【読者論文】日本人のルーツと水素文明2

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兼業作家や兼業ジャーナリストとなられる人には登竜門となるでしょう。
日本の伝統的社会からの有形無形のバックアップがあります。

1. 古代の真実を知る難しさ

古代日本にはいろいろな氏族が権力を争い、ある氏族は支配する側に、別の氏族は支配される側になり、時代を下れば、また違う氏族にそれらが入れ替わりしてきたようです。

こういう流れは人の歴史の必然ですが、どの氏族が正統だとかそうでないとか争いが生ずる前の、人が平穏に暮らしていた頃に私は惹かれます。後の正統を争う時代の人間の姿に虚しさと脱力を強く感じるのです。

なぜ争わなくてはならないのか、なぜ自分達が正統であると主張して相手を征服しなくてはならないのか、どちらも同じ人間なのになにか理由付けをして支配しようとする傾向を持つ人たちを、神々あるいは神仏は喜ばれるのでしょうか。

そういう思いが抜けないので、時代をさらに遡ってみたのです。

古代史に出てくる天孫降臨とか国譲りの話とか、古事記、日本書紀の時代以前は、素人が手探りで本やネットを漁っても、一体どれが真実なのか見分けがつかないと思います。一般人には、何が真実かを確かめる術はあまりありません。

素人が個人レベルで色々調べて出てくる言葉は、「あぁ、もぅ、何が何やらわけがわからん!」ではないでしょうか。時々潜在能力が豊かでそれを開花させられた方が、真実を探り当てることに概ね成功している場合もありますが。

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『古代史料に見る縄文伝承』他1

連山に出会って初めて、旧士族のネットワークが今も存在しており、一子相伝か士族の家系の範囲内で歴史の秘められた真実が語り継がれているらしいことを知るのではないでしょうか。

私たち一般人が専門書や史跡を調べてもわかりえない古代のことや、戦国時代、幕末・明治時代以後の真相も、旧士族の中では密かに語り伝えられている、という事のようです。

しかし、一般人や、たとえ家系的に士族と繋がりがあってもそれを忘れて伝統を保持していない家の人には、知る事ができません・・・。

できれば、そんな大切な事実こそ、安全な時代になれば一般人も知りたいですね。

2. 日本の本質を表すやまとことば

そのような、今もこれからも知る可能性が少ない秘密に触れられない私たちは、出版されている本や旧跡探訪を通して書き物の記録が残っている時代をさらに遡り、特定の氏族達が勢力を誇る前の、ほとんど全員が質素で平和な生活を営んでいたと思われる古代に思いをはせ、そこに根を張るのが日本の本質を掴むのに良いと思います。

日本人の特性(その勤勉さの原点を探る

飛鳥・奈良時代と弥生時代を超えて、縄文時代の古層に遡れば、人の数はまだ少なかったですが、人はおおむね平和な生活を営んでおり、霊性を大切にして生きてきた事が伺えます。高橋祐助氏の「【総集編】逝きし世の面影 」にある近世日本の世界は、平安、奈良時代を超えて、古代の姿とより強く繋がっているような気がします。

そんな情景を表す言葉として和がありますが、その和をやまと言葉で表すと、やわし(和し)となります。

和は近年まで「会社の和を大切にする」「和を乱すな」等、異論や自由意思を抑えて集団の論理を優先する意味で使われ、良いイメージを持っていない人も多いでしょう。

それに対して、やわしは和の様に派生的な意味が主になってはいないので、日本の伝統を書き表す時、聖徳太子の意図されたような良い意味での和を表す為に、やわしというやまと言葉を使う人もいます。本当かどうか確かめようもないですが、聖徳太子と繋がる家系の方が一子相伝で太子の残された物を受け継いでいるそうで東京などで講演をされているそうです。その方は和よりもやわしという言葉を使っておられます。

初めてやわしという言葉に接した時に、その響きに惹かれ、本来の意味も保たれていることから、自分でも使うようになりました。

しかし、このやわしでさえ、古語辞典を見ると、前掲の和と同じ意味で使われていた事がわかり、がっかりした記憶があります。

3.歴史を知る難しさを超えて日本の本質を直観する方法

しかし、そこで探求を止めず、やわしという言葉をわざわざ使う必要もない位に生活の中でそれが当たり前だった時代に遡れば、やわしそのものを観じることができるのではないかと思い至りました。徳川家康は天下統一の後は平和な世を築きたかったということを読んだ事があります。古代の日本に通じる本来の日本を目に見える形にしたかったのではないでしょうか。それが外国人にこのような思いを抱かせる風景の醸成に繋がったと思えます(【総集編】逝きし世の面影 高橋祐助)。

小さい頃親に連れられて、田舎の祖父母の家に遊びに行って山川田んぼのある風景にとけ込んでいた自分。蝉やカブトムシを捕ったり、田んぼの横の川で水遊びをして、小さな網を仕掛けて魚を捕ったりしたこと。そうして体に染み込んだ田舎の情緒・・・。

それらも古代からの日本の伝統が維持され、江戸の太平の世があってこそ、維持されていたのだと思います。

高橋さんのコラムを読んだ後そんな風景が蘇り、私も腹の底に涙が溜まるような感覚がしました。

巨大ショッピングモールが地方に乱立した今でも、田舎にはこんな家と風景、人の情緒が残っているはずです。都会でも心優しい家族の住む家は自然が豊かでなくても情緒は豊かでしょう。

その情緒は、中国や西洋諸国とは根本的に違った、農に根ざし道徳性の高い日本独特の物です。海の幸山の幸で育まれてきた私たちのやわしは、強くしなやかで、互いを生かし合うものです。

数学者の岡潔さんに『情緒と日本人』という文庫本があります。(続く)

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