2007年1月アーカイブ

2007年1月31日

災害対策におけるバックアップの進め:OS標準機能

ウイルスやシステム問題が起きやすいクリスマスや年末年始が過ぎて1ヶ月が経過しました。
データ消失・破壊の原因はソフトウェア、ハードウェアの故障に加え悪意を持った侵入者によるものが増加しています。
最近は地震、台風、竜巻、落雷等大規模天災による災害が恒常的になりつつあります。
 


気象庁:日本付近で発生した主な被害地震(平成8年~18年12月)

印刷物をデータ化し拠点を分けて分散している方もいらっしゃるでしょう。
多くの会社は社内にサーバーコンピュータを設置し、少なくともサーバーがダウンして業務に支障がでないようにサーバーのファイルを定期的にバックアップしています。しかしこのバックアップはサーバーのダウンに備えたもので決して個人のファイルを保護するためのものではありません。
また、データ消失の1番の原因は実は「人為的なミス」です。ディスクがクラッシュする以前にパソコンの使用ユーザ自身がデータの脅威となっています。その意味ではCD-ROMやMOのような外部メディアがなくとも、パソコンに接続されたハードディスクにバックアップを取ることでデータ消失のリスクを十分避けることができます。 最近のパソコンは使い切れないほどの大容量ハードディスクを搭載していますから、新たに投資をすることなく大切なデータを保護することができます。
バックアップはご自身が使いやすいバックアップソフト(一度設定すれば自動実行、バックアップするデータの更新頻度や重要度に応じてバックアップ頻度やバックアップ先を設定できる柔軟性を備えているもの等あります)を選択してバックアップを実施する事が一番ですが、今回はWindows標準のバックアップ機能をお伝えします。
 
 
バックアップ手順URL
 
 ・Windows Vista

 ・Windows XP

 ・Windows 2000

 ・Windows 98

 
マイコンピュータ等からバックアップ対象ファイルを直接選択してバックアップ(コピー&ペースト)しても良いですが、上記リンクの手順はアプリケーションが頻繁にアクセスしているファイルや、レジストリ情報を失敗する事なく取得できるメリットがあります。ドライブ単位で指定する等、ユーザが普段意識しないファイルを含む大量のデータを一括でバックアップする時に向いています。
個人で出来る災害対策、それもITの範囲に限るものですがこういった準備の積み重ねが、思いがけない事態に慌てず的確な行動をとる何よりも重要な事へと繋がるのではないでしょうか。
 
 
<シマンテック:インターネット利用歴3年以上のインターネットユーザー年代別男女1100名を対象のアンケート>


 なくしたら困るデータについては、「住所録などの連絡表」(60.2%)、「デジカメなどの写真画像」(50.1%)との回答が多かった。しかし、バックアップを実施している割合はそれぞれ57.6%、59.9%であった。また、回答者の半数近くがデータのバックアップをしておらず、その理由は「面倒だから」という回答が45.8%と最も多く、「やり方がわからない」と答えたのが31.9%だった。

 なお、過去1年間に大切なデータを損失した経験があるユーザーは全体の26.5%で、パソコンの利用歴が長いほど損失経験も多いという傾向が出た。

水素エネルギー(3)水素の製造方法

水素は、現在、石油精製所、鉄鋼プラントなどから副生されているが、そのほとんどは自家消費されており、本格的な燃料電池の燃料供給源にはならない。燃料電池を普及させるには、どのようにして安価に、かつ環境を破壊することなく、水素を製造するかが課題となる。さまざまな水素製造方法を検討しながら、有力候補を探っていこう。

1. 水蒸気改質

現在広く行われている水素の製造方法は、水蒸気を使って天然ガスの主要成分であるメタンから以下のように水素を製造する水蒸気改質法である。水蒸気改質法とは、

CH4+H2O→3H2+CO

という吸熱反応と

CO+H2O→H2+CO2

というシフト反応を組み合わせたもので、両者をまとめると、

CH4+2H2O→4H2+CO2

という反応式になる。固体酸化物燃料電池のような高温で作動する燃料電池では、自分の熱で、水蒸気改質ができる。ただし、シフト反応の部分は異なる。

燃料となる都市ガス(CH4)は、燃料極上で水蒸気と反応して水素(H2)と一酸化炭素(CO)に改質される
固体酸化物型燃料電池における水蒸気改質
[東京ガス:固体酸化物型燃料電池]

上の図に描かれているように、メタンと水は、吸熱することで、一酸化炭素と水素に分解され、それぞれが酸素イオンと電子を受け取ることで、二酸化炭素と水となる。

2. 部分酸化改質

水蒸気改質法以外にも、以下のような部分酸化改質法がある。

2CH4+O2→4H2+2CO

この方法は、水蒸気改質法よりもコストがかかり、効率も悪いので、これまで主流ではなかった。しかし、東北大学大学院工学研究科の高村仁助教授は、部分酸化改質が、吸熱反応である水蒸気改質とは異なり、発熱反応であるため、熱を加える必要がない点に着目し、以下の図にあるように、シフト反応と組み合わせ、発熱反応のみからなる水素製造方法を考案した。

2CH4+O2+2H2O→6H2+2CO2

部分酸化改質法
部分酸化改質とシフト反応による水素の製造
[科学技術振興機構:都市ガスから水素を作る(基礎研究最前線)]

メタンの三倍の水素を生み出す部分酸化法は、四倍の水素を生み出す水蒸気改質法ほど効率はよくないが、固体高分子形燃料電池など低温で作動する 、つまり自分の発熱では内部改質ができない燃料電池のための水素供給法として有効である。

水蒸気改質法であれ、部分酸化改質法であれ、二酸化炭素が発生する。二酸化炭素を出さないことが燃料電池のセールスポイントなのに、水素を作る過程で二酸化炭素を出すということになれば、イメージダウンは避けられない。また、天然ガスのような有限な地下資源に依存しているなら、石油と同様に、資源の枯渇を心配しなければならない。

3. メタン直接改質

再生可能なエネルギー源から、二酸化炭素を出さずに水素を発生させる方法の一つとして、北海道大学名誉教授の市川博士が生み出したメタン直接改質法を挙げることができる。メタン直接改質法とは、天然ガスの主要成分であるメタンを、ゼオライトが担持するモリブデンやレニウムなどの金属成分で活性化させ、ゼオライトの細孔内に選択的にベンゼン分子を取り込み、水素を取り出す技術である。

以下の反応式を見てもわかるように、この改質法は、ベンゼンと水素という資源しか生み出さず、二酸化炭素を出さない。

6CH4→C6H6+9H2

この技術は、もともと70年代のオイルショックで石油の価格が高騰する中、石油化学工業の基本的な原料であるベンゼンを作ろうという意図の下に開発され、水素はたんなる副生成物に過ぎなかった。しかし、80年代後半になって、石油価格が暴落し、代わって地球温暖化の問題がクローズアップされる中、直接改質法は、二酸化炭素を排出しない水素の製造方法として 評価されるようになった。

メタン直接改質法は、エコロジカルであるだけでなく、エコノミカルでもある。直接改質に必要な投入エネルギーは、水蒸気改質の1/10で、そのため製造される水素の価格は、水蒸気改質では20-40円/Nm3だが、直接改質では、15円/Nm3である。また、最近の石油価格の再上昇を背景に、ベンゼンの安価な製造方法としても注目されるようになった。ベンゼンの価格は、2007年1月現在で、128.7円/kgにまで上昇している[新日本石油:石油化学製品(ベンゼン)の契約価格決定について]が、直接改質法であれば、35-50円/kgでベンゼンを生産できる。

2003年より、北海道開発土木研究所の別海資源循環試験施設で、メタン直接改質法の実証実験が始められている。10軒の畜産農家の牛が排出する糞尿を発酵させてメタンを生成させ、それを水素とベンゼンに直接改質し、水素から電気と熱を作り出し、農家に供給し、ベンゼンから石油化学製品を作り出すというプロジェクトである。

メタン発酵の残滓は有機肥料として土に還元される。メタン発酵をしても、肥料の三要素であるチッソ、リン酸、カリをはじめ、多くの無機栄養分が残っている。逆に、十分発酵させないと、有機肥料は有害になる。従来ゴミだった物から、肥料とベンゼンと熱と電気が作り出されるわけである。

別海プロジェクトでは、メタンがすべてベンゼンに転化されるわけではない。メタンのベンゼンへの転化率は15%程度で、あまり高くない。数回の循環で、45%を転化した後、残ったメタンを、水蒸気改質により水素と二酸化炭素に転化しているという。メタンの温室効果は、二酸化炭素の20倍だから、これだけで温室効果を大幅に下げることができるわけだが、二酸化炭素の排出をもっと減らす方法がある。

工業技術院物質工学工業技術研究所は、独自の炭素系触媒を開発し、水素だけを製造するプロセスで、転化率を90%にまで、両方を製造するプロセスで、ベンゼンの転化率を55%に引き上げた[日経産業新聞:2000年6月9日,テクノトレンド]。触媒の改良によって、転化率をいかに向上するかが課題である。

国内で発生する畜産排泄物、農業廃棄物、食品廃棄物など様々なバイオマスをこの方法で活用すると、年間で、1億8700万MWhの電気と1122万トンのベンゼンを生産することができる[市川勝:メタンからベンゼンと水素を併産する触媒技術と実用化の展開,化学工業,2005年12月号]。これらの現在の国内総生産量に対する割合は、電気で25%、ベンゼンで236%になる。この数字を見てもわかるように、メタン直接改質法は、ベンゼンの生産としては十分であるが、発電としては不十分である。

4. 二段発酵

従来のメタン発酵には、原料の対象が限られる、エネルギー回収率が低い、処理時間が長い、発酵残滓が多いといった問題点がある。 これらの問題を解決するために、2004年7月に、産業技術総合研究所等は、嫌気性微生物により生ごみ・紙ごみ・食品系廃棄物を分解処理し、水素ガスとメタンガスを二段発酵させ、回収する実験プラントを作ったと発表した。以下の図に示されている「本方式」がそうである。

二段発酵方式の特徴
メタン発酵と二段発酵方式の比較。従来型メタン発酵の全工程期間が25日であるのに対して、この二段発酵ではそれが15日に短縮された。
[産業技術総合研究所:世界初、生ごみから水素とメタンを高速回収できる新システム]

このプラントは、水素発酵にミクロフローラ(雑多な微生物が混在する微生物群)を利用している。水素回収に有望な微生物の単離菌を用いて水素発酵をさせても、廃棄物からの雑菌混入などにより単離菌を優占に維持することが困難であるからだ[栗本鐵工所:有機性廃棄物の高効率発酵に関する基礎的研究]。

二段発酵法で生成した水素は、内部改質ができない燃料電池の燃料とし、メタンは、内部改質ができる燃料電池の燃料とすることができる。もちろん、メタンは、メタン直接改質により、ベンゼンと水素にすることもできる。

しかし、二段発酵法は、廃棄物を資源化する方法として万能ではない。原料の対象が広がったといっても、プラスティックなどの石油化学製品を発酵で分解することは無理だ。また都市部では、発酵残滓 である廃液を肥料として撒くほど広い田畑はない。都市部では、有機性廃棄物を資源化するには、熱分解して、ガス化するのが一番望ましい。

5. 熱分解ガス化改質

プラスチックやゴムなどの石油化学製品を含めた幅広い種類の有機性廃棄物を高温気流層でガス化し、水素と一酸化炭素へと選択的に変換して、溶融炭酸塩型燃料電池で発電する試みは、既に中部電力によって行われている。溶融炭酸塩型燃料電池よりも固体酸化物形燃料電池の方が発電効率がよいのだが、後者は構成材料が焼き物であるから、大型化ができないので、前者が使われてきた。 しかし、大型の燃料電池による集中発電では、燃料電池の本来のメリットを発揮することはできない。

近年、熱分解ガス化改質が、小型の施設でもできるようになった。以前「廃棄物発電はどうあるべきか」でも紹介したスターミート方式の発電システムは、その一例で、一つの事業所内で発生する程度の小規模廃棄物をガス化することで、廃棄物の回収と運搬にかかる費用を節約できるだけでなく、エネルギー回収までできる。このシステムでは、まだ燃料電池が採用されていないが、規模からいって、発生する水素、一酸化炭素、メタンなどを固体酸化物形燃料電池の燃料にすることができる。

石炭も、熱分解ガス化の原料として有望視されている。従来の石炭火力発電は、発電効率が低い上に、有毒ガスを大量に出すという問題を抱えていたが、Jパワー (電源開発株式会社)は、石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC:Integrated Coal Gasification Fuel Cell Combined Cycle)により、両方の問題を解決しようとしている[J POWER:燃料電池用石炭ガス製造技術開発パイロット試験設備の運転開始について]。

この発電は、石炭をガス化し、

  1. 水素と一酸化炭素を燃料電池に供給して発電を行う
  2. ガスタービンにも高温の石炭ガスを供給して発電を行う
  3. それらの廃熱を回収して蒸気タービンで発電を行う

というトリプル複合発電で、発電端発電効率を60%近くにまで引き上げることができる。現在の最新鋭石炭火力発電の発電端発電効率が約42%であるから、これは、非常に高効率な発電システムだと言うことができる。また、二酸化炭素も、従来の火力方式と比べて、30%削減できる[NEDO:石炭ガス化燃料電池複合発電技術]。

Jパワーは、IGFCに固体酸化物形燃料電池を採用するつもりだが、それは、溶融炭酸塩型燃料電池では温度が低すぎるからである。ガスタービンの効率は入り口での温度で決まるので、1300℃にまで上げなければならない[日経BP社:燃料電池2006,p.115]。水の熱化学分解による水素の製造という点でも、固体酸化物形燃料電池の方が望ましいのだが、これについては、また後で取り上げよう。

6. 水の電気分解

水を電気分解すれば、水素と酸素が得られることは、よく知られている。フレイン・エナジーは、風力発電による水の電気分解を提案している。 風力発電は、出力の電圧や力率が需要と関係なく変動するから、いったん有機ハイドライドの形で保存し、需要に応じて発電しようというわけである。

2006年1月に、フレイン・エナジーは、水素貯蔵装置を日立造船が開発した風力発電用水電解システムと組合せて、風力発電と水電解装置で製造される水素を有機ハイドライドに高密度・高効率に貯蔵する「風力水素貯蔵システム」の製品化を進めると発表した。

水電解装置で製造された水素は、80%以上のエネルギー効率にて有機ハイドライドとして高速水素貯蔵が可能です。またこれに先行し、㈱フレイン・エナジーは北海道大学、㈱アルミ表面技術研究所の協力を得て、水素貯蔵された有機ハイドライドから水素ステーションや燃料電池等へ水素供給する「高効率脱水素反応器」を開発し、開発目標値である水素毎分20リッター(毎時1.2N㎥)を達成しました。

有機ハイドライドへの変換効率が80%だとしても、水の電気分解によるエネルギー変換効率は85%程度で、燃料電池での発電効率は、固体高分子形の場合、せいぜい40%程度だから、風力発電で生じた電気が30%未満になってしまう。出力変動対策なら、風車の大規模化と分散配置による出力の平準化の方が望ましいのではないだろうか。

7. 水の熱化学分解

水から酸素と水素を作るには、電気分解よりも熱化学分解の方が効率がよい。熱化学分解も複数の方法があるが、代表的な方法は、SIサイクル(sulfur-iodine cycle 日本での名称はISプロセス)で、以下のように、硫黄とヨウ素をリサイクルしながら、水を水素と酸素に分解する。

  1. I2 + SO2 + 2H2O → 2HI + H2SO4 (120℃)
  2. 2H2SO4 → 2SO2 + 2H2O + O2 (830℃)
  3. 2HI → I2 + H2 (320℃)

2003年8月21日に、日本原子力研究所は、「原子炉を模擬した電気ヒーター」により熱を供給して、水を分解し、毎時35リットルの水素を製造することに成功したと発表した [日本原子力研究所:世界初の水の高温熱分解による水素製造に成功]。

日本では、水の熱化学分解が、原子力産業の延命のための手段としてしか認知されていないが、これは不可解だ。日本で稼動している原子炉はすべて軽水炉で、作動温度はせいぜい300℃前後だから、既存の原子炉の廃熱利用としてSIサイクルを使うことはできない。そのため、日本原子力研究所は、900℃近い温度を供給できる高温ガス炉を新たに建設することを計画しているという。なぜそこまで原子力に固執するのか。

原子力発電所は、消費地から遠くはなれているので、そこで水素を作っても、消費地にまで運搬する過程で、大きなエネルギーロスが生じる。水の熱化学分解は、 消費地の近くで行う方が望ましい。900℃で作動する固体酸化物形燃料電池なら、水の熱化学分解ができるはずである。生成した水素と酸素をそのまま固体酸化物形燃料電池の燃料として使えば、燃料の生産地と消費地の距離を最短にすることができる。

電気需要に対して、熱需要の割合が大きい一般家庭では、固体酸化物形燃料電池の熱を給湯や冷暖房などに使えばよい。しかし、工場や事務所や廃棄物発電所では、熱生産量が多い割には熱需要が大きくないので、その熱を水の熱化学分解に使って、発電効率を上げ、自分たちの電気需要を満たせばよい。

8. 光触媒による水の分解

水を水素と酸素に分解するもう一つの方法として、光触媒を使う方法がある。1980年に、酸化チタンやチタン酸ストロンチウムなどの粉末光触媒により、水が太陽光で完全分解できることが発見され、注目を浴びた。ただし、この光触媒が吸収するのは、太陽光エネルギーのわずか2~3%を占めるにすぎない紫外光である。水素をもっと効率よく作るには、太陽光エネルギーのおよそ50%を占める可視光を利用しなければいけない。

2001年12月に、産業技術総合研究所の光反応制御研究センターは、可視光を用いて水を水素と酸素に一段で分解できる光触媒の開発に世界で初めて成功したと発表した。この光触媒は、無機酸化物半導体にニッケルドーピング処理を行い、表面に酸化ニッケルを担持した化合物で構成されていた[産業技術総合研究所:可視光で水を水素と酸素に分解]。2006年3月には、東京工業大学資源化学研究所の堂免一成教授らが、可視光に反応する、さらに効率的な新種の光触媒を開発した[Photocatalyst releasing hydrogen from water, Nature 440, 295 (16 March 2006)]。

性能は少しずつよくなっているようだが、光触媒による水の分解が実用化されるめどはまだ立っていない。太陽電池の平均的な変換効率が10%であるのに対して、光触媒による変換効率は3%に過ぎない[地球環境産業技術研究機構:持続可能社会をめざす触媒化学]。水素をさらに電気に変換しなければならないことを考えると、コスト高でなかなか普及しない太陽電池よりもはるかに性能が劣っていることがわかる。

太陽光発電にせよ、光触媒による水素の製造にせよ、実用化が難しいのは、薄く広がっている太陽光エネルギーを直接利用しようとするからである。太陽光エネルギーを蓄積する能力において、人類はまだ植物に及ばない。植物にできることを人間がする必要はない。これまで人類がしてきたように、太陽光エネルギーの蓄積は植物に任せ、エネルギー密度高い植物および植物を起源とする燃料を利用するべきだろう。

9. 結論

天然ガス・石炭・石油は、当分の間、枯渇しそうにないので、 まずはこれらの地下資源から水素を製造するべきだ。日本では、石油精製から240億標準立方メートル、製鉄コークス炉ガス産業から100億標準立方メートルもの水素が毎年副成している。これらの副成水素ガスの潜在的資源の総量は、2020年において、500万台の燃料電池車を走らせる量に相当する。これに加えて、天然ガスの直接改質や石炭ガス化も行えば、かなりの量を供給することができる。

地下資源は、生産よりも消費のペースの方が速いので、いつかは枯渇する。再生可能な資源としては、食料と競合しないバイオマス資源が最も重要である。以下の報道にあるように、海草からバイオ燃料を確保するという計画もある。

養殖した海藻から石油代替燃料として注目されるバイオエタノールを大量に生産する壮大な構想が22日、明らかになった。東京海洋大、三菱総合研究所を中心に三菱重工業など民間企業が参画する研究グループがまとめたもので、日本海に1万平方キロメートルの養殖場を設け、ガソリンの年間消費量6000万キロリットルの3分の1に相当する2000万キロリットルのバイオエタノールを海藻から生産する計画だ。

有機性廃棄物の二段発酵やガス化は、未利用資源の有効活用という観点からも、積極的に推し進めるべきだ。新たな資源を求める前に、現在の資源消費を効率化することを考えることが先である。

以下の図は、バイオマスから水素を取り出す流れをフローチャートにしたものである。石油化学製品の廃物をガス化する過程で二酸化炭素が出るが、地下に蓄積されたバイオマスを利用しないなら、カーボンニュートラルを実現することができる。バイオマスには限度があるが、バイオマスエネルギーの限度内に人口規模を収めることが、他の動植物と共存するための条件となる。

バイオマスの循環的利用

自然エネルギーによる水の電気分解は、現在はもちろん将来的にも採算が取れないだろう。現在、日本だけで、食塩水の電気分解から14億標準立方メートルの水素が毎年副成している。こうした副成水素の利用には賛成だが、水素を発生させるだけの目的で水を電気分解することには反対である。水の電気分解よりも、水の熱化学分解の方が効率がよいから、後者に力を入れるべきだ。

アブダビでの展示会の報告

1月28日から31日まで、UAEのアブダビ市で行われたEnvironment2007でのCTFLLPとサイバーコンサルタントの出展とそれに対する来客の反応を報告する。アンケートの結果は、近く出版される本の中に書く予定です。

CTFLLPブース

ctf

有機ハイドライド技術を説明する市川博士

CyberConsultantブース

bioresin

バイオ樹脂の実験結果を説明するUAE大学研究者グループ

市川博士による有機ハイドライド技術の講演

Ichikawa

北海道大学の市川教授は、従来の水素貯蔵技術に対する有機ハイドライド技術の優位、石油精製所などで多くの副生水素があり、水素の酸化で生まれる水の需要が多いUAEで燃料自動車ないし水素燃料自動車の普及がもたらすメリットを語った。JapanTodayのプレゼンテーション・ステージは、概して人が集まらなかったが、市川博士のプレゼンテーションには、多くの熱心な聴衆が集まった。

バイオ樹脂実験の報告をするタウフィック教授

Taoufik

UAE大学のタウフィック教授は、現在UAE大学で行っているバイオ樹脂の実験の中間報告を行った。実験は今年の末まで行われ、温室での実験に続いて野外での実験が現在、遂行中である。バイオ樹脂とは30種からなる生分解性の樹脂の総称で運用にはそれらをブランドして使用される。

2007年1月30日

第一次大戦後のドイツは2度経済破綻した

ドイツの歴史を振り返ると、第一次大戦の敗北後、1923年のハイパーインフレ(1兆倍)で経済破綻したことと、1929年の世界恐慌の影響で深刻な不況と大量失業者を出したことによって、ドイツ経済は2度破綻した。その結果、中産階級の財産は失われた。社会が混乱を深める中、ヒトラー率いるナチス党が支持を広げていった。ヒトラーによる公共事業や軍事施設の拡大により、ドイツ経済は復活した。

1923年のハイパーインフレ

1917年、第一次世界大戦で疲弊したロシアは深刻な食糧不足に陥り、同年3月、食糧暴動が首都で発生(二月革命)し、ロシア帝国が崩壊した。同年11月、十月革命によりソヴィエト政権が樹立した。ロシア革命の成功を見たドイツの労働者は、パンと平和を求めるデモやストライキを行った。イギリスによる海上封鎖下によりドイツも食糧不足であった。1918年11月3日、キール軍港の水兵による反乱をきっかけにドイツ革命へとつながっていった。ドイツ革命の結果、皇帝ヴィルヘルム2世は退位し、オランダに亡命した。社会民主党エーベルトを首相とする臨時政府が成立した。11月11日、ドイツは連合国との休戦条約に調印し、第一次世界大戦が終結した。1919年1月より戦勝国によるパリ講和会議が開かれ、同年6月ヴェルサイユ条約が結ばれた。ドイツは全植民地を失い、さらに石炭や鉄の主要な産地も失った。賠償金は1921年のロンドン会議で1320億金マルクと決められた。敗戦国ドイツにとって、賠償金の支払いはとうてい不可能であった。当時は金本位制であったため、ドイツから金(GOLD)がどんどん流出していき、マルクの価値はどんどん下がっていった。これを見たフランスはベルギーと共に1923年1月11日ライン川を越えてルール地方を占領。賠償金を現物で受け取るという意思を実力で示した。ルール地方はドイツ最大の工業地帯であったため、ドイツ経済は破綻し、ハイパーインフレを引き起こした。1922年7月時点でも為替レートが100倍マルク安となっていますが、1923年11月には戦争前と比較して1兆倍に達してしまいました。暖をとるために薪が買えなかったので札束を燃やしたという逸話もこの時の話である。

ドイツのハイパーインフレ

ハイパーインフレにより、市民生活は破壊され、ドイツは混乱した。1923年11月、銀行家シャハトの協力によるレンテンマルク紙幣(1レンテンマルク=4兆2000億旧マルク)の発行により、なんとかインフレを抑えることに成功した。この頃、ヒトラーはミュンヘンでクーデターを起こし、失敗している。1924年 新たに賠償支払い計画(ドーズ案)が作成され、アメリカから資本流入もあって、インフレは沈静化した。1929年の世界恐慌まで、ドイツ経済は安定していた。

1929年の世界恐慌

1929年10月 NY株式市場が大暴落。アメリカ経済の破綻は、経済復興中のドイツにも深刻な打撃を与えた。アメリカが外国(特にドイツ)に投資していた資金を本国に引き揚げたからである。1932年、ドイツの工業生産は4割減、失業者は600万人に達した。アメリカは賠償金の支払いを一時停止(フーバー・モラトリアム/1931年)を宣言したり、ローザンヌ会議(1932年)で連合国に支払う賠償金を30億マルクに減らしたがが事態は好転しなかった。ヒンデンブルク大統領による非常大権によって成立した内閣により、恐慌の克服に努めたが、効果はなかった。ドイツの中産階級は二度にわたる経済破綻により、職と財産を失っていた。また、資産家達は、再び革命が起こるのではないかと考えていた。労働組合や共産党の勢力が拡大する恐怖と、経済再建に向けての希望を込めて、ナチス党を支持した。1932年7月の選挙で第一党となった。1933年1月、ヒンデンブルク大統領はヒトラーを首相に任命した。ヒトラーはクーデターにより政権を握ったのではなく、選挙により多数派となった結果である。当時のドイツ国民がナチス党に騙されたわけでもありません。経済的困窮を解決してくれる政党を支持したのである。ドイツが共産化するよりはいいだろうと判断したのです。政権を握ったヒトラーは議会を解散し、選挙に圧勝。1933年3月、全権委任法を成立させ、ワイマール憲法は停止、全ての政党を禁止し、一党独裁を確立した。その後、公共事業や軍事施設の拡大を通して失業者の救済を図り、1939年には失業者は30万人に減った。植民地を持つ英米仏はブロック経済を作り、世界貿易が縮小する中で、植民地のないドイツイタリア日本は軍需産業の強化、新たな植民地を求めることで危機を打開するしかなかった。その結果、第二次世界大戦への道を歩んでいく。

橘みゆき 拝


Environment 2007 速報

Environment 2007 展示会とエアショーの動画をご覧下さい。


現地新聞と展示会会場

 
 
 
   

エアショー

 
 
 
 
   

環境をサポートするJETROとアブダビ首長国日本大使館、アルアインの貴族Dr.Abdulaziz Al-Fahim

2007年1月28日Environment2007開催初日、環境系参加企業を激励するためにアブダビ日本大使館より大使館公邸で素晴らしいレセプションを開催して頂きました。日本人は大量のエネルギー資源を消費していますが、そのほとんどをアラビア湾岸からの輸入に依存しています。レセプションにはダボス会議に出席された帰国便で立ち寄られたJETROのCEO & Chairman 渡辺修理事長、在UAE波多野琢磨特命全権大使がスピーチをされました。波多野大使とお話の機会があったのですが、サウジアラビアでの降雪など気候変動を大変心配されておられました。急激な気候変動、地球環境のために開催されたEnvironment2007のJAPAN TODAY2007には齋藤貢公使、猪口相第一書記、臼井幸之助二等書記など多くの方々が努力されていました。特に峯山政宏元代表の同郷先輩でもある臼井幸之助氏はアラビア国民のニーズを的確に認識しており日本の高度な環境技術の伝播に対して協力して頂きました。日本とアラブの関係を長期的な視野に立ち教育を通じて薦める事ができるのは彼のような優れた外交官の存在が大事であると考えます。地球環境破壊の防衛には効率の良い官民協力が必要ですが、近年のJETROは率先垂範されていると感じました。このようなことは日本のマスコミでは何故かなかなか報道されません。それどころか官民協力の妨げになるような一部の官庁吏員の不祥事ばかりを恣意的に取り上げているように思います。しかし日本の事を考えるなら日本に尽くした吏員を正しく評価するべきでしょう。悪いところばかり探そうとするのではなく良い所に日本のマスコミは注目するべきです。環境技術には長期的な視野に立つ知恵と行動する勇気の両方が必要です。



展示会の準備をする株式会社チーム連山の原亨社長と永井俊哉連山編集長

大使館公邸に荷物を忘れてしまった永井俊哉連山編集長のために崎本晃司一等書記官が翌日展示会ブースまで荷物を届けて下さいました。



アルジャジーラ記者の取材、彼女はウェブサイト掲載用にあと2時間でレポートを提出するそうだ。



取材に答える市川勝北海道大学名誉教授



プレゼンステージで講演する市川勝北海道大学名誉教授とテレビカメラの撮影



プレゼンテーションを視聴する人々



日本大使館公邸,JETRO渡辺修理事長と市川北大名誉教授とUAE大学バイオテクノロジー学科長ハムザ教授



日本大使館公邸, 左から市川勝教授、永井俊哉編集長、原亨社長、ハムザ教授



日本大使館公邸、波多野大使とお話の機会があったのですが、サウジアラビアでの降雪など気候変動を大変心配されておられました。

霧の都ロンドン…ではなく異常気象の昨朝のドバイ。人やビルが浮かんで見えました。

Cyber Central Capital社のManagement Directorの岩崎氏の招待状で砂漠緑化の目標で堅い友情で結ばれたDr. Abdulaziz Al-Fahimがブース訪問されました。Dr.Al-Fahimと岩崎氏は今後も日本の環境を中心とした最新技術を継続的にUAEに紹介 することを約束しました。

北大名誉教授市川博士のプレゼンテーションを視聴されたDr.Al-Fahim。


Dr.Al-Fahimセカンドハウスでの岩崎氏のプライベート写真。

ブリティッシュ・ペトリアムブースの生演奏、スターバックスコーヒーと菓子パンの無料サービス。

【参照】

アブダビでの展示会の報告

ビデオ(市川勝北大名誉教授水素エネルギー)

ビデオ(スイスの山脇正俊教授による近自然学)p>

世界を変える地域通貨

秘密報告の全貌(地球寒冷化に関するペンタゴンレポート)

アラビック・ジャポニズム

【記事】

米政府の温暖化報告書 “不都合な真実”書き換え認める 産経新聞 平成19年3月20日

2007年1月29日

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL138

<紹介>
“Environment 2007,28 Jan – 31 Jan, 2007 JAPAN TODAY in UAE” の成功を、心よりお祈りします。
http://www.ee-uae.com/index.cfm?fuseaction=Exhibition.Pages&pageName=Exhibition&parent=Exhibition

------------引用--------------
http://www.jetro.go.jp/events/tradefair/20060808110-event
ジェトロは、アラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビ市で開催されるの中東地域最大規模の環境見本市「ENVIRONMENT 2007」において「JAPAN TODAY 2007」と銘打つ日本館を初めて設置します。 これは2006年12月に日本とアラブ首長国連邦(UAE)が外交関係樹立35周年を迎えたのを記念する催しとなります。
JAPAN TODAY 2007には日本企業40社が出展し、UAEの持続的発展に貢献し得る日本の環境・エネルギー・産業技術を紹介することにより、両国の一層のビジネス、友好協力・相互理解の促進を図り、エネルギーの安定供給に資することを目的としています。
------------引用--------------

今回は、終に火蓋を切った、「宇宙戦争」の来るべき様相を検討してみる。 これは、人類にとっての宇宙の海へ漕ぎ出す、新たな大航海時代の始まりになるだろう。

<参考>
------------引用--------------
http://www.asahi.com/international/update/0119/009.html
中国、衛星破壊実験に成功 米政府は懸念伝える
2007年01月19日11時26分
 米ホワイトハウスのスノー報道官は18日、「中国が地上から発射した弾道ミサイルで自国の衛星を破壊し、衛星攻撃兵器の実験をした」との米メディアの報道を大筋で確認し、米政府がすでに中国政府に対して懸念を伝えたことを明らかにした。宇宙空間で兵器による衛星の破壊が確認されるのは異例で、ロイター通信によると85年に米国が実施して以来とみられる。
 米政府は昨年改訂した「国家宇宙政策」で、軍事・民間利用を問わず、衛星が攻撃を受ければ、衛星への依存度の高い米国にとっては大打撃となるとの認識を強めてきた。有人宇宙飛行の成功で「宇宙大国」として存在感を高めている中国が、そうした攻撃能力も示したことで、宇宙空間をめぐり両国間の緊張が高まる可能性がある。宇宙での軍拡競争につながりかねないとの指摘も出ている。
 この情報は、航空宇宙問題の専門誌アビエーション・ウイーク・アンド・スペース・テクノロジー電子版が米中央情報局(CIA)など複数の米政府情報機関の見方として、17日夜に報じて明るみに出た。
 それによると、実験は米東部時間の今月11日午後5時半(日本時間12日午前7時半)ごろに実施された。99年に打ち上げられて高度約860キロの軌道上にあった老朽化した気象衛星を標的に、中国内陸部の四川省西昌にある発射基地から弾道ミサイルを打ち上げ、弾頭が高速で衝突、破壊した。
 飛散した衛星の破片が「宇宙ごみ」となり、ほかの衛星の運用を妨げる障害を引き起こす可能性も心配されている。ロイター通信によると、実験当日、米国が昨年打ち上げた実験偵察衛星との通信が不能になったが、これが実験の影響かどうかは確認されていない。
 米国家安全保障会議(NSC)の報道官は同通信に対し、「このような兵器の開発実験は、民間分野の宇宙利用をめぐる両国の協力の精神に背くものだ」と述べ、米国だけでなく、すでにオーストラリアとカナダが懸念を表明したと明らかにした。
------------引用--------------

まず、私が前号までで、繰り返し力説してきた、シーパワーにとっての生命線とは「制海権の保持」に他ならない。この制海権とは、概念としては古代より存在したが、15世紀の海洋先略家ポルトガルのアルバカーキ提督は「海洋覇権を制し、大陸や島国を占領するにはその港を奪え」との名言や、16世紀のイギリスにおいて1588年スペイン無敵艦隊を破ったキャプテンドレイクによって「英国の防衛線は海岸線や英国海峡内に無い。相手側大陸の港の背後にある」との言葉により明確に意識されてきたものであり、19世紀に入り、海洋戦略家マハンによって具体化された。(Alfred Thayer Mahan 1840-1914:ウエスト・ポイント陸軍士官学校工学科教官の息子として生まれ1859海兵卒後北大西洋艦隊司令官ルース少将に見いだされ第2代海軍大学校長となり「海上権力史論The Influence of Sea Power in History, 1660?1783 (1890)」を発表、ルーズヴェルト大統領の絶賛を浴び、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世はドイツ語に翻訳させて全艦艇に配布する等、世界中反響を呼び、日本海軍も教官として招聘を試みた大佐で退役後ジャーナリズムに身を投じて活躍した。)

マハンは1890年に『海上権力史論』で、商船隊や漁船隊、それを擁護する海軍とその活動を支える港や造船所などをシーパワー(海上権力)と規定し、シーパワーが国家に繁栄と富をもたらし、世界の歴史をコントロールすると論じた。彼はアメリカ海軍大学校の教頭で海軍大佐であった頃の1890年に著した『1660年より1783年に至る歴史に対するシーパワーの影響』(日本では『海上権力史論』と訳された)という書物において、初めて「シーパワー」という概念を提示している。シーパワーとは、「海域における自由な使用を確保し、平時・戦時の両方において、自国の商船、軍艦等が自由な航行をする能力を維持して、反対に相手国の自由な航行を阻止する能力を持つこと」、といった意味を持つ。つまり、自国の周辺やシーレーンにおける海域を自由に使用する能力、または必要ならば敵国のこの能力を拒否する能力ということができる。この「能力」のことをシーパワーというのであって、海上において優勢を誇る国が持つ影響力はその範囲の海域をコントロールすることができる。そのコントロールのことを「Command of Sea(制海権)」と呼ぶ。

この制海権について重要な点は、第一次世界大戦までは、獲得の主役が戦艦であったということだ。この時代、日本海海戦やユトランド沖海戦(http://ww1.m78.com/honbun/jutland.html)に見られる艦隊決戦が制海権のみならず、戦争そのものの帰趨を決めた。

この制海権概念に大きな変化をもたらしたのが、第二次世界大戦だ。この戦争で、制海権確保の主役が、戦艦から空母、すなわち、航空機に変わったのだ。つまりビルマ沖海戦やミッドウェー海戦などの結果、戦闘機による制空権が確保できていれば、雷撃機による魚雷攻撃により、戦艦すら容易に撃沈することができることが分かった。この後、戦艦は主役の座を空母に譲った。

現代において、制空権確保の重要性は変わらないものの、そのための重要なツールが衛星になってきた。つまり、衛星を経由して集めた情報や衛星を経由して送る情報が軍事活動に決定的な重要性をもつことになったのだ。
このようになった契機は、米ソ冷戦下の「スプートニクショック」であろう。
スプートニクショックとは、1957年にソ連(当時)が打ち上げた人工衛星によって引き起こされたものだ。アメリカは、この世界初の人工衛星打上げで敗北したことにより、東西冷戦の一方の雄であったソ連の科学力に脅威を覚えたのである。そこからアメリカの科学振興が一気に進みはじめることになる。

 アメリカでは、「科学技術の遅れを取り戻そう」とのスローガンが掲げられ、科学教育推進として「教育の現代化」運動が起こされた。またインターネットにしても、スプートニクショックというソ連への脅威を下敷きにして、「核攻撃があっても破壊されない通信システムの構築」という命題から生まれたものだ。重要な点として、アメリカはこのスプートニクショックを契機として、ポラリス・ミサイルの開発を行った。
そのための手段として、PERT(Program Evaluation and Review Technique)は、1950年代後半に米国海軍ポラリス・ミサイル開発プロジェクトで実用化された日程計画・管理のための技法としてあまりにも有名だ。
その後、米軍が情報の重要性を再認識する契機となったのがベトナムにおけるジャングルでの戦闘により、ゲリラ戦に苦しめられたことだ。これが、ADSID・地上センサーの開発につながり1967年から投入、数万個が製造され、航空投下によりジャングル中にまかれる
RMAの出発点だ。米空軍は開戦当初、通常爆弾による爆撃を行うが、出撃回数が増え、1700機が撃墜されるこのことから、レーザー誘導爆弾を開発し、1969年より投入した。出撃回数と上空での戦闘時間を軽減を狙い、ラインバッカー作戦に最初に投入され、3年かかって落とせなかった橋を1回で落とすという成果を挙げた。

<参考>
------------引用--------------
http://www.masdf.com/crm/bridge3.html
67年の最初のタンホア攻撃では“バカな爆弾”を300発をも投下したにも関わらず、損害はなきに等しい状況であった。その無敵のドラゴンジョーがたったの5発のEOGBで破壊されたのである。
 ------------引用--------------

背景として、民主主義の世論による政権運営の必要から、米国民が数多くの犠牲者を受け入れないことが先端兵器開発への圧力となったことだ。これが、トマホーク巡航ミサイルや高度情報化された兵器システムの開発につながる。目的は米軍の危険を最小限に押さえることだ。
 
1991年湾岸戦争において、トマホークやステルス戦闘機の実戦による実験戦闘の口火を切ったのはAH-1による攻撃であり、101空挺部隊・レーダー基地を夜襲し、敵の状況をはっきり見ることが出来た
 トマホークが始めて実戦投入され、戦略拠点を攻撃し、1300km離れた公海上からの攻撃やF-117ナイトホークからレーザー誘導爆弾を高々度から投下し、ジョイント・スターズ下方監視レーダーで車両を識別し、攻撃した。これは、開発段階だったが現場の要請で戦場に投入され、戦場で神の目となる。この、ジョイント・スターズにより、あらゆるレベルの司令官は周辺状況を完全に把握できた。

 地上戦二日目、バスラに向かう国道上にイラク軍が終結していることを察知し、戦闘機やヘリコプターによる精密攻撃を加え、夜間であっても歩兵一人一人を狙撃できた。結果は一方的なイラク軍の殺戮に終わった。

 コソボ紛争にて、より発達した兵器が投入された。ステルス爆撃機B2・無人偵察機プレデター誘導爆弾の命中率は開戦当初100%
 NATO各国に米軍が詳細な戦場情報を提供し、核の傘でなく、情報による新たな傘と呼ばれた。一般市民を巻き込んだ誤爆が相次ぐ。99.6%が意図された目標に命中したことに見られるように、米軍はネットワーク化された衛星情報を用いることにより、RMAを成し遂げ、全く新しい軍隊に生まれ変わった。

究極的には「戦場の無人化による死傷者ゼロ=zero casualty」とそのためのネットワーク中心の戦い(Network Centric Warfare)が重視されている。このネットワーク中心の戦いでは、偵察衛星や無人機などを中心とする情報収集システムを駆使して収集された敵部隊などに関する情報は、ネットワークを通じて共有され、遠隔地の司令部からであっても極めて短時間に指揮・統制が行われ、目標に対して迅速・正確かつ柔軟に攻撃力を指向することが可能となる。これは、戦場空間における戦場認識能力のさらなる優位を獲得するとともに、より効率的な戦力運用を目指すものである。
 
精密誘導兵器の代表的なものとして、爆弾用精密誘導装置(JDAM)がある。その特徴は、非誘導(自由落下型)爆弾に誘導用テイルキット1を装着することにより、正確で全天候型の誘導爆弾を簡易かつ安価に製造できる点にある。JDAMは、優先順位の高い目標に対する戦闘機や爆撃機による正確な空対地攻撃を可能にした。誘導は、尾部の操舵翼、駆動装置、制御用の電子回路などから構成されるテイル・コントロール・システムとGPS(全地球測位システム)支援のINS(慣性航法装置)によって行われ、最も正確なモードによれば、投下した爆弾の半数以上が半径十数mの円の中に着弾するとされる。

 このように、ソ連との冷戦やベトナム、湾岸からイラク戦争に至る過程を概観すると、いかに米軍が情報と衛星に依存する度合いが増えてきたかがわかる。そして、このことが、米軍にとっての、新たなアキレス腱となったのだ。つまり、衛星軌道上に浮かぶ軍事衛星につき、明確な防御手段が存在せず、ここを攻撃されると米軍は大幅な戦力ダウンになるということだ。

すなわち、今回の北京政府もしくは人民解放軍の「衛星破壊実験」とは、アメリカの「のど元に匕首を突きつけた」行為に等しい。だから、アメリカは敏感に反応したのだ。

このような理解を前提にして、今後の展開を予測してみる。

まず、制海権の確保のため、衛星が必須になっている現状で、シーパワーのアメリカが譲歩することはありえない。歴史を見ても、ドイツと英国、米英と日本、米ソといったスーパワーパワーが過去に軍拡競争を行ったことがあるが、制海権にかかわる、戦艦や空母といった分野で、妥協しなかった方が最終的勝利者になった。

特に、対ランドパワーで、シーパワーが「海の軍縮」に応じたことは一度としてなかったといえる。このことが、制海権の重要性を物語る。そして、宇宙空間が、人類にとっての「新たな海」と考えると、この点でシーパワーがランドパワーに譲歩することは「絶対にありえない」。

