最近アカデミー賞の外国映画部門にロシアの映画監督作品が2つもノミネートされているのを見て正直驚いた。個人的に、ロシア映画作品には非常に興味があるので、古い作品から最近のものまで色々と見てきたが、最近のロシア映画の勢いというのは、なんだか物凄いものがある。それが、ついにアメリカにも上陸してきたのか?という感じがした。
ひとつめのノミネート作品は、純粋にロシア国内で製作され、出演者もすべてロシア人俳優の「12」ニキータ・ミハイルコフ監督。
ふたつめは、中国・カザフスタンとの合作で、主演俳優は日本の浅野忠信さんの「モンゴル」、セルゲイ・ボドロフ監督。
まず、純粋ロシア映画の「12」がどんな映画かというと、かなり政治的な匂いもしないでもない。なぜなら、テーマになっているのが「チェチェン戦争」であり、実際にそこで無実の市民である少女を殺害した罪に問われた将校(実在する)が実刑に問われた裁判について、延々と密室で12人の屈強な男たちが話し合うという本当にそれだけの映画なのだ。見せ場は、当然、それぞれの俳優の演技力。
もちろん、演劇大国ロシアだけあって、俳優の迫真の演技にはコマーシャル用の短編を見ただけでも、強烈な印象を残すものがあった。しかし、実際の興行収入を見と、この映画は去年公開のロシア映画作品の中では、意外にもそれほど突出した成績は収めていない。要するに芸術性で勝ったということか。
他方のロシアと近隣諸国の合作となった「モンゴル」。こちらは、チンギスハーンの生涯で、もっとも史実で不明確な部分が多いといわれる幼少期から青年期にかけての時期を選んで、セルゲイボドロフ自身が、かなりロシア的な視点で主観的に(歴史的事実はこの際、重視せず、あくまで創作として)描いた作品。オールロケは、モンゴル現地ではなく、中国の内蒙古やウイグル自治区で行われ、スタッフも各国の寄せ集めで、ロシア人はあくまで一部。ただ、出資者はロシア人の実業家などと思われる。監督自身も現在はアメリカ在住のため、ハリウッド映画界で「マトリックス」のコンピューターグラフィックを手がけたような人物に依頼して、最終的には、かなりの部分で最先端の技術を使った、超豪華映画で制作費は50億円相当ともいわれている。
しかし、こちらの「モンゴル」もロシアでは既に昨年の秋に公開されているものの、 興行収入がそれほどよかったとは聞かない。むしろ、この「モンゴル」で後半から撮影で加わったセルゲイ・トロフィーモフが、この作品の後に短い時間に撮り終えた「皮肉な運命・続編」の方がロシア映画史上の最高額に当たる興行成績を上げている。
本当に皮肉な話だが、ロシア人の全体的な好みがよく表れた結果といえるだろう。なぜなら、この「皮肉な運命」という映画は、ソ連時代の寅さん映画のような超人気連作の一本であり、特にこの一本は「大晦日映画」ともいえる作品で、ロシア人が年に一回、必ず思い出しては笑い、何度も見ては楽しまずにはいられないというくらいに、もっとも大衆的娯楽要素とロシア的なユーモアセンスが入った作品だからなのだ。
その筋書きは、至って単純。ある大晦日の日に、恒例になっているサウナに友達と集まってビールを飲む会に参加した男がいた。主人公のさえない男が飲み過ぎて、酔い潰れ、なぜか空港へ向かう。そこで見送るはずの友達と間違って、自分がモスクワから飛行機に乗って、レニングラード(現在のペテルブルク)まで行ってしまうのだ。
さらに驚くべきことには、レニングラードという違う都市にもかかわらず、まったく同じ名前の通りに、ほとんどそっくりのアパートがあり、そこの同じ番号の部屋が、自分のモスクワのアパートの鍵で開いてしまう。それでそこに上がりこんでグウグウ眠っていたところ、金髪美女が帰ってきて大騒ぎになり・・・最終的には、この二人の男女が元々いたお互いの許婚を振り切って、ハッピーエンドになるというお話なのだ。
なんだか、あまりに急激な展開なので、日本人の感覚では最初はついていけないところもある。だが、たしかにこういう「ありえない展開のコメディー感覚」というのが、ロシア人にはたまらないらしい。しかも、ロシア人にとっては、何度同じ映画を見ても、何度も同じ場面で笑って泣けて、そしてあそこのあの表情が素晴らしい!ってなことで、楽しめるようなのだ。
そういうわけで、この映画の続編はロシア人にとっては前述のアカデミー賞外国賞に ノミネートされた2作品なんかよりも、公開前からずっと噂の的だったようだ。そして、公開されたら最後、ぼろくその映画評論ばかりで、手放しで褒めている人なんて ほとんどいないような気がするような状況にも関わらず、ロシア映画史上で最もヒットした作品になっているというわけなのだ。(ネットで批評を読んでると、気の毒になるほど酷評が多いが、でも、それを読むと益々見たくなるのがロシア人の一般的感覚らしい・・・)
たしかに、この映画を手がけた監督は比較的若手で、数年前に撮った「ナイト・ウォッチ」という映画では、海外でも多少のヒットを飛ばし、国内映画として珍しいほどの成功作品となって、その後のロシア映画産業全体にも、少なからず「ロシア映画も復活してきた」という印象を与えた点で貢献した人なので、その手腕もあるかもしれない。おそらく、監督としてというより、プロデューサーとしてのセンスが相当いい人なのだろうという気もする。
ロシアの映画関係者によると、ソ連崩壊後のロシア映画産業は名実共に壊滅的状況となった。ま、親方であった国家産業としての位置づけを失って、映画関係者は失業寸前で辛うじて、運のいい人たちはテレビ業界に転職。そこで、なんとか食いつなぐためにコマーシャルやテレビ番組の制作を続けていた。それがここ数年、ロシア全体の景気が回復してきて、おまけにロシア映画の中からヒット作品が出てきて、興行収入が期待できるようになったお陰で、莫大な金額でも左から右に出せるようなロシア人スポンサーが増えてきた。そのため、以前はどの映画館でもアメリカ映画ばっかりだったところが、ロシア映画が復活してきて、どんどん新しい企画も持ち上がるようになったらしい。
ま、それでもロシア人大衆の好みというのは、そう簡単には変わらないのだろう。 アカデミー賞作品だとか、アメリカで興行成績1位とかいうのは、ロシアでは通用しない。ロシア人の好みも、アメリカと共通する部分もあるけれど、やっぱり、ロシア人の映画の趣味は変えられない。彼らが培ってきた文化として、今も根強く独自の色を守っている。そういう娯楽文化の復権から見ても、ソ連崩壊後の混乱時期から考えると、世界の覇権争いから脱落したように見えていたロシアが確実に自信を取り戻し、次の段階へと進んでいる気がする。

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