世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL119

前回は、チョークポイントとしての海峡の支配が、ピボタルポイントに直結するシーパワーの最重要な戦略だということを説明した。今回は、このような観点から、シーパワーとしてのイギリスの中近東との関わりを見てみたい。全号で紹介したように、中近東は、世界のチョークポイントの中でも、最重要なスエズ運河やホルムズ海峡が存在し、東西文明の接点でもあり、原油の供給源であり、ピボタルポイントとしてのイスタンブールやコンスタンチノープルを含むなど、世界の中で最も重要な位置を占める。

イギリスが中近東に本格的に関与を始めたのは、スエズ運河の買収以降であるが、ここでは、オスマントルコの崩壊とイギリスの関与を見てみたい。端的にいって、イギリスは、植民地インドをはじめとするインド洋沿岸諸国の支配やアジア諸国との交易において、中継地点に位置し、チョークポイントやピボタルポイントを支配し、邪魔になるこのオスマントルコを、第一次大戦後の巧みな外交戦術で、崩壊に追い込んだ。イギリスがシーパワーとしてチョークポイントやピボタルポイントを支配するためには、オスマントルコは不倶戴天の敵であったのだろう。

第一次大戦の意味としては、欧州におけるドイツの敗戦が語られることが多いが、世界史的にかつ、地政学的により重要な意味をもつのは、オスマントルコの解体による現在につながる「中東問題」の発生だ。中東問題に比べれば、ドイツの敗戦など、例えば、日本史の関が原の合戦の、九州戦線において、黒田如水と大友義統のどちらが勝ったかという程度の意味しかなく、大勢には影響を与えない。如水は九州一円をおよそ2ヶ月余りで殆どを掌中に収めたが、関ヶ原の本戦がわずか一日で終わってしまったことによって、その天下への野心は打ち砕かれた。如水は、これを機に天下への野望を捨て、華道や茶道を楽しむのである。

 第一次大戦は、イギリス‐フランス‐ロシアの連合国(日本も参加) 対 ドイツ‐オーストリアの同盟国間の帝国主義戦争であり、先行するイギリス帝国主義とそれを急追するドイツ帝国主義の対立が背景にあった。連合国側にも同盟国側にも圧迫されている当時のオスマン帝国の指導権を握っていたグループは親ドイツ政策をとり、ドイツ側に立って戦争に参加。イギリスにとっては、中東地域が敵に回ると植民地インドとの連絡路を断たれることになるので中東地域を味方につけるためになりふり構わぬ調略(切り崩し)政策を展開。
· サイクス‐ピコ密約 フランス、ロシア、イタリア、ギリシアとオスマンの領土分割を協議→中東地域を北からロシア・フランス・イギリスの勢力範囲と定め、アナトリア海岸部はギリシア(一部はイタリア)の勢力範囲とする。
· フセイン‐マクマホン往復書簡 イスラムの聖地メッカ・メディナ地方の支配者だったハーシム家に、アラブに王国を樹立させるという約束を交わす。
· バルフォア宣言 シオニストにユダヤ人の事実上の国家建設を認める。
 停戦と占領 オスマン帝国の戦況は思わしくなかったが、ケマル・アタチュルク(当時はまだムスタファ・ケマル。国会によるアタチュルク姓の授与は1934年)の活躍もあり、アナトリアでは善戦。1918年、ドイツ降伏とともに連合国に降伏。オスマン帝国は分割占領され、イスタンブル宮廷はイギリス占領軍の管理下に置かれる。
 トルコ革命 連合国はサイクス‐ピコ密約に沿ったオスマン領分割を定めたセーヴル条約をオスマン宮廷に押しつける。アタチュルクは、そのオスマン宮廷に反発する人びとを糾合し、アナトリアに侵攻してきたギリシア軍を撃破。トルコ人たちの支持を集め、連合国との再度の和平会議(ローザンヌ会議)を前にオスマン皇帝を廃位する(1922年)1924年、カリフ制も廃止し、オスマン王家は追放される。
 アタチュルクはオスマン帝国を「アナトリアのトルコ人の国」として再生させる。アラブ地域その他の支配は断念する。
この結果、オスマントルコは解体され、中東地域は現在にいたる線引きにより、個別の国が誕生した。背景には、イギリスの徹底した調略があり、それが現在にいたるパレスチナ問題をはじめとした中東諸問題の根源となっている。

言い方を変えると、アラビアのロレンスの例を引くまでもなく、この地域に対する調略はイギリス情報部のお家芸なのだ。言い方を変えると、シーパワーとしてグローバル展開をする上で、中近東への関与は必要な条件なのだ。

