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(前コラムより)数学者の岡潔さんに『情緒と日本人』という文庫本があります。岡潔氏は世界的に有名な数学者です。大人の方は知る人が多いでしょう。ご存命中は随筆や対談集が出るとベストセラーになったそうです。
氏の代表的な業績がこの本の「はじめに」に紹介されています。それによると、「多変数複素関数論」という数学の分野で「三大問題」というものがあり、それに解決を与えられたとあります。この時点で私にはなんのことかわかりません。
この業績を理解できる外国人研究者は、岡先生を個人ではなく研究グループと思っていたそうです。これだけでも岡先生がいかに優れた研究者であるかが伝わると思います。新しい論文が発表されるたびに、海外から注文が殺到したとか。数学での業績は他にも沢山あるそうです。
しかし、岡先生は研究者であるだけなく、教育者でもあられました。奈良女子大学に奉職されてからは特にその傾向を強められ、日本の将来の為に幾つもの優れた本を出されました。当時は各界の有名人との対談も良く企画されたそうです。
気難しい文化人とは違って天真爛漫なお人柄であり、復刊された本の中には先生がジャンプしている写真が表紙になっている物もあります。
随筆に、『春宵十話』(光文社文庫、2006)『日本の国という水槽の水の入れ替え方 ~憂国の随想集~』『情緒と創造』『岡潔―日本の心』などがあります。
『小林秀雄全作品第25集 人間の建設』(新潮社、2004)は対談集です。伝記的著作には、『天上の歌 岡潔の生涯』『評伝 岡潔―花の章』『評伝 岡潔―星の章』があります。
日本人の情緒をテーマに書いておられ、奈良・明日香、弥生時代をも超えて、10万年も遡って日本を考えておられます。今回のコラムで先生とその著作を取り上げたのは、岡先生がそのように一貫して古代からの日本人の情緒を大切にしておられる事が文章に溢れ出ている点と、先生の言葉が心と魂を失ってしまった私達にそれを蘇らせる力を持っているからです。心と魂を失ったら私たちは人間ではなくなってしまいます。なんとしてでも蘇らせなければなりません。
数ヶ月前に発売されたこの『情緒と日本人』という文庫本は、情緒と私たちの民族性そのものがテーマであり、今回のコラムに打って付けでした。岡先生の各出版社から出ている随筆集から抜粋されており、短い文章に深い意味が詰まっています。私の紹介よりも先生の言葉に接してみてください。
「人と人との間には良く情が通じ、人と自然の間にも良く情が通じます。これが日本人です。『岡潔集』(第五巻)『情緒と日本人』第一章13ページ」
仕事や生活の必要上、特に社交的でなくても人と情を通わせなくてはならない方は多いでしょう。そこで培われたものはこの本でいる情緒とは大分異質なものではありますが、この文章を理解する助けにはなるはずです。
では、自然と良く情が通じますか。試してみて下さい。できれば大地に根ざしている外の木々や花が良いでしょう。どうでしょう、つつじと情が通じますか(群馬県立つつじが岡公園)。桜(京都府
仁和寺「御室桜」)
と気持ちが通い合いますか。もしそんな気がするなら、貴方は日本の情緒の基礎ができ始めていると思います。そうでないなら、ばからしいと思わずどうぞ自然と情を通わすことを今後も続けてみて下さい。「継続は力なり」です。貴方の「志が弱」まった時(『老子の思想』62ページ、マンガ老子1、2)向こうから語りかけてきます。
「たとえば、スミレの花を見るとき、あれはすみれの花だと見るのは理性的、知的な見方です。むらさき色だと見るのは、理性の世界での感覚的な見方です。そして、それはじっさいにあると見るのは実在感として見る見方です。
これらに対して、スミレの花はいいなあと見るのが情緒です。これが情緒と見る見方です。情緒と見たばあいすみれの花はいいなあと思います。芭蕉もほめています。漱石もほめています。『風蘭』同14ページ」
今の貴方はピンクと桜色の違いがわかりますか。その違いがおぼろげながらでも情緒を伴って浮かんでくるでしょうか。違いがわかるなら人によって程度の差はあれ日本の情緒を感じておられると思います。
もしそうでないなら、感覚は鈍磨しているかもしれないし、もっと大切な情緒が貴方の中で窒息しているかもしれません。是非、外で澄んだ空気と美しい自然を感じて「スミレの花はいいなあ」と感じられる自分を取り戻して下さい。何はなくとも、それだけで幸せになりますよ。
しかし、美しい自然に触れられない環境にいる人はどうすればいいのでしょう。岡先生はこう語っておられます。
「私、前に一度やってみたんですが、あなた方も試みてご覧なさい。自分の心だけを見つめることを数日、一日でもよろしい、続けてごらんなさい。これはよいというような心の動きに会うかといいますと、つまり心の中に花のようなものが咲くかといいますと、そういうことは全然ない。それほど悪いことはしない。だから、たいていの人は、よほどよくいって、戒律を守っている。仏教では諸悪莫作(しょあくまくさ)、修善奉行(しゅぜんぶぎょう)、自浄其意(じじょうごい)といいます。これはこの順に修行をせよというのであって、諸悪莫作というのは悪いことはするなというのであって、これが戒律です。これを守り続けていくと心がだいぶ浄化される。そうすると善行が向こうからくるというのです。つまり春がくれば花が咲くようになるんです。『岡潔集』(第五巻)同14,5ページ」
私も街中に住んでおり、公園の花などの他はあまり自然に触れる機会がないのですが、心理学や哲学を通して自分を見つめるのではなく、経行(きんひん)(そのより優れた解説)のように静かに淡々と心を見つめ続けるだけで、解放されるような時があります。
現代のメンタリティーでは、「心の中に花を」咲かせる方が良いと感じてしまうでしょう。しかし、岡先生は「それほど悪いことはしない。」と言っておられます。咲かせない方が良いと言うことなのですね。
本当に良い物は味が淡泊です(マンガ菜根譚34ページ、子供向け菜根譚、文庫本)。淡々と心を見つめている内に、日本文化に特徴的な清浄の世界が自分の中に構築されてきます。ちなみに、心も良いですが、ハラに降りられる方はその方が良いでしょう。
先生によると、そうしていく内に善が向こうからやってくるそうです。贅沢な生活がやって来るのではないし、好みの異性が近づいてくるわけではありません。しかし、もっと美しい"コト"が自分の中から湧いてくるのです。
善行の善と美はどちらも羊という漢字が基にあり、善と美が繋がっていることがわかります。
『成り立ちで知る漢字のおもしろ世界 動物植物編』『白川静の世界―漢字のものがたり』(別冊太陽)『白川静さんに学ぶ漢字は楽しい』『常用字解』『字統』
「善行が向こうからやってくる」と、美徳の花が自分の中に咲き、外からも見えるようになります。私もそんな状態から遠いですが、貴方も日本人としての精神感応を持ちながら希望をもって続けていきませんか。「観音様が見ている」のなら何とかなるでしょう。
参考:岡先生と数学「純粋日本人の数学」 「フランス雑感」
前コラムに関連して、岡先生の書かれている1~10万年遡った日本の古代と江戸時代の繋がりについて。
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