松緒錦江の最近のブログ記事

2009年4月14日

ブエノスアイレスから郊外へ。聖地ルハンへの旅。


ある日突然、聖なる週ということでで学校が休みになる。
つまり、これが西洋でいう「復活祭」の週らしいが、なかなか一週間のうち4日間も
その行事に没頭する(?)国も少ないのではないかと思う。
たしかに、テレビではしきりにイタリアやスペインでの復活祭の模様が放映されているが、
一般人は信仰心の厚い人も中にいるものの、若者の大半は無宗教と答えそうな感じである。

ついこの前4月2日も「フォークランド諸島との戦争記念日」かなんかで休みだった。
これは、英国側の名前で正確ではない。ほんまは、アルゼンチン側としては、
「マルビナス戦争における戦没者の日」らしい。しかし、その前にも3月には
もっとややこしい「真実と正義を記念する祝日」とやらがあった。
まあ、要するに「あんまり働きたくない」人が多い国という意味では、
ロシアと似たようなものなので驚くに値しない。

それにしても、ブエノスアイレスと地方(というか近郊)の格差がここまでとは
想像もしていなかった。たしかに、ちょっと違う地区に行くと相当治安が悪いということは
いろいろと聞いてはいたが。
アルゼンチンの鉄道は全国的に見ると、ほとんど壊滅的で一部がかろうじて運行している
ようなのだが、このブエノスアイレスとその郊外を結ぶ線もかなり酷い状況だった。

なんせ、まだブエノスアイレスから100キロメートル以内の地域なんだから、
それなりの鉄道だろうと思ったら、大間違い。
時刻表も至って適当みたいで、地下鉄から乗り継いだのはいいものの、
自動改札に見える代物もちゃんと稼動していないので、
そこにいるおじさんに切符を見せたら、「はい、通っていいよ」。
要するに、どっかの動物園かなにかのゲートみたいなのを自分で押して通るだけ。
本当に適当な感じなのだ。

それから検札に来る人は誰もいないし、その代わりにしつこい物売りのおじさんたちと、
これまた図々しい態度で、カードを配って小銭を要求するアルゼンチン風物乞いの子供が
(でも人種で見ると必ずしもアルゼンチンの人とは限らないようだが)
地下鉄でも鉄道でも必ずいる。

地下鉄の車体も相当古かったものの、木製の椅子などがかえって
レトロでよい場合もある。しかし、鉄道の場合はそういう感じでなくて、
単に不潔で財政難のために車内の蛍光灯がほとんど切れたままでも、
交換する費用がないのか、そういう人材がないのか?

とにかく、陰気なムードなのに驚く。
しかも走り出すと、郊外に行けば行くほど政治的なスローガンなどを含めて
大量の落書きが沿線に見受けられ、どの程度の治安なのか分かりかねるムードだ。
でも、アルゼンチンの乗客はごく普通の人たちのようでもある。

そういうわけで、こんな酷い列車にもかかわらず、乗っている人たちは親切だったので、
突然列車が止まって何のアナウンスもなしに、その駅以降は行かないときも、
わざわざ私に教えてくれたし、行こうとしている駅は乗り換えが必要だということも
彼らに教えてもらった。

しかし、無秩序なだけに自由といえば自由で、勝手に鉄道駅に出入りできるので
犬もいれば、自転車に乗って構内を走っている人もいれば、その自転車を列車に
積み込むのもOKらしい。待たされる時間が半端でないからか、
軽食の店は大体どこの駅でも見受けられた。

まあ、こういう環境しか知らなければ慣れてしまうものなのだろう。
しかしながら、路線が悪いのか車体が悪いのか、あまりに揺れるので最初は驚いた。
しかも、駅についても古いタイプのまま維持(?)しているのはいいが、
ほとんど駅名が一箇所か二箇所の看板に
書いてあるだけなので、よっぽど注意しなければ降りるところを間違いそうだ。
といっても乗っている人がローカルだから、問題ないのかもしれない。

途中のごちゃごちゃした街を抜けると、だんだんと田舎町という風情のところへ進んできた。
木々の様子が巨大なので、やっぱり南米なのだなあと実感する。
また、広大な草原があったり、悠々と馬に乗って散歩している人や、
荷馬車を走らせる人、また自転車もかなり時代がかったものから、
最新のものまで、自動車もそうだけれども、経済事情もあるのかもしれないが、
それぞれが好きなように乗っているのが面白い。

しかし、途中で乗り換えるまでの時間待ちが相当長かった。
線路と駅との段差がほとんどないので、プラットホームに直接腰掛けて
時間待ちする少年たちも多く、ちょっと危なくないのか?と思いもするが、
こういうところはおそらく自己責任なのだろう。

日本だったらえらいことになりそうだが、おおらかというかいい加減というか。
要するに「お客様志向」な考え方なんて皆無なので、逆に言えば清清しいまでの
放任主義ということになるだろうか。

それにしても、地下鉄でもバスでも鉄道でも、安い代わりに相当の忍耐が
毎日必要となるという意味では大変なことである。
東京の満員ラッシュの電車とは違う意味で、いろいろと「思い通りにいかない」ことや
「思いがけない事故、ハプニング」が続発する国なのでおそらくその国の人にとっても
理想的ではない状況に違いない。

やっとたどり着いた駅にも、何の看板も地図もないので、仕方なくタクシーに乗る。
それにしても、「地球の歩き方」も当てにしていい情報と、全然駄目なのがあって、
こちらは明らかに後者だ。バスも列車も料金・時間ともに変わらないって??
しかし、無事にルハンの聖堂までタクシー代は200円以下だったので仕方ないか。

まあ、これだけ観光地のような大聖堂なのに、駅に何の説明も看板もないというのは、
やっぱり理解しがたいものがある。あんまり説明なんてしなくても、アルゼンチン人なら
必ず知っているのが当然なのかもしれないが、不思議なことに大聖堂内には
世界各国の旗があった!?友好的にしては、観光には無頓着なのか、
あんまり時代の流れについていく気のなさそうな、そっけないところではあった。

しかし、わざわざ行っただけあって、サンタ・マリア・ルハンを祭った立派な大聖堂は
一見の価値があった。素晴らしいステンドグラスに独特の聖母像は、何か不思議な
親しみのわくものだった。つまり、南米の顔立ちなのである。まあ、アルゼンチンの人々に
深く信仰を集めているということなので、それだけその土地に溶け込んでいるのだろう。

また外見的にも、普通の教会と違うのは、建物の外側に使われている石だかレンガだか、
素材がすべて素焼きのようなオレンジがかった茶色をしていて、
ヨーロッパ的な尖った建築物なのに、それでいて南米的に融和した感じがしたことだ。
お土産屋さんがたくさんあって、それなりに観光地なのだろうが、
特に混雑している風でもなかった。

列車はもう懲りたので、帰りはバスを選択したら思いのほか、
乗り心地のいいベンツ製の新しくてクーラーまできいた現代的なバスだったので、
快適に昼寝ができた。

それにしても、こんなバスがあるのに、あの列車も並行して運行している
このアルゼンチンていう国は不思議だと思う。
もうちょっと企業努力するとか、国営だとしても、現状をなんとか改善しようという気がないのか、それとも単に財政難なのか、とにかく南米感覚は謎だ!

