日本も中韓印なんかと共に共同体なんか間違って作ってしまうと、全く同じ理由で主導権は中韓になる。
 その場合、金だけむしりとられ、いいように利用されるのは目に見えている。その上、今以上の犯罪者の大量流入も確実だ。
 連携すべきは米(あくまでシーパワーの)であり台湾であり、オセアニア(英連邦)でありアセアン諸国家であり太平洋への出口と言う重要な地位を死守すると言う結局今と全然変わらない状態がベストだ。
 日本の国策としては中共の分裂を妄想しつつそれを狙った動きをとるのが良い。

 地政学的な話をするなら、欧州大陸はユーラシアから見れば西端の半島だ。つまり地政学的には常にユーラシア中央部(ハートランド)から脅威を受けてた。
 ヨーロッパには潜在的に異民族に対する極度の警戒心が存在する。もともとヨーロッパ人には自分が優秀だとか、偉い人種という意識よりは、あの寒い環境で食料生産性の低さ、絶えず繰り返される東からの異民族の侵入(100年に1度は大規模)など、決してヨーロッパは豊かとは云えなかった。生存競争の異常な激化こそが、あのランドパワーとしてのヨーロッパの持つ対外的な攻撃性の基本なんだろう。
 カエサルの頃からあったゲルマン人の周期的なヨーロッパへの攻撃、その後のフン・ゲルマンの侵攻、100年後のアバール・スラブの侵攻、ブルガル、アラブ、マジャール、タタールの頻発的な侵攻。農業生産力が低く、つねに餓死に瀕する厳しい環境。中世には黒死病もあったし。
 だからそれを避けるために大陸中央部へ進出を図る衝動に駆られる(マッキンダー)わけだが、大陸中央を制覇してしまうと、欧州の非大陸的な統治方法では、広大な大陸統治が出来ず欧州の本国まで瓦解するというジレンマを抱える。(ナポレオンやヒトラーあるいはアレクサンダーが嵌ったパターンだ)今のEUもこの轍を踏みつつある。
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冷戦終結後の間隙を縫って、フランスがユーロでもって、ドルに対抗しようとした。

これは、ドゴールのNATO脱退以降の行動(あまり知られていないことだが、ドゴールはイギリスのEC加盟申請において、「イギリスというトロイの木馬のなかには、アメリカのスパイが隠れ潜んでいる」と言い放ち、フランスが保有するドルの金との交換を求めたことが、ニクソンショックに繋がった。)を見ても分かるとおり、プライドが高く、ラテン文化の正当な継承者であり、中世においては、1066年のへースティングの戦い以来、イギリスを臣下としていたフランスにとって、イギリスとその植民地アメリカに従うというのは、許されないという面もある。その事以上に、上述のようなランドパワーとシーパワーの「本質的かつ根源的利害不一致」が両者にはある。つまり、我々が「欧米」等と一くくりすることはけっしてできない対立を抱えている。

既に、ドイツでは、親米メルケルが政権についた。このことから、シラクの次の大統領を親米候補が占めれば、事態は改善されるのではと予測する。その候補とは、社会党のロワイヤル候補だ。論調査では対抗馬になる保守のサルコジ内相(51)(与党・国民運動連合=UMP=党首)に勝つ可能性のある唯一の候補にあげられ、史上初の女性フランス大統領誕生に現実味が生まれている。興味深いのは、マスコミが大々的に彼女のキャンペーンを張っていることだ。直前まで、シラク後継はサルコジと看做されていただけに、この売り出し方と支持率の高さは異様だ。確証は無いが、国際金融資本が一枚かんでいるのではないかと訝しく思う。
周知のように、産業の国有化を主張する社会党は、本来は国際金融資本の天敵だ。しかし、目的のためなら、悪魔とでも手を組む彼らにとって、それは、本質的問題ではない。アメリカにおいても、前号で見たように、ネオコンが共和党を乗っ取り、そして弊履の如く、捨て去ったのだ。
要するに、フランスのレジームチェンジ、ブルガリアやルーマニアのEU加盟に伴うEU域内分断、NATO解体の脅しといったことを連続して行えば、ユーロはもたないのではないかと考える。何よりも、私がユーロが基軸通貨になりえないのは、EUがランドパワーであり、世界の海上交易の守護者としての海空軍をもっていないという点につきる。
つまり、日本がユーロを買っても、シーレーン防衛には全く役立たない。ドルに対しては、シーレーン防衛や、安全保障のコスト、すなわち「みかじめ料」としてとらえることができるが。これは、東南アジアや中東でも同じであろう。EUがランドパワーである以上、ローカルパワーでしかなく、真のグローバルパワーにはなりえない。短期的な視点でユーロ買いにはしると、必ず、しっぺ返しがある。
注意すべきは、フランスは、明治以降、一貫して日本政府に対抗する立場であったということだ。幕末では徳川を支援し、日清戦争では三国干渉を行い、日露戦争ではロシアを支援した。このような、反日国家が主導する通貨は敵性通貨と看做さなくてはならない。これらは背景としての、英仏間の死闘が日仏間に反映されたものといえる。ここでも、ランドパワーとシーパワーが相容れないという黄金律が証明された。
ユーロの脆弱性については、現在、ポーランドはユーロ加盟時期の目標を明確にしていないし、ハンガリーもこの9月に発表した「経済収斂計画」でユーロ加盟の目標時期を定めることを取りやめた。チェコでも2010年の加盟目標を先送りする方向での議論が始まったが、新たに目標年限を設けない可能性が高まってきている。
背景として、ユーロ加盟が財政赤字の圧縮といった条件を含むと同時に、財政主権の喪失を意味するからだ。為替のリスクやコストがなくなること以上にこれらのデメリットが大きいと判断したのだろう。このように、足並みがそろわなくなった上に、さらに経済力が無いブルガリアとルーマニアが加わり、安全保障コストや治安コストは跳ね上がる以上、EUの有名無実化は拍車がかかるだろう。さらに、EUは内部にイスラム教徒、東欧の小国、南北格差、経済格差をかかえ、不安定要因はすごく大きい。古代より、ランドパワーである東欧を纏め上げるには、大量殺戮を厭わない、ソ連やナチスのような「無慈悲なボス」が必要であった。シラクにその役目ができるとは思えない。だから、EU東方拡大は失敗する。
戦略地政学の観点から、欧州大陸には致命的な欠陥がある。それは、米英海軍がジブラルタルとスエズを封鎖したら、それを突破する海空軍力はEUには無いということだ。これは、欧州全土を英米はその海空軍力で、いつでも兵糧攻めにできることを意味する。現実には、アメリカはそんなことをしなくても、「NATO解体」だけで必要十分だが。シラクは、基軸通貨国は世界の貿易の守護者であり、航海自由の原則を守る最強のシーパワーでなければならないという黄金律を思い知るだろう。
イラク戦争の敗戦で最も大きな影響は、中東産油国のドル売り圧力になったことだ。中東諸国は、今までの原油決済で溜め込んだ膨大なドルをどうやって運用し、リスクヘッジするかを検討している。彼らは、一部をユーロに切り替え、一部をポンドに切り替えるだろう。しかし、真の投資先は、人間の英知の結晶としての「ソフト」すなわち知的資産であるべきだ。日本のもつ科学技術こそが、その太宗を占める、真の投資先となる。中東アクエリアス計画はこの流れにのるものだ。
<参考>
------------引用--------------
http://npslq9-web.hp.infoseek.co.jp/sls054.html
まず、私が強調したいのは、「EU統合」は 戦前の日本の半島や大陸への拡大と同様に、「絶対に失敗する地政学的運命にある」ということである。逆に言うと、シラク大統領の試みとは、地政学的法則への挑戦と失敗として考えることができる。
 では、地政学的法則とは何なのか。それは、「攻勢終末点を超えた政治勢力は破綻する」というシンプルなものだ。攻勢終末点とは、勢力限界点あるいは防衛線といいかえてもいい。特定の政治勢力が自力で支配できる限界点を指し、河川や山岳あるいは海といった自然の地形と一致し、現在における、歴史的に定まった国境とも一致する場合がほとんどだ。
 ここから、地政学とは、特定の政治勢力にとっての攻勢終末点を判別する手法ともいえる。では、欧州の攻勢終末点とはどこか。それは欧州の歴史を紐解き、EU統合の基本理念たる、ローマ帝国の時代に遡ることで理解できる。
 ギボンのローマ帝国衰亡史によると、アウグストゥス(Augustus Caesar, 紀元前62年9月23日 - 紀元14年8月19日ローマ帝国の初代皇帝)はローマの領土をライン川とドナウ川に内側に限るようにと戒めていたという。彼はローマの伝統であった対外拡張政策を止め、防衛体制の整備に努めた。
 ローマの歴史上初めてとなる常備軍を作り、国境に沿って軍団を配置した。辺境で長い兵役を勤める彼らに報いるために、軍隊の退職金制度を始めた。北部国境は、当初エルベ川とドナウ川にするつもりだったが、紀元9年のトイトブルクの戦いでゲルマン人によって手痛い打撃を受けたためこれを諦め、結局ライン川を国境と定めた。つまり、ライン川とドナウ川の線の北側は、支配する果実より防衛コストが嵩み、割に合わないことを知っていたのだ。この防衛線をリーメスで繋ぎ、その内側で、その後1世紀に渡りローマは繁栄を享受する。
 リーメスとは、紀元1世紀末にローマ皇帝ドミチアヌス帝が築造を始めた長城遺跡で、東はドナウ河畔のレーゲンスブルグ上流から、西はライン河畔のコブレンツまでの全長584キロにも及ぶ長大なものである。「ヨーロッパの万里の長城」ともいえるこの国境防衛施設は、五賢帝のトラヤヌス帝とハドリアヌス帝の時代にさらに強化され、160年ごろアントニヌス・ピウス帝の時代に完成した。 現在では、ロマンチック街道沿いにある街ディンケルスヴュールの東南7キロの一帯に、結構保存状態がよく残っている。

 もともとリーメスの建設の動機は、紀元9年のトイトブルグの森の戦いで、ローマ軍がゲルマン人に大敗したことによる。この戦いでウァールスを司令官とするローマ帝国軍第17、18、19の3軍団が、アルミニウスに率いられるゲルマン人に全滅させられた。この敗北はローマ帝国最初の大敗北であり、以後のローマ帝国の軍団番号でそれらの番号が欠番になったという逸話さえ残っている。

 トイトブルグの森の戦い以後、ローマ帝国は軍を数回ゲルマニア地方に侵攻させているが、いずれもライン川~ドナウ川の川を国境とし、沿線に8万の軍を駐留させた。このときの駐留地点だった場所から、後のマインツやボン、ケルン、コブレンツといった都市に成長したものも少なくない。
 しかし、この防衛政策を根本的に変化させたのが、トラヤヌス帝である。トラヤヌス(Marcus Ulpius Nerva Traianus, 53年 - 117年)は、ローマ帝国皇帝(在位、98年 - 117年)。五賢帝の二人目。より正しくは「トライヤーヌス」である。ヒスパニア(現スペイン)のイタリカの生まれ。当初は対ゲルマン人の最前線である属州ゲルマニアの知事を務めていた。 97年、ネルウァ帝の養子となり、翌98年に皇帝に即位した。
 武人であり、アウグストゥス帝以来の防衛的政策に反して外征にも積極的であった。 ダキア(現ルーマニア)を征服する。トラヤヌスの治世中にローマ帝国の領土は最大に達し、東はメソポタミア、西はイベリア半島やブリテン島の一部、南はエジプト、北は現在のルーマニアやハンガリーまでおよんだ。ダキア遠征の始終はトラヤヌス記念柱と称される大理石の柱にレリーフとして刻まれ、現在に伝わる。この帝の時代、ローマ帝国は最大版図となり、絶頂期を迎えるが、実はこの拡大政策そのものが、ローマ衰亡への第一歩だったのだ。 そして、この拡大制作の決定的ターニングポイントが三世紀初頭に訪れる。211年カラカラ帝即位から、284年カリヌス帝謀殺まで。初代皇帝アウグストゥスの在位44年に比して、この73年間に22人の皇帝が統治、単純平均在位期間3.3年である。正に、衰退し政局の混乱の時代と言える。皇帝は終身のためその交代は謀殺がほとんどあることが、そのことを物語っている。
 問題の根幹は、ローマをローマ足らしめていた、ローマ人としての誇り、気概の喪失にある。征服した地、征服した人々を属州とし、恩恵を施しローマ化し、生活の安定と希望を与え帝国の版図を拡大していったローマ帝国である。ローマは開かれていた。ローマ人となる道も開かれていた。ローマ市民権は、「既得権」ではなく、「取得権」であり、征服された地の征服された人々にも、ローマに貢献することによって、ローマ市民権を取得する門戸が開かれていた。「取得権」故に、それを得ることを目指し、そしてそれを誇りとする。
 しかし、212年、カラカラ帝は、「ローマ帝国内に住む自由な身の人々全員に、もれなくローマ市民権を与える」法律を公表する。差別なく全ての人に与えられる権利は、もはや持っているのが当たり前のものとなり、それを持つことの意義、誇り、気概を喪失させる。すなわち、市民権のインフレ状況を生んだのだ。
 この後、市民権を得た蛮族による軍人皇帝の乱立が内乱を生んでいくわけだが、「ローマ市民権をEU拡大」と置き換えてみると、EUの犯した根源的問題である、「ライン川とドナウ川の北側への拡大」が、大失敗だということがわかるだろう。
 前号で考察したように、ランドパワーはシーパワーに比べて、経済力で圧倒的に劣る上に、多民族のための治安コスト、国境防衛のための安全保障コストが非常に大きく、そして陸上輸送中心のため海上輸送に比べ、高輸送コストといった特質をもつ。
 このようなランドパワーの定義に完全にあてはまる、無資源の中東欧に拡大するなど正気に沙汰とは思えない。何故ソ連が中東欧を放棄したか。それは、中東欧支配の果実より、軍事コストが大きすぎるからだ。いわば中東欧とは不良債権にすぎない。
 同じ白人でキリスト教国だからあるいは安い労働力があるからというのは、あまりに安易な、地政学を無視したものだ。ビジネスに例えれば、無能な血縁関係者を優先的に取締役にするようなもので、失敗の鉄則といえるだろう。
 逆にいえば、冷戦期の西側とは、西ドイツとイタリアを防衛線として、奇しくも、アウグストゥス帝の戒めに乗っ取り、ライン川とドナウ川の北側に手を出さなかったことが繁栄に繋がった。
 EU東方拡大が結果として、スラブ系やイスラム系といった、西欧の価値観と合わない「蛮族」の大量流入を招くことと、英仏独といった相対的に豊かな国の税金がEU補助金として、東側諸国に使われることへの恐怖感が、今回のフランスの「NON」に繋がったのだ。これは、アウグストゥス帝の懸念と全く一致する。
 そして、このことはローマの歴史に通じてさえいれば、分かることなのだ。まさに、ビスマルクの言葉、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」べきことだ。メディアや研究者がこのような論評を全くしないことは、まさに、知的衰退状況といえる。特に、歴史に対する考察を欠き、表面的な経済指標(4億5千万人の大市場など)等を根拠に「EU統合」を成功例として、日本も「東アジア共同体」を築くべきだなどと、のたまっていた三流評論家はなんと言うだろう。
 悪意をもった三流評論家の言動について、我々は注視する必要がある。重要な点として、EU憲法否決は左派のみではなく、ジスカールデスタンに代表される、西欧の保守派、良識派の声でもあるということだ。今後はオランダ(本来シーパワー)の大差での否決を受け、英国(本来のシーパワー)は地政学の鉄則「ランドパワーとシーパワーは棲み分けなければならない」「シーパワーは大陸内部に干渉してはならない」に乗っ取り、EU憲法を否決するだろう。
 NATOを割り、アメリカに対する「EU中露ランドパワー枢軸」をつくろうとしたシラクは、これで政治生命を失うだろう。
 ユーロの暴落も免れ得ないだろうが、フランスそしてドイツがイラク戦争で芽生えた対米不信を乗り越え、NATO体制、西側海洋国家連合に戻ることを希望する。
 私としては、フランス国民の英断であるEU憲法否決を契機として、日米英仏(ドイツは東方の蛮族に対する防波堤)を核とした世界規模での海洋国家連合が再構築され、中露といったランドパワーの封じ込めを行なうようになるとよいと考える。
 その上で、堂々と我々も「東アジア共同体」という名の中国による日本植民地化、奴隷化を否決する必要がある。
 そのための第一歩として、西欧はEUの根拠となったローマ復興のためのローマ条約にもどり、EUを有名無実化し、西ドイツ、フランス、イタリアで新ローマを結成し、首都をローマにおき、共通憲法をラテン語で書き、元首をカイザーと呼称することをお勧めする。
 不良債権に過ぎず、コスト要因でしかない上に、ローマ帝国のコア部分を構成していたわけではない東欧や中欧を切り離し、英米日と安保条約を結ぶのだ。EUはローマをモデルとしていながら、全くローマに学んでいない。そこが問題なのだ。欧州良識派の猛省を促したい。
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http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200611050007.html
米国の新保守派、イラク政策とブッシュ政権を批判 
ワシントン──米国の新保守主義派(ネオコン)の1人で、ブッシュ政権初期に米国防総省の政策顧問を務めたリチャード・パール氏は、近く発売される米誌「バニティ・フェア」1月号に対し、政権内部の機能不全がイラク政策の大失敗を招いたとの見解を示した。
レーガン政権で米国防次官補を務めたパール氏は、仮に2003年の開戦当時にイラク情勢の展開が分かっていた場合、フセイン旧政権打倒を目的とするイラク進攻を支持しなかっただろうと発言。また、政権内の反対意見を認めなかったブッシュ大統領の責任を追及する必要性を指摘するとともに、国土安全保障会議が当時適切に機能していなかったと述べた。
また、ブッシュ大統領の非公式諮問機関、国防政策委員会のケネス・アデルマン氏は同誌に対し、ラムズフェルド国防長官のイラク対応に「意気消沈した」とコメント。また、道徳的美点のために力を利用するのが新保守主義であるにもかかわらず、国民の間で信用を失ったと述べ、こうしたイラク情勢の後では「説得力がなくなるだろう」との見通しを示した。アデルマン氏は開戦1年前、イラク軍の壊滅とイラク解放を「容易」と予想したが、この判断は誤りだったと明言。「(ブッシュ政権は)戦後最も無能であることが判明した。個人に大きな欠点があるばかりではなく、全体的な機能不全がひどい」と述べたという。
一方、米陸軍専門紙アーミー・タイムズは、ブッシュ大統領にラムズフェルド国防長官の更迭を要求する論説を掲載中。軍指導者らがイラク政策やその執行、成功の望みが消えつつあることに疑念を示し始めていると指摘したうえで、「ラムズフェルド長官は米軍指導者や米兵、議会、国民全体の信用を失った。長官の戦略は失敗しており、長官の指導能力に対する信用も損なわれた。われわれのイラク政策の失敗は長官にあるが、その負担を担うのは米兵らだ」と述べた。論説は、「7日の中間選挙でどちらの党が勝利しても、大統領が長官更迭が必要という厳しい現実に直面するべき時が来た」と結んでいる。
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以上

マスダール計画説明会報告

2006年11月8日、東京・秋葉原のアンテナショップ(アクエリアス)でアラブ首長国連邦(UAE)・アブダビ首長国のマスダール計画について説明会が行われ たので、ここに報告いたします。

マスダール計画とは、アブダビ首長国が2006年5月に公表したもので、今後約10年間に数10億USドル(数千億円)を投じて、先端エネルギー技術と持続可能な環境をアブダビ首長国に確立しようとするものです。

内容はマスダール計画の概要紹介、水素エネルギーに関する北大教授の市川勝教授の説明、CDMについてチーム連山原亨氏の説明がありました。新聞社及び企業が参加しました。

講演する市川勝教授 講演する市川勝教授 講演する市川勝教授
新聞での報道
記事

なお、この日については11月15日付の環境新聞の第一面に掲載されました。左の画像は、11月15日に掲載された記事の一部を引用したものです。

[環境新聞社:2006年11月15日号]

(第2回説明会のご希望があれば計画いたしますので、この記事へのコメントの形で企業名及び連絡担当者名の名前入りでご連絡ください。)

Environment 2007 展示会

アブダビで、Environment 2007 展示会が、1月28日~31日に 開催される予定です。CTF有限責任事業組合とサイバーセントラルキャピタルは、この展示会で、有機ハイドライドとバイオ樹脂の展示をする予定です。

展示会は、以下の図に示されているように、アブダビ国際空港(Abu Dhabi International Airport)とアブダビ市の中間に位置する、アブダビ国際展示会センター(Abu Dhabi International Exhibition Center)で開催されます。

Abu Dhabi International Exhibition Center
アブダビ国際展示会センターの位置
[Environment 2007:Abu Dhabi International Exhibition Center]

上の地図の中に少し拡大されているアブダビ国際展示会センターの内部の拡大図が、以下の画像です。“MAIN ENTRANCE”から入って、奥の右端にあるピンク色のブースの一群が日本企業のブースです。

Exhibition :: Layout
展示会のブースの割り当て
 [Environment 2007:Exhibition Layout]

社長交代のお知らせ

ウェブマガジン「連山」が外国の教育機関に売却される事が取締役会で決定されました。ウェブマガジン「連山」は買収先外国企業によって継続されますが、アクエリアスは閉鎖となります。また代表取締役は、原亨に交代となり、今後は、原亨が暫定代表取締役を務めます。

1. 新代表取締役あいさつ

写真

12月1日からチーム連山の社長をやることになった原 亨です。どうぞよろしくお願いいたします。

ただし、チーム連山は2007年2月末で休業します。ウェブマガジン「連山」は、アラブ首長国連邦(UAE)ドバイにできる教育法人に受け継がれますので、継続される予定です。引き続きご愛読をお願いいたします。

2. 新社長経歴

1956年 東京大学経済学部卒業
  〃  株式会社不二越入社
1963年 同社退社、富士通株式会社入社
1970年 ファナック株式会社出向
1999年 ファナック退社
2006年 株式会社チーム連山代表取締役

2006年11月19日

ロタの近況1

ひさしぶりのロタ島


2ヶ月ぶりにロタに帰ってきた!Hafa Adai!と大声で叫んでみたい心境にかられたが、高揚する気持ちを抑えつつ、久しぶりのロタもなかなかよいものだと様々な感慨に耽っていた。ロタ空港にいる時はわからなかったが、ソンソン村に到着してみると、ここ2ヶ月の間で、大きな変化がロタに訪れていることが感じられた。ロタ島の中心街で日本統治時代はロタ銀座と呼ばれたソンソン村に人の気配が全く感じられない。何かお通夜のようだ。街全体がサンフランシスコ・デ・ボルハ教会横にある墓地になったかのように思われた。ぽつぽつと人が見られる程度で、これほどの寂寥感は2ヶ月前でも感じる事ができなかった。ただでさえ少ないロタの人口が確実に減っていると肌で感じる事ができる。閑古鳥が鳴いているというのはこの事をいうのだと思った。この数ヶ月の間でロタ島に一体何が起きただろうか?



サンフランシスコ・デ・ボルハ教会

ロタの観光客が激減している!


At the same time, Rota's arrival seemed to have not been hugely affected by the pullout of Japan Airlines since the level of arrivals essentially stayed the same.

昨年10月のJALの撤退によってサイパンの観光客が激減したことで、サイパン経済が石油高の影響も同時に受けて壊滅的な打撃を受けたことは記憶に新しい。本年度の一年間で10万人の観光客を北マリアナ連邦はJALの撤退により失ったのである。この観光客の数はサイパンを訪れる観光客のおよそ3分の1に当たる。会社の売上がたった一年間で3分の2に落ち込むようなものだ。それではJALの撤退はロタ島にどのような影響を与えたのだろうか。意外なことにロタの年間の観光客は前年度の21,821人から21,087人と大きな影響を受けていない。サイパンに較べてロタ島への根強い愛好者が多い事と、ロタへのアクセスがサイパン経由よりも、グアム経由の方が多く使用されることが主な原因だ。実際、地方も含めて日本の空港ではグアム行きの直通便を飛ばすところは多いが、サイパンへのアクセスはノースウェスト航空の東京発と名古屋発に限定されているので大変使いにくい。しかしながら、グアム経由のアクセスが今年の9月中旬頃より悪くなったことにより、JAL撤退の影響を受けなかったロタ島観光客はの今年の9月と昨年度の9月を較べると、観光客の数が28%もダウンするという事態になった。

10月中旬にコンチネンタル航空がグアム-ロタ間の運行を日便より定期便に変更したために日本の旅行代理店では、ロタ行きのパックツアーを組めず、10月にはロタ行きの旅行がすべてキャンセルされたようだ。さらにノースウェスト航空の関空-サイパン便が10月中旬にストップしたために、一度東京か、名古屋で乗りついでから、ノースウェスト航空でサイパンに向かってから、ロタに向かうか、航空便の多いグアムで乗り換えて、ロタに向かうことになる。後者の多くの場合、グアムで一泊することを余儀なくされる。またFreedom Airもしくはコンチネンタル航空を使用してグアムからロタに向かうことになるが、Freedom Airは日本でインターネット予約ができないという欠点を抱え、コンチネンタル航空は日便をグアムからロタに飛ばさないようになったので、場合によってはグアムーサイパンーロタという気がおかしくなるような二重の手間でロタに入らないといけない。日本で例えると、名古屋に行きたい人が名古屋空港への直通便がないので、まず関西国際空港で乗り換えて、羽田に到着した後、また乗り換えて名古屋空港に向かうということになる。さらに関西国際空港で一泊しないといけないということなので費用も時間もいかに無駄骨を喰うかおわかりいただけると思う。ロタのとあるダイビングショップでは、ここ2週間の間に来られた観光客は2~3組ということだった。ロタブルーと呼ばれる50m以上の透明度の海でに、6月から9月にかけて、ロタホールと呼ばれる自然界の芸術をみるために、毎日数十組の観光客が訪れていたことを考えると隔世の感がある。ロタにダイビングに行きたいが足がないのでいけない。そんな状況が長く続くとロタそのものの存在が忘れ去られてしまうのではないだろうか?ロタを愛する日本人の一人として、このNature Treasure Islandへの日本からのアクセスが元に戻る事を心からお祈りしたい気持ちになる。

神がサイパンに帰って来た?


A year after it left the CNMI, Japan Airlines will fly back to Saipan today, albeit on a charter basis, bringing in some 300 tourists from Narita.According to the Marianas Visitors Authority and Commonwealth Ports Authority, JAL will have one charter flight from Narita to Saipan today using a B744 aircraft.

JALとはこの北マリアナ連邦にとってどのような存在であるかというとまさに、神様のような存在だと言っても過言でなかった。発言が過去形なのは既にJALが北マリアナ連邦への直通便を撤退したからである。北マリアナ連邦の主要産業の観光業の中で観光客の70~80%が日本人、その日本人の半分を北マリアナ連邦につれて来ていたのがJALだというのであるから、この地の人はJALの本社がある東京都品川区には足を向けて寝る事はできない。そんな神様が一時的ではあれ、サイパンに帰ってきたというニュースが先日この島で報道された。CUCの水道光熱費の問題など暗いニュースが立ちこめる中で、JALがサイパンへ戻って来たことは北マリアナ連邦の国民に取って残りすくない希望の光であったに違いない。北マリアナ観光局長のPerry Tenorio氏は次のような賛辞をコメントしている。

“This is very exciting news for us,” said MVA managing director Perry Tenorio in a statement.“We have certainly missed seeing the JAL planes at Saipan International Airport and we look forward to welcoming the charter flight to the CNMI. JAL has been a part of the CNMI for many years and we are glad to see them bring a charter flight back to our islands,” Tenorio added.

「これはとても感動的なニュースだ!」と叫んだ北マリアナ観光局長のPerry Tenorio氏。JALによって訪れた300人の観光客を感無量の目で見守ったサイパン空港の職員たち。彼らはかつて年間155,000人の日本人観光客をこの地に運んだ航空機に想いを馳せていたのかもしれない。JALがチャーター便ではあるが、サイパンに直行便を飛ばす事はこの国にとって唯一の希望である。私は仕事の用で、このニュースの後の数日をサイパンで過ごしていたが、どこか数年前の華やかなサイパンに戻ったような気がした。日本と北マリアナ連邦の絆が定期便の形であれ結ばれる事は両国にとってとてもかけがないものである。是非不況に負けず両国の架け橋がどんな小さなものでもつながれる事を期待したい。

ロタの四方山のはなし


A lawmaker wants Rota to be developed as a hunting destination.According to Rota Rep. Crispin M. Ogo, the current center of eco-tourism in the Commonwealth has great potential to become a destination for trophy hunters.“There are trophy hunters from Europe who are willing to pay $10,000 each to the CNMI government for permission to go hunting in Rota,” Ogo said. “We need that funding.”

