墨を楽しむ

「“すみ”という言葉からどんなことを連想されますか?」とある会合でお伺ねしてみました。

(炭・隅・角・墨・・・)

“書”を連想なさる方の少ないのに正直、驚いた事を覚えています。

また、よく足を運ばれる「展覧会」と云えば「絵画・陶芸」でこちらの方は、書展を連想される方は 壊滅的な状態でした。

どうしてこんなにも日本の伝統芸術である書道が人々の生活からかけ離れた存在になってしまったのでしょう?

淋しい限りのこの頃ですが、そのひとつの要因に書展に行って「読めない」ということが掲げられるかと思います。

そもそもこのことが“書”を楽しく鑑賞することをはばんでいる悪癖なのです。

“書”はもともと文字を素材とする芸術であることから、この大間違いが始まりました。

文字である由に読めない→わからない→恥の構図が生まれ、ますます書道離れに拍車がかかったのと思われます。

いかにも書道は文字を素材にしますが、決して読まないとわからない芸術ではありません。

書道は本来「線の芸術」であるので、文章の意味や内容を鑑賞する芸術ではないのです。

意味を鑑賞するためであれば、活字の方がよほど効率のいいことは、誰も否む方がないでしょう。

たしかに歴史的に見れば男性は“漢詩”、女性は“うた”をたしなむことが知識人の条件だった時代背景もあります。

しかし、見方を替えれば、筆記用具は筆しかなかった時代、米屋の番頭さんも酒屋の丁稚さんだって自由自在に筆を操っていたのです。

このことを思えば、近年の書道教育が間違いであったことはまぎれもない事実ではあります。

が、ここでそのことを糾弾しても意味がないので、本来の「線の芸術」という観点から見て参ります。

書における美の要素には大きく分けて

  1. 形体美:文字通りの形の美しさ、一文字一文字の美しさと全体的な調和の美しさ
  2. 線条美:筆の運びの遅・速・緩・急。強い線・しなやかで柔らかい線。
  3. 墨色美:墨色の濃淡・にじみ・かすれ。
  4. 布置・章法:布置(ふち)は文字の大小、章法(しょうほう)は文字と文字の配置

これらの要素が単独で存在するのではなく、相互にかかわり合って総合的な美をつくりだすのです。

「疎は馬をも走らせ密は空気をも通さず」

「大胆に繊細に」

書作する時に念頭に置いている言葉で日常においても好きな言葉です。

”墨を楽しむ”

作品の種類を大別すると

  1. 漢字 
  2. 仮名 
  3. 調和体:漢字仮名まじり文。読める書、二字以上続けない 
  4. 篆刻:印

に区分されますが、先ず、調和体の形態をとった作品をご鑑賞いただきました。

比較的読み易く、親しみ易く、ご理解いただけると思います。

“線の芸術”という観点からすれば、語らない訳にいかないのが“仮名”です。

何故なら仮名は漢字を最も簡素化し、単純化されたため線が命とも言うべき進化を遂げてきたのです。

故に“仮名”は“線の芸術”の真髄とも究極とも云えると考えます。

以下にお示ししたものが「はじめの第一歩」の仮名バージョンです。

同じものを書いてもこのような違いが出てくるのです。

こちらは大半の方が読解不可能の“わからない書”の代表格でしょう。

仮名作品の鑑賞のポイントは

  1. 連綿:文字を続けてかく
  2. ちらし:文字どおり紙面に文字を散らすように配置する

この二点の妙につきますが、余白とリズムも合わせてご覧下さるとより一層、鑑賞の助けになると思います。

”墨を楽しむ”

まるで写実画と抽象画ほどの差になったかと思います。

抽象画も分かろうとしないで、好きか嫌いかで選ぶように、書作品も好きか嫌いで選んでいただいて良いのです。

この場合、また読む必然性は全くありません。

書体は会派や書家よって本当に千変万化するものですから、私たち書を専門とするものでも読めない場合もあるのです。

以上のことをふまえて書展をご覧になって下さると少しは気楽に書を鑑賞していただけるのではないでしょうか?

「書」というだけで気嫌いしないで、書展に足をお運び下さい。

一目見て好きな書風が見つかるかもしれませんが、一般的には、なかなかそうは参りません。

回数、足を運んで下さるうちに「好き」「嫌い」が必ず出てくるものです。

何においてもそうですが、色々見なくては好きか嫌いか判断できません。

それと書展の雰囲気に慣れていただくことが第一です。

主催者は、専門家にだけでなく一般の方にも見ていただきたいと願っているのです。

どうぞ、これからは、とりあえず「書展」があれば入って見る、興しろくなければさっさと出る、方式で試していただきたいと思うのです。

見ていただかなければ始まりません。何事も第一歩が肝心です。

是非・・・はじめの第一歩・・・をふみ出して下さることを切望してやみません。

連山コラム:アラビア書道

国家としては短いもののアラブ・イスラムの社会にも素晴らしい芸術や伝統文化がある。日本の書道とはまた一味違うアラビア書道もその一つである。アラビア書道とはイスラーム芸術としてムスリムにとって高級な精神的表現法である。神の言葉や音を可視化することができる高度な信仰表現でもある。聖典クルアーン(コーラン)は代表的なモチーフであり、多くの装飾文字で絵画挿入の禁止を守りながらその威厳と美しさを表現している。書家はイスラム諸国では尊敬される職業の一つである。

アラビア書道・ペルシア語書道は、イスラーム芸術の一つ。紙に文字を書き表すのみならず、モスクの壁や天井などにも用いられる。その幾何学的な姿は文様としてヨーロッパなどからアラベスク(文様)と呼ばれる。現代イスラーム世界の芸術家もなお、その銘ずるところ、さらには抽象概念をも装飾書法(カリグラフィー)をもって表現する。 ムスリムにとってアラビア書道はイスラーム芸術の中でももっとも高級かつ精神的なものとされる。神によって音として発された言葉の威厳・美を、実際の朗誦によってではなく文字によって視覚的に示す高度な表現法であるためである。また、アラビア文字は信仰とともにムスリムの語る諸言語を繋いできた。したがってその芸術的表現である書道も同様で、ここにも諸芸術に高い地位を占めるに至る要因があると論ぜられる。アラビア語の発展と浸透に寄与してきた聖典クルアーン(コーラン)は装飾書法の発展にも多大な影響を及ぼし、クルアーンの章句は書法発展の活発な源であり続けている。

書籍:アラビア書道

アラビックジャポニズム

『連山』はアラビック・ジャポニズムに賛同しています。