FC EXPO後記 水素文明にかかわる決意

1.一般人が水素文明を理解する事への挑戦

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今回は、私の水素文明を理解していこうとする個人的試み・挑戦がケースの一つとして参考になればと思って書かせていただきます。理科系が苦手で平凡な生活を送る一般の方に何かの意味があるかもしれません。そうであれば幸いです。

水素文明の事は特定のグループにだけ伝われば良い事ではなく、日本人全体が理解していなくてはならないことなので、恥ずかしいですが生きた実例として報告させていただきます。

12月4、5日のFC EXPO体験を境に、連山の指し示すものが少し具体的に伝わってきました。

私は子供の頃に算数・数学につまずいてから、科学に強い興味をずっと抱いてきたものの、同時に苦手意識も強く持っていました。

科学の入門書を読み、科学雑誌を講読したこともありましたが、成績に反映させることもできず理科系科目は苦手であり続け、歯がゆい思いをしてきました。

それでも良さそうな本があれば各分野の科学の本を粘り強く探し、買い続け、自分なりの入口を探してきました。大学時代は特に科学哲学、科学史に興味を持ち専門外でしたがよく読んでいました。そして、数学など元々苦手な分野で、ここ数年、良い本が増えてきたことから自分の学習にとっての突破口が見えてきています。

しかし、それらを習得できて先に進めたとしても、どこで役立てるかという問題がありました。

教養にとどめるだけではタコつぼ的になっていく学者の世界に倣うことになりそうですし、生活費を得るために割く多大なエネルギーとの兼ね合いもあり、本格的なやり直しを足踏みしていました。

そんな時に連山と出会い、CyberULSのグランドデザインが存在することを知り、日本人である私に何かできる可能性が開かれていることがわかり、その足踏みもやめて一歩前へ進みだそうとしています。

2.水素文明の実現が切り拓く新しい社会経済の流れ

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社会の矛盾を突くことは簡単でも、それをどうすればよいか誰もわからない、というのがこの失われた年月を歩んできた庶民の日本人の感覚だと思います。

「ごちゃごちゃ言うよりも、善良な人たちにとって実際に円満な解決となる方法があるなら、それをさっさと実践してしまえばいいんだ。」というのは、私だけが思うことではないでしょう。

大人や子供のいじめをなくすには、あれこれ言ってややこしくするより、シンプルに否は否と言い、毅然ととるべき行動をとればよいのと似ています。原因にさかのぼってシンプルに解決するのです。そうするには、時に剛気が必要とされます。

剛気が必要ですが一人で進むのではありません。私たちには連山、CyberULSがあります。「三ツ寄の縄は切れない」ように、一致団結すれば、障害を突破できます。その後はすがすがしい空気で一杯になるのです。水素文明の場合、「すがすがしい空気で一杯になる」とは比喩的表現ではなく、将来実際に起こることです。清らかな水、も生じます。

水素を使うにしてもいろんな方法があるようですが、CyberULSのグランドデザインなら環境に負荷をかけないだけでなく、砂漠を緑化することまでできて、その時必要な水も燃料電池から供給でき、緑ができれば灼熱の砂漠地帯も実に5度も気温が下がるのです。

そうして緑のカーペットが敷き詰められた地には、いつの日か雨が豊かに降る時が来るかもしれません。また、日本にある地球シミュレーターというシステムが南米のアマゾンは100年後には砂漠化するという結果をはじき出しているそうですが、水素文明の実現でそれを食い止めることができるかもしれません。

日本国内で水素船を建造し、バイオハイドライドを国内に供給するルートを確保し、インフラを確立する。そうすることで、まず日本が水素文明の礎を築く。

そして、同時並行で海外へその波を及ぼしていく。

砂漠の緑化に必要なBR(バイオ樹脂)は、当初は日本のものより性能が落ちるけどより安価な東南アジアのものを使用しながら、徐々に日本の高性能なものに移行して、より多く水を節約しながら緑化地帯を早く広げていく。

現状で私の理解できている範囲ではこれが基本的なデザインのようです。正確な理解のためにはPDAや連山コラムニストの方のコラムをよくお読みください。まだ初心者である私はPDAのコラムを中心に読んで軸を作っています。

