世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL144
孫子用間篇口語訳
孫子はいう。
およそ十万の軍隊を起こして千里の外に出征することになれば、民衆の経費や公家の出費も一日に千金をも費すことになり、国の内外ともに大騒ぎで農事にもはげめないものが七十万家もできることになる。そして数年間も対持したうえで一日の決戦を争うのである。
それにもかかわらず、爵位や俸禄や百金を与えることを惜しんで、敵情を知ろうとしないのは、不仁(民衆を愛しあわれまたいこと)の甚だしいものである。人民を率いる将軍とはいえず、君主の補佐ともいえず、勝利の主ともいえない。だから、聡明な君主やすぐれた将軍が行動を起こして敵に勝ち、人なみはずれた成功を収める理由は、あらかじめ敵情を知ることによってである。あらかじめ知ることは、鬼神のおかげで(祈ったり占ったりする神秘的な方法で)できるのではなく、過去のでき事によって類推できるのでもなく、自然界の規律によってためしはかれるのでもない。必らず人(特別な間諜)に頼ってこそ敵の情況が知れるのである。
そこで、間諜を働かせるのには五とおりがある。
郷間(村里の間諜)があり、内間(敵方からの内通の間諜)があり、反間(こちらのために働く敵の間諜)があり、死間(死ぬ間諜)があり、生間(生きて帰る間諜)がある。
この五とおりの間諜がともに活動していてその道すじを知られないというのが、神紀すなわちすぐれた用い方といわれることで、人君の珍重すべきことである。
郷間というのは敵の村里の人々を利用して働かせるのである。
内間というのは敵の役人を利用して働かせるのである。
反間というのは敵の間諜を利用して働かせるのである。
死間というのは偽わり事を外にあらわして身方の間諜にそれを知らせ敵方に告げさせるのである。
生間というのは帰って来て報告するのである。
そこで、全軍の中での親近さでは間諜が最も親しく、賞与では間諜のが最も厚く、仕事では間諜のが最も秘密を要する。
聡明な思慮ぶかさがなければ間諜を利用することができず、仁慈と正義がなければ間諜を使うことができず、はかりがたい微妙がなければ間諜の真実を把握することができない。
微妙なことよ、どんなことにも間諜は用いられるのである。
間諜の情報がまだ発表されないうちに外から耳に入ることがあると、その間諜とそのことを知らせてきた者とをともに死罪にするのである。
およそ撃ちたいと思う軍隊や攻めたいと思う城や殺したいと思う人物については、必らずその官職を守る将軍や左右の近臣や奏聞者や門を守る者や宮中を守る役人の姓名をまず知って、身方の間諜に必らずさらに追求してそれらの人物のことを調べさせる。
敵の間諜でこちらにやって来てスパイをしている者は、つけこんでそれに利益を与え、うまく誘ってこちらにつかせる。そこで反間として用いることができるのである。この反間によって敵情が分かるから、郷間や内間も使うことができるのである。この反間によって敵情が分かるから、死間を使って偽わり事をしたうえで敵方に告げさせることができるのである。この反間によって敵情が分かるから、生間を計画どおりに働かせることができるのである。
五とおりの間諜の情報は君主が必らずそれをわきまえるが、それが知れるもとは必らず反間によってである。そこで反間はぜひとも厚遇すべきである。
イラン情勢は、予想どおり、戦争が回避されそうだ。今回は、中東情勢の今後をイスラエルの立場から検討してみたい。
<参考>
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http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2007031001000510.html
イラク安定化へ国際会議 敵対国の対話促進が焦点