ヨーロッパのハンターの狩猟地としてロタ島を活用しようとするニュースがある。ロタ島のジャングルには未だたくさんの野生の鹿が棲息している。一方、野生の鹿はテニアンやサイパンなどの近隣の島には全く生息していないので、ロタ島に残された貴重な資源の一つである。実際、ロタ島を観光でまわるとまれに野生の鹿と出会う事がある。とても神秘的な何かを感じる。とても良いロタ島の思い出になる。最近になって少し気がかりなことがある。ロタ島は現在観光資源がないこともあって、大不況なのであるが、仕事がないせいか地元のチャモロ人はジャングルに行き連日鹿狩りをする人が多い。この前チャモロ人の友人が自慢気に「今日は3頭も鹿をしとめたよ!すごいだろ」と語りかけてきた。詳細はわからないが、鹿の激減により生態系が崩れる事はないだろうか?この状況でヨーロッパからのハンターに許可証を与える事は鹿の絶滅にもつながるのではないだろうか?杞憂ではあるとよいのだが、鹿の絶滅ということになると、チャモロ人は自分の足を自分で食べているタコのような状況を連想してしまう。いつの時代でも目先の不況に対応するだけではなく、政府は国家百年の計に従いロタの貴重な資源をその子供たちにも残すような判断を下してほしいと思う。ロタの島民は自分の島のことを「Nature Treasure Island」と名付けている。Natureは宝物であるということ、そしてその宝物をこらからも維持していくという認識を是非もう一度確認していただきたい。これはロタを愛する一日本人の願いである。



テテトビーチ

2006年11月18日

水素文明を語る(2)

北海道大学名誉教授で触媒化学の世界的権威である市川勝博士と永井俊哉による対談。水素をいかにして作るか、いかにして運搬し、貯蔵するか、いかにして燃料電池で発電させるかについて語り合う。

2006年11月17日

対談レポート2:橘みゆき(2)

4. 大統領選挙疑惑 2000年フロリダ州、2004年オハイオ州

アメリカの選挙は開票結果と出口調査の結果ではいつも結果が異なるのだそうだ。その差はカウントされない無効票のためである。しかしその無効票の数が多い事、多い事、ある州ではパンチカードの穴が不完全とか、2回パンチされているとか、何とかかんとかで無効になってしまう。これってなんとかならないんですかと素朴に思う。選挙前にパンチをただしく開ける講義の受講を必修にするとか、本番前に予行練習をさせるとか方法はいくらでもあるのだと思いますが。それにしてもアメリカってWindowsもMacも作った国なのに投票数も正確に数えられないとはとても信じられない。その無効票の絶妙なアシストに助けられて、ブッシュ大統領は2000年、2004年にゴア候補とケリー候補に民主主義に則って勝利した偉大な大統領である。

橘氏の発言

「アメリカって国は、他国の選挙のときは、民主的なプロセスがどうのこうのというくせに、自分の国の選挙はけっこういいかげんで、第3世界の辺境の地みたいに、投票箱はなくなるし投票するのに何時間もかかるは、電子投票もトラブルが多いわで、民主主義の総本山とは思えないほど信頼性に欠けています。イランや北朝鮮だって選挙によって元首を選んでいるのですよ。それなのに、自分の息がかかって言うことをきくならば独裁者でもOKというのは、ダブルスタンダードである。」

結論「アメリカの選挙はドリフのコント以下だ」

5.西部劇シェーンって名作ですか?

1950年代にアメリカを風靡した西部劇「シェーン」は身勝手なアメリカを考える好例であると橘氏は指摘した。

旅の途中ワイオミングの高原に辿り着いたガンマンのシェーンは水を求めてとある農家に立ち寄る。そこの子供に出迎えられるが、そこの主人ジョーに嫌がらせをする悪者と勘違いされるが程なく誤解を解いたのをきっかけにこの家にやっかいになることに。そこでシェーンは先にこの地に住んだことを理由に、ジョー達開拓者土地の明け渡しを執拗に求めしばしば嫌がらせをしてくるライカー一家の存在を知る。すっかりこの一家に馴染んだ頃、ライカーはよその地から早撃ちの殺し屋ガンマンのウィルソンを雇ってくる。ライカーからのジョーへの呼び出しが罠と知ったシェーンは、ジョーを気絶させ自身が殺し屋の待つ待ち合わせ場所の酒場に赴く。尾行しこっそりこの状況を見るジョーイの目の前でシェーンは早撃ちウィルソンを射殺し一連の騒動を治めてしまう。しかし人を殺してしまった以上、平和な一家に残ることは出来ないとジョーイ少年の残って欲しいと叫ぶ声を背にしながらどこへともなく去って行ってしまう。

橘氏の発言

映画の中に次のような台詞があります。地主の口癖(ライカー一家)「私は法律を守っている。人を殺さないように穏便に不法に入って来た入植者に対応してきた。なぜこれ以上、譲歩しなければいけないのか。先住者の意見に従うのは当然ではないか」 入植者の口癖「もともと大自然の土地に線引きをしたのは一体誰なんだ。そこでほそぼそと生活するのはなぜ悪いんだ」 上記の発言をよく考えてみると、200年前はインディアンの土地だった。白人が勝手に来て、虐殺して、自分たちの土地にしたのが先住者が行ったことですよ。これを身勝手、わがままだと思うのが多くの日本人ではないでしょうか?アメリカの論理はいつも自分の都合の良いように組み立てられるのです。

インディアンは彼らにとって完全に眼中にないのが驚きである。インディアンも含めた有色人種は動物と同じで人間扱いしないのが、欧米人が持つ選民意識である。隣人をころすなかれが通ずるのは自分たちの仲間だけであるので、その他の人種に対しては何をしてもよいということになる。「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフのように隣人を殺して、罪の意識に悩まされることもないということになる。

結論「アメリカはわがままを論理展開する子供の国である。」

6. アメリカ合衆国のルール

橘氏によるとアメリカ合衆国は、ネイティブアメリカンを除くと、ヨーロッパから食い詰めてきた人、アフリカより奴隷としてつれてこられた人、南米の不法入国者等、移民たちによって作られた国だということだ。食料不足、インフレになって食うに困った、事業に失敗した、権力闘争をして負けた等移住する理由も様々である。日本の歴史を見返しても満州、南アメリカに多くの日本人が移住しているし、東北地方でも自分の娘を売らないと生きていくことができないという貧困の歴史があった。 世界史で学んだゲルマン民族の大移動も食べ物と住むところを求めて移住した。アメリカは18世紀に諸事情によって、本国を出て、海外で生活を求めた人の新天地の多民族国家であったと言える。アメリカが多民族国家だとわかる簡単な例はアメリカ国籍の取得である。アメリカで生まれた外国人の子供にアメリカ国籍を与える事ができるが、日本で外国人が子供を産んでも日本国籍を認める事はない。日本人が父親だと判明して、認知をした場合はどうなのかという裁判が東京地裁で行われたが、日本とアメリカの違いをの如実に物語っている。

婚姻関係にない日本人男性とフィリピン人女性の間に生まれた後、父親に認知されたフィリピン国籍の子ども9人が、国に日本国籍の確認を求めた集団訴訟の判決が29日、東京地裁であった。菅野博之裁判長は「父が日本国民なのに、父母が結婚していないと国籍が取得できないとした国籍法の規定は、法の下の平等を定めた憲法に違反する」と述べ、請求を認めた。国籍法の違憲判決は、同種訴訟の昨年4月の同地裁判決(東京高裁で原告敗訴、上告中)に続き2件目。前回は、父母が内縁関係にあるなど共同生活を営んでいる場合に限り違憲となると判断したが、今回は、父母の生活実態にかかわらず同法の規定自体を違憲とした。原告は首都圏に住む6~12歳の男女9人で、それぞれ両親は異なるが、いずれも生後に認知された。

このように見て行くと、民族、信仰宗教、文化などがこれほど異なると、反乱、軋轢も当然のように生じるので、管理し、統制するのは容易ではない。ある民族の顔を立てれば、ある民族の顔を潰すし、ある宗教だけを依怙贔屓すれば、他の宗教がだまっていない。橘氏曰く、「アメリカ合衆国は放っておくと、バラバラになってしまう国だから一つにまとめるには何かしらの仕組みが必要なんです」 911事件を境にして、アメリカには国中に星条旗の国旗が反乱しているという話しを友人から聞いた。外部に敵を作り、マスコミによって、国民を煽動し、リメンバーと叫ぶながら戦争を起こすしかアメリカ合衆国という多民族のるつぼをまとめる手段はないのだろうか?民族、宗教ともに異なりるアメリカ国民がナショナリズムではなく、パトリオティズムによって共同体への帰属を感じることは不可能なのかもしれない。ミリオンセラーを記録した藤原正彦氏の著作”国家の品格”のp113では、ナショナリズムとパトリオティズムを簡単に次のように説明している。
ナショナリズム:他国のことはどうでもいいから、自国の国益のみを追求するという、あさましい思想
パトリオティズム:自国の文化、伝統、情緒、自然、そういったものをこよなく愛すること

7.これからの情報会社会を生き抜くリテラシーとは何?

インターンットやブログの存在で情報操作が不可能になりつつあると言われている。個人が情報を発信できる時代にすべての情報を統制することは可能なのだろうか?

橘氏の発言

「ロシアや中国などの社会主義で来たところは情報の統制が上手なんです。それは見せていいところと見せては悪いところの線引きが上手だということです。見てはいけないところを見てしまった人は追いつめられる、もしくは虐殺されるのが常套手段。ロシアや中国国内ではみる事ができないサイトもとても多いんですよ。インターネットを統制する技術も日々進化している。ウイルスを作る技術とワクチンを作る技術の関係と似ています。」

インターネットの情報は統制され、その内容も玉石混合となると、情報取捨選択する能力というのはこれからの時代はより重要になる。嘘の情報を信じ込み、ジョーカーを引かされるのは御免被りたい。

【モスクワ8日】チェチェン紛争中の人権侵害に関する報道やプーチン政権批判で知られたロシアの著名な女性ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤさん(48、1枚目の写真)が7日、モスクワ中心部の自宅アパートで何者かに射殺された。警察当局はポリトコフスカヤさんの報道活動に関係した殺人とみて捜査しているが、ロシア国内だけでなく国外からも犯行を非難する声が上がっている。

橘氏の発言

「まじめな優等生ほど得てして、真実を得るのは難しいです。世に言うひねくれものや人と異なることを考えてやろうという変人と呼ばれる人の方が真実を見つけるのはうまいと思う。私の場合、ラジオ番組に、ハガキを投稿するのを日課としていたので、日々の変化にアンテナを貼っていました。太平洋戦争中に大本営発表というのがありました。終戦間際に敵、空母を沈めたという知らせが入った時に「これまでこの空母は何回沈んだのだろう」という疑問を持ったことなどをお爺さんからよく教えられました。玉石混合の情報が入り交じったインターネット社会ではどれが真実かわからない。自分の考えにあうかあわないかで情報の選びかたも異なってきます。自分の考えたとは逆の情報があった場合、無視する事もできるし、今までこう思っていたんだけど実は違うんだなと方向転換する事もできる。他の情報との整合性を取る事も大事だし、その発言した人物が今まで何を言っていたのか、また何を言っていなかった事を調べてみることも大事。言われなかったことに真実が隠されていることがよくあるのです。データベースがないと判断できないという前例踏襲主義の秀才というのはこれからの社会に必要ありません。これからの世の中に求められる人は問題が生じる前からその解決案を複数用意できる人、その解決案から状況に応じて最適な物を選択できる人。この作業に日々の情報の取捨選択は欠かすことはできません。」

結論「言論はいつの時代も命がけである。」

橘氏に曰く、「金持ちは菜食主義者が多かったり、日本食に注目している。反面、マクドナルド、ケンタッキーをよく利用する富裕層ではない人々を較べた時に、mad cow diseaseによって病気になる可能性があるのは明らかに後者ですよ。」 毎日何を食べるのかという観点からでも、絶えまなる情報選択は欠かせないというよい一例であると思う。 対談レポート2:橘みゆき(2)終了

2006年11月16日

連載コラム9 楽園ロタ島:自由奔放に生きる!




前回の連載コラム8では、楽園ロタ島の歴史とコミュニティ(地域社会、共同体)についてお話した。ロタ島の楽園を壊さないために、さらにロタ島をもっと楽園にするために、そのコミュニティにおいて「競争から協調への転換」を提案した。今回はその続編とでも言うべきもので、住民が自由にしかも他人に迷惑をかけずに生きることができる方策を提案したい。

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1.楽園では皆が自由奔放に生きる

ロタ島のヴィジョン(理想像)は「楽園」だ。楽園には悲惨な環境戦争も、難しいエネルギー問題も、過酷な生存競争も、そして窮屈な規制もない。皆が「自由奔放に生きる」ことができるのだ。

しかし、現実のロタ島には、環境問題もエネルギー問題もある。過当競争や厳し規則はまだないが、このまま行けば間もなく実施されることは目に見えている。そうしなければ、環境悪化を食い止めることができず、住民の生活が厳しくなることを避けられないからだ。また環境や経済の状況が厳しくなると、自分だけ生き延びようと考える者が現れて生存競争が激しくなる。今まで規則で縛らなくても自分たちでセルフ・コントロール(自己規制)できていたものが、うまくいかなくなり、より厳格な規則を必要とするようになる。

……少なくとも、そう信じられている。本当だろうか? 他に道はないのか?

ロタ島のヴィジョン(理想像)が楽園なら、環境問題もエネルギー問題も過当競争も規則も……我々の日常生活や人生を圧迫したり束縛したり窮屈にする物は何であれ、好ましくない。規則も止むを得ず採用する必要悪なのだ。

環境問題、エネルギー問題、過当競争をどう躱(かわ)したらよいのかについては、これまでのコラムでお話してきた。今回は、我々の生活を束縛する厳しい規則を不必要にする手法についてお話しよう。

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2.環境に気を使う生活は窮屈ではないか

我々には環境のことを憂い、環境に配慮して生きる自由がある。と同時に、環境に興味がなく、環境を考えないで生きる自由もあるのではないのか?
本当にそんな自由があるのだろうか? そんなことを許したら、地球はメチャメチャになってしまうのではないか?

今まで我々は「環境に配慮しない自由」を対応策なしに許してきた(注1)。その結果、地球はメチャメチャに近い状態になってしまった。このまま自然環境を壊し続けてはそう長いことは行けないだろう。

現状では……
環境に配慮しない行為は、世界中の人類や子供たちにまで迷惑をかけることになる。他人に迷惑をかける自由や権利は、誰にもない(少なくとも私は認めない)。だから、環境に配慮しない生き方はしてはいけない。人類や地球に生きる動植物への背信行為、いやもしかしたら犯罪行為とも言えるものだ。
……という論理展開となる。

しかしながら、環境配慮というと、あれをしてはいけない、これをやってはいけない、ああしろ、こうしろ……と、煩わしいこと極まりない。クルマは大気汚染が大きい、海外旅行は環境負荷が大きい、ご馳走はエネルギーを沢山使う、ゴミはリサイクルするために分別しなくてはならない、などなど……これらはほんの一例でしかない。しかも、それが時と共にどんどん変わったりして、我々の日常生活をとても窮屈にしているように思う。

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3.自由に生きるために:プレミウム(ボーナス)とペナルティー

我々は環境のために本当にそんなに窮屈に生きなければいけないのだろうか?
たまには旨い物も食べたいし、よい音楽も聞きたいではないか。しかも後ろめたさを感じながらではなくだ。もっとゆったり生きることができないのか?
いや、できるのだ!
それが、近自然学が提案する「環境貢献プレミウム(ボーナス)」と「環境負荷ペナルティー」の導入である。

人は誰でも、美しい環境の中で豊かで充実した人生を、健康で幸せな人生を送りたいと願う。しかし、豊かさの定義は人によって違う。精神的な豊かさを大事にする人もいれば、物質的な豊かさに重きを置く人もいる。だから、個人の希望によりその両方を過不足なく実現できる自由度を確保したい。
環境貢献プレミウム(ボーナス)」と「環境負荷ペナルティー」が導入されれば、その自由度はかなり大きくなる。

環境負荷は人類の共有財産である自然や環境を壊す。現状では環境負荷はタダである。壊れた自然や環境の悪影響で金銭的にも人類の健康上も莫大な損害が生じるにも関わらずだ。また、壊れた自然や環境を修復するために莫大な費用がかかるが、それらは皆が税金などの形で支払わされる。つまり、自然や環境を壊す者には費用がかからない。逆に環境に配慮する行為には費用がかかる。ビジネスでは費用が増すとコストアップになり、価格競争において大変不利になり会社などの経営を圧迫する。

これではフェアでないし、自然や環境を壊すことを奨励しているようなものではないか。これはマズイ。そこで、環境負荷行為にはペナルティーを課して抑えたい。逆に、環境に配慮した行為にはプレミウム(ボーナス)を出して支援しようというわけだ。



このシステムが導入されれば、他人に(それほど)迷惑をかけずに済む。だから、自由に生きることを認めても良いのではないか。

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4.環境貢献にはプレミウム(ボーナス)を

地球環境をこれ以上壊さず、人類がなんとか生き延びるために、環境に配慮した行為や活動や商品を増やしたい。そこで、それを行う個人・団体・企業などを心理的物理的に支援するツール(道具・手段)が「環境貢献プレミウム(ボーナス)」だ。環境に貢献する行為だけではなく、多くの人が普通にしている環境負荷行為を意識的にしない場合にも適用される。これはとても重要な間接的に環境に貢献する行為なのだから。

このプレミウムには、どんな形があるのだろう。例えば、環境に配慮した行為や活動や商品に対して、報賞金、奨励金、補助金、税金免除、ラベリング(認証制度)、表彰、名前公表などの形でバックアップすること。また、もう少し消極的な形としては、環境負荷ペナルティーが課せられないこともある。



具体的には、太陽エネルギー利用施設への補助金、環境貢献プロジェクトに対する税金免除、有機農産物のラベリング(写真)、オフィスの近くに住めば家賃の10%を援助、省エネ製品リストの公表などだ。



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5.環境負荷にはペナルティーを

環境に負荷をかける行為や活動や商品を抑えたい。そこで、それを行う個人・団体・企業などを心理的物理的に制裁するツールが「環境負荷ペナルティー」だ。環境負荷行為だけではなく、市民なら行うことが当然である環境貢献行為をしない場合にも適用される。このペナルティーは、人類の共有財産である自然環境を壊した者に課す弁償だ。生じたコストを加害者が負担することで加害者負担原則と言う。つまり、壊した者が支払えということだ。

例えば、環境に負荷をかけると思われる行為や活動や商品に対して、罰金、関税、税金増額、勧告・警告・指導、懲罰、名前公表などの形で対処することが可能だ。また、ここでも消極的なペナルティーとして、一般的な援助や手当てを出さないことも考えられる。



具体的には、ゴミの有料化(有料のゴミ袋に入れないと回収しない)(写真)、ガソリン税の増額、原子力発電による電気料金の値上げ、通勤手当・住宅手当などの支払い停止、環境負荷消費税の導入などだ。



ガソリンは燃やすと排ガスが出て大気汚染という環境負荷がある。そこで、ガソリンに対してこの環境負荷ペナルティーを適用すると、現在の価格の6〜7倍ほどになると言われる。これは原油価格の高騰とは別の話だ。それだけの料金をガソリンに払うなら、クルマやモーターボートに乗ることも自由である。

ガソリン価格がそんなに上がったら、トラック輸送など成立しなくなるではないか……という反論が来るに違いない。しかし、その通りなのだ。トラック輸送が全くなくなるわけではないが、少なくとも長距離輸送は消滅し、エネルギー効率の良く環境負荷が少ない、従ってコストの安い鉄道や船舶が取って代わる。トラック輸送は電気カーや水素カーを使っての、都市内など近距離の限られた空間での集配だけとなるだろう。

つまり、近い将来、クルマは趣味の対象となるのだ。

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6.「環境ファンド(基金)」にプールする

環境負荷ペナルティーを支払えば、環境負荷行為も許される。……そうなると、「お金持ちは何をしても良いのか?」という批判が来そうだ。そうではない。お金を払えばどんなことでも勝手気ままにしてよいわけではない。そこには自ずと社会的なコントロールとブレーキがある。また、お金持ちをお金を持っているという理由で非難することはできない(注2)。むしろ、そのお金を社会のために使ってもらおうではないか。

プレミウム(ボーナス)の財源はペナルティーから得られる。世界的に税収が減って、国や地方自治体は財政が苦しい今、これは魅力的な財源ではないか。

近自然学ではペナルティーや募金や政府などからの収入を、「環境ファンド(基金)」にプールすることを提案したい。そして必要なら、ここからプレミウム(ボーナス)を支払ったり、環境対策を支援するのだ。

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7.結論:やりたいことをやり、やりたくないことはやらないこと

誰でも、自分の豊かな人生にとって重要な物とそれほど重要ではない物があるに違いない。だから、その重要な物は手に入れ、それほど重要ではない物は放棄すれば良い。放棄と言っても、大して重要ではない物なので、全然苦にならないだろう。

例をあげよう。
Aさんは、クルマが好きで休日のドライブはどうしてもしたいが、海外旅行はそれほど必要ないし、オーディオはカーラジオで十分と言うかもしれない。またBさんは、毎年新しい流行のクツがどうしても欲しいが、クルマは全くいらないし、肉食は週一回ほどで十分だと言うかもしれない。さらにCさんは、最新のコンピューターと高速インターネットは絶対に欲しいが、電子レンジもテレビもクーラーもいらないと言うかもしれない。そしてDさんは、気心の知れた仲間と楽しむ美味しいご馳走は絶対に欲しいが、携帯電話はいらないし、住居は都市内の小さなアパートで十分と言うかもしれない。またEさんは、スキーは毎冬したいが、お酒も煙草もいらないし、自宅を仕事場してもよいと言うかもしれない。



それぞれの人が、自分の人生にとって大事な物を手に入れ、やりたいことをやる。しかし、大して重要ではない物は手にせず、やらない。もし自分の人生にとって重要な物が環境負荷が大きいなら、その負荷に見合ったペナルティーを支払ってでも手に入れ、やる。また逆に環境負荷が大きい物を放棄するなら、プレミウムを得る。それら全てを個人の自由な判断に任す。なにしろ、その人の人生の豊かさや幸せに関わることなのだから、他人にとやかく言われたくないではないか。

こうすることによって、とても開放的な社会が実現でき、自由な人生が送れるではないか。
皆さん、この考えに賛同していただけるだろうか?

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充実して幸せな人生が送れることは素晴らしい。そのために、自由、豊かさ、健康などはとても大切だ。今回は自由をテーマにお話した。次回は、豊かさに密接に関わるビジネスについて考えたい。


2006年11月15日、スイス近自然学研究所にて


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注1)「環境に配慮しない自由」を対応策なしに許してきた
今まで、人類の共有財産とも言うべき自然や環境を壊しても、弁償責任を問われなかった。
だから、環境負荷ビジネスが儲かり、競争に勝つ。環境に配慮すると経費がかさみ、競争に負けてしまう。負けて企業が倒産しては元も子もないので、勝つためになりふり構わず環境負荷ビジネスにまい進することになった。その結果、国土は荒廃し、地球の自然環境はメチャメチャに……(ほとんど)なってしまった。これはでマズイ。


注2)お金持ちをお金を持っているという理由で非難することはできない
それは持たない者の単なるやっかみかひがみかもしれない。または、イデオロギーとしての共産主義を求めていることを意味する。確かに、全ての資産は皆の共有物であるという共産主義は楽園の状態に近いとも言えよう。そして、実際にトライした人たちがいたのも事実だ。しかし、ソ連、東欧、中国、北朝鮮など、人類の歴史はその試みが理想の高さとは裏腹にひとつとして成功しなかったことを示している。どうやら、資産を持つことは、悟り切れない我々生身の人間にとって大事なことのようだ。

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2006年11月15日

【対談】 日本の若者に未来はあるか(2)教員免許更新制

永井俊哉と峯山政宏による四回にわたる対談の第二回目。安倍首相は、教員免許の更新制に意欲を示しているが、十年に一度講習を受けることで、教員の質が向上するのか。どのように制度を変えれば、学生は学ぶ意欲を持つようになるのか。前回に引き続き、教育問題を考える。

永井俊哉と峯山政弘
永井俊哉(左)& 峯山政宏(右)

峯山:安倍内閣の教育再生のもう一つの目玉に、教員免許更新制がありますね。

永井:ええ。中央教育審議会は、既に今年の7月に、免許の有効期限を10年として、期限満了前の2年間に最低30時間講習を受けないと免許を失効させるという仕組みの導入を答申しています。

峯山:高等学校を卒業して、10年ほど経ちますが、故郷に戻る際に母校に立ち寄って以前と変わらない顧問の先生にお会いするととても嬉しい気持ちになります。そのような機会が免許更新制になるとなくなる可能性がありますね。私は反対に一票いれます。

永井:私は、違う理由で反対です。この教員免許更新制は、運転免許証更新制度と同じような弊害をもたらす可能性があるからです。峯山さんは、運転免許の更新に行ったことはありますか。

峯山:はい、忘れた頃に免許の更新がありますね。目の検査をして、交通事故は悲惨だ!というビデオを見せられて、その後に安全を守ろうとか何とかの標語を暗唱させられました。

永井:私が警察署に行って受けた講習は、もっとお粗末なものでしたよ。行ったら、誰も見ていないビデオが流されている中、視力検査をして、写真を撮って、交通安全ガイドとか、安全運転のしおりとか、交通の教則とかといった小冊子を手渡されて、それで終わりでしたね。手渡された小冊子はちゃんと読みましたか。

峯山:読んだ後に捨てたか、読んでもいないのに捨てたか定かではありませんが、捨てたことは確かです。

永井:あんなものは、ほとんどの人は、読んでいません。全く紙資源の無駄です。対価として支払われる更新手数料、年間約500億円は、天下り団体である交通安全協会を潤しています。 運転免許更新制度は、臨時行政改革推進審議会で槍玉にあげられ、更新期間を10年程度に延長するという案が出ていたのですが、 彼らは自分たちの利権を手放そうとはせず、実現しませんでした。

峯山:利権というものは困ったものですね。ところで、この運転免許証の更新と教育免許更新制とはどのような関係があるのでしょうか。どちらも免許を一定期間の後に更新しなければならないのは分かりますが。

永井:現在少子化が進み、大学は学生を集めにくくなっており、とりわけ教員養成系の学部は、就職先も減っているという二重の危機に瀕しています。そこで、文部科学省は、教員免許更新制度を作り、 更新手続きに来る教師たちに講習を行うことで、大学の仕事を新たに作ろうとしているのではないかと忖度しています(注1)。

峯山:新たな利権構造ができるかもしれないということですね。しかし教育免許更新性が教師の実力をあげるためにあるのであれば、運転免許証の更新のように形骸化したものではなくて、もっと実質的に教師の能力を高めるものになるのではないですか。大手の進学予備校のように

永井:大学に行って、退屈な講義を聴かされて、それで教師の能力が高くなると思いますか。

峯山:うーん、そのようになりそうにないですね。また新たな利権構造ができるわ、何の役にも立たないわで国民の反感を買うことになりますね。政治家にはつくづくうんざりしてきます。

永井:安倍さんは所信表明演説の中で「教員の質の向上に向けて、教員免許の更新制度の導入を図るとともに、学校同士が切磋琢磨して、質の高い教育を提供できるよう、外部評価を導入します」と言ってい ますが、なぜその外部評価を市場での評価に任せようとしないのかと問い質したいところですね。官が監視するという発想にとどまっている限り、小さな政府は実現できません。愛国心教育もそうですが、安倍内閣は国家主義的で、消費者の選択する能力をあまり信用していないのではないかという気がします。

峯山:表では国民のための教育改革と言いつつ、裏では自分たちの天下り先をつくるためにせっせと働いているわけですね。教育における利権構造について少し詳しくお話いただけないでしょうか

永井:安倍さんは、森派の出身で、 報道によると、いまでも、自民党文教族の実力者である森喜朗元首相の影響力は大きいそうです(注2)。 安倍さんが教育問題に力を入れているのは、このためでしょう。また、大学を管轄する文部科学省の役人たちの思惑もいろいろなところで働いているのではないかと考えられます。外国人留学生2千人に月計20-30万円相当の奨学金を支給する計画 (注3)も、日本の大学の需要を維持しようとする思惑からも作られているのでしょう。この外国人向けの奨学金には返還義務がありません。日本学生支援機構が日本の学生に出す奨学金に返還義務があることを考えると、かなり好条件です。

峯山:海外に行って、日本の大学に留学した外国人の方にお話しすると、まず驚いた事が、「日本の大学生が勉強しないこと」だそうです。世界的に見て、教育水準も高レベルではないですから、これくらいのことをしないと外国人留学生が来てくれないということでしょうか。日本の大学大丈夫かと少し不安な気持ちになります。

永井:大学に市場原理を導入し、教育力に優れた大学が選別されるようになれば、金をばらまかなくても、留学生は集まるようになるでしょう。

峯山:なるほど、それでは永井流の教育改革についてご意見をいただけますでしょうか

永井:まず、学位授与や単位認定といった評価機能を学校から切り離し、政府の仕事とし、そして、教育は完全に民営化します。そうすれば、学生 は学校の知名度ではなくて、純粋に教育の能力だけで、学校を選ぶようになります。

峯山:それでは学位授与や単位認定といった評価を政府はどのように行えばよいのですか。学生はますます勉強しなくなる可能性もあります。

永井:単位認定は、英検のように、全国共通の試験でやり、学位授与の場合は、論文審査が必要なので、学会を媒介に専門家に審査を委託して、申請者と審査者が相互に誰かわからないようにしてやれば、フェアな審査で、学位が授与されるようになるでしょう。

峯山:私にも経験がありますが、つまらない講義には代返を頼むという学生の意欲なさといい講義をしようという教授の熱意のなさの両方で大学の教育は現在機能していないですね。小手先のの改革だけではなくて、永井流の抜本的な改革が必要かもしれません。

