2006年12月アーカイブ

2006年12月31日

人間は肉無しで生きられるのか?ベジ肉もどき生活

ベジタリアンとなる動機は健康増進のため、肉食への不安(食肉の汚染や病気)から、動物愛護の精神から、宗教的理由まで様々である。今回は「なぜベジタリアン?」という理由・根拠・動機の一部を載せる。肉食をしないと不健康になってしまうとか怪しい宗教だとか非難する人も多い。特に市民権を得てない日本だといくら世界で当たり前になりつつあるベジタリアンも単なる少数派以上に偏見や差別の対象になるだろう。給食の問題とか子供がもったいないことせず食べることとか協調性を学ぶことを私は一切否定しない。なぜなら生きることは食べることであるし菜食=偏食と思うべきではないと思うからだ。ただし何故肉食を避けるべきだと考えるのか、ベジタリアニズムが本当にいけないことなのか?何故ベジタリアニズムをベジタリアンは薦めるのか?ベジタリアニズムの世界を覗いてみようとするノンベジ(非菜食主義者)も知りたいところだろう。

航空会社によっては機内食もこんなにベジタリアン対応だった。

Pesco Vegetarian(魚介類OK)や Pollo Vegetarian(家禽類OK)以外のベジタリアンには栄養学的に不足する栄養があると言われる。本当に菜食主義は栄養不足になるのか?野菜をたっぷり摂取することや、肉食をしないことで健康になるという説がある(ただし個人の体質や食文化の差異もあり必ずしもそうとは言えない)。肉を食べないと必須栄養素が欠けてしまうのか?!ここで一番気をつけたいのが上記のPesco VegetarianやPlloVegetarianは魚や肉を正確には摂取していることになるし私のようなLacto Ovo VegetarianはビタミンB12やビタミンDの不足問題はなさそうだ。Vegan等の厳格なベジタリアンも含めた多くのベジタリアンが菜食のメリットと肉食のデメリットからその食生活に満足している。ここでは動物愛護の気持ち(動物が可哀想とか肉は動物の死骸だという理由)を省いた形で肉も食品として考えた上で肉食・菜食について考えたい。日本人はグルメ?食に無頓着?とにかく好き嫌いは良くないとしても社会や先生や親から間違った知識を教えられているのかもしれない。その代表が「たんぱく質=肉」という考えだ。確かにベジタリアンの料理はノンベジタリアン料理に比べてたんぱく質は少なめかもしれない。たんぱく質は身体の構成要素としてもとても大切なので絶食なので不足するのは困る。しかし必要な摂取量はベジタリアン食で充分カバーしているようで、むしろ現代の肉中心の食生活では過剰摂取となっている。高たんぱく質と言えばなんだか栄養があって元気になりそうだが、植物性よりも動物性のたんぱく質が腎臓に負担をかけるとか、良質なたんぱく源として指示を得ている牛肉もとにかくステーキを食べれば効率良くたんぱく質になるのではなく加熱調理で壊れたアミノ酸では駄目なのである。とはいえ必須アミノ酸が全種得られる肉信仰は強い。しかし肉だけ食べる…のではなく食事は他の食品と合わせて食べるように植物も必須アミノ酸のコンビネーションで摂取するといい。

それには「畑の肉」と言われるだけある必須アミノ酸をすべて含んだ大豆はベジタリアンにとっての強い味方である。中でも世界中で人気なのは豆腐である。ベジタリアンになる前から大好きだったが、日本や中国だけでなく欧米でも豆腐はヘルシーフードとして支持されてる。ベジタリアンとしてでなくても豆腐ハンバーグ等を食したことがある人も多いのではないだろうか?残念ながら市販の豆腐ハンバーグだと鶏肉が入っていたりするが、それでも肉の塊を食べるよりはよっぽどいいという意味でヘルシーフードTOFUはこれからも世界進出をしていくだろう。知り合いの外国人の中には固めの豆腐をクリームチーズのように食べたりする人もいるがベジタリアンCOOKINGには欠かせないもののようだ。たまには菜食レストランもいいです、ただし長寿国の日本料理はヘルシーと言われている割にはベジタリアンには愛が少ないようでベジタリアン料理を意識的に置くお店や菜食レストランは少ないようだ。豆腐ハンバーグ等いろいろなウェブサイトで豆腐レシピが紹介されている。自分でお好みの具で作るのがいい。豆腐料理だけでなくベジタリアンが食べるのを楽しまない人ではないのだな…ということが数々のベジタリアンお料理サイトでよくわかる。

肉を食べなきゃたんぱく質が摂れない・・・子供は成長しない・・・というのは正しい知識とは言えなさそうである。確かに昔は西洋人に比べ体格が貧弱で栄養面を強化することで明治天皇が肉を食べ国民を肉類や乳製品の摂取に導いてきたが、肉食が定着し過剰摂取となった現代ではアメリカのように肥満問題を含めて糖尿病や高血圧などの害が出てきたのである。動物性たんぱく質を取りすぎるとその分解にカルシウムが必要となる。このカルシウムは骨から大量に取ったりするのでご年配の女性に多い骨粗しょう症や男の人も腎臓結石、尿管結石の危険がある。それでは次に乳製品禁止のベジタリアンはカルシウムをどこから摂取するのか?ということだが、言うまでもなく骨・筋肉・神経のためにもカルシウムは意識して不足しないようにするべきである。確かにカルシウムの吸収は容易でないとされるが、何も「カルシウム=牛乳」ではない。小松菜や昆布、アーモンド等にも含まれている。そして前述の過剰摂取のたんぱく質を分解するためにカルシウムを必要としない分、その必要量も少なくなるので必ずしも肉食する人ほどのカルシウムを摂らなくてもいいことになる。それからカルシウム吸収も単に食べればいいのではなく吸収率をあげるためにアルコールや食塩・砂糖を過剰に摂取しないで身体を動かすことが骨密度UPに必要なようだ。

左:正常な背骨の縦断面  右:スカスカになった骨粗鬆症の背骨の縦断面

『財団法人骨粗鬆症財団』より

純菜食主義者にとって現実的に不足するのは植物には存在しないと言われるB12だ。(大豆発酵食品やスピルリナ等藍藻類に含まれるのは不活性のビタミンB12)。 しかし日本人にとっては朗報、海苔で摂取できるようだ。ただし大量の海苔をほとんど毎日食べないと不足してしまうことやビタミンDの不足も考えて卵&乳製品OKなのか純菜食なのかでは栄養面で大きな差があるようだ。魚介類を食べなくなったベジタリアン(Pesco Vegetarian)以外が心配するのはDHA(ドコサヘキサエン酸)およびEPA(エイコペンタエン酸)等の栄養についてだろうか?頭が良くなるDHAで有名なように学習機能や網膜反射機能の向上、また血液サラサラという血中の脂肪を低下させた抗血栓作用などが言われているものです。子供の脳や目に効くのでベジタリアン家庭も幼児の発達のために子供の頃はお魚を食べるべきかもしれない。しかしまたこれには純菜食主義者の中には魚の毒性等を指摘する声がある。アメリカン・ベガニズムでは魚の害について述べている。何にしろVeganになるには自己(の食生活)管理ができないとしんどうだろう。

その他いろいろ栄養学的に見ればいろいろとあるが、いくつかのベジタリアンサイトによると人間(特に日本人)は肉食に適していないそうだ。動物も肉食と草食ではその歯の形から腸の長さにいたるまで身体に違いがあるが、人間もベジタリアンとノンベジタリアンでは身体に違いが出てくる可能性は高い。まず食べるという行為に絶対不可欠な歯や顎など骨の形についてだ。人間は雑食なので草食に適した臼歯があるのが理由の一つだが、ライオンのように他の動物をしとめて食いちぎる牙はない。肉をほとんど噛まずに飲み込む肉食動物と違って顎も上下左右に動くように発達している。牙と同様に人間は狩猟用の爪がなく、木の実や野菜の採集に適した手を持っている。それから消化に関してだが、胃酸の濃度も肉食動物と違うし特に日本人の腸は草食動物のように長いので有名である。つまり人間は肉しか食べない肉食獣ではないので必ずしも肉を食べたら駄目なのではなくあくまで雑食だが、それぞれの身体に適した食べ物があるということがわかる。自分の腸が何m肉食不向きかどうかわからないけれど、菜食にしてから毎日便通はとてもいい。便秘の人は繊維を摂らなきゃいけないから野菜を多めに摂るというけど便秘じゃなくても肉食べてばっかりの時よりも野菜>肉の関係の方が身体にいい。

ベジタリアンと言っても毎日フライドポテトとコーラだといけない。ただしベジタリアンの身体は健康な人間が多いのも事実、前回も触れたように各界の著名人もいるように筋力的にも精神的にも決して弱くない。というよりも私の考えではベジタリアンだから○○だ…ということはないような気がする。肉食べてても健康な人もいる。ベジタリアニズムの中にはベジタリアンに哲学者が多いことなどからベジタリアンは精神的に優れてるとか頭がいいと信じている人がいる。また身体が軽くなる、体臭が良くなるという意見もある。審議のほどは置いておいて死に至るような生活習慣病にはなりにくいようである(絶対ならないとかいうことではなくて)。日本ベジタリアン協会のウェブサイトには『21年間をかけてロマリンダ大学で行なわれた 25,000 人の調査によれば、ベジタリアンは普通食の人に比べて、肺ガン、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病の死亡率が半分以下という結果が。そのほかにも、高血圧や骨粗鬆症などの予防作用のあることが種々の研究で明らかにされている。これは、ビタミンAやC、カルシウム、カリウム、植物繊維などを菜食によって豊富に摂取しているためだと考えられている。』とある。とはいえ、こんだけ健康面から見たベジタリアニズムも実生活で健康食品ばかりで完全オーガニックな生活(例えばマクロビオテック)のようなことをするのはよっぽど時間もお金も志も堅い意志もなければしんどい。しんどい→ストレスとなるなら病気になっても寿命が縮んでも焼肉で幸せに生きていた方がいいような気がする。沖縄の人が長寿なのは何もラフテーとか豚肉食べてるからとかだけが理由とは思えない(ベジタリアンより長生きな引き合いにノンベジタリアン代表として登場させられる沖縄人)。しかし、私はベジタリアンだからと言って料理好きでもないし、めんどくさがりなのでそんな私の強い味方についても紹介する。ベジタリアンになったからといってラーメンとお別れもしていないし、肉もどきにはお世話になっているのである。

ご飯さえ用意できればカレーなんかも缶詰でチキン(もどき)カレーやマトン(もどき)カレーを食べている。インディアンスタンダード MOCK(見せ掛けの、模擬の)お肉は決して肉の味が嫌いじゃなくてむしろ好きな人にはありがたい。厳格に健康のために菜食をしていて、野菜も有機栽培に限っているような人には受け入れがたいものかもしれないが、普通の生活をしている上だとこういった便利な商品は役に立つ。ベジタリアンは皆いきなりお腹がすいても生野菜をボリボリかじっているわけではない。ベジタリアンを語るなら肉もどきなんかに頼るなと言わないで欲しい。徐々に食生活を変えていくことで入門編でつまずかないためにも、料理に自信がなくても大丈夫なのだ。大人になってから大好きなお肉にバイバイした人にもいいと思う。これは本物の肉ではないのだから…別に罪悪感を感じながら食べる必要もない。

健康とベジタリアンについてを見てきたが、ベジタリアンが健康だからという理由で実施している人ばかりではない。次に動物愛護の理由でベジタリアンをしている主にVeganに多いと言われる人々について触れよう。この観点でのベジタリアニズムは食生活のみならず動物が虐待されると思われるもの全てを拒否する考え方である。動物実験も動物製品もいけないことだというので毛皮愛好者等の敵とも言える存在だ。これには世界最大規模のPeople for the Ethical Treatment of Animals、通称PETAという団体のメンバーも多い。毛皮を着ている有名人に暴行を加えたり、ケンタッキーフライドチキンに対して裸で抗議したり過激な存在としても有名だが、動物愛護の理由からベジタリアニズムをするのであればPETAの考えはごもっともである。簡単にいうと牛さんにも権利があるし鶏さんを人間が食べるために育てるのはおかしいし、豚が殺されるシーンを見て自分の子供がこんな風に殺されたらどうなんだ?という感じである(豚には3歳児程度の学習能力があるという説から)。菜食のススメというウェブサイトではこの観点からのベジタリアンの意見が日本語でたくさん載っている。このサイトにあったベジタリアンになる30の理由の映像は確かにそういう人々の生の声を聞いたことがなかったので驚いた。つい最近まで肉を食べていたし自分のことを棚にあげてあの化粧品はダメとか真珠もダメとかそこまで私は言えないので、この理由でベジタリアニズムを実施している人々の主張は詳しくない。しかし屠殺現場を見たことで肉が食べれなくなった人の話はよく聞く。家庭でスーパーでパックされた肉を買って食べるのが普通だと動物が殺されるのがどんなものなのか知らない子供は多い。同じく菜食のススメで見た様々な屠殺現場を子供は見るべきなのか?ショックは大きいかもしれないが大人も子供も知らないで食べるよりは知った上でもまだ食べれるなら感謝して食べる必要があるかもしれない。イスラム教徒は指定の殺し方+お祈りで殺したものなら食べることができる(豚は駄目)。動物の権利を主張しているベジタリアンから見れば祈ろうが感謝しようが殺して食べてしまう結果を見るといけないんだろうけど、祈りの制限もなしにがつがつと何の気負いもなく食べるよりもいいような気もする。日本でベジタリアンが認められてないのはこの「制限」が少ないからかもしれない。多くのベジタリアンは宗教的理由でベジタリアニズムをしている。日本では「宗教」と聞くと危険なものを想像してしまうし神様に対してとか先人の教えから食事に制限を持つことをしていない。こうなるとアメリカに倣って肉食が多くなっているのは納得なのだが、狂牛病かもしれないアメリカ牛肉を日本人が買って食べてる間に本国アメリカでは知識層や富裕層はベジタリアンが急増中だとアメリカン・ベガニズムにも載っていた。この牛肉にまつわる日本人とアメリカ人の関係はよく話題になる。

それでは動物愛護などの精神的なものを含めたベジタリアニズムと宗教についてポイントを抑えておきたい。ベジタリアン=動物が可哀想だから食べないというわけではないし、宗教的ベジタリアン=殺生の回避ではない。そしてベジタリアンの中には自身の属する宗教によって菜食主義を実施している人が多い。ベジタリアニズムはそれら目に見えないスピリチュアルなものと深い関わりがある。これにはもちろん解釈の違いや地域差、宗派等によってベジタリアニズムをしている人もしていない人もいるので詳しい信条はわからない。宗教というのはだいたい生まれた家庭に左右されるだろうから親がベジタリアンだから昔からベジタリアンだという人も多い。宗教だけは絶対関わりたくないという人も国際的に活躍していく上でこれから会うかもしれないベジタリアンの種類についていろいろあるのだな…という程度で知っておいた方がいい。

ヒンドゥー教

*乳製品OK。

*宗派や階層、また地域や家庭によって純菜食から肉食OKだと考える人までいる。

*牛は神聖、豚は不浄だと考えている。

ジャイナ教

*卵そして採取により命を絶ってしまう植物(大根・芋・葱・にんじん等)も食べない。

*乳製品はOK。

*僧侶は微生物の殺生も避けるために水を取ることさえ拒否して入滅してしまう場合もある。

道教 *全真教は出家で道士(僧侶)たちは道観内で菜食主義の共同生活。
仏教

*南伝パーリ経典では肉食はOK、ただし肉が僧のために殺されたものとなると食べてはならないと解釈される。在家は肉に関わる職業に就くのは禁止。しかし釈迦のために在家が肉を用意したり病気の治療に肉をあげている。

*北伝の大乗仏教の経典では釈迦の肉食やそれによる不殺生戒を破ったという記述はないが、慈愛の心を育む必要から肉食を避ける。大乗仏教の菜食は肉食だけでなく球根野菜の使用も避ける。

*中国仏教はより厳格な菜食主義を主張。

*日本仏教では厳格な菜食主義を放棄、そして学術文献から釈迦の肉食も事実する。ただし受動的な肉食と能動的な肉食は異なるとして托鉢以外の場合は菜食を奨励している場合もある。

*チベット仏教では菜食不要。

ラスタファリアニズム

*Ital Food(アイタルフード)という自然食

*旧約聖書で禁じられた豚肉・甲殻類・貝類は食べない。

*自然から採れるものを摂取

*禁酒

*鶏・山羊肉ならOKだと考える人もいる。

ニューエイジ等

*ニューエイジ的な考えからベジタリアニズムとなる人もいる。

*PETAなどの動物の権利を認める主張も活動家・思想家として宗教枠に入るかもしれない。

*哲学者のように倫理学的な理由からベジタリアニズム(功利主義の立場から脊椎動物のみを食べない等)

セブンスデー・アドベンチスト教会

*卵と乳製品OK。

*豚肉、鱗を持たない魚介類等の旧訳聖書レビ記第11章で不浄とされる動物は食べない。

*鶏肉と鱗有りの魚は食べてもいいという信者もいる。

*三育フーズや三育…系の学校などを経営しているようです。

*ベジタリアンに対応した病院(特に妊婦等に対してベジタリアンを禁止する医師がいるが)神戸アドベンチスト病院などもある。

モルモン教

*珈琲・紅茶等の刺激物の禁止、禁酒

*肉食は禁止されていないが、過度の肉食は控えた方がいいとなっているために一般的にベジタリアンだと思われていることが多い。

ゾロアスター教 *原則全てOK、しかしペルシャからインドへ避難した際に牛・豚を食べなくなった人がいる。
イスラム教

*言わずと知れた豚肉は食べない考え。

*ハラル(認められた)とハラム(認められてない)食事がある。

*イスラム方式で殺されていない牛も鶏も食べないので、日本で市販されている精肉は食べない。

*厳密にはゼラチン等も食べられない。

*禁酒

*魚介類、乳製品、卵はOK。

神道

*明治天皇が肉を食べたり、昭憲皇后が牛乳を飲むことを神道の宗教家は反対。

*宗教的に禁止をしていたわけではないようだが、基本的に四足は食べないものだというのが当たり前になっていた時代があったようである。

儒教

*「医食同源」「薬食一如」という食法。

*死別(上司・肉親・近親者等)で喪に服す際の食事は「疏食」(菜食)が、死者に対する礼儀。 

等々…他にも菜食に関わるいろんな宗教があると思われる。

上記から分かるようにベジタリアンは宗教であって宗教でない。宗教=ベジタリアンではない。ベジタリアンであることにある種の思想を持って何かのためにしていることで活動を展開している人もいるので宗教でないという風に否定もできないが、その宗教でも菜食を守る義務がなかったり根拠が曖昧だったりする。簡単に上にまとめてみたが、私はどの宗教にも当てはまらない、つまりは信者でないのでよくわからない。それでもとにかく聖人の中には肉食又は肉食の一部(豚は駄目とか)を禁止していることが多い。何故食生活に規制をかけるのだろうか。なんでもかんでも好きなように好きなだけ食べてもいいよ…というわけに何故ならないのか。神様的にも先人の教え的にも人間に食の自由を与えてしまうことは危険なことだからではないかと思えないだろうか。

道教か仏教(観音信仰)の斎(菜食)マークのお店で食べたベジタリアン料理お肉のようでお肉でないもどき食材たっぷりのおかずに斎福建麺を食べた。おいしかった。

菜食主義者のほとんどが菜食のメリットからベジタリアンとなっただけでなく肉食の持つデメリットを指摘している。中には肉食を責めるベジタリアンもいる「なんで動物の死骸が食べれるの?」とか。しかし私はベジ歴も浅く基本的に肉も食品として成立するとは思っているので責める気も蔑む気も全くない。というよりも「肉はうまかったなぁ」なんて考えるベジタリアン初心者はたくさんいるのだから。反ベジタリアニズムというものも存在する。反ベジタリアニズムの意見には「肉だけと言わずに、もう食べませんという宣言をしたらいい」なんて言ってる人もいるが、極論というかなんというか…どうぞ肉だけ食べて生活して下さいである。私自身が純菜食主義者でないからかもしれないが、反ベジだろうが親ベジだろうが人それぞれかと思う。セミベジタリアンなる人とかたまにベジタリアンな人とかもかまわない。菜食主義と言っても実に様々である。動機も様々種類も様々なのでベジタリアンを一束にして批判はできない。肉しかないとか、肉を食べないといけない状態や時代にまで菜食してないのはおかしいというベジタリアンも同様だ。ただし肉食の過度が問題となっていることは指摘されるところであり、日本人にベジタリアニズムの知識がないこともよく言われている。ベジタリアンな奴が仲間にいると気を使ってベジタリアン料理の店を探さなくてはいけないとか、食事を一緒に楽しめないからうっとおしいと感じる人もいるだろう。それは一理ある…ベジタリアンに愛がないお店がほとんどだから私はベジタリアン、他の人らは好きなだけお肉食べて…というわけにはいかないからである。乳製品や卵も駄目なストリクトベジタリアンだとそれは大変だろうと想像できる。まぁ嫌な思いまでして一緒に無理して食事しなくても「一緒に食べることが大事」なのか「菜食を探すのが面倒」なのかは自分で選択すればいいと思う。ベジタリアンからすれば日本人にもうちょっとベジタリアンに愛があれば…と思うところなだけだ。私がノン・ベジのままだとしてもレストランやスーパーにベジタリアン用の食材があっても別に嫌ではない。肉が食べたければ肉を買うと思う。ただし過剰な肉食のデメリットがベジタリアニズムの構成要素の一部であることは正しい。動物性脂肪摂取による肥満や内臓への負担による生活習慣病等の健康面でのデメリットだけではない。動物(愛護)好きだろうが嫌いだろうが、好きなものを食べて個人が病気になろうが知ったことではないという人も多いだろう。ただし皆でシェアしなければならない環境が侵されるとなれば話は違う。次回はエコロジーな観点から地球に住む人間にとって何故肉食が危険であるということを含めてベジタリアニズムを解いていく。ベジは地球を救う?!

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略号外

-「海洋国家連合にとってのインド洋戦略」-

今回は、年末特別企画として、来るべき海洋国家連合にとってのインド洋戦略を私の過去のメルマガからインド洋に関連する部分を抜粋し、編集することで、検討してみたい。
まず、私の戦略構築の手法は、常に、その地域の歴史的背景を検討するところから始まる。
まず、世界史を概観して、地理上の発見により、南北アメリカが世界史に登場してくる以前は、ユーラシア東西交易の主要なルートは陸のシルクロードと海のシルクロードだった。

陸のシルクロード とは、数千年の歴史を持つ、アジアとヨーロッパを結ぶ東西交通路である。大別して、北から、北緯50度付近の草原 (ステップ) 地帯を東西に横断するステップ路があり、遊牧民に利用されてきた。

次に、北緯40度付近に点在する中央アジアのオアシスを結ぶオアシス路がある。

海のシルクロードとは、紅海またはペルシャ湾から東南アジアを経て華南に達する 南海路だ。

日本人がイメージする 「シルクロード」 は、河西回廊からタクラマカン砂漠のオアシスをたどった隊商路である。
易路のオアシスには街が栄え、多くの人と物資が行き交う交易の拠点となった。これらの富を狙って、シルクロードを巡っては争いが絶えなかった。ユーラシア大陸を制して巨万の富と強大な勢力を手にしたフビライ・ハーンは有名だ。

 しかし、中世以降は造船技術の進歩もあり、大量に物資を運べる船による交易が主流となり、東西交易の中心も陸路から海路へと移っていくことになる。大航海時代の到来である。東西交易が海路に移行するにつれて、「オアシス路」は衰退し、栄えていた国や街も徐々に消え、今では遺跡となった。

世界史の教科書には、欧州で始まった大航海時代により、喜望峰周りのルートが開拓され、インド洋交易が盛んになったかのような記述がなされているが、ヨーロッパ人が進出する以前のインド洋が、沿岸漁労民だけにとっての生活領域であったと想像することはこの世界のもつダイナミズムを不当に軽視することであり、活発な商業や交易の展開される世界であったことは歴史的事実として疑いようがない。
例えば、紀元1世紀頃にエジプト系の船乗りによってギリシャ語で書かれた『エリュトウラー海案内記』には、紅海からペルシャ湾・アラビア海からベンガル湾にかけ既に金銀・ガラス製品・象牙・香料・真珠・亀甲といった奢侈品から麦・鉄製品・銅・綿布などの生活用品そして奴隷といった多様な産品が海上輸送によって地域間で盛んに流通・交換されているさまが描かれている。その交易網の広がりは、当時既に東は東南アジア、西は東アフリカのザンジバル付近までをも覆っている。

その後このインド洋交易網は、アラビア人が海に積極的に進出してくる8世紀以降より一層活発化してゆく。ポルトガル等のヨーロッパ人が海上の覇権を握る16世紀以前にいかに整然とした交易や取引の秩序がこの海域世界一帯に広く確立し、定期的な海上航路網が発達していたかについてのありさまは、14世紀のモロッコに生まれ西アフリカから東アフリカ・中央アジアから南アジア・東南アジアそれに中国までを旅したイブン・バットウータによる著名な旅行記に詳しい。
「マルコ・ポーロの東方見聞録」に後れること約50年、それをはるかに凌駕する、まさに空前絶後の大旅行記が世に出る。それが「イブン・バットゥータの大旅行記」である。この『大旅行記』の正式題名は、『諸都市の新奇さと旅の驚異に関する観察者たちへの贈り物』といい、彼の30年間・12万キロ、現在の国名にして50カ国(エジプトを経てメッカを巡礼し、アラビア半島全域、東西アフリカ、バルカン半島、南ロシア、中央アジア、インド、東南アジア、中国など、豊かでエネルギーに満ちたイスラム世界や、それを取り巻く異域世界への旅)に及ぶ大旅行の集大成で、記録紛失による記憶違いやシュバイルからの転用も若干見受けられるが、彼が生きた14世紀前半のイスラム・ユーラシア社会が各地の風俗・習慣共々殆ど正確かつ具体的に紹介されている。このような、世界旅行を可能ならしめるほどの、海上及び陸上交通路が、当時のインド洋には存在していた。
プトレマイオス朝の時代からエジプトは紅海の港からインドと通商を行っており、エジプトを征服した古代ローマはこの貿易路も継承して、南インドにアメリカドゥなどいくつかの商業拠点を築き、絹を求めて中国にまで達したことは中国史書にも記載されている。古代にはマラッカ海峡はあまり使われず、マレー半島のクラ地峡を横断するルートが多かった。このルートでセイロン(獅子国)やインド、ペルシャの商人も中国に赴いたのである。陸のシルクロードは諸国の戦争でしばしば中断を余儀なくされたのに対し、海のシルクロードを遮るものはなかった。
7世紀以降はペルシャの交通路を継承したイスラム商人が絹を求めて大挙中国を訪れ、広州などに居留地を築く。中国のイスラム居留地は黄巣の乱によって大打撃を受け、一時後退したが、宋代になると再び中国各地に進出し、元代まで続いた。明は海禁政策を取り、朝貢貿易しか認めず、16世紀には喜望峰経由でポルトガルが進出したため、イスラムの交易ルートは衰えた。
この時期のポルトガルのインド洋進出については、国際金融資本について、考えなければならない。国際金融資本とは、中世のベニスやジェノバの地中海貿易を支配していた交易・金融事業者だ。オスマントルコがコンスタンチノープルを陥落させ、シルクロードを押さえて東方貿易の果実を得られなくなって後は、国際金融資本はスペインやポルトガルを裏で操り、大西洋貿易に乗り出した。1492年にスペインを追放(異端審問)された後は、オランダやイギリスを支配し帝国主義の時代をもたらし、二度の世界大戦後はアメリカを裏から操った資本家だ。
 シェイクスピアの「ベニスの商人」は、イギリスが彼等の支配に入りつつあることに警鐘を鳴らした作品だ。中世のベニスから現代のアメリカまで、全てのシーパワーの対外政策は「国家」ではなく、国家を支配する「資本」が行ってきたことを見るべきであり、この「資本の移動」こそが、シーパワーにとって、近代の世界史であり、資本主義の真の意味だ。
 この資本主義の成立と、欧州が、ここ400年、世界の覇権を握れるようになった根源的理由である、シルクロードをオスマントルコに押さえられたため、ジェノバ商人がスペインやポルトガルを動かし大航海時代になり、他のユーラシアの文明(主にイスラム)に比べて大西洋に近く、南北アメリカ大陸を発見することによって、ユーラシア大陸と南北アメリカ大陸間の大西洋貿易が活発になり、大陸欧州を含めて、地政学的にシーパワーになったことはコインの両面だ。
 つまり、大西洋貿易及びインド洋から東南アジアを経由して東アジアとの海上交易ルート確保がシーパワー欧州とランドパワーイスラムの近代を決定的に分けたのだ。海上ルートが発達したことにより、シルクロードはコストやリーチ(領域)の点で、グローバルな通商路としての重要性を失ったのだ。ここに、近代においてシーパワーの欧州がランドパワーのイスラムに優位した理由がある。
 欧州のベクトルはユーラシア大陸ではなく「海」に向いたため、発展できた。戦後の冷戦もこの文脈で考えるべき
このような背景で、スペイン、ポルトガルは中世末期、東方貿易に乗り出した。当時、胡椒は大変な貴重品であり「コショウ一粒は黄金一粒」と交換された。ヨーロッパは肉食の文化であり、まだ冷蔵庫のない時代、それひとつで防腐、消臭、調味に役立つ胡椒は、食生活に欠くことが出来ない貴重品であった。
 ところが、その胡椒は熱帯地方のみで栽培される香辛料であり、温帯、亜寒帯に属するヨーロッパでは栽培が不可能。非常に高価だったのもこのためで、胡椒の入手はヨーロッパとインドを行き来するジェノバ商人たちによる東方貿易によってまかなわれているに過ぎなかったのである。
 15世紀中期、この東方貿易が大問題に直面する。上述のように、1453年、7代スルタン、メフメト2世率いるオスマントルコ帝国が、神聖ローマ帝国の首都コンスタンティノープルを陥れる。これにより東ローマ帝国は滅亡。コンスタンティノープルはイスタンブルと改称され、オスマントルコ帝国はこの地を新たな首都とし、ヨーロッパとインドの間に広大な領土を築いたのである。このため、東方貿易は通行の手段を失い事実上不可能となり、同時に胡椒の道も閉ざされてしまったのである。
 ここで、道を奪われたジェノバ商人達は他のルートに目を向けざるを得なかった。このときジェノバ商人たちが接近したのが、イベリア半島でイスラム勢力を駆逐し、国土回復を達成したポルトガル・スペイン両王国である。国土を回復し領地獲得の野望に燃えていた両国にとってもジェノバ商人の持ちかける話は魅力的なものであった。
 スペイン、ポルトガルは英蘭と異なり、国王が出資者となり船を仕立てて東方目指して出航した。言い方を変えれば、交易のリスクを国王が負ったのである。
 この時代は特に羅針盤の改良、造船技術の発達、地理・天文学の向上により遠洋航海が可能になりはじめた時代でもあった。地中海経由の東方貿易が不可能であるのならば、アフリカ経由でアジアに行けないか。商人たちはこう考えたのだ。世に言う大航海時代の幕開けである。
 いち早く国土回復を成し遂げたポルトガル王国が大西洋に飛び出す。1445年航海王子エンリケの派遣船がアフリカの最西端ヴェルデ岬に到着、アゾレス諸島を中心に植民を繰り返し、1488年、バルトロメウ・ディアスが喜望峰に到達。1498年にはバスコ・ダ・ガマがアフリカ経由でインド洋に入りインド西岸カリカットにたどり着いたのであった。
 国土回復にもたつき、一歩出遅れたスペイン王国も女王イザベル1世のもと大航海時代に乗り出す。カスティリア国王ファン2世(位1406~54)の娘イサベル(後のイサベル1世、1451~1504)は、1469年にアラゴン王子のフェルナンド(後のフェルナンド5世、1452~1516)と結婚した。イサベルは兄の後を継いでカスティリア国王となり(1474)、夫のフェルナンドも父の死後アラゴン王となったので(1479)、カスティリア・アラゴン両国は合邦してスペイン(イスパニア)王国となった。フェルナンド5世(位1479~1516)とイサベル1世(1479~1504)はスペインを共治し、1492年にイスラム教徒の最後の拠点であったグラナダを陥れ、ここにレコンキスタ(Re-conquest:(国土回復運動)とよばれる。
 イベリア半島では、13世紀になって、イスラムのグラナダ王国ができ、南のイスラム教と北のキリスト教との政治的なバランスを取りながら、折衷の文化をつくった。王国の首都グラナダには、当時のアラビア数学を結集して、地上の楽園アルハンブラ宮殿が建設され、アラビア科学の威光を放った。しかし、イベリア半島のレコンキスタは、じりじりとイスラム勢力を追い出してゆき、やがて、イベリア半島に残るイスラムの領土は、グラナダだけとなる。1492年にアルハンブラ宮殿が陥落して、最後のイスラム王家の人々がモロッコへ逃げ去り、レコンキスタが完結する。)が完了した。イサベルが出資したコロンブスの船団がサンサルバドルに到達したのも同じ1492年のことであった。 この1492年はコロンブスによるアメリカ発見の年として世界史に登場する。しかし、より重要な意義は、スペインによるイスラム教徒からの国土回復いわゆるカソリック帝国建設が達成された年であり、カソリックはその集団性、閉鎖性から考えるとランドパワーの宗教であり、ジェノバの商人(ユダヤ人)に代表される当時の金融資本に対して、敵対的排除を行ったのである。いわゆる異端審問(Inquisitor、国王フェルデナンドと女王イザベラによって始まった。プロテスタント、ユダヤ人、イスラム教徒などが、異端者であった。ドミニコ会の修道士たちが異端者を探し出す任務にあたっていた。異端審問にかけられた者たちは、転向か、公開火刑が待っていた。)である。カソリックへ改宗するかスペインを出て行くかを厳しく問うたのである。一部は改宗してスペインに残った(Malano、マラノ)が、大半はピレネー山脈を超えてフランス、そして当時、宗教的自由があったオランダへと逃れた。

 これがスペインをランドパワーに引き戻し、オランダ、そしてイギリスといったプロテスタント諸国が勃興してくる根源的原因である。上述の無敵艦隊撃滅(1588年)はおよそ100年後のことであり、旧教国=ランドパワー、新強国=シーパワーの関係に終止符を打つ画期的なことであったが、根本的理由はスペインカソリック帝国による金融資本追放なのである。
ポルトガルはインド航路にどのように進出していったのか。
 ポルトガル人が進出する前から、インド洋には海上交易ネットワークがあった。インド商人、イスラム商人が活躍していたのだが、特にエジプトのマムルーク朝が海上貿易に積極的で、アジアとヨーロッパをむすぶ中継貿易で利益を得ていた。ポルトガルの進出は、そこに割り込むことになる。ポルトガルは、ライバルとなるマムルーク朝の海軍を撃破して、紅海・インド洋海路を確保した。
 当時、アジアでは、ポルトガル人の持っていた大砲と鉄砲の威力は抜群で、ポルトガルはインド洋沿岸各地を占領して要塞を作った。
アフリカ東海岸には、マリンディ、キルワ、モザンビーク。
 アラビア半島の沖合のソコトラ島、ペルシア湾岸のホルムズ。
 インド西海岸には、ディウ、ダマン、バセイン、チャウル、ゴア、アンジェディヴァ、オノール、マンガロール、カナノール、カリカット、コーチン。

 ところで、当時の主要な交易品である香辛料貿易がどれくらいもうかったか。これは、1506年のリスボンでの値段。香辛料1キンタル(50.8キログラム)あたりの、輸送料を含めての原価と、販売価格だ。
 コショウが原価6.08クルザード、販売価格22クルザード。利益率262%。クローヴが原価10.58クルザード、販売価格60から65クルザード、利益率467から514%。ナツメグ、これは原価7.08クルザード、販売価格300クルザード、利益率4137%。要するに滅茶苦茶もうかったわけだ。だから、要塞を各地に作ってインド航路を独占しようとしたわけだ。独占すれば値段はさらにつり上げられる。
 ポルトガルがアジア貿易にはいりこんでいく様子を見てみよう。
 インドの重要な拠点ゴアを占領するのが1510年。
 翌年の1511年にはマレー半島のマラッカを占領している。マラッカは香辛料の原産地モルッカ諸島とインドの中間点。狭いマラッカ海峡をおさえる重要な中継地点だ。
 1517年には中国の広州で中国貿易もはじめる。中国の当時の王朝は明だ。ポルトガルは、明の倭寇退治に協力して、1557年にはマカオに居住権を得ている。
 ポルトガル人がはじめて日本にやってきたのが1543年。火縄銃を種子島に伝えたのが最初といわれている。その後ポルトガル人は九州各地にやってきて貿易を行った。日本史では南蛮貿易だ。

 しかし、このポルトガルのアジア貿易独占は長くつづかなかった。16世紀後半からポルトガル勢力は衰退していく。理由はオランダとイギリスといった新教国の参入だ。オランダ、イギリスと対抗するために軍事費がかさんで、この負担に耐えられなかったようだ。そもそも、ポルトガルの当時の人口は150万人。この中でアジア貿易に出かけられる成年男子となるともっと数が少なくなる。国の人口規模に比較してあまりにも広い交易圏を独占しようとしすぎたともいわれている。
そして、インド洋の支配は、この後、イギリスに移っていく。
 このように、大航海時代以降、インド洋は世界史の主要舞台となっていく。インド洋はその地形に、大きな特色がある。それは、周囲を大陸に覆われた内海だということだ。
このことから、インド洋の支配には、主要な三つのチョークポイントを支配すればよいことがわかる。すなわち、スエズ、マラッカ、喜望峰だ。ポルトガルの後にインド洋を支配したイギリスは、海洋国家戦略の立場から、この三つのチョークポイントを支配した。
インド洋を支配した、シーパワー英国は、19世紀後半から電信ネットワークを作り上げた、情報国家であった。情報を支配することで、海を支配し、世界を支配したのだ。英国の情報戦略を以下に見てみる。
18世紀以降、大英帝国は、進んだ造船技術と海運力、海軍力によって世界の政治経済の覇権を握った。その覇権は19世紀半ばのビクトリア朝で最高潮を迎えるが、このころから植民地各地へ向けて、電信によるグローバルな情報通信ネットワークを英国は築き始めた。
 この電信ネットワークの構築は、大英帝国の国力と物流ネットワークに裏打ちされたものであり、逆にそれを補完する役割を果たした。今日のインターネットが画期的なように、人馬や船に通信を依存していた19世紀の世界にとって、電信は画期的な情報通信技術であり、まさに19世紀の情報革命であった。この意味で、大英帝国は、電信ネットワーク基盤の上に立脚する、19世紀の情報国家だったのである。

 大洋を越えた植民地統治は簡単なことではない。植民地の現状をロンドンが把握し、その指令を伝えるという作業は時間を要するものであり、対応の遅れは手遅れになるということも考えられた。そのために必要とされたのが、電信技術だったのである。電信ネットワークは大英帝国の海運ネットワークと見事に一致するネットワークであった。

 注目すべきは、英国が今から100年以上も前に世界に張り巡らした海底ケーブルである。電信ケーブルによる情報通信コストの低減と時間の短縮化は、英国が植民地との情報を交換するにあたって重要な役割を果たした。むしろ、植民地のあらゆる情報を盗聴を含む手段で、迅速につかみ、対処することは、シーパワー英国の生命線となっていただろう。

 この、「情報の優位」により、巨額の利益を上げたのがロスチャイルドだ。19世紀、世界最大の金融市場であったロンドンでは、1815年のワーテルローの戦いにおいて、「ナポレオンが勝ったら株は『売り』、負けたら『買い』」に決まっていたのである。

 しかし、ワーテルローの戦いの戦況は、そう簡単にはロンドンに届かない。情報は人や馬車で運ばれ、英仏海峡を船で越え、そのあとやっと新聞記事や噂話になってロンドンの投資家に伝わる。

 投資は、正確な情報に基づいて行わなければ、利益をあげることなどできない。1815年当時の新聞記事などに頼っていては、投資家はどれだけ大損するかわからない。そこで、このワーテルローの戦いの頃、イギリスの投資家たちは、いちばん正確な情報を持っていそうな投資家を手本と仰ぎ、そのまねをすることに決めていた。

 その手本に選ばれたのは、ネイサン・ロスチャイルド。彼はすでに欧州最大の投資家、資産家の 1人として知られ、彼と彼の一族は、欧州各国に兄弟や従兄弟、一族郎党を配置して「支店」を構え、独自の情報収拾網を持っていることでも有名だった。もちろんネイサンはイギリスに莫大な投資をしており、彼がワーテルローの戦いに重大な関心を持っていることは、だれの目にも明らかだった。
 だから、当時のロンドンの投資家たちはこぞって、彼こそがもっとも正しい情報をだれよりも早く入手し、そしてだれよりも先に正しい投資を行うだろうと考えたのである。つまり「ネイサンがロンドン市場で株を売ったら『売り』、勝ったら『買い』」とだれもが決めていたのである。

 天下万民の期待どおり、ネイサンはだれよりも早く、しかしひそかに電信を駆使して、ワーテルローの戦いの結果を知った。ナポレオンが負け、大陸のイギリス利権は安泰と決まった。ロンドンでは株は「買い」の状況になったのである。 ところが、ここでネイサンは前代未聞の「大失敗」を演ずる。なんと、ナポレオン敗退の確報を得た当日、この男爵は自分の保有する株を、ロンドン市場で大量に売りに出たのである。
 これを見たロンドンの投資家たちがショックを受けたのは言うまでもない。かくして、まさに、ほとんどすべての株は、ロンドン証券取引所が閉まるまでに紙屑同然の値段になってしまった。ところが、取引所が閉まる直前に、たった1人、怒涛の勢いで「買い」に出た者がいた。ネイサンだった。「ドイツの援軍はまだワーテルローに着いていない」といった類の悪いニュースの流れる中、普段ならそう簡単に買えないような高価な有料銘柄が、ただ同然の値段で買えたので、ネイサンは、絶望する他の大勢のイギリス人投資家を尻目に、資金の大半を傾けて狂ったように買いまくった。
 翌日、ナポレオンが負けた、という正確なニュースが初めて広くロンドン中に伝わった。取引所が開くと、株は一気に急騰しはじめた。ネイサンはたった一夜にして、近代経済史上空前絶後の利益をあげた。公称約 100万ポンド。ネイサンを中心とするロスチャイルド家は資産を一気に数千倍にし、その他の投資家(ほとんどは地主貴族)は破産した。この件を境に、英国は事実上、国際金融資本の支配下に入ることになる。

 その後、1830年代にあらためて電信ブームが到来し、各地で実験が始まり、1851年、英仏海峡に海底ケーブルが敷設された。海底ケーブルにとっての最大の問題は、海中における絶縁性であったが、ガタパーチャと呼ばれる素材を使用することで絶縁性が確保された。
 このドーバー海峡の海底ケーブルが、大英帝国の政策への電信利用の第一歩であった。ここから電信ネットワークの拡張は、第一にインドと極東、第二に新大陸、第三にアフリカ大陸を目指して行われることになる。しかしながら、大西洋横断海底ケーブルの敷設は失敗の連続で、1858年に始まった敷設作業は8年後の1866年にようやく完成した。次の目標はインドだった。すでに1860年に地上線によって英印間は結ばれていたが、それに遅れること10年でジブラルタル海峡から地中海に入り、マルタ島を経由してスエズ運河を過ぎ、紅海からインド洋に抜け、ボンベイに達する海底ケーブルが引かれたのである。
 まさに、英国の植民地との間のエンパイアルート確保に海底ケーブルは決定的な役割を果たした。言い方を変えると、ケーブルの絶縁性と耐久性という技術的問題をクリアーできれば、規制や国境を越えて陸上でケーブルを敷設するより、コストも盗聴されるリスクも低かったのだ。
 これがシーパワーがランドパワーに対して情報の優位を勝ち得た理由だ。まさに、海を制するものは陸を制するものに勝るわけだ。ガタパーチャ(Gutta Percha)とは、イギリスが植民地にしたマレー、ボルネオなどの現地民たちが古くから身の回りの品々に使用していたゴムに似た材料で、加工性や強度に優れた樹脂の一種である。
 ケーブルを被覆する材料にはゴムもあるが、ゴムは海水中での耐久力が弱くて、海底ケーブルには使えなかった。
 そこで、このガタパーチャを有名なマイケル・ファラデーなどイギリスの物理学者たちが検討し、海水に強く電気絶縁性に優れていることを見出した。海底ケーブルの絶縁や補強に最適であることが分かったのだ。

 そこでイギリスは、東南アジアの植民地に広大なガタパーチャの栽培農場を経営し、その生産と販売を独占した。その結果、海底ケーブルの生産もまた、イギリスの独壇場となったのである。

 この時代は、植民地獲得競争の帝国主義の時代であり、シーパワー英国の時代である。最盛期はヴィクトリア(Victoria)女王の在位期間、1837年から1901年までの時代を指す。この間に、大英帝国はスエズ運河の領有化(1875年)、アヘン戦争(1840から42年)、インドの植民地化(1877年)などの帝国主義政策を推し進め、国内的には産業革命による資本主義経済の成立により、「世界の工場」として繁栄を極めていた。
 しかし、大英帝国の本質とは生産力や工業力ではなく、海底ケーブルを通じ「世界の情報」を掴むことと、海運を握ることによる、交易情報と交易ルートの独占なのだ。この点にこそ、シーパワーの真の意味がある。