【カイロ10日共同】混迷するイラク情勢安定化に向け、米国など国連安全保障理事会常任理事国と周辺の計10数カ国による国際会議が10日、バグダッドで開かれた。情勢悪化の元凶とされるイラクの民兵組織、武装勢力に直接、間接的に影響力を持つイラン、シリア両国と米国が同席する会議を契機に、敵対してきた双方の対話が促進、治安改善への転機になるかどうかが焦点。
米国と、核問題で緊張が高まるイランや、イラクへの武装勢力、武器の補給路と指摘されてきたシリアとの対話の枠組みが拡大すれば、中東の緊張緩和が一定程度進む可能性もある。
会議前日の9日には、イラク聖戦アルカイダ組織などイスラム教スンニ派武装勢力が樹立を宣言した「イラク・イスラム国」を名乗る組織が、会議は「偽善者の会合」などと批判する声明をウェブサイトに公表。イラク政府と駐留米軍は、会議に反発する武装勢力側のテロ、攻撃に備え厳戒態勢を敷いた。
(2007年03月10日 17時53分)
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米とイランが接触・イラク外相明かす
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20070310AT2M1001P10032007.html
【ドバイ=加賀谷和樹】10日の「イラク安定化国際会議」で終了後に記者会見したイラクのジバリ外相は、会議で同席した米国、イランの間で「直接の協議があった」と述べた。 米国とイランの協議の内容については「完全にイラクの治安と安定に集中し 、それ以外のテーマは協議されなかった」と語り、イランの核開発問題は話し合われなかったと説明した。協議内容の詳細にまでは言及しなかった。
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http://gold.tanaka.co.jp/commodity/souba/d-gold.php
金価格も落ちきている。
私は、以前から、世界情勢の中心には中東があり、中東情勢の中心にはイスラエルがあると考えてきた。イラク戦争以降、今日に至るまでのアメリカの中東での無策ぶり、大失態は、すべて、イスラエルとその代理人であるネオコンによって引き起こされたものだ。
そして、ブッシュ政権はネオコンを切り、ゲーツに代表されるCIA人脈を重視した、諜報や謀略のプロを配置し、事態の収拾に乗り出したようだ。これは、CIAとモサドの死闘に対して、CIAが優位に立ったともいえる。
アメリカが国際金融資本に支配されたのは、大恐慌から第二次世界大戦を通じてであるが、イスラエルに支配されたのは、キッシンジャーの時代においてである。イスラエルは、冒頭で紹介した孫子用間篇をアメリカに対して忠実に実行し、成功させることが、国家安全保障上の最重要課題と認識している。この点、すなわち、アメリカを舞台にしたアングロサクソンVSユダヤ、CIA VSモサドの、決して表に出ることはない水面下の死闘の推移が分からないと、現状も、未来も分析できない。
CIAとモサドの関係を、歴史を遡って理解するために、ユダヤ人の大御所キッシンジャーが活躍した一九六○年代末から一九七○年頃を振り返ってみることにする。
この時代、キッシンジャーはアメリカの政策決定に係わり、基本的にそれを操作しただけではなく、政策決定、情報活動体制そのものをも根本的に再編した。
ロンドンとニューヨークの国際金融資本の後ろ楯を受けて、キッシンジャーは情報活動に携わる組織をそれまでと全く反対に入れ換えてしまった。彼がまず企んだのは、CIAの情報分析機構に取って代わるものとして、国家安全保障会議(NSC)のスタッフ自身が重要な政策決定に関与できるようにすることであった。元来この部署のスタッフは、情報関係部局から上がってきた情報を単にNSCに提出するだけのものであった。
情報分析、正確に言うなら国家情報分析(NIES)の目的は、様々な手段や経路を使って入手した生の情報を、状況に応じてべストの分析が行われるようにすることだった。