永井:これまでの教育行政は、授業を所定の時間受けているかどうかとかプロセスの規制ばかりしていましたが、重要なのは結果であり、プロセスは民間教育の創意工夫に任せるべきだと思います。

峯山さんは、学習意欲を問題にしていますが、人間というものは、押し付けられると意欲を失うけれども、自分で選んだことは熱心にやるものです。教育のプロセスを民営化し、選択の自由を拡大すれば、学生の勉強への意欲は大きくなるでしょう。

しかしながら、実際に行われている教育改革は、プロセスの自由化とは逆で、法科大学院を設立して、司法試験合格に有利な学校を作って、そこへの在籍を推奨するとか、論文博士を廃止 して、博士号を取得するには博士課程に在籍しなければならないようにするとか、公教育の仕事を増やすことばかりしています。

峯山:効率を重視していた教育の部分にプロセス重視の制度を持ち込むわけですね。プロセスが大事か結果が大事か、どちらも大事ですので一概にプロセスが悪いとは思いませんが、そのプロセス の部分に無駄な利権構造が作られて国民の税金が使用されるのはご勘弁をいただきたい思います。

永井:プロセスを評価する教育制度を作ると、プロセスが目標になってしまいます。成績が悪くても頑張った生徒の内申点を良くするという制度を作ると、生徒たちは、先生に頑張っているような印象を与える演技をしようと努力するようになります。こういう偽善者を育てるような教育は、好ましくありません。

峯山:プロセスに国が関与すると民間の創意工夫が無くなってしまうということですね。

(第三回に続く)


注1)但し、中央教育審議会によれば、講習は、大学だけでなく、教育委員会も開催できるとのことである。これは、課程認定大学が近くにない過疎地のことを考慮に入れたものと思われる。

免許更新講習については、教員免許状が課程認定大学における所要の単位修得等により授与されるものであることを踏まえつつ、受講機会を幅広く確保する観点から、課程認定大学のほか、大学の関与や大学との連携協力のもとに都道府県・指定都市・中核市の教育委員会等も開設することができるようにすることが適当である。

教員養成系の大学も、専門職大学院制度を活用して「教職大学院」制度を創設するとのことであるが、こうした、公権力を利用した大学の生き残り策の弊害に関しては、「末は博士かホームレスか」を参照されたい。

注2

安倍首相は組閣直前、河口湖畔の別荘にこもり、国会議員の略歴などが書かれた議員要覧を見ながら、自分で人事を決めたことになっている。「派閥の意向にとらわれない」と勇ましかったが、やっぱり、ウソだった。

総裁選2日前の今月18日夜、六本木ヒルズにある森喜朗の自宅を極秘訪問し、人事の相談をしていたのである。

しかも、「これから伺っていいですか。飯を食わせてください」と安倍が電話し、「中川さんを経財相に」と切り出したことや、森が「彼は受けない。幹事長が一番いいんじゃないか」と語ったことなど、当事者2人しか知りえない会話がバッチリ新聞に書かれているのだ。

[livedoor ニュース:森元首相に潰された安倍のメンツ,2006年10月01日]

注3

中国、韓国などアジア諸外国の優秀な人材に、日本企業にもっと入ってもらおうと、日本の大学で学ぶ留学生への無償奨学金制度を07年度から経済産業・文部科学両省が始める。大学・大学院に、採用意欲のある企業と提携して、留学生向けの専門講座やビジネス日本語講座などの2年間の特別コースを新設してもらい、その受講生1人あたり、住居費分、学費免除分、生活費など月計20万~30万円相当の支給を検討中だ。支援対象は約2000人を想定している。

[朝日新聞: アジア留学生に奨学金、日本で就職促す,2006年08月20日]

2006年11月14日

石油文明の黄昏

産業革命以前のエネルギー源は、人力、畜力だった。奴隷や農奴は人力だし、ウシやウマは畜力だ。熱源としては薪、木炭、牛糞が使われた。

奴隷の供給源はアメリカ以前は主に戦争だった。負けた国の人たちを奴隷として勝った国に連れてきた。ローマ帝国を底辺で支えたのは奴隷労働であったために、ローマ帝国は絶えず戦争をして新しい奴隷を獲得しなければならなかった。好んで奴隷になる人は居ないので、武力や暴力によって強制しなければ奴隷制度は維持できない。

このようなエネルギー事情を一変させたのが産業革命である。蒸気機関の発明によって石炭が熱源としてだけでなく、動力源として人や家畜に代わって使われるようになった。蒸気機関以前にも水車や風車が一部の地域で使われていたが、これらは利用できる地域が限られていた。石炭の使用がこのような地理的な障害を取り払って、どこでも動力源として利用できることになり、近代文明、近代社会を築くことを可能にした。この石炭はその後さらに取り扱いやすい石油・天然ガスにとって代わられることになったが、その本質は変わらない。

石炭・石油・天然ガスの特徴は、その原価が製造原価でなく、採集・精製コストであることである。つまり、掘り出して売れば良いのだから、原価が大変安い。しかし、新しく作り出すことはできないのだから、当然資源量に限界がある。その限界が目の前に見え出したのが現在である。

安いエネルギーは何を生んだか

1. 交通が容易になった。
ジェット機・自動車によって我々の移動、物資の移動は各段位早く安く行えるようになった。石炭・石油以前には交通手段がウマ・ラクダ等の動物または帆船に頼っていたので、地域間の交通・運搬は大変難しかった。そのために各地域は孤立し、世界は一体感を持つことができなかった。化石燃料によって初めて「世界」が生まれたのだ。国際社会、国際連盟、国連等が成立したのも、この「世界」の成立の延長線上にある。

2. 安い動力源が手に入りやすくなり、農業、工業の生産効率が上がった。その結果、製品価格が下がり、庶民の生活は以前よりも豊かになった。生活にゆとりが生まれると、剥きだしの暴力の価値は下がり、後ろめたいものとなって行く。暴力に頼らない人々、暴力による強制を非道徳的だと考える人々が増えて、その批判に耐えられなくなったからだ。そのようにして民主主義が生まれ、論理、または弁論の価値が上がってくる。
平等意識が高まり、最近女性の発言権が増してきているのも、その一環であろう。

石油が枯渇すればこのような前提は一気に崩れる。当初は石油の節約技術が発達し、石炭の液化が進むだろう。しかし、それさえもなくなった時には代替エネルギーに頼る他はない。

エネルギーの価格が上昇すると、今まで隠れたいたものが表面に出てくる。それがエネルギー収支である。エネルギー収支とは、1単位のエネルギーを生み出すのに何単位のエネルギーを必要とするかを言う。使ったエネルギーよりも、生み出すエネルギーの方が少なければ、自分の足を食うタコのように、エネルギー総量は次第に減ってしまう。例えば太陽電池はエネルギー収支はマイナスではないかと言われている。同じように原子力発電も燃料精製に膨大なエネルギーを使い、かつ廃棄物処理、廃炉処理にもエネルギーが必要なのでその収支には疑問がある。

従来このようなエネルギー収支が重視されなかったのは、エネルギー価格が安かったことと、その採算計算が極めて短期的な視野で行われてきたことに理由がある。石油枯渇以後はこのような安易な態度は許されなくなるだろう。

2006年11月13日

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL127

今回は、米国中間選挙の結果を受けて、今後のアメリカと日米関係について、考えてみたい。結果として、上下両院で民主党が多数を占めた。上院は、日本では接戦などと報道されているが、 改選分は全体の3分の1の33議席。非改選とあわせて民主51vs共和50で、多数派を民主に取られてしまった。

そのうち24が民主で共和はわずか9の惨敗だ。つまり、「共和党惨敗」が正しい結果なのだ。2年後は民主党政権だろう。

まず、今回の選挙の最大の争点は、いうまでもなく、イラク戦争の是非であった。イラク戦争については、ネオコンと呼ばれるイスラエルの代理人によって主導され、嘘で練り固められた理由で始められた、開戦前から必敗の戦争であったことを、ようやく、アメリカ人も理解しだしたようだ。私は、この点をイラク戦争開戦の前から一貫して主張しているほとんど唯一の論者だろうと考えている。

参考までに、私が二年前に書いたコラムの抜粋を文末に添付するので、参照され、読者の皆様において、答え合わせをされれば、幸甚だ。

このような正確な予測がなぜ可能なのかは、前号で述べた様に、私が国際情勢の分析において、「歴史法則アプローチ」を何よりも重視しているからだ。全ての解は、歴史の流れを読み解き、人間の因果応報、業といったものを理解することではじめて導かれる。

 今回の選挙の意味として、最も大きい点は、上下両院を民主党が占めたということよりも、「保守主義者の共和党離れ」
が顕著のなったことだ。つまり、従来の伝統的共和党支持者が大量に民主党に投票したということだ。これは、ネオコンつまり、新保守主義者と呼ばれる、民主党から共和党に潜り込んだイスラエルの代理人に、事実上共和党が支配され、イラク戦争に突っ込んでいったという事実に伝統的保守主義者は愛想をつかしたということだろう。これは、移民の増大ともあいまって、保守の分裂、弱体化につながり、無党派の増大を生むだろう。彼らが、今回は民主党に投票したのだ。これは、避けようの無いアメリカのモンロー化、衰退に拍車をかける結果といえる。

ネオコンは、在米ユダヤ人の現状について非常に不安を覚えている。在米ユダヤ人は、世俗主義(secular)の人が大部分であり、他宗派との婚姻がどんどん進んでいる。ユダヤ教というのは基本的に母系で、一般にユダヤ教徒の母親から生まれた人がユダヤ人だ。他宗派との婚姻が進み、将来的にアメリカ国内のユダヤ人コミュニティが弱体化した場合、今みたいに活発なロビー活動が不可能となる。そうするとイスラエルに対する保障ができなくなりかねない。その反面、米国におけるヒスパニックやイスラム教徒の人口は増加している。現在でも総人口の2%しかいない在米ユダヤ人は、徹底的な民主党に対するロビーとマスコミ操作によりイスラエルへの支持政策を取らせているが、今後50年から100年のスパンで考えると、対ヒスパニック、イスラム人口比から影響力を行使できなくなる可能性を考えたとしても不思議はない。ちなみにフランスでは1割近くをイスラム系住民が占めている。
 アメリカでこうなった場合、親イスラエル政策は不可能になるだろう。イスラエルにおいても、ユダヤ人とパレスチナ人の出生率の差から、戦争がなくても、将来はユダヤ人単独の国家での維持は不可能であり、ユダヤ人は早晩「南アの白人」状態になるとの試算もある。
 さらに、燃料電池の開発や、中東以外の油田への依存率を上げることにより、長期的に考えると、アメリカがイスラエル、中東をともに見捨てる可能性が非常に高いのだ。すなわち、今後どう展開しようと、イスラエルに未来は無いことになる。

そこで危機感をもった彼らは、ユダヤ人コミュニティの代替物としてキリスト教右派に眼をつけ、新たな「宿主」とした。なぜ、イスラエルは、代理人を共和党に送り込むことができたのだろうか。真のアメリカの保守主義者はWASPで共和党支持であり、田舎に住み、家族や地域を愛し、親日的(彼らは民主党のアメリカと戦争した日本に、内心では敬意を払っている。)であり、反イスラエルであり、かつ金銭を卑しむキリスト教の価値観を持っている。そして、このような人たちの典型であるアメリカのキリスト教右派の人たちの理想郷は、「大草原の小さな家」だ。

そして、ネオコンがこのキリスト教右派に取り入ることができたのは、イスラムの脅威があったからだ。イスラムの世界的な復興運動の流れはずっとあるわけだが、79年のイラン革命を一つの転換点に80年代、90年代と急速に拡大してきた。そうしたイスラム復興の流れに対して、キリスト教右派は宗教的な意味で危機感を持ち、ネオコンはイスラエルの防衛という立場から危機感を持った。イスラム復興、拡大の脅威、それがネオコンとキリスト教右派を結びつけたのだ。

イスラエルの立場で考えると、共和党を操りイラク戦争に突入させ、結果が思わしくないと、容易に本来の彼らの支持基盤であり、宿主である民主党にチェンジするという、彼らの常套手段である、「パートナーチェンジ」を行ったとも言える。平たく言えば、ブッシュはお役ごめんで解任決議を突きつけられたということだ。これは、米国企業の株主とCEOの関係を考えれば、よく分かるだろう。

イスラエルにしてみれば、従来、反イスラエルであった共和党を乗っ取り、使い捨てにするという高等戦術だ。例えば、共和党政権においては、アイゼンハワーはスエズ動乱の時、英仏イスラエルに圧力をかけ撤兵させた。ニクソンは73年の第四次中東戦争において、敗北寸前のイスラエルの核恫喝を受けるまで軍事物資の支援(実質的にはキッシンジャー主導)に応じなかった(見殺し)。
 レーガンは、83年にレバノンの米仏軍のキャンプが自爆テロを受け、死傷者を出した際に、モサドがその情報を掴んでいながら、アメリカをレバノンに引きずり込むために教えなかったことを知り、レバノンから海兵隊を撤退させ、サウジアラビアに最新鋭兵器を供与し、任期の末期において、ドイツ訪問の際、SS将校が埋葬されたビットブルグ軍人墓地に献花した。父ブッシュは、イスラエルへの100億ドルの信用供与を拒否し落選した。
 このように、共和党政権は、伝統的にイスラエルに冷たい態度をとってきた事がわかる。

では、今後の中東情勢は、どのような展開を見せるだろうか。まず、上下両院が民主党になったからといって、急な全面撤退は不可能だ。それをやれば、中東は大混乱に陥り、イランの勢力が伸張し、イラクを併呑し、イスラエルの安全保障が危うくなるだろう。ここで、忘れてはいけないのは、1979年のイラン革命以来のアメリカの中東政策の根幹は、イラクを防波堤として、シーア派イランの勢力伸張を抑え、サウジのような親米穏健派産油国や、イスラエルの安全保障を図ることだった。そのため、アメリカはサダム・フセインを育てたのだ。

しかし、この構造は、イラク戦争で根本から変化した。シーア派に対する防波堤の役割をアメリカ自身が果たさなければならなくなったのだ。そして、この点が既に破綻しつつある。これは、例えば、英国がアジアの代理店、対ランドパワー防波堤として育成してきた日本を、太平洋戦争でアメリカが崩壊させてしまったため、アジアのパワーバランスが崩れ、朝鮮戦争やベトナム戦争をアメリカが直接、戦うことになったのと同じだ。

最も重要な点として、イラクの占領からアメリカが撤退し、イランの勢力がイラク国内のシーア派にいたるまで伸張してしまった場合、OPEC諸国全体のアメリカ離れ、ドル離れに歯止めがかからなくなり、アメリカの没落、衰退が決定的になることだ。原油に代表される国際商品の取引の大半はドル建てで、輸入国はつねにドルを調達しなければならない。そのため各国の中央銀行は外貨準備をするためにドルを買う。世界の資金がアメリカに還流することでアメリカの借金経済が成立している。これは、アメリカが構築した、石油を媒介としたドル機軸体制、つまり、石油本位制といえる。

このシステムは、石油とドルの交換が保障されていることが大前提だ。アメリカ帝国の維持には、この体制が必要不可欠だ。江戸時代の幕藩体制の維持に米穀収入が、大英帝国にとってスエズ運河の支配が死活問題であったように。
 
アメリカに対抗していたフセイン政権は、初めてこの「世界秩序」に反乱した。その後OPEC諸国もこの動きに追随しようとし、OPEC総会では複数通貨加重平均によるバスケット方式建てが議論される。このままではドル暴落が起こりかねず、産油国のドル離れを黙認できないアメリカは、イラク戦争を強行したというのが真相だ。

イラクは2000年11月6日から、原油取引の決算通貨をドル建てからユーロ建てに転換した。イラクを敵対視するアメリカの通貨であるドルを嫌ったためである。このことが、イラク戦争の直接的な動機なのだ。アメリカから「悪の枢軸」の一員とされている石油埋蔵量5位のイランも、ユーロへの切り換えを検討している。世界最大の石油輸入国であるアメリカが対外収支と財政収支の双子の赤字を抱えながらも、安定的に石油を確保できていたのは、石油取引の通貨がドル建てだからだ。もし、OPEC諸国の多くがユーロへシフトした場合、アメリカ経済の破滅、すなわちアメリカ帝国終焉は決定的だ。OPEC加盟国ではカタールが4月に外貨準備の一部をドルからユーロに切り替えたと発表した。クウェート、アラブ首長国連邦(UAE)の中央銀行首脳も外貨準備のうちドルの比率下げを検討すると警告している。

ここまで考えると、アメリカは、容易にイラクから撤退することができないことが分かる。これは、かっての日本が、シナ事変以降、泥沼の地上戦に巻き込まれ、遂に破滅を迎えたことと同じだ。アメリカにとっては、流血を継続しつつ、イラク支配を継続するより、手段は無いことになる。つまり、イラク駐留を継続するも、撤退するも、アメリカにとっての破滅は避けられない。私は、かねてより、唯一それを避けるには、インダス川から紅海、地中海で囲まれたエリアを核攻撃により、根絶やしにするしかないことを主張してきた。

何故なら、かって、この地を征服したモンゴル帝国は、『草原の掟』というものを持っていた。『草原の掟』とは、「降伏した者は許すが、抵抗した者は一人残らず殺戮する」という残虐な掟だ。

 モンゴルは、占領した地域にダルカチ(総督、知事)と呼ばれる占領軍司令官と、60人程度の兵隊だけを配置した。この数では武力で統治はできない。その代わり、反乱が起きてダルカチが殺されると、モンゴル高原から10万騎の大軍が押し寄せ、軍人か否かを問わず、生きとし生けるものをことごとく殺した。つまり大量報復である。

 征服戦争においても、即座にモンゴルに降参した国は被害を受けないが、抵抗すれば占領後三日間、略奪を受けた。反乱都市の場合は、そのあとで大殺戮も行なった。全市民を着の身着のままで市街に出して略奪、そのあと民家に火を付け、洪水を起こして街を水没させ、兵士であるか否かを問わず一人残らず殺戮した。その話が伝わると、反乱を起こす者はいなくなり、少数でも統治が可能になった。つまり、この地域の安定支配には、大量報復による、根絶やしが必要ということだ。
よって、現在の状況はむしろ、私の予測通りといえる。歴史的に見ても、異文明間、異宗教間の戦争とは、妥協の余地のない「殲滅戦」なのだ。日本国内での戦争でこの「殲滅戦」が行われたのは、宗教戦争である、一向一揆VS織田信長が有名だ。欧州においても、新教と旧教の間の30年戦争がある。

石山本願寺は信長の天下統一の動きに反抗し、元亀元年(1570 9月から、信長との戦いを始め、全国の一向宗門徒に対し、信長と戦うようにと檄を飛ばした。天正2年7月、信長は長島攻撃を開始し、志摩の九鬼水軍を中心に数百艘の軍船を用いるなど、これまでにない大軍を動員した。この軍船の威力は大きく、長島方の受けた被害は甚大であった。長島方では食糧不足から餓死者が続出、二つの砦は落ち、風雨に紛れて砦から脱出した男女千人余りが信長軍に斬り殺された。三カ月にわたる籠城戦が続き、9月29日、遂に長島方は降伏し、門徒衆は船で逃げ出した。しかし、待ちかまえていた信長軍に鉄砲で打たれ、多くは川の中へ落とされ、川の中は死者の血で赤く染まったという。また、砦に残っていた男女2万人余りは、周囲に柵を設けて閉じ込められ、四方から火を放たれ焼き殺されてしまった。

30年戦争はドイツ全土が戦場となり、町も村も大部分が荒廃し、当時約1600万人だったと推定されているドイツの人口は約600万人に減った。約1000万人という考えられないほど多くの人たちが殺されたり、餓死したり、ペストで倒れたりした。老若男女、住民は暴行略奪にあい、食べるものも、着るものもなく、家は焼かれ住む所もなく、厳しい冬の寒さにばたばたと死んでいった。農業、工業、商工業のすべてが一時完全なマヒ状態になった。この30年戦争の惨禍によって、ドイツの発展は200年後戻りさせられたといわれている。
日米の間で戦われた太平洋戦争も、実は異文明間で行われた殲滅戦であった。硫黄島、沖縄、広島、長崎の状況はそれを表している。終戦と戦後の統治が流血を見ることなく行われたのは、昭和天皇陛下の「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍べ」といった、命令を陸軍が忠実に、実行したからだ。逆に言えば、本土決戦が実行に移されていたら、相当の死傷者が出たであろう。この場合、日本本土を占領し、戦争を終結させるまでにアメリカ軍が受ける人的損害について陸軍長官スチムソンは100万人と予想し、統合作戦本部議長であるリーヒ提督はその二倍の200万人と推測している。日本人の犠牲者は、その10倍以上だろう。

このように考えると、アメリカにとってのイラク戦争は、中東全域の平定まで、さらには、ドル基軸通貨体制の維持が可能となるまで、終結しないことになる。もし、イラクから撤退することがあれば、それは、旧ソ連がアフガンから撤退したのと同様に、「帝国の終焉」を意味する。

 ここまで読んでこられた、賢明な読者諸兄はお気づきになられたであろう。それは、「イラク戦争が、ユーロからドル機軸体制防衛のため行われたのであれば、ユーロを崩壊させれば済む話ではないか」ということだ。

 まさしく、その通りだ。そのため、アメリカはルーマニアやブルガリアといった、NATO加盟国のEU加盟を後押し、結果として、EUを崩壊させようとしている。英国は、早速来年
1月から欧州連合(EU)に加わるルーマニアとブルガリアの出稼ぎ労働者に対し、受け入れ制限を設ける動きを鮮明にした。このように、EUの東方拡大は、結果として、EUの分裂、崩壊に拍車をかけるだろう。

アメリカには、まだ、切り札が残されている。それは、「NATO解体」だ。EUが基軸通貨の点で、どうしてもドルと覇権を争う気なら、在欧米軍を全面撤退させ、ロシアやイスラムの蹂躙にまかせるのだ。これをやっただけで、ユーロの価値は暴落するだろう。また、ネオ・コンサーバティヴのグループは、ドルを脅かすユーロの脅威に対抗して欧州からの米軍撤退を強く主張している。

 実際にPNAC創設者のロバート・ケーガンがフーバー研究
所で発表した論文"Power and Weakness"では長文に渡って欧州批判と欧州無用論が繰り返し述べられている。

「アメリカはもはや欧州との同盟に拘束されるべきではないし、欧州の軍事的プレゼンスもまたアメリカにとって無用である」とする恐るべき内容の欧州軽視とアメリカ単独主義が主張されている。

 EUの敵視はまた、アメリカ国内で強い政治的圧力を行使するプロテスタント原理主義者(ファンダメンタリスト)達の教
義とも不気味に符合する。彼らは、ローマ法王庁を黙示録のバビロンの淫婦とよび欧州統合を黙示録における悪魔的な10の国家連合であると主張している。

 EUの敵視とその崩壊は彼らプロテスタント原理主義者にとって望むところなのだ。エネルギー面でもロシア依存という問題を抱えているEUは、今後、東欧を抱えることで、脆弱さを増すだろう。戦後の欧州においてパワーバランスを確保していた在欧米軍撤退すなわち、NATO解体は独仏の対立から欧州崩壊の序曲だ。新たな30年戦争や世界大戦の引き金になるだろう。まさに、欧州は、ユーラシアから突き出た半島として、パワーバランスの変化が容易に内乱や戦争に結びつくという、朝鮮半島と同様の歴史的宿命を負っている。

 地政学の用語に「軍事と経済はバランスする」というのがある。意味するところは、軍事と経済のBS(貸借対照表)の残高は常に一致しているということであり、軍事力と経済力は双方関連して、お互い、補いあい、軍事力の整備には経済力が必要であり、経済活動を適切に行うには、軍事力が必要という意味だ。例えば、中東から日本へと至る原油シーレーンの防衛には、米海軍機動部隊による制海権確保が必要であり、機動部隊の維持には日本が米国債を買う必要があるということだ。

つまり、軍事と経済はコインの両面だ。アメリカはドル価値の担保を世界最強の軍事力で行い、経済面は日本が支え、両者はバランスしている。しかし、EU、中でも東欧には、軍事力も経済力も無い。いわば、不良債権を大量に抱えこませる手口だ。

 ドル一極体制にも確かに、問題があるので、今後は、円ドルポンドといった、シーパワー通貨のバスケットが機軸になっていくと考える。金やプラチナといった貴金属も値上がりを続けているので、部分的にせよ、金本位制復活といえるかもしれない。しかし、長期的には、石油本位制からの脱却、つまり、アクエリアス化が必要な点は、言うまでもない。兌換の基礎は、長期的には、石油から水素へと移行するだろう。

<参考>
金価格の推移:田中貴金属工業
http://gold.tanaka.co.jp/commodity/souba/d-gold.php

このように考えると、民主党の勝利によって、短期的にイラク政策が変化することはないが、長期的には、米欧の基軸通貨を巡る争いの激化から、米欧は分裂し、EUは崩壊していくだろう。

このような状況で、日本はどうすべきだろうか。論者の中には、民主党と人脈を築けという識者もいる。しかし、よく考えてもらいたい。政党政治家というのは、会社で言えば、経営陣であるが、株主の意向で容易に首をすげ替えられる儚い存在でしかない。今回、株主は、明確にそれを実行したのだ。ここまで考えれば、日本がとるべき戦略はたった一つだ。
それは、中近東のアクエリアス化と、今後、崩壊が予想される欧州のアクエリアス化による調略でもって、株主と均衡できる戦力を官民合わせた全力で構築することだ。

イラク戦争の敗戦により、アメリカの中東地域での影響力が限りなく低下している今日、日本と世界を救うには、この戦略しかない。日本政府の意を汲んで、チーム連山が取り組む中東アクエリアス化は、その、嚆矢であり、希望となる可能性を秘めている。プロジェクトの推移は随時、チーム連山のサイト
http://www.teamrenzan.com/archives/company/post_1.html

で公開されるだろう。アメリカ幕府の衰退という、世界史上の転換点において、正しく日本を導くのは、このサイトの他には無い。

<参考>
------------引用--------------
http://npslq9-web.hp.infoseek.co.jp/sls022.html
 私は、昨年のイラク戦争開始前から、この戦争は泥沼化し、結果的にアメリカは敗退する。唯一それを避けるには、インダス川から紅海、地中海で囲まれたエリアを核攻撃により、根絶やしにするしかないことを主張してきた。

実際、モンゴル軍に逆らった敵は老若男女を問わず皆殺しにされた。この地域の支配には、このような非常さが必要だ。

よって、現在の状況はむしろ、私の予測通りといえる。何故、そのような予測が成り立つのか?それは私の分析手法が、歴史の法則を発見し、そこからの逸脱度合いを見て事の成否を判別するという、極めてシンプルなものだからだ。
△ この観点から、アメリカのイラク戦争は戦略的大失敗であり、アメリカの孤立、衰退、モンロー化と、結果として、世界の戦国化を生むことは、”地政学的大失策が引き起こす、米国の衰退と世界の戦国化!”でも書いたとおり。

△ では、私が見出した『歴史的法則』とは何なのか。
1、ハートランドの長期支配は不可能
 まず、一つ目は「一つの政治権力でハートランドを長期間支配することは不可能であり、むしろ、ハートランドに手を出すと、その本国まで瓦解する」という世界史上のあるいは地政学上の法則だ。
 アレクサンダー大王のマケドニアはインダス川まで攻め込み、ローマ帝国においてトラヤヌス帝は最大版図を確立し、パルティアに攻め込み、ペルシャ湾に達した直後から衰退が始まった。
 更に、ナポレオンやヒトラーあるいはジンギスカンを例にとれば、ユーラシアハートランドへの遠征が、結局はその本国まで滅ぼす契機になったことを見れば分かるだろう。ナチスドイツは150個師団300万人でソ連に攻め込んだが、結局は敗退した。地域住民を敵に回し、消耗戦に巻き込まれたからだ。
 さらに、「短期的支配」に限っても、この地域の支配には大量殺戮、敵対勢力の根絶やしが必要なことは、以前、述べた。

2、キリスト教徒やユダヤ教徒が、イスラム教徒を支配して上手くいった例は皆無
 これは、十字軍や19世紀から20世紀にかけての植民地支配をあるいは、ソ連軍のアフガン侵攻の結果を見れば、短期的に見れば上手くいっても、結局は破綻し、かえって移民問題を生み、本国を乗っ取られることに繋がることをみれば分かる。
 イスラム教徒は近代国家ではなく部族社会、宗教社会で生きており、一族の誰かが殺されると、必ず復讐するし、聖戦を聖職者が宣言すれば戦うことは宗教的義務となる。このような死を恐れぬ10億のイスラム教徒は、国境を超え連帯している。よって、米軍は10万ぐらいの兵力で、2千7百万のイラク人のみならず、10億のイスラム教徒を敵に回して、この地域を支配できるわけは無いのである。

------------引用--------------
------------引用--------------
http://npslq9-web.hp.infoseek.co.jp/sls022.html

