2008年8月アーカイブ

2008年8月31日

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 連山のコラムニストは多忙な方が多く、新しい書き手が現れることを待ち望んでいます。読者コラムニストが増えれば連山の話題も更に充実したものとなるでしょう。連山では読者コラムニスト希望者を常に募集しているので、勇気を出して連絡を下さった人々がいました。何人かは読者コラムニストとして現在も執筆を続けて下さり、何人かはコラムをいざ書いてみようと思うと完成することができずに断念してしまいました。実は何か「連山に貢献したい」「連山に参加したい」という人は結構たくさんいるのですが、いざ文章を書くとなると...大変なようです。
 読み手として「このコラムニストはここが間違ってる」とか批評するのは簡単でも自分が書くとなると完璧を目指すあまり自分の文章が許せなくなって自分でボツにしてしまいたくなります。しかし書かなければ何も始まりません。コラムは自分が体験したり調査したりしたテーマであればほとんど制約がありません。書評コラムもあれば、各自の仕事や研究に関連した報告もあります。内容は回を重ねるごとに上達していったり、話題のツボをうまくついたりできるようになっていきます。2006年9月から現在までの月ごとの上位に入ったコラムの統計から連山人気コラムを下に並べてみました。



歴代コラム上位十位


1位 [速報]所沢で放射線吸収線量11.6μSv/hr以上を観測

2位 [予言]北京五輪は中止か

3位 先送りされる欧米の不良債権とその裏で仕組まれている新たな投資ブーム

4位 世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略号外

5位 [秋月]遠隔教育

6位 世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略新春特別企画最終号

7位 [号外]福田康夫内閣の誕生秘話

8位 [批評]9/11 アメリカ同時多発テロ事件

9位 三峡ダムって何?

10位 [自立]アメリカの占領が終わる日本



掲示板の使用とアマゾンギフト券


 コラムニストになる理由は様々です。秋月に参加を希望する前のステップアップ手段として執筆を始める方もいます。自分でブログやウェブサイトを作成し管理していると、多人数の読み手のコメントに対して一人で戦わなければならない状態になったり、読者に続けて読んでもらうために数で勝負とばかりに更新をする状況に追い込まれたりします。疲れて引退を表明するブロガーが多いのもこのためです。
 連山ではコラム投稿いただいた方々に不定期でアマゾンのギフト券をお送りしています。ギフト券で次のコラムのための資料を購入する方もいます。コラムニストの多くは場を求めて連山に集まります。新しく連山ではレギュラーコラムニストには掲示板の使用が認められました。自分の掲示板ブログの中を読者との情報交換や知識を刺激し合う場として使用することができます。

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ビジネスの攻勢終末点

このコラムは、知識人の補給戦の続編です。

自動車時代とヒットラーの時代

時代はヒットラーの時代に入り、兵站の主流も鉄道から自動車へと移行していく。鉄道というのは、爆破が非常に簡単であるという欠点がある。第一次世界大戦のベルギー国内の場合、鉄道網は無数のトンネル、鉄橋、立体交差点を通過しなければいけないので、それらのどれかが爆破されてしまえば、修復に莫大な時間がかかってしまうことになった。1939年9月1日に開始されるポーランド戦においても、敵味方両軍による鉄道破壊が余りにも激しかったので、鉄道によって物資を運ぶことが全くできなかったという。

しかし、ここで一つの疑問が生じる。兵站の主流が鉄道から自動車に変更されたと言っても、ドイツ軍の主力部隊は電撃戦を採用した戦車部隊である。相手陣地を突破した後、高速のスピードで敵の主力に対して包囲陣形を敷き、殲滅戦を実施するのだから、兵站部隊も相当訓練されていなければ、自動車部隊といえども追いつく事はできなかったであろう。ポーランド戦における詳細については以下を参考にして頂きたい。

ポーランド侵攻作戦 秘匿名称「ケース・ホワイト」

ポーランド侵攻作戦における実際の経過を確認してみよう。ポーランド侵攻は1939年9月1日に開始される。まず、第4軍クルーゲの前進によって、ポーランド回廊は遮断され、ヴィッスラ河下流に到達。一方、第3軍キュヒラーが、東プロシアからナレフ側に向かって進行した。さらに、第10軍ライヘナウの機甲部隊はヴァールタ河にまで突破を行い、第14軍のリスト軍はクラコフに向かう分進合撃を実施していた。9月4日までに、第10軍ライヘナウの機甲部隊は国境から内側へ50マイル入ったピリーツァ河を渡河し、その2日後には彼の左翼はトマーショフを超えてそのかなり前方まで前進し、その右翼はケェルツェへ進入していた。ドイツ軍の作戦計画が順調に実施されているので、ドイツ陸軍総司令官ブラウヒッチは、首都ワルシャワがあるビスワ河まで、この前進行動を東方へと継続させることを指示した。しかし、南方軍ルントシュテット上級大将とその参謀長マンシュタインは、ポーランド軍主力が依然として、ビスワ河の西方にあり、その場所で補足可能である事を知り、計画の変更を主導した。第10軍ライヘナウの機甲部隊の左翼はロッズ付近にあったポーランド軍大兵力の集中地の背後を目指し、北方へ旋回し、ロッズ及びワルシャワ間にあるブズーラ河沿いに狙塞陣地を確立するように指示。この北方への旋回行動の結果、このポーランド軍の大兵力は退路を遮断されて、ビスワ河を超えて撤退することができなくなった。この第10軍の旋回行動によって、名将ハンニバルのカンネーの戦いにおける「包囲陣形」が完成したのである。

ドイツ軍はこの時点で、ビスワ河を目指して、突進してくるポーランド軍を迎え撃ちさえすれば良かったのである。ポーランド軍は首都ワルシャワからは遮断されており、補給物資は運搬されず、その背後と両翼にはプラスコヴィッツの第8軍とクルーゲの第4軍によって逐次圧迫を受けつつあった。ポーランド軍は敵をも感嘆させたほど勇敢に戦って、ワルシャワ守備軍と合流しようとしたが、ほとんが果たせず、ドイツ軍の包囲陣形の餌食となった。9月10日、ポーランド陸軍総司令官スミグリー・リッツは、長期抵抗のため比較的狭い正面の防御戦を編成しようと望み、残余の兵力に対して、ポーランドの東南部へ向かい総退却を実施するように命令した。しかし、この退却するポーランド軍に対して、ドイツ軍はさらなる大包囲陣形を敷くことによって、ポーランド軍を殲滅することを計画する。大包囲陣形の左翼を担ったのはクルーゲの第4軍の先鋒をつとめたグーデリアンの機甲師団である。ポーランドの侵入にあたっては、ポーランド西北部にある回廊地帯を横断する突進を行って、孤立していた東プロシアに到達した。その後、9月9日に、グーデリアンはナーレフ河の線を越えて、さらに南に突進し、14日にはブーク河に沿うブレスト=リトフスクに到達した。そらに、40マイル先にあるグロータヴァを目指して進撃し、南方からせり上がって来るもう1つの鋏である第14軍第22装甲軍団クライストと合流して、大包囲陣形を完成させた。ロシア軍がポーランドの東部国境を越えた9月17日までには、ポーランド陸軍はドイツ機甲師団による二重の包囲陣形により崩壊させられていたのである。

ポーランド戦において、自動車による兵站作戦はほとんど機能しなかったという。確かに、自動車が鉄道よりも柔軟に、前線部隊に物資を運搬することができるのは間違いなかったが、問題は輸送能力である。一本の複線の鉄道輸送能力に匹敵するには、1600台ものトラックが必要だったからだ。当時のドイツの経済力では、民需に加えて、軍隊の需要をまかなうほどに、自動車産業が発展していなかったのである。しかも構造的な問題がある。ドイツにはトラックを動かすための石油がないのである。兵站を担うトラックの動力源が自分の国で産出できないのだから、その時点でかなり問題があることは推測できる。

1)戦争に必要なトラックをすべて製造することができない。
2)トラックを動かす石油をドイツで産出することができない。

この2つの点から、ドイツの兵站システムはかなり不十分であったのだ。実際、トラックが足りないので、補給物資の大部分は1200台の馬車によって運ばれていた。馬車で機械化部隊に追いつこうというのは少し無理があったに違いない。それでも、ドイツ軍がポーランド軍を3週間以内に崩壊させることができたのは、早期にポーランド戦が終了したために、兵站問題がおこらなかったためである。ポーランド戦が、1ヶ月、2ヶ月と長期戦になっていれば、歴史はまた違ったものになっていたに違いない。

次に、独ソ戦について確認してみよう。独ソ戦前後の戦史についての詳細は以前コラムにまとめたので、参考にして頂きたい。

それでは、続いて、ドイツから見た第二次世界大戦について、駆け足で確認して見よう。ドイツは独ソ不可侵条約を締結した8月23日の1週間後に、最初の目的地であるポーランドに対する侵攻を開始した。1939年9月1日午前4時45分。100万の軍隊と2000機の飛行機がポーランド回廊とダンチヒに殺到した。これを見て、イギリスとフランスはドイツに対して宣戦布告し、ここに第二次世界大戦が勃発することになった。1940年春になると、ドイツ軍は北欧、西欧への侵攻を開始する。デンマーク、ノルウェーに続いて、オランダ、ベルギー、そして、1940年6月にはフランスが降伏する。ドイツ軍は、戦車隊を中心とした機甲部隊を戦闘にして、猛烈なスピードで進撃したので、フランス軍はこれに対して、全く対応が取れずに敗北することになった。このドイツ軍の戦い方は電撃戦と呼ばれるが、これについては後ほど再度取り上げる。

1940年夏の段階では、ドイツは北ヨーロッパ、西ヨーロッパ全域の支配を達成し、残るはイギリスのみとなった。同年、7月頃から、ヒトラーはドイツ空軍による徹底した爆撃をイギリスに行うが、イギリスの戦闘機部隊も奮戦し、ドイツ空軍に大打撃を与えた。その結果、ヒトラーはイギリス上陸作戦を無期延期にし、1940年12月に極秘命令を出して、西ヨーロッパに展開していた軍隊の多くを東方に移動させる。作戦開始時期は1941年3月だったが、バルカン半島の制圧に3ヶ月を要したので、独ソ戦の開始は1941年6月22日に開始されることになった(バルバロッサ作戦)。レニングラード、モスクワ、スターリングラードを目指し、ドイツ軍は当初、電撃戦により破竹の勢いで進撃した。開始の1ヶ月で実にソ連軍の30%の軍事力がドイツによって破壊されることになった。しかし、不幸だったのは、ナポレオンのロシア遠征と同様に、冬将軍がソ連の味方をしたことだった。同年10月から降り始めた雪によって、酷寒に晒されたことと、予想外の独ソ戦の勝利により戦線が伸び切ったことが災いして、ドイツ軍の前線における補給が困難な状態に陥っていた。そして、1942年6月にスターリングラードを巡る攻防戦(スターリングラード攻防戦)が開始され、双方合わせ150万人を超える戦死、戦傷者を出す壮絶な地上戦を行った結果、ソビエト軍に対し大敗北を喫したことが原因となり、ソビエトとの戦争において、モスクワまで迫っていたドイツ軍は徐々に後退を余儀なくされることになった。また、この頃、ロンメル将軍率いるドイツ・イタリア連合軍が北アフリカで、連戦連勝していたものの、同年7月に行われたエル・アラメインの戦いでイギリス軍に対し、大敗北を喫し、ドイツ軍は、この時点で攻勢終末点を越えていたと言えるだろう。

1943年に入ると、アメリカ、イギリス連合軍はイタリアに上陸する。ムッソーリには国王と国民の支持を失って失脚し、ムッソリーニの後をうけたバドリオ内閣は連合国に対して、すぐさま無条件降伏をする。1944年4月には、ソビエト軍はクリミアやウクライナ地方のドイツ軍を撃退し、ほぼ完全に開戦時の領土を奪回することに成功し、更にバルト三国、ポーランド、ルーマニアなどに侵攻していった。一方、1944年6月、西からドイツ軍を粉砕するために、イギリス軍とアメリカ軍を中心に6,000を超える艦艇と延べ12,000機の航空機、17万5000人の将兵を動員した大陸反攻作戦(ノルマンディー作戦)が開始され、多数の犠牲者を出す事にはなったが、1940年6月以来の西部戦線が再び構築されることになった。東西から挟撃されることで、その支配領土を急激に減少させていたドイツ軍は、度重なる敗北で反抗の力をほとんど失い、1945年4月30日にヒトラーはベルリンの地下壕で自殺し、5月8日にドイツは無条件降伏した。

1941年6月22日に、バルバロッサ作戦(独ソ戦における最初の軍事作戦)が開始された。ドイツ軍は合計300万人の兵員を動員し、史上最大の陸上作戦を展開した。ソビエト連邦という広大な地域で、膨大な兵員に物資の補給を行う事は、ドイツ軍の最大の課題であったが、ポーランド、デンマーク、ノルウェーに続いて、オランダ、ベルギー、フランスを戦車部隊による電撃戦によって、短期間に破っていたドイツ軍は、物資の不足という問題が生じる前に短期決戦でソ連軍を降伏させることを目的としていた。



バルバロッサ作戦

しかし、電撃戦を得意とするドイツ軍でも、広大なソ連の領土内では、物資の補給問題に悩ませられることになり、ドイツ軍が目指した短期決戦での勝利は絵に描いた餅となった。ナポレオン軍のロシア遠征と全く同じ轍をナチス・ドイツ軍も歩むことになる。例えば、ドイツ軍の占領地域から、ソ連のスモレンスクまでの距離は300マイルを越える。300マイルを進撃した時点で、ドイツ軍の自動車補給部隊の能力では、1日に、1師団あたり、70トンの物資しか運ぶことができなかったという。実際、ドイツ軍の全師団は144個存在して、1日に、1師団あたり必要な物資は300トンであったことから、スモレンスクの時点で自動車部隊による物資の補給はすでに困難を極めていたのである。ドイツ軍によるモスクワへの攻略戦「タイフーン作戦(バルバロッサの第二作戦)」では実際に使用した車両の数より最低、10倍の量が必要であったと推測されている。どのような貧弱な物資補給でドイツ軍が戦っていたのかがよく分かる。物資の不足の中でも、特に深刻だったのは石油で、ドイツ軍は1942年夏から1942年初冬にかけてカスピ左岸のバクー油田を占領することで、慢性的な石油不足を解消しようとするが、カフカス山脈の中央部まで進出した時点で、これも補給難に陥り撤退している。(ブラウ作戦)

自動車部隊があまり役に立たないので、ドイツ軍は物資の輸送の主力を鉄道に振り向けたが、兵站問題を解消するには至らなかった。なぜなら、ドイツの鉄道車両を走らせようとしても、ソ連のレールはドイツのものと、軌間が異なっていたので、修復するには時間と手間がかかり、枕木の数も3分の1少ないために、それを補ってやらなければ大型機関車を走らせることはできなかったのである。また、ソ連の機関車は撤退時にことごとく破壊されていたことも鉄道による物資の補給をさらに困難にしたと言えよう。慢性的な物資の不足に喘いでいたドイツ軍は、1942年6月にスターリングラードを巡る攻防戦(スターリングラード攻防戦)において、双方合わせ150万人を超える戦死者、戦傷者を出す壮絶な地上戦を行った結果、ソビエト軍に対し大敗北を喫したことが原因となり、独ソ戦敗北は必至となった。

上記の史実を振り返ってみるならば、電撃戦の弱点は物資の補給が追いつかない事及び物資の補給が軽視されることにあるのではないだろうか?ナチス・ドイツ軍も独ソ戦が開始されるまでは、電撃戦によって短期間に勝利していたので、兵站が問題になることはなかったが、広大なソ連領では電撃戦の弱点が露呈することになったと言えるのではないだろうか?


ロンメルは名将だったか


ロンメルは第二次世界大戦で、最も有名なドイツ軍人の一人である。特に1941年2月にイタリア軍支援のために砂漠の北アフリカに派遣されたロンメル将軍は巧みな戦車部隊で英軍を圧倒し、英首相チャーチルからも「ナポレオン以来の戦術家」とまで評され、彼の神出鬼没な戦い方は「砂漠の狐」という異名を持って呼ばれるようになった。しかし、天才ロンメルは、なぜ北アフリカで敗北することになったのか?物資の補給という観点からこの問題を確認してみよう。

エルウィン・ロンメル


ロンメル将軍の北アフリカ戦線における北アフリカ到着から撤退までの軌跡は以下。

1941 2/3~

2/3 ロンメル、ドイツ・アフリカ軍団司令官に就任

2/12 ロンメル少将トリポリに到着

3/31 ロンメルはキレナイカ(ベンガジ東方)へ進出しトゥブルクを包囲しエジプト国境にせまる。

6/15 チャーチルは地中海経由で戦車300両を英軍に補給し「バトルアクス作戦」を発動させる。2日後作戦は失敗に終わる。

11/18 英軍オーキンレック司令官、「クルーセイダー作戦」を開始。当初ロンメルは優位に戦局を進めたが結局一時的にキレナイカより後退する。

1942 1~

1/5 本国より補給船団が到着

20 ロンメル、英軍に大攻勢をかける。

29 ベンガジを再占領。

5/26 トゥブルク攻略作戦開始

5/31 緊要拠点、大釜陣地占領

6/20 北アフリカ戦略拠点トゥブルク要塞を陥落させる。

6/22 ロンメル、元帥に叙される。

7/1 ロンメル元帥、エル・アラメインへ攻勢に出るも失敗

10/23 英軍の大反抗作戦開始 「ライトフット作戦」

11/ 1 英軍「スーパーチャージ作戦」を発動 ロンメル軍後退する。

8 米軍アイゼンハワーが北アフリカ、アルジェリア方面に上陸「トーチ作戦」

1943 2~

2/~  ドイツ・アフリカ軍集団チェニジア方面に撤退する。

3/9  ロンメル元帥、アフリカを去る。


北アフリカ戦線当時のイギリス軍は、アレキサンドリア周辺の沿岸部のみを支配しており、残りの拠点としては、マルタ島とジブラルタル海峡を保有するにとどまっていた。しかし、戦略上の観点からはこの2つの拠点を抑えていたことはイギリス軍にとって非常に大きな意味があった。まず第一に、英軍はジブラルタル海峡を保有していたので、地中海の細い入り口を通って、ドイツの艦艇が増援のために地中海の入る事は極めて難しかった。さらに、マルタ島を保有していたので、潜水艦と航空機を出撃して、枢軸国(ドイツとイタリア軍)の海上補給路を脅かし、ロンメル軍の補給を困難なものにしていた。これに対して、ドイツ軍もクレタ島やシシリー島から、「シュトゥーカ」急降下爆撃機を出撃させて、英艦艇を次々と攻撃することで応戦している。マルタ島は全島穴だらけになるほど激しい空襲を受けながらも、何とか持ちこたえ、ロンメルを敗退させる最も主要な役割の一つを果たしたと言われている。ロンメル自身も兵站の重要性を認識しており、次のような言葉を残している。

軍隊が戦闘の緊張に耐えるためには、まず第一に不可欠の条件として武器、石油、弾薬を十分に貯えることである。実際のところ打ち合いが始まる前に、戦闘は兵站将校によって行われ決定されるのである。いかなる勇敢な兵士といえども銃なしでは何事もなしえず、銃は十分な弾薬なしには何事もできない。だが、機動戦においては、車両とそれを動かす石油が十分になければ、銃も弾薬も大して役に立たない。保守修繕も、敵のそれに対して量的にも質的にも同等でなければならない。

兵站の補給問題は北アフリカ戦においても最大の課題であったことは間違いないが、補給戦の著者、マーチン・ファン・クレファルトはロンメル軍の兵站の困難は海上での損害よりも、むしろアフリカ内陸での遠距離-かつ脆弱な補給線に原因があったと指摘している。つまり、トリポリからエルアラメインまでに、補給線がのびきってしまい、それに対して確実な兵站システムを持たなかったことがロンメル軍の敗因であったというのだ。

実際のところ、ロンメル軍の参戦初期において、ドイツ軍もクレタ島やシシリー島から、「シュトゥーカ」急降下爆撃機で、マルタ島を出撃する英艦艇を何度も撃沈させていたので、イタリアから、トリポリやベンガシに対する補給ラインはそれほど攻撃されることはなかった。マーチン・ファン・クレファルトが指摘するように、ロンメル軍が物資補給に悩んだ本当の原因は沙漠の北アフリカで物資の補給がうまくできなかったためである。たとえば、エルアラメインの戦闘に際して、アフリカ装甲軍の限られた貯蔵物資の3分の1もが、エルアラメインではなく、背後のベンガシになお滞留していたという。

なぜこのようなことが起こったのだろうか。まず第一にドイツ軍の一部しか自動車化されていなかったので、砂漠地域で物資を運搬するトラックの数が圧倒的に不足していたという事実がある。せっかくイタリアから地中海を渡って、北アフリカのトリポリに物資を運搬してもそこから前線地域にまで、それを運ぶことが至難の業だったのである。2つ目として、砂漠地域では兵器等の消耗速度が通常の戦争よりも速くなってしまうということも挙げられる。ドイツ製の戦車のエンジンの寿命は、暑熱や悪路の影響のために、1400-1600マイルから、実に300-900マイルまで短くなっていた。ロンメル軍が前線で勝ち進めるほど、物資の補給は困難になっていたのである。

しかし、状況はさらにドイツ・ロンメル軍に対して不利になっていく。それまでアフリカ行きの護送船団をシシリー島の基地から守っていたドイツ第10航空軍が1941年6月始めに大部分ギリシャに移動させられた。それ以降、地中海の輸送船団の被害が急激に増え始めた。7月には、リビアに送られた全補給物資の19%が沈められた。8月には9%、9月には25%、10月には再び23%の被害を受けた。また、ベンガシはイギリス空軍の行動半径に入っているので、同年9月に大爆撃され、トゥブルクは大型船が乗り付けることができないので、ロンメル軍が前線で戦闘を開始しても、補給線は常にトリポリから運ばなければいけなかったので、兵站が大問題となった。トリポリから最前線、エルアラメインまでの距離は実に1,000マイルを超え、輸送途中で車両の35%が故障していたのだから、補給業務が非常に困難であった事は想像される。そして、物資が十分に前線部隊にまで供給できなかったので、1942年11月にロンメル軍は撤退を開始した。兵站というのがいかに難しいかということがこの戦史から伺い知る事ができるだろう。

以上のことから、ロンメル軍が北アフリカ戦線において、補給困難に陥った理由には次の3つが考えられる。
1) 北アフリカの港の港湾能力が低い事。
2) トリポリから前線までの補給ラインが長い事。
3) マルタ島を攻略できなかったので、イギリス空軍によって輸送船が沈められたこと。

最後に

戦争というのは、激しい弾薬の応酬をイメージしてしまうが、物資の補給が戦争の9割を占めると言われている。この非常に地味で勝つ重要な数学問題に対して、常に軍隊は悩まされてきたと言えるだろう。補給戦の著者、マーチン・ファン・クレファルトは最後に、将軍ウェーベルの次の言葉を引用している。物資の補給がいかに難しいのかということが端的にわかる名文ではないだろうか

戦争を見れば見るほど、いかに戦争がすべて管理と輸送に依存しているかが分かる。諸君が軍隊をどこへ、いつ移動させたいと思っているかを知るには、熟練も想像力もほとんど必要としない。だが、諸君がどこに軍隊を位置させることができるか、また諸君がそこに軍隊を維持させることができるかどうか知るには、たくさんの知識と刻苦勉励とが必要である。補給と移動の要素について本当に知ることが、統率者のすべての計画の根底とならなければならない。そうなって初めて統率者は、これらの要素について危険を冒す方法と時期とを知ることができるし、戦闘は危険を冒すことによって初めて勝利が得られる。

汝、望むなら下記を読みクリックせよ

Per me si va ne la città dolente,
per me si va ne l'etterno dolore,
per me si va tra la perduta gente.
Giustizia mosse il mio alto fattore;
fecemi la divina podestate,
la somma sapïenza e 'l primo amore.
Dinanzi a me non fuor cose create
se non etterne, e io etterno duro.
Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate' .


出典:AFP

今年行動する人はクリック→ワシントンD.C時間 2008年20年11月4日より歴史が加速する

関連書籍

変革のプレイヤー

人間の性


出典:第二章 環境変化と移動と農耕 ~絶滅種の挽歌~ 対策編
国際政治を考える際に「覇権」(ヘゲモニー、hegemony)という言葉はとても重要だ。国家間の関係は、国連などの場での建前では、あらゆる国家が対等な関係にあるが、実際には大国と小国、覇権国とその他の国々の間に優劣がある。今の覇権国はアメリカである。
「覇権」は一般的には、国際的な「支配」と同義のように使われており、私もそのように漠然と思っていたが、よく調べてみると、覇権は、いわゆる支配とは定義が明確に異なる。覇権とは「武力を使わずに他国に影響力を持つこと」である。支配という言葉から思い起こされる、武力によって他国を傘下に置く植民地、保護国、傀儡政権などは、覇権の範囲に入らない。
出典:覇権の起源(田中 宇)

Aug 28, 2008 Survey: Most Americans may back strike on Iran 出典:Jerusalem Post

1990ー2010 20年 米国の覇権終焉
2010ー2030 20年 多極化する世界
2030ー2050 20年 現代文明の崩壊

1990ー2010 20年 利権団体の粉砕
2010ー2030 20年 日本国の水素化
2030ー2050 20年 水素覇権の確立

第一段階 水素文明グランドデザインの完成
第二段階 ワールド・コア・メンバーの教育
第三段階 炭素文明の終焉と水素文明の誕生

後はフリーターや派遣社員、ニート、サラリーマンの生活がより苦しくなり彼らが行動するのを待つだけである。上記の階層は総じて自営業者や医者弁護士フリーのジャーナリストやライターに比べて勇気もなければ知的でもない。しかし、数は多い。彼らは毒電波の発生源であるマスメディアとネットで戦う事になるだろう。

作戦とすれば知的な人間で新時代の教科書マニュアルを準備しつつ、勇気のある人間でその伝達網を整備する。良い数学公式や病気の治療法があっても、それを伝える方法がなければ社会全体では意味がない。知的集団で英語日本語の教科書は英語版は完成し、日本人用の教科書も製作中である。また、ネット出版である『連山』以外にも各種の手法で伝達している。

変革のプレイヤーは窮まった人々である。知的で行動力のある人々は生計に余裕がある上に上記の教科書や伝達手段の充実で手がいっぱいである。窮まった細民貧者が待っていても誰も助けてはくれない。歩が動かないと飛車も角も動けない。それがセオリーであり定石である。詳細は下記を読んでもらいたい。

人は出来るからするのではない。人はしなければならないからする。生きる為にだ!


2008年8月30日

枯渇する石油、蘇る寄生虫

ロシアの石油がいよいよ枯渇して来ました。それが戦争の原因です。
詳細はテレビ放送もされた下記書籍『地獄のドバイ』を参考にして下さい。
石油の枯渇による日本の未来を簡単に記載したコラム日本の未来

関連コラム:黒海とペルシャ湾における高速型の核魚雷の情報

参考コラム:中国情報局によるロシアにおける化石エネルギーの枯渇問題

参考コラム:高度7メートルの対艦ミサイル P270Sunburn モスキート

 戦後生まれにとっては寄生虫が体内にいるとか感染したなんていうと「どんだけ不潔やねん」とか「海外で変なことしたんちゃうか」と思われる。 寄生虫は養殖されていないサーモンや火をしっかり通さない豚肉、生野菜に卵がついていて人体に入る。恥ずかしいことに私は大人になるまで天然の鮭で寿司や刺身は食べられないと知らなかった。今ではノルウェー産のサーモンを見る度に寄生虫の話を思い出す。また内モンゴルから来た友人がナマモノ大好きの私に「生」は絶対に食べないと言っていたのを思い出す。

 今では自分以外の生命体が中で動き回るエイリアンさながらの状況に遭遇することはめったにない。ところが戦前の日本人は70%以上が感染していたというのだから驚きで、戦後に0.2%まで感染率を落とした徹底ぶりも見事なものだ。しかし 寄生虫の存在に苦しめられた日本人が自発的に対策をとったわけではなく、敗戦後にやってきたアメリカ人は生野菜をサラダで食べるので日本の虫付きの自然農法に耐えられなかったのが撲滅運動の発端だった。おかげでそれまでの人糞を使った有機肥料は禁止され化学肥料を使わなければならなくなった。石油に頼りすぎた農業は今日本を苦しめているが、寄生虫が原因の病気になる確率はうんと減った。

 現在、石油枯渇で化学肥料の減少と自然や健康ブームで日本は今戦前の体制に戻ろうとしている。ということは寄生虫付きのお野菜との生活がまたまた始まることになる。キャベツと言えば青虫の世代には平気かもしれないが、きゅうりは真っ直ぐ、完全に土のついてない野菜が当たり前の今時の子供やママさんにとっては「ギャー」って感じだろう。私も温野菜よりもサラダ好きな方としては勘弁して欲しい。虫はどうしても好きになれない。

目黒寄生虫館[世界でたったひとつの寄生虫の博物館、ミュージアムショップのオリジナルグッズがおもしろい。]

 最近では我が子には有機栽培野菜を!と思うお母さんが流行の自然色ブームに増えてきた。「野菜をよく洗う」「幼児の食べ物にしっかり火を通す」「帰ってきたら手洗い」をせずにひたすら食べさせ続けたら子供が苦しみだして駆虫剤を飲ませるとカイチュウが山ほど出て来ることもあったらしい。虫が食べるほど安全でおいしい野菜に虫は卵を産む。だから自然を侮ってはいけないということだ。

 ここまで読んでたら「化学肥料が大好き!」「寄生虫のいるような有機栽培野菜嫌い!」になってしまいそうだが、別に自然野菜より農薬&科学肥料たっぷりの野菜の方がいいと言っているわけではない。寄生虫はそんな極悪ではないことも知っておかなければならない。寄生虫は寄生しなければ生きていけないのだから人体を即消滅させるような毒虫でもなければ住まわせてもらってる分働くカイチュウもいるようだ。実際回虫と仲良く共存してる人もいる。寄生虫学者の中にはわざわざ自分で感染して研究した人々もいた。

 まず、戦前の寄生虫を腹で飼ってた世代から現代に断然多くなった花粉症や様々なアレルギーはカイチュウがお腹に住んでいるとおさまるそうだ。このことに関しては詳しくは寄生虫学やウンコで有名な藤田紘一郎先生が著書等で書いている。カイチュウは成長するために食べたものを横取りするので痩せるというサナダ虫ダイエットというのも有名だ。寄生虫の感染がアレルギー疾患の発症を抑えるとしたらアトピー性皮膚炎や花粉症、ぜんそくで苦しむ人々が治療法として早く確立して欲しいものだ。このまま石油が枯渇して日本の農業のほとんどと輸入野菜が化学肥料から糞尿を使った農法なれば毎年花粉症で苦しむ人が少なくなるかもしれない。

 とはいえカイチュウがお腹に2匹くらいなら問題ないだろうが何十匹が共生することはできない、そうなると腸を食い破ったり臓器に侵入して炎症起こしたりする輩が出て来る。戦前は国民病の一つで感染率は高いとはいえ、定期的に虫退治の対策はしていた。藤田先生が小学生の頃は年に3回小学校で「カイチュウ駆除デー」があったそうだ。苦い海人草をぐつぐつ煮て飲むそうだ。飲んだ子供は口から回虫を吐いたり、肛門から引っ張り出したりして教室に積まれるそうだ。家でも虫下しをしていたのだろう、化学肥料の枯渇による自然食復活が寄生虫の復活につながる。エコやロハスになって石油を使わない生活が来るということはこういう心配もあるなと思った。

 戦後寄生虫感染が激減し、ほとんど完璧な衛生環境を持った国となった日本でこの分野の研究や治療は廃れてしまったようだ。たとえ回虫に感染して胃腸に虫がつまって痛くなって病院に行っても、カイチュウなど見たこともないお医者さんは「食あたりか?風邪か?」と診断する。その知識のあるお医者さんを増やさないとこれからカイチュウ患者がどっと出るかもしれない。医者と薬品の準備はしておいて欲しい。患者の方も虫の存在を知っておかないと「ある朝トイレでお尻がもぞもぞすると思ったら肛門から白いテープが30cm出てました。」という状況にパニックになるかもしれない。「虫下し飲まねば!」と早期発見、判断できれば大事にはならずにアレルギーも出ない良い共生の道を歩けるだろう。

鑑賞コラム:行動原理に忠実なロシア

2008年8月29日

連山とプーチンが共闘か!?


出典:AFP/Carole Landry


上記にあるように、" プーチン首相は米テレビ局CNNとのインタビューで、「米国の誰か」がある米大統領候補に「有利な状況を作り出す」ことを目的に、「グルジア紛争を起こした」と語った。 "とあるがこれは真実である。ある有色人種の大統領になれば困る人々がアメリカにはいる。日本はアメリカと同盟関係であり、日本人である我々はペンタゴンにミサイルを突っ込ませたり、WTCをテルミット弾と偽装した軍用機を衝突させて破壊したテロリストを決して許さない。

大ハーンは最高幹部クリルタイで日本の自立を支援しているが最優先は上記のテロリストの捕縛であり、情報公開が最も優先されている。プーチンはグルジア戦においてイスラムの新軍を敵に回した。この戦略的不利を悟り、アメリカにいるテロリストを裏切ったようだ。そうなればロシアが欲しているモノCyberULSは提供する用意も考えもある。その中心人物は次の日本国民により選択された人になる。時代はいよいよ大詰めとなってきた。大日本帝国が崩壊した時、満州国は瓦解した。捏造帝国が崩壊すれば、その傀儡国も崩壊する。いまが新生の時である。東国の民よ、約束された場所に集え!!

既に勝利は確定した。共に祭りを祝おうぞ!

戦犯は日本の原発利権、電波利権、薬害利権である。彼らを滅ぼし刑務所に放り込む!友人であるロシア人、アメリカ人、中国人、に我らは感謝する!

ハンニバルの敵はイスパニア人でも、ヌミディア人でも、ガリア人でも、ローマ人でも、マケドニア人でもない。ハンニバルの真の敵は本国にいるハンノ派門閥貴族である。アメリカの友人が終わり次第、次は日本だ! 精々、首を洗って待っていろ!!