CIAはエレクトロニクス装置から人的手段までのすべてを駆使して、何が起こっているかを把握し、大統領やその閣僚、それに情報関係部署の責任者をはじめとする政策担当者がしかるべき行動を取れるようにその情報を提供しようと試みていた。キッシンジャーはこのシステムをほとんど信用していなかったので、それを壊してしまおうとした。
さらにキッシンジャーはその際、CIAで働いていた情報関係者の幹部をホワイト・ハウスに招き入れた。CIAの幹部の一人でソ連の情報活動問題担当だったウィリアム・ハイランドも、キッシンジャーによってホワイト・ハウスに移され、彼の前の職場であるCIAに対抗してキッシンジャーが事を進める際の切札に使われた。そのときからというもの、ハイランドはことごとくキッシンジャーの後ろ楯によって出世していった。
キッシンジャーはこうした抜擢人事を通じて互いの反目を引き起こし、それによって情報専門家からなっている従来のシステムの弱体化を狙った。このような撹乱工作は一部の情報専門家の間に疑惑を生み、彼らはキッシンジャーを「ソ連のスパイ」かもしれないとして調査を始めたほどであった。キッシンジャーは、最善の情報分析を提供し取るべき行動を進言するという情報専門家の能力を破壊してしまった。そのことで現実に一部の者はキッシンジャーを「ソ連の息のかかったスパイ」と考えたのである。
キッシンジャーは自らの下で、国家情報分析を軽視する一方、第三世界を中心に秘密工作(単に諜報活動に徹するのでなく、意図的に事件を引き起こすこと)を進めることでCIAの秘密工作部に対し協力した。キッシンジャーと一緒にこの工作に加わったのが元CIA長官のウィリアム・コルビーだった。彼は長きにわたって第三世界での秘密工作に携わっており、今ではアメリカの対日政策を決定するための情報活動を民間サイドで進める上でなくてはならない人物になっている。
キッシンジャーがイスラエルの情報機関であるモサドとの間に緊密な関係をつくり上げたのもこの時期であった。それまではモサドはCIAの単なる下請け機関であり、アフリカや中東での共同秘密工作では金銭的にCIAに依存していた。キッシンジャーが登場するに及んで、情報活動全体の様相がすっかり変わってしまった。一九七三年の中東戦争とそれに続くアラブ諸国の石油輸出ボイコットという事態に対しキッシンジャーが果たした役割によって、彼はイスラエルに登場の機会を与えた。
ロンドンとニューヨークの国際金融資本の利益の代弁者として、キッシンジャーはオイル・ダラーのロンドンとニューヨークへの還流を図ることにより、英米金融システムの崩壊を未然に防ぐことに成功した。また当時IMFの副総裁で後に連邦準備銀行総裁になったポール・ボルカー主導の下でアメリカの銀行制度の規制緩和が進められた結果、英米の金融勢力の政治力は甚だ強大なものになった。今もボルカー、キッシンジャー、コルビーは緊密に手を組みながら世界的な問題に対処している。
従来の情報機関に対抗する権力を国家安全保障会議に付与すること、そして自分の気に入った特別の秘密工作を仕組むこと、この二つの事柄を成し遂げるためにキッシンジャーは努力した。その結果、彼は情報活動の方針並びに政策決定を統轄できる権限を情報活動の専門家の手から奪って自らの手中にすることができた。
歴史的な流れから見れぱ、このような権限の移転が可能だった背景には、いくつかの要因がある。当時、べトナム戦争の敗北のショックが下火になりつつあったし、電撃的な中国との国交回復が起こった上に、モスクワとの間のデタントが進みつつあった。そしてニクソン大統領は政策決定に関してキッシンジャーにほとんど全権を委任していた。キッシンジャーに反対でもしようものなら、ありとあらゆる汚いトリックを仕掛けられる羽目になるのがおちで、彼は自分が牛耳るNSCのメンバーに対してすら容赦はなかった。実際に、ニクソン大統領は、第4次中東戦争において、イスラエル支援をためらったためにウォーターゲートを仕掛けられ、辞任に追い込まれた。
自分に反対するメンバーに対しては、キッシンジャーは国家の安全にかかわる情報を漏らしたとの嫌疑をかけた。キッシンジャーは絶大なる権力を振った。