すなわち、北京政府もしくは人民解放軍が宇宙での軍拡競争を挑んでくるなら、シーパワー連合は受けて立つ他の選択肢はありえないことになる。むしろ、人類の科学技術や文明が闘争を通じて発展してきた過程を見ても、ランドパワーとシーパワーが本気で宇宙軍拡することが、新たな大航海時代の必要条件となるだろう。

ここで重要な点として、北京政府は前号で紹介したような、原油確保のための「真珠数珠繋ぎ」戦略(The string of pearls strategy)と呼ばれる、シーパワー戦略(これは、中東、ペルシャ湾から北京政府に至る1万キロを超える長いシーレーン沿いに戦略的拠点を確保することを狙いとして、北京政府が展開している一連の外交的、軍事的措置の総称)を展開している以上、宇宙での軍拡は間違いなく「戦略的二正面作戦」になるということだ。北京政府は第2次大戦後、台湾、ベトナム、インド、ロシアと国境紛争の経験があり、これらと北朝鮮国境にかなりの兵力を配置しなくてはならず、チベットやウイグルでの緊張もかかえている。

よって、国内の治安維持や国境防衛のための膨大な陸軍や警察力の整備も必要だから、「三正面作戦」ともいえる。

このような、陸海宇宙での軍拡に引きずり込めば、遠からず北京政府は破綻することが確実であり、そのためにも、シーパワー連合はこの挑戦を受けてたつべきなのだ。

そして、宇宙開発にアクエリアス計画は、必ず必要になる。まず、燃料電池の実用化は、宇宙開発分野で開花した。宇宙船内で燃料を燃やす方式に比べて排気がクリーンで水しか発生しない燃料電池が、宇宙船の電源用に開発されたのだ。発生する水は飲み水として利用できることから、特に有人宇宙船の電源として着目された。そして1965年、米国NASAの宇宙開発プログラムにおいて、有人宇宙船のジェミニ5号にGE社の高分子形燃料電池が搭載され、燃料電池の実用化第一号となった。次のアポロ計画ではユナイテッド・テクノロジー社のアルカリ形燃料電池に引き継がれた。3台の燃料電池が搭載されたアポロ13号において酸素系統の故障によって2台の燃料電池が運転不能となり、月面への着陸は断念したものの無事地球に戻って来られたというエピソードは、トム・ハンクスが主演した大ヒット映画でも取り上げられた。

そして、今後の宇宙開発を考える上で、より重要な視点は、連山でも紹介された「ペンタゴン・レポート」に見られる、地球環境の激変だ。
<参考>
------------引用--------------
http://www.bund.org/opinion/20051005-2.htm
米国防総省(ペンタゴン)は、03年秋に地球温暖化の影響について秘密レポートをまとめたが、その内容は衝撃的だ(2004年、英国オブザーバー紙にすっぱ抜かれた。本紙1140号/2004年4月5日号に既報)。2010年代に欧州で干ばつと寒冷化が起こり、環境難民となった人々が大移動を始め、2025年にはEUが崩壊するというのだ。  
 温暖化にもかかわらず寒冷化が起きるとされるのは、暖流の流れが変化すると考えられるためだ。欧州周辺を流れる暖流は、赤道付近で温められて北上し、北極海周辺で冷やされて海底に沈み込む。それが冷たい深層海流となって赤道付近に戻っていく。  
 海流はベルトコンベヤーのように地球規模で循環しているのだが、温暖化はこの流れをも変えてしまう。北極海の氷は、すでに40%が温暖化の影響で溶けてしまったが、レポートではあと10年くらいで完全に溶けてなくなると予測している。加えて温暖化の影響で北極海周辺に雨がたくさん降るようになるため、北極海の塩分濃度が急速に低下する。塩分濃度の低下は、暖流を海底に沈み込ませる力を弱め、その結果暖流の流れが大きく変化し、欧州周辺を流れなくなってしまうというのだ。  
 現在、イギリスなど西欧諸国は、シベリアのような同緯度の地域と比べて温暖な気候だが、それはこの暖流が流れているおかげだ。暖流が流れ込まなくなれば、ヨーロッパはシベリア並みに寒冷化する。人々は極寒の地を逃れ民族大移動を開始し、食糧と水の供給をめぐって争いが起こり、EUが崩壊するということなのである。
------------引用--------------
------------引用--------------
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070120it01.htm?from=top
温暖化対策強化へ、米政権が方針転換

 【ワシントン=貞広貴志】米政府高官は18日、ブッシュ大統領が今月23日に行う一般教書演説で地球温暖化対策の強化を打ち出す方針を明らかにした。
 発足直後に京都議定書からの離脱を表明したブッシュ政権が、年次ごとの重要施策をうたう一般教書に温暖化対策を盛り込むのは初めて。
 具体的措置として、エタノールなど代替エネルギーの推進や技術革新に加え、温室効果ガス削減に向け一定の義務的措置を導入するとの見方も広がっており、「温暖化の原因が人間の活動かどうかは不明」としてきたブッシュ政権にとって方針転換となる。

 政府高官は、「われわれは温室効果ガスの排出を削減する必要性を認識している」とも言明。一般教書演説では環境政策とエネルギー安全保障を総合した観点から対策を打ち出す方針を示した。

 スノー大統領報道官は18日、今年の一般教書について、温暖化・エネルギー問題が〈1〉対テロ戦争〈2〉移民政策〈3〉教育問題〈4〉医療保険――と並ぶ柱と位置づけられる見通しを示した。
(2007年1月20日3時0分 読売新聞)
------------引用--------------
すなわち、このレポートの予測と温暖化対策が真実ならば、長期的に考えれば人類は生存圏を宇宙に求めざるを得なくなるということだ。つまり、宇宙ステーションやスペースコロニーや火星への殖民だ。

このような、短期的な対ランドパワー軍拡や長期的な地球環境激変という点を考慮するならば、間違いなく、人類は、新たな「大航海時代」を迎えることになる。

15世紀の欧州における黒死病の蔓延やオスマントルコによるコンスタンチノープル陥落が、新大陸発見につながる大航海時代を生んだように、シーパワー連合はフロンティアを宇宙に求めていくことになるであろう。

そのためにも、「現代の出島」であるUAEで行われるEnvironment 2007,28 Jan – 31 Jan, 2007における、チーム連山と国際金融資本であるRoyal Dutch Shell(英)やTOTAL(仏)との提携の成功は、宇宙開発までも視野に置いた水素文明の樹立と人類の未来にとって、死活的に重要な意義を有する。そのため、戦前には失敗した「日英米シーパワーの利益の分割」を今度はUAEを舞台に成功させる必要がある。その際のキーワードは「地球環境激変」になるだろう。真の戦略家は気候条件すらも己の戦略立案に活用する。諸葛孔明が赤壁の戦いで連環の計を立案した際、「東南の風」が吹くことを知っていたように。

<参考>
------------引用-------------- http://www.ee-uae.com/index.cfm?fuseaction=Exhibition.Pages&pageName=Exhibition&parent=Exhibition
"Bold ideas & better methods for preserving our environment".The 4th Major International Exhibition and Conference to be held at the Abu Dhabi International Exhibition Center, from 28 - 31 January 2007, under the patronage of the UAE President, His Highness Sheikh Khalifa Bin Zayed Al Nahyan. The focus of this prestigious event will be on Air, Energy, Water, and Waste, providing an ideal platform to promote products and services that relate to these very important elements. Official bodies pertaining to environmental matters from the MENA countries (Middle East and North Africa) and the rest of the world will be very prominent at Environment 2007. A fully fledged conference will run in parallel to the exhibition.
Environment 2007 Sponsors
Main Sponsor

------------引用--------------
<参考>
新春特別企画最終号で述べた、英米対立を念頭に入れ、下記を参照されたい。http://www.teamrenzan.com/archives/writer/edajima/post_168.html
------------引用--------------
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe600.html
エクソンとシェルは不倶戴天の敵──石油・エネルギー業界
【米保守本流=親ロックフェラー財閥系】
◆エクソン
◆モービル
vs
【英シオニスト=親ロスチャイルド財閥系】
◆ロイヤル・ダッチ・シェル
◆ブリティッシュ・ペトロリアム

ロックフェラー財閥の中核であったスタンダード石油が分割されてできたのが、エクソンやモービルである。特にエクソンは、メジャー中のメジャーで、世界一の石油企業。今日もロックフェラー財閥の中心的な存在である。
 
  


世界一の石油企業「エクソン」の海外ブランド名は「エッソ」である

これに対して、オランダの「ロイヤル・ダッチ石油会社」とイギリスの「シェル石油会社」を、ロスチャイルドが音頭をとって合併させたのが、「ロイヤル・ダッチ・シェル」である。
 

 

このイギリス=オランダ連合のロイヤル・ダッチ・シェルの子会社的存在が、英国のブリティッシュ・ペトロリアム(英国石油:略称BP)だ。ロスチャイルド系のロイヤル・ダッチ・シェル(以下シェルと略称)とロックフェラー系のエクソンは、石油・エネルギー業界の両横綱として、世界のエネルギー利権を争奪してきた、不倶戴天のライバルである。
オランダは、『アンネの日記』を思い出してもらえばわかるように、ユダヤ人の力の強い国だ。中世から近代に移行し始めたヨーロッパで、比較的宗教の自由のあったオランダにユダヤ人たちが集まり、これが一時、世界を席巻したオランダのパワーの根源になった。後述する電機のフィリップスも、オランダ生まれのシオニスト系の多国籍企業である。イギリスとオランダはかつてライバル関係にもあったが、シオニスト・コネクションという点では、相通じているのである。
このイギリス=オランダをつなぐ、「ロイヤル・ダッチ・シェル」連合と、米財界の雄「スタンダード石油」(エクソンの前身)は、1920年代から、世界中で、エネルギー利権の激烈な争奪合戦を繰り広げてきた。かつてのオランダとイギリスの植民地主義の遺産をがっちり守り抜こうとするロイヤル・ダッチ・シェル連合と、新興米国の国力を背景にこれを急追するスタンダード石油とは、当時世界最大だったバクー油田を、革命直後のロシアで取り合うなど、その戦いは中東でも中南米でもアジアでも激しく展開された。
もともと、ロイヤル・ダッチ社とシェル社は別会社であった。ロスチャイルド財閥は、革命前のロシアのバクー油田の利権を持っており、ロスチャイルド財閥がシェル社の極東部門に石油を供給していた。その後しばらくの間、極東アジアにおいては、ロイヤル・ダッチ社とシェル社はライバル関係にある。
しかし、ここに米ロックフェラー財閥のスタンダード石油(現エクソン)という強烈な敵が出現する。そこで、ロスチャイルド財閥が仲介して、ロイヤル・ダッチ社とシェル杜に反スタンダード石油の同盟を組ませた。そのとき設立されたアジア石油会社の株は、ロイヤル・ダッチ社、シェル社、そしてロスチャイルド財閥にそれぞれ三等分され、また取締役会の席も三者に二席ずつ配分された。これが現在のロイヤル・ダッチ・シェル社の出発点である。同社をロスチャイルド財閥の一員と呼ぶゆえんはここにある。

アメリカが国際政治に、一人前のプレーヤーとして登場するのは、セオドア・ルーズベルトが日露戦争の仲介を買って出た「ポーツマス会議」(1905年〈明治38年〉)をもってである。これ以前のアメリカは、ヨーロッパ各国から国際政治上の一人前のプレーヤーとは見られなかった。そして、第一次大戦で疲弊したヨーロッパを横目に、第一次大戦後の世界でアメリカは大国の地位を揺るぎのないものにする。
 

第26代アメリカ大統領
セオドア・ルーズベルト

また、この頃から、ロックフェラー財閥の中枢、スタンダード石油は、「すでに国内の主要油田はすべて発見された。今後は外国での新油田発見だ」との自覚のもとに、アメリカ外での石油利権の新規獲得のために、本格的に乗り出してくる。そして、ロイヤル・ダッチ=シェル連合と世界中で衝突を繰り返すのである。
第二次大戦後は、旧植民地利権に基礎をおくシェルは、超大国として登場したアメリカの力をバックとするエクソンに追い上げられる。しかし、世間で言われるところの「イギリス=大英帝国」の没落・斜陽とは別次元で、シェルやブリティッシュ・ペトロリアム(BP)はむしろ、よくその利権を守ってきたというべきである。
話は別分野になるが、《エクソン 対 シェル》の関係は、ちょうど通信社でいえば《AP 対 ロイター》の関係に似ている。アメリカを代表する通信社のAP。一方、イギリス帝国主義が世界に張り巡らせた情報網の基盤の上に成立しているロイター。ニュースの商人ロイターと、保険会社のロイズこそ、イギリス帝国主義が残した「情報ネットワーク」という遺産を、最もうまく利用した企業であった。近年におけるロイター通信社とロイズ保険の没落こそ、ビジネス面における、大英帝国の凋落を実感させる出来事であった。
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http://diary.jp.aol.com/a4pcpx/149.html
ドイツのダイムラーが、ガソリンで動く内燃機関を1883年に発明し、爆発的な石油ブームが起こりました。 その頃、中東の油田は未だ見つかっておらず、ヨーロッパではカスピ海のバクー周辺の油田が、最大のものでした。

ロスチャイルド・パリ家のアルフォンス・ロスチャイルドは1883年に、ロシア政府の財政難を助ける為に、公債を引き受けた見返りに、バクーで最大級のバニト油田を入手しました。

ボルネオに進出してたイギリスの「シェル」と、スマトラに進出していたオランダの「ロイヤル・ダッチ」は、当時アメリカで支配権を確立したロックフェラーの「スタンダード石油」に対抗する為に、「シェル」のユダヤ人、ロバート・コーエンの調停工作により、この2大石油会社は歴史的な合併をし、「ロイヤル・ダッチ・シェル」が1907年に誕生しました。

この調停工作を行った、ロバート・コーエンは、オランダの食品大手「マーガリン・ユニ」と、イギリスの食品大手の「リーヴァー・ブラザーズ」をも合併させた人物です。

「ロイヤル・ダッチ・シェル」は、販売する石油を確保する為に、1914年にロスチャイルドのバグー油田を買い取りますが、ロスチャイルド家は売却代金として、400万グルデン相当の「ロイヤル・ダッチ」の株(全株式の10%)と、24万ポンド相当の「シェル」を手にし、「ロイヤル・ダッチ・シェル」の大株主となります。

以後、石油業界のナポレオンと異名をとる、ヘンリー・デターディングが活躍し、ロバート・コーエンはその右腕として活躍し、ロスチャイルド一族は中東の石油を発掘し、ヨーロッパ最大、世界第二位の石油会社に成長させ、「ロックフェラー」と対峙しました。

但し、今日ではM&Aが繰り返され、世界最大の石油会社は、イギリスの「BP」で、2位はアメリカの「エクソン・モービル」、3位がイギリス・オランダの「ロイヤル・ダッチ・シェル」です。

ロスチャイルド家がバクーの油田を売却して、わずか3年後の1917年には、革命により、ロシアのロマノフ王朝が倒れ、外国資産は全て国有財産として没収されました。 あまりに見事な売り逃げであり、バクー油田と、10%の株を同時に失った、「ロイヤル・ダッチ石油」のデターディングは、ロスチャイルドはロシア革命を最初から知っていたのではないかと、死ぬまで恨み続けました。

「ロイヤル・ダッチ・シェル」と「ユニリーヴァー」を誕生させた、ロバート・コーエンは、次に「パレスチナ商会」を設立して、イスラエル建国に全力を投入しました。 事故のため、妻をパレスチナで失いながら、イスラエル建国を果たして、この世を去りました。  

ロバート・コーエンの息子のバーナード・コーエンは、ダイヤの「デビアス」と取引するイスラエルの「ユニオン銀行」副会長となり、ロンドン市長も勤めました。

この謎の男、ロバート・コーエンは何者なのか、何のことはない、父方も母方も、純血のロスチャイルド家であり、「ユニ・リーヴァー」をつくったバター・マーガリン帝国の、オランダのヴァンデンヴァーグ家も、ユダヤ人であり、ロスチャイルド家であったのです。
------------引用--------------
                                       以上


2007年1月28日

地球寒冷化に関するペンタゴンレポート・2

はじめに

現在の気候変動に関する常識は、たとえ気候変動があったとしてもそれは緩やかなもので、現代文明なら充分対応可能だというものだろう。
しかし、南ヨーロッパ、アフリカ、中央アメリカ、南アメリカ、は旱魃、酷暑、水不足、による不作で悩むだろうが、北ヨーロッパ、ロシア、北アメリカは大丈夫だろう、と言う考えは甘い。

たとえばオーストラリアの報告書は放牧地の降雨量の減少によって、牛の重さが12%、牛乳の生産は30%減り、果樹園では病害虫が増え、飲料水は10%減ると予測している。

貧しい国では気候の変動に上手く対応できず、難民が流出して例えばアメリカのような比較的豊かな国に押し寄せる恐れがある。

しかしもっと恐ろしいことが起こるかもしれない。

歴史を振り返る


元の報告書から転載

8,200年前の寒冷化

グリーンランドのアイスコアの調査によれば、8,200年前に100年に及ぶ寒冷期があったことが分かる。その時は現在のような温暖期の後、突然寒冷化が起っている。北大西洋地域では気温が約2.8℃下がった。農作物の収穫は減少した筈だ。そしてこのような寒冷化が起った原因は海洋熱塩循環が崩壊したことにある。
過去730,000年の間に寒冷化は8回起っている。その原因も海洋熱塩循環の崩壊であった。


凍結したマンモス
出典


ヤンガードライアス期

約12,000年前、グリーンランドでは気温が15℃下がった。その時も海洋熱塩循環の崩壊が見られた。このような寒冷化は北大西洋地域全般に見られ、1,300年間続いた。この時は3℃近い気温低下が何十年も続いた。そして寒くて乾いた気候が1,000年以上続いたのである。ポルトガル海岸には氷山が現れた。現在同じことが起これば多くの死者が出るだろう。

「海洋熱塩循環」とは何か?極地で海水が凍る時に、大量の塩が排出されてその付近の海水の塩分濃度が高くなり、比重が重くなるので下に沈みこむ。これによって海水が動き出して海流が生まれる。
温暖化によって氷山が溶け出せば、逆に軽い真水が氷山から出るので、海水の動きが止まる。つまり海流が止まってしまう。寒流が止まれば、暖流も止まり、北大西洋地域は寒くなる。これが「海洋熱塩循環の崩壊」である。

映画「不都合な真実」予告編より
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小氷河期

北大西洋地域は1300年から1850年まで寒冷化した。これを小氷河期という。寒冷化の原因は太陽活動のほかに暖流の停滞にもよっていると思われる。その間、冬の寒さが酷くなり、気候が急変した。その結果、ヨーロッパの農業、経済、政治は大きな影響を受けた。

不作、飢餓、疫病、移民が絶えず、アイスランドやグリーンランドの住民は生きるためにバイキングになった。1315年から1319年の間に何十万人が飢え死にしたと伝えられている。グリーンランドの社会は崩壊した。百万人が死んだと言うアイルランドのポテト飢饉もこの結果であり、それから175年も経っていない。


【雪中の狩】ピーテル・ブリューゲル[フランドル 1525/30-1569]
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予測される気候変動

過去に起ったことはこれからも起ると考えて、我々は8,200年前の寒冷化を参考にすることにした。ここでの目的は予測を正確にすることではなく、起る可能性のある事態に対する対策を議論することである。
何時寒冷化が始まり、どの位続くのかは分からないが、以下では2010年まで温暖化が続いた後、急激な寒冷化が起るものと仮定した。

2010年までは温暖化

2010年までは世界の平均気温は1年で0.3℃上がり、地域によっては1.2℃上がる。20世紀末の傾向が持続するのだ。
北アメリカ、ヨーロッパ、南アメリカの一部の気温が50℃を越える日数は1世紀前よりも30%以上増え、氷点下以下になる日数ははるかに少なくなる。山岳地帯での洪水が増え、耕作地での旱魃は長引く。それだけでも国際社会と米国の安全保障にとっては脅威となる。

温暖化の結果

温暖化が加速して1年間の温度上昇は倍になる。林地も草地も乾燥し山火事が起る。
2005年までには気象災害の増える地域がある。台風とその被害は益々大きくなる。2007年には激しい台風がオランダの堤防を破壊し、ハーグには人は住めなくなる。カリフォルニア サクラメント川の中州の堤防が決壊して内海ができると共に北部から南部への送水路が機能しなくなる。ヒマラヤの氷河が溶けてチベット人の一部は移住しなければならない。夏の北極氷山は2010年までにおおよそ無くなる。波が高くなり海岸の町に被害を与える。2003年に比べて約4倍の数百万人の人が洪水の被害を受ける。海水温度が変わるので魚の生息域が変わり、漁場が変わる。
北大西洋では淡水が増えるために熱塩循環を抑制する。


映画「不都合な真実」のポスター
出典

(つづく)

2007年1月26日

通貨メカニズムが作り出したもの

ドル資本は機軸通貨に固有のダイナミズムを活用して、貧困化する国を生み出すようになっている。現在の枠組みにおけるアメリカの繁栄というのは、犠牲となるものを常に必要とする。これからも栄え続けようとするアメリカは、多くの国に更なる犠牲を求めることによって、その立場を堅持してゆくことになるだろう。アメリカにとってドルは売るものであって、本来自らが買うようなものではなかった。外貨に投資していた資本を回収するときにドルが必要となったため、為替市場で元の通貨に買い戻していただけのことだった。ドル資本を操っていた一群が決算を行うには、一旦ドルに戻して利益を確定しなければならない。その時にドル高になり過ぎないよう適度な交換レートを維持しながら、機軸通貨としてのドルを安定裡に還流させているのである。(現在起きている円安状態は、これとは別の理由で抵抗線を一時的に突破したもので、日銀の利上げまたはイラクへの増派が終われば反作用へと転じるだろうと思われる)

アメリカのローカル通貨であるドルは、同時に機軸通貨でもあるという特異な性質をもっている。外国の需要に応じて売り渡したドルは、最終的にアメリカへと還って来るような仕組みになっていた。アメリカが為替市場でドルを調達しているのは、利益をドルで計上しなければ決算ができなくなっていたからである。その時に為替差益が乗せられるようになっていれば、行きと帰りで二度おいしい利益がドルに添加されるようになっていた。ドルを調達する段階では一時的なドル高になるのだが、その勾配を利用した円買いをその後実施すれば、資本の往復で差益をそれぞれ上乗せすることができるようになっている。

ドル売りで安くしておいた機軸通貨を高くなっていた外貨で買い戻すなら、ドルの量は帰路で増加していることになる。その前にはFRBによる政策金利の引き上げという段階があり、金利を目当てにしたドル預金が増えるようになっていた。ドル高を誘導するには金利の引き上げと、ドル資本の引き揚げという二系統の手段が用意されている。これらの方法を使い分けることによって、外貨への投資(投機)が随時実行できるようになっていたのである。多くの国が、必要なものを買うために自国の通貨を売ってドルを買っている。ドルの買い手が世界中にたくさんあったからこそ、遠心力というものがドルという機軸通貨には与えられていたのだった。ローカル通貨の売り手でもあった世界に散在するドルの買い手というグループは、アメリカに富を集積するという求心力を生み出していたのだった。この通貨メカニズムというものがアメリカに富を集め、軍事費を増強して国際社会に緊張を与えていたのである。アメリカの力による庇護が必要だと世界に思わせていたものは、ドルを買わざるを得なかったアメリカ以外の国だった。


勝者は資本が決めるもの

ドルを売る立場の国であるアメリカには、発行経費を負担するだけで外貨とその国に固有の資産とが「勝手に」やってくるようになっていた。この違いが、繁栄と貧困を同時に生み出す原因になっている。そのメカニズムについて調査してきたことを、これまで反復して報告してきたところである。資本を集約する立場の国であるアメリカは、その優位性を利用して軍隊を世界中に展開する費用に充てている。ドルを買って自国の資本をアメリカに提供している国では、ドルのもつメカニズムの実態を何一つ知らされていない。巧妙に隠されていたからである。経済格差が温存されたままの状態が続いているのは、その所為だったのだ。世界各国はひたすらドルを買い続けることで、アメリカを結果として支援してきたのである。軍事的な軋轢が高まる一方という展開になっていたのは、この経緯を知ればみえていたことである。通貨メカニズムの機能を見ることができていたら、アメリカと交渉する余地の存在に世界は気づいていただろう。

この通貨が生むダイナミズムを承知していると思われる国は、残念ながら未だ一つとしてでていない。反米国家でさえドルが果していた機能を指摘したことがないのだ。問題を理解していれば折衝の道具として早い段階で使うことができていただろう。ドル資本の流入で国が貧しくなったという因果の表層に気づいた国が、最近になって漸く目立つようになってきたところなのだ。通貨メカニズムの生み出した弊害を世界が正しく理解したら、一斉に反米国家になってしまうのではなかろうか。既存の反米国家は状況証拠だけでアメリカに注意を促そうとしたために、論理よりも感情で対応しようとする道を選択している。その態度が説得力に欠けたものになっていたため、訴えるべきことがらを却って伝わらなくさせてしまったようである。

ベネズエラ以外の反米国家とは、ドルが生み出した貧困を自らの結果で傍証している国のことである。(ベネズエラは有数の産油国で、原油高の恩恵を受けて潤っている。ドルの優位性が見える立場にあったことから、問題の所在に気が着いたもののように思われる) ドルがなければ国際間の決済ができないため、もたざる国ではやむを得ずドルを買って必需品を手に入れてきたのだった。その行為が劣悪な条件を甘受するという意味であるということを、先進諸国は今以て知らされていない。ドルとの通貨交換を円滑に行ってきたことで、国際経済を共に進化させてきたという関係ができていたからだった。市場の拡大があったからこそ、ドル本位制と呼ぶべき現在の枠組みが誕生したのである。ドル・ショック後の市場経済は計画経済を相対的に矮小化させ、ソ連の資本調達能力に限界を与えたのだった。市場規模が相対化されたことによって流動性の規模に差が生じ、米ソの軍縮合意をその後成立させた遠因になっている。ソ連の共産主義体制が自己崩壊していったのは、軍縮交渉が終わった後すぐのことだった。

中国の共産主義体制が生き残ったというのは、経済特区という市場経済の導入実験が奏功した結果である。共産主義体制でありながら、市場経済を導入するという一国両制という仕組みを鄧小平は考案していた。90年代の初めは、市場経済で国際社会が統一された時代となった。ドル経済圏が急速に広がったため、93年から二期続いたクリントン政権では、リセッションから脱して財政黒字が溜まるようになっていた。90年には先代のブッシュが湾岸戦争を開始し、クエートをイラクから解放した。この伏線があったために、アメリカはその後イラクという国に条件付けられてしまったのだった。2003年の三月には国連を押し切って、イラクに米軍を強引に侵攻させている。だが、大量破壊兵器という根拠が偽りであったことから、テロリストの側に大義を与えることになっていったのだ。イラクを相手としたニ度の戦争は、いずれもブッシュという名の家系からでた大統領父子によって引き起こされている。


ドルと政治の相関関係

計画経済圏が消滅した結果、ドル経済圏が急速に拡大していった。市場が急拡大した結果ドルのもつダイナミズムが膨張し、クリントン政権では大幅な黒字を計上してブッシュ政権にその成果を引き継いでいる。2001年には同時多発テロがおき、ブッシュ政権はテロリストを追い詰めて翌年にはアフガニスタンを解放している。その直後からイラクの大量破壊兵器を理由とした戦略行動を展開し、未確認情報を根拠とした攻勢に転じて当時イラク大統領だったフセインを逮捕している。第二次大戦後の日本の民主化に倣ってイラクを民主化してアメリカに帰順させようとしたのだったが、今のところ内戦状態を煽って分断国家になろうとする道を歩んでいる。イラクでの米軍は大儀なき戦いを強いられ、戦意は低下して戦死者の数だけが徒に増えていったのである。テロリストには聖戦という名分が与えられ、士気は高揚して米軍をイラク領内に膠着させるという結果を導いた。ブッシュ政権はクリントン時代に積み上げた黒字をアフガニスタンとイラクで使い切ってしまい、足りない分の戦費調達に腐心する立場へと立たされている。ドル資本の跳梁跋扈は、その頃から際立つようになっていったように思われる。日本では、外資の導入を政策として掲げる内閣さえ登場するようになっていた。

共和党政権は世界中からドルという通貨が集めてきた富を、イラクで使い果たしてしまったのだった。機軸通貨をもっているアメリカをさえ経済的に逼迫させてしまうのが、現代の戦争なのである。アメリカが衰えたとしても、他の国がそれに取って代わることはできない。どの国の通貨であったとしても、ドルのような求心力を発揮することは不可能だからである。資本の力がなければ、戦争を継続することはできない。ドルに力を与えているIMF体制が、アメリカに資本を集約させてきたのである。中国やロシアがどんなに力をつけたとしても、アメリカのような国になることはできない。その国の通貨を欲しがらせる根拠がなければ、どの国であったとしても指導的な役割を果すことは不可能なのだ。このことはアメリカが温和な国になれば、世界中が繁栄するということを示唆している。軍事支出がなくなるというだけで、その国の経済は成長を遂げることができるようになるのである。核を含む軍拡基調になっているこの現実は、アメリカに資本が集まってきたことによって引き起こされたものだった。


繁栄は犠牲を前提とする

アメリカ以外の国は、エネルギー資源などの必需品を買うために自国通貨を売り渡して、汎用性のあるドルに換えなければならない立場である。アメリカはその外貨を受け取ってドルを供給することにより、あらゆる国で通用する機軸通貨としての機能をドルに与えてきたのだった。ドルを譲渡する国が栄えてドルを買った国が衰えていったのは、その国に固有の資産をドル資本へと売り渡す結果になっていたからである。ドルは世界中で流通しているため、需要が減るというだけでたちまち供給過剰になるという特徴をもっている。通貨の供給量が増えすぎると、貨幣価値は余剰となった流動性が低下させてしまうのだ。このインフレ状態となることを予め回避するために、FRBは政策金利を引き上げて余ったドルを逐次速やかに回収してきたのだった。その結果金利を高め続けたことによって、FRBは自らの選択肢を狭めるという立場に陥っている。

金融緩和をしたくても、ドルの過剰供給が禍いとなる可能性がある以上慎重にならざるを得ないだろう。この背景を知っていると、日銀の利上げ観測にある種のダイナミズムの影響のでていたことが見えてくる。日本経済の実態は率先して利上げする状況にはない。機動的な利上げはいつでもできるようになっている。先走って利上げしようとするその意図に、中央銀行間にあるとおぼしき何らかのダイナミズムを感じざるを得ない。ドル経済圏を形成する中枢であるG7では、中央銀行相互の間合いで金融政策の動向判断を行っている。利上げ判断などは、経済実態が明瞭になった時点で行ったとしても決して遅過ぎるということはない。インフレの懸念がない低金利の状態で政策金利を率先して引き上げるという必然性は、本来あるはずのない話なのである。根強いインフレ期待があるのは事実だが、タイミングを無視した安易な利上げは状況を悪化させることにしかならない。国内経済の充実を図った上で、効果を見ながら利上げするのなら話はわかる。先に利上げありきという専行行為は、自主性に欠けていることを自ら証明するメッセージになっている。

ドルを発行するという権利は、アメリカだけがもっている特権なのだ。アメリカが供給したドルが市場で余れば、回収するための方法はたくさんある。ドルを回収し過ぎたとしても、増刷しさえすればアメリカの収入は却って増えることになる。いくらでもドルを供給することができるのが、アメリカという国なのである。市場で余ったドルの使い道は決まっている。金利の引き上げでドル高になると、国内に滞留しているドル建ての債権が流動化し易くなる。このため、アメリカにとっては資本の流出という危険な状況が生まれるのである。その対策としてドル安状態を維持しておくことを目的にしたドル売りという行為が、機動的に行われるようになっている。ドルが高くそして円が安くなり過ぎないように、ファンドを窓口とした「適切な」為替制御が行われている。経済分野では特別に有利な立場にあるというのが、ドルの発行権をもつアメリカという国だったのである。


アメリカの戦略

ドルの過剰流動性を回収するための手段として、政策金利を引き上げるというのが一般的に行われてきた方法であった。高くなった金利を目当てに戻ってきたドルは、ファンドなどのドル資本に再投資させるための原資として利用することができる。このドルで日本円を買わせれば、即ち円高という状態が実現する。110円を超える円高を日銀が嫌うため、余ったドルを回収して市場に再投入するだけで米国債が売れるようになっている。ドル資本はこの時、日本に固有だった資産をいくらでも手に入れることができる。日銀を為替市場に介入させてドルを買わせれば、FRBが利上げして還流させたドルの行き先は自動的に決まるのだ。それが米国債だったのである。ドルが足りなくなったら、印刷して追加発行すればよい。需要がある限り、ドルの発行は際限なく行うことができるのである。余ったドルの引き取り手を作るのは、とても簡単なことなのだ。回収したドルをファンドなどに再利用させることによって、日本資産と米国債の売却益とがセットでアメリカへとやってくるようになっている。これほどおいしい話は外にないだろう。

だが、FRBは政策金利を上げ過ぎてしまったのだった。金利差の広がった国がでてきたため、その国にドル資本が投資できる環境が失われようとしている。そこでドル売りを仕掛ける対象とした国の金利を、先に上げさせておくという必要が生じていたのである。日銀に利上げするという行為を先行させておけば、日米間にある金利差を圧縮する効果が得られる。日銀がFRBの意図を隠して国内景気の動向判断だけを根拠にした利上げを実施するなら、アメリカの術中に嵌まろうとする行為だと言わなければならない。日本政府には、このバックグラウンドというものに感心がなかったようである。そこで利上げに慎重になるというとても常識的な判断が生じるようになっていた。今回FRBが望んでいる利上げを行おうとした三名の日銀理事の態度からは、この問題に潜む本質的な部分を見ることができそうだ。財務相が利上げに賛同していたというのは、G7に直接関与してきた財務官僚がFRBの意向をよく承知していたからだろうと思われる。

日銀が買ったドルは、殆どが米国債として運用されている。ドル資産全体に占める長期債の割合は約90%である。ドルの現預金が5%、金塊が5%という構成になっている。日本がもっているドル資産を総称して、外貨準備高という。その合計は120円換算で100兆円を超えている。日本は90兆円の長期債と5兆円ずつのその他ドル資産をもっているということができるだろう。問題は、このドル資産が取り崩せないものだったという点にある。円高対策で買ったドル資産を円に戻して回収しようとすると、更なる円高の更新が発生してしまうのである。外貨準備高というのは、回収することができないドル資産のことを意味していたのだった。取り戻すことができない資産であるのなら、正しくは不良債権と呼ばなければならない。アメリカはドルを日本に売りつけさえすれば、過剰流動性を消滅させて日本の資産をファンドに与えるだけでなく、長期債まで買わせるという仕組みを保持しているのである。償還を求められない債務は、それがどんなに増えたとしてもアメリカの脅威になることはない。


ドル経済圏のメカニズム

ドルという通貨を支援している石油に付随する特別の価値が、炭素エネルギーを消費して成長する経済体制を拡大させてきたのである。この枠組みの中では、アメリカが失うものは何もない。ドルを印刷して渡すだけのことなのだから、外貨収入がアメリカに溜まる一方という展開になるのは当然のことだった。だが、ドルを買わなければエネルギー資源を入手できない国では、国民の労働資産をドルに換えなければ国が成り立たないのである。アメリカにはリスクがなく、ドル需要国には売り渡した自国通貨による外資からの買収というリスクが発生するようになっていた。ドルを買うという行為は、自らの資産をドル資本に売り渡すという意味なのだ。ドル資本がやってくると国が貧しくなるという現実は、反米国家へと転じる国を増やす傾向を既に顕在化させている。イラクでの駐留経費が足りなくなったことが、市場で余ったドルを使って特定の国に売りつけるという行為を増長させるようになっていたのである。米国債を買わせるという戦術をドル資本に展開させているのは、米軍を増派するための追加予算が必要になったからである。アメリカがイラクに貼り付いたままで経済が維持されていたというのは、ドルを買い続けてアメリカに資本を集約させている国が世界中にあったからこそできたことなのだった。

アメリカには紙幣を印刷する経費を負担するだけで、世界中から富が続々と集まってくるようになっていた。このドルが生み出していた貧困の背景を知れば、アメリカ以外の国はすべて反米国家になってしまうだろう。このからくりが見えていなかったからこそ温暖化が進んで少しも改まらなかったのだし、京都議定書からアメリカが一方的に離脱することを許してしまったのだった。ドルが生み出していた問題の本質がみえていたのなら、有効な対策というものは即座にでてきていなければならない。イラクでの駐留が予想を遥かに超えて長引いてしまったため、アメリカは強引にドルを売りつけて戦費を調達しようとするまでになっている。この展開は反米国家の簇生へと繋がってゆくことになりそうだ。


【反米国家がこのところ急に目立つようになったのは、戦端を開くことを急いだブッシュ政権がイラク戦争をコントロールできなくしてしまったからだった。日本政府には、その現実がまったく見えていない。内閣が外資を呼び込むという過ちを行って平然としているのは、認識能力の欠如を物語るものである。国民の困窮はその結果であった。呼び込んだ外資に利潤を持ち去らせるまま放置しているということが、国内経済の状況を悪化させていたのである。外資が日本にい続けたくなるような環境を作ってやれば、この国の経済は強い活力と高い経済成長をすぐに取り戻すようになるだろう。そのためには、アメリカに付随して活動するドル資本に対抗するための同様の組織を、国内に作っておかなければならない。通貨戦略の面で相互に釣り合いが取れるようになると、ドル資本によって誘導された結果である現状を脱して、状況は劇的に変わるようになるだろう】


敵とは何のことか

京都議定書が温暖化を止められずにいたというのは、要するに問題の所在が那辺にあったのかをつきとめていなかったからである。不具合の箇所を特定することができたら、問題の意味は見えてこなければならない。改善させるための方法などは、その時点ですぐに分かっていたことだった。認識は行動を生む原動力だ。知っていて放置していると、健康が損なわれてだんだん元気がなくなっていく。精神のパワーが下がりだすと、ますます行動力が失われてしまうのである。日本は、問題そのものが未だ見えていないという状態にある。有効な対策を講じることができていなかったのは、その証拠だと言える。アメリカの行っている通貨戦略の意味を知った後の日本は、富の漏出を抑えようとするだろう。日米同盟は、日本をアメリカに従属させておくためのものになっている。日本に損害を加えていたのはアメリカであった、ということがもうそろそろ見えてきてよい頃だ。その他の国がどんなに敵対的であったとしても、アメリカがやってきたことに比べたら、その実害においては節度あるものだったのだ。

中国の反日的な姿勢は、靖国参拝という行為を敢えて実行した人物がいたことから引き起こされたことである。あれは、まさしく嫌がらせだといってもよい行為であった。国家の首長がその立場で行うべきものではなかった。相手の嫌がることをやった国が反撃を食らうのは、情として了解可能なことである。原因がいなくなったら問題そのものが消えてしまった、という事実に国民は謙虚に接するべきだろう。朝鮮民族は、侵略を行ったという歴史をもたない。先制攻撃する方法を意味として知らないのだ。侵略されてばかりいた国だったのだから、先に攻撃を開始するという行動に経験知というものが欠けている。このような歴史的な経緯の存在が、北朝鮮に優れた外交交渉能力を与えたようである。その対応方法には、比類のないほど柔軟で強い素地によって裏打ちがなされている。

北朝鮮を強気に見せかけているものは、弱さを承知しているが故の戦術であるに相違ない。経済力からみても、そして人口比からみても、北朝鮮にはどうみたところで勝ち目というものはないだろう。核燃料にしてもごく微量のものしかもっていないのである。だからこそ何をするか分からないという不気味さを、繰り返し演出しておかなければならなかったのである。その小さな国が、アメリカと対等な立場で交渉を行っている。小さな国であってもできるような対等な交渉ごとを、遥かに力のある日本の指導者層が延々と見逃してきたのである。寧ろアメリカ一辺倒というありさまだったということは、誰にでも思い至ることだろう。日本が自立することができていなかったということは、結果において明らかなのだ。指導者のもつ認識次第で、日本はアメリカとも北朝鮮とも充分に渡り合える真に対等な国になっていたはずである。もしそうなっていたならば、六カ国協議というものは生まれてはいなかった。


日本は自立した国になれ

ミサイルに核弾頭を実装するためには、より大規模な核実験の成功例を積み上げておかなければならない。北朝鮮が行った核実験の実態をみると、ごく小規模な爆発を一度だけ行ったに過ぎない。言わば、予備実験みたいなものである。ここから見えてくるものを知れば、北のスタンスが読み取れるはずである。金正日にとって、日本に積みあがっている核燃料の方が余程脅威になっていたはずである。資金も技術も人材も豊富な日本がその気になれば、短期間で核保有国になる可能性は充分に高かった。東アジアの国々はそのような疑いの眼で日本を見ている。何故なら、憲法さえ自在に解釈してしまう国がその日本だったからである。日本政府の特徴的な憲法解釈は、その具体的な脅威の証拠だったのである。警察予備隊創設以来近隣諸国になにを考えているか分からない危険な国、という印象を与え続けてきたのである。北朝鮮が先に核保有国になってしまえば、日本がその後を追うのは困難になる。国際社会が核拡散をこれ以上認めるはずがなかったからである。

北朝鮮が追加の核実験を行えば、核燃料の備蓄はすぐに底をついてしまうだろう。補充が済んでいるという情報がリークされているが、現実的な観測だとはいえない。核燃料の備蓄を取り崩して敢えて核実験を強行するのであれば、実戦配備するためのリスクは小さくなっていなければならない。核あるが故に、米朝の二国間交渉はかろうじて対等な関係性が維持されている。アメリカにとって日本が北の核によって脅かされている、という状況こそが最大のメリットになっていることを想起するべきだ。日本を攻撃する敵が身近にいると思いこませておきさえすれば、米政権は日本政府を頤使することができるのである。日米同盟が必要だと思い込ませておきさえすれば、日本はアメリカに対する富の供給機関にとどめておくことができるのだ。日本がアメリカの属国状態になってしまったというのは、日米関係を対等なものから貶めた指導者達がこの国に大勢いたからなのである。


日本の役割

日本はこれから、問題点を指摘してアメリカと対等な関係で対峙しなければならない。日本が次世代のリーダーとなるためには、不具合を強要した原因者に対して毅然たる態度をとってみせることがなにより重要なことなのだ。IMF体制が生み出した諸問題を逐一指摘し、その対策と効果とを実際に示してやれば世界は日本についてくるのである。水素エネルギーのノウハウを日本がもつということが、その時真の価値を発揮するだろう。日本がリーダーシップを発揮できなければ、水素エネルギーをもっていても状況を変える力に変えることはできない。水色革命を推進する覚悟を国民個々がもつならば、世界の平和を誘導することがこの国からできるようになるだろう。

攻撃しようとする敵が存在していなければ、防衛するための一切の行為には意味がない。単一の市場経済になっている国際関係は、敵を作ったほうが負けるのだ。合法的な経済活動による収益源が消えてしまったなら、国家の繁栄は見込めない。非合法な方法が招くことになるその結果とは、イラクにおけるアメリカの状態をみれば歴然としている。国を繁栄させるものは、経済合理性ただ一つだけなのだ。どれほど軍事力をもっていても、そして強大な資本力をもっていたとしても、理のある相手には勝つことができないのである。力は決定因子ではない。力で何でも解決してきたアメリカが最後に陥った場所が、イラクという国であった。世界は、アメリカの得たこの教訓に学ばなければならない。