知識人の補給戦(2)

このコラムは、知識人の補給戦(1)の続きです。

連山編集部


出典:算術する革命家
◆大学院生倍増計画 大学院生が増えた背景には、大学院生の数を倍にすべきとした1991年の大学審議会の答申がある。大学院を新設する大学への補助金が増額され、大学院が作られた。91年時点で320だった大学院の数は、昨年5月には598に。院生も約10万人から約26万人に増加した。
出典:末は博士も就職難
1. 大学院重点化で量産された博士
余剰博士問題が深刻化した原因を作ったのは、文部科学省の大学院重点化政策である。1996年に大学審議会は、「大学院の一層の量的な拡大が求められる中で,質的な面での抜本的な充実と改革が必要となっている」[文部科学省:大学院の教育研究の質的向上に関する審議のまとめ] と大学院重点化の理念を語ったが、量的拡大を行った結果、質が大幅に低下したというのが現実である。略
もちろん、本音と建前は別である。法科大学院設立の表向きの理由はプロセス重視の法曹養成である。従来の司法試験は一発勝負の性格が強く、受験生は、受験技術の詰め込みに走る傾向があったが、法曹には、専門的な法律知識の他、高い倫理や教養も求められるので、真に優秀な法曹を育てるには、全人的な接触のなかで、対話重視・プロセス重視の教育を行う必要があるというわけである。略
4. プロセス重視だと茶坊主が有利になる
プロセス重視の教育で、子供たちは勉強しなくなり、代わりに、教師に対して「良い子」を演じるのがうまくなった。略
出典:末は博士かホームレスか

産業革命時代、労働者は奴隷状態でした。彼らは労働組合や労働争議、選挙を通じて権利を獲得してきました。教育利権の為に搾取される学生達はどうでしょうか。もし、自分が知識階級であり、尚且つ、生活が貧しいと考えるなら行動をするべきでしょう。高齢化し貧困化した知識人ほど惨めな存在はありません。5年後の日本は高齢化による年金医療問題により貴方達はもっと惨めになるでしょう。商品価値のない人間はいらないというのが確定した日本の未来です。そんな未来を変更するなら自分で決断して行動してください。軍隊における補給問題は知識人への生活費や社会における知的情報の供給という意味があります。知識人が貧しいのは知的でないか、知的を活かす場と繋がっていないか、のどちらかです。良い商品があっても市場に出せなければ意味がありません。
関連コラム:ロシアのエネルギー危機が核戦争を誘発するか?

鉄道全盛時代のモルトケ戦略

時は経て、19紀後半のプロイセンの参謀総長モルトケの時代に移る。この時代には、ナポレオン時代にはなかった鉄道というものが、軍事史にようやく登場することになる。モルトケは,鉄道を活用し,主戦場に迅速に大量の兵士を投入できる仕組みを作ったことでドイツ史にその名を残している。1866年の普墺戦争、1870年の普仏戦争に勝利し、モルトケはドイツ各地の諸邦をプロイセンの主導するドイツ帝国に統一した。

鉄道の利用により、軍隊と食料を戦線に迅速に送ることができた結果、ドイツ軍は勝利を獲得することができたというのが歴史の通説である。しかし、著者のマーチン・ファン・クレフェルトは兵站という意味において、当時のプロイセン軍の鉄道はほとんど機能していなかったと断言している。例えば、補給戦の中に次のような記述がある。

1866年戦役中での鉄道利用は、成功したとはとても言えないであろう。確かに動員はスムーズに進んだ。すなはち21日間の間に、兵員19万7千人、馬5万5千頭、あらゆる種類の車両5300台が展開され、この時期にモルトケを訪問したある士官は、モルトケがソファーに寝転んで読書しているのを見たという。しかしながら、その後に続いた鉄道作戦は決して満足すべきものではなかった。この時初めて明らかになったのは、兵站駅に補給物資を送るよりも、そこから前線の軍隊に補給物資を送る方が、はるかに難しいということだった。

全体の補給担当者が鉄道管理をうまくできなかったようだ。兵站駅から前線までの物資補給がうまくいかなかったので、各軍団の補給将校が兵站駅に物資を求めて突進してくるのが当たり前のような状態になり、兵站駅は常に混乱していたようである。そのため、鉄道に物資を積み込み、前線近くの兵站駅に送ろうとしても、途中で停止し、1万7920トンもの補給物資が線路上で立ち塞がりになり、そのうちパンもかいばも腐り、牛は栄養不足で倒れていったという。兵站システムに鉄道を使用するというアイデアは良かったのだが、それをうまく活用するだけの訓練がプロイセン軍はしていなかったということだ。

それでは、4年後に行われた普仏戦争では、プロイセン軍の兵站問題は解決されていたのであろうか。著者のマーチン・ファン・クレフェルトによると、補給面において、プロイセン軍の進歩はほとんどなかったいう。1870-1871年のドイツの全作戦(普仏戦争)は、結局のところ対戦国のフランスがヨーロッパ中、最も豊かな農業であること、そして戦争が1年のうちで条件のよいシーズンに開始されたからこそ可能になったのである。

つまり、どういう事かと言えば、モルトケの時代には、十分に鉄道が発達していたと言っても、プロイセン軍がフランスと戦争を行うことができたのは、フランスが農業国で食料が十分にあり、そこで現地調達をすることができたからというのが現実だったようだ。プロイセン軍の第二軍兵站官が、「敵国では本国にいる時のように物を節約する必要はない」と言っているほど、プロイセンとフランスで食料供給量は異なっていたのだ。

よって、プロイセン軍は結局のところ、食料をフランスで現地調達しなければいけなかったので、昔の軍隊と同様に常に移動しなければならなかったのである。ナポレオンが補給の問題から、包囲戦をできなかったことは既に紹介したが、兵站であくせくしなければいけない軍隊は常に食料を求めて移動しつづけなければいけないので、一カ所に止まる事はできないでのある。

普仏戦争で、プロイセン軍がフランスを包囲した時にこの問題が起こった。包囲戦が長期化したので、包囲している側の食料が底をついたのである。パリ包囲の場合は2ヶ月間にわたって、実質的に軍隊の軍事機能を停止させ、そのかわりに各部隊に命じて自分の食料を探させることが必要だった。

軍隊を食料生産手段として展開させたのは、著者の知識によれば、1789年以来軍事史上類のないことであり、もしナポレオンが生きていたらびっくり仰天しただろう。(略) モルトケの軍隊は移動の間だけ食を手に入れることができたこと、一カ所に数日間以上留まると大きな困難が生じたこと、モルトケの手中に軍事機構は結局のところ近代的ではなかったのである。

プロイセン陸軍の兵站制度の欠点は著書の中で取り上げられている。主なところは以下に抜粋してみよう。

1. 鉄道守備隊は武装が十分でなく、自分を守ることができなかった。

2. 進軍の規律は弛緩しており、車両の整備はあまりに不十分だった。

3. 鉄道と軍隊の補給に余り関係がなく、野戦官は列車の所在に無関心だった。

4. 弾薬の消費量が少なかったため、列車の補給がなくても問題が起こらなかった。

5. 鉄道そのものに問題があった。

6. 兵站駅が軍隊の進撃に歩調を合わせることができなかった。

7. 兵站駅から前線まで補給物資を移動させることができなかった。

結局、モルトケの兵站制度における鉄道の利用は、兵站制度が歩兵の足から、車輪に移すその最初の発端となった点が画期的だったのであり、それ以上の意味をこの時点では持ち得なかったということになる。


壮大な計画と貧弱な輸送と

第一次世界大戦において実行されたシュリーフェン作戦を、著者、マーチン・ファン・クレフェルトは兵站面において非常に杜撰な作戦であっと位置づけている。さらに著者は、このシュリーフェン作戦を補給の面から、改善を行ったのが、小モルトケであったと指摘している。しかし、この主張は間接アプローチを書いたリデルハートの意見とはまっこうから反対するものである。小モルトケによって、シュリーフェン作戦が骨抜きにされた結果、ドイツ軍は短期間にフランスを降伏させることができなかったというのがリデルハートの主張だからだ。史実はどうだったのであろうか? 

france2

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それでは、シュリーフェン作戦について簡単に説明しよう。第一次世界大戦当時のヨーロッパの情勢を知りたい方は以下のコラムを参考にして頂きたい。第一次世界大戦の特異点  

第一次世界大戦前にドイツの参謀総長であったシュリーフェンは、フランスとロシアを個別撃破するために、まず注目したのは、ドイツ国内の鉄道網である。これによって大量の兵士と物資を国内で輸送することが可能となった。まず、初戦で大量の兵士と物資を西部戦線に投入して、フランスを降伏させ、その後、鉄道網を使用する事で、迅速に東部戦線に向かい、ロシア軍を撃退するという作戦をシュリーフェンは描いていた。迅速に西部戦線のフランスを攻略することで、ドイツにとって悪夢であったフランスとロシアの2正面作戦を回避しようというのが、この作戦の趣旨である。

まとめると、シュリーフェン作戦の概要は次のようになる。

①ドイツ軍の全兵力の8分の1で東部のロシア軍に備え、残る8分の7の兵力で西部のフランスを強襲する。

②フランスを撃破するための期間は6週間を目標とする。

③短期間にフランス軍を撃破するために、カンネーの戦いを参考して、ドイツ軍右翼に、72個師団のうち、53師団を割り当てる。

④フランスを撃破した後は、迅速にロシアとの東部戦線に割り当てる。

この作戦を小モルトケは、右翼軍は西部戦線の全兵力の8分の7を持つものとされていたのを、3対1へと改め、また東部戦線にロシア軍が進出すると、右翼軍からそうそうに2個軍団を引き抜いてしまった。この小モルトケによる作戦変更により、シュリーフェンプランは本来の計画の徹底性を失ったまま遂行される。その後、ドイツ軍はベルギー領を通過して、英仏軍を撃破した後、フランス領に進出する所までは計画通り良かったが、9月6日-9日にかけて戦われたマルムの会戦で前進を阻止され、西部戦線は膠着状態のまま、長期化することになったのである。

それでは、シュリーフェン作戦が原案通りに実行された場合、ドイツ軍はフランス軍を短期間に打ち破ることができたろうのであろうか? まず、ドイツ軍の右翼は短時間の間に、長距離を行軍しなければならない。作戦期間は6週間(42日間)、行軍距離は400マイルである。さらに、そのような大規模な軍隊への食料を現地調達で確保することができたのかどうかという疑問が残る。食料が現地調達できなければ、ドイツ軍はドイツ国内から輸送する物資を安全に前線に運ぶためにベルギー、フランスにおける鉄道網を爆破されないように死守しなければいけない。 物資補給の観点から、この2つの問題を解決しなければシュリーフェン作戦は成功しなかったことになる。

第一次世界大戦当時において、一箇軍団に期待できる最大の進撃速度は15マイルであったと言われている。そこで、シュリーフェンは25日間でセーヌ川に到達するように命令していたいう。25×15=375マイルとなり、全く休息をせず進軍を続けても、最右翼の第一軍は25日間で、セーヌ川にまで到達することができない計算になる。さらに、途中でベルギー軍、フランス軍との間で戦闘が開始されれば、到着日時はさらに遅れることになるのだ。すさまじい速度でドイツ軍の最右翼は進撃しなければいけないので、敵軍と対峙しても疲労のために相手と戦闘することさえできなかったかもしれない。

シュリーフェンは作戦を実行する上で、物資の補給について感心をほとんど示さなかったようだ。ベルギー国内の鉄道網は無数のトンネル、鉄橋、立体交差点から成り立っており、爆破するのは簡単だったのだが、それらが爆破されないという希望的観測の基にシュリーフェン作戦は立案されていたのである。よって、シュリーフェン作戦においては、補給線を維持する部隊に武器を与えることは考えられていたなかったし、ベルギーの鉄道線が爆破された場合に、それを回復するために、ドイツ民間会社を動員することも考慮する事もしなかったという。よって、シュリーフェン作戦が成功するかどうかは、ドイツ軍の最右翼の非常なまでの努力と、ベルギー、フランス国内の鉄道網が敵軍によって爆破されないという幸運と、爆破された場合でもドイツ軍が現地で大量の食料を確保できるという奇跡が重ならなければ成功しなかったであろう。

ナポレオンの時代には軍隊が第一次世界大戦時と比較して、小規模であったことから、本国からの物資の輸送が十分ではなくても、現地調達を繰り返すことで、シュリーフェン作戦は実行可能であったかもしれない。第一次世界大戦以後においても、自動車輸送部隊が活躍することから、鉄道が破壊されても軍隊への物資の補給はかなりの面で解決されたに違いない。しかし、この第一次世界大戦において、このシュリーフェン作戦を実行するのは兵站システムの問題から、実行不可能であったと言うのが、補給戦の著者の結論である。おそらくそうであったのだろうと個人的にも考えている。

しかし、シュリーフェン作戦が意外な功を奏したのは第一次世界大戦ではなくて、第二次世界大戦であっというのが歴史の面白いところである。第二次世界において、ベルギー軍はシュリーフェン作戦の亡霊に取り憑かれるあまり、ベルギーがドイツに占領された場合でも相手の補給システムを麻痺させるために、国内の鉄道網に大量の爆薬をしかけていたのであるが、ドイツ軍の主力はアルデンヌの森を越えたのである。ベルギーだけではなく、フランスまでもがドイツの電撃戦の前になす術が全くなく、1ヶ月程度で降伏することになった。第二次世界大戦のヨーロッパ戦に興味のある方は、 第二次世界大戦の間接アプローチ をご参照いただきたい。




2008年8月28日

農林中金の金と暗躍する女スパイ

農林中金

詳細は音声ファイルを聞いて下さい。
 ↓
2008年8月26日 農林中金が証券化投資を拡大
既に日本の農業や漁業は原油価格の高騰で大きな危機に瀕しています。その状態でどうして膨大な損失を覚悟して、百姓に説明なしに海外で運用するのでしょうか? 上記の音声ファイル(MP3)を聞いて下さい。

四分五裂


出典:民主党の渡辺秀央、大江康弘、姫井由美子の3参院議員が28日、鳩山由紀夫幹事長に離党届を提出

次の総選挙で自民党は敗北し消滅する。これは世界の都合によりそうなるのである。自民党の消滅は民主党の分裂を誘発する。その現象が既に上記のように発生した。自民党に未来はないが民主党にもない。だから個々の議員は独自に動き始める。ある議員は半島、ある議員は中国、ある議員はロシア、そして、ある政党はアメリカより支援を受けて来た。これは敗戦国の悲しい宿命である。しかし、それも終わる。キーワードは情報公開である。

女と金で籠絡された日本の管理職


北朝鮮女性スパイ、'性ロビー'で将校から軍事機密入手
 北朝鮮でスパイ教育を受けた30歳代の女性が偽装脱北し、韓国で入手した軍事機密を北朝鮮に伝える活動をしてきた疑いで、警察に検挙された。 水原(スウォン)地検・京畿道警・国軍機務司令部(機務司)・国家情報院(国情院)などで構成された合同捜査本部は27日、偽装脱北した後、国内で軍将校3-4人や脱北者団体幹部と接近しながら入手した軍事機密などを北側に伝えてき疑い(国家保安法違反)で、ウォン・ジョンファ容疑者(34、女)を逮捕した、と明らかにした。
出典:中央日報
"南の高位層懐柔の目的で続けた美女スパイの南派"
脱北者同志会 "10年間スパイがいなかったのではなく捕まらなかっただけ" 梁貞兒記者 [2008-08-28 15:44 ] 韓国語の記事を読む 脱北者同志会のホン・スンギョン会長が、'脱北者偽装スパイ事件'と関連し、ウォン・ジョンファ以外にも美人女性スパイが韓国の高位層を懐柔する、北朝鮮の対南戦略は続いていたと語った。 ホン会長は28日、平和放送ラジオの'開かれた世界、今日、イ・ソグです'に出演し、"10年間スパイがいなかったはずはないと思う"と述べ、"既に潜伏したスパイもいて、また派遣されたスパイもあり得る。韓国政府が北朝鮮に対して宥和政策をとるほど、スパイも更に多く行き来できると思う"と明らかにした。 出典:The Daily NK

生まれてからずっと女性に持てなかった人間がいきなり美女にモテるはずがない。権力者はオベンチャラをいう人間に囲まれてそのような常識をすぐに失う。金と女を調べれば多くの不可思議な事象が証明される。つまり、全体の利益より、組織内組織や個人の利益を優先しているのだ。人間には二種類いる。短期的な願望に支配され個として存在するタイプと、長期的な願望により生かされているタイプである。前者は自分しかいない。だから自分が死ねば終わる。多くのマネーを海外から得て売国行為を行い、嘘の愛(女性)で脳内麻薬物質による嘘の快楽に溺れる。そこには真の自由も、真の智慧も、真の愛も、存在しない。
注意:全てが繫がっている腐敗の連鎖である上記の詳細が知りたい人は→ クリック

関連コラム:賽の河原とDivine Comedy

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知識人の補給戦(1)

連山編集部


出典:算術する革命家
◆大学院生倍増計画 大学院生が増えた背景には、大学院生の数を倍にすべきとした1991年の大学審議会の答申がある。大学院を新設する大学への補助金が増額され、大学院が作られた。91年時点で320だった大学院の数は、昨年5月には598に。院生も約10万人から約26万人に増加した。
出典:末は博士も就職難
1. 大学院重点化で量産された博士
余剰博士問題が深刻化した原因を作ったのは、文部科学省の大学院重点化政策である。1996年に大学審議会は、「大学院の一層の量的な拡大が求められる中で,質的な面での抜本的な充実と改革が必要となっている」[文部科学省:大学院の教育研究の質的向上に関する審議のまとめ] と大学院重点化の理念を語ったが、量的拡大を行った結果、質が大幅に低下したというのが現実である。略
もちろん、本音と建前は別である。法科大学院設立の表向きの理由はプロセス重視の法曹養成である。従来の司法試験は一発勝負の性格が強く、受験生は、受験技術の詰め込みに走る傾向があったが、法曹には、専門的な法律知識の他、高い倫理や教養も求められるので、真に優秀な法曹を育てるには、全人的な接触のなかで、対話重視・プロセス重視の教育を行う必要があるというわけである。略
4. プロセス重視だと茶坊主が有利になる
プロセス重視の教育で、子供たちは勉強しなくなり、代わりに、教師に対して「良い子」を演じるのがうまくなった。略
出典:末は博士かホームレスか

産業革命時代、労働者は奴隷状態でした。彼らは労働組合や労働争議、選挙を通じて権利を獲得してきました。教育利権の為に搾取される学生達はどうでしょうか。もし、自分が知識階級であり、尚且つ、生活が貧しいと考えるなら行動をするべきでしょう。高齢化し貧窮化した知識人ほど惨めな存在はありません。5年後の日本は高齢化による年金医療問題により貴方達はもっと惨めになるでしょう。商品価値のない人間はいらないというのが確定した日本の未来です。そんな未来を変更するなら自分で決断して行動してください。軍隊における補給問題は知識人への生活費や社会における知的情報の供給という意味があります。知識人が貧しいのは知的でないか、知的を活かす場と繋がっていないか、のどちらかです。良い商品があっても市場に出せなければ意味がありません。

序文

補給戦―何が勝敗を決定するのかを読んだ。それにしても興味深い一冊である。戦争を実行する上で、まず、戦争当事者が考えなければいけないことがある。それは物資の補給(兵站)である。戦争をするには、まず航空機や戦車や動かすガソリンが必要だし、兵士に供給する大量の食料が必要だ。武器も弾薬もなければ敵と戦うことができない。つまり、物資の補給がなければどんなに素晴しい戦略を打ち立てても実行することができないのだ。当たり前のことを言うなと苦言を呈する人もいるに違いない。しかし、しばしば戦争当事者であっても、この至極当然のことを忘れてしまいがちなのだから、恐ろしいものだ。

戦争と石油(8)


例えば、日本は資源が無いというハンデを負いながら、今から60年以上前にアメリカと太平洋戦争を開始した。資源がない日本は、戦争を継続させるために必要な石油も石炭もボーキサイトもスズも食料も東南アジアの資源地帯から輸入でまかなっていた。しかし、この日本と東南アジアを結ぶ長大なシーレーンを行き来していた補給船を守るために、日本海軍が護衛艦隊を創設したのは、戦争を開始してから、すでに2年(1943年11月)が経過した後だったのだ。念願の護衛艦隊が創設されたものの、もう時は既に遅く、日本の護衛艦隊は数、能力ともに飛躍的性能の向上を遂げて来たアメリカ潜水艦隊の敵ではなかったのだ。そして、物資が極端にまで不足し、国民生活の維持と戦争の継続ができなくなった1944年夏に東条英機内閣は瓦解したのである。物資補給という戦争当時者が最優先で考えなければいけないことが軽視していた好例であると言える。

補給戦の著者、マーチン・ファン・クレフェルトは兵站術を19世紀の軍事理論家ジョミニの定義から総合して、「軍隊を動かし、かつ軍隊に補給する実際的方法」と位置づけている。そして、司令官がまず戦争をするに当たってまず最初にすべきことを次のように指摘している。なかなかの至言である。

司令官が作戦行動とか戦闘発起、前進、浸透、包囲、殲滅、消耗など、要するに長々と続く全戦略の実行を頭に描き始める以前に、彼にはしなければならないし当然すべき事柄がある。それは麾下の兵卒に対して、それなくしては兵として生きられない一日あたり3000キロカロリーを補給できるかどうか、自分の才能を確かめることである。すなわちそれらの食料を正しい時間に正しい場所に送る道があるかどうか、また、これらの道路上での移動が、輸送手段の不足あるいは過剰によって妨げられることがないかどうかを確かめなければならない。

つまり、司令官の仕事とはまず第一に兵士に飯を食わせることができるかどうかということだ。それができなければ、どんなに素晴しい戦略も絵に描いた餅でしかない。補給戦の著者、マーチン・ファン・クレフェルトは、兵站の問題が技術や組織あるいは他の関係諸要因の変化によって、歴史的にどのような影響を受けたのか、また兵站術が戦略にどのような影響を与えたのかを明らかにしていく。本著を読みながら、物資補給の観点から戦争というものを改めて考えてみよう。

16-17世紀の略奪戦争

16-17世紀に行われた戦争の特徴を著者、マーチン・ファン・クレフェルトは「略奪戦争」と定義している。なぜ、戦争してまで、相手国から略奪しなければいけないのか、それは物資が無いから相手から奪うしか方法がなかったのだ。つまり生産体制が十分でないから貧乏だったのである。この時代の戦争を永井俊哉氏はディスインフレ型として位置づけているので、参考までにご確認いただきたい。

ディスインフレ型の戦争では、使用火薬量に対する戦死者数の割合が高い。資源の獲得が目的であるから、敵が所有していた資源(土地を含む)を戦利品として略奪することが頻発し、かつ容認されている。捕虜は、戦勝者のために資源を生産する奴隷として使役されたり、それができない場合には殺されたりすることが多い。

この時代の戦争は、相手から物資を奪うために戦争をするのであるから、こちら側にも当然、物資がないわけである。では、どうやって、戦争をするのっていったら、略奪しながら戦争をするということになる。そして、1つの場所で略奪を終えたら、次の場所に行って、また略奪を行うことになる。当時の軍隊は中国などで、頻繁に発生するイナゴの大群のようなものだったと考えればイメージ通りなのではないかと思う。民衆にとって、軍隊ほどやっかい存在はなかったであろう。マーチン・ファン・クレフェルトも著書の中で、当時の軍隊は、恐らく史上において最も補給が劣悪で、武装したならず者の略奪集団が、通る道々の田野を荒廃させることになったと指摘している。

このような状況だったので、当時の兵站制度が戦略に及ぼした影響と言うのは、常に移動しなければいけないということだった。胃袋の命じるままに物資がありそうな移動し続けることが当時の軍隊の行動パターンだったのである。さらに、兵站という観点から、軍隊の行動に影響を及ぼしたことがことがある。これは、河川の流れに沿って、行軍するというものだ。どういうことかというと、略奪した物資を輸送する場合、地上で行うよりも河川に船を浮かべて運ぶ方がずっと簡単だったのである。どれくらい河川沿いの輸送の方が楽だったのかは計算例が記載されてあるので参考にして頂きたい。

17世紀の軍事技術家として一流だった人の計算によれば、200トンの小麦粉と600トンの飼料を詰め込むのにたった9隻の船で足りたが、陸上だと200トンの小麦粉を運ぶだけで、600台もの荷馬車が必要だとしている。(重量単位のラストをトンに変換して記載しているので注意)

さらに、当時の戦争風景として面白い実例が挙げられている。食料を現地調達するとしても、それがコンビニエンスストアのように完成品が存在しているわけではない。その多くは原材料のままなのだ。キュウリやトマトなどの野菜はそのまま食べることができるので問題がないが、小麦などはどうしたのだろうか?

人馬に必要な食料のごく一部しか、完成品の形で手に入らなかったために、一カ所に長く駐留する軍隊は、必然的に食料生産機械と化した。穀物をひき、材木を集め、パンを焼き、かいばを刈ったのである。それらの作業は、数日おきごとに規則的に行わなければならなかったから、軍隊の通常の機能がいかに損なわれたかは明らかである。兵站のために、一軍の戦闘機能が全期間実質的に停止することが、実際に起こりえたのだ。

16-17世紀の長引く戦争において、ヨーロッパが疲弊したというのは、軍隊同士の激しい応酬の結果というよりは、軍隊の移動によって、多くの物資が現地調達されたので、民衆が食料不足に陥ったというのがどうやら実情のようだ。明日の食料も一から自分たちで製造しなければいけないのだから、相手の軍隊に打ち勝つための戦略・戦術も二の次でしかなかったということがよくわかる。よって、食料も十分に確保できなかったことから、戦争に必要な弾薬もほとんど使用されなかったのだそうだ。弾薬が十分に使用される戦争は1870年の普仏戦争まで待たなければいけない。

軍事の天才ナポレオンと補給

時代は18世紀の後半に移る。この時代にかの有名なナポレオンがヨーロッパに登場することになる。軍事の天才ナポレオンは兵站問題をどのように解決したのだろうか!?

今日は何の日?徒然日記

ここで、少し話しはそれるのが、戦争には包囲戦というものがある。日本では一般的に、兵糧攻めと呼ばれるのだが、これは豊臣秀吉が最も得意としていた戦法で、北条氏に対する小田原城攻めが最も有名である。しかし、16-17世紀のヨーロッパの戦争では、基本的にこの包囲戦というものはほとんど採用されることはなかった。なぜかというと、包囲戦というのは、兵糧攻めというだけあって、相手の食料がなくなるまでの我慢比べなのである。よって、包囲戦は時間がかかってしまうし、この当時の軍隊は食料はほとんど現地調達していたのだから、常に移動し続けなければならないのだ。結論として、包囲戦をしたいのであれば、本国からの常に補給を受け続ける事が前提となるのである。ナポレオンはこの包囲戦というものをどのように解決したのであろうか。

ナポレオンは、その生存中、包囲戦を行ったのは、たったの2回に過ぎず、イタリアのマントゥア包囲で軍隊を補給した際の彼の経験によれば、包囲戦での兵站上の問題を解決するのは、ボナパルトにとってさえ決して容易なことではなかった。

つまり、ナポレオンは補給の問題が解決不可能な包囲戦などは行わず、常に野戦で相手の軍隊を撃滅できる戦略を編み出したのである。ここらへんの割り切り方が、天才の天才の所以といえるかもしれない。

アウステルリッツ三帝会戦


ナポレオン戦争において、最も芸術的だと呼ばれたのはアウステルリッツの戦いである。これは、オーストリアのアウステルリッツ郊外で、ナポレオン率いるフランス軍が、オーストリア・ロシア連合軍を破った戦いのだが、一般的にはプラツェン高地をどれだけ完璧な方法で、フランス軍がオーストリア・ロシア連合軍から奪取して、敗退させたのかということが、注目を集める。アウステルリッツの戦いがどのような戦いであったのかということは、wikipediaに詳細に記載されているので、興味のある方はそちらをご確認いただきたい。ナポレオンはわざと自軍の右翼を薄くして、ロシアのアレクサンドル1世がプラツェン高地を捨てて、ダヴーを攻撃させるという罠をしかけている。これはナポレオンの戦略が素晴しかったというのが定説である。しかし、著者、マーチン・ファン・クレフェルトは、次のような面白い説明をしている。

ナポレオンにとって、幸いなことには、敵の同盟軍の補給はいっそう悪く、遂に崩壊を覚悟して「大陸軍」に対し攻撃をかけざるをえなくなった。その結果戦闘が行われた。そしてブローニュからアウステルリッツに至る「電撃戦」は終わったのである。

つまり、こういうことだ。ナポレオンの大陸軍より、オーストリア・ロシア連合軍の方がアウステルリッツの戦いにおいて、腹が減っていたのである。日本にも、「腹が減っては戦ができぬ」という素晴しい名言がある。腹が減った連合軍は、部隊が崩壊する前に一時も早くフランス軍に勝利しなければいけなかったのである。総指揮官であるロシアのクトゥーゾフ元帥は、プラッツェン高地を空白にする事に難色を示したが勝利を確信していたアレクサンドルⅠ世は聞き入れなかったという。腹が満たされていればもう少し冷静な判断もできたかもしれないと思うと歴史を見る視点も少し変わって来るのが面白い。しかし、兵站システムの点のみで、天才が天才と言われる所以を説明できないのは当り前のことだが一応指摘しておく。

それでは、兵站制度において、ナポレオンの大陸軍はオーストリア・ロシア連合軍よりも画期的なシステムを採用していたのだろうか? 残念ながら、ナポレオンはメモを取る習慣が無かったので、ほとんど資料は残っていないという。しかし、次のような命令書が残っていることから、基本的に食料は現地調達で、軍団長の責任だったようである。

ライン川から、ドナウ川までの前進の間、補給についてのほとんどの問題は、必然的に各軍団長の責任となっており、ナポレオン自身は部下を叱責するか、あるいは必需品を即席で作れとか、他の物で代替せよとか、「いかなる手段を用いても」軍に食料を確保せよとかの訓戒を垂れる以外には、ほとんど何も力を貸す事はできなかった。しかし、このような兵站制度の危険をナポレオンも十分に理解しており、ウルムの戦いを経て、アウステルリッツ戦いに至るまでは、積極的に軍需品倉庫を作るように命令し、そこに軍隊の18日間を養うことができる食料を集積できるように絶え間ない努力をしたようだ。このように、天才と呼ばれるナポレオンが軍隊への補給に対して、血のにじむような苦心をしても、ウィーンには入る前のフランス軍への物資はほとんど底をついていたみたいだ。軍需物資の確保は本当に命がけである。

The Downfall of Napoleon's Empire 1810 - 1814

Napoleon I: statistical map of Russian campaign


次に、ナポレオン戦争の転換点となった、1812年のロシア遠征について見てみよう。ナポレオンが率いるフランス軍が、1812年6月23日に、ネマン川を越えて、ロシア領ポーランドへの進軍を開始した時の兵力はおよそ47万5千人、同年12月10日、ネマン川をこえて、ロシア領から帰還したときの兵数はわずか5千であったと言われる。

完全なフランス軍の敗北である。ナポレオンはアウステルリッツの戦いと比較しても十分な物資を用意した後に、ロシア遠征を開始している。ナポレオンがロシアに持っていた食料は24日分であったという。この内、20日分は補給部隊によって運ばれ、残りの4日分は兵士の背中で運ばれた。この24日分というのが、ロシア遠征前に準備できる最大限の物量だったと言われている。このことから、ナポレオンはおよそ3週間で相手軍を撃滅した後、降伏させる計画を立案していた。

Napoleon's Moscow Campaign: 1812

ものすごい速度でモスクワまで進撃するフランス軍に対して、ロシア側がとった作戦は持久戦である。フランス軍に対して、兵力が十分でなかったということもあり、畑などを焼払いながら、撤退し続けたのである。このことによって、フランス軍は食料を現地調達することはほとんど不可能になってしまった。8月16日にスモンレスクで戦いが行われた際には、飢えと疲労で、フランス軍は15万人程度にまで激減していた。食料が3週間分しか持ってきていなかったのだから、この戦いの時には、ほとんど飲まず食わずで行軍していたであろうことが想像できる。9月7日、首都防衛のために、モスクワ郊外のボロジノというところで、会戦が行われる。ロシア軍はあえなく敗れ、首都を放棄して撤退する。よって、9月14日に、フランス軍は念願のモスクワ入場を果たしたのである。

しかし、モスクワに入場しても、モスクワの街は大きな火災が起こり、食料や軍事物資を十分に補給することはできなくなった。しかも、モスクワを退去したロシア皇帝に降伏勧告書を送付するも相手は無視を続けたのである。モスクワ入場から1ヶ月が経ち、食料補給の観点から限界に達していたナポレオンは撤退か、相手に再度戦いを挑むのかを決断しなければならなかった。ナポレオンが選択したのは撤退である。なぜなら、初雪が降り始めたからである。このままモスクワにいれば、全軍が飢えと凍死で全滅してしまうからだ。しかし、これに対して怒濤の追撃戦をロシア軍は開始した。寒さと飢えとロシア軍の攻撃で、フランス軍はさらに激減して行き、ロシア領から帰還できたのはたった5千名しかいなかったのである。

現地で食料補給もできず、相手の軍隊を撃滅して降伏させることもできなかったのだから、ナポレオンはボロジノの会戦が終わった段階で、すぐにフランスに帰還すべきだっただろう。なぜなら、モスクワに残ってもフランス軍を待ち構えているのは餓死でしかないのだから。この決断ができなかったことが、ナポレオンのモスクワ遠征の敗因であったように思う。


重要関連 知識人の補給戦(2)に続く

2008年8月25日

イスラエル付近で過去最大のジャミング



シリアにミサイル提供 ロ検討 親米イスラエル射程 2008年8月24日 朝刊
 【カイロ=内田康】グルジア情勢で欧米と対立するロシアが、米国がテロ支援国家に指定するシリアに対し、ミサイルを供与する検討を始めた。ロイター通信によると、シリアに隣接する親米国イスラエルを射程に収める兵器で、事態を重くみた同国のオルメルト首相は九月上旬にもロシアを訪問する方針。グルジアをめぐる大国間の対立が中東に飛び火している。出典:東京新聞







野中広務という政治家
 
  毎日系テレビの朝の番組に時事放談と言う番組がある。
  いつも同じような政治家や評論家を交代で招いて文字通り時事放談を繰り返す番組である。
  八百長番組であるが、時として本音の発言を見つける事がある。
  24日の番組のゲストは亀井静香氏と野中広務氏であった。
  公明党矢野元委員長の国会招致問題に話が及んだ時である。
  亀井氏と野中氏の好対照の反応が注目された。
  亀井氏は、もし矢野元公明党委員長が言っているとおり、公党の委員長までやった人に、創価学会があそこまで言論封殺、人権抑圧をしていた事が事実であれば、やはりこれは大問題だから、そこのところを国会ではっきりさせる必要がある、と答えていた。
  これに対し野中氏は、公明党は矢野元委員長の国会招致を恐れてはいけない。堂々と受けてたてばいい。その時私もあわせて招致すればいい。私は矢野元委員長がそんなに立派な事を言えた人ではない事を知っているから、と言うような趣旨のことを言って、カメラに向かってニヤリと笑った。
  野中氏の真骨頂だ。

出典:天木直人のブログ


もし、野中広務が矢野絢也に対して過去の不法行為を理由に口を封じようとしているならあまり効果を為さないだろう。我々海外に住む人間でさえ世界の都合に準じて日本が動き始めている事を知っている。政界からもれるか、海外を含めてその他の世界から漏れるかの違いしかない。情報社会においては非常に安いコストで情報が広がっていく。今の日本は過去のことより現在と未来の為に早急に過去の処理を終わらせなければならない。

