イスラエル国内では右派が権勢を取り戻しつつあります。
かつて、リクード内紛でネタニヤフ氏が敗れてから、イスラエルでは入植地撤退など和平を重視する路線が政権中枢を占めるようになりました。
しかし、2006年のレバノン侵攻に失敗して以来、失墜していた右派が国民の支持を背景に再び目に見える形で復活しました。
今や国内支持基盤の弱いオルメルト政権は、オルメルト首相の疑惑追及で身動きが取れていません。相変わらず、シリアとの間の和平交渉で突破口を開こうと躍起になっています。
2008年5月21日:イラン国営通信/Syria promised about Golan Heights
【報道内容の大意】
シリア外務大臣・ワリード・ムアレムは「ダマスカスは、イスラエルがゴラン高原を放棄するという確約を受け取った」と述べている。
もし約束どおりだとするならば、イスラエルは軍隊をゴラン高原から引き上げ、1967年6月4日時点の国境まで移動させる事だろう。
「我々はゴラン高原を放棄し、1967年6月4日時点の国境線まで退くと言う言質をイスラエルから受け取った」とムアレムは水曜日にバーレーンを訪問中に述べた。
「これは特段新しい事ではない。その話は、前イスラエル首相・ラビン首相が1993年に掲げた入植地全面撤退公約から始まったものであり、ラビン以降のイスラエル首相は皆、その公約を守っている」
ムアレムは、トルコにおいて両者が間接的な接触を持った事をほのめかした。
ただ、先日も上記同様の和平交渉のニュースがあったのですが、シリア側への要求に「イラン、ヒズボラ、ハマスとの繋がりを断て」と言うものが含まれていた為、折り合いが付かない状態でした。
イスラエル国内世論にしてみれば、ゴラン高原を放棄する事にとても賛成するわけには行かないと思われます。軍事的要所であると同時に、水不足問題の解決に不可欠な水源でもあるのです。せめて、上記付帯条件をシリア側に突きつけなければ、外交上で約束を結んでも国内世論で即座にひっくり返されてしまうでしょう(ただし、上記付帯条件をシリアが飲むとは思えませんし、ただの気休め程度にしかならないでしょう)
一方で、イスラエル政界の混迷は深まるばかりです。オルメルト政権が実現可能性の薄い和平交渉を必死に喧伝するのは、政権が危機的状況にあることの証左でしょう。
政権側の和平に対する積極的な外交姿勢とは裏腹に、イスラエル国民は冷ややかな反応を示しています。オルメルト首相の汚職疑惑問題から、国民の関心をそらす為の見せ掛けの姿勢ではないかと受け止められている有様です。
実態としては、反米・反イスラエル勢力中枢の一つであるシリアを外交的に切り崩す作戦なのかもしれません(もし今回の和平が合意に達すれば、反米・反イスラエル勢力の一角が崩れ去る事になります)。汚職疑惑の捜査で、オルメルト政権の尻に火をつけておいて、シリアの切り崩しに駆り立てる──もし、オルメルト政権がシリアの切り崩しに失敗したら、戦略変更で強硬姿勢に転換(後述しますが、ネタニヤフ氏に政権バトンタッチさせる)すると言う筋書きがあるのかもしれません。
2008年5月23日:アルジャジーラ/Israeli police question Olmert【報道内容の大意】
イスラエル首相、エフド・オルメルトは、汚職疑惑捜査の一環として警察側から二度目の聴取を受けている。 金曜日の操作で、アメリカのユダヤ人実業家・モリス・タランスキー氏(不動産業で成功を収めた大富豪)から金を受け取ったと言う疑惑について捜査が進むだろう。
オルメルト首相はいかなる罪状も否定してはいるものの、およそ3週間前に初めて聴取を受けることになった。
イスラエル警察の広報・ミッキー・ローゼンフェルドは、「オルメルト首相は金曜日に、国家不正捜査担当部署から派遣された捜査官らによって二度目の聴取を受ける事になるだろう」と述べた。
イスラエル検察局長は「捜査官達は、オルメルト首相がニューヨークに基盤をおいて活動をしている事業家・タランスキーから現金の入った封筒を受け取ったと疑っている」と述べた。
「刑事や検察官は、オルメルト首相が賄賂を受け取り、政治資金規制法を侵し、マネーロンダリングに関与したと言う可能性を追跡している」と警察側は述べた。
オルメルト首相はタランスキー氏から政治活動資金を受け取った事は認めているが、その政治資金活動は旧知の親友としての義務であったのだと主張した。
オルメルト首相の親友(タランスキー氏)もまた、木曜日に警察から事情聴取を受けた。
一方、タランスキー氏は「オルメルト首相からお金の対価は何も受け取っていない」と述べた。彼は、日曜日の法廷で証拠を提出することになっている。
検察官側は、法廷がタランスキーに対して法廷で宣誓をさせ、証拠を提出させたいと考えている。
タランスキーの弁護士・ヤキューズ・チェンは「彼は米国に戻る事を切望している」と述べた。
