かねてより政権基盤の脆いオルメルト首相は辞任の危機に晒されてきたのですが、今回は本当の危機かもしれません。オルメルト首相は現在、米国不動産事業家で符号のタランスキー氏から不正献金を受け取ったとして汚職の容疑を掛けられています。
連立与党の間からもオルメルト首相辞任の圧力が高まりつつあります。現在国防大臣を務めているバラク氏は、オルメルト首相に辞任を迫った事を公にしています。オルメルト首相は辞任を拒んでいますが、バラク氏は自身が率いている労働党に働きかけて、総選挙を前倒しで実施すると脅しを掛けています。そうなると現在の連立内閣は分解し、労働党がオルメルト首相のカディマ党を離反して保守党のリクード党と新たに連立政権を樹立する可能性が出てきます。その場合、ネタニヤフ氏が首相に返り咲く公算が指摘されています。
イスラエル国内では、汚職疑惑で追い詰められたオルメルト首相の辞任は時間の問題だと言う見方が強まっています。同時に国政選挙が早期実施されると言う期待が高まっており、現在オルメルト首相が進めている周辺アラブ・イスラム諸国との間の和平交渉も水泡に帰するという見方が大勢を占めつつあります。
既にオルメルト政権が進めている和平交渉に対する不信感は非常に強く、国会議員の中には「政府は売国行為を働いている」と手厳しい非難の声を上げる者さえいます。また、政権が終わる直前にアラブ・イスラム側との間に思い切った譲歩をする可能性を警戒し、「そんな和平協定は常軌を逸した政治クーデターだ」「次期政権は、そんな和平文書を認めない立場を明確にすべきだろう」と言った、和平に対する否定的機運でイスラエル国内が覆われつつあります。
【参照リンク】
- [2008-05-28][世界日報] イスラエル国防相、オルメルト首相の辞任を求める
- [2008-06-06][JanJan] イスラエル:オルメルト首相の汚職スキャンダルで国政選挙が早まる可能性
- [2008-06-07][イラン国営通信] Olmert's peace deal lacks credibility
流動化するイスラエル政界
先日、イスラエルの国土交通大臣のシャウル・モファズ氏がイスラエルによるイラン空爆を示唆して、大変な議論を巻き起こしました。モファズ氏の発言により原油価格は一夜にして1バレルあたり11ドルも高くなり、記録的上昇を見せました。イスラエル国内・国外を問わず、モファズ氏の発言を無責任であるとして一斉に非難の声が高まりました。
そのモファズ氏ですが、オルメルト首相と同じカディマ党に所属しており、今回の過激発言はどうも選挙を見越した思惑を秘めている模様です。
モファズ氏は軍出身の有力政治家であり、カディマ党の中でも有力な次期党首候補の一人と目されています。そのモファズ氏にとってリヴィニ外相はライバルであり、近いうちに予想される党内予備選挙戦を有利に進めるべく、キャンペーンをしているのだと分析されているようです。
また、モファズ氏はオルメルト首相とも近い間柄であり、イスラエル・アメリカ間の外交対話窓口を担当しています。オルメルト首相がアメリカを訪問し、ブッシュ大統領と会談を開いた後にモファズ氏がイラン空爆発言を行った裏には、イスラエル・アメリカ間で何かしらの取り決めがなされたのではないかと推測する声も上がっています。
一方、リクード党指導者のネタニヤフ氏も活発な政治活動を開始しています。ネタニヤフ氏としては、現在の連立政権が第二期に突入するのを阻止したい事でしょう。そのためには、何としても総選挙実施に持ち込み、連立与党を分断しなければなりません。ネタニヤフ氏は各政党指導者との会合を精力的に重ねており、連立与党に揺さぶりを掛けています。
カディマ党の側もネタニヤフ氏の思い通りになっては大変とばかりに、党内予備選挙の速やかな実施をオルメルト首相に求めています。予備選挙の実施は、オルメルト首相の辞任が確実になると言う事を意味します。リヴィニ外相を始めカディマ党のメンバーは「ワシントンからの帰国と同時に予備選挙を実施すべきだ」と、オルメルト首相の説得に当たっている模様です。
連立政権の維持・拡大を狙うカディマと、現政権を切り崩し、政権奪取を果たさんとするリクードの間で熾烈な駆け引きが繰り広げられています。
そしてついに、オルメルト首相は6月12日にカディマ党内予備選挙に対して許可を下しました。自らの潮時が来た事を悟ったのでしょう。
【参照リンク】
- [2008-06-07][JPOST] Mofaz taken to task over Iran remark