私直属の35の情報網に電波が繋がらない。暗号ファイルを狙う討ちにしているようだが誰が何を何のために何をしようとしているかはつかめない。世界の事情を知らない日本の有力者に第二次東京決戦の意味を伝える作業で忙しく、本土西部にいる伝説の覇者を始めほとんどは日本本土を優先した陣形の為に身動きが取れない。日本の海外部隊は一流どころを引き抜かれた状態である。彼らはあの恐るべき計画を実行するのだろうか?
我々の計算ではシリアに核ミサイルが年内に配備される確率は8割、そして、搬入された場合には使用される確率は限りなく100に近い。日本人はその時から正念場となる。準備をしていない人間は大きな損害を被るだろう。

関連コラム狙いはシリアへの短距離核ミサイルの配備 平成20年8月19日コラム

2008年8月23日

Stampede 創造が誘発する破壊

滅びの命

イラン:28年ぶり米産小麦の輸入再開 日照りで生産減少
 【ワシントン斉藤信宏】イスラム革命後の80年に米国との国交を断絶したイランが、28年ぶりに米国産小麦の直接輸入を再開していたことが明らかになった。米紙ウォールストリート・ジャーナルが報じた。  同紙によると、イランによる米国産小麦の輸入量は、6月からこれまでに100万トンを超えているという。米政府は核開発疑惑などに絡み、イランへの経済制裁を実施しているが、農産物の輸出は禁じていない。イランでは、日照りの影響で今年の国産小麦の生産量が昨年の1500万トンから約1000万トンまで落ち込むと予想されている。
出典:毎日新聞



世界中でStampedeと呼ばれる現象が発生している。日本では猿とゴリラとオラウータンが地球温暖化対策と騒いでいる。しかし、もう手遅れだ。グリーンランドの氷が阻止限界点を越えて溶けた為にヤンガー・ドリアス寒冷期と同じ現象が発生する。中東諸国は農業が壊滅的状況になる。既にイランでは1500万トン作れた小麦が1000万トンしか作れない。サウジアラビアは世界有数の小麦輸出国だったが後数年でそれが全滅に近い状態になる。乾燥地域から膨大な数の難民が民族移動を始めるだろう。日本は国境を固めるために核装備を含めて防衛力を高めなければならないし、私がいうまでもなくStampede的にその現象は発生するだろう。江戸時代の超平和主義から大日本帝国の軍事主義に日本は変化した。戦後はアメリカの核の傘の下、平和主義が跋扈したがそれも再び逆転する。

Stampedeとは説明するまでも無いがパイソンやゼブラ、鳥の群れに見られる現象である。ある一匹の仲間が動き始まるとそれが群れ全体へと波及し、一斉に行動を始める。それが外敵の場合もあるがそうでない場合もある。人は自分の利益の為に他人を酷使したり大量虐殺できるほど精神が強くは出来ていない。多くの場合は集団の利益を言い訳に人には言えない行動をとる。日本企業のサラリーマンにはその影響が非常に強い。本来は自分の為だが、部下には会社の為という嘘をいい、家族には生計の為という嘘を言う。嘘に嘘を重ねて来た為に日本の社会は不安と不信で一杯になってしまった。



関連コラムアメリカ国防総省のレポート


子供は親の鏡



知的障害者ねらい暴行、恐喝...少年グループ逮捕 2008.8.22 12:00

 知的障害者を狙い暴行や恐喝を繰り返したなどとして、警視庁少年事件課と青梅署は、いずれも東京都青梅市の無職少年(16)や中学3年の少年(14)ら14~16歳の少年8人を逮捕、13歳の少年を児童相談所に送致した。

(中略)

 脅し取った現金は健康ランドやゲーム代などに使っていた。
 中学3年の少年は、「自分より弱そうな相手を選んだ」と容疑を認めているが、「障害者をいじめて何が悪い」と反省の態度はないという。
出典:産経新聞



ジャック・ラカンが面白い事を言っている。
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鏡像段階論 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

初期ラカンを代表する、発達論的観点からの理論。
鏡像段階論とは、幼児は自分の身体を統一体と捉えられないが、成長して鏡を見ることによって(もしくは自分の姿を他者の鏡像として見ることによって)、鏡にうつった像が自分であり、統一体であることに気づくという理論。生後6ヶ月から18ヶ月のあいだに幼児はこの過程を経るとされる。
幼児はいまだ神経系が未発達であり、自己の身体の統一性を獲得していない(「寸断された身体」)。そこで幼児は鏡に映る自己の姿を見ることにより、自分の身体を認識し、自己を同定していく。この鏡とはまぎれもなく他者のことでもある。つまり人は他者を鏡にすることにより、他者の中に自己像を見出す(この自己像が「自我」となる)。
すなわち、人間というものはそれ自体まずは空虚なベース(エス)そのものであって、いっぽう自我とはその上に覆い被さり、その空虚さ・無根拠性を覆い隠す(主として)想像的なものである。自らの無根拠や無能力に目をつぶっていられるこの想像的段階(この段階が鏡像段階に対応する)に安住することは、幼児にとって快いことではある。
しかしながら、人間が自己同一性や主体性をもち・それを自ら認識するには、言語の媒介・介入が欠かせない。つまり象徴界へと参入するということは、想像界に安住するのを禁ずる父の命令(「父の名」)を受け入れることであり、このことは社会的な法の要求を受け入れること、自分が全能ではないという事実を受け入れることと同義である(なおこの受け入れ過程は、幼児の全能性=「ファルス」を傷つけることという意味で、「去勢」と呼ばれる)。こうして、人間は自らの不完全性を認めることによってはじめて、不完全であるところの自己を逆に積極的に確立するのである。
逆に見れば、自己を同定し、自我を確立するためには他者が必要だが、決してそこで真の自己と出会えるわけではない。人は常に「出会い損ね」ている存在なのだ。ここに人間の根源的な空虚さを見出せるとも言える。
このように、彼の言う「我、思わぬ故に我あり」は、フロイトの「エスがあったところに自我が生じなければならない」という警句の別言である。ラカンの鏡像段階論は、フロイトのエディプス理論のラカン的読み替えなのである。

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人間の成長が鏡像関係にあるならば父親が弱ければどうなるだろうか? ひたすら弱い人間に対して集団で苛め抜くという行動になる。不正や外敵ではなく、身近で弱い存在への攻撃によって集団全体の利益を犠牲にして個体の利益を増大させる。しかし、個体が全体の一部であるので結局は個体も弱くなり消滅する。日本人は言語的文化的に均質で島国という環境である。よってStampedeが非常に発生しやすい。個体Aの許容範囲や警戒範囲と個体Bのそれが似通っている為である。我々が外部より情報を提供すれば自分の殻に入る官庁や学界は劇的な創造的進化を引き起こすと考えていた。これはこれで間違ってはいなかった。

しかし、それ以上の速さで発生したのが自滅という破壊である。どんなに破壊を繰り返してもそれだけで創造は発生しない。然しながら創造的行動は、それが窒息しそうな密閉空間にいる人間には破壊衝動となること、そして、その拡散速度は創造的な人間の数的増大より大きいとは計算できなかった。我々は国境を突破できる人間だからだ。

このことは少し考えれば理解できることだった。

破壊が嫌いな人間は自由な創造できる場所を求める。類は友を呼び創造は融合的創造を誘発する。破壊が好きな人間は個別に破壊行動を取るが、創造によって誘発される破壊の方が単発で繰り返される破壊より破壊力が数次元は上である。昔、ダイナマイトやマシンガン、核兵器を作った人間はこのような大きな殺傷破壊力のある兵器が誕生したのだから戦争という破壊はなくなるだろうと考えた。ダイナマイトもマシンガンも核兵器も、創造的な産物である。然しながら、創造的な人間は単体で破壊を行う強盗殺人犯よりも圧倒的な多数の人間を圧殺した。

今回、世界はインターネットや衛星放送、携帯電話で結ばれている。情報は安いコストで送受信される。知的レベルの高い人間は知的レベルの高い人間を必然的に結ばれる。当然、創造的な世界が発生する。非創造的な人間はそれを無視するか、それを購入したり鑑賞するしかない。非創造的な世界にいれば創造力は必然的に退化していく。精神的に出口がなくなり、経済的に劣悪化する。待っているのは硫化水素のような自滅的な行動である。

弱い男、特に臆病で惰弱な父親は罪である。この事は遠からずStampede 創造が誘発する破壊により実証されるだろう。

破壊が嫌いな人間は創造すればいい。しかし、それは結果としてより多くの破壊を生み出す。世界的な気候変動は既に発生した。人は創造しなければ、環境の変動によって更に多くの人間にとっての破壊を経験するだろう。日本人は群集心理で動き始まる。その制御が腕の見せ所である。絶対守護領域からどの程度の制御ができるかはわからない。但し、創刊二周年を期して主力執筆人の多くは『連山』からは消える。それは創造の影響による破壊を可能な限り抑える為である。『連山』を読んだだけで自分なりに解釈してちゃんとした教本(現在、日本語版を作成中)を使わず素人の生兵法で環境問題を行えばより大きな破壊を必ず生み出すだろう。制御とは順番を決めることである。それぞれの知的レベルにより、ある時は映画、ある時はゲーム、ある時は書籍、ある時は議論、などで情報を複合伝達する統合準備を行っている。平均的に順番を決めずに文字データだけで情報を送った場合、25%以下の伝達率しかない。同じ情報を送る場合でも、順番や分量、方式を考えるのが制御である。その集大成がサイバードクトリン(制御理論)であり、その実践がサイバー教育である。孤立したグループも、最低一つは形態共鳴能力のあるメンバーが必要である。黎明期だけにその数が圧倒的に足りない。日本本土でももう少し総合的に歴史を微分し解析し積分し演繹し帰納法処理する人間がいるものだと考えていた。それは少し難しかったようだ。日本が第二次世界大戦で敗れたのも第一次世界大戦の被害が少なかったからだ。日本が非対称戦争(マネー戦争、テロ戦争、情報洗脳戦争)で苦戦しているのも冷戦での被害が少なかったからだ。米ソは冷戦で大きく疲弊し、ドイツは分割されたていた。アジア通貨危機の痛みも日本は軽かったが、非対称戦争の激痛を感じ始めている。日本の財政はインフレと高齢化によって破滅的な状態に突入した。これを変革のチャンスと取るか、ピンチと感じるかは、ここ20年の人生がそれを決めるだろう。過去の実績が最重要となる時代であり、現代の行動が次に重要となる時代である。それが情報社会の時代であるからだ。



関連コラム:民主主義の末期に誕生する人物

2008年8月22日

氷河期の到来と覇権域アジア

既に始まった欧米の氷河期


As per usual, the reality has failed to match the hype of the climate doomsayers.

According to collated data from the NASA Marshall Space Flight Center and the University of Illinois, Arctic ice extent was 30 per cent greater on August 11, 2008 than it was on the August 12, 2007. This is a conservative estimate based on the map projection.


出典:Video: Arctic Ice Grows 30 Per Cent In a Year



詳細は地球寒冷化に関するペンタゴンレポート・1を読んで欲しい。日時: 2007年1月21日

海水の塩分濃度が低下し、北米と欧州はこれから急激に寒冷化する。そして、中近東や北アフリカ、ロシアは乾燥する。これによって食糧不足と暖房用燃料の不足によって民族大移動が発生する。日本の猿学者ゴリラ官僚とオラウータン首相が地球温暖化対策を論じている間にも、北極は巨大化している。日本の猿はマスコミの奴隷である。


民族大移動と日本の核武装




現在、日本の新しいプレイヤーと海外の有力者は会議につぐ会議を行っている。日本防衛の為に6大ハーン最強の大和のハーンが西太平洋に陣を張って動かないからだ。日本人には2種類の日本人がいる。そして日本の歴史には論理暗号が多く含まれている。例をあげるなら、天照大神が天岩戸に隠れたから日食がおきたのではない。日食が起きたから天照は洞窟に避難し、諸侯は会議をしたのだ。スサノオに遠征軍を組織させる一方、国内で動揺が発生するのを防ぐ為、士大夫以上の説明と百姓奴婢用の説明を別けたのだ。既に諸外国と新しい日本のプレイヤーによる共通の意識は固まりつつある。後はメディア制空権を抑えて選挙により日本人自身の選択に委ねられるだろう。


覇権エリア




出典:Scientist Predicts Ice Age Within 10 Years:

「よし!これで条件は全てクリアされた!」

からと言って敵にその手札を見せてしまうのはどうかと思います。こちらの優勢ぶりを見せたくなる気持ちはわかりますが、相手はカードが見えれば当然対策を打ってくるからです。チェスなどの戦略ゲームの基礎の中に、'ポーカーフェース'と'手札を見せない'事は含まれていると考えます。


出典:なぜプロパガンダ(Propaganda)は終わるのか



通商派のハンニバルの本当の敵はカルタゴ本国のハンノ派のような国内農業派だった。我々は伝説の覇者を中心に若い市民達に合流を呼びかけている。次の遅れた東国における集結場所は、2008/10/05 サンクリ41 (Bホール シ08a) である。もし、平成版ザマの戦いでカルタゴ市民(フリーターやニート、大学院生など)が敗れれば、海外富裕層が日本の既得権益を破るだろう。ローマのスキピオは敵ではない。覇権エリアは欧州から米州に移動したが欧米氷河期の到来により次はアジアに異動する。欧州が覇権エリアだった時の支配者はユダヤ人などの国際金融資本だった。米国に異動してからフリーメーソンやスカルアンドボーンズが融合し、新しい覇権チームが誕生した。これはソ連の支配者はソ連民ではなく共産党であり、現在のロシアの支配者がKGBなのと同じである。既に我らの勝利は確定しているがCyberULSは他民族の集まりである。大和のハーンが日本の既得権益打破に苦戦すれば、増援として他のハーンがたちがやってくる。それは今の日本人にとっては屈辱的なことである。『いざ鎌倉』の言葉のように動く時に動かなければ、末代までの恥を得るだろう。これは冗談ではない。寒冷化と食糧不足で地獄化する西方人が恐れるのはCyberULSであり、日本人ではない。日本で恐れられているのは大和のハーンとその部隊だけであり、他の日本人は猿扱いである。英国の歴史を見よ。ケルト人→ローマ・ブリトン人→サクソン人(アングロ=イングランド)→デーン人→ノルマン人→ユダヤ人と常に支配者は移り変わった。大和のハーンは天皇家と士族階級を交渉により守ることは出来る。しかし、何も行動しなければその選択によって百姓(百の姓=大衆)の未来は暗くなる。今回は北海道、東北、西国、沖縄が動いた。東京を中心とした東国のメディア情報空域の解放が残るだけである。

参考Education in Military Affairsの先行投入

2008年8月21日

なぜプロパガンダ(Propaganda)は終わるのか

空気はつもらない




出典:プロパガンダ

浅い分析は、連山にそぐわない。国を守りたいのなら正確に情報の裏を取れ。明らかに君自身がプロパガンダを見抜けていない。

Posted by 連者 at 2008年8月21日 06:47

出典:終焉を迎える統一教会・創価学会 ~日本の分断統治体制の崩壊~

土や水を空中に投げると下に落ちます。ではどうして酸素や窒息からなる空気は積もらないのでしょうか? 同じ分子である以上、それらはタイルのように敷き詰められるという理論もなりたちます。
これは位置エネルギーを小さくしたいという運動と分子確率を大きくとりたいという動きにより、上空では空気は薄く、低空では空気が濃いという妥協的な現象となります。
ホテルで10人がどこの部屋(同じ料金クラスで同じような景色)だとすれば、10人は別々の部屋を選択する確率が高くなります。一つの部屋を10人が選ぶ確立は基本的には少ないのです。
土や水は互いに結びつくエネルギーが強く位置エネルギーが強く影響し確率の問題を無視する事が出来ます。例として1つの部屋をシェアすればお金の節約ができるなどの確率以外の理由がこれに当てはまるかもしれません。兎に角、プロパガンダは人々の選択を加速します。国というエネルギーと確率という動きの妥協で国家や国民も変化します。江戸時代と戦前と戦後では同じ日本人でも大きく変化しました。これからの時代はそれが今まで以上に強く発生します。高度情報社会は情報のコストを下げ、情報の激増を生みます。情報の激増の果てを知ることは情報の意味を知ることより重要です。

世論の捏造と世論の意味


出典:マケイン氏の攻勢顕著に オバマ氏に5ポイントリード

プーチンも、マケインも、冷戦型プロパガンダを使います。その根本にあるのはKGB自作自演のモスクワ劇場占領事件や9・11テロ捏造が発覚する事に対する恐れです。上記のFOXニュースはロシアを避難していますが放映された内容では12歳の少女がグルジア政府がグルジア人を殺してロシア兵に感謝するという内容です。嘘(米露の対立というドラマ)の中に嘘(ロシア兵の活躍)を入れる事により世論を誘導する二体構造における微分方程式の解析的メディア手法です。このような方法はその発信者の自壊を加速します。参考的中したサイバー攻撃とマケイン陣営の崩壊
まず、世論を捏造しても、捏造を信じた人々が物心共に幸せを感じられなければ長くは持ちません。そして、世論に意味があるとすればそれは多数派が正しい場合のみです。病気になったら馬の小便を飲めば治るという迷信を信じる人々が多数でも病気が治癒する確率は小さいでしょう。アメリカもロシアも石油依存型の人造国家構造です。選択による選択という確率論こ高度に昇華させたサイバードクトリン(制御理論)を伝統文化的に理解できる能力は小さいものがあります。コラム:終焉を迎える統一教会・創価学会 ~日本の分断統治体制の崩壊~を書いた人もコメントを書いた人も日本の歴史と伝統文化に造詣があれば私が何をいいたいかを文字ではなく、行動によって読み取れると思います。人が言葉によって伝えられる情報は25%以下です。人間の脳細胞は一定ですが際限なく飽和的な情報が与えられた時、そこで発生するのはノイローゼとカタストロフィです。人は自分が考えているほど幸せでも不幸でもありません。問題なのは自分は不幸だと思っていることです。これから情報による圧殺が始まります。プロパガンダを信じる人々は生計と精神が破綻します。世論に迎合しても、世論を無視しても、世論自身が正しくなければ社会は安定せずより不安定流動化します。正しい世論を作るには情報の制御が必要です。情報を隠すのではなく、処理できる順番で処理できる分量を分散的に提供するという事です。プーチンとマケインにより、カオス度が上昇しています。カオス度が上昇すれば情報それ自体より、増加する情報の結果として何が発生するかが重要となります。その秘密を知りたい人は下記のどれかの本を購入し2008年10月5日 サンクリ41を選択してください。情報革命は既存の社会を変えます。変れない人は消え去ります。ちょうど大規模な気候変動によって人口崩壊と民族大移動が起きる季節です。人々は選択により選択されます。なぜプロパガンダが終わるかと聞かれれば、人の頭脳は有限であり情報の中心型伝達では混沌と混乱を引き起こすからです。抽象概念が理解できない人はこの時点で終わりです。多くの人々がネットを読むことやブログで自分の経験を書くは脱中心化した情報伝達です。しかし、それは正しくない世論が水素文明では有害なようにその不確定性は雑音となります。プロパガンダは一神教であるカトリック教会の布教聖省が始めたそうです。そこには分散的制御というものなく、ローマ帝国のような中央集権がマッチしたのでしょう。西洋諸国は神を殺し、神々の誕生を誘発しました。多くの神々がいれば必要となるのは話し合いであり、コミュニケーションです。その核となるのは真実ですがそれには数学や論理学が不可欠です。但し、人は自由より隷属を好む人が多いのである程度の被害が発生して更に追い込まれるでしょう。

終焉を迎える統一教会・創価学会 ~日本の分断統治体制の崩壊~

 米国の植民地である日本の分断統治において、統一教会と創価学会は重要な役割を担う組織でした。
 かつての日本の植民地であった朝鮮の人々が、分断統治の走狗としてスカウトされたわけです。
 米国政府の絶大な権力を後ろ盾として、朝鮮に起源をもつこうした勢力が日本を支配してきました。
 その見返りとして、非課税の宗教法人の立場を利用し、様々な種類のマネーを奇麗にして、水面下で隠然と米国に資金を還流させてきた統一教会と創価学会。

 しかし、今や権力の拠り所たる米国が、体制崩壊の危機に瀕しています。もはや、日本に配置した子分の面倒を見ている場合ではありません。
 それどころか、何かと都合が悪い事実が日本国民の前に暴露される危険があります。自分たちに責任が及ばないように、手を打つ──使い走りたちの処分をしなければならないと考えている事でしょう。

韓国:統一教会教祖のヘリが着陸失敗、14人負傷

 【ソウル中島哲夫】韓国の聯合ニュースによると、19日午後5時(日本時間同)過ぎ、ソウル北東にあたる京畿道加平郡雪岳面の高さ630メートルの山頂付近で、世界基督教統一神霊協会(統一教会)の文鮮明(ムンソンミョン)教祖と家族ら16人が乗ったヘリコプターが不時着、文教祖と韓鶴子(ハンハクジャ)夫人、孫3人を含む14人が負傷した。重傷者はいない模様。

 一行はヘリでソウルを出発し、事故現場から約2キロ離れた統一教会系の病院屋上に着陸する予定だったが、悪天候による視界不良の中、原因不明の故障で山の茂みに不時着した。韓国大統領の専用ヘリと同じ機種で、搭乗者らの退避後に爆発したという。

 現場付近一帯には病院のほかにも統一教会の関連施設が多数ある。事故後、教会関係者が道路を封鎖するなど部外者の接近を徹底排除。政府の事故調査委員会による乗員らの事情聴取には応じている。



毎日新聞 2008年7月20日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/world/news/20080720ddm041030147000c.html

7月19日の午後5時過ぎ、韓国京畿道加平郡の張洛山山頂付近に、シコルスキー社製の大型ヘリが不時着した。ヘリは全員が脱出した直後に大爆発を起こしたが、乗員乗客合わせて16人のうち、1人の女性客が重傷、他は軽傷で、死者はいないと報道された。このヘリに乗っていたのは、統一教会の文鮮明とその親族、教会幹部だった。

張洛山とは統一教会の施設が林立する一帯で、同機はこの日の午後2時過ぎにソウルを飛び立ち、張洛山に向かっていたもの。これだけでは、別に不思議でも奇妙でもない話で、マスコミにも一切続報は報道されていない。不時着したヘリは、大統領専用機と同型機で、しかも操縦していたのは元韓国空軍の凄腕パイロットだとされる。

じつはこの日のソウル、張洛山一帯の天候は最悪状態で、飛行すること自体に無理があった。ここが問題である。飛行困難の悪天候のなか、統一教会の教祖が一族郎党16人を引き連れて、無理を承知で飛んだ理由とは、いったい何なのか?

理由はわからない。統一教会内部の問題か、文鮮明個人、家族の特別な事情があったのかも不明だ。しかし、邪推かもしれないが、文鮮明が逃げ出さなければならない状況に追い込まれていたとも考えられる。それは簡単に言ってしまえば、「統一教会・文鮮明の役割は終了した」という事情なのではないだろうか。この邪推が正しければ、東西冷戦終結後の世界は、創価学会・池田大作もまた「お役御免」とすることだろう。最近の公明党・学会のギクシャク感は、こうしたところに起因しているのかもしれない


引用元:インターネット行政新聞 http://www.gyouseinews.com/domestic/aug2008/001.html

 統一教会教祖・文鮮明氏らを乗せたヘリですが、韓国大統領機としても採用されている非常に堅牢な型のヘリです。
 熟練のパイロットが運転するヘリが、突如として不時着し、その後大爆発を起こして見るも無残な姿になりました。
 極めて悪い天候状態の中、危険を冒して家族を連れて飛行しなければならない事情とは、一体なんでしょうか?



出典:http://www.segye.com/
 


 韓国発祥の新興宗教団体で、女優の桜田淳子や元新体操選手の山崎浩子が"合同結婚式"に参加したことでも知られる統一協会(世界基督教統一神霊協会)の教祖・文鮮明氏が、すでに死亡しているのではないか? とウワサになっている。


 文氏は先月19日、親族や協会幹部らとともにヘリに搭乗中、韓国の山間部に不時着。直後にヘリが大爆発を起こしていた。


 文氏ら乗客乗員合わせて16名は爆発直前にヘリから退避し、ひとりの重傷者を出した以外は全員軽傷とされていたが、この報道には事故当初から疑惑の目が向けられていた。


 というのも、事故を伝えた韓国のニュース映像(YouTubeより)に、黒焦げになった人間の遺体のようなものが運び出される様子が映し出されていたのだ。


 この疑惑をさらに深めたのが、今月3日に公表された"退院後の写真"とされる画像。事故から半月ぶりに姿を現したとされる文氏と韓鶴子夫人が笑顔を見せる写真が韓国のニュースサイトに掲載された(元記事を参照する)が、この写真が「明らかに合成ではないか」と話題になっているのだ。


 ネット上ではこの写真について、「人物の輪郭線や光源などに不自然な点が多い」、「奥さんの右手がおかしい」などの指摘が相次ぎ、生花店での勤務経験があるというネットユーザーからは、「ふたつの花束が同じ季節のものとは思えない」との意見も出ている。
 これらの指摘から、今回の文氏の"退院写真"は何らかの意図で複数の写真を合成してつくられたのではないか、と言われているのだ。




引用元:日刊サイゾー
http://www.cyzo.com/2008/08/post_832.html

 統一教会では、教祖が無事だという事を内外にアピールすべく退院写真を発表したのですが、どうも裏目に出てしまったようです。
 各所で専門からの指摘を受け、合成・捏造ではないかと疑われています。

 そして、創価学会ももはや安穏とはしていられません。
 米国政府の後ろ盾を得られなくなった彼らに、容赦ない追求が始まる事でしょう。
 


創価学会も矢野氏スキャンダルが炸裂
創価学会「矢野問題」、臨時国会で追及へ...亀井静香氏
 国民新党の亀井静香代表代行は4日、読売新聞のインタビューに応じ、矢野絢也・元公明党委員長が政治評論家活動中止の強要などの人権侵害を創価学会から受けたとして提訴した問題について、「当然、臨時国会で取り上げざるを得ない。言論封殺の指摘があった以上、民主主義の観点から事情を聞く必要がある」と述べ、臨時国会で矢野氏の参考人招致などを求める考えを示した。

 亀井氏は衆院解散・総選挙の時期については、早期解散の可能性を指摘した。



(2008年8月5日03時11分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080804-OYT1T00901.htm

立与党のきしみ/衆院選にらみ緊張続く

 臨時国会の召集時期、新テロ対策特別措置法案への対応などをめぐり、公明党が独自の主張をアピールし始めている......(中略)......公明党が重視するのは次期衆院選と来年夏の東京都議選。組織力を十分に発揮するために、2つの選挙の間隔を半年は空けたい。望む解散・総選挙の時期は必然的に年末年始になる......(中略)......公明党は再可決が国民の反発を招きかねないとして召集を9月末にしたい。同党の支持母体・創価学会を提訴した矢野絢也氏の国会喚問を阻止するためにも、早期の召集には応じられない。......(中略)......政権交代を狙う民主党は、自民党の「生命維持装置」である公明党を政権から離反させるのが早道とばかり揺さぶりをかける。大連立の働き掛け、池田大作創価学会名誉会長の国会招致要求、小沢一郎民主党代表が太田昭宏公明党代表の選挙区にくら替えする情報などがそれだ。



2008年08月18日月曜日
河北新聞:http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2008/08/20080818s02.htm

 内部告発者である矢野氏の召喚が、創価学会に激震を走らせ、崩壊の端緒を開く事でしょう。
 いくら政局を働きかけ、阻止しようとしても、ほんの時間稼ぎにすらならないでしょう。
 米国のバックアップを今までの様に受けられなくなった以上、創価学会の運命は決したも同然です。
 
 
 このように、権力構造の根底がひっくり返ろうとしています。
 これら2大宗教団体が迎えつつある終焉は、一つの時代──60年余り続いた日本分断統治の時代の終わりを示す何よりの証左ではないかと思います。

関連コラムEducation in Military Affairsの先行投入(情報と教育の融合)

2008年8月19日

ロシアの敗北



出典:環境問題を解き明かす基盤情報 b)砂漢化の進行


ロシア記者また不審死 兵器の違法輸出を追及


 【モスクワ=内藤泰朗】ロシア製兵器の中東への違法輸出問題を追及していたロシアの著名な軍事ジャーナリストがこのほど、死亡した。ロシア政府の機密情報を知ったため暗殺されたとの見方が広がっており、欧米諸国はプーチン政権を厳しく批判する有力ジャーナリストらが相次ぎ暗殺されている事態を重視、強い懸念を表明している。
 不審死を遂げたのは、有力日刊紙コメルサントの軍事評論家、イワン・サフロノフ氏(51)。今月2日夕方、モスクワ市内の自宅があるアパート最上階の5階から落下し死亡したことから、当初は「自殺の可能性が高い」と伝えられていた。
 しかし、6日付コメルサント紙は、同氏の家族や同僚らの証言から、自殺する理由が見あたらないことや、同氏が死の直前、独自取材で得たロシアの武器輸出の極秘情報を記事にしないよう脅迫されていた事実を挙げ、「殺害された可能性が高い」と報じた。
 同氏は、ロシアがシリアに最新型戦闘機スホイ(Su)30を、イランに最新型のミサイル防衛システムS300を輸出する計画を新たに立てているとの情報をつかみ裏付け取材を行っていた。
 軍出身の同氏は、独自の取材源に根ざした報道ぶりが高く評価されていた。
 米NBCテレビは、米諜報(ちょうほう)機関の情報として同氏が殺害されたと報じ、英各紙も自殺にしては不自然すぎると暗殺を示唆した。
 米国の非政府組織(NGO)のジャーナリスト保護委員会(CPJ)は「ロシアでは反政権的なジャーナリストがあまりに多く死亡している。ロシアは説明する義務がある」と指摘している。

出典:産経新聞


一方、5月19日のエセントゥキでの農業会議ではウラジミール・プーチンは、農業問題を第一次課題と称し、農産業設備の発展と食糧品市場の優先性を表明した。そのための根拠はすべて揃っている。食糧品は急進的に高くなっている。年の初めからだけでもパン製品は、例えば、15%、果物と野菜は27%も上がっている。食糧品価格の高騰を心配しているのはロシアだけではない。
出典:ロシア通信 ノーボスチ


グルジア戦争の背景は深刻化していたロシアのエネルギー及び食糧の不足でした。我々もここまでロシアが食糧不足と高騰で社会革命寸前とは思いませんでした。

ロシア政府にはもう後がない状態でした。現在、ロシアの富豪がヨーロッパの豪邸を物色しています。これは多くの飢えた民が蜂起する可能性が高い為です。特にイスラム不正規軍の動きが非常に活発でありアメリカが中東から撤退すれば民族大移動が発生します。これは一つの軍隊というよりは昔の赤軍(共産党の党軍)のようなイデオロギー軍(宗教軍)です。プラントの老朽化と軍装備の欠乏は酷い状態で兵士の軍規も乱れています。このような情報は通常は流れませんが自滅的なグルジア侵攻によって彼らの内部からもたらされました。このグルジア侵攻が無くても2020年にはロシア連邦は上記の理由で崩壊したでしょう。今回の侵攻によりその速度は更に加速されるでしょう。今のロシアには軍人といえる存在は無く、短期的に富を求める前期資本主義者たちがいるだけです。グルジアの宗教はグルジア正教ですが多数のイスラム教徒が住んでいます。今回の侵攻によりそれら勢力が融合しました。アメリカが中東から撤退すれば彼らの矛先はモスクワに向かいます。ボロボロの統一されない衣服を着たゲリラのような民族大移動ですが武装しているので大陸軍といえるかもしれません。多くの飢えた失うものがない恨みを持つ人々が携帯電話やインターネットを使ってモスクワに進撃します。憎悪と飢えによる行動です。これを止めるすべはないでしょう。本当にロシア人は愚かな行動をしたものです。連邦国家としての寿命がこれでかなり短くなりました。9・11テロ捏造によるテロ戦争もそうですが満州事変のような謀略で戦争を引き起こせば最初は効果がでますが順次、形成は不利になります。人々は学ぶからです。KGBは、プーチン政権を設立する為に劇場人質事件をデッチあげました。その毒がグルジア戦争で拡散し、多くの人々がロシアの苦境を知りました。近く再び動きがあるでしょう。ロシア軍はグルジアで組織的に略奪をしていますが西側と中国の兵糧攻めにより長くは持ちません。



関連コラム:満州事変とグルジア戦争


国家支出がこんなに毎年増え続け、同時に、マクロ経済もこのような性格の政策を続けていれば、この「ロシア運営マシーン」は煤だらけになり先に動かなくなってしまい、石油価格の下落を待たずしてエンストしてしまうだろう。
これは、同じ世界銀行の2007年11月の報告と際立って対比している。世界銀行の専門家は年に2度ロシアの経済を評定するのが慣例だ。2007年11月の報告では楽観主義は抑えられていた。例えば、「成長テンポは高いながらも維持されている」、「国内需要に向けられたセクターに限り嵐のような成長をしている」、「2008年のインフレの伸び率は7,5%に達するだろう」、等々。ベル(警告を示す)表現もあった。「経済の成長は極限に達している」、「インフレ圧力が続いている」、等々の。
ロシア担当の世界銀行主任エコノミスト、ジェリコ・ボゲティチの月曜日の報告は、これはすでにベルなってものじゃない。これはもう「鐘」だ。通年のインフレ率は12%から14%に、GDP成長は7,5から8%に伸びる。一見非常に良いように見える。しかし、「弱まらないインフレ、生産設備の稼動率と労働資源の利用率係数の増大、インフラが思うようにならない深刻化、そして、労働生産性の成長よりもはるかに高い実際の給料の伸び率、などを含む諸要素を総合すると、経済の過熱、すなわち、ロシア国内全体の需要状況は経済が長期的に持つ可能性を上回っているとの結論を引き出さざるを得ない」と世界銀行の報告書は指摘している。
このテーゼは、多くの用語が充満していることを考えると、翻訳が必要である。なぜなら、経済の過熱とはなんであろうか?これは、経済が(その運営において)、商品の需要を満足する能力を持たない状態のことである。
需要は、予算関係で働く役人の給料の増加も年金その他社会手当てで生活する人の収入の増大も含めて、収入が増えれば増えていく。この需要を満たすことが目的の生産、貿易マシーンは、この上増大を満足する能力がなくなっている。なぜなら、もし、一度に給料を5倍になったからと言って、このことにより国内で生産される商品とサービスの量が増えることはない。増えるのはインフレ圧力だけである。つまり、価格が益々速く上がるだけだ。
同時に、輸入品への需要も増大する。そのことは、ところで、すでに最近起こっている。気違いじみたエネルギー資源価格にも拘らず、輸出の伸びは輸入の伸びよりも緩やかである。そして非常に近々、1年あるいは2年後には、石油価格が下落しなくとも、ロシアは入超状態(つまり、輸入が輸出を上回る)の時期に入るだろう。
出典:ロシアは石油収益をすべて食い尽くしてしまう?

