【連山停止】原油102ドル、金相場も最高値更新

『連山』の改変による長期停止のお知らせ

27日のニューヨーク商業取引所の原油市場で、国際指標となる米国産WTI原油の先物価格が同日未明の時間外取引で一時、1バレル=102.08ドルまで上昇し、前日に続いて取引途中の史上最高値を更新した。ドル安などを背景に投機資金の流入が続き、相場を押し上げている。通常取引に入ってからは値上がり益確保の売りも出て、101ドルをはさむ水準で推移している。27日のニューヨーク外国為替市場は海外市場でドル安が進んだ流れを引き継ぎ、ドル売り優勢の展開。ニューヨーク市場の金相場も一時、1トロイオンス=967.70ドルまで上がり、取引途中の史上最高値を更新した。
▼戦争になるかどうかの瀬戸際
イスラエルがイランを攻撃する場合、核兵器を使う恐れがある。イスラエルは400発の核爆弾を持っている。イスラエル右派と米ネオコンは、イスラエルがイランを核攻撃することを以前から扇動している。核兵器を使ったら、イスラエルは恒久的にイスラム諸国の敵となり、イスラエルが国家消滅するまで戦争が続くだろう(だから使わないとも考えられる)。イスラエルがイランを攻撃したら、イランは報復としてイラクの米軍を攻撃する(イラクの親イランのシーア派武装勢力に米軍を攻撃させる)と表明しており、アメリカとイランの戦争に発展する可能性が出てくる。イラク駐留米軍の唯一の地上補給路はインド洋からイラン正面のホルムズ海峡を通るルートなので、イランがホルムズ海峡を封鎖する可能性も高まる。 中東の米軍動向に詳しい、元CIA(国連査察官)で今は反戦運動家のスコット・リッターは最近、中東地域での米軍の軍備増強は今春3-4月に一つの頂点に達するので、その時にアメリカがイランを攻撃する可能性が80%あると述べている。(関連記事

出典:産経新聞(ロシアの投資会社で勤務する日本人の専門家や通訳を高額の報酬で雇おう)

既にご連絡をしましたが2008年3月1日と2日は保守作業でサイトを閉鎖します。幾つかの改造を同時に行いますので停止期間は未定になります。これは情報が途絶する危機実験の意味があります。『連山』に頼りすぎている組織が多すぎCyerULSに対する日本での過重負担を軽減する為でもあります。自分の国は自分の力で護るのが原則です。人を応援するのではなく自分が行動する。行動する読者による知的コラムを募集しています。やるスポーツは人を成長させますが見るスポーツは人を堕落させます。時勢的に特にクラッシュ対策の知的コラムは大歓迎です。農民は生産を考え、商人は輸送を考える。そして、侍はそれを制御します今回のように輸送システムが途絶するのが戦争です。自分の交通線を維持しならが敵の交通線を遮断します。太平洋戦争中、ガダルカナルの戦況について大本営はソロモン海域にいる現場の意見よりも、ソビエト(モスクワ日本大使館経由)情報を信用しました。公開される情報にはバイアスが必ずかかっています。中東で戦争が発生すれば武器商人と戦地以外の産油国は巨大な利益を得ます。日本はエネルギー消費者ですから国民大多数は大きな被害を受けるでしょう。代替エネルギーも日本本土では遅れたままです。危機管理というのは考えたくないことを考える事です。日本の漁船を沈没したイージス艦長のように危機管理を人任せにすれば自滅します。中東から石油が入ってこない場合をヨーロッパは想定しています。例えば、中東の油田が核兵器で壊滅するというパターンです。日本に対しては南方ルートの機雷敷設が効果を発揮するでしょう。生存の為の本土決戦の準備をするか、マリアナ海域に戦力を集中するか、どちらにせよ選択する事によって選択されます。中東及び中国関係の貴重な情報で、日本に流したものが個人的な利益を重視する日本人によってロシアに流れるのも選択の一つです。ロシアと組み企業が利益をあげるのも選択です。但し、次のドル危機と石油ショックが発生した時は、昔の石油ショック時に石油会社の取締役が国会で血祭りなった程度では済みません。共産主義に続いて化石エネルギーの経済的枯渇によって資本主義も終焉します。食糧もエネルギーも欠乏した状態で多くの国民がどのような社会システムを選択するのか、観得る人にはもう判っているはずです。各個人の行動は記録として残るのが情報社会です。気軽な発言一つが本人だけでなく所属する組織をも破壊するでしょう。それが日本の歴史では、明治維新であり、ポツダム宣言でした。

読者コラム108本が集まった時までには『連山』は改良されて再起動します。独立した個人が選択する事によって選択される事が情報社会です。残り80本と少しの投稿が日本と貴方を救うでしょう。石油ショックから財政破綻に進み人口が減少してから再生を行う方法もあります。〔システムとは、常識的には“まとまり”であるが、それはたんなる集合であってはならない。全体の部分となることによってその存在が可能となるような諸要素のまとまりでなければならない。だからシステムとは部分の総計である外延的全体ではなく、部分を部分たらしめている規定性である。そして規定性とは他ではないことという否定性であり、選択性である。そこでシステムとは要素を選択する機能であるということになる。例えば主観とは主語に対する述語を選択する情報システムである。これが「より洗練された」システムの定義で、詳しくは別著で改めて説明する。(中略)システムという言葉は、「共に立てる」という意味のギリシャ語に由来し、普通、秩序だったまとまりというほどの意味で使われる。秩序とは、無秩序の否定であり、無秩序とは、予想とは他のようになる可能性、すなわち不確定性が高い状態のことである。そして、無秩序を否定し、秩序を作るということは、複数の可能な選択肢の中から1つを選び、それ以外の可能性を捨て去るということである。出典:選択機能としてのシステム 永井俊哉著〕

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