日本のベンチャーの現状の概観、課題及び、今後、目指すべき方向とそのために必要な方法(3)

(8)公的支援の方向性

以下に、公的な立場からベンチャービジネス振興のため、付け加える点を中心に記すこととする。

 事業チャンスの拡大は、市場原理を背景とした構造変化を後押しする形で捉えることが必要である。公的な立場からは3つの点を踏まえた活動が必要となろう。1つは、規制緩和による自由な市場の創出である。規制緩和に関しては、近年の通信分野での規制の緩和が、新規の企業に対して大きな事業チャンスを生み出したことは記憶に新しいところである。2つ目は、公共サービスの民間移転により民間企業としての事業チャンスを拡大することである。これまで公共が担ってきた機能のうち、民間企業が担うことによりサービスの効率化、質の向上が図れるものを民間企業に移転しようとするものである。私は、「『公的事業』への市場原理の導入」のなかで、(1)環境分野、(2)シルバー分野、(3)情報通信分野において官民の役割分担を明確にすることによって、新たな産業の創出を図ることが可能であると考える。そして、3つ目は公共機関が自らベンチャービジネスの市場となることである。ベンチャービジネスにとって社会的な信用が高い顧客を獲得することの意義は大きい。公共機関が自らベンチャービジネスの商品・サービスを積極的に受け入れるような姿勢を見せることは、ベンチャービジネスの振興に大きく貢献する。

 ベンチャービジネスの成長環境づくりに対して公的な立場からなすべきことは、成長に伴って必要となる事業上の知識やノウハウの普及である。

 ひとつの例として、知的所有権戦略に関するノウハウなど、法務面での情報の提供をあげることができる。ベンチャービジネスが大企業にアイデアを盗まれるという話を耳にすることがある。大企業との力関係がその原因とされることが多いが、実はアメリカなどでは当たり前になっているノウハウ開示のための手続きが踏まれていないことが多い。守秘義務契約の締結、情報開示の手法、権利・義務の取り扱い方法の取り決めなど、アメリカのベンチャービジネスであれば当然のように行われている手続きが十分に普及されていないのである。例えば、こうしたノウハウを公的な支援のなかで普及していけば、ベンチャービジネスの成長のチャンスを拡大することが期待できる。
 起業のメリットには、自由な事業活動が行える、といった精神的な側面もあるが、収入面でのメリットを軽視することはできない。こうした認識に立ち、日本の企業家の享受できるメリットをアメリカなどと比べると、ストックオプションが解禁されたとはいえ、満足のいくレベルとはいえない。それは、日本が、ある程度以上の高収入者に極端に負担が偏重した税体系を有しているからである。高額所得者から低所得者への所得移転を行う税制度は、多くの中流層を生み出し、日本の繁栄に貢献したが、同時にハイリスク・ハイリターンの事業に飛び込もうとする気持ちを萎えさせたことも否定できない。また、偏重した税制は企業家となることの収入面でのメリットを、実際の収入ではなく、会社の経費を自由に使えるといった方向に向かわせ、不明朗な会計感覚と公開に対して後ろ向きな姿勢を植え付けることにも繋がった。日本の中小企業の国際化を考えた場合、その弊害は小さいとはいえない。

 制度疲労を起こした日本の産業経済の新たな発展を、ベンチャービジネス、言い換えれば新たな企業リーダー達に求めるのならば、リスクを取った結果成功した者に報い得る環境を整備することは不可欠である。ビジネスがグローバル化するなか、日本の企業家がアメリカなどの企業家に対して収入面で受けるメリットの格差を感じる機会は増えている。大競争時代の産業経済政策を考えると、法人、個人に限らず、グローバルスタンダードから見て、少なくとも所得面での不利益を受けない税体系を整備していくことが望まれる。

 起業リスクの低減に関しては、構造変化による企業の経営姿勢、取引姿勢、投融資姿勢あるいは雇用姿勢などの変化が大きく貢献することはすでに示した。公的な立場に求められているのは、投資市場の規制緩和など、すでに着手されている自由化に向けた動きを着実に進めていくことである。

 以上から、今後の公的なベンチャービジネス振興のための施策においては、起業や事業運営に関するノウハウ・情報の普及といったソフト面の施策と、市場環境づくり、市場提供のための施策を重視していくことが必要といえる。本論では、金融機関の貸し渋りなどによりベンチャーブームが終焉の危機に瀕するなか、ブームをトレンドへと進化させ、それを構造変化と一体化することが必要だ。

(9)ベンチャーにとって何が必要か

ベンチャービジネスの台頭が将来に向けた日本の産業経済の発展のために重要であることは多くが賛同するところであろう。これまでは自由闊達であるべきベンチャービジネスのための事業環境づくりに関しても、産学官が既存のスタンスから施策を検討する姿勢が見られた。しかしながら、数十年に1度といわれる構造変化のなかで起業家に求められているのは、ベンチャービジネスのみならず、既存企業、金融機関などが渦巻くビジネスの生態系がどのように動いていくのかを洞察し、その動きと理念に合わせた諸施策を展開していくことである。
そして、何よりも、日本人は手先の器用さや繊細さ、あるいは個人レベルでの識字率や教育水準の高さや均質さなど、世界の先進国の中でも群を抜く人的資源を有しており、かつ、バブルの後遺症からの回復もかなり達成され、今後、リスクをとれる環境の整備と、個人が勇気と先見性さえもてれば、第二、第三のソニーやホンダや松下は十分に出てくる余地があろう。言い換えれば、ある事象に対して将来像の仮説を立て、その仮説に向かったアプローチをし、仮説が
あたった時、ベンチャーは飛躍する。そしてそれはかっての家電や自動車ではなく、上述の大田区の町工場にみられる技術やソフト産業、知識集約産業といった、資本の巨大さではなく、「個人の能力」が問われる分野になるのではなかろうか。例えば、ウィンドウズの基礎となったOSは日本の大学で開発されたが、日本のメーカが見向きもしなかったためマイクロソフトにお株を奪われたという。日本の漫画やゲームが世界を席巻している状況をみても、この「ソフト」分野での日本人の潜在能力は無限であり、個人が低コストで情報を受発信することができるツールである、インターネットの普及ともあいまって新たな世代のベンチャーが出てくる余地は十分あると考える。

インターネット上では、個人も企業も全く同じ土俵で戦えるのだ。

ここまでを要約すると、今後のベンチャーにとって必要なのは

① 有機的に変動する社会経済に対する先見性、仮説の立案能力
② 大企業の改革
③ 大企業とのパートナーシップ
④ 自らのブランドを大事にする強固な意思
⑤ インターネットの有効活用
⑥ ソフトや技術分野への注力
⑦ 規制緩和により創出された、新たな市場への対応
⑧ 社会や公的部門による、バックアップ
⑨ 国際展開、提携

ということになろうかと考える。

<参考>
「MADE IN JAPAN」、盛田昭夫、朝日新聞社、S62.1

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