2008年8月17日

【緊急】グルジア戦争の狙いは中東への核ミサイル輸送

SS-26スパイダーB(イスカンデルM)



出典:"Искандер-М"

ロシアはグルジア戦争の間隙を突いて核装備のSS-26スパイダーB "Искандер-М",イスカンデルMを中東に搬入したか、搬入を計画している。この情報が正しければ14日以内に彼らの敵は動くだろう。もし、何らかの外交的解決があったとしても6ヶ月以内に同様の破局がやってくる。

関連ニュース:首都トビリシから約35キロのロシア地上軍先鋒

連山の休止

新しい読者コラムニストによる投稿も少ないので十分なコラムが蓄積するまで9月から休止の予定でした。しかし、上記の内容によって『連山』主力コラムニスト及び情報提供者が第一級警戒態勢を敷く事になりました。詳細は、コミケ74で配られた内容を参考にして下さい。年内に核戦争が始まる確率は5割を超えました。我らは近日中の対災害用『秋月』に全面移行します。本土の人々、悔いないように行動してください。秋まで持たないかもしれません。
本土の人は緊急時は下記書籍を活用してください。万が一に備え新鋭チーム伝説の覇者は本土の西国に残します。

聖域での日食から月食にかけて兵を動かしたのは近年ではサダムフセインとプーチンがいます。
古代では日蝕や月蝕は王の死や国の滅亡の予言でした。太陽がアメリカとすれば月はどこでしょうか? そして、来年の皆既日食まで太陽の陣(中台八葉院)は完成しません。



大きな地図で見る
なかのひと

共産主義における宗教否定の影響

それにしても共産主義の恐ろしさというのは、実際にソ連時代を体験した世代のロシア人でなければとても分からないことだろう。しかも、外側から見れば「ソ連時代」とひと括りにして考えてしまいがちだが、革命後の混乱期だとか、その後スターリン政権下、雪解け時代、ペレストロイカ、など時期によって事情がかなり違ってくるので、それぞれの時代の苦悩というのは一貫性があるようでないのだ。

いずれの時代にも自由がなかったともいえるが、ある時期には緩んだり、また違う時期には厳しくなったり、意外とその辺りは流動性があったらしい。それでも、スターリン時代を知る人たちにとっては、戦争中よりもスターリンが亡くなるまでの辛苦というのは想像を絶するものだったという話だ。

しかし、ひとつ確実に一貫性を持ってロシアの国民を苦しめてきた(本人は苦しんでいる気はなしに)問題といえば、宗教の問題があるだろう。社会主義国樹立されるまでの帝政期のロシアといえば、特に農村や識字率の低い人々の間でのロシア聖教への信仰はかなり絶対的なものだったと思われる。

有名な劇作家であり小説家のチェーホフ『かわいい女』の主人公の無学無知な女性がやたら滅多ら朝から晩まで神に祈り、十字を切る様子は今では考えられないくらい信心深かった過去のロシア庶民の様子を描いている。

さらに、歴史上最も有名な「血の日曜日事件」。
 1905.1.9ガボン僧侶を指導者とするペテルブルク相互扶助協会がストライキに入り、皇帝に対する陳情行進を企図した。約20万人の労働者・市民が、「ロシア工業労働者同盟」の指導者で僧侶のガボンを先頭に「パンと平和」を求めて、その多くの者が皇帝の肖像や聖者像を掲げ、「神よ、ツァーリを救いたまえ」を歌いつつ、首都ペテルブルクの冬宮目指して請願行進を始めた。皇帝崇拝が根強い民衆は、「父なるツァーリ(皇帝)」を素朴に信じ、様々な悪政は皇帝の周囲の悪い貴族たちによるものだと考えた。そして、「陛下、私たちペテルブルグ市の労働者は、正義と保護を求めて陛下のみもとに参りました」というメッセージを伝えようとしていた。

このようにして、当時の革命前のロシア人は非常に素朴に皇帝も神も信じていた人々が大半であったと思われる。それが革命を転機にして、突然それまでのロシア人の道徳や生活規範を示していた宗教が否定され、挙句の果てには、「父なる皇帝」とまで呼ばれていた、あの皇帝一家はエカチェリンブルクで極悪非道な赤軍の連中によって屈辱を与えられた上、惨殺されたのである。(詳細は「皇女アナスタシア伝説」のサイトで非常に詳しい説明がある。参考まで)

ソ連崩壊後エリツィン時代になってやっと、皇帝一族の名誉回復とその魂を慰める目的でロシア聖教のイコン(崇拝対象の絵画)化された。しかし、噂に聞いたところによるといまだにエカチェリンブルクに建設された皇帝一族の慰霊目的の教会の壁からは血が流れてきたりする怪奇現象が起こっているらしい。その事情を話してくれた現地人とは、モスクワのとある教会で出会ったのだが、この教会もソ連時代には「おもちゃ工場」として利用されており、宗教的な行事は一切禁止されていたという。そして、このときにいた地味な様子の女性が「元KGBのあるルビャンカ広場にジェルジンスキー像を建立するのに反対」する署名活動を行っていて、そのときに偶然知り合ったのだった。

実は、恐るべきチェーカー(秘密警察)という組織を開設したこのジェルジンスキーという人がかの有名なソ連時代思想犯のシベリア送りの実行犯なのである。特に知識人対象とした強制収用などの犠牲者というのは、やはりモスクワに多かったようだ。ユダヤ人なども一時期は、かなりの割合で強制的に送還されたりしており、民族的な強制移動なども多々あったようだ。ソ連時代の銅像を撤去したのにも関わらず、「KGBに戻ると、帰宅したようにほっとする」プーチン大統領のために、再びその場所へ銅像を戻そうとする動きがあるともっぱら当時のモスクワ市民の間では評判だった。

とにかく、このような歴史上の変遷に振り回されてきたロシア人というのは、実は今のロシア聖教をまともに信じる人は非常に少ない。私もモスクワで頻繁にミサに紛れ込んで観察してきたが、信者と思しき人はほとんど女性と高齢者。ほとんどのロシア人は無心論者か多神教、あるいは新興宗教の信者といってもいいくらいだ。

ただ、民族的に考えてみると、イスラム教などは今も非常に熱心に地域によっては信仰されているし、ユダヤ人も人によってはタルムードから人生を学ぶし、一部の地域ではチベット仏教、あるいは土着的なシャーマニズムが今も信じられている。しかし、大半の人は一度宗教を否定された挙句、宗教者に裏切られたという意識もあるようで、本当に迷信しか信じていない。そのせいもあってか、宗教を失ってからのロシア人の道徳の退廃ぶりは激しいものがある。そして、これは残念ながら今も変わらない。

特に人生でも最も重要な「結婚」や「家族」についての聖書や教会の解釈を全面的に否定するために、社会主義初期には「結婚=単なる法的手続き」という改悪をした。(いまだにその名残で、ロシアの結婚式はザックスと呼ばれる役所の機関のようなところで挙げてしまって終わりの人たちが多いらしい。要するに法的手続きと式が合体したようなものだ。)そのためにロシア聖教では基本的に離婚を禁止していたにも関わらず、ソ連時代になってからというもの節操のない男女関係が蔓延して、家庭はズタズタに引き裂かれ、挙句の果てには母子家庭とアルコール中毒で早死の男性が激増という悲劇が起こっている。これは今も続いている悲劇であるし、ある意味、因果的とも思える面がある。

また、満州引き揚げの日本人女性を集団暴行したり、少女にまで手を出して残虐非道の限りを働き、アフガニスタンやチェチェン、その他の戦地でも市民に対して堂々と人間が思い描ける最低の行為を行い尽くし、奪い取れるものはすべて奪い取り、辱めるものを陵辱の限りを与えた地上最低の軍人を今もロシアでは政府を使って英雄に仕立て、崇めることをやめる気配すらない。つまり、神を信じないから「人間以下の畜生でもできない悪行」をやるのが無心論者の恐ろしさなのだろうと個人的には理解している。

また、そこまで極端な例を挙げなくても、日常的に「平気で約束を破る」ことができる大方のロシア人というのは、間違いなく「無神論者」ではないかと思われる。つまり、よくも悪くも畏れるものがないのだ。そして、自らを救うものもない。可笑しな話だが、ユダヤ人は契約概念が強いからか、口は悪いが約束は守る人が多い。しかも、家庭崩壊の確率も知人の範囲内では少なく、教育熱心であった。だからといって、必ずしもユダヤ教信者というわけではなかったが、生活に対する規律をしっかり守れる彼らがロシアにおいて成功者となり、あらゆる分野の上位を占めるのはある意味、仕方ないようにも思えてくる。つまり、それほどに一般ロシア人の野放図、無秩序な生活設計と無神論が生活を破綻させる例があまりにも多く、社会的な成功者となる確率が低くなるのも当然の結果なのだ。またそれを反省しないために繰り返しばかりになってしまう場合も少なくない。

もちろん、中には無心論者でも素晴らしい人格者もいるので、要は「自分を律する基準があるかないか」の問題かもしれないが、一般的には「ない」無神論者が非常に多い気がするのだ。そのために、どうでもいいような問題が多発し、他の国で当たり前にできそうなことが、いまだに非常な厄介を伴う半世紀前みたいなマフィア・賄賂社会だったりするわけなのだ。まあ、こればかりは実際に住んでみないと分かりにくいが。

誰かが書いていたが、「共産主義というのは、人類史上最大かつ最悪の人間を使った実験だった」という人がいるらしい。実際、有名なジョージ・オーウェルの小説『1984年』の中で描かれた恐怖社会に近い状態が実際にソ連では起こっていたのだ。ソ連崩壊後、まるで新生国家が突然誕生したかのように今のロシアとソ連を異なるものと考えがちだが、実際には共産主義時代の爪あとは生々しくロシア人の魂に残っており、今も蝕み続けている。そして、おそらく彼らが自覚なく戦時中やソ連時代に行った残虐非道な行為の代償は、今も払われ続けているように思う。その最も深いところにある宗教問題についての解決方法を、ロシア人自身が見つけなければ、お金で買えない本当の幸せを手に入れることはとても難しいだろうと思う。

関連コラム:グルジア戦争の開始

本日、平成20年8月17は、→ 『水素文明の夜明け』の発売会(橘みゆき in 東京ビッグサイト)

関連コラム:「地獄のドバイ」のリーダーシップ

2008年8月16日

プレゼントの配布

後手必勝は強者の戦略


出典:【政界の大乱】東京の原発利権と地方の経済自立
福井・大飯原発:3号機、1次冷却水配管ひび 内側深さ15ミリ、「応力腐食」か
 定期検査で停止中の関西電力大飯原発3号機(福井県おおい町、加圧水型、出力118万キロワット)で1次冷却水配管(外径約88センチ)の内側に想定を上回る深さ15ミリ以上のひびが入っていることが15日、わかった。原子炉容器直近にある大口径配管で、この個所で深さ15ミリ以上のひびが見つかったのは国内で初めて。外側まで貫通して穴が開けば大事故につながりかねず、本格修理を検討している。もともと4月下旬の予定だった運転再開時期は延期されており、来年以降に持ち越される可能性が強い。 出典:毎日新聞

既に情報の力は、マネーの力を上回った。公開されている多くの情報は世界紙幣の発行権利を持つ人間の情報を発信し収集する為のシステムであった。但し、その力関係は逆転した。マネーが情報を支配する時代は終わった。

CIAの歴史

J・フォード監督の名も、米CIA前身の工作員名公開
 【ワシントン=宮崎健雄】米中央情報局(CIA)の前身で、第2次大戦時に設立された米特務機関「戦略情報局」(OSS)に所属していた工作員約2万4000人分の名前が14日、米国立公文書館で公開された。  米メディアによると、工作員の中には、アカデミー賞を受賞した映画監督のジョン・フォードさんや大リーグ、シカゴ・ホワイトソックスのモー・バーグ捕手、俳優スターリング・ヘイドンさんのほか、最高裁判事や歴史学者など幅広い分野で活躍した有名人の名前があるという。  また、セオドア・ルーズベルト元大統領の息子など有名人の家族の名前も含まれる。日系アメリカ人とみられる名前も複数ある。 出典:読売新聞

多くの映画や報道は間接アプローチ戦略として立案され実行された。そういう時代ももう終わりである。宗教指導者や教育者という名の工作員を使った中央集権型システムは終焉する。

プレゼントの配布

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出典:東京ビックサイト

    我々は既に強者である。よって戦略として強者の戦略を実行していく。
  • 誘導戦  総選挙、展示会、マスコミ、書籍、講演会の同時活動
  • 確率戦   同時多発的に行い確率的に生存者をネットワーク化
  • 総合戦  全てに勝利するのではなく全てに敗北しない陣地戦
  • 遠隔戦  情報を公開しながら弱者の内部分裂を誘発させる
  • 広域戦  英語による日本側情報の配布を電子書籍化する

重要関連2008年8月17日の橘研究所ブースに来られた方で合言葉(クリック)を言って頂けますとプレゼント(15名)が配布されるようです。
あと少しで中東エリアで大きなイベントが発生します。既に水が不足し、その解決策はありません。自業自得の結果としてディスインフレ型の戦争が発生します。このことは週刊誌で有名な斉藤頭取に対して失礼にあたるでしょうから一度しかいいません。みずほ情報総研次長経由で伝達されましたが、CyberULSの公式な使者の面会要請を断ったのはメガバンクでは斎藤宏頭取だけでした。日本の金融界ではみずほ銀行がこれの直撃を受けるでしょう。既にかなり危険な状態ですから早期に処理しなければ早期に処分されるでしょう。東京電力といい、IHI(旧石川島播磨重工)といい、情報を重視せず世界の都合を洞察できなければ関ヶ原の西軍大名のようになるだけです。我々は海外生活者であり何もしません。ただ、真実の情報を日本国民や海外にいる友人達に伝えるだけです。その為にはコミュニケーションメディアが必要でした。巨大な戦国大名や長年続いた江戸の譜代大名でさえ、関ヶ原や鳥羽伏見の戦いによって一瞬にして消滅しました。。これらの事象は非連続で非線形的に発生します。日本の歴史はその塊です。まじめに自分自身で見て聞いて調べた人々はちゃんと適切に対応しました。
関連コラム:日本の未来

明石元二郎は、関ヶ原の合戦や、大坂の陣で戦ったキリシタン武将、明石全登の末裔である。

1904年(明治37年)、明石はレーニンのジュネーブの自宅でレーニンと会談し、レーニンが率いる社会主義運動に日本政府が資金援助することを申し出た。レーニンは、当初これは祖国を裏切る行為であるといって拒否したが、明石は「タタール人の君がタタールを支配しているロシア人の大首長であるロマノフを倒すのに日本の力を借りたからといって何が裏切りなのだ」といって説き伏せ、レーニンをロシアに送り込むことに成功する。さらに、コンニ・シリヤクス(Konni Zilliacus)率いるフィンランド革命党などのロシアの侵略を受けていた国の反乱分子などを糾合し、ロシア国内の革命政党であるエスエル(社会革命党)を率いるエヴノ・アゼフなどに資金援助するなどして、ロシア国内の反戦、反政府運動の火に油を注ぎ、ロシアの対日戦争継続の意図を挫折させようとした。明石の行った工作は、例えば、内務大臣プレーヴェの暗殺、血の日曜日事件、戦艦ポチョムキン号の叛乱等である。これらの明石の工作が、後のロシア革命の成功へと繋がっていく。後にレーニンは次のように語っている。「日本の明石大佐には本当に感謝している。感謝状を出したいほどである。」と。
満州軍においては、欧州の明石工作をロシア将兵に檄文等で知らせて戦意を喪失させようと計ったり、また欧州情勢を受けてロシア軍の後方攪乱活動を盛んに行ったりした(満州義軍)。この結果、バルチック艦隊を日本海海戦で失ったロシアは戦意を喪失し日本に講和を申し出て来たのである。
このように、明石は日露戦争中全般にわたり、ロシア国内の政情不安を画策してロシアの継戦を困難にし、日本の勝利に貢献した。陸軍参謀本部参謀次長長岡外史は、「明石の活躍は陸軍10個師団に相当する」と評した。また、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は、「明石元二郎一人で、満州の日本軍20万人に匹敵する戦果を上げている。」といって称えた。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』







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経済の支配者たち

富豪とは

金持ちと富豪は違う。いいとこに就職して、またはハリウッド映画に出演して稼ぎの多い人は金持ちではあるが富豪ではない。アメリカンドリーム(アメリカでは誰でも成功するチャンスがあるということ)はビバリーヒルズに家を構えるまでの話だ。富豪は富豪同士で結婚し、遺産を相続して巨大な財産が富豪でない階層の人間に分散しないようにしている。日本でお金持ちだと言われている人々は富豪(世界的財閥)とは違う。

アメリカの金持ちと言えばビル•ゲイツことウィリアム・ヘンリー・ゲイツ三世だが、彼が世界経済を牛耳るアメリカを動かす支配者だとは誰も思っていない。ブッシュ大統領が支配者?でもない。ヴァンダービルド、ロックフェラー、モルガンのような財閥遺産相続人それから彼らとつながるヨーロッパの財閥が世界の支配システムを構築している。

富豪の支配

富豪は自らの息のかかったファミリーを育て、世界のリーダーとして送り込む。 各国の大使や国王を手なずけ、 国連事務総長からアフリカ黒人大統領まで彼らの支配システムを崩さないための道具に過ぎない。もちろんのことCIAにも人脈があり、軍需産業にも関係している。支配者である財閥からの命令で戦後日本のコントロールが行われている。彼らはCIAを使って日本政財界を動かしている。この影響力は現在も残っている。

彼らの支配は『人の弱みにつけ込む』ことを基本にする。表向きには寄付を行い平和を唱えるが、その多くは武器や麻薬、人身売買取引に関わっている。賄賂、女、麻薬、武器を使って紙であるオカネの力を信じさせるのが得意だ。金持ちになりたい、モテたい、違法な薬が欲しい、兵器が欲しい...そう望んでいる人間は所謂手先になる。口がうまく、ケチで(金持ちはケチだ)、奪うのが富豪だ。

富豪も初代はオカネを儲けた稼ぎの多い金持ちなのだが、世界を支配しようとしている財閥は石油がぽっと出てきた成金アラブ人でもないし強いリーダーシップを持った英雄チンギスハンやナポレオンの子孫でもない。彼らの多くは虐げられた存在のユダヤ人であり、他人のオカネを流用したり、権利を奪ったりすることに労力をかけた人々が多い。奪って奪われて富豪という立場を維持しようとしている。アラブ人の自称富豪と称する人々と付き合いで私が思ったことは彼らは石油が奪われたら、また枯渇したら「富」を維持することができずに没落していく。あのロスチャイルド家でさえ滅亡の危機があったわけで、システム転換を行っている。何から何までインド人まかせの自称富豪の単なる金持ちは自身の力で奪ったものでないので奪い返すことはできないだろう。

富豪というのは狡賢くて被害を出す存在である。富豪が富を独占し続けることで間違いなく全員が搾取されている。気がつかないようにうまくやってのけるのが憎らしいが、あくどいトラストやコントロールされた投機、税金を少しでも払わないためのタックスヘイブン...オカネのスペシャリストだ。自分達の作り出した紙ッ切れのお金で我々を支配する。

富豪の未来

富豪(財閥)は決して強い存在ではない。札束やら豪華な品々をたくさん持っているので常に嫌悪の対象となり、奪われることを恐れるがゆえに制限も大きい。家がなくても素っ裸になってもゲラゲラ笑っているような豪快な人もいないし、純粋な愛による幸せも得難い(結婚相手も自由気ままに選べるわけではない)。

彼らの基本は商売人、「安く仕入れて高く売る!」でロスチャイルド家はワーテルローの戦いで情報ルートを押さえることで大儲けした。 ところが、ここにきてこのシステムが彼らの管轄外で行われるようになってきた。インターネット世界の発達もあり、わざわざ彼らを通さなくても消費者が問屋から直接物が買える時代がきたのだ。また物々交換なんかされたら彼らはもっとショックだろう。金が関係しないボランティアのサービスも困る。何が何処でどう売買されているのかが分からない状態、大衆がお金を崇めなくなったら彼らにとっては大きな痛手になる。

彼ら内部の問題も彼らの未来を危うくしている。自分達自身を把握できないのが問題なのだ。彼らの祖先が作った有り難い資金増幅システムでは、富が増幅する。最初は家族経営でも大きくなれば部外者を入れるようになる。国境を超えた集団は昔と違って帳簿を一つにまとめて均等に配分できなくなり、個人の金貸しではなく会社となったので保有株の差も出て来る。誰が地球各国の金に群がった全ての関係者、子孫、会社の利益、子会社の利益、数種の通貨のレート、様々な銀行口座、税制、それからその影響まで全てを把握しているだろうか?コントロールできないのならば支配もできない。使い切れない金額のぐちゃぐちゃのお小遣い帳を持った富豪に本当にたくさんの働く人々が自分の利益のために勝手な行動をする。情報過多の制御不能だ。彼らの支配は遠からず終演するだろう。

iPod touchで体験する映像と身体の不思議な関係

関連コラム日本の未来

明日、平成20年8月17日は、→ 『水素文明の夜明け』の発売会(橘みゆき in 東京ビッグサイト)

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2008年8月15日

ゲリラ戦と軍事における革命


ゲリラ戦争


リデルハートは「戦略論-間接的アプローチ」の最終章において、ゲリラ戦争を取り上げている。最も顕著なゲリラ戦の実例としては、ナポレオン軍に対するスペイン民衆の抵抗が有名であるが、第二次世界大戦以後においても、「平和を欲する者は戦争を理解せよ、特にゲリラ形式及び内部撹乱形式の戦争を理解することが重要」とリデルハートは繰り返し強調している。リデルハートがゲリラ戦争を強調する理由は原子爆弾が第二次世界大戦において登場したからである。原子爆弾の登場以前とそれ以後において、戦争のそれ自体に対してどのような変化を及ぼしたのかということを我々は学ばなければならない。

「原子力は、破壊を「自殺行為」の極点にまで高めることによって、戦略の神髄である間接的方法への復帰を刺激し、促進する。そのわけは、間接的方法は、戦争を野蛮な暴力の使用よりも高尚なものに高めるところの知性の資質を戦争そのものに付与するものであるからである。そのような「間接的アプローチ」への復帰の徴候は大戦略が欠如していたとはいえ、第一次世界大戦におけるよりも戦略がより大きな役割を果たした第二次大戦において既に明らかに看取されていた。今や、原子の抑止力は、分かり切った線に沿っての直接行動を抑止する効果を発揮しているため、それは却って侵略側の戦略の巧妙化を助長する結果を招いている。こうして、この原子抑止力の開発は、その開発の進展と同じ態度にわが方における「戦略の力」に対する理解が進む事を条件として行わなければならないことが非常に重要になってくる。戦略の歴史は、根本的に見て、間接的アプローチの適用及びその発展の記録である。(戦略論-間接アプローチ)」

長崎への原子爆弾投下

太平洋戦争末期の1945年に日本の広島市と長崎市に2発の原子爆弾が投下された。その原子爆弾の威力が今までの通常兵器と比較して、余りにも無差別でかつ、残虐的に、大量の人間を殺戮してしまうので、第二次大戦後は、兵器としての意味を逆に持ち得ず、戦争の抑止力としての効果しか果たす事はなかった。第二次世界大戦において、世界史に初めて登場した原子爆弾の存在は、第一次世界大戦の西部戦線における塹壕戦と類似していると言えるであろう。当時の西部戦線には、延々と何百kmにわたる鉄条網と塹壕陣地が出来上がり、そこに据え付けられた機関銃の威力によって、ドイツ軍、フランス軍双方のいかなる攻撃突破も片っ端から挫折させてしまったのである。1914年9月にベルギーを突破したドイツ軍が、マルヌ河畔でフランス軍と戦って、シュリーフェン作戦に失敗した後、4年間に亘る塹壕戦が展開されることになった。戦線は数万の人名を犠牲にしても、数十mぐらいしか動かせない有様だったという。この絶望的な膠着状態から脱出する新兵器として、第一次世界大戦末期に登場したのが戦車であった。機関銃の弾丸を全て跳ね返すという特徴を持つ戦車の存在によって、西部戦線において、遂に幾ばくかの機動性が確保されたということになる。一方で、戦争の抑止力として登場した原子爆弾に対して、戦争の機動性を確保するために注目されるようになったのが、ゲリラ戦ということになる。

「ゲリラ戦を抑制するために核兵器使用の脅威をほのめかすことは、蚊の大群を大鉄槌で追い払おうとする話しのように道理に合わない。そういう政策は意味がないことで、その当然の結果は、対抗手段として核兵器を使用できない侵蝕による侵略様式の生起を刺激し助長する事であった。(戦略論-間接アプローチ)」

ゲリラ戦を仕掛けて来る相手に対して、核爆弾を投下するという行為は余りに度が過ぎているため、この時点で核の戦争抑止力としての効果は無効化されたということになる。しかし、ここで、1つ大きな疑問が生じる。ゲリラ戦によって、戦争は第二次世界大戦における「電撃戦」のごとく、機動性を取り戻したと言っても、戦力的に劣っているゲリラ兵が正規兵に勝つ事は果たして可能なのかということだ。筆者は以前から兵器技術によって圧倒的に優越したアメリカ軍が、圧倒的技術に劣ったベトナムのゲリラ兵に敗北したのかが不思議で仕方がなかったのだが、実はこのゲリラ戦というのはアメリカ軍の弱点をついた非情に巧妙な戦い方なのだ。軍事革命(中村好寿著)によると、アメリカ軍の弱点は主に以下の3つが存在するという。

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アメリカ軍の弱点

1. 戦闘による死傷者の発生や民間施設の破壊に対する極度の嫌悪感

2. 国内および国際世論に対する敏感さ

3. 長期戦に戦う用意も意志もない

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これらのアメリカ軍の弱点を踏まえて、ベトナムのゲリラ兵が取った作戦は「ヒット・アンド・ラン」方式である。ベトナムのゲリラ兵はアメリカ軍の爆撃を長距離火力が威力を発揮する前に、部隊を集結し、展開し、攻撃をかけ、急いで撤退することを繰り返した。忍耐強く時間をかけて、相手に出血を強いる戦い方である。ベトナム戦争において、長期戦に持ち込まれたアメリカは結局、当初の目的を果たす事なく、屈辱的な敗退をすることになった。

しかし、ゲリラ戦が戦争の主流となることはないとリデルハートは指摘している。ゲリラ戦は大国に対する弱者の戦略としては非情に有効であるが、一度その戦法が採用されてしまうと、若い世代を中心に大国に対する闘争を通じて、一般的な公衆道徳の規範を破る事を学び、「法及び秩序」の軽視を生じ、その行動は戦争が終わった後でも継続して行われるので、それらの国が国家を再建し、安定状態をもたらすことは非情に困難であるためだ。

軍事における革命と間接アプローチ理論

今までは、リデルハートの戦略論に基づいて、間接アプローチ理論を学んできたが、21世紀において間接アプローチ理論はどのように発展するのであろうか? ここからはリデルハートの「戦略論」以後の話しであるから、現在を生きる我々自身が考えなければいけないのだが、軍事革命 (中村好寿著)によると、情報化社会の到来によって、軍事分野においても革命的な変化(軍事革命)が起きたという。軍事革命が起きる条件としては、

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軍事革命が起きる条件

1. 革命的な兵器が登場し、その兵器の影響を受けて、軍隊の運用法や編成・組織にも大きな変化が起こった場合

2. 軍隊の運用法や編成・組織における革新が「軍事革命」をもたらした場合

3. 社会の生産様式が変化し、その影響が軍事分野に及んで起こった大変化で、戦いの性格を変えた場合

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1の例としては、核兵器の登場によって、「抑止戦略」といわれる軍隊の運用法と軍隊組織が生み出されたことが挙げられる。2の例としては、グーデリアンによる電撃戦が有名である。そして、3の事例として、産業革命を挙げることができる。産業革命によって、大量生産が可能となり、工業型の「軍事革命」が生み出されたのである。今回、情報化社会の到来によって引き起こされる軍事革命はこの3に分類されることになる。

「工業化時代の戦争では、相手国の「軍隊の撃破」が戦争の目標として追求されてきた。軍隊を撃破すれば、国民や領土を、攻撃側は自動的に手中に収めることができるし、反対に防御側は、撃破に成功すれば、相手国の手に落ちる事を拒否する事ができるからである。しかし、情報化社会における戦争では、「軍隊の撃破」ではなく、非軍事目標を攻撃して、相手国の国家機能を麻痺させることが追求されるであろう。軍事革命(中村好寿著)」

21世紀の軍事革命は間接アプローチ理論の延長上にあると言えるであろう。なぜなら、戦争の目標は相手国の陸海空軍を撃滅させることではなく、相手の国家機能を麻痺させた後、情報革命によって編成・訓練された軍隊によってその国を征服してしまうことなのである。例えば、この本には日本が情報革命によって組織化された国に攻撃された場合を次のように想定している。軍事革命軍(RMA軍)の政府が開戦を日本に決意した場合、兜町の証券取引所や、東京駅の輸送指令センター、さらにKDDIやNTTの中継所といった目標に対して、同時にサイバー攻撃をかけて、日本の金融機能、交通機能、情報・通信機能を麻痺させて大混乱に陥れるというものである。

21世紀の軍事革命軍の戦い方は、第一次世界大戦で戦車と急降下爆撃機を一体にして、運用しかつ戦車部隊と自動車化歩兵部隊からなる新組織、機甲師団を編成して、敵の指揮・統制機能を麻痺させる戦闘教義を開発したドイツの電撃戦を連想させる。今世紀は情報革命によって誕生した新たなサイバー攻撃という間接アプローチが戦闘方式の主流となるというのだ。情報化社会の軍事指導者は、敵国を次のような5つの組織が有機的に結びついた組織体として捉えると中村好寿氏は指摘する。

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国家を構成する5つの有機的組織

1. 政府機関のような国家指導組織

2. 食料、資金、電力、天然資源といった、国家のエネルギー組織

3. 交通、通信、教育、製造施設といったインフラストラクチャー組織

4. 敵愾心や絶望感を生む住民組織

5. 打撃に対して対応力のある軍事組織

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国家をこれらの有機的な組織体と捉えるならば、情報化社会の軍事指導者はこれらの5つの組織のうち、戦争目的に直接的に影響を及ぼしかつ、もっとも脆弱な組織に打撃を加えようとする。リデルハートは積極面第4ヶ条:最小抵抗線を乗ぜよという金言がここで適用されることになる。例えば、戦争の指導の役割を担っている国家指導組織の情報システムが完全に敵軍のサイバー攻撃によって遮断された場合、その機能は無能化し、一気に大混乱状態の陥ることになる。それに迅速に移動して来た軍事革命軍(RMA軍)によって、国家の主要地域が制圧された場合、戦わずして敗北を喫することになるであろう。第二次世界大戦において、ドイツの電撃戦によって、予想外の短期間で降伏することになったポーランド、ベルギー、フランスの敗北が、今世紀においても再現されることになるに違いない。リデルハートの「戦略論-間接アプローチ」を学ぶことは、現在においても、ある一定の知識層の人間にとって必要不可欠であると私は考える。

明後日、平成20年8月17日は、→ 『水素文明の夜明け』の発売会(橘みゆき in 東京ビッグサイト)

関連コラム日本の未来

関連情報


2008年8月17日 in 東京国際展示場

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1. 第一次世界大戦は、ロシアの皇帝政府を最終的に完全に倒すことを可能にするために計画された。新しいロシアの政府は、無神論で軍事的であると予見された。さらにパイクは、この新しいロシア政府が共産主義的であることを指摘した。カール・マルクスは、アルバート・パイクによるこのオカルティックな予言のぴったり22年前の1848年に共産党宣言を発表した。オカルト番号の22が突発するのが続くのは面白いではないか。もうすぐおわかりになるだろうが、倍数の 44と66も引き続き出てくる。

2. 第二次世界大戦は、イギリスとドイツの間で始まると予見された。しかし、この戦争の計画された結果の一つは、ロシアが他の政府と宗教を弱め、破壊するように、新しい共産主義ロシア政府を強化することだった。

3. 第三次世界大戦は、ユダヤ教とイスラム教の間で起こる。この戦争は、イスラエルとその敵対者アラブとの積年の論争から起こり、双方の破滅という結果になるが、世界の残りも争いに巻き込まれ、全体的な世界戦争になる。この予言は、少しの間今から論じるように、多くの点で信じがたい。しかし、さしあたって、第三次世界大戦が起きるというこの予言が、イスラエルが国家として存在せず、ファンダメンタリスト、聖書を信じるキリスト教徒以外には、誰もそれがまた存在するようにはなると信じていなかった1870年になされたことを理解してほしい。

出典:アルバート・パイクと第三次世界大戦

映画『ソルジャー・ブルー』とは騎兵隊の青い服を着た戦士をあらわしている。

グルジアやチェチェン、イラクで起きていることは上記と同じである。

行っている人々の思想土台も論理システムも同じである。

日本人は原子爆弾を落され、放射能で苦しめられたが、何を学んだのか?