南洋の島からサトウキビでできたエタノールを運ぶのも、その島々と、リゾート開発による環境破壊で長期的に観光収入さえ危機になりかねない沖縄の島々にとっても、益するところ絶大と思われます。サトウキビからエタノールを作るときは食用に適さない部分から作るそうですので、トウモロコシをバイオエタノールにしたり、自然林を壊してバイオエタノールに有利な植物を”造る”という破壊的なモデルとは対極にあるものです。また、サトウキビのバガスという今までは不要だった部分も何らかの用途に活用できるそうです。

内容的に疑問符の付く特許にまで知的財産権を主張して膨大なお金をむしり取る事が現に起こっている知識資本主義でなく、知識を持つ人・組織の権利を国際的に法で守りながら、クリーンな心を持つ人のネットワークが地球を再生していくという知識依拠型経済こそが、次代に広がる経済システムの在り方だと思われます。知識と知恵と人間性で治める社会を実現するためにも基盤として有効で必要です。

その早期実現のためにも、選挙の際、行政担当者は単に有名な人ではなく、知性、人間性、実務能力を兼ね備えたよりふさわしい人を選ぶようにしましょう。正直な人を選びましょう。折しも大阪では府知事選挙が行われます。これから行われる全国の様々な選挙でもはっきりさせないといけない事ですが、売国したり他国に迷惑をかける人ではない水素文明に理解ある人はどの立候補者なのでしょう・・・。

3.一般人の雇用・生活と水素文明

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私事でお恥ずかしい話ですが、市井の方に私が平凡な一般人であることをお伝えするために書きます。それが今回のコラムの趣旨の一つでもありますから。

私は療養しながらワンコール派遣で喘ぎつつ働いていておりました。今も実情はその頃と大して変わりませんので、今は多数派となってしまった使い捨て労働者の端くれです。ワンコール派遣の他にも色々しましたが、奴隷のような立場で体験する事になる数々の目にも遭っております。長い年月本を読む時間さえありませんでした。

しかし、少しだけ落ち着いてからは、合間に社会的責任経営(CSR)、社会的責任投資(SRI)や創造的経営、社会に適用されるべき各分野での倫理法則、等々の人間らしい組織のあり方と仕事の仕方を独学で調べておりました。とても集中できる状態ではありませんでしたが、それでも継続は力なり、と続けていました。

小さい頃からと、それらの独学を始めた頃から体と心と頭で培ってきた感覚で捉えても、知識依拠型経済は、人が人らしく働き生きるために、必然的に出てきて採用される次世代の経済システムと思います。完全無欠ではないと思います。しかし、立派な経歴がなくても選択する意思さえある人なら、良い機会がより多く与えられる社会になるでしょう。知性に恵まれない人でも、心根がよい人は「類は友を呼ぶ」のですから、自分と相手が共鳴すれば良い組織で雇用が守られる可能性が高まります。各種単純労働の領域でも人が今までより気持よく働ける可能性もあります。

現在そして当分の間は、ハローワーク、雇用能力開発機構の職業訓練コース等の雇用助成制度に燃料電池や水素文明構築に直接つながる科目はないでしょう。先日調べて来ましたが無いのは無理もないので、次の季節に契約・取引などに必要な法務的な科目を申請しようとしています。一般人が水素分明に関われる為に、いつか職業訓練や経営支援対策で水素分明に関することがメインになる日を待ち望んでいます。

水素文明の理解については、お金も経歴もない私が大学(院)などの一般的なルートから知識と技術を修得することは費用の面で難しいというより不可能ですので、連山のサイトに教えていただきながら独学でより正確な理解を進めていきます。iChatを使えるアップルのパソコンを買えたら連山との連絡に良いみたいですが、それも買えません(苦笑)。

そして、水素文明の実現のため、徐々に力をつけながら社会貢献をしていきます。

これが、今の私の望んでいるところです。

イメージを通してだけでなく、数式や科学的原理を理解し、CyberULSの方々に倣って5年ごとに新しい技術と語学をマスターするくらいの意気込みで学び続けていきます。それは生きる動機さえ失っていた私にとって新しい生きがいになっています。

