資本主義は花火のように爆発する

チェレンコフの光は極東の日本から 終章 最後の人脈 原子力というひとつの巨大産業をめぐって、霞ヶ関の官僚がなぜ執拗にこれを推進しようと するのか、すでにこれまでの章で、かなりの答えが解き明かされた。 彼らが間違った政策を変更しないのは、ただチェーホフが描いた小役人根性を 捨てきれないからではなく、官僚世界の上部に立つ人間たちが、個人生活の利益を 追及していたからである。- - - また、御用学者が故意に科学をねじ曲げたのも、その官僚と相通じて、個人生活の利益を追及していたからである。 (略)  日本では、官僚から天下りして企業の経営者となり、巨大な利益を懐に入れる者が、 夥しい数をかぞえる。官僚から政界に転じ、国会を覇府として、さらに大きな利権を手にする 慣習がある。 (略)  ドイツでは原発を廃止することを決めました。 さすがドイツ人はすごいと思います。  ところが日本では節電など...

【読者論文】日本人のルーツと水素文明2

広報広告 『連山』は読書コラムニストを募集しています。応募者は → クリック して下さい。 兼業作家や兼業ジャーナリストとなられる人には登竜門となるでしょう。 日本の伝統的社会からの有形無形のバックアップがあります。 1. 古代の真実を知る難しさ 古代日本にはいろいろな氏族が権力を争い、ある氏族は支配する側に、別の氏族は支配される側になり、時代を下れば、また違う氏族にそれらが入れ替わりしてきたようです。 こういう流れは人の歴史の必然ですが、どの氏族が正統だとかそうでないとか争いが生ずる前の、人が平穏に暮らしていた頃に私は惹かれます。後の正統を争う時代の人間の姿に虚しさと脱力を強く感じるのです。 なぜ争わなくてはならないのか、なぜ自分達が正統であると主張して相手を征服しなくてはならないのか、どちらも同じ人間なのになにか理由付けをして支配しようとする傾向を持つ人たちを、神々あるいは神仏は喜ばれ...

     
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