真に知ることは必ず実行を伴う。知と行とは表裏一体で別のものではない。

多くのクリエーターが東京ビックサイトに集う。これは、非常に大きな意味を持つ。

過去最高の警備体制が敷かれる。(関連:初の手荷物検査で厳戒ムード

重要関連:未来の為に生きている人はクリックして参加しましょう。

2008年8月14日

ペドフィリアのネットワーク

世界の国々にはグローバルな児童性虐待ネットワークがある。イルミナティと呼ばれる頂点は社会サービス、警察、弁護士、裁判、政治家、メディア、コミュニティリーダー、ビジネスリーダー、宗教団体、医療といった機関の権力者達をコントロールし自分達が思うように何でもなる世界を創造しようと企む。お金を思いのままに操って法や道徳を犯して支配権力を維持しようとするのだ。

ピラミッド(

http://www.isgp.eu/dutroux/Belgian_X_dossiers_of_the_Dutroux_affair.htm

狙われる少女達

 人身売買、児童虐待の中でもよく問題にされるのは成人男性による少女への性虐待、悪魔の儀式とも言われる殺人を含むサディスト行為だ。最近は男の子だって危ないよ、とはいえ女の子の危険はやはり高い。しかも町中に潜む変態さん個人による単独犯ではなく、組織的に拉致される、または親に売られる少女がいる。彼女達はポルノ写真やビデオ、そしてその身体を買われるのだ。人間ではなくほとんど動物として扱れ無理のある性行為の後に殺される児童もいる。加害者は見るからに大人の女性と対等に付き合えないような社会不適合者ばかりではなく、社会的地位の高い男性がレンタル又は購入してアブノーマルな虐待をすることもある。

ペドフィリア

日本でも最近性犯罪も多くて小さな子供の親達はピリピリしている。こども用のGPS付き携帯を持たせたり、コンドームを持たせたり?...そんなものが学生時代に縁もなかった世代には驚くことばかりだろう。 「学校の先生だって信用できない!」 ハイティーンとの援助交際という言葉さえも古くさく聞こえ、萌えと呼ばれる世界ではロリコンという嗜好も当たり前だと感じられるほど10代前後の子供が性的対象になっている。確かに少女にはオネエサンにもオバサンにもない魅力があると思う。 女性が何歳であっても強姦することは許されることではないが、私は17歳前後の少女を性対象にすることが変だとは思わない。南の島なんかでは中学生で子持ちの立派なかぁちゃんに出会うこともある。ロリコンとか小児性愛者という心の病気とも呼べるのは生殖能力のない幼児や小児にそういう思いを寄せる男性が対象だと言える。 精神病としてはだいたい13歳以下の子供に性的興奮をするのがペドフィリアと呼ばれるそうだが、生理になった少女に対して「セックスしたい」と考えるのは普通のことだ。 ペドフィリアの男性が楽しむポルノ写真に3歳くらいの幼児が大人とセックスして笑顔を見せているものなどがあるそうだ、気持ち悪い...。最近のママさん達は幼児であっても女の子は外ですっぽんぽんで着替えさせたりしないし、スカートの下にはスパッツ履かせている。よそのおっちゃんに子供を挨拶することも禁止だ。おいおい目上の人にあったら挨拶ぐらいしっかりせぇよって(挨拶しなかったら親に頭をぐいっと押された世代としては)思うが確かに子供の裸写真を投稿して喜んでる奴や挨拶されたぐらいで相手が自分を好きだから言うこと聞いてくれると勘違いする奴も残念ながら多い。

終わらないビジネス

幼い子供は力も弱いし口答えもほとんどしないので強姦したり殺したりしやすい。 ペドフィリアという病人にとってその嗜好を堪能することは犯罪に他ならない(昔はそんなことなかったかもしれないが現在は犯罪となる国がほとんどだ)。カンボジア等のアジア、旧共産圏の国々等は貧乏なので子供が買える有名な場所だそうだ。恐ろしいことにそんな少女達を求めるお客は世界中にたくさんいるのでビジネスとして成り立つ。 日本でも小学生を集めたプチエンジェル事件があった。 ビジネスとしてのリスクはもちろん高いが、社会的地位の高い人々による組織とつるんでやれば メディアも司法もネットワーク構成の一部なのでなかなか捕まらない。「ついやってしまいました」というような単独犯はこれでもかと変態としてテレビや紙面で叩かれるが、組織犯罪は取り上げられない。いくら善良な刑事さんが調べようとしてもドラマのように上からストップがかかるに違いない。背後にネットワークがある事件のほとんどはフロントと呼ばれる下っ端を捕まえ、時には誰かさんの代わりにフロントを刑務所に入れるパフォーマンスをする。人身売買ビジネスは終わらない。

明々後日の平成20年8月17日は、→ 『水素文明の夜明け』の発売会(橘みゆき in 東京ビッグサイト)

関連コラム:グルジア戦争の開始

2008年8月13日

本日のテレビ『夢のドバイ生活』

本日、ある人物がテレビ出演


出典:今日のテレビ番組(infoseek)

本日の人気番組、NOBUNAGA 夢の" ドバイ"生活にはある人物が出演します。 2008年8月17日の東京ビックサイトのイベントと本日のテレビ番組は、「連山」読者にとっては必見の内容です。是非ともご覧下さい。次の日曜日のイベントは此方をクリックしてください。既に週刊朝日をはじめ精力的に行っている各学校講演会、企業講演会、政治家への説明会などを追加で希望の方は→クリックして下さい。地域によってはサイン会の希望を連絡いたします。


交通の遮断と戦略及び戦術の神髄


交通線の遮断


太平洋戦争において、対米戦争を決意した大日本帝国は民族の「自存自衛」を東南アジアからの海上輸送 (石油、石炭、ボーキサイトなどの資源輸送)に依存していた。よって、この東南アジアと日本を結ぶ海上シーレーンは日本の生命線となっていたのだが、アメリカは日米開戦後すぐに、「無制限潜水艦作戦」を発動し、日本の輸送船をことごとく沈める作戦を取った。この海上シーレーンという生命線の命脈が途絶えた1945年8月に大日本帝国はポツダム宣言を受諾し、連合軍に降伏した。

海上における交通線の破壊は主に潜水艦隊によって行われたが、リデルハートは陸上における交通線の破壊を機械化部隊に期待した。補給の流れを阻止するために、路線を爆破するのみではなく、列車及びトラック輸送団に対する迎撃や迎撃の脅威が機械化師団の最も効果的な目標点として有効であるとリデルハートは認識していたのである。彼の理論が実践で成功した実例として、ドイツ軍の対フランス侵攻作戦(マンシュタインプラン)が取り上げられている。「これらの演繹的結論は第二次世界大戦の経験によって実証された。なかんずく、独軍主力の遥か前方を先駆していたグーデリアンのパンツァー(機甲)部隊が、連合軍の遥か後方の地点であるアミアン及びアッペヴィル(この両地で連合軍の2本の交通線がソンム河を超えていた。)において、連合軍の交通戦を遮断し、連合軍を物理的にも心理的にも破滅的な麻痺状態に陥れたことは、その最たる実証であった。(戦略論-間接アプローチ)」とリデルハートは指摘している。


戦略及び戦術の神髄


以上より、戦略の目的は相手を"撹乱させること"とリデルハートは定義したが、一方で戦争の原則として、戦力を集中させることの重要性を指摘している。事実上これは、「相手の弱点」に対する戦力の集中である。「弱点に対する力の集中は対手の力の分散によって左右されるべきものであり、対手の力の分散はまたわが方の外見上の分散及び分散の部分的効果によって引き起こされる。わが方の分散、敵の分散、わが方の集中ーこれらは因果関係を構成するものであり、その1つ1つが結果として生まれる。真の集中は計算された分散のもたらす結実である。(戦略論-間接アプローチ)」この原則を実践するために、リデルハートは次の積極面6ヶ条、消極面2ヶ条を提示している。これらの原則の底流にある真理は、「撹乱」と「戦果の拡大」であるとリデルハート指摘している。まず、撹乱によって味方の好機を作り出し、この時に、敵が受けた打撃から、立ち直らない間に、戦果を拡張させることが重要であるという。敵軍を混乱させ、味方の戦果を拡大させるに際して、わが方の分散、敵の分散、わが方の集中を効果的に実行しなければいけないのだが、1つ使用方法を間違えば、ナポレオンが得意とした内線作戦によって、各個撃破される可能性もあり、十分な訓練が戦争の原則のもとで行われなければいけないことは言うまでもないであろう。


積極面6ヶ条
1.目的を手段に適合させよ。
「目的を決定をするにあたっては、明確な見通しと冷静な計算とを重視すべきである。「消化能力以上の貪欲」は愚である。軍事的英知は「何が可能か」を第一義とする。それゆえ、誠実を旨としつつ、事実に直面することを学ぶべきである。(略) 」無理な作戦立ててはいけないということ。不可能な作戦を精神論でなせばなる的に押し通すのはやめなさいということを積極面第1ヶ条で、リデルハートは述べている。

2.目的を常に銘記せよ。
「計画を状況に適合させる間、常に目的を明記しなければいけない。目的達成のために方法は1つではなくてそれ以上あるが、しかしいかなる目標も必ず目的に指向されるように細心の注意を払う事を忘れてはならない。(略)」
目標が目的に取って変わるということは日常生活の中でしばしば体験することがある。例えば、環境問題を解決するために、大学に行きたいと考えていた学生が、その目的を忘れ,受験勉強で成功するという目標自体が目的に取って変わられて、名声の高い大学に入学したものの、他の大学の方が環境問題を学ぶ上で適しているなんてことはよくある。リデルハートは積極面第2ヶ条で「初心忘れるべからず」と戒めているのである。

3.最小予防線(最小予期コース)を選択せよ。
「敵の立場に立ってみる事に努め、敵が先見し又は先制することが最も少ないコースはどれであるかを見よ。(略)」
計算だけでは決して計測することはできない相手の心理面を考慮に入れろということをリデルハートは積極面第3ヶ条で述べている。常に相手の立場に立って相手がどのように行動するのかを予測することが重要なのだ。

4.最小抵抗線を乗ぜよ。
「わが方の基本的な目的に対し寄与すべき目標へ指向されているという条件を充たすところの最小抵抗線を利用すべきである。(戦術においては、この金言は予備兵力の使用に適用し、戦略においては随時の戦術的成功の利用に適用するものである。)」
相手の弱点を徹底的に攻撃せよとリデルハートは積極面第4ヶ条で述べている。

5.代替目標への変更を可能にする作戦線をとれ。
「こうすれば、敵をジレンマの立場に追い込み、敵の守備の最も薄い目標を少なくとも1つは攻略できる機会を確保するところまで、進む事ができ、またそれを手がかりとして逐次攻略することが可能となろう。(略)」
例えば、攻撃目標が1つしかないのであれば、攻撃される側にとってはその目標地点に全兵力を集中すればよいので防備することは比較的用意であると言える。しかし、相手がどこを攻めてくるのか全くわからないとしたら、守備兵を分散しなければいけないので、攻撃する側にとっては、各目標地点を個別撃破することも可能になる。

6.計画および配置が状況に適応するよう、それらの柔軟性を確保せよ。
「わが方の計画は、成功を収めた場合もしくは失敗に陥いった場合又は部分的に成功を収めた場合において次のステップを予見し、それを生み出すべきである。わが方の配備(又は隊形)は最も短時間のうちに次のステップの利用、換言すれば状況への適合を許すようなものにすべきである。(略)」
作戦が成功した場合、失敗した場合、部分的に成功した場合など、結果がどのようになってもそれらに対して対応できるように、作戦に対して十分な柔軟性を確保すべきだとリデルハートは積極面第6ヶ条で述べている。


消極面2ヶ条
1.対手が油断していないうちはー対手がわが攻撃を撃退し又は回避できる態勢にあるうちは、わが兵力を打撃に投入するな
「非常に劣勢な対手に対する以外には、対手の抵抗力又は回避行動が麻痺状態に陥らない限り、効果的打撃を加えることは不可能であるということは歴史上の経験の示すところである。であるからこのような麻痺状態が十分に進行していない限り、いかなる指揮官も敵に対する真面目な攻撃を発起すべきではない。麻痺状態は敵の組織の崩壊及び精神面での組織崩壊の同等物である指揮崩壊によって引き起こされる。(略)」
正面突破の攻撃方法は味方の被害が甚大であるから、極力避けよとリデルハートは消極面第1ヶ条で述べている。まずは心理面などの間接アプローチで相手の抵抗力削いだ上で、効果的な打撃を相手に与えることが非常に重要なのである。

2.一たん失敗した後は、同一の線(又は同一の形式)に沿う攻撃を再開するな。
「単なる兵力の増強は必ずしも新規の線に沿う攻撃を意味しない。そのわけは、敵もまたその休止の間において自己の兵力を増強しているであろうことはありうべきことであるからである。わが方を撃退した敵の成功が敵を精神的に強化するであろうことは、さらにもっと有り得べきことである。(略)」
人間というのは一たん、失敗した時に、その原因を自分の努力不足に結論づけてしまい、全く同じ方法で、全く同じ相手と対戦して、また敗北してしまうというケースはよくある。対戦相手も前回と同じ方法で攻撃してくれるのであるから、防御するのも、相手の攻撃方法の予測がつくので、非常に簡単になる。なぜなら、失敗した方法を再度繰り返すのは、相手を心理的に安心させる直接アプローチになってしまっているからだ。一たん失敗した後は同じ方法や形式で再度攻撃を再開するなとリデルハートは消極面第2ヶ条で述べているのである。

関連情報


的中したサイバー攻撃とマケイン陣営の崩壊

的中したサイバー攻撃の警告

在英グルジア大使館、サイバー攻撃の疑いでロシアを非難
 在英グルジア大使館は、グルジアからの分離独立を目指す南オセチア自治州をめぐる軍事活動と同時に、ロシアの複数の部隊が協調してグルジアのウェブサイトにサイバー攻撃を仕掛けていると非難した。  グルジア大使館の広報担当は現地時間8月11日、ZDNet UKに対して、週末にウェブサイトがアクセス不能になったのはロシアによるサービス拒否(DoS)攻撃のためだと述べた。
出典:CNETニュース


出典:サイバー攻撃、複数都市で停電も(平成二拾年八月七日警告)
なお、グルジア政府関連の複数のウェブサイトは数週間前から、ロシアのハッカーからと見られるDOS攻撃を受けてきたが、軍事衝突が起きて以来、DOS攻撃は激化している。『Washington Post』が伝えるところによると、グルジアの商業ネットサーバーの中心である『Caucasus Network Tbilisi』は現在、ユーザーに対応できていないという。
[この記事は、ワイアード・ブログ『Danger Room』の複数の記事を統合しています]
WIRED NEWS 原文(English)
出典:グルジア情勢:米国が育てたグルジア軍とロシアの闘い

「我々は静観する。理由は後述するが自前で対応しなさい。 」
多くを語らずともハワイでオバマ候補が休養している間に状況は予定通り発生した。
少なくともCyberULSが保有する超高並列システムによる事前及び事後のデータは既にアメリカの友人に送り受領が確認された。これで事実上、10月のイベントを乗り切れば大統領選挙も無事に終わるだろう。アメリカの問題はアメリカ人が自分で解決するべきである。

弱体化が証明されたロシア地上軍


出典:ロシア、軍事作戦終了を表明 グルジア「CIS離脱」
だが今回の紛争は、グルジアという比較的に限定された地域で戦われたものの、陸海空の三軍が連動したかなり複雑な第一級の作戦であった。ロシア軍はこうした作戦を難無く成功させる能力を持っていることを証明した。ソビエト時代の強力なロシア軍の復活である。
信頼できるメディアが伝えるなぞ 
今回の紛争は、グルジア側による南オセチアへの攻撃で始まった。だが、グルジアには米軍の顧問団が数百名単位でおり、また、米国の同盟国として米軍の収集したロシア軍部隊の動きに関するデータが利用できる立場にあった。ロシア軍の激しい反撃は十分予想できたはずである。 さらに、これらのことはブッシュ政権も十分に承知していたはずである。 なのになぜ米国はグルジアに自制を求めなかったのであろうか?これがなぞとされている。
今回の紛争の背景
しかし、次第にその答えははっきりしてきた。それは、この紛争そのものの動機と関係がある。
ブッシュ政権
ブッシュは、このまま行くと次期大統領選挙では、共和党には勝ち目がなく民主党のオバマが次期大統領になる可能性が強いと判断している。劣勢を逆転するためには、9.11やイラク戦争開戦時のように、悪の枢軸のような敵を外部に作り、米国民を熱狂させ、悪を倒す強い大統領候補としてマケインを宣揚する必要がある。 今回、ロシアがグルジアに反撃したことは、新たな「悪の帝国」としてのロシアを出現させることになり、大統領選挙にとっては願ってもない。このシナリオにしたがって、CNNやFOXなど米国の大手マスメディアはすでにキャンペーンを開始した。
出典:ヤスの備忘録 歴史と予言のあいだ

ロバート・デ・ニーロ監督によるCIAの歴史映画『グッド・シェパード』(The Good Shepherd)でソビエトは赤は赤でも赤錆の赤だとソビエトの内情を語る亡命KGB職員がいます。それと同じでロシア軍はソビエト時代も強力な時代は少なく、数に比して弱体な軍隊でした。今回の作戦はわずかに4日程度の作戦でしたが既に我らの調査では本当に情けないほど劣化したロシア地上軍の現実を確認しました。既に前線のロシア軍は補給物資に事欠き、兵士達は略奪に狂奔しています。プーチン首相は北オセチアで陣頭指揮をしているのはその崩壊したモラル(士気)の建て直しのためです。

激怒した黒の将軍

アメリカの友人に情報を提供しながらイスラム教徒の友人に情報を提供せず、静観したことに激怒している友人もいます。ソルジャー・ブルーを除けば黒の将軍は最強の統率能力を誇ります。ソルジャーはラマダーンが近いし、無事に10月が終われば穏便にすむだろうと説明しています。

最強の大陸軍(市民軍)


戦術
制空権皆無のヒズボラがイスラエル軍の空爆を凌ぎ、地上軍を迎え撃ちそして殲滅されなかった理由は、ヒズボラがハマスなどのテロ系組織と違って近代的な軍事訓練を受け、高等な装備を持つ組織化された武装集団であることだけでなく、地の利を知り尽くした戦術を行ったことにある。攻撃を受けたイスラエルの反応時間はわずか2分たらずであるがヒズボラはこのデッドラインを熟知し、小型ロケットランチャーはリモコンで操作され、またはスクーターに乗るヒズボラ兵士が引き金を引いて直ちに逃走する。大型ロケットの場合は、トラックに積載されているが、本物のランチャーの隣に熱を発するハリボテのランチャーを置き、発射直後に本物は移動する。イスラエル空軍は置き去りにされた熱源のハリボテの囮を攻撃する。本物は無事であるために、翌日以降も、数百発ものロケット攻撃が可能となる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

下記の書籍(スパイはなんでも知っている 36頁 スパイの財布の中身)に記されていますが、日本人エリートは海外の大学に留学すると外国政府にスパイとしてリクルートされます。日本はアメリカと同盟関係があります。ロシアの味方をするのは良い行いではありません。アメリカは3つに分裂しています。私はアメリカと華僑とイスラムの友人から日本の売国奴リストを頂きました。アメリカの一部が気に食わなくても同盟国です。平和条約も結んでいない日ソ中立条約違反の継承国ロシアを信じてはなりません。北朝鮮拉致問題やオウム真理教問題も含めてロシアは闇の深淵です。ロシア人が悪いのではなく、そこに巣食う一部の組織があります。イギリスからアメリカに覇権が移ったのではありません。欧州大陸からアメリカ大陸に派遣が移ったのです。小さくいえばイングランドからイルミナティ(フリーメーソンのピラミッドの目)に覇権が移ったのです。大陸を動かすプレイヤーに注目しましょう。そして、ソビエトや中国の覇権を掌握したのは共産党でした。そのルーツは同じでそれを知った毛沢東はソビエトと縁を切りました。そして、日本人の情報封鎖(情報操作、マインドコントロール)は酷い状態です。海外生活者を中心とする『連山』には日本にいる下々と繋ぐなだらかな山々が必要です。その山である読者コラムニストが増加するまで私は『連山』での原稿提供を今月で止める予定です。次の日曜日の平成20年8月17日の東京国際展示場は多くのクリエーターが集まります。貴重な体験を多くの人がするでしょうし良い作品も並びますから実に楽しみな事です。連山は暫く国内チームで支えてもらいます。
運営上、必須の読者コラムニストとして原稿を投稿する人は → クリック


2008年8月12日

暗黒の母




デュトルー事件は市民デモを起こし多くの証言が出た。証言可能な人々の何十人かは不可解な死をとげ、有力な証言をしたRegina Loufという女性は頭がおかしいというキャンペーンをマスコミはせっせとした。
ベルギーの小児性愛者ネットワークの被害者Regina Loufの 詳細はこちら(英語)だが、Sabine Dardenneの本とは違って読んでて本当に気持ち悪くなる場面があった。
『レジーナは3歳の頃から祖母に成人男性相手の性的サービスをすることを強制された。祖母はナチ役員のためのものと普通のナチ兵士のためのものであった2つの売春宿を経営することで第2次大戦の協力者と言われてたホテルヴィラ所有者Cecile Beernaert。レジーナは、性的に祖母や顧客を満足させなければならず、カミソリ等を膣内に入れる等の拷問も行われた。10歳から妊娠する度に彼女の子供は殺され、出産直前直後のレイプも受けていた。両親もまた彼女を性虐待した。同じような性奴隷の子供達の殺人現場に居合せ、子供の強姦虐待を撮影して脅迫するビジネスのために働かされていた。』

Faulx les Tombes Castle
Jean-Michel Nihoulは1980年代にこの城で開催された性的パーティーのいくつかに参加したと言われる。

『レジーナは複数の著名人や男爵によるいくつかの殺人を証言する。殺人にはデュトルー事件の容疑者Michel Nihoulが参加しており、現場でMarc Dutrouxは何もせずに見ていたという。ブリュッセルにあるカメラだらけの別荘等でのイベントは助成金または許可による詐欺、偽の会社上のセッティング、武器取引のような犯罪的な契約等様々な契約に利用されていた。 Michel Nihoulは少年少女を虐待しながらセックスをすることで弱みを握る、もしくは結束を固くするビジネスをしていた。 この時代はカメラをズームさせたり回転させることができなかったようでレジーナはカメラに相手と行為がよく映るように事前に指導されていた。』
彼女の証言からは殺人は客のすることで、Dutrouxは少女の調達やポルノ作成等組織では下っ端だったことがわかる。顧客は30分間レジーナと過ごすのに彼女の所有者に約250~375ユーロを支払い、1夜もしくは1日過ごすのに約1250ユーロ、週末ずっとで約3000ユーロを支払うと所有者に聞かされている。単なる妄想癖でないことはBBCのインタビューでもはっきりしている。

ペドフィルネットワーク、幼女を強姦するだけでなくサディズムの限りをつくして殺人まで行うパーティの存在がある。結局彼女の証言は信憑性がないと採用されずに二オルはこの件に関して有罪とならなかった。Michel Nihoulが有罪になると(ベラベラと証言されたら)困る人らが上にいるのだろう。イルミナティの参加する悪魔儀式と呼ばれるもの(強姦有り虐待有り殺人有りの集まり)を暴こうとすると抹殺されるらしい。スタンリー•キューブリック監督の遺作もカットされた部分にはフリーメーソン上層部の幼児への性的虐待があったのかもしれない。単なる大人の乱交パーティ見ただけで主人公が泣くほど動揺するわけもなくイギリスでトム•クルーズ(後にサイエントロジーを理由にほされる)を泊まり込みにさせてこそこそ撮影する必要もない。突然の心臓発作で亡くなったというのも消されたのではないかと疑ってしまう。
Dutroux case and X-Dossier victim-witnesses

関連コラム:グルジア戦争の開始

2008年8月11日

グルジア戦争と沖縄の未来(前編)

現在のグルジアは未来の沖縄


しかし、90年代初頭、ロシアによる南オセアチアの空爆で追い払われたグルジア人の多くは帰る場所をアルメニア人やロシア人に乗っ取られ(つまり不在の家など)、首都のトビリシでホテルや学校などに仮住まいして、ほぼホームレスに近い悲惨な状態で何年間も暮らしていたのは事実である。結局、ソ連崩壊後のどさくさに紛れてグルジアだった地域を「開放して独立させる」という大義のためにロシア人が制圧して、そこにグルジア人以外の民族を住まわせて、彼らによって「独立の意思」を代弁させたようなものなのだ。私の友人の家族の場合は避難先のグルジアの首都トビリシで学校に暮らしていたようだ。
出典:「太陽に値段が付けられるか?」それがグルジアからの問いかけ。

ロシアのやり方は実にシンプルです。まず空爆や砲撃で街を攻撃します。そうすれば人々はいなくなります。空白となった土地にロシア人やアルメニア人などを移植します。そうすれば彼らは先住していたグルジア人と必ず揉め事を起こします。そうなればロシアはそこの土地の独立運動を支援するという名目で軍隊を投入します。このようにして傀儡国家は完成します。映画『クライシス・オブ・アメリカ(原題 満州の候補者=洗脳された候補者)』の完成です。これは英米がイスラエルで行った方法と同じです。オウム教徒が静岡県を不法占領してここはオウム帝国だと宣言し、外国の支援で独立戦争をして武力で支配したのがイスラエルです。ユダヤ人とはユダヤ教徒です。日本でもこの構造を何所かで見たことがありませんか?
これをデバイド・アンド・ルール又はデバイド・アンド・コントロールといい西洋諸国が得意とする統治方法です。インドのヒンズー教徒の支配にはイスラム教徒を使い、東南アジアのイスラム教徒の支配には華僑を使いました。敗戦国日本では被差別部落民や旧植民地の人々、新興カルト教団を使いました。我ら伝統的階級は知らぬ顔の半兵衛で60年以上、耐え難きを耐え、忍び難きを忍びました。これは私にとっては死より辛い日々だった。

共倒れする2つの覇権国


20世紀を支配したのはソビエトとアメリカでした。その二つは石油を中核とする中心型システム構造の国でした。ソビエトにはバクー油田、アメリカにはテキサス油田がありました。皮肉な事に両者とも石油により覇権を確立し、石油の枯渇で覇権を失います。ロシアは南下して中東の石油を奪う為にグルジアに侵攻しました。アメリカも同じく、イラクに侵攻しました。今後、イラン、パキスタン、インドで核兵器が使われる可能性があります。 核兵器を使っても、使わなくても、両国が共倒れするのは必然です。人造国家イスラエルも、傀儡のアラブ王家も消滅するでしょう。そして、日本の正念場となります。

民主党の沖縄ビジョン

民主党の沖縄ビジョン(動画編
民主党の沖縄ビジョンはイスラエルやグルジアの劣化コピーです。中国人が日本に多数やってきます。距離的に近い沖縄には民主党は3000万人を受け入れる計画です。(民主党のWeb:沖縄ビジョン、3000万人ステイ構想PDF版より)
既に日本には多くの中国人労働者がいます。景気が良い時代はいいですが悪くなれば観光目的で来日しても就労する人々は増加します。彼らは「東京の未来」 のように住み着きます。そして、日本人と同じ権利を求め、それが得られなければ暴動や独立運動をするでしょう。そこを中国やロシアが付け込み制圧します。沖縄を取られれば日本の南方シーレーンは途絶します。そもそも日本国民さえも生活保護が増加して財政が崩壊状態です。平成の秩禄処分日本の核武装はVXガスでオウム真理教に暗殺されかけた小林よしのり氏ぐらいに危険な仕事です。しかし、誰かがやらねば大日本帝国の二の舞となります。今ならまだ人間魚雷回天や神風特別攻撃隊に参加するよりは安全です。平成の天号作戦です。

二人の英雄


出典: 2008年 08月 07日 沖縄から帰って来ました。

出典:飄(つむじ風)

アメリカのオバマ大統領候補は既にリンカーンやケネディのように常に暗殺の噂が立つ英雄です。圧倒的な支持率を持っています。一部の世論調査は明白に捏造されています。前回の大統領選挙も大きな問題となりましたが今回、それを行えば前回とは比較にならぬ大騒動になるでしょう。フランスのサルコジ、ロシアのプーチン、アメリカのオバマに匹敵するには、伝説の覇者が日本でも必要です。→ グルジア戦争と沖縄の未来(後編) に続きます。




戦略と戦略的行動


戦略(軍事的な純戦略) について


以上のように、戦略と大戦略の定義を踏まえた上で、戦略(軍事的な純戦略) について考えてみよう。まず、戦略とは軍事的手段を利用して、政略上の目的を達成にすることにある。よって、政略上の目的が何であれ、戦争している当事者が軍事力を使用する事で、自己の目的を達成するために考える事は「相手の抵抗の可能性を消滅させること」と言い換えることができるだろう。戦略はこの目的を達成するために、「運動」及び「奇襲」の要素を利用する。リデルハートは運動と奇襲を次のように定義している。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

運動:物質的分野に属し、時間・地勢・輸送力という諸条件についての計算に依拠するもの

奇襲:心理的分野に属し、物質的分野よりもはるかに困難な計算であるところの、それぞれの場合により変化して敵の意志にも影響を与えると考えられる多種多様の諸条件の計算に依拠するもの
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここで、戦略の目的「相手の抵抗の可能性を消滅させること」について考えてみよう。戦略の目的がこのように定義された場合、敵の武装兵力の破砕のみが戦争における堅実な目的であると考えるクラウゼヴィッツの思想もリデルハートが定義する戦略の目的の一部を構成するに過ぎないことがわかる。敵の武装兵力を破砕することによって、相手の抵抗可能性を消滅させることは可能であるが、逆に相手の抵抗可能性を消滅させるために、敵の武装兵力を破砕することのみが最も有用であると限らないからだ。逆にそのような固定的な観念に囚われることで大失敗した史実が日本にも存在する。大日本帝国海軍の艦隊決戦主義がそれである。太平洋戦争は空母の時代であり、より端的に言えば、航空機の時代であったにも関わらず、海軍内の官僚的硬直性から艦隊決戦主義を見直すことができなかった大日本帝国海軍が、本国を滅亡させたことは歴史の教訓として我々は記憶に留めておかなければいけない。一方で「相手の抵抗の可能性を消滅させること」に重点をおいて、正面突破を避けることで、少ない犠牲で多大な功績を与えた史実も存在する。第二次世界大戦におけるドイツ軍の対フランス戦略プラン(マンシュタインプラン)は前回のコラムでも紹介したので、是非今一度ご確認頂きたいと思う。この戦争は世界の戦略の歴史において、最も驚異的で劇的であった戦いとして数えることができる。



-フランス侵攻作戦-
秘匿名称「ケース・イェロー」

1940年、ドイツ軍はグーデリアンのセダンにおける奇襲的中央突破に引き続いて、アミアンに入り、アッペヴィルを越えて海岸に到達し、ベルギーにある連合軍の交通線を遮断することに成功した。これによって、欧州大陸における連合軍の全面的崩壊を確実にしたのである。本作戦において、ドイツは6万人の死傷という少ない犠牲で、100万人の捕虜を獲得する事に成功したのだから、敵の破砕は必ずしも事態の決着や戦争目的の達成のために不可欠なものでないことが証明された。「軍事的手段が大戦略の目的にとって諸手段のうちの1つの手段に過ぎないのと全く同様に、戦闘は戦略の目的にとって諸手段のうちの1つであるに過ぎない。戦闘に訴えることが適している状況においてはそうすれば通常最も迅速に効果をおさめる事ができるが、状況がそれに適していない場合に戦闘手段に訴えることは稚拙である。」とリデルハートは指摘する。グデーリアンによるセダンにおける奇襲的中央突破によって、戦略の目的は「相手の抵抗の可能性を消滅させること」であることは証明されたが、「相手の抵抗の可能性を消滅させること」とは一体どのような状態になることを意味するのだろうか? 将棋で言う所の"詰んだ状態"になれば、相手の王将を取らなくても相手の敗北は決定する。つまり、これは味方が敵軍よりも、有利な戦略的状況に位置した事を意味する。そのような状況になるためには、相手を撹乱させることが重要となってくる。「撹乱の結果として敵の崩壊又は戦闘における敵破砕の容易化が起こるであろう。敵の崩壊のためには一部において、戦闘手段を必要とするかも知れないが、しかしそれは戦闘の性格を持つということではない。」とリデルハートは指摘する。つまり、戦略の目的は相手を"撹乱すること"にあると言い換えることができる。


戦略における行動について

それでは、どうすれば相手を撹乱させることができるのであろうか?

「物質的分野又は兵站的分野においては(a)敵の配備を混乱させ、敵に正面の急遽変更を強制することによって敵兵力の配備及び組織を撹乱し、(b)敵兵力を分断し (c)敵の補給を危機に陥れ、(d)敵がその必要に応じて撤退して基地又は本国内に地歩を占めるために利用し得る路線を脅威するという運動の結果としてこの戦略的撹乱が生み出される。(戦略論-間接アプローチ)」

撹乱はこれらの数個の諸効果のうちの1つによっても生み出されるかもしれないが、数個の諸効果の結果として生み出される方がずっと多いとリデルハートは指摘する。先ほど言及したグデーリアンによるセダンへの奇襲的中央突破は、(a)-(d)における全ての条件を満たしていたのだから、英仏軍がどれほど混乱状態に陥ったのかということは想像に難くないであろう。そのような物理的効果を敵軍に与え続けた結果として、敵軍が不意に不利な状態に陥れられたと認識して、相手のこの行動に対して、対抗できないと感じた場合、その印象は強烈なものとなり、物理的な効果が敵軍を心理的に撹乱させることになる。これとは逆に敵の正面に対して、直進的に運動する行動は敵の心的状態及び行動をどのように変化させるかというと、「敵の正面に対して、直進する運動は敵の物理的及び心理的バランスを固めさせるものであり、固めさせることは敵が抵抗力を強化する事である。(略)この方式では、その最大限においても敵に対してショックを与えるというよりもむしろ緊張を課するものである。(戦略論-間接アプローチ)」

先の第一次世界大戦で、西部戦線は塹壕戦に突入する事で、多大な被害を生む結果となったが、これは敵の正面に対して、単に直進する行動でしかなかった。それでは、敵の正面を迂回して、敵の背後の周りこみさえすれば、相手を撹乱させることができるので、多大な戦果を得ることはできるのではないのかというと、その背後に回り込む行動自身が、直接的に指向されている場合(相手の予測通りの行動)、簡単に敵は配備戦線を変更する事ができるので、その結果、その行動は敵の正面に対する直接的アプローチにしかなり得ないのである。

よって、撹乱攻撃を成功させるためには、牽制と定義される行動が必要とされる。第二次世界大戦における西部戦線において、ドイツ軍(A軍)はアルデンヌを通過して連合軍の背後回り込むことを企画・実行したが、本作戦が成功したのはB軍集団が、ベルギー、オランダへの正面攻撃を行い、十分にイギリス、フランス軍を引きつけていたからである。間接アプローチを成功させる重要な要素として、この牽制と呼ばれる行動は重要になってくるが、この牽制の目的についてリデルハートは、「牽制の目的は、敵から行動の自由を奪うことであり、そしてこれは物理的及び心理的な両分野において実施すべきことである。物理的分野においては、牽制は敵の兵力の拡散又は敵の中の無益な目的への逸脱を生起させるべきであり、その結果、敵はその兵力を過広に分散するとともに至る所に突っ込みすぎるため、自らの決定的に企画していた運動に出る事が出来なくなってしまうのである。(戦略論-間接アプローチ)」と指摘している。またリデルハートは戦略の柔軟性を確保するためにも、主要な作戦と予備の作戦を常に切り替えるように作戦をそれに沿った形で進めなければならないことも強調している。

関連情報


2008年8月10日

デュトルー事件




ベルギーでは自転車登校途中、車に乗った男達にさらわれ約80日間監禁、ポルノ撮影やレイプをされていたSabine Dardenneという12歳の少女が1996年に救出された事件がある。この事件はベルギーそしてヨーロッパで知らない人はいないほど大きく報道された。幅1mもない不潔な穴蔵とペドフィリアの犯人Marc Dutrouxの寝室での苦しみは著書「すべて忘れてしまえるように―少女監禁レイプ殺人犯と暮らした80日間」にある。

犯人Marc Dutroux と共犯の妻Michele Martin( Dutrouxとの間に子供がいる)

共犯の容疑者 Michel Lelievre (左)Michel Nihoul(中)Bernard Weinstein (右)
Bernard Weinstein は監禁していた少女達をDutroux留守中にちゃんと世話せずに殺したので薬を飲まされ生き埋めにされた。

握り潰される真実




この事件が日本でもある変態おじさんが少女を拉致監禁していたずらしていた以上に世界中で話題になったのは
「被害者少女はサビーヌだけでなく6人でうち4人は殺されていたこと。」「共犯者の一人は犯人の妻であり、犯人との間に子供達もいたこと。」「共犯者の一人が犯人によって殺害されていたこと。」「被害者に意識の朦朧とする薬を飲ませていたこと。」「犯人が性犯罪(1989年5人の幼女をレイプ)の模範囚として釈放された後に起こしていたこと。」「犯人の母親を含む多くの手がかりがあったのに捜査は進まず、捜査資料は改ざんされていたこと。」「逮捕後に犯人が児童虐待の国際的な売買組織があると言い出したこと。」「捜査に関する警察の不手際や熱心な捜査官の左遷があったこと。」「事件担当の判事Connerotteが被害者の家でスパゲティを食べていた罪?で更迭されたこと。」「新たな証言をした女性はキチガイとして何かの圧力で嘘つき呼ばわりで目撃者から外されたこと。」「逮捕した犯人が警官の銃を奪って3時間逃走し、ベルギーの大臣や警察トップの首が飛んだこと。」
等他にも大きな圧力による数えきれない不可解な問題が出てくるところだ。この事件は世紀の大事件としてヨーロッパ中を震撼させた。
この事件に関しての裁判を始めるのに8年間もかかったのだから異常な事件だったのは明らかで、8年間のうちにもみ消さなければならないいろいろなことがあったに違いない。フランスのジャーナリストによってベルギー王であるKing Albert IIが小児性愛者のパーティに参加していた疑惑に関して裁判まで行われた。
The Irish press and media completely ignored the satanic ritual murder connections in the Marc Dutroux murders !

