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2009年1月 3日

【峯山政宏後援会】大阪オフ会と政策の問題点

懇親会への参加

峯山政宏後援会の大阪懇親会に出席してきました。なぜ政治家を目指すのかの表明や、滋賀、日本、世界をどうするのかの話し合いがありました。

懇親会は盛り上がったのですが、政策にはいくつか問題点がありましたので、それについての批判を書かせてもらいます。

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韓国問題

峯山氏は、韓国に訪問し、38度線の板門店を視察してきました。38度線見学ツアーがあるのですが、軍事的に緊張状態にあり、3回に2回は見学中止になるそうです。少し前までは、中止になることはなかったそうです。南の金融危機に乗じた、北の武力併合を警戒しているのでしょうか。
そして峯山氏は、「朝鮮民族に対して同情する点がある」ということをおっしゃってました。なぜなら、太平洋戦争の敗戦時、日本はアメリカ、ソ連などに国土を分割される計画があったということ。日本国内が、東西ドイツのように分割されるはずが、朝鮮が分割され、日本の身代わりとなって、分断の悲劇を味わっているということでした。
そして、「現地に行ってみれば、なぜ我々の先祖達が、大金をつぎ込んでまで朝鮮を発展させようとしたのか分かる」とも、おっしゃっていました。「朝鮮を低開発のままにしておけば、豊かな日本に来ようとする。何千万人も朝鮮人が渡ってくれば、日本は大混乱で無茶苦茶になる。何千万人も水際で殺すことなんてできない。朝鮮が豊かになれば、日本に来ようとする人はそんなにいないので、日本は守られる。」
だから韓国に対しては、「今回の金融危機でも韓国に資金を出して、崩壊を食い止めて、難民が日本に来ないようにするのが良い。」という政策だそうです。

一見正しい政策のように感じますが、はたして本当にそうでしょうか?
まず、韓国に日本から資金を出し、多少は口も出すことで、崩壊を食い止めることができるのでしょうか?


世界を敵に回したことによる経済封鎖

原油流出事故の不当判決を抗議し、世界の船主、船員の組合は、韓国に対する海運を拒否することを決定しました。実質的な経済封鎖です。

号外!韓国 ついに経済封鎖されるか? - 週刊 韓国経済危機 - Yahoo!ブログ
(ソウル=聯合ニュース)イ・ユル記者=海外船員らが泰安(テアン)油流出事故と関連して、韓国裁判所がホベイスピリット号 ウイ船長と航海士を拘束したことに抗議して,韓国行航海を拒否することにしたとファイナンシャル タイムズ (FT)が29日全世界主要海運団体の広報を引用して報道した。
 大田(テジョン)地方裁判所は去る10日開かれた泰安近海油流出事故関連控訴審で1審で、無罪を宣告されたホベイスピリット号船長チャウルラシと航海士ふるい(受ける)乗った種に対して各々禁固1年6月と8月を宣告して法廷拘束した。
 ホベイスピリット号は昨年12月7日泰安(テアン)近海に停泊していて三星重工業の 海上クレーン浮選と あたりながら,1万2千547kl(1千900M/T)の原油を海上に流出させて,韓国史上最悪の海洋汚染事故を起こした。
 ボイコットが広がるならばほとんどすべてのエネルギー需要を船舶によって供給される原油とガスと石炭に 依存する韓国に深刻な問題を招くようになると新聞は話した。
 主要海運団体らがボイコットに加担することにした理由は多くの沿岸国家が海上事故にともなう汚染などを自国企業や政府当局者らののせいで見るよりは外国船員らのせいにしているためだと新聞は説明した。
 世界運送労働者連合(International Transport Workers' Federation)は二人の船員に対する判決が "理解できなく悪意的"という反応を見せたし,インド労働組合らは韓国産物品に対して不買運動をして, 船員らが韓国停泊を拒否することに決議した。
 国際的な船主組織人インターマネジャーは韓国で運航を拒否する船員らを邪魔しないと宣言した。 液体運搬船主らの集いのイントテンコも同じ立場を取った。