もっとも軍や軍情報部の支援を受けたCIAのOBたちが、キッシンジャーに対し抵抗を試みたことがあった。だが彼らの高邁なる努力にもかかわらず、自らの公的地位を利用し、かつ出世の面で自分に借りのある人物をアメリカ政府内部の要所に配置することによって、キッシンジャーは巨大な私的情報機構をつくり上げることに成功した。要約すると、キッシンジャーはCIAや軍を完全に押さえ込んで、独自の情報網を米国政府内に作ったのだ。
このような手を打った上に、連邦捜査局(FBI)の協力も得、さらに後にウィリアム・ウェブスターの手も借りることによって、キッシンジャーと彼の仲間は米国内に巨大なネットワークを築き上げた。その過程で、彼は、ADL(ユダヤ名誉毀損防止連盟」(http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhc511.html)を利用した。
ADLは130年の歴史を持つユダヤ人国際結社「ブナイ・ブリス」から豊かな財政支援を受けて生まれた団体で、1913年に設立された。ADLは全米に25、カナダに2つの地方事務所を持ち、人事・コミュニケーション・教育・都市問題・社会問題・宗教及び法律の各分野の専門家を含む300人の職員を抱え、各地のコミュニティに代表が何百人もいる。
ADLがこの情報機構の代理人として重要な情報活動に従事するようになったきっかけも、実はこのキッシンジャーの行ったことにある。
このような動きの結果、憲法によって与えられていたアメリカ政府の権限は大幅に縮小させられてしまった。米国内においてADLが大きな権力を行使できるようになったのは、実際のところ主としてキッシンジャーとFBIの努力によるものである。
ADLの特殊な情報活動能力は、第二次世界大戦前に、第五局と呼ぱれたFBIの防諜担当部署の支援と協力の下、英国情報部の「特殊工作部(SOE)」の責任者ウィリアム・ステファンソン卿の尽力によって培われたものである。表向きは米国内でのナチの諜報活動に対抗するためということだったが、ADLはFBIの協力を得てアメリカの再度のヨーロッパ戦線への参戦に反対する孤立主義者たちの調書を作成し始めた。孤立主義者の一部は「米国第一主義者」と呼ばれた。アメリカは海外のいかなる紛争にも手を出すべきでなく、自国の利益のみを考えるべきだというのが孤立主義者たちの考え方であった。日本が真珠湾を攻撃するまで、こうした米国第一主義者は議会内では強力なロビーの一つだった。
イギリスの情報活動にとってもっと重要だったのは、ADLとFBIが米国内での情報活動体制をつくり上げ、それが戦争突入後ロンドンやニューヨークの金融機関にとって極めて有益なものとなったことである。このFBIとADLの関係が、正式な政府機関内でADLを支える上での頼みの綱になった。だがその関係は鳴り物入りで宣伝するようなものではなく、そっとしておくべきものであった。一九六○年代になってアメリカで大変化が起こり始めるまで、両者の連合関係は、人目につかない穏やかなものだった。
一九六七年の六日戦争までは、ADLは諜報合戦においては基本的に部外者であった。彼らの諜報能力はFBIとの関係から制限されていた。アメリカの情報関係者の間には伝統的にイスラエル人やアメリカの情報分野で働くユダヤ系アメリカ人に対する警戒心が存在していたことから、当時はADLのCIAに対する影響力と浸透力は、最低限にとどまっていた。CIAの防諜担当局長を務めたジェームズ・ジーザス・アンジェルトンは例外として、一般にイスラエル人はアメリカの情報分野に入り込むことはできなかった。
アンジェルトンの下で、アメリカの防諜活動はイスラエルの秘密情報機関との間に関係を有するようになった。アンジェルトンはCIAの前身である戦略事務局(OSS)の局員だったときにイスラエル人との間に密接な関係を築いていた。彼が連絡を取り合っていた重要人物には、イスラエルの情報関係者のトップの人たちばかりでなく、エルサレム市長のテディ・コレックも含まれていた。