ネットワークの存在


既に大人になったサビーヌは性犯罪者の出所情報公開や死刑制度に反対しており、犯人以外に売られたわけでも虐待されたわけでもないので「組織的犯行だ!」というのは犯人の言い訳だとして信じていない。確かに彼女を80日間弄んだのは犯人だ。しかし事件の発覚で警察官の左遷、予審判事の更迭、新たな容疑者、組織虐待の被害者が犯人について言及していることからペドフィリア•ネットワークが関与していた可能性が高い。 Marc Dutrouxはサビーヌに対して「組織のリーダーがお前を狙っている」「仕事で東欧に出かけることがある」等話しているが、親への身代金や救世主うんぬんが嘘だったにしてもサビーヌへの話全てが嘘だったわけではないのかもしれない。彼の話が性的なパーティで殺人までしていたとするとMarc Dutrouxは真実に嘘を交えて話していた可能性が高い。サビーヌの著書を読むと(性的描写以外にも)意図的に書かれていないこともあり、Marc Dutrouxがそんな大物でないことが分かる。サビーヌはMarc Dutrouxを組織から身を守る救世主だと騙されていたので余計にそんな組織など信じたくないのかもしれない。サビーヌが信じないこと、そして全ての責任はMarc Dutrouxにあると出版やインタビューで彼女が主張することは児童虐待ネットワークの関係者にとって都合がいいのかもしれない。(このコラムの続報続編を希望する人は→ クリック

関連コラム:グルジア戦争の開始

参考コラム:日本の闇ネットワーク(幼女売春組織)敗戦国の間接統治システム

Eight years on, Dutroux appears in court - but will the truth be heard? Suspicions of a wider network linger as date arrives for trial of Belgian child killer

CRIME LIBRARY

「太陽に値段が付けられるか?」それがグルジアからの問いかけ。

もしグルジアが歴史もプライドもない国だったら、どんなに楽だったろうか?
今回の南オセチアでグルジアを巻き込んだロシアとの戦闘状態を知って
本当に心からそう思った。脳裏に多くのグルジア人の友たちの顔が横切る。
遠い国の戦乱にこんなに辛く感じるのも、彼らとの短い出会いがどれだけ
強い影響を自分に与えてきたかということに他ならないだろう。
とはいえ、大半の日本人にとってグルジアはあまりにも未知の世界でしかも遠い。

さらに歴史的にもこの地域の複雑さは、本当に住んだことのない部外者が説明できる
レベルのものではない。そもそも、あれだけ狭いグルジアの中に存在する多くの民族文化が
いまだ同化されずにそれぞれが存在していること事態が驚くべきことだし、実際に
一度や二度行った人間にそれを語る資格はないだろう。

しかし、幸か不幸か南オセアチアから1990年代にロシアからの空爆で逃げてきた
難民の友達を持つ私としては、どうしてもここでせめて彼らの代わりに伝えたいことがある。
グルジア人が戦いに至った理由は決して小さなことではなくて、それまでに多くの代償を
払い続け、ロシアによって踏みつけられ続けられながらも耐え忍んできた結果でもあるのだ。
もちろん、ソ連崩壊時の混乱はロシア人にとっても同様に悲劇的なものだったし、
今となってはコーカサス地域の分裂と混乱、そして隣人同士が人種や信仰の違いだけで
殺し合うような地獄絵となったことは、はっきり誰が悪いと言えない面もある。

それでも、彼らは(グルジア人でもアルメニア人、アゼルバイジャン人その他の少数民族も)
皆それまでは仲良く暮らしてきていたし、ロシア人だってその中で決して嫌われてばかり
いたわけではないのだ。しかし、90年代初頭、ロシアによる南オセアチアの空爆で
追い払われたグルジア人の多くは帰る場所をアルメニア人やロシア人に乗っ取られ
(つまり不在の家など)、首都のトビリシでホテルや学校などに仮住まいして、
ほぼホームレスに近い悲惨な状態で何年間も暮らしていたのは事実である。

結局、ソ連崩壊後のどさくさに紛れてグルジアだった地域を「開放して独立させる」という
大義のためにロシア人が制圧して、そこにグルジア人以外の民族を住まわせて、
彼らによって「独立の意思」を代弁させたようなものなのだ。
私の友人の家族の場合は避難先のグルジアの首都トビリシで学校に暮らしていたようだ。
二人姉妹の妹は美しい顔立ちだが、なんとなくいつも表情が固く多くを語らない気がしていた。
そして彼女は常に頭にターバンを巻いていたので、不思議に思っていたのだが、
実はそれは空爆があったときからショックで髪の毛が抜けてしまって生えてこなくなったためだ
というのを後で聞いた。どれほど悲惨な体験だったのか語らなかった。
しかし、姉が日本の北方領土など領土問題に関心を示して大学院で研究していると
知ったとき、やはり自分たちの故郷のことが頭にあっての選択だろうと痛感した。

おそらく生活は豊かでなく、色々と物心共に大変だったろう。
それでも、日本人である私が自分たちの国に滞在している間、一生懸命世話を焼いてくれた。
驚いたのは夜に真っ暗な街頭で頼んでもいないのに見ていた芝居が終わるまで、
親子で外で待っていてくれたこと。治安が決してよくない国でそんなことまでして
外国人の私のことを心配してくれる、その気持ち。その優しさ。でも押し付けがましくなく、
慎ましい心遣い。どうして初めて会った人にそこまでできるのか?
グルジアの心の奥深さに打たれた。

実際のところ、今のグルジアは本当に貧しい。これだけ世界に出稼ぎに出て、
故郷の家族や親戚に仕送りしてくる外貨で持っている国も少ないのではないかと思うくらい、
外国送金を受け取る銀行は毎朝行列ができている。

それなのに、あまりにグルジア人はプライドが高いばかりに、ロシアとも正面からぶつかって
いったりするから、唯一の主力輸出産物だったワインすら去年は売り上げが非常に落ちて
しまったようだった。それに今回の戦争である。アメリカは道路の金くらいはくれただろうが、
全然あてにならないのに。

それでも、仮にロシアがどんな軍事力で抑圧してきても、グルジアのプライドを彼らの心の中から奪うことはできないだろう。

「武器を持たずに来た人は皆、歓待する。それがグルジアの伝統だから。」
そう言って家長として乾杯の音頭や演説を何度も何度も聞かせてくれて、
見たこともないような素晴らしいご馳走の山でもてなしてくれたグルジアの男性たち。
その堂々とした風貌と力強い一言一言にどれだけ感動し、
また人生だけでなく民族の誇りは何かを思い出させてもらったし、
私も日本人として恥ずかしくないように生きようと彼らを見て思った。

そして、何よりも私の心の中で「これぞグルジアのプライド」だと思ったのが、
トビリシの博物館にいた年配の学芸員女性の言葉だった。
そのイコン(グルジア聖教の聖像画に宝石を埋め込んだもの)は
戦争のときにグルジア国外に一度持ち出されて、それからここへ戻ってきた貴重なものだった。

その価値について、あるあまり頭のよくない青年がこう尋ねたそうだ。
「このイコンはいくらぐらいするのですか?」
すると、彼女はすかさず言ったそうだ。
「あなたは太陽に値段が付けられると思うのですか?」

そう、太陽に値段を付ける馬鹿がいるのだとしたら、世界も御仕舞いじゃないかと思う。
でも今の世界は、何にでも値段を付けたがる連中の方がまるで賢いみたいに君臨している。
そして、彼女のように本当に世の中で大切なものに値段を付けるなんてことが
いかにおこがましいかを悟っている人で、「太陽に値段が付けられるか?」と堂々と
言い返せる人間が本当に減ってしまっている。

でも、グルジア人は知っている。太陽に値段が付けられないように、
彼らの伝統と歴史と文化、そしてそのプライドには世界の誰も値段が付けられないのだ。

たとえ、ロシア人が歴史上一時的に資源を多く持ったところで、
彼らには本当に「値段が付けられない太陽のようなもの」があるのだろうか?

お金で買えないものを失ったとき、初めて人間は堕落する。
お金を失っても、プライドを失わない人間は決して本当に大切なものを失うことはない。
だから、グルジア人が仮に戦で負けても「負けたわけではない」と思うのだ。




殲滅戦が繰り広げられるグルジア戦域、そして、戦火はシナリオを超えて拡大する。

2008年8月 9日

中国人と日本人の価値観の違い

古来からの日本人の価値観

出典:皇太子さま 富士山に初登頂 2008年8月8日

スポーツには2種類あります。自分で参加するスポーツと、見るスポーツです。北京オリンピックに招待を受けた日本の皇族は非常に多忙だったのでお断りされたそうです。そして、皇太子は登山をなされました。私は故に北京オリンピックの開会式は見ていません。予定通り、ロシアが攻撃を開始するだろうと見ていましたが案の定、ブッシュとお話をした後にグルジア(ジョージア)で動きました。アメリカやロシアの国内石油は残り10年以内に枯渇します。そうなれば戦車も航空機も動きません。アメリカはイラク、ロシアはイランの石油を奪取できなければ完全に行き詰ります。そして、その可能性はほぼなくなりつつあります。関連コラム:グルジア戦争の開始

中国人の価値観





石原慎太郎氏の天皇・君が代に対する姿勢
天皇に関しては、「天皇が国家の象徴などという言い分は、もう半世紀すれば、彼が現人神だという言い分と同じ程度笑止千万で理の通らぬたわごとだということになる、というより問題にもされなくなる、と僕は信じる」と過去に発言したことがある。また、オリンピック誘致活動において皇族の協力を仰ごうとするなど、天皇ないし皇室の置かれた地位の特殊性に対する慎重な配慮を欠いた言動を行なうことがある。今上天皇へ皇居のライトアップを奏上したことを公表し、宮内庁に咎められたこともある。また、2008年2月には「あそこで装備を見せることで国民の自覚、危機感が出てくる」として弾道ミサイルを地上から迎撃する地対空誘導弾パトリオットミサイルPAC3を皇居前広場で展開すべき、との見解を示した。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

五輪開会式の視聴率98%=人民日報などが号外-中国〔五輪〕
 【北京9日時事】8日夜に行われた北京五輪開会式の視聴率が中国で98.1%に上ったことが9日、中国の市場調査会社CTRの調べで分かった。調査は 15都市の1500人を対象に電話などで実施。開会式の中継はテレビだけでなく、インターネット、ラジオ、携帯電話を通して視聴した人もいた。  「開会式の演出に満足した」と回答した人は90.3%、1984年ロサンゼルス五輪体操男子金メダリストの李寧さんがワイヤを使って聖火をともした方式について「中国の特色を体現していた」と答えた人は75.3%だった。  一方、新華社電によると、中国共産党機関紙・人民日報などが開会式終了後、北京市内で各5万~10万部の号外を配布した。9日付の中国各紙は開会式の記事と写真で埋め尽くされた。 (了)
出典:8月9日11時56分配信 時事通信

中国人の価値観は見るスポーツです。日本人にもその価値観を持つ人々がいます。日本には多数の人々が中国大陸から難民としてやってきました。故にその価値観が残っています。共産党や社会党は西欧の共産主義というイデオロギーの駒でした。彼らから資金を得て活動をしていました。その他、戦勝国は右翼として街宣右翼や石原慎太郎、小泉純一郎を活用しました。当然、宗教的にカルト教団も支援してきました。左翼も、右翼も、その根源を調べれば同じルーツにたどりつきます。
他のサイト:ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報 石原慎太郎と、西村真悟と、戦艦大和と、尖閣諸島
これを蛇の双頭戦略といいます。旧約聖書には蛇が出てきます。不死だったアダムとその妻をそそのかせて神の智恵の実を盗ませました。人が智恵の実を食べた事が罪なのではありません。神の許しを得ずに食べた事が問題なのです。蛇は右からも左からも、人を誘惑します。人間は不死なのですから、何度でも、何十年でも、何千年でも、神に智恵の実を食べたいと交渉すればよかったのです。見るスポーツは人を堕落させ、最後には人を破滅させます。逆に参加するスポーツは人を楽しく健康にさせます。インターネットも同じです。秩序を維持するために参加する人が多ければよい場所になります。しかし、匿名性を悪用して情報エントロピーを増大させれば痰壷肥溜めになるでしょう。若い人々に知って欲しいのは、左翼が駄目だから右翼を支持しても、根は同じです。貧しい人々が右翼を嫌い左翼に転向しても、構造は同じです。指導者が見るスポーツを大事に自らその観客の一人となりそれをテレビ派手に放映するか、それとも自分自身でスポーツをして山登りをする行為で何かを知らせるか、の違いを読み取ってください。あと一つは、天正伊賀の乱に遡る因縁があります。土蜘蛛と同じで日本は古い国です。

オバマ暗殺又は、暗殺未遂

 【ワシントン及川正也】米大統領選の民主党内定候補、オバマ上院議員は8日から1週間、家族そろってハワイでの休暇に入った。11月の投票まで3カ月を切り、共和党内定候補のマケイン上院議員との激戦が続く中での休暇には「損得」両論が出ている。  ハワイはオバマ氏の故郷で、母方の祖母が住んでいる。オバマ氏は記者団に「おばあさんに会いに行く。歴史的にも長期戦の予備選を経験した。みんな政治から少し離れることが必要。オリンピックを楽しんだらいい」と余裕を見せた。選挙運動はせず、静養するという。  一方、ガソリン価格高騰問題を協議するため休暇を中断して特別議会を開くよう主張しているマケイン氏は週末も精力的に遊説。陣営は「この大変なときにオバマ氏はビーチで休養している」と皮肉っている。
出典:米大統領選:オバマ氏がハワイで休暇...「損得」両論

プロジェクトの代表者であるクリフやジョージ・ウレは、相場の予想を目的に行っているといってはいるが、米軍のかかわりがあることを示唆している。だが詳細はいっさい明らかにされていない。
ところでなぜこのような予想が可能になるのかというと、彼らの説明では、どの国にも、本人が自覚しているかいないかにかわらず、サイキックな能力を持つ人々がかならず一定数存在してる。そのため、そのような人々はネット上のディスカッションサイトにもかならず一定数存在している。彼らは、大きな事件の発生を直観的に予知した時、それとは気づかずに、事件とかかわりのあるキーワードに高い感情価で反応する。するとその感情的な反応は、他の参加者の感情をやはり惹起することになり、そのキーワードの感情価がさらに高まることになるのだろうという。
最新予言
Web Bot Projectは、いままでこの手法で9.11、2002年の炭疽菌ばらまき事件、スマトラ大津波、ロンドンのテロなど多くの事件や災害を的中させてきたという。以下が8月3日に配信された最新予言である。とにかく膨大な量なので、要点だけを、原文で紹介された順番で書く。
WebBotの予言はそれぞれシリーズにわかれており、今回紹介する配信は、7月6日から8月3日まで行われたALTA509というシリーズである。それぞれの配信日で公表された予言の要点をかいつまんで書く。
8月3日配信の要点
・最初は9月27日から10月28日まで、そして次は11月24日から2009年1月4日の期間の2度にわたって、「ビルダーバーガーズによって実質的に支配された現在のマーケット」が決定的に崩壊する出来事が起こる。
出典:ヤスの備忘録 歴史と予言のあいだ

CyberULSにおいて最大のサイキックな能力者はソルジャーブルーとよばれている。深刻なインパクトを持つ事をWeb Bot、別名エシュロンが警告している。その一つは、オバマ暗殺又は暗殺未遂である。どちらにせよそれを行った人間はその欲望とは逆の結果を得るだろう。しかし、楽をすることを望み見るスポーツに取り付かれ短期的な欲望を優先する人々はその欲望をコントロールできないだろう。邪魔な浜岡原発が止まっている間ソルジャーが陣頭指揮を執られる。メディアという情報空間の解放は加速される。大量にデータを集めてもそれを処理できなければ有害にしかならない。それがホモ・ネアンデルターレンシス、Homo neanderthalensisの悲しい宿命(命題としての運命)である。全ての宿命の戦いである。ソルジャーと同調可能なサイキックな能力者予定の計画通り行動せよ。それで日本の解放は終わり世界の解放に移行する。

参考コラム水素文明に必要な遺伝情報

青森県のエシュロン装置

大きな地図で見る
提供
高度に暗号化されたネットワークを通じて、世界中のエシュロン・ターミナルからエシュロン・データベースにアクセスできる。提供される情報内容は閲覧者の保安レベルや国別・部署別にカテゴリー化されていて、例えば米国の不利益となる可能性がある情報は他国の閲覧者には提供されないなどの重層的なセキュリティが施されていると考えられている。
参加国
2007年末時点で参加している国は、アメリカ合衆国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドであり、英米同盟(UKUSA、ウクサ。United Kingdom & United States of America)とも呼ばれるアングロサクソン諸国である。UKUSAは、1948年にアメリカとイギリスとの間で締結された通信情報に関する秘密協定であるUKUSA協定が結ばれたことに始まり、カナダ・オーストラリア・ニュージーランドは2次メンバーとして後に参加した。米国以外は(南アフリカを除く)旧イギリス連邦国家である
協力国
ギリシャ、スペイン、ドイツ、日本など、いくつかの同盟国にも、参加は認めないものの傍受局を置いているとされる。これらの国と独自情報を提供する協力国を含めて「サードパーティー」と呼ばれ、エシュロンの閲覧は許可されないものの、UKUSAの国益に反しない限りにおいてエシュロンで得られた情報の提供が行われることがある。日本には、青森県の三沢飛行場近くの姉沼通信所に、傍受施設(通称「ゾウの檻」)が存在し、1,000人単位のNSA要員が詰めていると言われる他、東京都心のいくつかのUKUSA同盟国の公館内(駐日アメリカ合衆国大使館等)にも傍受施設が存在し、分担して傍受活動を行っていると噂されている。
日本とエシュロン
日本にも、参加を認められないものの、エシュロンの情報収集基地が置かれている。当然、日本政府、日本企業も監視の対象とされており、無線、短波無線、携帯電話、インターネット回線など、ありとあらゆる日本国内の通信が常に傍受され、データはニュージーランドの通信所に送られて蓄積されている。日本に関する情報収集の対象は主に経済分野であり、経済活動をアメリカ政財界に更に有利にするための、トップの意思決定についての情報収集を重点的に行っているとされる。1980年代から90年代初頭における、アメリカ政府の度重なるダンピング提訴や、日本企業とアメリカ企業との間の受注合戦や訴訟合戦において、アメリカの国益を守るために、三沢飛行場、ワシントン州、ニュージーランド、オーストラリア、香港(現在は撤去)のエシュロンをフル稼働させた可能性が非常に高く、それが日本の企業活動に大きな損害を与えたとされる。朝日新聞が2001年6月、ブリュッセル特派員の報告として欧州議会報告を取り上げた中で、日本を含むアジア・オセアニア地域に置かれた傍受基地の存在が明らかにされた[3]。

その一方、施設を提供している見返りとして、日本政府の求めに応じて、エシュロンから得られた情報が提供されたと推定される例がいくつかある。北朝鮮の最高指導者金正日の長男金正男が成田空港で摘発された事件がそれであり、事前に日本に対して通報があったとされる。また、日本赤軍最高幹部であった重信房子が極秘裏に日本に帰国して潜伏しているという情報も、エシュロンによって情報が得られ、日本政府に通報されたと噂されている。

2004年、「週刊ポスト」が、日米首脳会談で小泉純一郎内閣総理大臣が、日本のエシュロンへの参加を打診、アメリカ政府が、イラク戦争での多国籍軍参加の見返りに、エシュロン参加を許可したと報道したが、その真偽は謎のままである。

このように、エシュロンが高い機密性を持つために、多くの事象は疑いがありつつも確証まで至らないのが現状である。

なお、綴りの上からも英語の実際の発音からも「エシェロン」の方がカタカナ表記としては近いが、日本語としては「エシュロン」が定着している。


出典:Echelon

偽の皇帝:【今日のぼやき】それから次の「真の世界皇帝」はこの人物です。【ジェイ・ロックフェラー】

この人物の写真をよーく見て、私たちは、「そうなのか。この人が私たちの皇帝なのか。国王は天皇陛下だけど」とまじまじと見てください。私のこの考えに正面から反論がある人は、根拠をあげて、私に書いてきてください。「なぜ、そんなことを書くのですか。根拠を示してください」という人には、「日本国王が天皇だということは認めるのですか。属国群の王様のひとりですという考え方ぐらいは、認めるのですか」とまず、私の方から、聞いておきます。
そうすると、デイヴィッド・ロックフェラーが死んだら、ジェイが跡を継ぐから、そうしたら、小沢一郎と、ジェイは仲がいいから、・・・ということは、やがて日本に民主党政権が出来る、ということだ。その時のために、既に、あのワル(悪)の榊原英資(さかきばらえいすけ)が、民主党政権の財務大臣になることが、「ネクスト・キャビネット」で決まっている。

いじめの構造 ~日本人が知らない分断統治の仕掛け~

 日本の学校におけるいじめは、もはや目をつぶる事のできない社会問題と化しています。
 先日、不登校生徒数が増え続けて過去最高を更新したニュースが報じられました。
 日本の教育機関が抱える構造的問題は、もはやシステム維持不能な域にまで達しています。
 
 中には、立場を利用して女子生徒に対して性的暴行を加える事例もある等、教育者による腐敗・不祥事も封殺の限界を越えて噴出しています。
 
 いじめがあったとしても、解決しようとはしません。いじめの存在を認めれば、責任を取らされるからです。総出で、いじめの事実・実態の隠蔽を図るのです。悲鳴を上げている子供のことより、我が身の保身を圧倒的に優先する大人たち──いじめる側は際限なく付け上がり、最悪の結末を迎え、刑事事件に発展しない限り動こうとはしません
 
 これは熱血教師一人に依存して解決を待てば良いような次元を遥かに越えています。
 日本の教育システムの上から下まで、構造的にいじめの問題が深刻化するように設計されているとしか思えない状況です。今まで圧殺されてきた数多の無念の声が、封印を解かれ、世に放たれ、カタストロフィをもたらしています。
 
 日本人の中で、陰湿ないじめを経験しない方はほとんどいないでしょう
 心に歪みを抱えたまま大人になり、故郷も祖国も、ましてや同胞日本人に対して愛着さえ持てない──そんな日本人が大多数でしょう。
 
 見方を変えれば、植民地支配をする側にとって、日本人を搾取する側にとって、これほど都合が良くて、ありがたい状況はありません
 
 日本人の心は歪み、結束はバラバラになり、消える事のないトラウマを抱え、猜疑心に満ち、暗澹たる毎日を過ごしています。
 そんな日本人など、赤子の手をひねるように思うがままにできます。
 死なない程度に加減をして、徹底的に搾り取る──日本は、世界最高の植民地なのです。
 

売国行為に走る日本人の背景事情

 同胞や祖国、故郷に対する愛着を持たない日本人は、容易に売国奴になります。
 売国行為そのものが、彼らの復讐心を大いに満たすからです。
 同じ日本人が苦しむ様子を見て、その不幸を見て「ざまあみろ!」と心の中で嘲笑し、悦に入るのです。
 残念ながら、そうした日本人は少なくないでしょう。
 同じ日本人同士が分裂し、いがみ合い、ちょっとしたきっかけ一つで潰し合いを始めかねない危険な状態にあると思われます。
 
 では、売国奴と呼ばれる方々はどのようにして、堕ちてしまったのでしょうか。
 彼らの多くは秀才です。勉強が非常に良く出来、教えられた事はそつなくこなせる人材です。
 学歴も東京大学、慶応大学、早稲田大学など、トップレベルの学府がズラリと並ぶことでしょう。
 それほど優秀な彼らですが、共通しているのは、決して消える事の無い、日本及び同胞たる日本人に対する深い憎しみです。
 その根底にあるのは、学校時代のいじめのトラウマです。
 同じ日本人から疎外され、罵倒され、いじめ抜かれて来たのです。
 そんな時代を長きに渡り送ってきた彼らに、日本人を愛せ、故郷を愛せと言っても無理があると言うものです。
 
 そんな彼らは、受験戦争の激戦を潜り抜け、トップレベルの学府の門をくぐります。
 彼らは恐るべき努力家であり、今まで自分を見下していじめ抜いた日本人たちを見返そうと必死になって研鑽を続けてきたのです。
 
 そんな優秀な人材を、欧米の支配層が見逃すはずがありません。
 心の底で日本を憎む彼らを、様々な網を使って捉えます。各種サークル活動や、課外活動、ネットワークがネットワークを呼び、彼ら秀才は段々と誘導されていきます。
 
 そしてXデーが訪れます。
「大変優秀な君達を妬み、その存在を認めず、いじめ抜いて来た日本人たちを見返してやろうとは思わないかね? この腐りきった日本を正そうとは思わないかね?」
 リクルーター達は語りかけます。
 自尊心をくすぐり、甘い言葉をかけて、自陣に引き込みます。
 彼らの精神構造、トラウマ、復讐心の在り処を熟知する外国政府側にとって、そうした秀才たちを取り込む事など造作もありません。
 過去のトラウマから、愛国心などもてるはずがない彼ら秀才です。もはや、日本や同胞日本人は、憎悪の対象なのです。外部の力を借りてでも滅茶苦茶に蹂躙し、虐げ、復讐を遂げるべき相手になってしまっているのです。
 自分をイジメぬいた周囲を見返そうと努力してきた秀才ほど、外国勢力に取り込まれます。そして、彼らの持つ血も涙もない植民地搾取の歴史的ノウハウを使い、外国政府の力をバックにして、復讐心をたぎらせて日本を解体し、売国にひた走るのです。外国勢力の軍門に下り、容赦なく日本人を襲い、奪い、滅ぼして行くのです。まるで、経済戦争における外国人特殊部隊です。任務遂行まで、昼夜無く戦い、日本人たちを蹴散らしていきます。
 
 外国勢力も、そうした優秀な日本人を飼いならす為、金と女でシッカリと抱き込みます。日本では決して有り得ないような報酬を与え、住処を与え、自分達の息のかかった女をあてがい、がっちりと掴むのです。

日本人の敵を日本人が作り出す悲劇の連鎖

 ここに根本的な問題があるのです。
 日本人にとって最悪の敵を、知らず知らずのうちに日本人が作り出しているのです。それがシステムとして出来上がっているのです。
 
 日本の学校は欧米の流れをくむシステムであり、分断統治において一翼を担う重要な要素となっています。
 日本人同士の結束をバラバラにして、いがみ合わせ、分断し、洗脳する為のシステムなのです。
 小学校、中学校、高校と進学するにつれてイジメは深刻化します。深刻化するように構造設計されているのです。
 こうした欧米型の教育システムは、同じ問題を発生させています。アメリカ、イギリス、ヨーロッパ、韓国──欧米型の教育システムを導入した国は、すべからく同様の病を抱えている事は明らかです。
 
 単一的な価値観を押し付ければ、当然あふれる者が現れます。受け皿があれば良いのですが、意図的にそうした選択肢や受け皿を作らないように仕向けられています。多様性の否定と言う大原則が根底にあるのです。
 
 学校のレールからあぶれた者にとって、学校側の言う事をよく聞き、成績がいい者など憎たらしくて仕方がありません。自分より気が弱い人間は、絶好の不満のはけ口に過ぎません。このように反目しあう生徒同士を、統制不能な閉鎖的環境に押し込めるのです。結果など火を見るより明らかです。非常に陰湿ないじめが長期に渡り続きます。学校側も見てみぬふりです。いじめの実態など決して認めようとはしません。それどころかもみ消しに奔走するくらいでしょう。
 
 必然的に、学校教育を通して、日本人同士の間に互いに決して消える事のない憎悪の溝を作ります。
 分断された日本人は、敵愾心と排他性、復讐的感情に容易に駆られます。
 そして、同じ日本人同士で見事なまでにつぶし合いを演じます。

 先ほどの論にもつながりますが、いじめ抜かれた秀才達は、やがて外国政府側の尖兵となって、復讐の鬼と化します。法律、政治、経済、ありとあらゆる手段を用いて、日本を解体し、日本人を苦しめ、追い詰め、奪いつくします。そして、雇い主に戦果を献上し、褒美をたくさん受け取ります。これは見事なまでの設計構造を持つ植民地支配のシステムと言っても良いでしょう。その出来具合は、まさに芸術的です。
 
 この見事なシステムを構築した欧米の世界支配層にとっては、滑稽なピエロを見ているようなものでしょう。「コイツら、どうしようもないバカだぜ!」そういって日本人を見下し、大いに笑い転げている事でしょう。
 
 優秀な日本人が、懸命に自分の能力を売り込んでくるのです。同じ日本人を狩り殺す仕事をやらせてくださいと、採用試験に全身全霊で臨んで来るのです。自分の手を汚さず、日本人を経済的に狩り殺し、略奪し尽くす事が出来るのです。こんな割のいいビジネスはありません。
 
 この日本人同士の憎悪の連鎖が、今の悲劇の結果です。揺るがない事実でしょう。
 
 死の直前にビデオメッセージを残した、アメリカの著名テレビ番組プロデューサーのアーロン・ルッソ氏。
 ロックフェラー一族から特権階級への仲間入りを誘われたのですが、信念を貫き、毅然として拒否し、その一部始終をビデオメッセージとして残しました。その後、急死を遂げました。まさに、命を懸けた遺言です。
 
 その中で、ウーマンリブ運動をけしかけて、子供を親から引き離し、洗脳機関である学校に縛り付けるという内容のくだりがあります。そこに、今の日本が抱える病根の真実を、垣間見る事が出来るでしょう。

「ロックフェラーの友は、911を事前に予告した」 アーロン・ルッソ 1/2

「ロックフェラーの友は、911を事前に予告した」 アーロン・ルッソ 2/2

 


私たちはどう向き合うべきか


 今回は、やや過激な内容で、若干感情的な部分もあったかもしれません。
 と言うのも、私自身、彼らと少し似たような状況下を過ごし、東京大学に進学し、今回述べたような世界を、末席の立場ながら垣間見て来た経緯があるからです。
 
 進んで彼ら外国政府の尖兵となり(意識的、あるいは無意識的に)、日本人を狩り殺し、日本を解体し、復讐心を満たす──そうやってさらに金と女を手に入れます。今まで自分達を見下してきた日本人に対して、「どうだ、どっちが正しいかこれで分かっただろう!」と清々した気分で、非常に充実した様子で、仕事にいそしんでいた事を覚えています。
 
 愛国心など、持てないかもしれません。日本は、祖国と呼べるのか分からないのかもしれません。
 大多数の日本人は、今まで自分達を拒絶し、いじめてきた憎しみの対象です。
 
 「堕落した日本は、外国政府の力を借りてでもお灸を据える位が丁度良い」──売国奴と罵られようとも外国政府の力を借りてでも、思う存分に蹂躙し、蹴散らし、奪いつくす時の快感は病み付きになるかもしれません。麻薬のような快感かもしれません。取り付かれたら最後、離れられないかもしれません。売国行為は最高のビジネスであり、最高に復讐心を満たす、エンターテインメントと言う側面があったのかもしれません。
 
 しかし、こうした憎悪の連鎖を生み出す構造こそ、日本人同士をいがみ合わせ、結束を突き崩し、奴隷的な状態に叩き落し、しゃぶり尽くすためのものなのです。これを分断統治、植民地支配と言わずして、なんと言えば良いのでしょうか。
 
 
 連山でも言われているように、残念ながらこうした秀才たち高学歴者は、日本に愛着を持たず、それどころか根幹部分で日本を憎んでおり、売国行為を通して復讐心を満たしています。
 
 もはや、行き着くところまで行き着いてしまったと思います。
 日本人同士で凄惨な決着をつけなければならないのでしょうか?
 日本を憎む日本人がいなくなるまで、憎しみの連鎖を断ち切る為、残酷な形で清算するしかないのでしょうか?
 
 同じ民族、同胞同士で憎しみ合い、殺しあう──そういう方向に国全体を戦略的に誘導し、搾取支配するのが分断統治の恐ろしさです。
 
 私たちは、こうした分断統治の恐ろしさ、悲劇を忘れてはなりません。
 
 これから日本のあらゆるシステムは崩壊に向かい、日本人同士の凄惨な潰し合いが展開される事でしょう。
 今までの歪み、闇の部分、鬱積したヘドロの如き淀み──それらを押さえつけてきた蓋が跳ねのけられ、一斉に吹き出します。秋葉原のような悲劇が繰り返される構造が、隠されていたのです。
 
 しかし、そうした負の部分に目を逸らさずに向かい合い、どうやって解決し、清算していくべきか?
 