10年以上前から、短期的展望ではなく新しい文明観に基づく社会を構築することが必要な時代に私たちはいる、と感じて来ました。そのために数十年も前から動いた方々がおられる事に敬服します。

「情報社会では選択することによって選択される」

先日大阪ガスが英断を下さなかったのは残念ですが、東京ガスと東北に希望が残されているのでそちらに期待します。国内の会社から供給がされるなら問題はないですから。

地域の経済を考えれば彼らが動くのがよかったかも知れませんが、これこそまさに選択することによって選択されることの実例だと思います。

私は良い選択をしない方たちと仕事はできませんし、心のクリーンな方とクリーンな仕事をしたいです。いくつかの企業、組織のように空気だけでなく社会も汚しながら生きていたいと思うほど、この世に執着していないからです。

私に失うものはありませんから、人が人らしく生きられる社会を作ろうとしている方たちと協業するのみです。

素人の私でも見えることなのに、立派な学歴・経歴の人たちが見えない、見えても動こうとしないのが不思議に思えます。事情があるにしても、今しかないのなら今動きましょう!剛気を奮い出しましょう!大企業、官公庁の方々、超越的な観点に立って毅然と行動してください!今その場所で永遠を見つめ、永遠から今その場所に帰って自分の選択が正しいかどうかを見つめましょう。


「現時(いま)を永遠と観じ、

永遠を現時(いま)と観る。

その人は永遠に争いを免れる。」


[近世ドイツの神秘家ヤコブ・ベーメの言葉]


[経産省の同志よ、7日以内に動け!]

4.中小企業、個人事業主、一般人も貢献できる道作りへ

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将来参加を検討している中小企業向けの相互支援の組織で、経営者だけが集まってディスカッションをする機会があるのですが、その組織は、水素文明実現にも通じる人の為になる理念をあげています。

個人で動いている方たちも後ろ盾はなくても純粋な動機で高潔に生きていらっしゃる方を知っています。

脱中心化社会には各国家、地域のそういう志高い方たちが連携しながら、水素文明を担うのではないでしょうか。諸国家のためになる選択をする大企業、行政、政治家とつながりながら。

私が一回目のコラムで上げたシモーヌ・ヴェイユの『根をもつこと』英語版にdecentralizationという単語があり、連山でよく出ている脱中心化と原語は違うかもしれませんが、つながるものを感じました。

『根をもつこと』は社会を超越的な視点から観ている、彼女の成熟度がうかがえる書物です。超越的ですがしっかり大地に根ざしています。その冒頭にはこう書いてあります。

「義務の観念は権利の観念に優先する。権利の観念は義務の観念に従属し、それに依存する。一つの権利はそれ自体として有効なのではなく、その権利と対応する義務によってのみ有効となる。」(『シモーヌ・ヴェーユ著作集5』「根をもつこと」第一部 魂の要求するもの.p.21.春秋社)

私たちは日本や世界の権利を持つ子供たちに義務を負っているのではありませんか?

フランスで市民の意識が高いのは、伝統に培われたもので一朝一夕にできることではありません。年配の方は京都大学仏文科系の学者が訳した哲学者アランの著書をご存じでしょう。あの時代に既に、アランの活動を含めて現代フランスの市民社会の在り方がはっきり表れています。

松村劭氏が

「アメリカの基本的人権の考え方は人間の備えるべき道徳については清教徒であることが前提となっている。」


と書いておられますが、「義務の観念は権利の観念に優先する。」のなら、各家庭、地域社会、ネットを中心とするメディアや学校で、その義務を果たせる大人を育てるための日本では特定の宗教に依存することのない日本人に合った教育スタイルを構築することが必要です。

日本の市井の人々も水素文明を担う役割を自覚さえすれば、フランスのように一般市民(プロ市民ではなく)による市民運動の伝統が豊かとは言えなくても、一気に国全体で意識が高まると思います。

フランスは高校での哲学教育を廃止したらしいですが、全面的にかは知りませんが基本的になくしてしまったようです。それなら代わりに日本が始めましょう。

[名将たちの教育論(第四十七回) 第3章 名将たちに学ぶ日本の教育改革]