しかしながら、六日戦争が終わりアメリカで国内政治危機が起こってからというもの、政治、文化面で一大変化が起こった。イスラエルの電撃的な勝利の結果、アメリカのマスコミや米国民の間で、イスラエル人が一夜のうちに「実体以上の英雄」に祭り上げられてしまった。「無敵のイスラエル人」とか「彼らは間違いを犯すはずがない」といった魔法の呪文が米国民にかけられた。そしてその後の二十五年間でこれらの勢力が政治権力を手の中に入れ、政府機関を上回る強力な存在になってしまった。とりわけこのことは司法省や国防省、それに情報機関の内部で顕著であった。
へンリー・キッシンジャーの台頭と無敵のイスラエルの登場とが相まって、ADLの地位も上昇し始めた。ADLは主として国内の活動強化を図り、産業界、市民団体、労働組合、それに政党の内部に政治的な諜報活動を進めるための拠点を築いた。FBIは絶えずADLを庇護し、いつ何時でも必要なときにはこれに援助の手を差し延べるようになった。
カーター政権時代の一九七七年、ウェブスター判事がFBI長官に任命されたときに、この両者の関係はさらに強固なものとされ、ADLやシオニスト・ロビーに刃向かう政敵に対しては卑劣な工作が仕掛けられることになった。
両者が最初に仕組んだ共同工作活動は、アブスカムと呼ばれたFBIのおとり捜査だった。FBIは有罪が確定した犯罪者、それもそのうちの何人かはADLと直接つながっているような者を、国会議員や実業家、その他政治的影響力のある人たちを標的にした工作活動に利用した。
アブスカムという言葉は「アラブのペテン」という意味で、オイル・マネーで裕福な中東の王族に対する反感をかき立て、アメリカにおいて大規模な反アラブ気運を盛り上げることを狙ってつくられた言葉である。アラブの王族たちはシオニスト・ロビーからはアメリカに「堕落をもたらすもの」とみなされていた。ADLはFBIや全国のマスコミと連携して活動した。特に彼らを政治的に攻撃する時にはNBC放送と連携プレーを行った。
彼らの攻撃の目標にされたのは、人種的にアメリカ人と言えるもともとアメリカ生まれの人たちや、労働組合の支持を得ていた保守的な民主党幹部たちであった。かかる憲法をないがしろにする悪質な攻撃の犠牲になった人物の一人が、ハリソン・ウィリアムズ上院議員(民主党、ニュージャージー州)だった。ウィリアムズ上院議員は彼の仲間の手で上院の議席を奪われてしまった。
このことが米国内に新たな先例をつくった。それはFBIとADLからなる勢力に、恐喝という手段に訴えるとてつもない道を拓くことになった。最近では幾度となく彼らはこの手を使っている。へンリー・キッシンジャーは野に下ってからも、政敵を葬り去るためにこの手口をよく用いた。カリフォルニアのボへミァン・グローブで開かれた秘密結社の集会で、キッシンジャーが当時FBI長官だったウェブスターに会ったことは、今では公の文書に記されているが、その席上キッシンジャーはウェブスターに対し政敵を攻撃することを依頼している。
レーガン時代にこうした勢力は以前にもまして強大になった。NSCにキッシンジャーが築いた体制、それに民間の手によるものでありながら政府のお墨付きを得ているCIAの元職員を使った秘密諜報工作がアメリカで政策を進める場合の常套手段、あるいは一般的なやり方になった。このような状況の下で、外国人であるイスラエル人がますます深く共同秘密工作にかかわるようになった。
アメリカの諜報能力の再構築の必要性に迫られて、当時のCIA長官だったウィリアム・ケーシーはこういった工作を認めた。当時は依然冷戦たけなわの時代だったので、共産主義者に対する工作に早急にとりかかりたかったケーシーは、その障壁となっていたCIAの官僚制度を飛び越えて事を進めた。つまりそのような工作をイスラエルに任せたのである。
ケーシーが行ったこのような決定によって、イスラエル人とADLは国家安全保障に関与する組織の上層部に直接食い込むことができるようになった。特にテロリズムの脅威が高まる中で、アメリカはそれに対応できる能力を持っていなかったので、そのための組織をCIAの中につくるためにイスラエル人が紹かれた。これが実はイラン・コントラ事件のもとである。