 その間、1853から56年にわたりクリミア半島を主戦場としてロシアと英・仏・オーストリア・トルコ・プロイセン・サルデニャとの間に起きたクリミア戦争では、現地の司令部まで電信が引かれ、その威力を発揮した。特に大英帝国が最優先としたのがインドとの電信線の確保である。ロンドンとインドの間の通信は、1860年には確保されたが、それが直結するようになるのは1865年になってからである。

 英国系の電信ネットワークの拡張はその帝国の版図と完全に一致したものであり、その意図に合ったものにすることが重要であった。そこで、無駄な競争を回避するために1872年にインドルートの四つの会社が合併してイースタン・テレグラフ・カンパニー(Eastern Telegraph Company)ができた。
 この会社は大英帝国政府がバックアップし、シンガポール、香港、オーストラリア、ニュージーランドへの電信線を手中に収めた。その他、アフリカや南米へと電信ネットワークは拡張されていった。こうして、大英帝国の電信ネットワークは、英国を中心に、西へ東へ拡がっていった。
 第一次世界大戦中の電信について、「イギリスのケーブル網はニュース、指令その他連合国の重要電報の通信に休みなく活動した。その建設に50年を要した大英帝国の海外電信網は連合国の終局の勝利をもたらした一要因であった」と言われている。
 第一次世界大戦が終わったとき、大英帝国は世界の人口と陸地の4分の1を占めており、イースタン・テレグラフ・カンパニーによって作られた電信ネットワークは、大英帝国の神経システム(nerve system)となっていた。

 英国系の国際電信会社は、やがて後のケーブル・アンド・ワイアレス社となるグループ企業へと集約されていく。こうしたインフラ作りの他に、電信ネットワーク上を流れる情報コンテンツの面で、重要な役割を果たしたのが、ロイター通信である。
 国際通信や情報産業という重要な国家戦略上のインフラ整備を、政府ではなく金融資本の支援を受けた、民間企業が行ったことが、シーパワーとして英国の真の意味を物語る。例えば、ロンドンおよびパリ両取引所の相場を、一刻も早く知ろうとして、ロンドンの仲買人の中には、私設の伝書鳩による通信設備を持っている者がいた。 そして、英仏間海底ケーブル開通第1号電報は、商業上の重要な至急報であった。

 大英帝国の本質とは、対外活動、商工業活動が、貿易、金融において、Cityを仕切る、国際金融資本主導であったことである。それを支える重要なインフラが海底ケーブルとロイターによってもたらされる世界中の情報だ。

 前提として、イギリスのプロテスタント化、および、17世紀の二度の革命により王権に勝利し、国際金融資本に活動のフリーハンドが与えられたことが非常に大きい。逆に言えば王権が弱く、商人、金融資本に頼らなければ、強大な王権を誇るルイ王朝のフランスと張り合えず、世界帝国を形成できなかった。

 産業革命以前の製造業としては毛織物が挙げられるが、それは地方、農村を基盤として、農民の土地を奪い階級分化を促した。羊が農民を食い殺すといわれたのである。しかし、このシステムはマニュファクチャや問屋制家内工業の域を出ず、イギリスが世界に乗り出すシーパワーとなるには、上述の金融資本による、本国と植民地で進展していった経済発展を、たくみに連結させる三角貿易が必要であった。

 繰り返すがこれは、王権が行ったことではない。貧弱な王権(弱い規制)にともない金融資本のフリーハンドが実現したことによるのである。

 さらに、イギリスの特質として、金融資本と土着の地主貴族(Sirの称号をもつ)の相互交流が認められたことが大きい。ありていにいえば、商人を貴族にしたのである。
 ビクトリア朝を特徴付けるこの動き(the Victorian Compromise=ビクトリア朝の妥協と呼ばれる)は、近代のイギリス史を語る上で強調しすぎることができないほど重要な点である。別の言い方をすると、商人が政権に入り、商業的見地からcostとprofitを考えて外交政策を決定し、戦争する契機を与えたのである。

 この政策を推し進めたディズレーリ(Disraeli.Benjamin数次の蔵相をへて、保守党首相。パトロンであるロスチャイルドに出資してもらってのスエズ運河の買収、東インド会社の政府移管を実行。)はその代表である。イスラエルという名前で分かるとおり、彼はユダヤ系であった。
 世界史の教科書にはこのシステムは帝国主義と書かれてるが、これこそがシーパワーの真髄なのだ。背景として、この時期、アメリカ、ドイツの工業生産力がイギリスのそれを追い越し、イギリスとして、排他的独占市場を必要としたということがある。
中近東は、世界のチョークポイントの中でも、最重要なスエズ運河やホルムズ海峡が存在し、東西文明の接点でもあり、原油の供給源であり、ピボタルポイントとしてのイスタンブールやコンスタンチノープルを含むなど、世界の中で最も重要な位置を占める。

 イギリスが中近東に本格的に関与を始めたのは、スエズ運河の買収以降であるが、ここでは、オスマントルコの崩壊とイギリスの関与を見てみたい。
 端的にいって、イギリスは、植民地インドをはじめとするインド洋沿岸諸国の支配やアジア諸国との交易において、中継地点に位置し、チョークポイントやピボタルポイントを支配し、邪魔になるこのオスマントルコを、第一次大戦後の巧みな外交戦術で、崩壊に追い込んだ。
 イギリスがシーパワーとしてチョークポイントやピボタルポイントを支配するためには、オスマントルコは不倶戴天の敵であったのだろう。

 第一次大戦の意味としては、欧州におけるドイツの敗戦が語られることが多いが、世界史的にかつ、地政学的により重要な意味をもつのは、オスマントルコの解体による現在につながる「中東問題」の発生だ。
 中東問題に比べれば、ドイツの敗戦など、例えば、日本史の関が原の合戦の、九州戦線において、黒田如水と大友義統のどちらが勝ったかという程度の意味しかなく、大勢には影響を与えない。如水は九州一円をおよそ2ヶ月余りで殆どを掌中に収めたが、関ヶ原の本戦がわずか一日で終わってしまったことによって、その天下への野心は打ち砕かれた。如水は、これを機に天下への野望を捨て、華道や茶道を楽しむのである。

 第一次大戦は、イギリス‐フランス‐ロシアの連合国(日本も参加)対ドイツ‐オーストリアの同盟国間の帝国主義戦争であり、先行するイギリス帝国主義とそれを急追するドイツ帝国主義の対立が背景にあった。
 連合国側にも同盟国側にも、圧迫されている当時のオスマン帝国の指導権を握っていたグループは親ドイツ政策をとり、ドイツ側に立って戦争に参加。
 イギリスにとっては、中東地域が敵に回ると植民地インドとの連絡路を断たれることになるので、中東地域を味方につけるためになりふり構わぬ調略(切り崩し)政策を展開。

 * サイクス‐ピコ密約: フランス、ロシア、イタリア、ギリシアとオスマンの領土分割を協議→中東地域を北からロシア・フランス・イギリスの勢力範囲と定め、アナトリア海岸部はギリシア(一部はイタリア)の勢力範囲とする。
 * フセイン‐マクマホン往復書簡: イスラムの聖地メッカ・メディナ地方の支配者だったハーシム家に、アラブに王国を樹立させるという約束を交わす。
 * バルフォア宣言: シオニストにユダヤ人の事実上の国家建設を認める。

 停戦と占領 オスマン帝国の戦況は思わしくなかったが、ケマル・アタチュルク(当時はまだムスタファ・ケマル。国会によるアタチュルク姓の授与は1934年)の活躍もあり、アナトリアでは善戦。1918年、ドイツ降伏とともに連合国に降伏。オスマン帝国は分割占領され、イスタンブル宮廷はイギリス占領軍の管理下に置かれる。

 トルコ革命 連合国はサイクス‐ピコ密約に沿ったオスマン領分割を定めたセーヴル条約をオスマン宮廷に押しつける。アタチュルクは、そのオスマン宮廷に反発する人びとを糾合し、アナトリアに侵攻してきたギリシア軍を撃破。トルコ人たちの支持を集め、連合国との再度の和平会議(ローザンヌ会議)を前にオスマン皇帝を廃位する(1922年)1924年、カリフ制も廃止し、オスマン王家は追放される。

 アタチュルクは、オスマン帝国を「アナトリアのトルコ人の国」として再生させる。アラブ地域その他の支配は断念する。
 この結果、オスマントルコは解体され、中東地域は現在にいたる線引きにより、個別の国が誕生した。背景には、イギリスの徹底した調略があり、それが現在にいたるパレスチナ問題をはじめとした中東諸問題の根源となっている。

 言い方を変えると、アラビアのロレンスの例を引くまでもなく、この地域に対する調略はイギリス情報部のお家芸なのだ。言い方を変えると、シーパワーとしてグローバル展開をする上で、中近東への関与は必要な条件なのだ。

 ここで、イギリスの関与とは、上記の三枚舌外交のような、調略及び、チョークポイントの支配を基本とし、直接攻撃を避ける傾向にある。
 孫子の兵法に「百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。」という言葉がある。
 つまり戦に勝つよりも戦わずに勝つことの方が上策という意味であり、この考えに合致している。英国の戦略家リデル・ハート卿によると、敵が自らの意思で投降しやすいように、心理的・外交的・経済的な「間接アプローチ戦略」(indirect approach)を駆使することが重要となると言っているのも同じことだろう。
 なお、リデルハート卿は、核兵器が発明された事で戦争が無くなるのではなく、ゲリラ、内部撹乱戦がかえって促進されるとも指摘している。まさに、至言だろう。


 このように考えると、「現地マイノリティーを使い、様々な利益を約束し、傀儡政権を作って得いくというのが、シーパワーの常套手段」だということがわかる。アメリカのイラク戦争はこの戦略から大きく逸脱している。だから失敗したのだ。

 今後の中近東を考えるに、チョークポイントを抱えるトルコとエジプト、イランの帰趨が重要になる。
 イラク戦争以後の傾向として、アメリカの中近東地域でのプレゼンスの圧倒的低下があげられる。つまり、アメリカは反米感情の高まりに対処できず、事実上、中近東での影響力を喪失している。
 そこで、これら諸国への調略は第一義的にはイギリスの仕事だ。しかし、イギリスだけだは、最早、調略は不可能だろう。そこで重要性をもつのが、日本だ。

 ここで「調略」というものを考えてみたい。調略とは、例えば、関が原の合戦が東西両陣営による凄まじい調略合戦であったことでもわかるように、「敵の切り崩し」を本質として、そのための利益の保証および、調略に応じない場合の不利益を悟らせることを手段とする。平たく言えば、アメとムチで切り崩すわけだ。上述の間接戦略の核心ともいえる。

 中近東諸国は、イギリスとの人的繋がりが多く、イギリスの情報機関(MI6)や情報産業(ロイターやBBC)は中近東に足場を築いている。
 例えば、カタールの衛星放送アルジャジーラはBBC出身者が立ち上げた。このように、過去の歴史的繋がりから、中近東とのヒューマンネットワークにおいて、日本はイギリスに遠く及ばない。つまり、人的ネットワークと情報はイギリスに頼るしかない。そして、日本が提供できるのは技術だ。何の技術かといえば、水に関する技術だ。

 「万物の根源は水である」と古代ギリシャの哲学者は言った。1995年、当時世界銀行の副総裁であったイスマル・セラゲルディンは「二十一世紀は水をめぐる争いの世紀になるだろう」と予測した。不幸にもそれは的中し、今日では「水の世紀」という言葉が、水不足・水汚染・水紛争などを包摂する概念として定着している。

 水問題にかかわるすべての国連機関がまとめた水資源に関する「世界水発展報告書」が、2003年3月5日発表された。それによると、人口増や水質汚染・地球温暖化などが原因で、今世紀半ばに深刻な水不足に直面し、影響を受ける人口は、最悪の場合60カ国・70億人に達するという。

 中でも、アフリカ・アジア・中東の34か国が水不足国に分類されており、そのうち32カ国が穀物の純輸入国になっている。水不足が原因で穀物を国内で栽培できないからだ。これら水不足国の合計人口は、2025年には現在の4億7000万人から30億人に増加するものと予測されている。特に、北アフリカとアラビア半島の大部分の地域は「化石帯水層」に依存している。この地域の降雨量は極端に少なく、帯水層の涵養はほとんど見込まれない。

 世界の四大文明を育んだチグリス・ユーフラテス川、ナイル川・インダス川・黄河いずれも水不足に陥っている。すべての地域で砂漠化が進んでいて、やがて地球全体に広がって行く。
 水は化石燃料と違って、代替物がない。21世紀は、生死をかけた水をめぐる争いの時代になるだろう。暗殺されたイスラエルのイッハク・ラビン前首相はかつて「もし中東の諸問題すべてが解決できたとしても、水問題で納得できる解決を得なければ、我々の土地は大衝突を避けられない。」と発言した。(エルサレム・ポスト紙2000年3月13日より)

 「水不足は国際紛争までも引き起こす。レバノン、シリア、イスラエル、ヨルダン、といった中東の地中海側の地域は、ベカー平原やゴラン高原を除き、雨が非常に少ない。1948年に始まった中東戦争のうち、1980年のイスラエル軍によるレバノン南部の攻撃は、この地を拠点にイスラエルを攻撃していたパレスチナ人ゲリラ組織をつぶす為だった。だがその他の理由として、イスラエル政府はベカー平原の水がほしかったということが挙げられる。中東の国々では、「水の確保」が死活問題の安全保障なのである。

 中東の地中海側では今年、60年ぶりの水不足に襲われている。中東戦争の勝者であるイスラエル人は、渇水期でも何とか平常通りの生活をおくれるが、負けたパレスチナ人やヨルダン人は悲惨だ。イスラエル占領下のヘブロンやベツレヘムでは水道からは2週間に1度、数時間しか水が出ない。一方ユダヤ人入植地では、プールに水があふれ、芝生も青々としており、勿論蛇口からはいつでも水が出る。

 西岸地域の貯水池や水源のほとんどはイスラエルの占領下にあり、パレスチナ人は水の管理権をもっていない。加えて、イスラエル当局はすぐ近くのパレスチナ人を後回しにし、国内の他地域に先に水を回している。パレスチナ自治政府によると、パレスチナ人はイスラエル人の3分の1しか水をもらっていない。こうした不正に怒るパレスチナ人の中には、イスラエルのパイプラインに穴をあけて水を盗む人もいる。

 ヨルダンもまた、水戦争の敗者だ。1994年にヨルダンはイスラエルと和解したのだが、毎年イスラエルから5200トンの水を受け取ることが条件だった。しかし昨年、今年の水不足で、イスラエルはヨルダンへの水供給を半分に減らした。

 中東ではこの他、チグリス、ユーフラティス川の水をめぐる紛争もある。トルコ、シリア、イラクの3カ国が関わっているが、クルド人の独立問題とからみ、相互にあまり仲がよくない。

 水をめぐる勝ち組み、負け組みという区分は、世界的な水問題にも当てはまる。国連によると、2025年には世界の人口の3分の1が水不足に悩む状態になる。そのほぼ全員が、発展途上の国々(中東、アフリカ、インド、中国北部)になりそうだ。
 その反面、地球上できれいな飲料水を確保しているのは日本や欧米などの先進国である。先進国には世界人口の20%である事を考えると、水に関しても、世界的に大きな貧富の差があることがわかる。

 このような、水不足に対して、解決の鍵となる技術を日本が握っている。ひとつは、海水の淡水化技術だ。
次に、オスマントルコが解体され、英国がその利権を手中に収めた頃からだろう。この経緯を見ることは、現在につながる中東問題の根源やドルやユーロといった問題を理解する上で、必要不可欠であり、多くの示唆を与えてくれる。

 第一次大戦で敗戦したドイツにおいて、特筆すべきは、優れた外交手腕を発揮したのは、プロイセン首相を務めたビスマルクの外交政策との対比である。ランドパワーたるプロイセンの周囲には、ロシア、オーストリア、フランス、イギリスという列強があり、神聖ローマ帝国全体をさえ纏め得ないプロイセンに勝機はあり得なかった。
 ところが彼は、列強各国が抱いていたフランス憎しの感情を利用して対仏同盟を主導し、最終的に普仏戦争に勝利してフランスに城下の盟を誓わせた。対内的にも恐怖政治を誘導することなく、巧みな内政を駆使し、オーストリアを除く旧神聖ローマ帝国領の大半を併呑した。
 最終的に武力行使という手段を使ったが、これはフランスに外交上の完全な敗北を認識させるために行使したもので、国を賭けての戦争ではなかったことに特徴がある。あくまで外交というソフトなアプローチで望み、ときには利益をちらつかせ、ときには威嚇を見せつけ、武力行使を極力伴うことなく戦略上の勝利を築き上げた。

 オーストリアと戦争した際には、ウィーンまで進軍すべしという参謀の進言をはねつけ停戦し、後の対仏戦の際のオーストリアの好意的中立を勝ち取った。彼は、戦争の勝利と戦力均衡による和平を人生においてともになしえた、稀有の宰相だ。彼は孫子を読んでいたといわれる。反対に、ウィルヘルム皇帝は第一次大戦後、亡命先のオランダで孫子を手に取り、「もっと早く読むべきだった」と悔やんだとされる。

 ビスマルクを失って以降、ウィルヘルム皇帝の海外植民政策はイギリスのそれと対立し、第一次大戦に至る。シーパワーがランドパワーの海洋進出や中東進出をどうやって阻止するかの典型が、この期間の英独関係なので、詳細に見てみる。

 ビスマルクはドイツ帝国には海外植民地は不要との立場だった。外交政策を尽くした上で、その延長に必要最小限の戦争を考える、孫子にも通じる戦略である。しかし、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世とその配下の官僚は宰相ビスマルクを解任した。というのも、ビスマルクがヨーロッパ諸国の動きを慎重に見極めた外交を展開していたのに対し、この皇帝と官僚は世界進出を目指した夜郎自大の外交を展開したかったのだ。

 この点、元老という国家のリーダを失い、官僚国家となった、昭和期の日本とよく似ている。

 ヴィルヘルム2世は1898年、1900年の2回にわたり制定された艦隊法によって艦隊を拡張し、海軍力を強化させた。この当時、「ドイツの将来は海上にあり」とのスローガンがあった。
 これにイギリスが非常な警戒をした。1906年にイギリスは、それまでの艦船よりも攻撃力を飛躍的に増大させたドレットノート級を建造。さらに、イギリスの植民地だったカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどに独自の海軍を認め、より機動的にイギリス系の海軍が活動できるようにし、ドイツの動きに対応した。1890年、ドイツでビスマルクが引退すると、ヴィルヘルム2世(位1888~1918)はロシアとの再保障条約の更新を拒否した。

 そのため、ドイツから離れたロシアはビスマルク外交によって孤立していたフランスに接近して露仏同盟(1891~94年に成立)を結んだ。
 露仏同盟の成立によって、ビスマルクが最も恐れていたドイツが東西からロシア・フランスにはさまれる状況が現出した。

 ドイツは露仏同盟の成立後ロシアの東アジア進出を支持し、自らはバルカンから西アジアへの進出をはかり、3B政策を推し進めた。

 3B政策は、ベルリン(Berlin)・ビザンティウム(Byzantium)・バグダード(Bagdad)を結ぼうとするドイツの西アジアへの進出をはかる帝国主義政策の代名詞で、主要3都市の頭文字をとってこう呼ばれている。 まさに、ランドレーンによる中東の「囲い込み」を狙った政策だ。

 ドイツは、1899年にトルコからバグダード鉄道(トルコのコニアからバグダードを経てペルシア湾に至る予定線)の敷設権を獲得し、1903年にはバグダード鉄道会社を設立し、3B政策の中心として建設を進めた。バグダード鉄道は1918年までに3分の2が完成し、この間トルコにおけるドイツの勢力が著しく強まった。

 なおバグダード鉄道は、広義には19世紀末以来のドイツ資本による近東での鉄道事業の総称としても使われる。

 ドイツの3B政策はイギリスの3C政策を脅かすこととなり、また両国の激しい建艦競争も相まってイギリスとドイツの対立は強まった。この両政策は中東を囲い込むのに鉄道を使うか、船を使うか、すなわち、ランドパワーとシーパワーの中東争奪戦であり、第一次大戦の原因になった。

 イギリスは20世紀の初頭まで「光栄ある孤立」を誇ってきたが、ロシアの東アジア進出に対抗するために「光栄ある孤立」を捨てて、1902年に日英同盟を結んだ。

 1904年に日露戦争が始まると、日本の同盟国であるイギリスとロシアに同盟国であるフランスは日露戦争に巻き込まれることを避け、ドイツに対抗するために1904年に英仏協商を結んだ。

 イギリスとフランスは英仏協商によって、エジプトにおけるイギリスの、モロッコにおけるフランスの優越権を相互に承認して長年にわたる植民地をめぐる対立を調整した。なお協商とはゆるい国家間の協力提携の関係をいう。
 日露戦争で東アジアでの南下政策を阻止されたロシアは再びバルカンへの進出をはかってドイツ・オーストリアと衝突するようになった。

 そのためロシアは、1907年にイギリスと勢力範囲を協定して英露協商を結んだ。英露協商では、イランの北半分をロシアの、イランの南東部をイギリスの勢力範囲として分割し、ロシアはアフガニスタンにおけるイギリスの優越権を認め、またチベットについては、中国の主権を認めて相互内政不干渉を協定した。

 この英露協商の成立によって、従来の露仏同盟・英仏協商と合わせて、イギリス・フランス・ロシアの間に三国協商と呼ばれる協力関係が成立し、三国同盟(ドイツ・オーストリア・イタリア間の軍事同盟)と対立することとなった。

 イタリアは統一後、北アフリカのチュニス進出をねらったが、フランスがチュニスを保護国とすると(1881)、ドイツ・オーストリアへの接近をはかり、1882年に三国同盟を結んだ。

 しかし、イタリアは「未回収のイタリア」(イタリアは1870年以後もオーストリア領にとどまったイタリア人居住地域のトリエステ・南チロルを未回収のイタリアと呼んでその併合を要求し続けた)をめぐってオーストリアと対立した。

 そのため、イタリアはその後フランスに接近し、トリポリにおけるイタリアの、モロッコにおけるフランスの優越権を相互に認めて1902年に仏伊協商を結んだ。

 領内に多くのスラヴ系民族をかかえていたオーストリアは、パン=スラヴ主義(スラヴ民族の独立・団結を主張する立場)の影響を恐れ、3B政策を推し進めているドイツと結んでパン=ゲルマン主義(ゲルマン民族や国家の団結を主張する立場)を唱えてバルカンへの勢力拡大をねらった。

 1908年にオスマン=トルコで青年トルコの革命が起こると、この混乱に乗じてブルガリア(スラヴ系国家)はトルコからの独立を宣言し(1908.10)、オーストリアはボスニア=ヘルツェゴヴィナを併合した。

 ボスニア=ヘルツェゴヴィナはスラヴ系住民が多く、パン=スラヴ主義の先頭に立ったセルビアがかねてより併合をねらっていたので、セルビアはオーストリアに対して激しい敵意を抱き、また再びバルカンへの進出をはかるロシアとオーストリアの間にも緊張が高まった。

 ロシアは、1912年にセルビア・ギリシア・ブルガリア・モンテネグロの4カ国の間でバルカン同盟を結成させ、これを指導下においた。

 バルカン同盟4カ国は、イタリアがトリポリ・キレナイカを奪おうとしてイタリア=トルコ戦争(伊土戦争、1911~12)を起こすと、これに乗じてトルコに宣戦した(第1次バルカン戦争、1912.10~13.5)。

 トルコはただちにイタリアとの戦争を終わらせてバルカン同盟4カ国と戦ったが敗れ、イスタンブルを除くバルカン半島に残されていたトルコ領の大部分とクレタ島をバルカン同盟4カ国に割譲した。

 しかし戦後、領土分割問題からブルガリアとセルビアが対立し、ブルガリアがセルビア・ギリシアを攻撃して第2次バルカン戦争(1913.6~13.8)が始まった。

 セルビア・ギリシア側にはモンテネグロの他にルーマニア・トルコも参戦したので、ブルガリアは大敗し、ルーマニア・セルビア・ギリシアそしてトルコにも領土を割譲した。そのためブルガリアは以後ドイツ・オーストリアに接近するようになった。

 バルカン戦争によって勢力を伸ばしたセルビアとそれに反発するオーストリアの対立が激化し、それにともなってパン=スラヴ主義とパン=ゲルマン主義が激しく対立したのでバルカン半島は「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれるようになった。第一次世界大戦は一般的には、バルカン半島の支配権をかけ、汎ゲルマン主義と汎スラブ主義の衝突から起き、そして、欧州の枠組みを変えたとされる。

 確かにそのとおりだろう。しかし、第一次世界大戦の真の意味は、ドイツの3B政策と英国の3C政策の衝突の結果、オスマントルコの解体がもたらした中東の枠組み変容である。この視点はどういうわけか、世界史の教科書などでも大きくは扱われない。

 何故だろうか。それは、第一次世界大戦で決定されたこの地域の枠組みが、現在の中東情勢そして世界情勢に直接インパクトを与えておりまだ、歴史ではなく、リアルタイムの問題だからだろうと推察される。

 重要な点として、欧州の枠組み変容は欧州というローカルな地域の問題だが、中東の枠組み変容はエネルギーの供給地であるため世界的グローバルな問題なのだということを念頭に入れてもらいたい。G8で中東が主要議題となり、アメリカが中東に戦略重心を移行しているのもそのためだ。

 「石油が戦略エネルギーである限り、中東を制するものは世界を制する」と考えているのだ。中東をハートランドと考えれば、まさしく、マッキンダーに通じる大陸派地政学の実践だ。

 このような観点から、世界的グローバルな視点から考えた第一次世界大戦の真の意味はオスマントルコから英国への中東利権移行、第二次世界大戦の真の意味は英国から米国への中東利権移行というのが正しい。ドイツや日本の枠組み変更は、ローカルな話なのだ。

 第一次世界大戦の推移については、詳述を省くが肝心のメソポタミア戦線において、1916年4月26日ロンドンに於いて、サイクス(イギリス外務省・中東担当官)とピコ(フランス前駐ベイルート領事)との間で、パレスチナからメソポタミアに渡る広汎な地域を含む旧トルコ領土の戦後処理について秘密協約が結ばれた。サイクスピコ協定は当時の秘密外交の所産であり、英仏以外の意見は斟酌されていない。

 協定の骨子はまずバクダットとエルサレムの間に線を引き、その北部をフランスの影響地域、南部をイギリスの影響地域とする。そのうえであるアラブ人王(ハシミテ家から予定)のもとで王国を建設するが、両国の影響下に置かれることに変わりはない。内容は、ベイルートを首都とするレバノン沿海部をフランスの植民地とする。アラブ主権国家をダマスクスに設立し、シリアとしてフランスの保護国とする。

 一方、ハイファとアグラ(十字軍の根拠地)をイギリスの直轄都市とする。後背地のパレスチナは英・仏・露の保護国とする。同時にトランス・ヨルダンからアラビア半島の大部分にアラブ主権国家を設立し、イギリスの保護国とする。メソポタミアはイギリスの自由裁量とし、トルコ東部はロシアの自由裁量とする。

 以上であるが、現在の国境をほぼ決定したと言ってよい。あきれるほどの19世紀的秘密外交には違いないが。イギリスは領域としての領土に最早こだわっていない。
 ハイファとアグラは石油パイプラインの終点だとして明記されている。この地域を領有しても負担だけで実利はないことに気づいていたのだろう。一方フランスはシリアを手に入れたが、戦間期反乱処理に追われ、治安部隊の派遣費用を負担しただけだった。

 上述のように、英国とドイツが3C政策と3B政策で中東をシーパワーとランドパワーで囲い込もうとした事が、結果として第一次大戦に繋がり、ランドパワーは敗れ去ったように、ユーロとドルによる中東の囲い込みは、イラク戦争をはじめとする戦争に繋がった。まさに、私が、何度も指摘したように、歴史のパターンは繰り返されるのだ。

 このことに見られるように、関が原である中東をランドパワーが押さえるか、シーパワーが抑えるかは、世界で最も重要な問題だ。

 例えば、1973年10月、第4次中東戦争が勃発。OAPECがアラブ非友好国に対して石油禁輸を宣言、石油の供給が止まり西側諸国では大きな混乱が起こった際、当時のニクソン政権はUAEやクウェート、サウジといった、湾岸諸国の軍事占領を計画したという。

 湾岸戦争や、今回のイラク戦争もこの文脈で考えるべきものだ。イラク戦争はアメリカの統治という点では失敗したが、前号で述べたイラン-イラク-シリア-レバノン4カ国同盟の阻止という点では成功した。

 今後の戦略は、イスラエルによるイラン攻撃から、イランを引き釣り込み、「対イラン防衛を名目とした、湾岸諸国の米軍による占領」すなわち「第四次中東戦争や湾岸戦争方式」なのではないか。こういうことを阻止するためにも、日英が基軸となり、アラビア半島をアクエリアス化し、アメリカやイスラエルやイランとの間で、均衡を保たせることが、世界の運命を左右する重要な戦略だ。

 関が原を押さえ、湾岸諸国のドル離れを阻止し、原油資源をアメリカが握るために、追い詰められたイスラエルを鉄砲玉に使う可能性は、非常に高い。そのための、今回のガザ撤退だろう。

 ここで重要なのは、ランドパワーとシーパワーの優劣をどう見るかだ。鉄道は敷設コストや国境をまたぐ上でのリスクもある。これは、鉄道敷設の利権や用地の買収や各国政府との調整や交渉、さらには、一旦敷設してしまうと、その維持コストや防衛コストも大量に発生するという意味だ。
 19世紀において、この鉄道が、技術的に開発された時点では、鉄道敷設は植民地経営、帝国主義の根幹とも見られていた。マッキンダーがその地政学を上梓したのは、当時の鉄道の隆盛を見てのことで、彼のランドパワー論(世界島(ユーラシア大陸)の中央部でシーパワーの力が及ばないユーラシア北部を「ハートランド」と名付け、鉄道や道路などの陸上交通や通信技術が発展すれば、ランドパワーが沿岸地域に及んでいるシーワーを駆逐し、圧倒することになると主張した。)とは、つまるところ「鉄道を握るものは国家を支配し、ユーラシアを制する」するという議論と言える。
 
 私は、人類史を研究した結果、文明や国家の栄枯盛衰にはある法則があることを確信しまた。それは、「攻勢終末点を認識、維持できない国家は必ず滅びる」というものだ。攻勢終末点とは、自己の勢力圏の認識だ。つまり、ここまでなら、自己の力で何とか管理し、敵対勢力を排除できるという線だ。

 国家や文明あるいは企業にとって、最大にして最後の目的はこの攻勢終末点を引き、維持することといっても過言ではない。防衛線と言い換えてもかまわない。

 そこで、過去の世界帝国は、この攻勢終末点=防衛線をどのように認識していたかというと、大きく分けて、陸上の「国境」と海上「制海権」といえる。この制海権の主要舞台がインド洋だったのだ。

 国境については説明の必要はありませんが、制海権は近代のポルトガルが大航海時代に大洋にのりだしていたころから認識されだした概念で、一言でいうと、海上の自由な輸送、移動を確保するということで、「港の支配」を根幹とする。英米が現代において、世界中の小島や大陸に海軍基地を確保しているのは、この制海権確保のためなのだ。

 私は、拙著「環太平洋連合」中で、世界の国々はこの「国境」防衛が必要なランドパワー(大陸国家)と「制海権」の保持のみで国家発展が可能なシーパワー(海洋国家)に分類した上で近代以降、発展を遂げた国は全てシーパワーとして、沿岸部や島嶼部に限られていることを論証した。

 これら国々がなぜ、経済発展という点で大きく差異が出てきたかは要は国家防衛や維持の関わるコスト、リスクともにランドパワーが大きいのだ。

 世界の歴史を概観すればわかりますが、大陸国家とは、陸上で防衛線を張る必要から、人間の本性として、敵と距離を保つために、常に防衛線の前方展開の衝動に突き動かされ、結果として国家崩壊に至る例があまりに多いのです。帝政期以降、欧州内陸部への拡大から破滅を招いた古代ローマ、アレキサンダー、元、ナチス・ドイツ、大日本帝国陸軍そしてソビエト・ロシア等、枚挙に暇がないというよりも、これがランドパワーの宿命だ。

  私は、現在国家戦略をどう検討し、構築するかに心血注いでいる。そこで、いままでに考えたことをまとめると、以下のと
おりだ。

1.人類は過去2000年のスパンで考えると、大きく分けて15世紀までの陸上支配」から15世紀以降の「海上支配」すなわちインド洋支配へと、その戦略の基盤が変わった。

  つまり、陸⇒海のパラダイムシフトが起きた

2.その過程で、なにが根本的にかわったかというと、ソフト
を制したものがハード(土地、人民)を制したものを支配する
という、これまたパラダイム変化が起きた。ソフトつ
まり情報の優位である。

3.現在おきているパラダイムシフトはいくつかあるがその最
大のものは
(1)海洋支配勢力としての米国の衰退がかなり決定的

(2)陸上は自然環境悪化および、地政学的対立、戦争により、
これまた、地域的に破綻するところが多数でてくる

(3)よって、世界秩序は戦国時代と化してくる可能性が高く、
経済より軍事や安保中心にならざるを得ない。

4.そこで、地域的な戦略的グループ作りが喫緊の課題であり、
世界の再編が始まる

5.その際に考慮しなければいけない条件は

(1)安全保障 (2)市場、資源確保 (3)自然環境悪
化への備え

といった点についての多元関数を解かなければならないのだ。
以上、私の検討した戦略の要約を示したが、詳細は過去のコラムを参照されたい。

                                 以上
<引用>
世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略

以上

【お知らせ】

LOHASなロタ島特集の後、女性読者による新コラム、日本書道が始まります。

思念を具現化する事が可能な時代です。文化と伝統と学問のコラムニスト募集中

ボロをまとった暮らしから一世代で裕福に

アレキサンダー大王の戦闘教義(前編)

知性と何か 永井俊哉ドットコム

末は博士かホームレスか

【格言】

「軍事力を育てて使ってもまったく儲からない。しかし軍事力がなければもっと儲からない」(古代ギリシア人の言葉) 松村劭著「新・戦争論」より

環境や文化を育てて使ってもまったく儲からない。しかし環境や文化がなければもっと儲からない。左翼の環境技術が世界の命運を決める。

(現代Cyber ULSの言葉)

【記事】

米政府の温暖化報告書 “不都合な真実”書き換え認める 産経新聞 平成19年3月20日

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 借金大国の日本とアメリカ 

格差社会

最近、日本で格差が広がっていると言われている。そのことを非難しているニュアンスが籠められていることが多い。 これはおかしいと私は思う。

格差を非難する人は多分、人間は平等であるべきだと思っているのだろう。もちろん弱者保護は必要だ。しかし、それはセ イフティネットとして、不幸な人たちを救うためのものであって、有能な人の待遇を下げ、無能な人の待遇を上げる悪平等であってはならない。そのことは旧社会主義諸国が実証済みだ。

そもそもつい最近までよく言われた「1億総中流」というのがおかしかった。能力があろうがなかろうが、努力をしようが怠けようが、関係なく中流の生活ができる、という社会は非常に無理をした、非効率な社会だろう。その時代と比較して、「最近格差が広がっている」というのは、事実の指摘としては間違いではないが、これを非難することは間違いだ。むしろこれは社会が異常だった時代から正常化しているのだと私は思う。

格差社会が問題にされるとき、決まって引き合いに出されるのがワ-キング・プアだ。これもおかしい。

国際的な移動が自由に行える現在、給与水準の低い国から未熟練労働者が給与水準の高い国に入ってくるのは自然だし、税金その他の高い国から企業が 低い国に逃げ出すのも自然だ。それを止める術はないし、もしその動きを無理に止めれば、その国全体の効率が下がって世界的な競争に敗れるだけだろう。 日本に良い働き口がなければ、海外で働けば良いだけだと私は思う。どうしても日本で働きたいならば、勉強して自分の能力を高める他はない。海外にも出たくない、知的武装を行う気力もないならば、海外から流入してくる未熟練労働者の賃金水準で我慢するしかない。道はこの二つしかないと私は思う。

一方、収入の高い家庭ほど進学率が高く、子どもの学力も家庭の収入が高いほど上になるという調査結果がある。その結果、教育格差が起きると言う人もあるが、これに政府が介入すべきかどうかは慎重な議論が必要だろう。

自然に起る格差を無理になくそうとすれば、政府による所得移転が必要となり、どうしても大きな政府、重税が必要になる。北欧はそのような社会を選んでいるようにも見えるが、役人や規制が増えれば贈収賄が増えることはこれまた旧共産圏が実証済みだ。これを防ぐには市民による厳重な政府の監視が必要なのだと思う。私達の社会はそこまで成熟していると言えるのか、私には疑問だ。

アジア通貨危機

革命者

あやうい高所得者層

日本の若者に未来はあるか(1)

日本の若者に未来はあるか(2)

日本の若者に未来はあるか(3)

日本の若者に未来はあるか(4)

2006年12月30日

借金大国の日本とアメリカ

借金大国、日本

まず、日本の借金はいくらか? 2006年12月25日、財務省より 国債及び借入金並びに政府保証債務現在高(平成18年9月末現在) が発表されました。国債及び借入金現在高は、828兆円に達しています。これに地方自治体の借金を加えると1000兆円を超えてしまい、日本のGDPが500兆円だとして2年分にあたります。ネット上で公開されている「日本の借金時計」はいくつかあります。それぞれリアルタイムに借金の額がどんどん増えているのを目の当たりにできます。いくつか紹介いたします。
(1) リアルタイム財政赤字カウンター
(2) 日本の借金時計(財部誠一さんのHP)
(3) 日本の借金時計(私の雑記帳)筆者のHPではなく、このタイトルのHPです。このHPには、全国都道府県の借金時計というページもありますので、こちらも併せて見てください。

歴史を振り返ると、この水準に達した国は経済破綻を避けられませんでした。国民や臣民は大変苦労しました。GDPの2倍以上の借金を抱えた国は、戦争による出費が原因でした。日本は平和なのにも関わらず、これ程の借金を抱えてしまいました。これは史上初の出来事です。日本がどのような形になるにせよ、20年も経過すればなんらかの結論を見出し、国の乱れも終わっているでしょう。2025年頃には日本がなぜ破綻したのかというテーマで多くの論文が書かれ、今は隠されている真実という代物を見出せるかもしれません。
金利払いを免除してもらって元本のみを返済するとしても、もはや100年単位でさえ返済できるレベルを超えており、デフォルトしてチャラにするか、インフレで価値を減らすか、これ位しか選択肢がありません。

借金大国、アメリカ

日本の借金時計をネットで検索していたら、アメリカの財政赤字のリアルタイムカウンタ もありました。現時点で8兆6千億ドルですから、1ドル=120円の多少円安のレートで換算すると、こちらも1000兆円を超えます。ですが、アメリカのGDPは日本の2倍ありますので、借金の負担は日本の半分です。日本よりはマシですが、ドルの暴落は世界中に影響するため、多くの国から懸念されています。アメリカの場合、軍事力を背景にして、自国の借金を日本を始めとする他国に押し付けることもできます。アメリカの方がまだましというのが現状です。極東や中東で同時に戦争が発生し、戦争を続けるために多額の財政支出が必要になれば、日米同時破綻という可能性も出てきますが、順当に行けば日本が先に破綻して、アメリカがとばっちりを受ける形となるでしょう。

不兌換紙幣と兌換紙幣の共存

1971年8月のニクソンショック以降、ドルはGOLDに兌換できなくなりました。以後、紙幣は不兌換紙幣となったため、発行元の信用だけで取引されるようになりました。言い換えれば、発行元の信用がなくなれば、だたの紙にしかすぎません。ヒトラーが登場する前のドイツ(ワイマール共和国)を襲ったハイパーインフレのように、乳母車に山積みした紙幣でパンを買ったり、燃料の木炭を買おうとしたら、高すぎて買えず、札束を燃やしたという話が今に伝わっています。日本円なりドルなり破綻してしまった通貨は、額面ではなく札束の重さで取引されてしまいます。
世界中で経済が混乱したとき、災害時に非常食を食べるように、GOLDを使って取引するケースもありえます。ですが、世界経済の規模に対してGOLDは足りず、金本位制度を復活することはできません。兌換紙幣を求めるニーズが強い場合、GOLD・石油を含む資源・食料を組み合わせ、商品バスケットの枠組みを作って、これと兌換しようとする試みをするかもしれません。紙幣の向こう側にある信用をつなぎとめるのに何かが必要です。国家の信用では不足する場合、かつての金や銀など具体的なモノを使う必要があります。インターネットで使われているWEBマネーやポイントカード、地域通貨、クレジットカードと連携したマイレージなどが多くのものが私たちのまわりにあります。これらを活用する方法もあります。商品バスケットを何種類か用意して、それぞれ仮想通貨を作ると、フードクレジットやオイルクレジット、ウォータークレジットなど多くの通貨が誕生します。今の為替相場で多くの通貨が交換されているのと同様に新しい仕組みの通貨が円ドルユーロを始めとする既存の通貨と共存していくこととなります。世界経済が混乱するだろうという未来予測のもとで、新しい通貨の仕組みを産み出すことが中東で進んでいます。ほとんど日本のマスコミに出てこないが、中東で通貨統合をしようとしていて、参加国の反対で遅れたというニュースのみ伝わってきました。なぜ反対したのかというと、ドルに連動するのはイヤだという深刻な理由だそうです。では何に連動すれば良いのだろうか?

橘みゆき 拝

参照

沖縄経済とB円

パラオ共和国(ベラウ共和国)

ロシアアジア通貨危機

北マリアナ連邦は既に国家破産をしている

北マリアナ連邦国家破産


クリスマスを目前に迎えようとする12月22日、Marianas varietyの一面にショッキングな記事が掲載された。タイトルはGov't bankrupt つまり「国家破産」である。事実上の経済の死亡宣告は立法府の報告書により次のように表現されている。

A LEGISLATIVE report says the CNMI government is bankrupt and the only reason it cannot declare bankruptcy is that it cannot do so under existing laws.

「北マリアナ連邦は既に国家破産をしており、それを宣言できない理由は現行法で宣言する事が禁止されているからだ。」破産宣告はないが、すでに国家破産しているという北マリアナ連邦であるがもう少しことの詳細を見ていきたい。

“The Legislature recognizes that the commonwealth lacks the financial resources to pay off a $500 million unfunded government liability to the Retirement Fund and that a rescue and reform plan is necessary to restore the Fund to a more sound financial footing,” the committee report stated, adding that this liability precludes the CNMI from entering the bond market without incurring a huge interest rate.

「北マリアナ政府は退職基金(公務員用)に対して、およそ600億円の短期政府債務を支払う財政資金を欠いている」と記載されている。要するに政府の役人用に積み立てていた年金資金を使ってお金がない政府の運営を行っていたが、それを返すことがまず不可能であるから政府は既に債務超過で国家破産したというのが新聞の要旨である。実際にどの時点で北マリアナ連邦が国家破産をしたのかという論議はひとまずおいて、それでは国家が破産した場合、その国の国民に一体どのような影響を与えるのかということを少し考えみたい。国家破産とはかいつまんでいえばどういうことのだろうか。

まず「国家破産」について確認しておくと、それはわれわれの暮らしが貧しくなることである。国家破産以後は失業率が20%を超えるから、街にはホームレスがあふれ失業者はお腹をすかして道をさすらうだろう。当然、犯罪は増え、街は荒廃する。まさに、第2次大戦後にあった復興期の街の光景がよみがえるのだ。

藤井厳喜氏の「国家破産」以後の世界では自己破産と同様、国家破産は国民の生活がまずしくなることということが記載されている。国民の大多数が政府関係の仕事に就く北マリアナ連邦ではその給与が支払われなかったり、公務員の大幅な解雇が既に実施されているので、かつてのサイパン経済の繁栄を思えば、その凋落ぶりは目を覆いたくなるほどだ。サイパンの一番の繁華街であるガラパン地区には観光客がほとんどいない。どこか殺伐とした雰囲気だ。ロタではコンチネンタル航空が定期便に切り替えたことにより、今年の10月以降、売上が90%以上も落ちているという。またサイパンの荒廃ぶりも目を見て確かめることができる。それでは北マリアナ連邦はなぜ、国家破産をしたのだろうか。これを防ぐことはできなかったのだろうか。この問題に対する検証は後ほど行うとしてまずは北マリアナの国家破産に引導を渡した2つの象徴的な事件を今いちど振り返ってみたい。

1.JALの撤退


JALはサイパン繁栄時代を象徴するシンボル的な存在である。日本人観光客が全観光客の80~90%以上を占め、その半数以上の日本人をサイパン空港につれて来ていたのがJALである。サイパン経済に引導を渡す撤退宣言が行われたのは昨年の7月29日のことであった。まだ一年と数ヶ月しか経っていない。トライアスロン団体KFCのHPに以下の考察がなされている。将来の利益の見込みがないために撤退を決断したというのだが私も長くつぶさにこの土地に住みこの国を観察しているとその実感をあらたにすることになった。

JAL本社は北マリアナ諸島(主にサイパン島)の将来性を綿密に分析した結果、撤退を決定したのである。JAL本社の人間とサイパンについて話したことがある。彼らはサイパン政府が想像する以上、サイパン観光資源(特に海水の状況)の現状や政府観光局の能力、政治家及び政治形態、財政状況、米国の意向等々の詳細な多くの情報を持っていた。親北マリアナ諸島派のKFCにとっては残念だが、これらのことを分析した結果、将来も利益が見込めないと決断したのである。要は、サイパンに見切りを付けたのである。

2.縫製産業の崩壊


北マリアナ経済のもう片翼を担っていたのが縫製産業と聞くと、初めて聞く人は少し意外に感じられるかもしれない。これは北マリアナがおかれた特殊な政治状況の盲点をついたのだ。その盲点とは北マリアナはアメリカ合衆国ではないが、その自治領ということで輸入割当制限や関税が免除されるという点だ。これに目をつけた中国企業がサイパンに工場を建設して、安い中国からの労働者を雇用して安い衣類を輸出することになった。一種の規制に守られた産業であるが、このサイパン縫製産業は2005年1月、WTOの協定により衣類の合衆国向けの輸入割当制限が廃止されると一気に崩壊する憂き目をみるとになった。縫製工場の撤退、ダウンサイズはすでに実施されているが、1400人の労働者を抱えるサイパンの最大の縫製工場であるConcorde Garment Manufacturing Corp.が撤退を発表した事はこの流れを国民に最終的な認識を促すの決定的な事件となった。サイパン空港を訪れるとサイパンを離れて中国に戻る縫製工場の労働者の姿を見る事ができた。その後ろ姿はどことなく寂しい。

SAIPAN, CNMI (Marianas Variety, Dec. 11) - Just weeks prior to Concorde Garment Manufacturing Corp.’s announcement that it would be closing on or before Feb. 6, 2007, it continued to bring in new workers from China who paid close to $3,000 in recruitment fees for three-year jobs at Saipan’s biggest garment factory with 1,400 employees, Variety learned.