<参考>
http://www.actv.ne.jp/~yappi/eiga/ED-02arabia.html
「1914年、第1次世界大戦が勃発した。この戦争は、19世紀末以来、植民地獲得抗争に明け暮れていたヨーロッパ帝国主義列強による世界分割をめぐる争いだった。イギリス・フランスといった早くから植民地を獲得していた国々に対して、ドイツを初めとする同盟国が再分割を求めたのである。
ドイツはアラビアに勢力を持つトルコと同盟を結んでいた。イギリスは、トルコに対して反乱を起こそうとしていたアラビア遊牧民のベドウィン族を援助する方針を固めていた。1915年、イギリスの高等弁務官マクマホンは、メッカの知事フセインに対してアラブの独立を承認し、支援することを約束していた。トマス・エドワード・ロレンスはウェールズの名門の生まれで、オクスフォード大学で考古学を学ぶ青年だった。第1次世界大戦が始まって2年目の1916年、ロレンスはカイロの英陸軍司令部に勤務していた。アラビアの情勢に詳しく、トルコの圧政に苦しむアラビアに深く同情していたロレンスを、イギリス軍事情報部はドイツとトルコの同盟にくさびを打ち込む人物として、アラビアに派遣した。
彼は反乱軍の指導者、フセインの次男ファイサル王子(アレック・ギネス)の陣営に加わった。また、ハリト族の族長アリ ・イブン・エル・カリッシュ(オマー・シャリフ)と出会い、ともにアラブ民族独立のために戦うことを誓う。しかし、近代的なトルコ軍の前になすすべのない反乱軍の無力さにロレンスは大きく失望する。そして、難攻不落といわれたトルコの要塞アカバを攻撃する計画を立てる。アカバの防衛の主力は海に向けられていたが、背後は無防備に近かったのである。ところが、その前には越えることが不可能と言われるネフド砂漠が広がっている。アリはこの無謀とも見える作戦に驚くが、ロレンスの戦略家としての才知と意志力に敬服し、ついに進撃を開始する。」
ここで、イギリスの関与とは、上記の三枚舌外交のような、調略及び、チョークポイントの支配を基本とし、直接攻撃を避ける傾向にある。孫子の兵法に「百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。」という言葉がある。つまり戦に勝つよりも戦わずに勝つことの方が上策という意味であり、この考えに合致している。英国の戦略家リデル・ハート卿によると、敵が自らの意思で投降しやすいように、心理的・外交的・経済的な「間接アプローチ戦略」(indirect approach)を駆使することが重要となると言っているのも同じことだろう。なお、リデルハート卿は、核兵器が発明された事で戦争が無くなるのではなく、ゲリラ、内部撹乱戦がかえって促進されるとも指摘している。まさに、至言だろう。