水色革命は日本をリーダーに変える

日本がいつまでも自立しようとしなかったのは、アメリカの核の傘というものが必要だと思いこまされていたからである。更にエネルギー資源を何一つ持っていないという不安が、この国を蔽っていたからだった。この二点がほぼ同時に消えてなくなったとしたら、日本の行く手を阻むものはなにもない。言いたいことも言えずに唯々諾々としてアメリカに付き従ってきた政府は、内容も外形もともに大きく変わった立場を手に入れることだろう。日本に必要だったものは、水素資源を確保して独自の哲学に基づく指導態勢を貫くということに尽きるのだ。コアになるものがきちんと立っていれば、肉付けは自在である。アメリカは日本の意志の前に、恭順の態度を示して協力を惜しまなくなるだろう。強いものを正しく評価するという点では、アメリカは極めて率直な態度を示す国なのだ。そうなったら、真に良好な日米関係というものが築けるようになるだろう。

水色革命は、日本にエネルギー資源を作りだす方法を与え、軍拡の根本原因であったドル本位制に引導を渡す役割を果すよう国民に求めるだろう。平和本位制への移行は日本が水色革命を実現した後で、はじめて可能な状態になるのである。重要な役目を果すのは、次代のリーダーとなるものの責務であろう。日本が周辺諸国から信頼されていなかったのは、憲法すら一度も遵守したことがなかったからである。法律を勝手に解釈してしまうような剣呑な国を、どの国家の国民が安んじて信頼するというのだろうか。日本は自らの姿を見ずに国際社会に向かって、指導的役割を担うよう勝手に庶幾していたのである。常任理事国になろうとしたのは、その強い思いが行わせたものだった。憲法を当時の日本に与えたアメリカでは、共和党政権によって派遣された米軍がイラクから撤収できなくなっている。そこで、ドルのもつ力を使って資金を生み出すための呪文を、今、必至の形相で唱えているところなのである。日本はアメリカにとって、単に外堀という程度の意味しかもっていない国なのだ。アメリカが日本を守っているのではなく、日本がアメリカの盾になっているという現実を国民は知るべきだ。


日本の自立と恒久平和

アメリカが日本を守ってくれる国であったのなら、ドルを勝手に売りつけてくるような行為をとるはずがないだろう。日本がアメリカの防波堤になっていたからこそ、この国を足がかりにして東アジア全域に米軍を展開することができているのである。為政者と国民はアメリカから敵という名の幻を見せられていただけだったのだ。それはアメリカとって都合のよい敵であって、日本が敵視すべき存在ではなかったのである。日本が属国になっていたとする根拠は、ここにあったのだ。日本人と政府とはアメリカに見せられた幻の敵を、すっかり実在するものとして信じ込んでしまったのだった。(ソ連が崩壊した段階で対立の脅威となっていたものは消滅していたのである。存在しない脅威を敵と呼ぶことはできない。当たり前の判断さえできなくなっていたのが日本という国だったのだ) 

55年体制とは、朝鮮戦争で防衛線が必要になったアメリカによって作られた防人の代表からなる幻視集団のことだった。それ以来与党勢力はアメリカのための日本という国をひたすら保守し、営々と恒産に勤しんできたのである。これが、自立しようとしない国を作ってきたそもそもの原因になっていた。今ではすっかり骨抜き状態にされ、諌めるべきところを進んで過ちに加担する目的でイラクへの派兵を行っていたのである。それでも飽き足らず、米軍再編の移転費用を全額負担するために防衛庁長官を率先して渡米させていたほどであった。やるべきことが逆になっているということにさえ気づかない、というアリサマは当時世界の笑いものになっていたものだ。この姿が対岸からどのような格好に見えていたのかということを、今なら振り返って知ることができるだろう。

「防衛とエネルギー」それぞれの安全保障政策が意味をもたなくなれば、アメリカに日本が依存している理由は消えてしまう。今まではアメリカだけが友好国であったのだが、これからは総ての国を友好国と呼ぶべきだ。敵対していては何も始まらない。自国の発展のために、余ったドルを売りつけてくるような国に忠誠を尽くす義理はないだろう。日本に固有の資産であった土地と企業、金融機関などを買収させたうえ、100兆円規模のドル建ての長期債まで買わせて支援することをアメリカは強要していたのである。このバックグラウンドを知らなかった日本政府は、アメリカの戦略を真に受けて外資の導入を政策として推進してしまったのだった。長い経済成長が続いていたにもかかわらず国民に還元されるものがなかったというのは、外資が獲得した利潤の総てをアメリカへと持ち去らせていたからだ。少子化とワーキングプアの増加は、起きるべくしておきている。国民の困窮が、アメリカとドル資本を潤しているということを見落としてはならない。その責任がこの国の政府とその政策にあったということを国民が知ったとき、水色革命は粛々として始まるだろう。

2007年1月25日

BAKA層の選挙戦略

原亨氏は地球寒冷化"An Abrupt Climate Change Scenario and Its Implication for United States National Security"のペンタゴンリポート要約を読者に見せてくれたが、所謂PENTAGON REPORTの米国国防のための報告はブッシュ大統領に当初は無視されていた(そのために秘密報告がリークされたのだろう)。ところが、あの京都議定書からの離脱で地球環境に背を向けてきたブッシュ大統領が、イラク戦争での敗退が決定的となり石油エネルギーが手に入らなくなったので2007年1月18日、1月23日に行う一般教書演説で急遽「環境派」に転じる方針を打ち出した。温暖化の原因は人間の活動かどうかは不明としたブッシュ政権の心境変化はどのようなものだったのだろうか?単純に言えば「なくなるなら他から奪えばいいじゃん」と思っていたのが「無理」と判明したのでできればしたくなかったけれど、来る気候変動とエネルギー枯渇、食糧飢餓に備えざる得なくなってしまったのだ。米国が取るべき対策として「気候変動に最も弱い国を予想する。その国は暴力的になるかもしれない。」なんてあったが、最も暴力的に奪う側になろうとしたのはその実アメリカ合衆国であった。私も以前ベジは地球を救う?!で食糧危機の場合には肉食より菜食にすれば世界の食糧問題が解決すると書いたが、肉が高価になって食べられなくなったら皆がベジタリアンになって解決というように単純にはいかない。平等に食糧を分け合って仲良く平和にピースフード=菜食ベースの食事とは残念ながらならないのが現実社会なのだ。子供の頃、焼肉の席である男の子がジョークで「みんな、肉を奪い合う醜い戦いはやめようぜ」と言って笑いをとっていたが、エネルギー同様に「少ないなら奪おう」と肉を奪い合う戦争が現実に起こったり貧乏人から食糧を巻き上げたりするのが本当に国家レベルで行われる可能性がある。石油輸入量が70%減った場合、次のようなシミュレーションがなされている。

10日後 変化なし

2O日後 政府の規制によりGNP少し低下:96

30日後 更に低下 GNP:80~90台

40日後 更に低下

50日後 更に低下 GNP:88

60日後 備蓄石油O GNP:40~60台

70日後 GNP:78



100日後 死者 数千人

150日後 死者 30万人 GNP:34

200日後 死者 300万人 国民の財産の7割が消失 GNP:23

[堺屋 太一:油断!]

それではブッシュ政権が環境派となればアメリカ中心にエコロジー旋風が起こり世の中良くなりそうならいいじゃないかとは思えない。バイオエタノールを代替エネルギーとして推進しようとするアメリカ合衆国はまだ「奪う」立場から離れていないからだ。金持ちが肉を食べ続け、貧乏人は穀物・野菜などを食べていればいいのなら完全勝ち組と負け組なのだが、金持ちが自分達の肉を育てるための家畜の餌やバイオエタノールの原料のために貧乏人の食糧を奪うことが起きる。貧困、飢餓でパタパタと人が倒れてもとうもろこしやサトウキビや芋を大量に消費して牛ステーキを喰らい、燃費の悪いアメ車を走らす輩が出てくるのだ。少ないものは価値が上がる、価値があがれば取り合いになる。こうなると腕力や悪知恵や金や力のあるものが奪う側として出てくる。もう一度書くが、「気候変動に最も弱い国を予想する。その国は暴力的になるかもしれない。」さて、誰が暴力的になるだろうか?まず奪う側は奪うためなら何かといちゃもんをつけたがる。つまり暴力的な奴らは自作自演を行うのだ。ちなみに不可解な事件でもすぐに事実だと疑いなく飛びついてしまう、世界中で一番騙されやすいのは日本人である。例えばプーチンのモスクワ劇場占拠事件である。

Litvinenko believes these two men ? Abdul the Bloody and Abu Bakar - were working for the FSB and persuaded other Chechens to join them without revealing their connection to the FSB. Litvinenko thinks the Russian Secret Service organised the whole theatre siege and that all the others involved in staging it were killed to conceal the FSB's involvement.

リトビネンコは、は血まみれのアブドゥルとアブバカルのこれらの2人の男性はFSBのために働いていたし、FSBへのつながりを見せずに彼らに加わるように他のチェチェン人を説得したと信じている。 リトビネンコは、ロシアの財務省秘密検察部〔秘密情報部〕が全ての劇場包囲攻撃を準備して、それを行なうことに関係した全ての他のものはFSBの関与を隠すために殺されたと思います。

Photograph of Vladimir Putin
Photograph of Vladimir Putin [President of Russia | For Media]

選挙と言えば不都合な真実も票集めのプロパガンダ映画である。アル・ゴアが主張している環境対策はバイオエタノールである。最近フルカラーの本は売れているそうだが、これは構造的に間違っている。本当にゴアの言っていることを実現するなら初期エネルギー(銭)がかかる。既にエネルギーも金もないアメリカにあんなことしたらアメリカ自体がバラバラの粉々に崩れ去ってしまう。つまり環境対策費としてお金は集めるだろうが本気で実現可能な対策を打ち出し、やる気があるわけではないのだ。まだアメリカにそのエネルギーやお金があるのならば必死に暴力的に奪う必要もなく売買で平和的に解決できるはずである。植物から燃料を得てガソリンに混ぜて使うためにもやっぱりガソリン不足を解決しなければいけないから奪おうとする。

アルゴア

不都合な真実を見て「ゴアは環境問題に尽力して素晴らしい」と思う日本人は冷静な目をもっていない。バイオエネルギー食糧難を急加速のように考える人がとても少ない。日本語で検索してみるといいが、日本人のほとんどがバイオエタノールのマイナス面を探らずにとにかくヨイショヨイショと乗せられている。食料自給率の問題をおいてどんだけの面積の農地が必要なのか疑問に思わないのだ。これはマスコミの体質が真実の追究よりも短期的な利益の追求を行うからである。納豆がダイエットに聞く!というのが嘘でも本当でも視聴率が取れればそれでいいのだ。テレビも新聞も本も賢い人に受けるように出すよりも誰でも判る程度の内容を出した方が売れるのである。それが小泉元首相もやった戦略である(とにかく純ちゃんの見た目で支持したおばちゃん達がいたではないか)。中年女性だけではない、若者も男も下の図にあるB層がだんだんと分厚くなっているのが日本だ。B層(BAKA層)を狙った選挙が日本のリーダーを選ぶのに必須なのである。

つまり構造改革についてよく判らなかったりよく調べないけれど改革には賛成というB層を味方につける戦略。これは環境問題も同じで環境対策の細かいことは判らないけれど(それが害になるかも調べないけれど)、とにかく地球環境に真剣です・・・という姿勢をマスコミを使ってうまく宣伝すればB層を取り込むことができる。これはゴアの票集めにすっかりそのまま当てはまる。このB層はバカ層だと思われている。お年寄りや奥様達をバカと呼ぶのは失礼かもしれないが、残念ながらBAKA層を狙った選挙戦略にすっかりはまり込んでいる日本で彼ら彼女らは大部分を占める有権者である。最近当選したそのまんま東がその例だろう。知名度だけで選挙で成功するとなるとBAKAが名前を知っているかどうかだけが戦略になる。「この人知らない、この人知ってる。知ってるから投票した...」っていうのが今の日本の有権者そのまんまだ。

人間が自然に合わせるのと地球環境を人間に合わせるのとどちらが有効か?というのは話すまでもないことだと思いたいが、「気候をコントロールする方法の開発」を唱えているのがゴアのしたい(しようと言ってお金を集めようとするだけだが)不都合な真実である。そんなスーパーテクノロジーがあるなら気候変動について人類は悩んでいない。根性でなんとかなるものと何とかならないものがある。貧乏人なんて死んでしまってもいいという人も貧乏人から奪ったトウモロコシで動く飛行機や戦車とオイルや水素燃料で動くもののどちらがパワー大なのかと考えて欲しい。オイルを止めてバイオエタノールにするのは小作人から搾取するような可愛らしいものではない。

『ヘイズ 来襲』より

各地で焼畑が行われせっせと人を殺して食糧を燃料にする方法である。二酸化炭素の排出という面でよろしくてもこれが本当に人や地球に優しい方法だと言えるのか?焼畑農業による大量の煙がシンガポールなどの都市を包み、住民の健康被害をもたらしたり視界不良による交通障害を起こしたりする深刻な煙害がある。この煙害はシンガポールでヘイズと呼ばれているのだが、外を見ると一面真っ白で目に見えて身体に悪そうな煙である。初めて見たときは何事が起こったのかと思った。

出典:朝日新聞

日本人はベジタリアニズムを馬鹿にしているが、異常気象で不作となったときに備え無しに弱い者から奪う側としてやっていけるのだろうか?ベジは地球を救う?! 日本人は喜捨の精神こそないもののお人好しでアフリカの子供を救おうとかアジアの子供達に未来をとかでたくさん寄付している。どこに消えているか判らない寄付や利己主義なボランティアをしながら熱帯雨林を燃やして牛を育てて農作物をその牛に食わせていく矛盾を続けるのだろうか?暴力でもって食べ物を奪い、エネルギーを奪う時代に奪う側にも奪われる側にもならないようにすることが本当の対策である。弱肉強食、弱者は死んで当然の動物の世界ならそれでいいと思えばそれまでだが、日本は・・・そして貴方はそんなに力があるだろうか?肉を争う戦争に賛成&参戦したくない人は備えあれば憂いなし...と菜食ベースの食生活に転じてみたらどうだろう。主婦もベジタリアンレシピのレパートリーを増やしてみるべきだし、ビジネスマン&ウーマン健康食としてはじめてみるのは悪くない。肉の代わりに肉もどきを食べてみよう。子供もどんな肉でも当たり前だと思わずに世界を見て欲しい(狂牛病の肉を平気で食べてはいけないこと、世界には四つ足動物を食べない人もいることなど...英語教育を小学生からしてる割りには知らないことが多すぎる日本人)。純粋で天真爛漫に生きることも大切だけれどBAKA層として利用されないようにすることは大切ではないか?選挙でもバカダンサーとして踊らされているのに弱肉強食のリングに立った時に奪う側として勝てるだろうか?気候変動も災害もそうだが、突然来る肉戦争でワル知恵や金や暴力で奪う側に立てない、または立ちたくないと思う者こそ肉崇拝をやめた方がいい。ベジタリアニズム実践者の特にアメリカ人はお金持ちが多いそうだが、むしろ貧乏人が備えるべき対策法かもしれない。

豪華でおいしかった店員オススメの新ランチメニュー。

お好み焼きとニラ饅頭を合わせた味のベジカバブ。

パニールをふんだんに使用したビリヤーニ。インディアンスタンダード

アラブの国々で食べたベジ・コンボの写真(上3点)。おまけ、アラブの男のダンス(下)、世界最強インド人もポカーンと見入ってしまう不思議なエンターテイメント。ベジ・コンボを食べる手も止まってしまった。剣を高く投げたり、銃をくるくるとバトンのように回したりする。バラバラなのにカンドゥーラ(白い服の民族?イスラム?衣装)で統一性を保ってるようなやっぱりバラバラなような。

白服の踊り(Cyber Festa07)

追記:写真集

ガルフカップ(サッカー)、エアショー、Environment2007(展示会)など

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水素文明を語る(9)

北海道大学名誉教授で触媒化学の世界的権威である市川勝博士と永井俊哉による対談。水素をいかにして作るか、いかにして運搬し、貯蔵するか、いかにして燃料電池で発電させるかについて語り合う。

2007年1月24日

水素エネルギー(2)水素の貯蔵と運搬

燃料電池の燃料である水素は、水素脆化をもたらすので、貯蔵が難しい。また石油のように常温常圧で液体ではないから、気体のままでは、エネルギー密度が低すぎて、自動車のような可動体の燃料にはならない。では、どのようにして燃料電池の燃料を貯蔵し、運搬すればよいのか、現在開発が進められている各種の方法を検討してみよう。

1. 圧縮水素ガスボンベ

自動車会社などが最も力を注いでいる水素の貯蔵方法は、水素を高圧化/低温化により体積を圧縮し、容積あたりのエネルギー密度を高める方法である。しかし、高圧圧縮 するには、数百気圧が必要で、圧縮のためのコストがかかる上に、危険である。また、高圧に耐える素材を使わなければならないので、それもコストを高める。超低温で冷却して液化しようにも、水素の沸点はマイナス253℃であり、冷却するだけで水素エネルギーの20%が失われてしまう。また、断熱素材を使用しなければならないので、それもコストを高める。液化しても、気化(ボイルオフ)により、1日に1%が減少する。高圧化と低温化の両方で圧縮する方法もあるが、両方の問題を軽減するだけで、本質的な解決にはならない。

三菱商事は、2004年4月に、圧縮コストを引き下げるために、水素を高圧のまま製造するという装置を開発したと発表した[三菱商事:世界初、圧縮機なしで高圧水素発生水電解装置で350気圧水素発生実証に成功]。水の電気分解では、18ccの水から22.4リットルの水素と11.2リットルの酸素が生成されるので、電解セルの耐圧を高めれば、この体積膨張を利用して高圧の水素を発生させることができる。高圧になるほど電解効率が向上するから、一石二鳥である。三菱商事の高圧縮水素エネルギー発生装置の試作機の水素発生能力は2.5Nm3/h、発生圧力は350気圧であるが、今後は、現在の水素供給ステーションの標準に合わせ、水素発生能力が30Nm3/h、発生圧力400 気圧の商用機を開発するとのことである。

電解効率が向上するといっても、350気圧で、大気圧に比べて8%というから、たいした改善ではない。電気という高級で高価なエネルギーを使うという電気分解が抱えている本質的な問題を解消できるわけではない。また、自動車が事故を起こした時の、高圧ゆえの危険性とか、耐圧素材の高コスト性といった問題も解消されないままである。

水素の高圧保存には、水素脆化というもう一つの深刻な問題がある。水素脆化とは、水素と接触する金属材料が、水素を吸収して、脆くなる現象のことである。水素原子は、すべての原子の中で最も小さいので、水素は、イオンの状態で金属の格子内に容易に侵入し、材料の強度を劣化させる。高圧になればなるほど、水素脆化は激しくなる。2005年5月13日に、愛・地球博で、燃料電池バスに水素を充填していた水素ステーションが水素漏れトラブルを起こしたのも、水素脆化が原因である。この水素脆化という短所を長所として活用しようとするのが、次に述べる水素吸蔵合金である。

2. 水素吸蔵合金

水素吸蔵合金とは、水素を容易に吸収したり放出したりすることができるように選ばれた合金のことである。水素吸蔵合金は、水素をある圧力以上に加圧することにより吸蔵し、減圧することにより放出する。吸蔵は発熱反応であり、放出は吸熱反応である。

合金の種類としては、水素吸蔵放出を行合金の結晶を構成する原子の間に、水素が安定な位置を占めることができる空隙を持ち、かつ水素の出入りを容易にする触媒機能を持ち、素材が豊富かつ安価で、軽くて、水素の出し入れが低温で可能で、水素脆化を比較的起こしにくいものが望ましいが、すべての点で理想的な合金は、まだ見つかっていない。

合金の種類にもよるが、一般的に言って、水素吸蔵合金は、圧縮水素ガスボンベと比べて、容積含有率に優れているが、重量含有率では劣っている。また、動作温度が300℃以上になったり、金属が資源量に乏しく、高価であることが多い。水素脆化に強いといっても、それはあくまでも程度の問題であり、水素を出し入れしているうちに徐々に脆化し、劣化することは避けられない。

3. 金属ハイドライド

金属ハイドライドとは、金属と水素をイオン結合させて、水素を貯蔵し、燃料電池で発電する時に、水素を手放すように開発された化合物である。水素吸蔵合金と区別されることもあるが、化学的には区別する理由はないという意見もある。金属ハイドライドの中で、現在最も有望視されているのが、ボロハイドライドである。

燃料電池はどれが有望か」で、既にダイレクト・ボロハイドライド燃料電池について説明したが、ボロハイドライドを、水素のたんなる貯蔵・運搬手段として使い、それが放出する水素を任意の燃料電池に供給するということも可能である。アメリカの Millennium Cell 社や日本のセイコーインスツルが目指しているのは、こうしたボロハイドライドの使い方である。

以下の図は、ボロハイドライドの生成と水素発生と再生フローを描いたものである。原料となるホウ素は、天然に大量にあって安い。そこから二酸化ホウ素を作り、水素化して水素化ホウ素、すなわちボロハイドライドを作る。ボロハイドライドは、そのままでは空気中の水分と反応してしまうので、アルカリ水溶液に溶かすことにより安定化させる。そして、安定化したボロハイドライドから水素を発生させるには触媒を使う。

NaBH4の生成,水素発生,再生フロー
ボロハイドライドの生成、水素発生、再生フロー
[Tech-On!用語辞典:ボロハイドライドとは]

セイコーインスツルは、触媒にリンゴ酸(2-ヒドロキシブタン二酸)水溶液を使っている。白金触媒よりもリンゴ酸水溶液の方が反応率も水素発生速度も良いとのことである。 こうした安価な触媒で水素を発生させることができるところが、ボロハイドライドの長所である。圧力差を利用すれば、ポンプなしで、触媒を供給し、水素を発生させることができる。

ボロハイドライドの長所と短所は、ダイレクトボロハイドライド燃料電池の長所と短所と同じである。すなわち、長所としては、出力密度と起電圧が高いこと、原料のホウ素が天然に大量にあって安いこと、白金触媒が不要であること、室温で高速に水素を供給できること、小型であること、二酸化炭素を発生させないことであり、短所は、リサイクルが難しいこと、水を加えないと水素を発生しない(砂漠地帯では大きな問題である)こと、水酸化ホウ素ナトリウムには腐食性があること、水素を加える前は固体で取り扱いが難しいことである。

4. 有機ハイドライド

有機ハイドライドは、水素を共有結合により取り込んだ有機化合物のことで、北海道大学名誉教授の市川勝博士が中心となって開発してきた、水素の貯蔵・運搬媒体の有力候補である。

ベンゼン、ナフタレン、トルエンなどの芳香族化合物は、白金触媒のもと、それぞれ、シクロヘキサン、デカリン、メチルシクロヘキサンなどの有機ハイドライドへと化学的に変換され 、水素ガスを貯蔵する。

有機ハイドライドは、ボロハイドライドとは異なり、水素を放出した後、再び水素を吸蔵し、再利用することが容易にできる。水素の吸蔵も放出も、白金触媒のもと、熱力学的な可逆性において、促進される。

水素化反応は発熱反応で、脱水素化反応は吸熱反応である。燃料電池に水素を提供する時には、250-300℃に加熱しなければならない。固体高分子形燃料電池だと、作動温度はせいぜい100℃だから、別途熱を加えなければならない。これは、有機ハイドライドの短所の一つである。

有機ハイドライトには、様々な種類がある。シクロヘキサンとデカリンが有機ハイドライドとしては有名であるが、シクロヘキサンの原料であるベンゼンは有害 であり、デカリンの原料であるナフタレンは常温で固体だから取り扱いが難しい。総合的な観点から、トルエン→メチルシクロヘキサンの組み合わせが一番有望というのが、市川博士の見解である。

前回「燃料電池はどれが有望か」で述べたように、有機ハイドライドは通常の温度と気圧で液体であり、 固体のボロハイドライドとは異なり、物性が石油に似ているので、ガソリンスタンドやタンクトレーラーや油送船など、自動車のための既存の燃料インフラを活用することができるので、燃料電池自動車に水素を供給する媒体として適している。

現在、燃料電池が500キロメートルの距離を走るのに、5キログラムの水素が必要である。これは通常の気温と圧力では、56000リットルの水素ガスに等しいが、有機ハイドライドでは、約70リットルで貯蔵が可能である。このことは、水素ガスの体積は、有機ハイドライドへと化学的に貯蔵されるならば、1/800から1/1000に圧縮されるということである。 以下の図を見てもわかるように、有機ハイドライドは、圧縮ボンベや水素吸蔵合金とは異なり、米国における燃料電池車への適応基準値であるDOEあるいはUSCAR目標値を達成して いる。

水素の貯蔵方法
[ 季刊 道路新産業,No.79,p.5]

有機ハイドライトを普及させる上で最大の障害は、触媒に高価で希少な白金が必要であることだ。 燃料電池自動車用に最適といわれている固体高分子形燃料電池も白金触媒が必要であるから、両者を組み合わせることによる白金の使用量は相当な量になる。現在、白金の1グラム当たりの価格は、4000円以上も する。また、白金の世界全体の推定埋蔵量は約8万トンとみなされている。四輪自動車の保有台数は、世界全体で8億台ほどだから、白金を四輪自動車だけのために使うとしても、1台あたり100グラム程度しか ない。また、白金の産地が南アフリカやロシアといった場所に偏っているのも不安材料の一つである。

そこで、市川博士も、白金を節約する方法 をいろいろと探索している。面白いことに、白金の使用量を減らすことは、必ずしも性能低下にはつながらず、むしろ向上させることもある。プラチナ単独よりも、少量のモリブデンやタングステンなどを加えたバイメタル触媒や、ニッケル触媒にプラチナを少量添加する方が、触媒活性が高くなるとのことである。この他、熱伝導性の高いアルマイト基板を用いて白金触媒の性能を向上させるとか、金属カーバイドと白金とのハイブリッド触媒の開発で、使用量を10分の1にするなど、白金の使用量を減らす努力が続けられている。

有機ハイドライドの研究をしているのは、市川博士だけではない。産業技術総合研究所の白井誠之有機反応チーム長は、超臨界二酸化炭素溶媒と担持ロジウム触媒の組み合わせにより、フェノールからシクロヘキサノールとシクロヘキサノンを従来技術より低温で かつ高効率に得る合成技術を開発したと発表した[産業技術総合研究所:超臨界CO2を利用したフェノール水素化技術の開発に初めて成功]。 低温だから、それだけ触媒の寿命が延びるわけだが、触媒として白金の代わりにロジウムが使われている。ロジウムは白金と同じぐらい高額なので、触媒のコストダウンにはならない。

5. カーボンナノチューブ

カーボンナノチューブは、液体窒素を使って低温にすれば、ファンデルワールス力によって水素を吸着することができる。1997年に、米国国立再生可能エネルギー研究所らの研究チーム は、カーボンナノチューブが、室温常圧に近い環境下で、8wt%の水素重量密度を達成したと発表した[M. J. Heben et al, Storage of hydrogen in single-walled carbon nanotubes, Nature 386, pp. 377-79, 27 March 1997]。これにより、カーボンナノチューブに対する期待が高まった が、世界各地で行われた追試は違った結果を出しており、再現性に疑問を持つ科学者が少なくない。

1998年には、米国のノースイースタン大学の Rodriguez らは、ある種のカーボンナノファイバーが室温で1g当たり20リットルを越える多量の水素を吸蔵すると報告したが、 これもまた、他のグループによって再現されていない。「11月の炭素国際会議(東京)においても彼女が吸着等温線などの古典的解析手法に対して否定的な発言をしたため,懐疑的な視線を送る研究者が多い」[曽根田靖:カーボンナノファイバーによる水素吸蔵, 資源環境技術総合研究所]。

水素貯蔵媒体としてのカーボンナノチューブ研究は、一時期フィーバーをもたらしたが、現在では下火になっている。仮に、カーボンナノチューブが高い水素吸蔵力を持っていたとしても、1キログラム当たり10万円もするコストを大幅に下げない限り、これが水素の貯蔵・運搬媒体になることはないだろう。

6. 結論

私は、前回の「燃料電池はどれが有望か」 で、定置型燃料電池 としては、固体酸化物形燃料電池が有望だと書いた。定置型の固体酸化物形燃料電池に燃料を供給するには、パイプラインを使うのが最も経済的である。固体酸化物形燃料電池は、メタンを内部改質できるので、既存のガスパイプライン・インフラをそのまま使うことができる。

現在、ガスパイプラインの普及率は高くないが、これは、従来、ガスが熱しか供給できなかったからである。ガスが熱だけでなく、電気までを供給することができるようになるならば、パイプライン敷設のコスト的なハードルは大幅に下がり、現在以上に普及することになるだろう。

メタン直接改質により、メタンからベンゼンと水素を併産する場合、改質工場から各消費地まで水素を送る特殊なパイプラインが必要になる。水素はメタンと異なり、水素脆 化をもたらすが、常温常圧下では、水素脆化はあまり進行しないので、防錆めっきをすれば、パイプラインは長持ちするだろう。

ベンゼンからは様々な石油化学製品が作られる。それらがごみとなると、他の有機性廃棄物とともに、ガス化され、そのうち水素と一酸化炭素は、固体酸化物形燃料電池の燃料となる。これについては、次回の「どのようにして水素を製造するべきか」で改めて取り上げるが、この場合も、燃料の運搬はパイプラインで可能である。

定置型ではない可搬型の燃料電池の場合は、パイプラインで燃料を供給するわけにはいかない。可搬型の燃料電池に関しては、エタノール燃料電池が小型の携帯機器に、ボロハイドライド燃料電池が大型の携帯機器に、有機ハイドライド燃料電池が自動車に適していると書いた。携帯機器用のカートリッジは、小売店で、通常の電池を売るのと同じように売ったり回収したりすればよい。また有機ハイドライドの場合は、既存のガソリンスタンドをそのまま活用して、自動車に燃料を供給すればよい。

2007年1月23日

天候の悪化が社会を乱す

2004年、デイ・アフター・トゥモロー(The Day After Tomorrow) の映画が日本で上映されました。この映画は大ヒットしました。ぜひDVDを購入するなり、レンタルして見ていただきたい映画の1つです。温暖化が進んだためメキシコ湾流が止まり、世界中の天候が急速に悪化し、地球規模の巨大な嵐が発生した。この嵐が去るまでの間(映画では1週間程度)、アメリカでは北から南へ大勢の人が避難していった。環境学者の主人公はNYに留まった息子を救出するために北に向かったというお話なのですが、内容の詳細は 公式ページ を見てください。この映画は、あまりに現実離れしているのですが、2003年10月に米国国防総省により発表された「急激な気候変動シナリオとそれがアメリカの国家安全保障に与える影響」というレポートを基にして作られています。温暖化といえば、海水面が上昇により、海岸沿いの都市や南太平洋の島が水没したり、砂漠の拡大といった漠然としたイメージで捉えていた私にとって、この映画で示す未来シナリオは予想の範囲を超えていました。環境悪化による影響は食料自給率の低い日本を直撃します。

メキシコ湾流が欧州を暖めている

世界地図をみると、南欧で温暖なローマは北緯40度付近にあります。日本ではちょうど雪国の秋田になります。秋田と同じ位の気温というイメージだと、北緯50度を超えているロンドンやアムステルダムあたりになるのではないでしょうか。暖流であるメキシコ湾流が欧州、イギリス、北欧を超えて北極圏を暖めています。そのため、欧州は高緯度の割には寒くないという説明を地理の先生が言っていました。欧州での食料生産可能な環境を支えているのがメキシコ湾流なのです。一方、日本の場合はどうかというと、オホーツク海から寒流の親潮が南下していますので、寒くなってしまいます。ヤマセが吹くようになると冷害が起こり、米不足となります。

天候の悪化が社会を乱す大きな要因である

天候の悪化と社会の混乱

食料不足が長期化すると社会の混乱は避けられません。フランス革命の原因の1つに食料不足による市民の暴動が上げられます。ちょうど前後して日本では天明の大飢饉が発生しています。日本では岩木山と浅間山が噴火し、アイスランドではラキ火山が噴火。噴火による火山ガスによる影響で、北半球はちょうど霧に包まれた状態となり、気温は下がり、冷害をもたらしました。

フランス革命と天明の大飢饉

社会が混乱する時、先立って自然災害が発生しています。1年程度なら備蓄した食料や燃料で食いつなげますが、寒冷化や乾燥化が長期化した場合、飢えて死ぬか、故郷を捨てて暖かい場所へ移動するか、どちらか選ばなければなりません。支那の歴史を見ると、北の部族が武力で南に何度も攻めています。

生き残りをかけた争い

温暖化のシナリオでは、日本をはじめ東アジアや東南アジアのモンスーン地域は、洪水が多発するほど雨がよく降りますが、ユーラシア大陸の内陸部では乾燥化が進み、砂漠が広がると予想されています。従来の温暖化シナリオでも寒冷化のシナリオでも北米大陸は食料が減産となりますから、自国民を食べさせるのが精一杯でとても日本に輸出する量が確保できなくなります。そうすると、日本の食料自給率が4割程度なので、多少増産が可能になったとしても1億2千万人もの人を養うことができません。江戸時代水準の3千万人程度でしょう。また、大陸から日本列島に大挙して民族大移動も起こるでしょう。ただでさえ少ない食料を奪い合う事態となり、日本各地で暴動が発生するのは避けられません。多くの日本人が飢えて死ぬか、食べるために外国へ移動するしかありません。SF映画に出てくるようなゼリー状のもので栄養が補給できるようになれば話は別ですが、そういう状況だと食事は味気ないですね。

生き残りをかけた食料・水・燃料・資源の争い

橘みゆき 拝

【関連記事】

天地球寒冷化に関するペンタゴンレポート・1(執筆:原 亨) 2007年01月22日のコラム

デイ・アフター・トゥモロー(公式HP)


2007年1月22日

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL137

今回は、中東を支配するためのインド洋戦略について考えてみたい。ランドパワーとシーパワーが世界の覇権をかけて争うとき、必ず、中東の支配権を争奪する。

その場合、近代以降の世界史が教えることは、インド洋の制海権を確保した最強のシーパワーが、エネルギー供給源である、最重要の中東の支配権を得るということだ。

  これは、英国の3C政策とドイツの3B政策の衝突の結果としての第一次世界大戦、米英間の中東争奪としての第二次世界大戦、米ソ冷戦でも繰り返された「世界史のパターンだ」。「インド洋を制するものは中東を制し、世界を制する」ということだ。

現代の911以降の日英米軍の中東やインド洋への戦力投射も、全ては、この文脈で理解すべきだ。

 すなわち、「シーパワーとランドパワーの中東争奪戦が本格化」したことが、今日の中東の争乱事態の背景だ。

そして、ランドパワー陣営で、最も、中東を欲しているのは、間違いなく、北京政府だ。

  北京政府は、海外石油資源への依存度の増大に伴って、中東地域からアラビア海やアンダマン海周辺を経由し、北京政府に至るシーレーン沿いに戦略的拠点を確保する戦略を展開している。

  背景として、北京政府は2003年以降、石油消費量で世界第2位、輸入量で第3位となった。

北京政府は2001年からの第10期5カ年計画で、国家石油備蓄制度を創設しエネルギーの安全保障を確保することを決定した。
その後、寧波、舟山、青島、大連の4箇所に備蓄基地を設けることが決められ、2003年から建設が開始されている。2004年4月には石油戦略備蓄の運営・管理に当たる国家発展改革委員会(発改委)エネルギー局が正式に創設されている。4箇所での建設が決められた石油備蓄基地の中でも寧波の建設が最も順調に進み2005年9月には完成している。因みに、石油備蓄基地の整備の終わる2008年には、石油消費日数換算で35日以上の備蓄が行われることになる見込みである。

 しかし、中国政府が寧波に初めて建設した石油戦略備蓄タンクは、完成後6カ月経ってもほぼ空のまま置かれている。中国政府当局が、原油価格が高水準を続けているなかでの備蓄石油の購入をためらっているためである。つまり、実態は全く戦略備蓄が存在しない状況だ。
 よって、海外石油資源への依存度の増大(現在の依存度は40%、2025年には80%に達するという)が北京政府の戦略と政策形成を決定しつつあり、北京政府がアフリカ、中東・ペルシャ湾岸、ロシア、中央アジアなどからの安定した調達を図るため、「資源パラノイア」とも揶揄される積極的な外交戦略を実行すると共に、資源輸送のシーレーン防衛のために、外洋能力を持つ海軍と海外における軍事力のプレゼンス強化を目指している原因だ。

  つまり、エネルギー確保の必要から、北京政府は好むと好まざるとを関わらず、シーパワー戦略をとっているのだ。

  エネルギー安全保障は、資源供給先の確保と共に、それらを本国に安全に輸送することが不可分の関係にある。現在、北京政府の石油輸入量の80%がマラッカ海峡を経由しているとされているが、北京政府にとって、資源輸送のシーレーンの安全確保は重大かつ困難な課題である。米国は、これらの海域において強力な海軍力のプレゼンスを維持しているからである。北京政府は石油輸送におけるこの戦略的弱点を「マラッカ・ディレンマ」と呼んでいる。そのため、北京政府は、「真珠数珠繋ぎ」戦略(the string of pearls strategy)と呼ばれる、シーパワー戦略を実施している。 

  これは、中東、ペルシャ湾から北京政府に至る1万キロを超える長いシーレーン沿いに戦略的拠点を確保することを狙いとして、北京政府が展開している一連の外交的、軍事的措置の総称である。

「真珠」には、パキスタンのグワダルに建設中の港湾に対する財政支援、バングラディシュ、ミャンマー、カンボジア、タイ、南シナ海の島嶼に基地や外交的結び付きを確立するための商業的、軍事的努力などが含まれる。

  この戦略の問題点として、米海軍が海上自衛隊の支援を得て、マラッカやホルムズといった重要チョークポイントを封鎖すれば、戦略備蓄がほとんど存在しない北京政府は、それだけで崩壊するという事だ。そして、日米海軍の封鎖を突破する能力は中国海軍にはない。すなわち、海軍力を駆使した兵糧攻めに北京政府は耐えられないのだ。つまり、原油シーレーンは北京政府の致命的弱点であり、アキレス腱だ。

  この問題点の克服のため、2006年にパキスタンの軍指導者、ムシャラフ将軍の2度の北京訪問に強調されるように、パキスタンはアメリカから支援が受けられなかったため、クシャブ近くでの第2のプルトニウム生産炉完成完了を含む、より大きな北京政府の戦略的援助を求めている点に見られるように、北京政府との結びつきを強めている点に注目する必要がある。

 昨年の胡主席のパキスタン訪問の目的は、世界の石油供給の
40%が通過する、最重要なチョークポイントであるホルムズ海峡に近く、北京政府人の建設したグワダル港の開港だ。既に北京政府の情報収集拠点があり、北京政府海軍の寄航地でありそうなグワダルは、インド周辺の北京政府の前衛の一連の関連施設の新たな中心だ。

 石油と海軍施設を持つグワダルは、より強固にペルシャ湾のエネルギー資源を確保する北京政府の重要な戦略拠点として用いられる事も意図されている。
 
北京政府国営会社はグワダルから西北京政府にペルシャ湾の原油を搬送するパイプライン構築について調査している。このルートが開拓されれば、北京政府はマラッカを経由せず、陸路で中東の石油を本国に送ることができるようになる。つまり、シーパワー戦略をランドパワー戦略に転換できるのだ。そのための最重要な拠点がグワダル港であり、パキスタンとの友好関係だ。

<参考>
------------引用--------------
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/middleeast/gwadar.html

最近、アフガニスタン問題に絡んで再びグワダルが脚光を浴びている。内陸国のアフガニスタンにとって、最も近い海の出口はグワダル。グワダル港は北京政府の援助で整備が始まり、トルクメニスタンからアフガニスタンを通ってグワダルへ至る天然ガスパイプラインも建設が始まる予定だ。再び自由港に指定して貿易拠点にしようという計画もある。
------------引用--------------
------------引用--------------
http://www.visiongwadar.com/

VisionGwadar グワダルの開発計画のサイト。背景の写真はグルダルじゃなくて香港です。北京政府系企業がサイトを運営?(英語)
------------引用--------------

このように、資源パラノイアと化した北京政府が中東へ接近すれば、必ず、英米の利害と衝突する。私は、米中開戦の可能性は、台湾海峡よりも、中東での方が高いと見ている。

それでは、このような理解を前提として、北京政府のシーパワー戦略が成功するかどうか、検討してみたい。

 結論から言って、北京政府のシーパワー戦略は、英米のみならず、インドとの対立を惹起し、失敗する可能性が非常に高い。

つまり、パキスタンが北京政府と組むなら、自動的にインドは日英米と組むシーパワー陣営になり、北京政府海軍は結果として、アウェーのインド洋で日英米インドの全海軍と空軍を敵にしなければならなくなるということだ。

インドと日本やアメリカの同盟関係を示唆するものとして、具体的には、米国によるインドの民生用原子力利用支援やインドの核保有容認を盛り込んだ米印原子力協力協定や日本政府がそれらへの支持を表明したことだ。

アメリカ軍のインドに対する梃入れとして、インド初の米軍装備導入が行なわれるようだ。インド空軍がロッキード・マーティン社製の輸送機「C-130J」の購買情報を求めたことが挙げられる。

C-130J(ハーキュリー)は、整備されていない滑走路からでも短い距離で離発着ができる輸送機で、システムによっては1機あたり7000万ドルする。販売に当たっては米議会の承認が必要な戦略兵器だ。アメリカはインド空軍の戦闘機採用計画に対し、F-16とF-18スーパーホーネットを提示している。

インド海軍が米海軍のヘリ「H-3シーキング」を6機購入するとの話もある。

更に、ロシアから購入予定の空母ゴルシコフ艦載機Mig-29K搭乗予定のパイロットは、アメリカに行ってT-45Aゴスホークで空母着艦訓練を受けるそうだ。

この様に、アメリカはインド海空軍を支援し、北京政府海軍への対抗馬としようとしている。太平洋は海上自衛隊、インド洋はインド海軍をそれぞれパートナーとして、米海軍の支援をさせるのであろう。

現代の制海権は制空権なしでは確保できない。エアカバーが無い艦隊は、大和の沖縄特攻と同じ結果になるのだ。

この点を考えると、更に、北京政府は分が悪くなる。つまりインド洋に空軍基地を持っておらず、かつ空母も保有していないため、エアカバーが全くないのだ。この点を考慮すると、インド洋で米軍と北京政府海軍が海戦を行ったら、サウジやディエゴガルシアに空軍基地を保有し、空母機動部隊を持っている米国の圧勝が予想される。

米軍は、制空権絶対支配戦闘機(Air dominance fighter)であるF22ラプターを嘉手納に配備することを決定した点に見られるごとく、対中シフトを強化している。

 圧倒的に優勢な米空軍のカバーを受けた、日米インド海軍の連合艦隊を、北京政府海軍が打倒する可能性は、0%でしかない。

何故なら、海軍戦略や空軍戦略において、ランチェスターの第二法則、すなわち、戦力二乗の法則が機械的に当てはまることを知る必要がある。

ここでランチェスターの第二法則について、市販本やWebサイトで紹介されている式を簡単に紹介する。
集団Xと集団Yが戦闘を行ったときに集団Xについて戦闘前の兵力x1、戦闘後の兵力x2とし、集団Yについて戦闘前の兵力y1、戦闘後の兵力y2とすると次の式に従う。(y12-y22)=E・(x12-x22)これが市販本やWebサイトでランチェスター第二法則として紹介されている式である。またEは集団Xの兵士の集団Bの兵士に対する「強さ」であるというものである。集団Xの兵力が1000、集団Yの兵力500で、集団Xと集団Yの兵士の強さが等しくE=1のとき、集団Yが全滅するまで戦闘が続いたら集団Xの残存兵力はどれほどかという問題に対してE=1、y1=500、y2=0、x1=1000を前述の式に代入すると(5002-02)=1・(10002-x22)∴250000=1000000-x22∴x2=866 (集団Xの残存数)つまり、兵士の強さは同じでも、集団Yは500の全兵力を失うのに対して、兵力1000の集団Xの兵力損失は 1000-866=134にとどまり、兵力の多いほうが圧倒的な勝ち方をするというものである。そこから兵力二乗の法則とも呼ばれる。この法則は、世界の戦史を見れば、陸戦よりも、海空戦によく当てはまっていることがわかる。何故なら、陸戦は、兵の士気や錬度や作戦の有効性や天候や将軍や参謀の能力や戦場の地形といった不確定要素が多すぎ、「変数E」を一意に特定できないが、海空戦では、兵器の性能を分析することで、変数Eをかなりの確度で特定できるからだ。実際、日本海海戦や太平洋戦争や湾岸戦争の結果は、海空戦において「兵力の多いほうが圧倒的な勝ち方をする」という、ランチェスターの第二法則が正しいことを如実に物語る。