261 former employees of the defunct Concorde Garment Manufacturing Inc. are scheduled to be repatriated to China on Friday.Tan Holdings Corp. chief legal counsel Steven Pixley said the group will be flown at company expense on a chartered China-based carrier.Last week, 152 garment workers from Concorde, which was forced to shut down ahead of its scheduled Feb. 6, 2007 closure, flew back to China aboard Air China, which now regularly flies twice weekly between Beijing and Saipan.status in the commonwealth.

それでは北マリアナ連邦が国家破産をした原因について私なり考えてみたい。北マリアナは太平洋戦争の日本の敗北によりアメリカの委任統治領となり、自治領として一定の独立を勝ち得たのは1978年のことである。私が生まれる一年前のことだ。アメリカの統治政策はそれ以前の日本の統治政策とは全く真逆のものであった。その統治政策の根幹は補助金つけである。チャモロ人を労働のかやの外においた。そして北マリアナの学校施設をはじめ各種のインフラをアメリカが整備した。また所得が少ないチャモロ人世帯にはフードスタンプという食券が配られ、住宅も支給されることになった。私はこのアメリカによるチャモロ人、スポイル政策が今回の国家破産の直接の原因だと考えている。その国の国民が働かないのに長い経済の繁栄を約束されるというのは常識で考えるとありえないことだからだ。また自国の通貨を発行しないドル経済圏であったというのも私は彼らにとって不幸な事実であったと思う。彼らはろくに働きもせず強いドルでフィリピンやバングラディッシュ、中国の安い労働移民を働かせることを考えた。その象徴的なものが上記に述べた縫製産業であると思う。中国移民の労働力を使用してドルを稼ぎ、税金として大半が公務員につくチャモロ人の給与が賄われるという図式だ。私はJALの撤退は低採算であるという事実よりも、この国の行政統治の能力の欠如が原因であると考えている。汚染されたビーチの浄化は一行に進まず、不安定な電気設備や不十分な下水管や水道施設が改善される目処もたたない。この国の電力会社であるCUCは長年の怠慢な経営とここ数年のオイル高の煽りをうけて電気代金を今年の中旬に2倍以上に引き上げた。日本で月の電気使用量が3,000円程度の自分が、この国で15,000近くの電気料金を支払ったのはとても印象的な事実として覚えている。そして長年のアメリカのスポイル政策によりチャモロ人の精神は大きく腐敗して頽廃している。私はこの国でビジネスをおこなう交渉するたびに、この国の役人に賄賂を要求されたことが1度成らず2度もある。たった半年の駐在で2度もあるのだから、JALなどの大企業は何度も賄賂を要求されたのではないだろうか。ロタ空港に降りたち、車で5分程度行ったところにシナパル村という集落が存在する。その集落にあるシナパルの小学校を設立したのはロタの某日本企業がビジネスの見返りに要求された政治献金であるというのは有名な事実だ。また最近、北マリアナ某前自治領主がサイパンのカジノ化政策に積極的な発言をしているが、これは韓国、中国のカジノ業者が袖の下で賄賂が支払われているからだというのがこの国のもっぱらの噂である。賄賂を好むチャモロ人と、マネーロンダリングのためにこの地にカジノ建設を目指す賄賂好きな韓国人、中国人。その先にある未来が個人の自己保身による国家の破産であるのだからこれは悲劇を通り越して私には今世紀最大の喜劇に見える。その国の統治者が自己保身に走ったらどうなるのかという良い例が北マリアナ連邦である。北マリアナ連邦は日本国にとって他山の石である。我々はこの国を良い反面教師としなければいけない。










2006年12月29日

ドルが生み出してきたもの

ドル経済圏成立の来歴

国際経済の基盤になっている現在の石油・ドル本位制という枠組みは、ドル経済圏を主軸とする市場経済システムというべきものを生み出した。この経済基盤を作りだしていたものがIMF体制と呼ばれるものである。ドルで決済する仕組みを国際経済に与えて、ドル経済圏そのものの存立を支援するための土台を構成するという役割を果している。ドル・ショック以降ドルの価値を裏付けるものの代表が石油だとされ、その延長線上に今日の国際経済というものが成り立っている。先進諸国がIMFに積み立てたSDRと呼ばれる資金は、ドルの発行権をもつアメリカに通貨価値の補償を行うためのサブシステムになっている。当初はブレトンウッズ体制と呼ばれていたドルを機軸通貨と定めた連合国による合意は、金本位制から一方的に離脱したニクソンのあの時の決断以来、IMF体制と呼ぶべきものへと変貌を遂げている。

【前身のブレトンウッズ体制という名称は、第二次世界大戦の復興を進めるための方法について討議したワシントン郊外の地名から取られている。1944年のことだった。ヒットラーの自殺によってドイツの敗戦が確定したのは、翌年の五月のことである。二度の原爆投下で日本が受諾した敗戦という結果は、その三ヵ月後のことだった。連合国側では当時、戦後処理についての計画が既に討議され合意が成立していたのである。ドルが機軸通貨として認定されたのは、この時の会議で決まっていたことだった】


アメリカに繁栄を補償していた仕組み

ローカル通貨の一つに過ぎなかったドルが機軸通貨として指定されたのは、金の保有率で最も高い50%を確保していた国が当時のアメリカだったからである。その後フランスがドルと金との兌換を実際に求めたことから、アメリカの金保有率が半減してしまったのだった。そこで金本位制の桎梏から離れてドル経済圏を拡大するための方策が検討され、あのドル・ショックというものが生みだされている。金本位制から一方的に離脱するという意思決定の仕方は、時の大統領であったニクソンの英断によるものである。1971年のことだった。そこでドルという通貨の裏づけとするための新たな価値が必要となったことから、石油が担っていたエネルギー資源としての価値を以て金を代替するように変更したのだった。その結果経済基盤にあった上限という制約が消え、金融市場が急拡大するようになってデリバティブなどの新たな金融手法が編み出されていったのである。金のもつ量的な制約から離れてドル市場全体が急拡大したことから、米政府は爾来潤沢な資金を手に入れることに成功してきたのである。

為替市場では変動相場制への移行が進められ、固定相場制をとっていた日本もその枠組みの中に取り込まれていった。通貨価値の切り上げを迫られるようになり、一ドルが360円と定められていた円は、短期間でその価値を三倍相当にまで上昇させてしまうようになっていった。為替相場にみられる円の下限は、今の所120円の手前辺りに設定されているようだ。これ以上の円安は、ドル資産の還流を促す可能性を顕在化させるというアメリカにとっての危険性を秘めている。つまり円安の更新は、アメリカにとって大ごとになるのである。債権の償還とその還流が可能な状態になると、ドルの求心力が失われてそれが遠心力になってしまうことになるからだ。ドルが高くなり過ぎると、ドル資産に固定されていた資本が流動化するのである。このことは、驚異的な規模のインフレがアメリカで発生するということを意味していた。

ドルが高くなると、エネルギー資源を買うためだけでも余計な費用が発生することになる。これは物価の上昇と同じことなのだ。ドル高では債権国がもっているドル建ての長期債が解約され易くなるため、長期金利は自動的に上昇してしまう。ドル高になると、アメリカ国外では物の値段が上がると同時に、国内では債権国による長期債の売却が発生して長期金利は上がりだす。これだけで、世界規模のインフレと呼ぶべき状況が発現してしまうのである。被害を最小化しようとしてドル資産を処分しようとする動きが顕在化すると、アメリカのハイパーインフレは眼と鼻の先である。ドルに投資していた国が一斉に資本を引き上げだしたら、インフレを止めることはもう誰にもできなくなるだろう。アメリカ国内には売られたドルが溢れだし、過剰流動性が顕在化するだけでなく一層際立つようになってゆくのである。その結果、ますますインフレが募って最悪の事態が出現するということなのだ。アメリカにとって債権国の通貨価値を引き下げるというタイプのドル高だけは、絶対に回避しなければならないものなのである。

機軸通貨であるドルが国際市場で余りだすという事態は、アメリカが最も警戒していたインフレを惹起する前駆症状なのである。変動相場制の下では、機軸通貨であるドルの発行権(シニョレッジ)をもっているアメリカが絶対的に有利なのだ。賭場に参加する胴元と同じ結果が得られるからである。ドルの需要を国外に意図して作りだしてやれば、自国通貨を発給するのに制約というものがなくせるのである。ドルの需要とは、貿易取引で生じるものだけがその対象ではない。
世界の市場でダブついたドルを回収するために、金利を引き上げて呼び戻すというのがこれまでのFRBがとってきた戦術であった。その余って回収したドルを用いてファンドに日本などの貿易黒字国へと投資させてきたのが、これまでに観測されているアメリカの手口になっていた。ファンドに円を買わせて日本の資産を買収するよう促すと、官民ともに大きな利益が得られるようになっていたのである。現在アメリカが採用しているドル安という政策には、過剰流動性を貿易黒字国に吸収させて尚、当該国の資産を買収するという意味が込められている。


ドル操作国という存在が問題の生みの親

原油相場を上昇させてやれば、ドルの需要は自動的に増加する。もっと簡単なのはターゲットと定めた国にドルを大量に売りつける、という方法なのである。目的とする国の資産に投資先を振り向けてやるというだけで、ドル安を誘導することが間単にできるようになっている。ドルには過剰流動性という属性が常に付き纏っている。インフレを予防するためにこの過剰流動性を回収してきたのが、中央銀行の元締めとなっているFRBであった。政策金利の引き上げという手法で、これまで段階的な利上げを着実に行ってきたという事実が記録されている。このような方法で過剰流動性を解消してきたのだったから、ドル高を演出するのは簡単なことだった。ドルがダブついていなければ、ドルの供給量を絞り込むだけでドル高は簡単に実現するのである。ドル安にしたいのであれば、回収したそのドルを積極的に再利用すればよい。ドルを売って特定の外貨を集中的に買っていくと、日本なら円高ドル安という状態が即座に生まれでるのである。アメリカは、このような手法を使って強いドルと弱いドルとを巧妙に使い分けてきた。このためアメリカには二種類のドルがある、というのが研究者一般の共通認識になっている。

要するに、アメリカが望めば任意の価値をドルに与えることができるようになっている、ということなのである。輸入するにはドル高の状態にある方がアメリカにとっては有利なのだが、では何故ドル安政策がこれまで延々と実施されるようになっていたのだろうか。ドル高からでは得られない大きなゲインが、おそらくそこにはあったはずなのだ。ドルを売り惜しめばドル高が出現するのだし、外貨を求めればドル安という状態を誘導することができる。通貨価値の決定権は、アメリカだけがもっている特権だったのである。円ドル相場で何が起きていたのかということを、日本はこの際よく承知しておくべきである。ここがみえていたら、アメリカの目論見と戦略とが浮き彫りになっていたはずなのだ。その戦術となっていたのがドル安政策だったということなのである。アメリカが仕掛けていたこれら通貨に関する戦略というものは、要因分析がしっかりなされていれば95年暮れ頃までには遅くても判明していたはずのものである。日本の金融当局者は円高が異常昂進した当時の経過をおしなべて謎と形容するばかりで、原因を突き止めようとした形跡はみられない。経緯を調査したとするその結果は、今以て一つも発表されたものがない。


これまでの主な経過

金本位制を離脱したあとのアメリカには、ドルの発行に制限というものがなくなっていた。需要がある限り、ドルを供給することができる立場が確保されていたからである。ドルのもつ機軸通貨としての機能が洗練されたものになり、アメリカがドルの効力を最大化したことで市場経済へと向かう動きが急速に進んでいったのである。85年にはプラザ合意という歴史的な決定がなされている。アメリカと当時対蹠的な立場にあったソビエト連邦では、IMF体制によるドル経済圏のマスが急拡大したことによって計画経済体制の崩壊を早めている。これはアメリカの通貨戦略がもののみごとに奏功した結果だったと言ってよいだろう。ドルのもっていた求心力がアメリカの軍事費を増やし、経済規模を拡大できなかったソ連の軍事費負担をより過酷なものへと変えてしまったのだった。ソ連型の赤色革命で生まれた共産主義体制は、その後5年を経ずして終焉を迎えることになったのである。バブル景気の絶頂期にあった日本の繁栄振りが、共産圏の消費者に与えた影響は大きなものがあったようである。米ソの軍縮合意に調印するための首脳会談で日本を語る時の両巨頭の表情には、日本に対する羨望の眼差しが相互に映し出されていたものだった。

ソ連崩壊後はドルという通貨がなければ国際間のあらゆる決済ができなくなっただけでなく、エネルギー資源を確保することさえ不可能になっていったのだ。市場は金本位制だった頃の数倍規模へと急速に拡大している。アメリカには、ドルを発行したことに伴う外貨収入が押し寄せてくるようになっていた。米政府はドルを売って得た外貨をファンドに貸し与えることによって、相手国資産の所有権を確保するという戦略を陰で支援してきたのである。ドル安外貨高を誘導していたのは、先進諸国に対してのことであった。それ以外の国にはドルは高いままの状態を維持し、一次産品などの購入には入手済みの現地通貨を以て支払ってきた。それらの国では恒常的なドル不足が発生し、石油を買うことさえままならないという状態に陥っている。これが南北問題と呼ばれているものを生み出した原因になっている。テロの淵源を探ってゆくと、結局ドルの供給を惜しんだアメリカの仕業へと還元されてしまうのである。南側の貧困は、ドルを買ってからでなければ一切の決済ができないようになったことからおきたことなのだ。一方貿易黒字国に対しては、反対に積極的なドル売りの波状攻撃を進めさせてきた。こうすることによってドルのもつ過剰流動性を日本などに吸収させ、ドル安を誘導して円高状態の維持更新を進め、米系ファンドに利潤の回収を有利な条件で行えるよう取り計らってきたのである。


アメリカの手口

円高になればなるほど日本では日銀が為替市場に介入してくるため、円売りドル買いをどんどん進めさせるためのドル売りが可能な状態になっていた。ファンドに円資産を買い続けさせていれば、金利をあげて回収してきたドルを日本に改めて売りつけることができるようになっていたのである。日銀ではドルを大量にもっていても、それが実需の決済に使えるという訳ではなかった。そこで最も安全だと信じられていた米国債への投資が行われるようになっていったのである。アメリカがドルの過剰流動性を外国に吸収させようとすると、最終的に長期債が売れるようになっていたのだった。しかもファンドには日本の資産までが手に入るような結果が用意されていたのである。円高になってさえいれば、より少ない円で多くのドルを買い戻すことができるため、ファンドが日本であげた収益を還流させる時には為替差益までが獲得できるようになっていた。

金利を上げて高くしたドルを使って円を大量に買う往路では、その場で円高ドル安という状態が実現するのである。世界市場で余ったドルは、このようにして日本に吸収させてしまえばドルの過剰流動性を抹消することができるのだ。だからアメリカはインフレにならなかったのである。ファンドが得た円資産で計上した収益は円高状態になるのを待ってドル転し、それを還流させてやればより少ない円で多くのドルが復路でも戻ってくるのである。ファンドの投資行為は、資本の行き来だけでも利潤を生み出すようなものになっていた。ドル資本が国内に流入してきたというだけで国が貧しくなっていったのは、このようなメカニズムが働いていたからなのである。日本は円高を強要されてドルを買わされてきたのだったが、このドル資産は外貨準備高という名称で一括りにされ取り崩せないものになっている。在外資産としては貸し方勘定になっているのだが、原資は財務省の借り方勘定であるところの借金なのである。得をしているのはアメリカただ一国だけである、ということはもはや言うまでもないだろう。

ドルが安くなっている限り、この在外のドル資産を日本は取り戻すことができない。円高状態の時に手持ちのドルを円転すれば、必然的に円高がより進んでしまうことになるからだ。このためアメリカがドル安政策をとり続けている限り、米政府には償還を求められない安全な債務が積みあがっていくようになっていたのだった。財務官僚と日銀の双方が共にこのアメリカの戦略に気づかないフリをしているため、国民の多くは未だに盲目状態のままに置かれ続けているのである。つまり、現実認識が国全体でできていないということになるだろう。この背景を知っていて国を売る行為に加担するような政治家は、この国にはいないと信じたいものである。認識なしに固有の資産を売り渡してきた指導層を無知と形容して憚らなかったのは、自らが国に損害を与えていたという事実が見えなくなっていたからである。


ファンダメンタルズとは何か

ファンドが投資行為の表向きの窓口となっているために、為替相場の値動きはファンダメンタルズを反映したものであるとされている。だが、アメリカはドルの価値を任意に決定することができる立場を保っており、ドルをツールとして使うことで世界中から資本を回収する身分を享受してきたのである。アメリカは任意の通貨政策をとることによって、市場経済がドルを動かしているかのように見せかけることができる立場にあったのだ。その役割を実際に果していたのが、ドル資本と呼ばれるファンドの一群だったという訳である。ファンドはアメリカの意を受けて市場からドルを調達し、その資本で外貨を買って成長力のある貿易黒字国の資産へと投資を行ってきたのである。この段階で円高ドル安が確定するようになっていたのだった。ファンダメンタルズという経済の基礎的な諸条件などは、戦術核が担っているような役割を商取引の分野で果すためのアメリカ側の方便に過ぎなかった。

世界中がドルという通貨を必要とする経済環境ができあがってからというもの、アメリカにはあらゆる地域から富が集まってくるようになっていった。ドルを需要に応じて発行すればするほど、外貨がアメリカの資産として集積されてゆくのである。アメリカに富が集中するようになったため、政権はドルが生む求心力をより多く使えるようになったのだった。ドルに過剰流動性が付随しているということは、既に繰り返し述べてきた。市場にドルが余りだすということは、そのままインフレに直結するという意味である。そこでFRBが政策金利を引き上げてインフレに陥る前にドルを市中から回収するような制度がつくられていた。日本はアメリカが発行しすぎたドルの再生工場にさせられていた、ということができるだろう。円売りドル買いという通貨政策を日本がとり続けて外貨準備を積み上げている以上、この国の民が困窮しないはずはなかったのである。

現在の経済状態がFRBによって保たれている限り、アメリカにインフレが起きるようなことはない。過剰流動性は外貨準備高の多くなっている国が率先して引き受けているからである。ドルを際限なく追加発行しても、市場にはインフレリスクを回避するようなシステムができていた。イラクでの戦費が嵩んだとき、ドル全面安の展開になったことがある。今年は二回そのような現象が観測されている。自国通貨が買われてドル安を仕向けられた国では、どちらにせよドル買いで対応せざるを得なくなるのである。その結果ドルが売れるだけでなく米国債までが追加発行できるようになり、米政府には使途に制約のないドルが現金で大量に戻ってくるという仕掛けが機能するようになっていた。しかも、その債務はアメリカにとって返済を求められない種類のものなのだ。ドル資産というものは、ドル安政策を続けている限り永遠にアメリカの外へでることはできない。外貨準備高とは、要するにドル建ての不良債権という意味をもつもののことなのである。


ドルは集金システムになっている

ドルが機軸通貨となっているために、南北問題、テロリズム、温暖化などの多くの未解決の課題が生み出されるようになったのである。水素資源が実用化されるようになると、ドルの価値を裏付けている石油はドルを支えることが困難になる。水素資源によるエネルギー消費が増えはじめると、炭素資源によるエネルギー消費は減ってゆく。低廉良質な水素資源が登場するというだけで、炭素資源を簡単に駆逐してしまうことになるのである。水素が高価な資源であると信じられているため、アメリカは今のところ鷹揚に構えている。だが、日本にある技術を統合することにより、低廉で安全な水素を大量に供給するのは不可能なことではなくなるのである。原油の需要が減ればドルの需要も同じような割合で減ってゆく。ドルは市中に広く出回っているので、原油が値下がりを起こしたと言うだけで余ってしまうようになっている。ドルの通貨供給量が増えているというこの現実は、インフレになる確率が高まっているという意味をもつ。ドルが予測を超えた値下がりを始めたとたん、ドル資産の投売りが一斉に始まってしまうようなことは実際に起こり得ることなのだ。

原油の決済でユーロを指定するケースが増えているのは、ドルのもつインフレリスクが高まったことを示すものである。アメリカのインフレがはじまると、成長性の高い国の通貨がドルで買われるようになる。このため、日本なら円高ドル安という状態が再現されることになるだろう。95年四月にはこの先駆的な円高現象がおきていた。この歳の暮れにEUの通貨であるユーロが正式に採用されることが決まっている。ドル資本は、EU市場から日本へと半年早く緊急避難を開始していたのだった。日本はバブルの崩壊から丁度五年という年月が経過していた頃である。このタイミングで急進的なあの円高がおきたのだった。そろそろ回復期に入ってよい頃だと、多くのファンドが推測したとしてもおかしくはないだろう。インフレの前ぶれは、急激な円高の再来という予兆を伴うのである。為替相場の値動きを見ていれば、インフレ懸念がどの程度深刻なものなのかを予測することは充分に可能である。


水素エネルギーが実現するもの

水素エネルギーが普及段階を迎えると、ドルは機軸通貨としての役割を終えることになるだろう。ドルという通貨では、低廉な水素エネルギーシステムを導入することができなくなっているからである。ドルが問題だったのは、ドルと交換した外貨がアメリカの集金システムの道具にされていたからである。アメリカが獲得した外貨は、実需を除くとその国の資産を買い占めるために専ら使われていた。単純な投資行為であるため、ファンダメンタルズの結果だと説明することができたのである。ドル資本は現地通貨で買収した資産を使って得た収益を、全額本国へと送金してしまう。ファンドは投資効果の実績を作らなければ、出資者から見限られてしまうのだ。

外資系のファンドは四半期毎に決算を行っているため、日本で発生した利潤のすべては速やかにアメリカ本国へと還流していくようになっている。その結果、ドルを買った国からは富を逸早く流出させ、その国でおきるべき資本の循環が生み出せないようになっていた。最善を尽くしたと信じたその結果が、アメリカへの富の流出を急がせていたということになるだろう。自国通貨をファンドに売り渡した国から経済活力を奪ってゆくようなシステムが、日本政府によって維持されている。それが根付いてしまっているということが、この国の現状を生み出していた。知識の修得に熱心になった余り、要素を抽出して要因となったものを分析することに関心が向かなくなってしまったようである。

反米国家が誕生し続けているというのは、ドルの持つこのメカニズムに国民が気付き始めたという証拠なのである。自分達の貧困がドル資本の流入の結果だと察知したことが、反米色を強めさせるようになっている。時とともにアメリカの繁栄がすすみ、自らは貧困の淵に沈んでゆくという経過を年毎に体験するなら、どの国であったとしてもおのずから真実が見えるようになって当然なのである。貧困の病根は、アメリカに資本を集約する富の一極集中という傾斜を米政権とFRBが作り出したその戦略の結果だったのである。アメリカが繁栄すればするほど困窮する国が増えていたというのは、ドルのもつ属性である求心力が作用していたからだった。

アメリカは世界中から集めた富を使って軍備を整え、その他の軍事大国に防衛予算を増加させて当該国の財政収支を圧迫するという戦略をとっている。核の拡散はその結果の一つなのである。アメリカが悪の枢軸と規定したことが、北朝鮮とイランに核装備を急がせた原因になっている。イラクに大量破壊兵器が存在しなかったにも関わらず、アメリカは国連を押し切って一方的に侵攻し時の大統領だったフセインを逮捕した。本来ならこの逮捕は無効とされなければならない。根拠のない侵攻で行われた逮捕だったからである。(12月27日の報道ではフセインの死刑がこの日確定している) 水素エネルギーの実用化を急ぐことによって、ドルが世界に与えてきたこのような不合理なダイナミズムを消し去り、繁栄による平和な状態を早く地上に導くことができるようにしなければならない。それが、これから低廉な水素エネルギーシステムを供給する側の責務というものになるだろう。

2006年12月28日

水素文明を語る(5)

北海道大学名誉教授で触媒化学の世界的権威である市川勝博士と永井俊哉による対談。水素をいかにして作るか、いかにして運搬し、貯蔵するか、いかにして燃料電池で発電させるかについて語り合う。

2006年12月27日

無騒音自動車

電気自動車や燃料電池自動車の登場で、将来の自動車は、より静かで、騒音を出さないようになると期待されている。しかし、反面、無騒音だと、接近しても、歩行者は気がつきにくくなるという新たな問題が発生する。この問題を解消するにはどうすればよいか。 交通システムの将来像を思い描きながら、考えよう。

1. 無騒音自動車の問題

自動車の騒音は、長い間大きな環境問題の一つであった。特に高速道路の沿線では、防音壁を築いたり、建物の窓を二重サッシにするなどの手段を講じる必要があり、社会的なコストを高める結果となった。将来燃料電池自動車あるいは電気自動車が普及すれば、こうした騒音問題は解消されると期待されている。

ところが、自動車が無騒音化すると、思わぬ問題が出てくる。東京大学先端科学技術研究センターのグループは、ハイブリッドカーだと、発車時に接近しても、歩行者は気がつきにくくなるという実験結果を報告した[NHK:ハイブリッド車 接近気づかず ,2006年1月29日]。

ハイブリッドカーとは、ガソリンエンジンと電気モーターの長所を組み合わせた自動車である。ガソリンエンジンは強力ではあるが、低回転域では効率が低下するので、発進時には電気モーターを使用する。また、減速時に回生ブレーキを用いて運動エネルギーを電気として回収し、停止時と減速時にエンジンを停止して、燃料を節約する。要するに、停車時と発進時は電気自動車と同様に、音を出さない。

東京大学先端科学技術研究センターのグループは、ハイブリッドカー2車種とガソリン車3車種を使って、6人の視覚障害者が車の動きをどの程度把握できるかを調べた。その結果、ハイブリッドカーが停車したり、発進したりした場合、視覚障害者は1メートル以内に近づいても誰一人として気づかなかった。また、ハイブリッドカーを時速10キロ未満で視覚障害者の目の前を走らせた実験では、6人のうち4人までが車が通ったことに気づかず、他の2人も直前までは認識できなかった。

これについて、ハイブリッドカーを販売しているトヨタ自動車は「今後の課題と考えており、車の存在を音で伝える装置を研究している」と話したと伝えられている。どういう装置を研究しているのかわからないが、トイレ用擬音装置「音姫」のように、ガソリン自動車の擬音を撒き散らす装置を無騒音自動車に搭載することはしてほしくない。

2. 将来の道路交通はどうあるべきか

ハイブリッドカーは、高速で走っている時はガソリンエンジンを使うので、通常のガソリン自動車なみの音を出すが、燃料電池自動車や電気自動車になると、タイヤと道路の摩擦音程度しか出さなくなる。 従来の自動車と異なって、内燃装置や力動部分がないので、これらの未来の自動車は、非常に静かで、ほとんど音を出さない。これでは、音を頼りに、自動車の接近を認知していた人にとっては、かなり危険である。

ガソリン自動車の擬音を出させるというローテクな方法ではなくて、もっとハイテクな手段で根本的にこの問題を解決する方法はないだろうか。自動車の騒音やクラクションは、必要な人に必要な情報だけを届けるという、情報社会にふさわしいシステムではない。これは、工業社会的な情報の伝達方法である。日本の電車のホームでは、電車の到来から傘の置き忘れに対する注意にいたるまで、あらゆる情報が無差別に流される。親切といえば、親切だが、一種の騒音公害をもたらしている。同じものを画一的にばらまくという工業社会的方法からそろそろ決別した方がよい。

おそらく、今後、高度道路交通システム(Intelligent Transport Systems)が少しずつ進むだろう。日本語訳には“intelligent”の意味が正しく反映されていないが、英語の“intelligent”は、「…の間から選ぶ」という意味のラテン語に由来していることをかんがえるならば、「選別的知性を備えた道路交通システム」といったところだ。必要もない情報を無差別に受け取るのではなく、選別して、必要な情報だけを受け取ることが必要になってくる。

現在のところ、道路交通の情報化としては、カーナビゲーションシステムや自動料金収受システム(ETC)などがあるが、これらは、中央集権型情報管理システムであり、インターネットのような分散型情報伝達システムではない。

GPS衛星という中心に各自動車が端末として依存するのではなくて、自動車相互をインターネット的な情報網でつなげることで、各自動車の位置と短期的な進行方向を相互に認知させる。もちろん。固定物の情報も取り込む。そうすれば、自動車をロボット化して、完全に無人化することができる。

自動車に自動操縦機能を持たせようとする試みは既になされている。日産自動車は、車載のセンサーで車線を検出し、車線内から外れた場合にステアリング操作の補助を行うレーンキープサポートシステムとか、レーダーで先行車との車間距離を計測して、スピード調整やブレーキを自動で行うオートクルーズモードとかを備えた自動車を 開発したそうである[AllAbout:ここまで来た!自動操縦装置 新型シーマの秘密兵器!]。しかし、これだけでは、高速道路を走るのにしか使えない。より複雑な情報処理が求められる一般道路では、インタラクティブなコミュニケーションが必要である。

各自動車が、どこまで自分の情報を開示するかは、その運転手の判断によるが、今でも、ライトの点灯によって自分の位置を、方向指示器によって自分の進行方向を周囲に告げることが義務付けられているのだから、最低限の情報の開示は義務としなければいけない。といっても、自分の情報が世界中に公開されてしまうわけでなく、周囲の必要最低限のエージェントにしか公開されない。インターネットで言えば、電子メールや会議室のようなものである。

歩行者も自動車間の情報網の中に組み込む。歩行者は、ウェアラブルな携帯機器を通じて、自動車とコミュニケーションし、相互に相手の存在を認知する。視覚障害者なら、自動車の接近を知らせるシグナルを強めにするとよいだろう。この情報システムは、自動車による待ち合わせや、タクシー・バスなどでも活用できる。

動物のように、ネットワークに組み込まれない移動体もあるから、ロボット化された自動車は、そうした情報を発しない存在者をも認知できる機能を持たなければいけないが、人間が、限られた範囲の可視光を頼りに運転する自動車よりも、全方位を幅広い電磁波で認知するロボット化された自動車の方が安全である。もちろん、故障するリスクは、人間にもロボットにもあるが。意図的にルール違反をするリスクは、ロボットにはない。

3. 結論

以上、未来の交通システムを思い描いてみた。このシステムにおいては、燃料電池自動車や電気自動車の無騒音性のメリットは十分生かされる。未来の道路では、多くの自動車が走っているにもかかわらず、静かだろう。なぜならば、必要な情報が必要なところにしか流れないからだ。情報が無差別に流されると、情報がノイズと化し、必要な情報が埋もれてしまう。情報社会は、そうした情報エントロピーの増大に抗する社会でなければいけない。

2006年12月26日

世界各地に存在する洪水伝説

自然の前では人類はいまだに無力である

インド洋全域に津波を発生させたスマトラ島北部の地震から2年経過しました。自然が猛威を振るうとき、人間は無力であることを思い知らされ、謙虚になります。自然を自分たちの思うとおりにコントロールする西洋的アプローチから自然との共存を図る東洋的アプローチに切り替えないと、再び傲慢な態度に戻ってしまいます。そして悲劇は形を変えて繰り返されます。

前車(ぜんしゃ)の轍(てつ)を踏む

この言葉は、前の人と同じような失敗をあとの人が繰り返すことを指します。ずいぶん前に見たバラエティ番組の中で、ペンギンの群れがコロニーから海へ移動するときに一列に並んで行進するのですが、たまたま先頭を歩いていたペンギンが雪のコブにつまづいて転んだのですが、後に続くペンギンが何匹も同じ場所で転んでしまうという映像をオンエアしていました。全てのペンギンが先頭のペンギンに恥をかかせないために転んでいるのかもしれませんが、同じようにコブにつまづいているのかもしれません。足を踏む位置をちょっとずらせば転ばずに済むのですが、それをしないのはなぜだろう? 先頭のペンギンがクレバスに落ちたら全滅するのでしょうか? 人間もこのペンギンと同じようなことをしているのではないか? いろんな疑問がわきました。
先人が犯した過ちを忘れないようにするためには、失敗から何を教訓として見出し、失敗を繰り返さないようにするにはどうすれば良いのかを考え、回避できるものは回避したり、避けられないものは被害をできるだけ減らすことを実行しなくてはなりません。温暖化が進んでいるせいか、日照りによる被害と洪水による被害が同じ時期にニュースとして流れる日が増えています。日本でも長雨や台風により洪水警報が出る日があり、たいへんな被害をもたらしました。木を切りすぎて禿山となり、洪水が繰り返されるなら、木を植えたり、洪水が発生してもいいように遊水池を作ったり、費用や時間はかかりますが対策はいくつもあります。古代エジプトのように洪水を逆手に取って、洪水で運ばれる土砂により肥沃な土地にしてしまうのも方法の1つです。日本のように壊れない堤防を上流から河口まで作るより、溢れた水を人がいない所に出す方法を模索した方が自然に与える負荷が少なくなります。こういう前例とは全く異なる発想をしないと、頻発する問題に対応できなくなります。

世界各地の洪水伝説

今回取り上げる話は、そういった異常気象の程度ではなく、旧約聖書の創世記に記録されている ノアの箱舟 レベルの話です。
ノアの洪水の他、有名なものでは、バビロニアの ギルガメシュ叙事詩 や、アトランティスやムー大陸が沈んだという伝説あたりでしょうか。そのほか、日本や支那をはじめアジアにも大洪水の話があります。多くの伝説では人間が増えすぎたため強制的な手段で減らしたと正直に書いているもの(バビロニアの『アトラハシス叙事詩』など)もありますが、神を崇拝しなくなったとか、堕落したとかという教訓的な理由にしています。大洪水も1回だけ世界同時多発ではなく、時と場所を変えて何度も発生しているように見えます。先ほど話した「前車の轍を踏む」事態になっているのかもしれません。目先のことばかり気になってしまい、将来のことはどうにかなるだろうという根拠のない楽観論で問題を先送りし、結局のところ全てを失う羽目になるのを繰り返してしまいます。

繰り返される悲劇

私たちの身近に繰り返される悲劇といえば、戦争もそうですが、バブル崩壊や国家破産により、多くの人が財産を失っています。悲劇の後、しばらくの間はおとなしくしていますが、株式市場に参加するメンバーが入れ替わると先人の教訓はすっかり忘れ去られ、バブルを作っては崩壊するのを繰り返しています。日本でいえば、昭和のバブルが崩壊した後でも、ITバブルやリートによる住宅バブルなどがありました。(日本の住宅バブルはまだ崩壊していませんが、アメリカや支那の住宅バブルは崩壊してます) 日銀というお役所はバブルを何度も崩壊させてきた当事者でした。昭和のバブルの時は不動産への貸出総量規制とBIS規制の受け入れ、アジア通貨危機の時は円キャリーの反転、今回は量的緩和の解除に伴う銀行に提供するマネーを24兆円引き上げ、ファンドに対する規制の強化を行っています。市場に出回るマネーを急速に引き上げるわけですから、貧血状態となり、相場は冷え込みます。今までは日本やアジアだけで済みましたが、今回は日本のマネーで世界中の相場(商品相場も含む)を上げていますから、3月から5月にかけて相場が冷え込みました。今現在、値を戻しているのは不自然ですから、どこかで飛ばしをしていたり、巧妙に隠していたりしているのではないでしょうか? いつまでも隠せるものではありませんので、いずれバレたとき、悲劇の幕が開くこととなるでしょう。 相場が上がるときは、今までになかった素晴らしいやり方が開発されたから今度は崩壊しないだろうと多くの人が言いますが、上がったものはいずれ下がります。上げる幅が大きければ大きいほど、下げに転じたときの悲劇も大きくなります。ちょうどダムに水を貯めていて、貯めすぎて水圧でダムが崩壊してしまったというイメージに似ています。市場の急速な崩壊は、21世紀におけるノアの箱舟が必要となるほど大規模かつ長期にわたる大洪水となりかねません。

橘みゆき 拝

Environment 2007招待状配布終了

拝啓

多数の申し込みがありましたアラブ首長国連邦アブダビ展示会招待状(Environment 2007)ですが本日を持ちまして当社配布予定の100部が無くなりました。

01
招待状 [Environment 2007]

今後は、株式会社チーム連山(原亨社長)が出版しているコラム雑誌「連山」(永井俊哉編集長)が現地、アブダビ市より実況コラムを執筆する予定です。既に日本国内外のテレビ局よりの取材申し込みを受けております。

環境新聞
平成18年11月29日発行の環境新聞で紹介されました [環境新聞社]

また、プロジェクトの詳細は、永井俊哉著「水素文明」(英書にて2007年中に発刊予定)をお読み頂けましたら幸いに思います。(日本語版出版社募集中)

敬具

ベジタリアニズム

世界中で動物保護や健康増進そして環境保護などのECOLOGYな根拠でベジタリアニズム(肉食をやめてしまう主義・思想)が注目を浴びている。これを実践する人をベジタリアンと呼ぶが人口は増加傾向にあり、地域によっては特別な存在ではない。日本では精進料理のお坊さんのイメージからか一般人のすることではないような無関心さがあるが、食への無頓着さや宗教的観念の希薄さは国際化する世界で日本人にとってマイナスである。私は2ヶ月前から肉食を辞めているが、単なる偏食(肉嫌い)ではない。むしろお肉大好き!お魚大好き!である。それでも肉ばかり食べていた時よりも自分の生活が改善されていることを体験した上でベジタリアニズムについての知識を持つことは実施するしない以前に肉食の人々にも必要だと考えた。単なるサラダ食いだという偏見や変な宗教じゃないのか?という誤解も多いベジタリアニズムについてこれから話したい。しかし宗教や栄養面、思想や具体的な食事の話をする前に基本的なベジタリアン知識として今回はその語源と世界でベジタリアンと呼ばれる人々の種類に触れたい。

語源


Vegetarianという言葉の語源は「野菜+人」ということで生まれたものだと思っていたが、英語のVegetableと語呂合わせをしただけでなくラテン語のVegetus(意味:完全な、健全な、活気のある、生命力にあふれた)に由来しているそうだ。1847年9月30日英国ベジタリアン協会の設立の際に造語された言葉だが、それまでの菜食主義者は古代ギリシャの哲学者ピタゴラスにちなんでピュタゴリアンと呼ばれていた。ピタゴラスの他にも有名な哲学者達ソクラテス、プラトン、アリストテレスなどはベジタリアン生活をしていた。学問・思想・政治分野のみならず芸術・芸能、そして驚くべきことにスポーツ界にもVegetarianな著名人は少なくない。Vegetarianって痩せてひょろっとしてそうで「もやしっ子」のイメージなので肉を食べなきゃ力が出ないよ...と思っていたが、そうでもない。Carl Lewis(カール・ルイス)やAbebe Bikira(アベベ・ビキラ)などの陸上選手からテニスのMartina Navratilova(マルチナ・ナブラチロワ)、水泳のMurray Rose(マレー・ローズ)など肉食でなくても金メダル選手はいる。こういう著名人達は人間が本来もっている能力を最大限に生かすために菜食主義を実践しているVegetarianという語にその語源(Vegetus)から精神的にも肉体的にも元気な人、強い人という意味が含まれているのだと考える人がいるのも納得である。

種類

菜食主義者というのがVegetarianの日本語となるが、こうなるとベジタリアンは野菜しか食べない人!毎日サラダ!だという極論に走ってしまいがちである。確かに厳格なベジタリアンは鳥獣の肉、卵、魚介類およびそれらの副生成物(ラード、へット、ゼラチン、肉エキス、鰹節等の出汁、魚卵)が含まれるものを口にしないが、ベジタリアンには数種類の分類があるというのがあなた(Non-vegetarian)の知らない世界、私も2ヶ月前まで知らなかった世界。ベジタリアンの定義は基本的に植物性食品を食べることだが国際ベジタリアン連合やアメリカ栄養学会の基準からも乳製品や卵は許容範囲内となることが一般的である。しかしもちろん乳製品や卵は食べないとか、特定の植物も食べない、または魚や鳥はOKとなど食品別に分類される名称やウェスタンとかオリエンタルのように文化別名称で分類する名称がある。以下に各ベジタリアン族について紹介する。

 

〔食品別分類〕
Fruitarian(フルータリアン)
動物のみならず植物も本体を収穫する場合殺してしまうものは食べない。果物やナッツ類などを食べ、穀物や調理・加工されたものは食べないという厳格なベジタリアン。ニンジンやレタスも食べられないのでレストランにあるベジタリアン料理も食べれない可能性が高い。おまけにここまでくるとベジタリアンなのか単なる食べることを諦めた人なのかよくわからないが、水などの液体食のみを摂取するLiquidarian(リキッダリアン)や水も飲まないBreatharian(ブレサリアン)と呼ぶ言葉もある。リキッダリアンは栄養ドリンクなど分からないでもないが、人間は食べないと餓死する。科学的な証拠もないのでブレサリアンをベジタリアニズムの1種と考えるべきではないと私は思う。

Vegan(ヴィーガン)
20世紀半ばにVegetarianからetariを短縮してできたVeganと呼ばれるベジタリアンは食べることにおいて乳製品・卵・蜂蜜なども一切食べない。ヴィーガンになる理由としては動物愛護の精神からという理由が強そうだ。開発に動物実験を要した薬品・化粧品も使用を避けて皮革製品・シルク・ウール・真珠・珊瑚なども身につけない。

Lacto Ovo Vegetarian(ラクト・オボ・ベジタリアン)
動物の身体を損傷せずに得られる乳や乳製品、卵を摂取することはOKだと考えるVegetarian。特にヨーロッパなどで多数派のベジタリアン、私もここに分類されるベジタリアンだ。卵や乳製品がOKなので食べられるものも多く子供の頃からではなく菜食に改心した大人の初心者にとっては馴染みやすい。チーズやバターがOKなのでピザとかパスタとか肉さえ使わなければほとんど以前と同じように肉以外を楽しめる。ただしこれをステップに厳格なベジタリアンとなっていく人もいる。

Lacto Vegetarian(ラクト・ベジタリアン)
動物の身体を損傷せずに得られる乳や乳製品、卵を摂取することはOKだと考えるVegetarian。上記とほぼ同じだが卵は食べたらダメ。


Ovo Vegetarian(オボ・ベジタリアン)

名前の通りLactoだけだと乳製品だけOKなら、Ovoだけは卵OKの乳製品食べないベジタリアン。

Pesco Vegetarian(ペスコ・ベジタリアン)
昔ながらの日本の食文化だと言われているのが魚介類を食べるベジタリアン。卵や乳製品の他に魚介類を食べてもベジタリアニズムでは菜食主義者に含まれる。Pescetarian(ペシェタリアン)やFish Vegetaria(フィッシュベジタリアン)とも呼ばれる。健康的な食生活として肉食の危険を感じる推薦人も多い。

Pollo Vegetarian(ポジョ・ベジタリアン)
上記魚介類OKのようにこちらは鶏・アヒル・七面鳥などの飼育されてる家禽はOKという別名Chicken Vegetarianという部類もある。アメリカのヒスパニック系に多いそうだ。ということで哺乳類を食べなければ何らかのベジタリアンに類別されるようだ。実際に牛肉に比べて鶏肉は環境へも優しく、地球のためには牛肉を食べるくらいなら鶏肉派になるのは悪くないだろう。


〔文化別分類〕

Oriental Vegetarian(オリエンタル・ベジタリアン)
別名Asian Vegetarian(アジアン・ベジタリアン)アジア各国には仏教思想に基づく伝統的な精進料理がある。日本の質素な精進料理を想像してしまうかも知れないが、中国や台湾の精進料理「素食」は肉や魚介類そっくりのもどき食材で味から食感まで豪華なものもある。人間は肉無しで生きられるのか?ベジ肉もどき生活 私がベジタリアンだとカミングアウトすると知人は味を薄くした野菜を出してくれたが、ベジタリアンは薄味の野菜だけを食べるわけではない。アジアではインドが国民の60%、台湾が国民の10%がベジタリアンである。ベジタリアンを所属する宗教で実践している人もいる。精進料理でニンニクや玉葱などの球根類を避けるように仏教系の影響でベジタリアンになった人は五葷(ごくん)と呼ばれるニンニク・ニラ・らっきょう、葱(玉葱)、しょうが(浅葱)を食べない。私は別に宗教的な理由ではないので生姜もニンニクも今まで通り食べている。

Indian Vegetarian(インディアン・ベジタリアン)
インド人にVegetarianが多いのは上記の仏教の影響の他に肉食は避けるが乳製品はOKというLacto Vegetarianであるヒンドゥー教、動植物の殺生だけでなく無生物の破壊も含めてできるだけ回避するように努めるジャイナ教があるからだ。インディアンスタンダード 卵・肉・魚などを食べないことを基本に更にPure Vegetarian(ピュア・ベジタリアン)植物・乳・乳製品全てOK。Super Pure Vegetarian(スーパー・ピュア・ベジタリアン)生姜・ニンニク・イモ類などの根菜類、キノコは食べないが乳・乳製品はOK。Ultra Super Pure Vegetarian(ウルトラ・スーパー・ピュア・ベジタリアン)根菜類・キノコ類に加えて果物も乳・乳製品も食べない。葉や穀類で野生のものだけOK。

Western Vegetarian(ウエスタン・ベジタリアン)
イギリス・アメリカ・カナダなど肉食(ステーキとか)のイメージがある欧米にもベジタリアンはいる。欧米ではベジタリアンは一般的に認知されていることもありベジタリアン対応メニューも多い。単にWestern Vegetarianと呼ぶ時は乳・乳製品・卵がOKのLacto Ovo Vegetarianを呼ぶようだが、それらを禁止するVeganに当たる人々はStrict Western Vegetarian(ストリクト・ウエスタン・ベジタリアン)と呼ぶ。

知らなかった!という人が多かったのではないだろうか?ベジタリアンもピンからキリまで、苦行?!と言えそうなものから健康ブームやダイエットの一環として実施するには良さそうなものまでいろいろある。魚介類OKとか家禽類OKなんか見てるとあの人は実はベジタリアンだったのか?ということもある。ベジタリアンは自分には一生関係ないとか周りには1人もいないから...と言わずに少しベジタリアンについて知るのも悪くないと思ってもらえただろうか?私の家族はベジタリアンではないが「ベジの話」を聞いてくれる。ベジは時には驚きの思想で世界は救おうとしている地球セイバーだ。ベジは地球を救う?!

