根をもつこと

フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユに『根をもつこと』という著作がある。

  

 アルベール・カミュもこの書を好み、彼の机にはシモーヌの写真が飾ってあった。深遠で人を自らの本源に立ち帰らせる力のある著作だ。

 シモーヌは34歳にしてこの世を旅立ったが、この著作が残り、人々の心に感銘と新たな道への啓示を与え続けている。

 私は高校生の頃アンソロジーで『工場日記』の抜粋を読んで彼女の存在を知った。そして、23歳頃図書館で偶然見つけた著作集を借りて読み、この『根をもつこと』に出会った。

 本物に飢え乾いていた時だったので、浸み入る様にその言葉が入ってきたのを覚えている。

 『根をもつこと』は若い私にも深い印象を与える作品で、我に返り日本人としての集合無意識を意識化させるきっかけとなるものだったと思っている。

 シモーヌがそうであったように、西洋人はその地に生まれ育ち、自分達の歴史を遡れば、中世から古代へと向かう中でカトリシズムというものに嫌でも向き合うことになる。それは、古代からのヨーロッパの知とユダヤの霊性を中に含んでおり、自分達と直結する世界観だからだ。例え、彼・彼女が無神論者(a・theist=反神論者)であったとしても。

 私たち日本人が同じように中世・古代まで遡ると、何が浮かび出てくるであろうか。奈良時代にシリア様式の東方典礼カトリックがほんのわずか伝わったことがあるにしても、それはあくまでほんの一瞬のお客様であり、儒仏神がこの国の主流であり続けた。

 中世は仏教と神道の併存、古代はひたすら神ながら(かんながら)の道を行く世界であったといって差し支えないであろう。現在われわれが見る神社の建築様式が確立する時代よりもさらに遡ると、鎮守(ちんじゅ)の森や社叢(しゃそう)と言われる森の中にポツンと空いた木が生えていない空間に、人が来て休み、無心になり、自然とそれを超えた「もの」を感じ、悪いエネルギーを抜き取り、心落ち着かせて自分の持ち場に戻っていった。そういう自然の祭壇とでもいうべき場があり、人々の心の拠り所となった。これが神道の原型と言えるであろう。

 沖縄の御嶽(うたき)、本島に見られる社叢(鎮守の森)や磐座(いわくら)など、様式はいくつかあるが、どれも人が人として生活を営む基礎となる、霊的なインフラであった。

 それらの場でこの国に住んできた人々は、生まれながらに持っているか生活する中で培われた日本人としての集合無意識を感じ、ひとつの和となったのであろう(例:三内丸山遺跡1、 2、 )。また、その前提として、集団でなく一人の人として自分の本源に帰るために、これらの霊的インフラは日々重要な役割を果たしていたと思われる。

 社叢(鎮守の森)、御嶽(うたき)、磐座(いわくら)に佇む時の様に、川の畔や、周りに当たり前のように広がっていた森の中や、しばらく歩けば眼前に現れた海原の前に佇む時もまた、自然とそれらを在らしめている大いなる「もの」を感じ、本も学校もない時代であっても、口承で伝えれらていた知恵と手本に支えられながら、清浄と感謝と報恩の生活を送ることで生き抜いてきたのではないか。そうでなければ、現在の私たちは存在していないはずである。

 フランスに生まれ育ち、ヨーロッパの文化を空気として取り込みながら生きたシモーヌは、その文化から糧を得ることで知性と魂を養い、永遠なるもの、真善美そのものへアクセスするに至った。超越的な感性で語り、書き、命懸けで行動した。

 学者として生きれば安定した生活もおくれたであろうが、自らの命を賭けて苦しむ者と苦しみ、悲しむ者と悲しみ、喜びをともにした。

 彼女は生涯を通じて天にしっかりと『根をもつこと』を続けながら、この世界に真理への切符を残して行ってくれた。東洋に住む私たちも使うことのできる、期限が切れることのない真善美への切符である。

 この文明の変わり目で大きな役割を果たす時が私たち日本人に来た。精神性と知恵と統治能力で国民をリードしてきた少数の人々に依存するのではなく、庶民一人一人が成熟し、国民各々が自分の判断で望ましい行動ができる大人の国になって、瀕死の世界を生き返らせる役割が私達日本人に課せられている。

 そのためには近い時代から古代まで遡り、自分のルーツを発見、体感し、天に『根をもつこと』が前提として必要である。

 天に『根をもつこと』で、自らの使命を認識し、覚醒した私として、中庸で周りの人々に命の息吹を吹き込むかけがえのない存在となり、時代に合った創造的な生き方ができるのである。そうすることで、今までなかった程の大きな時代の変わり目を超えて、私たち日本人は生き残ることができる。

 連山に投稿させていただくにあたり、この記念すべき初めての文章を、命を賭けて世界の為に働いておられる大和のハーンと私の魂に息を吹き込んでくれたシモーヌ・ヴェイユに捧げる。

検索すると出てくる彼女自身の各著作

信用できる伝記的著作と研究書

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