 非常に物騒で血塗られた時代に入るかもしれません。混迷の時代に差し掛かっているかもしれません。
 ですが、それさえ抜ければ、日本はいち早く21世紀型の国として再スタートを切り、世界のモデルになるかもしれません。

 大いなる手がかりは江戸時代にあるかもしれません。あの頃の、大らかで多様性を受け入れる価値観、システムこそ、破滅を迎えつつある今の日本、ひいては世界に光をもたらすのではないかと信じています。

関連コラム:グルジア戦争の開始

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ロシア、グルジア港湾を空爆 南オセチアの戦闘激化(出典:共同通信
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関連コラム大陸的慢心と約束不履行の国民性が墓穴を掘る 松緒錦江

戦略及び大戦略の基本的事項と相違点


戦略及び大戦略の基本的事項(序文)


前回までは第一次、第二次世界大戦における間接アプローチ戦略の実際の運用方法について学んだ。本稿では、リデルハートの「戦略論-間接アプローチ」の第4部を学習することで、間接アプローチ理論の本質について学ぶことを目的とする。

戦略と大戦略の相違点

まず、「戦略」という言葉の意味について学んでみよう。戦略という言葉はビジネスシーンや日常生活でもよく使用される言葉であるが、英語ではstrategyとなり、日本語では長期的・全体的展望に立った闘争の準備・計画・運用の方法という意味合いで用いられる (goo辞書より)。 一方、クラウゼヴィッツは「戦争論」において、戦略を「戦争の目的を達成するための手段として、諸戦闘を用いる術。言い換えれば、戦争の計画を形成し、戦争を構成する数個のキャンペーン(一連の密接に関連する戦闘)の取るべき予定のコースを描き上げ、そしてそれぞれのキャンペーンの取るべき予定のコースを描き上げ、そしてそれぞれのキャンペーン中において戦われるべき諸戦闘を規制するものである (戦略論-間接アプローチ)」として定義している。

まず、戦争というものには目的がある。例えば、太平洋戦争において、アメリカと戦争をした日本の戦争目的の1つは間違いなく「自存自衛」であった。1937年7月、北京の盧溝橋で起きた発砲事件を契機に、日中戦争という戦争状態に突入し、泥沼状態に陥っていた日本軍はアメリカ、イギリスからの対蒋介石への援助ルートを断ち切るために、南部仏印に進駐した。日本軍のこの行動に対して、即座にアメリカのルーズベルト大統領は在米日本資産の完全凍結と石油輸出全面禁止という強行措置に出たために、資源のない日本は、対米戦争を決意し、東南アジアにおける南方資源の確保と継続した日本本土への資源の運搬及びアメリカとの早期和解を実現しなければならなかった。これが太平洋戦争を決意した日本国の最重要の目的の1つだった。つまり戦争目的とは政治において決定されるべきものであることがわかる。しかし、クラウゼヴィッツは、戦争の目的を軍事指導者が決定すべきかのように戦略を定義している。(少なくともそのように見える。) この点に関して、リデルハートはクラウゼヴィッツの戦略の定義について、戦略そのものが、政策の分野すなわち戦争を遂行すべき最高の分野に冒し入っていることが誤りであると指摘している。もともとこの分野は必然的に政府の責任に属するべきものであり、軍人に責任を負わせるべきではないと言及している。

また、クラウゼヴィッツの戦略の定義の欠陥として、戦争目的を達成する手段を諸戦闘に限定していまっていることが挙げられる。(少なくともそのように誤解される書き方である。)この戦争の目的と諸戦闘という手段が混合した結果として、「戦争においては一個の決定的戦闘に対して、他のあらゆる考慮を従属させるべきである」という考えに至るクラウゼヴィッツの信奉者を増加させ、第一次世界大戦の大被害を招いたのだとリデルハートは指摘する。

一方で、ドイツのモルトケは、「戦略」の定義をクラウゼヴィッツよりも明確かつ賢明に述べている。政治が軍事部面に干渉することを可能にするため、モルトケは戦略の定義を「見通し得る目的の達成のために、一将帥にその処分を委任されたところの諸手段の実際的運用」であると規定した。これによって、軍司令官の責任は、その委任された作戦域内において、分与された兵力を戦争政策の利益に対し最も有利に適用することに限定される。よって、戦争は政府の政策に基づいて制限されることになるので、クラウゼビッツのように、必ずしも戦略は敵の軍事力の覆滅の要望をその単一目的すべきものではないということになるのだ。

以上を踏まえた上で、リデルハートは戦略を次のように簡潔に定義している。「戦略とは、政略上の諸目的を達成するために軍事的手段を分散し、適用する術である。」リデルハートにとって、戦略とはあくまで、軍事指導者が責任を負うべき範囲で限定されるべきで、戦略を制限する戦争目的は政治の政策に分野において決定されるべきものである。次に、リデルハートは戦略の高次元の存在として、大戦略というものを定義している。大戦略とはある戦争のための政治目的を達成に向かって調整し、かつ指向することことであり、軍事分野の戦略をより高次元から限定すべきものである。よって、大戦略とは軍隊を維持するために、国家の経済資源及び人的資源を計量し、開発すること、国民の意欲を高揚させること、各軍隊間及び軍・産業間における資源の配分を決定することなどがあり、以上の例から、戦略は大戦略の目的を達成する手段の1つにしか過ぎないということがわかる。

関連情報


2008年8月 8日

止まる浜岡原発と第二次東京決戦

911総選挙(第一次東京決戦)

蝋燭は燃え尽きる前が一番明るい。社会党は村山首相を選択し、党が消滅した。小泉政権も、大勝利の果てに自民党をぶっ壊す事になった。次の総選挙で自民党は消滅する。これは国内的な問題ではなく、アメリカの覇権消滅という世界レベルでの事情によって発生する。

第二次東京決戦

皇暦2010年8月10日、世界唯一の超大国神聖ブリタニア帝国は日本と地下資源サクラダイトを巡って対立し宣戦布告、日本に侵攻した。日本は占領され、ブリタニアによって「エリア11」と呼称される。日本人は「イレヴン」と蔑まれ、自由を奪われブリタニアの総督により支配された。ブリタニアは「ナイトメアフレーム」と呼ばれる人型兵器により世界の3分の1を支配下に収めた。しかし、その圧倒的な支配にも亀裂が生まれようとしていた。 日本侵攻から7年後、ブリタニアに恨みを持つ少年、主人公ルルーシュ・ランペルージは謎の少女C.C.(シーツー)から、他人に自分の命令を強制出来る、絶対遵守の力「ギアス」を与えられることになる。ルルーシュは仮面で素顔を隠して「ゼロ」と名乗り、自称正義の味方「黒の騎士団」を結成し日本の独立のため、ブリタニアに戦いを挑む。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

日産自動車は、2010年に日米で発売予定の電気自動車を、ガソリン車の1500~1800CCクラスに相当する小型車にする。
そろそろ夏休みの時期になりまして明日から夏休みの人も多くなることでしょう。しかし石油の値上がりで飛行機で海外旅行や国内のドライブも金がかかるようになりました。ガソリンが1リットル190円台になって買い物の回数を減らしたり、車を小型に買い替えたり、2台あった車を1台にしたりと大変なようだ。

2008-08-08 15:20:27
水素で動く時代がもうすぐ。そうなったら今年の夏にも給水制限してるところはどうなるのか。水を巡る戦争も始まるのかも。

第二次東京決戦 (反逆のルルーシュ)
2008-08-08 15:34:59
朝鮮系組織が一斉に崩壊している。
それに伴って原発が順次、計画的に停止されている。
日本が独立できるか、決戦が始まったのか?

カルト教団終了
http://shadow-city.blogzine.jp/net/2008/08/post_fe90.html

http://mainichi.jp/area/shizuoka/news/20080806ddlk22040169000c.html
浜岡4号機の原子炉停止へ 10日にも点検

 中部電力は8日、浜岡原発4号機(静岡県御前崎市)でタービン建屋の給水加熱器の水位が上昇する異常を示す警報が鳴るトラブルがあったため、10日にも原子炉を停止して点検すると発表した。〔共同〕(15:04)

http://mytown.asahi.com/shizuoka/news.php?k_id=23000160804220001
浜岡原発3号機停止へ2008年04月22日

http://www.news.janjan.jp/government/0404/0404032745/1.php
そして、稼動中の原発が巨大地震に耐えられるのか、という世界で始めての最悪の実験が開始されようとしています。日本の原子力技術はアメリカから譲り受けていますが、アメリカの原子力技術は地震のことはまったく想定していません。浜岡原発は狭い地域に1号炉から5号炉まであり、老朽化した1号炉と2号炉は修理と点検の連続で現在止まっていますが、他は稼動中(5号炉は試運転)です。
出典:株式日記と経済展望 株式をはじめ政治経済外交文化歴史などの論評です。



先週、日本で人気アニメショーンのコードギアスでは、ゲフィオンディスターバーによってトウキョウ租界のエネルギーを停止させたそうです。実際に日本の首都圏は雷雨により山梨などで電力系は麻痺しつつあるようです。そして、天の救いがおきました。911テロでペンタゴンに打ち込まれたミサイルにより、首都圏を壊滅させうる浜岡原発の1~4号機は停止されます。1号機は1976年、2号機は1978年、3号機は1987年、4号機は1993年製造ですが、最新の5号機は2005年(911テロの後に完成)です。我々の知るデータでは5号機ならは911テロでペンタゴンに打ち込まれたミサイルに対して防御可能です。





あまたの悪い官僚や財界人が多く徹底的にMKウルトラにより洗脳された東国でした。しかし、それも変りつつあるようです。人質とされていた東国の民人たちですが原発が止まっている間なら、我々は東でも活動できます。そう、まるで神風が吹いたようです。映像を見たい人は → 過去ビデオ


他のサイト参考2008/08/08 カルト終了


我々は、アメリカに多くの友人がいます。アメリカは独立戦争によって政治的には独立しました。しかし、民間銀行であるFRBがドル発行券を掌握し、経済的にはヨーロッパの植民地でした。それも、もうすぐ終わります。日本は敗戦国でしたが、それもこの決戦によって終わるでしょう。3度の総選挙により、日本の社会システムを変更させるのが当面の目標です。CIAはマスコミと原発(事実上のミサイル空爆との組み合わせにより原爆化)とカルト教団や暴力団を使って日本を間接支配してきました。この決戦により、アメリカは経済的にヨーロッパから独立し、日本は政治的にアメリカから自立します。





他のサイト:アメリカの「第2独立戦争」2006年6月13日  田中 宇


戦略新生日本と皆既日食(平成21年)


推薦サイト:アメリカの内戦 連山改


関連サイト:【自立】アメリカの占領が終わる日本

911テロによるペンタゴンへのミサイル攻撃




我らの友、アメリカ人を抹殺した敵を共に倒そう!


委員会のメンバーの一部


大陸的慢心と約束不履行の国民性が墓穴を掘る

――ロシアの弱点を知り、いかにそれを利用するか?


出典:ソビエト参戦(昭和20年8月8日深夜通達、9日攻撃開始)

最近のロシアという国家や、ロシア人に対する日本国内メディアの報道に偏りを感じている。
以前から特にこの国に対しては偏向報道というのもあるが、最近はむしろ過大評価も
目につくようになってきた。数年前までの共産主義国へのマイナスイメージのオンパレードを
覆すが如く、「金満、ビジネスチャンス、資源、プーチン政権の政治・外交手腕、
エネルギー資源を持つがゆえの海外での発言権拡大」等々。
「誇張された張子の虎」がひとり歩きしている気がする。
たしかに、ここ数年のロシアの変化は目を見張るものがあるが、果たして日本人が
それほどまでにひれ伏さなければならないほどの「変わり様」がどこにあるのか?
資源を掘って横流ししただけの大金で世界の富を寄せ集めたところで、決してその富を
国民に平等に分配しているわけではなく、逆に一部の成金が「収奪」している。
帝政時代の歴史家が述べたロシアの社会状況と変わりない。要するに昔のままだ。
正直言うと、いきなり肯定的になってきたロシア評価にかなりの違和感がある。

もちろん、日本からビジネスでロシアを訪れる人は首都モスクワに行くことが多いだろう。
彼らが極東地方やその他地方都市を見る機会は非常に少ない。
そういう人たちが見る「ロシアの変貌」は、いかにも「良い方向への変化」と捉えられる
かもしれない。でも、モスクワはそれ以外の都市のロシア人から見ると「外国」のようなもので
一種の侮蔑と羨望の眼差しを向けられている特殊な例に過ぎない。

たしかに90年代後半のモスクワといえば、大国の首都とは思えないほどレストランや
普通の店舗の数も少なく全体的に交通機関でも広告もあまり見かけないほどに
かなり地味な様子であった。
それがここ数年で相当派手な広告やネオンで一変してきたし、ロシア人の大半が
縁のないような超高級ホテルが急増しても、まだ需要に間に合わないというくらい首都の
金の動きは早く、全体的な景気もいい。ついには世界の富豪が住まう都市のランキングに
入るほどになってしまったので、余計に誤解も生んでいる。

しかし、一方で表通りしか見ない外人には分からない一般人の生活ぶりというのは、
決して「以前より良くなった」ばかりではない。特に年金生活者や排斥されるコーカサス系や
旧ソ連圏からの出稼ぎ労働者、ジプシーなどは一体どうして暮らしているのか?
こういった人々だけでなく、一般のロシア人の生活がどうなるのか不安になるほど物価も
高騰している。しかも交通網も以前より麻痺しがちで、自動車に乗ろうと、地下鉄に乗ろうと、
満員で溢れんばかりの人の波で皆イライラしているという。さらに、犯罪率も相変わらず特に
激減したという話もなければ、頻繁に中心部ですら火事が起こり歴史的な建物が頻繁に
全焼していく。地下鉄の広告も下品な上に所かまわず認可されていないような右翼団体の
広告が貼り付けられて、落書きだらけになった列車内を見て殺伐としていると感じずには
いられない。かえってソ連時代の方が治安もよく清潔で安全だったと、年配のロシア人が
嘆いているくらいに急激に地下の環境も変化している。

十年ほど前、海外で評判の悪かった大酒飲みエリツィン大統領のときも汚職も賄賂もあったが、
それでも社会的な高齢者への手当てや公共料金の免除などはソ連時代のまま、なんとか
守られていた。しかし、プーチン政権になってからは、あらゆるものが資本主義的になった。
貧しい世帯にも電気代、水道代、電話料金など徐々に加算されるようになって、負担が増える
一方。なのに、年金生活者への無料交通パスもなくなり軍人恩給だって減らされている。
皮肉なことに勲章や赤の広場のパレードには招待されても、実際生活での退役軍人の扱いは
お粗末なものだ。

たしかに、貧しい時代からロシア人というのは一般的に「自信過剰」としか思えないほど
「自分の国を贔屓目に見る」人が多かった。決してそれが悪いことだとは言わないが、ある面、
それが「根拠なき自己満足」に繋がっていく面はときどき感じた。要するに、「努力しなくても
世界で一番大きいロシアが当然世界で一番優れている」というような漠然とした妄想がある
くせに、その国の国民として取るべき責任があるとは感じていないようなのだ。
いざ「過去の戦争犯罪」の話になると今度はまるで他人面。

「その時代はロシア人も大変だった。シベリアに抑留された日本人の中にはロシア人に
助けられた日本人捕虜がいるというではないか」とか、「第二次大戦で殺されたユダヤ人の
数に比べれば微々たるものだ」というような、極端な例を引き合いに出してきて
「反省すべきは我々でない=我々こそが被害者だ」と決め込むパターンがほとんどだった。

そういうわけで、日本人に対してだけでなく、ほとんど東欧諸国やバルト三国、あるいは
コーカサスで自分たちの国、ロシアという軍事大国がどういうことをやって、どれだけ甚大な
被害を与え、今もそれを謝罪していないかということなど、本気で真剣に考えるロシア人は
私の見た範囲では皆無に近かった。

日本人が隣国などから、過去から現在に至るまで執拗に謝罪と賠償を求められてきたことを
考えると、信じられない落差である。そしてそのくせ、ロシア人は最近特にプーチン大統領が
梃入れしてから「愛国主義」を標榜することが、ひとつのブームのようなところがあって、
若者ほど「正確な歴史」はほとんど知りもせずに「愛国者」の格好を決め込んでソ連時代を
彷彿とするような、可笑しな何千人もの集団デモをやって「プーチンへの忠誠心」を示したり
しているのだ。今年の赤の広場で戦車に乗った青年兵士が一斉に同じ角度に頭を傾けて
作り笑顔をする構図なども、まさにソ連時代と「瓜二つ」で余りにもその様子が不吉なので
目をそむけたくなるくらいであった。

もちろん、かなりの知識人に属するロシア人はこういう傾向を冷めた目で見ていただろう。
しかし、マスコミ自体がかなり政府の統制化に置かれてからというもの、本来あるべき
「知識人の覚めた目」というのは影に潜んでいる。そして、どうも派手なキャンペーンや
見場のいいコマーシャルに乗せられて政治も操られていく時代に入り、「清貧に甘んじる」人々
は表舞台から遠ざかる。海外のマスコミに出てくるのは大富豪の知事だとか、浅はかで
運動神経だけが異常に発達したコルホーズの青年みたいなスポーツ選手だとか、
格好をつけてイッパシの柔道家気取りした大統領だとか、なんだかすべて胡散臭い
ロシア人ばかりだ。

おそらく、日本人でも「ソ連時代」がどういうものか、実際に少しでも見聞きしたことのある人なら、
今のロシアの政権のソ連時代と共通した、ある種の「まやかし」と「胡散臭さ」に気付くはずだ。
実はそういう感覚を共有できる人がクレムリンに勤めていたロシア人の中にもいるのだ。
(そういう点では、まだロシア人も捨てたものではない)彼から直接聞いた話によると、
ソ連時代にあれだけ何万人もの人を政治犯とでっち上げて虐殺・投獄・シベリア送りにしてきた
悪名高きKGBが教育してきた詐欺的に人を欺く手法は現在のロシアでも有効であるという。
特に「マスコミを使った洗脳的な宣伝工作」。「洗脳」といっても、そんなに恐ろしげなことをする
場合ばかりではない。

一例を挙げると、プーチンが大統領として地方の貧困を見捨てないキャンペーンを
アピールするためにこんなマスコミ工作が行われたという。
「あるロシアの寒村の貧しい家に一人の男の子がいました。その少年はクリスマスプレゼントを
貰ったことがなかったので、プーチン大統領に手紙を書いて、そのことを訴えました。
すると、大統領から直々に返事の手紙とプレゼントが届いたのです!
まあ、なんとプーチン大統領は細やかな心遣いができる方なのでしょう!!」

この手の宣伝工作、要するに「まったくの嘘」を美談としてマスコミに
でっちあげたものにすぎないらしい。
まあ、レーニンやスターリンのときでも最近では北朝鮮の大将の場合でも頻繁に使われてきた
手なので何も斬新なところはない。まさか、ソ連時代でなくなって、一応表向きだけでも
「資本主義国家」と看板上げて「普通選挙」もやっているはずの国で、「まかりとおる」なんて
思わない素直な人たちには通用する手というわけです。この例に漏れず、多くの誇大宣伝が
プーチン大統領の株を「吊り上げ」ていたのは間違いない。そして、そういう偽善を堂々と
取り上げ宣伝してしまって憚らないのが今のロシアのマスコミだ。

さらに、ロシア人が「約束や契約を守らない」というのは有名な話。経験者なら分かると思うが、
小さいことから大きいことまで色々やらかしてくれるので、枚挙に暇がない。
実際にソ連でなくなった今のロシアでも別段その性癖にたいして変化はない。
要するに日常生活の中で、ロシア人同士でも頻繁にそういう約束を守らない状況が起きる
ために、裏で賄賂を渡したり、どっかのコネを使ったり、色々と工作しなければお互い安心
できないような社会になってしまっているわけだ。そういう理由以外にも、国家公務員である
医師や警察官、教師、大学教授などの給与が非常に安いことも賄賂や裏金横行の原因と
いわれているが、ソ連時代から延々と続いている慣習なのだろう。最近は特に大学や
教育機関での裏口入学や落第を免れるための工作など、非常に問題になっているが
氷山の一角だろう。既に「授業料制」にほぼ完全移行しつつあるモスクワの大学などに
地方の貧しい学生が入るのは至難の業であるという。
要は金がないものは学びに来るなというくらい冷たく貧乏人は門前払いされる社会に
なってしまったのだろう。そういう点は共産主義の時代の方が才能がある人間にとっては、
幸せな面もあったのではないかと思えてくる。(授業料もいらず、逆に奨学金を貰いながら
通うのが一般の学生だったのだから)

そして、もうひとつ。ロシアでは、たとえ約束した時間に相手のロシア人が来なくても
「怒ってはいけない」。なぜなら彼らの感覚では先に約束していたことより、「もっといい話」が
後から来たら自分に有利な話に乗って、先の約束を黙ってなかったことにしてしまっていいと
思っている。それくらいに道徳観や倫理観が欠如している。気分次第で我侭な自我を
抑制できない人が多く、罪悪感は極めて薄いようだ。悪い人たちではないにせよ、
あまりにこういう例が続くと、いい加減信用できなくなってしまう。
おそらく日本人だけでなく、こういう態度を繰り返すと他の国で「ロシア人」というだけで
嫌がられるようになってしまうのではないかと思う。
もちろん、ロシア人でも不言実行の人もいるので、すべてがそうだとは言わない。
ただ、日本に比べるとあらゆる点で「ドタキャン(直前キャンセル)」を平気でするので
驚かないで最初から想定しておく方がいいくらいだ。

そういう性癖というか、国民性というか、問題点と明らかに分かるような点でも改善されない
のに、法秩序などが急にここ数年で改善されるわけもなく、「金を積めば勝つ」あるいは
「権力のある方が勝つ」「バックの強い方が勝つ」裁判が横行中。そんなわけで、滅多にない
とは思うが、裁判になって外人がロシアで勝つのはまず難しい。
とにかく、今のロシアは以前に輪をかけて「弱肉強食」の世界となってきており、空気が読める
人にとって実は精神的に「殺伐」としている。それもそのはず、人間一人の価値が明らかに
その人が属する階級によって違うほどの格差社会になってきたのもある。

実例を挙げると、権力者の特権階級化による凶悪事件隠滅が続出しているらしい。
公になった事件だけでも、政府の高官や地方自治の長などの関係者が「轢き逃げ殺人」
をして、明らかに物件や目撃者がある場合でも「起訴」もされなかった例がいくつかある。
逆に被害者の家族が訴訟した場合には相手からの「報復」があるので、手も足も出ない状況で
軽い賠償で済ませられたりしているらしい。もちろん、司法も警察も見て見ぬふり。
本当にロシアがここまでの状態に落ちぶれてしまったのは、残念だ。

しかし、逆に「ここまできた」からこそ覚醒されるチャンスもあると思う。ロシア人も決して
愚かな人間ばかりではないのだから、やはり「このまま」の状態が続くのを指を銜えてみている
ばかりでもないはずだ。もっとまともな社会にならなくては、益々ロシアの人口は減る一方だし、国民の海外流出も止まらないのではないかと思う。
実際、チェチェン戦争や南方のグルジア共和国との国境対立など、四方にいまだ軍事的な
衝突要因を抱え、常に国内どこかで「戦死者」「負傷者」「爆発」「襲撃」「銃撃戦」などに関する
心の痛む報道が日夜行われている国で、実に逆説的だが「平和」に対して敏感な若者が育ち
つつあるのだ。そして彼らの中には日本のアニメや文化に大変な関心を寄せている人も
少なくない
。希望としては、その人たちの心にはこれまで「ソ連製戦争英雄映画」ばかり
見せられた世代とは違う感性が育ちつつあること。そして、アニメなどを通して緩い影響力
でも「日本的感性に感化していく」ことによって、彼らの世代のロシアが変化する萌芽を感じる。

また、ロシアの隣国の小さな国々の多くは不本意であっても、エネルギーや軍事的面で
圧倒的に大国が強く依存せざるをえない関係などから、現在も社会的・経済的に不安定な
地域が多く存在する。たとえば、黒海沿岸地域のグルジア、オセアチア、アルメニア、モルドバ
など。こういった地域は産業も少なく、むしろソ連時代よりも貧しくなってしまった国も少なくない。そして、そういう国民のほとんどが海外(主にロシア)への出稼ぎで家族を養ったりしている。
こういう国々にこそ、日本が積極的に援助し、友好条約を結び、ロシアに対する依存度を
減らすくらいの産業転換ができるよう協力すべきではないか。
まさに日本にこそ、そういう協力が望まれているのではないかと思う。

さらに、東欧やバルト三国などは第二次世界大戦でソ連から非常に大きな打撃を受けた国が
多いので、日本の北方領土問題などに対しても大方理解を示してくれる可能性が高い。
そういうところの青年を招いて歴史問題研究を進め、親日国との連携を深めていくのは
どうだろう。特にポーランド、リトアニア、ラトビア、エストニア辺りは反露的な政治傾向も強く、
国民の意識の中にもしっかりと「過去の残虐行為=ロシア人」という構図が組み込まれている
ので味方にしやすいはずだ。仮に資源がなくても、そういう国々とこそ戦略的に外交して
友好国にしていくというのも方法のひとつだろう。

たしかに最近の日本企業のロシアへの進出は目覚しい。だが今のロシアで定着しつつある
「戦後の日本=金で動く国」というイメージは払拭すべき不名誉なものである。
そういう風に日本を見下げるような態度を取らせておけば、慢心の大国は調子に乗って
平気で「騙す、タカル、盗む、殺す、属国にする」今までソ連時代に他所でやってきたことを
復活させないとも限らない。そういう点では、復活軍事国家ロシアを手放しで信用すべきでない。

我々は金でなく、大和民族的な美意識による信義で動く民族であることを相手にはっきりと
示すべき時期にきているのだ。図体ばかり大きい露西亜国の持つ無駄に多い資源や、
まともに統治しきれない領土や、けち臭いチンピラのような恫喝などではびくともしない、
一枚岩の日本人としての団結力と前の代の人々から培われてきた清き心で、
恐れず怯まず立ち向かうべきだ。慢心の大国は必ず墓穴を掘るときがくるだろう
日本はそのときを待ちながら周囲を固め、一瞬も逃さずに行動に移すべきだ

関連コラム敗戦国日本と背信行為の売国奴、そして、第二次東京裁判へ

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推薦コラム:水素文明に必要な遺伝情報

2008年8月 7日

ネット君臨と活版印刷術

流動性の高まる時代

地球温暖化が、国内のリンゴの勢力地図に異変を起こしている。 日本一の生産量を誇る青森県産リンゴが、気温上昇などで熟度が増して出荷時期が早まり、年末を主な市場にしてきた生産量2位の長野県との「すみ分け」が崩れ始めたのだ。 出典:リンゴ:温暖化で産地異変...青森、長野の「すみ分け」崩壊

『連山』は平成20年にメディア空間における情報決戦が始まると昨年から掲載していました。既に毎日新聞が火達磨状態です。地球温暖化は最終的に民族大移動を引き起こします。人類は何度も移動してきました。少し前は、満州や樺太に日本人が多数住んでいた時代もありました。そんな感じで再び定住型より移動型が価値を生むように変化するでしょう。グーテンベルグは活版印刷を発明し、それによってキリスト教の教皇神父による情報の独占が崩壊しました。結果として誕生したのが新教徒です。彼らが作った国がアメリカ合衆国です。情報を独占し恣意的に活用する民族は、情報を開放し真理を大事にする民族に敗れます。毎日新聞社はネット君臨という本を出しています。捏造した情報を流して出世した朝比奈豊毎日新聞の社長は情報の歴史を知らないようです。活版印刷がそうであったように、情報機器は急速に普及しています。新聞を持ち歩く人より携帯電話やiPod、ノートパソコンを持ち歩く人が増えました。これによって人々の世界観は変り始めます。神父の恣意的な解釈に満足しない人々は自分立ちで書籍を出し、議論し始めました。真実の情報を重視する人々は富や権力を得やすくなります。寒波や熱波、交易船の状態を知ることは飢饉対策や防疫対策に役立つからです。こうしてその時代における主人公といえるべき人々が次第に変化します。従来の封建領主に変ってブルジョワという富裕層が力を持ち始めました。そして、非線形の破壊が始まります。これは不可逆的な革命や戦争という形を取る事が多いです。ドイツ30年戦争やアメリカ独立革命、フランス大革命、ナポレオン戦争がそうでした。次に始まるだろう中東大戦争がそれにあたります。人々は生き残るために新聞やテレビより即時性に優れたネット情報や携帯電話やiPodを活用します。それらの情報を整理するために知的統合整理者や汎用的知識を持つシステム管理者が主要なプレイヤーとして確立します。世界は不可逆的に炭素文明を破壊を加速し、情報革命は水素文明へと非連続的に変化します。このプレイヤーは勇気が何よりも重視されるでしょう。勇気は行動の結果ですから明日の行動より昨日と本日の経歴のみが必要となります。一部の国会議員は下記のメンバーとこのような会話をしていますが日本のマスコミで報道される事はありません。それは旧教徒と新教徒の戦いがそうであったのと同じ理由です。

関連コラム:サイバー攻撃、複数都市で停電も

主要アクセス先

第二次世界大戦の間接アプローチ




当時、ソ連によって、ドイツの仕業だと捏造された虐殺事件 カティンの森事件

第二次世界大戦と間接アプローチ戦略(1)



ポーランド侵攻作戦 秘匿名称「ケース・ホワイト」

ポーランドにとっては不幸なことであったが、同国は、間接的アプローチの戦略と機械化部隊との双方の結合にとっての理想的な展示場となった。ポーランドとドイツとの国境線は1200マイルであったが、その後、ドイツがチェコスロヴァキアを占領したので、さらに500マイル延長されていた。これによって、これまでポーランドの南側もまた、ドイツの侵略に暴露する結果となった。「戦略論」p248:リデルハート

それでは、第二次世界大戦のポーランド戦を題材にして、リデルハートによって、間接アプローチの興味深い実例と紹介された電撃戦についてその詳細を見てみよう。まずは、国境戦に配置されたポーランド軍に対して、ドイツ軍はボック上級大将率いる北方軍集団(第3軍、第4軍)とルントシュテット上級少将率いる南方軍集団(第8軍、第10軍、第14軍)上記の地図のように配置させている。南部におけるルントシュテット軍集団はボック上級少将の率いる北方軍集団に比べて、歩兵において、2倍の兵力を与えられて、機甲兵力ではさらにそれを上回る兵力が与えられていた。一方で、航空兵力の重点は北方に置かれていた。ドイツ軍の作戦意図は、国境付近で対峙しているポーランド軍が、首都ワルシャワとビスワ川まで後退して、塹壕線を構築することを阻止し、国境付近で敵を包囲・殲滅することを目的としている。そのために、ドイツ軍はワルシャワを陥落させる前に北方第4軍と南方第10軍によって、国境付近のポーランド軍を包囲・殲滅し、この包囲陣によって、補足できなかったポーランド軍を東プロイセンから進撃する第3軍と南方第14軍によって、2重包囲した後、殲滅させる作戦を取った。名将ハンニバルが指揮した「カンネーの戦い」で、最左翼に位置した騎馬兵が対峙するローマ騎馬兵を打ち破った後、ローマ重装歩兵の背後に回り込み大包囲陣形を形成したのは、間接的アプローチ戦略として、有名だが、ナチス・ドイツ軍はこの機械化した機甲師団及び自動車化師団を左翼と右翼に持ってくることによって、「カンネーの戦い」におかる騎馬兵の役割をこの機械化師団に担わせている。しかし、このドイツ軍による電撃戦は包囲陣形が2重になっているということから、ハンニバルの包囲陣形よりも完成度が高かったと言える。



 ドイツ陸軍


  北方軍集団 (司令官・フェドル・フォン・ボック上級大将)


    第3軍 (キュヒラー大将)


       歩兵師団 (第1、11、12、21、61、217、228の6個師団)

       第10装甲師団 (開戦後、第4装甲旅団から改編)


    第4軍 (ギュンター・フォン・クルーゲ砲兵大将)


       歩兵師団 (第3、23、32、50、207、218の6個師団)


      第19装甲軍団 (ハインツ・クデーリアン装甲兵大将)


       第3装甲師団

       第2自動車化歩兵師団

       第20自動車化歩兵師団  


   軍集団予備


       歩兵師団 (第73、206、268の3個師団)



  南方軍集団 (ゲルト・フォン・ルントシュテット上級大将)


    第8軍 (ブラスコヴィッツ大将)


       歩兵師団 (第10、17、24、30の4個師団)


    第10軍 (ヴァルター・フォン・ライヘナウ大将)


       歩兵師団 (第4、14、18、19、31、46の6個師団)


      第14装甲軍団 (ヴィッテルスハイム大将)


       第13自動車化歩兵師団

       第29自動車化歩兵師団


      第15装甲軍団 (ヘルマン・ホト大将)


       第1軽快師団 (軽装備の装甲師団)

       第3軽快師団


      第16装甲軍団 (エーリッヒ・へプナー騎兵大将)


       第1装甲師団

       第4装甲師団


     第10軍予備


       第2軽快師団


    第14軍 (ヴィルヘルム・リスト上級大将)


       歩兵師団 (第7、8、28、44、45、239の6個師団)

       第1騎兵師団


      第22装甲軍団 (エヴァルト・フォン・クライスト大将)


       第2装甲師団

       第4軽快師団


     第14軍予備


       第5装甲師団

   軍集団予備


       歩兵師団 (第27、62、68、213、221の5個師団)


  以上、

  装甲師団6個、軽快師団4個、自動車化歩兵師団4個、

  歩兵師団37個、騎兵師団1個


  総計52個師団


   (一個師団は通常約1万~2万名から成り、その兵員数は兵科、

   国籍によって異なる)




 ドイツ空軍


  第1航空軍 (アルベルト・ケッセリング大将)


     北方軍集団の支援を担当


    第1航空師団 (ウールリッヒ・グラウアート中将)


      第4軍の支援を担当


     第1爆撃航空団

     第26爆撃航空団

     第27爆撃航空団

     第2急降下爆撃航空団 第2、第3飛行隊

     第1駆逐機航空団 第1、第2飛行隊

     第1教導航空団 第4飛行隊

     第2教導航空団 第1飛行隊


   東プロシア方面航空部隊 (ヴィルヘルム・ヴィマー大将)


      第3軍の支援を担当


     第1戦闘航空団 第1飛行隊

     第21戦闘航空団 第1飛行隊

     第2爆撃航空団

     第3爆撃航空団

     第1急降下爆撃航空団 第1飛行隊


    教導師団 (ヘルムート・フェルスター中将)


     第1教導航空団(一部欠)

     第2教導航空団(一部欠)

  第4航空軍 (レール上級大将)


     南方軍集団の支援を担当


    第2航空師団 (レルツァー中将)


     第4爆撃航空団

     第76爆撃航空団

     第77爆撃航空団

     第76駆逐機航空団 第1飛行隊


  特別任務航空部隊 (ヴォルフラム・フォン・リヒトホーフェン少将)


       第10軍の支援を担当


     第77急降下爆撃航空団(一部欠)

     第2駆逐機航空団 第1飛行隊

     第2教導航空団 第2飛行隊



 以上

 第1航空軍計  795機 (爆撃機は519機)

 第4航空軍計  507機 (爆撃機は360機)

 総計     1302機 (爆撃機879機)


*各航空団は司令部小隊と3~4個飛行隊から編制され、一個飛行隊の配備定数は30~36機であった。

 

それでは、ポーランド侵攻作戦における実際の経過を確認してみよう。ポーランド侵攻は1939年9月1日に開始される。まず、第4軍クルーゲの前進によって、ポーランド回廊は遮断され、ヴィッスラ河下流に到達。一方、第3軍キュヒラーが、東プロシアからナレフ側に向かって進行した。さらに、第10軍ライヘナウの機甲部隊はヴァールタ河にまで突破を行い、第14軍のリスト軍はクラコフに向かう分進合撃を実施していた。9月4日までに、第10軍ライヘナウの機甲部隊は国境から内側へ50マイル入ったピリーツァ河を渡河し、その2日後には彼の左翼はトマーショフを超えてそのかなり前方まで前進し、その右翼はケェルツェへ進入していた。ドイツ軍の作戦計画が順調に実施されているので、ドイツ陸軍総司令官ブラウヒッチは、首都ワルシャワがあるビスワ河まで、この前進行動を東方へと継続させることを指示した。しかし、南方軍ルントシュテット上級大将とその参謀長マンシュタインは、ポーランド軍主力が依然として、ビスワ河の西方にあり、その場所で補足可能である事を知り、計画の変更を主導した。第10軍ライヘナウの機甲部隊の左翼はロッズ付近にあったポーランド軍大兵力の集中地の背後を目指し、北方へ旋回し、ロッズ及びワルシャワ間にあるブズーラ河沿いに狙塞陣地を確立するように指示。この北方への旋回行動の結果、このポーランド軍の大兵力は退路を遮断されて、ビスワ河を超えて撤退することができなくなった。この第10軍の旋回行動によって、名将ハンニバルのカンネーの戦いにおける「包囲陣形」が完成したのである。