2009年4月13日

2009年4月時点、アルゼンチンにおけるデング熱の流行


実は日本からアルゼンチンの渡航する前に、人生のうちで
これほど予防接種を受けたことがないというほど、
色々なワクチンを接種してきた。

A型肝炎から、破傷風、黄熱病に、ついでにインフルエンザも含め。
そして、近くの国際内科のある病院で、お医者様直々に
南米生活のアドバイス(しかし、おそらくこの先生は南米にいらしたことはないだろう)
を受けて、大変に危険な蚊が多くて「日本で市販されている虫除けでは効果ありませんから、
現地で買ってください」とまで言われて、恐れおののきながらブエノスアイレスにやってきた。

たしかに、一ヶ月ほど滞在していたホームステイ先は市内のど真ん中にありながら、
オーナーがアバウトなベネズエラ人だったことと、建物の作りがコロニアル風?なのか
単に古いのか、外気と室内の空気の区別がつかないくらいにオープンエアーな作りだったので、ほとんど自分の部屋では「アルゼンチン版ベープマット」のようなものを炊きっぱなしにしていた。

とにかく蚊が多くて、トイレに入ると蚊に襲われそうになるのでそのたびに格闘しなければならず、もう大変だった。でも、なぜか日本と同じ程度の大きさの蚊しかいなかったので、
動きが鈍いのもあってすぐに退治できる場合が多かった。
しかし、噂ではブエノスアイレスでも大型の蚊もいるらしく、
場所や地域差が大きいとのことだった。

到着した3月のはじめから、しばらくたって分からないなりにも、
ちらほら「デンゲ、デンゲ」とニュースで言っているので、
学校の人に尋ねてみたら「それは北部のことだから、全然大丈夫」
とか平気な感じであった。

しかし、日本では「陸地で繋がっている以上、蚊なんてどこからでも飛んできますから」
と言われていたのを思い出し、毎日欠かさず、匂いのきつい虫除けスプレーをふって
出掛ける日々だった。

しかし、4月になって古巣を離れて、新しいもっと清潔なアパートに引越ししてからというもの、
まったく蚊を見かけなくなり、さらに気温がすっかり秋になって低下した。
そんなわけで、個人的には、まさか今頃デング熱で死者2名!なんてことになっているとは
夢にも思ってもなかった。

ところが、最近やっと部屋でテレビニュースが見られるようになったのと、
だいぶ言語的な理解度がアップしたことで、政府の対応が後手に回ったために、
既にいまやアルゼンチン全土でデング熱患者が発症していることを知り、
さすがに愕然としているのである。

まさに、人災!
なんでも、最初は北部だから安心していたのだろうが、
全然違う地方にも広まってしまっていて、数こそ少ないものの、
ニュース映像では必死で芝生に薬を撒いたり、
ドラム缶のようなもので何かを燻蒸したり、たしかにアルゼンチン政府も
頑張っているのは頑張っているみたいなのだが・・・

相変わらず、首都の空気は快楽的なので、そういう深刻さはまだニュースでしか分からない。
だが、事態は現在進行形なのである。
さらに本日ニュースで確認したところ、もう既にブエノスアイレス郊外で
数十人の感染者が出ている模様。
地下鉄のテレビでもしきりにデング熱の感染を媒介する蚊の発生をいかにして防ぐか、
必死で伝えている。

とはいうものの、ブエノスアイレスの高級住宅地といわれる地域を歩いていても、
道路がボコボコだったり、舗道のタイルがめくれ上がっていたりするのは普通なので、
そういうところに水溜りがあるのはごくごく普通のことなのだ。

一体全体、こういう状況を放置して家の植木やバケツの水を捨てるだけで
蚊の発生に対処できると思っているのやら?
アルゼンチン政府の対応は非常に支離滅裂としか言いようがない。

それでも天気がよくて、イースター休暇ということもあってほとんどの人たちが
露出度の高い服装をして平気で歩いていた。まあ、そんなものかもしれない。
まったく、中南米の人は抵抗力が強いのだろうが、本当に暢気な人が多い。
多分、これがアルゼンチン流の対処なのだろう。

コラム衆を募集中!(参考)新しい世界の意識と変容と新旧の分離

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2009年2月20日

アルゼンチンのフェルナンデス大統領、敢えてキューバへ行く。

アメリカがオバマ大統領就任で沸く頃、なぜかそれとは逆方向へと向かっていく不思議な南米の国の大統領がおりましたとさ。それが、我ら日本の裏側にあるアルゼンチン。まさに地球儀で逆に存在するだけでなく、政治的方向性もまったく反対なのか?

とにかく個人的に見るとその感覚はとても面白い。沈みかけのアメリカに必死ですがり付いていくよりも、独自路線で敢えてこの時期にキューバへ向かい「経済協力」を約束するなんて。判官贔屓とでもいおうか、なんだか愉快な気がする。
http://www.afpbb.com/article/politics/2562347/3716810

しかも、単に臍曲がりなのではなくて、今話題になっている革命英雄とされているチェ・ゲバラこそアルゼンチン出身なわけで、意外と元から反骨精神が強いお国柄のようなのだ。最近もその子孫がなぜかアルゼンチンに永住する権利を取得して母国に戻っており、そういう意味の返礼かなにかがあったのかもしれない。

たしかに、キューバなんてアメリカやロシアから見れば「吹けば飛ぶ」ような島国であるし、日本みたいな経済大国でもない。いまやカストロもよぼよぼだし、それほどのカリスマ指導者が今後出るという保障もない。

それでも、同じ南米のアルゼンチンがそんなキューバを見捨てずに、むしろ協調路線、あるいは反米の小さなポーズとして利用(?)しようという根性はなかなかたいしたものではないかと思う。日本では、ついつい目が行かない南米の政治状況であるけれど、ベネズエラといい、アルゼンチンといい、簡単にアメリカなんかに尻尾を振らない南米諸国の根性を見習いたいと思った。

関連ニュース日露首脳会談ーロシアは日本の譲歩が念頭に? - 毎日jp(毎日新聞)

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2009年2月18日

カナダ(Omnicityhotel)からの偽求人メールに要注意!

最近、海外ネットワークのmixiのようなものへ友達に誘われて登録したりするうち、
カナダのRose Grand(39)と名乗る未知の女性から、いきなり仕事募集の件で
メールが来るようになりました。

内容は以下のようなものでした。

READ CAREFULLY THE HOTEL LETTER OF AGREEMENT,IF YOU ARE OK WITH THE TERMS/CONDITION THEN SIGN AND SEND IT BACK WITH YOUR SCAN PASSPORT COPY TO GET STARTED WITH YOUR VISA PROCESSING VIA THE IMMIGRATION BUREAU OTTAWA.
WE STILL NEED MORE 25 PERSON SHOULD IN CASE YOU FIND THOSE THAT ARE INTERESTED,GET THEM IN AND APPLY AS GROUP.
THANKS

もう一通には、添付のワードのようなファイルで明らかに素人の作成したような
職業別の給与だけが書いてある内容がありました。

OMNI CITY

OMNI CITY HOTEL AND RESORT IS ONE OF THE NEWLY OPENED HOTEL HERE IN MONTREAL CANADA , A LUXURY AWAY FROM HOME WITH ABOUT 450 SUITS ACCOMMODATIONS 21 DIFFERENT KITCHENS AN BARS WITH OUR VACANCIES , FIRST OF IT KIND IN QUEBEC CANADA.

BELOW ARE VACANCY PRESENTLY AVAILABLE IN OMNI CITY HOTEL AND RESORT IS LOOKING FOR ELIGIBLE, COMPETENT PERSONS TO FIT IN THIS POSITIONS .


1,WASHING CARS IN THE HOTEL . MONTHLY SALARY - $5,500 US DOLLARS.
2, CLEANER THE HOTELS ROOM.. MONTHLY SALARY -$5,800 US DOLLARS.
3, BAR ATTENDANT . MONTHLY SALARY -$5,900 US DOLLARS
4,HOTEL DRIVER MONTHLY SALARY-$5,750 US DOLLARS
5,HOTEL SECURITY- MONTHLY SALARY $6,850-US DOLLARS
6,HOTEL COOKERS. MONTHLY SALARY $5,350 US DOLLARS

まずおかしいと思ったのが、美容師や運転手、マッサージなどでも月給が5000USドル以上
しかも2か月の有給があり、6年間契約でとにかくサインしてパスポートコピーを送れって、
今の時代どう考えても(今の時代でなくとも)おかしい。

カナダのことに詳しくないので、ネットで色々と調べてみると、たしかにOMNI系列のホテルは
モントリオールに存在するのですが、この求人をしているホテルはOMNICITYとなっており
その名前で検索すると、英語圏の個人ブロガーのサイトに行きあたりました。
http://suckerswanted.blogspot.com/2006/12/omnicity-hotel-ottawa-canada-impostors.html

なんと、ここのブロガーによると、昨年の夏くらいから世界的にこのメールが出回り、
最初は「渡航費、ホテル代は持ちます」というようなことを書いてあるのに、最終的には
「ビザを取るのにお金がいるから先に送れ」となって、実際に騙された人もいる模様。
日本人の間にはどのくらい回っているのかわかりませんが、英語系のサイトに自分の
メールアドレスやなんらかの連絡先を公表している方々、十分にご注意下さい!