[責任という原理 ハンス・ヨナス]

[その書評]

[環境としての自然]


縄文から弥生、そして奈良、平安、武家社会、明治と、何かがあったら一気に変わってしまうのがこれまでの日本人でした。変わるべき時にすぐに変われるのは、その方向がよいものなら、私たちの強みでさえあるかもしれません。

良い意味でも悪い意味でも単純な国民性がある日本は、方向さえ良ければ世界をリードできる潜在性があります。真理に向かうときは単純な方が有利なのです。そして、私たちには同時に知性、情と和し(やわし)、礼を重んずる高貴な伝統があります。複雑なことは単純なことが積み重なってできあがります。ですから、単純な国民性でもいいのです。農民が田んぼの畦道を歩きながら趣味として和算の問題を解いていた国が他にどれくらいあるでしょうか。事をややこしくせずに本質を捉えながら、良い方向に発展させていける素地を日本人は持っている、と私は感じます。

変わるべき時は日本人はガシッっと変わってしまえますから、内柔外剛で、真実良いものは良い貫くべきは貫くという強い姿勢で突き進んでいけば、世界が尊敬する国家となることも不可能ではありません。

「内柔外剛」

古代のいつ頃からかこの国にも暗いものが入って来ましたが、それまでは総じて平和で共存共栄、互恵社会を自然なこととしていた様子がうかがわれます。孔子は古代日本のことを「東方君子の国」と言ったそうです。亡命に次ぐ亡命で政略の間をかいくぐってきた孔子なら、そういうのもうなずけます。

もう一度その精神を、次世代に適用させた上で

新しい「東方君子の国」

を打ち立てようではありませんか。

それは、官公庁、研究者、各大企業と中小企業とともに、なによりも国家の基礎を成す私たち市井の人ができることなのです。

昔と違って、脱中心化社会にある現代では、

私たち一人一人が

「国母」

「国父」

です。

CyberULSのグランドデザインを道標として、理系苦手の典型的文系人である私も、燃料電池などから始めて水素文明を具体的に理解する学習をこれから始めます。

皆さんと情報の量も質も変わらない私も、まずは連山の広告に出ている関連書籍から読み進めていきます。こうやってコラムを書かせていただいてますが、皆さんとなんら変わりない立場なんです。選択するべきことを選択しただけです。

そうして基礎を学び続けながら、各々の「得意技」で攻めていきましょう。

『得意技なくして戦術なし。戦術できずして戦略は成り立たない』


貴方にしかできないことがあります!


[希望の船]

[連山12月凍結の解除のために五曜隊を募集しています]





主要アクセス先



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燃料電池やコージュネや小型風車やマイクロ水力発電電力を自分で作るように自分で情報を作る。仲間通しで薪や食料をお互いに融通しあって生きていく。それが情報社会の正しい生き方です。賛同者は読者コラムを書いて投稿してください。それはきっと役立つでしょう。他者に知識、燃料、食料を依存せず、然しながら、足りない部分は交換して融通する。それが水素文明の哲学です。貴方が自立する事が社会の為になるのです。21世紀、自立して知識を作らない人は必要とされません。



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コメント

初めてコメントさせていただきます。
水素について期待はしていますが、水素文明が来るかどうか疑問に思っています。
水素は石油の代替になるのでしょうか?石油は一次エネルギーですが、水素は二次エネルギーであり、水素を何からどうやって作ればよいのでしょうか?水素を作るために化石燃料を使っては意味がないですし、自然エネルギーからではあまりに心もとないです。これらの問題を含めてこれからの課題なのでしょうが、非常に不透明な気がします。私はむしろ技術的問題ではなく、使用しているエネルギーの総量の削減が必要な時期に来ているのではないかと思っています。
昨日今日と1バレル100ドルを突破しました。石油高騰の根本原因は石油ピークにあり、そしてエネルギーピークの予兆ではないかと感じています。石油ピークに関して日本ではまだ認識が薄いようですが、これから地球温暖化の問題より早く表面化し、私達の生活の隅々に悪影響を及ぼすことになると思います。今のような便利な生活を未来永劫、地球が提供し続けてくれるとは思えません。私達は地球と自然と折り合いをつけ、無駄を徹底的に省き質素に生活するようにしなければならないのですが、便利な生活を延命するため技術で解決しようとすればするほど、地球を痛めつけることにつながり人類の余命を短くしているように感じてしまいます。どうすればいいのでしょうか?答えがあるようには思えません。
以上勝手ながらコメントさせていただきました。