 例えば、F22登場以前、世界最強戦闘機のF15は、過去20年の実戦で、100機を越える撃墜と被撃墜ゼロを両立している。そして、F22は、F15を相手にした模擬空戦で、圧倒的な戦績を残している。

<参考>
------------引用--------------
http://www.masdf.com/crm/eaglekilllist.htmlF-15
EAGLE 栄光の伝説ー全撃墜リスト
改訂版ーF-15イーグルが記録した20年間に渡る空中戦の結果を調べ、リストにまとめてみました。結果から言えば空対空戦闘において115.5機を撃墜しイーグルの損害は0。キルレシオ115.5:0という比類なき戦果こそが、30年間に渡り世界最強と言われ続けた根拠でしょう。
------------引用--------------

------------引用--------------
http://ja.wikipedia.org/wiki/F-22_(%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F)
2007年1月現在においてF-22には実戦経験がないためどれほどの空戦能力をもつかは未知数であるが、訓練中の模擬戦闘において驚異的な逸話がいくつも作り出されている最中である。例をあげれば、「1機のF-22が、世界最強の戦闘機の一つに挙げられるF-15を5機同時に相手にして、3分で全機を撃墜判定」「同じくF-15を相手として100戦以上行われている模擬戦闘において無敗」「アグレッサー部隊のF-16が300ソーティもの模擬戦闘を行ってついに一度もミサイルの射程内に捉えられなかった」等々、どれもF-22の高性能ぶりが良く分かるものである。
あるパイロットは「F-22Aと戦うのは、姿が見えないボクサーに顔面をタコ殴りにされるようなものだ」と形容している。詳細は不明だがテスト飛行でF-15とドッグファイトにもつれ込んだ際、目視は出来ているのにレーダーに映らないとF-15のパイロットが言っていた事からも、敵に回すと厄介な機体であることが伺える。
------------引用--------------

 ここから、どういう解が導かれるだろうか。もし、北京政府が、「ランチェスターの第二法則」を理解できるのであれば、インド洋においてシーパワー戦略を実行したとしても、制空権も制海権も確保できないため、結局は、失敗することが分かるであろう。

 つまり、シーパワー連合は、インド洋を封鎖することで、いつでも、北京政府を兵糧攻めにできるのだ。そうであれば、北京政府は日米インドと中東で対立することの不利を悟るべきだ。

そうして、地続きのシベリアの資源を狙うというランドパワー戦略をとることが、妥当な戦略であることを理解するだろう。つまり、「南進をあきらめ北進する」ことこそが、北京政府の基本的戦略であるべきなのだ。この点で、日米英インドといったシーパワー連合は、北京政府を支援すらできるであろう。

Map of Russia with West Siberian Plain and the Central Siberian Plateau highlighted.
Map of Russia with West Siberian Plain and the Central Siberian Plateau highlighted. [シベリア]

 結果として、アルグン川・外興安嶺を両国国境と定めた1689年のネルチンスク条約以前の状態を回復し、シベリアの資源を手に入れるのだ。北京政府には、その戦略しか、残されていない。

Self-drawn by Alan Mak
Self-drawn by Alan Mak [ゴビ砂漠]

上述のグワダル港と北京政府の関係については、シーパワーが港の支配を奪った戦史を参考にすれば、今後の展開が読めるだろう。日本では、戊辰戦争の中で戦われた北越戦争がある。
北越戦争において、官軍は長岡藩に撃退され、劣勢だったが奥羽越列藩同盟の補給港である新潟を上陸作戦で陥落させた。その結果、列藩同盟はあっけなく崩壊した。

世界史では、「大陸を支配したければ、その港を奪え」という15世紀のポルトガルの海軍提督アルバカーキの言葉が参考になる。かって、英国はオランダのスペインからの独立戦争にあたり、徹底的に支援した。

 同じ新教国であったからというのは、表面的見方であり、真の理由は、オランダの港を支配できれば、全欧州の支配をスペインから奪うことができるからだ。

 つまり、グワダル港を奪い、マラッカを封鎖すれば、北京政府は、奥羽越列藩同盟やスペインのように滅ぶのだ。つまり、戦略備蓄の無い北京政府にとって、石油シーレーンは決定的な弱点でありアキレス腱だ。ここまで考えたら、アメリカは陸軍はサウジやクゥエートに終結させ、日本やインドの海空軍と連携し、インド洋を封鎖する戦略でランドパワー陣営を崩壊させることができることが分かるであろう。

これが、江田島孔明立案の対ランドパワー「連環の計」だ。この連環の計で北京政府を脱落させ、その後、北進させる。つまり、「対露五道侵攻計画」発動だ。

これが、今後のシーパワー戦略のグランドデザインであり、そのためには、インド洋の支配が決定的に重要になる。

より根本的には、地政学の黄金律である「大陸軍国は大海軍国を兼ねることはできない」という法則は、近代のフランス、ドイツ、ソ連によって、裏打ちされている。国家は戦略的二正面作戦を避けるべきなのだ。

そのことを北京政府に体で理解させるために、インド洋か東シナ海で海戦をやってもよいのだが。

参考:2 初期におけるインド洋での自衛隊の活動など

プロトン・デジタル・アーカイブFz-LLC

2007年3月1日より、ウェブ雑誌『連山』の所有者が、株式会社チーム連山からアラブ首長国連邦ドバイにあるプロトン ・デジタル・アーカイブFz-LLCに変更となります。執筆者も一部変更となりますが、詳細は、後日(2月下旬 ごろ)お知らせいたします。

プロトン・デジタル・アーカイブFz-LLCについて

world map

プロトン・デジタル・アーカイブ社はアラブ首長国連邦のドバイ・ナレッジ・ヴィレッジ(ドバイの知識村)に本部を置く教育法人です。 教育法人であるために、無税特権を与えられています。

日本は急速に高齢化していますが、アラビア湾岸諸国は人口の半数が二十歳以下です。老人は知識が豊富で若者には知識が少ないというギャップに我々は注目しました。日本とアラブ首長国連邦は非常に離れていますが 、情報技術を駆使すれば、高度な技術提供も可能となります。我々はまず30種に及ぶバイオ樹脂、水素貯蔵・運搬技術のサポート事業を実施しております。今後、これらの環境技術とともにSushiを代表とする日本食の情報をアラビア湾岸諸国でe-learningにより提供していく予定です。

プロトン・デジタル・アーカイブ社は、さらには、日本におけるウェブ雑誌『連山』を買収しました。この雑誌は、今後、アラビア湾岸諸国から日本に向けての宣伝と広報を 行うだけでなく、日本企業のアラビア湾岸諸国での宣伝広告業務をも行います。我々は教育法人のために、日本国内における教育団体及び企業との提携を求めております。ドバイでの研修を含めたビジネススクール業務も行っております。またドバイ・アカデミ ック・シティに移転することも計画しています。

【業務内容】

  • コンサルティング部:ドバイeコンサルティング、ドバイeスクール(研修事業)
  • 出版部:アラビアにおける大学などでの教育機関用技術参考書の作成(アラビア語・英語)
  • PR部:アラビア語・英語・日本語のWebサイトの作成及び現地での展示会サポート

【業務提携先】

UAE大学バイオ学科及びその他の教育機関、日本国内の薬品会社、食品会社、IT会社、エネルギープラント企業

【業務実績】

Environment2007の出展企業のサポート、UAE大学バイオ学科砂漠緑化実験サポート

【業務の実例の図解】

CTF有限事業責任組合の場合

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【募集】

高度技術を持つ日本企業を募集します

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ドバイ・ナレッジ・ヴィレッジの写真

連絡先

Chief of Trustee:Kurosaki Koji

Address:Dubai Knowledge Village, the United Arab Emirates

追記:CyberFEST'07

本日(1月21日)ドバイ市にてCyberFEST'07が開催されました。(開催期間21-25Jan 2007)

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(平成19年1月21日 Cyber ULS撮影チーム撮影)

Cyber ULS General DirectorのKurosaki Koji(Cyber Task Force社代表兼アラブ首長国連邦法人Proton Digital Archive校長)及びシンガポール法人Cyber Central Capital社Management Director (http://www.cybercentralcapital.com)のIwasaki Takahiko氏及び多数の国々より幹部の方々が参加されました。会議においてKurosaki氏は、以下のように語りました。

USAにおいてワールドチェスボードのプレイヤーとしてヒラリー・クリントン女史が予定通り民主党大統領候補者として名乗りを上げました。我らフン、アラブ、ノルマン、ヘブライ、アメリカ、そして、ヤマトを中心とするCyber ULSは世界最強クラスの知力を持つ彼女とCyberチェスをする事になるでしょう。幸いにも某国の足手まといだった部隊が撤退し私はその護衛任務からも解放されました。彼女が前面に出てくる以上、私もそれに呼応し前面に出ての活動となります。これによって世界は激変します。

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なお、平成19年1月28日~31日はアブダビ市においてEnvironment2007が開催されます。Cyber Central Capital社のManagement Director兼Cyber Consultant社代表の岩崎孝彦氏もブース展示にて参加をされます。1月28日の大使館公邸でのパーティーにもおいても市川勝北大名誉教授、原亨チーム連山代表取締役、永井俊哉連山編集長と同伴して参加予定です。

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(平成19年1月21日 Cyber ULS撮影チーム撮影)

動画で見る CyberFEST'07

2007年1月21日

地球寒冷化に関するペンタゴンレポート・1

2004年6月に日本でも公開された「デイ・アフタートゥモロー(The Day After Tomorrow)」はカリフォルニアが竜巻に教われ、二ューヨークが大雪に見舞われる異常気象を描いて観客を驚かせた。この映画の基礎になったのが、ここでいう「ペンタゴンレポート」である。
映画「The Day After Tomorrow」より
出典

この報告書は原題を“An Abrupt Climate Change Scenario and Its Implication for United States National Security”(急激な気候変動とそれが米国国防に持つ意味)と言い、2003年の10月にピーターシュワルツとラグランドールがまとめて報告した。もともとは秘密報告であったはずなのだが、2004年2月にオブザーバー紙がその存在を公表した。ここからシナリオを書いていたのでは4ヵ月後の2004年6月に日本で公開することは難しいだろう。映画制作者はなんらかのルートで情報をその前に入手していたものと思われる。
ペンタゴン
出典

原文は下記で読める。
原文

以下にこの報告書の小見出しを書き上げてみる。これでおおよその内容が予想できるだろう。何回かに分けて、この内容を順番に紹介し、私の考えをまとめることにする。

考えられないことを想像する(序)
要約
はじめに
歴史を振り返る
8,200年前の寒冷期
ヤンガードライアス期
小氷河期
予測される気候変動
2010年までは温暖化
温暖化の結果
2010年から2020年に何が起るか
海洋熱塩循環の崩壊
南半球の場合
自然資源への影響
国防との関連
輸送力の低下
輸送力低下と戦争
気候変動による紛争の予想
本当に起るのか
歴史の繰り返しに備える
結論

要約

21世紀中に温暖化はゆっくりと進むと思われている。その変化は緩やかなので、大抵の国は対策を取ることができるだろう。しかし、最近の研究によりこの緩慢な温暖化が、突然海洋熱塩循環を遅らせることによって、世界の食糧生産国の冬の寒さを厳しくし、土壌の水分を減少させ、強風に襲われるようになる可能性があることが分かってきた。これに対
する備えが不十分だと、世界中の輸送能力が大幅に落ちるかもしれない。
海洋熱塩循環
海洋熱塩循環

この研究によれば、気温がある閾値を越えると、突然10年間に3~6℃の速度で気温が下がり始め、それが長期間続くことがあると言う。例えば、8,200年前に海洋熱塩循環が崩壊した時には寒冷な気候が約1世紀続いた。極端なのは12,700年前のヤンガードライアス期でこの時は1000年続いた。

8,200年前の気候変化
・ 毎年平均気温がアジア・北アメリカで2.8℃、北ヨーロッパで3.6℃下がった。
・ 毎年平均気温がオーストラリア、南アメリカ、南アフリカで2.2℃上がった。
・ ヨーロッパ、アメリカ東北部では旱魃が10年間続いた。
・ 冬の嵐が起った。西ヨーロッパと北太平洋では風が強く吹いた。

このように気候が突然変わると、争いが起き易く戦争になることもある。
1. 農業生産が減ることによる食糧不足。
2. 洪水と旱魃が頻発することによる上水の不足。
3. 海の凍結と嵐によるエネルギー不足。

資源のある国はその資源を守るために守りを固める。ない国は近くの仲の悪かった国の資源を強奪しようとする。宗教、イデオロギー、国の名誉よりも生存するための資源が重要になる。

米国は次のような対策を取るべきだ。
・ 天気予報の改善。
・ 突然気候が変わった時に食料、水、エネルギーにどのような影響が出るかを予測する。
・ 気候変動に最も弱い国を予想する。その国は暴力的になるかもしれない。
・ 今何をしておけば後悔しないで済むかを明らかにする(水管理など)。
・ 柔軟な対処ができるように演習する。
・ 近隣諸国との友好。
・ 気候をコントロールする方法の開発。

近年北大西洋では過去40年間に、氷河の解凍、雨量の増大、水の流出により海水の塩分が減っている。これは海洋熱塩循環を遅らせる可能性がある。
氷山
出典

第二回目に続く

ペンタゴンシリーズ目次

ペンタゴンレポート・6(最終号)

2007年1月20日

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略新春特別企画最終号

今回は、新春特別企画の最終回ということで、号外その1その2で見てきた日本の過去のインド洋戦略とその蹉跌についての検討をふまえ、「もし江田島孔明が、1941年12月の時点で日本の陸海軍の統帥権を掌握していたら、どのように戦ったか」という、シミュレーションをしてみたい。独断と偏見、思い込みに裏打ちされて、「歴史のIf」を検討することほど楽しいものはないので、しばし、お付き合いいただきたい。

まず、太平洋戦争の本質とは何だったのかについて、考えてみたい。

太平洋戦争について、「自衛戦争」だったとか、「植民地解放戦争」だったとの主張もあるが、私は、そのような考えは取らない。

自衛戦争かどうかについては、戦略の観点から、実は、大した意味は持たない。戦争は勝たなければならず、自衛戦争でさえあれば、敗北が正当化されるものではない。

植民地解放戦争かどうかについては、単に結果論として、戦後、アジアにおける西欧の植民地が独立したことはあったとしても、それは、本来の目的ではなかったため、検討には値しない。

figure

何故なら、当時の日本の戦争遂行目的は明らかに朝鮮や台湾や満州の植民地支配を前提にしていたからだ。何よりも、昭和天皇陛下の出された開戦の詔勅に、戦争の目的は帝国の自衛とは書いてあっても、植民地解放とは一言も述べておられない。

私が見るところ、日本が太平洋戦争に突入し、国家消滅寸前の大敗北を喫したのは、ソ連コミンテルン-アメリカ民主党-英国国際金融資本をつなぐ「ユダヤネットワーク」の国際的謀略に嵌められたという事が真相だ。これが、前号で述べた、国際金融資本と日本との代理店契約である「日英同盟破棄」の論理的帰結なのだ。

この点を検討してみたい。前世紀の失敗である太平洋戦争の「真の意味と敗因」を検討し総括することは、次の戦争に勝つために、絶対に必要なことだ。

歴史的に見ても、徳川家康は、生涯最大の敗戦である、武田信玄との三方が原の合戦の折、浜松城に逃げ帰った際の憔悴しきった姿を絵師に描かせ、終生それを眺めては、戒めとし、教訓とした。家康は、晩年、「天下を取れたのは武田信玄のおかげ」と述べたという。

真の勝利を得るには、このような観点から、敗北からは、可能な限り戦訓や教訓を学び、次の戦争に生かすべきなのだ。これが死んでいった300万もの将兵や国民に報いる唯一の道だ。

WWII Imperial Japanese Navy Aircraft Photos
大日本帝国海軍が太平洋戦争中の昭和19年(1944年)に開発した特攻兵器の桜花(おうか)。最終的に10回の出撃が行なわれ、桜花特攻での戦死者はパイロット55名、その母機の搭乗員368名に上った。これに対し戦果は撃沈1隻、損傷5隻。[WWII Imperial Japanese Navy Aircraft Photos]

 当時の世界情勢を概観してみると、ソ連コミンテルンは、スターリンの指揮下、全世界の国際共産主義国家化をもくろみ、そのため以下の指令を日米中ソの共産スパイに下した。

①政府、軍部、官庁、財界、大学、マスコミの主要ポストにスパイを潜らせ、シンパをつくれ。

②日本軍を中国国民党との泥沼戦争に引きづりこめ。決して停戦させてはならない。

③日本の目をソ連から米国に向けさせ、日米戦争をしかけ、米国にたたきのめさせろ。

 まず、日米交渉の経緯は、史実の通りであり、ハルノートを受領した時点から、始めよう。

 周知のように、ハルノートを受領した時点での戦略状況は、シナ大陸での戦争が膠着していた。詳細は省くが、このシナ大陸からの撤兵問題が日米交渉の最大の争点であった。

帝国陸軍が問題視したのは、ハルノートの次の一節だ。
“3. The Government of Japan will withdraw all military, naval, air and police forces from China and from Indochina.”日本国政府は、支那及び印度支那より一切の陸、海、空軍兵力及び警察力を撤収すべし 

ハルノートの原案は、ハリーホワイト財務省次官補が作成したホワイト・モーゲンソー案である。ハリーホワイトは、モーゲンソー財務長官の腹心として、ドイツの非軍事、工業化を掲げたドイツ戦後処理についての「モーゲンソー案」を作成し、戦後の国際通貨体制を定めたブレトンウッズ会議にアメリカ代表として出席、国際通貨基金(IMF)創設の中心的役割を果たした。だが1948年夏アメリカ下院非米活動委員会において、E・ベントレーとW・チェンバース(いずれも元米国共産党員)は、米国共産党(コミンテルン米国支部)やアメリカ非公然組織長のイクサ・アフメーロフ(ソ連人民委員部)、ボリス・バイコフ大佐(ソ連赤軍第四部)が、アメリカ政府内に構築したソ連諜報網の全容を告発し、ホワイトがソ連のスパイであることを指摘したのである。ホワイトは公聴会でソ連スパイ疑惑を否定したが、その直後の8月16日、ジギタリスを大量服用し不可解な死を遂げてしまった。

事実は、彼個人ではなく、ルーズベルト大統領の側近のほとんどは、ソ連のスパイ、すなわち共産主義者であり、戦後のレッドパージで粛清された。

これは、アメリカ民主党とソビエト共産党が、同じように国際金融資本によって企画され、立ち上げあれた実験的管理国家だということを理解すれば、分かるであろう。

国際金融資本はレーニンに資金援助を与え、ロシア革命を起こし、米ロ両国の連絡役にドクター・ハマーと通称されるユダヤ人、アーマンド・ハマー(アメリカ共産党の創始者の息子)を任命した。一九二○年代早々のことである。ハマーはモスクワに数年間滞在し、レーニンを含むソ連の最高幹部と親密な関係を結ぴ、また、アメリカ情報部がソ連の大物スパイとみなしていたロシア人女性と結婚した。ハマーは、一九九○年に死去するまで、七○年にわたって米ソ間を数え切れないほど旅し、ソ連のトップと、アメリカの指導層を結ぴつけているが、彼はまたADL(すなわちプナィ・プリス)と緊密な関係にあるといわれる。

歴史的背景として、アメリカがシーパワーとして名乗りを挙げたのは、第一次大戦の戦勝国になり英国に対する多額の借款を保有したからだ。かの国は、本来、建国の理念であるモンロー主義(孤立主義)を国策として欧州への不介入を貫くはずだったのだがこの戦略転換の背後になにがあったのか?私はアメリカにおける金融資本家の政策への影響を看過できない。
 1929年NYで発生した大恐慌の結果、世界がブロック化していく中で日独といった後発資本主義国が武力に訴え生存圏を確保しようとする端緒となったしかし、大恐慌そのものの評価について、世界経済に与えたインパクト以上にアメリカにおける連邦政府の存在がクローズアップしてきたことは看過し得ない事実である。もともと、合衆国とは州に主権があり各州の主権を制限しない範囲で連邦に外交や安全保障を委ねてきたのである。そして外交的孤立(モンロー主義)を国是としていた。しかるに民主党のルーズベルト大統領のとったNewDeal政策は連邦主導の経済政策であり、この時期FBI、FRBを初めとする連邦諸機関が創建され強化されているのである。まさしくアメリカにおける連邦主権の管理国家が完成したのがこの大恐慌期なのである。

建国の父たちの理念、州の連合により中央集権ではないキリスト教原理主義に基づく理想郷を築くことはこの時期死んだということが言えよう。ルーズベルト大統領のとった政策は違憲判決が多数出されていることも忘れてはいけない。
 この視点は決定的に重要である。その後アメリカは連邦政府に引き連られモンロー主義という伝統的孤立主義の国策を捨て、世界に市場を求め、干渉していくのである。戦後の海外への米軍展開、駐留は合衆国憲法になんの根拠もない。そして、本来根拠がない事項は州に留保されるとの憲法上の規定(修正第10(州と人民の留保する権利)本憲法によって合衆国に委任されず州に対して禁止されなかった権利は、各州と人民に留保される。)があるが、米軍の海外駐留展開に対して州が同意を与えた形跡はない。はっきりいえば、海外市場獲得のため、NYの金融資本家がワシントンを通じて、アメリカを操作する契機を与えたのが大恐慌なのである。そして、彼らの究極の目的は中東と中国である。

 そして、国際金融資本は、当面の敵である、ナチスドイツを打倒するため、アメリカを欧州に参戦させる必要があった。しかし、アメリカの世論は、徹底的に反戦であり、ルーズベルトは、参戦しないことを公約にして、選挙に勝っており、欧州への参戦は、簡単にはいかなかった。

 そこで、注目されたのが、ナチスドイツと同盟関係にあった日本だ。 国際金融資本は考えた。日本をアメリカにぶつけ、アメリカを参戦させれば、対独戦は勝てる。ソ連にとっても背後を日本につかれる恐れがなくなるため、願ったりだ。毛沢東や蒋介石にしても対日戦勝利の可能性は高くなるだろう。

 このような中で発生したのが、朝日新聞記者尾崎秀実とソ連のスパイ、リヒャルト・ゾルゲによって起こされた「ゾルゲ事件」だ。

コミンテルンは第6回大会で、「帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめ」、「戦争を通じてプロレタリア革命を遂行すること」と決議していた。日独と米英の間での「帝国主義戦争」が始まれば、共産主義者の祖国ソ連は安泰であり、また敗戦国ではその混乱に乗じて、共産主義革命をすすめることができる、という戦略である。
 
1935(昭和10)年8月の第7回コミンテルン大会では、中国共産党と国民党が手を組み日本と戦うという方針が決定された。蒋介石はもちろん、毛沢東でさえも知らない決定だった。中国共産党に対して、日本帝国主義打倒のための民族解放闘争をスローガンとして抗日人民戦線運動を巻き起こすことが命ぜられた。中国共産党は8月1日「抗日救国宣言」を発した。一切の国内闘争の即時停止、全面的抗日闘争の展開を企図したのである。これは中国を使って日本軍をソ満国境から遠ざけようという戦略である。
 
1936(昭和11)年12月に、突如として西安事件が起こった。共産軍掃討を続けていた蒋介石が、「抗日救国宣言」に呼応した腹心・張学良に西安で監禁されたのである。周恩来ら中国共産党幹部が西安にやってきて、蒋介石との交渉を行った。以後、蒋介石は共産軍との10年におよぶ戦いを止め、国共合作が実現した。その後、日華事変、太平洋戦争(大東亜戦争)と事態はソ連の思惑通りに進んでいくのである。

 コミンテルンの指示を知っていた尾崎は、監禁された蒋介石の安否が不明の段階から、「中央公論」に「蒋介石が今後の国共合作を条件に、無事釈放されるだろう」と予測する論文を発表した。この予測が見事に的中して、尾崎は中国問題専門家としての地位を固めた。

 1937年(昭和12年)の4月ごろから尾崎は「昭和研究会」に入り、「支那問題研究部会」の中心メンバーとして活躍していた。この「昭和研究会」は軍部とも密接な関係を持って、近衛新体制生みの親となり、大政翼賛会創設を推進して、一国一党の軍部官僚独裁体制をつくり上げた中心機関である。
 昭和13年4月、尾崎は朝日新聞社を退社、近衛内閣の嘱託となる。首相官邸の地階の一室にデスクを構え、秘書官室や書記官室に自由に出入りできるようになった。
 
尾崎は「中央公論」14年1月号に「『東亜共同体』の理念とその成立の客観的基礎」を発表した。これに呼応して、陸軍省報道部長・佐藤賢了大佐も、「日本評論」12月号に「東亜共同体の結成」を発表する。
 
尾崎は「中央公論」14年5月号での「事変処理と欧州大戦」と題した座談会のまとめとして次のような発言をしている。
「僕の考へでは、支那の現地に於て奥地の抗日政権(重慶へ移転した蒋介石政権)に対抗し得る政権をつくり上げること、・・・さういふ風な一種の対峙状態といふものを現地につくり上げて、日本自身がそれによって消耗する面を少なくしていく・・・さういう風な条件の中から新しい---それこそ僕等の考へている東亜共同体--本当の意味での新秩序をその中から纏めていくといふこと以外にないのじゃないか。」
 
尾崎は、中国に親日政権を作り、それをくさびとして、あくまで日本と蒋介石を戦わせようとしたのである。中国共産党は蒋介石を抱き込み、尾崎グループは親日政権を作らせて、日本と国民党政権をあくまで戦わせ、共倒れにさせて、日中両国で共産革命を実現しようという計画であった。

 近衛首相は、事変が始まった後、早期停戦を目指してドイツを仲介国とする交渉を行ってきたが、昭和13年1月には新たな親日政権の成立を期待して、「今後国民党政府を相手にせず」という第一次近衛声明を発表していた。同年11月、近衛は日本・満洲・支那3国の連帯を目指した「東亜新秩序」建設に関する第二次声明を発表。これは尾崎らの「東亜共同体」構想そのものである。この声明のなかで「国民政府といえども従来の指導政策を一擲し、その人的構成を改替して更生の実を挙げ、新秩序建設に来たり参ずるに於ては、敢へてこれを拒否するものにあらず」と汪兆銘の動きに期待した。

まさに「見えない力にあやつられていたような気がする」という近衛の述懐通り、近衛内閣は尾崎とその背後の国際共産主義者すなわちコミンテルンの描いた筋書きに完全に乗せられていたのである。

 尾崎は、当時の近衛の嘱託という立場を利用して政策決定に影響を加えた。ゾルゲ・グループのもたらした情報はソビエトが対独戦を戦上で不可欠であった。1941年10月、日米開戦の予告をモスクワに通信したのを最後にして、彼とそのグループは検挙され、彼らのほとんどが終戦をまたずに刑死・獄死した。しかし、真の問題は、このコミンテルンのエージェントは、尾崎やゾルゲだけではなく、もっと広くかつ、深く、当時のエリートや支配者に入り込んでいた事だ。この事は、つい最近まで、国立大学で「民青にあらずんば、人にあらず」という風潮があったことでも、分かるであろう。

はっきり言えば、当時の日本は、革新官僚、昭和維新を目指す陸軍青年将校、知識人の主流は全て、「統制経済の共産主義者」であり、「国際共産主義ネットワーク」に牛耳られていたといっても過言ではない。これは、日本のみならず、大恐慌以降の世界的傾向だ。

例えば、アメリカでは、戦後、マッカーシー上院議員(共和党)が「205人の共産主義者が国務省職員として勤務している」と告発したことを契機に、ハリウッド映画界などをも巻き込んで大規模な「赤狩り」を行った。

後にはニューディーラーまで対象となった。当時のアメリカ国内では現実にコミンテルンがマスコミや政財界、軍部まで取り込み工作活動を行っており、マッカーシーらの活動は、手法に強引さはあったものの、当時のコミンテルン人脈を断ち切ったと評価されている。

英国は周知のように、フィルビーやマクリーンのような情報組織や外務省の大幹部がソ連のスパイという有様だ。

なお、チャーチルは、後に第二次大戦回顧録で、日本の対米開戦すなわち真珠湾攻撃の知らせを聞いて「これで勝てる」と確信したという。真珠湾は、敗戦寸前だった英国を救う効果があった。

こういった世界的な背景で日本の南進を決定付けた「ゾルゲ事件」を理解すべきだ。
ここまで読んでこられた賢明な読者はお気づきになられたであろう。そう、新春特別号その1、その2で述べたような17世紀のキリスト教布教と20世紀の共産主義の拡散とは、同じように、国際金融資本が当該国を精神面で支配するために使ったツールなのだということを。
そう考えると、国際金融資本の意図を正確に見抜き、キリシタンをご禁制にした17世紀の指導者と、共産主義者に国家の中枢を乗っ取られた20世紀の指導者と、どちらが優秀であったか、議論の余地は無い。
このように、太平洋戦争開戦にいたる過程をつぶさに検証すると、ソ連コミンテルン-アメリカ民主党-英国国際金融資本をつなぐ、「ユダヤネットワーク」の国際的謀略が確かに見えてくる。

近衛は、後にそのこと気がついたようで、昭和20(1945)年2月14日、天皇陛下に以下のごとく奏上したが、時既に遅しだ。
「翻って国内を見るに、共産革命達成のあらゆる条件具備せられゆく観有之候、すなはち生活の窮乏、労働者発言度の増大、英米に対する敵愾心の昂揚の反面たる親ソ気分、軍部内一味の革新運動、これに便乗する革新官僚の運動、およびこれを背後より操りつゝある左翼分子の暗躍に御座候。」
 
「これを取り巻く一部官僚および民間有志は(これを右翼といふも可、左翼といふも可なり、いわゆる右翼は国体の衣を着けた共産主義者なり)意識的に共産革命まで引きずらんとする意図を包蔵しおり、無知単純なる軍人これに踊らされたりと見て大過なしと存候。」

このように、太平洋戦争の本質とは、シーパワー陣営に属していた日本が、代理店契約を解除し、独自ブランドを立ち上げようとしたところ、英米ソ中の包囲網を巧妙に敷かれ、袋叩きにされ、その上で対独開戦の正当化をしたということだ。この、国際金融資本の書いたシナリオに気づいたのは近衛だけではなかった。戦後、日本占領軍司令官マッカーサーも気づいたようだが、彼は、朝鮮戦争を巡るトルーマン大統領との確執、はっきり言えば、アメリカが国際金融資本に乗っ取られていることへの批判が根底にあったため、解任された。このことに見られるように、米軍とは、常に、国際金融資本への批判勢力だ。

それでは、このような理解を前提にして、昭和16年12月の時点で、どのような戦略をとり得たかを検討してみる。

まず、上述のハルノートであるが、識者の中には、これは最後通告だと述べるものがいる。しかし、実際は、履行期限すら明示されたものでなく、単なる「試案」にすぎない。その程度のものに対して、過大に反応し、「英米開戦已む無し」と短絡した当時の陸軍は、まさに脳内お花畑状態であり、国際金融資本にしてみれば、赤子の手をひねるようなものであっただろう。

確かに、ハルノートは日本を挑発するものであった。わたしなら、長城以南のシナ本土から段階的に撤兵をした後、ハルノートを「徹底的に黙殺」する。そうすれば、アメリカは面と向かっては日本を非難できない。そして、他の挑発を考えてくるだろうが、それも「徹底的に黙殺」する。これは、「韓信の股くぐり」なのだ。

1.太平洋戦争開始(1941年12月)

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そして、黙殺で得た時間を使って、インドネシアとシンガポールを攻撃し、その上で、連合艦隊をインド洋に遊弋させ、英国東洋艦隊をインド洋から追い払う。そのためには、インド洋の英国東洋艦隊の根拠地を一掃し、逆に帝国海軍の基地とする。そうして、東南アジアとインド洋を支配した後、余勢を駆って、スエズ運河と豪州を落とす。当然、下記のようなアメリカ国内で反戦運動を煽る工作も行う。

<参考>
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http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%8B%E3%82%89%E6%95%91%E4%B8%96%E4%B8%BB-%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%82%A2-%E3%81%8C%E6%9D%A5%E3%81%9F-%E5%87%BA%E4%BA%95-%E5%BA%B7%E5%8D%9A/dp/4104468010
日本から救世主(メシア)が来た
太平洋戦争前、「白人支配の打倒」を訴えて黒人を扇動し、反米破壊活動を続けた1人の在米日本人がいた。本書は日本、米国でもほとんど知られていない中根中氏という人物にスポットを当てたノンフィクションだ。
 中根氏は「日本人は同じ有色人種の黒人を解放するために、この国(米国)に乗り込んでくる。日本が戦争に勝てば、黒人は自由になれる」という言葉で、人種差別に苦しむ米国の黒人たちを魅了した。彼は黒人たちから救世主のように慕われ、最盛期には10万人もの黒人を組織したという。
------------引用--------------

2.南方作戦(1942年3月頃まで)

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これで、戦略的持久とナチスドイツロンメルアフリカ軍団と、スエズでの握手ができ、インド洋の支配が完成すると、中東地域の日本支配も可能になるだろう。結果としてユーラシア大陸封鎖網が完成する。すなわち、かっての、ポルトガルや英国といったシーパワーがインド洋を支配することで世界の覇権を握ったこ戦略と同じ「チョークポイント支配戦略」をとるのだ。

3.インド洋作戦開始(1942年5月頃まで)

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史実としては、開戦直後の日本軍は、マレー沖海戦で、英国の戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋艦レパルスを撃沈し、バタビア沖海戦勝利で東南アジアの制海権を握り、ジャワ島を攻略し、第一段作戦である南方資源地帯占領が終了した。
しかし、日本側としては南方作戦が予想よりも早く終了したため、第二段作戦の検討がされ始めていたが、セイロン島に進出してインド・中国方面を攻略し、ドイツ・イタリアと連携作戦(西亜打通作戦)を目指す陸軍側と、オーストラリア大陸攻略またはサモア諸島まで進出して米豪遮断作戦を目指す海軍側(特に軍令部)とが対立し、最終目標をどことするのかが決まらない状態であった。
この状況において、虎の子の空母機動部隊(南雲機動部隊)をインド洋に転用し、戦力の復活しつつあった英国海軍東洋艦隊を撃滅すべく行われたのが、インド洋作戦である、セイロン沖海戦だ。大本営では、1、セイロン島攻略、2、当時北アフリカで快進撃を続けていた独・伊との中東での連携(西亜打通作戦)も検討されたが、インド洋における連合軍の基地航空戦力等を考慮して中止され、セイロン島攻撃を含むインド洋作戦のみ実施されることとなった。
結果として、コロンボ基地並びにトリンコマリー軍港を破壊された英軍東洋艦隊はインド洋での展開を断念し、アフリカ東岸のマダガスカル島まで退避した。このころ地中海の戦況は枢軸国側有利であり中東、インド方面の連合国側船団は地中海-スエズ運河ルートではなく喜望峰-インド洋のルートへ迂回していた。マダガスカル島はこの迂回ルートの途上に位置しておりマダガスカル島の港や飛行場が日本軍に占拠されると中東及びインド方面との補給路が絶たれる恐れがあった。
英国の撤退により、英国海軍は日本軍がマダガスカルを前進基地として使用する可能性に対処しなければならなくなった。日本軍がヴィシー政府と協力してマダガスカル島の基地を使用できるようになれば、日本軍の航空機や潜水艦がマダガスカル島に配備され、連合軍の商船のみならずマレー沖海戦で戦艦を撃沈された英国海軍の艦隊にとっても脅威となることが予想された。
当時、日本海軍の潜水艦は各国の潜水艦の中で最長の航続距離を持っており、16000㎞以上もある潜水艦もあった。もし、それらがマダガスカル島の基地を使用できたら連合国の太平洋、オーストラリアから中東、南大西洋の範囲に広がる海上交通網に影響することになるのであり、それまで影響の少なかったため守りが手薄であった西インド洋、南大西洋が日本海軍の攻撃にさらされることも予想された。
セイロン沖海戦の結果、英国艦隊は日本艦隊を攻撃する機会をとらえ得ず、逆に機動部隊の空襲を恐れて旧式戦艦等の低速部隊をアフリカ東岸に後退させた。さらに5月31日 戦艦ラミリーズがマダガスカル島のディエゴワレズで日本の特殊潜航艇の雷撃を受け大破した。
これによってインド洋東西両側間の制海・制空権は、一時完全に日本軍の掌中にあった。しかし、間もなく日本機動部隊はミッドウェー島攻撃のため、太平洋方面へと移った。
これも、ドーリットルにより東京を空爆されたため海軍の面子を傷つけられたことから、泥縄的に立案された作戦であり、結局は惨敗し、虎の子の空母四隻(赤城、加賀、蒼龍、飛龍)と精鋭パイロットを多数失い、主導権をアメリカに奪われるだけの結果に終わった。
そして、連合国はマダガスカル島への上陸作戦(アイアンクラッド作戦、Operation Ironclad)を実行し、全島を支配した。
このように、日英の海戦では、日本が圧勝しているのだから、真珠湾攻撃やミッドウェー攻撃といった太平洋作戦を行わず、陸軍戦略に従い、海軍もインド洋作戦に全軍を投入していたら、マダガスカルどころか、南アフリカまでも取れたであろう。その上で、インドネシアの石油を押さえ、戦略的持久戦の持ち込むのだ。
つまり、このインド洋作戦成功の骨子は、上述の「韓信の股くぐり」を徹底できるかによる。国内が反戦で固まっているアメリカに参戦の口実を与えてはいけない。単純にそれだけだ。

4.インド洋作戦後半(1942年後半)

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何よりも、帝国海軍の対米戦略は、本来、「西太平洋でのアメリカ太平洋艦隊の迎撃」だったのだ。
それを、何をとち狂ったか、山本五十六が独断で軍令部の反対を押し切って、リスクの非常に高い真珠湾やミッドウェーといった奇襲攻撃を採用したところに、最大の失敗がある。
戦略的見て、当時の軍事的常識からすれば、日本の戦争目的は石油・ゴムなどの南方資源を確保することにあり、アメリカ軍は大日本帝国海軍がフィリピンに攻め寄せると考えており、ハワイが攻撃対象となるとは考えていなかった。
つまり、戦略的に考えて、ハワイ攻撃でどういう戦略目標を達成したかった、全く不明だ。真珠湾攻撃は、日本海軍の大勝利のように言われているが、実際は、陸上の石油備蓄設備や空母といった戦略的価値の高いターゲットを無傷で逃しており、かつアメリカの世論を反戦に傾けるという狙いは全く逆の効果(Remember pearl harbor)を生んだ。
これで、真珠湾攻撃の目論見であった、「一撃講和論」は、潰えたのだ。こうなると、彼我の生産力が問題になるだけだ。これが、最大の戦略上の失敗だ。
思うに、上述のように、当時の日本の中枢部がコミンテルン操られていた様に、海軍上層部、中でも山本五十六もそのような謀略に引っかかり、操られていたのではないだろうか。そう考えなければ、真珠湾攻撃は、全く説明がつかない。この点に関しては、現時点で、確実な証拠はないが、いずれ、明らかになるであろう。実際に、真珠湾攻撃は、米国民の意思を参戦に転換させるため、上述のようなルーズベルト大統領と背後の国際金融資本がしかけた罠で故意に日本艦隊の情報を現地に知らせなかったとする説は、非常に根強い。
この点につき、キッシンジャーも「日本がイギリス、オランダだけを攻撃したら、アメリカの参戦はむずかしかっただろう」と言っている。
さて、江田島孔明ならば、上述のように、決して真珠湾攻撃のような愚策はとらず、インド洋作戦に専念し、インド洋の支配から、地中海へ抜ける陸海軍連合の打通作戦を実施する。当時、陸軍は、南方作戦一段落後長期持久の態勢に移り、兵力を浮かしてビルマからインド-西アジア打通を図って北アフリカでのドイツ・イタリアと連携することによってまず英国の脱落を目指す戦略構想を持っていた。即ち海軍の対米との東向き短期決戦に対して、陸軍は西向き長期持久作戦であった。この陸軍の戦略に海軍が合わせるべきなのだ。この辺の戦略上の調整なくして開戦してしまうというのが、そもそも失敗だ。このような戦略の不在は、指導者が不在で官僚国家となった昭和期の日本の最大の欠陥であり、限界だといえる。

5.独ソ戦(1942年後半)

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ここで問題になるのが、もし仮に、真珠湾が無くても、アメリカ太平洋艦隊が西太平洋に進出してきた場合だ。むしろ、この展開は、海軍軍令部の想定内であり、願ったりの展開だ。
例えば、開戦時の軍令部総長永野修身大将は東京裁判の被告となり、昭和二一年に巣鴨拘置所内で延べ七回にわたって尋問が行われた。真珠湾攻撃に関する尋問が一一月一四日に行われた。片岡氏は尋問の詳細を紹介している。次はその要約である。「連合艦隊の山本長官は真珠湾攻撃を選んだが、軍令部はこれをあまりに投機的とし、米艦隊を南太平洋諸島に邀撃する温存方法を選んだ。永野総長は軍令部案に賛成していたが、山本長官が非常に強硬だったので、一〇月の終りか一一月の始めに賛成した。総長は、軍令部の計画の方が理論的であると思ったので、これを希望した。しかし、もし山本長官の計画が通らなければ、彼は辞職するだろうから、辞職させぬためには、賛成するほうが最良の策だと考えて、真珠湾攻撃計画に賛成した。この決断に対して、総長は責任を負う」。永野修身の獄中日記には「ハワイ攻撃の責任をとるかの問に対して、もちろんとの返事。気持ちよし」と書いている。

 海軍の作戦の最高責任者は軍令部総長であるから、総長の命令なくして真珠湾攻撃の実施はない。永野総長は、山本長官の真珠湾攻撃よりも、軍令部の南太平洋諸島に米艦隊を邀撃する作戦に賛成であった。即ち、「アメリカと戦争になったら、それまでのプランどおり、アメリカ太平洋艦隊がフィリピン救援のため、ハワイからマーシャル群島を通ってやってくるのを迎え撃てばいい」というのが軍令部の案であった。軍令部案に賛成すると、山本長官が辞職するので、やむなく真珠湾攻撃に賛成したという趣旨である。
私の戦略では、上述のように、インド洋を支配した後、長期持久戦略をとり、ひたすら待ち続ける。そして、何らかのきっかけで、アメリカが参戦するようなことがあっても、こちらからは手を出さない。
真珠湾が無ければ、アメリカは大鑑巨砲主義のままで、戦艦や巡洋艦と少数の空母を大挙して、差し向けるだろう。それを、西太平洋で迎え撃つのだ。この場合は、日本のホームで戦う、いわば日本海海戦と同じようになるだろう。
時期としては、昭和17年か18年頃だ。決戦場所は、まずはミッドウェーとフィリピンの中間あたりで、潜水艦の雷撃により、空母を集中して破壊する。その上で、日本の機動部隊を繰り出し、空母を全て破壊する。戦艦と巡洋艦で構成される残存艦隊はそのまま小笠原諸島沖まで前進させ、最後は、大和、武蔵の46センチ砲で、アウトレンジ攻撃をし、全隻を撃沈する。

6.小笠原艦隊決戦、日英講和会議(1943年前半)