ちなみに、私の場合は疑問に思った内容を英文でメールすると、突然今度は
「我々はいろいろなところに広告を出しており、あなたがOKでないなら時間の無駄だ。
緊急を要する求人なので、もういい」という返事が、とてもネイティブとは思えない
不自然な文体で返ってきました。

今考えてみると、このヤフーのメルアドからしておかしい!
ominicityhotelss_cana@yahoo.ca

どうか、日本人の被害者が出ませんように、皆様も周囲の方で
こんなメールがきた人がいらっしゃれば、絶対に送金しないようにお伝え下さい!

推薦コラム琵琶湖の海月 交流分析と大阪の役(1)

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2009年2月16日

マルケロフ弁護士殺害事件追悼とロシアの左翼活動家たちの接点と今後


今になって始まったことではないので、驚きはしないがモスクワでまた若く正義感の強い弁護士が殺害される痛ましい事件があったのをご存じの方もいらっしゃるであろう。事件の顛末は以下のとおりだ。日本の報道では多少端折ってある感じがあるので、ロシアの個人ブログを参照する。

 「ロシアの人権弁護士、スタニスラフ・マルケロフ氏(34歳)は1月19日、モスクワ中心部での記者会見を後にし、移動中に射殺された。マルケロフ氏と共にいたジャーナリストのアナスターシア・バブローワ氏(25歳)は間に入ろうとした際に撃たれ、数時間後、入院先の病院で死亡した。バブローワ氏はノーヴァヤ・ガゼータ紙のフリージャーナリストだった。マルケロフ弁護士はエルザ(ケーダ)・クンガエワさん一家の弁護を担当していた。チェチェン人のケーダさんは18歳だった2000年3月、ロシア人のユーリ・ブダノフ大佐に殺害された。ブダノフは2009年1月15日、早期の保釈を得て収容先の刑務所から釈放された。1月19日に行われた記者会見でマルケロフ弁護士は、ブダノフ氏の早期釈放について欧州人権裁判所に控訴する予定であると発言していた。マルケロフ弁護士のクライアントには有名なジャーナリスト、ミハイル・ベケトフ氏がいる。 彼は2008年11月、襲撃を受け激しい暴力を受けている(シカゴトリビューン紙の記事を参照)。 ニューヨーク・タイムズ紙はノーヴァヤ・ガゼータ紙広報担当者の話を引用し、マルケロフ氏は「アンナ・ポリトコフスカヤの活動が明らかにしたほぼ全ての事件」に取り組んでいたという。アンナ・ポリトコフスカヤは名の通ったジャーナリストで、2006年10月に銃弾を受けて死亡している。 ロシア人ブロガーの多くは、マルケロフ弁護士とバブローワ氏を狙って白昼に起きた衝撃的で卑劣な銃撃に反応した。LJユーザーtupikin:」

つまり、このマルケロフ弁護士はロシアという普通にただ暮らすのですら危険な国で、自らの命を顧みずに正しいことをやろうとして、何ものかに消された。たしかに、ソ連時代から今に至るまでそういうことで命を落としている人がたくさんいるのも事実だ。しかしながら、白昼堂々と射殺するのは一種の見せしめだろう。モスクワの中心部で事件は起こっているし、絶対に目撃者だっていておかしくないのに、今のところ犯人に繋がる手掛かりはほとんど皆無らしい。

正直言って、ロシアの最近起きる事件を個々に何の脈略もなくニュースで見ているだけの私ですら、この無力感はなんともいえないものがある。もちろん、あの強権国家においては一人一人の国民の命なんてもの軽くしか見られていないことも重々承知の上でも、この頃起きる犯罪はソ連崩壊前にあったという無法かつ無差別に残虐行為や犯罪が多かった時期に重なってくるのだ。しかも、ソ連崩壊時のロシア人が自らのプライドやアイデンティティーを喪失しかけていたときよりもっと最悪なことに、中途半端に植え付けられた国粋主義的な意識を振りかざして、平気で他人種を攻撃し殺してでも排斥しようとする動きが出てきていることだ。

しかし、そんな中にあっても一部のロシア人は良識を持ち合わせているようだ。マルケロフ弁護士殺害事件の翌日には、早速モスクワ、サンクトペテルブルク、グロズヌイの三都市で彼の死を悼む集会があり、かなりの人々が集まったのだ。ヤロスラフ・ザガレツの書いた記事によると、それぞれの都市によって追悼の仕方や集まった人々の意識に違いはあったものの、特筆すべきはチェチェン人の事件で関係の深いグロズヌイで自主的に集まった人々が3千人もいたということだ。ロシア人の間では一種の報道機関洗脳によって、ずっとチェチェン人を悪者扱いしたり、まるで邪教の暴力的な人々なのでロシアが教化しなければならないような考えがあるにも関わらず、あえてその弁護をしてくれた恩人を追悼する意味が大きかったのだろう。

また、それぞれの追悼集会でテロとの戦いと大口叩きながら、このような罪もない人々を殺す犯罪者を捕まえもしない政府への怒りが大きく爆発し、モスクワ地下鉄周辺では軽い暴動のようなものが起こったと伝えている。広いロシアという国の中でそれだけ広い範囲にまたがって活躍していたマルケロフ氏の存在の大きさを感じる。

最近注目しているロシアの左翼政党の人々にとってもマルケロフ氏を失ったことは大きな痛手だったという記事に感心した。つまり、この弁護士はお金にもならないような、貧しくて誰にも弁護を頼めない人々のために自ら買って出て多くの仕事を引き受けていたようなのだ。

最近のロシア社会では、貧富の差が拡大しているために数でこそ多数派に負けるが確実に「労働者階級よ、団結せよ!」という過去の社会主義に近く、労働者の権利を守るための運動をする若者が中心となった政党も各地で勢力を伸ばしているのだ。彼らもまた、言論弾圧のもとで自由な集会もできず、何かそれに近いことを組織したら途端に警察や特殊部隊に拘束されたり、あるいはもっと酷い場合、活動家個人が普通に路上で襲われたりする事件が絶えないようだ。そのような活動家の弁護までしていたようなのだ。妻子もある身ながら、危険も顧みず・・・

本当に今更ながら失ったものの大きさを感じる。でも、おそらく大多数のモスクワにいる裕福な生活に慣れて自分を甘やかすようになったロシア人たちにとっては、まるで他人事なのだろう。真剣に考えている人はごく一部に過ぎない。しかし、やがて失業者が数百万人規模になってきた日にやっと何かが動くのかもしれない。

いずれにしても、言論弾圧しても今の時代に抑えられる範囲は知れているわけで、ソ連時代ですらサミズダート(地下出版組織)で発売禁止になったヴィソツキーの歌を世界中のロシア人に行き渡らせた国民性だ。今回の残虐非道な言論弾圧にも負けないロシア人の魂を私は信じている。

関連ニュース自民・小泉元首相、顧問を務めるシンクタンク業務の一環でロシアに向け出発

国際公共政策研究センター(顧問:小泉純一郎)とは→ クリック

2009年2月13日

ロシアのアニメーション作家も失業状態?!

ロシアのアニメーションといえば、知る人ぞ知る、
実は世界のアニメーションの世界では実力派が結構おり、
海外のコンクールなどでも多数受賞するなどの実績もある。
それなのに今、彼らのほとんどが失業状態にあるという。

私の知る例では、ユーリー・ノルシュテインという有名なアニメ作家がいる。
ジブリでの自分の作品展撤収のために東京に来ていたときの講演で
本人にお会いしたことがあるが、彼ほど真剣に芸術に取り組み、ロシアの
将来について考えている人も少ないという感じがするほど、教育という
テーマに対しても素晴らしい回答をされていた。
ただ、彼の場合あまりにも手書きのような職人的手法にこだわりを持っている
ために量産せず、スティーブン・スピルバークに一緒に仕事を誘われても断るなど
相当「我が道」を行く芸術家であり、まったくコンピューターグラフィックなどを
使わない作風のため、現代っ子受けしないのでロシア国内でもごく放映が
限られているようだ。
http://www.comicbox.co.jp/norshtein/

おそらく、ソ連時代などは国家の芸術に対する補助が手厚かったりして
映画や演劇や多分アニメだって、それなりに公務員扱い並みかもしれないが
安定した職業だったはず。それが、今や経済の荒波の中に放り出され、
しかも、テレビや映画館で放映されても作品を作ったアニメ作家のもとに
入ってくるのはたかだか10%程度。しかも、テレビなどでは完全に日本の
アニメに押されっぱなしだ。