拘束されたタンカー関係者のシーク教徒の方に対し、宗教で禁じられている肉食を強要するなど、虐待も行われているそうです。(訂正:シーク教では肉食は自由でした。)韓国の無法ぶりには呆れるばかりです。このようなことをしていて、孤立して、国家の再建などできるのでしょうか?国内向けの面子さえ保たれれば、後はどうでもいいのでしょうか?誰からも認められない面子にどれだけの意味があるのでしょう。相手がいてこその面子でしょう。


韓国の反日政策

また、日本が韓国の支援をしたとしても、韓国は反日教育と反日政策を行っていますから、結局は裏切って、「日本の支援が足りなかったから、金融危機を克服できなかった」と言うでしょう。97年のアジア通貨危機でも、日本は韓国を支援しましたが、危機が去れば反日に戻りました。この期に及んで、日本と領土争いをしているくらいです。韓国には信義がありません。


関わらないのが正しい

韓国にはできるだけ関わらないのが正しいのです。手を出す余地はありません。このままだと韓国は自滅するでしょう。自滅しようとしているものを無理矢理、再建することはできません。それが韓国自身の選択だからです。


後回しにするという意味なのか

国家分断と日韓友好についての見解 - 峯山政宏後援会 - Yahoo!ブログ 日韓友好とは村山談話をお題目のように唱えて、言われるがままに謝罪外交と資金援助を続けることではなく、日本国家としての立場をはっきりと主張し、アメリカの覇権が終了した後に、朝鮮半島の再建に対して、尽力することだと思います。そのためには、日本の再建がまず必要不可欠になります。何の思慮もなく、1000万人移民を受け入れるとすれば、日韓共倒れとなる可能性が高く、本当に韓国の将来を考えるのであれば、日本を再建し、その後に朝鮮半島の再建に具体的な援助を表明することです。
国家分断と日韓友好についての見解続き - 峯山政宏後援会 - Yahoo!ブログ 韓国は国家破産時に他国へ難民となって、移住するのではなく、自身で自分たちの母国を再建する道を選択し、そのために日本は技術や資金面での協力を行うことが両国にとって最善の策であると思います。

上記記事から、「韓国の再建はしばらく後回しにして、日本の再建を優先する」という政策であるととれます。しかし、これを韓国の立場で読めば、「日本の再建ができなければ、後回しである韓国の再建には手を貸さない。つまり、援助をするのかしないのか分からない。」とも読めます。これでは未来の可能性が曖昧すぎて、韓国の不安と混乱がさらに増すのではないでしょうか?

むしろ、韓国の問題点はリーダーの姿が見えないことです。信頼して再建を任せられる人物がいません。「信頼できるリーダーが現れるまで、支援を凍結する」という政策の方が、韓国自身の行動で韓国の未来を決定できて、良いでしょう。もちろん反日のリーダーならば日本にとってよくありませんから、きっちりと「韓国は反日政策を永久に放棄する。」と言明できる人物であることが、日本が援助する条件です。


政策の充実を望む

上記の理由で、峯山氏の政策には、曖昧で疑問が持たれる点があります。
峯山氏の人間性については、期待は持てる面があります。今後の日本をどうするか、世界との関係をどうするか、政策の充実を望みます。

松浦彰夫 拝

『秋月便り』情報チーム


松浦彰夫氏を始め、情報チームは北米やアジア各国にメンバーを持ちます。まだまだ、多くの人々を募集しております。参加希望の人は松浦彰夫氏とご相談ください

希望者は → クリック(流水成道)


2008年7月11日

美本主義改め、美心主義は成立するか?(未来編)

美本主義改め、美心主義は成立するか?(未来編)

資本主義と社会主義の時代

20世紀の世界は、資本主義と社会主義に分かれて競い合っていました。
しかし、今ではどちらも、かつての勢いは無く、限界に達しているように見えます。
その理由は、幸せになる人より、不幸になる人が多かったからだと、筆者は思います。

資本主義では、少数の金持ちがいる反面、多くの人がワーキングプアになりました。
社会主義では、頂点の権力者に逆らった多くの人が、殺されたり投獄されたりして、イエスマンのみが生き残りました。
どちらも人を抑圧する制度でした。
抑圧するものに反発するのは自然な心情です。

主義とは何か?

