位相変換(世界の書き換え)
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2. 貧しさゆえに農業は始まったでは、私たちの祖先は、なぜあえて農業を始めたのかと不可解に思う人も読者の中にはいるであろう。実際、原始共産主義を賞賛する左翼くずれの経済人類学者の中には、この不可解さを利用して、農耕文化や工業文明を批判しようとする人がいる。人類は、農業革命、更には工業革命によって、より忙しく、かつより貧しくなったというわけである。
こうした農業批判は、現在の未開社会と過去の原始社会を同一視する誤謬の上に成り立っている。例えば、マーシャル・サーリンズが1972年に出版した、この分野での古典的著作『石器時代の経済学』は、タイトルとして"Stone Age Economics"を掲げながら、本文ではもっぱら現在観察できる未開社会の経済を記述している。だが、「現在の未開社会にあてはまることは、すべて過去の原始社会についてもあてはまるはずだ」という思い込みは、「人間は猿から進化した」という通俗的進化論と同じく間違っている。正確には、人間と猿は共通の祖先を持つと言わなければならない。
文明社会に発展した過去の原始社会は、決していつも豊かであったわけではない。未開社会は豊かであるというよりも、豊かだからこそ、その地域は今に至るまで未開社会のままでいることができるのであって、私たちの祖先は、豊かでなかったから、農業を始めたと理解するべきである。
貧しさと悲劇がなければ水素文明は生まれないのか?

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