特に経済危機の今は酷いらしくて、このままではアニメ作家という職業自体が
絶滅するのではないか?とMKという大衆紙では書いており、危機感を募らせた
アニメ作家たちが声を上げていると伝えている。

推薦アニメ:チェブラーシカ [DVD] 監督: ロマン・カチャーノフ


2009年2月11日

バルトの二国における暴動とその顛末

2009年1月の中旬から、バルト三国のうちのリトアニア、ラトビアで続けて政治的な暴動が起こったことはあまり日本では報道されなかった。しかし、昨年度からの米国発端の金融危機がきっかけとなった景気の急降下はヨーロッパでも比較的東側、元の共産主義圏でも大きな影響を受けたようだ。

リトアニアもラトビアも国土の大きさも経済的規模も非常に小さいが、旧ソ連圏では比較的独立後に経済がうまくいっていた方に入る国々である。そして、ロシアの影響力が小さくなってからどちらかというと現地にいるロシア人住民をなにかにつけて「差別している」とロシアの報道機関は常に批判的であった。だが、実際にはソ連時代に無理やりロシア人を大量入植させた結果、独立後もロシアに戻らずに居残った人たちが、現地人から昔の恨みを晴らされているというのが実態といえるのかもしれない。

ところで話を現在の経済問題に戻すと、ロシアでも日に日に経済の状況は悪くなってきているし、資源価格も以前のように安定高値ではなくなってきている。しかし、今のところバルトの二国のような大規模に結束した暴動は起きていない。

しかしバルトの二国では最近激しい暴動が起きた。まずラトビアの首都リガでは、労働組合などの呼びかけで国民が大規模な集会を開き、経済危機への政府の対応に対する反対を唱える平和的な催した。ところがその翌日辺りから、今度は議会の建物を取り巻いて数百人の若者が反政府スローガンを唱えるなどしだした。そのうちの過激派が暴徒となって建物内に押し入ろうとして、警官隊と衝突し逮捕者が出る大騒動になった。

それから遅れて数日後、今度はリトアニアの首都ビリニュスでも同様の騒動が起こった。最初は平和的集会に集まった7千人ほどの政府の経済危機対策に反対する市民であったらしい。しかし、その後に改めて国会の周辺に集まった若者4百人ほどが暴徒化。

最初は卵や空き瓶を投げる程度だったようだが、やがて火炎瓶を投げるもの、建物内に強行突破しようとするものが現われて、政府もこれを鎮圧しなければどうにもならない事態へと発展。その結果、この暴動で約50名のけが人が出て、80名が逮捕拘束された。また、この騒動によって建物に与えた被害修復費用に77万ドルほどかかるという皮肉な結果となった。

リトアニアの財政はただでさえ、今年は赤字なのにこの負担はかなり重くのしかかることだろう。
まだロシアでこれほどまでの規模の暴動は起こってはいないが、既にロシア人労働者の解雇は着々と進んでいるらしい。一旦豊かになった後に起こる経済崩壊の痛手がどの程度のものか、今のロシア政府もまだ考えが及んでいないのではないか。

ロシア国内の労働組合の運営するサイトのニュースなどを見ていると、組合の中心的活動家は常に政府からマークされ、暴行を受けるなど直接的に弾圧を受けているようだ。しかし、最近は労働組合側もこれに屈せず、粘り強くロシア全土に組織を拡大して情報交換しながら活動を続けており、今回のバルトの二国での暴動にも敏感に反応している。

特に面白かったのが、ソ連崩壊後にバルトの国々で虐げられてきたロシア語を話す現地在住のロシア人が、現地のバルトの人々と同様に経済危機政策反対した。そのため暴動の現場での若者たちの叫ぶスローガンの中には、現地語と同様にロシア語も聞かれたそうである。このような共闘は珍しいことらしい。

不思議な話だが、元共産主義国の親玉だったロシアの方が労働組合に自由がなく、弾圧されて声があげられないのに、バルトの国々の方が活動しやすいというのもいかがなものか。あれだけ、「労働者よ団結せよ!」だとか「労働者=尊い存在」と刷り込み続けてきたソ連時代の嘘偽りが今更ながら、ただただ空しく思い出されるのであった。

重要ニュース:ロシア、民間債務の繰り延べ要請へ 外国銀と交渉、36兆円 (日経新聞)

参考サイト非対称的贈与システム

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2009年2月 8日

ついにロシアの失業率6%、人数にして164万人突破!

あまりいいニュースではないのだが、ロシアの経済危機が本格的になってきている。
2009年2月2日時点のRIAニュースによると、先月1月21日から28日の統計に
よると、失業率は6%に、失業者数は164万2千人という。
しかも、このところのルーブルの急落は激しく、1ドル36ルーブル、1ユーロ46ルーブルと
前回の経済危機のとき以上に危機的状態にある。
果たしてロシアはこの冬をどう乗り切るのだろうか??

関連ニュース:ルーブル安でロシアが正念場、レンジ防衛できなければ信用失墜(下限41ルーブル付近)

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2008年9月22日

グルジアだけではない。ロシア国内の人種差別犯罪。

それにしても今年の夏、北京オリンピックが始まるや否やグルジア侵攻したロシアの軍事行動は、思い描いていたとおりの悲劇が現実化したものだった。むしろ、ロシアのマスメディアがここ数年に渡って執念深く「グルジア憎し」の感情をまんべんなく、無知な国民に植え付けてきた結果であった。

ずっとそういう報道を見てきた私は驚くよりもむしろ、こういうことだけは「用意周到」で「計画通り」に行動するロシアという国に改めて、五年十年を馬鹿な計画通りに国家運営して大失敗した(結果、餓死者数十万人?)偉大なるソビエト連邦を思い出した。

おそらく、ロシア人でも知識階層の冷静な判断力を保っている人々は私よりもさらに冷静に自分の国のやっている暴挙と今後の展開について考えているはずだ。
しかし、ロシアという大国は一旦動き始めてしまうと止まらない
というか、止めたら壊れるような仕組みになっているとしか思えない。

だからこそ、自分の国民と国家の権威を保つためなら、どんな見事な大嘘もついて愚かな国民を騙し続ける。
そうやって、ソ連時代も大多数の人は半分は政権をぼろ糞に言いながらも、どこかで「大国の威信」を信じてきたのだ。そして今も似たような状況なのだ。

プーチン政権になってから、明らかに人種差別の組織的傾向の犯罪が増えてきたことは、統計を見れば明らかだが、ごく最近の数字が手に入ったので改めて日本の皆様に見てほしい。

2007年
モスクワ 36名死亡、100名以上重軽傷
サンクトペテルブルク 16人死亡、25人重軽傷
スベトロフスキー州  6人死亡、5人重軽傷
人種内訳:ウズベキスタン人 12人死亡、16人重軽傷
     タジキスタン人 6人死亡、33人重軽傷
     アゼルバイジャン人 6人死亡、10人重軽傷
(以上 「インターファックス」社、lenta ruより)

そして、2008年になって既に71人死亡、268人重軽傷という現時点の情報。
日本でもしこのレベルで外国人が殺されたり、怪我をさせられたらどういうことになるか考えてもみて欲しい。
しかも殺されている人たちのほとんどが、おそらく好きでもないロシアに、自分の国で待つ家族のために、出稼ぎをして送金しようとして、土木作業などの名目で極限に安い労賃で働くために来ていた可能性が高い。

つまり、今のロシア人はそういう人々を人権対象として見ていないどころか、同じ人間として扱っていないともいえるのだ。
そして、おそらくその「支配者」に近い感覚でもってグルジアにも接している。
愚かである。

自分たちの歴史がグルジアに比べて、またウズベキスタン、タジキスタン、アゼルバイジャンに対してそんなに誇るほどのものかどうか、もう一度勉強し直してこい!と言ってやりたいくらいだ。


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ウズベキスタン、タジキスタン、アゼルバイジャンがどのあたりにあるかも日本ではぴんとこないかもしれないが、まさに文明発祥地近辺や、あるいはシルクロードの国々といっても差し支えのない歴史ある地域の誇り高い人々なのである。
決して虫けらのように踏み躙ってよいものだろうか?そんなことも分からないほど、今のロシア人は獣になったのか?
トルストイの思想やチェーホフの博愛を思い出したところで、過去は過去、結局は何の役にも立ってない。本当に嘆かわしい。