- [2008-06-08][HAARETZ.COM] Defense official: Mofaz remark on Iran strike is not state policy
- [2008-06-08][HAARETZ.COM] ANALYSIS / Mofaz's Iran comments too high a price for party politics
- [2008-06-05][JPOST] Netanyahu tries to stop new Kadima gov't
- [2008-06-12][イラン国営通信] Olmert paves way for his own ouster
- [2008-06-08][CNN] イラン核開発で攻撃しか選択肢なしと、イスラエル閣僚明言
- [2008-06-10][ロイター通信] イラン、イスラエルの攻撃は「苦痛」に満ちた反応を伴うと警告=国営紙
頓挫する中東和平
イスラエル政局の流動化に伴い、世論の右傾化と中東和平に対する諦めムードが広がっています。
先日中東を歴訪したブッシュ大統領が、選民思想を隠そうともしない極端なイスラエル寄りの立場を表明して、アラブ・イスラム諸国の関係者を大いに落胆させました。
それだけでなく、和平交渉を進める一方でユダヤ人入植地拡大をやめようとしないイスラエルの手法に対してアラブ・イスラム諸国の間で非常に強い不信感が渦巻いています。パレスチナのアッバス議長が「これ以上の入植地拡大は和平交渉の妨げになるからやめてくれ」と何度頼んでも効き目はありません。
オルメルト首相は訪米前にパレスチナ側と会談したのですが、入植地問題を巡る両者の間の温度差をはっきりと見せつける結果に終わりました。パレスチナ側が抱く不信感は隠しようが無いほどに膨れ上がっています。
オルメルト首相はアメリカからの帰国後、軍関係者を交えてガザ地区に対する大規模な軍事作戦について会議を行いました。イスラエル国内では、近い将来戦争が起こる事を見越した意見が飛び交っています。オルメルト政権が進めてきた中東和平はもはや頓挫し、国内世論は過激化で右傾化の方向に流れ、オルメルト首相もそうした国内潮流に抗う事が不可能になってきた模様です。
一行に打開の兆しが見えない中、パレスチナではアッバス議長がハマス側と条件なしで対話を再開する考えを表明しました。議長が属するファタハ側は、イスラエルとの和平路線を存立意義として掲げてきた経緯もあり、現在の行き詰った状況は政治的危機以外のなにものでもありません。一方、イスラエルとの対決姿勢を鮮明にしているハマスの支持は日増しに高まっており、その民意を無視する事はファタハ側には難しくなりつつあると考えられます。
【参照リンク】
- [2008-06-02][AFP] イスラエル、入植地で新たに住宅建設を計画
- [2008-06-03][AFP] イスラエル首相、訪米前にパレスチナ議長と会談
- [2008-06-11][イラン国営通信] Israel busy with Gaza war plan
- [2008-06-05][毎日JP] パレスチナ:アッバス議長、ハマスと対話再開へ
高まる対イラン戦の機運
モファズ大臣のフライング的発言が大騒動を起こしたのもつかの間、イスラエル空軍は対イラン攻撃の司令部を立ち上げました。
さらに、モファズ大臣の過激発言と前後して、アメリカが最新鋭のF22ステルス戦闘機・ラプターをイスラエルへ販売する用意があると表明しました。これまでは、同盟国である日本に対しても要請を拒否して販売してこなかった最新鋭の戦闘機です。イスラエルがイランの核施設を空爆する上で非常に威力を発揮すると思われます。
このF22販売ですが、オルメルト首相がワシントンを訪問した際にブッシュ大統領との会談の中で触れたとの事です。オルメルト首相周辺は言及こそ避けてはいるものの、アメリカ側との外交交渉窓口であるモファズ大臣があのような過激発言をした背景には、F22ラプター売却について何か進展があったものと考えられます。
このように、モファズ大臣の発言は無責任で危険であると非難しておきながら、実態面ではモファズ大臣の過激発言を裏付ける動きが続けられています。
また現在ブッシュ政権とイラク政府の間で交渉が進められている米軍駐留の条項ですが、これまで従米派であったマリキ首相が予想外な行動に出ています。アメリカ政府よりも先に、イランとの間で防衛面での協力関係強化に合意したのです。さらに、マリキ首相は「イラクを拠点としたイランへの攻撃は許さない」と駐留米軍を牽制しました。イラクを前線基地として使えないとなると、イラン侵攻を目論むアメリカ側としては確実に不利になると思われます。