2006年12月25日

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL133

今回は、イラク戦争の結末が見えたことで、遂に動き出した、「中東版NATO」の展望を検討してみたい。
まず、この時期に、英国のブレア首相が、UAEのドバイを訪問し、「穏健派諸国による対イラン同盟」を提示した理由について、前号を読まれた読者はお分かりであろう。
シーパワー連合が、イラクを東西に分割し、西イラクを西ドイツとみなし、湾岸穏健派諸国を核として、チグリス-ユーフラテスからナイルまでを島とする、「新たなシーパワー連合」すなわち、「中東版NATO」を設立するための、地ならしをブレアが行っているのだ。私の過去のメルマガを読まれた方には周知の事実だが、英国はシーパワーの中核である「国際金融資本」の宗家であり、今回のブレア中東訪問の動きは、国際金融資本がお家芸である、均衡戦略から、中東を支配していく方針を鮮明にしたものである。アメリカが二つ目の空母戦闘群のペルシャ湾岸への派遣を検討しているのも、このためだ。
今後、ドバイは「中東のニューヨーク」として、国際金融資本の新たな根拠地となるだろう。今回、史上初めて行われたUAEの選挙も、この文脈で考えるべきだ。
<参考>
------------引用--------------
http://news.bbc.co.uk/nolavconsole/ifs_news/hi/nb_wm_fs.stm?news=1&bbram=1&bbwm=1&nbram=1&nbwm=1&nol_storyid=6195743&checkedBandwidth=nb&checkedMedia=asx&subtitles=hide&alreadySeen=1
Moderate Muslim states must form an "alliance of moderation" to counter Iran's influence, Prime Minister Tony Blair has urged.
He called on the world to "wake up" to the monumental struggle between the forces of moderation and extremism.
------------引用--------------
------------引用--------------
http://www.afpbb.com/article/1187604
【アブダビ/UAE 20日 AFP】トニー・ブレア(Tony Blair)英首相は19日、中東歴訪の終わりにアラブ首長国連邦を訪問し、同国指導者らと会談を行った。首相は中東歴訪の目的について、中東地域の和平促進やイスラム諸国とのより緊密な関係構築、2国間貿易の推進などとしている。写真は同日、アブダビ(Abu Dhabi)のZayed大学を訪問し、学生に囲まれるブレア首相。訪問後に質疑応答が行われ、今回歴訪したパレスチナ自治区、イスラエル、イラクの情勢などが取り上げられた。(c)AFP/EDDIE KEOGH
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このように、アラビア半島が、シーパワーと化していく上で、鍵を握るのはUAEだ。UAEは、よく知られているように、主要な産油国(日本にとってこのUAEは最大の石油供給国でもあり、日本の原油総輸入量の20%をこのUAEに依存している。)ではあるが、油田が発見される以前は、貿易港として、インド洋交易の中継基地となっていたように、本質的には、シーパワーなのだ。
特に、ドバイは最大の商業都市であり、石油資源に乏しく、早くからリゾート開発や、外資系資本の誘致に力を注いでいた。最近は金融センターの建設や不動産開発(湾岸諸国から流入したオイルマネーによるバブル市況に近い)が盛んである。
<参考>
------------引用--------------
http://www.jnt.co.jp/area/dubai/info/history.html
ドバイはもともと小さな漁村でした。漁業、真珠取りをし、ヤギや羊を飼い、デイツ(ナツメヤシ)を育て、それからイランなど近隣諸国との貿易をしていました。1830年ごろ、リワオアシス周辺(アブダビ)で生活していたバニヤス族(ベドウィン)、マクトゥーム家(現ドバイ首長の家系)がドバイに移住し、権力を握るようになります。19世紀後半に、この湾岸地域はイギリスの保護下に置かれます。イギリスはこの地域を東インド会社への貴重な中継点とします。20世紀初頭には、ドバイでの貿易が盛んになり、ドバイは商人の町と呼ばれるようになります。そして、次第に諸国の商売人たちもドバイに落ち着くようになります。
------------引用--------------
サウジアラビアが、聖地メッカを抱え、イスラム教の守護者として立場をもち、広大な砂漠地帯という内陸部と二千万を越す人口を有するのに対して、中東のほぼ中央に位置し、ペルシャ湾に面し、海へのアクセスもよい、潜在的なシーパワーであるUAEは、近未来の石油資源枯渇と沙漠化の緑化、二酸化炭素排出抑止による地球環境保全の観点から、新エネルギー産業育成を主眼とするMASDAR(アラビア語で「源泉」)プロジェクトを始動している。
<参考>
------------引用--------------
http://www.teamrenzan.com/archives/writer/ichikawa/masdar_1.html
MASDAR PJにおけるプロジェクト推進候補の一つにあがっている「有機ハイドライド技術によるUAE国内の水素インフラ提携構想」に関する技術説明を市川よりプレゼンを行った。
------------引用--------------
つまり、国を挙げて、原油輸出に依存する一次産業国からの脱皮と、シーパワー化を図っているのだ。今回のブレア訪問と「穏健派諸国による対イラン同盟」設立は、このような文脈でこそ、理解されるべきだ。
ここで、シーパワーとなることは、本質的には「国際金融資本を受け入れる」ということと同義だということも、私の過去のメルマガをお読みいただければ、ご理解いただけるであろう。
国際金融資本は、その発祥を紀元前のバビロニアに求めることができ、そこからエジプト、ギリシャ、ローマ、ベネチア、スペイン、オランダ、イギリスとその拠点を移してきた。
彼らの支配の本質は、軍事的直接支配ではなく、あくまで間接支配に徹っし、経済的便益を追求するところにその本質がある。これは、軍事支配のコストを考えれば、当然の結論だろう。しかし、「間接支配」を行うには、それを正当化し、支配される側にその状態を必要と感じさせる条件が必要だ。これが、「敵の存在」だ。
例えば、欧州において、国際金融資本の始祖として、宮廷ユダヤ人が皇帝や諸侯から種々の特権を得て生活していたことは一般によく知られている。宮廷ユダヤ人とは、王侯貴族の経済力を支える、御用商人であり、金貸しだ。
 16世紀以来、ヨーロッパに成立する絶対主義体制下では、富国強兵策とその為の財政的裏付けとなる貿易による重商主義が重んじられた。そうした状況の下でユダヤ人は大々的な経済活動のチャンスを握ることになった。特に現金や貴金属等で財産を蓄えていたユダヤ人の資金力や全ヨーロッパに散在していたユダヤ人の国際商取引網は、領封君主の寄せ集めの国であったドイツで特に必要とされていたのである。
 ヨーロッパではドイツほど宮廷ユダヤ人の経済力に依存した国はなく、19世紀に至るまで、ドイツ諸侯でユダヤ人を宮廷の側近にしていなかった者はほとんどなかったと言っていい。彼らは、諸侯が戦争等で入用になった時は、資金を提供した。裏を返せば、彼らの資金提供がなければ、諸侯は何もできないという状況にあったのだ。つまり、経済力を握られている限り、宮廷ユダヤ人を諸侯は必要とせざるをえなかったのだ。
例えば、ドイツの分裂と衰退を決定的なものにした30年戦争(1618~48)の際、フォン・ヴァレンシュタイン将軍はカトリック側に立って、ドイツ皇帝フェルディナンド2世のために傭兵隊を組織したが、その財源はオーストリア・ハプスブルク家の宮廷ユダヤ人ヤコブ・ハセヴィにより提供されたものであった。
また、バイエルン王国の筆頭宮廷ユダヤ人アーロン・エリアス・ゼーリヒマンは、1802年に全バイエルン王国の税収入を担保に取り、300万フランケンを王国に融資している。またその6年後には同国の関税収入を担保として、400万フランケンを貸し付けている。
 プロイセンの宰相ビスマルクと皇帝ヴィルヘルム1世の経済顧問であった宮廷銀行家ゲルソン・フォン・ブライヒレーダーは、普仏戦争(1870~71)に勝ったドイツが、フランスから取るべき賠償金の額を決定した人物であった。
ビスマルクは、この宮廷ユダヤ人に彼個人の財産管理を全て託していた。ビスマルクはブライヒレーダーに相談することなくプロイセン王国の財政や戦費を動かすことはなかったという。
いきおい、戦争は彼らにとって、最も儲かるビジネスだった。ナポレオン戦争で、ロスチャイルドが英国中の富を独占したことは有名だ。すなわち、戦争を企画し、実行することをプロジェクトと見なし、利益を上げるというビジネスを全欧で展開したのだ。これが、30年戦争以降の欧州の戦乱の真相だ。
彼らにしてみれば、ランドパワーの封建領主など、赤子の手をひねるようなものだろう。現在の標的は、中東の王侯貴族だ。彼らは、国際金融資本の代理人である、英国首相ブレアの申し出を受けるだろうか。ブレアがイラン脅威論をぶち上げ、イランがその手にはのってはならじと、ぺルシャ湾沿岸のアラブ諸国へ、イランの核技術を供与する考えを表明したことに見られるように、中東湾岸諸国へ、ランドパワー、シーパワー両陣営の壮大な「切り崩し工作」すなわち調略が始まった。まさに、関が原前夜の石田三成と徳川家康が諸侯に恩賞を約束し、加勢を依頼したことそのものだ。家康は江戸において、関が原前の7月24日から9月14日にかけて、160通近い恩賞を約した書状を書き、味方を増やすべく諸大名に回送している。
<参考>
------------引用--------------
http://www.afpbb.com/article/1181570
【テヘラン/イラン 17日 AFP】マハムード・アフマディネジャド(Mahmoud Ahmadinejad)大統領は、ペルシャ湾沿岸のアラブ諸国が核技術取り入れたいとの意向を示したことを受け、イランの核技術を供与する考えを表明した。イラン国内のメディアが16日報じた。

 「イラン・イスラム共和国は、クリーンエネルギーとしてまた石油の代替エネルギーとしての平和的な核技術の経験と有意義な成果を域内すべての国家に供与する準備がある」と同大統領はイラン訪問中のクウェート使節のMohammed Zeyfullah Shirar氏に述べた。
 サウジアラビアの首都リヤド(Riyadh)で開催された湾岸協力(Gulf Cooperation Council、GCC)首脳会議が、核開発に意欲を示してから一週間たって、アフマディネジャド大統領はのこの申し出を発表した。GCCの声明は、「ペルシャ湾岸諸国は、関連する国際合意の枠組みの中で、平和利用を目的とした核技術を有する権利を持つ」ことを宣言していた。
 GCC加盟国家の首脳はまた、西側諸国が核兵器開発の隠れみのと疑念を抱くイラン核開発問題の平和的解決を求めた。イランは、増加を続ける人口をまかなう電力を発電する意向にすぎないと主張している。
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 今後の中東穏健派諸国のシーパワー化を占う上で、欧州の歴史、さらには日本の歴史は多くの示唆をあたえるだろう。
上述の如く国際金融資本が主催した最初の大規模戦争である30年戦争の講和条約である、1648年のウェストファリア条約で分割された国境を、「国民国家」というイデオロギーで偽装し、正当化した。ウェストファリア条約以前の欧州は相互に親戚である王侯貴族の封土、すなわち、貴族の所有物にすぎなかった。
しかし、実際は、国民国家を統合する絶対王政の軍事力を財政的に支えていたのは、上述のようにロスチャイルドに代表される「宮廷ユダヤ人」だったのだ。この国民国家というイデオロギーがいかに近代以降の戦争の正当化に用いられたか、世界史を見れば一目瞭然だ。

 このような視点で中東をみるに、欧米は中東を政治の道具にしてきた。例えば、ビン・ラディンのグループも、1979年のアフガニスタン紛争のとき、ソ連軍に対抗するために米国が資金援助してイスラム原理主義ゲリラを利用したのが発端である。アフガンのソ連軍に対抗するため、地域の軍事バランスを大きく壊す可能性すらあった、携帯式ミサイルまでをも供与し、ビン・ラディンのグループを支援したのだ。
これは、国際金融資本の常套手段である、現地マイノリティに援助を与え、裏で操る手法だ。
重要な点として、中東諸国は、第一次大戦後、オスマントルコが解体されて以降、国際情勢の主役であったことはなく、常にバンドワゴンであった。彼らが欧米に反旗を翻した唯一の例は産油国の労働組合であるOPECだが、石油が市場商品化していく中で、OPECの価格支配権も低下しているという。
<参考>
------------引用--------------
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AF%E3%82%B4%E3%83%B3%E5%8A%B9%E6%9E%9C
バンドワゴン効果(バンドワゴンこうか、bandwagon effect)とは、あるオピニオンが多数に受け入れられているという情報が流れると、そのオピニオンへの支持がいっそう強くなることを示すこと。「バンドワゴン」とは行列の先頭の楽隊車のことであり、「バンドワゴンに乗る」とは、時流に乗るとか、多勢に与するという意味である。
------------引用--------------
ここで、中東が常に欧米の目的物、はっきり言えば、おもちゃにされてきたのは、全アラブを糾合する権威がなく、容易にシーパワーのお家芸である均衡戦略すなわちマッチポンプにはまるからだ。ブレアがドバイでイランの脅威に対抗する穏健派諸国の連合を提示したのは、そういう意味だ。
ここで、同じような、欧米の植民地支配を19世紀に受けかかかった日本について考えてみたい。当時の国際金融資本のシナリオとしては、アメリカの南北戦争が終結したため、余剰した兵器在庫のマーケットとして、開国後の日本の内乱を見込んでいた。薩長と幕府の両方を英国とフランスの国際金融資本が支援し、漁夫の利を分け合う戦略だ。しかし、当時の日本の支配者はそのような戦略が見えていたのだろう。徳川慶喜は、内戦を回避し、恭順を示した。その功労に、薩長政府も慶喜への公爵授与で応えた。背景として、朝廷の存在も大きい。天皇親政という形で、明治維新への国際金融資本の関与を偽装し、シーパワー連合たる大英帝国への準加盟を果たしたのだ。これが、近代化というものだ。
当時の日本の知識人は、このような背景を当然、知っていた。しかし、表立ってそれを批判できないため、森鴎外は「殉死」を、夏目漱石は「坊ちゃん」を書き、滅び行く「古き武士道」を惜しんだのだ。
このような世界史と日本史を見るに、国際金融資本の中東への関与は、UAEを「長州藩」として、果たされていくのではないだろうか。そう考えると、湾岸諸国統一通貨の中央銀行がアブダビに置かれることも辻褄があう。中央銀行と通貨発行権を梃子にその国を支配するのは、彼らの十八番なのだから。穿った見方をすれば、UAEが英国の保護国から独立した70年代以降、全ては国際金融資本による、UAEのニューヨークやシンガポールや香港化のシナリオに乗ったものであったのかもしれない。そう考えると、UAEが強力な王権の出にくい、「首長国連合」である点も説明がつく。以下の記事のように、英国はUAEの建国に大きく関わっている。
<参考>
------------引用--------------
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/zatsu/churitsu.html
現在は別々の国家になっているアラブ首長国連邦とオマーンだが、かつては大海洋帝国を築いたオマーンのスルタンの宗主下にあった。しかし19世紀にオマーン宮廷が弱体化すると、各地の部族が独立状態になって数多くの首長国が生まれ、19世紀後半に相次いでイギリスの保護領になった後も、戦国時代のような状態が続いて、首長国同士は勢力拡大を争っていた。このため各首長国やスルタン領の領地は流動的で、絶えず変動し続けていた。
イギリスはインドへの通路となるアラビア湾岸を他の列強に奪われたくなかったから保護領にしただけで、内政はおろか首長国同士の争いにも干渉せずに放置し続けていたが、戦後になって石油が発見されると、採掘権を確保するために各首長国やスルタン領の境界線を明確にすることが必要となった。そこで1950年代に各首長との部族や氏族のつながりや、交易関係をもとにして首長国の領域がはっきり決められ、その結果各首長国の領土は飛び地だらけの複雑なものになった。さらに重要な町ではそれぞれ別の首長やスルタンに忠誠を誓う複数の部族が混住していることもあって、どこの領地に帰属すべきか決めかねる場合もあった。こういう場所はとりあえず「中立地帯」ということにして境界線の画定は棚上げされた。
もっとも住民たちは政府ではなくそれぞれの部族のリーダーに従って暮らしていたわけで、同じオアシスに住んでいても、A首長国とつながりの深いA部族の人はA国の住民、B首長国とつながりの深いB部族の人はB国の住民となっても、特に不都合はなかった。いわば戦国時代の民衆は地元の殿様に従って暮らしていたわけで、その殿様が豊臣方についていようが、徳川方についていようが民衆には関係なかったようなものだろう。最終的な主権はどちらにしてもイギリスだった。
------------引用--------------
ここで問題になるのは、米英関係だ。中東を巡っては、英米関係は、常に対立してきた。スエズ動乱はその典型だが、今後の英米関係を予測するに、アメリカのイラクからの撤退後は、英国の関与が確実に増すだろう。
むしろ、英国の書いたシナリオに米国がのるしかなくなっていくその最初の例が湾岸諸国NATOと湾岸諸国統一通貨ではなかろうか。
米国民主党は、第二次大戦で英国救援のため日独と戦ったことをみてもわるが、本来、英国の代理人だ。今回の中間選挙における民主党の勝利もそのような文脈で考えるべきだ。そして、この動きは、確実に国際金主資本の鬼子である、イスラエルの切捨てにつながる。それに反発するイスラエルの右派が先制攻撃にでることを阻止できるかどうかがポイントだ。
湾岸戦争の際、米軍はイスラエル空軍のイラク空爆を阻止するため、敵味方識別コードを与えなかったという。つまり、コードをもらわず、イスラエル空軍機がイラクへ飛行すれば、米軍機に撃墜される可能性があったのだ。
この動きの先に、19世紀のような、アラブが英国領に戻っていくことを予測する。
この動きは、当然、ロシアの利害と衝突する。ロシアは中東が不安定化し、原油価格が高騰し、戦争が勃発し、ロシア製兵器が売れれば売れるほど、利益になるからだ。今後は、英(MI6)露(FSB)間での、水面下の死闘が繰り返されるであろう。モサドも関与するから三つ巴だ。リトビネンコの死はそのゴングだ。
このように考えていくと、イラン-イラク戦争以来の中東30年戦争とは、実は、欧州の30年戦争と同じように、周辺国や御用商人の利害、打算で延々と継続させられたというのが真相だということがわかる。
要するに、シーパワー化しようが、ランドパワーと組もうが、中東諸国としては、どちらも相応の苦難が予想されることは、歴史が証明している。そうすると、国際金主資本を巡って、同じような立場の日本とは、利害が一致することになる。そして、日本は中東への領土的野心がなく、かつ中東が保有していない、水素ハイドライドに代表される新エネルギー技術を保有している。
つまり、VOL120でも述べたように、遠交近攻の観点からも
http://www.teamrenzan.com/archives/writer/edajima/vol120.html
中東諸国や日本は個別に国際金主資本やランドパワーに立ち向かうのではなく、同じ立場として手を取り合う余地が十分ある。
日本のエネルギー戦略を考えても、サウジのカフジ油田、イランのアザデガン油田、そしてサハリン沖天然ガスが全て、失敗した。エネルギーにしめる石油の割合は,石油危機前の1973年には8割近かったが,液化天然ガスや原子力の増加により,98年には5割に下がっている。また,今日では,原油を市場から買い付けることが容易になり,自主開発原油の重要性は薄れつつあると言われる。しかしながら日本の自主開発原油は,原油輸入量の15%でドイツやイタリアのように20~30%を確保している国に比べ低いため,自主開発原油は将来の石油確保のための保険である。この確保に、「全敗」した以上、保険の無いエネルギー政策しか取れないことになる。これは、既に突入した世界戦国時代において、致命的な戦略上の弱点、アキレス腱であろう。
このことから、CTF有限責任事業組合が日本政府の意を受けて取り組むUAEのMASDARプロジェクトにおいて、水素エネルギー供給会社を設立し成功させるしか、他に策は無い。
この戦略状況は、まさに、日本海海戦と同じ「Z旗上がる、天気晴朗なれど波高し、皇国の荒廃この一戦にあり、各自奮励努力せよ」なのだ。官民挙げて、UAEのシーパワー化に英国と共同で当たるべきだ。アクエリアス実現を目指すMASDARプロジェクトはその契機となるだろう。
<参考>
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Z旗
http://www.z-flag.jp/main/information.html
Zがアルファベットの最後の文字であることから、「この戦いに敗れれば後がない」という意味で、 海戦の時に用いられることとなった。
トラファルガーの戦いのときネルソン提督がはじめて用いたと云われる。
日本では、1905年(明治38年)5月27日、日本海海戦において、バルチック艦隊を目前にした連合艦隊旗艦「三笠」が、「皇国の興廃此の一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」という意味を込め、士気の高陽を図るため使用する 。 日本海海戦の大勝利の後、日本海軍では重要な海戦の際に、Z旗を掲げることが慣例化する。太平洋戦争の真珠湾攻撃の際、奇襲部隊の空母「赤城」もZ旗を掲げた。
------------引用--------------
------------引用--------------
http://www.kankyo-news.co.jp/ps/qn/guest/news/showbody.cgi?CCODE=3&NCODE=258
アラブ首長国連邦のアブダビ政府が主導する再生可能エネルギー導入とCO2排出抑制の大規模プロジェクト「マスダール計画」に、日本の技術が名乗りを挙げる。CTF有限責任事業組合(東京都千代田区、03・5835・1167)は、北海道大学の市川勝名誉教授の技術を生かした水素エネルギー利用を1つの核とする提案を、UAE大学と共同で行う方針を固め、参加企業を募る。各社の技術を集約して1つの計画にまとめ、来年1月に、同大学と共同でマスダール側に提案する予定。
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http://www.cnn.co.jp/world/CNN200612200022.html
米国、ペルシャ湾に空母戦闘群を追加派遣か 対イランで
2006.12.20
Web posted at: 19:03 JST
- CNN/AP
ワシントン――米国防総省高官は18日、イランの核開発などをけん制するためペルシャ湾に展開する米海軍艦艇を増強することを検討している、と述べた。最終承認された計画ではないが、二つめの空母戦闘群を派遣することなどを考慮している。
空母の追加派遣が承認される時期については触れなかった。イラン近海には現在、空母アイゼンハワーの戦闘群が展開、イラクやアフガニスタンでの軍事作戦に従事している。艦船4隻、潜水艦を引き連れている。
米軍はまた、今年10月下旬、ペルシャ湾で計6カ国が参加する海軍演習を実施、イランの反発を買っている。
イランは、欧米が警告するウラン濃縮などを継続、国連安保理で制裁決議が煮詰まっている。米国はまた、イランのイラクの宗派対立を煽る活動を行っているとも疑っている
------------引用--------------
http://jp.epochtimes.com/jp/2005/12/html/d36819.html
ロシア国防相セルゲイ・イワノフ氏は、「ロシアはイランに戦術地対空ミサイル・システムを売却する予定である」と発表し、「これは純粋な国防目的で、中東の軍事バランスを崩すものではない」と釈明した。VOAが6日伝えた。

 ロシア・メディアは、これは防空システム29セット、7億米ドル相当の対イラン武器輸出の一環であると伝えた。この売却が表面化した際、イラン国防当局は懸念に値しないと述べたが、イスラエル外務省スポークスマンは、「中東の危険国を利する」と激しく攻撃した。これに呼応する米国もこの取引を非難した。

 モスクワ・カーネギーセンターのアレクセイ・マラシェンコ氏は、武器売却は驚きであるが政治的には予測できたとし、「ロシアはあらゆる手を使ってもイランとうまくやっていきたいと願っている。モスクワ当局にとって、中東地域で独自の外交政策を展開できると証明することは重要なこと」と話し、さらに「この兵器システムを導入することによって、イランは中東においてより強い立場となり、米国との武器取引でも強気に出ることができるようになる。これはテヘラン当局の核開発プログラムに関する議論にも影響を及ぼすだろう」と述べた。

 ロシアのエンジニアが現在、イランに核開発プラントを建造中で両国は平和利用であると主張している。モスクワ当局は国連による核査察に強硬に反対している。
------------引用--------------
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http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/31708/
「脅して乗っ取り」露主導に サハリン2の権益譲渡問題、外資巨大事業が困難に
【モスクワ=内藤泰朗】日本の商社など外国資本だけで進められてきた「サハリン2」が、ロシア側の圧力に屈し近くロシア主導となることがほぼ確実となった。ロシア側は、事業の完成間近に国家総動員で脅しをかけて事業主に権益を移譲させ、事実上、事業の乗っ取りをもくろむ。ロシアでの巨大事業はこれを受け、国家主導でのみ可能となるものとみられる。

■8割方まで完成
 英字日刊紙モスクワタイムズによると、ガスプロムの取締役会議長を務めるメドベジェフ第1副首相は12日、同社が「近くサハリン2の権益約50%を獲得することになる」と語った。
 その内訳は、ロイター通信によると、ガスプロム側は、同事業の55%の権益を有して主導する英蘭系メジャーのロイヤル・ダッチ・シェル側から30%、日本の三井物産と三菱商事からそれぞれ10%ずつを譲り受け、最大50%の権益を確保するという。
 しかし、シェル側は、権益移譲についてガスプロム側と基本合意に達したことは認めつつも、条件など「交渉しなければならないことがまだたくさんある」と述べるにとどまった。
 ガスプロム側は当初、ロシアで唯一外資だけで進められてきたサハリン2の25~30%程度の権益獲得を狙っていると伝えられていた。しかし、外資が、10年以上の歳月をかけた総投資額200億ドル(約2兆3200億円)の巨大事業は、8割方まで完成しながら、ガスプロムが権益50%を取得して完全な主導権を握ることになる。

■武闘派たちの影
 ロシアでは、「ロシアの資源はロシアのために使われるべきだ」という資源ナショナリズムが強く、サハリン2など外資参画事業の見直しを求める発言が増大。ロシア天然資源監督局は12日、同事業の環境破壊による損害賠償を求め、来年3月に提訴すると述べ、損害額が最大300億ドル(約3兆5000億円)にものぼると試算した。同額は、同国国家予算の実に15%に相当する。
 事業主はこれに対し、天然資源省の環境アセスメントを受け許認可を得て開発を始めたと主張するが、トルトネフ天然資源相は「事業の環境要件は、10年前の基準と現在では大きく異なる」と述べ、かつて許可を得た事業もその時の情勢でルールが変わり得るとの考えを示していた。
 こうした外資を目の敵にした資源ナショナリズムの高揚や当局によるさまざまな圧力の背後には、プーチン政権を支える旧ソ連国家保安委員会(KGB)人脈の中でも最強硬派とされるシロビキ(武闘派)たちの影が見え隠れする。同国の民間石油元大手ユコスを破綻(はたん)に追い込み、反政権的な姿勢を示していたホドルコフスキー元社長をシベリア流刑にした勢力だ。
 世界的石油高騰を背景に強気のシロビキたちは「今度は環境破壊という地雷を投資家たちの足下に埋め込んできた」(英BBC)。強引な手法に警戒感を強める外資のロシアでの巨大事業参加は今後、困難になるものとみられる                            
【用語解説】サハリン2
 ロシア・サハリン州沖合に眠る原油と天然ガスを開発するプロジェクト。それぞれ英蘭系の石油のロイヤル・ダッチ・シェルが55%、三井物産が25%、三菱商事が20%出資して設立した「サハリンエナジー」が事業主体。石油は1999年、液化天然ガス(LNG)は2006年にそれぞれ生産を開始した。環境対策費が膨らみ、総投資額は当初の100億ドルから200億ドルに倍増するとみられている。
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http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20061222ig91.htm
日本のLNG輸入量は年約6000万トン。09年にはサハリン2から、 その1割近い500万トン程度を輸入する予定だ。供給契約は維持されるが、約束を平気で破る体質への不安は一層強まった。ロシアへの過度の依存は危険だ。
 経済産業省は、今春まとめた「新・国家エネルギー戦略」で、30年には自主開発原油の輸入比率を現在の15%から40%に引き上げる目標を掲げた。今回の事態は、イランのアザデガン油田の権益削減に続く挫折だ。海外での資源開発戦略を練り直す必要がある。
(2006年12月23日1時39分 読売新聞)
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以上


2006年12月24日

水素発電所

水素エネルギー時代には水素自動車が街を走っているだろう。しかし、そのためには膨大な数の水素ステーションを全国に張り巡らさなければならない。そのために必要とされる資金は膨大だろうと思われる。

そうすると、水素自動車を水素エネルギー時代の第1ランナーにすることは資金的に難しいかもしれない。ひょっとすると、現在の火力発電所の燃料を水素ガスに変えた、「水素発電所」の方が第1ランナーにはふさわしいかもしれない。1箇所の設備投資は水素ステーションよりも遥かに大きくなるだろうが、数が少ないだけに、問題が起きた時の対応が取りやすいのではないだろうか。そこで「水素発電所」に付いて調べてみることにする。なお、ここで私が言う「水素発電所」とは、石炭・重油に代わって水素ガスを燃料とする火力発電所である。燃料電池をベースにした集中発電所も考えられるが、火力発電所の方が実現が近いのではないかと考えたからである。

理想的には家庭用燃料電池が各家庭に普及して、水素ガスによって各家庭で発電し、その家庭の電力需要を満たすようになることが望ましいが、そこまでの道のりは遠そうである。その前に、水素による集中発電の時代があるのではないか、というのが私の考えである。

1.カースン水素発電所
2006年2月10日 BPとエジソンインターナショナル社の子会社であるEMGは10億ドルの水素発電所(カースン発電所)をカリフォルニアに新しく計画中であると発表した。
この発電所は、500メガワット(MW)の発電能力をもち、南カリフォルニアの32万5千戸の電力需要に十分対応するものだ。両社は、2006年中に技術と商業化に関する詳細調査を完了し、2008年中に最終投資決定を行ない、2011年までに新発電所を稼動させたいとしている。水素をガスタービン用燃料に使用して発電を行う。また、処理済みリサイクル廃水は、工場で利用するという。
しかし、ここでも水素電気の原価は既存の発電所燃料の原価より高くつくと見込まれているため、連邦および州からの補助を利用する必要がある。
一方、BPは今後10年間に総額80億ドル の投資を行ない、年間60億ドルの収益をもたらす潜在能力をもつロー・カーボン発電事業を起こす計画がある。また2005年6月にスコットランドの ピーターヘッドにおける最初の水素発電プロジェクト計画を発表した。
http://www.bp.com/genericarticle.do?categoryId=1015&contentId=7015069
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20060215305.html
http://hotwired.goo.ne.jp/i/news/20060215305.html

2.FutureGen
2003年2月27日にブッシュ大統領は“FutureGen”と名付けられた新プロジェクトのスタートを発表した。これは石炭から水素を取り出して発電する計画であり、高温型燃料電池(新規開発)、水素燃料ガスタービン(新規開発)、あるいは水蒸気タービン(既存技術)などにこの水素を使用して高効率の発電を行おうとする。10年間で10億ドルの予算をつけるとの事。
http://www.rite.or.jp/Japanese/kicho/kikaku/world/world04/01-24_25.pdf
http://www.nedodcweb.org/dailyreport/2006-2-2.html

3.日本
日本では、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が1700℃級ガスタービンに用いる燃焼器及びタービン翼を開発し、平成10年7月~9月に三菱重工業ロケットエンジン試験場のテストスタンドで試験を行い、成功たが、発電所の具体的な建設計画はまだ公表されていない。
http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/nenshi/yearbook/1999/suiso.html

大学の研究室段階での研究はかなり行われている。
たとえば、東京都立科学技術大学、武蔵工業大学、九州大学、など。

しかし、水素を燃料として用いる場合には逆火とNOxが問題になる。この問題をどうやって避けるか色々の提案がされている。

なお、NOx「ノックス」とは、物が高い温度で燃えたときに、空気中の窒素(N)と酸素(O2)が結びついて発生する一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)などのことを言い、特に二酸化窒素(NO2)は、高濃度で人の呼吸器(のど、気管、肺など)に悪い影響を与える。また、窒素酸化物は、光化学スモッグや酸性雨の原因にもなる。

参考リンク:
http://exasyat5.tmit.ac.jp/study/tb-team/sys-turb.htm
http://exasyat5.tmit.ac.jp/study/tb-team/cmb-turb.htm
http://seeds.tmit.ac.jp/seeds/103202.html
http://www.mech.kyushu-u.ac.jp/21coe/concept/concept01.html
http://www.herc.musashi-tech.ac.jp/main/research_j.html

2006年12月22日

ラストチャンスを人類はどう活かすのか

京都議定書の限界

文明は地下に眠る炭素資源からエネルギーを取り出す術を得たことで、今日まで続く成長と飛躍的な発展を遂げてきた。人類は科学を手段とすることによって文化的な生活の進化を急ぎ、地下に埋蔵されていた資源を次々に発見してこれを大量に消費し続けている。その結果、エネルギーを取り出した後の二次性生物である二酸化炭素の濃度を上空で高め、地球全体を暖めるという温室効果を顕在化させてしまったのである。地表では大気圏で生じた温暖化という現象によって、穏やかだった気候の安定が損われさまざまな予測を超える変化が自然現象に現れるようになっている。

産業革命以来人類は熱エネルギーを応用することで外燃機関・内燃機関などを発明し、そのメカニズムを合理化してより洗練されたものへと仕上げていった。電気エネルギーを供給するためのインフラを普及させ、照明だけでなく、通信、娯楽、映像、音楽、教育、情報、などを含むさまざまな分野で技術革新を日々生み出す原動力を引き出している。だが、温暖化を進めたことによって気候を安定させていた条件が失われ、広範囲にわたる大規模な災害をいたるところに生み出すようにもなったのだった。温暖化が進めばすすむほど、気候の変動は悪化して一層凶暴化するようになっている。これまでにとってきた多くの対策とその結果とをつき合わせると、何の効果もあげていなかったということが見えてくる。

人類は、炭素燃料の消費を抑えれば温暖化が止められると思い込んだのだが、その実効はなかった。電力分野でエネルギー消費を受益者が抑えても、供給側では炉の燃焼を維持していたからである。自動車の販売台数も伸びている。京都議定書は、エネルギー消費を増やすことで発展してきた社会を、経済成長を止めずにエネルギーの消費効率を改善させることによって、二酸化炭素の削減を先進国に受け入れさせるためのものだった。ニンゲンがこれまでやってきたことは有効解を探すということではなく、エネルギー消費をできるだけ削減するという対策だけである。二酸化炭素の排出削減が困難であるということは、当時から理解されていなかったようである。経済成長と消費動向の相関を要素として採用してこなかったということが、削減義務を機械的に課すことで問題を解決できると思わせた。二酸化炭素の排出量を減らせなかったのは、手段を与えずに削減目標という課題の達成のみを要求したからだ。経済成長を犠牲にしない限り、京都議定書の枠組みで温暖化を防止するのは不可能なことである。

京都議定書という国際条約の定める削減目標が実現不可能なものであったことから、あらゆる日本の温暖化対策から実効というものが失われていったのである。国民はエネルギー消費を減らす努力を怠らなかったのだが、炭素燃料の輸入が減ったという事実はなかった。京都議定書を遵守するためには、名目上の数値を堆(ウズタカ)く積み上げてみたところで実際の効果は得られない。燃焼そのものを減らすという行為が実行されていなければ、温室効果ガスの濃度は増加するばかりなのである。炭素燃料の輸入量の推移を確認すればすぐ分かることを、エネルギー消費抑制の結果で計ろうとしたことが錯誤の根源になっている。削減義務を個人のレベルにまで細分化して確認しようとしてきたために、消費行動とCO2排出との間に一対一の対応があると錯覚するようになったのだった。このことが国民の膏血を絞って得た国税を、効果のない対策を実行するために使い続けさせるという拙い現実を生み出したのである。これらの経過のもつ意味を自覚することができなくなっていたということが、大金を投じて推進してきた温暖化対策を無効な結果に終わらせている。身から出た錆ということではあったのだが、国民は堪ったものではあるまい。ただでさえ苦しい生活を強要されている中で支払ってきた血税が、無為に費やされていたということを証明することになったからである。

ドルが担っている機能

炭素燃料に占める主要な成分となっている原油は、経済基盤の基礎となっている機軸通貨であるドルの価値を裏付けるという役割を果している。一般に「石油・ドル本位制」と呼ばれている現在の枠組は、石油の取引をドルで行うという了解のもとで成り立っているものなのだ。石油の需要が増えればドルの需要も増えてゆく。ドルの通貨発行権をもつアメリカが繁栄する一方となる展開が、その段階で生じるようになっていたのである。このような状況の中でアメリカがドルの発行権を強化しようとするならば、原油市場で価格の高騰が起きるようにするのが順当な戦術であろう。

原油を高騰させる理由は何であってもかまわない。もっともらしくみえるものなら、それで充分に通用するのである。投資家は、数字の向かう先をみて将来を判断している。情報の真贋で判断するのではなく、趨勢をみて決断を下すのである。これまでの原油高騰の局面でもいろいろな理由付けがなされてきたのだったが、そのどれもが実態を反映するものとはなっていなかった。需給状態の現状を見ると、原油の備蓄は既に過剰な様相を示すようになっている。市場参加者が適正な判断を行える状態になったということが、高騰状態にあった原油価格をこの秋引き下げることへと繋がっていったのだった。(その後オペックが減産を決めてからというもの、原油価格は緩やかに上昇したのだが腰はまだ定まらずふらついているようにみえる)

原油価格の急落でドルの需要水準が下がっていたことから、市場では機軸通貨であるドルの過剰感が生じていた。世界中に展開していたドル資本はその通貨価値を維持するため、過剰流動性を希釈する必要に迫られたのだ。その結果NYの株式市場で一段高いレベルの平均株価が出現し、その状態が現在も尚維持されるようになっている。FRBが政策金利を引き上げることで過剰流動性を回収していたのだったが、金利を上げ過ぎてしまったためその手段がこのところ使えなくなっている。アメリカは回収したドルを使って過剰流動性を希釈するために、ファンドを窓口とした日本資産の購入を集中的に進めてきたのだった。ユーロが誕生することに伴ってEU域内で流通していたドルが余ることを察知したファンドが、一斉に日本買いへと走ったために起きたのが当時80円を超えたあの円高の理由だったのだが、米政府とFRBはその事実から多くのことを学んだのである。ドルのもつ過剰流動性を吸収させるための仕向け先を日本へと絞ったことが、その後円高状態を利用した外資系ファンドの暗躍を支援するシステムを生み出すようになっていったのだ。

円が急騰したことから日銀は後に未曾有の低金利政策をとっている。このため、米系資本に円を買うための絶好の漁場を与えるという結果が生み出されたのだった。ファンドは円を買ってその資金で土地と企業を買収し、それを担保にドルに対して高くなっていた低利な円資本を日本市場で大量に調達することに成功したのだった。(日本の金融当局は円高が異常高進したその理由を未だに探しあぐねている) これらの経緯はアメリカのシナリオ通りに進んだことを示しており、それは現在も尚続いている。アメリカの優位を決定付けているものは、日本が選択した劣位に甘んじるというこの姿勢だったのである。それを可能にしていたものとは、日本政府の無知と同盟関係の歴史的なしがらみである。このため日本をアメリカの属国とみる傾向が年々強まってゆくようになっている。

このバックグラウンドを知らない金融当局と前政権の首相であった小泉らは、アメリカに指嗾されるまま外資導入を政策として採用したのである。外資を導入すれば、必然的に円高になる。考えるまでもなく分かることだろう。円高対策でドルを買って円を売る介入を日銀が実施してきたために、財務省は短期証券を発行して日銀にドルを買わせるための資金調達を行わなければならなかった。その累計が一昨年ついに90兆円に達する規模にまでなっていたのだった。この現実を、日本の国民すべてが知らされていなかったのである。巨額の債務は日本の外貨準備高の推移とまさしく符号していたのだが、日本の知識階級にはドルを仲立ちとしたこの相関関係の存在が明らかに見えていない。問題を指摘する声はどこからも聞こえてこなかったからである。ある種の遠慮があったということはできるかも知れないが、結果の深刻さを考えたら黙過していることはできなかったはずである。行為に結びつかない認識というものは、あって無きが如きものなのだ。


ドルが生み出した力学の実態

アメリカの窓口機関となっているファンドに政府公認で日本の固有資産を売り渡してきたために、日本国内でファンドが得た収益は四半期毎に悉くドル転されてアメリカ本国へと還流していったのである。(長銀の買収にみられる経緯には、日本が実施した国の資産を売り渡すという行為のエッセンスが凝縮されている) このため日本国内で循環するはずだった利潤から厚みというものが失われ、いざなぎ景気を超える長期の経済成長があったにもかかわらず、カネが国内にまわらないというキッカイな世の中が生み出されてしまったのだった。資本を循環させなければ、成長のスパイラルを呼び込むことは不可能である。日本の国民だけが受けているこの困窮とは、政府が外資を導入して利潤を短期間で回収再利用させるための仕組みを許容したことが原因となって起きたことである。売上高と収益の増加が続いていたとしても、それはアメリカとファンドの投資家を潤すことにしか役立っていなかったのである。日本企業はというと、馬車馬の状態におかれてひたすら走り続けることしかできなくなっている。

米政権が潤ったのは、日銀が介入して得たドルで米国債の大量発行が可能になったからである。発行した長期債が売れ残らなければ、長期金利は安定しているか寧ろ低下している。これが企業の収益増加を意味することであったことから、NY株式市場の取引が活発化するという展開が産みだされている。(日本の税収アップには役立っていた、ということはここで一言しておくべきであろう。安倍内閣による新年度の国債発行予定額は、この税収の増加を見込んで五兆円の減額を見込んだものになっている) 


【アメリカが京都議定書から逸早く離脱することを決めたのは、地下資源の消費抑制がドルの発行権を狭めることになることが分かっていたからである。アメリカが世界を安寧な状態に保っていると自負しているため、ドルの発行権を最大活用して任務を遂行することが己の責務だと思い込んだようである。米政権はアメリカに集まってきた富を独占し、自国の軍事支出を拡大することで富の再配分を合理化してきたのだった】


ドルを売りつけて貿易黒字国側の通貨を高くしてやれば、当該国の中央銀行が為替市場に介入してくるのは分かっていたことである。ドルには過剰流動性というものが常に付きまとっている。市場で余ったドルで外貨を買うことを演出することにより、ドルを安く売って過剰流動性をその国に吸収させることができるようになっている。米国債が売れるのは、その結果の一つだったのである。ドルを買った国ではドル資産が増える効果が得られるのだが、その債権はドル安の状態が維持されている限り還流できないものになっていた。処分できない在外資産をもつということは、不良債権を抱えているのと同じ意味のことである。ドル資産を円転しようとすると、回避したはずの円高がたちまち再現されてしまうからである。