フリーエネルギーとかも話題になっていますから、これも研究する価値があるのではないでしょうか。

お返事が遅れまして申し訳ございません。
私のコラムにコメントがいただけるとは思っていなかったので、少し驚いています。
ありがとうございます。

杞憂さんは一次二次の区別をご存じなくらい、知識のある方なのですね。私はそういうこともしらないまま、ネットでまともな情報を探していくうちに連山と出会ったので、元々エネルギー問題に関心が深かったわけではありませんでした。その区別を知らないままPDAのコラムを中心に読んでいって引き込まれることで、水素文明について理解を進めていこうと決心するに至ったのです。

結果的にそのような区別を知らないくらい白紙であったことが、功を奏したのだと思います。

今から理系の志願者として活躍できるとは思っていませんが、連山を通してCyberULSのグランドデザインを少しずつ理解していくことで、何が求められているのか前よりも理解しつつあり、それで何かの役割は果たせるようになっていくだろと考えています。

さて、水素文明がくるかどうかの問題ですが、これはくるかどうかよりも、私たちひとりひとりが来させる必要があることで、社会経済的に上層に位置する者か、一般人であるかに関係なく個々人が動かなくてはならないのだ、ということです。

そうしなければ、地球に住むかなりの人たちが死に至る、残るのは経済・軍事など各分野で絶大な力を持つ(核兵器ですからね @@:;)知能ある野蛮人だけになってしまう、ということが連山を読み進めるに従って理解できると思います。

私は連山だけでこれを知ったのではないですが、ほかと違って連山では、この問題がエネルギー、環境、経済問題などすべての人に関係がある問題に具体的に絡めてあり、しかもブログを書くだけの人たちと違って、国境、民族を越えて繋がりフランスに比較できるくらいの規模で知識を集約する力、経済力、軍事力を持って活動している実体ある組織がサイトを運営しているのです。この組織をCyberULSというそうです。

どうやって使い続けられる水素を作り出すかなど、水素を基礎にした文明を産み出すために必要な諸々はこのサイトを毎日のように継続して読み続けていけば段々わかってきます。私は杞憂さんと同じく一読者の立場ですし上記のように理系は苦手できましたから、へたな解説は避けておきます。どうぞ、PDAのコラムを中心にして読み進めていってください。ハイパーリンクで各コラムにつながっていますから、PDAのコラムを中心にすれば全体像がつかめてくるでしょう。

水素をどうやって作り出していくかについてだけなら、このサイトを数回読んでいけば見えてくるでしょうし、1ヶ月、3ヶ月経つとその知識がしっくりくるようになるでしょう。CyberULSのグランドデザインを理解しそれなりの役割を果たせるようになるには、2年間はここで学習し続けることが必要なようです。私はそうし続けます。

石油ピークについては1970年代に一度来たそうですし、連山でたびたび引用されているtoraさんの「株式日記と経済展望」では、2005年にもう来た、と書いてありました。関連の本を読めば、時期を特定できなくても石油がすでになくなりつつあること(あるいは採掘できるコスト面での限界を超えている)ことは書いてるので、そのとおりなのでしょう。

とすれば、このCyberULSのグランドデザイン以外には多くの犠牲者が出るのを避ける道はないということです。それは読んでいけば、わかります。数ヶ月前の私のようになにもしらない人でも、雑誌や新聞やテレビのように毎日読み続けていけば、次第にグランドデザインが理解できてなじんできます。

なにか突出した技術さえあればどうにかなる状態ではなく、国家を超える力を持って戦略をたてて進めていかなくてはならない問題でありますが、それは私のような一般人や杞憂さんのような方が行動を始めることによってのみ、実現可能なのです。