△ 米国家情報会議、イラク開戦前に反米闘争予測  朝日新聞9月29日
http://www.asahi.com/international/update/0929/004.html
 米政府の「国家情報会議」が、イラク戦争開戦前の03年1月にイラク情勢に関する二つの機密報告書をまとめ、その中でイラク戦争後の事態について、反米武装勢力による暫定政府や米軍への攻撃が起きる可能性を予測し、ブッシュ大統領に報告していたことが28日、明らかになった。
 同会議は中央情報局(CIA)長官の諮問機関。CIAは、朝日新聞の問い合わせに報告書の存在は認めたが、内容については機密を理由に明らかにしなかった。
 ニューヨーク・タイムズ紙によると、報告書は、米軍がイラクに侵攻すればイスラム過激派への支持が高まり、イラク社会が武力紛争に陥ると予測。別の報告書では、旧フセイン政権の残党やテロ組織などが、連携または独自にゲリラ戦争を引き起こす可能性を警告していた。
 ホワイトハウスのマクレラン報道官は28日、「大統領は戦争の決断を下した場合にどのような試練に直面するか熟知していた」と述べ、警告を受けていたことを認めた。同会議はイラク情勢について今年7月、「最悪の場合、内戦につながる」との悲観的な見通しを示した機密文書「国家情報評価」も作成した。 (09/29 12:18)

△ 米軍、住民に発砲=陸自輸送ルートで-多国籍軍への反発懸念・イラク
 【ナシリア(イラク南部)28日時事】陸上自衛隊が活動するイラク南部サマワから約80キロ離れたナシリアの高速道路上で25日、米兵が道路沿いにいた住民に発砲していたことが28日、分かった。住民によると発砲で3人が負傷した。住民は「葬儀のために集まった人々を武装勢力と勘違いした米軍の誤射」と反発している。
 現場付近はクウェートやタリル空港とサマワ間の物資輸送のため、陸自派遣部隊の車列が通過するポイント。多国籍軍への住民感情が悪化することが懸念されている。

△ (時事通信) - 9月28日17時2分更新
 【バグダッド29日共同】来年1月のイラク国民議会選挙の全土実施を目指し、米軍は武装勢力が実効支配する中部ファルージャの奪回作戦に乗り出した。だが連日の空爆で家を追われ、疲弊した住民の反米感情は高まる一方。車爆弾を使った反撃も続発し、状況は泥沼化している。
 米軍は市民の犠牲を否定するが、ファルージャの病院には巻き添えで負傷した子供や女性が次々と運ばれる。病院にいたアリ・アジズさんは27日、「路上で爆弾が爆発し、驚いた米兵が無差別に銃撃、親せきら3人が殺された」と憤った。
 地元住民によると、中心街では大半の店が閉まり、住民の約半数が市外に去ったもようだ。機関銃を担いで歩き回っていた「イスラム戦士」も、米軍のスパイ活動を警戒して数日前から姿を隠した。一部はシリアやサウジアラビアなどから米軍と戦うために来た外国人で、治安部隊を狙った車爆弾による自爆攻撃にも加わっているとされる。

3、アメリカはユーラシアの縁(リムランド)でしか戦争をしたことがない
 アメリカがユーラシアに本格的に関与してくるのは、第一次世界大戦以降のことであるが、アフガン戦争以前は、全てユーラシアの外縁部への軍事展開に留まっていた。第二次大戦でも欧州戦線では、内陸部のベルリン攻撃は行わず、ミュンヘンまでしか行かなかったし、朝鮮戦争でも満州を爆撃しなかった。湾岸戦争でもクゥェート解放に留まり、バグダット侵攻を行わなかった。これは、シーパワーとしての自己規定により、アメリカの戦略がリムランド支配に特化するというもので、極めて合理的判断といえる。
 何故、アフガン戦争から、イラク戦争にかけて、いかにそれまでのアメリカの戦略である”From The Sea”ドクトリン(米海軍は92年に新しい戦略「フロム・ザ・シー」を打ち出し,沿岸海域の作戦へと重点を移している。)に基づくシーパワーとしてのリムランド支配戦略からの逸脱が行われ、ハートランド直接攻撃という戦略的下策を取ったのかを理解する必要がある。
 個人でも、企業でも、それまで未知の分野に進出するときには細心の注意と下調べが必要であり、それなくしては必ず失敗するのは鉄則だ。そして、アメリカのアフガンからイラク攻撃は明らかにこの轍を踏んだのだ。

4、戦略的下策の背景
 はっきり言えば、アメリカのユーラシアハートランド直接攻撃は、従来のアメリカの戦略から大きく逸脱する、「戦略的大失策」なのは明白であり、従来のアメリカの外交、軍事政策とは別の論理、力学で行われているということだ。
 そして、その力学とは、過去何度も指摘したが、パールやウォルフォビッツに代表されるシオニストであり、シオニストと連携し、黙示録実現を望むキリスト教原理主義者だ。
 911を契機として、それまで中東についてはアラブよりでイスラエルに冷淡であったブッシュ政権を彼らが乗っ取り、中東戦争にアメリカを引き釣り込んだというのが真相だ。

5、米兵の士気
 嘘で練り固めた理由で戦地に送られ、日々攻撃にさらされ損耗を続ける米兵に士気の高さは望むべくも無く、実質的には、相当部分の米軍が戦力を失っていると見るべきだ。
△ 次回は、このよう状況で、アメリカの真の保守主義者とは何か、そして、日本はこのようなアメリカとどう付き合っていくべきかを検討したい。
------------引用--------------
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http://npslq9-web.hp.infoseek.co.jp/sls023.html
保守派アメリカ人の本音
 前述の、確信犯シオニストと頭がおかしいキリスト教原理主義者、石油や軍需産業関係者を除いて、一般のアメリカ人はこの戦争に反対している。彼らはこの戦争が、イスラエルと石油資本のために行われていることを見抜いているが表立って言えないだけだ。
 我々日本人が、真に理解しなければいけないことは、アメリカの真の保守主義者は、現状のシオニストに乗っ取られたアメリカを激しく批判しているということだ。真のアメリカの保守主義者はWASPで共和党支持であり、田舎に住み、家族や地域を愛し、親日的(彼らは民主党のアメリカと戦争した日本に、内心では敬意を払っている。)であり、反イスラエルであり、かつ金銭を卑しむキリスト教の価値観を持っている。レーガンあるいはジョン・ウェインやケビン・コスナーがその代表と思えばいいだろう。息子ブッシュも本来はこの路線だったはずだ。
 保守派の孤立主義者ブキャナンは、自分が新しく創刊した「アメリカ保守」(The American Conservative)という雑誌の中で、「ネオコンは海外で戦争を起こしたいだけだ!アメリカの国益をそこなう、ただの戦争屋なのだ!」という反戦メッセージをくり返し主張するようになり、アメリカの保守言論界に衝撃を与えた。
------------引用--------------
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 <参考>
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2116480

△ 私は、昨年のイラク戦争開始前から、この戦争は泥沼化し、結果的にアメリカは敗退する。唯一それを避けるには、インダス川から紅海、地中海で囲まれたエリアを核攻撃により、根絶やしにするしかないことを主張してきた。
よって、現在の状況はむしろ、私の予測通りといえる。何故、そのような予測が成り立つのか?それは私の分析手法が、歴史の法則を発見し、そこからの逸脱度合いを見て事の成否を判別するという、極めてシンプルなものだからだ。
△ この観点から、アメリカのイラク戦争は戦略的大失敗であり、アメリカの孤立、衰退、モンロー化と、結果として、世界の戦国化を生むことは、”地政学的大失策が引き起こす、米国の衰退と世界の戦国化!”でも書いたとおり。

△ ならずもの国家アメリカ
著者: クライド・プレストウィッツ
監修他: 村上博美  翻訳者: 鈴木主税
ブッシュとネオコンの野望を撃て!
 傲慢・思い上がりがエスカレートする“ブッシュのアメリカ”に鉄槌を下し、迷走アメリカと復活日本のあるべき姿を提示する。
 レーガン政権の中枢にいた「保守本流の論客」による警世の書「善意」はなぜかくも誤ったのか?
 環境問題に関して、アメリカは日本の面目を失わせるようなことをした。アメリカが京都議定書を受け入れられるよう日本が最善を尽くしたにもかかわらず、アメリカは批准しなかったのだ。また、日本が喜んで受け入れた包括的核実験禁止条約を、アメリカは拒否した。国際刑事裁判所についても同様だ。
 日本は国連決議をPKO活動の根拠にするようアメリカに働きかけてきたが、アメリカは都合のいいときだけ国連を利用するだけで、時によっては国連よりも便利なNATOや別の機構を利用すると言ってはばからない。こんな関係は、確固とした基盤を共有する同盟ではない。いつ何時、何かの圧力がかかれば、すぐにでも崩壊しておかしくない。だから、この同盟をもっと持続的で有効なものにしたいなら、今こそ再考し、再構築することが必要なのである。――(本文より)
 大事なことは、真の保守主義者はモンロー主義者でもあるということだ。二度の世界大戦から冷戦を経て、米軍の海外展開はむしろあたりまえのようになったが、アメリカの歴史を通してみれば、異常なことであり、それはドイツやソ連という敵の存在があったため止むを得ないことともいえるが、敵の存在なくして、米軍の海外展開は正当化できないのだ。この観点から、対テロ戦はむしろ、正当化理由として必要だったともいえる。
△ 世界に背を向けるアメリカ
 このようなアメリカに未来があるのだろうか?長期的に考えると、シオニストに主導され、イスラエルと石油資本の利益のために対テロ戦を継続するアメリカに未来はなく、いずれゆれ戻しからモンロー主義に傾き、世界から退場していくと予測する。むしろ、モンロー主義こそが、アメリカの真の保守派の意見であり、既にその兆候は出ている。規制を大幅に強化しだしたアメリカは世界の人と資本に背を向けだしたのだ。アメリカが自由の国だとういうのは既に幻想だ。経済の空洞化とユーラシアハートランドへの侵攻が、アメリカを閉鎖的ランドパワーに変えたとみるべきだ。

------------引用--------------

                                以上

2006年11月12日

国民の品格を復活せよ

亡国のイージス

海上自衛隊のイージス艦「いそかぜ」副長の宮津弘隆2等海佐(寺尾聡)は、東京湾沖で訓練公開中に亡国対日工作員のヨンファと凶暴の上、官庁を殺害し、「いそかぜ」を乗っ取った。彼らは乗務員を強制的に退艦させ、日本政府に宣言する。「現在、本艦の全ミサイルの照準は東京・首都圏内に設定されている。その弾道は通常にあらず。」今、この国の未来に不安を抱かぬ者は一人としていないだろう。未曾有の経済的発展を享受しながら、理想も持たず、国家としての責任能力も自覚せぬまま世界進出を遂げた日本。バブル崩壊が経済を袋小路へと迷い込ませたとき、そこに我々が誇るべきものは何ひとつとして残らなかった。「イージス」とはギリシャ神話に登場する最高神ゼウスが娘アテナに与えた、あらゆる邪悪を払う「無敵の盾」のこと。同時に、最新鋭の防空システムを搭載し、専守防衛の象徴ともいえる海上自衛隊の護衛艦をも指し示す。だが、語るべき未来も見えず、守るべき国家の顔さえも失った「亡国の盾」に果たして意味などあるのか。この国に生きる者すべてに関わりながら、その誰もが真剣に考えることを避けてきたテーマを、第一級のエンターテイメントへ昇華させた福井晴敏の原作は、それゆえ日本推理作家協会賞・日本冒険小説協会大賞・大藪春彦賞の3賞を制覇、58万部を超えるベストセラーとなった。

亡国のイージス

戦後、経済発展のみを国是としてきた祖国日本に対して、この映画が問いかける命題は重くて深い。10月29日にテレビでも放映されたのでご覧になった方も多いかもしれれない。この映画の中で対日工作員と共謀の上、イージス艦「いそかぜ」を乗っ取った宮津弘隆2等海佐(寺尾聡)の息子である防衛大学生は次のように語っている。

この国を背負うものたちに受け継ぐべき日本はあるのか 専守防衛によって守るべき日本とは何であろうか 守るべき日本とは日本の経済力でも軍事力でもなく もっと普遍的な価値や普遍的な日本の資産である。 日本とは何か、日本は世界に対して何を誇るのか 世界に対して日本は何を主張するのか

現在の知識偏重の詰め込み型の教育の中で、日本とは一体どのような国なのかと教えられる事もなく、考えさせられる時間もあたえられなかった。自分のアイデンティティの土台となる日本という国を知りもしないのに、国際化社会だからという理由で英語を学ばせているのは大いなる矛盾ではないのだろうか。イージス艦を乗っ取ったテロリストは映画の中で次のように発言する「この国は一度滅んだ方が良い。生まれた国に責任と自由を取り戻したい。」生まれた国を愛するがゆえに、語るべきもの誇るべきのを見失った日本を憤りを感じ、首都東京の1,200万人を人質にとり自分たちの要求を突きつけた彼らの方法は決して認められるわけではないが、その主張の中に皆が共鳴する真実があるからこそ、その原作がベストセラーになったのだと思う。何ごとも遅すぎるということはない。「教育の目的は、志ある国民を育て、品格ある国家をつくることだ」と安倍総理大臣は語っているが、品格のある国家を作るためには自分たちは一体何者なのかという問いかけを避けて通ることができない。100万部を超えるベストセラーとなった藤原正彦著「国家の品格」のタイトルを文字っているだけでは話しにならない。政府のビジョンとしての品格のある国家とは一体何なのかしっかりと国民に明示すべきである。

藤原氏はその著書を次のように閉じている

日本一人一人が美しい情緒と形を身につけ、品格ある国家を保つ事は、日本人として生まれた真の意味であり、人類への責務と思うのです。ここ四世紀間ほど世界を支配した欧米の教義は、ようやく破綻を見せ始めました。世界は途方に暮れています。時間はかかりますが、この世界を本格的に救えるのは、日本人しかいないと思うのです。

シャネルの社長

10月27日オンエアされた「たけしの誰でもピカソ」を見た。女性ブランドで有名なシャネルの社長のリシャール・コラス氏がゲストとして登場していた。17歳の時に父親の仕事の関係で来日して以来の大の「日本通」であるコラス社長は日本の浮世絵などのコレクションだけではなく、日本が持つ特有の音(下駄の音等)や日本の伝統工芸品に大変な興味関心を抱いているということだ。そんな日本びいきの社長でも日本人に対して我慢がならないことが一つだけあるということだ。それは「日本人は自分たちがもっているいいものを簡単に捨てすぎる」ということだ。日本の伝統工芸品でもそうだし、日本の価値観でもそうだ。ヨーロッパ人の社長であるからこそ、自国の文化、伝統を大切にすることを知っておられるのかもしれない。日本を訪れた外国人を通して、自分たちの文化がどれだけ貴重であるかを知る事もとても大切な事だと思う。守るべき、誇るべき日本の資産を次の世代に受け継ぐ事が日本人の使命である。日本人と一体なにものであるのか?まずは自己のアイデンティティを取り戻すことが急務であるが、それだけでは十分だとは言えない。日本人は決して内にこもってはいけない。目を外に向けて、世界が抱える諸問題の解決に挑戦すべきである。(民族紛争、環境問題、人口爆発、地球温暖化、砂漠化問題等)私は日本国民が21世紀においてもなお、世界に対して光を放つ民族であると強く信じている。

なぜ欧米の論理は破綻したのか

欧米の論理の出発点となっている「自由」「平等」「民主主義」の3種の神器である。国家の品格」の著者藤原正彦は「論理」を徹底させることがさまざまな破綻を生じさせると断言する。そのためには論理では説明ができない情緒が必要であると説く。なぜなら、「論理」それに自体に内在する問題があり、これは永久に乗り越えられからだ。欧米の論理の出発点となる「自由」「平等」「民主主義」にも大きな問題点が介在する。疑問符が付くところもたくさんあるが、これらの矛盾点に対して藤原氏は明快に著書の中で解析されているので本コラムではそれを取り上げるのは割愛させていただく。一例として、王権神授説を否定するために書かれた「統治二論」の著者である、近代文明の思想を形成しているジョンロックは「他人の自由と権利を侵害しない限り自由」と説いた。この説から考えると第三者に何の迷惑もかけない「援助交際」は全く問題なしということになるが、果たしてそうなのだろうか?日本人が持つ道徳規準の中に「恥」の概念というものがある。人間の行動基準の中に道徳が欠如して、「金銭至上主義」のみ、判断されるのならば、それは既に日本人ではない。犯罪の多発、家庭崩壊、教育崩壊による学力の低下は日本だけではなくて、先進諸国に見られる共通の問題である。それは現代文明が欧米の過てる「論理」の上に形成されているからだ。現代文明の病巣の元にあるのは欧米の論理なのである。

ここ四世紀間は欧米の教義が世界を支配しただけではなくて、帝国主義と植民主義の名の下に、欧米によって世界は破壊され続けてきた。南米も然り、アフリカも然り、歴史を欧米よって、破壊されて断絶された国はあまりにも無惨である。著者が主張する欧米の論理とは異なる判断基準であるところの情緒や形は、長い歴史に裏付けれた民族の英知である。日本国民は先祖が懸命であるがゆえにその歴史と断絶するということはなかった。欧米の価値観が崩壊した以上、日本人はその責務として世界のために貢献しなければならないのではないだろうか

骨のうたう

「骨のうたう」という竹内洪三氏の有名な作品がある。氏は1945年に23歳の若さでフィリピンで戦死されている。詩の中にある『がらがらどんどんと事務と常識が流れ故国は発展にいそがしかった 女は 化粧にいそがしかった』先に辿り着いたのが現在の先行きの見えない日本である。しかし、日本だけでなく、世界が行き詰まりを始めている。まずは世界に発信するために日本国民の品格を復活させることが急務である。

白い箱にて 故国をながめる
音もなく なんにもなく
帰っては きましたけれど
故国の人のよそよそしさや
自分の事務や女のみだしなみが大切で
骨は骨 骨を愛する人もなし
骨は骨として 勲章をもらい
高く崇められ ほまれは高し
なれど 骨はききたかった
絶大な愛情のひびきをききたかった
がらがらどんどんと事務と常識が流れ
故国は発展にいそがしかった
女は 化粧にいそがしかった

戦死やあわれ

2006年11月11日

水素文明を語る(1)

北海道大学名誉教授で触媒化学の世界的権威である市川勝博士と永井俊哉による対談。水素をいかにして作るか、いかにして運搬し、貯蔵するか、いかにして燃料電池で発電させるかについて語り合う。

2006年11月10日

対談レポート2:橘みゆき(1)

序文:1.同時多発テロ

THE PRESIDENT: I can hear you. (Applause.) I can hear you. 
The rest of the world hears you. (Applause.) 
And the people who knocked these buildings down will hear all of us soon. (Applause.)
CROWD: U.S.A.! U.S.A.!

President Bush Salutes Heroes in New York

「私にはあなたたちの痛みが聞こえます。私にはあなたたちの痛みが聞こえます。ビルを爆破したテロリストにも我々の悲しみが聞こえるでしょう。」(執筆者訳)大統領の演説を聞いた後、USAと連呼するアメリカ国民。
2001年9月11日、世界を震撼させた同時多発テロから5年が既に経過した。当時大学の3年生だった私は世界に大異変がおとずれたことに恐怖を感じながら、ワールドトレードセンターに突入する飛行機の模様に釘付けになっていた。2001年9月14日、瓦礫の上で民衆に演説するブッシュ大統領模様はまさにハリウッド映画に登場するヒーローそのものだった。合衆国政府は一連の事件の首謀者をアルカイーダと断定し、10月7日のブッシュ大統領のテレビ演説によりアフガニスタンへの武力行使を発表。その後のイラク侵攻も含め現在にまで続く泥沼の事態へと発展している。あの事件は一体なんだったのであろうか。その事件の真実が最近になって、ベンジャミンフルフォード氏の一連の著作「米国の行方と911テロ捏造疑惑」「9.11 テロ捏造-日本と世界を騙し続ける独裁国家アメリカ」等を通して、語られるようになった。同時多発テロから生じる様々な疑問の検証はこれらの著作に譲るとしても、日米安保条約によって、日本国民の生命を大きく委ねているその当事者のアメリカ合衆国を知る事は日本人にとって必要不可欠である。アメリカとは一体、何者であるのか? アメリカの世界戦略とは一体何か?について連山サイトのコラムニスト橘みゆきさんにお聞きしたので、その対談の模様を全2回に渡りお伝えしたい。

橘氏の発言

「 最初みたときは、よく出来た映画だと思いました。世界貿易センタービルが崩壊したときは、老朽化したビルを爆発させて崩壊させる映像と同じようにみえたからです。ニュースでは熱で鉄が溶けてといっていたが、ジェット燃料では鉄を溶かす温度は出せません。まあうそを堂々と言っていたわけです。911は捏造ではないかという最近の出版された本に書かれたことは、911直後では少なからずありましたが、アメリカの熱狂の中、次第に消えていきました。昔の赤狩りではありませんが、TVで言っていることに疑問を出すと、あいつは非国民だという風潮があり、心あるものは口を閉ざし、勇気がある者は、いつの間にか交通事故死や自殺、失踪、病院送りとなったのです。自由の国、アメリカがそういうことをしていたのです。ペンタゴンに突入したのが飛行機ではないこと位、被害の出た穴の大きさをみれば一目瞭然ではないですか。でも、それとて言えないのです。ナチスドイツとどこが違うんでしょうね。」 精神分析学者のエーリッヒ・フロムは「自由からの逃走」の中で、民主主義の中からヒットラーが台頭した理由を次のように説明したそうだ。「自由は面倒なものである。始終あれこれ自分で考え、多くの選択肢の中から、一つを選ぶという作業をしなければならないからだある。これが嵩ずると、次第に誰かに物事を決めてもらいたくなる。これが独裁者につながる。」

結論「アメリカは自由を信奉する全体主義の国である。」

9.11 テロ捏造-日本と世界を騙し続ける独裁国家アメリカ

2.リメンバーXXは米国の常套手段

同時多発テロを起こしてた首謀者に向けて、リメンバー9.11と合い言葉に戦争に突入したアメリカ合衆国。「自分で戦争の種をつくって、戦争をふっかけるのがアメリカ合衆国の常套手段ですよ。リメンバーXXってアメリカの建国の歴史の中で何回ありました?」と語る橘氏。私は、不勉強ゆえに今回のリメンバー911とリメンバーパールハーバくらいしか思い出すことができなかった。「アメリカの独立宣言って1776年ですよね?たかだか230年ほどの歴史の中でそれほどリメンバーXXってあったんですかね?」という素っ頓狂な私の質問に氏は次のように例をあげて説明をした後にリメンバーXXは米国の常套手段ですよと再度強調された。どんな恨みでも、時とともに忘れてしまう日本人とは大きな違いである。それが日本国民の美徳でありながら、国際的な外交の舞台で弱みにつけこまれる部分なのかもしれない。

アメリカにおけるリメンバーの歴史

リメンバー・ロスアラモス(1836年)

当時メキシコ領だったテキサス内にあったアラモ砦に、親米派住民支援のため来援したテネシー及びアラバマ民兵が立て篭もった。メキシコのサンタアナ将軍の軍隊がアラモ砦を攻撃し彼らは全滅した。その報復戦を行う際にヒューストン将軍が叫んだ言葉。テキサス戦争開戦時の言葉。

ロスアラモスの町への入口

リメンバー・フォートサムター(1861年)

サウスカロライナ州チャールストンにあった海上砦がサムター砦。1861年、サウスカロライナ州が連邦を脱退し、続いて南部9州が脱退して南部連合政府を結成した。連邦政府はこれを承認せず、サムター砦からの退去を拒否した。1861年4月、南軍が強制排除を実施した。これを引き金で南北戦争が勃発した。南北戦争開戦時の言葉。

リメンバー・メイン

1899年11月、USSメイン号がハバナで謎の爆沈を起こした。この爆発はスペインのテロ攻撃と米国政府は判断し、スペインに宣戦布告した。事件自身は未だ霧の中で、メイン号は調査されることなく海没処分された。その米西戦争開戦時の言葉。

USS Maine

リメンバー・ルキタニア

1914年、英国から米国に向かって航海していたルキタニア号がドイツの潜水艦によって誤って撃沈された。ドイツ政府は米国に謝罪し、米国も承諾していた。1917年2月、対英債権と対独債権のバランス計算の結果、英国が負ける方が不良債権額が大きいと判明、対独宣戦布告の名目としてルキタニア号撃沈事件を大々的に取り上げ、反独感情を盛り上げさせ、戦争に参戦した。第一次世界大戦参戦時の言葉。

リメンバー・パールハーバー

1941年12月7日、日本海軍が真珠湾を攻撃した。開戦したかった大統領が開戦反対派議員(議員の80%が対日戦に反対していた)を押さえ込むために過去に習って使った言葉。第二次世界大戦参戦時の言葉。

パールハーバー

リメンバー・トンキンワン

1965年、トンキン湾で米国の駆逐艦が攻撃を受けた(らしい)。大統領はこの攻撃を北ベトナム政府による攻撃と判断し、これを名目に北爆を開始した。ベトナム戦争北爆開始時の言葉。

リメンバー・911

2001年9月11日、テロリストに乗っ取られた旅客機が世界貿易センタービル及び国防省に突っ込んだ。このテロ攻撃はアルカイダによるものとしてアフガンへの派兵とイラクへの攻撃を行った。アフガン対テロ戦争及びイラク戦争開戦時の言葉

アメリカ同時多発テロ事件

ざっと見渡してアメリカの短い歴史の中で、7回もリメンバーが叫ばれ、国際社会の特定地域にアメリカ国民の憎悪の念がむけられている。恐ろしい国だ。30年に一度くらいでアメリカ国民は一同団結するらしい。2030年頃もまたリメンバーが叫ばれているかもしれない。地球上に敵のいなくなったアメリカは地球侵略を企てる宇宙人に宣戦布告でもするのだろうか。私が宇宙人だったらアメリカの目の及ばない銀河系の外にいち早く逃げさるだろう。

結論「アメリカにリメンバーと叫ばれたら、この世の終わりである。一目散に宇宙に脱出するしかない。」

3. 湾岸戦争時のプロパガンダ

湾岸戦争(1991年)当時小学生の高学年であった私は石油まみれになった鳥を見て、「フセインは戦争を引き起こしただけではなくて、自然破壊もする悪党だ」と大いに憤慨したが、それがアメリカのやらせであったことがわかると何か狐につままれたような気分でこう思った。「大人の社会は平然とメディアを使って嘘をつく事が公認される暗黒の世界だ。」政府公認の麻薬の販売と言ったところか。

橘氏の発言

「有名なところでは、オイルにまみれた水鳥の映像ですがあれはヤラセだったというのが現在の評価です。でも湾岸戦争ではフセイン一派がひどいことをしていることの象徴的な意味でよく使われました。インターネットが広がったのはWindows95が普及したころと重なりますから、1990年前半の頃はTVや新聞をコントロールすれば世論をコントロールできました。今は、インターネットが発達し、個人個人の意見を発表する場があるので、統制はとりにくくしているが、検閲や監視の技術が向上しているため、気がついたら、1984の世界みたいにBIGブラザー万歳というふうに変わっているかもしれません。(注)George Orwellの未来小説「1984(Nineteen,eighty-Four)」で、独裁者のような人物を形容するときに「Big Brother」という言葉が使われことに由来。この文脈ではアメリカ非難をしているつもりが、当局の監視によりいつのまにかアメリカの独り勝手な政策を支持していたという意味。

Gulf War

結論「アメリカ合衆国から流される映像は常にハリウッド映画だと思え(それはすべてフィクションである。)」

対談レポート2:橘みゆき(1)終了

911アメリカ同時多発テロの考察

ペンタゴンレポート・6(最終号)p>

2006年11月 9日

連載コラム8 楽園ロタ島:その歴史とコミュニティ




連載コラム5&6が「太陽エネルギー」、連載コラム7が「ゴミ」とヘヴィーな話題を続けてしまった。ここらで一息入れたいのだが……。もしかしたら、またヘヴィな展開になるかもしれないが、よろしくお付き合いの程を!
今回は、「友愛」を絵に描いたようなチャモロのコミュニティ(地域社会とか共同体という意味)とその背景にある歴史をテーマにお話しよう。我々がお手本にしたくなるような、素晴らしいコミュニティなのだが、そのクォリティーを保つためには、これからの発展には注意しなくてはならないこともある。

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1.楽園の住民チャモロ

ロタ島のチャモロ人たち(カロリン人たちも)は、道で出会うといつも手を挙げて「Hafa Adai !(こんにちは!)」と挨拶する。それがクルマどうしであっても、クルマと歩行者であってもだ。……と、事前に聞かされていた。それは本当だった。詳細に観察すると、全員がいつもというわけではないようだが、挨拶するのが当たり前なのはまぎれもない事実だ。「Hafa Adai」は、なんとクルマのナンバープレートにまである(写真)。



元々ロタ島には5,000人ほどのチャモロ人たちが住んでいたと想像される。ところが、17〜19世紀のスペイン恐怖政治時代に、そのほとんどが殺されたりグァム島へ強制移住させられたが、ジャングル内に200〜300人ほどが隠れ潜んだ。現在の約2,000人のチャモロ人のほとんどがその子孫であり、極端なことを言えば、全員が親戚だ。だから挨拶するのが当たり前……なのだろうか? いや、そうとは思えない。彼らの優しい心根の現れと解釈したい。

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2.楽園にも歴史がある

地上の楽園、ロタ島にも暗く悲惨な過去がある。

平和なマリアナ先史時代は少なくとも3千年、もしかしたら1万年以上も続いたと信じられている。しかし、17世紀後半から、スペイン、ドイツ、日本、アメリカと植民地・委託統治時代が350年も続いた。そして1978年、独自の自治政府とガバナー(知事)を持つアメリカ合衆国の自治領(注1)となった。だが、事実上は経済的にも文化的にもアメリカ合衆国に依存した属領と言えよう。

