それにしても共産主義の恐ろしさというのは、実際にソ連時代を体験した世代のロシア人でなければとても分からないことだろう。しかも、外側から見れば「ソ連時代」とひと括りにして考えてしまいがちだが、革命後の混乱期だとか、その後スターリン政権下、雪解け時代、ペレストロイカ、など時期によって事情がかなり違ってくるので、それぞれの時代の苦悩というのは一貫性があるようでないのだ。
いずれの時代にも自由がなかったともいえるが、ある時期には緩んだり、また違う時期には厳しくなったり、意外とその辺りは流動性があったらしい。それでも、スターリン時代を知る人たちにとっては、戦争中よりもスターリンが亡くなるまでの辛苦というのは想像を絶するものだったという話だ。
しかし、ひとつ確実に一貫性を持ってロシアの国民を苦しめてきた(本人は苦しんでいる気はなしに)問題といえば、宗教の問題があるだろう。社会主義国樹立されるまでの帝政期のロシアといえば、特に農村や識字率の低い人々の間でのロシア聖教への信仰はかなり絶対的なものだったと思われる。
有名な劇作家であり小説家のチェーホフ『かわいい女』の主人公の無学無知な女性がやたら滅多ら朝から晩まで神に祈り、十字を切る様子は今では考えられないくらい信心深かった過去のロシア庶民の様子を描いている。
さらに、歴史上最も有名な「血の日曜日事件」。
1905.1.9ガボン僧侶を指導者とするペテルブルク相互扶助協会がストライキに入り、皇帝に対する陳情行進を企図した。約20万人の労働者・市民が、「ロシア工業労働者同盟」の指導者で僧侶のガボンを先頭に「パンと平和」を求めて、その多くの者が皇帝の肖像や聖者像を掲げ、「神よ、ツァーリを救いたまえ」を歌いつつ、首都ペテルブルクの冬宮目指して請願行進を始めた。皇帝崇拝が根強い民衆は、「父なるツァーリ(皇帝)」を素朴に信じ、様々な悪政は皇帝の周囲の悪い貴族たちによるものだと考えた。そして、「陛下、私たちペテルブルグ市の労働者は、正義と保護を求めて陛下のみもとに参りました」というメッセージを伝えようとしていた。
このようにして、当時の革命前のロシア人は非常に素朴に皇帝も神も信じていた人々が大半であったと思われる。それが革命を転機にして、突然それまでのロシア人の道徳や生活規範を示していた宗教が否定され、挙句の果てには、「父なる皇帝」とまで呼ばれていた、あの皇帝一家はエカチェリンブルクで極悪非道な赤軍の連中によって屈辱を与えられた上、惨殺されたのである。(詳細は「皇女アナスタシア伝説」のサイトで非常に詳しい説明がある。参考まで)
ソ連崩壊後エリツィン時代になってやっと、皇帝一族の名誉回復とその魂を慰める目的でロシア聖教のイコン(崇拝対象の絵画)化された。しかし、噂に聞いたところによるといまだにエカチェリンブルクに建設された皇帝一族の慰霊目的の教会の壁からは血が流れてきたりする怪奇現象が起こっているらしい。その事情を話してくれた現地人とは、モスクワのとある教会で出会ったのだが、この教会もソ連時代には「おもちゃ工場」として利用されており、宗教的な行事は一切禁止されていたという。そして、このときにいた地味な様子の女性が「元KGBのあるルビャンカ広場にジェルジンスキー像を建立するのに反対」する署名活動を行っていて、そのときに偶然知り合ったのだった。
実は、恐るべきチェーカー(秘密警察)という組織を開設したこのジェルジンスキーという人がかの有名なソ連時代思想犯のシベリア送りの実行犯なのである。特に知識人対象とした強制収用などの犠牲者というのは、やはりモスクワに多かったようだ。ユダヤ人なども一時期は、かなりの割合で強制的に送還されたりしており、民族的な強制移動なども多々あったようだ。ソ連時代の銅像を撤去したのにも関わらず、「KGBに戻ると、帰宅したようにほっとする」プーチン大統領のために、再びその場所へ銅像を戻そうとする動きがあるともっぱら当時のモスクワ市民の間では評判だった。
とにかく、このような歴史上の変遷に振り回されてきたロシア人というのは、実は今のロシア聖教をまともに信じる人は非常に少ない。私もモスクワで頻繁にミサに紛れ込んで観察してきたが、信者と思しき人はほとんど女性と高齢者。ほとんどのロシア人は無心論者か多神教、あるいは新興宗教の信者といってもいいくらいだ。
ただ、民族的に考えてみると、イスラム教などは今も非常に熱心に地域によっては信仰されているし、ユダヤ人も人によってはタルムードから人生を学ぶし、一部の地域ではチベット仏教、あるいは土着的なシャーマニズムが今も信じられている。しかし、大半の人は一度宗教を否定された挙句、宗教者に裏切られたという意識もあるようで、本当に迷信しか信じていない。そのせいもあってか、宗教を失ってからのロシア人の道徳の退廃ぶりは激しいものがある。そして、これは残念ながら今も変わらない。