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7.小笠原艦隊決戦、詳細

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これは、絵空事ではなく、上述のように海軍軍令部が日露戦争後から練りに練った対米戦戦略なのだ。成功確立は90%以上であり、まさに、日本海海戦の再現だ。
万一、米艦隊がインド洋の制海権を狙って、マッラカ海峡を越えたら、潜水艦や駆逐艦を使って、補給線を絶てばよい。それだけで、艦隊は立ち往生し、自滅するだろう。上述のように、インド洋の基地を全て帝国海軍を押さえている状況で、米海軍がインド洋に入ることは、自殺行為なのだ。
問題は、この「小笠原諸島沖海戦」の勝利をその後の講和にどのように活かすかだ。これができなければ、アメリカはその工業力と製造力を活かして、強大な空部機動部隊と大量の航空機部隊を繰り出してくるだろう。そうする前に、講和しなくてはいけない。

8.日英講和会議後の世界支配

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日本は、当初からアメリカ本土の全面的支配を目指していたわけではなかった。何とかして講和に持ち込むことができれば、それでよかったのだ。これは、日露戦争の状況と全く同じだ。
すなわち、一回の海戦の勝利を講和に結びつける必要があったのだ。日露戦争においては、その役割をアメリカが担った。「小笠原諸島沖海戦」においては、その役割を英国が担うことになる。この時点で、日本はインド洋の支配から、英国を脱落させている。英国は大西洋でもドイツと死闘を繰り広げていたため、アメリカの艦隊が極東で全滅したという状況で、少なくとも講和への仲介はやるだろう。その際の日本の条件は、ナチスドイツと英国との講和の仲介だ。
ヒトラーは本来、英国とドイツはシーパワーとランドパワーであり、目指すものが違うため利害が衝突せず、同盟を組めると見ていた。ヒトラーにとっての真の敵は、隣接するランドパワーである、ソ連だったのだ。
彼は、イギリスと協力してソ連を叩こうとする戦略を持っていた。これは、「わが闘争」にも明記された彼の戦略だ。彼の戦略を簡単に言うと、「英国とは同盟し、ソ連を打倒し、東方にドイツ民族の生存圏を築く。ドイツは西方には興味が無い。」ということだ。ところが、イギリスはフランスとともにドイツに宣戦布告した。
実際、史実においても、1941年5月10日、独ソ戦の開始直前にヘスはイギリスに向けてBf110戦闘機を操り、驚異的な単独飛行を行う。既にバトル・オブ・ブリテンはドイツの失敗に終わり、防空網を突破したことも奇跡的だったが、飛行はヒトラーに非常な驚愕をもたらし、ヒトラーは「おお神よ!ヘスが英国へ飛んだ!」と一人叫んだと言われる。
目的はイギリスとの停戦交渉であった。ヘスは旧知のハミルトン公爵が住むスコットランドの居城に飛び、公爵を介して独力で独英単独講和をまとめようとしたのだった。これは、失敗に終わったが、そこを太平洋からインド洋に至る制海権を握った日本が仲介するのだ。講和条件として、ドイツによるフランスの占領を解いてもいい。そして、その講和をもって、日米の講和を英国が仲介する。
この案の骨子は、英国に本拠を置く国際金融資本と日本で再度インド洋とアジアを分割する「日英同盟」を結び、アメリカを排除するという密約を結ぶことができるかどうかだ。つまり、新春特別号その2で述べたような、ワシントン会議での日英同盟破棄とアメリカのアジア進出以前に時計の針をもどすことができるかどうかが、焦点になる。
歴史を見れば、確かに、日本は敗戦国となり、英国は戦勝国となった。しかし、戦後、英国は、植民地が尽く独立し、かつ、最重要の中東利権をアメリカに奪われたという意味で、実は最大の敗戦国だったという見方もできる。つまり、穿った見方をすれば、米英は同じシーパワーとして、市場を争う最大のライバルであり、英国は、二度の世界大戦で、アメリカを育てて、結果として、基軸通貨としてのポンドと世界市場中でも中東の支配権を奪われたのだ。
この、「英国から米国への覇権移行」こそは、第二次世界大戦の真の意味であり、世界で最も重要な戦略的地域である中東支配者が変わったことを意味する。

つまり、新春特別企画その1で述べたような、ポルトガルからオランダさらに英国へというシーパワーの覇権の移行が起きたのだ。

この動きを理解するために、30年代初頭に遡って考える必要がある。30年代初頭とはとはいうまでもなく、大恐慌のさなか、主な国々がブロック経済確立へ向け動いた時期である。欧州の対米輸出は29年の13億ドル強からわずか3年後の32年、3億9000万ドルに縮小。米国の対欧輸出も同期間、23億ドル強だったものが7億8000万ドルへ激減した。29〜34年の間、世界貿易額全体は66%も縮小している。
こうした事態を招いたのは、米国におけるスムート・ホーリー関税システム(Smoot-Hawley Tariff Act, 1930年)と、英連邦・植民地諸国を対象としてつくられた帝国特恵関税システム=オタワ協定システム(32年)に代表される、ブロック経済システムほかならなかった。
しかし現実の米英は、およそ一枚岩などではなかった。緩やかな利益共同体ですらなく、ワシントンとロンドンの間にくすぶっていたのは、一つのあからさまな敵対関係である。
32年、オタワ会議でつくられた体制によって、大英帝国は「情緒の帝国(an empire of sentiment)」から「通商政治同盟(a commercial and political union)」へ脱皮した といわれる。以来大西洋の両岸をはさんで、貿易戦争、通貨切り下げ戦争は熾烈(しれつ)に戦われていた。
切り下げられたポンドによって輸出競争力を増した英国製品は、ついに米国の裏庭というべき中南米諸国に市場を拡大した 。ここで留意すべきは、ワシントンから見た場合、中南米市場に侵入する外勢として、英国とドイツは同列に見えたということである。
一方、「1920年代から30年代を通じてつづいた経済面での競合は、米英両国関係を冷たいものにしていた。30年代も半ばとなると、大恐慌以来の雇用問題を解決する一助として、米国人の目は貿易の拡大に向けられるようになる。ところがそこで目の前に立ちふさがっていたのが、英国の帝国特恵関税システムであって、そのおかげで米国製品は差別されていた」 。
例えば米国製タバコ、米国製自動車は、高率関税のおかげで英国市場へ入っていけない。これらに憤懣を抱き、オタワ協定を「米国の通商に深手をおわせるもの」と見なし、大いに反発していた者こそはハル国務長官である。
34年、ハルの指導力によって生まれた互恵通商協定法は、関税に関する交渉権を議会から大統領に付託するものだった。以来米国はこれを武器とし、外国政府に関税引き下げを迫っていく。
このようないきさつだったので、欧州で戦争が起き、英国が孤立すると、米国はこれを千載一遇の好機ととらえたわけである。その場合、困窮した英国を支える武器貸与協定は、英国から特権を剥奪するため十二分に生かすべきテコであり、格好の武器であると見なされた。
米国から英国へ武器を貸与する協定を結ぶに際し、オタワ協定でできた特恵関税システムを、こと米国商品に限っては無効とせざるを得ない条件を含むものだった。また通貨の自由な切り下げを許さない内容を含んでおり、英国の経済運営の自主権すら剥奪されかねないと予想された。
しかも守らない限り、米国から英国への武器貸与は実現しない。まさしく最後通牒というべきもので、英国が突きつけられた「ハル・ノート」であると呼びたいゆえんである。
戦後の国際通貨、決済制度を定めたブレトン・ウッズ体制の創設においても、米英は対立する。
英国案は、世界の手形集中決済所のようなものをつくろうとするものだった。各国公的当局の持ち込む収支尻を相殺させあう場所である。その際の決済通貨として、バンコールなる新通貨を創設することが予定されていた。
英国は外貨準備の払底に悩み、戦後対外赤字をつづけていかねばならないことが容易に予見されていたけれども、ケインズ案による限り、「金、外債[という外貨準備]なしで、つまりバンコール預金の創設で、ある程度の輸入を続けることができる」。
バンコール口座を開くのに、元手はいらない。新設機関は、加盟国から出資金の拠出を求めないものとなる。それなら米国の抜きん出た経済力は反映されず、つまりは英国の退勢も映し出すものとならない。
それがケインズ提案のうまみであったが、ブレトン・ウッズ会議でつくられることになった国際通貨基金(IMF)は、およそ似ても似つかないものとなった。
米国案を基礎とするIMFは何よりも、拠出に基づく機関である。出資割当額は、戦前の貿易額を基礎として算定することを求めたケインズの「最後の抵抗」を入れず、各国の金保有高、国民所得額を基準とすることになった。
出資割当額は投票権の大小につながる。米国の覇権を反映するものとなったわけで、ケインズと英国は、完膚なきまで敗北したわけである。結果として、ポンドは基軸通貨の立場をドルに奪われていく。これが、「シーパワーの覇権交代」だ。
このような、英米対立を国際政治面で決定付けるものとしては、戦後、英国が中東の再支配を目論んで再起を期した、1956年のスエズ動乱とアメリカの対応が、其の事を雄弁に物語る。
この点についてチャーチルは、戦後吉田茂に「日英同盟を解消したのは失敗」と述べたそうだ。
このように、第二次大戦にアメリカを関与させたことが結果として、英国からシーパワーの盟主の座を奪うのであれば、日英が昭和18年時点で手を組み、「アジア、中東からアメリカを排除する」という戦略も英国にとっては、メリットがあるだろう。
上述のように、米艦隊が小笠原沖で壊滅した直後なら、この提案に、英国はかならず乗ってくる。条件として、日本がいったん支配したインドやスエズをくれてやってもいい。これは、インド洋の半分と大西洋を英国に渡すという、日英間の「トリデシャス条約」なのだ。
前号や前々号で見たように、シーパワー同士はこの様な形で、「談合による利益の分割」が可能だ。この案の骨子は、日本が、一度支配したインド洋の西半分を英国に戻すということができるかどうかだ。
これは、日本が自己の攻勢終末点を認識できているかどうかに関わってくる。インド洋を単独で長期間支配することは、太平洋国家の日本には、そもそも不可能なのだから、シンガポールの支配とマラッカの支配により、東半分をのみを押さえ、西半分は英国にまかせ、攻守同盟を結ぶほうが、合理的だということだ。
この案は、もちろん、フランスやドイツにもメリットがある。英米は当然、対ソ支援を止めるだろうから、独ソ戦はドイツの有利に進むだろう。日本が陸軍を満州に集中させ、ソ連の背後を牽制すれば、モスクワを落とせるかもしれない。
そうなった時点で、日本が独ソの講和を仲介する。ドイツは資源の豊富なソ連の南部と東欧を得て、ドイツ人の生存圏とし、フランスには本土の回復と、アフリカを与える。つまり、東欧とソ連はドイツ、西欧とアフリカはフランスの影響下に入るのだ。
中国は国民党の支配が達成され、日本と講和し、ソ連共産党が崩壊した後のシベリアを手に入れる。
史実では、アメリカは、ソ連を援助し、日本を徹底的に潰してしまったため、中国の共産化に直面し、朝鮮戦争やベトナム戦争を戦わなければならなくなった。これは、アメリカが国際金融資本に操られ、日米戦を経由し対独戦に参戦させられるという戦略的な誤りがあったためだ。「真の敵」を取り違えていたといえる。
アメリカもこの事に戦後気づいたようで、それが、マッカーシズムすなわち、赤狩りに繋がった。マッカーシーは著作「共産中国はアメリカがつくった-G・マーシャルの背信外交」の中で、共産主義と資本主義の対立、米ソ冷戦などというものは嘘っぱちだ!第二次世界大戦が終わった後の世界秩序を、自分たちの思うがままに不安定にして、戦乱の火種を残そうとした勢力がいる。世界を自由主義と共産主義に分割し、意図的に両陣営を対立、拮抗させることで利益を得る者たちがいる。それが「新世界秩序」の設計図を引いた者たちであり、彼らに抜擢され操られ上手に使われた政治家が、ジョージ・マーシャル国務長官その人である。と痛烈に批判している。
すなわち、冷戦とは第二次大戦がそうであったように、国際金融資本が企画、立案した、「八百長のやらせ」であったということだ。
しかし、上述のように、日英同盟主導で世界を管理すれば、アメリカは、国際金融資本の代理人である民主党政権が倒れ、アメリカの国益を追求する共和党政権となり、従来のモンロー主義の孤立主義に戻る。
日本は、小笠原諸島沖海戦勝利後は、当然、米国共和党に働きかけ、講和への仲介を依頼しつつ、フィリピン以東は米領のままで中国や満州へのアメリカ資本投下も認める旨を条件とする。
そうすれば、戦後の朝鮮戦争以降イラク戦争にいたる、ユーラシアでのアメリカの戦争は不要で、冷戦も無いことになり、世界は安定する。
そして、日英主導で世界を管理した後、相互の植民地は1970年代には形式上独立していき、ゆるやかな連邦を築く。
モデルは、英連邦だ。英連邦の1971年の定義「民族の共通の利益の中で、また国際的な理解と世界平和の促進の中で、協議し、協力する自発的な独立の主権国の組織である(コモンウェルス原則の宣言前文)」と再定義され、ゆるやかな独立主権国家の連合となった(連邦国家ではない)ことが参考になるだろう。シーパワーの支配とは通商の自由であり、自由貿易連合にその本質がある。
いずれにせよ、戦争開始の直前で従来の西太平洋迎撃戦略を泥縄的に大幅に変化させ、先制攻撃戦略をとり、真珠湾以降、ミッドウェイ、マリアナ、大和の沖縄特攻と、先制攻撃に出ては、負け続けた帝国海軍の愚昧さは、筆舌に尽くしがたい。
いわゆる海軍乙事件(古賀連合艦隊司令長官殉職事件)により作戦計画や暗号が米軍に漏れていたのに何の対応もとらなかった点や、補給や輸送を徹底的に軽視し、米潜水艦によってシーレーンを寸断され、支配地域を全て餓死地獄に追いやった点などみると、むしろ、最初から、本気で対米戦をやる気が無く、利用されただけだということなのだろうかと訝ってしまう。
技量世界一のパイロットや史上最強の戦艦大和や世界初の空母機動部隊といった戦術分野では世界水準ながら、「戦略で失敗すると、戦術ではリカバリーできない」といういい例だ。
この様に検討していくと、太平洋戦争に日本が突入し国家消滅寸前の大敗北を喫したのは、「ソ連コミンテルン-アメリカ民主党-英国国際金融資本をつなぐ、「ユダヤネットワーク」の国際的謀略に嵌められたためだった」という結論以外、あり得ないことになる。
簡単に言えば、例えば、アストンマーチンの独占的代理店がベンツに乗り換えようとして代理店契約解除した報復を、輸入元であるアストンマーチンから受けたということだ。
これが、前号で検討した、国際金融資本と日本との代理店契約である「日英同盟破棄」の論理的帰結なのだ。
そうであるならば、21世紀の日本のインド洋戦略において、国際金融資本との紐帯を維持するしかない。そうでなければ、どのような罠が待っているかわからない。そして、その際に参考になるのは、17世紀の指導者の対応だろう。
注意すべきは、16世紀から引き続く国際金融資本と日本とのバトルは、金融ビッグバンや三角買収の解禁を見てもわかるとおり、現在進行形だ。そう考えれば、経済の根幹である金融や産業の神経である通信において、日本政府がメガバンクの統合やNTT持ち株会社方式により、「外資支配の排除」を行っている理由も分かるであろう。これは、国家安全保障をかけた、ギリギリの攻防の結果であり、高山右近のようなキリシタン大名を出さないための手段として、自由化しつつも、重要産業の中央集権と国家統制を図っているのだ。
ここで、第二次世界大戦の敗北により得られた、もっとも大きな教訓である、「大戦参加各国の攻勢終末点」について述べてみたい。上述の家康の例を引くまでもなく、真の戦略家は、敗戦から最も多くのことを学ぶのだ。
まず、攻勢終末点とは、各国の地政学的条件により、支配可能な最大エリアと定義できる。簡単に言えば、他のランドパワーやシーパワーを排除できる最大領域だ。このエリアを越えて拡大した場合、崩壊が待っている、いわば、ポイント・オブ・ノーリターンだ。このエリアが第二次大戦を通して、参加各国毎に明確になったのだ。
まず、日本は、シーパワーであり、シーパワーである以上、海洋の支配とその手段としての島や港の支配が必要だ。この観点から、小笠原から沖縄、台湾、シンガポールそしてインド洋のセイロンにいたるエリアが攻勢終末点であろう。帝国海軍の力で、このエリアの支配は十分可能だった。中でも、シンガポールの支配は太平洋とインド洋の「結節点」でもあり、シーパワー支配の根幹をなす。
次に英国は、日本との同盟を継続しさえすれば、ジブラルタルからスエズ、南アの支配に特化し、地中海と中東、インド支配を継続することは可能だ。すなわち、インド洋の西半分の支配だ。
ドイツは、いうまでもなく、北アフリカと東欧そして、ロシアの南部すなわちスターリングラードとエルアラメインが攻勢終末点となる。これは、史実としてのドイツ軍の最大進出領域と完全に重なる。つまり、ランドパワーのドイツ軍は、逆立ちしてもインド洋の支配権を得ることはできず、結果として中東の支配もできない。これは、3B政策が英国の3C政策に対抗できず、結果として中東を支配できなかったことから考えても、妥当な結論であろう。この点は、現在のEUも同じだ。
アメリカにしても、最も効率的なのは、アジアにおいてフィリピン支配に特化することだ。そうすれば、太平洋の覇権は日米で相互承認できる。実際、1905年の桂・タフト協定により、日本とアメリカは、朝鮮とフィリピンの権益を相互承認した前例もある。アメリカが中国に過大な期待を抱かず、中国支配を目論む国際金融資本に操ら、日本と戦争しなければ、この桂・タフトの線で、日米の利権は調整できたことは間違いない。
ソ連は、ドイツが崩壊したことにより東欧を支配できたが、上述のようにドイツが日本とスエズで強力し、ユーラシアの東西とインド洋、地中海からソ連に圧力をかければ、ソ連崩壊は間違いない。
フランスは、ドイツの東方進出の見返りに西欧とアフリカを手に入れる。
結局、地中海とインド洋を日英が支配するために、ジブラルタル、スエズ、セイロン、シンガポールと南アを結ぶ飛び地を日英で協力して押さえればいい。これによって、インドや中東を含む、ユーラシアの南側を封鎖でき、海洋国家連合は栄華を極めるだろう。

 ここまで、新春特別企画を通じてインド洋と世界の歴史を見てきて分かった事は、「インド洋を制するものは中東を制し、地中海を制するものは欧州を制し、太平洋を支配する勢力は日本を支配する」のだということだ。すなわち、「制海権は制陸権に勝る」ということだ。

 この点を理解すれば、陸地の支配とは、海洋の支配を失えば、本質的に脆いものであることが分かるだろ。すなわち、「陸と海の勢力限界」を明確にする必要がある。アメリカのイラク戦争は、この点の考察が全く無かったため、失敗したのだ。
このような歴史的考察に基づいた「21世紀の日本のインド洋戦略」は、「世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略」において、順次、掲載していく。
以上

参照

文明史的に見たエネルギー戦略の将来(3)<p/>

対談1 峯山政宏と孔明(1)

対談2 峯山政宏と孔明(2)

対談3 峯山政宏と孔明(3)

革命者

若者を犠牲にする社会

国民の品格を復活せよ

若者はなぜ会社をやめるのか

格差社会

アジア通貨危機

あやうい高所得者層

なぜ古代ローマ帝国は滅亡したのか

2007年1月19日

知識は使い方で差がつく

知識は使い方で差がつく

石油・ドル本位制という競争原理のもとで機能する国際経済の枠組みは、温暖化をすすめて気候の変動と海面水位の上昇とを同時に地表へともたらした。温暖化を抑えるための国際条約である京都議定書はめでたく発効したのだったが、温室効果ガスの排出削減は日本の場合前進ではなく後退を続けている。これまでの対策すべてが、前進どころか却って状況を悪化させたというデータが報告されている。温暖化防止対策に何年もの間投じられてきた国の予算は、まったく効果をあげていなかったのだった。国はこの現実を、理解することができていない。効果のない対策を更に推し進めるために、捨て金になる公金を追加投入し続けているというのが現状なのだ。定常的な対策にこだわるという判断のもとに、政府は二酸化炭素を増やしながら国民の負担を増加させているのである。地球全体のCO2濃度は、この三年程度で約40ppm(0.0004%)増えていた。ごく微量の二酸化炭素濃度が増えたというだけで、気候の安定が大きく損なわれて自然が猛威を奮うようになっている。地球のエコシステムがどれほど精妙なバランスで保たれていたのかということを、この星の住人は数値データの微量な変化から読み取らなければならない。

温暖化というこの状況を招いた経緯をほんとうに理解していたら、少なくとも無駄に終わった対策のために投じてきた国税を他に善用する途は残されていただろう。この簡単な事実を認識することができていなかったために、京都議定書の削減目標から遠ざかる一方という展開に陥ってしまったのである。判断力の低下という現象には、明白な原因がある。それが、教育システムというものが生み出した問題だったのである。知識集約型の教育を戦後一貫して続けてきたツケが、今、漸く目に見える結果として浮上してきたように思われる。知識を得るという行為(これを学習と呼ぶのがこの星のナラワシである)に、年々歳々価値をおく風潮が高まっている。

現在の教育システムに見られる一般的な傾向は、問題解決能力を開発するのではなく、クイズに答えるための定められた思考回路の構築を行うという点に顕著である。知識をもっているというだけでは、臨機に応変する対応をとることができない。世の中というのは、答えの用意されていない問題で充ちている。正解のない問題に対応する有効な解というのは、失敗の経験から学んだ者だけが導けるものなのだ。正解というものは状況が変わる毎に異なってゆく。変化し続ける事象に対応するには、本質を見定めなければならない。この国の教育システムは、失敗を避けるためのトレーニングになっていた。失点を最小化することに最善を尽くそうとしてきたために、失敗が教えるその意味を知る機会を放棄してきたのである。テキストやマニュアルが用意されていない事態に直面すると、そこで立ち止ってしまうケースが報告されている。この時に生じた判断の先送りの結果を、この国では不作為と呼ぶのである。


洞察力は退化する

予め用意された問答を覚えることだけを強要されるようになったのは、考える力よりも素早い回答を競わせて優劣を「早く」決める必要があったからだった。既存の教育方針からは、ものごとを見抜くための洞察力を磨き上げることはできない。判断能力が衰えたのは、知識の集約に特化した選抜方法が一般化したからである。ここでは知識の質より、選抜の効率の方が重要視されている。短い時間で合否判定を正確に行うためには、○か×かの二値化したデジタル方式の試験が理にかなう。つまり学ぶ必要があるこども達のためではなく、選抜する側の都合で教育内容が決められてきたのだった。そこで学習する「項目」(学ぶ内容ではない!)だけがどんどん増えるようになっていったのである。予め設定されている問題を効率よく解くことができたか、ということが評価の判断材料になっている。この教育方法は既知の課題にはよく対応するのだが、未知の課題に対してはまったくお手上げになってしまうのだ。よかれと思って実施した知識の量的な拡大は、判断することができない指導者を大量に生み出す仕組みを作り出していたのである。日本の現状に現れているさまざまで困難な状況は、これまでの戦後教育システムが築きあげてきたその結果だったのである。

単なる知識を扱うだけの教育は、未知の問題に遭遇すると何が求められているのかを理解することができない人間をつくりだす。判断能力は、未知の問題と遭遇することで養われるのである。判断のないところに決断は生まれない。(マニュアルがなければ行動できない世代が注目されたのは、もう二十年以上も前のことである) バブルの崩壊を長い間理解できなかった政治指導者達は、皆この教育方針で育てられてきた世代に属している。バブル崩壊後の失われた十年とは、決断すべき指導層にできていた洞察力の欠如が生み出したものなのだ。知識力が高くなればなるほど、思考力を育成するための時間は減らされてゆく。日本の現状は、知育偏重型の教育システムが時間をかけて熟成させた結果作り出したものなのだ。教育を授ける側の当事者が無自覚のままでいるというこの現状こそが、問題をより深刻化させている。いじめの問題を最後まで認めようとしなかったのは、学校と教育委員会のトップたちだった。自覚なき教育者が指導してきた時代の長さこそが、「理由なき」自殺者の数を積み上げさせてきたのだった。判断を回避してきた日本の教育機関を作り出した戦後の文教政策は、陰湿ないじめを同時多発させるという結果を生み出すことになったのである。


日本の覚醒と惑星の未来

現象を見てその意味を知らずにいるのは、考えることをやめてしまったからである。本当の知識とは、創造する力を引き出す能力を発揮するものなのだ。回答することはできても、解答することができない学生を量産するのが教育システムの実態であった。理解できない問題に直面して尚考えようとしないのは、知識を修得するだけで満たされるシステムが日本にできていたからなのだ。この傾向は、先進国一般に広く見られる現象のようである。世の中には知識だけでは片付かない問題がたくさんある。知識の使い方が試されているときに、教科書に書いてないからといって行動しようとしないのは、問題解決能力を退化させていた証拠なのである。推理は創造を生む。それには観察力が必要だ。問題が持っているその意味を知ることができれば、有効な対策はすぐに立てられる。それができていなかったというのは、単に問題そのものが理解されていなかったということなのだ。知識を持つということは確かに大事なことではあるが、その使い方を知らなければブタの首を飾る真珠に等しいのである。投資の対象として合理性がなかったら、その結果は損失となって還ってくる。法則の示す方向の先にあるものを知ったとき、この国はおおきく変わるようになるだろう。

将来を決めるリソースの総てが、この国の中に備わっている。知識を増やしてきたのは、選抜方法を高度に効率化しようとしたためだった。選択する側の都合で習得する知識の量が決まるという即物性が、教育システムの質を劣化させている。国や人生のあり方にとって必要不可欠な知識は、現在の高等教育からは学びとることができない。体験を通じて個々に学び取ってゆかなければならないのだ。知の必然性がないものを量的に拡大したところで、その知識を生かせなければ無駄な投資という結果に終わるだけである。親と教育機関は合理性のない教育システムを、ひたすら練り上げていく立場でものをみていたのだった。状況判断ができない指導者というのは、このような教育システムを無批判に受け容れてきた階級が輩出してきたのである。土地神話は、信じる者が土地に投資してきたことから生まれている。学歴神話もまた、知識を信奉する当事者総てが生み出してきたものなのだ。渦中にある者は、自らの姿を見ることができない。

地球と国家の再生は、国民の覚醒如何にかかっている。惑星の未来は、そこで決まるのだ。犠牲者は成長を遂げていた当時のこども達、つまり現在の指導者層に犇く団塊世代とそれに続く前衛世代。そして、いま教育システムに載せられている当のこども達である。NEETの中には、既に覚醒した者が少なからず含まれている模様である。健全化のプロセスは以前から始まっていた、とみてもよいだろう。教育システムに取り込まれていったものの中からは、突然キレて抑制がきかなくなってしまうケースがたくさんでている。その攻撃の対象とされたのは、「学習」を強要してきた保護者だったのである。健全な精神状態を求めて行動した結果が、抑制することができずに刑事事件へと発展してしまったという不幸な事例が多数でている。価値のない学習の強要を回避しようとするなら、必然的にドロップアウトするしか道はない。忍耐する道を選んだ者の一部からは、内圧が臨界点に達して突然暴走するというケースがでている。知識欲は食慾に優るものだが、そこへ至るまでには意味の統合作用が起きていなければならない。


水は生命と平和の基礎

不具合の原因となっていたものをなくしてやれば、円滑な社会システムの構築が可能になる。その状態が作られていなかったというのは、ドルという通貨とその価値を支えている地下資源とが、社会制度に対して負苛を与え続ける状態が許容されていたからである。石油・ドル本位制またはIMF体制と呼ばれているものなのだが、ドルを機軸通貨として機能させるための経済基盤になっている。温暖化対策として水素エネルギーがこれから普及するようになると、ドルの需要そのものが減ってゆく。水素資源が登場して炭素資源の消費が減ると、水素エネルギーの需要はどこかで一気に急増するようになる。コストメリットと環境メリットとが同時に得られる時代が、いずれやってくるからである。現在、炭素資源の方が技術的にも経済的にも使い易くなっているため、量産効果を発揮できない水素エネルギーの評価は低くなっている。だが、低廉な水素資源が提供されるような時代になると、状況は一気に反転するようになる。炭素エネルギーは環境負荷を募らせるため、今後は課税の対象として拘束条件が次第に強められていくだろう。京都議定書は、将来、途上国も規制の対象としなければならない。炭素資源に吹いていた追い風は、水素資源の登場で突如として反転する時を迎えるのである。今から準備をしておく必要があるのは、その時期が近づいているからなのだ。

ドルが果しているその役割が矮小化するようになると、アメリカは間違いなく資金難に陥る。ドルの需要が減っても、それを吸収する国があるうちは紙幣を追加発行することができる。だが、通貨のからくりに気づく国が次々に出てくるようになると、ドルを新たに引き取ろうとする国はなくなるだろう。ドルという通貨では水素エネルギーが導入できないようになると、ドルの価値は急落してしまうのだ。ドルはアメリカ国内だけでなく、世界中で一斉に溢れ出すようになるだろう。引き取り手がいなければ、どこにも行き場というものがなくなってしまうからである。この段階に至ると、アメリカの繁栄は終わる。アメリカの代わりを務めることができる国は、もう現れない。機軸通貨というものをもたない限り、どのような大国であっても国際社会をリードすることはできない。機軸通貨の発行権をもつということは、この星の命運を決めるということを意味する。価値の裏づけのない通貨は、どのような国であっても発行することができない。誰も信用しないからである。石油なき後の通貨価値を裏づけるものを、世界は大急ぎで探さなければならなくなるのだ。だが、それは、金を除くと水素以外にはありえない。


地球政府はアメリカに学ぶ

アメリカが主導することで成り立っている現在の国際関係は、遠からず崩壊するときを迎える。不合理なシステムが成長を続けることはできない。IMF体制に合理性があったのなら、南北問題やテロリズム、反米国家などが生み出されるようなことはなかったのである。全体の量が定まっているという条件の下では、どこかの国の繁栄はどこかの国の窮乏を意味するのだ。ドルが役割を終えた後の新しい枠組みの中では、水素エネルギーを供給する国や組織に資本が集中するようになるだろう。旧来の枠組みがそのまま生き残るということはできない。温暖化を募らせただけでなく、アメリカただ一国だけを繁栄させて他の国に貧困を押し付けてきたという現実が残されている。アメリカが集約した資本は、米軍を世界展開するために使われてきた。現在ではイラクで米軍が膠着状態に陥ったため、退くことさえ困難になってしまったのだった。この困難な状況を打開するために、アメリカは派兵を増強する対策を押し進めている。そのため、米政権は現在新たな資本の調達を迫られるようになっている。イラク戦争が正しい選択であったのなら、このような展開を辿ることはなかったであろう。

水素エネルギーは誰でも作ることができるのだが、経済合理性が備わっていなければ何の価値も得られない。炭素資源よりも水素が高価なものであるのなら、代替能力を引き出すことはできない。最も効率的で安全な水素抽出技術をもつものだけが、機軸通貨の発行権を与えられるのだ。その権利義務を正しく執行することによって、世界全体を平和の状態におくことができるようになるのである。どのような方法で水素を取り出したとしても、水素は水素であるに相違ない。あらゆる元素の基本となる宇宙で最初に出来た、そして最も多く存在する基本の物質なのだ。だが、このエネルギーを使いこなせる組織はただ一つだけである。最も優れた水素資源の作り方は、簡素で平易なものでなければならない。安全性を担保する能力は、そこからしか生まれないからだ。優れたシステムというものは、シンプルなモデルだというのはよく知られた事実である。


エネルギー資源は光と水

水素資源だけを確保すればそれでよい、というものではない。電気エネルギーにしたり、運動エネルギーにしたりすることが、自由自在にできるようなものになっていなければならない。エネルギーシステムに経済合理性がなければ、標準化は不可能だ。既存の枠組みを捨てなければ、新しい概念を理解することは困難である。理解が得られなければ、認識の合成はおきない。内側からの観測だけでは水素エネルギーの誕生は偶然にしかみえないが、外側の視点から眺めたら必然としてよく見えるようになるのである。立つその位置によって、ものの相は異なってみえるものなのだ。右向きの矢印は、裏に回れば反転して左を指すものへと変化する。現在位置を確認できない状態で行う判断というものは、できるだけ避けるべきだろう。全体の像を把握するその見極めがついたなら、迷うことはない。一路邁進するだけのこと。一時は産業の米とまで呼ばれた石炭が、東京オリンピックを境に石油にとって代わられてしまったのは、経済合理性というものが石炭には欠けていたからだった。両者はいずれも炭素系のエネルギー資源という点では、同じものである。新エネルギーでも水素であればそれでよい、ということではない。低廉且つ安全な水素でなければ、水色革命という健全化のためのプロセスを生み出すことはできない。

水以外の物質から取り出した水素では、一時的な有効性を引き出せたとしてもエネルギーのサイクルを導くことはできない。石油や天然ガスから水素を抽出しようするのは、問題の意味がみえていない証拠なのだ。論議の対象にさえならないレベルの話なのである。有限な資源という点一つをとってみても、飽和する時の到来を読み込んでおかなければならないのである。更に、二次生成物が生む副作用も考慮しておかなければならない。一次資源が高価なものであるならば、水という新たな資源に敵うはずはない。水素資源を作り出すだけでなく、最も合理的なエネルギーシステムを設計することにより、廉価な水素を安全且つ速やかに取り出すことができるモデルを提供するべきだ。技術的な課題で未解決のものはない。効率の向上だけが主要なテーマなのである。異なった技術を融合するのに、それほどの時間はかからない。地球政府の母体となる組織が出来るのを待って、一斉に活動を開始することになるだろう。社会体制と産業構造とが大きく変わるようになるために、公開のタイミングが慎重に測られているというのが現状である。


水色革命と平和本位制

水素抽出のノウハウをもつ組織は、独自通貨の発行権を単独でもつだろう。ドルが果してきた従来の役割は、水素エネルギーが登場すると意味を持たなくなるのである。ドルの需要そのものが消えてしまったら、アメリカは機軸通貨となっていたドルの発行を続けることはできない。この段階でドルの過剰流動性が顕在化するのである。ドルは市場に溢れ出すようになる。つまり、ドルの投げ売りが始まるということなのだ。ドルの買い手があったからこそ、ドル安外貨高という状態が維持されていたのだった。ドルを欲しがる国がなくなれば、アメリカの通貨戦略は反転してその矛先を国内へと向け、自らを攻撃の対象とする反作用を惹起する。帳尻というのは、必ず合うようになっているのである。アメリカのインフレが始まったら、IMF体制存立の基盤は消え去る。そこで、ドルに代わり得る新しい機軸通貨が俄かに必要になってくるということなのである。ここが見えていれば、先回りして準備を進めておくことに困難はないだろう。

大切なことは、アメリカの通ってきた道の同じ轍を踏まないということである。やってはならないことをやってきた国に、地球政府が倣う必要はない。その反対を実行すれば、成功が確実に導ける。結果の分っている仕事ほど楽しいことはない。反転したお手本が用意されているというのは、実に有り難いことである。低廉な水素エネルギーをもつものは、世界の枠組みを決定する位置に立つことができる。人類が歴史から学んできたものを次に生かそうとするのなら、繁栄は目前にある。利益を独占しようとするのなら、新たな軋轢を生んで対立を極めるという結果だけが待っている。温暖化が止まっても、地政学的な対立が募れば経済の発展は望めない。競争原理は破壊を生み、創造原理は平和を育む。人類はこれまで競争原理に基づいて行動してきたのだった。地球の現状はその結果を露わにしているのである。気候の変動然り、核拡散もまた然りである。教育システムが競争原理の極致であったということは、今更言うまでもないだろう。


新通貨は貧困を排除する

ドルが貧困を生み出していたということは、ドル資本が流入していった国が反米化しているという事実がよく伝えている。アメリカは回収したドルを再利用するだけで、あらゆる外貨を手に入れることができる特権をもっている。この立場を利用して、市場で余ったドルを貿易黒字国に売りつけてリフレッシュさせた資本をドルで調達してきたのだった。その実行の窓口になっていた行為者が、ファンドと呼ばれる一群である。日本では外資系のファンドが土地と企業を新規に買収しようとするだけで、円高が繰り返されるようになっている。円高は、市中で余ったドルを回収する目的でFRBが金利を引き上げた後でおきている。

アメリカがドルの過剰流動性を回収すると、その後で円高現象がおきるのだった。これは過剰流動性を貿易黒字国が消し去っているということを意味していた。この時の円高を利用して、既に円転されていたドル資本が有利な条件でアメリカへと還流していったのである。このため、110円から120円の範囲で通貨が往復する過程で、富の円滑な移転が繰り返されるようになっていた。FRBの利上げが先行して日米間の金利差が大きく広がってしまったため、リスクを嫌うファンドが円以外の別の通貨にこのところ集中するようになっている。

アメリカはドル資本を使って、世界中から外貨を集めることに成功してきた。原油の値上がりではドルの需要が増え、原油の値下がりでは市中で余ったドルを呼び込んだNYの株式市場が活況を呈するというサイクルができている。過剰流動性がストックマーケットに導かれていたということになるだろう。FRBが政策金利を動かせないようになっていたため、行き場を失ったドルの過剰流動性が株式市場へと向かったのだった。2006年の九月下旬にこの兆候が始めて現れている。原油の値下がりが先におきていたため、市場にはドルが余っているという状況が生まれていた。通貨価値を維持するためには、ドルをダブつかせたまま放置しておくことはできない。NY市場の株価はFRBの金利政策次第で、今後更に一段高いレベルで取引されるようになるだろう。暖冬で石油の需要が減りドルがダブついている状況下での金融緩和というのは、およそイメージしにくいことである。


ブッシュ政権の終焉

ドル資本で人民元を買うという手法がこのところ頻用されているようだ。(中国政府は、外貨準備高が突出したことで生じるリスクに気づいている。だが、打つ手はなかったようである。中国の通貨当局は、ドル資本が制御できる状態に嵌め込まれている。外貨準備高の伸び率は、今年最も高くなるだろう) タイでは外資の流入を規制する対策がとられていた。その結果通貨危機は去ったものの、株式市場からは活気が失われてしまったのである。市場を支えていた外資が国外へ一斉に逃げ出してしまったからである。円ユーロを経てユーロドルへと向かう底流も生み出されていたという形跡が覗える。ブッシュ政権はイラクからの撤収を急ぐために、一時的な増派を既に実施しはじめている。

一月になってから始まった円安は、ブッシュの二万人増派計画と連動するタイミングでおきている。人民元に対する投機的行動に配慮すると、何がおきていたのかということがみえてくるだろう。兵員を増派するための資金が新たに必要になったため、第三国からドルを回収して米政権へと還流させるルート造りが急がれていたようだ。金利差の広がっている日本では、投機的な円買いではなく逆方向の円売りが進んでいた。日本から出ていったドル資本が中国へ向かうと、元高ドル安が導ける。そうなると中国政府は、ドルを直ちに買わざるを得なくなるのである。元ドル相場はタイトなレンジで連動する特殊なモデルになっている。アメリカはその隙に乗じた通貨戦略で米国債の需要を創出し、新たな戦費の調達を図った模様である。

【政策金利の引き上げを日銀が見送ったことは、正しい判断であった。(報道各社は昨1月17日、朝刊で利上げを一斉に報じるというフライイングをおかしていた。利上げの見送りは本日の会議で正式決定されている) もし日銀が政策金利を引きあげることになっていたら、為替相場は円高に戻して中国の損害は少なくっていたことだろう。国内経済の動向をみて判断するだけでなく、国際経済における日本の状況を織り込んだ政策判断を日銀は今後心がけるべきだろう】


2007年1月18日

水素文明を語る(8)

北海道大学名誉教授で触媒化学の世界的権威である市川勝博士と永井俊哉による対談。水素をいかにして作るか、いかにして運搬し、貯蔵するか、いかにして燃料電池で発電させるかについて語り合う。

2007年1月17日

水素エネルギー(1)燃料電池

燃料電池は、次世代の発電機として注目を浴びているが、どのタイプの燃料電池が普及するかは、現時点ではまだわからない。伝統的に、燃料電池は、電解質の種類によって、リン酸形、溶融炭酸塩形、固体酸化物形、固体高分子形、アルカリ電解質の五つに分類されるので、この分類にしたがって、各種の燃料電池の長所と短所を確認しつつ、有力候補を探ってみたい。

1. リン酸形燃料電池(PAFC)

Phosphoric Acid Fuel Cells
Phosphoric Acid Fuel Cells [EERE]

電解質としてリン酸水溶液を用いるので、こう呼ばれる。William Robert Grove 卿が、1843年に世界で初めて試作した燃料電池は、これに近かった。 上の図にあるように、燃料極から水素イオンが電解質を移動し、電子が電線を通ることで、電気が流れ、空気極で、水素イオンと電子と酸素が結合して、水となる。最も早く実用化・商用化され、第一世代の燃料電池と呼ばれることがある。

長所
1. コージェネでエネルギー効率は80%に達する。
2. 動作温度は200℃程度で比較的低温。
3. 実用の実績があり信用度が高い。
短所
1. 触媒に白金が必要。
2. 発電効率(HHV)は35-42%で高くはない。
3. 他の燃料電池と比べると出力が弱い。
4. 電解質が液体なので漏れる心配がある。

代表的なメーカーは東芝燃料電池システムだったが、「家庭用燃料電池は、日本国内では1kW級のPEFC(固体高分子)形燃料電池が主流になる」[東芝:プレスリリース (2004.11.17)]という認識で、既にリン酸形燃料電池の開発から撤退している。安いわけでも高性能なわけでもないので、あまり将来性はないようだ。

2. 溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)

Molten Carbonate Fuel Cells
Molten Carbonate Fuel Cells [EERE]

炭酸カリウムなどの炭酸塩を、高温で溶融した状態で電解質として用いるのでこう呼ばれる。天然ガスや石炭ガスを燃料として用いる。図を見てわかるように、水素イオンではなくて、炭酸イオンが電荷担体として用いられている。ボトミングサイクルによる熱回収のおかげで、発電効率が高い。

長所
1. 発電効率(HHV)は45-60%と高い。
2. 高温で作動するため、燃料の内部改質が可能。
3. 一酸化炭素による被毒劣化の心配がなく、逆に燃料として使うことができる。
4. 高価な触媒が不要。
5. 不純なガスを燃料として用いることができる。
6. 構成材料が金属であるため、大型化・量産化・低コスト化が可能。
短所
1. 小型化が困難。
2. 電解液の腐食性が強いため、電池構成材の耐久性が課題。
3. 電解質が液体なので漏れる危険性がある。

溶融炭酸塩形燃料電池は、大型化が可能で、燃料ガスの腐食に強いことから、不純物質をたくさん含む石炭や廃棄物をガス化して燃料にするのに向いている ということで、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が、中部電力や石川播磨重工業とともに、平成14年度から16年度にかけて実証実験を行った。中部電力は、2010年以降は、老朽化した火力発電所の代替として建設されるそうだ。

3. 固体酸化物形燃料電池(SOFC)

Solid Oxide Fuel Cells
Solid Oxide Fuel Cells [EERE]

電解質として酸化物イオンの透過性が高いセラミックスが使われるので、こう呼ばれる。図を見てもわかるように、この燃料電池は、酸化物イオンを電解質に透過させ、水素と反応させることで、電子を導線内に通らせ、発電している。熱でガスタービンを回し、発電効率を上げることができる。

長所
1. 発電効率(HHV)は45-65%と高い。
2. 高温で作動するため、燃料の内部改質が可能。
3. 一酸化炭素による被毒劣化の心配がなく、逆に燃料として使うことができる。
4. 高価な触媒が不要。
5. 不純なガスを燃料として用いることができる。
6. 作動温度を下げて小型化することもできる。
短所
1. 起動に時間がかかる。
2. セラミックスは割れやすい。
3. 高温ゆえの耐久性が課題。