無駄を徹底的に省き質素に生活することなどについても、水素文明には前提として織り込まれているように見受けますし、今までが異常すぎたのですからそれは当然でしょう。1900年代は地球上で一番狂った時代でした。まだ余韻が残っていますが、いよいよそれも終了段階にあります。しかし、一般人はその余波をもろにかぶるので、自衛しなくてはなりません。それにはここで必要な知識と知恵を得つつ行動を始めることが最善の道だと思います。

まずは読み続けてみてください。重ねて申しますが、私もここに訪れる方と同じかそれ以下の経済・社会状況にある一般庶民です。なんら有利な条件ももっていない吹けば飛ぶような心許ない状況でも、先をみて行動を始めようとしています。

私だけのためではなく、善良な日本人、海外の方たちのためにも。たとえ大海の一滴でも、です。

某マスコミの先輩に連山とその背後組織について聞きました。P2事件と同じで都市伝説だよと笑っていました。今年になってある銀行頭取の孫からロベルト・カルヴィ事件を知り凍結の理由も判りました。あくまで都市伝説として私は友人にこのサイトを広めています。

土曜日にテレビでバブルへGOっていう映画を見ました。広末や薬師丸が出演して面白かったですがバブル崩壊が外資と売国官僚による密約によって発生したという事実をクライマックスに持ってきたので驚きました。宮古島でのバイオエネルギー実験が中止に追い込まれた理由も案外はそんな理由なのでしょうか。日本の闇は深いですね。

有田さん、コメント有り難うございます。
昔イタリアでいろいろ事件が起こったのを、若い頃に新聞やテレビで見た覚えがあります。書いておられる事件はその頃のものみたいですね。ネットで検索した限りでは都市伝説とも思えないし、連山の凍結との関連も私には見えないのですが、マスコミ内部や頭取の孫という私のような庶民には出会えない人からの情報なら、ネットとは別の話があったのでしょうか。

バランス感覚はとても大切と思います。
私も初回のコラム「根をもつこと」で中庸について触れていますが、バランスを保つこと、中庸であることはとても大切と考えています。

私は読者コラムニストとして志願しましたが、無理する必要なないのですから有田さんがそのように感じておられるのなら、主観を大切にしてご自分なりの距離感を保って賢明なアプローチをなさってくださいね。バランスと自己防衛は必須のことですから。
PDAのコラムにもありますが、エネルギー源を代えるだけで命がけをかけないといけないなんて馬鹿げた事態になっている方がおかしいのですから、できることならさっさと代えて、各々がするべきことに集中し、穏やかに幸せを感じながら生きていきたい、と誰だって思っていると思います。CyberULSの方もそうでしょう。それぞれの場で真の豊かさを感じながら生きられるようにがんばっていきましょう^-^


匿名さん、コメント有り難うございます。二つありますが同じ方でしょうか。

フリーエネルギーはネットでいくつも情報が得られるようになっていますね。ニコラ・テスラは魔法使いのようにエネルギーを操ったようで、アメリカなどで私的に実験している人の映像を見ると、素人である私は社会になにかおもしろい変化が起こるのではと期待してしまいます。
ちなみに連山のどこかのコラムにエジソンとテスラの直流と交流どちらを普及させるかの競争について書いてありました。
エジソンは直流、テスラは交流を普及させようとしていて、当時は交流が有利だったので現在のようになったとのことです。正確な情報はPDAのどこかにありますのでご覧下さい。
水素文明では直流が使われるそうです。そして、充電池よりもキャパシタが使われるとのこと。
フリーエネルギーが実際どうなのかは知りませんが、連山を読む限りはそういう話は出ていませんから、実際にエネルギーが生じても困難があるのでしょう。中には眉唾も多いかもしれませんね。まずは水素文明が実現するためにできることをしていくのが長期的に賢い選択と思えます。そうしたらフリーエネルギーの中で有望なものは組み込まれていくかもしれません。ただ、私はまだまだ十分に知らないので、くれぐれも理解している専門家のお話をごらん下さい。
私は社会経済的なことも含めて将来性がある水素文明に集中します。