ドイツ軍はこの時点で、ビスワ河を目指して、突進してくるポーランド軍を迎え撃ちさえすれば良かったのである。ポーランド軍は首都ワルシャワからは遮断されており、補給物資は運搬されず、その背後と両翼にはプラスコヴィッツの第8軍とクルーゲの第4軍によって逐次圧迫を受けつつあった。ポーランド軍は敵をも感嘆させたほど勇敢に戦って、ワルシャワ守備軍と合流しようとしたが、ほとんが果たせず、ドイツ軍の包囲陣形の餌食となった。9月10日、ポーランド陸軍総司令官スミグリー・リッツは、長期抵抗のため比較的狭い正面の防御戦を編成しようと望み、残余の兵力に対して、ポーランドの東南部へ向かい総退却を実施するように命令した。しかし、この退却するポーランド軍に対して、ドイツ軍はさらなる大包囲陣形を敷くことによって、ポーランド軍を殲滅することを計画する。大包囲陣形の左翼を担ったのはクルーゲの第4軍の先鋒をつとめたグーデリアンの機甲師団である。ポーランドの侵入にあたっては、ポーランド西北部にある回廊地帯を横断する突進を行って、孤立していた東プロシアに到達した。その後、9月9日に、グーデリアンはナーレフ河の線を越えて、さらに南に突進し、14日にはブーク河に沿うブレスト=リトフスクに到達した。そらに、40マイル先にあるグロータヴァを目指して進撃し、南方からせり上がって来るもう1つの鋏である第14軍第22装甲軍団クライストと合流して、大包囲陣形を完成させた。ロシア軍がポーランドの東部国境を越えた9月17日までには、ポーランド陸軍はドイツ機甲師団による二重の包囲陣形により崩壊させられていたのである。

第二次世界大戦と間接アプローチ戦略(2)

それでは、次にナチス・ドイツのフランス侵攻作戦を確認しよう。1939年10月上旬、ポーランドの蹂躙を終わった後、ヒトラーは西ヨーロッパ攻勢のための最初の指令を発している。ヒトラー・スターリン間の条約によって、ロシアの中立性が保たれるのは時間の問題であることから、ドイツは西部戦線のフランス、イギリスをできるだけ早く撃退して、東部戦線のロシア戦に備えなければならなかった。

-フランス侵攻作戦- 秘匿名称「ケース・イェロー」

-フランス侵攻作戦- 秘匿名称「ケース・イェロー」

それでは、西部戦線におけるドイツ軍の原計画案を確認してみよう。ハルダーを総長とする参謀本部が立案した原計画は、主攻はボックの指揮する「B軍集団」によって遂行され、他方、ルントシュテットの指揮する「A軍集団」がその左翼において、丘陵森林地帯アルデンヌを経て助攻を行うことになっていた。参謀本部はアルデンヌを戦車の通過至難な地区と見なしていたので、この助攻方面には何らの成果を期待しておらず、機甲師団の全部をボックの「B軍集団」に割当てていた。つまり、参謀本部が作成した原計画案とは、1914年の第一次世界大戦において採用されたシュリーフェン作戦の焼き直しでしかなかったのである。

-フランス侵攻作戦- 秘匿名称「ケース・イェロー」

しかし、本作戦は敵の最も予期しない所を、攻撃して相手の意表をつくという「間接アプローチ」ではなく、相手の予測している所を、予測通りに攻撃するという「直接アプローチ」作戦なので、早急にフランスを降伏させることは難しくなる。ルンシュテットの参謀長であったマンシュタインは、この計画があまりにも1914年の計画の繰り返しに似ており、そのため連合側が予期する攻撃の路線であり、連合側がこの攻撃に対処する準備を整えていると指摘し、攻勢重心を右翼から、中央へ移されるべきことと、主要な突出作戦が最も予期せられない路線であるアルデンヌを経て前進させられるべきと主張した。アルデンヌ高原は一見すると地形上機甲部隊の通過が困難に見えるが、機甲部隊を同地方で有効に使用することは可能であると考えていた。そして、彼のこの見解は機甲の権威グーデリアンの判決によって支持されていたが、マンシュタインの作戦案がドイツ参謀本部に採用されることはなかった。

しかし、ここで事件が起こる。1940年1月10日、ドイツ空軍第二航空艦隊参謀将校が飛行機事故に遭遇、ベルギー領内へ不時着してベルギー軍憲兵に逮捕され、作戦計画案が記載された書類の一部を押収されてしまったのである。1月16日ヒトラーは作戦内容の変更を決意した。第一次世界大戦に従事し、塹壕戦の悲惨さを経験していたヒトラーはマンシュタインによる電撃戦を採用することを決定したのである。マンシュタインの計算は鋭い。ドイツ軍のB軍集団を主攻と勘違いした連合軍がベルギー領内に深く推進すればするほど、ドイツ軍がアルデンヌを通過して連合軍の背後に迫り挟撃することが可能となるのである。

アルデンヌの森の写真

-フランス侵攻作戦- 秘匿名称「ケース・イェロー」

次に、実際の戦いの経過を確認しよう。機甲師団の多くはA軍集団に配置され、B軍集団の侵攻ルートにはベルギー、オランダの要塞が各地に存在するので、空挺部隊による制圧が行われることになった。オランダでは、5月10日早朝に、ドイツ軍空挺部隊が、首都のヘーグと同国の交通中心地ロッテルダムの奇襲降下を行うと同時にロッテルダムの東方100マイルにある国境防御線に対して地上軍による強襲を実施した。前線と背後への同時攻撃によって、オランダは混乱状態に陥り、戦闘が始まってから、5日目には、オランダは降伏した。ベルギーへの地上攻撃はライヘナウ指揮する第6軍によって開始され、この攻撃支援として500名の空挺隊員が参加した。ドイツ軍の進撃により、ベルギー軍はディール河の線まで後退したが、ここで、イギリス、フランス軍と合流することになった。

その間に、ルンシュテット率いるA軍集団の機甲部隊はフランス国境を目指して、ルクセンブルグ及びベルギー領ルクセンブルグを迅速に移動した。このルンシュテットの機甲部隊は、70マイル幅のアルデンヌを通過し、途中で弱い抵抗をはねのけながら、フランス国境を超え、攻勢開始第4日早朝にはミューズ河の河畔に到達した。5月14日の午後までにルンシュテット軍集団のグーデリアン機甲部隊はミューズ河の渡河を完了し、フランス軍の反撃を撃退した後、フランスの首都パリではなく、英仏海峡諸港を目指して、さらに西へ進撃したのである。この後、グーデリアンの機甲師団はさらには速さを増し、5月20日には疾駆して、アミアンに入り、アッペヴィルを越えて海岸に到達し、ベルギーにある連合軍の交通線を遮断することに成功したのである。これによってベルギーで、ドイツB軍集団と戦っていた英仏軍に完全に前後から挟撃できる体制を整えることに成功した。

5月16日、A軍集団が背後へなだれ込んだことを知らされた連合軍は総退却を開始するが、機動力に勝るA軍集団にパリ方面への退却を阻まれ、イギリス海峡方面への脱出を試みる。英軍に残された最後の脱出港湾であるダンケルクへの突進の継続は23日ヒトラーの命令によって停止された。英仏軍はヒトラーの謎の停止命令により、九死に一生を得たことになる。2日後に命令は撤回され、前進が再開されたが、それまでに連合軍の防御態勢も強化されており、英軍22万4千人、連合軍11万4千人が脱出することに成功した。ドイツ軍はダンケルクを制圧したのは6月5日のことである。5月28日にはベルギーはドイツに降伏している。このマンシュタインの発案した作戦計画により、ドイツは6万人の死傷という少ない犠牲において、100万人の捕虜を獲得する事に成功したのである。その後、フランスは残存部隊とマジノ要塞から引き抜いた歩兵主体の軍隊で戦うしかなかった。ダンケルクの包囲戦が終わり、ドイツ軍がフランスへ進撃すると、6月10日にフランス政府はパリを放棄、14日にはドイツ軍はパリへ入場してフランス政府は崩壊し、本土のペタン元帥率いる和平派政府とイギリスで樹立されたド・ゴール率いる自由フランス政府に分裂した。

以上で、第二次世界大戦におけるドイツ軍によるポーランド侵攻とフランス侵攻の概略を確認した。これらの戦争において、ドイツ軍が短期間に大勝利を挙げる事ができた最大の根拠はグデリーアンにより開発された新戦闘教義「電撃戦」のおかげと言っても言い過ぎではないであろう。リデルハートの「間接的アプローチ」を徹底的に学んだグデーリアンは戦車部隊の徹底した機械化と集中運用を押し進めた。また、航空機を長距離砲のように使用し、敵を攪乱せしめた後に、戦車隊を相手陣地に進撃させたことで、より迅速な戦車部隊の機動を可能にした。また、前線にいる戦車部隊に無線通信が配備され、中央による集権的な指揮系統よりも、自らの判断で部隊を動かすことが奨励されたのも、「電撃戦」の効果をより増大させた要因と言えるであろう。

関連情報


2008年8月 6日

主要石油パイプラインが爆発・送油停止

トルコ東部で主要石油パイプラインが爆発し送油が停止、原油相場が上昇 2008年8月6日(水)18:52 * ロイター  [イスタンブール 6日 ロイター] トルコ東部の石油パイプラインで5日夜、爆発があり、送油がストップした。トルコのエネルギー省幹部が明らかにした。  爆発があったのは、アゼルバイジャンのバクーからグルジアのトビリシを経由し、トルコの地中海沿岸の町ジェイハンに至る「バクー・トビリシ・ジェイハン(BTC)」パイプライン。  パイプラインを保有する英ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)によると、火災によりバルブが損傷し、送油が中断されたが、ジェイハン港からの輸出は貯蔵分を用いて続けられている。BPおよびパートナーは、送油が再開されるまで、アゼリ油田での生産を継続し、貯蔵しておくという。  爆発があったのは世界最大のパイプラインの一つで、カスピ海のアゼリ地区の油田から日量100万バレルを送油している。同パイプラインの送油能力は、2008年中に日量120万バレルに増える見通しだった。  爆発が伝えられたことを受け、ブレント原油先物はバレル当たり1ドル上昇し、118.70バレルで推移している。  国営アナトリア通信によると、6日朝も、依然として炎が上がっている。  爆発の原因は明らかになっていない。
出典:Yahooニュース

日本でもメディアを中心に熾烈な情報戦が発生しています。
日本メーカーは、iPodに続いて、電子書籍というマーケットのおいしい部分も失ったようです。文化庁が新しいネット産業を潰そうとしている!
デビ夫人最強伝説
自由な空の為に、メディア制空権を奪取せよ。情報空域が勝敗を決める。

重要関連ネットゲリラに新聞は為す術もない

大企業の解体とシステム再編

経済価格での石油枯渇


出典:【油断】先の見えない日本のビジネスマン

今のエリートだと思っている政財界の大物は本人が自覚しているかどうかは別にしてほぼ全て歴史的に二流三流です。もし、私が大きな権力を持っていればその思想の危険度と能力の高さ、強いカリスマ性と日本の潜在力の巨大さゆえにオバマ以上に危険な状況におかれたでしょう。日本は核兵器をもたず、多くの占領軍の基地がある敗戦国だからです。間接統治の方法としてマスコミ、教育機関、旧植民地人による暴力組織が張り巡らされていました。GHQは占領当初より再び日本が米軍の管轄下を離れるとすればその思想的人的土台となるのは武士道と士族戸籍者であると分析していました。我々はその能力の高さと武士の末裔という血統により、特に日本国内においては目立つ事は極力避けて行動していました。
関連コラム:アメリカの内戦

油断による国民全体の危機意識の共有


出典:出典:【油断】先の見えない日本のビジネスマン

古代ローマ共和国時代、地中海世界の統合が始まりました。イタリア半島のローマはシチリア島やコルシカ島を支配し、北アフリカのカルタゴはイベリア半島(スペイン)を支配しました。両者の激突は第一次ポエニ戦争に始まりますが、両者の命運を別けたのは第二次ポエニ戦争です。第二次ポエニ戦争でハンニバルは奮戦しましたが彼は敵の重心を見誤りました。彼が敵として倒す相手はローマではなく、カルタゴ本国の目の見えない貴族たちでした。現在の日本も同じです。腐った企業の臆病な中間管理職が情報を恣意的に使い日本全体を潰しています。

昭和天皇の会話


出典:朝日新聞

詳細は、鶴見俊輔の「戦時期日本の精神史」1931年~1945年 岩波書店を読んでください。
" 1941年9月6日に開かれた戦争指導の御前会議で、宣戦布告が決まったのですが、この会議で、天皇は、陸軍参謀総長杉山元大将に米国との戦争になる場合に、陸軍にとってこれを終わらせるのにどれだけの時間がかかると思うか、と尋ねました。杉山は、南太平洋における作戦は三ヶ月のうちに終わるであろうと答えました。これに対して天皇は、(1937年のことをさしているものと考えられますが、)日支事変に際しても、同じ杉山が当時は陸軍大臣として戦争はひと月ですむであろうといったにもかかわらず、すでにそれ以来4年たっているが戦争はまだ終わらないではないか、と反論しました。杉山は、それに対して中国大陸は大きい、と述べました。これに対して、天皇は、もし中国大陸が大きい国であるとするならば、太平洋はもっと大きいではないか、どうして戦争が三ヶ月ですむなどと考えることができるのか、といったということです。 "
当時の軍事官僚(軍部)は上は天皇を騙し、下は国民を欺きました。最悪の中間管理職です。第二次世界大戦中、イギリスはドイツの潜水艦により補給路を絶たれましたが効果的な食糧配給システムにより第二次世界大戦中の食糧価格は20%上がったに過ぎません。日本はどうだったでしょうか? 映画『蛍の墓』を見てください。戦前は軍事官僚、現在は経済官僚が日本国民の生活を破壊しています。我々は海外でずっと待っていました。日本国民の多くが危機を共有できる時が来る時をです。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、己の精神と知力を鍛えながら待っていました。そして、約束の時は来ました。今再び、占領軍とCIAと売国奴により設置された原子爆弾が震災により破綻する危機が迫っています。再び「戦時期日本の精神史」1931年~1945年から抜粋します。
" 原民喜が言葉少なく黙りがちな人であったのとよく似て、広島と長崎の被爆者の多くは彼らの体験について話すことを好みません。実生活において彼らは結婚の相手を見つけることに苦しみ、また子供をもつことに悩み、また彼らの縁戚の人たちを結婚させることで困難に出会います。彼らは病気がいつ再発するかもしれないという悩みをつねに抱えており、また子どもに遺伝するさまざまの困難を通して、自分たちの健康な親類や知人に迷惑をかけるのではないかと恐れつつ暮らしています。また被爆者に対しても日本の社会全体が示す差別もあって、それは井伏樽二の「黒い雨」(1966年)に描かれています。 "

情報の力がマネーの力を凌駕した

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出典:デビ婦人噛みつきまくりw
「水素エコノミー エネルギーウェブの時代(ジェレミー・レフキン著)」は、科学、技術、統計、政治、様々なフィールドに渡る膨大な量のリサーチが集約した、そう遠くない未来への提言といえる。20世紀の飛躍的な経済発展の原動力となった、化石燃料に基づく集約的なエネルギー・インフラストラクチャーを詳細に分析した上で、化石燃料生産のピークを迎えつつある今日、次の一手としてどのような発展が考えられるのか?エネルギーの生産・流通・消費における脱中央集権化、自立・分散・協調するエネルギー・ウェブの構築をリフキン氏は提案している。 都市に電気の光が届かない場所が存在しないように、現代社会はエネルギー消費と表裏一体化している。一方で現代社会がエネルギーの源としている化石燃料は、地球上の特定の地域に偏在しており、"地政学的なリスク"という言葉がメディアに取り上げられない日は無い。湾岸戦争から同時多発テロ、イラク戦争へと続くパラノイアックな政治ゲームの渦中にある米国から、しかしながらこのような書籍が出版されたことは、技術革新による(一国だけでなく、地球規模での)より豊かな社会の実現にむけた希望と感じることもできる。
出典:「水素エコノミー エネルギーウェブの時代」を読んで

地域社会で葬式や街の清掃をするのにお金は必要ありません。家族で家事を分担したり、兄弟で勉強を教えるのにも、お金は必要ありません。お金に依存すれば、お金の発行権を持つ人間に支配されます。紙はペーバーでしかありません。我らの神は共通の祖先に起因する文化と伝統を土台とする集団的無意識です。先祖を祭り、互いに協力しあい、愛し合う事です。日本において政(マツリゴト)の本尊は天皇家です。そして、戦う指揮官は侍であり、常に彼らは武士団を編成して戦いました。2020年までに腐りきった大企業を解体して、再編成します。邪魔する人々は過去の悪事により刑務所に行くでしょう。東南アジアのPCIの事件など氷山の一角です。既にアラブ及び米州と欧州、そして、中国から多くの闇の系図が送られてきました。闇が闇のネットワークを構築する事が出来たのなら、光もまた光のネットワークを構築しただけです。そうなれば後は制御(順番を決める)のみの問題となります。そして、我等には制御理論(サイバードクトリン)とそれを支えるシステムがあります。後は、日本人が自由意思で選択し逆に選択されるだけです。共産主義は資本財を強制的に没収することにより人々の心を掴めず崩壊しました。資本主義はその利己心ゆえに天然資源を食いつくし消滅します。知識人は包囲部隊に参加してください。そして、中央突破は政治家にやってもらいます。
天に感謝します。我らの行動は人間魚雷回天や神風特別攻撃隊よりはるかに簡単で既に勝利が確定しています。後は、どの程度に被害を抑える事ができるかどうかだけです。

関連コラム

主要アクセス先(2008/08/06)

東京原発

「東京原発」は広瀬隆著の『東京に原発を!』を基に製作され、2004年に公開された映画です。
多くのシーンは会議室でのやり取りであり、都内のロケシーンであっても派手な仕掛けがあるわけでもないので、この映画の制作予算が限られていることは明らかです。にもかかわらず、その脚本の妙と俳優さんの味で、見事な社会派エンターテイメント映画、あるいはエンターテイメントの形をとった反原発の教育映画、風刺映画に仕上がっています。

物語は、財政再建を目指す東京都知事が、東京に原発を誘致しようとするところから始まり、役所広司さん扮する東京都知事のワンマンぶりがコミカルに描かれています。劇中では都知事に原発がいかに都の財政に寄与するかをアピールさせつつ、原発推進のためのバラマキ政策や、電気を人質にした脅迫、都市の電気のために地方に原発の負担を負わせている現状、電力会社の借金体質、原発のエネルギー効率の悪さ、六ヶ所村再処理施設の不適切性に言及させて問題提起をしていきます。ドラマが佳境に入るのは原子力発電の専門家である東大教授の登場からで、原子力安全委員会の専門家の軽薄なバカっぷりとこの教授の冷静な解説を対比させつつ物語は進みます。ここがこの映画の狙いだと思うのですが、賛成反対相行き交う都庁幹部たちと、原子力の専門家である教授とのやりとりという形を借りて、原子力発電所についてや国の原子力政策の欺瞞をレクチャーしていきます。

まずは原発と地震との関係について触れます。原発が『関東大震災の3倍の地震にも耐える』という言説の欺瞞について明かしてゆきます。一般建築の耐震基準は関東大震災の被害から算出した200ガル(ガルは加速度の単位)であり、浜岡原発の耐震性能はその3倍の600ガルであること(他の原発は平均でだいたい400ガル程度)が示されますが、そもそも200ガルというのは震源である相模湾から50km離れた都心での被害状況から推定されたものであり、横浜川崎は900ガルの揺れであったと推定されることが明らかにされます。阪神淡路大震災では最大820ガル以上あったとされます。優に浜岡原発の耐震性を超えています。

次に、原発を止めれば停電するという誤解について明らかにしていきます。『日本の電力の1/3は原子力でまかなっている』と言えば、原発が止まれば電力不足になるという印象を与えますが、実際には水力・火力はその発電能力の2割から4割しか使っていないので、その発電能力を存分胃利用すれば原発を止めても補える、というのです。現在の生活はすでに原発に依存しており、もはや原発は欠くことができないという私たちの思い込みは、実は誤解である(あるいは洗脳である)というわけです。

物語はその後、ウラン資源の枯渇や、日本の原子力開発予算がオイルショックの20年前、原爆投下から10年も経っていないうちから始まっていることにも触れ、放射性廃棄物の処理問題、核拡散、テロの危険、プルサーマルの欺瞞、放射線被曝・放射能汚染の危険性、最終処分の困難さについて言及してゆきます。

物語はこのあたりから急展開を見せ始めますが、それは見てのお楽しみ。

■「東京原発」に対する反論

「東京原発」のオフィシャルサイト(http://www.bsr.jp/genpatsu/)を見ますと、「全日本原発MAP」のページがあります。この地図の情報は「原子力市民年鑑2003(原子力資料情報室 編)(http://cnic.jp/)」より抜粋したとのことですが、このサイトは原発に反対する立場のサイトのようで、「東京原発」の劇中で語られる原発に関する言説もこういった反対の立場からのものと思われます。

これに対し、この「東京原発」に対する反論もあります。「エネルギー問題に発言する会(http://www.engy-sqr.com/)」というサイトには『映画「東京原発」にみられる間違い(http://www.engy-sqr.com/watashinoiken/iken_htm/ogasawara_tokyogenpatu.htm)』と題する意見が寄せられています。ちなみに、この「エネルギー問題に発言する会」の会員名簿を見てみますと、三菱、日立、東芝といった原発メーカー御三家、東電など電力会社、ゼネコンなどそうそうたる顔ぶれが名を連ねています。

『映画「東京原発」にみられる間違い』という意見によりますと、この映画では誤った情報が語られていて、いたずらに原発に対する恐怖心を煽りかねず、いくら娯楽映画と言えど看過できないと、劇中の表現を一つ一つ取り上げて反論しています。その中にはもっともな指摘もありますが、反論というより異論というべきものであって、決して物語中の主意を否定するものではないものもあります。

例えば、劇中の「世界中の増殖炉計画も危険すぎて廃止されている」との表現に対して、「日本だけでなく露、仏、中、韓、インドで開発計画が進められている」と指摘しています。開発計画が進められていることと廃止されていることは並立することなので、これは一方だけでなく他方も並記する指摘といえましょう。私にしてみれば、露、仏、中、韓、インドが開発していることが安全性を担保するものであるとは思えませんが。

また、「昭和29年の国会における初めての原子力予算審議が何の議論も批判もなく抜き打ち的に行われた」との表現に対し、「反対派も存在したが、共産、社会党も賛成し珍しく全員一致で通った国会史上稀な例であった。戦後日本で禁じられていた原子力研究が許可されることで国を上げて歓迎した」と指摘しています。『抜き打ちじゃない』ということを主張しているのだと思うのですが、戦後10年にも満たない時点といえば、そこにアメリカの意志が関与しないわけがないでしょう。そこで全員一致で通ったというほうがなんか危ういように思います。それに全員一致だったから正しいというものでもないでしょう。世の中には「全員一致は無効」という考え方もあるようですし。

他にも多くの点に関して指摘をしていますが、私としては劇中の主張を覆すものとは思えないものも少なくありません。これ以外にも原子力に関する言説には賛否さまざまな意見があります。原発推進派の人も様々で、真剣にエネルギー問題を考え、科学技術の力を信じてなんとか問題を解決しようと努力している人もいるでしょうし、巨大利権にぶら下がっている人もいるでしょう。反対派もその背景は様々だろうと思います。そこは推進派・反対派双方のプロパガンダ戦の最前線にあるという印象を受けます。

■原発と地震

ところで、この『映画「東京原発」にみられる間違い』という意見では、一番最初に原発の耐震性についての間違いを指摘しています。それによると、浜岡原発の設計地震加速度600ガルとは、地面を硬い岩盤まで掘り下げた時の解放基盤での加速度であって、地表で測定された関東大震災の900ガル、兵庫県南部沖地震の820ガルと同列には論じられない。解放基盤で600ガルを記録する際の地表の加速度は1300ガルとなる、というもので、間接的に浜岡原発は1300ガルに耐える耐震性で設計されていると言っているようです。

ところが先月、今年6月の岩手宮城内陸地震の際に記録された地表の加速度は、これまで最高の4022ガル(!)であったというニュースがありました。

岩手・宮城地震の加速度、国内最大4022ガル
http://www.asahi.com/special/08006/TKY200806160072.html
2008年6月16日11時9分
 岩手・宮城内陸地震の震源に近い岩手県一関市で、防災科学技術研究所の観測網が国内最大の4022ガルの加速度を観測していたことがわかった。重力の加速度は980ガルで、上下方向でこの値を超えると地上のものが浮くことになる。これまで04年10月の新潟県中越地震の余震のとき同県川口町で気象庁が観測した2515.4ガルが最高だった。

 観測地点では上下方向に3866ガルが記録され、これに東西と南北の水平2方向を合わせ、4022ガルになった。水平方向より上下方向の変動が大きく、観測地点は断層沿いで、地盤がもう一方の地盤に乗り上げた側の直上だった可能性があるという。

 今回は、地震を起こした断層に極めて近いところに観測点があったため大きな値が観測された。防災科研は「断層の真上がどのように揺れるかを観測できた基本的な記録で、今後の地震対策のための貴重なデータになる」としている。

もうこうなると、600だとか、900だとか、あるいは地表なら1300ガルだというのも、なんだか馬鹿馬鹿しくなります。断層直上なら4000ガルもあり得るということが示されてしまったのですから。

今年は地震の当たり年なのか、やたらと地震が多いように感じます。しかも近年起こった地震の近くにはなぜか原子力施設(核施設)があるような気がします。茨城沖群発地震というと、東海第二原発、東海村再処理施設。岩手宮城南部地震というと、女川原発。今回の岩手青森地震はいうと、東通原発、六ヶ所村核処理施設。昨年の新潟県中越沖地震では柏崎刈羽原発で火事があったことは記憶に新しいところです。海外に目を向ければ、四川大地震もまた支那の核施設が集中していたところだという話しもあります。こうしてみますとなんか核施設があるところで地震があるとすら感じます(ちょっと"陰謀論"とか"オカルト"みたい)。

核施設と地震との関係について、以下の可能性が考えられます。
1.核施設と大規模地震には有意な相関はない。そう見えるのは気のせい。
2.核施設と大規模地震には有意な相関はあるが、それはまったくの偶然。
3.核施設の好適地と大規模地震が起きやすい地域が重なっている。
4.核施設が大規模地震を誘発している。
5.大規模地震の起こるところを選んで核施設を作っている。
6.核施設の近くを狙って大規模地震を起こしている。
さて、どれでしょう?


■人が扱うべきではない技術

「東京原発」は娯楽映画としてもよくできています。広く多くの人に見ていただきたいものだと思います。しかし「東京原発」がテレビで放映されることはないでしょう。理由は、日本のテレビの成り立ちと日本の原発の成り立ちについての私の妄想です。どちらも日本に埋め込まれた軛のようなものではないかという気がします。

では、私自身の意見はどうかといいますと。「原発は廃炉の方向。他のエネルギーに置き換えてゆくべき」と考えます。理由は、一つには核廃棄物の問題。もう一つには地震の問題です。解決のつかない問題を子孫に積み残すのは罪だと思いますし、原発は直下型地震に耐えられないと思うからです。それに安全管理の問題もあります。私は基本的に人間のやることに絶対安全などない、完全な管理などないと思っています。日本の原発の安全管理は世界最高水準だと宣伝されます。おそらく現場の人は一所懸命に頑張っていることでしょう。仮に現在の日本の安全管理が非常に高いクオリティだとして(それでも不測の事態は起こりうると思いますが)、それが他の国においてもそのクオリティが維持されるのでしょうか。日本の財政が破綻して貧乏になってもそのクオリティは維持されるのでしょうか。日本の人口が減ってもそのクオリティは維持されるのでしょうか。石油が枯渇してもそのクオリティは維持されるのでしょうか。日本人がすさんで人の質が低下してもそのクオリティは維持されるのでしょうか。

原発は"万が一"の際のリスクが大きすぎます。人が扱うべき技術ではありません。

関連コラム:「地獄のドバイ」のリーダーシップ

主要アクセス先

2008年8月 5日

社会工学とΣ計画と超高並列システム

災害の予測は簡単、その回避は困難

既に『連山』の読者は知っているだろうが予兆を掲載するのは簡単な事です。
『連山』は、多くの警告をしました。サブプライムによるドル崩壊から大地震まで。。。

情報を隠蔽した売国奴中間管理職のいる企業の実名を知りたい人は→ クリック

コラム:的中した大規模停電その事前警告(Web Larvaより、大規模停電の警告)

コラム:的中した震度6強の岩手地震
コラム:四川地震を連山では1年以上前に警告した!
コラム:【日本最速取材】ミャンマー(ビルマ)で出会ったサイクロン
コラム:集団自決症候群と大地震の前兆
コラム:岩手県で震度6強、M7.0の地震が発生
コラム:【予言】北京五輪は中止か

馬を水辺に連れて行くのは簡単だが、馬に水を飲ませるのは難しい。
A man may lead a horse to the water, but twenty cannot make him drink. 一人でも馬を水辺につれていける,20人でも水を飲ませることはできない。

敗戦国の宿命として捏造マスコミと歪曲教育システムにより日本は支配された。ただ、このような伴天連や破戒僧のような行為は日本の歴史では決して珍しくない。ただ、金に目が眩んだ穢れ多き人間が増加したのが残念である。

工学は学問ではない

社会工学(social-engineering)は情報を仕入れるために、話術や身なりなどで人を信用させ、人を騙すという意味です。ターゲットに自らスパイウェアをインストールさせるなどの合わせ技にも用いられます。伝説のクラッカー、ケビン・ミトニックが好んで使った手法として有名です。。彼は、攻撃相手の企業のゴミ箱から電話帳を拾って、その電話帳をもとにソーシャルエンジニアリングを仕掛けました。彼を逮捕した下村務氏は有機化学者・海洋生物学者である下村脩博士(プリンストン大学・ボストン大学・ウッズホール海洋生物学研究所(MBL)などに在籍)です。下村務氏の師匠は、物理学者リチャード・P・ファインマンです。ファインマンに学んだ後、大学卒業を待たずしてロスアラモス国立研究所に移籍しました。「おれおれ詐欺」も、社会工学を使った攻撃です。
学問というものは、その発明や発見が社会全体に役立つかどうかを常に考え、作用に対しては副作用の対策を立案してから社会に投入するべきです。放射能汚染を引き起こす原子力エネルギーは放射能除去装置を生み出してから社会に投入するべきでした。その意味において工学部は科学者ではなく、技術者です。環境問題が深刻になったのもサイエンスよりエンジニアを重視した為です。
参考論文:インターネット崩壊序説(pdf)

Σ計画


出典:並列推論マシン・オペレーティング・システム PIMOS
以前からIT業界の構造的問題として偽装請負を取り上げていますが、これに関連して、もう一つ別の問題があるのをご存知でしょうか。  偽装請負というのは、請負契約なのに派遣契約のごとく他社の人間を扱うことを指しますが、ここで着目したいのが"他社の人間"がプロジェクトに参加するということです。
他社の人間が増えると自社の人間の割合はどうなるでしょうか。
100人のSIプロジェクトがあったとして、そのうち50人が協力会社の社員だとすると、自社社員の割合は50%です。
協力会社の方々は、彼らの会社都合によってプロジェクトが離れることがあります。そして、それを強制的に阻止する力をこちらは持ちません。
 ですから、彼らにノウハウを蓄積しても、いずれはプロジェクトから流出してしまうのです。
 何もしなければ、プロジェクト内にそのノウハウが蓄積されませんから、必然的に自社社員もそれを知らなければならなくなります。
 すると、自社社員割合が減るほど、社員一人当たりが担当(管理)する領域を拡大させざるを得ないわけです。
もし、社員割合が低下しているにも関わらず、前述の努力を怠った場合、いったいどうなるでしょうか?
もう皆さんお分かりでしょう。
 協力会社ナシでは開発も運用も保守もできない、骨抜きプロジェクト主管の一丁上がりです。
よくあるのが、プロジェクトの主体はクライアントの情報システム部門なのに、プロジェクトメンバーの8割がコンサルやベンダーの技術者で占められているという構図。
しかも、体制図の管理ポジションにコンサルやベンダーの名前しかないケースだと、管理も含めて外部の助けがなければ何もできなくなってしまうでしょう。
 今回取り上げた問題は、程度の差はあれ、どこのシステム開発・運用現場でも発生していることです。
確かに外注を活用することで、開発運用コストの圧縮は可能でしょうし、アウトソーシングという選択肢を取るなら、もっと大胆なコスト削減を図ることもできます。
ですが、昨今のIT業界は流動が激しく、局所的なヒューマンリソースの欠乏は常に発生しています。
  システムのガバナンスという観点から、どのような状況に陥ってもノウハウやスキルの欠落がおきないように考えることも重要です。
   目先の利益にとらわれて、将来の損失を見誤らないよう気をつけたいものです。
出典:IT業界の裏話

通商産業省(現経済産業省)が1982年に立ち上げた国家プロジェクトとして第五世代型コンピュータ開発というものがありました。1992年に終結し、570億円を費やしました。あまり知られていませんがこれは技術的には本当に成功しました。然しながら、これを使いこなす社会組織と人材がいませんでした。敗戦国日本では、日本の国益に貢献する行為を行えば平成版秘密結社「死ね死ね団」によって裁判なしにグアンタナモ収容所に放り込まれるからです。日本が直轄領とすればイスラム諸国は悪の秘密結社の力が弱くある程度の実証実験が可能でした。
既に1985年当時、1990年に25万人、2000年には97万人と推測されていたソフトウェア技術者の不足が想定されました。現在の日本人が使う多くのパソコンはアメリカ製のウィンドウズやマッキントッシュ、UNIXがほとんどです。CyberULSもコストの面からカスタムメイドした述語論理による推論を高速実行する並列推論マシンとそのオペレーティングシステムを使えるのは一部の幹部だけです。Σ計画は別名、Σプロジェクトと呼ばれ、中心には二流三級の人間をダミーとして配置されました。必要だったのは第五世代コンピュータの公開技術データだけでした。本当に優秀な精鋭を海外に逃がしつつ、国内をガラアキにして売国奴をあぶりだす作戦は成功しました。残る作業は、日本人に真実の世界を示し、新しい世界のあり方を選択してもらうだけです。VMは仮想空間である情報メモリー上にハードウェアを生み出す。そこで生み出された情報からリアルワールドに投影すればマーケットにある全ての物質は複成が可能であり、マーケットに投入されていない商品でさえも高速開発できる。宇宙の復号は役割が終えれば完全に消滅するように当初より設計されている。

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