先日のサドル軍との戦闘においても、イランの支援が無ければ停戦すらままならなかったイラク政府。アメリカとイランのどちら側を味方に付けたほうが治安維持の上で現実的な選択なのか、真剣に考え始めたのではないでしょうか。中東地域におけるイランの影響力は確実に広がり続けています。
【参考リンク】
- [2008-06-10][イラン国営通信] Israel launches 'Iran Command' for war
- [2008-06-06][JPOST] Exclusive: US may lift ban on sale of F-22 aircraft to Israel
- [2008-06-10][日経ネット] イラン最高指導者、イラクと米国の安保協定締結に反対
- [2008-06-10][日経ネット] 駐留米軍のイラン攻撃、イラク首相「許さない」
- [2008-06-09][フィナンシャルタイムス] Iran and Iraq agree defence pact
思惑すれ違うアメリカとヨーロッパ
そうした中、ブッシュ大統領は任期最後のヨーロッパ訪問に出かけました。そこで、イランに対する制裁強化について欧州首脳と議論を交わした模様です。内容としては、イランが核開発を中止する代わりに見返りを提供するとの事です。もし、核開発を中止しないのであれば金融制裁を加えると警告しています。金融制裁については、欧州側もアメリカ側に配慮して同調を見せており、イラン系金融機関は欧州から資金を引き上げました。イランは核開発を止める意思が無い事をハッキリと示した形になります。
またEU側も、イランからエネルギー資源を大量に供給してもらう関係もあり、いざとなった場合、理由をつけて制裁実行を先延ばしにする可能性も否定できません。特に、イラン側が「内容を検討したいから時間をくれ」と求めてきた場合、EU側はそれを口実に制裁実行を先延ばしにして、実質的に無効化してしまうと考えらます。制裁案には同意するものの、その実行を巡ってアメリカとEUとの間で温度差が生じる可能性が高いでしょう。
【参考リンク】
- [2008-06-10][CNN] ブッシュ大統領がスロベニア到着、任期最後の欧州歴訪と
- [2008-06-10][産経MSN] イランに金融制裁強化警告 米・EU首脳会議
- [2008-06-10][毎日JP] 米EU首脳会議:イラン核で「両面作戦」 制裁強化と見返り支援提示
- [2008-06-10][読売オンライン] ウラン濃縮のイランに制裁強化の警告...米欧が共同歩調
- [2008-06-10][ロイター通信] イラン、欧州金融セクターから資産を引き揚げ=イラン紙
- [2008-06-10][フィナンシャルタイムス] West warns of tighter Iran bank curbs
はしごを外されると分かっていても──イスラエル、背水の陣
中東和平機運が霧散し、ユダヤ・アラブ民族間の対立が先鋭化する中東──確実にイラン戦へ向けて物事が進む中、イスラエルがはしごを外される可能性も出てきました。
カディマ党のメア・シートリット内務大臣がアメリカのユダヤ人コミュニティによる干渉に対して不快感を表明しています。その発言には、イスラエルに住むユダヤ人が尖兵としてアラブ・イスラムと対決する構図に対する強い警戒を感じられます。
「国外在住のユダヤ人が、イスラエルの決定に対してお金を使って干渉することを許
すべきではない」「我々が自らの血をもって戦い、彼ら海外のユダヤ人が金に任せて我々
の国の決定に対して影響を行使することは受け入れがたい」
また、アメリカがイスラエルに対してF22最新戦闘機を売却する用意があると宣言する一方で、核弾頭でイラン空爆を画策したと疑われている空軍トップが更迭されました。さらに、ブッシュ大統領に対する弾劾案が議会に提出されるなど、アメリカ国内においても路線対立が表面化しており、一枚岩ではない事をうかがわせます。
贖罪的ともいえる和平譲歩をするか、万が一はしごを外される事も覚悟の上で、命運を掛けてアラブ・イスラム諸国と対決するか──イスラエルに決断の時が迫りつつあります。
【参考リンク】
- [2008-06-10][CNN] 新たな空軍長官、参謀総長の指名提言 ずさんな核管理発覚
- [2008-06-05][JPOST] Netanyahu tries to stop new Kadima gov't
- [2008-06-12][イラン国営通信] House votes for Bush impeachment
中東関係サイトの紹介:株式日記と経済展望(アメリカはおしまい)