ドル本位制の弊害と反米国家の誕生

水素エネルギーが登場すると、石油・ドル本位制という現在の枠組みが崩れることになる。ドルの需要が減れば、その過剰流動性はその場で顕在化するのである。余ったドルの仕向け先にされた国では、自国通貨が買われて高くなると同時に、安売りされた大量のドルを抱えて始末に困るようになる。ドルを有効利用しなければ損失が増加するだけなのだ。ドル売りにまわればドルの価値は一層低下してしまう。水素エネルギー社会が浸透すればするほど、ドルの過剰流動性は顕著になって誰の眼にも明らかなものになってゆく。つまり、ドルの信用度が大幅に低下するという事態が出現するときが、すぐそこにやってくるということなのである。ドルのもつ属性を吸収させるための仕向け先がなくなった時、アメリカには行き場を失ったドルが溢れてハイパーインフレが勃発するのである。困るのは米国民とドル資産をもつ国とその資産家である。米政府はインフレが高じれば高じるほど、負っていた債務が軽くなってゆくという大きなメリットが得られる。国家の借金がチャラになれば、経済をそこから建て直してゆくのは容易なことである。

ドル資産を最も多くもつ国家は、中国である。その規模は一兆ドルに達している。次が日本、そして韓国、台湾という順になっている。アメリカにハイパーインフレが起きたとき、これらの債権国の被害が最も甚大なものになるのである。水素エネルギーの導入を急ぐのは必要だが、その前に国の資産を保全しておくことが何にも増して重要なこととなる。日米同盟に拘ってアメリカに義理立てをしていると、京都議定書が定めた削減数値が実現されてゆくのに伴って、ドルという通貨が生み出すリスクをより高めてゆくことになるだろう。これを回避する手段は、ある。水素エネルギーを普及する組織ができたら、そこで具体的な戦略を立案し戦術を公開することになるだろう。アイデアを先取りされると、他国の先行を許し資産の保全が困難になってしまう。出遅れたところがババをひくのは、法則の定めるところである。

人類にとって最後のチャンスとなるこのタイミングを見逃すと、環境の回復ができたとしても政治経済のアンバランスを解消することができなくなってしまうのだ。アメリカにとってドル本位制の枠組みを維持するというのは至上命題である。現在は石油がドルの価値を裏付けているため、機軸通貨であるドルを需要にまかせて発行することが許されている。需要が減れば過剰供給になるのは当たり前のことだろう。現在の枠組みを支えてきたIMF体制が、アメリカに保安官の仕事を与えていたのだった。任務の遂行に必要とされる資本は、ドルを売りつけることでいくらでも調達することができるからである。ドルを売って得た外貨は、その国をアメリカの経済植民地にして国民の生活をより圧迫するようになってゆく。反米国家は、このメカニズムが顕在化したことによって生み出されたものなのだ。ドル資本を国内に呼び込んだという事実が、国力を衰弱させた原因になったということを国民が察知しはじめている。反米国家は、アメリカの繁栄が自らの犠牲に上に成り立っているということをよく知っている国のことである。日本が真実を自覚するようになるのは、遥か先のことになるだろう。


日本政府の現状と水色革命

水素エネルギー社会を建設するということは、IMF体制を見直すための経済環境を作り出すという意味をもっている。炭素燃料を買わなくても済むようになれば、ドルの需要は減ってゆく。水素エネルギー社会の建設を担当する組織には、これまでの枠組みを転換する空前絶後のチャンスが与えられるということになるだろう。その意味で地下資源のない唯一の被爆体験国という経歴を持つこの日本にあるノウハウで、その重要な役割を果すべきなのだ。そのための条件は、この国の中にほぼ整っている。実行する気になれば、世界は日本の技術についてくるだろう。アイスランドは早い段階でこの見通しに基づいた行動を起こしている。だが、水素化プロジェクトというものは民間の組織で行わなければ意味がない。日本の政府はアメリカに馴致されている。現実認識さえできていないという困った状況におかれている。問題というのは、その自覚さえない政府が維持されているというこの現状にあったのだ。

水素エネルギー社会実現の鍵となるノウハウは、この日本という国の中に用意されている。どこか小さな国の一部を借りて本部を移し、世界を牽引してゆくための独立した組織網を展開して速やかに水色革命を実行に移さなければならない。人類に残された時間はそう多くない。水素エネルギーによる地球の回復は、新しい枠組みを建設することと並行して進めなければならない。炭素エネルギーを大量に消費するということが、アメリカに富を提供するシステムを成長させてきたのだった。軍備の増強と核の拡散、テロと南北問題、そしてなによりも地球の温暖化による気候の変動が、あらゆる生命に対する淘汰圧になろうとしているのである。生命にとって喫緊の課題を解決するということは、水素エネルギー社会を牽引してゆく組織の建設ひとつにかかっていることなのである。

水素エネルギーは、炭素エネルギーが生み出した枠組みを大きく転換するという能力を秘めてそこに待機している。このポテンシャルを引き出してやれば、国連の再生と環境の回復を同時に実行することさえできるようになるだろう。アメリカが謙虚な国に戻るというだけで、国際社会に生まれていたバイアスはほぼ解消されるようになる。アメリカ以外の国が覇権をもつことはできない。機軸通貨としての能力をその国の通貨はもっていないからである。市場経済で統一された平等な国際関係が成り立っていれば、偏頗な傾斜を生む経済力を新たに出現させることはできない。通貨によって生まれる求心力を利用しなければ、どんな国であってもリーダーシップを発揮し続けるのは不可能なことなのだ。市場経済が浸透した国際社会では、経済力は軍事力に優るようになるのである。軍備を勝手に増強すれば、財政赤字を単独で悪化させるという結果を招くのである。覇権を握るために国際社会の信用を失ったら、その国の経済を発展させることはできなくなる。水素エネルギーのノウハウをもつ未知の組織は、国家の枠を超越した行動をとらなければならない。これが非政府系の組織でなければならないとするその理由である。力に頼ろうとする国に対して、価格競争力を生み出す魔法のランプである水分解システムを安易に供与することがあってはならない。

水素エネルギーへの転換を促す組織は、資本主義のあり方を変えるだけの力をもっている。水素の一次資源がどこにでもある水だったということが理解されるようになったら、誰もそれを奪おうとは思わない。必要なのは、水から水素資源をとりだすノウハウを確保しておく、ということただ一つだけである。水素エネルギー社会を建設するための民間組織の核ができたなら、世界の平和を実現するための方法と方向を指し示すことができるようになる。ドルに代わる中立中性の独自通貨を発行し、ドルに代わってこれを供給してゆくことで水素を取り出すノウハウを広めてゆくようにすればよい。通貨発行権は国家にだけ属するようなものではない。平和本位制という新しい枠組みの下で交換レートを決めるための要素は、平和による繁栄にどれだけ近づいているかということをみる財政収支の結果なのである。その国がもつ経済の健全性をみれば、平和にどれだけ近づいているかということがみえてくる。経済の健全さということが国を成長発展させる根拠になっていることから、バランスシートをみれば水素エネルギーのノウハウを有利な条件で供与すべきかどうかを判定することができるだろう。つまり、軍事予算が過大になっている国は水素エネルギー社会の実現を遠ざける、という状況に置かれ続けるということになるのである。この枠組みのことを、平和本位制と呼んでいる。

平和本位制が未来を展く

軍事力をすべての国が手放せば、防衛するための行動は意味をもたない。水素エネルギーとは、このような社会が建設できるということをニンゲンに伝えるためのものである。このチャンスを人類が逃がすなら、バイアスのかかった政治経済システムを永遠に保守して暮らす世の中を甘受するべきだ。環境が回復しても経済が偏ったものにとどまっていたのなら、この惑星に真の文明は訪れない。究極のエネルギーは、究極の平和を実現することに使ってこそ意味をもつ。水素資源を人類が手にするとき、望ましい星のあり方が多くの人の眼に見えるようになっているだろう。水素は水から簡単に取り出せる。水こそが究極の資源だったということを人類が知るのは、すぐ目の前にまできているのである。

地球は水の惑星と呼ばれる星である。この状態は太陽系の精妙なバランスの上でなりっているものである。地球から最も近い恒星系はここから四光年ほどのところにあるのだが、地球と同じ環境の惑星を探しだせる確率はきわめて低い。地球を捨てて移住するというアイデアは、検討の対象にはならない。速やかに放棄するべきだ。宇宙開発をやってもニンゲンが生きているうちに辿りつける惑星は限られている。そのすべてがニンゲンの生存にとって不適切な環境である。守るべきものは、地球以外には存在しないのだ。その環境を悪化させてきたものをなくすというのは、人類に与えられた本来の責務だったのである。水素資源を水からとりだすノウハウをもつ未知の組織が果すべき役割りとは、世界を構成しているシステムを健全化するということただ一つだけである。地球の回復は、人類のもつ意識が先に健全化することによってのみ実現するのである。

惑星の命運を決めるラストチャンスを人類が活かさなければ、地球の未来は直ちに決定する。生命の殆どが絶滅するという結果がそこに待ち構えているからだ。マスタープランを知り、グランドデザインを描いた上で一歩ずつ進んで行くと、ニンゲンにとって望ましい結果がすぐにやってくるだろう。エネルギービジョンをもつことは重要だが、それで済むということではない。この星の経済ダイナミックスは、ドルという通貨が存在を許されることで生み出していた。ドルに力を与えていたものは、アメリカを核として成り立っている世界銀行、BIS(国際決済銀行)、を包括する所謂IMF体制と呼ばれる枠組であった。アメリカのローカル通貨であるドルが機軸通貨になっている限り、平等な経済システムを建設することは不可能だ。アメリカにだけ求心力を与えている市場経済をFTAで拡大したところで、WTOで国際間の軋轢を調整することはできない。ますます荒れる一方の展開になるということが分かっている。新しい機軸通貨を創出してドルを本来の位置であるローカル通貨へと戻してやることによってのみ、真に平等な取引条件というものの基礎が築けるようになるだろう。

2006年12月21日

水素文明を語る(4)

北海道大学名誉教授で触媒化学の世界的権威である市川勝博士と永井俊哉による対談。水素をいかにして作るか、いかにして運搬し、貯蔵するか、いかにして燃料電池で発電させるかについて語り合う。

2006年12月20日

原子力発電

原子力発電とは、核分裂や核融合といった原子核反応時に出るエネルギーを利用した発電の総称で、現在商用化されている原子力発電は、核分裂から発生する熱エネルギーで、蒸気タービンを回し発電している。原油価格の上昇や地球温暖化問題への関心の高まりを背景に、原子力発電が再び脚光を浴びるようになったが、果たして、原子力発電は、エネルギー問題を解決する上で有効な手段となりうるだろうか。

1. 原子力発電の問題点

原子力発電は、二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギーとして注目を浴びている。

原子力発電は、ウラン燃料の製造や発電所の建設においてCO2を排出しますが、運転中にはCO2を排出しないので、発電電力量あたりのCO2排出量は、ほかの電源と比べて少ないとの結論が得られています。原子力が電力供給のトータルシステムとして、温暖化抑制に優れた電源の一つであることが証明されているわけです。

[電気事業連合会:原子力への取り組み]

原子力発電が、運転中に二酸化炭素を出さないというのは、厳密には正しくない。原子力発電は、核分裂によって生じた熱エネルギーの三分の二を廃熱として捨てているのだが、その廃熱は 、取水時よりも7度ほど高い温排水として海に流される。水の温度が上昇すると、コカコーラを温めた時と同様に、水に溶けている二酸化炭素が大気中に放出される。温排水の量は、発電容量100万kWに対し、火力発電で毎秒40立方メートル程度だが、原子力発電では70立方メートル程度である [原子力百科事典 ATOMICA]。

もちろん、空冷式の原子力発電もあるが、これはこれで、ヒートアイランド現象の原因になる。そこで、熱汚染の問題を解決するために、原子力発電でコージェネレーションを行うことが考案されている。フランスでは、原子力発電の廃熱を使った温室栽培が行われているし、日本でも、温排水を使った養殖が試みられているが、いずれにせよ、マイクロガスタービンや燃料電池発電と比べると、利用範囲は限られている。

原子力発電は、使用する燃料が極端に少なくて済み、経済性が高いと言われるが、初期コストやバックエンドコストを含めて、本当に安くつくかどうか、疑わしい。2005年6月に原子力資料情報室が公益事業学会で発表した試算によれば、原子力発電のコストは、火力発電のコストよりも高い。

運転年数40 年の場合、最も安いのはLNG で4.88 円/kWh、続いて石炭の4.93 円 /kWh となり、その次に原子力発電の5.73 円/kWh という結果になった。原子力発電のLNG との差は1 円/kWh 近くにもなっている。この差はさらに、法定耐用年数での試算結果では 大きくなっていることも分かった。

[勝田忠広,鈴木利治:原子力発電の経済性に関する考察]

本当に原子力発電のコストが安いならば、電力自由化は追い風のはずだが、むしろ電力を自由化することで、原子力発電は存続が困難になるのではないかという見解が強い。

電力自由化によって投資家の見る眼が以前に比して厳しくなり、各電力会社とも、投資規模が大きく、投資の回収に長期間が必要であるなど、リスクの大きい大規模電源の投資には慎重にならざるを得なくなっている。

自由化に伴い、各電力会社の需要が想定外に他事業者に離脱する可能性が増したことにより、大規模電源をもつリスクが高まった。

自由化により、電力各社は競合関係におかれることとなり、需要の伸びや必要な時期等が異なる電力会社間での共同開発や広域運用の調整は、以前よりも困難になりつつある。

原子力発電が敬遠されるのは、必ずしも、投資規模が大きく、投資の回収に長期間が必要であるからではない。

例えば、すべての投資家が10年以内に収益を確保したいと願っていると仮定しよう。その場合でも、今から50年後に消費者に売れて利益をもたらす商品は、40年後に資産として転売が可能であるから、それを考えれば、30年後にも資産として転売が可能であるから、…というように、期待の期待の期待の…を続けていくことで、50年後にしか売れない商品でも、今すぐ資産として売ることができる。 資本主義の投資市場においては、むしろ長期的に有望な商品への投資が盛んに行われる。長期的な影響力を持つ商品ほど資産価値があるからだ。

2. 高速増殖炉

原子力発電は、化石燃料の枯渇への対策としても役に立たない。燃料となるウラン235は、天然ウランの中に0.7%しか含まれておらず、石油や天然ガスとほぼ同じ時期に枯渇すると言われている。ウランには核分裂するウラン235と、ほとんど核分裂しないウラン238があり、豊富な後者を利用する方法として、高速増殖炉での核燃料サイクルが提案されている。

現在日本で運転されている原子力発電所はすべて軽水炉である。軽水炉では、減速材を用いて、高速中性子のエネルギーを落とし、高速中性子を熱中性子に変え、そして、熱中性子でウラン235を核分裂させ、熱エネルギーを取り出している。他方、高速増殖炉では減速材を用いずに、高速中性子でプルトニウム239を核分裂させ、それによって発生する高速中性子をウラン238に当て、プルトニウム239へと転換することで、エネルギーを取り出しながら、同時に燃料を増殖させる。

軽水炉において冷却材として使用されている軽水(普通の水)は、中性子の減速材として機能してしまうために、高速増殖炉では使えない。代わりに、金属ナトリウムを使用しているのだが、金属ナトリウムは水と激しく反応して水素を発生するので、管理が難しい。高速増殖炉のもんじゅが金属ナトリウム漏洩事故を起こしたことは、記憶に新しい。海外でも、高速増殖炉原型炉は、事故を起こしたり、経済性に問題があったりして、閉鎖されるところが多い。

プルトニウム239はウラン235よりも放射能が強く、化学的にも非常に毒性が強い。また、プルトニウムは核兵器の燃料でもあることから、軍事転用のリスクといった政治的問題もある。高速増殖炉は有望な選択肢ではない。

3. 溶融塩炉

安全で経済的な原子炉として最近注目を浴びている次世代原子力発電の担い手にトリウム溶融塩炉がある。トリウム溶融塩炉とは、溶融塩、特にフッ化物溶融塩(LiF-BeF2)に核燃料物質であるトリウムのフッ化物を溶解させ、それを、核反応・熱輸送・化学処理に利用する核分裂炉である。トリウム溶融塩炉には以下のような長所がある。

  1. 燃料のトリウムは、資源量が豊富で、かつ地理的に偏っていない場所から採掘される。
  2. 経済性を損なうことなく、小型化が可能である。熱効率が高く、廃熱は、軽水炉の半分ぐらいである。
  3. 燃料が固体ではなくて、液体であるため、成形加工が不要である、核燃料物質の補給や核分裂生成物の除去を連続的に行うことができる、燃料被覆管の照射損傷や燃料破損がない、再処理施設が不要である。
  4. 燃料塩が1次系を循環する間に核分裂生成物が容易に分離除去できるため、放射能残量を減らして、事故時の施設外部への放射能流出の危険性を最小限にすることができる。
  5. 燃料塩の沸点は通常運転温度に比べ十分高く、また蒸気圧も低い為、一次系の圧力の異常な上昇はない。燃料塩の圧力は、5気圧程度で低く、1次系の構造材を薄くでき、溶融塩の漏洩や、系の破壊といった高圧に伴う事故の危険性がない。
  6. 1次、2次系塩ともに化学的に安定であり、空気・水との反応が比較的緩やかである。燃料塩は、黒鉛が適切な割合で存在する時のみ臨界となるので、漏れた燃料塩が臨界事故などの苛酷事故の可能性はほぼない。
  7. トリウムはウランよりも原子量が6小さく、プルトニウムなどの超ウラン元素を実質的に生成しないので、核拡散抵抗性、核テロ対策に優れている。

短所ないし課題としては、以下のようなものが挙げられる。

  1. 溶融塩は非密封線源であり、汚染に注意して取り扱う必要がある。
  2. フッ化化合物溶融塩の融点が400℃以上で高温であり、耐熱性を高めるために材料が高額になる。
  3. 燃料塩中の成分元素であるリチウムと中性子との核反応により生成するトリチウムは、高温では金属を容易に拡散透過するので、その制御技術が必要である。
  4. 炉心黒鉛の交換が4年毎に必要である。黒鉛材料技術、安定性実証等が必要である。

日本におけるメインストリームの原子力産業では、軽水炉→高速増殖炉という既定路線から外れる異端として扱われ、あまり重要視されていないが、次世代原子力発電所として、高速増殖炉よりも有望のような気がする。

3. 原子力発電の未来

原子力発電は、放射性物質である核廃棄物を作り出し、その処分には時間とコストがかかる。また、原子力発電の重大事故は広範囲にわたって多大な被害を与える。それならば、原子力エネルギーは、宇宙開発に使ったらどうだろうか。宇宙空間なら、核廃棄物の処分に困らないし、重大な事故がおきても、せいぜい被害者は当事者だけにとどまる。限りある資源であるウラントリウムは、地球上での発電に使わずに、将来の宇宙開発のために保存しておくべきではないだろうか。

2006年12月19日

円安ドル安ユーロ高

世界中に多くの通貨が存在するのに、TVや新聞で伝える為替相場の情報は1ドル何円といった円ドル相場だけしか伝えていません。1ユーロ何円という情報が加われば良いほうです。12月に入って、1ドル=114円台になったり118円代になったしているものの、おおまかに見ると1ドルは105円~125円の水準を行ったりきたりしています。ところが、対ユーロでみると、1ユーロ=150円を超え、円の価値は最安値の水準です。1ユーロが90円を割っていた頃もありましたから、円・ドル・ユーロの関係でいうと、円安ドル安ユーロ高になります。

別段、ユーロが強いからというわけでなく、円もドルも国際的な力を失いつつあると市場が判断しているからです。敗退がほぼ決まったイラク戦争の行方や、日本がドルを買い支えても先がないと足元を見られています。他国に目を向けると、東南アジアの通貨、タイ・バーツなども数年来のドル安バーツ高で金融当局により市場介入をするしないという話題となっています。支那の元についても、元の切上げ圧力が強まりつつあります。中東の産油国もいまではユーロでも石油を売り、ドルの保有割合をどんどん減らしています。中東でもユーロのような統一通貨を作ろうという動きがあるのですが、ドルにリンクするか、ユーロにリンクするか、両方の通貨のバランスをとるか議論がまとまらず、とりあえず結論を先送りしています。

砂漠の民はしたたかです。アメリカが強かった時代はドルでしか石油を売らなかったのですが、アメリカが弱くなった途端、ユーロでも石油を売るようになりました。ユーラシア大陸の共通通貨はないのですが、事実上ドルが流通していたのが、次第にユーロに置き換わりつつあるのが現状です。ドル以外だとGOLDが使われていますが、GOLDは630ドル前後で推移していますので、一時期に比べれば2倍以上となっています。ニクソンショック以後、金本位制度が崩壊し、石油ドル本位制度が続いていましたが、21世紀になって、米国の衰退がはっきりするにつれ、ドルもまた弱まってきています。海洋国家(米国、英国、日本)が大陸国家(EU、ロシア、支那)に逆転されつつあるといっても良いでしょう。この動きは大陸国家の力の源泉となる資源価格が暴落するか、石油があまりいらなくなる社会に変わるエネルギー革命が起こらないと数十年続くこととなるでしょう。

橘みゆき 拝

2006年12月18日

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL132

今回は、既にアメリカのイラク撤退が決まった中東情勢の今後について、同じようなランドパワーの歴史とのアナロジーを見つつ、検討したい。アメリカの今後のイラク政策は、下記記事に見られるごとく、米軍の段階的撤退やイラン、シリアとの直接対話になるだろう。
<参考>
------------引用--------------
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20061208AT2M0701W07122006.html
対イラク超党派報告書、イラン“歓迎”・イスラエル反発
 米超党派の「イラク研究グループ」(ISG)が提出した報告書で米軍の段階的撤退やイラン、シリアとの直接対話を打ち出したことに、中東諸国では思惑が交錯している。イランは米軍のイラク早期撤収を対話の条件に挙げ、シリアも“歓迎”の意向を示す。一方、イランと敵対するイスラエルは反発し、スンニ派中心の穏健アラブ諸国は戸惑いを見せている。

 7日のイラン学生通信によると、イランのラリジャニ最高安全保障委員会事務局長はアラブ首長国連邦(UAE)のドバイでの講演で「米国を支援する用意はあるが、その前に米国がイラクからの米軍撤収スケジュールを確定させなければならない」と述べ、米軍の撤収計画の前倒しが協力の条件だと言明した。 (07:01)
------------引用--------------
まず、何度も述べたことであるが、中東は、世界の関が原であり、エネルギー供給源でもあるという意味で、最重要地域だ。そこには、世界の覇権をかけてランドパワーとシーパワーが集中する。そして、覇権の争奪と平和の達成には、歴史を超えて、普遍的な法則があるはずだ。現在の中東情勢は、イラン-イラク戦争以来、間断の無い戦争が継続しており、この状況は、欧州における、近代国家の始原とされる、30年戦争とその後のウェストファリア条約の締結、さらには、20世紀の二度の世界大戦に通じるものがあると考えられる。
30年戦争は、1618年~48年の30年間に、ドイツを中心に欧州各国が参戦した宗教戦争。 きっかけは、ボヘミア王フェルディナントの新教徒圧迫が原因で、ドイツ新旧両教徒諸侯の内戦としてボヘミアで勃発。旧教側にスペイン、新教側にデンマーク・スウェーデン・フランスが加担し国際戦争に発展。
主な戦場となったドイツは国土が荒廃し、皇帝権の弱化による諸邦の分裂と相まって、著しく近代化が遅れることになった。
ウェストファリア条約は、三十年戦争を終結させた条約。 1645年からドイツの Westphalia地方のミュンスターとオスナブリュックとに分かれて 講和会議が開かれ、各国の利害が衝突してなかなかまとまらなかったが、 1648年10月24日に調印された。 この条約の結果 それまでヨーロッパで優位を誇ったハプスブルク家の勢力は後退し、 フランスとスウェーデンが強国となって台頭するようになった。 ドイツ内部ではブランデンブルクが勢力を伸ばすことになった。 したがって いちばん打撃を受けたのがオーストリアとスペインの両ハプスブルク家であった。 ドイツの諸侯は皇帝に対する独立の度合をいっそう強め、 神聖ローマ皇帝の地位はいよいよ名目的な存在となった。 オランダは独立を最終的に承認され、 またすでに中世末期に神聖ローマ帝国から事実上独立していたスイスが ウェストファリア条約で独立を正式に承認された。
  1914年から1945年にわたって戦われた二度の世界大戦についても、主要な戦場であった欧州大陸は荒廃を極め、いわゆる鉄のカーテンを挟んだ東西欧州の分断とNATOとワルシャワ条約の両陣営による冷戦がもたらされた。
   いかがであろうか。この欧州大陸における、17世紀前半と20世紀前半にそれぞれ戦われた「30年戦争」の歴史的推移と結末には相似性が見られる。
   私の国際情勢の分析手法は、各国の機密文書や機密情報、いわゆる一次情報に頼るものではなく、歴史のパターンや法則から、その傾向と結末を予測するというものだ。このような観点から、欧州大陸で繰り返された闘争の歴史と結末は、今後の中東情勢を読み解く上でも、参考になるだろう。
まず、隣接するランドパワー同士が、何らかの妥協点に達し、相互の尊重という合意点に達するまで、相当の期間の闘争を経験しないとなしえないことは、欧州の歴史が証明している。欧州では、国際秩序が回復するまで、30年の戦争を経験しなければならなかった。これを中東に当てはめて考えると、1980年のイラン・イラク戦争(イラン・イラク国境のシャトル-アラブ川河口付近の領有問題を直接的なきっかけとして勃発した戦争。 1980年0月、イラク軍のイラン侵攻によって開戦。 )から、現在にいたるまで、約30年の間、戦争を継続している。これは、歴史の法則や人間の心理について考えてみると、そろそろ厭戦気分が起きてもおかしくない。そして、中東30年戦争を戦ったシーア派とスンニ派は、チグリス・ユーフラテスを自然の国境として、「中東版ウェストファリア条約」もしくは、「中東版NATOとワルシャワ条約」を結ぶのではなかろうか。それが、もっとも自然な落とし所と考えられる。報道されるところによれば、米軍のイラク撤退後、サウジがイラク国内のスンニ派を支援するということを明らかにした。これは、事実上のイラクの東西分割、すなわち、スンニ派イラクとシーア派イラクへの分割への布石になるだろう。まさに、欧州における東西分断の最前線である、ドイツとイラクは地政学的に全く重なる。
<参考>
------------引用--------------
http://www.worldtimes.co.jp/news/world/kiji/2006-12-13T143214Z_01_NOOTR_RTRJONC_0_JAPAN-239545-1.html
サウジ、米軍撤収ならイラク・スンニ派の支援を検討=新聞

 【ワシントン 12日 ロイター】 12日付の米ニューヨー ク・タイムズ(NYT)紙は、サウジアラビアが米政府に対し、イラクから軍を撤収させればイラクのスンニ派にシーア派と戦う資金を提供する可能性があると伝えたと報じた。
 NYTが米国およびアラブの外交筋の話として伝えたところによると、チェイニー米副大統領が11月にサウジを訪問した際、アブドラ国王がこのメッセージを伝えたという。
 副大統領のサウジ訪問は、イラク問題や、イスラエルとアラブ間の対立をどうやって解決するかなどを協議することが目的だった。この席でアブドラ国王は、シーア派が主流のイランと米国が外交交渉を行うことに強く反対したという。
 この報道について、米政府のコメントは得られていない。
------------引用--------------
このような理解を背景に、戦略を構築してみる。まず、アメリカとしては、イラク撤退は既定路線であり、その後はサウジに兵力を集中し、スンニ派イラクをサウジに支援させるというやり方しか、ありえないだろう。そのためには、シーア派イランの脅威が大きければ大きいほどよい。
 穏健派の親米湾岸諸国の立場で考えると、イラクの東西分割により、シーア派の勢力がチグリス・ユーフラテスまで伸張してくることは好ましくはないが、現時点でそれを防ぐ手立ては存在せず、むしろ、メソポタミア地域の支配権をイランに譲ることで、イランの妥協を引き出し、停戦への合意をとりつけるしかない。イランにとっても、長年の宿願であった、メソポタミア地域の支配権が確立できるのだから、悪い話ではない。
 このように考えると、イラクを東西に分割し、チグリス・ユーフラテスを自然の国境にすると、冷戦期の欧州と同じような均衡と安定が中東にもたらされることになる。その過程で、アメリカの湾岸諸国への軍事駐留が正当化され、政権の傀儡化が進むのではないか。
 この、イラクの東西分割案は、一見、周辺国全ての利益に結びつくように見えるが、イスラエルにとっては、不安定材料になるだろう。
つまり、シーア派とスンニ派が、チグリス・ユーフラテスの線で手打ちをすれば、すなわち、それは、中東諸国全てから敵視されるイスラエルにとっては脅威となる。そのため、イスラエルにとっては、イランを何とかして、スンニ派との戦争に引き釣り込むという誘引が存在することになる。
そのため、イスラエルでは、対イラン、先制攻撃論が常に存在する。
<参考>
------------引用--------------
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006121501000575.html
対イラン単独攻撃辞さずイスラエル国防次官
 【エルサレム15日共同】イスラエルのエフライム・スネ国防次官は15日までに共同通信と会見、イランの核兵器保有を阻止するため「武力行使は最後の手段だが、時には唯一の手段だ」と述べ、国際社会が有効な制裁などで核開発を止められなければ、イスラエルが単独の先制攻撃を辞さない方針を言明した。
 強硬な発言の背景には、イランをけん制すると同時に、国際社会に早期に強力な行動を促す狙いがあるとみられる。スネ次官は、イランが今後数カ月で、外部の支援を得ずに核兵器製造につながるウラン濃縮技術を獲得する「手遅れの状態」に達する可能性があると強い
危機感を表明した。
 外交手段でイランの核開発を止められない場合について、次官は「イスラエルは誰にも頼らず、単独行動を想定している」と明言。作戦は「完ぺきに遂行されるだろう」と述べた。
(2006年12月15日 20時07分
------------引用--------------
このように、中東における勢力均衡、つまり安定の達成はイスラエルにとっての死活問題だ。イスラエルは、かって、イラン・イラク戦争において、劣勢であったイランを支援し、戦争を長引かせることに腐心したように、スンニ派とシーア派が争乱を続けることが、自国の安全保障の根幹と考えている。
  このように考えていくと、中東の最大の問題は、やはり、イスラエルの出方をどう読むかだ。周知のように、イスラエルの代理人としてアメリカをイラク戦争に追い込んだネオコンは、政権を去り、アメリカの外交方針を現実主義の勢力均衡、すなわち、冷戦方式に戻すということを骨子にする「対イラク超党派報告書」が提示されたということは、アメリカはイスラエル切捨てに動くということではないか。
歴史を見れば、かつて米大統領だったレーガンもユダヤ系のロビー工作により、レバノンに派兵したことがあった。だが、アメリカ大使館に一台のワゴン車が突入し、大爆発を起こした。この爆発で米兵60人が死亡、120人が負傷した。結果として、保守層からの批判が強まったところでレーガンはポラード事件に象徴されるユダヤ離れを演出し、保守層の支持を取り戻した。ポラード事件は、八五年十一月、米国連邦捜査局(FBI)は米海軍情報分析官のユダヤ系米国人ジョナサン・ポラードをイスラエルのスパイ容疑で逮捕した事件。ポラードは米国の偵察衛星が撮影した秘密写真などの機密文書を「モサド(諜報特務局)」とは別の情報機関「レケム(科学情報局)」に渡していた。

 ポラードは終身刑で服役中だが、イスラエル政府は九五年にポラードにイスラエル国籍を付与し、釈放を要求している。
  つまり、今後の中東情勢は、アメリカによる「イスラエル切捨て」如何によって、平和裏の勢力均衡か、イスラエルによるイラン攻撃が現実のものになるかだ。
 <参考>
------------引用--------------
http://www.technobahn.com/cgi-bin/news/read2?f=200608300108
イスラエルがドイツから最新鋭の潜水艦を購入、用途はイランに対する核報復攻撃用
【テクノバーン】(2006/8/30 01:08)イスラエル国防省は今月、2隻のドルフィン級潜水艦をドイツから購入した。25日付けのワシ
【テクノバーン】(2006/8/30 01:08)イスラエル国防省は今月、2隻のドルフィン級潜水艦をドイツから購入した。25日付けのワシントンポスト紙(電子版)はこの潜水艦は「イランがイスラエルを攻撃するようなことがあればイスラエルは核兵器で報復攻撃を行うという明確な意思表示を示したもの」とする軍事専門家の見方を紹介。イスラエルとイランとの間で水面下で進行する緊張関係が終にはイスラエルをして核報復攻撃用の潜水艦を導入させるにまで至ったと紹介している。

今回、イスラエルがドイツから購入した2隻のドルフィン級潜水艦はドイツからの軍事支援協定に基づいて提供されたものとなる。

複数の消息筋の情報を総合するとドイツ国防省はイスラエル国防省の要望に応じて、ドルフィン級潜水艦に標準装備されている4つの650mm口径のミサイル発射管の内、2門を533mm口径のハプーンミサイル発射用に改造。さらに別の2門を潜水艦発射型長距離クルージングミサイル用に改造。イスラエルは2002年から核弾頭搭載可能なクルージングミサイルの実験をインド洋で実験(2002年6月15日付けワシントンポスト紙電子版)しており、この潜水艦には核弾頭を装備したクルージングミサイルを搭載してインド洋に実戦配備することによって、イランからの攻撃に対して核の傘で自国の防衛を行うものと見られている。

イスラエル政府はこれまで核兵器の保有に関しては否定も肯定もしてこなかったが、米露英仏中に次ぐ世界6位の核兵器保有国というのが共通した見方。保有する核弾頭は数100基に及ぶと見られている。

イスラエル海軍は米国との軍事支援協定に基づき、1988年に最初の1隻のドルフィン級潜水艦を米ミシシッピー州にあるノースロップ・グラマン社の造船工場で建造。米国の軍事費削減の影響を受けてこの軍事支援協定は1990年に破棄されたが、その後はドイツがアメリカに代わって軍事支援協定を締結して潜水艦の供給。この支援協定に基づく最初の潜水艦3隻は1995年にイスラエルに引き渡されていた(軍事支援協定に基づき建造費用はの半分はドイツが負担)。イスラエルは、その後、もう2隻の潜水艦の供給を受けることを強くドイツに求めていたが、ドイツ国内で紛争当事国に潜水艦を供給することに対する反対の声が高まったことを受けて、1995年からしばらくの間は供給はストップしていた。

日本人的な感覚では、核報復攻撃用の潜水艦を配備して常に臨戦態勢で望むというのは狂気の沙汰のように思えるが、イラクの核問題の専門家となるマイケル・カーピン氏はワシントンポスト紙のインタビューに応じて、航空機戦力は潜水艦に比べて脆弱性が強い。潜水艦で核の報復攻撃能力を持つことは核戦争において戦略上、非常に重要な要素なると、今回のイスラエルの決定を高く評価している。

「イランに冷静な政治的決断能力があれば核戦争の危機を犯してイスラエルに攻撃を仕掛けることはしないだろう」とワシントンポスト紙がインタービューを行った軍事専門家のポール・ビーバー氏もこの決定に好意的だ。

イスラエルの最大の支援国がアメリカ、そして核攻撃能力をもった潜水艦を提供したのがドイツ、また、イスラエルの弾道ミサイル「ジェリコ」の開発に協力したのがフランスという事実を考慮するとカーピン氏のような考え方はアメリカだけではく西欧諸国の指導者の間でも一般的な認識となっているようにも思われるところだ。

画像はイスラエル国防省が過去に公開したイスラエル海軍のドルフィン級攻撃型潜水艦(グリーンに塗られた船体が特徴)。標準では650mm魚雷発射管が6門。533mm魚雷発射管が6門装備されている(ただしドイツで生産されたものに関してはハプーンミサイルとクルージングミサイルを装備するために改造が施されている模様)。主な仕様は基準排水量1640トン、水中排水量1900トン。乗員30名。全長57.3メートルx幅6.8メートル。中東を基地にするイスラエル海軍の性格上、欧米の攻撃型潜水艦と比べるとかなり小型。
------------引用--------------
以上

2006年12月17日

水素貯蔵技術

水素エネルギーの時代が始まるには、低コストで扱いやすい水素の貯蔵・運搬技術が必須である。そこで、現在どのような水素貯蔵技術があるのかを調べてみた。
・ 高圧圧縮水素
・ 液体水素
・ 水素吸蔵合金
・ カーボンナノチューブ
・ 有機ハイドライド

1. 高圧圧縮水素
水素をガス状のまま運搬する場合は通常、200気圧(20Mpa≒200kg/cm2)に圧縮している。当然、爆発の危険がある。また、水素脆化と呼ばれるように、水素は金属を腐食させるので、腐食されないボンベの製造が難しい。しかも水素は非常に軽いので、圧縮しても体積が大きくなる。

2. 液体水素
水素を液化すれば体積は約1/4になる。しかし、水素の沸点は-252.6℃なので、液化には多くのエネルギーを必要とする。さらにガス化しないように、これ以下の温度を保つのにも多くのエネルギーが必要である。液化しても水素の比重は70.8kg/立方メートル(20Kの時)で非常に軽い。水の約1/14である。したがって燃料タンクに詰めた時、非常に大きな体積を取る。
このような液体水素の輸送・貯蔵する際の最大の問題は、運搬容器の断熱性能を高めて、気化による損失・拡散を防ぐことである。
以上のように、水素ガス、液体水素の貯蔵・運搬は高コストなので、大量に水素ガスを必要とする工場(光ファイバーやガラスメーカー等)では、オンサイト供給を行う所もある。これは水素を必要とする工場内に水素発生装置を設置して、工場外での水素の貯蔵・運搬そのものをなくそうとするものである。
参照:http://www.iwatani.co.jp/jpn/h2/tech/technique.html

3. 水素吸蔵合金
現在知られている水素吸蔵合金には以下のようなものがある。
· AB2型:チタン、マンガン、ジルコニウム、ニッケルなどの合金をベースとしたもの。水素密度が高く、容量を上げることが可能だが容量の大きい合金になるほど活性化が困難という欠点がある。
· AB5型:希土類元素、ニオブ、ジルコニウム1に対して触媒効果を持つ遷移元素5を含む合金をベースとしたもの(LaNi5などが代表)。初期段階からの水素化反応が容易だが、希土類元素やコバルトを含むため高価なのが難点。
· Ti-Fe系:比較的空隙の多い体心立方晶の金属間化合物をなすこの系をベースにしたもの。
· V系:バナジウムは水素と効率よく反応することが知られており、これをベースとした比較的空隙の多い体心立方晶の合金が各種研究されている。
· Mg合金:マグネシウムは7.6 wt%もの水素を吸蔵するが、水素化マグネシウムが比較的安定であるために、これを不安定化する触媒元素との合金が各種研究されている。
· Pd系:パラジウムは自分の体積の 935 倍もの水素を吸蔵するが、高価なのが難点。
· Ca系合金:水素との親和力が強いカルシウムと遷移元素(ニッケルなど)の合金が中心。
気体と比較して極めて高い水素充填密度を実現することができる。また、水素放出が比較的穏和に行われるため、急激な水素漏れによる事故の発生も防止できる。
しかし、V系合金やMg基合金以外は重く、車載などの目的には適さない。また、水素吸蔵放出の過程で反応に伴う熱の出入りがあり、水素吸蔵放出時の伝熱効率の向上が未だ問題点として存在する。さらには、合金に使用される希土類元素や触媒元素が高価、かつ資源量に乏しいこと、リサイクルが容易でない、水素吸蔵放出を繰り返すと脆化して(水素脆化)吸蔵率が低下するなどの問題がある。
参照:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E7%B4%A0%E5%90%B8%E8%94%B5%E5%90%88%E9%87%91

一般にMg軽合金やTi系合金は水素重量密度が5wt%以上と水素吸蔵能力は高いが、動作温度が300℃以上と高温条件 を必要とする。一方、V系合金は動作温度は100℃以下と低いが、実質の水素重量密度は2~3wt%程度である。
以上のように、水素吸蔵合金による水素貯蔵も多くの問題を抱えている。
4. カーボンナノチューブ
カーボンナノチューブはファンデルワールス力によって水素を吸着する。ただし,熱的な振動で水素が離れるために液体窒素を使って低温にしなければならない。
参照:http://techon.nikkeibp.co.jp/article/WORD_LEAF/20050808/107449/

現在研究段階であり、実用化されるまでにはまだ時間が掛かるのではないかと思われる。目は離せないが、直ちに利用できるとは思えない。

5. 有機ハイドライド
有機ハイドライドは、シクロヘキサンやデカリンなどの液体有機物であり、脱水素触媒により芳香族炭化水素と水素に分解し(水素放出)、芳香族炭化水素と水素から合成することができる(水素貯蔵)。また、軽量・コンパクトであり、安全性に優れ、水素の取り出しも容易である。常温常圧で液体なので既存インフラの活用ができること、可逆性がありナフタレンなど、水素化反応と脱水素化反応を繰り返すことが出来るので、リサイクルが可能なこと、などの利点がある。
いくつかの実証研究が行われた段階で、実用化はまだされていないが将来性は高いと思われる。

2006年12月15日

水素エネルギーは状況をどう変えるのか

資源としての水素には分子状態のもの以外にも、原子状態で存在するものがある。これまでにニンゲンが得てきた知識によると、水素原子は単独では短時間しか存在することができないと思われていた。しかし、医療分野で活性水素の存在が知られるようになってきたことから、その事実を立証する必要に迫られている。天然水の中に活性水素が多く含まれているということは、飲用したあと体内の活性酸素が減っていると見られる変化のあったことから、原子状態の水素が存在するという仮説が支持されるようになってきたのだった。有毒な活性酸素に有益な活性水素が反応すると、活性酸素(一重項酸素)の毒性が消えて只の水になってしまうのである。このことから、生体機能の回復と健康の維持増進に活性水素が関与しているらしいという疑いが浮上してきたという訳だ。この活性水素の飲用を続けていると二週間程度で身体症状に変化が認められるようになったことから、ここ数年間で経過観察に関する研究の報告が纏められるようになってきた。活性水素に注目している医療分野は、主にガン、糖尿病などの臨床を担当する機関だった。それぞれの分野で共に顕著な改善が複数例報告されていたことから、人体と活性水素との関係について認識を改める機会が今後増えるようになるだろう。

活性水素とは、原子のままの状態で存在する水素のことである。原子核である陽子ひとつに、電子がひとつだけついているものが水素原子の構造である。同位体とよばれる水素も存在するのだが、その比率はコンマ以下で極めて低い。水素原子には中性子がついていない、とするのが一般に理解されている概念だといってよいだろう。この中性子をもたないものを軽水素と呼んで区別している。単に水素というときは、この軽水素のことを指している。元素は一つの電子軌道に二つの電子を得て安定するものであるところから、軽水素は足りない分の電子一つを求めて、不安定な状態から落ち着いた分子の状態へ移とうとする性質を直ちに発揮するのである。反応する相手を見つけて分子になろうとする性質を強くもつものを、フリーラジカルと呼ぶ。水素原子が単独で存在しないとされてきたのは、フリーラジカルとしての水素の性質が知識人の間に膾炙していたからであろう。水素原子がフリーラジカルの状態から安定した分子状態に遷移するのは、原子核同士で最外殻の電子軌道をシェアしあう状態をとったときである。電子軌道を共有する状態となった水素分子が互いに強く反発しあうようになることから、常圧下では希薄なガスになってしまっていたのである。水素分子を資源として大量に備蓄するためには、高圧化して圧縮しなければならない。水素資源を400気圧から800気圧にまで高めなければ走行距離が稼げなかったというのは、この水素分子となって新たに生じた遠ざけあう特異な性質のためだった。

電子軌道を共有する分子構造を成り立たせるための条件は、それぞれがもっている電子の属性が互いに異なっていなければならないということである。同じタイプの電子同士が単一の軌道を共有することは「絶対に」できない。(パウリの排他律) 量子力学では電子スピンの向きが上方向か下方向かという要素でその違いをみている。量子化学では磁気モーメントという概念で説明するのが一般的である。意味内容についてはどちらも同じことを言っている。双方において違いと呼べるものはない。電子スピン(磁気モーメント)の向きが同じ電子同士であるのなら、共有結合をとることはできない。これは物理法則なのである。このことから電子のもつ量子的な属性(量子数という要素)を統一してやれば、単原子だけで構成された水素資源を作ることができるということがみえてくる。電子のエネルギーを上げるより下げる方が容易で且つ確実なため、エネルギーを放出させて低い準位の電子状態に統一してやればよいということが見えてくるだろう。活性の高い電子からエネルギーを吐き出させてしまえば、繋がり合って分子化しようとしてもできない基底状態にある水素原子が大量に得られるということになるのだ。それを可能にするのが触媒だったということが、近年になって漸く理解されるようになってきたところなのである。