特に人生でも最も重要な「結婚」や「家族」についての聖書や教会の解釈を全面的に否定するために、社会主義初期には「結婚=単なる法的手続き」という改悪をした。(いまだにその名残で、ロシアの結婚式はザックスと呼ばれる役所の機関のようなところで挙げてしまって終わりの人たちが多いらしい。要するに法的手続きと式が合体したようなものだ。)そのためにロシア聖教では基本的に離婚を禁止していたにも関わらず、ソ連時代になってからというもの節操のない男女関係が蔓延して、家庭はズタズタに引き裂かれ、挙句の果てには母子家庭とアルコール中毒で早死の男性が激増という悲劇が起こっている。これは今も続いている悲劇であるし、ある意味、因果的とも思える面がある。
また、満州引き揚げの日本人女性を集団暴行したり、少女にまで手を出して残虐非道の限りを働き、アフガニスタンやチェチェン、その他の戦地でも市民に対して堂々と人間が思い描ける最低の行為を行い尽くし、奪い取れるものはすべて奪い取り、辱めるものを陵辱の限りを与えた地上最低の軍人を今もロシアでは政府を使って英雄に仕立て、崇めることをやめる気配すらない。つまり、神を信じないから「人間以下の畜生でもできない悪行」をやるのが無心論者の恐ろしさなのだろうと個人的には理解している。
また、そこまで極端な例を挙げなくても、日常的に「平気で約束を破る」ことができる大方のロシア人というのは、間違いなく「無神論者」ではないかと思われる。つまり、よくも悪くも畏れるものがないのだ。そして、自らを救うものもない。可笑しな話だが、ユダヤ人は契約概念が強いからか、口は悪いが約束は守る人が多い。しかも、家庭崩壊の確率も知人の範囲内では少なく、教育熱心であった。だからといって、必ずしもユダヤ教信者というわけではなかったが、生活に対する規律をしっかり守れる彼らがロシアにおいて成功者となり、あらゆる分野の上位を占めるのはある意味、仕方ないようにも思えてくる。つまり、それほどに一般ロシア人の野放図、無秩序な生活設計と無神論が生活を破綻させる例があまりにも多く、社会的な成功者となる確率が低くなるのも当然の結果なのだ。またそれを反省しないために繰り返しばかりになってしまう場合も少なくない。
もちろん、中には無心論者でも素晴らしい人格者もいるので、要は「自分を律する基準があるかないか」の問題かもしれないが、一般的には「ない」無神論者が非常に多い気がするのだ。そのために、どうでもいいような問題が多発し、他の国で当たり前にできそうなことが、いまだに非常な厄介を伴う半世紀前みたいなマフィア・賄賂社会だったりするわけなのだ。まあ、こればかりは実際に住んでみないと分かりにくいが。
誰かが書いていたが、「共産主義というのは、人類史上最大かつ最悪の人間を使った実験だった」という人がいるらしい。実際、有名なジョージ・オーウェルの小説『1984年』の中で描かれた恐怖社会に近い状態が実際にソ連では起こっていたのだ。ソ連崩壊後、まるで新生国家が突然誕生したかのように今のロシアとソ連を異なるものと考えがちだが、実際には共産主義時代の爪あとは生々しくロシア人の魂に残っており、今も蝕み続けている。そして、おそらく彼らが自覚なく戦時中やソ連時代に行った残虐非道な行為の代償は、今も払われ続けているように思う。その最も深いところにある宗教問題についての解決方法を、ロシア人自身が見つけなければ、お金で買えない本当の幸せを手に入れることはとても難しいだろうと思う。
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本日、平成20年8月17日は、→ 『水素文明の夜明け』の発売会(橘みゆき in 東京ビッグサイト)
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コメント
昔も今も世界を支配しようと想う狂人の悪魔教のユダヤ人のやる事は同じですね。ユダヤ人達が集団で作った資本論「文体から何人もの人間が書いた事が明白」で、マルクスをつかって共産党宣言で宣伝させて、共産主義を流行らせて道徳を廃れさせ家族を壊し社会を滅ぼして、最終的に戦争を起こしてユダヤ人が支配し、全人類の家畜化を狙う狂人の相を持つユダヤ人達。
ロシアはタルムーとをばらしてしまったためにユダヤ人の怒りをかい共産化ソビエトにされて宗教を失くされて道徳を廃れされ、家族を壊され、社会を壊されユダヤ人に支配されて、ロシア人は滅ぼされる寸前まで行った。このような殺人鬼のユダヤ人を許していいものか。その事実をとことん隠しているユダヤ人。
Posted by 英雄 at 2008年8月18日 00:51