ケーシー自身は多くの自己矛盾を有する人物であった。元CIA工作員によると、ケーシーは秘密工作をイスラエル人抜きでやれと命令を出そうとしたかと思うと、考えを百八十度転換して同じ任務をイスラエル人に課すなどといったことがよくあった。こうした彼のやり方は、情報関係者内部に大きな混乱を引き起こした。
ケーシーCIA長官が相矛盾する行動を取り、そしてタイミングよく亡くなった後、ニューヨークやロンドンの勢力は議会内における彼らの影響力を行使してレーガン政権を骨抜きにし、ケーシーの後継者としてウィリアム・ウェブスターを任命することを認めさせた。情報関係者たちは自分たちが選んだ候補者をCIA長官のポストに就けることなどできなかった。情報組織内部が毎日のように出てくる新たなスキャンダルで上を下への大騒ぎをしているような状況であったため、この人事に対する組織的な抵抗はほとんどなかった。こういうわけで、ウェブスターが指名された。このウェブスター判事の任命によって、FBI.ADL体制全体が一層強固なものになった。
イスラエルが情報組織内部に浸透し続けていくことに対し、直接影響を与えた唯一の大スキャンダルはレーガン政権下で起きたポラード事件だった。この時期、米大統領だったレーガンもユダヤ系のロビー工作により、レバノンに派兵した。だが、アメリカ大使館に一台のワゴン車が突入し、大爆発を起こした。この爆発で米兵60人が死亡、120人が負傷した。
このテロ行為につき、イスラエルは事前に情報をつかんでいながら、アメリカに教えなかったと言われる。
結果として、保守層からの批判が強まったところでレーガンはポラード事件に象徴されるユダヤ離れを演出し、保守層の支持を取り戻した。今後も、新たなポラード事件を摘発し、イスラエルを切ることは十分、ありうる。
ポラード事件は、八五年十一月、米国連邦捜査局(FBI)は米海軍情報分析官のユダヤ系米国人ジョナサン・ポラードをイスラエルのスパイ容疑で逮捕した事件。ポラードは米国の偵察衛星が撮影した秘密写真などの機密文書を「モサド(諜報特務局)」とは別の情報機関「レケム(科学情報局)」に渡していた。
ポラードは終身刑で服役中だが、イスラエル政府は1995年にポラードにイスラエル国籍を付与し、釈放を要求している。
このように、イスラエルは、ユダヤ系ロビー団体を通じ、アメリカの諜報組織や一般社会に深く食い込み、政策を動かすことで、自国の安全保障を達成してきた。その過程で、ポラード事件のような、アメリカ側の反撃もあったように、両者の関係は、常に緊張を帯びたものだった。
これは、裏を返すと、情報部門から、イスラエルの影響力を一掃できれば、「アメリカによるイスラエルの切捨て」にも繋がる可能性があり、結果として、イスラエルの自暴自棄的な先制攻撃を生むこともありうる事を意味している。ネオコン追放後の問題点はこれに尽きる。
私の分析は以上のような見方に基づくものであるが、予想どおり、シリアが対イスラエル戦の戦備を始めたようだ。
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数千基のロケット砲を配備=対イスラエルでシリア (AFP=時事)
http://news.www.infoseek.co.jp/afp/world/story/20070309afpAFP011382/
【エルサレム9日】イスラエル軍筋と政府筋は9日、AFP通信に対し、シリアが対イスラエル国境地帯に数千基の中・短距離ロケット砲を配備したと語った。これらのロケット砲はイスラエル北部の主要な町を攻撃できるという。シリアに関しては最近、部隊が移動しているとの情報もあり、イスラエルでは、シリアが小規模な戦争に備えているとの見方が出ている。
イスラエル軍筋は「ここ数カ月、シリアが(イスラエルとの)国境にロケット砲を配備したのをわれわれは察知している。その多くは地下などに隠されている」と述べた。