電気的な手法を用いて活性水素をつくるアルカリイオン整水機には、白金が触媒として使われている。天然水には白金と同様の触媒効果をもつミネラル成分が多く含まれている。天然水を採取した土地によって活性水素の量に差がでているのは、無機質が分布するその地域に特有の組成の違いが原因である。(ルルドの水が最も古くからよく知られているものだが、メキシコやドイツにも不思議な効能を示す水の存在が広く知られている。日本では九州日田の天然水がもつ効能が顕著で一般に浸透しているようである) 
電子のもっている量子としてのこの属性を触媒を用いて低い方に均してやれば、活性水素(水素原子)を大量に作り出すことができるということが判るだろう。これが電解水素とよばれる活性水素を作り出す装置で作った水が、病人の自然治癒力を引き出していた理由だったのである。この装置を開発した先生の説明によると、白金のコロイドに水素が原子状態で付着するからだということなのだが、電磁相互作用のはたらきを超越して電子が何らかの結合状態を取るということは考えられないことである。物理と化学の共通集合の部分を知らないと、反応の実態を正しく理解することは困難であろう。

活性水素ができるその原理を知っていれば、水素分子による膨張圧力を回避することができるということなのだ。液化水素の蒸発を抑える効果も引き出せる、ということになるだろう。水素を高圧化することなく且つ液化水素の蒸発を減らすことも可能であるのなら、水素エネルギー社会の実現を早める効果が引き出せるはずである。多くの技術的な急進展が近い将来あったとしても、決しておかしくはないのである。量子効果の応用法に気付けば、高圧ボンベを導入する必要はなくなってしまうのだ。高圧化するそもそもの理由は、分子状態の水素が互いに強く反発しあうという並々ならぬ属性をもっていたからであった。活性を保たせた水素原子のままの状態で水素資源を備蓄することができるのなら、大気圧のままで備蓄する形態をとることは可能でなければならない。

燃料電池自動車なら一回の充填で走行可能な距離を、高圧ボンベなしで、普通の乗用車並みのレベルにまで伸ばせるようになるということである。圧縮すれば走行距離は当然伸びることだろう。水素エンジン自動車でも燃料電池自動車と同様に、高圧水素から常圧水素へとシフトするのは必定である。液体水素での備蓄を目指すのなら、真空断熱と再冷凍システムにかかっていた負苛を減らす効果が引き出せる。液化した水素は電子スピンのエネルギーを放出してその向きを変えるとき、微小な熱を発生させていた。これが液化水素を気化させる熱源となっていることから、エネルギー状態を最低にしておけば、内的条件による気化を防いで再冷凍するための負担を軽減する効果が得られるのである。また液化水素の冷熱で誘導する高温超伝導応用技術が公開されるようになると、さまざまなテクノロジーを刺激して大輪の花を集中的に咲かせる百花繚乱の時代がやってくるようになるはずだ。この時、日本が世界を牽引して行くための「外的」条件が整うだろう。

水を資源とする究極のエネルギーシステムをつくれば、環境に負荷を与えない自給自足型の汎用モデルができるだろう。発電した後元の水に戻るだけだから、環境負荷は一切生じない。あらゆる水素化合物をエネルギー資源とすることは理論的に不可能なことではないが、水素を抜き去った後の最終処置をどうするかという課題が新たに生じてくるだろう。その処分方法を前もって検討しておかなければ、二酸化炭素の単純な増加が温暖化による気候の変動を生み出していた現実があるように、なんらかの非水素系化合物を生み出して未知の現象を惹起しないとも限らない。二酸化炭素が温暖化を促進する温室効果ガスだった、ということが一般に知られるようになったのは80年代になってからのことである。18世紀半ばの産業革命の頃から20世紀の終わる頃まで、人類が二酸化炭素濃度の上昇がもつ意味を理解することはできなかったのだ。
副作用のない持続再生が可能なエネルギー供給システムというのは、水を起源とする循環型の水素資源でなければ成り立たないのである。それを有効なものにする方法はたくさんある。古典的な電気分解法ではエネルギー収支がとれないため、経済合理性を引き出すことはできない。電気分解という方法を実用化するためには、ある特別の条件を満たさなければならない。その条件とは、超伝導という電気抵抗のない状態を安定的に維持する、ということである。

電気分解以外で水から水素を取り出す方法はたくさんある。確認されているものの中で最も小型のものなら、自動車に搭載することもできるような潜在能力をもつものが登場している。水素はガソリンと同じ内燃機関で燃やすことができる資源であるため、バイフューエルという方式を採用する自動車が数年前から市販されていた。先行しているこのBMWというメーカーでは、スイッチ一つで燃料種別を切り替えることができる水素・ガソリン併用型エンジン車の開発が進められていたのだった。そのバイフューエルタイプの自動車で高圧水素から液化水素へと備蓄方法を切り替えたモデルが、つい先月発表されたばかりである。バイフューエルという燃料を併用するための方式は、水素ステーションがまだ普及していないために編み出された暫定的な措置である。水素供給インフラが整うまでの間は、この経過モデルが水素エンジンによる移動体のトップランナーになっているだろう。だが、液化水素の応用技術が普及浸透するようになると、超伝導電気自動車の方がおそらくコスト面で有利になるはずである。日本は、将来をしっかりと見据えた慎重な投資を堅実に進めるべきであろう。

水素を資源とする近未来の移動体は、その動力源が内燃機関であろうと燃料電池であろうと、必ず純水を排出することになっている。水素燃料で走る移動体が登場すると、ヒートアイランド現象はなくなってしまうだろう。多くの移動体が散水して走りまわるようになるため、気化熱による冷却効果が日中安定して得られるようになるからである。その代わり、日本の夏では毎日のように夕立が戻ってくるようになるだろう。冬なら水のままタンクに備蓄しておくことによって、まとめて側溝などに捨てればよい。水を分解する装置が一般化すれば、燃料タンクには水を注入すれば運動エネルギーが取り出せるというモデルが登場するだろう。この段階になると二次生成した純水を循環させるモデルが登場しているはずである。燃料となる水を補給することなく長距離走行を可能にするのは、それほど難しい課題ではなさそうだ。そんなことを実用化するシーズは、既に発明されたものがニンゲンの手の上に乗っている。花を咲かせるかどうかは、同時代を生きる人類の心がけ次第だといえるだろう。

この小型水分解装置の動作原理は、熱化学反応というものである。熱と触媒があればいつでも水を分解することができるようになっている。反応速度は極めて速い。この方式なら水素分子の状態で資源を備蓄するまでもなく、水の状態のままで水素資源を取り出す装置へと発展させてゆくことができるだろう。600~700℃程度の熱源は必要だが、これは蓄電装置にある電力から取りだす工夫を導入すればよい。蓄電容量を多めにとっておけば、熱が不足して水分解に困るようなことはおきない。蓄熱材と組み合わせてやることで、電力消費の少ない水分解システムを構築することは充分に可能である。近在に工業炉をもつ工場があれば、その廃熱を有効利用することもできるだろう。不用になった熱を資源として水分解反応に応用するなら、より合理性の高い水素資源の創出が可能になるはずだ。

内燃機関の排熱は600℃程度である。この熱を水分解反応に取り込むことができるため、エンジンを始動させた後でなら水から水素を熱化学反応で連続的に抽出することは可能である。このモデルでは、燃料タンクには水が入っていればよい。二次生成するのも水であるところから、若干の工夫を加えることによって、閉鎖系のエネルギーモデルが自動車産業に登場する時代がやってくるものとみられる。大気を燃焼室内に取り込まなければ、窒素酸化物が生じるようなことはおきない。水には燃焼に必要な酸素が33%含まれている。大気中の酸素はおよそ21%なので、水分解した後の酸素を転用すれば燃焼効率を既存のエンジンより大幅に高くすることができるだろう。

臨界温度に達すると、水素と酸素とが同時に得られるようになるという装置である。反応容器内で再結合しないような配慮は必要だが、水素分子だけを先に取り出して燃料電池で発電を行うのなら、蓄熱で消費した分の電力を常に補えるシステムを組むことができるだろう。内燃機関でも同様のシステムを維持することは不可能ではない。水分解で同時生成した酸素の使い道は、いろいろなプランが検討されている。蓄電装置をエネルギーシステムに組み込むということは、直流の二次電源をもつということである。交流がゼロボルトである大地を目指して流れ下ってゆくのに対して、直流の二次電源ではプラスからでた電流は自身がもつマイナスの電極へと向かってゆく。負苛を発生させる電気製品のスイッチが入ると、そこで始めて電流が流れるような仕組みになっているので無駄な電流は生じない。これは交流の非接地系でも同じことなのだが、交流で発生する負苛変動は地下へ投棄する電流の方を見えないところで増やしていた。直流の二次電源とは決定的に異なった結果を、交流送電は生みだしていたのである。
エネルギー供給システムに蓄電装置というバッファ(緩衝装置)を組み込むということは、使った分だけを後でゆっくりと充電してやればよいということである。需要の減った時間帯で消費した分の電力を補充してやれば、翌朝からの需要に予め備えておくことができるようになるのである。

現在日本の石油備蓄残高は、海上で備蓄している分も含めてほぼ半年程度の需要を賄うレベルに達している。小型の水分解装置を住宅や企業などに導入することにより、石油を備蓄しておく必要性は大幅に減らせるはずである。水を分解するための熱を生み出す電力がバッファの中に用意されていれば、いつでも水素資源を水から取り出すことができるようになるからである。抽出した水素は燃料電池で電流となり、蓄電装置にできた充電するべき余地を埋めておくために使われる。小型の水分解装置の仕上げを急ぐことにより、所定の電流を随時取り出すことが可能な状態を需要地で実現することができるのだ。このようなまだ埋れている研究開発案件の仕上げを早めてやることで、炭素資源を輸入していた費用の総額である五兆円という金額の殆どが、日本のエネルギー産業のバランスシートから毎年消してしまえるようになるのである。

不要になった炭素資源を購入するための決済資金を善用するなら、大きな経済発展を導く飛躍のチャンスをこの国の中に作り出せるようになる。日本にはこのとき、世界を牽引してゆくという大きな使命が与えられることだろう。但し、航空燃料と高分子化学の分野では、原油の輸入は今後も末永く残されるはずである。航空機では水素の燃焼速度が極めて速いため、消費効率も非常に高くなっている。スペースシャトルの補助燃料タンクが異様に大きかったのは、液体水素と液体酸素を大量に消費して巨大な推力を生み出すロケットエンジンだったからである。航空機ならロケットのような大きな推力は必要がない。水素という燃料は航空機の運行にとって、決して経済効率のよい資源であるとはいえないのである。大量の水素燃料を積み込むスペースを客席に充てるなら、その分だけ収益を多くすることができるのだ。燃料補給の間隔を長く取れるようになっていれば長距離飛行ができ、運用効率はその分改善されたものになるだろう。


エネルギー備蓄を分散状態で充実させておくというのは、決して不可能なことではない。総合力を引き出すことにより、災害時であっても日常生活を変える必要のない住宅用エネルギー供給システムを提供することは可能である。独立分散型のエネルギー供給システムを搭載した免震構造住宅を普及させることにより、大地震に遭遇しても避難場所へ移動するという事態を回避すればよいことだ。住宅に太陽光発電システムが搭載されていれば、水素燃料がなくてもある程度の充電は可能である。自然エネルギー(太陽電池、風力、マイクロ水力)などと、燃料電池を併用するなら最適な電源構成となるだろう。蓄電設備を導入するだけで、無駄となっていたエネルギー消費を応分に減らす効果が得られるからである。高温超伝導応用技術の実用化が進むと、数年以内に水を資源とするエネルギー供給システムは普及段階を迎えるようになるだろう。この技術は既に実用化の直前のところまできている。開発の仕上げを急ぐことにより、短期間で普及機をリリースすることができるようになるはずだ。この段階に至れば、環境の回復と経済の再生を同時に進めることは容易であろう。超伝導応用技術の仕上がり方次第という話ではあるのだが、太陽電池がそこに設置されているというだけで、自然エネルギー単独でも十分な住宅用の電力備蓄を実現することができるようになっているはずである。


2006年12月14日

連載コラム13 楽園ロタ島:ゾーニングの重要性(後)









今回は、連載コラム12からのつづき。ロタ島でのゾーニングの提案を試み、水素の島を目指す『アクエイリアス・プロジェクト』について考えてみたい。私のロタ島に関する連載コラムの最終回となる。





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5.自然保護は分散して広くネットワーク化



市街地など環境負荷は一ヶ所に集中すると自然環境の受けるダメージが小さくなる。逆に、自然環境のための対策は、一ヶ所一分野だけで徹底的(集中)にやっても努力の割に効果がそれほど上がらず、従って環境全体への貢献は少ないことをお話した。自然保護などはその好例だ。ほどほどの保護で良いから、できるだけ広範囲に広げて分散させネットワークする方が、徹底的な保護を極く狭い範囲だけでするより、ずっと大きな効果が得られる。もちろん、徹底的な保護を広範囲にとれるのが理想であることは言うまでもないが。



現在、ロタ島にはウェディング・ケーキ・マウンテンの他に、2つの保護区がある。ひとつは緩い保護ながら比較的広い面積を持ち、ロタ島最高地点であるサバナ山(標高495m)を含む高原のサバナ地区(写真)。もうひとつは、かなり徹底しているが狭い範囲のバード・サンクチュアリだ(写真)。












この3つの保護区をロタ島の地図上で見ると、あまりに少なくしかも分断されていることが分かる(地図)。これでは自然環境への貢献はあまり大きくないと言わざるを得ない。(現状ではその間の自然が豊かなので全く問題ないのだか、将来どうなるのかは分からない。)








これでは、ロタ島の素晴らしい自然環境を末長く守るためには全く不十分だ。自然保護区はより広くとり、さらにそれぞれをネットワーク化したい。特に鬱蒼(うっそう)としたジャングルが手付かずのまま残っているロタ島東部地区は是非保護したい(写真)。また、素晴らしい海岸線と海中のダイビングスポットも守りたい(写真)。ウミガメが産卵する(らしい)砂浜は、人間を近づけない厳重な保護区とする。さらには、ロタ島北東部の岩盤が浸食されてできた絶壁の海岸線も、ダイナミックで素晴らしい景観だ(写真)。












いずれにしても、緩い保護でよいから、現在よりもっと広い地域をカバーし個々の地区をネットワークするような保護区を設定したい。しかもそれは海岸線と沿岸の海中も含める(地図)。緩い保護というのは、場所や状況によっては自然環境に配慮した農林水産業や観光などの持続利用を認めるという意味だ。








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6.近自然学からのゾーニング試案



土地利用のためのゾーニングには、建設許可地区(宅地)、公共施設、公園、農地、森林、道路、空港、港、送電線、パイプライン、ゴミ処理場、河川湖沼、リクリエーション地区、自然保護区などが規定されるのが一般的だ。








しかし、今回のコラムではそこまで厳密に考える必要性はないだろう。最も重要なのは、ロタ島において、どこを人間が利用し、どこを自然のために確保するかの線引きだ。



今ロタ島で人間が利用している場所を地図上で見ると、飛行場やシナパル村のある中央部、砂浜のビーチとホテルのある北部海岸沿い(写真)、そして南北2つの港とソンソン村のある西部に偏っていることが分かる(地図)。










そこで、現状での土地利用を尊重して、島民の豊かさと自然環境の両方のために、以下のようなゾーニングを提案する(地図)。








できるだけ広い地域を自然保護区とし、人間の利用をコンパクトにまとめた。人間が利用する場所でも、野放図に建物や道路を造ってよいわけではなく、ここでも『負荷は集中の原則』が生きていることを忘れてはならない。



自然保護区には数段階の保護レベルがあり、ウェディング・ケーキ・マウンテンやバード・サンクチュアリのように、全く人間を入れない厳格なものから、サバナ高原のように、持続利用を認める緩いものまで色々な段階がある。

例えば、環境に配慮した有機農業などであれば、場合によっては保護地区の周辺部で許されることもあり得る。それに環境に配慮した有機農業なら、ロタ島の売りになる可能性も大きい(写真)。素晴らしい自然が特徴であるロタ島では、環境配慮は絶対条件なのだから。








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7.提案:『保護候補リスト』を作る



ゾーニングにより、できるだけ集中した土地利用をし、反対にできるだけ広い範囲の自然やランドシャフトを守る。しかしそれだけではまだ不十分だ。知らないうちに多くのかけがえのない物件が壊されてしまう危険性を払拭できない。



そこで、スイスで成功している『保護候補リスト』を提案したい。



自然、動植物、地形、地域、景観、建物、文化……などがその対象となり、保護したいと思う具体的な物件をどんどんリストアップしてしまう。例えばスイスでは、1本の大木、レンガ積みの煙突、山並み、見晴らし、森の小道、せせらぎ……などもこの保護候補リストに載る。『保護候補』リストであって、『保護』リストではないことに注目していただきたい。今までは保護リストであった。保護するためにはそれなりの調査や検証が必要で、そうすると時間とお金がかかる。つまり時間的金銭的な効率が悪い上に、検証している間にどんどん壊されてしまいかねない。そこで、『保護候補』をリストアップする。これには検証が不要だ。しかし、この保護候補リストに載っている物件を壊すようなプロジェクトが起こった場合、その施主がちゃんとした調査とその物件を守るためのミティゲーション(破壊緩和)措置を示さなければならない。



これで次世代に伝えたい大事な物が壊される危険性が著しく減るだろう。



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8.エコヴィレッジをどこに造るか



ロタ島での『アクエイリアス・プロジェクト』のひとつのテーマであるエコヴィレッジ(エコタウン)をどこに造ったらよいのだろう? 一般的には、ソンソン村に隣接させるのがよい。『集中化』によって、同じ利用面積でありながら自然環境へのインパクトが減る(それほど増えない)からだ。しかしながら、ここに大きな問題がある。実はソンソン村はロタ島の本島とウェディング・ケーキ・マウンテンを結ぶ低地にあるのだ(写真)。








地球温暖化により台風が年ごとに大型化している。ロタ島でも多くの家が吹き飛ばされ、今ではほとんどの家がコンクリート造りになってしまった。ところが別の問題がある。大型台風による高波が、ソンソン村を通り抜けるようになったのだ。まだこの被害は大きくないが、将来のことを考えると、エコヴィレッジは高台に設定したい。そこで、標高50m程のテラス状の岩盤の上のカーン地区(Caan)が注目されることになる(写真)。








もしカーン地区が、手付かずのジャングルを切り開かなければならない場所ならエコヴィレッジの建設場所としてふさわしくない。しかし、ここはタロイモやココナッツなどの農地が放棄されたすでに開けた場所だ(写真)。そんなわけで、逆にエコヴィレッジを造ることにより、環境への貢献も同時に期待できよう。








なによりその眺望が素晴らしい(写真)。ここなら私も住みたいと思う。








このカーン地区に、スイス・ドイツでは当たり前になりつつある、建築生物学(バウビオロギー)と建築生態学(バウエコロギー)(注1)を駆使した住みやすく、省エネで、環境負荷が少ない家を建てる(写真2枚)。もちろん、新たに熱帯のロタ島バージョンの開発が必要であるが、基本の考えは同じだ。










エネルギーと資源は可能な限り太陽エネルギー起源の、太陽光、太陽熱、バイオマス、風、雨水、間接熱などを有効利用し、エネルギーのキャリア(運搬)とサーバー(貯蓄)には、世界最先端の水素テクノロジーを使う予定だ。



カーン地区の22,000m2の土地に、一戸建てと2ユニット(2世帯)集合住宅を合計8棟、12ユニットほど(うち1棟2ユニットは管理オフィスと近自然学研究所)を建てる。一戸建ては常住者用、集合住宅は短期と長期滞在者用だろうか。いずれにしても、どの家からも素晴らしい眺望が堪能できる、そんな配置を考える。



このエコヴィレッジには、ハイテクとローテクを組み合わせた最先端のテクノロジーによるエネルギー・システムが導入されるので、専門知識を持ったプロによるしっかりした維持管理が不可欠だ。またそのようなサービスの提供は、エコヴィレッジの住人にとっての大きな安心にもなるだろう。



常住者や滞在者の数が安定すれば、美味しい熱帯のフルーツや新鮮な野菜などをエコヴィレッジの農園から供給することも考えられる。有機農法やパーマカルチャー(注2)を活用した、環境負荷が少なく、健康で、美味しい農産物を安定的に得られるのは大きな魅力だ。



なんともワクワクするようなプロジェクトではないか。



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9.終わりに



ひとつ注意しなければならないのは、ロタ島はチャモロ人たちの島だということ。かつてスペイン、ドイツ、日本、アメリカがやったような、さらには今中国がカジノ建設を通して目論んでいるような、いわゆる植民地化(政治経済的な意味だけではなく、文化的な意味も含めて)を繰り返してはならない。近自然の島を実現しようという今回のプロジェクトがここに住むことになる日本人たちにとって、これからの素晴らしい人生を約束してくれることは間違いないだろう。しかしそれと同時に、チャモロ人たちに豊かな生活をもたらせ、さらに彼らの新しいアイデンティティーの確立を手助けできるなら、こんなに素晴らしいことはないではないか。



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今回で私の連載コラムは終了します。長い間お付き合いしていただき、どうもありがとうございました。コラムの文章とグラフィックは、私の考えに賛同していただける限り、ご自由にお使いになって結構です。ただし、コピーライトを放棄したわけではないので、使われる場合には出所を明記してください。よろしくお願いします。



では、皆さんごきげんよう!






2006年12月13日、スイス近自然学研究所にて




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注1)建築生物学(バウビオロギー Baubiologie)と建築生態学(バウエコロギー Bauoekologie)

建築生物学(バウビオロギー)は住人の健康を重視し、建築生態学(バウエコロギー)はエコバランスを見る。エコバランスとは、エコロジカル・バランス、つまり生態的エネルギー収支という意味。建築、使用、維持、撤去、廃棄物処理などに必要とするエネルギー総量を見て、環境負荷を評価する手法だ。

建築生物学は住人の健康という抽象的なものをターゲットとしているので、数値で比較することが難しい。それに対して、建築生態学はエネルギー使用量という数値化が可能だが、生物の種の多様性や健康や気持良さなど、エネルギーの数値だけでは評価できない要素は含まれないのが難点。

この両者は、目指すところに大きな違いはないが、提唱者の視点が少々異なる。本来は、両方を考慮し、双方の良さを組み合わせることが理想だ。それにより、住人の健康を害さず、環境負荷の少ない快適な建物の建設が可能となる。





注2)パーマカルチャー

パーマネント・アグリカルチャーの略。パーマネントは『永久の』、アグリカルチャーは『農業』という意味。つまり、永続的農業、循環農法とでも訳せようか。

オーストラリアのビル・モルソンが不耕起農法を始めた日本の福岡正信氏の影響を受けて確立したと言われる。真否は不明だが、多くの共通項を持つことは確かだ。

現在一般的な農業は、肥料などの物質を外から投入し、農産物を外へ持ち出すという物質やエネルギーの一過性が基本だが、パーマカルチャーでは、物質の循環を目指す。私が連載コラム7『楽園ロタ島:ゴミは資源だ!』でお話した、物質が太陽エネルギーで循環するというこの世の基本原則を農業で実現するものと言えよう。


PDF版

2006年12月13日

なぜ古代ローマ帝国は滅亡したのか

古代ローマ帝国は、いわゆる五賢帝時代に最盛期を迎えた後、徐々に衰え、大移動を開始したゲルマン民族に蹂躙され、滅んだ。なぜ古代ローマ帝国は持続不可能になったのか。諸説を検討しながら、考えよう。

1. 古代ローマ帝国はいつ滅びたのか

古代ローマ帝国がなぜ滅んだのかを考える前に、そもそも古代ローマ帝国の滅亡とは何かから考えなければいけない。ローマ帝国自体は、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)として、オスマン帝国のメフメト2世がコンスタンティノポリスを陥落させた1453年まで続くわけだが、 定説では、古代ローマ帝国は、西ローマ帝国が滅亡した、すなわち幼帝ロムルス・アウグストゥルスが、ゲルマン人オドアケルの圧力で退位した476年をもって終焉を迎え、そこから中世が始まったということになっている。だから、その後の東ローマ帝国は「中世ローマ帝国」と呼ばれることがある。

もっとも、476年というのは、ローマ帝国の歴史にとって特別に画期的な年ではなかった。そもそも、ロムルス・アウグストゥルス帝は、正統な西ローマ皇帝であるネポス帝をクーデターで追放したゲルマン人オレステスが擁立した、傀儡皇帝(実の息子)で、東ローマ帝国皇帝をはじめ、周囲は正当な皇帝とは認めていなかった。だから、最後の正統な西ローマ帝国皇帝であるネプス帝が殺害された480年を西ローマ帝国が滅んだ年とみなす学者もいる。

しかし、それ以降も西ローマ帝国は存続したとする見解もある。800年に、フランク王国のカール大帝が、ローマ教皇より西ローマ帝国皇帝の称号を得たことで、西ローマ帝国が復活し、それは神聖ローマ帝国として引き継がれたという事実がその根拠である。1453年に東ローマ帝国が滅びた後も、オスマン帝国やロシア帝国がローマ皇帝の継承を主張した。もちろん、それは形式的な継承に過ぎないが、こうした事情もあって、ローマ帝国がいつ滅びたかに関しては、明快に答えることができない。

一つ確実に言えるのは、ローマ帝国はトラヤヌス帝(在位:98年-117年)の時に版図が最大となったが、その後、辺境の蛮族の攻撃を受け、変質し、段階的に衰退していったということである。ここでは、古代ローマ帝国の滅亡の年を特定することなく、5世紀ごろに事実上消滅したとみなしつつ、その段階的衰退の原因を探りたい。

2. 様々な説の検討

古代ローマ帝国滅亡の原因としては、様々なものが挙げられている、中には、結果と原因を混同しているものもあるのだが、ここでは、代表的なものを挙げて、論評しよう。

2.1. 蛮族侵入説

最もポピュラーな説は、古代ローマ帝国は、周辺の蛮族、特にゲルマン民族に滅ぼされたという説である。確かに、4世紀から5世紀にかけて「ゲルマン民族の大移動」と日本で呼ばれている現象が、主として西ローマ帝国の領土内で起きており、これが直接の原因であったことは、私も否定しない。問題は、なぜ、ゲルマン民族の大移動が惹き起こされ、なぜ西ローマ帝国は、東ローマ帝国とは異なり、それを撃退し続けることができなかったかである。

なお、この説を補強するものとして、3世紀にゲルマニアで蹄鉄が発明され、ゲルマン民族の騎馬勢力が強力となり、歩兵中心のローマ軍を圧倒したという説があるが、当時のゲルマン民族には歩兵も多かったし、またこれと戦っていたローマ軍の中にも、大量のゲルマン人の傭兵がいたから、あまり説得力はない。

2.2. 士気低下説

『ローマ帝国衰亡史』の著者として有名なエドワード・ギボンは、ローマ市民の道徳の低下が、根本的な原因だと見ていた。ローマ市民は、国防をゲルマン傭兵に頼るようになり、それが命取りになったというわけである。またキリスト教が普及するに連れて、人々の関心がこの世からあの世に行き、こうした精神的な変質も原因の一つとして挙げられている。

これもあまり説得力のない説明である。ローマ帝国が、領土を拡張するにつれて、被征服民を軍団に参入していくことは不可避的である。ゲルマン民族と一口に言っても、ローマ帝国の国境近くにいる文明化された近蛮族とその背後にいる遠蛮族がいて、近蛮族がローマ帝国内に侵入してくる原因の一つは、遠蛮族による圧迫があったわけだから、近蛮族を使って遠蛮族を攻撃するという戦略は決して悪くはなかった。また、キリスト教が原因で西ローマ帝国が滅んだとするならば、同じ原因で、キリスト教徒がもっと多かった東ローマ帝国も早々と滅んだはずだが、そうではなかったから、これも原因とは考えられない。

2.3. 貨幣改悪説

経済的側面から、ローマ帝国の滅亡を説明しようとする人もいる。例えば、3世紀以降、貨幣の銀含有率が大幅に低下し、これがインフレをもたらしたという事実がよく指摘される。しかし、もし国家財政が豊かなら、発行している通貨に金や銀が一分子も含まれなくても、インフレを惹き起こさないはずである。金や銀が不足したから、商品経済が衰退したわけではなかった。

問題は、蛮族侵入の頻発化で、歳出は増える一方なのに、農作物が不作で、歳入が落ち込んでいたことである。古代ローマ時代も末期になると、ローマの軍隊は、 かつての三十万から六十万に倍増し、借地料は、10%から50%以上に跳ね上がっていた。このため、耕作を放棄する農民が続出し、農地が荒れ果て、収入の不足を補うために、さらに借地料が上げられるという悪循環が続いた。

古代ローマ時代末期のインフレは、経済成長をもたらすインフレではなくて、スタグフレーションの様相を呈していた。

なぜなら、三世紀後半になって、金利の低下現象が起こっているのだ。「パクス・ロマーナ」が完璧に機能していた時代の金利は年率十二パーセントが普通であったのが、この時代四パーセントにまで下がっているのである。これも、投資意欲の減少傾向の反映ではなかったか。

スタグフレーションは、物不足が深刻になった、敗戦や石油危機のときの日本に起きたような、景気後退をもたらすインフレで、実質金利は低くなる。では、なぜスタグフレーションの原因となる物不足が起きたのか、この点が問われなければならない。

2.4. 疫病流行説

古代ローマ帝国では、2世紀から7世紀にかけて人口が減少した。これは、疫病の流行が原因だと言う人がいる。144-6年、171-4年にエジプトの人口が2/3になり、165-180年には、マケドニアから始まって、ローマ帝国のほぼ全土に「アントニヌスの疫病」が、251-266年には、一日に5千人が死ぬ、より悪質な「キプリアヌスの疫病」が流行した。こうした疫病が人口を減少させ、それが税収の不足をもたらしたという説が唱えられることがある。

しかし、古代ローマ帝国の衰退が決定的になる3-5世紀には、大きな疫病の流行はなかった。もしも農作物が十分実っていたのなら、疫病で一時的に人口が減っても、すぐに回復することができたはずである。問題は、なぜ、人口を回復させるだけの食料が生産できなくなったかである。

3. ローマ帝国衰退の気候的原因

ローマ帝国が、衰退した原因は、二つある。一つは、ゲルマン民族の侵入の頻繁化とそれに伴う軍事支出の増大であり、もう一つは、作物の不作による税収入の減少である。歳入が減り続け、歳出が増え続ければ、当然のことながら、国家財政は破綻する。この二つの現象は、一つの原因で説明できる。気候の寒冷化である。気温が下がると、凶作となる。また、北方の騎馬民族は、南の暖かい気候を求めて、南下してくる。

振り返ってみると、ローマ帝国は、温暖化により膨張し、寒冷化により収縮したと言えそうである。紀元前800-400年の精神革命寒冷期において花開いたギリシャ文明は、ローマ帝国に受け継がれ、その後の温暖化とともに、ローマ帝国の版図は拡大し、トラヤヌス帝の時に最大になった。しかし、トラヤヌス帝が死去したあたりから、気温は再び下がり始めた。

以下の図は、古代ギリシャの黎明期から中世初期にいたるまでのヨーロッパの気候の変遷を説明した図である。

The Long Summer: How Climate Changed Civilization

左上は、精神革命寒冷期の頃のヨーロッパの気候である。地中海性気候の北限を示すライン(Mediterranean)が、現代よりも南にあることがわかる。右上の図は、ローマが繁栄していた頃のヨーロッパの気候である。地中海性気候のラインが、現代よりも北にあることがわかる。ローマ人たちは、地中海性気候の北上に合わせるかのように、ケルト人を駆逐して、北方へと膨張して行った。そして左下の図は、ゲルマン民族が南下して、建国した頃のヨーロッパの気候である。地中海性気候のラインは再び南下している。あたかもこのラインの南下に合わせて、ゲルマン民族は南下したかのようである。

もしも、寒冷化が西ローマ帝国を滅ぼしたのだとするならば、なぜ東ローマ帝国は、同じ原因で滅びなかったのかと読者は訝しく思うかもしれない。東ローマ帝国は、西ローマ帝国とは異なって、高度な文明国であるペルシアと国境を接していた。このため、税源を農作物のみに頼る必要はなく、交易による富にも依存することができた。このため、凶作による税収入の落ち込みが、西ローマ帝国ほどひどくはなかったと考えられる。

4. ローマ帝国と漢の運命

ローマ帝国の衰退期に当たる西暦100-700年の寒冷期を日本では、「古墳寒冷期」と呼んでいる[阪口豊:日本の先史・歴史時代の気候,科学雑誌,1984年5月号,p.18-36]。日本国内で古墳が造成された時代と重なるから、こう呼ばれているのだが、世界的な寒冷化を呼ぶ名称としては、「民族大移動寒冷期」の方がふさわしいのではないだろうか。なぜなら、この時代、北方騎馬民族が南下するという現象がユーラシア大陸全土で見られたからである。

江上波夫氏の有名な騎馬民族征服王朝説も、この世界史的出来事を背景に、4世紀の日本における大和朝廷の成立を説明したものである。彼は、古墳時代後期の副葬品に、前期とは異なって、馬具類が見られることなどから、ユーラシア大陸の騎馬民族が、朝鮮半島を南下して、北九州に上陸し、さらに畿内に遠征して、大和政権を樹立したのではないかという仮説を立てた。私はこの仮説を支持しないが、いわゆる神武東征は、気候悪化を原因とする一種の民族大移動であったと解釈している。

他方で、中国では、地中海世界とパラレルな現象が起きた。精神革命寒冷期において、ギリシャのポリスが争いながらも高度の哲学や学問が栄えていた頃、中国では、春秋戦国時代で、諸子百家が様々な思想を唱えていた。アレキサンダー大王、続いて、ローマがギリシャ文明を継承して、広大な帝国を築いていた温暖期には、秦の始皇帝、続いて漢が高度な中国文明を継承して広大な帝国を築いた。

しかし、民族大移動寒冷期になると、ローマ帝国にゲルマン民族が移住を開始したように、中国の華北地方に北方遊牧民族が移住を開始した。そして、旧西ローマ帝国の領土が、ゲルマン民族の群雄割拠状態となっていた頃、華北は、五胡十六国時代と呼ばれる、北方遊牧民族による群雄割拠状態となっていた。700年以降の温暖期にフランク王国による統一王国ができた頃、中国には唐という統一王朝ができた。

最後に、もう一つ類似性を示そう。凶作と治安の悪化という絶望的な時代に、ヨーロッパでキリスト教が普及した頃、中国では仏教が普及しだした。キリスト教の原型である古代ユダヤ教と仏教の原型である原始仏教が精神革命寒冷期において誕生し、民族大移動寒冷期において、ヨーロッパと中国という新天地で信者を獲得したことは、偶然とはいえない。キリスト教と仏教は、ともに去勢宗教である。母なる自然が冷たくなった時、去勢が行われるのだ。

2006年12月12日

米国の底力

第二次大戦に勝利した米国は、自由主義と民主主義を唱える西側陣営のリーダーとして君臨し、社会主義を唱える東側陣営と対峙しました。19世紀のイギリスによる覇権が次第に弱まり、2つの世界大戦を経て、米国による覇権にシフトしたことになります。20世紀は米国の時代であったがいつまで続くのでしょうか。米国の覇権が衰退し、その後どこの国が引き継ぐことになっても、移行期には20世紀の世界大戦規模の戦争が何回か起き、大量の血と膨大なカネが浪費された後、誰もが納得する事実により、覇権の移行が完成することになります。戦争を回避するためにも、なるべく米国には踏ん張ってもらいたいと考えています。

真珠湾攻撃を受けた後、リメンバー・パールハーバーの号令の下、民主主義陣営を守れとか、枢軸国の支配から民衆を解放しようという大義名分が米国に広がっていた。米国は抽象的なスローガンと強大な敵が存在する場合に、一致団結してとても強い国になります。逆にベトナム戦争や今回のイラク戦争で、何のために戦争をするのがあやふや状態で、国内がいくつかに分裂している時は、強さが全然活かされません。戦争の目的や意義を明確にすることと、敵は誰でどんな行動をするのか、国民が戦争遂行を支持すること、これらがうまくいくと、米国の潜在能力がフルに発揮することができます。
2001年9月11日の世界貿易センタービル崩壊事件をきっかけに米国民はテロに対する戦争で一致団結したものの、5年以上経過し、終わりの見えない戦争で、敵もよくわからないこともあって、手頃な敵としてイランを選んだが、現時点で核がある北朝鮮を攻撃しないのに、核がないイランを攻撃するのはおかしいではないかという議論もあって、うまく進んでいません。米国民を一致団結させるため、第二の911事件や副大統領暗殺未遂くらいのことはやりそうです。

経済面に視点を移すと、ニクソンショックを始め、米国は自分が不利になるとルールを自分の都合に良いように勝手に変更し、他国にそれを押し付けることを繰り返してきました。日本は米国のわがままに従うだけでしたが、フランスなどは機会がある度に反発しましたが結果として受け入れるための条件闘争であり、米国のわがままを翻らせるまでには至りませんでした。湾岸戦争の戦費負担も自国でまかなえないから同盟国に負担を求め、日本は1兆円の負担を強いられました。米国の貿易赤字を日本や支那の黒字国が支えている構図は次第に強まりつつあります。ソ連が崩壊して東側陣営が資本主義に転じ、強大な敵を失った米国は唯一の超大国としていい気になりすぎ、親米国が反米国に転じるケースが多くみられました。グローバル化が貧富の格差を広げてしまったからです。冷戦時代は西側陣営に引き留めるため、経済援助などもしてきたのですが、それも昔の話となりました。テロの原因が貧困に由来するため、テロをなくすには貧困を解消することが近道なのですが、外国で内戦を起こしたり、貧乏人がますます貧乏になる政策を遂行するなど、逆方向に進んでいるように見えます。ここまで見ると米国は衰退しつつあるという意見に賛成したくなります。

1942年、米国の総力を上げて、日独伊の枢軸国を叩き潰すため、自動車業界に対し、民間向けの自動車の生産を止め、航空機、戦車、トラックなどの兵器を生産するように指示をしました。これによりただでさえ生産力の差が大きいのに、物量作戦により枢軸国は次第に敗北への道に追いやられました。ちなみに、戦争が終わるまで米国市民向けの自動車は生産されなかったそうです。この故事から、京都議定書に反対して経済成長を優先している米国でも、大統領による方針転換(テロとの戦争から環境に対する戦争への転換)があれば、強力なリーダーシップで、Co2を出さなくするための行動は可能であるという意見を聞くこともあります。再びリメンバー・パールハーバーの号令で米国が一致団結することがあれば、逆転も可能です。米国は戦略的に行動する国であるため、世界をあっと言わせるルールを押し付けて、苦しい状況を打破することが何度かあったため、潜在力はとても強い国ですから、注意が必要です。

橘みゆき 拝

国際テロネットワーク対策

既に報告があった襲撃事件に対して日本政府関係者より国際的なテロ対策会社クロール社を紹介いただきました。シンガポール警察に協力し、更に2007年1月28~31日のアブダビ国際展示会(Environment2007 & Japan Today)に向けて関係諸団体はセキュリティを大幅に強化しております(事件についてはここを参照)。

クロール

現在、日本に潜伏中のテロリスト及びその背後の国際テロネットワーク、日本国内の実働組織である広域指定暴力団及び企業舎弟、国内行政に潜伏し個人情報漏洩に協力する諜報員に至るまでを調査範囲として万全のセキュリティ対策を広範囲に行っております。シンガポール警察担当者及びクロール社取締役は国境を越えたジャパニーズ・マフィアに衝撃を受けています。シンガポールでは世界最高レベルの重罰主義を取っている国として有名だからです。今回、襲撃を受けた企業はシンガポールのビジネス組織の頂点に位置するシンガポール・ビジネス連盟(SBF)加盟の優良企業の外国人資産家役員宅でした。また、京都議定書対策を中心とする多国間合弁企業設立の国際会議中のテロ行為とあいまって関係諸氏に与えた衝撃はかつてない大きなものであり波紋となりその影響は拡大しております。

【シンガポール刑法】

鞭打ち刑・・・凶器を使用した傷害、恐喝、集団暴行、器物の破損、密入国など、シンガポールが国家治安上脅威とみなす罪で有罪となった者は収監と合せ鞭打ち刑に処せられる。

誘拐対策・・・シンガポールは誘拐を重罪とみなしており、犯人は極刑に処せられることになっているので、誘拐事件及び襲撃事件は稀である。そのため、子供をシンガポールの学校に通わせる近隣諸国の富裕層は多い。しかし、1999年に実業家の娘が学校帰りに誘拐され10年ぶりの事件として話題になった。(現在、鞭打ち刑を実行している国は16ヶ国)

鞭打ち刑・・・鞭打ち刑の回数には上限があり成人の場合、24回、未成年の場合は10回まで。鞭打ち刑執行の際、受刑者は裸になり、鞭打ち用にデザインされたフレームに沿って体を縛られる。特別訓練を受けた係官が、藤製の鞭(直径1.27m以下)で、受刑者の臀部を1回ずつ打つ。必ず医療係員が立会い、鞭打ち1回毎に受刑者が鞭打ちに耐えられる体力があるかどうかを検査し、認証する。医療係官が、受刑者が体力的に無理と判断した場合は、受刑者の体力回復を待って後日続行するか、鞭打ち刑を中止することができる。中止の場合は、裁判所は鞭打ち刑執行の代替として、収監期間の延長(最高12ヶ月)などで対応する。通常、3回の鞭打ちが終わる頃には、受刑者は血だらけになってショック状態に陥り、大半が失神すると言われている。

2006年12月11日

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL131

今回は、ロシアとEUそして、世界の将来について、検討してみる。
まず、冷戦終結後のロシアについては、以前書いたが、「トロイの木馬戦略」をとっていると見るべきだ。
<参考>
------------引用--------------
http://www.jp-tr.com/icerik/efsane/truva.html
ギリシャ軍にある戦略が浮かびました。それは、車輪の付いた大きな木製の馬を作り、その中に兵士が隠れるという計画でした。そこで早速、大きな木馬を作りギリシャ軍の兵士達は声を顰めて隠れました。一方残りの兵士達はあたかも戦争を放棄し、ギリシャへ戻るように見せかけて、舟出したのです。トロイ軍はすぐに木馬を見つけ不思議に思い眺めていると、そばから一人のギリシャ兵士がやって来ました。そして彼はギリシャ軍は戦いを諦め帰郷することを決めたが皆、彼を嫌っていたため彼だけを置き去りにして行ってしまったと告げ(これももちろん策略の中のひとつです)、この木馬は女神アテナに献上するためにギリシャ軍が置いていったものだと説明しました。トロイ軍も女神アテナに献上されたものであれば大切に扱わなければいけないと思い、その大きく重い木馬を引きずり市壁の門を開け、市内にあるアテナ神殿に献上しました。
トロイ軍は長く辛い戦争から解放され、街を守り抜いたという喜びで早速祝宴を催しました。宴も終わり、勝利の喜びを胸にトロイ軍達は皆、寝静まりました。すると突然木馬の中からギリシャ軍人達が飛び出してきたのです。同時に帰郷したと見せかけていた舟も全てトロイに帰還し参戦したのです。そしてトロイに住む男性を皆殺しにし、街を焼き尽くし、女性や子供を奴隷としてギリシャに連れて帰りました。このようにギリシア軍は木馬戦略により勝利を手中に治めたのでした。
------------引用--------------
すなわち、ゴルバチョフとブッシュの間で行われたマルタ会談から、1991年12月25日に74年に及ぶロシア(ソビエト連邦)におけるソ連共産党一党独裁下における社会主義体制が崩壊し、同時に15共和国による連邦体制も崩壊したいわゆる、ソ連崩壊については、全ては、KGBの計画した謀略の一端であったということだ。
つまり、当時のソ連は、アフガン侵攻に失敗し、外交上も行き詰まるとともに、国内の官僚制の肥大から、国家運営に支障を来たすところまで来ていた。例えば、当時のアネクドートには、計画経済を皮肉ったものとして、「党本部から釘を1万トン作れという命令を受けた工場が、重さ1万トンの釘を1本、作った」というものもある。
こういう状況であり、ソ連としては、内憂外患を一気に解決する大技に出る必要があった。それが「ソ連崩壊」だ。「 グラスノスチ/ペレストロイカ#6のための戦略的欺瞞の脚本
」によれば、ソ連崩壊により、以下の点を達成し、不良債権と化した東欧の放棄と国内のリストラと西側を欺くことを目的とした。
1. 東ヨーロッパの「名目的」支配を明け渡す。
2. 東ヨーロッパとソビエト連邦における民主主義諸運動を「表面的に」奨励する。
3. 鉄のカーテン開放/ベルリンの壁の破壊。
4. 東西ドイツの再統一を許す。
5. 共産主義は死んだ、冷戦は終わった、そしてソビエト連邦および東欧の共産党は死んだか、あるいは時代遅れのものであるかのいずれかだと宣言する。
そして、このような手法をとり、西側を欺く究極の目的は「NATO解体と西欧侵略」だ。既に、ポーランドやチェコに続き、ルーマニアとブルガリアという、旧ワルシャワ条約加盟国のEU加盟も決定した。全ては、KGBのシナリオどおりだ。この手法は、ナポレオンやヒトラーを撃破したロシアの伝統的な、「焦土戦略」ともいえる。
「ロシアの経済的崩壊と軍事的弱体化」は、ソ連崩壊後、西側において、大いに喧伝されてきた。「ロシアのGDPはソ連時代の数十分の一になった」という嘘もそのまま信じられている。
 だが、本当にGDPが数十分の一になったのであれば、国民所得も数十分の一になるのだから、大躍進の頃の中国と同じような、大量の餓死者がでなければおかしい。しかし、そのような形跡はない。それに、ランドパワーは常に、自国の状況を現実より粉飾して発表する。そうであるなら、「GDPが数十分の一になった」という発表には何らかの意図があると見るべきだ。
 普通の国の政府であれば、たとえ事実であっても自国の軍事力の弱体化を繰り返し対外的に宣伝することは決してしない。国の安全保障を脅かすからだ。ところがロシアは、この常識に反することを執拗に行なってきたのである。その意図は明白だ。
 はっきり言えば、現ロシアはKGBの偽装国家である。KGBが姿を変えて、国家機関とメディアと企業と社会組織全体をテロの恐怖で支配している。そのため真実を語るジャーナリストは「公開処刑」されるのだ。
何故なら、KGBにとって、最大の脅威は、「ソ連崩壊」の欺瞞を暴かれ、西側が対ソ防衛網を再構築することだからだ。むしろ、ソ連崩壊の演出により、西側の支援を受け、ロシアを再軍備させるという巧妙なやり方だ。これは、ワイマール体制期のドイツが、ベルサイユ条約により再軍備を大きく規制されながら、ラッパロ条約を通じ、当時のソ連の協力を得て、再軍備を影で進めたやり方に通じるものがある。
いうまでもないが、KGBはランドパワー連合の中枢だ。全てのシナリオは彼らが書いている。そして、KGBの狙いは西欧、なかでも「ドイツ」だ。KGBは左派のSPDシュレーダー政権を通じて、ドイツを取り込むことに成功した。東ドイツには、共産党のNWやKGB協力者が相当「残地諜者(旧帝国陸軍用語:敵の占領地内に残留して味方の反撃に備え各種の情報を収集しておく情報員)」として残っており、彼らが協力したであろうことは、想像に難くない。プーチン大統領も、かっては東ドイツで、諜報活動に従事していた。
ドイツは、上述のような、ソ連崩壊の欺瞞によりもたらされた東西冷戦の終結により自国が最前線である悲劇から、「表向き」解放され、東西ドイツの統一を果たした。更に、東欧諸国のNATO加盟により最前線はポーランドとバルト三国のロシア国境まで伸びたわけだ。つまり東西ドイツ国境から700km近く東に移動した事になる。そしてこれはドイツが700kmの戦略的縦深陣地を確保したという事に等しい。NATOの盾であったドイツは、ようやく自らの盾を手に入れた。
このような、ドイツ統一とNATO拡大の代償としてドイツはEUを経済力で支えてやらねばならない。これが、マルクを捨て、ユーロを導入した背景だ。