大きければ、石油があればいいのか。
国内でも平気で外人労働者を殺すロシア人が、グルジアで何をやったかなど当然分かりきっているではないか。
強奪、放火、殺人、強姦なんでもこいだ。

そんなロシア軍を誇りに思うようなロシア人に洗脳したプーチンは見事なものだと思う。
でも、そんな風に洗脳した連中に自分が逆襲される想像力はないのだろう。
いつかやがて、ハンメルンの笛吹きに操られたロシア人たちが世界に対して何をするか、皆でとくと観察すべきだろう。

今のロシアは外国人に対しての敬意も払えない国なのだから、日本がもし国家としての権威を保つつもりがあれば、「まともな相手」として扱うべきではない。
ロシアは今後も他国を蹂躙し、自分たち以外の人種を抹殺し、自分たちの正しい文化を
伝播させるためなら何をやってもいいという考えを持ち続けるであろう。

偶然見たロシア人ビザなし入国を開始したイスラエルであるが、これもまた見事に筋書き通りではないか。(メドヴェージェフ=ユダヤ人)
それでいて懲りもせずにまた、ロシア国内のユダヤ人墓地はスキンヘッド連中に荒らされるのだろうが。
いずれにしても、プーチンの傀儡メドヴェージェフなら期待通りに継続的に人種差別助長(あるいは見て見ぬふり)をやるにちがいない。

関連ニュースロシアに怯える旧ソ連諸国 グルジア危機 * 2008年9月22日* FINANCIAL TIMES

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2008年8月17日

共産主義における宗教否定の影響

それにしても共産主義の恐ろしさというのは、実際にソ連時代を体験した世代のロシア人でなければとても分からないことだろう。しかも、外側から見れば「ソ連時代」とひと括りにして考えてしまいがちだが、革命後の混乱期だとか、その後スターリン政権下、雪解け時代、ペレストロイカ、など時期によって事情がかなり違ってくるので、それぞれの時代の苦悩というのは一貫性があるようでないのだ。

いずれの時代にも自由がなかったともいえるが、ある時期には緩んだり、また違う時期には厳しくなったり、意外とその辺りは流動性があったらしい。それでも、スターリン時代を知る人たちにとっては、戦争中よりもスターリンが亡くなるまでの辛苦というのは想像を絶するものだったという話だ。

しかし、ひとつ確実に一貫性を持ってロシアの国民を苦しめてきた(本人は苦しんでいる気はなしに)問題といえば、宗教の問題があるだろう。社会主義国樹立されるまでの帝政期のロシアといえば、特に農村や識字率の低い人々の間でのロシア聖教への信仰はかなり絶対的なものだったと思われる。

有名な劇作家であり小説家のチェーホフ『かわいい女』の主人公の無学無知な女性がやたら滅多ら朝から晩まで神に祈り、十字を切る様子は今では考えられないくらい信心深かった過去のロシア庶民の様子を描いている。

さらに、歴史上最も有名な「血の日曜日事件」。
 1905.1.9ガボン僧侶を指導者とするペテルブルク相互扶助協会がストライキに入り、皇帝に対する陳情行進を企図した。約20万人の労働者・市民が、「ロシア工業労働者同盟」の指導者で僧侶のガボンを先頭に「パンと平和」を求めて、その多くの者が皇帝の肖像や聖者像を掲げ、「神よ、ツァーリを救いたまえ」を歌いつつ、首都ペテルブルクの冬宮目指して請願行進を始めた。皇帝崇拝が根強い民衆は、「父なるツァーリ(皇帝)」を素朴に信じ、様々な悪政は皇帝の周囲の悪い貴族たちによるものだと考えた。そして、「陛下、私たちペテルブルグ市の労働者は、正義と保護を求めて陛下のみもとに参りました」というメッセージを伝えようとしていた。

このようにして、当時の革命前のロシア人は非常に素朴に皇帝も神も信じていた人々が大半であったと思われる。それが革命を転機にして、突然それまでのロシア人の道徳や生活規範を示していた宗教が否定され、挙句の果てには、「父なる皇帝」とまで呼ばれていた、あの皇帝一家はエカチェリンブルクで極悪非道な赤軍の連中によって屈辱を与えられた上、惨殺されたのである。(詳細は「皇女アナスタシア伝説」のサイトで非常に詳しい説明がある。参考まで)

ソ連崩壊後エリツィン時代になってやっと、皇帝一族の名誉回復とその魂を慰める目的でロシア聖教のイコン(崇拝対象の絵画)化された。しかし、噂に聞いたところによるといまだにエカチェリンブルクに建設された皇帝一族の慰霊目的の教会の壁からは血が流れてきたりする怪奇現象が起こっているらしい。その事情を話してくれた現地人とは、モスクワのとある教会で出会ったのだが、この教会もソ連時代には「おもちゃ工場」として利用されており、宗教的な行事は一切禁止されていたという。そして、このときにいた地味な様子の女性が「元KGBのあるルビャンカ広場にジェルジンスキー像を建立するのに反対」する署名活動を行っていて、そのときに偶然知り合ったのだった。

実は、恐るべきチェーカー(秘密警察)という組織を開設したこのジェルジンスキーという人がかの有名なソ連時代思想犯のシベリア送りの実行犯なのである。特に知識人対象とした強制収用などの犠牲者というのは、やはりモスクワに多かったようだ。ユダヤ人なども一時期は、かなりの割合で強制的に送還されたりしており、民族的な強制移動なども多々あったようだ。ソ連時代の銅像を撤去したのにも関わらず、「KGBに戻ると、帰宅したようにほっとする」プーチン大統領のために、再びその場所へ銅像を戻そうとする動きがあるともっぱら当時のモスクワ市民の間では評判だった。

とにかく、このような歴史上の変遷に振り回されてきたロシア人というのは、実は今のロシア聖教をまともに信じる人は非常に少ない。私もモスクワで頻繁にミサに紛れ込んで観察してきたが、信者と思しき人はほとんど女性と高齢者。ほとんどのロシア人は無心論者か多神教、あるいは新興宗教の信者といってもいいくらいだ。

ただ、民族的に考えてみると、イスラム教などは今も非常に熱心に地域によっては信仰されているし、ユダヤ人も人によってはタルムードから人生を学ぶし、一部の地域ではチベット仏教、あるいは土着的なシャーマニズムが今も信じられている。しかし、大半の人は一度宗教を否定された挙句、宗教者に裏切られたという意識もあるようで、本当に迷信しか信じていない。そのせいもあってか、宗教を失ってからのロシア人の道徳の退廃ぶりは激しいものがある。そして、これは残念ながら今も変わらない。

特に人生でも最も重要な「結婚」や「家族」についての聖書や教会の解釈を全面的に否定するために、社会主義初期には「結婚=単なる法的手続き」という改悪をした。(いまだにその名残で、ロシアの結婚式はザックスと呼ばれる役所の機関のようなところで挙げてしまって終わりの人たちが多いらしい。要するに法的手続きと式が合体したようなものだ。)そのためにロシア聖教では基本的に離婚を禁止していたにも関わらず、ソ連時代になってからというもの節操のない男女関係が蔓延して、家庭はズタズタに引き裂かれ、挙句の果てには母子家庭とアルコール中毒で早死の男性が激増という悲劇が起こっている。これは今も続いている悲劇であるし、ある意味、因果的とも思える面がある。

また、満州引き揚げの日本人女性を集団暴行したり、少女にまで手を出して残虐非道の限りを働き、アフガニスタンやチェチェン、その他の戦地でも市民に対して堂々と人間が思い描ける最低の行為を行い尽くし、奪い取れるものはすべて奪い取り、辱めるものを陵辱の限りを与えた地上最低の軍人を今もロシアでは政府を使って英雄に仕立て、崇めることをやめる気配すらない。つまり、神を信じないから「人間以下の畜生でもできない悪行」をやるのが無心論者の恐ろしさなのだろうと個人的には理解している。