ロタ島の空港には、ロタ島の過去の歴史の絵物語がある(写真5枚)。





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3.平和なマリアナ先史時代

スペイン人に征服されるまで、マリアナ諸島ではかなり高い文化を持ったチャモロ人たちが独自の社会を作り平和に暮らしていた。
ロタ島に残されている石切り場跡や遺跡から、彼らが巨石を使いこなしていたことがうかがい知れる(写真)。



ジャングルに埋もれた洞窟内で、最近、推定1万年ほど昔の物と思われる動物や幾何学模様の壁画が発見された(写真)。その頃からロタ島に人が住んでいた証拠となる。



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4.恐怖のスペイン植民地時代

チャモロ人たちの性格は、350年間他民族に支配され続けた今でも、とても親切で温厚だ。17世紀当時の彼らも同様だったようで、軍船や鉄砲という近代兵器を持ったスペイン人の侵攻の前にはひとたまりもなかったことは想像にかたくない。

16世紀後半から17世紀後半にかけて、スペイン人がマリアナ諸島(グァム島を含む全マリアナ諸島のこと)を軍事的に制圧し植民地化した(注2)。

スペイン人たちは、キリスト教とスペイン語をはじめとした自分たちの文化を強要し、チャモロ人と混血した。そして現在のチャモロ人たちはとても敬けんなカトリック教徒だ(写真)。またチャモロ人の多くはスペイン姓を持ち、チャモロ語の中にも多くのスペイン語が取り込まれている。



しかしながら、スペインの恐怖政治とヨーロッパから持ち込まれた病気により、元々少なくとも50,000人ほどいたと思われる北マリアナ諸島のチャモロ人は約3,000人に激減した。ロタ島にはチャモロ人たちが5,000人ほどいたが、スペイン人の目を逃れてジャングル内に隠れ住んだ200〜300人ほどだけになってしまった。現在でも2,000人ほど(公式には1,861人)にしか復活していない。スペイン人にとって大きな意味を持っていたグァム島などと違って、ほとんど見捨てられたロタ島ではスペイン人との接触が少なく、病気のまん延が起こらなかった。今でもロタ島は病気の少ない島と言われる。

恐怖のスペイン植民地時代は230年間続き、チャモロ文化は壊滅的な打撃を被ったが、ナイフなど鋼鉄製品やキャンバス(帆)やロープなど布製品、さらには様々な農産物や家畜をもたらせた。

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5.短いドイツ統治時代

メキシコでの反乱やアメリカとの戦争で国力が疲弊したスペインは、マリアナ諸島経営への興味を失った。そこで、米西戦争時にアメリカに軍事占領されたグァム島を除く北マリアナ諸島はスペインからドイツへ売られた。北マリアナ諸島を買い取ったドイツ人たちは、船外モーターや鉄道など20世紀初頭のヨーロッパの科学技術をもたらせた。また、島々の学術調査を行い、多くの文献を残した。さらには、ココナッツオイルを生産するためにココヤシの植林をうながしたが、度々台風に襲われもくろみは成功しなかった。ドイツ統治時代は25年間と短かく、ロタ島に経済的な恩恵をほとんど与えなかったが、学術調査という意味では大きな貢献をしたと言えよう。



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6.ロタ島と太平洋戦争の傷跡

ドイツの第1次世界大戦での敗北により、グァム島を除く北マリアナ諸島は日本が国際連盟より委任され統治することになった。日本人は、ロタ島のジャングルを開墾してサトウキビ畑をつくり、港の近くに製糖工場を造って(写真)、大量の黒砂糖を日本へ輸出した。



またリン鉱石を掘り、これも日本へ輸出した。サトウキビやリン鉱石の輸送のため、ドイツ人がもたらした鉄道を本格的に敷設し、公共バスも走らせた。また、学校を造り、チャモロ人達を日本語で教育した。これらの歴史から、今のチャモロ人たちでさえ、「我々は日本人から学ぶことと働くことを教わった」と過去を懐かしむ。

太平洋戦争末期、マリアナ諸島は日米間の激戦地となった。ロタ島は軍事的に重要でなかったため、サイパン島やグァム島のような激戦地とはならなかった。米軍はこの島に上陸せず、捨て置かれた形となった。しかしながら、島のあちこちで戦争の傷跡を見ることができる(写真)。



軍事的には捨て置かれたロタ島だが、米軍の爆撃練習用の島として使われた。日本人とチャモロ人は、アメリカの猛烈な爆撃から共に逃げ惑い、ジャングルの奥深くの洞窟で暮らさなければならなかった(写真3枚)。





大きな港や空港がなく軍事的にそれほど重要でなかったロタ島での日本の統治はかなり緩やかで、民間ベースの産業が重視された。それに現在の主産業である観光を支えるのも日本人観光客だ。そんなわけで、ロタ島のチャモロ人たちの日本と日本人へのシンパシー(共感)と期待はとても強い。日本人にとってロタ島はそれほど身近な存在ではないが、ロタ島のチャモロ人たちにとって日本と日本人は、正真正銘の隣国と隣人なのだ。

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7.戦後はアメリカ委託統治から自治領に

太平洋戦争における日本の敗北により、マリアナ諸島はアメリカ合衆国の委託統治となった。そして、グァム島を除く北マリアナ諸島は1978年、アメリカ合衆国の自治領となった。アメリカは多くのお金をロタ島にももたらし、空港、病院、大学、学校(写真)、道路、港湾、発電所、公園などを造った。



また、所得の低いチャモロ人たちには、政府が住宅を無料で提供し(写真)、隔週の金曜日にはフードスタンプと呼ばれる金券を支給する(注3)。このフードスタンプによりスーパーで自由に買い物ができるのだ。これらの援助も元をたどればアメリカから来ている。



つまり、チャモロ人たちは働く必要がないのだ。まあ、それは言い過ぎだが、島民の60%が政府の役人であるロタ島では、働いているのは役所のチャモロ人かフィリピンを中心とした外国人労働者だけだ。チャモロ人たちは普通の生活のために月600ドルほどを必要とすると言われるが、一般的な月給は……なんと300ドルほど(注4)なのだ。これでは働いても食べていけないではないか。そこで、アメリカ(政府経由だが…)の援助を受けることになる。

心あるチャモロ人たちは、このアメリカの経済援助が我々をダメにしたと嘆く。中には「アメリカは我々に贅沢することと遊ぶことしか教えなかった」と厳しい言葉を投げる者もいる。事実、元々優秀なチャモロ人たちの多くは勤労意欲や向上心が薄いように見受けられる。

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8.ロタ島に残る伝統工芸

スペインの強引な植民地支配により、かつてのチャモロの宗教も風習も伝統もほとんど全て消え去ってしまった。現在、ロタ島には伝統的な音楽も舞踊も工芸も建築も祭りも伝説も……ほとんどない。悲しいことだが致し方ない。わずかに残った伝統を守り、新たな伝統を創るしかないだろう。
私がロタ島で見ることができた、工芸品などを列挙してみよう。中には素晴らしい物がある。

タネの腕輪と首飾り写真
ロタ島には沢山の熱帯の植物がある。その中には固く大きなタネを付ける物がある。そのタネにヒモを通して、ネックレス(首飾り)やブレスレット(腕輪)を作る。これらはチャモの人の間で「幸せを呼ぶ」とされている。



ヤシの葉で作ったレイ(首飾り)写真
素晴らしいできのレイだが、注文には応じるものの非売品だ。希少価値が出ていいのかもしれないが、商売っ気がないことこの上ない。



ヤシの葉を編んだカゴ類写真
現状ではまだ稚拙だが、将来への可能性を感じる。さらに技を極めて欲しい。



ヤシの葉で葺いた屋根写真
チャモロの木造建築の伝統は、残念ながら途絶えてしまった。しかし、ヤシで葺いた屋根は残った。大型台風にも耐える木造建築をチャモロ人たちが再び獲得できるかどうかは分からない。しかし屋根をヤシの葉で葺くことにより、ロタ島の家々はとてもイイカンジになる。チャモロ人の中にもこれをイイカンジと思う人達がいるようで、政府のコミュニティ&文化局でも色々試している。



丸木舟写真
荒海でも使えるようにフロート(安定浮)の付いた昔ながらの丸木舟の技術は、どうやら失われなかったようだ。これを作ることができる職人がまだいる。しかし、モーターボートの時代である現在では丸木舟の道具としての価値はないと思われているので、これを自在に操る技術が伝承されるのはとても難しい。
私が出会ったのは、兄が妹に丸木舟の操作法を特訓する光景だった。父親(実は政府のお役人)が丸木舟の製造と操船のプロで、その技術は息子に引き継がれた。どういうわけか、妹もその特殊な伝統技術に興味を持ち、オヤジさんが見守る中で、兄が妹に特訓をしていたというわけだ。単純に見える丸木舟だが、これを自在に操るのは至難のようだった。



この丸木舟の技術がチャモロ人たちの間に復活するなら、彼らの漁法は大きく変わるだろう。現在では、海岸からの投網が主なのだから(写真)。



投網がいけないというわけではなく、浜からの投網漁ばかりという単一性がまずいのだ。特定の魚、それも特定の魚齢のものばかりが狙い撃ちされる危険性がある。特に、大きな魚に喰われないように海岸付近で過ごす幼魚へのダメージが大きい。

丸木舟でリフ(サンゴ礁)の外へ出ることにより、別の魚種、より大きな魚やロブスターなどが獲れよう。漁業としても付加価値の高い商品であるし、太陽エネルギーの塊である魚の持続的有効利用という意味からも価値が大きい。

チャモロ人たちもかつては丸木舟で沖合へ出ていたに違いない。だから、丸木舟の製造や操船技術と漁法が復興することは、チャモロ文化とチャモロ・コミュニティの活性化にもなるだろう。

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9.ロタ島に残った楽園のコミュニティ

厳しい過去の歴史を背負ったチャモロ人たちだが、彼らの顔は意外に明るく、その性格も親切で温和だ。特にロタ島のチャモロ人たちはその傾向が強い。ロタ島は泥棒や犯罪の(ほとんど)ない島と言えよう。私は2週間のロタ島滞在中に、1度も警察官に出会わなかった。どこかに数人ほどいるらしいのだが、取り締まりや事故処理や逮捕などの仕事がないのだろう。

ロタ島を走るメインストリートは交通量も少なく、我々の感覚では時速100km位は楽に出せそうなのだが、制限時速は40マイル(約60km/h)だ。ネズミ取りなどないロタ島だが、みんなゆっくり走っている。急がないのだ。そんなわけで、交通事故も事実上皆無だ。



また、チャモロ人たちはとてももてなし好きで、こちらが注意しないと、破滅的なほどもてなす。チャモロの人たちと一緒に食事に行くと、他の者に食べさせようとして、自分はほとんど食べない。1人ずつに自分の皿がある場合にはいいのだが、チャモロ風料理(写真)や中華料理など、皆でシェアして食べる料理では要注意だ。私はチャモロ人の彼がいつ食べるのかじっと観察していたのだが、ほとんど無理やりすすめない限り食べないのだ。
本当に好い人たちだと思う。




チャモロ人の中には、ベーテルナッツ(和名ビンロウジ)と石灰をベーテル(和名キンマ)の葉に包んで噛んでいる人たちが結構沢山いる。元々は。虫歯を予防し、胃腸を丈夫にし、腸内の寄生虫を駆除する効果があるのだか、どうやらこれを噛むと「いい気持」になるらしいのだ。グリーンの実とグリーンの葉、そして白い石灰粉を一緒に噛むのだが、ビンロウジとタンニンの色素が口の中で真っ赤になる。ちょっと異様な色だ(写真)。



顔見知りに出会うと、「ひとつどうだ?」と勧めてくる。私はトライしなかったが、私のカミサンはすぐにトライした。どうやら、すっごく苦くて飲み込めず、ハイになるまでには至らなかったようだ。まあ、我々にとっての酒や煙草に相当するのだろうか。

ロタ島のコミュニティはいまだ壊れていない。日本の村のコミュニティも昔はこんなだったのだろうか? なんとも懐かしい……というか羨ましい状況だ。日本から飛行機でわずか3時間半の場所に、こんな楽園のコミュニティがある。この素晴らしいさが持続するような、そんな注意深い発展を望みたい。

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10.楽園のコミュニティ:競争から協調へ

これからのロタ島で最も要注意なのは、アメリカ式の自由競争システム(アメリカとて、自分が負ける状況では自由競争を讚えることはしないのだが…)の導入だろう。自由競争経済は、言葉の響きとは裏腹に「弱肉強食」「勝てば官軍」の世界だ。私は経済における完全な自由競争を認めない。少数の強者のエゴが大多数の弱者の良心を飲み込んでしまう危険性が大きいからだ。ある程度の社会的コントロールが必要と考える(注5)。

現在のロタ島では、例えば人口1,400人余りのソンソン村だけでも4軒のスーパーがある(写真)。



明らかに多過ぎで過当競争だ。4軒共リサーチしたが大同小異で、4軒もある必要性を認め得なかった。消費者にとって最も良い店が自然淘汰されて生き残るというのが自由競争の原理だ。しかし現実は、コマーシャルの巧みな所、クォリティーが低くても1円でも安い所が生き残りやすい。いずれにしても、他人を蹴落とす風潮が育まれやすく、日常生活がギスギスしがちだ。

これでは楽園のコミュニティとは呼べなくなってしまうではないか。

楽園ロタ島のコミュニティでは、「競争から協調への転換」を目指す。これらのことに注意して、今あるロタ島の楽園的コミュニティにさらに磨きをかけたい。

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環境負荷を減らそうとすると、我々の日常生活は窮屈になりがちだ。それでは楽園とは言えない。誰でも自由奔放に、勝手気ままに生きたい。では、自由奔放、勝手気ままに生きて良いのか?
……実は良いのだ!
ただし、それはやりたい放題ということではない。そこには新しいシステムの導入が必要だ。その手法について、次回はお話したい。


2006年11月8日、スイス近自然学研究所にて


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注1)独自の自治政府とガバナー(知事)を持つアメリカ自治領
自治領とは、ある国家の一部でありながら、広範囲な自治権を持った地域のこと。カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどはイギリス連邦の自治領だ。北マリアナ諸島連邦は、アメリカ合衆国の庇護下にありながら、大きな自治権を持った領土である。北マリアナ諸島連邦の人々はアメリカ合衆国のパスポートを持つが、アメリカ合衆国の州というわけではない。


注2)16世紀後半から17世紀後半にかけて、スペイン人がマリアナ諸島を軍事的に制圧し植民地化した
スペインがマリアナ諸島の領有を宣言した1565年から、スペイン=チャモロ戦争を経てマリアナ諸島全域が完全にスペインの植民地となった1695年の間のことだが、どの時点をもってスペインの征服とするのかは、意見の分かれるところ。


注3)フードスタンプと呼ばれる金券を支給
2006年9月の実績(毎月変動があるが、最近は増加傾向が顕著)で、ロタ島では83世帯に合計26,000ドルのフードスタンプが支給されている。1世帯平均で月額約310ドルの支給となる。


注4)一般的な月給は……なんと300ドルほど
より正確に言うと、ハウスメイド・農業・漁業などの分野での月給が300ドル。
労働法により、チャモロ人の最低賃金が時給3.05ドルと決められている。企業ではこの最低賃金しか支給されないのが一般的だ。それに対して、政府関係の役所では時給5ドルが最低保証される。この大きな賃金差のため、チャモロ人たちは役所で働くことを望む。さらに、役所では年間の有給休暇が就業年数により12〜24日与えられる。企業では有給休暇は普通はない。

フィリピン人などの家をもたない外国人労働者には、雇い主から部屋と食事が提供されるのが普通だ。つまり、倹約すれば月給はそのまま残る。現に、多くのフィリピン人たちは、祖国の家族に送金している。
チャモロ人たちは家やクルマの維持にお金がかかり、月300ドルでは暮らせない。一般家庭の電気代だけでも月200ドルほどかかると言われる。


注5)ある程度の社会的コントロールが必要
いわゆる部分的統制経済のこと。実際には、世界中の全ての国々が何らかの形で部分的統制経済を実践している。完全な自由競争など存在しないのだ。
問題は、誰がどの程度コントロールするのかということ。つまり方法論の問題。政府や役所に任せられるのか? 新たなコミッション(委員会)などが必要なのか?
例えば、ソンソン村にスーパーマーケットは2軒、レストランやカフェは4軒あれば十分だろう。その代わり、カメラ屋・時計屋・メガネ屋を兼ねた電器店、本屋を兼ねた文房具屋、衣料品店(すでにインド人の経営するかなりひどい店が1軒あるのだが…)などは欲しい。……そんな交通整理を誰かがすべきと考える。

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2006年11月 8日

【対談】 日本の若者に未来はあるか(1)教育バウチャー

永井俊哉と峯山政宏による四回にわたる対談の第一回目。安倍内閣が教育再生の目玉として推進しようとしている教育バウチャー制度を検討する。また、奉仕活動や愛国心教育の是非をも考える。

永井俊哉と峯山政弘
永井俊哉(左)& 峯山政宏(右)

峯山:本日は「日本の若者に未来はあるのか」というタイトルで永井さんと若者の教育と就職についてお話ししたいとおもいます。よろしくおねがいします。このたび発足した安倍内閣は、教育再生を内閣の重要な課題にしていますが、 安倍晋三さんの政策をどう思いますか。

永井:彼の構想には、評価できるところもあれば、そうでないところもあります。

峯山:永井さんから見て具体的に言うと何が評価できて、何が評価できないのでしょうか

永井:一番評価できるのは、教育バウチャーの導入ですね。

峯山:教育バウチャーの導入とは一体どういうことでしょうか?ブッシュ政権が導入に失敗したという話しを聞いたことがあります。

永井:従来のように、政府が公教育機関に直接補助金を出すのではなくて、生徒に利用券(バウチャー)を配布し、彼らに一番望ましい学校や授業を選ばせ、そうすることで、消費者に選ばれた学校や授業に補助金が支給されるという仕組みです。

峯山:それでは公立高校でも私立高校でも自分の行きたいところに行けるということでしょうか?大学選びのようですね。少子化が進んでいるので、大学だけではなくて高校も統廃合を余儀なくされるようになりますね。

永井:大学選びというよりも、塾選びに近くなります。学習塾へ行く時のことを考えてください。生徒は、学力を上げてくれそうな塾を選びます。効果がなければ、他の塾に行きます。その結果、生徒は自分に最適な塾で学べるようになります。

峯山:高校選びが塾選びのようになると既存の塾との競争が厳しくなるだろうと思います。そうなると真っ先に生徒が来なくなるのは公立の高校ですね。しかし、生徒が少なくても公立の先生は国の補助金で首にならないのかもしれませんが。教育現場の混乱が予想されます。

永井:私は、教育バウチャーを評価するといいましたが、現状では成功しないと思います。なぜなら、教育バウチャー制度の本格的な導入には、公教育の廃止が前提となるにもかかわらず、安倍内閣はそのようなことは全く考えていないからです。

峯山:世界では教育バウチャーの導入に成功した事例はあるのでしょうか?国民の多くがバウチャーって何なのって疑問に思うだけでその導入のメリット、デメリットまできちんと仕訳して考えることはないように思います。

永井:アメリカのいくつかの自治体がやっています。学校選択の自由を拡大するという点で、アメリカのチャータースクールとか も制度として近いと思います。ヨーロッパでも児童生徒数を基準として公的助成が行われています。もちろん、そうした欧米諸国も公教育を完全に否定したわけではありません。 しかし、だからといって、公教育を廃止するなというようでは、あまりにも主体性がなさ過ぎます。もしも、すべての国が、いかなる改革も、他の国がやって成功するまでは自分の国ではやらないなどと言っていたら、どこの国も新しい改革ができません。だから、 公教育の廃止が良いかどうか、自分の頭で理論的に判断してください。

峯山:教育バウチャー制度の本格的な導入には、公教育の廃止が前提となるという部分を具体的に説明していただけませんか。

永井:生徒が教育機関を選ぶことが有意義であるためには、教育機関が多様でなければいけません。公教育は、国公立であれ、私立であれ、公的資金を受け取る代わりに、文部科学省の様々な規制に拘束されます。自分の教育理念に基づいて、創意工夫を凝らすということができません。

峯山:端的に言えば、義務教育以降の学校の存在を代々木ゼミナールや河合塾のように完全に民営化すべきだということですね?

永井:いいえ、公教育を廃止するということは、義務教育の期間を含めて、すべて廃止するということです。そもそも、公教育の廃止は、義務教育の否定にはなりません。教育の義務に対応する権利を守るために、教育バウチャーを配布するのです。

峯山:生徒とその両親に学校を選ぶ権利が教育バウチャーの配布で保証されるとなると、自分の頭ではなくてテレビや新聞に影響されるのではないですか?選挙も広告宣伝費にお金をかけた方が勝つではないですか?

永井:確かに、選ぶきっかけにはなるでしょうが、その学校で満足できなければ、生徒はすぐよそに逃げてしまいます。 現在の公教育では、いったん入学したら、特別な理由がなければ卒業まで別の学校に移ることはできませんが、これを、転校はいつでもできるようにすれば良いのです。

峯山:教育バウチャーを導入するには様々なハードルがありそうです。現在でも名門大学に通う生徒の多くが私立高校出身という事情があります。進学先も考えると親の目から見ると私立の方に子供を行かせたいと思うようになりますね。公立高校出身の私にはとても残念です。

永井:教育バウチャーは、お金がなくて、高レベルな教育が受けられないということがないようにするための制度です。

峯山:教育バウチャー導入後の社会は私立高校だけで、国の教育費が増加するという結果になりそうですね。富裕層の親を持っているかどうかで学歴が決まる現代社会よりよいと思いますが、問題はコストの増加でしょう。

永井:コストは増えません。なぜなら、これまで学校に直接交付していた補助金を教育バウチャーにするだけですから。

峯山:山形県の事例ですが、私立と公立の高校で授業料が平均で4.1倍も異なるのだそうです()。生徒に選ぶ権利が与えられるならば、皆さんに教育水準が高く、高額な私立高校に無料で行きたいと思うでしょう。

永井:私が言っている公教育の廃止というのは、公立学校が私立学校になるというよりも、国公私立の学校が塾になるというのに近いです。日本の教育費が高いのは、公教育が機能していないために、私教育まで出費しなければならないからです。私教育だけになれば、コストパーフォーマンスが向上するので、教育費を引き下げることができます。

峯山:公教育が機能しないから、私塾に行っているという現状の無駄を廃止して、機能しない学校は閉鎖にして学校を塾並みに効率のよいものだけ残してしまおうということですね。安倍内閣と永井さんの教育バウチャーに対する考え方の違いを例などもまじえてわかりやすくしていただけませんか

永井:安倍内閣は、国家主義的だから、公教育を廃止することはないでしょう。むしろ、逆に国家による教育への介入が強まると思います。 これは望ましいことではありません。

峯山:国公私立の学校だけでの教育バウチャー制度が、安倍内閣案、国公私立の学校だけではなくて、既存の塾も含めた形で教育バウチャー制が永井案ということになりますね。

永井:そうです。 日本の教育バウチャー制度は、アメリカの制度の模倣であるわけですが、日本はアメリカとは異なって、私塾が発達しているのですから、そうした日本の特殊事情をよく勘案するべきです。

峯山:教育バウチャーにはまだ問題点があります。地方に住む生徒さんには教育バウチャーを配布されても学校数が少ないために選ぶ権利がありません。都会の生徒さんの方が有利なので、より新しい制度の恩恵を得られることになります。

永井:もしも、近くに満足できる学校がなければ、寮に入るという手があります。人格形成という点でも、寮で集団生活をするということは効果があると思います。現在、一世帯あたりの子供の数が減っているので、同世代の友達と遊ぶ経験が減ってきています。コミュニケーション能力や社会的責任を身に付けさせる教育という点で、寮で子供の自治的コミュニティを復活させることは有意義だと思います。

安倍さんの側近の下村博文衆院議員は、「子供たちに、1人で生きているのではなく、社会みんなで助け合って生きているのだと実体験してもらうため」に、奉仕活動を必修化する案を検討しています。高校卒業は3月だけれども、大学入学は、海外の大学にあわせて、9月にし、半年のブランクのうち3カ月間を介護施設などで奉仕活動をさせ、その経験がなければ大学に入学させないという案です。しかし、3ヶ月間奉仕活動をしたぐらいでは、その人の人格を変えるほどの効果はないと思います。心の教育を普段の教育から切り離してやるのではなくて、普段の教育の中で行うことが重要です。

峯山:意識の高い生徒さんには、そのような寮を活用することで十分な教育が受けられるようになりますね。奉仕活動の件ですが、私がシンガポールに駐在していた時に、ボランティアをするために街を出ている学生さんをよく見かけました。意識が高い国だなと当初は感心していましたが、どうやらボランティアをすることが必修のようですね。

シンガポールのような歴史の浅い国はボランティアなどの奉仕作業で、愛国心を育てるのは常套手段だと思いますが、日本でもそうしなければいけないほど日本や郷土に対する愛情がなくなってきたかと思うと少し悲しいですね。

永井:稲田朋美衆院議員が、徴兵の変わりに、徴農をやれと言っていますね。ニート対策らしいけれども、ニートが大挙してやってきたら、農村の人たちも迷惑するでしょうね。

峯山:愛国心が必要なのはわかりますが、どのような案が永井さんはよいと思われますか。安倍内閣は、教育再生の取り組で評価できない点を中心にお話しください。

永井:私は、国策として愛国心を育てるという政策を支持しません。個人のために国家があるのであって、国家のために個人があるのではないですから。 また、太平洋戦争の時を思い返してみればわかるように、愛国心に直接訴えかける心情右翼がはびこると、 盲目的になって、国が滅びます。その意味で、心情右翼は、実は愛国者ではないと言うことができます。 「かわいい子には旅をさせろ」とよく言いますが、もしも本当に自分の国を愛しているのなら、自分の国を愛してはいけないのです。

(第二回に続く)


(注)「私立高校支援:授業料格差是正へ」

斎藤弘知事は26日の県議会代表質問で、「県内の3割が私立高校に通っているが、公立との間の授業料に差がある。公私の負担差に配慮しながら、支援充実を図ることを検討したい」と語った。現行制度では、県内高校の授業料(私立は納付金を含む)は公立、私立の格差が4・1倍程度あり、格差是正に乗り出す意向を示した。

県教育庁教育やまがた振興課によると、私立高等学校授業料軽減事業費補助制度で、県内私立高校15校に通っている生徒のうち親の所得が少ない生活保護世帯などに補助を実施。今年度は、約1000人に約1億410万円の予算を計上している。来年度に向け、支援対象者の範囲拡大などの方向で、さらに支援充実を図るという。

[毎日新聞:2006年9月27日]

参考

新春特別号

コラムニスト募集

対談1 峯山政宏と孔明(1)

対談2 峯山政宏と孔明(2)

対談3 峯山政宏と孔明(3)

革命者

若者を犠牲にする社会

国民の品格を復活せよ

若者はなぜ会社をやめるのか

格差社会

アジア通貨危機

あやうい高所得者層

なぜ古代ローマ帝国は滅亡したのか

2006年11月 7日

京都議定書の目標を達成は困難である

環境破壊の文明史

狩猟・採取時代、人類は自然の恵みにより水や食料を得ていました。食料の多少により、人口が増減していました。農業時代になると、水を引いたり、家畜を飼うことで以前より多くの食料が獲得できるようになり、それに合わせて、人口は増加していきました。古代文明がいくつも勃興と消滅を繰り返していましたが、地球全体からみると、人類の活動は現在と比べると微々たるものでした。地球は無限に大きくて、必要となる水・食料・資源は無尽蔵であり、ゴミなども自然の回復力でなんとかなっていました。 自然の恵み >> 人類の活動 という時代です。そうは言っても、文明が消滅した後には、砂漠や不毛な土地、はげ山が残されてきました。千年以上経過しても相変わらず砂漠のままという場所は世界各地にあります。アマゾン奥地や東南アジアでは自然の回復力が強かったため再び森に戻ったケースもありますがごく一部にすぎません。

産業革命により大量生産が可能となると、これまた人口が増えました。また、生活水準がアップすることにより1人あたりのエネルギー消費量が増加し、ダブルの要因で人類の活動は増大し、地球に与える負荷も増えてきました。とはいえ、人口が10億人を超えたのは1800年頃なので、現在(2006年)の65億人と比べると、まだまだ地球は広かった。1950年頃でも25億人程度でした。この頃の地球は、人口の増大に対して、井戸を掘れば水が出るし、森を開拓すれば畑ができる。新たな油田や鉱山もどんどん発見され、人類が必要となる水・食料・資源は必要なだけ獲得できました。技術により、明るい未来が約束されていた幸福な時代といえましょう。 自然の恵み > 人類の活動 という時代です。

20世紀後半になると、人口が30億人、40億人と増え、世界各地で公害が発生したり、せっかくの畑が塩害などでだいなしになったり、砂漠化が進行していったりと、様々な問題が起こるようになりました。1972年に、ローマ・クラブが「成長の限界」(環境問題の古典です)を発表しました。当時の有識者が未来に対して警告を出したのです。このあたりから、石油危機や食料問題、水問題を始めとする諸問題が局地的な問題ではなくなります。地球が人類に必要なだけの水や食料や資源を提供するにはもう限界が来ていました。無限だと思えた地球が有限なものとして認識されたのです。 自然の恵み ≧ 人類の活動 の時代になっているのです。人類の活動による、自然に対する負荷は年々増大していきます。今までのやり方では近い将来破綻をもたらすでしょう。無限の欲望を満たすことは不可能です。自然の恵みは、限りがあるのです。もう既に 自然の恵み < 人類の活動 となり、未来を先食いしているかもしれません。