バブルでGOの最後はそうなっているんですか。エンターテイメントに真実を混ぜ合わせることで大衆の社会的催眠を解く意図があるのかもしれませんね。映像のプロならそういうことも考えるでしょう。真実がイメージですり込まれたら、いつかその情報がリアルに広がった時、確定的な事実として周知されやすいと思います。笑いの中に真実を含ませる道化のような役割を果たす方は、メディアの世界にあっても尊敬すべき方のうちに入ると思います。

緊張を強いる情勢にあっても、愛すべき人たちと愛し合い、日々に潤いを与えながら生きていきましょう^-^

皆さん、有り難うございます。

ここを訪れてくださった方も、ぜひ、読者コラムニストとして参加ご検討下さい。まだ108本中3本だそうですから。


なお、本文の一部を以下のように訂正させていただきます。

「4.中小企業、個人事業主、一般人も貢献できる道作りへ」の、

名将たちの教育論(第四十七回) 第3章 名将たちに学ぶ日本の教育改革]
[責任という原理 ハンス・ヨナス]
[その書評]
[環境としての自然]

へのリンクから下に3段落目が、

「変わるべき時は日本人はガシッっと変わってしまえますから、内柔外剛で、真実良いものは良い貫くべきは貫くという強い姿勢で突き進んでいけば、世界が尊敬する国家となることも不可能ではありません。
「内柔外剛」」

となっておりますが、これは変換ミスなどによる間違いで、

「変わるべき時は日本人はガシッっと変わってしまえますから、外柔内剛で、真実良いものは良い貫くべきは貫くという強い姿勢で突き進んでいけば、世界が尊敬する国家となることも不可能ではありません。「真実一路」で参りましょう。」

が元々の文章です。

外柔内剛も内柔外剛も相対的なものではありますが、ここでは外柔内剛と書きました。最後の分もこれで意味が通るでしょう。

国際金融資本と日本の銀行は一蓮托生となって滅びるように思います。インフレ効果と不良債権増大で貯金消滅でしょう。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080116-00000198-jij-int
邦銀、米欧金融機関支援の用意=大手3行が100億ドル準備と英紙 時事通信
 【ロンドン16日時事】16日付の英紙タイムズは、みずほコーポレート銀行による米証券大手メリルリンチへの12億ドル出資を経済面トップで伝え、日本の3大金融グループが低所得者向け高金利型(サブプライム)住宅ローン危機にあえぐ米欧の金融機関に対し、「口を出さない投資パートナー」として救済に乗り出す構えだと報じた。
 同紙によると、3大グループ関係筋は、3行が合計で最大100億ドル(約1兆0600億円)の資金を用意し、資本増強を求めるウォール街の金融機関との交渉に応じる用意があると述べているという。
http://tanakanews.com/080115UK.htm
イギリスの凋落 2008年1月15日  田中 宇

川原さん、

匿名は2人いますが別人です。

これ以降は匿名を使用しないでハンドル名を使用します。失礼しました。

それと有田さん、「連山」の内容を都市伝説として広める事は、有田さんの身の安全のためにはいいかも知れませんが、日本的な甘えの構造をさらに増長させるのではないでしょうか?

皆様、引き続き投稿有り難うございます。

こちらは新しいコラムを準備しているところです。長めの物を分割して投稿することになりそうです。

田中宇さんの要約を投稿してくださった匿名さん、ありがとうございます。
連山では田中さんのように各国の新聞や印刷記事からではなく、私たちが入手することのできないところからの情報があがってくるようですので、他のブログやジャーナリストの方からの情報以上に確実だと思います。

サブプライムをきっかけとした混乱については、ここのコラムにも書かれていますし、私がなにか付け加える気はありません。連山には簡にして要を得た、そのものずばりの事が書いてあります。

今回の大きな波を良いきっかけとして、日本人一人一人が目覚めて欲しいです。特に、上からすり潰されて物を言う意欲も失った大人たち、教育格差の犠牲にさせられた子供たちに希望の光が射し、奪われた物を再び自分の物とする機会が提供されることを願ってやみません。