そもそも、『○○主義』(○○ism)なんでしょうか?
○○が万能(主)で、○○が正義(義)であり、○○を求める人の集まりであり、○○を基盤(コミュニケーション・メディア)とした制度だと、筆者は思います。
資本とは、貨幣=商品の生産手段・交換手段・貯蔵手段としての金銭です。
資本主義とは、金銭が万能(主)で、金銭が正義(義)であり、金銭を求める人の集まりであり、金銭を基盤とした制度です。
社会とは、人間の関係や人間の集まりであり、人間の集まりを動かすための警察力・軍事力である、権力のことでした。
社会主義とは、権力が万能(主)で、権力が正義(義)であり、権力を求める人の集まりであり、権力を基盤とした制度です。

金銭も権力も、少数の人間が集めようとします。
残りの人間は、それらが奪われてしまうので、奪われた分だけ不幸になります。
資本主義も社会主義も、人を不幸にするメカニズムが内臓されていました。
少数の持てる者に徳があれば、それを分配して循環させることも可能ですが、そういうことは稀でした。
そして、資本主義も社会主義も、自分で選んだのではなく、我々はいつのまにか囲い込まれていました。

人を幸せにするもの

不幸の拡大を食い止めるため、人を幸せにする制度に転換できないでしょうか?
人を幸せにするものを探してみたところ、美がありました。
美は、人を魅了し、人を感動させ、人に好まれ、人を幸せにする性質があります。
皆さんは、何かに感動して、見とれてしまったことがありますか?
おそらく、それが美です。
皆さんには好きな人がいますか?
その人のことを考えるとき、沸き起こる感情、それもおそらく美です。

美心主義を想定する

そんな美を基盤にした制度ができるか、考えてみます。
前回のタイトルでは、それを仮に、美を根本とする主義、美本主義と呼んでいましたが、美心主義と呼ぶことにします。
美の根本にあるのは、美を尊ぶ心だと考えます。
美しい心を持つ人が尊ばれるのが、美心主義です。

『○○主義』なので、美心主義は、美心が万能(主)で、美心が正義(義)であり、美心を求める人の集まりであり、美心を基盤(コミュニケーション・メディア)とした制度です。
美は、それによって誰かが幸せになっても、別の人が不幸になることはありません。
美しい音楽を聴いて幸せになっても、別の人が不幸になることはありません。
だから、どれだけ美によって幸せになっても、罪悪感を感じる必要はありません。
むしろ、評判が広まることにより、より多くの人を幸せにするという、正のフィードバックがあります。
この性質は、資本主義や社会主義と根本から異なる点です。

美心主義では、人が何か行動を起こすとき、どんな心に基づいているのかを判定されます。
金儲けや、権力集めよりも、心が美しいか、人の幸せを願っての行動であるかどうか、参加者から判定され、評価が共有されます。
嘘をついて騙す人や、嘘の情報を流して人を不当におとしめる人も現れますので、それらをチェックすることも必要です。
人の幸せを願っての行動でも、合成の誤謬で結果的に人を不幸にすることがありますので、行動の前に結果をシミュレーションしたり、行動の後に結果を検証してフィードバックすることも必要でしょう。

美心主義の未来

現実の世界は、美心主義の方向に進んでいると、筆者は感じます。
未来は明るいです。
あとは、どれだけ抵抗なく美心主義に移行できるか、反対者の手で壊されてしまわないかが問題です。