1960年代以降の宇宙開発により、地球全体を宇宙から見た写真や、人工衛星による地球の観測データが蓄積され始めました。コンピュータの処理速度向上によるシミュレーションも活用できるようになりました。これらの技術を使って未来を予測するこができるようになったのは1990年代になった頃でした。1992年、「限界を超えて」という形で「成長の限界」以降の20年間のデータを集めて、シミュレーションを行った結果が発表されました。1997年、京都にて京都議定書が採択されるまで、経済発展と環境保護のバランスをどうすれば良いのか、多くの人達による議論が繰り返されてきました。

100年後の地球

未来の地球はどうなるのだろうか? その疑問に応えるべく、スーパーコンピュータに今まで観測された膨大なデータを入力し、2002年3月より運用開始された当時世界最速の「地球シミュレータ」を用いて、未来の予測をしました。研究結果は世界中の研究者に公開されており、2006年2月18日と19日に放送された NHKスペシャル「気候大異変」 などにも利用されています。

  (1) このまま何もせず無為に時を過ごした結果の100年後
  (2) いっしょうけんめい環境問題に取り組んだ結果の100年後

この2つの予測をしたところ、100年後の地球の様子は大きく異なりました。現在を生きる私たちの選択が未来を大きく変えるのです。「何もしなくても自分の世代はなんとかなる」「環境問題に取り組むと経済成長の足を引っ張られる」「どうせ100年後は生きていない」このような我善しの態度をとると、取り返しがつかない状況となります。いまなら(もって10年位だろうか?)、まだ破滅的な未来は避けられる可能性がまだ残されています。
明るい未来を獲得するためには、20世紀型の大量生産大量消費の経済システムから、持続可能な循環型経済へのシフトが大前提となります。循環型経済はこんな仕組みです。

 (1) 天然資源を浪費しないように消費を抑制する。
 (2) 廃棄物の発生を抑制して生産/消費する。
 (3) 再使用できるものは再使用する。修理して使うのも有効。<まずは再利用です>
 (4) 再使用できないものは原料として再利用する。<次にリサイクルをします>
 (5) 再利用できないものは燃やして熱を回収する。その際、熱効率をできるだけ高める。
 (6) どうしようもないものだけ適正な方法で処分する。 <ゴミを最小限にしましょう>

身近な例を1つあげるとすると、ペットボトルや缶に入ったジュースよりも、昔ながらの瓶入りの方が洗って再利用できるので、よりよいけれど回収する手間が増えます。なかなか大変です。それなりにコストや手間もかかります。今までの生活水準を落とすケースもあるでしょう。

こうしてみると、21世紀を生きる私達は、20世紀とは全く異なった価値観を持つ必要に迫られているのがわかります。
その他にも、21世紀になって判明したことや新技術についても考慮する必要があります。石油の生産が上限を迎えた。食料の増産に限界がある。魚資源が枯渇しそうだ。化石水が涸れつつある。潅漑の失敗などにより砂漠化が進む。などのマイナス要因を追加されます。逆に、燃料電池などの代替燃料が普及する、砂漠を緑化するためのコストが大幅にダウンしたなど、新技術の発明や普及などプラスの要因もあります。省エネ技術や低燃費の車などは日本の技術が大いに役立ちます。

これらを考慮すると、かつてのイースター島みたいに環境破壊を徹底的にしてしまう前に人類の英知と技術のブレイクスルーにより、よりましな未来を構築することは今からでも充分可能だと私は判断しています。これからの多くの人達による実証実験の成果が出てきます。成功事例として誰もが認めるようなすばらしいものが間もなく出てくることを心から望んでいます。

【関連するリンク】
NHKスペシャル「気候大異変」(NHKのホームページ)
第1回 異常気象 地球シュミレータの警告 (2006年2月18日(土)放送)
第2回 環境の崩壊が止まらない (2006年2月19日(日)放送)
地球シミュレータセンター (独立行政法人 海洋研究開発機構)

京都議定書の目標を達成するには

京都議定書について
(※の部分は、執筆者によるコメントです)

1997年12月、京都で開催された第3回締約国会議(COP3)において、法的拘束力をもった温室効果ガス削減のための議定書「京都議定書」が採択されました。その後、京都議定書に関する運用ルール等について交渉が行われ、京都議定書は2005年2月16日に発効しました。ロシアは参加していますが、残念ながら、アメリカと支那は参加していません。

京都議定書の概要

1.温室効果ガスの削減目標

京都議定書では、先進国の温室効果ガス排出量について、数値目標が各国ごとに設定されました。先進国全体で、2008年から2012年までに排出した量が、基準の年となる1990年の排出量×5倍から5・2%削減することが目標となっています。ちなみに、日本は6%、EUは8%削減がです。ここからチームマイナス6%というフレーズが出てきたわけですね。ちなみに、温室効果ガスとして対象となるのは、6種類(二酸化炭素(CO2)、一酸化二窒素、メタン、ハイドロフルオロカーボン(HFC)、パーフルオロカーボン(PFC)、六フッ化硫黄(SF6) )です。温室効果の程度はガスごとに違い、CO2を基準にした相対値(地球温暖化係数=GWP)で図ります。CO2を1とするとメタンのGWPは21、一酸化二窒 素が310、HFCとPFCはそれぞれ数百から数千、SF6は23,900となる。GWPが高いほど温室効果は大きくなります。
※ここで問題なのは、低成長が続いているのにも関わらず、2005年度で日本の温室効果ガス排出量は8%程増えてしまいました。あと6年で14%も減らさないといけない事態となっています。環境省がクールビズを始めとする省エネを推進する活動を一生懸命するようになったのは良いとして、現時点(2006年)から単にマイナス6%ではないことは意識しておいた方がよさそうです。

2.国内対策以外で削減目標を達成するには木を植えよう

(1) 「1990年以降」の「直接的かつ人為的」な「植林・再植林・森林減少」によって生じる吸収・排出分 
(2) IPCCなど科学的な助言を考慮して、上記の3つの活動以外の活動による吸収分

※日本は、天皇陛下を始め、各地で植樹祭をやったり、木を植えています。海外でも砂漠緑化活動をしているので、ある程度の数字は出せるかもしれません。

3.京都メカニズム(他国と協力する対策)

(1) 共同実施(JI:Joint Implementation)

   先進国が共同で温暖化対策事業を行う。その事業によって生まれた排出削減量を先進国の削減目標の達成に算入できる制度。

(2) クリーン開発メカニズム(CDM:Clean Development Mechanism)

   先進国が技術や資金を提供し、開発途上国でその国の持続可能な発展を助ける温暖化対策事業を行う。その事業によって生まれた排出削減量を、先進国の削減目標の達成に算入できる制度。

(3) 排出量取引(ET:Emission Trading)

   先進国間で、排出割当量の一部を取引することができる制度

※共同実施(JI)は先進国同士で温暖化対策を行い、クリーン開発メカニズム(CDM)は開発途上国の温暖化対策事業を先進国の技術や資金で行う点が異なります。日本の技術が海外貢献としてお役に立って、日本の削減目標達成分に組み入れる割合はクリーン開発メカニズム(CDM)が主体となると予想します。

4.日本の取り組み

日本政府はCOP3閉幕後に首相を本部長とする地球温暖化対策推進本部を設け、1998年に緊急対策として地球温暖化対策推進大綱を作成しました。この大綱は日本が約束した温室効果ガスの排出量6%削減を達成するための方策を示したものです。
(1) 企業の技術開発や国民の努力などで0・5%削減、
(2) 森林によるCO2の吸収分が最大3・7%、
(3) 外国との排出権取引など議定書が認めた補完的な方法で1・8%削減

1998年に排出量を削減するための国、地方自治体、企業などの責任と取り組みを定めた地球温暖化対策推進法が施行されましたが、企業の温室効果ガス排出量削減については努力義務にとどまっています。

※5.削減目標が達成できそうか?

EUは東欧諸国のエネルギー源を石炭から天然ガスに転換することをすると、目標達成できるようです。一方、省エネ大国の日本では、乾いた雑巾のごとくエネルギーの利用効率が高いため、国内の対策だけでは目標を達成するのが困難です。環境税や二酸化炭素税の名前でお金を集めて、温暖化対策を普及させる財源に使うことも想定されます。2008年度から排出量がカウントされるので、国内対策を実施するのに残された時間はあまりありません。原油価格が暴騰して、国内の生産が減ったり、物流が停滞したり、レジャー等による車の利用が減ることで強引に削減することは可能性としてゼロではありませんが、大不況になってしまいます。普通のやり方では目標達成は困難です。現実問題としては、排出権取引で他国の排出権を買いつつ、日本お得意のODAをばらまいて海外貢献をしてクリーン開発メカニズムで減らすことを目指すしかありません。

【関連するリンク】
地球温暖化防止京都会議 1997.12.1-12.10 (環境省)
京都メカニズム情報プラットフォーム
全国地球温暖化防止活動推進センター(JCCCA)
持続可能な開発のための日本協議会(JSCD)
平成17年度の温室効果ガス排出量速報値 (環境省)

現在を生きる私たちの責任

西ローマ帝国が崩壊した大きな要因に、ゲルマン民族大移動が上げられます。気象の悪化により中央アジアで食えなくなったフン族が375年に黒海北岸に侵入してきたので、しかたなく西ゴート族がドナウ川を越えてローマ帝国内に移動しました。西ゴート族はイタリア半島に進出するようになると、イタリア本土を防衛するため、国境守備隊を呼び戻した。国境地帯が手薄になり、結果として多くのゲルマン民族がヨーロッパ全土に移動してきました。西ローマ帝国は各地の独立により弱体化したというのが歴史書の伝えるところです。このまま温暖化が続くと日本は大雨になりますが、中央アジアやアフリカなどの乾燥地帯はますます雨が降らなくなり、砂漠化が進んでしまいます。そのため、民族大移動が再び起こるかもしれません。農耕民族と騎馬民族が争った場合、農耕民族は負けてしまいます。万里の長城のような代物を作っても維持費がかかってしまいますから、あまり良い方法とはいえません。

騎馬民族が移動させないためには、食うに困る状況を作らないのが一番です。草原が砂漠にならないように、オアシスが枯れてしまわないようにすること。となると、砂漠化の防止(砂漠緑化)をすることは、温暖化対策にもなるし、砂漠の民は喜ぶし、一石何鳥もの効果が期待できます。

過去から現在を経由して未来へと続く時の流れは、現在を生きる私たちにこの言葉を投げかけます。
  (1) 過去の結果としての現在がある。
  (2) 未来の原因としての現在がある。
未来に生まれる子供たちが困らないようにするのは、現在を生きる私たちの責任です。ご先祖から受け継いだ地球環境をできるだけ損なわず、できれば改善の方向に働きかけ、よりましな状態の地球を子孫たちに引き継ぐ。そのために今、私たちは目先のことよりもずっと先を見て、何をするべきかを選択し、実行に移すことがなによりも求められます。

橘みゆき 拝

2006年11月 6日

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL126

<紹介>
江田島孔明対談レポート
http://www.teamrenzan.com/archives/writer/mineyama/3_1.html

今回は、戦略を構築する上で、歴史を学ぶことの重要性について、私見を述べてみたい。

まず、歴史とはいったい何であろうか。歴史はまさしく、人類発生と同時にあるが、それが文書化されたのは、「歴史の父」の名を冠されるギリシアの史家ヘロドトスが書いた「ヒストリアイ」が端緒であろう。ヘロドトスは前五世紀のペルシア戦争を頂点とする東西抗争、東方諸国の歴史につき、ギリシア人と異邦人とが果した偉大な事跡、両者が争うに至った原因を後世に伝えるべくこれを書いた。何よりもまず正確さが重視され、豊富に織りこまれた説話は長巻を飽かず読ませる魅力をもつ。

ヘロドトスは「ヒストリアイ」を次のようにはじめる。「本書は、ハリカルナッソス出身のヘロドトスが、人間界の出来事が時の移ろうとともに忘れ去られ、ギリシア人や異民族が果たした偉大な驚嘆すべき事跡の数々も、やがて世の人に知られなくなるのを恐れて、自ら研究調査したところを書き述べたものである。」

このように聞くと、彼が「ヒストリアイ」を書いた目的はギリシャ史の客観的記述かと思われるが、実際はただの事実の羅列ではなく、歴史観に裏打ちされた因果応報をめぐる物語(ストーリー)を彼なりの解釈を含めて書いているのだ。つまり、「ヒストリアイ」とはストーリー(神ではなく「人間」の物語)のこと。

このストーリーは、人生経験や社会経験に裏打ちされ、独自に構築したものでなくては説得力を持たない。ヘロドトスはペルシャ戦争の災難を後生に伝え、そこから教訓を得ることを目的として「ヒストリアイ」を書いたのだ。重要な点として、彼は「ヒストリアイ」を書くに際して、ポリスを捨て、サモス島に隠遁の亡命生活に入っている。これには、重要な意味がある。つまり、歴史を虚心坦懐に著述するということは、時の政治権力にとっては、都合が悪い点もあるからだ。そのため、「ヒストリアイ」の記載に際し、彼は隠遁生活に入らざるを得なかった。例えば、「ヒストリアイ」は非ギリシア人に関する記述が非常に多かった。当時のギリシア人の異民族にたいする蔑視を考えると、注目に値する。このことを理由に、ギリシアの著名な哲学者で、英雄伝を書いたプルタルコスはヘロドトスを非難している。

しかし、現在の学校教育で教えられる「歴史」とは単なる年号や人名の暗記に終始し、「ストーリー」を教えないところに最大の問題がある。これは、日本史や世界史を必修にするかどうかということ以上の根源的問題だ。確かに、歴史(ヒストリー)におけるストーリーの解釈には主観を伴う。そして、時の政治権力は常に自らに都合のよいストーリーのみを押し付けてきた。そこに、独自の解釈に基づいた歴史書を記述することは最大の反逆行為といってもいい。

政治権力や体制にとり、一つの歴史しか許容されないということもある。つまり、都合が悪い事実は封印する、いわゆる「焚書」だ。古代の秦や現代のナチスドイツや中国共産党を例にとるまでもなく、ランドパワーはその正当性を主張するため、焚書を行うことがよくある。中国はよく4000年の歴史などというが、中華人民共和国は毛沢東の建国した国であり清とは別の国だ。シナ大陸はその長い歴史を通じて分裂してた時代が長い。アメリカについても、自由と民主主義の本家のようなことをいうが、その歴史を見れば、親米でさえあれば、いくらでも独裁政権や腐敗政権を支援する。しかし、そのような事実は、歴史の教科書には出てこない。
要するに、政治権力にとっては歴史は自らの正当性を主張するため書かれるもので、都合の悪い事実は記述されない。つまり、公式な歴史の教科書とは、会社の社史のようなものだと考えるべきだ。社史には嘘は書けないが、都合の悪い事実や社内の派閥闘争の真実等を記載しないのと同じだ
この点について、ナポレオンは、歴史とは、「合意の上に成り立つ作り話以外の何物でもない」という言葉を残している。

所詮、歴史は「どういう見方をしたいかという解釈」に過ぎないという意見もある。例えば、ジョージ・ワシントンは米国の立場では英雄だが、英国にとっては反逆者だ。コロンブスは欧州の立場では新大陸発見の英雄だが、原住民の立場では侵略者だ。徳川家康は山岡荘八によれば人格者だが、司馬遼太郎によれば狸親父だ。このような「解釈」が代わることは無いだろう。要は、どのような立場に立つかで、解釈は変わるということだ。

確かに、それはその通りだ。しかし、可能な限り、かってはマルクス主義に毒されていたような主観を廃し、虚心坦懐に歴史の声を聞くということも可能だと思う。そして、過去の歴史から因果応報、盛者必衰の理(ことわり)を見出し、もって、現在を理解し、未来を見通す鍵とする。これこそが真の意味での歴史を学び、記録を残す必要性ではないだろうか。
このような結論に達したからヘロドトスは「ヒストリアイ」を司馬遷は「史記」を、ヒュームは「英国史」を、ギボンは「ローマ帝国衰亡史」を、アーノルド・トインビーは「歴史の研究」を著述したのだ。
ヒュームは『英国史』にて、ジェームズ1世からジェームズ2世までの時期を主題とする2巻が54年と56年に、チューダー朝史2巻が59年に、シーザーの侵略からヘンリ7世までを扱った2巻が61年と62年に、というふうに、歴史を遡るかたちで出版された。この本は非常な傑作とみなされたので、それ以後ながく、彼は哲学者としてよりも歴史家として高い評価を受けることになる。
ヒュームは、また『宗教の自然史』を上梓した。この論文で、彼は、宗教の動機を無知と恐怖にあるとしたうえで、その後の宗教の形態変化を論じているのであるが、そのなかで彼は、多神教から一神教への進化は道徳的には後退であったと述べている。一神教は熱狂と不寛容への自然的傾向をもち、異端とみられるものに対する暴力的で不道徳な行為の原因となるから、社会にとって危険である。それに対して多神教は、多様性について寛容であり、人類をよりよい生活に導く徳性を助長するから、一神教よりもすぐれている、と彼は書いていた。はたせるかな、彼は出版にあたって、宗教的な党派の猛威を実地に経験しなければならなくなったのである。
ギボンと司馬遷につき、大きく異なる点があるのはおもしろい。『史記』は、あくまで「人物」という切り口から歴史を叙述する。しかし、ギボンが書こうとしたのは、「ローマ帝国」という制度である。ローマ人の残した最高の芸術作品はローマ法だという言葉があるが、ギボンの描いたローマ帝国こそ、法律という抽象的なものが現実に機能している姿なのである。『衰亡史』はこの人類史上の傑作といえる制度を生んだローマがなぜ滅びねばならなかったという点を正面から捉え、フランス革命前年に完結している。『史記』に感動する読者には、ギボンの視点はものたりないかもしれないが、しかし、法や制度、国家というものの生態について、現代に生きる我々にも多くの示唆を与えてくれる。

アーノルド・トインビーは、英国の王立国際問題研究所の研究部長として1925年から54年まで30年かけて既存文明の因果応報、盛者必滅という歴史過程を通じて発揮される法則を研究した。それを応用し、文明の統一性、持続性、並行性、同時性の観点から現状分析を行ったのである。

 具体例として、トインビーは、1914年の世界大戦がヨーロッパ文明にもたらした経験と、紀元前431年のペロポネソス戦争がイギリス文明にもたらした経験とが全く同じものがあると分析し、また満州事変勃発に際し、日本についてローマ帝国と戦ったカルタゴの運命であるという洞察を行ったのである。まさに、慧眼と言うしかない。

 トインビーの視点では、人類の歴史の長さから観ると文明を生みだした期間はほんの短期間であり、その文明の何千年という期間に、条件が同じならば人は同じことを繰り返すという考えに達するのである。

私が言いたいのは、このような先人が苦闘して人類のために残してくれた歴史書は全て、「国家が編纂したものではなく、個人が書き上げ、歴史のストーリーと因果応報を解明することを目的とし、人の営み、栄枯盛衰につき幾多の教訓を与えてくれる」ものだということだ。それを、なぜ学校教育で取り上げないのか。無味乾燥な年代や人名の暗記をどれだけやったとて、現在を理解し、未来を見通すことは不可能だ。

しかし、歴史に見られる人間の業や因果応報を理解すれば、それは可能だ。そして、最も重要な点は、民族にとって、歴史を失うことは、消滅を意味するということだ。ユーラシアの歴史を見れば、このような事例は枚挙に暇がない。逆に、ユダヤ人は国を失っても、旧約聖書という民族の歴史を堅持したため、消滅しなかった。日本も、敗戦後、歴史の書き換えが行われた。占領軍の意図は明白であり、民族の根幹を消し去り、奴隷状態を継続させることだ。歴史を学ぶことは、それほど、重要かつ死活的意味をもつ。

それでは、なぜ、現代の歴史教育は、上述のような不毛な状況なのか。それは、教科書の書き手が、社会経験に乏しく、かつ歴史学会が象牙の塔であり、「資料教条主義」に陥っており、全ての仮説や推論を廃しているからだと考える。
これは、どういうことかというと、歴史的事実として、全く議論の余地の無い人名、地名、年号ぐらいしか、教える対象にできないということだ。これでは、無味乾燥な教育になるもの無理は無い。要するに、国家公認の歴史や歴史学会等は、真実を語るには、タブーが多すぎるのだ。

これを裏打ちするように、考古学上の重要な発見も、アマチュアの個人によってなされることが多い。例えば、学会が否定した旧石器時代の石器を発見した相沢や伝説に過ぎないと思われていたトロイ遺跡を発掘したシューリマンなど。

歴史は過去の事実であり、人間の行動様式には、時代を超えて普遍的なものもあるとの観点から、現在そして未来の諸問題解決の糸口を、前例たる歴史に求め、歴史を題材として学び、現代、そして未来に通じる教訓を得ることは、現状認識、将来展望に不可欠であると考える。私の見るところ、歴史は繰り返すとは限らないが、「歴史のパターン」は繰り返す。要は、現在そして将来の諸問題に解決策を提示するために、歴史に学び、この歴史のパターン、法則更には流れを見極めるというアプローチを取ったのである。

私は、歴史を見る上で、最も重要な視点は、このパターンを見極めた上で「他に同じような事例はなかったか、そこではどのような結果になったのか。」ということを比較考量することだと考えている。比較の対象は人類のあらゆる活動領域だ。ここを広く取れば取るほど分析の精度は増すだろう。これが、現在、私が国際政治経済を分析する最も基礎的手法だ。「愚者は体験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というが、歴史を学ぶことで過去と対話をし、今の自分達の姿を見つめ直し、未来を見通すことになる。私のメルマガはこの観点から、ランドパワーとシーパワーの戦略事例のデータベースを作り、そこから法則を見出し、未来を見通すために役立てる事にある。
この手法は、従来の歴史学者には絶対にとれない。彼らは専門領域に特化し、その中で資料教条主義、平たく言うと、古文書探しに憂き身をやつしているからだ。例えば、近世以降の日本史は、ヨーロッパ史を理解することで初めて理解できるが、日本史学者は決してそれを認めないだろう。

言い方を変えると、1543年の鉄砲伝来以降、現代に至る日本の支配者は欧州シーパワーの代理店なのだ。この点の理解を抜きにして、日本の国家戦略を考えることは不可能だが、日本史学者や教科書は決してそれを認めない。私が知る限り、この点を論証した作品は、後述する立花京子氏の「信長と十字架」しかない。

また、私が見出した法則に、「ランドパワーはランドパワーの攻撃をシーパワーに対する攻撃より、優先する」というのがある。これは、どういうことかというと、ランドパワーは国境を接し、地続きの隣国の制覇を、渡洋攻撃が必要なシーパワーへの攻撃より、必ず、優先するということだ。これは、動物にとっての本能のようなもので、例外は皆無といっていい。

例えば、欧州のランドパワーであるナポレオンのフランスやヒトラーのドイツは、英国への上陸作戦を計画はしたが、挫折し、ロシア遠征を実行に移した。20世紀の大ランドパワーたるソ連も、実際に軍事力を行使したのは、東欧やアフガンといった、地続きの地域に限られる。逆に、シーパワー日本への渡洋攻撃を実行に移した元や帝政ロシアは失敗のため、本国が崩壊するという憂き目を見た。
これは、「ランドパワーとシーパワーは棲み分けるべき」という黄金律を裏打ちするものだ。大陸と海洋という戦略的二正面作戦を実行に移した大日本帝国は同じように崩壊した。
まさに、ランドパワーにとって、海は鬼門、シーパワーにとって陸は鬼門なのだ。

このような法則を見極めれば、北朝鮮にどういう対応をすべきか自明だろう。つまり、日本は手を出さず、ほうっておけば、「ランドパワー同士の共食い」が始まるのだ。戦前の日本はこの点を理解せず、大陸進出し、彼らの争乱に巻き込まれた。劣勢にあった毛沢東の共産党に利用されたといってもいい。これが、シナ事変だ。日本が華北から撤兵していたら、直後に共産党と国民党の内乱が起きていただろう。実際、戦後の国共内戦でそうなった。

蒋介石の「日本は皮膚病だが共産党は癌」「日本軍の侵略のおかげで共産党が天下をとれた」という毛沢東の言葉がこのことを表している。1946.3月、ソ連軍が国民党政権との協定に従って、満州からの撤退準備を開始すると、国民党軍が直ちに軍隊を派遣して支配下に治めた。

  7.12日、国民党軍50万人が、江蘇及び安微の両省にある共産党側の支配地域に襲い掛かり、国民党軍と共産党軍の全面戦争-国共内戦が勃発した。この時点の凡その勢力は、国民党側が430万人、共産党側が120万人であったと推定されている。最初のうちは装備に優れる国民党軍が連戦連勝し、共産党軍の支配する都市を次々と奪い取っていった。これに対し、共産党軍の最高指導者であった毛沢東は、この内戦を「中国解放闘争」と位置付け、ゲリラ戦術の多用による長期戦化を戦略し持久戦に持ち込んだ。

 3年と3ヶ月続いた「国共内戦」は、停戦合意も得ぬまま事実上の終幕を迎え、現在の中国と台湾へと辿っていく。

これがランドパワーの本質だし、シーパワーはその争乱を唆し、裏で操るべきなのだ。英国が大陸欧州を分割しパワーバランスを図ったように。

こう考えれば、現在の北朝鮮情勢をめぐる、胡主席派ランドパワーと江沢民シーパワー派の争乱は、絶好のチャンスと考えられる。この闘争で、日本は少しでも「争いを激化」させる方向で戦略を構築すべきなのだ。そうすれば、中国や北朝鮮は大陸問題の忙殺され、結果として疲弊し、海洋進出どころではなくなるし、日本とは棲み分けが成立することになる。シーパワーはこのような漁夫の利を狙う、「狡猾さ」をもたなければいけない。

このような事は、世界史を学べば当然、理解されるべきことだ。しかし、教科書や授業でそのような解説がなされることはない。

そのため、日本人はいくら教科書を学んだといっても、国際関係の無知音痴といったままだ。日本が鎖国しているなら、それでもよいが、人口1億2千万の加工貿易立国である以上、国際情勢を理解することは死活問題だ。にもかかわらず、日本には、日本や世界についての真実を語る機関も出版物もない。そのため、国際情勢の把握に失敗し、官民ともに連戦連敗を続けている。この点、独ソ不可侵条約締結による外交方針の喪失から「欧州情勢は複雑怪奇」といって平沼内閣が倒れた頃から全く、進歩していない。

国際情勢が激変しつつある今日、このままでは間違いなく、日本は滅びていくだろう。このような危機感が、私が3年前より、メルマガを通じた執筆活動を行い続け、戦略を構築している理由だ。サイトの中には、私を地政学研究者として紹介しているものもあるが、私は、歴史の研究とその研究をベースにして、戦略の構築、実行を目指している。地政学はその内容の一つなのだが。

今後の、戦略の実行についてであるが、私は知人に米軍関係や米国政府関係者がいるが、彼らは日本の外務省を相手にはしていない。むしろ、とにかく要求して、脅せばかならず言うこと聞くぐらいに考えている。これは、幕末のペリー来航の頃から変わらぬ、マスタースレーブないびつな日米関係だ。私が、日本政府を相手にしていない理由もここにあり、アメリカとは私が直接話しをするほうがいい結果になるだろう。

国際ビジネスの経験者ならわかるだろう。代理店よりも、本社と話をすべきだし、本社よりは株主を説得すべきなのだ。つまり、代理店である外務省よりは本社である米国政府、米国政府よりは株主たる国際金融資本と直接、戦略対話を行う方が効果的だ。国際金融資本とはゲーテの「ファウスト」に出てくるメフィストフェレスのことだ。彼と契約を結ぶと、24年間はやりたい放題のことができる。しかし、契約期間終了と同時に魂を奪われるという訳だ。

私はメフィストフェレスと契約を結ばない。あくまで、対等以上の立場で交渉する。彼らが真に恐れるのは、利益の誘導や脅迫に屈しない勇者だ。この点につき”Every politician has his price”という言葉が全てを物語っているだろう。

国際金融資本については、私の過去のメルマガで何度も書いてきたので、詳述はしないが、彼らは、植民地支配において、必ず、表に出ず、現地マイノリティを裏で操るという手法をとる。そして、不要になれば、弊履のごとく捨て去る。ここが理解できていれば、歴史に繰り返されるパターンもその背景が見えてくるだろう。カエサル、クロムウェル、ナポレオン、ヒトラー、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、坂本竜馬や伊藤博文、現代のビンラディン、フセイン、ノリエガ、マルコス等に通じるのは、この国際金融資本の関与だ。彼らは、成績の悪い代理店を切るように、パートナーをチェンジする。

ヒトラーについては、45年3月の最後のラジオ演説で、国際金融資本の危険性を述べているが、彼らと契約した以上、当然の結果を招いただけなので、後の祭りだ。「国民諸君、同志諸君、最後まで戦い続ける諸君に敬意を表する。
すでに戦況は・・・私はベルリンと運命をともに・・・しかしナチスは不滅である・・。たとえ米ソがいったんは勝つように見えようとも・・・。 そうなのだ、それは砂の上の勝利だ。彼らは世界の真の支配者ではないからだ。彼らの背後で操る者・・・ユダヤ・・・イスラエル・・・世界的なユダヤ国際資本・・・略」