また、そこまで極端な例を挙げなくても、日常的に「平気で約束を破る」ことができる大方のロシア人というのは、間違いなく「無神論者」ではないかと思われる。つまり、よくも悪くも畏れるものがないのだ。そして、自らを救うものもない。可笑しな話だが、ユダヤ人は契約概念が強いからか、口は悪いが約束は守る人が多い。しかも、家庭崩壊の確率も知人の範囲内では少なく、教育熱心であった。だからといって、必ずしもユダヤ教信者というわけではなかったが、生活に対する規律をしっかり守れる彼らがロシアにおいて成功者となり、あらゆる分野の上位を占めるのはある意味、仕方ないようにも思えてくる。つまり、それほどに一般ロシア人の野放図、無秩序な生活設計と無神論が生活を破綻させる例があまりにも多く、社会的な成功者となる確率が低くなるのも当然の結果なのだ。またそれを反省しないために繰り返しばかりになってしまう場合も少なくない。

もちろん、中には無心論者でも素晴らしい人格者もいるので、要は「自分を律する基準があるかないか」の問題かもしれないが、一般的には「ない」無神論者が非常に多い気がするのだ。そのために、どうでもいいような問題が多発し、他の国で当たり前にできそうなことが、いまだに非常な厄介を伴う半世紀前みたいなマフィア・賄賂社会だったりするわけなのだ。まあ、こればかりは実際に住んでみないと分かりにくいが。

誰かが書いていたが、「共産主義というのは、人類史上最大かつ最悪の人間を使った実験だった」という人がいるらしい。実際、有名なジョージ・オーウェルの小説『1984年』の中で描かれた恐怖社会に近い状態が実際にソ連では起こっていたのだ。ソ連崩壊後、まるで新生国家が突然誕生したかのように今のロシアとソ連を異なるものと考えがちだが、実際には共産主義時代の爪あとは生々しくロシア人の魂に残っており、今も蝕み続けている。そして、おそらく彼らが自覚なく戦時中やソ連時代に行った残虐非道な行為の代償は、今も払われ続けているように思う。その最も深いところにある宗教問題についての解決方法を、ロシア人自身が見つけなければ、お金で買えない本当の幸せを手に入れることはとても難しいだろうと思う。

関連コラム:グルジア戦争の開始

本日、平成20年8月17は、→ 『水素文明の夜明け』の発売会(橘みゆき in 東京ビッグサイト)

関連コラム:「地獄のドバイ」のリーダーシップ

2008年8月10日

「太陽に値段が付けられるか?」それがグルジアからの問いかけ。

もしグルジアが歴史もプライドもない国だったら、どんなに楽だったろうか?
今回の南オセチアでグルジアを巻き込んだロシアとの戦闘状態を知って
本当に心からそう思った。脳裏に多くのグルジア人の友たちの顔が横切る。
遠い国の戦乱にこんなに辛く感じるのも、彼らとの短い出会いがどれだけ
強い影響を自分に与えてきたかということに他ならないだろう。
とはいえ、大半の日本人にとってグルジアはあまりにも未知の世界でしかも遠い。

さらに歴史的にもこの地域の複雑さは、本当に住んだことのない部外者が説明できる
レベルのものではない。そもそも、あれだけ狭いグルジアの中に存在する多くの民族文化が
いまだ同化されずにそれぞれが存在していること事態が驚くべきことだし、実際に
一度や二度行った人間にそれを語る資格はないだろう。

しかし、幸か不幸か南オセアチアから1990年代にロシアからの空爆で逃げてきた
難民の友達を持つ私としては、どうしてもここでせめて彼らの代わりに伝えたいことがある。
グルジア人が戦いに至った理由は決して小さなことではなくて、それまでに多くの代償を
払い続け、ロシアによって踏みつけられ続けられながらも耐え忍んできた結果でもあるのだ。
もちろん、ソ連崩壊時の混乱はロシア人にとっても同様に悲劇的なものだったし、
今となってはコーカサス地域の分裂と混乱、そして隣人同士が人種や信仰の違いだけで
殺し合うような地獄絵となったことは、はっきり誰が悪いと言えない面もある。

それでも、彼らは(グルジア人でもアルメニア人、アゼルバイジャン人その他の少数民族も)
皆それまでは仲良く暮らしてきていたし、ロシア人だってその中で決して嫌われてばかり
いたわけではないのだ。しかし、90年代初頭、ロシアによる南オセアチアの空爆で
追い払われたグルジア人の多くは帰る場所をアルメニア人やロシア人に乗っ取られ
(つまり不在の家など)、首都のトビリシでホテルや学校などに仮住まいして、
ほぼホームレスに近い悲惨な状態で何年間も暮らしていたのは事実である。

結局、ソ連崩壊後のどさくさに紛れてグルジアだった地域を「開放して独立させる」という
大義のためにロシア人が制圧して、そこにグルジア人以外の民族を住まわせて、
彼らによって「独立の意思」を代弁させたようなものなのだ。
私の友人の家族の場合は避難先のグルジアの首都トビリシで学校に暮らしていたようだ。
二人姉妹の妹は美しい顔立ちだが、なんとなくいつも表情が固く多くを語らない気がしていた。
そして彼女は常に頭にターバンを巻いていたので、不思議に思っていたのだが、
実はそれは空爆があったときからショックで髪の毛が抜けてしまって生えてこなくなったためだ
というのを後で聞いた。どれほど悲惨な体験だったのか語らなかった。
しかし、姉が日本の北方領土など領土問題に関心を示して大学院で研究していると
知ったとき、やはり自分たちの故郷のことが頭にあっての選択だろうと痛感した。

おそらく生活は豊かでなく、色々と物心共に大変だったろう。
それでも、日本人である私が自分たちの国に滞在している間、一生懸命世話を焼いてくれた。
驚いたのは夜に真っ暗な街頭で頼んでもいないのに見ていた芝居が終わるまで、
親子で外で待っていてくれたこと。治安が決してよくない国でそんなことまでして
外国人の私のことを心配してくれる、その気持ち。その優しさ。でも押し付けがましくなく、
慎ましい心遣い。どうして初めて会った人にそこまでできるのか?
グルジアの心の奥深さに打たれた。

実際のところ、今のグルジアは本当に貧しい。これだけ世界に出稼ぎに出て、
故郷の家族や親戚に仕送りしてくる外貨で持っている国も少ないのではないかと思うくらい、
外国送金を受け取る銀行は毎朝行列ができている。

それなのに、あまりにグルジア人はプライドが高いばかりに、ロシアとも正面からぶつかって
いったりするから、唯一の主力輸出産物だったワインすら去年は売り上げが非常に落ちて
しまったようだった。それに今回の戦争である。アメリカは道路の金くらいはくれただろうが、
全然あてにならないのに。

それでも、仮にロシアがどんな軍事力で抑圧してきても、グルジアのプライドを彼らの心の中から奪うことはできないだろう。

「武器を持たずに来た人は皆、歓待する。それがグルジアの伝統だから。」
そう言って家長として乾杯の音頭や演説を何度も何度も聞かせてくれて、
見たこともないような素晴らしいご馳走の山でもてなしてくれたグルジアの男性たち。
その堂々とした風貌と力強い一言一言にどれだけ感動し、
また人生だけでなく民族の誇りは何かを思い出させてもらったし、
私も日本人として恥ずかしくないように生きようと彼らを見て思った。

そして、何よりも私の心の中で「これぞグルジアのプライド」だと思ったのが、
トビリシの博物館にいた年配の学芸員女性の言葉だった。
そのイコン(グルジア聖教の聖像画に宝石を埋め込んだもの)は
戦争のときにグルジア国外に一度持ち出されて、それからここへ戻ってきた貴重なものだった。

その価値について、あるあまり頭のよくない青年がこう尋ねたそうだ。
「このイコンはいくらぐらいするのですか?」
すると、彼女はすかさず言ったそうだ。
「あなたは太陽に値段が付けられると思うのですか?」

そう、太陽に値段を付ける馬鹿がいるのだとしたら、世界も御仕舞いじゃないかと思う。
でも今の世界は、何にでも値段を付けたがる連中の方がまるで賢いみたいに君臨している。
そして、彼女のように本当に世の中で大切なものに値段を付けるなんてことが
いかにおこがましいかを悟っている人で、「太陽に値段が付けられるか?」と堂々と
言い返せる人間が本当に減ってしまっている。

でも、グルジア人は知っている。太陽に値段が付けられないように、
彼らの伝統と歴史と文化、そしてそのプライドには世界の誰も値段が付けられないのだ。

たとえ、ロシア人が歴史上一時的に資源を多く持ったところで、
彼らには本当に「値段が付けられない太陽のようなもの」があるのだろうか?