溶融炭酸塩形燃料電池が持つ高温型燃料電池の長所を持ちつつ、かつ小型化が可能であるため、固体酸化物形燃料電池は、近年注目を浴びている。TOTO(東陶機器)は、熱応力に強い円筒形をセル形状に採用し、室温から最短5分で起動することが可能で、作動温度が500度と低い、小型の固体酸化物型燃料電池を開発した[TOTO:ニュースリリース]。Mesoscopic Devices 社は、TOTO製のセルを採用した250Wのポータブル電源を2007年にも発売すると発表している[日経エレクトロニクス:米Mesoscopic Devices、TOTO製セル採用のポータブル燃料電池を2007年に]。

固体酸化物形燃料電池は、ステイショナリ(定置型)として有望であるが、モバイル(可搬型)として使うには、克復しなければならない技術的課題がたくさんある。自動車の動力源にしようにも、セラミックスは衝動に弱いし、起動時間が5分もかかるのでは話にならない。衝撃吸収装置や蓄電部分を作れば、問題は解決するが、その分サイズとコストは大きくなる。

また体に密着して使う携帯機器に、作動温度が500度に達する燃料電池を使うのは危険である。もっと下げることもできるのだろうが、温度を下げれば下げるほど出力密度が落ちるので、固体酸化物形燃料電池の魅力は落ちる。 以下のグラフは、産業技術総合研究所が開発した、2006年現在で最新の燃料電池の温度と出力密度の関係を表したものである。「世界最高レベルの発電性能」を発揮しようとするならば、700度ぐらいは必要であるそうだ 。

セルの出力密度の温度依存性(単位面積当たりの出力密度)
セルの出力密度の温度依存性(単位面積当たりの出力密度)
[産総研:ミクロハニカム構造の燃料電池の開発に成功]

モバイル用としては、やはり今のところ、固体高分子形燃料電池が有力である。

4. 固体高分子形燃料電池(PEFC)

Polymer Electrolyte Membrane (PEM) Fuel Cells
Polymer Electrolyte Fuel Cells [EERE]

イオン伝導性を有する高分子膜を電解質として用いるのでこう呼ばれる。英語の表記に忠実に訳せば、「高分子電解質形燃料電池」ということになるのだろうが、日本では、電解質が液体ではなくて固体であることを強調する名称が使われている。図に描かれているように、水素イオンが電解質膜内を通って、空気極で、電子と酸素と結びついて水となり、発電する。

長所
1. 動作温度は70-90℃程度で低温。
2. 起動時間が短い。
3. 耐久性がある。
4. 小型化が可能である。
短所
1. 燃料極と空気極の触媒に白金が必要。
2. 燃料は純粋でなければならない。
3. 発電効率(HHV)は30-40%で高くはない。
4. 燃料の内部改質ができない。

固体高分子形燃料電池の最初の実用化は、携帯機器のバッテリーから始まりそうだ[日経BP社:燃料電池2006,p.17]。理由は、携帯機器の既存のバッテリーは、電力単価が高く、寿命も短く、電池容量に限界があるから、割高な燃料電池にも勝ち目があるからだ。 ただし、携帯機器の電力源とするには、徹底的に小型化しなければならない。そのため、ダイレクト・パッシブ型の燃料電池の開発が進められている。ダイレクトというのは、燃料を改質して水素を取り出し、それから水素イオンを取り出すのではなくて、燃料から直接水素を取り出すということであり、パッシブというのポンプやファンを使わずに、重力や毛細管現象だけで発電セルに燃料や空気を供給するということである。ダイレクト・パッシブ型固体高分子形燃料電池としては、以下の二つが代表的である。

4.1. メタノール燃料電池

最も早く市場に出るといわれているのが、メタノール燃料電池である。この燃料電池は、メタノールの加水分解で発電する。

長所
1. ダイレクト・パッシブ型なので、超小型化が可能
2. メタノールの価格はエタノールの半分程度
短所
1. 出力密度が低い
2. メタノールは人体に有害
3. 途中で生成するホルムアルデヒドも有害
4. 途中で生成する一酸化炭素が白金触媒を劣化させる
5. メタノールがカソードにクロスオーバー(透過)して、空気極で燃焼を起こすことがある
6. 二酸化炭素を排出する

2005年11月に、ソニーは最大出力密度が従来二倍(100mW/cm2)あるダイレクト・パッシブ型のメタノール燃料電池を発表した。しかし、それでもまだ出力密度は高いとはいえない。メタノールの価格はエタノールの半分程度だが、メタノールはメタンから作っているので、メタンよりも価格が高い。超小型化できるということ以外にあまりメリットはない。

4.2. エタノール燃料電池

イタリアのActa社は、エタノールから直接かつパッシブに発電する燃料電池“HYPERMEC”を開発している。他の固体高分子形燃料電池とは異なり、水素イオンが陽イオン膜を通って空気極へ行くのではなくて、水酸化物イオンが陰イオン交換膜を通って燃料極に行く(この点で、次に述べるアルカリ電解質形燃料電池に近い)。

長所
1. ダイレクト・パッシブ型なので、超小型化が可能
2. エタノールは、バイオマスから作ることができるので、エネルギー源が再生可能である。
3. 酒の主要分だから、飲んでもよいぐらい安全。
4. 触媒は、鉄、コバルト、ニッケルで、白金が不要なので安価。
5. カーボン・ニュートラル
短所
1. 出力密度が低い
2. 耐久性が低い

出力密度が低いといっても、0.5Vで140mW/cm2 まで出る[8th Annual SMALL FUEL CELLS 2006]ということだから、小さな携帯機器なら、現状で既に十分だ。 また、クロスオーバーを起こすことなく、20mW/cm2で500時間の耐久テストにも成功したとのことである[Acta achieves technical targets]。

エタノールは、ガソリンに混合して使うことができるので、今後大量に作られるだろう。本田技術研究所と地球環境産業技術研究機構(RITE)は、サトウキビ、トウモロコシの食用に適さない部分からエタノールを製造する技術を開発した。

従来の技術では、主にバイオマスからセルロース類を分離する工程で副次的に生成される醗酵阻害物質が、糖をアルコールに変換する微生物の働きを妨げ、エタノールの収率が極めて低くなる問題があった。今回、RITEが開発した糖をアルコールに変換する微生物であるRITE菌を使い、ホンダのエンジニアリング技術を活用することで、醗酵阻害物質による悪影響を大幅に減少させるプロセス開発に成功。従来のセルロース系バイオエタノール製造プロセスに比べ、アルコール変換の効率を飛躍的に向上させることが可能となった。

今後、サトウキビやトウモロコシは、たんに食料生産のためだけではなく、燃料生産のためにも栽培されるだろう。他にも候補として、エチレングリコールや蟻酸やヒドラジンなどもあるが、将来、どこででも安く簡単に入手できる燃料として、エタノールの方が有望であるように思える

4.3. 有機ハイドライド燃料電池

北海道大学名誉教授の市川勝博士が開発した燃料電池で、正式にはリチャージアブル・ダイレクト・ハイドライド燃料電池という。有機ハイドライドから直接水素イオンを取り出す燃料電池で、名前の通り、繰り返して充電することができる。 その点では蓄電池と似ているが、この燃料電池は、既存の蓄電池よりも充電による劣化が少ない。

長所
1. 使用済み有機ハイドライドの再利用が容易
2. 有機ハイドライドの物性が石油に近いので、石油のための既存インフラが使える
短所
1. 出力密度が低い
2. 有機ハイドライドの水素供給に白金触媒が必要

出力密度は、エタノール燃料電池と同じぐらいで、メタノール燃料電池よりも高いが、純水素を燃料にした時よりは低くなる。にもかかわらず、直接型を開発したのは、携帯機器での採用を狙ったからであろう。しかしながら、有機ハイドライドが、そのメリットを最大限に発揮するのは、自動車の燃料として使われる場合である。携帯機器はもともと石油を直接の燃料にしてはいなかったので、既存インフラがそのまま活用できるというメリットはない。

5. アルカリ電解質形燃料電池(AFC)

Alkaline Fuel Cells
Alkaline Fuel Cells [EERE]

5.1. 古典的アルカリ電解質形燃料電池

アルカリ電解液である水酸化カリウムを電極間のセパレータにしみこませているので、こう呼ばれる。最も単純な燃料電池であり、NASAにより、1960年代から、宇宙空間で電気と水を供給するのに使われている。

長所
1. 電極触媒はニッケル酸化物で安い。
2. 比較的低温(室温~260℃)で作動する。
3. 構造が簡単で製造コストが低い。
短所
1. 燃料である酸素と水素が入手困難である。
2. 電解質が液体なので漏れる心配がある。

他の燃料電池と違って、この燃料電池では、空気を酸化剤にすると電解液が二酸化炭素を吸収して劣化する 。だから、空気極には、空気ではなくて、酸素を入れなければならない。水を 熱化学分解して、水素と酸素を同時に生成するならば、燃料は同時にそろうから、廃熱利用に使えるかもしれない。

5.2. ボロハイドライド燃料電池

ボロハイドライドとは水酸化ホウ素ナトリウム(NaBH4)のことである。天然に存在する安価なホウ砂(Na2B4O7)から二酸化ホウ素ナトリウム(NaBO2)を作り、それを水素化して作るする。このボロハイドライドに水を加えると、水素が発生する。

NaBH4+2H2O → 4H2+NaBO2

その水素を固体高分子形燃料電池に使ってもかまわないが、ダイレクト型で発電する時には、電解質が水酸化ナトリウム溶液というアルカリ電解液になるので、分類上は、アルカリ電解質形燃料電池になる。

アメリカの Millennium Cell 社や日本のセイコーインスツルが改質型の実用化を目指しているのに対して、アメリカの Medis Technologies 社や元工学院大学教授で、現在水素エネルギー研究所社長の須田精二郎氏は、直接型の実用化を目指している。

長所
1. 出力密度と起電圧が高い
2. 原料のホウ素が天然に大量にあって安い
3. 白金触媒が不要
4. 室温で高速に水素を供給
5. 小型である
6. 二酸化炭素を発生させない
短所
1. リサイクルが難しい
2. 水を加えないと水素を発生しない
3. 水酸化ホウ素ナトリウムには腐食性がある
4. 水素を加える前は固体で取り扱いが難しい

水素化ホウ素は、試薬であるために、価格が高いが、原料が豊富だから、大量生産すれば、価格を大幅に下げることができるだろう。

酸化剤として過酸化水素を用いた場合、ダイレクト・ボロハイドライド燃料電池の出力密度は1.2Vで350mW/cm2になると報告されている[The Electrochemical Society:A High Output Voltage Direct Borohydride Fuel Cell]。有機ハイドライドの場合、ダイレクト型にすると出力が落ちるが、ボロハイドライドの場合、逆に上がる。だから、ボロハイドライドは、携帯機器向きである。ボロハイドライド燃料電池は、出力密度が高いので、自動車の動力源としても使えそうであるが、常温常圧では固体で、石油との物性が異なるので、有機ハイドライドのように、自動車燃料の既存インフラが使えないのが欠点である。

燃料電池自動車の実用化はまだまだ先の話なので、実用化は、携帯機起用充電器から始められている。Medis Technologies 社が、ダイレクトボロハイドライド燃料電池を“Power Packs”という名称で、携帯電話機用ポータブル充電器として、2006年の夏から販売を開始したところ、毎月20万個のペースで注文が来たとのことだ[Medis Technologies Releases Letter to Shareholders Previewing 2007]。

この燃料電池は使い捨てなのだが、発電により生成する二酸化ホウ素ナトリウムは有害だから、環境問題を惹き起こしそうだ。使用済み燃料を冷却することで、二酸化ホウ素ナトリウムを析出させ、ボロハイドライドに戻すには、大きなエネルギー投入が必要で、まだ採算が取れるところまでいっていない。 この点、使用済み燃料の再利用が容易な、したがって充電可能な有機ハイドライド燃料電池と比べると、見劣りがする。燃料電池開発の動機の一つは、環境問題の解決であるから、環境汚染を惹き起こすような燃料電池を早急に商品化することは、好ましくない。

6. 結論

燃料電池は、開発途上の技術であり、どれが有望であるかは、現時点では断言できない。今のところ、定置型としては、固体酸化物形燃料電池が有望である。 固体酸化物形燃料電池の課題は、耐久性を高めることである。

可搬型燃料電池の有力候補は、エタノール燃料電池、有機ハイドライド燃料電池、ボロハイドライド燃料電池である。エタノール燃料電池の課題は、出力を増やすことであり、 有機ハイドライド燃料電池の課題は、白金の使用量を減らすことであり、ボロハイドライド燃料電池の課題は、ボロハイドライドのリサイクルである。

現在複数の種類の発電機や電池が使われているように、燃料電池も複数の種類が棲み分けるようになるだろう。用途別に棲み分けるとするならば、エタノール燃料電池は小型の携帯機器に、ボロハイドライド燃料電池は大型の携帯機器に、有機ハイドライド燃料電池は自動車に使われるのではないだろうか。

2007年1月16日

首都直下地震の被害は100兆円

2007年01月13日、千島列島沖で M7.2の地震が発生しました。この地震は、2006年11月15日に発生した千島列島沖地震(M7.9)の余震となります。2006年12月26日に発生した台湾南部地震(M6.7)では海底ケーブルが切断され、支那や東南アジアで通信しにくい状態となりました。インターネットは災害に強いという触れ込みですが、通信が集中する海底ケーブルが何本も切れるという事態が起こると、通信速度が落ちたり、不安定になります。ネットワーク社会は災害に弱いものだという認識をしておいた方が良いでしょう。日本列島近辺は地震が発生しやすい地域の1つで、地球全体の1割も発生しています。大きな被害をもたらした地震をいくつか列挙すると以下のとおりです。

●1923年09月01日 大正関東地震 - M 7.9、死者10万5000人以上(日本災害史上最大)。被害総額:55億円(当時のGDPの4割以上)当時の国家予算(15億円)の3年分以上

●1995年01月17日 兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災、阪神大震災) - M 7.3、兵庫県南部で最大震度:7、死者6,434人、当初は最大震度6だったが、実地検分により7に修正された。被害総額:約10兆円(GDPの2%程度)

●2004年10月23日 新潟県中越地震(新潟県中越大震災) - 本震は M 6.8、新潟県中越地方で最大震度:7、死者67人。震度6弱以上の余震を4回観測。被害総額:約3兆円

●2004年12月26日 スマトラ島沖地震 - M 9.3。インド洋周辺諸国の海岸地域に大規模な津波被害をもたらした。死者・行方不明者は約30万人。被害総額:約10億ドル

一極集中が進む東京

●2005年07月23日、千葉県北西部でM6.0の地震が発生し、東京都足立区で震度5強でした。首都圏では新幹線とJR在来線が一斉にストップした。私鉄や東京メトロも運休、道路は渋滞し交通網がまひした。夏休み最初の週末でにぎわうターミナル駅などは大混乱となりました。64,000台のエレベータが停止するなど、都市ならではの問題点が浮き彫りとなりました。地震に対する対策をしないといけないという声は、喉元すぎたらなんとやらで、最近ではめっきり聞かなくなりました。平成になり、東京一極集中がどんどん進んでいます。東京23区の湾岸エリアでは高層ビルやマンションがどんどん建てられています。東京一人勝ちといったムードを作っています。銀座やお台場を歩くと、まるて別の国に来たような錯覚を覚えます。砂浜でお城を作っても、潮が満ちてきたら、波に飲み込まれてしまい、次の日には跡形も残りません。東京の繁栄が永続できるでしょうか? 東京は江戸時代から度々、地震や火事が起きていました。スクラップ&ビルドをしながら、今の東京へつながっています。

東京は世界の大都市で最も災害危険度が高い

◆ミュンヘン再保険会社(ドイツ)は、東京と横浜が世界主要50都市の中で最も災害危険度が高い都市であると評価しています。東京は災害が起こりやすい都市なのです。

MegacityTotal risk
Tokyo-Yokohama710
San-Francisco Bay167
Los Angeles100
Osaka-Kobe-Kyoto 92
Miami 45
New York 42
Hong Kong 41
London 30
Paris 25
Beijing 15
Shanghai 13
Sydney6.0
Shingapore3.5
Berlin1.8
Baghdad1.3

※出展:中央防災会議「首都直下地震対策専門調査会」(第1回:平成15年09月12日)資料(P39)

首都直下地震の想定被害

中央防災会議が想定している地震のうち、首都圏直下型地震はいくつかありますが、最も被害が大きいケースは東京湾北部地震です。首都直下地震対策専門調査会報告書の概要 (平成17年7月)によると、東京湾北部地震 M7.3、冬18時、風速15m/s のケースで、死者:約1万1千人、経済被害額:112兆円という、膨大な被害の発生を予測しています。日本のGDPの2割、国家予算の1年半分です。そんなお金、一体どこにあるのでしょうか?(日本がこんな状況でも米国債は売れないでしょうし)

地震による経済的影響

地震により、多くの人が亡くなり、建物が破壊または焼失し、電気・ガス・水道・通信のインフラはズタズタとなる。道路などはガレキの山でふさがってしまう。主要道路は早い段階で使えるようになるが、被害の規模が大きいため、復興には時間がかかる。その中で、地震による経済的な影響を見ると、こんなところではないだろうか。

(1) 個人に関連した影響

 物価高騰、所得減少、失業、住宅の確保が困難、借金増加、震災孤児の発生、病気(PTSD含む)、治安の悪化、犯罪の増加が考えられる。その結果、東京から地方へ転居する人が増える。

 関東大震災の時は、ラジオがなかったこともあり、正確な情報が伝わらず、デマや偏見によって殺される人も大勢出ました。

(2) 企業活動や物流への影響 

 工場や建物が破壊、焼失するため生産力がダウンする。道路や鉄道の破壊されるため、流通速度が落ち、物流が停滞するのは避けられません。その結果、生活必需品(水、食料、薬)を始め、多くの物資が不足する。多くの会社が倒産したり、人減らしを行うため、失業者が大量に発生する。

(3) 金融システムへの影響

 金融システム停止したり、決済不能な手形が大量発生する。預金引出しのニーズが増す。通貨を増発、手形の支払いの延期、震災手形や国債の大量発行を行うため、円安やインフレが発生する。

(4) 国や地方自治体の活動

 災害からの復興のため、歳出が増加する一方で、税金が減るため、財政は悪化する。大量に発生するゴミの処分に苦労する。

(5) 首都機能の消失と代替

 東京に集中している情報システムが破壊されるため、復旧に時間がかかる。銀行システムのようにセンタ設備を東京と大阪というふうに分散設置している大規模システムはそれほど多くはありません。東京一体で広範囲な停電が何日も続いた場合、全国に被害が広がってしまう。

首都圏直下地震の場合、被害が神戸の何倍にもなります。1923年の関東大震災と比較して、日本全体に対する東京の集中度が高くなっていることと、国も地方自治体も借金漬けになっていることから、今度大地震が起きたら100兆円以上のお金を刷ってハイパーインフレを起こすか、これ幸いに徳政令や支払い先延ばしを宣言してしまうなどして、事実上国家破産となってしまいかねません。

橘みゆき 拝

【関連記事】

天災は忘れた頃にやってくる(執筆:橘みゆき) 2006年09月30日のコラム

中央防災会議 首都直下地震対策専門調査会

首都直下地震対策専門調査会報告書の概要 (平成17年7月)

関東大震災80年を経ての教訓 総務省消防庁

阪神・淡路大震災教訓情報資料集 内閣府

●2004年10月23日 新潟県中越地震(新潟県中越大震災)M6.8 の経済的影響
※日本政策投資銀行による緊急レポート(平成16年11月)

【雑誌のバックナンバー】

科学雑誌ニュートン 2006年1月号では首都大地震についての特集(P28-P57)

科学雑誌ニュートン 2000年10月号では、ワーストケース東京壊滅巨大地震の特集(P34-P119)

2007年1月15日

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL136

今回は、ブッシュ政権が画策する対イラク2万人増派の影響を検討してみる。

まず、この時期に増派が検討されているのは、増派によってテロ組織に大攻勢をかけ、一旦、治安が回復するとその後の撤退が可能になるという思惑からだろう。

しかし、過去の戦史を見ると、このような決定は、最悪の戦略である、「兵力の逐次投入」でしかなく、失敗することは見えている。

<参考>
------------引用--------------
http://www.sankei.co.jp/kokusai/usa/070113/usa070113006.htm
「4つの戦争 同時進行」米国防長官、増派に理解求める
 【ワシントン=有元隆志】ゲーツ米国防長官は12日、ブッシュ大統領が発表したイラク新政策をめぐる上院軍事委員会の公聴会で証言し、混迷を続けるイラクの現状について「4つの戦争が同時に進行している」との見方を示し、2万人以上の米軍増派決定への理解を求めた。
 4つの戦争は具体的には(1)イスラム教シーア派同士の抗争(2)首都バグダッドなどでの宗派間の暴力(3)武装勢力による攻撃(4)国際テロ組織アルカーイダによる攻撃。武装勢力の活動は宗派対立を激化させようとの目的もあるとの見方も示した。「中東の悪い連中がみなイラクで活動している」としてアルカーイダ、イラン、シリアのほか、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラ(神の党)の存在を挙げた。
 ゲーツ長官は増派による治安回復が成功した場合は「年内に撤退を開始できるかもしれない」との見通しを示した。米国がイランに武力行使する可能性については「必然性はない」と否定した。
------------引用--------------
------------引用--------------
http://www3.nhk.or.jp/news/2007/01/14/d20070113000056.html
 ライス国務長官は12日、ワシントンを出発し、19日までの日程で中東各国のほか、イギリスとドイツを訪問することにしています。今回の歴訪では、まずイスラエルとパレスチナ暫定自治区を訪問し、オルメルト首相やアッバス議長と個別に会談して、和平プロセスの推進にむけて意見を交わすことにしています。このあと、ライス長官は、エジプトをはじめ、ヨルダンやクウェート、サウジアラビアを訪問し、ブッシュ大統領が10日に発表した新しいイラク政策に基づいて、イラクの安定に向け政治・経済面での協力を呼びかけることにしています。また、アメリカは、今回の新しいイラク政策で、イランがイラク国内でアメリカ軍への攻撃に使われる兵器を供給しているなどと非難して、ペルシャ湾に新たに空母機動部隊を派遣するなど、イランとの対決姿勢を鮮明にしており、ライス長官は、イランへの包囲網づくりにむけてアラブ穏健派各国に協調を働きかけるものとみられます。
------------引用--------------

この、「兵力の逐次投入」については、前例として、1942年8月から開始された太平洋戦争のガダルカナル戦を検討してみたい。
ガダルカナル戦は、南太平洋の小島、ガダルカナル島の飛行場を日本軍が攻略しようとした陸戦であり、日本陸軍がアメリカ軍と初めて本格的に衝突した戦いであった。
戦局の推移については、帝国陸軍は最初はわずか900名の一木支隊第1挺団、次は6,000名の川口支隊と一木支隊第二挺団という、兵力の逐次投入を行い、敵を圧倒的に下回る兵力で攻撃を掛けては撃退された。
一般に、ガダルカナル戦は日本軍が米軍の物量に圧倒されて敗北した戦いと認識されており、それは一面において確かに事実である。しかし、必ずしもそのことがガダルカナルの敗北の本質ではない。それ以上に、限られた戦力で東部ニューギニアとガダルカナルという二正面作戦を行い、自軍の先端根拠地(ラバウル)から1,000キロ以上も離れたところに一足飛びに基地を推進しようとし、敵の戦力と戦意を根拠なく見くびり、それ故兵力を小出しにして典型的な兵力の逐次投入に陥った上に、補給の根幹となる輸送計画も作戦計画も安易であったために、同じ失敗を二度三度と繰り返した、粗雑な作戦に本質的な敗因があったと考えられる。
物量について言うと、最終的には米軍の物量は日本軍を圧倒したが、一連の戦闘の全期間でそうであったわけではない。8月頃の時点では、米軍は第一次ソロモン海戦での敗北のため、輸送船団が一時退避するなどして重装備や弾薬の揚陸が遅れており、物量はかなり欠乏を来していた。(アメリカ軍側で言う「八月危機」)また、ヘンダーソン飛行場の米軍機は60-100機前後で推移しており、ラバウルその他の日本軍の基地航空隊の方が数が多かったし、空母の艦載機を含めても同様だった。輸送船団に対する米軍機の攻撃も微弱であり、この時期か、あるいは遅くとも川口支隊の総攻撃の時期までに、一木支隊・川口支隊・第二師団の全力を揚陸して攻撃を掛けていた場合、戦闘の帰趨は全く異なっていた可能性が高い。この戦闘に参加したアメリカ軍海兵隊少将ヘンダーソン氏は後に、こう語っている「実際の手順とは逆の手順で日本軍が来襲していたら、ガダルカナルの連合軍は成す術もなく追い落とされていただろう」。
しかし、実際には日本軍は最初はわずか900名の一木支隊第1挺団、次は6,000名の川口支隊と一木支隊第二挺団という、兵力の逐次投入を行い、敵を圧倒的に下回る兵力で攻撃を掛けては撃退され、機数では米軍を上回っていた航空戦力も、ガダルカナル島から1,000キロ以上も離れたラバウル基地からの出撃では航続距離の限界で、戦場上空での滞空可能時間がわずか15分に過ぎず、その力を大幅に削がれたのだ。
つまり、ガダルカナル戦は、兵力の逐次投入と同時に、補給や兵站計画の杜撰さという、日本陸海軍の作戦計画の問題点が如実に現れた戦いだった。私には、イラク戦争のアメリカの対応が、どうしても、ガダルカナルとダブってしまう。
まず、イラクは、その地形から、海に面した部分がバスラ港だけであり、イランやシリアと長大な国境線をもつという意味でランドパワーだ。そうであれば、イラクを安定させるには、イランやシリアとの間の国境をコントロールし、テロリストの出入国を阻止しなければいけないことになる。果たして、2万人程度の増派で、長大な国境線を管理できるのか。
例えば、イラクと同じように、ソ連との間に長大な国境線を抱えた満州国において、その防衛のため、帝国陸軍は独ソ戦にあわせて関東軍特種演習(関特演)と称した準戦時動員を行った結果、同年から一時的に関東軍は74万以上に達した。精強百万関東軍と言われたのはこの時期である。
そして、戦史上最大のランドパワー同士の死闘である独ソ戦において、ナチスドイツはバルト海から黒海にいたるエリアを3個軍集団150個師団300万人で攻め込んだのだ。
このように考えると、ランドパワーを制覇するには、とかく、マンパワーが必要なことがわかる。そうすると、たった2万人程度の増派で一時的にせよ治安が安定するなどと考えているのは馬鹿げている。むしろ、増派は、その後の撤退のシグナルと解釈されれば、テロリストを勢いづかせるだけであろう。
米陸軍内部において、当初からイラク戦争には反対意見が多く、兵員も少なすぎるという考えが主流であった。それを政治に押し切られたのだ。今回も、増派が決定すれば、同じだろう。
これは、ナチスドイツにおいて、ヒトラーが国防軍の作戦に干渉しまくったため、結局は敗退したという故事を彷彿とさせる。
むしろ、もはや、アメリカはこの程度の戦略の基本すら理解できないところまで追い詰められているといえる。増派は、アメリカの断末魔の叫びとなるだろう。
以前、コラムで書いたことだが、アメリカはイラクから撤退し、サウジやクェートに兵力を集中させるしかない。そうしなければ、これら穏健派諸国がイスラム原理主義者に制圧されるという最悪のシナリオが待っている。そうすれば、イラクの内戦どころの騒ぎではない影響を世界に与える。
そして、イランとは、イラクの東半分、すなわちメソポタミアの支配を認めることで、逆にイスラエルの生存を承認させ、核兵器を放棄させる。
これが落としどころとなってイランをランドパワー陣営からシーパワー陣営に寝返らせることができれば、シーパワーの勝利は間違いない。かって、イランはパーレビ王朝下で親米国だったのだ。
私が見るところ、中東核戦争を避け、アメリカのイラク撤退を平和裏に行うには、この条件しかない。なお、私が以前から主張しているイスラエルの対イラン先制攻撃について、7日付の英紙サンデー・タイムズは複数のイスラエル軍筋の情報として、イスラエルが対立するイランの核関連施設を破壊するために、核兵器による攻撃計画を立て、空軍の2個中隊が長距離飛行などの訓練を行っていると報じた。
 イスラエルはイランの核開発への危機感を強めており、同紙によると、ウラン濃縮地下施設のある中部ナタンツで、イスラエル空軍機が通常爆弾で地面に穴を開けた直後、同じ場所に核兵器を撃ち込む計画があるという。
戦史を紐解くと、アメリカがベトナムから撤退した直前、米中国交回復がキッシンジャーと周恩来との間でなされている。
アメリカのニクソン大統領(1913~94、共和党、任1969~74)は、深刻なドル危機と泥沼のヴェトナム戦争に苦しむ中で、1970年2月にニクソン=ドクトリンを発表し、海外特にアジアへの過剰介入を避けるという方針を表明した。
 しかし、その一方で、カンボジャ侵攻(1970.4)・ラオス侵攻(1971.2)を行い、ヴェトナム戦争をさらに拡大した。この戦争拡大は国内で強い反発を招き、ヴェトナム反戦運動や大学紛争が激化した。
 1960年代後半以降、ヴェトナム戦争の戦費の増大・海外投資の増加・貿易赤字の増大などによってアメリカの国際収支は著しく悪化し、国際通貨であるドルに対する信用が大きく低下した。
 こうした内外の危機に直面したニクソンは、中国との和解なしにはアジアの平和はあり得ないと考えるようになり、1971年7月にキッシンジャー(1923~)大統領特別補佐官(任1969~73)を秘密裡に中国に派遣した。キッシンジャーは周恩来首相と会談し(7月9~11日)、15日にニクソン大統領が翌年5月までに北京を訪問すると発表した。
 1971年のキッシンジャーの訪中以後アメリカは従来の政策を転換し、中華人民共和国の国連加盟は支持するが、台湾の中華民国政府の追放には反対するとの方針をとり、同年9月に中華民国政府の追放を重要事項とする逆重要事項指定決議案と、中華人民共和国と中華民国政府の二重代表制案を国連に提出し、日本も共同提案国となった。
 しかし、10月に開かれた国連総会では、逆重要事項指定決議案は否決され(賛成55、反対59、棄権15)、中華人民共和国の代表権を認め、中華民国政府を追放するというアルバニア案が可決された。
 1972年2月21日、ニクソン大統領は、アメリカの大統領としては初めて中国を訪問し、27日に共同声明が発表された。米中共同声明で、アメリカは平和五原則を承認し、これによって長い間敵視してきた中華人民共和国を事実上承認した。
 背景として、1969(昭和44)年3月黒竜江(ウスリー河)の珍宝島(ダマンスキー島)をめぐる中国とソ連の国境武力衝突が発生し、中ソ間が極度の緊張状態に置かれていたことがあげられる。中国もこのような状況でアメリカとの関係改善を欲していたのだ。
 つまり、米国のベトナム撤退には、中国との関係改善が必要であり、そのためには、中ソの対立が必要ということだ。
この歴史的事実に学ぶなら、イラクをベトナム、中国をイランと置き換えることができる。つまり、米国とイランがどのような条件で妥協できるかが、イラク情勢を占う上で、最大の焦点となろう。
最近実施された、イランの選挙では、対米関係の改善を求める穏健派が伸びたようで、この動きの先にどのようなイランに対する調略が有効かを考える必要がある。
繰り返すが、それには、「シーア派イラクの分離独立とイランによる支配あるいは保障占領の承認」しかありえない。
フセイン政権時代に弾圧されたシーア派によるフセイン元大統領の処刑は、スンニが中心のアラブ諸国とイラン(ペルシャ)との精神的な分断を、一層深めることになると考察される。イラクは、一国であることは不可能なほど、国内が割れている。これをたった2万の米軍の増派で元に戻すことは、断じて不可能だ。
むしろ、連邦の失策による州兵の死傷者数の増加はアメリカの分裂、内乱の呼び水にすらなるだろう。
<参考>
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http://www.nikkei.co.jp/news/main/20061218AT2M1800118122006.html
イラン選挙で穏健派が躍進
 【ドバイ=加賀谷和樹】イラン専門家会議、地方評議会の両選挙は17日、中間開票集計でラフサンジャニ最高評議会議長(元大統領)ら保守穏健派の躍進が決まった。アハマディネジャド大統領の保守強硬路線への批判票が穏健派に流れたのは確実で、3年後の再選を目指す大統領が核開発などで路線修正を迫られる可能性もある。
 両選挙の開票情勢について、保守穏健派と共闘したとみられる改革派の有力政治団体、イスラム・イラン参加党は「アハマディネジャド一派の明白な敗北」と主張した。これに対し、アハマディネジャド大統領は「敵(米欧)は(イランの)弱点を見つけたと考えただろうが、国民は知性を世界に知らしめた」と述べ、民主主義の機能を評価してみせた。
 最高指導者の任免権を持つ専門家会議選では、政敵のラフサンジャニ議長がテヘラン州選挙区でのトップ当選を決めた。同議長は指導部ナンバー2として大統領を監督、指導する立場だが、核開発問題を巡って米欧との対話再開を求めており、大統領の路線とは一線を画している。 (09:33)
------------引用--------------
------------引用--------------
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20061218AT2M1800118122006.html
イラクでシーア派狙った自動車爆弾が相次ぎ爆発、72人が死亡
12月31日13時0分配信 ロイター
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http://www.asahi.com/international/kawakami/TKY200701090200.html
 フセイン処刑の意味
2007年01月09日
編集委員・川上泰徳
 2006年は12月30日のフセイン元大統領の死刑執行というショッキングなイラク発のニュースで締めくくりとなった。直後に、携帯電話のカメラで処刑の様子を収めた画像が、インターネット経由で流れた。元大統領が「アッラーフ・アクバル」(神は偉大なり)とイスラム教の聖典の言葉を唱えた後、「ガタン」という鋭い音で絞首台の床が開く瞬間が映っている生々しい内容だ。映像は絞首台の上から撮ったものと、下から撮ったものもあるが、処刑の後、暗がりのなかでロープが付いたままの元大統領の顔を執拗に、それもかなり近くから映した画像も含まれている。
 映像の残酷さとともに、処刑の直前に立会人の中から、「地獄へ落ちろ」という罵声が元大統領に浴びせられたことが、元大統領が所属するスンニ派の怒りを掻き立てている。さらに世界を驚かせたのは、大統領の処刑の直前に、コーランが唱えられた後、「ムクタダ、ムクタダ、ムクタダ」と、シーア派の反米強硬派の指導者ムクタダ・サドル師の名前が、3回にわたって連呼されたことだ。
 サドル師はマフディー軍という民兵を抱え、イラク戦争後、激しい反米攻撃を行った強硬派のシーア派指導者である。2005年12月の総選挙にシーア派の統一名簿に参加し、ハキーム師が率いるイスラム革命最高評議会(SCIRI)やジャファリ前首相やマリキ現首相が属するダワ党と並んで、主要勢力のひとつとなった。特にシーア派内ではマフディー軍とSCIRIの民兵のバドル軍は、シーア派聖地ナジャフの攻防で衝突したこともあり、敵対する関係だ。シーア派統一連合の首相候補の選出で、ダワ党の候補とSCIRIの候補が競った時に、サドル師派はダワ党を押した。
 サドル師派が政治的に復権したばかりではない。マフディー軍は米軍占領下で反米蜂起を繰り返していたころは、シーア派の中でも「無法者」視されていた。いまではシーア派住民にとって守護者として頼られる存在にさえなっている。さらに昨年2月に、イラク中部のサーマッラにあるシーア派聖地のモスクが爆破される事件が転機となった。スンニ派とシーア派の衝突が激化し、報復合戦になった。マフディー軍がスンニ派地区を攻撃したシーア派の主力であったことは言うまでもないが、対立の状況が強まるにつれて、シーア派の民衆は頼りにならない治安部隊よりもマフディー軍に地域の警備や危険分子の排除で頼るようになる。新年早々のイラクのアッザマン紙のインターネット版を読んでいると、バグダッドでシーア派住民が集まるサドルシティーでは、マフディー軍は地域の警備のために、15歳から45歳までの男性を強制召集し始めたというニュースが出ていた。
 フセイン元大統領の処刑という場に、サドル師派の関係者がいたことは、米国のイラク政策の失敗とともに、同派が現在のシーア派主導政権の中核にいるということを象徴している。シーア派住民の多くは、憎いサダム・フセインに「地獄に落ちろ」の言葉が投げつけられたことに喝采を挙げたことだろう。「ムクタダ」への連呼とあわせて、サドル師派にとっては大きな宣伝効果があったはずだ。
 問題は、なぜ、マリキ政権は米国の反対を押し切ってまで、フセイン元大統領の性急な死刑執行を行ったかである。
 結局、元大統領が裁判で問われたのは、82年に大統領暗殺未遂事件があったシーア派の村で約150人の村人を処刑した罪だけとなった。88年にイラク北部のクルド人の町ハラブジャに化学兵器を使用して住民5000人を虐殺した事件や、91年の湾岸戦争後にイラク南部のシーア派による大規模な蜂起を軍事弾圧して10万人とも言われる住民を虐殺した事件、さらには90年夏のクウェート侵攻など、歴史的な“犯罪”は起訴もされず、真相が明らかにされる機会は永遠に失われてしまった。
 政治的に重要な意味を持つはずのフセイン元大統領が、いとも簡単に処刑されてしまったのは、言葉の繰り返しではあるが、フセイン元大統領が政治的に重要な意味を持つ時代を、完全に過去に葬ろうとする意図である。シーア派にとっては、フセイン元大統領に象徴されるスンニ派主導の旧バース体制との決別と言ってもいいだろう。つまり、現在、政権を主導しているシーア派が、旧バース党勢力と妥協して、スンニ派との暴力的な混乱を収拾するような選択はないことを、元大統領の処刑で明確に宣言したことになる。
 もともとは戦後のイラク体制で、旧バース勢力を排除したのは、米国である。旧政権幹部とともにバース党の幹部、さらにフセイン体制を支えた旧政権の治安・情報機関の関係者を完全に排除した。旧政権の治安と秩序を支えてきた機構を排除すれば、混乱するのは当然であり、米国にはイラク占領に全く準備がなく、場当たり的だったことや、軍事力にたいする過信があったことなどとあわせて、致命的な失敗となった。
 米軍が04年6月に占領を終わらせ、主権委譲の相手として選んだアラウィ暫定政府首相は、治安回復のために、旧治安・情報関係者など、旧政権関係者を復活させ、自らの権力基盤の強化に使うことで、態勢の立て直しを図ろうとした。アラウィ氏はシーア派の世俗派で、自らが元バース党幹部だったが、フセイン態勢の下で亡命を強いられた。その立場は、反フセイン体制ではあったが、反バース体制ではなく、治安や行政の立て直しのためには、旧バース党人脈の復活が必要だと考えていた。
 アラウィ氏は国内のスンニ派の取り込みに成功して、さらに周辺アラブ諸国の支持も得た。その後、米国も、アルカイダを封じ込めるために、旧政権勢力が主力のスンニ派武装勢力への政治参加を求める方針に代わってきた。特に、ハリルザード米大使が駐バグダッド大使に就任してから、その傾向は強まり、シーア派にはハリルザード大使を「スンニ派の手先」と反発する声もでた。
 今回のフセイン元大統領の処刑で、最も打撃をうけたのは、スンニ派勢力や旧政権勢力との政治的な駆け引き材料として、元大統領を使おうとしていた米国や、アラウィ氏であろう。シーア派政権は、元大統領がそのような取引材に使われる機会をつぶすために処刑を早めたのだ。
 フセイン処刑で、明らかになった米国とシーア派政権の食い違いは、出口戦略を探る段階にはいった米国のイラク政策に、暗い影を投げかけることになろう。シーア派政権は旧バース党人脈の復活をゆるすような形で、混乱を収拾する意図は一切なく、あくまで旧体制を力で清算し、シーア派優位の上での秩序の再構築を貫徹するつもりだろう。シーア派は「フセインを処刑すればスンニ派は反発し、状況はさらに悪化する」という世界の危惧や心配に、耳を貸すはずもないのだ。状況悪化は、折り込み済みである。
 イラクで政権を主導するシーア派が、あくまで自力で新秩序の構築をめさして動いている時に、米国には何ができるだろうか。イラクのシーア派の背後にはイランの軍事的、政治的、財政的な影響力があり、イラクでシーア派が覇権を確立することは、スンニ派主導のサウジアラビアなど湾岸アラブ諸国やヨルダンにとっては大きな脅威だ。
 米国には、そのような秩序を受け入れることはできないだろうが、それをつぶすことも出来ない。米国にできることは、そのようなイラク・シーア派に対して関与し続けることである。強大なシーア派を前に米国が支えてきたアラウィ氏や、米国との協調を取り始めたスンニ派勢力を支え続ける意味もある。引くに引けない状況ということになる。
 ブッシュ政権が新たに発表する新イラク政策は2万人程度の米軍増派になると報じられている。混乱収拾のために、旧バース党関係者の政権復帰を求める項目も含むという。何のための2万人増派なのか。イラクの混乱を止めるためには焼け石に水である。意味があるとすれば、米国が逃げ腰になっているという印象を打ち消すことだろう。つまり、イラクに関与しつづけるという政治的な意思を示すための2万人増派である。

------------引用--------------
以上

2007年1月14日

水素の製造

水素を製造するにはどうすればいいのだろうか?
誰でも直ぐ思いつくのは、水の電気分解だろう。確かにこれで水素は作れるが、そうやって作った水素の持つエネルギーは使った電気エネルギーよりも増えることはない。少なくともその水素を使って発電すれば、水の分解に使った電気よりも少量の電気しか得られない。
と言うことは、水を電気分解して水素を作っても意味があるのは、それが電気の消費地への送電が困難な場合に限られるだろう、ということだ。
たとえば陸地から遠く離れた海の上である。そのような場所で、太陽光発電、太陽熱発電、波力発電、風力発電などによって発電すれば、その電気で水素を作り、陸地に運ぶことは経済的に成り立つ可能性がある。
しかし現在の太陽光発電、太陽熱発電、波力発電、風力発電は従来の火力発電よりもコスト高になっている。この発電コストが技術革新によって革命的に安くならない限り、このようにして作った水素エネルギーの価格は現在の化石エネルギーよりも高くつくはずだ。
(設備利用率向上のための夜間オフピーク電力の活用や、風力発電所の系統連系のための出力平準化などを考えれば、別のコスト計算が可能になるだろう。)
一方、化石エネルギーはいずれは枯渇する。そしてその枯渇は、ある日突然に枯渇するのではなく、徐々に採掘が困難になり、遂に取れなくなる、と言う形を取るに違いない。そしてその間に化石エネルギーの価格は高騰すると予想される。そうすればどこかの時点で、高騰する化石エネルギーの価格を、上記の自然エネルギーで作った水素の価格が下回ることだろう。

水の電気分解以外にも水素製造の方法はある。
現在、工業的製造法として確立しているのは化石資源の水蒸気改質プロセスだが、大量の二酸化炭素を放出する。
一方、化石資源を用いない水素製造法としては、
(1) 水の熱化学分解、
(2) バイオマスの変換、
(3) 水の光分解
があるがいずれも技術的に未確立である。
水の熱化学分解
水を熱により直接分解するためには理論的には2,500℃以上の高温を必要とする。しかし、最近1,000℃以下の熱で水を分解する熱化学サイクルが多数提案されている。二酸化炭素を排出しない熱源として、原子炉の核熱や太陽熱の利用も考えられている。
バイオマス
バイオエネルギーを利用したり(燃焼熱、発電、液体燃料など)、あるいは、バイオマスを原料として水素を製造する際には二酸化炭素が発生するが、その量はそのバイオマスの起源である植物が成長する過程で大気中から固定した二酸化炭素の量に等しいので、トータルで見ると大気中の二酸化炭素濃度を増加させない。
乾燥系バイオマスの場合には、基本的には熱化学的ガス化プロセスにより水素を製造できる。この際、反応温度を高めるために、バイオマス自身の燃焼熱を利用する。ただし、水素の他に、一酸化炭素や炭化水素系ガスが発生するため、 これらの副生物の改質や除去が必要となる。
一方、含水率の高いバイオマスの場合には、メタン発酵プロセスが実用化の段階に達しており、生成メタンから水素を製造できるが、発酵に数週間程度の時間がかかる。この他、触媒による水相改質、超臨界水ガス化法、微生物による水素発酵法などが考案されている。
しかし、人口増加と気候変動により将来の食糧難が予想される現在、食糧生産と競合する様なバイオマスは無意味であろう。エネルギー源として利用すべき物は、食用となる部分を抽出した後の滓から取れるバイオマスに限定されると思われる。
例えば、製パン廃棄物等から水素を高効率で生成する「水素・メタン二段発酵技術」
バクテリアが菓子産業から出される糖分を多く含んだ廃棄物を食べる過程で水素ガスを放出する技術
等が提案されている。
また、実際に建設されたものには下記がある。
水素・メタン醗酵実験プラント
嫌気性微生物により生ごみ・紙ごみ・食品系廃棄物を分解処理し、水素ガスとメタンガスを回収する高効率水素・メタン醗酵実験プラント(鹿島建設株式会社、財団法人バイオインダストリー協会)
出典