美しい心で美しい行動をした人を褒めること、これは美心主義の支えになりますし、誰でもできます。
日本のアニメが世界で好まれているのも、どんな心で、どんな行動をするのが美しいのか、それに気づくことができるからだと、筆者は考えてます。
現実はフィクションみたいに上手くいかないことも多いですが、せめて美しい心で立ち向かおうじゃないですか。
美しい心で行動すれば、幸せになります。
そして、皆さんのまわりで美しい行動をした人、あるいは歴史上の人で美しい行動をした人を知っていたら、ブログか何かで褒めてあげてください。
それを見た人がそこから学び、美しい行動をし、世界が美しくなります。


美心主義について、ひとまず完結です。
読んでくださった連山読者の皆様方、ありがとうございました。

松浦 彰夫 拝

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2008年7月 1日

美本主義は成立するか?(歴史編)

発端

「日本は美を大事にすることによって、社会の秩序が成り立ってきた国だ」と、ある人から聞いたことがあります。もう15年も前です。田舎から都会に出てきたばかりの、世間知らず、おのぼりさん大学生だった筆者には、何のことかさっぱり分かりませんでした。解説しますので、おつきあいください。

背景

当時、儒学者の先生と縁があって、東洋思想の学生向けの勉強会に参加する機会がありました。冒頭のは、その先生から言われた言葉です。いろんな話を伺っていたんで、特にこれを気に留めなかったんですが、しばらくして気になって仕方がなくなりました。今さら、「そう言える根拠は何?」、「美って何?」、「秩序って何?」、なんて聞くことも出来なくなってしまったので、自分で調べることにしました。

「心の中に物差しを作ることは大事なことで、本当の勉強とはそういうことだ」という話も聞きました。「物差し」ってのは判断基準のことですね。

  何が正しくて何が間違っているか。
  誰が偉くて誰が劣っているか。

自分の中に判断基準が無ければ、一貫性が無く世間に流されるだけで、結局何も残せない。だから勉強して、判断基準を身に着けて、価値判断が出来るようになれ。そういうことを言われました。確かに、そんな気がします。

「日本が美によって成り立ってきた」というのは、日本の国としての物差し=判断基準が、「美か醜か」、ということです。
本当でしょうか?

美というのは、物質的なものだけではなくて、心の美しさもあります。美しい心を「まごころ」と呼んで、日本では昔から尊重されてきました。(どのくらい昔から尊重されてきたのかは、分かりません。)まごころとは、「他人の幸せを願う心」です。 これは筆者の物差し=判断基準では、美しさ満点です。

心というのはやっかいな性質があって、形がありませんので、そのものは見えません。しかし、行動から推測することができます。心が外に表れたのが行動だから、行動が美しい人は心も美しいはず、という理屈です。

武士の美意識

江戸時代の武士は、美しい行動をすることに、現代人から見ると異常なくらい、こだわったそうです。
  道や廊下の角を曲がるときは、直角に曲がる。
  いつでも背中を伸ばし、足を投げ出さない。
行動から心の美しさを証明しようとしたのでしょう。

心の美しさを表す言葉が、たくさん共有されていました。
  義、勇、忠、孝、信、礼、など。
これらは漢字なので中国起源ですが、日本的な「まごころ」の種類を説明するものとして使われたのじゃないかと、筆者は思ってます。

また、金儲けは醜いものだという認識があり、質素につとめました。質素を美しいとする、侘び寂びという価値観もあります。武士が物質的な贅沢をよしとしなかったのは、もともと武装した自営農民、屯田兵、開拓農民団だからなのかもしれません。質素でないと出来ない、武者修行の風習もあります。漂泊の旅をした西行法師も、元は北面の武士でした。源頼朝は西行法師と会ってますし、何かしらの影響を受けて、質素が武士の標準になったかもしれません。源氏は皇室の分家ですね。