お金で買えないものを失ったとき、初めて人間は堕落する。
お金を失っても、プライドを失わない人間は決して本当に大切なものを失うことはない。
だから、グルジア人が仮に戦で負けても「負けたわけではない」と思うのだ。




殲滅戦が繰り広げられるグルジア戦域、そして、戦火はシナリオを超えて拡大する。

2008年8月 8日

大陸的慢心と約束不履行の国民性が墓穴を掘る

――ロシアの弱点を知り、いかにそれを利用するか?


出典:ソビエト参戦(昭和20年8月8日深夜通達、9日攻撃開始)

最近のロシアという国家や、ロシア人に対する日本国内メディアの報道に偏りを感じている。
以前から特にこの国に対しては偏向報道というのもあるが、最近はむしろ過大評価も
目につくようになってきた。数年前までの共産主義国へのマイナスイメージのオンパレードを
覆すが如く、「金満、ビジネスチャンス、資源、プーチン政権の政治・外交手腕、
エネルギー資源を持つがゆえの海外での発言権拡大」等々。
「誇張された張子の虎」がひとり歩きしている気がする。
たしかに、ここ数年のロシアの変化は目を見張るものがあるが、果たして日本人が
それほどまでにひれ伏さなければならないほどの「変わり様」がどこにあるのか?
資源を掘って横流ししただけの大金で世界の富を寄せ集めたところで、決してその富を
国民に平等に分配しているわけではなく、逆に一部の成金が「収奪」している。
帝政時代の歴史家が述べたロシアの社会状況と変わりない。要するに昔のままだ。
正直言うと、いきなり肯定的になってきたロシア評価にかなりの違和感がある。

もちろん、日本からビジネスでロシアを訪れる人は首都モスクワに行くことが多いだろう。
彼らが極東地方やその他地方都市を見る機会は非常に少ない。
そういう人たちが見る「ロシアの変貌」は、いかにも「良い方向への変化」と捉えられる
かもしれない。でも、モスクワはそれ以外の都市のロシア人から見ると「外国」のようなもので
一種の侮蔑と羨望の眼差しを向けられている特殊な例に過ぎない。

たしかに90年代後半のモスクワといえば、大国の首都とは思えないほどレストランや
普通の店舗の数も少なく全体的に交通機関でも広告もあまり見かけないほどに
かなり地味な様子であった。
それがここ数年で相当派手な広告やネオンで一変してきたし、ロシア人の大半が
縁のないような超高級ホテルが急増しても、まだ需要に間に合わないというくらい首都の
金の動きは早く、全体的な景気もいい。ついには世界の富豪が住まう都市のランキングに
入るほどになってしまったので、余計に誤解も生んでいる。

しかし、一方で表通りしか見ない外人には分からない一般人の生活ぶりというのは、
決して「以前より良くなった」ばかりではない。特に年金生活者や排斥されるコーカサス系や
旧ソ連圏からの出稼ぎ労働者、ジプシーなどは一体どうして暮らしているのか?
こういった人々だけでなく、一般のロシア人の生活がどうなるのか不安になるほど物価も
高騰している。しかも交通網も以前より麻痺しがちで、自動車に乗ろうと、地下鉄に乗ろうと、
満員で溢れんばかりの人の波で皆イライラしているという。さらに、犯罪率も相変わらず特に
激減したという話もなければ、頻繁に中心部ですら火事が起こり歴史的な建物が頻繁に
全焼していく。地下鉄の広告も下品な上に所かまわず認可されていないような右翼団体の
広告が貼り付けられて、落書きだらけになった列車内を見て殺伐としていると感じずには
いられない。かえってソ連時代の方が治安もよく清潔で安全だったと、年配のロシア人が
嘆いているくらいに急激に地下の環境も変化している。

十年ほど前、海外で評判の悪かった大酒飲みエリツィン大統領のときも汚職も賄賂もあったが、
それでも社会的な高齢者への手当てや公共料金の免除などはソ連時代のまま、なんとか
守られていた。しかし、プーチン政権になってからは、あらゆるものが資本主義的になった。
貧しい世帯にも電気代、水道代、電話料金など徐々に加算されるようになって、負担が増える
一方。なのに、年金生活者への無料交通パスもなくなり軍人恩給だって減らされている。
皮肉なことに勲章や赤の広場のパレードには招待されても、実際生活での退役軍人の扱いは
お粗末なものだ。

たしかに、貧しい時代からロシア人というのは一般的に「自信過剰」としか思えないほど
「自分の国を贔屓目に見る」人が多かった。決してそれが悪いことだとは言わないが、ある面、
それが「根拠なき自己満足」に繋がっていく面はときどき感じた。要するに、「努力しなくても
世界で一番大きいロシアが当然世界で一番優れている」というような漠然とした妄想がある
くせに、その国の国民として取るべき責任があるとは感じていないようなのだ。
いざ「過去の戦争犯罪」の話になると今度はまるで他人面。

「その時代はロシア人も大変だった。シベリアに抑留された日本人の中にはロシア人に
助けられた日本人捕虜がいるというではないか」とか、「第二次大戦で殺されたユダヤ人の
数に比べれば微々たるものだ」というような、極端な例を引き合いに出してきて
「反省すべきは我々でない=我々こそが被害者だ」と決め込むパターンがほとんどだった。

そういうわけで、日本人に対してだけでなく、ほとんど東欧諸国やバルト三国、あるいは
コーカサスで自分たちの国、ロシアという軍事大国がどういうことをやって、どれだけ甚大な
被害を与え、今もそれを謝罪していないかということなど、本気で真剣に考えるロシア人は
私の見た範囲では皆無に近かった。

日本人が隣国などから、過去から現在に至るまで執拗に謝罪と賠償を求められてきたことを
考えると、信じられない落差である。そしてそのくせ、ロシア人は最近特にプーチン大統領が
梃入れしてから「愛国主義」を標榜することが、ひとつのブームのようなところがあって、
若者ほど「正確な歴史」はほとんど知りもせずに「愛国者」の格好を決め込んでソ連時代を
彷彿とするような、可笑しな何千人もの集団デモをやって「プーチンへの忠誠心」を示したり
しているのだ。今年の赤の広場で戦車に乗った青年兵士が一斉に同じ角度に頭を傾けて
作り笑顔をする構図なども、まさにソ連時代と「瓜二つ」で余りにもその様子が不吉なので
目をそむけたくなるくらいであった。

もちろん、かなりの知識人に属するロシア人はこういう傾向を冷めた目で見ていただろう。
しかし、マスコミ自体がかなり政府の統制化に置かれてからというもの、本来あるべき
「知識人の覚めた目」というのは影に潜んでいる。そして、どうも派手なキャンペーンや
見場のいいコマーシャルに乗せられて政治も操られていく時代に入り、「清貧に甘んじる」人々
は表舞台から遠ざかる。海外のマスコミに出てくるのは大富豪の知事だとか、浅はかで
運動神経だけが異常に発達したコルホーズの青年みたいなスポーツ選手だとか、
格好をつけてイッパシの柔道家気取りした大統領だとか、なんだかすべて胡散臭い
ロシア人ばかりだ。

おそらく、日本人でも「ソ連時代」がどういうものか、実際に少しでも見聞きしたことのある人なら、
今のロシアの政権のソ連時代と共通した、ある種の「まやかし」と「胡散臭さ」に気付くはずだ。
実はそういう感覚を共有できる人がクレムリンに勤めていたロシア人の中にもいるのだ。
(そういう点では、まだロシア人も捨てたものではない)彼から直接聞いた話によると、
ソ連時代にあれだけ何万人もの人を政治犯とでっち上げて虐殺・投獄・シベリア送りにしてきた
悪名高きKGBが教育してきた詐欺的に人を欺く手法は現在のロシアでも有効であるという。
特に「マスコミを使った洗脳的な宣伝工作」。「洗脳」といっても、そんなに恐ろしげなことをする
場合ばかりではない。