面白いのは、伊達政宗だ。彼は、スペインと提携し、家康亡き後、婿にあたる、徳川家康の六男松平忠照を三代将軍につけて天下を奪おうと本気で考えていたようだ。そのため、日本最初のガレオン船サン・ファン・バウティスタ号をスペイン人の技術指導の下、日本人船大工に建設させ、実際に太平洋を横断させ、スペインやローマに家臣を派遣している。しかし、16世紀初頭、彼が提携先に選んだスペインは既に、英国に覇権を奪われており、政宗の野望も潰えた。16世紀当時の日本は、伊達といった地方大名レベルでも、太平洋横断の外洋船の建造が可能だったのだ。この事実は、欧州勢力を驚嘆させたであろう。

こう考えると、堀江、村上の次に、ソフトバンクがどうなるかも自明だろう。国際金融資本はボーダフォンを売った時点で文字通り、「損(孫)切り」を行ったのだ。

各国をイナゴのように食い尽くしてきた国際金融資本の狙いは日本だが、まだ、完全には屈していない。16世紀に来日した宣教師が認めたように、他国のような、植民地支配するには、日本の知的資産、文明の位相が高すぎたのだ。しかし、かなり食い尽くされているのも事実だ。昭和天皇崩御後、彼らの攻勢は甚だしい。

ここから、日本がどう反攻に出るかだ。言うまでもなく、私が縷々力説してきた、アクエリアスによる中東との連携を行い、もって、国際金融資本との勢力均衡を図るという戦略だ。これは、ある意味で、中東をめぐる国際金融資本とのバトルともいえる。勝負の火蓋は切って落とされた。

日本の文明的意義はまさに、獰猛なランドパワーをシーパワーが飲み込んだということにつきる。日本文明の真の意味はこの「受容能力」の高さと大陸の文物を何でも取捨選択の上吸収し、徹底的に日本化していく力だと思うのだ。今後の世界はまさに動乱の時代と予測されるが、日本人がこの正反する二者を止揚する力を失わなければ、あるいは世界は救われるかもしれない。シーパワー同士の連携について考えてみれば、かっての日英同盟がそれぞれのホームを太平洋と大西洋に限定し、インド洋を共同管理するという形でパートナー関係を作れた。しかし、戦後の日米関係は、同じ、太平洋という海をホームとするため、利害がバッティングし、戦争までして、マスタースレーブの関係を構築した。このいびつな状態を改めるためにも、日本は、中東や英国と協力し、アクエリアスを成功させることは絶対必要だ。これができてはじめて、国際金融資本と対等な立場で交渉できる。
そのため、日本の技術、英国のネットワーク、アラブの資本。これらを有機的に結びつける、ジョイントオペレーションが、幕を開けようとしている。アクエリアスの成功こそが、日本文明が人類の宝であり、世界を救う可能性を秘めていることを明らかにすると考いている。

<参考>
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http://www5d.biglobe.ne.jp/~koshi/syohyou/syohyou05.htm
大航海時代の当時、スペイン、ポルトガルという二つの王国とポルトガル商人は新大陸やアジアの植民地化を進めていた。その尖兵を務めたのが当時のイエズス会のバテレンたちだった。こうした「南欧勢力」の最終標的は中国の植民地化だったが、足がかりとしてまず日本のキリスト教化をもくろむ。この「南欧勢力」の意を体して日本を統一し、中国に攻め入る英雄として白羽の矢を立てられたのが信長その人だった。上洛を果たした信長は、「南欧勢力」のための政策を次々に実行に移す。バテレンの入京と布教の許可、京都や安土での教会や学校建設、その一方で一向宗徒の弾圧、延暦寺の焼き討ち等々。そして、ついに天正十年(一五八二年)の本能寺の変の直前にはバチカンの太陽暦に合わせて暦の変更を朝廷に迫った。
 十六世紀後半の日本は「南欧勢力」の拡張主義の波に呑みこまれようとしていたということである。これは明治維新や太平洋戦争敗戦後にこの国で起きたこととよく似ている。立花氏が発見した信長はまさしく現代の問題を孕んだ信長なのである。
------------引用--------------
------------引用--------------
http://www.wound-treatment.jp/next/dokusho70.htm
信長と十字架
一方,信長にとっても大きなメリットがある。宣教師達を介して,いくらでも銃でも大砲でも入手できるし,金銭的援助も得られるからだ。実際,日本で金山の本格的採掘が始まったのは秀吉の時代であるはずなのに,信長は膨大な黄金を持っていて,臣下に褒美として取らせていたという。このような軍事的・金銭的メリットは他のキリシタン大名も得ていた。
 信長がイエズス会に多大な便宜を図っていた事は事実であるが,その理由はこれで納得がいく。実際,この時代のイエズス会宣教師は武器を売りさばく「死の商人」であり,その「死の商人」を利用したのが信長だった。
 「軍隊は歩く胃袋である」と言われるように,軍隊は何も生みださず,ただ消費するだけである。現在のアメリカのイラク戦争・占領を見てもわかる通り,巨額の戦費を注ぎ込んでもそれで十分と言う事はないのである。それが戦争であり軍隊である。これは戦国時代にも共通している。戦国時代を勝ち抜くためには「歩く胃袋」に食わせ,武器・弾薬を惜しみなく使わなければいけない。この消耗戦に勝ち抜くため,信長はイエズス会に,イエズス会のために天下統一することを約束したのであり,だからこそ,他を圧倒する武力と戦費が得られたのである。その他の大名にとって現金収入は年貢だけであり,その収入だけでは長年の戦闘を維持することは不可能だったのだ。
 ところが途中から信長は暴走し,イエズス会にとって困った存在となる。信長にとってイエズス会とは金と武器を出してくれる便利な存在であり,キリスト教の教えはどうでもいい事だったらしい。
 その結果,イエズス会は邪魔者でしかない信長暗殺を画策し,明智光秀に信長討伐を命じるように朝廷に裏で働きかける。
 光秀が信長を裏切った原因として,これまでは信長に恥をかかされた私怨が原因と説明されてきたが,やはりそれだけでは動機としてあまりに弱い。しかしこの説明のように,「信長亡き後はお前を日本国の国王にしよう」と耳打ちされたのであれば,十分納得できると思う。
------------引用--------------
------------引用--------------
http://npslq9-web.hp.infoseek.co.jp/sls010.html
信長は、
 1.他の戦国大名に先駆けて兵農分離を行い、農閑期以外でも大軍を動員できるようにして、近代的な常備軍を設立した。
 2.家臣を土地から切り離し、安土城下に住まわせ、中央集権的な官僚制を作ろうとした。
 3.楽市楽座により国内産業の育成に力を入れ、堺や大坂といった有望な貿易港を支配することに、熱意を示した。
 このような相似性が見られるのだ。
 1582年に本能寺の変が起き、信長は光秀に暗殺される。しかし、同時期に、織田水軍が大阪湾上で、四国攻めの準備を行っていた点は看過できない。つまり、鉄鋼船を含む織田水軍は将来、フィリピン遠征の危険があると察したスペインが、キリスト教宣教師を使って信長を暗殺する駒として光秀を動かしたという仮説である。
 私はこの説を支持するが確証がないため、仮説としておく。つまり、信長はシーパワーであるスペイン、ポルトガルと結ぶことにより覇権を握ったが、彼らに危険視され消されたのだと。鉄鋼船の保持は、現代で言えば潜水艦発射核ミサイルに相当する。そんなものをもつことを許さなかったのだ。日本が今でも許されないように。
 シーパワーの戦略は勢力均衡を鉄則とする。つまり、強大になりすぎた勢力はかならず、叩くのだ。欧州におけるナポレオンやヒトラーを英国がつぶした例にとるまでもなく。信長の死も彼等の破滅も本質はシーパワーの勢力均衡戦略で説明できる。
------------引用--------------
------------引用--------------
http://hb2.seikyou.ne.jp/home/fm/ishi-sant.html
伊達の黒船、史上最大級のガレオン船!!

 サン・ファン・バウティスタ号は支倉常長ら慶長遣欧
使節団の使節船として、伊達政宗の命により建造されま
した。この船名「SantJuan Bautista」は「洗礼者・聖
ヨハネ」に由来すると伝えられています。当時の世界最
高ともいえる技術で建造され、月浦を出帆、日本製の木
造洋式帆船として初の太平洋二往復に成功し、支倉常長
の偉業とともに多くの人々に感動を与えています。
 画像のサン・ファン・バウティスタ号は380余年の
時を経て復元、現在に甦ったものです。しかし、この船
の復元に際し、様々な困難があったことは素人の我々に
でも容易に想像することができます。復元に至るまでの
過程を以下にまとめてみました。
------------引用--------------


以上

2006年11月 5日

若者を犠牲にする社会

奪われし若者の未来

2002年5月、小泉内閣は最初の所信表明演説のむすびで、次のように『米百俵の故事』を引用している。

明治初期、厳しい窮乏の中にあった長岡藩に、救援のための米百俵が届けられました。米百俵は、当座をしのぐために使ったのでは数日でなくなってしまいます。しかし、当時の指導者は、百俵を将来の千俵、万俵として活かすため、明日の人づくりのための学校設立資金に使いました。その結果、設立された国漢学校は、後に多くの人材を育て上げることとなったのです。今の痛みに耐えて明日を良くしようという『米百俵の精神』こそ、改革を進めようとする今日の我々に必要ではないでしょうか。新世紀を迎え、日本が希望に満ち溢れた未来を創造できるか否かは、国民一人ひとりの、改革に立ち向かう志と決意にかかっています。」

「国がおこるのもまちが栄えるのも、ことごとく人にある。食えないからこそ学校を建て、人物を養成するのだ。」
私も長岡藩の大参事・小林虎三郎の主張に大いに共鳴する。しかしながら、小泉首相の所信表明演説以来、『米百俵の故事』は国民に痛みを求めるための方便として、引用されてきたが、本来故事が伝えたいところは国民に痛みを求めることではなくて、既得権益を打破して、目先にとらわえることなく、将来を見据えた改革を行う事である。

小林虎三郎

この点の矛盾を平成18年3月の参議院本会議に於いて、民主党の黒岩宇洋代議士が的確に説明している。 

「(中途省略)総理のおかげで米百俵の故事がすっかり有名になったことはうれしい限りです。しかし、この故事は、当初、今の痛みに耐えて明日を良くしようという呼び掛けに用いられました。現在は教育にお金を掛けるべきという意味で使われることが多いようです。教育ももちろん大事ですが、米百俵の最も言わんとするところは既得権益の打破であります。当時の階級社会では、藩から藩に送られてきた米は武士だけで消費することは当然のことと考えられていました。しかし、長岡藩では、武士がその既得権をなげうって、戦に敗れ疲弊している町民の子供らを含む将来の担い手教育に米百俵を使ったのです。これぞ長岡藩士の高潔さと地元の人々は誇りにしている、これが米百俵の精神です。米百俵は、国民に投げ掛けるだけではなく、権力者側がしっかりと受け止めなければならない歴史の教訓なのです。」

2002年5月7日に小泉内閣の最初の所信表明演説を行ってから、4年以上が経過した。その後、米百俵の精神が具体的な政策の中に盛り込まれて、社会の既得権益を打破し、今後の国家百年を担うような人を育てる改革を実施することはできたのだろうか。前回に引き続き、若者はなぜ3年で辞めるのか?-年功序列が奪う日本の未来- 城繁幸著を通して考えていきたい。

次の世代につけをまわし続ける国

結論から言うと、米百俵の精神が生かされて、既得権益が打破され、若者に教育や雇用のより良い機会が与えられたということは一度もなかった。その理由は簡単である。社会の意思決定権限が年功序列制度ゆえに若者ではなくて、すべて年長者にあるからだ。自分たちの既得権益を守り若者に犠牲を強いる事は雑作もないことである。「組合、政党、そして、経団連の意思決定プロセスに参加するのはみな50代以上の既得権層だ。そこに若者の代表者はいない。」それではどのような形で既得権益層より若者に負担が強いられているのであろうか

バブルの崩壊以後、長引く不況に喘ぐ日本企業の矛先は人件費の削減に向けられる。とは言っても労働組合の存在により簡単に賃下げや解雇を行うことはできないから、ほとんどの経営者まず、「新規採用の大幅な削減」で人件費を抑えることを決定した。この傾向は公務員で顕著である。 「2010年までの4年間で、公務員5%を削減」
2006年3月、政府の行政改革の一環として、目玉だった公務員人件費削減について、具体的な数値を含む方針を打ち出された。しかしながら驚愕の事実はこれは公務員が一律に給与を減らされるというものではなくて、「今後4年間、新規採用を2割以上減らし、自然源で対応する」ということだ。ここまであからさまな既得権益の保護は聞いた事がない。これによって数千にという若者就職先が消えてなくなることになる。米百俵の精神は一体どこにいったのだろうか。

経費を節約するために「新規採用の大幅な削減」必要性があっても、企業が若い働き手を必要としなくなったわけではない。従来の新入社員が押し付けられてきた、大して面白くもないルーチンワークを彼らに変わって実行する労働集団が既得権益層にとって、新たに必要になった。派遣社員と呼ばれる新しい労働集団である。1999年の労働派遣法の改正によって、それまで一部の職種に限定されていた派遣社員が、一般的な企業現場のほぼすべての職種で受け入れ可能となった。派遣社員の平均収入は300万円弱、短期のバイト中心フリーターになると平均収入は200万円未満、この給与は同年齢の正社員の半分未満に満たない。彼らのような非正規労働者には賞与も社会保険の企業負担分も、退職金の積み立ても必要なく企業にとって、これほど便利な存在はない。。彼らを安い賃金で働かせて浮いた分は企業の利益となり、既得権益層の更なる出世の糧となるので、一石二鳥といったところか。

既に雇用している人間の既得権を維持するために、若者の雇用を犠牲にする制度。そのつけは一体、どこに来るだろうか。次世代を作る子供たちの不在である。先進国の中でも群を抜いた日本の少子化に歯止めが止まらないのは若者犠牲の制度が存在するからではないのだろうか。正社員の半分以下の給与でどのようにして家族を養い、子供を育てる術があるのだろうか。少子高齢化は既得権益層の利益を守るために意図的に仕組まれたものである 。2005年の男性,女性の平均初婚年齢は29.8歳と28.0歳となり、その晩婚化の歯止めは簡単にはかかりそうにもない。

2007年から2010年にかけて団塊の世代が一斉に定年退職期を迎えることになり、彼らが受け取る退職金はおよそ80兆円にも上ると言われている。そのためセカンドライフに向けた別荘地やその他贅沢品の需要が伸びつつあるのだそうだ。また一方で安い労働賃金で将来の保証もなく、働かされる派遣社員や若者が存在することも事実である。日本の社会は彼らが人並みの収入を得て、家庭を築き、子供を育てるという選択肢を放棄して、退職者の世代が、退職後の生活を満喫できる選択肢を選んだ。つまり

日本は未来を捨てて、団塊の世代が人生を謳歌する道を選んだという事になる。ここで冒頭に戻ろう。長岡藩の藩士は自分たちだけで消費しても良い米を自分たちだけで消費したのだろうか? そのような目先の選択肢を取らず、自分たちの未来をつくる教育のたために投資したのではないのだろうか?小泉前内閣が表明した米百俵の精神で改革とはまやかしでしかなかったことをここで改めて強調したい。未来を担う人に投資しない国に未来などない。

参考文献
若者はなぜ3年で辞めるのか?-年功序列が奪う日本の未来- 城繁幸著

2006年11月 4日

近自然学ビデオ講義録(15)

全15回にわたり山脇正俊教授による近自然学の特別講義を放映いたします。本サイトだけのオリジナル講義です。目次:近自然学ビデオ講義録より最新の講義をお選びください。

2006年11月 3日

対談レポート1:江田島孔明(3)

第一話と第二話を通して、どちらかというと、硬派な地政学の一面をご紹介してきた。このように言うと、「地政学に軟派な面なんて、あるのかよ!、江田島孔明の作品はいつもバリバリの硬派(右翼?)じゃないか」と反論される方が多いかもしれない。まさにその通りであるが、対談シリーズ1:江田島孔明の最終回にあたる今回はどちらかという硬派な側面はすべて江田島氏の世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略シリーズにお任せして、地政学を通して学べるトリビアの泉的な雑学をご提供したい。

料理が発展する条件

料理が発展する条件とは恐らく様々な要因に関係するに違いない。料理とは営々として、受けつがれてきた民族の歴史であり、民族ごとの多様性を前提としているので、一概にこの料理は良くて、この料理はまずいと断定することは民俗学者の諸先生より、「この青2歳が!」とお叱りを受けるに違いない。しかし、旅行で海外にいくなら、旅の思い出ということでまずいローカルの料理を食べるのも一興であるのだが、仕事で海外に駐在しているとなると、ローカル料理ばかり食べ続けるというわけにはいかない。なぜならまずいものを食べると、確実に次の日の労働生産性が落ちるからだ

アメリカに仕事で出張に行って、食事をすると労働生産性が激減することは間違いない。今日はハンバーガーで、明日はハンバーグで、明後日はビザねってという冗談にしか聞こえない会話が決して冗談に聞こえないところがこの国のすごいところだ。食事のたびに500mlのペプシコーラを飲み続ける若者を見ると、その飽くなきジャンクフードへの希求心に心より恐れ入る気持ちになる。江田島氏も公私を問わず、海外経験が豊富だそうだ。世界屈指の現代の地政学者として、実際に世界のピボタルポイントとそれに繋がるフォールライン、そしてそれを抑えるために必要なチョークポイントを自分の目で確かめないと気が済まないのであろう。大変研究熱心な戦略家である。(むしろそれぐらいの情熱がないと戦略家にはなれないのかもしれない。)私もたかだか1年半程度の間、シンガポールとミクロネシアの小島に駐在した程度の経験しかないが、江田島氏との共通した見解として、日本人ビジネスマンが海外で食べる料理は「日本料理か中華料理と決まっている!」というのがある。また私はシンガポールにのれんを構えていたトルコ料理店も愛用していたが、これにフランス料理を加えると、中華料理、トルコ料理、フランス料理で世界の3大料理ということになる。日本料理は別格扱いにしても、何故、中国とトルコとフランスだけが、世界の3大料理となることができたのであろうか? 私のこのようなアマチュアな質問に対して江田島氏は次のように答えた。
「その質問はなかなか歴史の核心をついていますよ。」
(注:私がシンガポールに滞在した時に食事の70%以上のシェアを占めたのが、中華料理だった。華僑によって建国された国なので、他の国より中華料理店が多いという点は考慮されるとしても、食事の割合の圧倒的なシェアは驚異的だ。シンガポール人が胸を張って(?)、自分の国の自慢できる料理として紹介する、チキンライスとホッケンミーを独断で、中華料理の枠に入れてしまうのであれば、そのシェアは85%に達してします。『←実際このような発言をすると、シンガポール人は怒りだすがインドネシア人とマレーシア人は声を大にしてそうだそうだと声を賛成するに違いない。」恐るべきは世界三大料理なのである。)

世界三大料理

世界三大料理 (せかいさんだいりょうり) とは、主に「中華料理」「トルコ料理」「フランス料理」を指す。 中世のシルクロードの始点は「中国(西安)」から、「シリア、トルコ」を経て、終点は「地中海」へとたどり着く。以上から様々な食材や香辛料がシルクロードを渡りこの三大料理の特徴を培ったと考えられる。

(←この地図を印刷して、奈良、西安、蘭州、敦煌、トルファン、タクラマカン砂漠、テヘラン、イスファハーン、バクダット、イスタンブールなどのシルクロード沿いの主要都市をボールペンで印をつけてみるととても楽しいです。)

シルクロード沿いにある都市は通商路として食材、香辛料が十分に売買されるので、料理が発達する下地があるといえるが、それだけでは十分ではない。料理に湯水のごとくお金を費やしてくれるパトロンの存在が必要だ。つまり王朝文化の存在が必要不可欠だということである。王様の力と料理の力は比例するのだ。中国の歴代王朝はいうまでもなく、トルコはイスタンブルを首都として、西はモロッコから東はアゼルバイジャンまでの広大な地域を支配したオスマントルコ帝国、フランスは荘厳華麗なベルサイユ宮殿で有名なブルボン王朝、いずれの国も料理に莫大なお金を投資してくれる頼もしい王様が存在しているからである。

江田島曰く、「私はベルサイユ宮殿をこの目でみたことがあるが、あの壮麗な宮殿もルイ14世の別荘でしかなかったんですよ。それだけフランスの財政力というのはすごかったんです。」しかし、このような江田島氏の語りを聞いていると、次のような疑問が湧いてくる。20世紀初頭には世界の地上面積の5分の2に当たる3千平方キロを支配した大英帝国(British Empire )の食事はなぜまずいのだろうか。(私自身はイギリスに行ったことはないが、これはイギリスに行った友人たちの感想。)

ベルサイユ宮殿

地図の上で確認しても植民地の領土面積は大英帝国の方がフランスの植民地帝国よりも勝っている。イギリスの王様の方がフランス王様よりも金を持っていたんじゃないのと素人の考えでは思ってしまう。料理が発達する条件で最も大切なのは、国王の金の力よりも通商路なのであろうか(シルクロード)。確かにお金を持っていても、いい食材がなければ、いい料理を作る事はできない。なにせフランスのシラク大統領がイギリスに関して、「あんなにまずい料理を作る国の国民は信用できない」とか2012年のオリンピック招致でイギリスに敗れた時に、「あんなに飯がまずいところでオリンピックが開けるか!」など言いたい放題であった。対抗してイギリスのブレア首相が「フランスの料理は泣けてくるほど美味い。世界で一番だ。あんなに飯がうまいのであれば国民の情操教育もしっかりしているので、何でも信頼がおける国だ」などど対抗して嫌みを言ったということも聞いたことがない。シラク大統領の発言が的を得ているので、何も反論できないのである。話しを戻そう。イギリスの飯はなぜまずいのだろうか。(アメリカの飯がまずいのは宗主国の飯がまずかったからという説明だけでもよいのかもしれないが)


フランス領土


イギリス領土

私のこの疑問に対して、江田島氏は次のように回答した。「イギリスに行って、バッキンガム宮殿を見られたらおわかりになると思いますが、フランスのベルサイユ宮殿と比較すると本当にみすぼらしいんです。そもそもイギリスという国は日照時間が短くて、小麦の収穫量が少ない上に、国土面積が狭い。フランスを石高100万石の大大名と考えるなら、イギリスは10万石程度の小大名なんです。」江田島氏の回答を聞いて、次のような疑問が湧いて来た。。それならば何故、その小大名程度の国力しかなかったイギリスが世界に冠たる覇権を握ることができたのかということである。「フランスというのはランドパワーの国なんです。だから、土地の税収(小麦の収穫量)によって成り立っているんです。よって、その収穫量が国王の権力に比例することになります。一方、イギリスはシーパワーの国です。彼らにとって大切なのは通商路の確保。ここで重要なのは、インド洋までの通商路を確保したのは誰かという問題です。それは国王ではなくて、商人なんですよ。イギリスを支配しているのは国王ではなくて、商人なんです。これを資本主義というのです。」当時のベニスやスペイン、ポルトガルなどと思い浮かべても、シーパワーと分類される国は王様よりも商人が強い。トルコも中国もフランスもランドパワー国家である。料理が発達する条件の一つはランドパワー国家でなければならないということになりそうだ。

バッキンガム宮殿

イギリスを支配しているのは国王ではなくて、商人だと言えば、少し首をひねって本当かよ?と疑られるかもいるかもしれないが、次のようなエピソードを聞くと少しは納得していただけると思う。1869年にスエズ運河が開通した。当初はフランスとエジプトの共同所有だったが、スエズ運河の重要性を認識した当時のイギリス首相であるディズレーリはフランスを出し抜いて、エジプト所有の株式を買収する事になる。

スエズ運河が世界貿易に与えた影響は、大きなものだった。160キロの砂漠が切り開かれたことによって、喜望峰回りの航海はほとんど必要なくなり、イギリスからインドまでの距離が、6,000キロ以上も短縮されたのである。1870年、運河が開通して最初の年に、総計43万7,000トンの船舶がそこを通った。そして、その3分の2はイギリスの船だった。そのため運河が使用されるようになるとイギリスは考えを変えて、株式の取得に乗り出した。エジプトの藩王イスマイル・パシャは、1875年、莫大な借金を整理するために、スエズ運河の株を売りに出した。イギリスの首相ベンジャミン・ディズレリは、運河株に目をつけていたフランスを出し抜いて、ただちに400万ポンドの資金を調達すると、エジプトが所有していた16分の7の株を購入した。

この引用文にある400万ポンドという巨額の資金を出したのは一体誰がご存知であろうか。この資金を拠出したファミリーこそゴルゴ13でおなじみのロスチャイルド家である。エジプトがスエズ運河の株を売りに出したという情報が入った時に、これを何としても手に入れたいが、資金が足りないイギリス政府はロスチャイルド一家に資金繰りのお願いをしたそうだ。そこで、イギリス政府は何を担保にお金をお借りされるのでしょうかというロスチャイルドの質問に対して、当時のイギリス政府は次のように回答したという。
「資金の担保となるのは大英帝国です。大英帝国を担保にお金を貸してください。」

このはなしが本当だとしたら、大英帝国を担保に取っているロスチャイルド家は国王よりも偉いということになるのは当然だ。また脱線してしまったが、話しを元に戻そう。地政学の観点から見た料理が発展する条件は以下の2つとなる。

国王の権力が強力な独裁国家(ランドパワー国家)

シルクロード沿いに国がある(良い食材が手に入れられたから)

対談シリーズ1:江田島孔明(3)完

2006年11月 2日

連載コラム7 楽園ロタ島:ゴミは資源だ!








連載コラム5&6と2回続けて太陽エネルギーの有効利用についてお話した。少々難しいコラムとなっただろうか。エネルギーは我々の生活のあらゆる局面に深く関わっていながら、直接目に見えないだけに、何となく縁が薄いように感じられるようだ。バナナやエビが太陽エネルギーの塊だと言われても、ピンと来ないに違いない。しかし、バナナもエビも、そして風や雨も、紛れもなく太陽エネルギーの塊なのだ。



そこで今回は、読者の皆さんにもなじみ深いテーマを選んだ積もりだ。



前回、ロタ島のゴミ、特に建築廃材に触れた。ゴミや汚水は近代文明と現代社会が生み出した問題であり汚点だと言えよう。この問題をどう考えたら良いのか? 近自然学の視点からは、ゴミや汚水の背景にどんな世界が見えるのか? 皆さんと一緒に考えてみたい。



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1.楽園にはゴミも汚水もない



ゴミと汚水は、固形か液状かの形の違いはあるものの、我々にとって邪魔な物、使えない物のことだ。



楽園にはゴミも汚水もない(はずだ)。つまり、ゴミも汚水も出ない状態が理想だと言える。ロタ島にはゴミ収集もないし、ゴミ焼却場もない。また、汚水を流す下水道もそれを処理する汚水処理場もない。

では、ロタ島にはゴミも汚水もないのか?

それが結構盛大に出ていると思われる。現在のロタ島で一般的な使い捨てのライフスタイルからは、大量のゴミが出るのは当然。では、出たゴミはどこへ行くのか?



また、トイレはどこでも近代的な水洗だ。下水道も汚水処理場もないロタ島では、水に流された汚物はどこへ行くのだろう?

どうやら、ゴミはそのまま投棄場へ捨てられている。焼却もバクテリア分解処理もしない生のままだし、土壌や地下水汚染を防ぐための漏水止めもない素掘りのままだ(写真)。








汚水は、各家庭の地下に埋め込まれたコンクリートボックスに入り……なんと出口がない。このボックスの中で何が起こっているのか定かでないし、出口のない(見えない)のは地下浸透させているからだ(注1)。



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2.ロタ島にゴミ焼却場を造るべきか?



投棄場へ捨てられるゴミをよくよく観察すると、かなりカロリー(熱量)が高そうだ。つまり、燃やせば沢山の熱が出るという意味。では、給湯を兼ねたゴミ焼却場を造るのが良いのか? 現状ではその通りだが、ちょっと待った!「現状では…」と言ったのは、「従来のライフスタイルでは…」という意味だ。使い捨てが当たり前のアメリカ流ライフスタイルはロタ島にはそぐわない(高過ぎるし、何より住民の幸せになっていないようだ)し、石油の枯渇と価格の高騰から、遅かれ早かれ破綻して循環型のライフスタイルに変わるだろう。いや、変わらざるを得ない。そうでなければ、極端な話、島の豊富な食べ物を前にして餓死することになるからだ。



使い捨てのライフスタイルから循環型のライフスタイルへ転換すると、実はゴミの量が減り、その内容も大きく変わる。燃える物がどんどん減っていく。環境先進国と言われるスイスでは、この現象が顕著だ。ゴミが有料化(市町村によって差があるが、35ℓのゴミ袋が150〜200円程度)され、資源ゴミの分別収集(ゴミが資源になるなら、それはもうゴミではないが…)(注2)が進むと、ゴミの量は劇的に減る。また、パッキング(包装)の簡略化とリユース(再使用)(注3)などにより、燃えるゴミはさらに減る。

スイスで最大の街であるチューリッヒには2つのゴミ焼却場が市街地内に造られている(写真)。郊外に造らないのは、ゴミ焼却場が集中暖房給湯施設として機能しているからだ。つまり、ここで得られた熱を周辺の公共施設や各家庭に供給する(実は売っている)のだ。また、焼却場が市内にあると、ゴミ収集車の走行距離が減る。ばい煙処理技術が進歩した現在、焼却場を市内に作る環境的デメリットは少ない。むしろメリットが大きいという判断だ。








ところが、近年、ゴミの量が減り、さらにカロリー(熱量)が落ちて、燃え難くなる傾向が強い。そこで、チューリッヒ市では、焼却場を持たない小さな町村などからのゴミを受け入れたり(もちろん処理費を取る)、リサイクル用に集めた紙を燃料として投入している。ゴミを燃やすために重油を投入するなどもってのほかなので、苦肉の策としては致し方ないだろう(そもそも、紙の分別収集リサイクルがどうあるべきかという問題は解決していないが…)。



こういう先例があるので、ロタ島でゴミ焼却場を建設することは、あまり賢明な策とは思えない。では、ゴミ問題をどうしたら良いのか?