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このことに見られるように、「中東和平」はイスラエルの不安定に必ず繋がる。これは、かってのイラン-イラク戦争において、「劣勢であったイランをイスラエルが支援」することで、戦争を長引かせた事で、イスラエルの安定を確保した戦略を考えれば、分かるであろう。世界史を例にとれば、第二次世界大戦における、独ソ戦で、国際金融資本に操られた英米が劣勢なソ連を支援し、欧州のパワーバランスを図り、経済的利益と軍事的利益を得た戦略と同じだ。すなわち、「隣接するランドパワー同士を相い争わせる」事が勢力均衡戦略の根幹ということだ。
現在の中東情勢の背景として、イスラエルによるユダヤ人人口の減少と、国際金融資本のイスラエル切捨てという、二つの大きな流れの中で、イスラエルが孤立を深めつつあるという事情がある。大まかな流れはVOL113(http://npslq9-web.hp.infoseek.co.jp/sls113.html)で述べたとおりだ。
国際金融資本は民主党を操り、アメリカを第二次大戦に参戦させ、イスラエルを建国した。その流れの中で、存在理由を失いつつあるイスラエルをどうやって、ソフトランディングさせるかが、実は、世界で最も大きい問題であり、中東情勢の根幹にかかわる事がわかるであろう。
イスラエルは、歴史を見れば、自国の安全保障のため、先制攻撃をアラブ諸国のみならず、アメリカを含む西欧諸国に対しても行っている。国土の縦深のなさが、打たれ弱さに繋がり、具体的には、第4次中東戦争の際のような奇襲により、国家存亡の危機に立った事がトラウマとなり、このような行動をとらせるのであろう。そして、昨年の対ヒズボラ戦争で、実質的に敗北した現状で、イランとサウジやアメリカが和平を結ぶとなると、いよいよ、イスラエルは後がなくなってくる。
この状況は、911以前、ブッシュ政権が「パレスチナ共和国」の設立をほのめかし、イスラエルとパレスチナの紛争に全く関心を示さなかった時点の状況と似ている。その後、911が発生し、アメリカは、対テロ戦という名の中東戦争へ介入していくわけだが。
つまり、今後、追い詰められたイスラエル、我々の想像もつかないような手段で、西欧やアラブに対する攻撃にでる可能性は十分ある。
そして、アメリカやサウジとイランの間を分断し、戦争状態に陥らせることが、彼らにとっての究極の安全保障政策なのだ。
より根本的には、地政学的に見て、現在のイスラエルは豊臣秀頼のこもる大坂城と同じ状況ということだ。援軍がどこからも現れず、頼りはアメリカの支援だけ。そのアメリカにも、ネオコンが追放され、911の真相が明らかになると、イスラエルは切られるであろう。
現在においても、イスラエルの占領地での行動について、内部告発が続いている事に見られるように、占領軍の士気の低下、規律の乱れがあり、占領の維持が難しくなっている。根本的には、占領の継続は、不可能なのだ。
<参考>
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http://www.nhk.or.jp/bs/bsdoc/
1967年の第3次中東戦争以来、占領政策を続けるイスラエル。占領地で軍が行っている非人道的な行為に疑問を感じたイスラエルの若者たちが告発の声を上げ始めている。
始まりは、2年前、エルサレムで開かれた写真展だった。イスラエルでは、国民皆兵制度によって18歳になると3年間の兵役が課されるが、兵役で占領地に駐留した若者たちが“Breaking the Silence(沈黙を破って)”というグループを結成。占領地で自ら撮った写真にメッセージを添えて展示した。「装甲車によじ登ってきた子どもを我々のスナイパーが射殺した。確認すれば12歳の子どもだったと分かったはずなのに。」、「普通のパレスチナ人家族を力ずくで立ち退かせてしまった。彼らは決してテロリストではないしそれにつながってもいないのに。」
グループでは、若い兵士たちに参加を呼びかけ、証言を集める作業を続けている。そして、写真展だけでなく、証言をまとめたビデオを作成して配布したり、高校に出かけて講演するな、様々な形で国民への問いかけを続けている。しかし、彼らの活動に対する反発の声も強い。
