ロシアに限らず、大国を統治するために必要なのは、巨大な権力構造ではないかと思う。その構造を支えていたのが過去には帝政ロシアの階級社会であったのだろう。今の時代では階級社会とまではいかなくとも、やはりロシアには歴然として階級とは別の呼び方になった貧富の差があり、所属する組織によって格差が広がりつつある。
ソ連時代を見ても、社会主義革命が成功した国であるにも関わらず、一度たりとも特権を持つ人々が存在しなかった時期はなかったのではないかと思われる。革命前のように明らかな農奴という奴隷に近い階級の人々が存在した時期もあったが、仮にその階級差がなくなった御蔭で貧富の差が縮まったかというと疑問だ。むしろ恩恵を受けたのは一部の都会に出てこられた農村の人々に限られ、その他大勢は富裕な農家まで革命で逃げてしまった後、途方に暮れて仕方がないから相変わらず酒に溺れ続けたということも多かっただろう。
例外的に農奴に対する学校教育を行った小説家レフ・トルストイの領地跡は革命後も無事屋敷ともども残っている。(ヤースナヤ・パリャーナという地名の場所が今でも観光地・博物館として公開されている。モスクワからバスで約4時間)
一方ではウラジーミルナボコフのように思い出の土地を事実上没収された元貴族がほとんどだろう。その貴族や皇族の領地にあった建築物は破壊されたものと、残っているものがあり、ソ連時代の建物と共存して今も存在している。
そういう意味では、ロシア国内に現存する建築物というのは、それぞれの時代を象徴するともいえるのではなかろうか。もちろん、帝政ロシアが素晴らしかったと豪語するほど、その時代を知っている人は現在ほとんどいないだろう。しかし残された建築物や古い写真の中の誇り高い人々を見れば、時代がいかに激しく変化したかを理解することができる。一例として、モスクワの赤の広場に今でも現役で営業している国営百貨店GUMをあげておきたい。
中心部の瀟洒な建築物のいくつかが大富豪が寄付した病院だったということを知るだけでも、
今の成金との博愛精神の違いを感じさせられる。そして、モスクワを例に取れば、そのような病院がいまだに使われているのが結構なのだが、あまりにも手入れが悪く、メンテナンスが最悪なので、酷い場合は崩壊寸前の状態であったりすることも少なくない。(実際にニュースで古い建物の二階部分が家主の留守中に崩壊した、
という冗談のような話もあった)
一方のソ連時代の建物についていえば、たしかに首都の建築物には相当の力を入れていたのが伺われる。ただ、写真でもある程度は分かるように、実物は余計に威圧的で醜悪な趣味をしており、例の共産主義の星のマークや錨のシンボルや、やたらと革命賛美、戦没者追悼などを主眼としたモニュメントを設置したり、この時代の彫刻ひとつ取っても非常にものものしい。まるで重く圧し掛かってくるような、その存在感は見ている者にソビエトという時代背景を感じさせずにおくことはあるまい。毎日このような建物や銅像に睨まれて暮らさなければならない立場に置かれた国民を思うと、いかにも社会主義的な国民への権力崇拝強制のようでもある。特に元KGBのある駅周辺のムードは常に警戒態勢にある戦時中の場所のような雰囲気が漂っている。
その近くにある詩人マヤコフスキーの博物館前のモニュメントの赤色はまるで血塗られた色のように、彼の晩年の体制からの不遇と自殺に追い込んでおいて、死後に祭り上げられた皮肉が重なって見える。
また、モスクワにはスターリン建築と呼ばれる異常に重圧感のあるビルディングがたくさん残っている。ここから一体何人の人々が盗聴された内輪の会話のせいでシベリア送りとなり、二度と帰ることがなかったのであろうか。そのことを考えると一層この建物の威圧感は増すし、見た目だけでない重圧と、残酷な歴史に驚かされる。中には外側にシンボリックな銅像を据えつけたものまであり、ポーランドの首都にも「ワルシャワの墓石」と呼ばれた同様のビルが聳え立っている。
本当に壊すにも壊せない過去の遺物となって今も残っている。
個人的な体験として、私自身もモスクワ滞在中に何度かこのようなスターリン建築にお邪魔したことがある。現在もそのほとんどが、オフィスやホテル、個人のアパートとして使われており、フルシュチョフの時代の安普請アパートに比べると、たいていが高級な場所を占めているためと、非常に天井が高く、部屋数も多いのでたいてい旧共産党の偉いさんか、インテリの年寄り、あるいは最近お金を持ち出したニューリッチが棲んでいて、いわゆる一般庶民には高値の物件が多いようだった。元共産党書記長まで上り詰めたブレジネフ住居もやはり、このようなスターリン建築の一棟であったらしい。同様のタイプのアパートに入ったことがあるが、その天井の高さもかなりのもので、エレベーターなども一般タイプより、鉄筋のかなりしっかりしたものだった。中には住んでいる人が年配のためか、いまだにスターリンの写真や巨大な油絵をそのまま飾っていたり、天井まで届く本棚に黴の生えたような古い本を大量においていたり独特の雰囲気であった。やはり、あの時代(スターリン生存中)を経験しながら、上層部で生き残った人々というのは、時代が変わったところで抜き難い恐怖や、そう簡単に変わらない心情があるのかもしれない。
おそらく、人類の歴史上、それぞれの時代の権力者がその当時の最高技術を結晶させて築き上げた公共の建築物は単なる構造的、表面的な問題よりもむしろ、その時代の空気を伝える貴重な証人であるといえよう。その意味では、ロシアにおける帝政時代と革命後の建築物を比較することによって、同じロシア人でありながら、まったく異なる思想体系に支えられたまったく異質の階級社会の出現によって社会がどう変動したか如実に示しており、非常に興味深いのである。
