ある日突然、聖なる週ということでで学校が休みになる。
つまり、これが西洋でいう「復活祭」の週らしいが、なかなか一週間のうち4日間も
その行事に没頭する(?)国も少ないのではないかと思う。
たしかに、テレビではしきりにイタリアやスペインでの復活祭の模様が放映されているが、
一般人は信仰心の厚い人も中にいるものの、若者の大半は無宗教と答えそうな感じである。
ついこの前4月2日も「フォークランド諸島との戦争記念日」かなんかで休みだった。
これは、英国側の名前で正確ではない。ほんまは、アルゼンチン側としては、
「マルビナス戦争における戦没者の日」らしい。しかし、その前にも3月には
もっとややこしい「真実と正義を記念する祝日」とやらがあった。
まあ、要するに「あんまり働きたくない」人が多い国という意味では、
ロシアと似たようなものなので驚くに値しない。
それにしても、ブエノスアイレスと地方(というか近郊)の格差がここまでとは
想像もしていなかった。たしかに、ちょっと違う地区に行くと相当治安が悪いということは
いろいろと聞いてはいたが。
アルゼンチンの鉄道は全国的に見ると、ほとんど壊滅的で一部がかろうじて運行している
ようなのだが、このブエノスアイレスとその郊外を結ぶ線もかなり酷い状況だった。
なんせ、まだブエノスアイレスから100キロメートル以内の地域なんだから、
それなりの鉄道だろうと思ったら、大間違い。
時刻表も至って適当みたいで、地下鉄から乗り継いだのはいいものの、
自動改札に見える代物もちゃんと稼動していないので、
そこにいるおじさんに切符を見せたら、「はい、通っていいよ」。
要するに、どっかの動物園かなにかのゲートみたいなのを自分で押して通るだけ。
本当に適当な感じなのだ。
それから検札に来る人は誰もいないし、その代わりにしつこい物売りのおじさんたちと、
これまた図々しい態度で、カードを配って小銭を要求するアルゼンチン風物乞いの子供が
(でも人種で見ると必ずしもアルゼンチンの人とは限らないようだが)
地下鉄でも鉄道でも必ずいる。
地下鉄の車体も相当古かったものの、木製の椅子などがかえって
レトロでよい場合もある。しかし、鉄道の場合はそういう感じでなくて、
単に不潔で財政難のために車内の蛍光灯がほとんど切れたままでも、
交換する費用がないのか、そういう人材がないのか?
とにかく、陰気なムードなのに驚く。
しかも走り出すと、郊外に行けば行くほど政治的なスローガンなどを含めて
大量の落書きが沿線に見受けられ、どの程度の治安なのか分かりかねるムードだ。
でも、アルゼンチンの乗客はごく普通の人たちのようでもある。
そういうわけで、こんな酷い列車にもかかわらず、乗っている人たちは親切だったので、
突然列車が止まって何のアナウンスもなしに、その駅以降は行かないときも、
わざわざ私に教えてくれたし、行こうとしている駅は乗り換えが必要だということも
彼らに教えてもらった。
しかし、無秩序なだけに自由といえば自由で、勝手に鉄道駅に出入りできるので
犬もいれば、自転車に乗って構内を走っている人もいれば、その自転車を列車に
積み込むのもOKらしい。待たされる時間が半端でないからか、
軽食の店は大体どこの駅でも見受けられた。
まあ、こういう環境しか知らなければ慣れてしまうものなのだろう。
しかしながら、路線が悪いのか車体が悪いのか、あまりに揺れるので最初は驚いた。
しかも、駅についても古いタイプのまま維持(?)しているのはいいが、
ほとんど駅名が一箇所か二箇所の看板に
書いてあるだけなので、よっぽど注意しなければ降りるところを間違いそうだ。
といっても乗っている人がローカルだから、問題ないのかもしれない。
途中のごちゃごちゃした街を抜けると、だんだんと田舎町という風情のところへ進んできた。
木々の様子が巨大なので、やっぱり南米なのだなあと実感する。
また、広大な草原があったり、悠々と馬に乗って散歩している人や、
荷馬車を走らせる人、また自転車もかなり時代がかったものから、
最新のものまで、自動車もそうだけれども、経済事情もあるのかもしれないが、
それぞれが好きなように乗っているのが面白い。
しかし、途中で乗り換えるまでの時間待ちが相当長かった。
線路と駅との段差がほとんどないので、プラットホームに直接腰掛けて
時間待ちする少年たちも多く、ちょっと危なくないのか?と思いもするが、
こういうところはおそらく自己責任なのだろう。
日本だったらえらいことになりそうだが、おおらかというかいい加減というか。
要するに「お客様志向」な考え方なんて皆無なので、逆に言えば清清しいまでの
放任主義ということになるだろうか。
それにしても、地下鉄でもバスでも鉄道でも、安い代わりに相当の忍耐が
毎日必要となるという意味では大変なことである。
東京の満員ラッシュの電車とは違う意味で、いろいろと「思い通りにいかない」ことや
「思いがけない事故、ハプニング」が続発する国なのでおそらくその国の人にとっても
理想的ではない状況に違いない。
やっとたどり着いた駅にも、何の看板も地図もないので、仕方なくタクシーに乗る。
それにしても、「地球の歩き方」も当てにしていい情報と、全然駄目なのがあって、
こちらは明らかに後者だ。バスも列車も料金・時間ともに変わらないって??
しかし、無事にルハンの聖堂までタクシー代は200円以下だったので仕方ないか。
まあ、これだけ観光地のような大聖堂なのに、駅に何の説明も看板もないというのは、
やっぱり理解しがたいものがある。あんまり説明なんてしなくても、アルゼンチン人なら
必ず知っているのが当然なのかもしれないが、不思議なことに大聖堂内には
世界各国の旗があった!?友好的にしては、観光には無頓着なのか、
あんまり時代の流れについていく気のなさそうな、そっけないところではあった。
しかし、わざわざ行っただけあって、サンタ・マリア・ルハンを祭った立派な大聖堂は
一見の価値があった。素晴らしいステンドグラスに独特の聖母像は、何か不思議な
親しみのわくものだった。つまり、南米の顔立ちなのである。まあ、アルゼンチンの人々に
深く信仰を集めているということなので、それだけその土地に溶け込んでいるのだろう。
また外見的にも、普通の教会と違うのは、建物の外側に使われている石だかレンガだか、
素材がすべて素焼きのようなオレンジがかった茶色をしていて、
ヨーロッパ的な尖った建築物なのに、それでいて南米的に融和した感じがしたことだ。
お土産屋さんがたくさんあって、それなりに観光地なのだろうが、
特に混雑している風でもなかった。
列車はもう懲りたので、帰りはバスを選択したら思いのほか、
乗り心地のいいベンツ製の新しくてクーラーまできいた現代的なバスだったので、
快適に昼寝ができた。
それにしても、こんなバスがあるのに、あの列車も並行して運行している
このアルゼンチンていう国は不思議だと思う。
もうちょっと企業努力するとか、国営だとしても、現状をなんとか改善しようという気がないのか、それとも単に財政難なのか、とにかく南米感覚は謎だ!

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