しかし、オルメルト首相の弁護チームは、反対尋問の準備を整えるにはまだ時間が必要だとして、タランスキーの供述を先送りしたいと考えている。
イスラエル政府は水曜日、トルコにおいてシリアとの間で間接的な和平協議が始まったと述べた。多くのイスラエル人は、「オルメルト首相への捜査から国民の注意関心をそらすための手段に過ぎない」と冷ややかに受け止めているようだ。
連日、オルメルト政権を追い落とす動きに拍車が掛かっています。ここで少々気になるのが、先日のレバノンにおけるヒズボラとシニオラ政権の武力衝突(=シニオラ政権側の実質的敗北)です。
既にご存知の方も多いと思われますが、レバノンの親米シニオラ政権はヒズボラの軍事通信網を接収するのに失敗し、それどころかヒズボラ側からの思わぬ反撃で首都ベイルートをあっさり制圧されてしまいました。これが先のヒズボラとシニオラ政権の衝突事件の実像です。
ヒズボラの軍事通信網は、2006年のイスラエルのレバノン侵攻時に威力を発揮し、イスラエル軍は撤退に追い込まれました。もしイスラエルが、そのリベンジを果たすとすれば、ヒズボラの軍事通信網を何としても潰しておかなければなりません。核兵器が使えない以上、通常戦力で決着をつけなければなりません。そうなると陸上戦(≒市街戦)は避けられず、ヒズボラの軍事通信網が健在の場合、イスラエル軍は飛んで火に入る夏の虫状態になりかねません。
イスラエルとアメリカがシニオラ政権をけしかけて、ヒズボラの軍事通信網を無力化させようとしたとしても、おかしくはありません。
もし仮に、ヒズボラの軍事通信網の無力化に成功したのであれば、イスラエルはリベンジを仕掛けていた可能性があります。オルメルト政権は2006年のレバノン侵攻で失態を晒していますので、雪辱を果たすチャンスをうかがっていても不思議ではありません(現実的に雪辱可能なチャンスが到来するかどうかは分かりませんが・・・)
と申しますのは、アメリカ政府がイスラエルに対してレバノン侵攻せよと促していた形跡があるからです。
2008年5月18日:イラン国営通信/US plan for Lebanon attack revealed
【報道内容の大意】
イスラエルの情報機関筋は、米国政府が5月11日に「レバノンのヒズボラを攻撃せよ」とゴーサインをイスラエルに与えた事を明らかにした。
「5月10日に米国政府は強烈な軍事攻撃を西ベイルートと北レバノンに加えるようにイスラエル軍を促した」とイスラエル情報筋に近いウェブサイトDEBKAは報じた。
5月11日は、ヒズボラ軍がベイルート及びレバノンの他の地域で敵対勢力との市街戦等に巻き込まれた日であった。
親米与党は二つの意見に分かれて議論し、ヒズボラの通信ネットワークとベイルート空港の安全はレバノンの緊張を高めた。「イスラエルは、その4つの敵(イラン、ヒズボラ、シリア、ハマス)のうちの一つを排除する歴史的なチャンスを掴み取る事に失敗した。(軍事攻撃に踏み切っていたら)これは確実にヒズボラ崩壊につながるものであった」と言う米軍筋の発言をDEBKAは報じた。
DEBKAのレポートは、米国のブッシュ大統領は、たとえイスラエル軍がレバノンで戦闘継続中でヒズボラがテルアビブに対して報復攻撃をしたとしても、5月14日のイスラエル訪問を延期する事はないと約束したと報じた。
アメリカの情報筋は、ヒズボラは600発のミサイル攻撃を北イスラエルに叩き込む事で報復に出ると推測していたと言う。
イスラエルのエフド・オルメルト首相、戦争大臣エフド・バラク、リヴィニ外相は、米国の秘密計画を知らされた唯一の政府要人であった事を、DEBKAのレポートは追加補足している。
オルメルト、バラク、リヴィニは、レバノン侵攻を決断せず、土壇場になって作戦を中止した。その決断は、ブッシュ政権のタカ派層を激怒させたのだった。
シニオラ政権がヒズボラの軍事通信網の制圧にしくじった以上、イスラエル軍がレバノンに突入しようものなら2年前と同じ憂き目に会いかねないでしょう。
2006年の悪夢がよぎったのか、オルメルト政権側はかなり及び腰の様でした。その一方で、アメリカのブッシュ政権の強硬姿勢が際立っています(オルメルト政権を「腰抜け」と罵っているようです)
オルメルト政権には、タイムリミットが迫りつつあるのかもしれません。ここに来て、政権中枢から追放されたネタニヤフ氏が活動を活発化させているのです。イスラエル国内世論の右傾化、オルメルト政権の政治的危機、リクード党の支持率の着実な増加などの追い風を受けて、満を持して政権に返り咲こうとしています。
もし現在のイスラエル国内の潮流がイスラム圏に対する強硬姿勢に突き進むとすれば(その可能性が日増しに高まっているが)、ネタニヤフ氏が再び首相になるのも決して非現実的な話ではありません。イスラエル国内のこうした動きの背景には、オルメルト政権の失策・迷走ぶりがあるのは明白と言えるでしょう。