 そしてドイツは積極的に海外派兵へと乗り出すことにした。EUの、ドイツの、既得権益を守る為に。
この動きは、全て、「ソ連崩壊」により、対ソ包囲網の「先鋒」としてのドイツ軍に存在意義が見出せなくなったこと、つまり、ソ連の軍事的脅威が存在しないことを大前提とする。
しかし、ここに、大きな、落とし穴がある。つまり、上述の如く、ソ連崩壊⇒冷戦終結⇒東西ドイツ統一⇒EU拡大⇒ユーロ導入という流れが、全てKGBの書いたシナリオどおりの動きだ。
2002年5月のレイキャビク外相会合では、NATOとロシアとの間の新たな協調的メカニズムとして新たに設置される「NATO・ロシア理事会(NRC)」に関する原則、手続規則、作業計画が合意され、新理事会創設に関する文書が承認された。
 さらに、同月に開催されたNATO・ロシア首脳会合では、「新たなNATO・ロシア関係に関する宣言(ローマ宣言)」が署名・発出され、NRCの設立が決定された時点で、対ソ集団安全保障体制としてのNATOは、事実上、存在意義を失っており、次にくるのは、確実に「NATO解体」であり、その後は、「ロシアによる西欧の間接侵略」しかあり得ない。
ドイツは、そのことに、気づいているのか。KGBは、ここに来て、その本性を明らかにしだした。
既に、リトビネンコの毒殺に見られるごとく、ランドパワーとシーパワーの戦闘は、欧州でも始まっているといっていい。
この先の動きを戦略地政学の観点から予測してみる。
まず、独仏がロシアによって、取り込まれたという状況が変わらないことを前提に考えると、鍵を握るのは、東欧だ。地政学的に、シーパワーは常に、東欧を支援することで、欧州の大国の出現を阻止しようとしてきた。
ロシアと独仏が同盟関係を組むなら、中間の東欧は、必ず、不安定化する。歴史的にみても、三次にわたるポーランドの分割や第二次大戦の口火を切ったドイツによるポーランド侵攻は、全て、独ソ(露)間の談合、裏取引でなされた。1944年8月1日ドイツ占領下のワルシャワ、ロンドンの亡命政府の指揮下、レジスタンス組織は祖国解放を目指して一斉に武力蜂起した。しかし、当時ヴィスク川対岸まで侵攻していたソ連軍は支援に動かず、ワルシャワは63日間で20万人の死者を出し、街は灰と化した、いわゆるワルシャワ蜂起やソ連によるポーランド将校の大量虐殺であるカチンの森など、地政学的かつ、歴史的視点から見て、ポーランドは独露両国を徹底的に警戒する背景があり、西欧とロシアの同盟は常に東欧の脅威に繋がるのだ。
ここに、シーパワーが東欧に付け入る余地がある。NATOへのチェコ、ポーランド、ハンガリーの加入でもハンガリー加入はNATOでのドイツの重みを重くするものである。それに対する押さえがチェコとポーランドの加入だ。あれは単にNATOの対ロシアへの前方展開というだけでなく、NATOに親米のポーランドを加盟させることでドイツへの抑えとするものだ。
ドイツのシュレーダー前首相(SPD)は、独露間で合意された国策ガスパイプライン会社「北欧州パイプライン(NEPG」」の監査役会の会長に就任した。独露間の天然ガス供給は、前首相が在任中に盟友関係にあったプーチン・露大統領との間でまとまった。パイプライン運営の新会社NEPGは、露政府系企業ガスプロムが51%出資、ドイツ企業と連合体を組んだことに見られるように、ドイツはEUを抜け駆けして、KGBとバイラテラルな関係を構築しようとしている。はっきり言えば、一本釣りされたのだ。NEGPの社長に就任するのは、ドレスナー銀行ロシア支店の支店長のヴァルニヒという人物だが、社会主義時代には泣く子も黙る秘密警察、シュタージで対外諜報活動を担当していた。

 プーチン大統領がやはりスパイ組織KGBの出身で、東独に駐在していたことを考えると、この独露ランドパワー連合が推進するパイプライン計画は、間違いなくKGBの肝いりだろう。まさに、「トロイの木馬戦略」の面目躍如だ。ドイツがメルケル政権下で親米に舵を切るつもりなら、かならず、シュレーダーを収賄で逮捕し、対露ルートを断つだろう。逆に言えば、そうしなければドイツはKGBの手先として、シーパワー陣営の敵となる。
上述のラッパロ条約に基づくドイツの再軍備にソ連が協力したように、ランドパワーである独ソ両国は、本質的には不倶戴天の間柄でありながら、利害の一致する範囲ではお互いを利用しようとする。
ロシアの手先であるこのようなSPDが連立与党の外交を握っている限り、ドイツはEUにとって有害な国である事は確実だ。そのため、ドイツの押さえ役をシーパワー連合に支援されたポーランドがやることになる。ポーランドは、旧ワルシャワ条約加盟国であり、ソ連の衛星国だったため、ソ連圏の情報網をもっていることもシーパワー連合には魅力的だ。そして、第二次大戦を通じて、東欧諸国は、ソ連とドイツの間で大きく揺れ、幾多の売国奴を出したが、唯一ポーランドだけは、売国奴が出なかったというように、パートナーとしての信頼性も高い。
このように、シーパワーにとってアライアンスを組む価値があるため、ここにきて、下記記事に見られる如く、日本政府も東欧の支援に本腰を入れだした。このような背景もあり、日本の対東欧投資も増加している。
EUだけでなく、NATOも「ロシアの脅威を感じない古い欧州=西欧」と「ロシアの脅威を感じる新しい欧州=東欧」に分かれていく。フランスは、バルカン諸国で事が起こった時のために欧州に留まらねばならないという理由で、アフガニスタンに部隊を配置するのを断った。ドイツ・イタリア・ スペインも北部などの比較的安全な場所にいる。 危険な場所にいるのは米国・英国・オランダ・カナダといったシーパワー国の部隊だ。

 日本や豪州など巻き込んでNATOの世界展開を目指す「グローバル・パートナーシップ計画」にもフランスが「「米国は自らの世界戦略の道具としてNATOを使おうとしている」と反対している。このように、シーパワーとランドパワーの利害の不一致は表面化しだした。つまり、対ソ防衛網としてのNATO解体もしくは分裂の前提条件は揃ったことになる。全ては、KGBの書いたシナリオどおりだ。
ロシアはその地形から、国境を接する地域が世界最大であり、大きく分けて、五方面からの侵攻作戦が可能になる。この国境線の長大さが、ロシアのアキレス腱であり、ランドパワーたる所以だ。何故なら、長大な国境線の存在は、時間の経過とともに、外国勢力の侵入や反体制派の温床となるからだ。これの阻止には、KGBのような秘密警察による、反体制派の公開処刑が必要となる。まさに、ランドパワーの本能であるこういった行動は、国境線の長さや隣接する国の数に比例する。
五道とは、欧州道、中近東・中央アジア道、シベリア道、極東道そして、北極道だ。この内、ロシアが、現在苦戦しているのは、チェチェンを抱える中近東・中央アジア道だ。
三国志の時代、諸葛孔明は、自分が生きている間に魏を討たねば、蜀に未来は無いとの考えから、北伐のための、「五道作戦(呉との連携、鮮卑の軻比能、遼東公孫淵、西羌の援助、南蛮軍の追加、反曹派の名士など、全世界を巻き込んだ包囲網を作り、持久戦に持ち込んで魏を破綻させるのが孔明の基本戦略構想であったが、現実には魏への侵攻ルートが五道であったためこう呼ばれる。)」を実行に移した。
<参考>
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http://www11.ocn.ne.jp/~neko/research/hokubatu.html
さて、北伐を始める頃、蜀ではすでに、慢性的な人材不足という問題がありました。優秀な人材が次々と失われ、まさに蜀の未来は孔明一人の双肩にかかっていたといっても、過言ではないでしょう。
------------引用--------------
諸葛孔明の戦略は妥当ながら、馬謖の使い方を誤ったために、第一次北伐は失敗した。江田島孔明は、決して、そのような失敗は犯さない。 
今後は、対露包囲の「五道作戦」が実行に移せるかが、問題となる。欧州道では、ポーランドが重要になる。下記記事に見られる如く、ポーランドが食肉の禁輸問題を突破口として、エネルギー問題でEU全体の結束を図ろうとしている。これにまずリトアニアが賛同した。次に現議長国のフィンランドだ。その次に英国。次にEUではないが、ノルウェーも賛同した。全て「ロシアの脅威」を現実のものと感じている国であり、ユーロ非加盟国だ。背後に、アメリカの梃入れがあっただろう。そして、バルト三国のラトビアの首都リガでNATO首脳会談が行われた。
意味するところは、地勢的に見ても、東欧やバルト三国とロシアとの間には、高い山や大きな河川が無く、有効な防御障壁が存在しない。つまり、バルトはモスクワまで、一気に衝ける戦略的要衝ということであり、NATO首脳会談をそこで行なうことは、強力な対露恫喝だ。
この動きは、ユーロとドルの動きに密接に連動する。対ランドパワー包囲網の西部戦線である、NATOの動向から、目が離せない。
<参考>
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http://news.goo.ne.jp/article/asahi/politics/K2006113004170.html?C=S
東欧からアジア「自由と繁栄の弧」 麻生氏が新外交方針
2006年12月1日(金)01:23
 麻生外相は30日、東京都内で講演し、東欧地域から中央アジア、東南アジア付近にかけた地域を「自由と繁栄の弧」と位置づけ、民主主義体制への移行や経済発展を重点的に支援する新たな外交政策を打ち出した。安倍政権の外交戦略の柱の一つに位置づける考えだ。
 麻生氏は、ポーランドなど旧東欧諸国の民主化支援などを具体的にあげたうえで、「自由と民主主義、人権と法の支配を大切にする思いは(日本は)人後に落ちない」と述べ、米国や豪州、インド、欧州連合(EU)などとの連携を強めていく考えを強調した。
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NATO:首脳会議前に独と米英などとの対立深刻化
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/america/news/20061128k0000m030067000c.html

 【ベルリン斎藤義彦】北大西洋条約機構(NATO)首脳会議がラトビアの首都リガで28日に始まるのを前に、ドイツと米英など他の加盟国の対立が深刻化している。イスラム武装勢力タリバンとの戦闘が激化するアフガニスタン南部の治安維持を担当する米英が、平穏な北部を担当するドイツに兵力の提供を要求し、ドイツが拒否しているためだ。復興より軍事攻撃を優先する米英への批判が背景にあり、 首脳会議は紛糾も予想される。 (以下略)
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http://www.business-i.jp/news/world-page/news/200611270027a.nwc
ヘルシンキからの報道によると、24日の首脳会議には、ロシアのプーチン大統領のほか、EU議長国で、会議のホスト国でもあるフィンランドのハロネン大統領、ソラナEU共通外交・安全保障上級代表、バローゾEU委員長の4首脳が出席。EUとロシアのエネルギー協力など、相互依存関係の一層の深化について協議した。

 しかし、ロシアでは24日夜、「首脳会議が、ポーランドの封鎖によって大きな前進をみることなく終わった」などと報じられた。

 双方は今回の会議で、来年末に期限切れとなるEUとロシアの協力協定に代わる新協定締結交渉を始める予定にしていたが、ポーランドがこれに待ったをかけた。首脳会議は、EU加盟25カ国すべての同意が得られなかったことから、議題から急遽(きゅうきょ)新協力協定締結問題を取り下げざるを得なくなった。

 ポーランドは、交渉開始の条件としてロシアが昨年11月から全面禁輸措置をとる肉類など農産物の輸入再開をあげた。

 ≪交渉の鍵にぎる≫

 ロシアはこれに対し、衛生基準を満たさないブルガリア産とルーマニア産の肉類がポーランドを経由してロシアに入ってくることが問題だとしてEU側が対策を講じない限り禁輸措置を解除しないとの姿勢だ。

 一方、エネルギー大国ロシアとの関係を強化したいEUは「2国間の農業問題は分けて考えるべきだ。一国の利己主義で全体を犠牲にしてはいけない」と説得するが、ポーランドは「EUの一員であるわが国の存続をかけた問題であり、譲歩はできない」と、一歩も引かぬ構えだ。

 EUとロシアの協力協定の期限切れまでには、まだ時間があり、欧州の小国、ポーランドがEUとロシアの交渉でカギを握ったともいえる。
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http://npslq9-web.hp.infoseek.co.jp/sls006.html
世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL6
 グラスノスチ/ペレストロイカ#6のための戦略的欺瞞の脚本
 1981年にソビエトKGB要人アナトーリ・ゴリツィン(AnatoliyGolitsyn)は離反して西側に逃亡した。そして古い嘘に代わる新しい嘘 New Lies for Oldという標題の書物を書いた--これは1984年に出版された(The FatimaCrusaderから入手可能)。その書物の中でゴリツィンは1985年にゴルバチョフが実行し始めたグラスノスチ/ペレストロイカ#6のためのKGBの脚本を展開した。この脚本はグラスノスチ/ペレストロイカの脚本の中でも最も入念な脚本であろう。そしてソビエトを彼らの世界支配の目標へと、世紀の変わり目に、あるいはそれ以前に、連れて行くように計画されていた。
 ソビエト連邦における最近の激動、クーデタと反クーデタ(筆者はそれをでっち上げだと信じている)、KGBの終り、共産党の死、ソビエト帝国の崩壊、等々はグラスノスチ/ペレストロイカ#6のための入念なKGBの脚本のすべての部分--その最善の状態でのソビエトの高等劇--である。ゴルバチョフ、エリツィン、シュワルナゼは皆ソビエト連邦共産党中央委員会とKGBによって雇われたキャスト--俳優たちの一部である。
 ソビエト帝国における最近の展開を分析する前に、1981年にゴリツィンによって書かれ、そして1985年以来ゴルバチョフと彼の仲間の俳優たちによって非常に忠実に履行されたKGBの脚本を論評しておくことは有益であろう。
a) 申し立てられたソビエトの諸々の譲歩
1.東ヨーロッパの「名目的」支配を明け渡す。
2.東ヨーロッパとソビエト連邦における民主主義諸運動を「表面的に」奨励する。
3.鉄のカーテン開放/ベルリンの壁の破壊。
4.東西ドイツの再統一を許す。
5.共産主義は死んだ、冷戦は終わった、そしてソビエト連邦および東欧の共産党は死んだか、あるいは時代遅れのものであるかのいずれかだと宣言する。
ソビエトの人間たちが東ヨーロッパ中で用いてきた欺瞞のパターンそしてその大部分が今日のソビエト連邦で従われているパターンは:
1)古い警備(強硬路線の)共産党員を追放し、改革者と呼ばれるあまりよく知られていない共産党員あるいは共産党協力者を持ち込む(KGBはこれらの追放に責任を持っていた)。
2)その特定の国の共産主義は死ぬはずであると宣言する一方で共産党の名称を変える。
3)実際には秘密共産主義者たちとKGBによって統制されている新しい「民主的な反対派諸組織」を産み出す。
4)実際には共産主義者たちによって操作され統制されているいわゆる「自由選挙」を維持する。
5)実際には秘密工作員を再び移し替え、再任命し、組織を非常に活発にさせるが、しかし異なった形で、そして異なった名称(あるいは諸々の名称)でそうする一方で、秘密警察の終結と解体を告知する。
6)西側における現在の多幸症、混乱そして混沌の時期を利用して西側の中に数万人あるいは数十万人の秘密共産党員を潜入させる。
このパターンは東ヨーロッパにおいては国ごとに少しずつ異なっていた。それはルーマニアとポーランドにおいて最も念入りに従われた。ルーマニアにおいては共産主義者たちは古い共産党を新救国前線(NewSalvationFront)で置き換えた。
 彼らは強硬路線派のチャウセスク(Ceausescu)を年老いたナンバー・スリーの共産主義者(比較的知られていない)イオン・イリエスク(IonIlliescu)と取り替えた。彼らは秘密警察(TheSecuritate)を改名し再び移し替えたが、しかしその5万人の署員の95%を無傷のまま残した。
 ポーランドにおいては、彼らは共産党の名前をポーランド統一労働者党から無害な響きのする社会民主党に変えた。連帯はほぼ間違いなく1980年にソビエトの人間たちによって始められた。--それは100万人の共産党員を抱えている。
 1989年における共産主義者たちとポーランド議会の議員の65%は共産党員である。ポーランド大統領であり連帯の指導者であるレク・ワレサ(LechWalesa)--アメリカにいるポーランド亡命者たちによって1980年以来共産主義協力者であったと広く信じられている--はゴルバチョフとソビエト人たちに対して非常に友好的である。
 5万のソビエト軍隊がポーランドの土地に残っている。(アメリカにいるポーランド亡命者たちはその数は30万人以上であり得ると信じている。)チェコスロヴァキアと東ドイツにおいては秘密警察はソビエトKGBの命令構造の下に移された。そしてそこでこっそりと働き続けている。
 チャモロ(Chamorro)政府が単純にサンディニスタ戦線であるニカラグアにおいてもそのパターンは同じである。共産主義的サンディニスタたちは軍隊、秘密警察そして教育制度を支配し続け、反共産主義的な元コントラの指導者たちを暗殺し続けている。
 ヴィオレッタ・チャモロ(ViolettaChamorro)(彼女自身元サンディニスタ)はそこでは単に名目上の指導者としてのみ機能し続けている--実際的な権力はダニエル・オルテガおよびフンベルト・オルテガ(Daneeland Humberto Ortega)によって指導された共産主義者たたちによって主宰された「非共産主義的、民主的ニカラグア」にある。
 共産主義者たちが彼ら自身の反対を創り出し支配することにおける主人公であるということは注目されるべきである。--それは表に現れ政権を握ることからの反対を排除するためである。
 そのような共産主義者たちが創り出した反対のいくつかの例は、ルーマニアにおける新救国前線とイリエスク、ポーランドにおける連帯とワレサ、ニカラグアにおけるヴィオレッタ・チャモロそしてソビエト連邦におけるボリス・エリツィンとエドゥアルト・シュワルナゼを含んでいる。
1981年にゴリツィンによって記述されたように、グラスノスチ/ペレストロイカ#6のためのソビエトの脚本に戻ると:
b. 西側の(見返りの=quid pro quo)諸々の譲歩
1.アメリカと西側はUSSRの東ヨーロッパ財政的負担を1年間に400億ドルから500億ドル引き受けるであろう。
2.再統一されたドイツは中立国となり、経済的にはソビエト連邦の方へ傾くであろう。
3.アメリカ軍は西ヨーロッパから撤退するであろう。
4.西ヨーロッパは中立へと動き、NATOはつぶれるであろう。
5.アメリカと西側は大規模にソビエト経済を金を出して財政的困難から救い出し、動かなくなったソビエト経済に融資するであろう。
6.西ヨーロッパと東ヨーロッパ(USSRを含む)は一つの経済ブロックに融合するであろう。
7.アメリカと西側は「共産主義後/冷戦後の時期」において大規模に軍備を縮小するであろう。
8.アメリカは世界中の反共産主義諸運動(例えば、コントラ、ムジャヒディン、ウニタ)のための援助を止めるであろう。
9.アメリカ軍は韓国とフィリピンから撤退するであろう。

△ ロシアからの進行中の脅威
 The Fatima Crusader, Special Supplement: Autumn 2002より
http://www.d-b.ne.jp/mikami/ongoing.htm
 ロシアはその共産主義の過去を捨てた、ロシアは今は弱くて穏和である、1989-1991年のペレストロイカ以来ロシアは変化した、そしてもはや脅威ではないと一般に認められている。
 しかしながら、これは以下のニュース・ストーリーが証明しているように、現実ではない。これらの報告は新聞とニュース・メディアが一般に大衆に描いてみせるものとは非常に異なっている状況を紹介している。これらの報告はまたロシアが地の表面から多くの国家が消え去ることの原因となるでしょうというファチマの聖母の警告を確証する。
 われわれが国々の絶滅、おそらくわれわれ自身の国の絶滅という予告された懲罰に近いという証拠として、われわれは以下のニュースの項目を提供する。
CIA長官は大量破壊兵器の主要拡散としてロシアを名指しする
2002年3月19日、中央情報局(Central Intelligence Agency=CIA)のジョージ・テネット(GeorgeTenet)はロシアを大量破壊兵器のための「最先端の工業技術および訓練を求めている拡散諸国家の第一の選択」として選び出した。
テネット氏はロシアの「工業技術」(化学兵器、生物兵器および核兵器のために使われる技術的専門知識)売却が「商業的防衛産業および軍事研究ならびに展開のための基金の主要な出所」であると述べた。
 この報告はストラットフォー・コンサルタンシー(Stratforconsultancy)によって2002年3月21日に広められた。そしてまた3月20日にAgence FrancePresseによって公表された。ストラットフォー報告は「CIA長官はロシアを大量破壊兵器(Weapons of massdestruction=WMD)拡散の重要な出所として名指しした」と述べた。
 報告はこう続けた:「テネットはロシア政府に対する非難をはっきり具体的に挙げるちょうどその手前で止めた。しかし同時に彼はロシア安全保障事業あるいはマフィア・シンジケートにおける詐欺師の要素を非難しなかった。」
ストラットフォーによれば、テネットはプーチンにそっけないメッセージを送った:「合衆国はWMD拡散がロシアの公式政策であると信じている。モスクワの政府はこの政策を直ちに止めなければならない。さもないとその結果に直面する。」
 ロシアがその政策を決して止めなかったということ、またいかなる結果にも直面しなかったということは注目されるべきである。反対に、われわれは現在のところ、プーチンがNATOの中へ歓迎されたということが分かる。そのことはロシアの第一の戦略的目的の達成、すなわち、明らかに彼らが支配しようと意図している集団的安全保障体系の確立への重大な一歩である。(このことについては、この特集号における論考「NATOはロシアを歓迎している」および「NATOの役に立つまぬけども」を見よ。)
 事実、プーチン氏およびロシア政府の、テネット氏および合衆国政府の断言に対する回答はストラットフォーのウェッブサイトwww.STRATFOR.com上に見出される。(この情報サービスはその報告が部分的に「元情報部員たち」によって書かれていると自慢している。しかしそれはその「情報部員たち」がソビエトの情報将校たちであるということを説明していない。このように、われわれは、ストラットフォー報告がソビエト寄りのスタンスを反映しているとしても、驚くべきではないであろう。)
 ストラットフォーによれば、合衆国の立場は以下のように要約される。「アフガニスタンにおける戦争の初期段階の間にロシア生活協同組合に対する合衆国の残りの感謝の念は消え去った。ブッシュ政権は合衆国に対して引き起こされた脅威が非常に大きいので--外交的気むずかしさを含む--いかなる考慮そして他のすべての考慮も二の次にならなければならないと命令している。」
ストラットフォーはこのことは合衆国とロシアとの間の厳しい危機の始まりを表していると解説している。報告は次に、プーチンに対するジョージ・テネットの報道されたそっけないメッセージに対するロシアの公式回答を次にように要約している。「もっと悪い場合には、しかしなお一つのあり得るシナリオであるが、ロシアは合衆国に対する核攻撃を開始することによって応えるであろう。」
 ジョージ・W. ブッシュ大統領はこの可能性を考慮に入れたように見える。なぜなら:
 ソビエトWMD拡散は続いている、そしてまったく刑罰を受けずに加速している。いかなる結果もなかった。
 ブッシュは今やGRU/KGB将校プーチンを「プーチー・プーチー」?、「テロリズムに反対する戦士」?、「私が誠実な対話を持つことができる一人の人間」?そして彼が「善良で信頼の置ける」?者と考えている人間と呼んでいる。
 「NATOはロシアを歓迎している」?という論考において論じられるであろうように、ロシアは自分が支配するであろう一つの集団安全保障体系を確立するその長期戦略の実現において、一つのさらなる大きな飛躍を達成した。
 ロシア大統領ウラディーミル・プーチンは、ブッシュ大統領の「テロに対する戦争」によって脅威を受けていると感じるどの国、あるいはどの集団にもテロのための工業技術を金のため、あるいはさまざまの同盟のために売っている。
 これは、それがファチマの聖母によって警告された絶滅のための完全な定式であるように、言葉に表せないほどに、ぞっとさせることである。(この特別号の中の「これまでよりもっと切迫したファチマ預言」という論考をも見よ。)テロ攻撃およびこれらの大量破壊兵器の使用のために標的とされた国々のリストの高いところに合衆国がある。
 ブッシュ大統領は一度ならず「あなたたちはわれわれの味方であるか、それとも敵であるかのいずれかである」と言った。このテロに対する戦争は多くの場合無名あるいは同定できない者である個人や国家に対するものであるから、そのときどの国が脅威を受けていると感じないであろうか?
 これらの兵器の潜在的使用はわれわれを身震いさせないわけにはゆかない。生物兵器は炭素菌を、あるいはもっと悪いことに、一つの都市全体の上に落とすことができるであろう。化学兵器はエージェント・オレンジ(文字通り人々を焼き殺す化学薬剤)を広範囲の人口の上にまき散らすことができるであろう。おそらく核兵器によって引き起こされる破壊を詳しく述べる必要はない。
 われわれが一つのブリーフケースの内部に入る核兵器があるということを考えるとき、これはより以上に恐ろしいことでさえある。ロシアにおいて「ヘリコプター事故」で最近亡くなったアレキサンダー・レベジ(AlexanderLebed)軍司令官は一度以上、多くのロシアによって製造されたブリーフケース・サイズの核兵器が紛失していると言った。
 過去に、これらの紛失している兵器はロシア政府における欠陥の多い安全確保によっていると信じられていた。またロシアにおけるマフィアのようなならず者の犯罪者たちがこれらの爆弾がロシア内部から盗まれていることに対して責任があったとも言われている。
 ところで、この最近のニュース・リポートのために、われわれはCIAのジョージ・テネットが大量破壊兵器をおそらく、ブッシュ氏が彼の「テロに対する戦争」において戦争を遂行しようと欲しているあのならず者諸国家に供給していることについてロシアを公的に非難したということを知る。
 考える人間は誰もこれが大惨事のための一つのレシピであるということを見ることができる。CIAのジョージ・テネットはこの拡散をやめるよう、あるいは「結果に直面する」ようロシアに警告している。ロシアはもし合衆国が大量破壊兵器を普及することからロシアを止めさせようと試みるならば、ロシアは核兵器をもって合衆国を爆撃するであろうと答えている。
 これは今年、合衆国とロシアとの間で起こった外交的やり取りである。明らかに、ブッシュ氏はロシアからの危険を認めている。彼はロシアからの危険を彼が認めているとあなたたちに言わなかった。しかし彼は明らかに、彼がそれを理解している通りに行動する。
 明らかに、だからこそ、ブッシュ氏は、ロシアが大量破壊兵器を広く利用可能にし、そして配布し続けているのに、何もしなかったのである。なぜなら、ロシアは合衆国を爆撃することによって報復するであろうから。さらに、ブッシュ氏は今やGRU/KGB将校プーチンを「プーチー・プーチー」、「私が誠実な対話をすることができる人間」、「善良で信頼の置ける」者であると彼が呼びかける人間と呼んでいる。

『NATOはロシアを歓迎する』
 NATOの支配的権力であろうとするロシアの決意は、他の情報源の中でも、BBCの「研究課題」テレビ番組によって明らかにされた。1994年11月5日の放送は「争われている国境地帯」という題であった。
 その放送の中で、そつのない放送ジャーナリストアラン・リットゥル(AllanLittle)はウクライナ政府上級官吏のボリス・タラシウク(BorisTarasiuk)に、彼が意図された(ソビエトが計画した)「共通の安全保障体制」の「重力の中心」を認定するかどうか、尋ねた。この対話はこの点に関して非常に啓発的であるので、われわれはそれをここに繰り返す:
 ボリス・タラシウク:われわれは一つの新しいアプローチ、全ヨーロッパ安全保障の一つの新しい概念を設計しなければならない。それは大陸の軍事ブロックへの分割から解放されるであろう。
 アラン・リットゥル:そのような体制における重力の中心はどこにあるだろうか、真の意志決定の権力はどこに存するであろうか?
 ボリス・タラシウク:(カメラに向かって満面の笑みをこらえることができなくて)非常に興味のある質問だ。それは問題だ...ある特別の会議のための主題であるには...そうですね、私はこの問いに対する答を知っているとあなたに言うことができるであろう、しかしそれに答えない方を選ぶことにしよう。
 アラン・リットゥル:何ですか、あなたの...?いいでしょう、それについてのあなたの疑いは何ですか?
 ボリス・タラシウク:(なお不快そうに見える、そして西欧のジャーナリストが急所をつく質問をしたことに驚いて)そうだね、私は答をする時はまで来ていないと思う。
 そのことは、解釈されるならば、意図されたソビエトが支配する集団安全保障の中心的な場所がもちろんモスクワであるとソビエトが要求し続けるための時はまだ来ていないということを意味する。
 NATOへのモスクワの加入を歓迎する新聞の説明とは反対に、NATOは騙され、誘惑されて敵の野営地の中に入ったのである。

『NATOの役に立つまぬけども』
 西側がソビエト戦略の優先事項に屈したというロシア人たち(継続しているソビエト人たち)による明白な断定に耳を貸さず、またレーニンの世界革命の諸目的の、本質はもちろんのこと、その存在に目をつむって、西側の指導者たちは5月28日ローマで、モスクワを、その秘密の戦略的忠誠が東側へ向けてしっかりと提携され続けているいくつかの元ワルシャワ条約諸国によって潜入されてきた、西側軍事同盟の参加国(完全な成員では(まだ)ないけれども)にするNATO-ロシア協議会の形成を準備する正式条約に「心を一つにして」そして従順に調印した。
 文書が調印された後に、プーチン大統領は、レーニンが「私利私欲を持った者」と呼んだ人々に、西側は騙されたということをわざと明らかにした一つの所感を口にした。
 プーチン大統領は新しいNATO-ロシア協議会設立文書に調印した後に何を言わなければならなかったのか?プーチンは言ったのだ:「われわれはわれわれ自身をソビエトの家と呼ぶべきである。」
 このように、プーチンはNATOの役に立つまぬけどもにNATOは敵の野営地に入った、そしてロシアは彼らを支配する、と告げていたのだ。にもかかわらず、それがその細部にわたって記録されないように、NATO事務総長、元共産党員のロード・ロバートソン(LordRobertson)はプーチンの重大な発言を控えめに扱おうと試みた。ロバートソンは言った、「私はそれは一つの冗談であると宣言するであろう。」
 ロード・ロバートソンは、もちろん、単純にプーチンをかばったのである。なぜなら、プーチンの所見には何のおかしいところもなかったからである。そしてロード・ロバートソンがプーチン自身のソビエト体制擁護者であることは疑いない。例えば、1980年代に、ロバートソンは労働党のソビエト政策に対して責任があった。
 そして1986年にCPSU(ソビエト連邦共産党)の第27会党大会に労働党の代表団を派遣した。にもかかわらず、プーチンはそれを明らかにした。そしてそれは冗談ではなかった。ロシアは、実際、NATOの野営地へは入らなかった。そうではなくてむしろ、NATOが誘惑されて、あるいは自ら後退してソビエトの野営地の中へ、あるいはプーチンが言ったように、「ソビエトの家」の中へ入ったのだ。
 ブッシュ氏が、そして西側が、ロシアをNATOの中へ歓迎したことにおいて一つの重大な誤りを犯したということに何らかの疑問があり得ようか?それはロシアにヨーロッパ大陸に対する(そして究極的には世界に対する)一つの集団安全保障体系を確立するというその長期の戦略および目標実現における「前進の大きな飛躍」を達成させることを許すのである。
 この安全保障体系はロシアが支配することを意図したもの、そして明らかに手段を持っているものである。ブッシュ大統領は明らかに、核による絶滅というロシアの脅迫の後に折れて出た。彼は世界にプーチン氏は「テロに反対する戦士」であると告げた--テロリストたちを武装している人、プーチンを。
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以上

2006年12月10日

CDM-Clean Development Mechanism

◇京都議定書は1997年京都で採択され、2005年に発効した。これによって日本は1990年の炭酸ガス排出量を2008年~2012年に6%減らすことが義務付けられた。これは既に大幅な省エネルギーを達成済みの日本にとっては、達成することが大変困難な目標であると言われている。現在、アメリカとオーストラリアの2国が批准していない。また、中国、インド、韓国は先進国の中にカウントされておらず、炭酸ガス削減義務を課されていないことも実情に合わなくなっている。

◇目標達成方法(京都メカニズム)
・国内の炭酸ガス発生量を減らす。
・クリーン開発メカニズム(CDM)
先進国(付属書Ⅰ国)が途上国(非付属書Ⅰ国)の炭酸ガス排出量を削減することにより、その一部を自国の排出量削減高に加算できる。
・共同実施(JI)
先進国同士で協力して両国の排出量を削減しても良い。
・国際排出量取引
 先進国間で、排出枠の売買を行うことができる。

◇CDM(Clean Development Mechanism)
1. 手続き
・計画を立案する。
・プロジェクト設計書(PDD)を作る。(以下提出文書は全て英文)
・この提案を実施サイドの途上国側を含むDNA(Designated National Authority:指定国家機関)に提出し、そこから書面で承認を貰う。
・DOE(Designated Operational Entity:指定運営組織)がプロジェクト設計書(PDD)の審査を行う。(有効化審査:validationと言う)DOEはこれを気候変動枠組条約事務局(UNFCCC事務局)に送り、そこはCDM理事会に送る。
・有効化審査を通過したプロジェクトをCDM理事会に登録する。登録料は最大350,000米ドル。
・プロジェクト参加者は温室効果ガスの削減について、PDDに書いた方法によって温室効果ガス発生量の変化をモニタリングし、記録する。
・DOEはこのこのモニタリング結果を独立に定期審査し、実際の削減量を決定した後、書面で削減量を確約する。
・CDM理事会はこの削減量に相当するCER(Certified Emission Reduction:クレジット)を発行する。
・このCERはプロジェクト参加者間で分配する、その分配比率は参加者で決める。
・日本で認定を受けているDOEは下記がある。
 日本品質保証機構(JQA)、トーマツ審査評価機構(TECO)、日本プラント協会(JCI)。
 この他に、暫定認定を受けているのは、中央青山サステイナビリティ認証機構、あずさサステイナビリティ。
2. DNA
・国や事業者がCDMに参加するには、CDMのためのDNAが設立されていなければならない。
・日本のDNAは「京都メカニズム推進・活用会議」であり、投資国としての承認プロセスも決定済み。(とあるが確認できない)
・上が事実ならば、問題は相手国のDNAだけとなる。

3. ベースライン排出量
・ベースラインとは、提案するプロジェクトがなかった場合に排出されたであろう温室効果ガスの排出量であって、提案するCDM実施による排出量の削減量を算定するための基準となる。
・ベースラインは「方法論(Methodology:
http://cdm.unfccc.int/methodologies/PAmethodologies/approved.html参照)」によって、プロジェクト参加者自身が設定する。
・そのために、ベースラインシナリオを特定する必要がある。
・既存の方法論が適用できない場合は、新たな方法論をCDM理事会に提案し承認を受けなければならない。
・承認済み方法論の正式な日本語訳はまだ公表されていない。

4. PDDの構成
・プロジェクトの境界(バウンダリ)、プロジェクトが対象とする範囲。
・モニタリング計画
ベースラインを決定するために必要なデータを収集・保管し、排出量とリーケージ(外部から流れてくる温室効果ガスの量)を測定する。
・クレジット期間
クレジットが発行される期間。7年間(2回更新可能:最長21年間)と最大10年間(更新不能)とのいずれかを選択できる。
・クレジット期間の開始日

5. 小規模CDM
・小規模CDMについては手続きが簡易化される。
・最大出力が15MWまでの再生可能エネルギープロジェクト等
・上記が事実であることを実証する必要がある。

6. CDM-PDDの記入項目
A. プロジェクト活動の概要
A.1. プロジェクト活動の名称
A.2. プロジェクト活動の内容
A.3. プロジェクト活動参加者
A.4. プロジェクト活動の専門的記述
 A.4.1. プロジェクト活動の場所
  A.4.1.1. ホスト国
  A.4.1.2. 地域/州/地方等
  A.4.1.3. 市/町/村等
  A.4.1.4. 実施場所の詳細(プロジェクト活動の場所を特定できる情報を含む)
 A.4.2. プロジェクト活動の種類
 A.4.3. プロジェクト活動で採用する技術
 A.4.4. 選択したクレジット期間におけるすいてい排出削減量
 A.4.5. プロジェクト活動に対する公的資金
B. ベースライン及びモニタリング方法論の適用
B.1. プロジェクト活動に適用した承認済みベースライン方法論の名称及び出典
B.2. その方法論を選択した理由と当該プロジェクト活動への適用理由
B.3. プロジェクト境界内の排出源及び排出ガスについての記述
B.4. ベースライン・シナリオの特定方法及び特定されたベースライン・シナリオについての記述
B.5. 登録されたCDMプロジェクト活動がなかった場合と比べ、GHG排出量がどのように削減されるのかについての記述(追加性の評価・実証)
B.6. 排出削減量
 B.6.1. 方法論選択に付いての説明
 B.6.2. 有効化審査時に入手可能なデータ及びパラメータ
 B.6.3. 排出削減量の事前計算
 B.6.4. 排出削減量の事前推定に関する要約
B.7. モニタリング方法論の適用及びモニタリング計画の記述
B.7.1. モニタリングを行うデータ及びパラメータ
B.7.2. モニタリング計画についての記述
B.8. ベースライン及びモニタリング方法論の適用を完成させた日付及び責任者/責任機関の名前
C. プロジェクト活動期間/クレジット期間
C.1. プロジェクト活動期間
 C.1.1. プロジェクト活動開始日
 C.1.2. 想定されるプロジェクト活動の耐用年数
C.2. クレジット期間の選択及び関連情報
 C.2.1. 更新可能なクレジット期間
  C.2.1.1. 第1期クレジット期間の開始日
  C.2.1.2. 第1期クレジット期間の長さ
 C.2.2. 固定クレジット期間
  C.2.2.1. 開始日
  C.2.2.2. 長さ
D. 環境への影響
D.1. 環境への影響(国外への影響含む)について分析した文書
D.2. ホスト国又はプロジェクト参加者によって、環境への影響が大きいと判断された場合、環境影響評価(ホスト国で求められる手順に従ったもの)の結果及び全関連文書を提出すること
E. 利害関係者のコメント
E.1. 地元の利害関係者のコメント受付・集計方法の概要
E.2. 受け取ったコメントの概要
E.3. 受け取ったコメントへの対応についての報告
別紙 1. プロジェクト参加者の連絡先
別紙 2. 公的資金の情報
別紙 3. ベースラインの情報
別紙 4. モニタリングの情報

7. 新方法論提案書式(CDM-NM)の記入項目
セクション I. ベースライン及びモニタリング方法論の概要と適用 可能性
1.(ベースライン及びモニタリング)方法論の名称
2.選択したベースライン・アプローチ(CDM M&Pパラ48より)
その選択に関する説明/理由
3. 適用可能条件
方法論の手順
説明/理由
4. ベースライン及びモニタリング方法論の主なステップに関する概要の記述
a.ベースライン方法論
b.モニタリング方法論
5. 他の条件下におけるその方法論の適用
セクションII. ベースライン方法論の記述
1.プロジェクト・バウンダリー
方法論の手順
説明/理由
  2. 最も起こりうるベースライン・シナリオの選択手順
方法論の手順
説明/理由
3. 追加性
方法論の手順
説明/理由
4. ベースライン排出量
方法論の手順
説明/理由:
5. プロジェクト排出量
方法論の手順:
説明/理由
  7. 排出削減量
    方法論の手順:
    説明/理由
  8. 第2及び第3クレジット期間における方法論の実施に必要な変更事項
    方法論の手順:
    説明/理由
  9. モニタリングされないデータ及びパラメータ
方法論の手順:
説明/理由
セクション III. モニタリング方法論の記述
1. モニタリング手順 
方法論の手順:
説明/理由
2. モニタリングされるデータ及びパラメータ
説明/理由
セクション IV. 参考文献及びその他の情報


8. 関連リンク
・京都メカニズム情報プラットフォーム:http://www.kyomecha.org/index.html
・財団法人地球環境センター(GEC):http://gec.jp/jp/index.html
・京都議定書の概要:http://www.env.go.jp/earth/cop6/3-2.html
・京都議定書の骨子:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/kiko/cop3/k_koshi.html

参考文献:
「図解 京都メカニズム」環境省地球環境局地球温暖化対策課

2006年12月 8日

次世代のエネルギー供給モデルとはどんなものか

この星がもっている課題の半分程度は、エネルギー資源を見直すことでほぼ解決する。だが、ニンゲンはその方法をまだ手に入れている訳ではない。知識がないということではなく、その活用法を知らないだけである。認識を深めていくに連れて大きな進化を果すのは確実なのだが、知識をもったことで慢心してしまい、それを道具として使いこなすことができなくなっている。知識を充実させる一方で猜疑心を肥え太らせていたのなら、学習効果は得られない。見たものを素直に信じられない自信のなさが、権威という第三要素の判断に喜んで従おうとさせている。(水から水素と酸素を抽出する小型の装置があっても、その能力を信じることができないようである) 権威であるが故に正しい、という論理はなりたたない。判断が誤っていたのなら、最悪の結果だけが待っている。薬害エイズという問題では、その典型的な事例を新聞記事にみることができるだろう。


交流に代わるべき新しいエネルギー供給モデルを逸早く構築していたら、人類はエコシステムにかかっていた負の圧力を逓減する効果を引き出していただろう。炭素資源に基づく集中制御型の交流送電システムが、温暖化にまつわる多くの問題を生み出していたのだった。交流送電という電力輸送システムがもっていた限界に学べば、その反対の自己完結型のエネルギーシステムが必要であるということは見えていなければならない。交流電流がどのようなものかという基本的な疑問について、監督官庁をはじめとして多くの専門家が誰一人として答えようとしなかったのは事実だ。知った上で放置していたのなら、効果のない対策を継続させた国の行為に対する幇助だといわなければならない。知らなかったのなら、斯界の権威というその看板は偽りのものである。教える立場にある側がこの状態だったのだから、国民が省エネ節電に励んで温暖化を防止したと信じこんだというのも無理のない話である。