文字を数字を奪われた子供たちにネットだけでなくリアルな場で愛情深い大人から再教育を受ける機会が提供されることを、私は願い続けます。

良い学習書籍ならここかどこかで紹介していきます。それをもとに各々の場で最適な物を選び出し、再修得の為の自習の輪を作っていって欲しいです。そうして、連山に書いてある事を進度に応じて正確に深く理解して、新しい文明で生きていくための力を養って欲しいです。

そのように準備をしながらここにいれば、いつか社会の末端まで水素文明を基盤とする学び方と仕事の仕方が行き渡ったとき、各々が元々持っていた可能性を現実化させて得意技を持ち、力を発揮できるでしょう。


文字を奪われたあの子に言霊の力を!


誇りを奪われたあの大人の方に自由な人間としての尊厳が与えられますように!


1月26日の匿名さんは「バブルでGO」について書かれた方でしょうか。仮名で良いそうなので、案ずることなくご自由にお決め下さいね。

今は何よりも情報制空権の掌握が必要な時期です。その為に一般人ができることは読者コラムニストして108の備蓄を準備することです。

良ければどうぞ読者コラムニストとしてご活躍ください。なんとなく期待できるものを感じています。知的であればテーマは様々であって良いそうなので、臆することなくお進み下さい^-^

有田さんについては、ご自分なりのスタイルで良いのだと思います。元々都市伝説と言ったのは別のマスコミの人ですし、それはその人物の選択です。有田さんは、その表現を使いながらも、実際は周りに広めているという点で、「バブルでGO」のような機知を感じさえします。

それぞれの方が置かれた状況によって、わからないふりをしながらさりげなく伝えるという”芸当”も必要でさえあります。そうして自分の立ち位置を確保しながら生き残り、新しい文明を実現させる為に今いる場で準備していくというのもありではないでしょうか。擬態を使うのです。ハーンもそうですよね。

「バブルでGO」もこれはエンターテイメントですよ~、と言いながらさりげなく真実を大衆に伝えている。ちょうどそのような伝え方と似ています。変化球の一つとして覚えておいて悪くはない手法ではないでしょうか。後は連山が自ずから語ります。最強の語り部として。

それと有田さんはイタリアの事件を知り合いから聞いて知られたという点から見て、ずいぶんお若い方と思います。心の強靱さというのは人それぞれ違いますし、年を取って強くなる人もそうでない人もいます。若くて耐性が養われていない場合、無理はよくありません。

各々ができる範囲で確度の高い情報を伝えて、それを伝え聞いた物が自分の能力の範囲で実行していって輪が広がって行くことの方が、今は大事だと感じています。

”都市伝説”という表現を使いながら広めることで、連山を読む人が増えると、読めば読むほど、伝説ではなくて日本と地球の喫緊の課題だという事が見えてきますから、きっかけはそんなでも結果的に真実に目覚める人が増える確率が高い手法である、とらえる事もできます。そして、読めば読むほど悪い意味での甘えはもう通用しない事が身にしみてわかってきます。

どうしても戦略上軍事的な表現を使わざるを得ない情勢ですから、ネット上の表現だけでなく社会での実際の力においてもそうですから、重い印象はあると思います。ですが、庶民の日本人は老子・荘子のように飄々と悠々と苦労しながら、何気ない事のようにほほえみながら、幸せの本源と共鳴しながら、この重い現実をくぐり抜けるしたたかさも必要でしょう。

暖かい心で優しくし合いながら助け合ってこの大波をくぐり抜けましょう。

戦時中に理解力が乏しい国民のある部分が、浅はかな理解で、当時必要だった多くの優しさを圧迫したことも事実の一部としてあると思います。そのような雰囲気だけは作らないで、呑まれないで、賢明に助け合っていきましょう。

では。
トップページからも外れましたし、ここへの投稿は今後あまり無いと思います。私は引き続き、合間を縫って、思考を重ねながら新しいコラムの執筆を続けます。

ここを訪れて下さる皆様に、こういう緊張しがちな情勢に必要な言葉をお送りします。

「優しい事は強い事なのよ。」
ねむのき学園 宮城まりこ

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