水の光分解
太陽光の光エネルギーにより、水を分解し水素を生成することができる。最近注目されているのは、光触媒を用いて水を直接光分解する技術である。これまでに、紫外域の光に対し反応する光触媒材料は多数見出されているが、紫外光は太陽光の入射エネルギーの約4%にすぎない。従って、水素を効率的に生成するには、太陽光の入射エネルギーの約43%を占める可視光(波長 ~400-700nm)のできるだけ広い波長範囲に対して応答する光触媒の開発が必要となる。
近年、いくつかの新しい研究成果が報告され、本分野の研究が活発化してきている。しかし、エネルギー効率が低く、実用化には程遠い。実際、他の太陽光起源の水素製造システムと比較して見ても、太陽光発電と水電解を組み合わせたシステムや、バイオマスを育成し水素に変換するシステムよりもエネルギー効率が1~2桁低い。
また、光合成によって水から水素を生成する光合成微生物を介して水素を生産する光生物的水素生産も研究されているが、微生物の水素生産能を大幅に向上させることが不可欠である。
水素製造方法の分類
出典

以上の他に、化学工場がカセイソーダを精製する際に大量に排出される水素の利用も考えられる。

また、石油精製プロセスの中で、原油の蒸留から得られた直留ナフサを原料として、高オクタン価の芳香族を多量に含むガソリンを製造する、接触改質触媒プロセスでは、水素を多量に副生する。
出典

しかし、通常この副生水素の量は灯・軽油の脱硫 程度までは賄えるが、重油の脱硫や水素化分解などを行う場合は水素消費量が大きいこともあり、副生水素のみでは不足するため、水素製造装置が併設されることが多いので、残念ながらエネルギー源として転用できる可能性は少ない。
出典

2007年1月13日

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略新春特別号その2

前号に引き続き、日本にとってのインド洋とは何なのかを、その歴史を通して、検討してみたい。まず、私が年末の号外である、「海洋国家連合のインド洋戦略」や新春特別号その1で述べたことを要約すると、「シーパワーにとっての対外政策は多国籍企業の企業活動そのもの」ということができる。
 これは、我々が通常思い浮かべる「主権、領土、国民」を要素とする従来型の国家像が、実はランドパワーである欧州大陸で30年戦争後に生まれた概念ということを考えれば、大航海時代以降のインド洋の覇者であるポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスは、国家というより、現代的なグローバルな多国籍企業の魁として捉えるべきだということだ。
つまり、シーパワーのエトスが、実は、「主権、領土、国民」の護持にあるのではなく、「交易によるあくなき利潤追求」すなわち「資本主義」にあることを理解すれば、時代によってその扱う交易品が、奴隷であったり、コショウであったり、金銀や原油であったりするかの違いが存在するだけで、その「本質は全く変わらない」ということがいえる。つまり、煎じ詰めて言えばシーパワーの栄枯盛衰とは、多国籍グローバル企業経営そのものなのだ。
シーパワーの本質を多国籍グローバル企業の企業活動と置き換えると、いろいろなことが分かる。彼らの東方貿易とは、つまるところ、マーケティング戦略である、「交易ルートや生産拠点や市場をいかに独占するか」という点で、全く同一なのだ。
そして、「独占」が不可能な場合、「談合」による既得権の相互承認を行ったり、「海戦」すなわち「敵対企業の買収」をしたりする。
シーパワーがその既得権を談合により相互承認した例として、有名なのが、先発のポルトガルと後発のスペインの1494年にトルデシリャス条約、1529年にサラゴサ条約だ。

背景としてポルトガルとスペインによる新航路開拓と海外領土獲得競争が白熱化すると両国間に激しい紛争が発生した。さらに他のヨーロッパ諸国が海外進出を開始したため、独占体制崩壊に危機感を募らせた両国は仲介をローマ教皇に依頼して、1494年にトルデシリャス条約、1529年にサラゴサ条約を締結して各々の勢力範囲を決定し既得権を防衛しようと図った。

その後、新興の英国やオランダといったプロテスタントが盛んに海外進出し次第に先行していた両国を凌駕していった。
談合が不可能で、企業買収(海戦)を行ったのが、1571年にオスマン・トルコ艦隊をスペイン艦隊が撃破したレパント海戦や、1588年には英国艦隊がスペイン艦隊を撃破したアルマダの海戦だ。

このように、談合に訴えるか、企業買収に訴えるかは、その時々の競合状況や企業文化(宗教)等によって規定される。
このような視点でインド洋の覇者の交代を鳥瞰すると、おもしろい法則があることに気づく。それは、「インド洋の覇者は必ず日本を手にいれ、それから中国へ向かう」ということだ。
すなわち、1543年のポルトガル商人の種子島漂着から1593年スペイン領フィリピン総督の使節としてペドロ・バプチスタが到着し、1600年リーフデ号でオランダ人ヤン・ヨーステン、イギリス人ウィリアム・アダムスが漂着してから後、諸国は、明らかに「日本貿易を独占」しようとして、争った。

そして、常に、「インド洋の制海権を支配した最強のシーパワー」が日本を独占することになる。これが、前号で見た、日本とシーパワー列強との間の歴史だ。
つまり、「日本を押さえた勢力がインド洋を支配する」ということもできる。この関係は現代の日米関係についてもあてはまり、「歴史を貫く法則」だといえる。
ここで重要な点は、日本は果たして、上記のような意味でのシーパワーすなわち、多国籍企業であったのかという点だ。私は、そうではなかったと考えている。
日本は端的に言って、シーパワーの極東総代理店であったのだ。そして、日本の支配者は、織田信長以降安倍晋三に至るまで、第一次世界大戦から第二次世界大戦の時期を除いて、常に、世界最強のシーパワーと「独占的代理店契約」及び「OEM契約」を結んでいたのだ。
この点を検討してみよう。例えば、企業のマーケティング戦略にて、販売代理店契約を結ぶことはよくあるが、その際、独占と非独占を明確にする必要がある。

また、独占については、一定範囲の商品や一定範囲のテリトリーに関してのみ独占とする場合のように部分的な独占権を与える場合があり、また、一定購入量の定めを遵守する限りにおいて独占とし、その購入量を下回った場合には独占性を喪失させる等の定めも可能である。

供給者にとって、独占的な販売権を販売に付与するということは、当該商品等の販売店についてその販売店に全面的に依存することとなり、その範囲で自己の事業活動が制約されることにもなるため、独占権の付与の条件については慎重に検討するのが賢明である。
このように考えると、シーパワーは、日本の指導者を常に独占代理店のように扱い、成績が落ちたら、遠慮会釈無く切り捨ててきたことが分かる。
マーケティング戦略に、OEM(相手先ブランド供給)というものがある。これは、営業力をもたない中小の工場が、大手の委託を受けて、製品を開発納入し、委託先のブランドで販売するものだ。営業力がない中小工場にとっては、大手の販売網を利用でき、一定の売り上げが保障されることになる。
この戦略の問題点は、委託を受けた側には、エンドユーザとの接点が無いため、価格設定権をもたず、結果として市場をつかむことはできない。そして、常に販売網をもつ大手にマージンを取られ、かつ、大手に切られたらそこでおしまいということだ。そのため、OEM委託先企業は、独自ブランドの開発を実施し、直接エンドユーザへ販売し、市場を握ろうというインセンティブが存在する。簡単にいうと、大手の下請けから脱皮し、独立企業になろうとするということだ。
日本とシーパワーとの間に、このような関係があり、少なくとも、過去、二回、日本は「独自ブランド」により、インド洋に乗り出そうとした。
一回目は、戦国時代の末期だ。この時期、徳川家康による朱印船と呼ばれる「異国渡海朱印状」という渡航証明書を持ち、安南(ベトナム)、カンボジア、シャム(タイ)、ルソン(フィリピン)など東南アジア諸国との貿易を許可された船があった。
 渡航する船に朱印状(許可証)を与え、外国に対しても朱印状をもった船(朱印船)にのみ貿易を許す。幕府公認貿易である。派船数は、1604年~1635年(寛永12)の約30年間に350隻以上、年平均約10余隻が派遣された。のべ渡航者は、約10万人で、日本における「大航海時代」である。
1540年代より日本に来航したポルトガル船を契機に南蛮貿易が開始され、後にはスペイン船もこれに参入した。そして、この時期、日本人町と呼ばれる、東南アジアに渡航して住みついた日本人によってつくられた町があった。
 
朱印船が頻繁に渡航した安平(台湾)、サンミゲル、ディラオ(ともにルソン)、アユタヤ(シャム)、プノンペン(カンボジア)などには日本人町が形成され、商品の買い付けや売買の拠点となった。プノンペン(カンボジア)・アユタヤ(シャム)が有名である。200~300名から数千人の人口があり、自治制をしいた。

 そして、この時期の日本の朱印船貿易は、当然のごとく、東南アジアの利権を巡って、シーパワーと衝突していく。有名な事件として、ポルトガル領のマカオに寄港した有馬晴信の朱印船の水夫が、酒場でポルトガル船であるマードレ・デ・デウス号の船員と些細なことから口論、そして乱闘となって、晴信側の水夫60名ほどが殺害され、積荷まで略奪されるという事件が起こった。
この事件に晴信は激怒し、直ちに徳川家康に長崎に寄港してくるマードレ・デ・デウス号への報復の許可を願い出た。家康はこれを放置しておけば、日本の国家権威が甘く見られると判断して即座に晴信に報復するように命じた。そして晴信は同年12月12日、マードレ・デ・デウス号を包囲攻撃し、3日後には沈没させるという事件が起きた。
この後、ポルトガル、スペインと死闘を繰り広げていたオランダのヤン・ヨーステンの運動やカソリックの反乱である天草の乱等もあり、幕府は領土的野心を持っていたカソリックと断交し、布教を目的としない、オランダと独占的代理店契約とOEM契約を結んだ。これが、寄港地を長崎の出島に限った上での制限貿易だ。
すなわち、独自ブランドで展開していた、日本人町を見捨て、日本人の渡航と帰国禁止すなわち、鎖国を行ったのだ。
これは、一面では、後発のオランダが日本を独占し、ポルトガル、スペインとの関係を切らせ、なおかつ東南アジア交易から日本を排除したという意味で、勝利といっていい。
背景として、1588年のアルマダ海戦で、スペイン艦隊が英国に破れ、制海権を失っていたことを幕府は当然、知っていたのだろう。
すなわち、この時期、日本には、大きく分けて、三つの選択がありえた。
一つは、独自ブランド展開、もうひとつは、カソリックとのOEM、最後にプロテスタントとのOEMだ。そして、幕府は、世界の制海権をプロテスタントが握ったことを確認し、第三の選択肢を選んだということだ。独自ブランドを展開していたら17世紀中期に、インド洋で、日英海戦があっただろう。実際、二十世紀にそれは、実現したのだが。(ビルマ沖海戦)その場合、当時の世界最強の英国艦隊に日本艦隊が勝てる保障は全くなく、鎖国は、そのことを見極めた上での、見事なパワーバランス感覚だ。

このように、第一次の朱印船と日本人町による日本の独自ブランドによるインド洋進出は、鎖国とオランダへのOEMという形で終焉を向かえ、そのことが、江戸時代の泰平を生んだ。
二回目のインド洋への独自ブランドによる進出は、いうまでもなく、太平洋戦争だ。まず、太平洋戦争の契機について、様々な説明がなされている。昭和天皇陛下は、それを、米国による「対日石油禁輸」と「移民排斥」に求めておられた。確かに、それらも、直接的な理由のひとつではある。しかし、より根本的な理由として、日露戦争後の日本が、OEMであることを忘れ、独自ブランドに拘り、アジア進出を企てたことと、後発のアメリカがアジア貿易に乗り出す意図を鮮明にしたことにあると考えられる。
 英国国際金融資本の支援を受けて明治維新を起こした薩長の下級武士は、元老となり、実質的に日本を支配し、日露戦争を戦った。彼らは、当時の日本政府が、英国国際金融資本の「極東独占的総代理店」であり、「OEM供給契約」を結んでおり、日露戦争もその一環で戦われ、勝利したという意識を持っていた。

しかし、大正期以降、次世代の官僚支配になると、そのような意識は失われ、第一次大戦後は「日本は一等国」になったと過信し、戦略上の過ちをいくつかおかした。それが、ひとつは、米国鉄道王ハリマンによる満鉄共同経営の拒否である。1905年8月、日露戦争の講和会議がセオドア・ルーズベルト米大統領の仲介で開催された。ポーツマス会議である。翌9月締結の講和条約により、日本は中国東北部にロシアが保有していた利権を獲得した。この地での鉄道施設とその経営のために設立された国策会社が南満州鉄道株式会社(
満鉄)だ。

 これに関心を寄せた米国の鉄道王エドワード・ハリマンは、
日米による満鉄の共同経営を呼びかけた。日本政府はこの呼びかけにいったんは同意し「桂・ハリマン覚書」を交わす。が、小村寿太郎外相の猛反対により、最終的に御破産になったいきさつがある。

 日本の変節は米国の目には、中国からの米国排除の意志の表れと映った。事実、その後米国では日本人移民排斥運動が活発化し、日米関係は次第に対立構造をあらわにしていく。

もうひとつは、前号で述べた1905年の日英同盟改定により、インドを守備範囲に含めたことと全く矛盾する、国際連盟の規約に人種差別撤廃条項を加えるよう提案した事だ。白人主導の国際会議において人種差別撤廃を明確に主張した国は日本が世界で最初であったが、英国およびオーストラリアは猛反対した。また、議長役であるアメリカのウィルソン大統領も、採決により11対5と賛成多数になったこの案を例外的に全会一致を求めることにより否決した。フランスは中立だったが、フランスでは人種の違いとは宗教の違いと言う理解が成されていたため、肌の色の違いによる差別という理解が無かった。この会議においてウィルソンが盛んに強調した「民族自決」という考え方は、そもそも欧州域内での戦争の抑止を目的としたものであった。

 植民地支配を根幹とする英国の虎の尾を踏むこのような提案を、明治期の指導者なら、決してしなかったろう。英国にしてみれば、幕末以降、育ててきた代理店に「契約解除」を通告されたと思ったに違いない。まさに、「飼い犬に手を噛まれた」わけだ。
 
このように、当時の最強シーパワー英国と新興シーパワー米国を同時に敵に回すという、戦略上の大失敗を犯し、決定的なのは、1921年ワシントン会議で、米国主導により、日英同盟が破棄され、同盟国を失ったことだ。背景として、アジア(主に中国)貿易参入を目指す後発の米国は、日英同盟が存在する限り、アジア市場には食い込めないと考えたのだろう。これは、上述のように、オランダが江戸幕府を唆しポルトガル、スペインと断行させ、独占的代理店契約を結んだことと全く同じだ。

この会議で成立した四カ国同盟は、日英米仏の四カ国で太平洋地域の現状維持を約したものだ。四カ国が協力して太平洋地域の平和を維持しようということになった。四カ国が協力するわけだから、日英同盟という個別の同盟は不要という論法だ。
しかしアメリカの真のねらいは、英米仏の三国によって日本の太平洋地域における暴走を食い止めようとすることにあった。イギリスの後ろ盾を排除し、三国で日本を牽制したのだ。

 同様にワシントン会議で、九カ国条約と海軍軍備制限条約が締結された。これも日本による中国への利権拡大阻止、アジア太平洋地域における日本の勢力拡大阻止をねらったアメリカの外交政策の勝利だ。日本は、英国の支援が受けられなかったため、アメリカの外交政策に完全に屈した。

背景として、第一次大戦を通じ、英国が疲弊し、米国が伸張していたことにより、当時の内閣は立憲政友会の原敬内閣~高橋是清内閣だが、この政友会内閣が対英協調よりも対米協調路線を取っていたことが挙げられる。

全てが上述のハリマンとの約束違反と国際連盟での人種差別撤廃の提言につきる。もし満鉄をアメリカと共同経営し、日英同盟が継続されていたなら、アメリカはその後の満州建国にも反対しないだろうし蒋介石の応援もしないし、したがって日中戦争もなく中国は国民党政権になっていただろう。

またヨーロッパではユダヤ人の迫害のため中国へ逃れてくる者がいたため、ソ連と満州の国境にユダヤ人の入植地を作ろうとした河豚計画と称する考えもあったようだ、もしこの計画がうまくいっていたなら今の中東のイスラエルとアラブの紛争もなかったかもしれない。
 
このような、戦略上の失敗と、元老という指導者(事実は代理店店長)を失い、官僚国家したため、指導者がいなくなり、長期戦略を失い孤立していった挙句の果てが、日中戦争と日独伊三国同盟という、「日本がランドパワー化する」破滅的大失策だ。

すべては、江戸時代以降、日本は「対プロテスタントOEM提供契約」こそが、国家戦略の柱だということを理解しない、視野狭窄の官僚国家になってしまったことによる破滅だ。

太平洋戦争の歴史的意義についても、ランドパワーとシーパワーの観点から読み解く必要がある。上述のように、日本は明治以来、陸軍はドイツに学び海軍はイギリスに学んだ。両者の戦略はそもそも大陸志向か海洋志向か大きく異なっており、相互の調整や連絡、あえて言えば国家戦略は全くなかった。それでも日露戦争の頃まで
は明治維新第一世代、いわゆる元老(伊藤博文や山縣有朋など)が実質的な陸海軍ひいては日本国家のオーナーとしてイギリスにお伺いを立てながら国家戦略を策定していた。日英同盟(1902年)締結にともなう日露戦争はその最たる例である。
 しかし大正昭和と時代が下がるにつれ、元老という「オーナー」を失い官僚国家となっていく過程で陸海軍両者の意識あわせ、利害調整はできなくなってしまった。いわば官僚制度の弊害が極度に現れたのである。このような流れの中で、私は太平洋戦争開戦を決したのは2.26事件であったと考えている。
2.26事件の史的意義についてであるが、表面的には陸軍皇道派青年将校の決起と鎮圧とされている。しかし、より重大な意義は、それが陸軍上層部が意図していたことではなかったにせよ、客観的には「陸軍が海軍に戦争を仕掛け、昭和天皇が鎮圧を決しなかったなら、陸海は内戦に陥っていた可能性があった」ということである。青年将校の決起直後、陸軍上層はこれを黙認あるいは追認する素振りをみせた。また、海軍は重鎮を殺されたため、戦艦長門を東京湾に入れ、陸戦隊を上陸させたのである。

 結果として、昭和天皇の決断により暴徒として鎮圧され、内戦の事態は回避されたが、以後海軍は陸軍によるテロを恐れるようになり主導権を陸軍に握られていく。
 その後の展開は、昭和14年にノモンハンで陸軍は仮想敵のロシアに大敗を喫し、中国戦線も膠着すると、全ての問題解決を海軍に振った。即ち三国同盟+日ソ不可侵条約(陸軍主導のランドパワー連合)から対英米(シーパワー)開戦である。当初海軍はアメリカとの開戦に反対であった。彼我の工業力の差から勝ち目がないし、
石油をはじめとする戦略資源を英米に依存していたことを熟知していたからである。しかし、対英米戦を想定し、予算や人員を取っていたため、「開戦できません」とは言えず、山本の近衛に対する五相会議での有名な発言「半年や一年は暴れて見せる」に繋がるのである。これは裏を返せば「半年や一年しかもたないから開戦するな」と
いうメッセージを官僚的な保身と修辞でいっただけである。要するに、陸軍に押し切られてしまったのである。仮に2.26事件がなく、何らかの形で海軍主導が確立していたら、英米と連合しソ連と開戦していたであろう。実際、関特演(関東軍特別演習1941(昭和16)年7月7日
独ソ開戦のとき日本陸軍が行なった動員。通称、関特演。6月に独ソが開戦すると日本は対ソ参戦を想定し、7月7日関東軍を動員。兵力を戦時定員に充実するほか、多数の部隊、弾薬・資材を満州(中国東北)に輸送した。この結果、関東軍は70万を越す大兵力となった。)はこの可能性を如実に示す。図らずもこの構図は戦後冷戦と
いう形で実現する。上述の日露戦争と同じく、太平洋戦争の本質とはそのようなものなのである。

 注意していただきたい。日米対立の遠因はハリマン提案の拒否だが、直接の原因を作ったのは陸軍が満州事変からシナ事変へ至る、大陸派遣軍の独走を中央が事後的に追認する形でいたずらに戦線を拡大し、膠着状態に陥った、いわば、大陸政策の破綻である。そのツケを彼らは自ら払う(中国本土から段階的撤兵=責任問題発生)ことなく、全て海軍に振ったのである
(対米開戦)これは我々がいやというほど見せ付けられてきた霞ヶ関の保身と問題先送り、無責任体制と全く同じではないか。薬害エイズ、BSE、不良債権処理と全く同じ「官僚の保身と問題先送り」が戦争の原因で300万の戦没者はその犠牲者即ち薬害エイズの犠牲者やBSEの農家、貸し剥がしにあう中小企業と変わるところはない。
上述のところと矛盾するようであるが、ランドパワーやシーパワーなどというまでもなく、官僚の保身と問題先送りによって太平洋戦争の真の意味は語ることができ、さらにはその結果責任を誰も取らされていない!ことに気づくべきである。わが国政府は今日もA級戦犯はすべて戦没者として扱ってるのであり、今日に至るまで、先
の大戦を総括できてない。
 2.26事件以降陸軍というランドパワーに牛耳られてきた日本であるが、戦後はアメリカというシーパワーによって武装解除され、外交的には、再度シーパワーの一員になった。このことを如実に示すように、いわゆる東京裁判では、海軍関係者のA級戦犯はゼロであり、陸軍関係者が多数、A級戦犯として絞首刑となっている。

戦後も、海軍関係者は海上保安庁や海上自衛隊に採用されたが、陸軍関係者の陸上自衛隊への採用はなかった。戦後の武装解除とは、すなわち、「日本をランドパワーからシーパワーに戻す」ことを企図していたことは明白だ。
ちなみに、海軍とアメリカは、水面下で戦争中から戦後処理と終戦に関して、接触していた形跡がある。

しかし、日本内部には陸軍の残党およびランドパワーが根強く、これが結実しシーパワーに反旗を翻したのが田中角栄以降の田中派、中川一郎、金丸信などであり、鈴木宗男につらなる系譜である。田中による日中国交回復はその白眉であり、彼がロッキード事件により潰された事は、シーパワーたるアメリカが彼の政策(日中国交回復、資源外交)をどう見ていたかを物語る。
 反対にシーパワーは吉田茂、岸信介、佐藤栄作から中曽根康弘に連なる流れである。現在の清和会に代表されるいわゆる台湾派である。田中角栄以来のランドパワーの総本山である津島派の影響力が落ち、こうみてくるとシーパワーにとって、「好ましからざる」ランドパワーが駆逐されていることが理解できよう。ランドパワーにも使い道はある。韓国や台湾には帝国陸軍出身者がかなりの層でおり、かれらとのチャネリングをやらせればいいのだ。アメリカには気づかれない程度で。

余談ではあるが北朝鮮は大日本帝国陸軍の鬼っ子であるという気がする。

このように、日本にとっての「二度目のインド洋独自ブランド進出」は戦争によって拒否され、失敗した。
結果は、17世紀の鎖国と同じ、日米同盟という、「対プロテスタントOEM」に落ち着いたのだから、鎖国を選択した二代将軍徳川秀忠と戦争を選択した首相の東条英機は、どちらが優れた戦略家であったのか、議論の余地はない。

私が何度も指摘したように、17世紀と20世紀において、「歴史のパターンは繰り返したのだ。」欧州において、17世紀の三十年戦争と20世紀の第二次大戦がともにドイツを主要舞台として、繰り返されたように。

 -次号に続く-
以上


2007年1月12日

水にまつわる物語(二)

非政府系の政府とは何か

地球を復元するプロジェクトを始めるには、要するにアメリカがやってきたことの逆をやればよい、ということがこれまでの報告を見れば分かるだろう。ドルをローカル通貨に戻して新しい中立・中性の機軸通貨に変更する、というのがこれから生まれる革命政府の実行するべき二番目の仕事になるだろう。できてしまった偏りをなくすためには、軸足を国家にではなく惑星の上に置かなければならない。革命政府とは言うものの、実態は国境を超越した民間の非政府系組織の集合体のことである。(表現上の撞着は現象界の通弊なのだ。「無」を説明するのに、その言葉を存在させた状態を以て証明する以外に方法というものがない。ミンコフスキーの時空間には、不整合性というものが仕込まれている) 国境線に拘束された国を代表する組織という形ではなく、惑星を代表する組織であればその出自が何であったとしても差し支えはない。この惑星にできている不具合の殆どは、ドルが起源となって生み出したものだった。

【地球政府が着手すべき最初の仕事というのは、水素エネルギーシステムを供給するという事業である。エネルギー資源の供給事業抜きで地球政府を樹立しようとするのは、無謀な行為だ。水色革命の中核となるものがプログラムに装備されていなければ、求心力を引き出してアメリカが生み出した誤りを反証することはできない】

国連が国の集まりであったのに対して、水色革命が生む地球政府という未知の組織体は、枠の制約に捉われない茫漠とした意識の集合という形態をとるだろう。内外を隔てているものは国家であれば国境だったが、惑星にはそのハザマとなる部分はみあたらない。国境の内側を代表するのが、これまでの政府という概念であった。水色革命でいうところの地球政府とは、惑星を代表する意識の集合体のことである。従って、国境線による制約からは完全に解放された状態を保つ存在となる。特定の国に偏ることなく、一定レベルの認識に基づいた判断が可能になっていれば、国家による対立の原因を生まない滑らかな活動を行うことができるようになるだろう。平和を求める人の意識を繋いでネットワークを構築し、究極のエネルギーである水素の資源化を実現してその手段とする。水の惑星と呼ばれる地球の回復は、地球政府の成立時期如何にかかっている。その中核となるのが、水素エネルギー供給にかかわるハード成分とシステム化のための方法なのである。


なぜ国連ではダメなのか

国家という枠組みを残したまま新しい組織へと移行しても、グローバルな課題を扱うための健全な機能を引き出すことはできない。地球政府は国家の利益を代表するものではなく、惑星の利益を代表するものでなければならないのだ。国家は国家のままであった方が、国民の具体的な利益に適うだろう。国のアイデンティティは、外交交渉では欠かすことのできない要素である。国家という枠の中で従来通りの責務を果すというのが、政府としての本来の義務なのだ。ここでいう地球政府とは、国家を代表する政府にはできなかったことを実行するための暫定組織なのである。水素エネルギーシステムの供給をその手段として、あらゆる民族が繁栄するための文明の基礎となることを目指すべきであろう。平和な状態を保っているためには、健全な経済成長が維持されている必要がある。国境を超越した活動ができる状態を保つためには、既存の政府が備えている形に収まっていてはならない。国連は、国の利益を代表する機関の集合であった。調整するための機能が備わっていても、変革を進めて状況を改善するという能力が備わっているという訳ではないのだ。(京都議定書は温室効果ガスの排出削減を期限までに実現することはできない) 地球政府はどこかの国の一部を借りて、そこに独立した統治地域を樹立して活動するのがよいだろう。国連本部がニューヨークにおかれているのは、はじめから平等性を放棄するというメッセージを世界へ伝えているようなものだった。常任理事国という特別な国が存在する、ということからもわかるだろう。

独自の通貨を新たに発行する必要があるというのは、現在の機軸通貨であるドルが問題の根源になっていたからである。他の国がアメリカと同じことをやろうとしても、それは不可能な話なのである。機軸通貨としての能力は、あらゆる地域と国家で通用するという普遍的な価値をもっていなければならない。ドルには、石油という価値の裏づけとIMFによるSDRという資本の裏づけが与えられている。文明の基礎はエネルギーの確保にあったのだ。しかし、炭素というエネルギー資源を採用した結果、地球がもっていたエコシステムに重大な影響がでてしまったのである。温暖化による気候の変動は、その結果であった。水素エネルギーでなければ、新たな時代の指導的な役割を果すのは不可能なことなのだ。また水素であればよい、という訳でもないのである。経済合理性が備わっていなければ、水素であっても資源としての価値は消えてしまう。安全で且つ低廉な水素エネルギーを制御する能力をもたない限り、この惑星に進化を生み出すことはできないのである。


平和本位制は文明の基礎

水素エネルギーシステムの供給は、平和本位制という枠組みに基づいて実施されなければならない。地球政府と呼ぶべき民間の組織が発行する通貨(名称未定)は、軍事費の負担率の差で交換比率が決定されるだろう。軍事予算の少ない国なら、最も有利な条件で新通貨と交換できるようになるという訳である。軍事大国は、当然ながら最も不利な価格で水素エネルギーシステムを導入しなければならない。水素エネルギーシステムによって得たクリーンエネルギーで生産した製品に価格差がつくことから、軍隊のない国に最も有利な経済条件が与えられるという社会構造が作られる。後れていた経済成長を取り戻し、先進国に追いつくには現在の貧困をアドバンテージに換えてやればよいのである。水素エネルギーで経済発展を目指そうとするなら、先進諸国はまず軍事予算を率先して減らさなければならない。経済格差を縮小均衡させるには、平和本位制という枠組みを採用するのが最も効果的な方法なのである。

通貨の選択が平和を導くものであることが理解されると、再生産に繋がらない破壊のための投資をしようとする国は減ってゆくだろう。生産性の高い仕事が重用され、付加価値の落差と品質との総合力で製品が評価されるようになるはずだ。優れた産物がより優れた産物を生む好循環がものの価値を高めるようになってゆく。このような循環にはいると、文明の質はひと際高まることだろう。エネルギー消費にコストが発生しなくなれば、市場が拡大して生産は刺激され、経済をより活気づかせるようになるのである。生産性が向上すると、余暇時間と可処分所得は共に増加する。これが人類の進化を促す方向へと作用する。文明は花開き、より高いレベルの生活を楽しむような暮らしが当たり前になっていくのである。余裕は豊かさを導き、豊かさは余裕の質に影響を与える。労働の歓びや消費の楽しみなどは、文明を育むメリハリを人類に与えるだろう。この段階になると高い認識が生まれ、無意味な消費は擯斥されるようになっていく。経済不均衡を均して条件などの平等化を進めていけば、国家間にあった経済格差は徐々に縮まっていくようになるだろう。


新通貨発行の権利と義務

水色革命の基礎となる水素エネルギーシステムは、平和本位制に基づいて地球政府という第三者組織が直接供給するべきだ。決済方法は新通貨を以て行い、その国の経済が活力を取り戻すまでの間、相対取引で行うのが市場規模の拡大に繋がって行くだろう。水素を製造する装置はいくらでもある。だが、高い生成効率と安全性、安定性があって且つ備蓄供給までが単一のシステムとなっているものでなければならないのだ。マスタープランをもっている地球政府以外には、できないことである。そのノウハウは日本の中で現在眠っている状態にある。システムとして統合された水素エネルギーを供給するという事業は、全体で一式となるものである。このため、単独で一部分だけを切り出しても経済効果というものは引き出せない。炭素エネルギーを代替する能力にも欠けるので、原油相場が急騰しない限り経済合理性は得られない。炭素エネルギーより低廉な水素資源でない限り、「水克炭」という効果を引き出すことはできない。地球政府が独自の新通貨を発行できるとするその根拠は、誰にもできない高効率の水素エネルギーシステムのノウハウをもつということにある。その上で事前にプログラムしてあるプロセスを適宜打ち出していけば、追随してくることができる企業は最終的になくなってしまうだろう。

地球政府は惑星の利益代表となるため、水素エネルギーの供給を拒むことはできない。だが、究極のエネルギーを平等に分配しなければならない、という義務があるという訳でもないのだ。そこで、この星の秩序に影響を与えている軍事費の割合をみて、適切なレートで水素エネルギーシステムを供給するということになるのである。つまり、平和を実現するためにどれだけ有効な努力をした国なのか、ということが交換レートを決める評価基準になるということなのだ。地球政府が得た外貨は、その国に再投資するためにだけ当面使われるだろう。アメリカは、この再投資に回すべき資本を軍事力の増強という手段に使ってしまったのである。この恣意的な行動が軍拡だけでなく、核の拡散までをも実現させてしまったのだった。アメリカがやってきたことを廃して、やらなかったことをこれから実行すればよいということが、やがて誰の目にも見えてくるようになるだろう。平和本位制が定着するまでの間、ドルの役割の一部も残しておく必要がある。ワーストケースであるハイパーインフレがおきると、ドル資産をもつ世界の国々と組織や個人を直撃してしまうようになるからだ。


地球政府の担当分野

新通貨を発行することにより、ドル本位制が生み出していた多くの問題を地上から一掃してしまうことができるようになる。その手段となる水素エネルギーシステムは、温暖化防止効果を発揮して気候の変動をもとの安定な状態へと連れ戻すのだ。つまり、最終的に地球のエコシステムを復元するということなのである。そのプロセスを一段階ずつ実現していくことによって、国際政治の舞台から軍事支出を減らし平和の実現を近づける効果を引き出だしてゆく。経済力が備わっていなかった国には、これまで先進国だけが得ていたのと同様の優位性が与えられるだろう。軍事力を持ち続けようとする国からは、経済力が次第に失われていくようになるということなのだ。このプロセスを設けることによって、相互間の認識を統一する効果が早く得られるようになるのである。経済に均衡状態が成り立つようになると、軍事力の保持はマイナス方向へと作用するより強い要因へと変わっていくのである。

ドルの弊害は、これまでのレポートで概観してきた通りの状態を「今」だに維持している。現象として生起している問題の多くは、IMF体制によるドル経済圏の中でおきていたことなのだ。水素エネルギーの普及が進みだすと、ドルの需要が減るのは石油・ドル本位制の宿命である。これを回避する術はない。ドルの供給が増え過ぎてどんな結果を惹起したのかということは、これまでに繰り返し何度も言及してきた通りである。ドルの買い手があるうちはドル安効果を引き出せても、ドルの値下がりがある閾値を超えてしまうと、その通貨を必要とする買い手そのものがいなくなってしまうのだ。この段階でドルの暴落が起きるのである。ドルは、既にその発行残高が過剰と言われるほどにまで多くなっている。石油の需要が減れば、ドルの価値は下がりだす。そして、ついには止まらなくなってしまうのである。ドル資産はリスクそのものだった、ということがその時になって漸く目に見えるようなものになる。地球政府が発行する新通貨は、ドルがやったような過剰流動性を生み出すことはない。アメリカの行為に学べば、不具合を消して合理性がすぐにでも生み出せるようになるだろう。


新通貨の価値を裏づけるもの

平和本位制は、ドルの機能を代替する能力をもっている。価値の裏づけとなるものは低廉な資源である水素エネルギーの安定供給と、平和の実現による財政収支の改善である。軍事予算を減らすことができれば緊張が解け、歳出項目を再生産のための予算へと振り替えることができるようになる。新通貨の発行を担当する地球政府には、水素エネルギーシステムの供給をその手段として平和を実現する機会が与えられるだろう。通貨交換のレートを定めるための決め手となるのは、その国の財政収支に占める軍事予算の割合なのだ。軍事予算がゼロであれば、最も有利な交換レートを適用することができるようになるのである。財政が健全化されていれば、その国には経済リスクというものがなくなっているはずである。軍隊が企業化した民営の形態をとっていたとしても、それが産業として成り立っている地域には、水素エネルギーの供給は同じ条件でなされるようなことはない。平和の価値を理解した国にだけ、究極の資源である水素エネルギーシステムを有利な条件で提供することができるのだ。これは、地球政府がもつ基本的な義務の一つなのである。

地球政府は、平和本位制のもつ意味を認識した当該国の特定の組織に、その推進業務を依託するだろう。水素の供給を事業とする者は数多く誕生しているだろうが、システムとして評価に耐えるものでなければ合理性がなく最後まで生き残ることはできない。核となる水分解装置がなければ、平和本位制の実現は困難だ。水素エネルギー供給システムに価格競争力がなかったら、通貨の発行権など本来生み出せるはずがない。温暖化が進めばエコシステムが破れるため、生命を維持するサイクルであった食物連鎖も機能しなくなるのである。地下資源は有限であるため、希少価値が高まるに連れて奪い合いなるという展開が高い確率で予測されている。豊かであった地下資源の底が見えてくれば、より深いところの資源を採掘する必要がでてくるだろう。温暖化対策では将来炭素税の導入もあり得る。水素と炭素のエネルギーコストは、益々開いてゆくことになるだろう。炭素エネルギーから経済合理性が失われてゆくのは、火を見るよりも明らかなことなのである。


循環再投資による螺旋形の成長

アメリカがやった失敗の実例に学ぶと、通貨交換で得た外貨はその国の繁栄に限定した再投資を行い、資本の循環を増幅させてやればよいということが分かるはずである。アメリカが得てきたドルによる資本の攻勢は、その国を繁栄させることを無視して米政府による軍事費の充当へと使われてきたのである。ドルの求心力を善用していれば、市場全体が拡大してアメリカが得ていたものも更に拡大することができていただろう。ドルによる利潤の回収を一旦先送りしてやれば、その国の潜在市場を扶育して購買力を増やすことができていたのである。(中国の経済政策の成功がその証明である。消費市場の拡大が求心力を引き出している) このような展開を形作っていくようにするならば、世界中から貧困をなくすことができるようになるのである。資本の論理を極めてゆくと、自分の毒で自らの成長を止めてしまう自家中毒の状態に陥るのだ。外来種の植物が繁茂してもやがて枯れてしまうのは、毒性が強すぎて自らの生命力が失われてしまったからだった。戦略的なファンダメンタルズの動向をそのまま放置していると、拡大基調が飽和して収束へと向かう時を早めるのである。その予兆を、反米国家の簇生という最近の傾向にみることができる。ドル経済圏という枠組みは、エネルギーの枯渇で頓挫するという終末期をほどなく迎えることになっている。温暖化が進めば、更に早い生命の終焉が待っているのである。

実のなる種は、大きく育ててから収穫を行うべきである。成長させる喜びと育ったものをみる楽しみを味わおうとしないドルという名の集金システムは、南北問題を深刻化させて軍事費の増加を一掃拡大してゆくものになってしまった。イラクでの駐留期間が長引いているため、米政権には深刻な資本の必要性が生まれている。ドルがこれまでに導いてきた国際経済というものは、常に拡大を目指すことを義務付けられているのである。経済成長とは、規模の拡大を意味するもののことなのだ。目先の利益の回収に躍起になっていると、長い焦点でものを見ることができなくなる。国際社会に今できている軋轢の殆どは、余裕が失われたことによっておきたことなのである。平和本位制の導入によって文明が復活すれば、エネルギーは自在に作り出せるようなものとなり、貧困の状態は短期間で改善されるようになってゆくだろう。

インディアンスタンダード

グローバルスタンダードが多文化の溶け合った1つの形(メルティングポッド)ではないことが日本人には理解しにくい。ほとんどの日本人はみんなが英語を解してみんながアメリカ発のファッションをし、アメリカ企業のトレンドを追いかけ模倣することがグローバルスタンダードに繋がると心底から信じ切っているからだ。アメリカの欠点が浮き彫りになりつつある今、アメリカンスタンダード=グローバルスタンダードを標準にしていていいのだろうか?そもそも世界中で通用する基準(規格やルール等)が1つのシェイプとなること事態がおかしい。今回はインディアンスタンダードとかアラビアンスタンダードを中心に独自のスタンダードがその世界ではグローバルスタンダードになることを書く。アメリカンスタンダードもグローバルスタンダードの一つでしかないのである。

ベジタリアン率の高い国や認知されている地域では菜食主義の実行は容易である。ベジに愛のあるレストランもお店も多いので肩身の狭い・・・どころか何も食べれるものがない?!という状況にならない。私も東南アジアでは道教や仏教等の影響のある国々で斎マークや卍マークのお世話になった。ちょっと高級な素食館『霊芝Ling Zhi』というレストランから街角のホーカーズのvegetarian foodやスーパーで購入したVegetarian缶やvegetarianインスタントラーメンまで。アラブの国々も過ごしやすい。それはたぶん、いや絶対世界最多のベジタリアン国民を誇るインド人がたくさんいる効果だ。インドのマクドナルドにはベジタリアン向け商品もあるようだ。マクドナルドは世界中どこでも同じ味~同じメニュー♪というアメリカを信じている日本人はアメリカンスタンダードで独自のメニューがバーガーメニューの半数を占めることはない。ところが、インドのマクドナルドはベジ6種、ノンベジ6種という具合でアメリカにインドが合わせたという感じはしない。マクドナルドと言えばアメリカ代表なのにむしろインディアンスタンダード感が強い。

『インドのマクドナルド ベジタリアン商品』より

ベジタリアンはひ弱そうとか思っている方、ご存知インド人はとてもパワフル・・・というかインド人はとってもインド人という感じである。インド人と言えばヒンドゥー教と思う人も多いが実際インドの宗教は戒律上肉食をしない。と言ってもタンドリーチキンでわかるように全員ではないが、それでも国民の30%くらいはストリクトなベジタリアンと言われ、他の人も50%以上は毎日毎食肉食をしているわけではないという。ヒンドゥー教徒の上位カーストは特に菜食なのでインド料理にはベジタリアン向けの多彩で豪華な料理が発達している。卵も脂もゼラチンも使わないが、乳製品は多用される。各種豆類、穀類、ナッツなども多用され、質素でも低カロリーでもなさそうだ(かといって高カロリーでもなさそうだしインド料理の後はトイレですっきりできる)。インド人はたんぱく質は豆類と乳製品(パニールと呼ばれるチーズ等)からしっかり摂っているようだ。パニールの作り方 パニールは家でも作れるチーズのようだが、ちょっと手間がかかりそうだ。パニールは下の写真のカレーに浮いている白い四角いもの。

本場インドではベジタリアンとノンベジタリアンの席が分けられているレストランもあるそうなのだが、なんだかカースト制度そのものと同じ臭いがする。カースト制というと学生の頃非常に酷い身分制度の1つとして学んだ。確かに世襲した身分が低かったらいきなり勝ち組にはなれない。いいバラモンに仕えてカルマを落とし来世はカーストを上がろうとするのでバラモンに逆らうことはめったにない。しかし日本のように、またアメリカのようにどんな環境で生まれようが、親の七光りと同じステージで自由競争させられるわけでない。アメリカンスタンダードは民主主義であるが、インディアンスタンダードの民主主義とはシェイプが違う。文盲もいればIT技術者もいる、オフィスで西洋人と英語で仕事をしている人もいれば、道端で寝ていたりガンジス川で沐浴している人もいる。それでもインドはインディアンスタンダードで成り立っている。10億人は軽く超えるインド人がグローバル化した代表でないわけはない。中国人はどこにでもいるが、インド人は比較的中国色の薄いアラブも含めて本当に世界中でどこにでもいる。日本は少子化を懸念しているが、インドに縮退の傾向は見られない。年齢別にもピラミッドが成り立っている。逆ピラミッド社会となりつつある日本はどうせ真似するならアメリカンスタンダードではなくインディアンスタンダードかもしれない。日本にもアメリカにもカーストという言葉がないだけで格差社会は存在する。金持ちの子供がいい教育を受け、貧乏人には貧乏から容易に抜け出せないのは一緒である。アメリカンドリームやサクセスを信じている日本人はおバカである。