集中制御型の送電系統に置き代わるものは何かというと、独立分散型と呼ばれるエネルギー供給システムである。相互に独立して成り立つ発電拠点となることから、電気を輸送する必要そのものを生じさせることのないモデルだといえる。送変電ロスが消えたら、その部分で発生させていた費用がなくなるのは理の当然というものだ。交流の送変電プロセスで生み出されていたロスは、概ね20%から30%程度と見積られている。情報が公開されたら詳細を知ることができるのだが、電力会社には今のところディスクローズする気はないようだ。だが、既に傍証となるものがでている。ガス会社が販売する予定の燃料電池を導入すると、それだけで電気代が20%程度下るということが一年ほど前の新聞広告にみえていた。交流に適合させた発電システムであっても、自家発電に切り替えるだけでこれだけの費用をセーブすることができるということなのである。直流回路に統一すれば、エネルギーの消費効率を更に大きく改善することができるだろう。

あたらしいエネルギー供給システムの基本は、直流回路である。これに蓄電システムを組み込んでおくと、必要な電流だけを払い出せばよいというモデルができあがる。交流送電が限界を迎えていたのは、電力を備蓄することができないシステムになっていたからである。電気を貯めておけるようなものにしてやれば、必要な時に必要なだけ電流を供給すればよいというシステムを構築することができる。無駄のでないエネルギー供給システムを作るのは、決して不可能なことではない。直流回路になっている自動車の電気系統は、早い段階でそんなことを実現していたのである。電池と名のつく電源を使う回路は、すべて直流電流がベースとなっているモデルなのである。アウトドア用品には直流対応型のシリーズがたくさん用意されている。直流回路を単純化すると、小学校の実験でやったあの乾電池と豆電球の関係になる。この方式では不必要な電流は発生していない。スイッチが入ったときにだけ、適切な電流が所要量だけ流れるようになっている。蓄電を可能にする直流回路では、交流のように常に電流を流している必要そのものがない。この違いを対比してみせることによって、交流送電が生み出していた損失の大きさを明瞭な数字で示すことができるだろう。

蓄電装置は複数のモデルが登場している。市販レベルにある大容量の装置は、各種の蓄電池、リチウムイオン二次電池、そしてキャパシタである。これらのシリーズには多くのバリエーションがあり、特性を考慮した使い分けがなされている。高温超伝導による蓄電方式も登場しているのだが、時期尚早とみえて実用段階にはまだ到達していない。システムの組み方次第では有力なツールになっていたのだったが、交流送電にこだわってきたため電力輸送で期待される能力のみに着目してしまったことから、電気エネルギーの分散備蓄という未開の地平が足下にあってもそれが見えなくなっている。まことに惜しむべきことである。

合理化するための段階をスキップしてしまうと、ニンゲンには必然性の推移というプロセス全体が見えなくなってしまうようである。洗練された結果だけを与えたのでは、利器を使いこなすことはできない。その時だけ有り難がりはするものの、先へ向かうための進化を却って遅らせることになる。貧困からの解放に寄付が有効でなかったのは、それが貧しさから脱するための手段に繋がっていなかったからである。日本の民主主義は敗戦の結果与えられたものだった。そのため、内的な必然性が未熟なままで導入されている。熟成された認識に基づいて内発的な民主化が行われていたのであれば、日本の政治システムにこれほどスが入るようなことはなかったであろう。ニンゲンに理解できるシステムを徐々に積み重ねていくことによって、一歩ずつ着実に進化を遂げて行くという方法をとるのがヨロズよさそうに思われる。

遠回りであってもステップ・バイ・ステップで、着実に前進してゆくというのが大切なことなのだ。進化のプロセスに生じた段差がみえなければ、パラダイムシフトを正しく伝えてゆくことはできない。変化のプロセスが経験的にみえているのなら、その後の展開を理解し将来を予測することができるだろう。創造する行為に合理性という裏づけを与えることもできるはずである。飛躍した技術を先走って導入したところで、進化のバックグラウンドがみえていなければ省略された部分の持つ意味はわからない。データ通信の初期に音声カプラーを使って半二重通信を暢気にやっていたひとが、いきなり光通信の大容量双方向通信を与えられてもその進化のプロセスを理解することはできない。進化していったプロセス(モデム、パケット通信、ISDN、ADSL、光など)の推移が見えていなければ、新たに発生するトラブルにすぐ対応するということは困難だ。無駄なことのようにみえるかもしれないが、進化のプロセスをいちいち辿って進むということが大切なのである。


【科学技術と呼ばれているものは、そのようなプロセスを経て進化を着実に遂げてきたのだった。多くのパラダイムシフトを閲して今日に至ったのは、ものの流れを踏みしめながらやってきたからである。理想的なエネルギーモデルがそこにあっても、試行錯誤を経た上で手に入れたものでなければその価値のもつ意味はみえてこない。エネルギー分野でこれから起きるシフトは、この惑星の今後に重大な影響を及ぼすものとなる。究極のエネルギーと呼ばれる水素資源の登場は、人類にとって最終最後のチャンスだというメッセージでもあったのだ】


直流化を実現するための手段となる蓄電システムは、リチウムイオン二次電池とキャパシタが有望視されている。使い勝手に応じたシステムアップを行えばよいのだが、リチウムイオン二次電池には発火事故という危険性がつきまとう。内部で樹状突起が成長しはじめると、絶縁壁を突き破ってショートすることがあるからだ。リチウムイオン二次電池を組み込んだパソコン製品で発火した事故が相次いだため、ソニーというメーカーでは莫大な損失を抱えこむことになった。そんな事例が先月表面化したばかりなのである。大容量化、軽量化に加えて安全性が保証されなければ、この種の蓄電装置が世界に浸透するのは遅くなるだろう。

供給する電圧が安定しているのはリチウムイオン二次電池の方なのだが、キャパシタは内部抵抗が少ないため充放電が短時間で完了するという特徴をもっている。ライフタイムではキャパシタの方が圧倒的に長く、その特性を活用すれば普及浸透を早める効果が引き出せる。キャパシタは直流回路では電荷を貯め込むデバイスだが、交流送電の分野ではコンデンサと呼ばれ波の位相を90度進めるために使われている。(トランスのコイルを通過したときに生じた90度の遅れを修正することが目的である) 日本語では蓄電器という訳語が充てられている。静電気の状態をとることから、静電容量を表すファラッドという単位が適用されている。実用化するための鍵になるのは、それぞれの装置とも量産による生産コストの低下という部分だけである。どちらの装置であってもシステムを組むことは可能である。製品の価格が充分に下がるようになれば、これらの蓄電装置を複合させた形式の直流回路を提案することもできるだろう。直流回路でなら高温超伝導応用技術の実用化を早めることができる。この段階に至ると、おそらく一週間以上の電力の貯蔵が家庭やオフィス、工場などで実現しているはずである。


直流化の実現は、この国にエネルギーの分散備蓄を可能にする状態をつくりだす。蓄電容量を増やせば、その分だけエネルギーの安全保障を確立することができるのだ。このことは住宅単位で災害に対応する能力を身につける、ということを意味している。地方公共団体では災害時に備えた準備を続けてきたのだが、備蓄は質・量共に不十分なままである。燃料は劣化しポータブル発電機はサビつきをおこしているという報告がある。独立分散型のエネルギーシステムが充実するなら、災害時には救護活動の拠点として機能させることができるだろう。直流化はエネルギーの分散備蓄を成り立たせるため、地域単位で不測の事態に対応できるモデルを世界中に証明するものとなる。

京都議定書を遵守するためのキーデバイスは、電源よりも蓄電システムの方が先でなければならない。蓄電が可能な状態になっていれば、翌日の発電義務は低下していたはずなのだ。電源を含めたその組み合わせ方の工夫次第で、より合理性の高いモデルを提案することはできていたのである。蓄電を可能にする直流回路を標準化しておけば、深夜捨てていた電気で充電を済ませておくのは簡単なことだった。

燃焼炉そのものの稼動を止める以外に、電力分野が生み出す二酸化炭素を削減することは不可能である。自家発電システムに蓄電装置が加わるだけで、交流送電を全廃することができるようになる。産業用電力などでも需要地で独自に発電することにより、送電ロスを生じさせないシステムを作ることはできたはずだ。送変電ロスを全廃して工場の生産コストを引き下げる効果に着目していたら、価格競争力を増強する効果までが早い段階で得られていたのである。独立分散電源は、災害対応能力をもっている。製造ラインが止まるのは物流が遮断され、部材の供給が止まった時くらいのものである。燃料のバルクが需要地に用意されていれば、生産設備が止まるようなことはおきない。高温超伝導応用技術は、電気エネルギーをバルクの状態で保存しておくためのものである。

発電出力の微調整を行うには、エネルギー供給システムの単位は小さい方がよい。生産ラインごとに独立分散方式で個別に制御するモデルなら、燃料を節約すると同時に二次生成物であるCO2も減らせるようになるはずだ。蓄電システムがあるというだけで、環境負荷のない自然エネルギーは息を吹き返すことだろう。業界の発展を促して、環境の改善を進めるという好結果が得られるからである。(太陽光と風力の課題については項をあらためて報告する) 発電コストを低下させる正のスパイラルを導くように配慮するということが、日本を世界のリーダーに変えることへと繋がってゆく。その先の未来へ人類が早く到達するためには、交流送電を切り離すという日本の決断がなににもまして重要なこととなる。

2006年12月 7日

MASDAR報告書

MASDAR PJ
Abu Dhabi Future Energy Companyプロジェクト担当役員との技術説明と会議成果
2006年12月4日 午前10:00-13:00 ADNICビル会議室
MASDAR側
Ziad Tassabehji
Steve Geiger
UAE大学
生物学科長Waleed Hamza教授
日本側
北海道大学 市川勝 名誉教授
CCC及びCTF有限責任事業組合関係者

MASDAR PJにおけるプロジェクト推進候補の一つにあがっている「有機ハイドライド技術によるUAE国内の水素インフラ提携構想」に関する技術説明を市川よりプレゼンを行った。MASDARプロジェクト担当執行役員であるMr. Ziad Tassabehji及びMr. Steve Geiger両氏は長期間にわたる有機ハイドライド技術の技術質疑の上その事業性について強い関心と評価を示した。とりわけ以下の3点①有機ハイドライドによる技術を利用する水素貯蔵輸送法が省エネルギー及び経済性において圧縮水素タンク法と液体水素法と比べて優位であり、既存の石油インフラを利用できる点において設備投資が軽減できること。②風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギー(Advanced Energy 新エネルギー)利用の推進。MASDAR及びAbu Dhabi政府にとって、有機ハイドライド技術は、再生可能エネルギーからの製造水素(水電解法による)を高効率で経済的に貯蔵し輸送できる技術として従来技術に比べて極めて有利であること③石油精製所からの副生水素や天然ガス資源に豊富なUAEにとって有機ハイドライド技術を利用してアジア、ヨーロッパへの水素と石油化学原料を経済的にタンカー輸送する新事業創成の可能性など高い事業性と従来の液体水素タンカーなどの技術に比べて経済性においてまたUAEとしての京都議定書Co2削減目標を達成に向けて有望な水素エネルギー推進事業として高く優位があることを評価した。その上でMASDARにおける有機ハイドライド利用システムの事業化に向けた合弁会社創立に向けてステップアップに強い意欲を示している。

(写真の説明 左から市川勝名誉教授(北海道大学)、西田知代(CCC秘書)、Mr.Ziad Tassabehji(MASDAR)、Mr.Steve Geiger(MASDAR)、Waleed Hamza教授(UAE大学生物学科長)

プレスリリース

2006年12月5日CTF有限責任事業組合(Catalyst Technology Formula Limited Liability Partnership、東京都千代田区 http://www.ctf.co.jp/ )は、アラブ首長国連邦アルアインのUAE大学で「有機ハイドライドによる水素の貯蔵と運搬技術」についての市川勝、北海道大学名誉教授による講義を開催した。本レクチャーではUAE大学科学部より学部長 Prof.PhD. Donald E. Bowen をはじめ化学・工学・生物学科から学科長、ダイレクター、博士など約13名が参加した。

講義は現地時間10時にUAE大学生物学科長Waleed Hamza教授の挨拶と紹介から開始された。

新エネルギーについての2時間以上に及ぶ講義を参加者は真剣な眼差しで聴いていた。

講義中に主に工学科からの教授をはじめ、従来の圧縮水素や液体水素などと比較した質問や水素の調達に関する意見などが出されるなど活発な内容の講義となった。

有機ハイドライド利用による水素の貯蓄・運搬技術やこの新エネルギーを運用した水素社会への取り組みは参加した教授陣にとって大変興味深かったようだ。

〔追記〕

2006年12月4日、新エネルギー合弁会社(アラブ・日本JV予定)の重役宅(シンガポール住宅)が複数のジャパニーズヤクザの襲撃を受けました。担当役員及び関連社員はドバイでの国際会議に参加していました。不在時に妻子を狙った悪質な犯行でした。幸い高度セキュリティ体制の住宅でしたので事なきを得て、彼らは翌日、日本の逃亡しましたが即時に日本警察及び日本大使館に通達しました。今後、ICPOで大規模な捜索が行われます。

【報告】

国際テロネットワーク

連載コラム12 楽園ロタ島:ゾーニングの重要性(前)




前回の連載コラム11では、『気持良い』をキーワードとした『ランドシャフト』を環境評価に活用してロタ島に真の楽園を創ることを提案した。
今回は、より基本的なゾーニング(土地利用法)について考えてみたい。

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1.楽園ではどこで何をしてもよいのか?

楽園には厳しい掟も厳密な規則もない。それは住民がやって良いこと良くないことを自ずから分かり当たり前のこととして守るからだ。現実のロタ島でそれを期待したらどうなるであろう? 好き勝手な所に家を建て、最も眺望のよい場所には大きなホテルが建ち、島のあちこちに港が造られ、その港の周りには工場などの大きな建物が建ち並び、あちこちに細切れの農地が開かれ、道路がジャングルを縦横に突っ切り、村のど真ん中でゴミを燃やし……など、かなりひどいカオス(渾沌状態)を想像できる。これでは楽園ロタ島の自然はアッと言う間に破壊され、多くの動植物が絶滅の危機に瀕することになるだろう。そしてそれは、最終的に島民にとって幸せに生活できる状態ではない。

どうやら(残念ながら)土地利用にある程度の原則とルール(規制)が必要なようだ。

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2.ゾーニングはどうしても必要だ

そこで重要になるのが、土地の利用法をあらかじめ決めることだ。つまり『ゾーニング』である。これは、どこの土地を何に利用するのか、または利用しないのかを、『経済と環境と住みやすさの3面から考え、最も効率的な土地の利用法』を決めることだ(写真)。
土地利用は我々の豊かな生活を実現するためだが、それが自然や環境に大きなインパクト(打撃)やダメージ(破壊、損傷、危害)を与えては、最終的には我々自身への不都合となって戻ってくる。だから、自然環境に配慮するのは、単に動植物のためだけではなく、我々の子孫も含めた我々自身のためなのだ。




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3.『負荷は集中、対策は分散』という原則

経済と環境と住みやすさの3面から考えた、最も効率的な土地の利用法』とは一体どんなものなのだろう?

我々の日常の活動や行為は、どんな物であれ必ず環境へ影響を与える。それが環境に悪い影響を与える場合もあれば、逆に良い影響を与える場合もあるだろう。(この良い悪いとは、人間にとって都合が良いか悪いかという意味。)環境に悪い影響を与える物を『環境負荷』といい、環境に良い影響を与える物を『環境対策』と言う。環境負荷は『環境破壊(ダメージまたはインパクト)』につながり、環境対策は『環境貢献』となる。

我々にとって困るのは環境負荷ではなく『環境破壊』であり、我々が求めるのは環境対策ではなく『環境貢献』の方なのだ。言葉を換えると、いくら環境負荷が大きくても、環境破壊が大きくないならそれほど悪いことではない。逆に、いくら大々的な環境対策を実行しても、それほど環境に貢献しないなら、それは自己満足に過ぎないのではないか。

そこで、『大きな負荷でも自然環境の受けるダメージがそれほど大きくないよう』に、また逆に、『できるだけ少ない対策で自然環境に大きな貢献をするよう』に考えたい。



そんなうまい話があるのか? ……あるのだ!
『我々の行為』とそれが『環境に与える影響』の関係が比例しないことを利用するのだ。ある場所で、環境負荷を増やしていくと自然環境の受けるダメージはそれほど増えなくなる。同様に、ある場所で環境対策をどんどん増やしても、環境への貢献はしだいに上がらなくなる。これが『影響/効果のS字カーブ』と呼ばれるものだ(グラフ)。



この関係はこの世の中のあらゆることに通用する、普遍的な原則のようだ。

例えば、スポーツの練習と上達の関係。
始めたては少しも上達しないように感じるが、そのうちに練習すればするほどどんどん上手くなる。しかし時と共に、同じように練習していてもしだいに上達しなくなる。
例えば、クルマの価格と性能の関係。
低価格のクルマの性能は五十歩百歩だが、その上のクラスではちょっと奮発するとずっと性能の良いクルマが手に入る。しかし、高額のクルマになると、倍くらいの価格差があってもそれほど性能が変わらない(グラフ)。
皆さんも似たような経験がおありなのではないだろうか。



環境でも同様のことが言える。人間の行為が環境へ与える影響は、行為がとても小さなうちは行為を増やしても影響が増えない。さらに行為を増やすと影響が一気に増えるが、しだいに増えなくなる。環境負荷なら汚染や破壊が増えなくなり、環境対策なら効果が上がらなくなるという意味(グラフ)。



つまり、環境負荷や環境対策には効率が最も高いピーク(山)があるのだ。このピークでは、小さな環境負荷で汚染や破壊などの大きな環境のダメージがあるので、我々にとって大変不都合な点だ。できるだけ、このポイントを避けたい。逆に、少ない環境対策で大きな効果(環境貢献)がある。つまり、費用対効果が大きいので、我々にとって好都合だ。だから、環境対策はここを目指す(グラフ)。



原則:負荷は集中、対策は分散

環境に悪い影響のある行為、つまり環境負荷を分散させると、ひとつずつのダメージはそれほど大きくなくても、それらを足し合わせた環境全体でのダメージは大変大きくなる。だから、自然にとっても我々にとっても大変不都合だ。ところが、環境負荷を同じ場所に集める(集中させる)と、環境の受けるダメージがそれほど増えない。例えば、開発行為はあちこちに分散させずに、一ヶ所に集中した方が良い。また、汚染物質などを地球環境にばらまいて分散させるのもダメ。一ヶ所に集中させておくと、対処もしやすい。
これが『負荷は集中』という意味だ。

逆に環境に良い影響のある行為、つまり環境対策は一ヶ所だけに集めて徹底的にやっても効果がそれほど上がらなくなる。つまり環境全体への貢献が上がらなくなるので損だ。ところが、ほどほどの対策をあちこちに分散させると、それぞれの効果が足し合わされて、全体としては大きな貢献が得られる。だから、とても好都合なのだ。例えば、自然保護ではある狭い地区だけを徹底的にやるより、ほどほどの保護を広い範囲にする方が良いのだ。また、日本だけがしかもCO2対策だけを徹底的にやってもダメで、世界中の国々があらゆる分野での環境対策をほどほどにやった方が、同じ投入労力、同じ消費エネルギー、同じ費用でありながら、地球環境全体への効果はずっと大きくなる。
これが『対策は分散』という意味だ。



そして、この『負荷は集中、対策は分散』原則を土地利用に応用すると、環境負荷となる市街地は集中させ、環境対策となる自然保護は広く分散させると良いことになる。



**********

4.人間の住む場所はコンパクトに

ここで、市街地が自然環境へ与えるインパクトについて考えてみよう。市街地は自然環境にとっては負荷となる。『負荷は集中』すると良いことを学んだ。これはどういうことなのか?

我々は豊かな生活のために土地を利用する。同じ土地を利用しながら、やり方によって、周辺の自然環境へ与えるインパクトやダメージは違ってくる。我々が必要なのは土地の広さ(面積)だ。ところが、周りの自然環境へ与えるインパクトは、土地の周辺部の長さで決まる()。



利用する面積を確保しながら、できるだけ周辺の長さを短くすればよいわけだ。市街地が一つだけの場合は丸くすれば、周囲長が最も短くなる。
では、4つの市街地がある場合はどうだろうか?(図3枚)。





4つの市街地をバラバラに分散すると、周囲へのインパクトとなる周囲長が最も長くなる。市街地を一ヶ所にまとめると周囲長は半分に減る。これが『集中化』。さらに上へ積み重ねると、さらに周囲長が減って、はじめの1/4になってしまう。これが『高密度化』。つまり、この結果が『コンパクト・シティ』である。もちろん、ロタ島に高層建築はそぐわない。だから、これは平屋をだだっ広く並べてはならないという警鐘と理解したい。

日本の首都圏などは、低密度の市街地が地平線の彼方までだらだらと広がっている。これなど集中高密度化された『コンパクト・シティ』の正反対の状態だろう。環境、経済、住みやすさの3面全てにおいて効率が悪い。日本の大都市の都市計画の問題を考えるのは今回のコラムの主旨ではない。しかし、その解決にも近自然学が使えることは言うまでもないだろう。

負荷集中の原則が重要なことは、家を建てる場合も全く同じだ。
人間の住む家も自然環境にとっての負荷となる。よって、あちこちバラバラに分散せずに、一ヶ所に集めて集中し(団地)さらに高密度化する(集合住宅)と、環境と経済の両面から良い()。もちろん住みやすさという要素も大事なので、国民性に合った適度な集中と高密度化という意味だ。



自然環境へのインパクトを減らすという環境面だけではなく、市街地や家のインフラ整備が楽で安上がりになるという経済的なメリットも大きい。つまり、住みやすい街や家が環境負荷もそれほどかけずに、しかも安価に造れるのだ。

実際に、ロタ島でもこの『負荷は集中』→『市街地は集中』という原則は守られているように見える(写真)。これはロタ島だけの特殊なことではなく、エネルギーも大型の建設機械もなかった昔は、ごく当たり前に効率の良さを求めたからだ。



**********

今回はゾーニングの重要性の前半として、市街地は集中させると、我々にとって都合が良いというお話をした。次回の後半では、逆に自然保護は分散させると良いということから発展して、ロタ島でのゾーニングにおける近自然学からの提案を試み、さらに、ロタ島におけるエコヴィレッジについてより具体的に考えてみよう。


2006年12月6日、スイス近自然学研究所にて

PDF版

2006年12月 6日

【報告】 燃料電池の開発状況

2006年11月29日と30日の二日間にわたって、大阪国際会議場で、第二回 FC EXPO  セミナー(主催:経済産業省など)が開催されたので、燃料電池の開発状況を取材するために、セミナーに参加した。各講演の内容を報告しつつ、私の感想を述べたい。

1. 増田義彦氏

29日の基調講演の最初は、トヨタ自動車(株)の常務役員、増田義彦氏による「持続可能なモビリティーに向けた燃料電池自動車開発への取り組み」だった。トヨタは、現在、燃料電池自動車の開発よりも、北米市場でハイブリッド車の売り上げを伸ばして いることで注目を浴びている。

米国トヨタ自動車販売は、同社の販売地域である米国やメキシコなどでのハイブリッド車の2007年の販売台数見通しが約30万台となると発表した。

今年10月にケンタッキー工場で生産を始めた中型セダン「カムリ」のハイブリッド車の販売が約7万台見込まれ、今年の見通しである約22万台からさらに伸びる、としている。

来年2月に北米で発売する大型ピックアップトラック「タンドラ」についてもハイブリッド車の投入を検討。「タンドラ」はディーゼル車も追加する考え。

トヨタは、2000年に米国でハイブリッド車「プリウス」の販売を始めるなど、ハイブリッド車に積極的で、ほかの自動車メーカーの販売台数をリードしている。

米国では、ガソリン価格の高騰などで、燃費の良いハイブリッド車などの環境対応車に注目が集まっている。

[U.S. FrontLine:07年は米国で30万台販売へ=トヨタ・ハイブリッド車]

講演の中でも、増田氏は「ハイブリッドはすべてのパワーとレインに適用可能な重要技術」と述べたのに対して、燃料電池自動車に関しては、スタックの耐久性(硫黄被毒による触媒の劣化)、出力密度、低温始動性(寒冷地では凍る)、航続距離、コストなどクリアするべき諸課題を列挙して、まだ実用化の段階にはないことを示唆し、オイルピークが間近に迫っているという認識を示しつつ「当面は便利な液体燃料を大切に使うことが重要」と言っていた。

燃料電池自動車を実用化する上での最大の課題は、水素をいかに貯蔵するかであるが、トヨタは、高圧水素タンクに力を入れているようだ。もっともトヨタは、必ずしもこれに固執しているわけではなく、新水素吸蔵合金、カーボンナノチューブ、ケミカルハイドライドなどの新しい技術に対してもオープンだとのことである。会場の参加者から、有機ハイドライドはどう思うかと尋ねられた増田氏は、「よく知らない」と前置きした上で、「まだサイエンスの領域にとどまっている」というようなことを言っていた。

結局のところ、トヨタとしては、いつ実用化されるかわからない新技術にせっかちに飛びつくよりは、十分に実証された既知の技術を使って、あるいはそれを改良しながら、手堅く儲けていきたいということなのだろう。増田氏の講演を聞きながら、日本の大企業にふさわしい保守性を感じた。

2. Christopher Guzy 氏

基調講演の二番目は、バラード社(Ballard Power Systems Inc.)の Vice President & CTO である Christopher Guzy 氏の「燃料電池技術における最新研究成果および開発動向」である。バラード社は、1993年に創業し、1995年にナスダックに上場したカナダのベンチャー企業である。

この会社が開発した、固体高分子形燃料電池(PEFC=Polymer Electrolyte Fuel Cell)は、常温~約100℃と低温で作動し、起動と停止が容易で、小型化しやすいので、世界から注目を浴びた。講演では、現在の進捗状況と将来のロードマップについての説明があったが、こうした情報はこのフラッシュから でも確認できる。

固体高分子形燃料電池の最大の問題は、触媒に希少な白金(プラチナ)が必要であるということで、質問もここに集中した。Christopher Guzy 氏の説明によると、以下のようにバラード社は、白金の使用量を徐々に減らしつつあるとのことであった。

バラード社における触媒技術の進歩
段階白金使用量触媒、加工方法、担持
1994年8-10 mg/cm2白金の手動コーティング。担持なし。
2004年1.0 mg/cm2白金と白金合金のスクリーン・プリンティング吹付け塗装。炭素担持。
実証段階0.3-0.5 mg/cm2白金と白金合金のローラー塗装。炭素担持。
2010年
以降
0.3 mg/cm2非白金族金属/白金含有率が低い合金のローラー塗装/CVDナノ粒子撒布。腐食なき担持。

[注]CVD(chemical vapor deposition)化学蒸着。石英などで出来た反応管内で加熱した基盤物質上に、目的とする薄膜の成分を含む原料ガスを供給し、基盤表面あるいは気相での化学反応により膜を堆積する方法。製膜速度が速く、処理面積も大きくできるので、大量生産にむいている。

非白金族金属(Non-PGM)とあるので、バラード社は、将来は、白金を使わない触媒も考えているようだが、実現できるかどうかはわからない。

3. 上野文雄氏

午後は、技術セミナーということで、(株)東芝のディスプレイ・部品材料統括技師長の上野文雄氏が、「マイクロ燃料電池の開発動向とモバイル機器への展開 」という題で、講演を行った。東芝は、2004年に、体積7.4mL、重さ8.5gで、携帯型音楽プレーヤーを20時間駆動できる、「世界最小のDMFC」としてギネスブックにも載った燃料電池を開発した、この分野で最先端を行く会社である。

[注]DMFC(direct-methanol fuel cells):ダイレクトメタノール型燃料電池。改質器でメタノールから水素を作ることなく、メタノールを燃料として直接用いる燃料電池。小型化が容易なことから、携帯機器用として盛んに開発されている。ポンプやファンを使わずに、発電セルに燃料や空気を供給するパッシブ型なら、さらに小型化が可能である。

講演の冒頭、モバイル機器、とりわけ携帯電話用の燃料電池の開発がなぜ重要であるかの説明があった。世界全体の携帯電話の生産台数は、ノートパソコン、デジカメ、デジタルオーディオ、PDAのそれよりもはるかに多い。携帯電話の全世界での契約台数は、22億台で、1人1台と仮定すると、世界の人口の1/3が保有しているということになる。要するに、マーケットが大きいのである。

携帯電話は、当初通話目的にしか使われなかったが、その後、データ通信が増加するようになり、現在では、テレビですら携帯電話で見ることができるようになっている。データ通信の増加に伴って、電池の高容量化が求められるようになり、燃料電池は、この増大する一方の需要に応える次世代の電源として、注目されている。

モバイル機器の電源に燃料電池を使う利点はもう一つある。モバイル機器は、本体が小さいだけに、コードが邪魔になる。パソコンと周辺機器の接続は、ワイヤレス化が進んでいるが、二次電池の充電には相変わらず、コードが必要である。しかし、二次電池の代わりに燃料電池を使うなら、燃料電池は発電機であるから、完全なワイヤレス化が実現する。

ところで、東芝をはじめとして、日立、富士通、ソニーなど、日本のメーカー各社はDMFCの開発に力を入れているが、DMFCには、次のようにいろいろな問題点がある。

  1. 出力密度が低い
  2. メタノールは人体に有害
  3. 途中で生成するホルムアルデヒドも有害
  4. 途中で生成する一酸化炭素が白金触媒を劣化させる
  5. メタノールがカソードにクロスオーバーすることがある
  6. 二酸化炭素を排出する
  7. メタノールの価格はエタノールの半分程度だが、メタノールはメタンから作っているので、メタンよりも価格が高い。

携帯機器の消費電力が今後も増大し続けることを考えるなら、燃料電池としては出力の低いDMFCはたんなるつなぎでしかない。携帯機器の電源は、ニカド二次電池→ニッケル水素二次電池→リチウム二次電池→DMFC→高出力燃料電池という順番に進化していくだろう。しかしながら、上野氏の講演を聞く限り、DMFCの次の世代の燃料電池の候補が見えてこない。

ちょうどトヨタが、遠い未来の燃料電池自動車よりも、確実に稼げるハイブリッドカーに力を入れているように、東芝も、次世代燃料電池よりも、すぐに市場に投入して、利益回収ができそうなDMFCに全力を投入しているという感じがする。大企業なのだから、リスクを避けるのはしかたがないことだ。

4. 村上敬宜氏

技術セミナーの二番目は、九州大学理事・副学長で水素材料先端科学研究センター(HYDROGENIUS)センター長である村上敬宜氏による「水素はいかに材料の特性に影響するか ~水素の安全な輸送・貯蔵技術の確立に向けて~」である。水素材料先端科学研究センターは、今年の7月にできたばかりであるが、今年度の目標として次のようなことが掲げられている。

水素脆化、水素トライボロジー、高圧水素物性の基本原理 を解明し、材料の脆化・摩耗対策の検討を行うため、超高圧水素下における材料特性及び高圧水素 トライボロジー、水素高圧物性などの基礎特性のデータ整備に着手いたします。その後、シール用 材料であるゴムやテフロン等の力学的特性に及ぼす水素の影響についても基礎研究をスタートさせ、 金属材料の水素脆化評価を行い、長期の水素曝露期間を模擬した試験方法の確立を目指すとともに、 水素チャージした金属材料の水素脆化特性のデータベースの拡充を図ります。

[水素材料先端科学研究センター:センター長ご挨拶]

水素脆 性(hydrogen embrittlement)とは、水素と接触する金属材料が、水素を吸収して、脆くなる性質のことである。水素原子は、すべての原子の中で最も小さいので、 水素イオンは金属の格子内に容易に侵入し、材料の強度を劣化させる。

2005年5月13日に、愛・地球博で、燃料電池バスに水素を充填していた水素ステーションが水素漏れトラブルを起こした。水素脆化の研究の必要性を痛感した経済産業省資源エネルギー庁が、産業技術総合研究所と九州大学との連携のもと、水素材料先端科学研究センターを設立し、材料力学、金属疲労、破壊力学 が専門である村上氏をセンター長に起用したというのが舞台裏の事情らしい。

それで、肝心の講演の中身の方であるが、村上氏によると、金属疲労とは、金属に繰り返し加えられる力によって亀裂が発生し、徐々に拡大する過程であるが、亀裂には停留限界があり、それが疲労限界となっている。ところが、水素があると、この疲労限度が消滅し、疲労強度と寿命が大幅に低下するとのことである。

村上氏は、どんな金属でも、程度の差はあっても、水素脆化の影響を受けると言っていた。水素脆化は、高圧水素タンクでの水素貯蔵にとっても大きな問題であるが、パイプラインでの輸送にとっても少なからぬ悩みの種である。やはり、パイプラインで水素を輸送するよりも、メタンを輸送し、燃料電池で直接改質するのが一番ではないかと思った。

村上氏は、学者らしく、言葉の問題にもこだわっていた。水素脆化の「脆」という字には、「もろい」「やわらかい」という意味があるが、実際には脆くなるというよりも、滑りが発生しているといったほうが実態に近いとのことである。これは、要するに、水素脆化は、トライポロジーの対象であるということであろう。トライボロジー(tribology)とは、ラテン語で「滑り」という意味の“tribos”から作られた学問名で、摩擦・摩耗・潤滑などの現象を取り扱う工学の一分野である。もっとも、水素脆化を扱う学問が何であるかは、一般の人にとってはどうでもよいことではあるが。

5. Fabio Orecchini 氏

技術セミナーの三番目は、ローマ大学“La Sapienza”教授の Fabio Orecchini 氏による「水素経済へのボトムアップ・アプローチ:地域プロジェクトは世界的なエネルギー変革をどう牽引するか 」である。内容を簡単にまとめると、各地方は、遠方から石油を輸入することなく、太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスといった身近な自然エネルギーを使って、自立するべきだということなのだが、そういう理想的なことができるなら、誰も苦労はしない。

講演資料の中に、100%再生可能なエネルギーを使うと、化石燃料を100%使った場合と比べて、コストが4倍程度になるという試算があった。この人は、環境のため、あるいはエネルギーの自立のため、コストを度外視してでも、再生可能エネルギーを使うべきだと考えているのだろうか。経済的な費用と環境負荷は、厳密に比例するわけではないが、かなりの相関性がある。私は、コストが安いうちは、化石燃料も活用するべきだと考えている。

6. John W. Tak 氏

翌日の30日の午前には、Hydrogen & Fuel Cells Canada の President & CEO John W. Tak 氏による基調講演「カナダにおける水素・燃料電池への取り組み~最新の進展状況~」が行われた。内容は、カナダにおける業界、業界団体、実証プログラム、商用化促進に向けた政府との連携に関するものだった。

カナダでは、現在電力の59%が水力発電(ダム型)で供給されているというのは驚きであるが、水力発電の電気を使って、水を電気分解し、水素を発生させるというアイデアには感心しなかった。太陽光発電や風力発電やマイクロ水力発電は、出力が不安定なので、エネルギーを集約化し、蓄積するために、電気で水の電気分解をするというのなら、まだわかる。ダムによる発電のような、出力が安定している電気で水の電気分解を行い、電気エネルギーを1/3にするというのは、賢明なことではない。

講演の中で、タク氏は、カナダでは、燃料電池のような先端技術は小さなベンチャー企業が中心となって開発しているのに、日本では、大企業が中心となって開発しているという違いを指摘していたが、日本のこの特異性については、また後で取り上げることにしよう。

タク氏は、カナダでは、燃料電池自動車普及の第一歩として、フォークリフトに力を入れ、かつ成功を収めたとのことである。フォークリフトには、以下のような理由から、もともとバッテリー車が使われることが多い[Wikipedia:フォークリフト]。

  • 倉庫・工場内など密閉された空間で使用されることが多いため排気による健康被害が野外で使用される自動車より深刻である。
  • 一定の事業所内だけで使用されることが多いので、電気スタンドのようなインフラを必要としない。長距離を走るわけではないので、万一バッテリー切れになっても、救援が簡単である。
  • 前車軸より前方に積む荷物と釣り合わせるための重し(カウンターウェイト)を車両後部に装備するほどなので、バッテリーによる重量増が問題になりにくい。

燃料電池自動車は、ガソリンエンジンの自動車に対しては競争力を持たないが、電気自動車に対しては競争力を持っている。ウォルマートなどは、倉庫内のフォークリフトに燃料電池自動車を採用して、経費を削減したとのことである。

この成功例に燃料電池普及のためのヒントがある。最初はまずフォークリフトや携帯機器など、比較的競争力のない電動式のライバルを相手にし、技術が進歩し、普及による量産効果が出てから、より競争力のある火力式のライバルに勝負を挑むという戦略が有効であるということである。

7. 永田裕二氏

午後からは、技術セミナーとして、東芝燃料電池システム(株)企画部部長の永田裕二氏による講演「家庭用燃料電池商用化に向けた企業連携~周辺機器における共同開発推進とベンチャーとの連携拡大~」が行われ、続いて、日本コントロール工業(株)代表取締役社長の中村 敬氏による「定容積形電磁ポンプの紹介」、(株)アイビーエスジャパン専務取締役事業統括部長の上垣淳一氏による「燃料電池向けリリーフ弁の開発進捗と課題」、(株)テクノ高槻 代表取締役社長の川﨑望氏による「一般家庭向け燃料電池システムの燃料昇圧ブロワ技術開発」といった周辺機器の開発状況の報告があり、最後にこの四名によるシンポジウムが行われた。

東芝といっても、今度はモバイルではなくて、家庭用定置型燃料電池である。東芝燃料電池システムは、NEDOの定置用燃料電池大規模実証研究事業に参画している。以下の引用は、NEDOが掲げるこのプロジェクトの説明である。

燃料電池を含む新エネルギー技術は、科学技術基本計画(2001年3月閣議決定)、エネルギー基本計画(2003年10月閣議決定)等における重点分野としても位置付けられている。さらに、燃料電池については、燃料電池実用化戦略研究会(経済産業省資源エネルギー庁長官の私的研究会、1999年12月設置)において「固体高分子形燃料電池/水素エネルギー利用技術開発戦略」が策定され、産学官が一体となって燃料電池実用化のための技術開発等に積極的に取り組むべきことが提言されている。また、最近では、2004年3月に開催された燃料電池実用化戦略研究会において、定置用燃料電池の初期導入製品・市場の創出のための大規模な実証が必要であるとの意見も出されている。この点については、燃料電池実用化推進協議会(燃料電池実用化を推進するための産業団体)も同様の要望を行っている。独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、「NEDO技術開発機構」という。)においては、これらの動向を踏まえ、燃料電池技術開発の促進のため、定置用燃料電池システムの大規模かつ広域的な実証研究事業を実施する。

経済産業省とNEDOのイニシャティブのもと、産学官が一体となって事業を行うさまは、さながら旧ソ連において行われていた中央指令的計画経済を髣髴とさせる。

講演の中で、永田氏は、燃料電池商用化に向けての最大の壁はコストであると言い、補機類のコストが占める割合が増加しているという事実を指摘した。特に水ポンプは、医療用の点滴器具を転用しているため、高額になるらしい。このコストを削減するために、日本コントロール工業は、定容積形電磁ポンプの開発に取り組んでいるということである。こういうシステムメーカーと補機メーカーの「連携」は結構なことだけれども、日本の中小企業は、なぜ大企業の下請けという形でしか仕事ができないのだろうか。

私は、このセッションの講演を聞きながら、日本では燃料電池の開発を大企業がやっているというタク氏の指摘を思い出した。日本では、中小企業が、ベンチャーキャピタルからの投資で、独自の技術開発をするということがあまりない。中小企業が資金を調達しようとしたら、経営者が無限責任を負って、借金するしかない。だから、需要があるかどうかわからない新技術を独自に開発するという冒険ができない。いきおい、上からの注文に応じて仕事をするしかないのである。

池田信夫氏が指摘するように、官主導の産業政策は、高度成長期にはうまくいったが、情報社会の時代になってからは、そのほとんどが失敗している。

終戦直後の日本の製造業のように、欧米にお手本があり、それに追いつき追い越すという単純な目標が設定できた時代には、産業政策がそれなりの意味をもった。興銀を頂点とする産業金融も含めると、1960年代までの産業政策の成果は、それほど悪いものではなかった。それは何よりも、日本が世界の歴史にも類をみない高度成長をなしとげたという事実に示されている。

産業政策の代表が、通産省の「大プロ」(大型工業技術開発制度)であり、その成功例としては1976年から始まった「超LSI技術研究組合」が名高い。これは10年かけて1000億円の国費を投じ、1MbのDRAMを開発するプロジェクトで、大成功を収め、日本の半導体産業が世界を制覇する要因となった。この成功体験で、大プロには巨額の予算がつくようになり、80年代には第5世代、スーパーコンピュータ、シグマ、TRONなどの壮大な計画が次々に立案されたが、このうちスーパーコンピュータ以外は実用的な成果はほとんど出なかった。

政府が大企業に補助金を出して長期計画で技術開発を行うメリットがあるのは、高度成長期の製造業のように、技術進歩の方向が長期にわたって安定していて目標が明確であり、主要な困難が設備投資や資金調達にともなう「規模」の問題であるような場合である(DRAMも製造業型の製品だ)。しかしITの世界では、技術革新の方向が数年ごとに変わり、PCやインターネットのような「革命的」な技術が10年ごとに出てくるので、ある時期の技術を前提にして長期計画で大規模な開発を行うことはきわめてリスクが大きい。

[池田信夫 blog:日の丸検索エンジン]

定置用燃料電池大規模実証研究事業は、「日の丸検索エンジン」の開発よりもまともな事業だとは思うが、しかし、問題がないわけではない。定置用燃料電池として、固体高分子形燃料電池(PEFC)以外の選択肢がないが、もしも他のタイプの燃料電池が主流になれば、この事業全体が失敗になるという可能性もある。

おそらく、この事業が企画された頃は、燃料電池は固体高分子形で決まりと思われていたのであろう。しかし近年、発電効率が高く、燃料の自己改質が可能で、触媒が不要で、コージェネレーションにも有利な固体酸化物形燃料電池(SOFC)が、小型化・低温化に成功したことで、定置用として有望と目されている。しかし、定置用燃料電池大規模実証研究事業は、政府主導の大事業であるから、柔軟に目標を変えるということは難しい。定置用燃料電池として、PEFCとSOFCのどちらが主流になるかはまだわからないが、池田氏が言うように、「ある時期の技術を前提にして長期計画で大規模な開発を行うことはきわめてリスクが大きい」ということが、ここからも見て取れる。

8. 野村貴紀氏

技術セミナーの最後は、Conduit Ventures Ltd.の Investment Executive で、ナノフュージョン(株)取締役の野村貴紀氏による「世界の燃料電池ベンチャー最前線 」である。野村氏は、ケンブリッジ大学でエネルギー分野のベンチャーキャピタルに関する論文でMBAを取得し、現在、ロンドンに本部を置く Conduit Ventures という会社で、燃料電池関係のベンチャー企業に投資を行っている。

この会社が投資を検討するためにアクセスした企業のうち、ヨーロッパは30%、北米は60%で、その他の地域は10%である。ナノフュージョンのように、投資先として選ばれた日本企業もあるが、それはごくわずかである。出席者からは、日本企業が投資先としてあまり候補に上がらないのはなぜなのかという質問があった。野村氏は、日本の企業は、技術はすばらしいが、英語で広報しないから、めったに投資の候補に挙がらないと言っていた。

海外のベンチャーキャピタルからの投資を受け入れるためにも、日本の企業は、もっと英語で広報をするべきだというのは正論である。しかし、その前に、日本のマネーが日本のベンチャーキャピタルを通じて国内の中小企業への投資に使われることが少ないという問題を解決する方が先である。政府が新しい産業の目標を決め、税金と国債で集めた金で、大企業を動員してプロジェクトを遂行し、中小企業は下請けとしてそのおこぼれに与るという旧態依然たる社会主義的中央指令的計画経済を止め、国内の富裕層が、国内のベンチャー企業に投資する仕組みを作らなければ、燃料電池開発を含め、日本の新技術の開発に未来はないだろう。

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2007年1月28日~31日に、UAEのアブダビ市で開催されるEnvironment 2007 展示会に取材に行く予定です。JETROから贈られてきた招待状が30部ほどあるので、入場を希望する方は、こちらのフォームから申し込んでください。

2006年12月 5日

米国の公共事業は戦争

1990年代前半、ソ連が崩壊し、冷戦が終了しました。前面戦争の危機が去ったので、軍隊は規模の縮小を進めることになるのですが、米国は唯一の超大国として世界の警察官としての立場を今まで以上に振舞うようになりました。民主主義を世界中に広めるとか、人権がどうだとか、米国ンスタンダードとして経済の仕組みを変えろとか、とにかくやりたい放題やってきました。20世紀以降、米国にとって戦争は、遠くの国の出来事で、国内での戦争はなく、戦争による特需による恩恵を受けてきました。海外の国で反政府運動を支援したり、地域紛争をしている国をバックアップして、火のないところに煙を立て、火がついたら油をまいて大きくする。戦争をする過程で武器や弾薬、食料を売って儲かり、戦争が終わったら復興事業で儲かる。一度で何度もおいしい想いを得られるため、以前は10年に1回程度の在庫処分セールが、最近では3年に1回といったところに短期化しています。

日本の公共事業といえば、高速道路や新幹線をはじめとする土木工事