関東軍
関西や関東というのは地域や時代によって違う範囲を指す言葉である。現在、関東という言葉は茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・東京・神奈川を指すが、満州国に駐屯した泣く子も黙る関東軍は決してそこの出身者の旧日本軍人という意味ではない。中国の万里の長城の東端に山海関という要塞があり、これより以東で活動したので関東軍と呼ばれたのである。満州国となった関東軍の警備地は関東州と呼ばれていた。もちろん満州国には満州国軍が創設されたが、関東軍の後方支援部隊のようなものであった。
ノモンハン事件
ノモンハンとは中国東北部の北西辺、モンゴルとの国境に近いハルハ河畔の地である。ここでは国境画定を巡って関東軍・旧ソ連軍・モンゴル軍が小競り合いともいえる衝突をしていた。第一次ノモンハン事件と呼ばれた5月の戦闘は満州国軍がモンゴル軍と衝突したのを機に関東軍は攻撃を開始し、両軍総計3500人程に規模を拡大した。しかしこれにソ連軍が加勢したので5月31日戦線を離脱するのである。6月後半に関東軍は再度攻撃に出るが、ソ連軍の前に苦戦を強いられる。関東軍は大本営の不拡大方針を無視して兵力を集中していた。両軍数万の軍隊を投入して激化した戦闘も8月20日ソ連軍の総攻撃で関東軍は大敗を喫したのである。東京の大本営は8月末でもまだ関東軍の偽情報によって戦闘が日本軍に有利だと思い込んでいた。しかし関東軍がもう既に戦える状況でないことを知るとすぐに停戦協定の交渉をし、9月16日モスクワで東郷外相とモロトフ外務人民委員との間で停戦協定が結ばれる。ノモンハン事件は実はソ連軍の損害の方が多かったのであるが、実質的に日本の負けであった。関東軍はソ連軍に対して近代戦の主力である戦車・重砲・航空機の量そして質に劣っていたのである。そもそもそれ以前に政略・外交・戦略・動員・兵站において関東軍の参謀は貧弱である。日本軍の連隊長として生き残った者達は自決することで責任を果たそうとした、ただし自決からは敗北による何の教訓も得られなかった。その上、独断で惨敗を招く結果を主導した辻政信・服部卓四郎ら関東軍参謀は一時の左遷の後に陸軍の中央に戻り太平洋戦争を開始するのである。結果は知っての通りである。
731部隊
大日本陸軍命令により設置された部隊、関東軍防疫給水部本部は満州第731部隊(石井部隊)と呼ばれた特殊部隊である。表向きは関東軍管轄区域内の防疫・給水業務を行い、実際は旧日本軍BC(生物化学兵器)戦研究機関である軍医学校防疫研究室の下部組織として細菌・化学戦研究を行なっていたのである。1939年に平房付近(現黒竜江省平房区)にある6k㎡の広大な敷地に移転し、総務部、第1部(細菌研究)、第2部(実戦研究)、第3部(濾水器製造)、第4部(細菌製造)、教育部、資材部、診療部を構成しての大規模な各種研究実験施設、細菌製造工場、常時80~100人収容可能な特設監獄、死体焼却場、実験用のウサギ・モルモット・ネズミ・ノミ等を飼育する動物舎、鉄道引込線、発電所、宿舎群、飛行場も整備していた。特別軍事区域であったため機密性保持の理由から日本軍機の上空飛行さえ禁じられていたのである。日本の最高学府出身の優秀な教授や医師、また民間研究員らが軍属技師として2600人ほど赴いた。中国人・ロシア人を中心にモンゴル人や朝鮮人、少数の白人の捕虜は生体実験のために丸太と呼ばれ犠牲となった。1000種類以上の生体実験・解剖に使用された数は1939~1945年だけで3000人以上とも言われている。
少ない費用で製造可能なペスト・コレラ・チフス菌等のBC兵器を研究開発し、実際に中国で飛行機からペスト菌を散布したことが明らかになっている。敗戦直前の1945年8月13日部隊長軍医中将石井四郎は証拠隠滅のため731部隊施設の完全破壊を命令、捕虜は毒殺等で虐殺された。終戦後、石井ら幹部は東京裁判で戦犯を免れるために細菌兵器の資料を米軍に渡すことをGHQと取引し、部下には秘密を墓場まで持っていけと厳命したのである。GHQは731部隊の技術情報を得るために彼らに対して現在の2000-4000万円相当の賄賂・接待を行なったとされている。ソ連への技術情報漏洩を怖れたGHQはソ連検事側の訴追を拒否し東京裁判で731部隊を裁かなかったのである。ソ連は東京裁判閉廷後、731部隊細菌戦部隊部長川島軍医少将、課長柄沢軍医少佐、部長西軍医中佐、支部長尾上軍医少佐ら元日本軍人12名に対しハバロフスク裁判(軍事裁判)を開いた。
結局731部隊の幹部達は高額の退職金をもらった上に官公庁、国立大学(東大・京大・阪大・大阪市立大・防衛大学・金沢大等の医学部教授)、薬学研究所、病理学研究所、製薬会社(武田製薬)、自衛隊等に再就職をするのである。戦後に731部隊の生物化学兵器が使用されたかもしれない事象として朝鮮戦争での米軍による細菌戦や毒ガス戦、また帝銀事件等がある。石井を支えた内藤良一や北野政次による日本ブラッドバンク(吉富製薬)は非加熱製剤によるHIV感染(薬害エイズ)事件を引き起こした企業ミドリ十字である。731部隊で非倫理的な人体実験をしていた生き残りが売血で戦後更なる犠牲者を出すことになる。生物化学兵器の研究者は戦後の日本の医学会の重鎮であるため731部隊のことはタブーとされてきたのである。