一例を挙げると、プーチンが大統領として地方の貧困を見捨てないキャンペーンを
アピールするためにこんなマスコミ工作が行われたという。
「あるロシアの寒村の貧しい家に一人の男の子がいました。その少年はクリスマスプレゼントを
貰ったことがなかったので、プーチン大統領に手紙を書いて、そのことを訴えました。
すると、大統領から直々に返事の手紙とプレゼントが届いたのです!
まあ、なんとプーチン大統領は細やかな心遣いができる方なのでしょう!!」

この手の宣伝工作、要するに「まったくの嘘」を美談としてマスコミに
でっちあげたものにすぎないらしい。
まあ、レーニンやスターリンのときでも最近では北朝鮮の大将の場合でも頻繁に使われてきた
手なので何も斬新なところはない。まさか、ソ連時代でなくなって、一応表向きだけでも
「資本主義国家」と看板上げて「普通選挙」もやっているはずの国で、「まかりとおる」なんて
思わない素直な人たちには通用する手というわけです。この例に漏れず、多くの誇大宣伝が
プーチン大統領の株を「吊り上げ」ていたのは間違いない。そして、そういう偽善を堂々と
取り上げ宣伝してしまって憚らないのが今のロシアのマスコミだ。

さらに、ロシア人が「約束や契約を守らない」というのは有名な話。経験者なら分かると思うが、
小さいことから大きいことまで色々やらかしてくれるので、枚挙に暇がない。
実際にソ連でなくなった今のロシアでも別段その性癖にたいして変化はない。
要するに日常生活の中で、ロシア人同士でも頻繁にそういう約束を守らない状況が起きる
ために、裏で賄賂を渡したり、どっかのコネを使ったり、色々と工作しなければお互い安心
できないような社会になってしまっているわけだ。そういう理由以外にも、国家公務員である
医師や警察官、教師、大学教授などの給与が非常に安いことも賄賂や裏金横行の原因と
いわれているが、ソ連時代から延々と続いている慣習なのだろう。最近は特に大学や
教育機関での裏口入学や落第を免れるための工作など、非常に問題になっているが
氷山の一角だろう。既に「授業料制」にほぼ完全移行しつつあるモスクワの大学などに
地方の貧しい学生が入るのは至難の業であるという。
要は金がないものは学びに来るなというくらい冷たく貧乏人は門前払いされる社会に
なってしまったのだろう。そういう点は共産主義の時代の方が才能がある人間にとっては、
幸せな面もあったのではないかと思えてくる。(授業料もいらず、逆に奨学金を貰いながら
通うのが一般の学生だったのだから)

そして、もうひとつ。ロシアでは、たとえ約束した時間に相手のロシア人が来なくても
「怒ってはいけない」。なぜなら彼らの感覚では先に約束していたことより、「もっといい話」が
後から来たら自分に有利な話に乗って、先の約束を黙ってなかったことにしてしまっていいと
思っている。それくらいに道徳観や倫理観が欠如している。気分次第で我侭な自我を
抑制できない人が多く、罪悪感は極めて薄いようだ。悪い人たちではないにせよ、
あまりにこういう例が続くと、いい加減信用できなくなってしまう。
おそらく日本人だけでなく、こういう態度を繰り返すと他の国で「ロシア人」というだけで
嫌がられるようになってしまうのではないかと思う。
もちろん、ロシア人でも不言実行の人もいるので、すべてがそうだとは言わない。
ただ、日本に比べるとあらゆる点で「ドタキャン(直前キャンセル)」を平気でするので
驚かないで最初から想定しておく方がいいくらいだ。

そういう性癖というか、国民性というか、問題点と明らかに分かるような点でも改善されない
のに、法秩序などが急にここ数年で改善されるわけもなく、「金を積めば勝つ」あるいは
「権力のある方が勝つ」「バックの強い方が勝つ」裁判が横行中。そんなわけで、滅多にない
とは思うが、裁判になって外人がロシアで勝つのはまず難しい。
とにかく、今のロシアは以前に輪をかけて「弱肉強食」の世界となってきており、空気が読める
人にとって実は精神的に「殺伐」としている。それもそのはず、人間一人の価値が明らかに
その人が属する階級によって違うほどの格差社会になってきたのもある。

実例を挙げると、権力者の特権階級化による凶悪事件隠滅が続出しているらしい。
公になった事件だけでも、政府の高官や地方自治の長などの関係者が「轢き逃げ殺人」
をして、明らかに物件や目撃者がある場合でも「起訴」もされなかった例がいくつかある。
逆に被害者の家族が訴訟した場合には相手からの「報復」があるので、手も足も出ない状況で
軽い賠償で済ませられたりしているらしい。もちろん、司法も警察も見て見ぬふり。
本当にロシアがここまでの状態に落ちぶれてしまったのは、残念だ。

しかし、逆に「ここまできた」からこそ覚醒されるチャンスもあると思う。ロシア人も決して
愚かな人間ばかりではないのだから、やはり「このまま」の状態が続くのを指を銜えてみている
ばかりでもないはずだ。もっとまともな社会にならなくては、益々ロシアの人口は減る一方だし、国民の海外流出も止まらないのではないかと思う。
実際、チェチェン戦争や南方のグルジア共和国との国境対立など、四方にいまだ軍事的な
衝突要因を抱え、常に国内どこかで「戦死者」「負傷者」「爆発」「襲撃」「銃撃戦」などに関する
心の痛む報道が日夜行われている国で、実に逆説的だが「平和」に対して敏感な若者が育ち
つつあるのだ。そして彼らの中には日本のアニメや文化に大変な関心を寄せている人も
少なくない
。希望としては、その人たちの心にはこれまで「ソ連製戦争英雄映画」ばかり
見せられた世代とは違う感性が育ちつつあること。そして、アニメなどを通して緩い影響力
でも「日本的感性に感化していく」ことによって、彼らの世代のロシアが変化する萌芽を感じる。

また、ロシアの隣国の小さな国々の多くは不本意であっても、エネルギーや軍事的面で
圧倒的に大国が強く依存せざるをえない関係などから、現在も社会的・経済的に不安定な
地域が多く存在する。たとえば、黒海沿岸地域のグルジア、オセアチア、アルメニア、モルドバ
など。こういった地域は産業も少なく、むしろソ連時代よりも貧しくなってしまった国も少なくない。そして、そういう国民のほとんどが海外(主にロシア)への出稼ぎで家族を養ったりしている。
こういう国々にこそ、日本が積極的に援助し、友好条約を結び、ロシアに対する依存度を
減らすくらいの産業転換ができるよう協力すべきではないか。
まさに日本にこそ、そういう協力が望まれているのではないかと思う。

さらに、東欧やバルト三国などは第二次世界大戦でソ連から非常に大きな打撃を受けた国が
多いので、日本の北方領土問題などに対しても大方理解を示してくれる可能性が高い。
そういうところの青年を招いて歴史問題研究を進め、親日国との連携を深めていくのは
どうだろう。特にポーランド、リトアニア、ラトビア、エストニア辺りは反露的な政治傾向も強く、
国民の意識の中にもしっかりと「過去の残虐行為=ロシア人」という構図が組み込まれている
ので味方にしやすいはずだ。仮に資源がなくても、そういう国々とこそ戦略的に外交して
友好国にしていくというのも方法のひとつだろう。

たしかに最近の日本企業のロシアへの進出は目覚しい。だが今のロシアで定着しつつある
「戦後の日本=金で動く国」というイメージは払拭すべき不名誉なものである。
そういう風に日本を見下げるような態度を取らせておけば、慢心の大国は調子に乗って
平気で「騙す、タカル、盗む、殺す、属国にする」今までソ連時代に他所でやってきたことを
復活させないとも限らない。そういう点では、復活軍事国家ロシアを手放しで信用すべきでない。

我々は金でなく、大和民族的な美意識による信義で動く民族であることを相手にはっきりと
示すべき時期にきているのだ。図体ばかり大きい露西亜国の持つ無駄に多い資源や、
まともに統治しきれない領土や、けち臭いチンピラのような恫喝などではびくともしない、
一枚岩の日本人としての団結力と前の代の人々から培われてきた清き心で、
恐れず怯まず立ち向かうべきだ。慢心の大国は必ず墓穴を掘るときがくるだろう
日本はそのときを待ちながら周囲を固め、一瞬も逃さずに行動に移すべきだ

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