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3.ロタ島での下水道と汚水処理場は?



一方、汚水はどうだろう。

汚水も実はライフスタイルと深い関わりがある。しかし、ゴミのように汚物の量がライフスタイルによって大幅に変わるわけではない。例えばトイレ。かつては汲み取り式だったのが、今は水洗式が当たり前だ。水洗式になってウンチの量が増えるわけではない。いや、もしかしたらライフスタイルの変化によって不要に多量の食事を摂っているかもしれないが、まあ、それは置こう。問題は、水洗の水で汚物が薄まることだ。これによって汚水の総量が増え、しかも薄まることによってバクテリアの分解処理効率が落ちる。つまり、分解し難くなるのだ。汚物は有機分(炭素化合物という意味)が主体で、バクテリアにとっては美味しいご馳走だ。そのご馳走が薄まってしまうと、バクテリアは食事し難くなる。

しかし、だからと言って、今更かつての汲み取り式トイレに戻れるだろうか? 恐らく無理だろう。ある程度のメンテナンスが期待できるなら、水に流さずに、枯草や木片などの植物性有機物と一緒に混ぜて、その場でバクテリア分解させる手もある。スイス・アルプスの山小屋などでは実績を積んでいる。1年を通して気温の高いロタ島ではバクテリアの活動が活発なので、とても有効な方法だろう。



下水道と汚水処理場は水質浄化のため。汚水の流れ出る、川や湖、さらには海の水質を悪くしないための配慮だ。しかしながら、長大な下水道と汚水処理場を実現するなら、そのインフラ整備(建設・保守)とランニング(運転)のために膨大なエネルギーを使う(写真)。








うがった見方をすれば、水質浄化のために大量の石油エネルギーを使って大気汚染を出してるとも言えないことはない。「水質汚染を大気汚染に置き換えてるだけだ」という批判もあるのだ。

大都市ならいざ知らず、ロタ島に下水道と汚水処理場を造るのは、現実的ではない。では、どうしたら良いのか?



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4.なぜゴミや汚水が出るのか?



ゴミと汚水問題の解決策を探る前に、まず、ゴミや汚水がなぜ生じるのかを考えてみよう。



我々の生活や活動には多くの物質資源とエネルギーが使われる。しかし、使われた資源やエネルギーが消えてしまうわけではない。形が変わるだけだ。極々単純に表現するなら、「この世界では物質が太陽エネルギーによって循環している」と言えよう。エネルギーは最終的には熱の形となり、しかも均等に分散した状態へ落ち着く。これをエントロピーが高い状態と言う。そうなると、もう何も起こらない。これが永遠の静寂、つまり、死の世界だ。地球上でそんな状態を避けるためには、片や、地球に溜まった熱を宇宙空間へ捨て、片や、太陽から新たなエネルギーを得なければならない。実は、クルマのエンジンなども同じことをしている。冷却とガソリンの爆発燃焼だ。



物質が太陽エネルギーによって循環するのがこの世界だが、全ての物質が循環すればゴミは出ない()。上手く循環しないと余剰分が出る()。また、この循環の環の中に新たな物質(地下資源など)を大量に追加投入すると、全ての物質が循環できず多くの余剰分が出る()。これらの余剰分がゴミであり汚水なのだ。もちろん、いくら努力しても物質の100%が循環できるわけではないので、それを補う物質の追加は必要だ。それが多過ぎるのが問題なのだ。












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5.ゴミや汚水は資源なのだ!



循環しない物質がゴミや汚水になることをお話した。

これは、物質を循環させればゴミは出ないことを意味する。逆に言えば、ゴミが出ないようにすると物質は循環することになる。



ゴミや汚水は資源であり、再利用したい。

しかしながら、出たゴミを資源として再利用すること(つまり再循環させること)より、ゴミが出ないように配慮することの方が、実は重要なのだ。それはライフスタイルや社会システムの転換を意味する。そして、それが実現した社会を循環社会(循環型社会)と言う。



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6.循環社会にはゴミも汚水もない



循環社会では、ゴミも汚水もない。(いや、実際にはあるのだが、ごくわずかだ。)ここで、連載コラム4「楽園ロタ島:清水と旨い食物」の章でお話した、資源利用に関する優先順位の原則を再確認しよう。



 1)リデュース:使用量の減量

 2)リユース:物の再使用

 3)リサイクル:資源の再生利用



不要な物やそれほど重要ではない物は、「製造させない、流通させない、消費しない」。これが、リデュース(使用量の減量)で、最も大事なことだ。



まだまだ使える物は、新たな使用法を考えたり、他人に譲ったりして、何度も使う。これが、リユース(物の再使用)。兄のお古の玩具を弟がもらって使ったり、お母さんの和服を娘が着たり、クルマや電気製品などを中古品として販売するのがこのリユースだ。品質が良いほど、何度もリユースできるので、安物の大量生産から良い物の少量生産へ、経済活動は大きく転換することになる。



最後にリサイクル(資源の再生利用)が来る。リサイクルは環境のためという意味もあるが、むしろ、枯渇資源の温存が主目的と解釈したい。つまり、エネルギーを投入しても枯渇資源を温存するという意味だ。もちろん、物によっては地下から掘り出して精練・加工するより、ずっと少ないエネルギーで済む場合も多い。アルミなどはリサイクル製品のクォリティーが落ちがちだが(ボロボロになる)、不純物を取り除くなどして次第に改善されつつある。



日本ではリサイクルが注目されがちだが、実は、リユースの方が重要である。(いや、最も重要なのはリデュースだ!)それは、エネルギー投入量がずっと少ないからだ。「リサイクルするからどんどん使い捨てして良い」などと考えるのは飛んでもないことなのだ。



リデュース、リユース、リサイクルを「3R」と呼ぶ(注4)。これらがうまく機能するとゴミは極端に減る。さらに、有機物の燃料や肥料としての最終利用も進むと、ゴミはほとんどなくなる。これが、資源をムダにしない循環社会だ。



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7.楽園ロタ島にはゴミも汚水もなくなる



ロタ島では循環社会の実現を目指したい。そうすれば、我々にとって有用なエネルギーも資源も徹底的に有効利用することになり、ゴミや汚水は極端に減るはずだ。本当はゴミや汚水は出るのだが、それを資源として再利用するので、ゴミにも汚水にもならないわけだ。



具体的には何をすれば良いのか?



 ・食材はロタ島やマリアナ産を優先する

 ・衣類もロタ島やマリアナ産を優先する

 ・建材や家具はロタ島産の木材や自然材で無処理・無加工を優先する

 ・どんなものでも余計なものは買わない:生産させない、流通させない

 ・安物の使い捨ては止める

 ・一時的には高価でも良い物を買う

 ・良い物を慈しみながら使い、壊れたら修理してさらに使う

 ・まだまだ使える家具や電気製品などは、他人に譲ってリユースする

 (リユース・ビジネスは将来有望)

 ・買い物には自分の手提げ袋を持って行き、過剰包装は断る

 ・スーパーでは発泡スチロールのパックや冷凍物を買わない

 ・あらかじめ小分けパックされたものは買わず、大きなパックを家庭で小分けして使う

 ・塩ビのラップやアルミホイールはできるだけ使わない:紙のラップがある

 ・ラップを使う場合は何度もリユースする

 ・生ゴミはコンポスト化して肥料として利用する

 ・残飯は塩分が多いので別にして、ブタのエサにする

 ・ビールや清涼飲料はペットボトルやアルミ缶を止めてビン入りにする

 ・ガラスビンは洗浄して何度もリユースする

 ・紙は裏側もメモ用紙としてリユースする

 ・紙ナプキンは汚れた食器をぬぐってから捨てる

 ・減らす努力をした上で出たゴミは、枯渇資源の場合はリサイクルする

 ・木材・紙などの再生資源の場合は燃料かコンポストとして利用する

 ・汚れのひどくない水は下水に流さずに、観葉植物や庭に散水する

 ・汚水はバクテリア分解による簡易処理の後、ため池などでワンクッションおき、水性植物を生やし、魚を飼う



などなど……



意外に簡単なことばかりだとお気付きになったのではないだろうか。これらの簡単なことを日常生活で当たり前に実践していけば、ロタ島のゴミも汚水も劇的に減るだろう。こんなに簡単にゴミや汚水から解放されるのだから、やらない手はない。それには一人一人の心がけと実践が決め手なのだ。



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ゴミ(汚水も)問題と言うと、出たゴミをどう始末しようかと考えがちだが、ゴミが出ないようにすることの方が重要だ。ゴミが出るということは、我々の貴重な資源をムダにしていることで、とてももったいない。

我々の目指すゴミのない循環社会は、資源をムダにしない社会のことである。そしてそれは窮屈な毎日ではなく、我々の人生の質を上げてくれる本当の意味で豊かな社会のことなのだ。






2006年11月1日、スイス近自然学研究所にて




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注1汚水は……地下浸透させている

ロタ島最大の企業でもある日系のロタリゾートホテルでは、ホテル内で出る汚水を敷地内にある処理場でバクテリア分解処理し、さらにその処理水をゴルフ場の散水に利用している。中々上手いシステムと言えよう。





注2資源ゴミの分別収集

スイスでの資源ゴミの収集法は、市町村ごとに異なる。しかも、時代と共に変化している。私の住んでいるチューリッヒ郊外の村での現状は以下だ。



常設の分別収集所へ持って行く物:

古着、ワインボトル(洗ってリユースする)、ガラス(透明、緑、茶)、缶、小金属(どんな金属も混ぜて良い)、大金属、発泡スチロール、植物性廃油、鉱物性廃油、動物の死骸(冷蔵庫がある)、塗料・毒物(有料)



毎週1回だけ分別収集所へ持って行く物:

粗大ゴミ(有料:1kg約40円)



月1回回収する物:

紙、段ボール



週1回回収する物:

枝や葉などの植物のゴミ(台所の生ゴミはダメ)



お店へ持って行く物:

バッテリー、ペットボトル、薬



自分で処理する物:

生ゴミ(コンポスト化)





注3パッキング(包装)の簡略化とリユース(再使用)

スイス・ドイツでは、「贈り物だから包んでください」と言わない限り、包装はしないのが普通だ。

パッキング(包装)のリユース(再使用)とは、タマゴのトレイなどが有名。また、郵送用の既製のボックスがある。通信販売などで、製品を注文すると、いくつかの小物をそのボックスに入れて送ってくる。受け取ると、中身だけを出し、ボックスは配達人や郵便局へ返却する。そうやってボックスを何度も使うわけだ。フタも簡単に開閉できるので、梱包と開梱の手間も省ける。





注4リデュース、リユース、リサイクルを「3R」と呼ぶ

リデュース(Reduce)、リユース(Reuse)、リサイクル(Recycle)。ロングライフ(Long Life)を加えて、「3R+L」と呼ぶこともある。

さらには、リフューズ(Refuse:例えば過剰包装などを「拒否する・断る」)、リペア(Repaire:修理する)、リフォーム(Reform:改善・改良する)、リターン(Return:元へ戻る)などを加えることもある。

「リ」が付く単語が並んでいるが、これは偶然ではない。「Re」とは「再び」という意味で、資源に関して考える場合、とても重要なことなのだ。


PDF版


2006年11月 1日

先進国の地理的条件

世界には、高度に発達した産業を持ち、生活水準が高い先進国と、そうでない発展途上国がある。勤勉で教育水準の高い国民もいれば、そうでない国民もある。自由と民主主義が可能な国家もあれば、そうでない独裁的国家もある。この違いはなぜ生まれるのか、地理的環境的要因を考えてみよう。

1. 先進国の気候的条件

国際通貨基金によると、先進国と呼べるのは、北米(アメリカ合衆国、カナダ)、ヨーロッパ(イギリス、ドイツ、フランス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、スイス、オーストリア、デンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、アイスランド、アイルランド、イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、キプロス)、東アジア(日本、大韓民国、台湾、香港特別行政区、シンガポール)の三極の国々を除けば、後は、オーストラリア、ニュージーランド、イスラエルぐらいなものである[IMF: Advanced Economies, World Economic Outlook Database for April 2006]。

このことを念頭において、以下のケッペンの気候区分による世界地図を見てみよう。

World Climate Map
図1 ケッペンの気候区分に基づく世界地図
[Dan Scollon: World Climate Map]

まず、気が付くことは、これらの先進国は、少なくともその中の先進的な地域は、小さな例外であるシンガポールを除いて、すべて温帯(緑色)または冷帯(紫色)に位置するということである。シンガポールは、地理的位置の重要さから、交易都市として 外発的に発展した都市国家なので、先進「国」と言うよりも、むしろ先進国の出張所のようなところである。

赤系統の熱帯、黄色系統の乾燥地帯、灰色の高山地帯、青色の寒帯には、先進国は存在しない。私たちは、ここに地平の中間性構造を見て取ることができる。高度な文明は、不必要なところと不可能なところという両極端では成り立たない。必要かつ可能な中間地帯でのみ生まれる。

1.1. 文明が不必要な地域

熱帯は、文明が不必要なところである。熱帯で狩猟採取生活を営んでいる自然民族は、都市文明どころか農業文明すら不必要である。

調査によれば、農業を行わない狩猟採集民が食物生産に費やす時間は、成人労働者一人当たり平均三時間から四時間である。残りの時間は、遊んで楽しむことができる。長時間労働を強いられ、過労死寸前の日本人にとっては、うらやましい限りである。農耕牧畜民族より、狩猟採集民族の方が豊かな生活を送っていると言ってよいぐらいである。

だから、例えば、アフリカの奥地に住む、食物獲得に費やす時間が平均二時間以下のハドサ族に、文明人が農業を教えようとすると、「この世にモンゴンゴの実がこんなにたくさんあるというのに、どうして植えなければならないのか」と言って拒否したとのことである。

熱帯は、温帯や寒帯と違って、一年を通して気温がほとんど変化しない。熱帯雨林気候では、雨量も安定して豊富である。文明は、寒冷化や乾燥化といった危機に対処するために必要なのであって、恵まれた環境である熱帯では、長時間労働を必要とする高度文明は不必要である。

熱帯地域の人々は、長い間、自然を克服しようとすることなく、エコロジカルに安定した生活を続けていた。しかし、ヨーロッパ発の近代化の波が浸透したため、20世紀以降、この地域では人口爆発が起こり、生態系の破壊が進んでいる。その意味では、熱帯も現在では危機に直面していると言える。しかし、熱帯では、気候環境による長年の影響で、人々に、禁欲的な勤労意識や合理的計画性の精神が希薄で、このため熱帯の諸国はなかなか先進国化しない。もっともエートスというのは遺伝するわけではないので、教育しだいでは、熱帯地域の人々も先進国の人間並みにすることはできるはずだ。

1.2. 文明が不可能な地域

乾燥帯のように降雨量が少なすぎたり、冷帯や高山帯のように温度が低すぎるところには、先進国は存在しない。スイスは、高山帯にあるが、主要都市はすべて温帯にある。冷帯は緯度が高いために、高山帯は海抜高度が高いために、気温が低い。では乾燥帯が乾燥している理由は何か。

以下の画像の赤色の部分は、国連環境計画(UNEP)が複数の基準から沙漠と認定した地域であるが、これを見ると、乾燥帯となる場所は、一定の法則に従っていることがわかる。

Continentality And Inland Deserts
図2 UNEPが沙漠と認定した地域
[UNEP: Continentality And Inland Deserts, Global Deserts Outlook, Chapter 1]

まずよく知られているように、南北の緯度25-35度に位置する中緯度高圧帯は乾燥しやすい。赤道上で暖められた空気は、その上昇途中で膨張し、赤道直下の熱帯地域に雨を降ら す反面、緯度30度付近で下降する時は、圧縮されて高温になるからである。

しかし、図1と2を見ていただければわかるように、緯度30度付近だからといって必ずしも乾燥するわけではない。砂漠になっているのは、大陸の西側だけで、東側は温帯になっている。この理由を下の模式図を使って説明しよう。

大陸の西側と東側
図3 自転に伴う大陸の西側と東側の差異

図3は、緯度30度線に沿って大陸を切断した図で、手前が南極側で、向こうが北極側である。このとき、地球は矢印の方向(西から東)へと自転しているので、大陸の東側は、海洋からの蒸発による湿った空気の中を突っ込むことになるので、雨が降りやすくなる。他方で、大陸の西側では、地球の自転に引きずられるような形で海洋深層の冷たい海水が湧き上がり、これにより空気が冷やされて下降気流が発生し、乾燥する [UNEP: The Effect of Marine Upwellings On Desert Distribution, Global Deserts Outlook, Chapter 1]。

ユーラシア大陸の東側、所謂モンスーンアジアでは、大量に水を必要とする稲作が行われているのに対して、西側では小麦栽培と牧畜が行われているのは、東西の降水量の差による。

乾燥帯のもう一つの条件は、大陸の内奥にあるということである。ユーラシア大陸の中央部は、緯度30度線から大きく北にずれているにもかかわらず、砂漠になっている。これは、海から遠く離れているためである。

読者の中には、今はともかくとして、エジプトやメソポタミアやインダスでは、かつて高度な文明が存在したのだから、乾燥帯でも先進国になることができるのではないかと考える人もいることであろう。しかし、これらの地域は、 気候最適期には今よりもずっと湿潤で、現在の温帯よりも過ごしやすいぐらいであった。ところが、今から5000年前から、寒冷化と乾燥化が進み、これに対処するために、大規模灌漑を行う文明が誕生した 。新世界でも、アステカ帝国やインカ帝国は、大陸西側の乾燥した地域で生まれた。乾燥化が先進文明を生んだのだが、完全に乾燥化してしまうと、先進文明は不可能になる。

他方で、ヨーロッパや日本など、現在の乾燥帯よりも高緯度に位置する温帯は、気候最適期には、今よりも乾燥した地域だった。これらの地域は、5000年前から、寒冷化と同時に湿潤化した。水が不足していたわけではなかったので、乾燥帯におけるように、大規模灌漑を行う集権的な巨大文明は必要なく、分権的な森の文明に甘んじた。そして、近代において、先進的な役割を果たしたのは、これらの、まだ森が残っていた温帯の地域だった。

2. 先進国の歴史的条件

先進国は、温帯または冷帯に位置する。しかし、温帯または冷帯に位置するからといって、先進国とは限らない。もう一度図1を見てほしい、東欧やロシア、インドの北部、中国、南米の南部、アフリカ南部、これらの地域は、温帯または冷帯に属する。インドの北部や中国には、かつて高度な文明が栄えたが、今では、貧しい発展途上国である。

なぜ温帯や冷帯にあって、先進的でないかを説明するには、その国の住民の過去を振り返らなければいけない。アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、イスラエルの国民の多くは、西ヨーロッパ、なかんずくイギリスの出身である。

同じヨーロッパの中でも、東ヨーロッパと南ヨーロッパは、西ヨーロッパと比べると先進的ではない。ポルトガルとスペインは、EU域内ということで先進国の中に入れられているが、その植民地だった南米は、温帯であっても、途上国である。南アフリカはイギリスの植民地であったが、白人の割合は、10%に満たないので、オーストラリア、ニュージーランドのようなわけにはいかない。

先進諸国から、西ヨーロッパ系をのぞくと、残っているのは日本とアジアNIEsである。このうち、大韓民国と台湾はかつて日本の植民地で、民族的にも文化的にも日本人に近い。いわば、イギリスに対するフランスやドイツのような国である。香港は、シンガポールと同様の理由で無視できる。だから、現在の先進国は、西ヨーロッパ系と日本系の二つに大別できる。

ユーラシア大陸以外にも、アメリカ大陸に文明が存在したが、ユーラシア大陸の文明と比べれば、マイナーであった。大陸の規模からして、ユーラシア大陸が、有史以来、地球文明の主導権を握ってきたことは自然なことである。しかし、広大なユーラシア大陸の中でも、なぜ西ヨーロッパと日本なのか。

梅棹忠夫氏は、地理的特質に注目して、西ヨーロッパと日本は、並行的に近代化したとする生態史観を提案した。彼は、以下の図Aにあるように、ユーラシア大陸の両端に位置する西ヨーロッパと日本を第一地域、その間にある第二地域の二つに分類し、日本はアジアよりも西ヨーロッパに近いと主張した。第二地域は、中央の乾燥地帯と山脈により、Ⅰ. 中国、Ⅱ. インド、Ⅲ. 西アジア・地中海、Ⅳ. ロシアの四つのブロックに分けられるが、西ヨーロッパと日本が近代化を始めた頃、これらの地域では、Ⅰ. 清帝国、Ⅱ. ムガール帝国、Ⅲ. オスマントルコ帝国、Ⅳ. ロシア帝国といった専制主義的な帝国が近代化を遅らせた。

文明の生態史観ほか
図4 ユーラシア大陸の諸文明を抽象化した生態史観の図 [梅棹 忠夫:文明の生態史観, p.197]

梅棹氏は、後に、A図を少し修正して、以下のように、東南アジアと東ヨーロッパを書き加えたB図を提示している。

文明の生態史観ほか
図5 ユーラシア大陸の諸文明を抽象化した生態史観の図の改訂版 [梅棹 忠夫:文明の生態史観, p.208]

東南アジアと東ヨーロッパは、人種や宗教が多様で、専制的な大帝国が支配することはなかったが、西ヨーロッパや日本のようには近代化が進まなかったというように、梅棹氏は、ここでも東西をパラレルに論じようとする。

明治以来、ヨーロッパ人に劣等感を抱き続けた日本人たちは、梅棹氏の平行進化説に快哉を叫けんだが、私はこの平行進化説には大いに無理があると感じている。日本は安土桃山時代から近代化の萌芽を見せていたが、産業革命による近代資本主義が最初に現れたのはイギリスであり、日本は、アメリカ合衆国やロシア帝国なみにそれに乗り遅れたからである。

文明に対する地理的気候的影響を重視すること自体には賛成だが、ユーラシア大陸の東と西では、地理的気候的影響が異なる以上、両者を完全にパラレルに扱うわけには行かない。寒冷化はユーラシア大陸の西から始まるのだから、イノベーションが西から先に始まるのはしかたのないことである。

梅棹氏の同時並行説を遅延並行説として再構成してみよう。ユーラシア大陸において、日本と対称的な位置にある島国は、西ヨーロッパではなくて、イギリスである。産業革命が島国イギリスから始まって、ヨーロッパ大陸やアメリカ大陸に伝播したように、アジアにおける産業革命は、島国日本から始まって、アジアNIEs、東南アジア、中国というように周辺諸国へ伝播していっていると考えてはどうだろうか。

では、なぜ産業革命と近代資本主義は、大陸ではなくて、島国から始まったのか。それは、大陸国家が中央集権的で独裁的であるのに対して、島国国家は分権的で民主的であるからだ。 本川達雄氏は、動物は、島に隔離されると、サイズの大きな動物は小さくなり、サイズの小さい動物は大きくなるという「島の規則」から、それこそ「生態学的」に、日本人の均質性を説明しようとする。

島国という環境では、エリートのサイズは小さくなり、ずばぬけた巨人と呼び得る人物は出てきにくい。逆に小さい方、つまり庶民のスケールは大きくなり、知的レベルはきわめて高い。「島の規則」は人間にも当てはまりそうだ。

ゾウは捕食者に襲われないように体を大きくし、ネズミは捕食者に見つかりにくいように、全体の個体数を増やすために、体を小さくしているが、島に隔離され、捕食者に襲われるリスクが減ると、ゾウは牛ぐらいの大きさになり、ネズミは猫ほどの大きさになる。

島の規則を人間に当てはめる場合も、外敵の存在が重要な要因となる。地続きで敵が攻めてくる大陸では、それに対抗するために、強力なリーダーによる独裁体制が必要であるが、海が堀として機能する島国では、その必要性がなく、偉大な指導者がいない代わりに、個々人がしっかりしている。

ビジネスの世界に喩えるなら、大陸の大帝国が大企業であるのに対して、島国の小勢力は中小のベンチャー企業である。大胆な実験をするのは、競争圧力下にある中小のベンチャー企業であって、大企業ではない。大企業は、新しいことをするには、大きすぎてリスクが高すぎる。同様に、文明のイノベーションは、分権的で民主的なところから始まる。

明治維新のころの日本と中国を比較してみるとよい。日本では、各藩がそれぞれ独自の領国経営を行い、やがて勝ち組の雄藩が明治維新の旗手となって台頭した。しかし、中国では皇帝のもとに独裁政治が行われ、しかも西太后のような愚昧な権力者によって牛耳られていたために、近代化が遅れ、列強の半植民地へと転落していく。毛沢東による独裁政治も、中国の近代化を遅らせることになった。

世界最古の文明は、シュメール文明であるが、この文明の担い手であるシュメール人は、ディルムンから来た海洋民族と考えられ、高度な文明を築いたのにもかかわらず、統一帝国は作らずに、最後まで都市国家の分立に甘んじた。そして、やがてこの都市文明の遺産は、オリエントの帝国に受け継がれて普及していく。

古代ギリシャもまた、クレタ島を含むエーゲ海の島々から始まった島国的な文明であった。古代ギリシャのポリスは高度な文明を築いたのにもかかわらず、統一帝国は作らずに、最後までぷリスの分立に甘んじた。そして、やがてこの都市文明の遺産は、アレクサンダー帝国やローマ帝国に受け継がれて普及していく。

イギリスは、もちろん島国である。イングランド国教会を樹立し、大陸中央のローマ教皇庁から離れ、いち早く議会制民主主義を発達させたこの国から産業革命と近代市場経済が始まったことは、偶然ではない。やがてイギリスの近代文明の遺産は、ヨーロッパやアメリカの大陸国家に受け継がれて普及していく。

シュメール都市国家とアッカド帝国、ギリシャのポリスとローマ帝国、島国イギリスとアメリカ合衆国の関係が、島国日本と中国との間で反復されるだろう。

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北海道大学名誉教授市川勝博士により不可能だと言われていた水素の貯蔵そして運搬が可能となる技術の量産化が始まっています。(詳細は近日公開の市川・永井対談を参照して下さい。)この水素エネルギー革命の時代に、アラブ・日本の企業による新合弁会社が近く創設される予定です。(詳細は118日のMASDAR計画日本説明会12831日のENVIRONMENT2007/JAPAN TODAY2007へご参加下さい。)ポストオイルの代替エネルギーに水素エネルギーが着々と進行中、本日私はシンガポールで行われたGlobal Entrepolis @ Singapore2006HOT Pitchというイベントに参加しました。

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そこで私は中国人投資家に向けてピッチャーとしてバイオレジン、水素エネルギーシステムそして水素兌換の地域通貨CYBER CASHについての内容を含めたスピーチをしてきました。

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CYBER CASHとは、E-CASHのようにオンライン上で使用可能の無形の水素エネルギーを担保にしたお金です。GESGlobal Entrepolis @ Singapore)のような展示会の会場でプレゼンテーションをするのは初めての経験でとても緊張しました。 日本企業(商社及びメーカー)による情報漏洩により有機ハイドライド事業は中止となり、軍用のロジウム触媒型ハイパーハイドライド事業が日本を排除したアラブ中心の形にて現在、進行しています。

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HOT Pitchは全11社の企業(とシンガポールの学生×2組)が中国の投資家に向かって4分間前後のプレゼンをピッチャーとして交代でしていくシステムでした。

ピッチャーとして参加した企業&学校一覧: Chakra Biotech Neurovision Progeniq Remind Cap XID Technologies Xrgomics Shayonano Chemicals Win-Tech Nanotech SIF Technologies Gencast Raffles Institution-Anti-recliner Tao Nan- Comfort Sling

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会場についたとき、緊張で少しぷるぷる震えていると同じくピッチャーの一人である米国人らしき参加者に「まぁ緊張しすぎるな」と言われました。その人も4分間では内容が言い切れず最後の方はかなりあせった感じで喋っていました。

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中国投資市場側プレゼン参加企業一覧: Bao Yi International Beijing Huijia Cartoon Henan CATV Network Metal China Royal Mei Wei Zhen Triworks(Shanghai)

今回私はプレゼンの練習のためにも参加してみましたが、最初の部分でスライドを出し忘れてしまい、危うくぐだぐだになる所でした。出番が最後の方だったのと途中で何度も起こったスピーカーの不具合が私のピッチング中には起こらななかったのが幸いでした。

緊張しまくっているので読んでいるにも関わらずかなりつたない英語になってしまいましたが、参加してみて良かったです。バイオレジンは30種類の物質を最適配合する事により水の消費量を半分以下、