これまでタブーとされてきた占領地での軍の“実態”を告発しそのあり方を問い直そうとする若者たち。“沈黙”を破った若者たちの活動を追い、イスラエルの占領政策のゆくえをさぐる。
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つまり、時間の経過は、決定的にイスラエルの立場を悪くするだけだということだ。こういう追い詰められた状況では、九死に一生を目指して、積極策をとるしかない。まさに、桶狭間の信長と同じだ。
この状況は、ある意味で、戦前の日本やドイツにも似ているといえる。
鍵を握るのは、イスラエルの生みの親である英国だろう。英国はイスラエルを生んだが、結果として、アメリカがイスラエルに乗っ取られたような状況になったため、其れにつられて、イラク戦争に引き釣りこまれた。英国はブレアに全責任を負わせて、イスラエルを切るかもしれない。イスラエルをめぐって、水面下でギリギリの攻防が行われている。
<参考>
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http://homepage.mac.com/ehara_gen1/jealous_gay/david_stern.html
スターン・インテル(カナダ):米国軍事情報筋は、イスラエルの諜報機関モサドが世界貿易センターとペンタゴンの攻撃に関与していたことを示す内部諜報メモの詳細を明らかにした。その情報筋は、名前を明かさないことを条件に、(事件の)4週間前に米国情報当局内部で回覧されていたメモの存在を認めた。そのメモには、イスラエルが米国領土内で秘密工作を企てる恐れがあるとし、米国の国益へ見せかけのテロリスト攻撃を行うことによって、パレスチナのアラブ勢力に対する世論を逆転させ、パレスチナのアラブ系住民に対する大規模な軍事的猛攻へのお墨付きをイスラエルに与えることになるだろうとあった。
9月11日の攻撃については、単独のテロリスト・グループが実行したにしてはあまりにも手が込みすぎていると専門家たちから指摘されていた。「こうした攻撃には、高度な軍事的緻密さや高等な諜報機関からの情報源が必要とされる。攻撃を行った者たちは、さらに大統領専用機(エア・フォース・ワン)の運航や民間航空機の飛行経路、ワシントンのように重要な米国都市においてどのような防空戦術がとられているかについてもきわめて精通している必要がある」とイスラエルの諜報活動に詳しいデイヴィッド・スターンは述べた。
攻撃はペンタゴンと世界貿易センターのツインタワーだけでなく、FBIによれば、ホワイトハウスとエア・フォース・ワンもターゲットにされていたという。
「攻撃が米国の世論をイスラエル支持へと一変させたことは確かであり、それは11カ月続いたパレスチナの民衆蜂起、ダーバンで開かれた国連の会議(反人種主義・差別撤廃世界会議)でイスラエルの戦争犯罪や人種差別に対して厳しい批判がなされた後に起きた。その攻撃がアラブ系のグループや国家にとって利益になるものではない反面、パレスチナの政治指導者や警察幹部を暗殺するというイスラエルの暗殺政策が国際的な非難を浴びていた渦中の、まさにそのタイミングのもとで攻撃は起こされた」とスターンは付け加えた。
イスラエルの米国攻撃への関与というニュースがたとえ確証されたにせよ、諜報専門家らにとっては別に驚くにあたらない。イスラエルという国には、キング・デイヴィッド・ホテルやUSSリバティー号への攻撃、スカンジナビア国連特使の暗殺、ジョナサン・ポラード事件における米国へのスパイ活動など、欧米のターゲットに対する秘密工作の長い歴史がある。
米国国防総省は水曜日(9月12日)、事件以来連日発生しているという捜査情報に関する漏洩を食い止めるため、同省の職員たちに対して警告を発した。
------------引用--------------
以上



