武士の時代の前は、貴族・公家の時代である、平安時代です。平安時代末期は、中央集権が強くなりすぎて、税がどんどん重くなり、貧富の差が広がり、民衆の生活は苦しくなっていったようです。そこで農民は、源氏等の名門の武士に農地を寄進して私有地にすることで、重税から守ってもらうことにしました。源氏の前に天下をとっていた平氏は、貴族化することにより農民を守らなくなり、農民の支持を失って、源氏の勢力拡大をゆるしてしまったようです。源頼朝は都と距離をとり、武士が中央政府と民衆の間を取り持つという役割を確定させ、社会の安定を回復することに成功しました。政治の天才といえます。

公家の美意識

平安時代の公家・貴族は、和歌を詠んだり、蹴鞠をしたり、楽器を演奏したり、遊んで暮らしてたように思えますが、ある意味、美のために生きていたともいえます。この場合は芸術としての美ですね。和歌が下手だと結婚も出来ないので、それなりに必死だったと思います。でもやっぱり、遊んで暮らせるので良い身分です。

なんで芸術活動に励んでいたか考えると、その前の時代の奈良時代は、戦乱の時代でした。物部氏vs.蘇我氏、というように豪族間で抗争をしていました。兄弟間の後継者争いも、武力闘争です。負けた方は、聖徳太子のように一族滅亡です。

そんな過酷な争いに嫌気がさした、藤原不比等(または藤原氏の周囲の誰か)が、文芸を奨励してエネルギーを転換することで、戦乱を終わらせたのだと思います。平安の文芸は、例えば和歌だと歌合せとかいって、勝負の要素が強いものです。戦争のかわりに、オリンピックで競う、みたいなものです。

歴史編まとめ

このように、公家は芸術の美意識、武士は行動の美意識を、それぞれ練り上げてきました。芸術の美は集団間(横)の争いを、行動の美は階層間(縦)の争いを調停する性質があるようです。これが「日本は美を大事にすることによって、社会の秩序が成り立ってきた国だ」という話の、歴史からの考察です。

次回、未来編に続く

2007年11月28日

【書評】イラク占領―戦争と抵抗 パトリック・コバーン

イラク占領―戦争と抵抗 パトリック・コバーン


サッダーム・フセイン
wikipedia サッダーム・フセイン

イラク戦争の惨状が良くわかる本です。
戦争の当初はイラクの人も、フセイン統治時代は最低の状態であり、これ以上悪くなることはない、戦後は良くなるはずだ、と期待していました。しかし、進攻後の復興計画は無く、破壊と混乱をもたらしただけでした。

治安は悪化し略奪と誘拐が横行するようになりました。
電気等のインフラは破壊されたまま放置されました。
一般人も宗派毎のテロの標的になっています。
占領軍は、テロリストへの攻撃と称して、一般人の住居を攻撃します。
技術者や知識人などの生活能力が高い人は、国外に脱出していきます。
政治家は、1箇所だけある安全地域に引きこもり、状況は改善していると、裏付けの無い大本営発表を行います。

以下のような教訓を読み取れます。
・復興計画が無い破壊は混乱を巻き起こすこと。
・最低の状態の下限は無く、予想を超えた惨状があること。
・独裁者と秘密警察による監視社会では、一般民衆は貧しくなっていくこと。
・戦乱で苦しむのは、一般民衆だということ。

こんな戦乱は早く終わってほしいですが、どうすればいいのか、先は見えないです。


サッダーム・フセイン
wikipedia 劣化ウラン弾


この本ではあまり出てこないですが、劣化ウラン弾やBC兵器により土地が汚染されていれば、人が住むには苦しいです。
中東全域や世界中に戦争が広がったらと、考えるだけでも恐ろしいです。

関連サイト

120万人の民間人がイラクで殺されている。Benjamin Fulford

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