ヒンドゥー教は国民の80%以上、ムスリムも多い(世界第2位?のムスリム人口の国)...ノンベジも鶏肉か羊又は山羊肉という肉事情なので菜食の方が当たり前といった感じなのだろうか?インド人が肉食中心だったらあの凄い人口を支えることは不可能だろう。ベジタリアニズムを唱える人には世界の食糧問題を解決するにはベジタリアンとなることが有効だと考える人がいる。そういう意味ではインド人は宗教的に菜食をしているつもりでも特にバラモン階級はベジタリアンであることで下の階級から食べ物を奪うどころか支えている。まぁインド人の中にもインドでは元来ベジタリアンでもベジタリアン少数派の地域ではお肉を食べている人もいるようなのでインド人=ベジタリアンかどうかはわからないがベジタリアン率の高さはやはり世界一だ。日本ではインド料理店でもあまりベジタリアン料理を食べる機会はない。日本人相手に商売するなら肉有りがいいと思っているのかもしれない。私もノンベジであった時からインド料理が好きだったが、あくまでタンドリー類を含む肉食のインド料理だった。それでもインド料理店ではダール(豆)カレー等も楽しめるし、日本にいても本格的なインド風のレトルト商品や冷凍食品が買えるようだ。

宗教からのベジタリアンの表でも例外なくその菜食主義を貫いているジャイナ教徒は敬虔な信者となると「葉・茎・豆」だけを食べる生活をしている。人参も大根も大蒜も玉葱も根菜類は食べない...植物殺生すら避けようとするのでメインボディーである根菜を食べないことと土中の虫等の動物を殺さないように気を使うからだとか。蜂を殺してしまうかもしれないので蜂蜜も摂らないそうだが、ここまでくると即身仏希望者に見えてくる。日本でも即身仏というミイラがあるが、入定という観念とごっちゃにしてしまってはいけないけれどインドでも尊敬に値する行為なのだろうか?と言ってもこれは非常に危険だと思う。悟りを開かず?こちら(現世)で普通に暮らしたい人にはベジタリアンの原理主義者にはなって欲しくないのが私の考えだ。動物が可哀想で食べないという理由も悪くないけれど栄養失調で不健康になるのはいけない。

マレーシア航空のベジタリアン機内食のカレー(左)、帰りの便の機内食(右)はカレーではなかった。

ベジタリアンコラムを第1回第2回第3回と書いてみたが、私は健康状態もよろしくラクト・オボ・ベジタリアンという卵も乳製品もOKの厳格でない菜食を楽しんでいる。ある人にベジタリアンをカミングアウトしたら「そんな歳でするの?私の知ってるベジタリアンは65歳で...」と言われてしまったが、お年寄りになったらどっちにしろ肉をガツガツ食べれなくなるのだから今こそベジタリアンしてるのが正解だと思う。何も歳が密接に関係していると言わないが、食も細くなりいろんな栄養を野菜からモリモリ摂れなくなるなら、ガリガリで摂食障害なら肉食も生きる術としてしても悪くない。しかし便秘だとか言いながら肥満に悩むのなら楽しんで菜食するのは悪くない。ベジタリアン料理のレシピを載せているウェブサイトではベジタリアンが幅広い料理を楽しんでいる様子がうかがえる。お年寄りが肉食を避けて病気になるのは、ベジタリアンだからではなく偏食が原因だと思われる。料理も面倒になり同じようなものばかりを食べ続けていればそれが肉だろうが野菜だろうが栄養が足りなくなるのは当然だ。インドで飢饉の時に同じ種類の豆ばかりを食べて死んだ人がいるというのとあまり大差ない。その豆が悪いわけではなく豆の他にいろいろと食べなかったことが悪い。いろいろ試して世界のベジタリアン食の世界を知るのは悪くない。アラブで食べたアボガドとキュウリのお寿司、カッパ巻きではなくベジタブルロールだったかな?日本では見かけないが、アボガドの入ったお寿司は海外によくある。わさびの苦手な人も同じ緑でもアボガドなら平気。ベジタリアンになったらお寿司をオーダーする機会なんてないだろうと思っていたけれどしっかりワサビ醤油で食べることができた。日本のレストランでカッパ巻きだけを頼むのには勇気がいるかもしれないが、海外ではベジタリアン対応なのかれっきとした一品である。

スペインで18時頃に夕食をしようとしてもほとんどのレストランがまだオープンしていなかった(スペインのディナータイムは遅い)のと同様にイスラム圏にはアラビアンスタンダードもある。カンドゥーラ(白い男性用の服)やアバヤ(黒い女性用の服)をナショナルは着用しているし、銀行時間は昼1時に閉まり、17時から21時に再会するという具合である。昨年はイスラムの休日で9日間も連休があり、その間オフィスに電話やFAX等の連絡もつかなかった。それでもこれはアラビアンスタンダードであり、ここに適した標準であるのだろう。

アラブ系のお店では必ずと言っていいほどメニューにある豆のペースト。名前はハマスとかホモスとか。パンにつけて食べるとおいしい。

世界は広い、私はベジタリアンという日本では少数そしてあまり良く思われていない視点から、菜食という食文化の視点を中心に世界を見てみた感想を書いた。しかし食べ物1つとっても世界は広かった。90年代にアメリカが市場主義、グローバリズム、情報革命といって世界アメリカ化計画をして自由と民主主義の帝国を作ろうとしたもののそれは明らかに失敗している。日本においてはアメリカンスタンダードがまかり通った国ではあるが、今にも崩れてしまいそうなのは誰もが感じている。日本人は世界標準がアメリカ標準だと思っている人が多い。社会のトップにおいても街中の若者においても等しく勘違いをしている。私もインディアンスタンダードやアラビアンスタンダードに驚いた人間なのだから勘違いをしていたメンバーの1人である。多数派にいると見えないものもあるものだ。果たして日本がグローバルを肌で感じて勘違いだったと知るのは手遅れにならないだろうか。アメリカの言いなりとなってアメリカ式生活、特に食生活を真似するのは危険でしかない。アメリカは戦争の後始末を自ら請け負って自滅していることに日本は気づきながらアメリカの戦争による経済の後始末を請け負っている。アメリカンスタンダードと一緒にずぶずぶと沈むつもりなのだろうか。アメリカンスタンダードはグローバルスタンダードの1種である。しかしこの標準がいつでもどこでも通用するわけではない。現在の日本やアメリカでは改良しなければならないポイントが露呈している。

日本人は韓流のようにブームが大好きだし真似して改良して優れたものにするのは得意分野だ。インディアンスタンダードも教育面(19×19までの九九の暗記など)で注目を浴びている。アラビアンスタンダードはまだまだ遠いようだが、アラビアンスタンダードとインディアンスタンダードの共通点はコミュニケーション能力だ。どちらも商売がうまいというか口がうまい。そしておしゃべりが大好きだ。油田を断られたのは日本のシャイな部分が裏目に出たとされるが、そこでしつこく交渉したりコミュニケーションを取らないことが原因のような気がする。以心伝心や長年の付き合いではなく、話し合いができるかがグローバル化の本来の目的ではないだろうか。グローバルスタンダードの一つとしてのアメリカンスタンダードはもう十二分である。アメリカンスタンダードとは正反対ともとれるインディアンスタンダード。人口密度が高くて身分制があって多神教で菜食主義なインドの標準が日本には実にフィットしている。もともとの日本人の生活、環境を考えてみると日本はアメリカよりもインドにずっと近い。無理に西洋化をする時代は終わった。インディアンスタンダードを一つの候補と考えればジャパニーズスタンダードの創造も可能だろう。

2007年1月11日

水素文明を語る(7)

北海道大学名誉教授で触媒化学の世界的権威である市川勝博士と永井俊哉による対談。水素をいかにして作るか、いかにして運搬し、貯蔵するか、いかにして燃料電池で発電させるかについて語り合う。

2007年1月10日

電子書籍の時代

グーテンベルクによる活版印刷技術の発明以来、紙の本は、知のメディアとして重要な役割を果たしてきた。しかし、他方で、紙の本を製造、運搬、保管するのに、多くの資源が消費され、かつ半数近くが売れ残り、破棄されているというのも事実である。電子書籍の普及は、資源の節約という観点からも、重要である。

1. 電子書籍とは何か

電子書籍(ebook)とは、紙とインクの代わりに、電子媒体で読む出版物であり、CD-ROMでパッケージ化された商品も電子書籍に入れることができるが、省資源という観点からして(同時に経済的観点からしても)最も望ましい電子出版の形態は、インターネットを用いて、生産、流通、消費のすべてを電子媒体内部で完結させる方法である。

2. 電子書籍のメリット

電子書籍には、次のようなメリットがある。

2.1.生産者にとってのメリット

  1. 品切れ・返品などの在庫問題が発生しない
  2. 製本・配布・保存コスト削減→利益率を高くすることができる
  3. 出版リスクが低い→新人の参入障壁が低く、実験的試みも容易
  4. 音声・動画など紙媒体では不可能な表現ができる
  5. 本格的に普及しても、紙媒体ほど資源を浪費しない
  6. 読者からのフィードバックを容易に受けることができる

2.2. 消費者にとってのメリット

  1. 作品の単価が安い(少なくとも潜在的には安くできる)
  2. ネットにつながっていれば、いつでもどこでも購入できる
  3. 消費者の手に届くまでの時間が短い
  4. 検索や辞書機能に優れる
  5. フォントの大きさや読み上げのスピードを変えることができる
  6. 書き込み・コピー&ペイスト・翻訳・点字化など編集が容易
  7. 大量の情報を保存してもかさばらないし、重くない

3. 電子書籍のデメリット

他方で、紙の本と比較して、電子書籍には、以下のようなデメリットがある。これらのデメリットは、本質的なものではなく、以下のような解決策がある。

電子書籍のデメリットデメリットの解決法
不正コピーによる著作権侵害定額式超流通
携帯性に劣る端末のウェアラブル化
直観的な一覧性が低い検索力の高さで代替
解像度が低い技術的に解決可能
眼が疲れるCRTから液晶へ
眼が疲れたら、音声で聴読
端末不良によるコンテンツの消滅バックアップ
フォーマットが統一されていない互換性を高める
在庫が少ない普及すれば解消する

電子書籍の本質的な問題点は、デバイス(読取装置)への依存性の高さである。紙の本は、何もデバイスがなくても直接読むことができるが、電子書籍は、デバイスがなければ読むことができない。かつてワープロ専用機で使っていたフロッピーディスクのデータの大半を、今日読むことができなくなっているように、今日読むことができる電子書籍も、何十年かすれば、読むことができなくなる可能性が高い。紙の本と比べた電子書籍のデメリットの多くは、技術革新によって克服できるが、デバイスへの依存性が高いがゆえに読むことができなくなるリスクが高いという欠点は、むしろデバイスの技術革新が進めば進むほど、顕在化する。

もちろん、デバイスの進化に合わせてコンテンツを新しいフォーマットにコンバートすればよいわけだが、これにはコストと手間がかかる。こうした作業は、読者や作家などの素人が個別的にやるよりも、出版社が、自動化したプログラムで一斉にやった方が効率がよい。電子出版によって中抜きが進んでも、コンテンツの管理を専門的に請け負う出版社が、依然として必要であるゆえんである。

4. 専用端末はなぜ売れないのか

松下は、2003年に「シグマブック」なる電子書籍専用端末を開発し、翌年には、ソニーが「リブリエ」なる電子書籍専用端末を発表した。家電メーカーの双璧が参入したことで、当時「2004年は電子書籍元年」などともてはやされた。しかし、シグマブックもリブリエもほとんど普及していない。電子書籍専用端末はなぜ売れないのだろうか。

書籍、音楽、映画という三大情報商品のうちで、デジタル化した時最もサイズが小さいのは書籍である。デバイスの容量は時間とともに増大するので、書籍、音楽、映画の順でデジタル商品化が進んでもよさそうなのだが、実際には、書籍は一番最後である。最初にデジタル化されたのは、音楽であり、レコードはCDに、カセットテープはMDに置き換えられた。次に映画のビデオテープがDVDに置き換えられた。しかし、本のデジタル化は、辞書を除いて、ほとんどまだデジタル化されていない。

このように、紙の本だけは、いつまでも生き延びることができる理由は、前節で述べたように、紙の本には、消費するのにデバイスが不要であるという強みがあるからである。他のアナログメディアにはこの強みはない。レコードやカセットに耳をあてても音楽は聞こえない。ビデオテープを凝視しても、映画は見えない。どうせデバイスに依存しなければならないのなら、クオリティが高くて、ランダムアクセスが可能で、編集が容易でなど、いろいろメリットがあるデジタルメディアの方がよい。そして、いったんデバイスの新しいデファクトスタンダードが優位になると、人々は、雪崩をうって、新しいスタンダードに移行する。音楽と映画では、こうして、デジタル化が進んだ。

ネット配信でも最初に成功したのは、音楽であって、本ではない。アップルコンピュータ社が2003年4月から始めた、「アイチューンズ・ミュージック・ストア」では、有料の音楽配信サービスは順調に普及している。その一方で、米書籍小売会社 大手の「バーンズ&ノーブル」は、売上不振を理由に、電子書籍のオンライン販売から撤退した。

音楽の場合、コンテンツがすでにデジタルであるので、店でCDを買っても、オンラインでダウンロードしても、消費者が手にする商品は同じである(少なくとも互換性がある)ので、消費者の関心は、いかにインターネットを用いて流通を合理化し、購入コストを下げるかだけに向かう。ところが、本の場合、オンラインで購入する電子書籍とオフラインで購入する紙の本とでは、消費者が手にする商品が異なっていて、互換性はないも同然である。ダウンロードしたMP3の音楽ファイルをCD-Rに焼いたり、購入したCDの音楽をパソコンでリッピングしたりする手軽さで、消費者が紙の本と電子書籍の間で文字データをコンバートし合うことはできない。

音楽の場合、ゴールは同じで、そこに到達するまでの道筋の優劣だけが問題であるのに対して、本の場合、ゴールが異なるので、道筋だけでなく、ゴールの優劣までが問題となる。それゆえ、たとえインターネットを用いて、流通を合理化して、情報の単価を下げたとしても、電子書籍が、紙の本以上に魅力的でなければ、消費者は買わない。

しかしながら、電子書籍の端末を開発しているメーカーは、 電子書籍には、デバイスに依存するというデメリットを打ち消すだけの独自の魅力がなければいけないという点を自覚していない。彼らは、電子書籍を、紙の本に近づければ近づけるほど、消費者に受け入れてもらえると思っているようだ。松下が、画面を2枚搭載することで、 シグマブックに見開きの本に近い外観を与えたり、ソニーが、リブリエのディスプレイに電子ペーパーを採用して、紙に印字したような文字表示をセールスポイントにしたり、米コンピュータ会社のヒューレット・パッカードがページをめくるアニメーション付きの電子書籍ビューワーを開発したりすることはその表れである。本物の紙のように丸められる電子ペーパーを開発している会社もある。

しかし、従来の紙媒体は、読書の媒体として、必ずしも理想的とは言えない。曲げることができるという紙の特性は、読書という目的にとって、あまりメリットはない。電車の中で読むためには、両手で押さえていなければならない紙の新聞よりも、片手で持って読むことができるソリッドなディスプレイの方が、読書端末として、まだ優れている。

電子書籍が紙の本に近づくことが進歩だと考えている端末開発者は、ロボットが人間に近づくことが進歩だと考えているヒューマノイドロボット開発者と同じ過ちを犯しているのではないだろうか。人間にできないことができるロボットが優れたロボットであるように、紙の本にできないことができる電子書籍が優れた電子書籍なのである。電子書籍を紙の本に近づけるのではなく、あえて紙の本とは異なる形態を追求することが必要である。

電子書籍専用端末が売れないもう一つの理由は、それが専用端末であるというところにある。まだ書籍の品揃えが不十分で、フォーマットや端末のデファクトスタンダードすら決まっていない段階で、専用端末に何万円もの初期投資をする人は少ない。しかし、他の目的で使っている端末で、ついでに電子書籍も読めるとなれば、敷居は低くなる。だから、電子書籍端末が普及させるには、まずはそれをコバンザメのように、既に普及している端末にくっつけて、増殖させればよい。

こうしたコバンザメ戦略で成功した過去のメディアの例として、メールマガジンを挙げることができる。メールマガジンとは、日本で一時期ブームになったプッシュ型サービスである。プッシュ型サービスといっても、ポイントキャスト・ネットワーク が提供しようとしたような、専用のクライアントソフトを立ち上げなければならないサービスは成功しない。メーラーのような、誰もが日常的に使っているクライアントソフトに寄生するメールマガジンの方が、多くの人に利用してもらえる。

現在、メールマガジンに代わって、RSS/Atomがプッシュ型サービスの主流となりつつあるが、これも独自のクライアントソフトを立ち上げなければならないのでは、利用者は限られる。ブラウザという、ネットユーザなら誰もが日常的に使っているソフトに寄生することで、RSS/Atomは普及するだろう。

5. 電子書籍端末のコバンザメ化

世界的に見て、携帯機器の中で最も生産数が圧倒的に多いのが携帯電話である。2006年9月末現在で、携帯電話とPHSの加入契約数の合計は、9869万加入で、人口普及率は77.2%に達している[総務省:電気通信サービスの加入契約数の状況]。さらに、個人のインターネット利用端末については、携帯電話等の移動端末利用者の方が、パソコン利用者よりも多い[総務省:平成17年「通信利用動向調査」の結果]。コバンザメ戦略という観点からして最も有望な宿主は携帯電話である。

実際、電子書籍端末の本命は携帯電話だという認識が業界で広がっている[ITmediaモバイル:電子書籍の本命は、実は携帯?]。 携帯電話向けの電子書籍サイトの数はここ1年間で3倍近くにも膨れ上がっている[朝日新聞:ケータイで読むマンガや小説、写真集]。インターネット生活研究所の調査も、携帯電話での市場が最も成長しているという結論を出している。

調査によれば、2006年3月末時点(2005年度)の電子書籍の市場規模は約94億円だった。2005年3月末時点(2004年度)の市場規模が約45億円と推定されることから、対前年度比209%と約2倍に成長している。内訳は、PC/PDA向けが約48億円、携帯電話向けが約46億円で、2004年度の約12億円から3.8倍に急成長した携帯電話向け市場の著しい伸びが注目される。

携帯電話向けの成長の原因は、2004年に携帯電話で電子書籍を1冊まるごとダウンロードして閲覧できるようになり、市場が本格的に立ち上がったため。さらに2005年度には、コンテンツプロバイダの数も急激に増え、特に携帯電話向け市場では、大手出版社だけでなく、これまで出版と関係がなかった異業種などからも新規参入が相次いでいるという。

多くの人は、外出中に連絡が取れるように、携帯電話を常時持っている。だから、携帯電話と別に紙の本あるいは電子書籍専用端末を持ち歩くことなく、暇な隙間の時間を見つけて、電子書籍を読むことができる。読書が途切れ途切れになるが、自動的に前回最後に開いていた画面に飛ぶ自動しおり機能があるから、不便ではない。読み終われば、いつでもネット上から新しい本をダウンロードできる。

携帯電話での読書が利便性を発揮するのは、電車内での読書である。片手で吊革を持ち、片手で紙の本を持つと、ページがめくれない。しかし、携帯電話なら、片手で操作できるから、片手でページ送りをしながら、読書ができる。もう一つ利便性を発揮するのが、寝転んで本を読む時である。紙の本だと暗くなるので読みにくくなるが、携帯電話だとバックライトがあるから、読みやすい。

このように、携帯電話を電子書籍端末として利用することは、コバンザメ戦略という点でも有効であるが、紙の本にはない利便性があるので、急速に普及しつつある。

携帯電話ほど普及しているわけでも、常時携帯しているわけでもないが、相乗効果という点で、電子辞書も電子書籍端末として有力である。特に洋書や専門書など、辞書を引く必要のある電子書籍の場合は、紙の本で読む場合よりもはるかにメリットがある。

もう一つ、これからはやりそうなのが、アップル コンピュータ社のアイポッドで電子書籍を買って読むということだ。今やアイポッドは、飛行機の中でも使えるそうだ。

iPodとiTunesは、外出先で、家で、クルマの中で、そして今度は飛行機の中でも音楽を楽しむための最高の方法を提供することで、デジタル音楽革命を先導しています。これまでに7,000万台近くが販売されたiPodは、世界で最も人気のあるデジタルミュージックおよびポータブルビデオプレーヤーです。またiTunes Storeは、これまでに世界中で15億曲以上をダウンロード販売した、世界一のオンラインミュージックストアです。

次世代アイポッドには、電子書籍端末としての機能がつくという噂がある [The Unofficial Apple Weblog:Next iPod an eBook reader?]。 いまでも、アイポッドでテキストを読むことはできるが、アイチューンで音楽をダウンロードして、聴くことができるように、電子書籍をダウンロードして読むことができるようになるなら、普及に拍車がかかるだろう。

6. 電子書籍端末のウェアラブル化

携帯機器は、今後多機能化して、電話、辞書、音楽端末、電子書籍端末といった複数の機能を果たすようになるだろう。しかし、携帯機器は、今のような手で持つ形のままでよいのだろうか。本は手で持って読むものだが、それが本の形態として最も理想的というわけではない。 ここでもまた私たちは、紙の本に近づこうとするのではなくて、紙の本以上のものを目指さなければならない。

私たちは、本を読む時、いつも机に座ってブックストッパーを使ってそうするわけではない。例えば、仰向けになって長時間読書すると、紙の本であれ、電子書籍端末であれ、腕がだるくなる。それならば、端末をヘッドマウントディスプレイとしてウェアラブル化してはどうか。辞書引きなどは、手元の操作で行わなければならないが、基本的に、両手を使わずに、外部の光源の位置を気にすることなく、どんな姿勢でも本が読める。

コンピュータの小型化が進めば、モバイル化し、さらには、ウェアラブル化するという予測はこれまでにもなされてきた。ウェアラブル化といっても、もちろんこういうのは論外である。 

One giant step for home entertainment?
東芝研究開発センターが試作したヘルメット型のプロジェクターシステム。重さは約3キロある。バーチャルリアリティでゲームが楽しめるのだそうだ。 [the Daily Mail:One giant step for home entertainment?]

一般の消費者に使ってもらうならば、こういうように、眼鏡なみの軽さでなければいけない[The MicroOptical Corporationmyvu personal media viewer]。

コバンザメ戦略を続けるならば、電子書籍端末だけをウェアラブル化するのではなくて、コンピュータのウェアラブル化に便乗する方法のほうが、消費者に歓迎されるだろう。それは、たんに端末の数を減らすだけでなく、さまざまなシナジー効果を生み出すからだ。

例えば、電子書籍のリッチコンテンツ化が容易になる。電子書籍の場合、文字データを音声データに変換して読み上げることもできる。音声がロボット的で、ナチュラルでないという技術的に克服するべき課題もあるが、眼と耳の両方から情報をインプットすれば、読書が効率的になる。もちろん、動画を入れることもできる。デバイスレベルだけでなく、コンテンツレベルにおいて、本・音楽・映画がどんどんボーダーレス化するだろう。

現在、電子書籍というと、既存の出版社が、既存の紙の本を電子化し、それを紙の本を読む時に近い形で読めるように、提供されている。しかし、紙の本をお手本にしている限り、電子書籍は普及しないだろう。いかに紙の本と同じものを電子書籍で実現するかではなくて、いかに紙の本とは異なる新しい魅力を生み出すかが重要なのである。

2007年1月 9日

財政再建団体を宣言した夕張市

2006年6月20日、夕張市市議会の定例議会冒頭で、後藤市長が自主再建が困難であると判断し、法の下での財政再建に取り組む決断をしたとの表明がされました。 平成になって財政再建団体となったのは、1992年の福岡県赤池町(現在は福智町)以来の出来事です。(赤池町は2001年度に再建が完了しました)夕張市は財政再建のため、職員のリストラを始めとする財政再建計画を策定中です。夕張市のホームページを見たところ、2006年11月18日から23日にかけて住民に対する説明会で使った資料が公開されていました。

「夕張市財政再建の基本的枠組み案について(PDF:28KB)」 【要約は以下のとおり】
1.解消すべき赤字額 約360億円(平成18年度末見込)
2.歳出の削減、歳入の確保の取り組みの内容
 (1)総人件費の大幅な削減  (職員数を減らす、給与水準を3割下げる 等)
    →退職金も大幅に下がるため、大量に職員が退職するとの報道もありました。
 (2)事務事業の抜本的見直し
 (3)観光事業の見直し (不採算の観光事業を行わない)
 (4)病院事業の見直し
 (5)施設の統廃合   (小学校と中学校の統廃合を進める)
 (6)市民の皆さまの負担の増加 →幼児がいるケース3の負担増が大きい
    ケース1 一人暮らし  年金収入200万円 年 4,320円負担増
    ケース2 夫婦2人暮らし  収入300万円 年 25,400円負担増
    ケース3 夫婦2人子供2人 収入400万円 年165,880円負担増
    ケース4 夫婦2人子供2人 収入500万円 年 48,480円負担増
3.財政再建期間  20年程度

夕張市は北海道の指導の下、財政再建を図っていくのですが、その北海道はどうかというと、約6兆円もの借金を抱えています。(「全国都道府県の借金時計」参照) 日本全国借金だらけなのですが、北海道よりも長期債務残高が多いのは、東京都(約17兆4千億円)と、大阪府(約6兆3千億円)位です。北海道は公共事業削減による景気の底冷えの他、いくつもの自治体が続けて財政再建団体となり、北海道にぶら下がってくると予想されます。大阪府の場合は、バブル時代に建設した大型施設やバブルの塔がたくさんあり厳しい状況です。東京都は首都圏を直撃する大震災が襲った場合、深刻なダメージを受けます。東京オリンピックを誘致している場合ではありません。

アメリカのゴーストタウン

アメリカのように国土が広く、自分の住みたいところを移住する人達で構成されている場合、どうなるかというと、夕張市のように破綻宣言をするのではなく、全住民が去ってしまいます。町がゴーストタウンとなってしまうので、再建する必要もありません。ただ消え去るのみです。日本では最終的には国にツケが回されるため、どこにも移住できない人達によって、規模を縮小して運営することになるでしょう。ですが、山奥の集落などは過疎化が進み、住み続けることができなくなり、棄村状態となる地区が出てくるのは避けられません。(自治体が破綻しなくてもこれは起こります) 他の事例では、2006年12月30日に、峯山政宏さんのコラム「北マリアナ連邦国家破産」にて、サイパン周辺の北マリアナ連邦が事実上国家破産しているとの記事を書いています。日本からの観光客が激減したのと縫製産業が崩壊したため、税収入が減ったためと指摘しています。この状況を打開するために当事者達がいろいろ策を考えて実施するのですが、島で採れる特産物を作ったり、観光客が何度も来てくれる豊かな自然を再生することで解決への道を見出すのが良いではないでしょうか。

抜本的改革のスタート

公務員の改革をしようとする場合、破綻するまで抜本的な改革は進みません。給料がもらえるうちはなんとかなるだろうと思ってしまうからです。財政破綻して給料が払えなくなって、なんともならなくなった時、当事者達で議論して、これしかないと腹をくくった時、再建への道が開けてきます。1990年代、多くの銀行が破綻したり救済合併されたりしまいたが、最初のうちは地方銀行や信用金庫は破綻しても他の銀行が救ってくれたりして、後で破綻した銀行よりもまだマシでした。今後、夕張市と同様に借金を返済できないと降参してしまう自治体が出てくるでしょう。夕張市は全国に先駆けて抜本的改革を行った自治体として先行事例として全国から注目を集めます。成功しても失敗しても。現時点で夕張市の市民には2つの選択肢があります。1つは夕張市に見切りをつけて札幌や内地に新天地を見つける。もう1つは夕張市の市民として財政再建に協力する。夕張メロンを作っている農家の人は地元に残るのでしょうが、1万3千人に選択が迫られています。ちなみに夕張市の人口はピーク時に12万弱でしたから、9割近くの人は既に夕張市を去っています。何人位夕張市に残るのかわかりませんが、残った人達が協力しあい、夕張市ならではの強みを見出すことができれば解決策が見つかることでしょう。

橘みゆき 拝

【関連記事】
北マリアナ連邦国家破産(執筆:峯山政宏) 2006年12月30日のコラム
全国都道府県の借金時計
夕張市のホームページ
市民のみなさんへ緊急報告 法の下での財政再建を決断 (2006年7月3日)
夕張市財政再建の基本的枠組み案について(PDF:28KB) (2006年11月14日)
※平成18年11月18日から23日に実施した住民説明会の説明資料
自治体連続破綻の時代 (著者:松本武洋) amazon
自治体破たん・「夕張ショック」の本質―財政論・組織論からみた破たん回避策 (著者:橋本行史) amazon

RSSリーダー利用:ブラウザ内蔵型

<RSSリーダー利用のメリット>
 従来、サイトが更新されたかどうかを調べるには1つ1つサイトを訪問する必要がありました。
 RSSリーダーはRSSにてWebサイトの更新された記事や要約などを受取る専用ソフトです。
 Webサイトの更新情報を効率的に集める事が出来ます。
  ※確認したいWebサイトがRSS(Atom)に対応している必要があります
 
 
<RSSとAtom>
 どちらもコンテンツを配信するデータもしくは、そのフォーマットの総称で、
 XMLで記述されています。
 Atomはフォーマットを規定するRSSの仕様の他、Webサイトのコンテンツを編集するための
 通信プロトコルの仕様も持っています。
 RSSの仕様は凍結されており重要な変更は出来ませんが、
 将来的な変更に対応していくものの結果の1つとしてAtomが出てきました。
 Atomは特定のベンダに依存せず、誰でも自由に実装・拡張可能で、仕様が明確(IETF管理の元裁定中)
 という特徴があります。
 
 
<RSSリーダーの利用方法>
 それでは、初期設定が容易でPC初心者でも扱いやすい<ブラウザ内蔵型>の
 RSSリーダーの利用方法について書きます。
 
 
○代表的なブラウザ内蔵型のRSSリーダー
 1.Internet Explorer 7
 2.Opera 9
 3.Mozilla Firefox
 4.Safari
  ※SafariブラウザはマックOS標準ブラウザです
 
 
1.Internet Explorer 7

 1-1.RSS(Atom)に対応しているWebサイトにアクセスし、URL右のRSSアイコンをクリック
  image011.JPG
  ※RSS(Atom)を提供しているサイトはツールバー上のRSSアイコンがオレンジになります
 
 1-2.RSS2.0もしくはAtomをクリック
  image012.JPG
 
 1-3.”このフィードを購読する”をクリック
  image013.JPG
 
 1-4.”購読”をクリック
  image014.JPG
 
 1-5.下記のように表示されます
  image015.JPG
 
 1-6.”お気に入りセンター”の”フィード”をクリックすると登録したお気に入りのRSSフィードが確認できます
  image016.JPG
  ※サイトが更新された場合、太字で表示されます
 
 
2.Opera 9
 
 2-1.RSS(Atom)に対応しているWebサイトにアクセスし、URL右のRSSアイコンをクリック 
  image021.JPG
 ※RSS(Atom)を提供しているサイトはツールバー上のRSSアイコンがオレンジになります
 
 2-2.RSS2.0もしくはAtomをクリック
  image022.JPG
 
 2-3.下記のように表示されます
  image023.JPG
  ※サイトが更新された場合、新たに件名が追加されます
  ※未読は太字で表示されます
 
 
3.Mozilla Firefox
 
 3-1.RSS(Atom)に対応しているWebサイトにアクセスし、URL右のRSSアイコンをクリック
  image031.JPG
 ※RSS(Atom)を提供しているサイトはツールバー上のRSSアイコンがオレンジになります
 
 3-2.”購読”をクリック
  image032.JPG
 
 3-3.”OK”をクリック
  image033.JPG
 
 3-4.下記のように表示されます
  image034.JPG
 
 3-5.”ブックマーク”の”ブックマークツールフォルダ”の”登録したWebサイト”に確認できます
  image035.JPG
 
 
4.safari
 
 4-1.RSS(Atom)に対応しているWebサイトにアクセスし、URL右のRSSアイコンをクリック
  image041.JPG
  ※RSS(Atom)を提供しているサイトはツールバー上のRSSアイコンがオレンジになります
 
 4-2.下記のように表示されます 
  image042.JPG

 

<最後に>
 RSSリーダーはデスクトップアプリケーション型、ブラウザ・メーラー型、ティッカー型、
 プラグイン・拡張機能型、 ウェブアプリケーション型、携帯電話型といった数多く種類のものがあります。
  [参照: http://ja.wikipedia.org/wiki/RSS%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC]
 各自使い安いものを探して見てください。

2007年1月 8日

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL135

今回は、ロシアの資源戦略の問題点について、検討したい。
私のコラムは、世界史を基礎にしてランドパワーとシーパワーの戦略を読み解くことが目的であり、そのため、ランドパワーとシーパワーの決戦正面としての中東と、ランドパワーの総帥としてのロシアプーチン政権についての分析が大半を占めることになる。
孫子曰く、「敵を知り己を知らば百戦危うからず 」
周知のように、ロシアはプーチン政権下で、石油、ガスといったエネルギー資源を戦略の柱に据えだした。

ロシアは石油生産は世界第2位。ガスは1位で、ガス埋蔵量は世界全体の3割以上を占める。プーチン大統領は1994年のサンクトペテルブルク副市長時代に書いた論文では、「ロシアの豊かな資源を活用すれば、世界的な大国の座を取り戻すことができる」と早々と主張していた。空前の石油価格高騰で、プーチンの夢が実現するかにみえる。
冷戦時代のソ連はICBM、SLBM、戦略空軍3本柱としてきたが、現在のロシアにとって、石油、ガス、原発がエネルギー3本柱である。原発については、イラン問題解決策として打ち出した濃縮ウランの合弁事業を発展させ、原発サイクルを代行する国際センターをロシアに誘致する構想を提案、国際エネルギー利権を執拗に追求している。

 ロシアは、ウクライナとの価格交渉決裂や大寒波により、欧州向けガス供給を二度にわたり削減した。特にウクライナ向け供給を政治目的に利用したことで「エネルギーの安定供給国」としての信頼性は大きく揺らいだ。

ロシアの天然ガス独占企業「ガスプロム」は昨年、グルジアへ供給する天然ガスの料金を2007年から2倍強に値上げする、と発表した。これまで1,000m3につき110ドルだったのが、230ドルになる。グルジアは天然ガス需要の100パーセントをロシアに依存する。
 
 2008年のNATO入りを目指して西側への接近にアクセルを踏み込むグルジアと、それに異議を唱えるロシア。両国の関係は昨年から一段と緊張の度を増していた。機先を制したのはグルジアの方だった。親露派の元国家安全相と親露派野党議員など計30人を国家転覆の容疑で逮捕、続いてグルジア駐在のロシア軍将校4人もスパイ容疑で逮捕したのだ(いずれも9月)。

 これに対してロシアはグルジア労働者の強制送還、送金停止、アエロフロートの運航休止などの経済報復に出た。経済をロシアに大きく依存するグルジアには痛手だ。このように、グルジアが西側へ行こうとして緊張した政治関係と、ハートランドに近く、中東への回廊であるという地政学上の重要性に鑑みて、天然ガスを武器にして、恫喝しているというのが真相だ。次は、ベラルーシがターゲットになった。このように、エネルギー産業の国家支配を鮮明にさせている。いまやロシアは石油、天然ガスを欧州市場に輸出し、ハードカレンシーを稼ぐ産油国型経済を再び構築する一方、エネルギーを武器にウクライナなど旧ソ連圏諸国をロシアの「統一経済圏」に再び取り込もうとしている。
<参考>
------------引用--------------
http://www.shikoku-np.co.jp/national/international/article.aspx?id=20070107000007
石油関税未払いでロシアに警告/ベラルーシ、対立激化へ
2007/01/07 08:52
【モスクワ7日共同】自国内のパイプラインを通過する欧州向けロシア産石油への関税導入を発表したベラルーシの税関当局は6日、ロシア国営パイプライン企業「トランスネフチ」が関税を払わずに原油輸出を続けているとして、同社社長に対し、ベラルーシの裁判所への出頭を求めた。インタファクス通信が伝えた。

 ロシアが1日からベラルーシへの天然ガス価格を2倍以上に引き上げたことなどへの報復として導入した石油関税の支払いを求める強い警告とみられる。ロシア政府も6日、ベラルーシの駐ロシア大使を呼び、石油関税の即時撤回を迫るなど、両国の「石油紛争」は激化の様相を見せている。

 プーチン政権の重鎮であるイワノフ副首相兼国防相は「経済摩擦がベラルーシとの軍事協力関係に影響を及ぼさないよう望む」と述べ、事態の沈静化に躍起だ。
------------引用--------------
思うに、このような、天然資源を用いたエネルギー戦略について、ロシアは、原材料を加工して売る技術もアイデアも無いという問題点がある。

資源大国なのに、森林資源も切って売るだけ。海産物も取ってきて売るだけ。自分たちで、消費者が手にするレベルまで加工するという事をやらないし、できない。つまり、一次産業でしかないということだ。

帝政ロシアのころも、シベリアの森の中を高級毛皮が走り回ってる原材料を捕まえて売るだけだった。外国では毛皮のコートや帽子に仕立てて、フランス製デザインとか付加価値をつけられ、数百倍以上の値段になったのを、ロシア貴族が喜んで買っていたそうだ。
このような付加価値の無い資源戦略だから、「ガスの元栓の開け閉め」で恫喝するという非常に低次元の事しかできない。
そして、最大の問題点の「冷戦終結以降、ロシアは自由主義になった」と信じた西側シーパワー諸国が、ロシアのランドパワーとしての、狡猾、残忍、獰猛な本性に気づきだしたということだ。これは、私が、数年前から、コラムで繰り返し指摘してきたことを裏打ちするものだ。特に、シーパワーの宗家、英国が敏感に反応し出した
<参考>
------------引用--------------
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20070106ib21.htm
欧州復興開発銀行(EBRD=本部ロンドン)は6日、読売新聞の取材に対し、 ロシア・サハリン沖の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」への融資について 「事態はより難しい方向に変化している」と述べ、融資の計画を撤回する方向で 検討していることを明らかにした。

昨年12月、露政府が主導する形で、ロシア国営の天然ガス独占企業体「ガスプロム」 が、サハリン2の事業会社の経営権の過半を取得したことを受けたものだ。

EBRDのスポークスマンは「正式な決定は行っていないが、銀行の必要性は低下 している」とし、融資の必要性がなくなりつつあることを示唆した。

EBRDは旧ソ連や東欧諸国の市場経済への移行を支援するため1991年に設立 された国際金融機関で、サハリン2に約3億ドル(約360億円)の融資を計画していた。
------------引用--------------
------------引用--------------
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20061219/115906/
「エネルギー腕力」の乱用は国民、近隣諸国にとって有害だ
· 2006年12月20日 水曜日
· The Economist,EIS
 ロイヤル・ダッチ・シェルはこの10年以上、共同出資者である三井物産、三菱商事とともに、ロシア極東地域サハリン島沖の氷結した海から石油と天然ガスを採掘しようと苦闘してきた。
 その間、このプロジェクト(サハリン2)は環境保護主義者から抗議を受け、費用は当初予定の2倍の200億ドルに膨らみ、完工時期がずれ込んできた。しかし今、建設はほぼ終わった。石油と天然ガスの高騰で膨大な収益が目前に迫っているこの時期に、プロジェクトのオーナーである3社が株式の持ち分を減らすというのは奇妙だ。
 しかし、彼らは先週、まさにそれをやった。プロジェクトの株式の過半数をロシア国有大手ガス企業ガスプロムに売り渡すことを申し出たのである。
 クレムリンにいるガスプロムの親分たちは、大型エネルギープロジェクトを全部、いわばファミリーに取り込んでおきたいという欲望を隠そうともしない。ロシア政府関係者は、環境保護上のちょっとした手落ちが悲惨な結果を招くと脅して、サハリン・プロジェクトに苦難を強いてきた。同プロジェクトの株主たちは恐らく、過度に熱心な税務調査官によって破綻に追い込まれたロシア大手石油会社ユーコスの運命を念頭に置いて、ガスプロムの提案は拒否できないと結論づけたのだろう。
近隣いじめの暴君
 ロシアは信頼できるパートナーであるという常日頃の主張にもかかわらず、事、エネルギーとなると、ウラジーミル・プーチンのロシアは粗野な振る舞いに走るようだ。ユーコスの略奪に加え、ロシアはしばしば、石油や天然ガスの供給を止めるぞと脅して近隣諸国を怖がらせてきた。
 今年、リトアニアが無謀にもある精油所をロシアではなくポーランドの企業に売った時、ロシアの石油をその精油所に供給するパイプラインが、突然、謎めいた技術的故障に見舞われた。昨冬、ガスプロムは価格を巡る紛争の最中、ウクライナへのガス供給を止め、西側寄りのウクライナ新政府を脅迫したように見えた。
 このエピソードは、消費ガスの4分の1をガスプロムに依存する欧州全体をぞっとさせた。サハリンからのガスの大部分を受け取る予定の日本も、今、ガスプロムの言いなりになるしかないことに気づくだろう。
------------引用--------------
このように、世界の趨勢は、確実に、「ロシア包囲網の形成」へと進んでいる。これは、ランドパワーというものの本質を見ることで理解できる。

ランドパワーにとっての、生命線とは「国境を接する周辺国や異民族の支配」なのだ。これに失敗したランドパワーは崩壊するしかないことは、世界史や日本史が雄弁に証明している。

そして、「国境を接する周辺国や異民族」は、時間の経過とともに、反政府組織の温床となる。そのため、常に警察力や陸軍力で監視し、押さえつ、むしろ、国境線を少しでも遠くへ押しやる必要がある。

これが、ランドパワーの宿命的高コスト体質だ。このコストは、国境線の長さと接する異民族や外国の多さに比例する。このように考えると、何故ロシアがランドパワーの典型なのか、理解できるであろう。

重要な点として、中国の古代の格言に「寸土を失う国は全土を失う」というものがある。これは、国境線の一部が綻んだら、そこから全土への崩壊は、一直線という意味だ。つまり、国境線の一部でも、蜂の一刺しがあれば、ダムの決壊につながるということだ。これが、ランドパワーが強権支配、残虐な手法による報復をとる理由だ。

日本で言えば、戦国時代の甲州武田氏が、ランドパワーの典型であり、ランドパワーの例にもれず、常に外征により、領土外で戦争を行っていた。

シーパワーとしては、このようなランドパワーをつぶすには、どこか一点に「蜂の一刺し」を与え、ダムの決壊を待てばいい。逆、ランドパワーがシーパワーを殲滅しようとすれば、膨大な海軍を整備し、制海権を握り、上陸作戦を遂行する必要がある。
英国とフランス、ドイツ、さらには米国とソ連の間の歴史を見れば、どちらが有利か言うまでも無い。

ロシアの資源戦略は、今後は、世界第一位の生産量と埋蔵量で全世界の4割を占める天然ガスを通じて行われるだろう。ロシアのエネルギー武器外交に対して米国、EUは反発している。EUは天然ガスの4分の1をロシアに依存、その大半はウクライナを経由している。今回、大混乱は避けられたが、ドイツなど西欧諸国は、「プーチン政権はエネルギー産業を国家の統制下におき、資源輸出を国際的地位の強化に利用している」、と警戒感を強めている。

シーパワー陣営がこの戦略に対抗するには、短期的には原発によるエネルギー生産しかないが、長期的には、水素エネルギーに移行するしかない。

そのため、シーパワー陣営は協力し、水素エネルギーによる反ロシア包囲網の構築をする必要がある。そして、パイプラインを通じ、ロシア周辺国へ、格安で水素を提供する。これでロシア周辺国の離間は確実だ。