仮に第二次ネタニヤフ政権が発足したら、彼の政治的信条(イスラム諸国に対して融和的スタンスは一切取らないと言うもの)を踏まえると、中東和平プロセスがご破算になる可能性は高いでしょう。「押してだめなら引いてみろ」ではありませんが、融和的スタンスが駄目なら強硬姿勢だ、と言う分かりやすい姿勢転換と言うわけです。
2008年5月23日:エルサレムポスト/Netanyahu denies saying he wouldn't abide by Syria deal【報道内容の大意】
野党指導者・ベンヤミン・ネタニヤフ氏は金曜日、「自分は『シリアは和平合意を守らないだろう』と発言したつもりはない」と述べた。ネタニヤフ氏の事務所は「そんな発言をしたことはない。だがシリアとの和平合意についての案件は、リクード党内で議論すらされていない」と声明を発表した。
声明ではさらに、ネタニヤフ氏は『もしオルメルト首相がダマスカス側と合意に達したのなら、クネセト(イスラエル国会)と国民の大多数から拒否されるものと信じている』と発言した事も伝えている。
木曜日、リクード党の議長・ギデオン・サール氏は、『もしネタニヤフ氏が選挙に勝利し、首相の座に返り咲いたのならば、リクードはオルメルト首相とシリアの間で締結されていかなる和平合意に対して義務を負わないだろう』と言及した。
リクード党は木曜日にテルアビブの本部で会合を開き、オルメルト首相のシリアに対する和平提案及び現在捜査が進んでいるオルメルト首相の収賄疑惑調査についてコメントを述べた。
「右派から左派に至るまで、政治的な失敗を覆い隠す為に外交プロセスを使う事はできないと言う点で、幅広い合意がなされている」とネタニヤフ氏は述べた。
また、「ほとんどの国民は、オルメルト首相がシリアとの和平交渉を促して、自身に対する疑惑捜査から国民の関心をそらすための時間稼ぎをしている事に気づいている。オルメルト首相は汚職捜査の手が回っていて身動きが取れていない。そんな彼には、イスラエルの未来を掛ける重大な交渉を主導するモラルも信任もないのだ」と述べた。ネタニヤフ氏は「シリアは悪の枢軸であり、イランとの関係を絶つことはないだろう」と述べた。ネタニヤフは、ゴラン高原返還を認めてしまえば、イランはゴラン高原を軍事的指揮拠点として用いて、イスラエル全体を危険に晒すだろうと警告した。
「もし、オルメルト首相が和平交渉開始前にゴラン高原を放棄すると約束した相手であるシリア外相のワリド・ムアレムを信用するのであれば、それは前例のない外交であり、安全保障の放棄である。このな無責任な行為は、第二次レバノン戦争に突入した失敗、ヒズボラの再武装阻止の失敗、南イスラエルのカサム地区を戦火から防ぐ事の失敗に、更なる失敗を上塗りする事になる。もはやこれ以上の失敗は、カディマ政府に許されないのだ」と述べた。
ネタニヤフ氏は全ての政党に対して、誰が勝利しても「新しく、清浄で、公平な統治信任」を人々から得る選挙の日程について、合意しようと呼びかけた。
(・・・中略・・・)
木曜日夜のチャンネル2におけるインタビューで、ネタニヤフ氏はシリア側との交渉を選択から排除しなかった。しかし、ゴラン高原の放棄は選択から除外されていた。
恐らく、オルメルト政権は具体的成果をあげられないまま時間切れを迎えるでしょう。
次の選手としてネタニヤフ氏が控えており、ベンチ入りをして、入念な準備運動をして身体を温めている状態です。
オルメルト政権は延命を図るべく悪あがきするかもしれませんが、強制的に選手交代をさせられるでしょう。切り崩し工作など硬軟織り交ぜてイスラム圏側の分断統治を狙う作戦から、強硬姿勢で真正面から攻める作戦に切り替わるかもしれません。
穿った見方をすればブッシュ政権による中東戦争シナリオの一環かもしれません。
イランの台頭を促し(例:イラク国内に対するイランの影響力はもはや無視できないほどに拡大しています)、反米反イスラエル機運を煽っているような政策をブッシュ政権は取り続けています。
つい先日のブッシュ大統領の中東訪問でも、一方的なまでにイスラエルを礼賛し、パレスチナには触れずじまいでした。選民思想的とも受け取れる発言(「ユダヤ人は選民である」)、イスラエルの安全を優先するためにはイラン攻撃も辞さないと言う発言(中東湾岸諸国は確実に巻き添えを食らって壊滅的被害を被る)などをして、アラブ諸国の要人から反感を買うばかりでした。(参照)
とても中東和平を任期中に達成するつもりとは思えない振る舞いです。
時間の経過と共に中東地域はますます和平からかけ離れて行き、イスラエル国内の世論は戦争へ向かっています。
「役者は揃った。あとは雰囲気を盛り上げ、クライマックスへ導くだけだ」といわんばかりです。