このように考えると、現地マイノリティーを使い、様々な利益を約束し、傀儡政権を作って得いくというのが、シーパワーの常套手段だということがわかる。アメリカのイラク戦争はこの戦略から大きく逸脱している。だから失敗したのだ。
今後の中近東を考えるに、チョークポイントを抱えるトルコとエジプト、イランの帰趨が重要になる。イラク戦争以後の傾向として、アメリカの中近東地域でのプレゼンスの圧倒的低下があげられる。つまり、アメリカは反米感情の高まりに対処できず、事実上、中近東での影響力を喪失している。そこで、これら諸国への調略は第一義的にはイギリスの仕事だ。しかし、イギリスだけだは、最早、調略は不可能だろう。そこで重要性をもつのが日本だ。
ここで調略というものを考えてみたい。調略とは、例えば、関が原の合戦が東西両陣営による凄まじい調略合戦であったことでもわかるように、「敵の切り崩し」を本質として、そのための利益の保証および、調略に応じない場合の不利益を悟らせることを手段とする。平たく言えば、アメとムチで切り崩すわけだ。上述の間接戦略の核心ともいえる。
中近東諸国は、イギリスとの人的繋がりが多く、イギリスの情報機関(MI6)や情報産業(ロイターやBBC)は中近東に足場を築いている。例えば、カタールの衛星放送アルジャジーラはBBC出身者が立ち上げた。このように、過去の歴史的繋がりから、中近東とのヒューマンネットワークにおいて、日本はイギリスに遠く及ばない。つまり、人的ネットワークと情報はイギリスに頼るしかない。そして、日本が提供できるのは技術だ。何の技術かといえば、水に関する技術だ。
「万物の根源は水である」と古代ギリシャの哲学者は言った。1995年、当時世界銀行の副総裁であったイスマル・セラゲルディンは「二十一世紀は水をめぐる争いの世紀になるだろう」と予測した。不幸にもそれは的中し、今日では「水の世紀」という言葉が、水不足・水汚染・水紛争などを包摂する概念として定着している。
水問題にかかわるすべての国連機関がまとめた水資源に関する「世界水発展報告書」が、2003年3月5日発表された。それによると、人口増や水質汚染・地球温暖化などが原因で、今世紀半ばに深刻な水不足に直面し、影響を受ける人口は、最悪の場合60カ国・70億人に達するという。
中でも、アフリカ・アジア・中東の三四か国が水不足国に分類されており、そのうち32カ国が穀物の純輸入国になっている。水不足が原因で穀物を国内で栽培できないからだ。これら水不足国の合計人口は、2025年には現在の4億7000万人から30億人に増加するものと予測されている。特に、北アフリカとアラビア半島の大部分の地域は「化石帯水層」に依存している。この地域の降雨量は極端に少なく、帯水層の涵養はほとんど見込まれない。
世界の四大文明を育んだチグリス・ユーフラテス川、ナイル川・インダス川・黄河いずれも水不足に陥っている。すべての地域で砂漠化が進んでいて、やがて地球全体に広がって行く。水は化石燃料と違って、代替物がない。21世紀は、生死をかけた水をめぐる争いの時代になるだろう。暗殺されたイスラエルのイッハク・ラビン前首相はかつて「もし中東の諸問題すべてが解決できたとしても、水問題で納得できる解決を得なければ、我々の土地は大衝突を避けられない。」と発言した。(エルサレム・ポスト紙2000年3月13日より)
 <参考>http://subsite.icu.ac.jp/people/yoshino/TokuyamaR12000.html
「水不足は国際紛争までも引き起こす。レバノン、シリア、イスラエル、ヨルダン、といった中東の地中海側の地域は、ベカー平原やゴラン高原を除き、雨が非常に少ない。1948年に始まった中東戦争のうち、1980年のイスラエル軍によるレバノン南部の攻撃は、この地を拠点にイスラエルを攻撃していたパレスチナ人ゲリラ組織をつぶす為だった。だがその他の理由として、イスラエル政府はベカー平原の水がほしかったということが挙げられる。中東の国々では、「水の確保」が死活問題の安全保障なのである。
 中東の地中海側では今年、60年ぶりの水不足に襲われている。中東戦争の勝者であるイスラエル人は渇水期でも何とか平常通りの生活をおくれるが、負けたパレスチナ人やヨルダン人は悲惨だ。イスラエル占領下のヘブロンやベツレヘムでは水道からは2週間に1度、数時間しか水が出ない。一方ユダヤ人入植地では、プールに水があふれ、芝生も青々としており、勿論蛇口からはいつでも水が出る。
 西岸地域の貯水池や水源のほとんどはイスラエルの占領下にあり、パレスチナ人は水の管理権をもっていない。加えて、イスラエル当局はすぐ近くのパレスチナ人を後回しにし、国内の他地域に先に水を回している。パレスチナ自治政府によると、パレスチナ人はイスラエル人の3分の1しか水をもらっていない。こうした不正に怒るパレスチナ人の中には、イスラエルのパイプラインに穴をあけて水を盗む人もいる。
 ヨルダンもまた、水戦争の敗者だ。1994年にヨルダンはイスラエルと和解したのだが、毎年イスラエルから5200トンの水を受け取ることが条件だった。しかし昨年、今年の水不足で、イスラエルはヨルダンへの水供給を半分に減らした。
  中東ではこの他、チグリス、ユーフラティス川の水をめぐる紛争もある。トルコ、シリア、イラクの3カ国が関わっているが、クルド人の独立問題とからみ、相互にあまり仲がよくない。
 水をめぐる勝ち組み、負け組みという区分は、世界的な水問題にも当てはまる。国連によると、2025年には世界の人口の3分の1が水不足に悩む状態になる。そのほぼ全員が、発展途上の国々(中東、アフリカ、インド、中国北部)になりそうだ。その反面、地球上できれいな飲料水を確保しているのは日本や欧米などの先進国である。先進国には世界人口の20%である事を考えると、水に関しても、世界的に大きな貧富の差があることがわかる。」
このような、水不足に対して、解決の鍵となる技術を日本が握っている。 ひとつは、海水の淡水化技術だ
<参考>
http://www.toyobo.co.jp/seihin/h2/mb/tokucho.htm
「“ホロセップ ®”はイオンを通さず水だけを透過させる中空糸型逆浸透膜モジュールです。
海水から飲料水レベルの水を、水道水や工業用水から純水や製薬用水をつくりだせます。
海外でも豊富な実績を持ち、サウジアラビアのジェッダ市およびヤンブ市では特に逆浸透膜には過酷な条件となる高温・高塩濃度海水でそれぞれ日量11万4千立方メートル、12万8千立方メートルの高品質の飲料水を製造しています。
サウジアラビアのラービグ市の中東最大の逆浸透膜法海水淡水化プラント(日量20万5千立方メートル)にも採用されることになっています。」
次に、中東で原油が精製される過程で膨大な水素が発生しており、この水素を用いた燃料電池により、水の生成とエネルギー確保を同時に行うことだ。
<参考>
http://www.afforestech.com/a/pamphlet.pdf
水素の貯蔵・運搬技術である、市川教授が開発した有機ハイドライドを用いた『中東湾岸諸国における国内農業および工業の発展に向けて』
「バイオ樹脂を用いた灌漑計画は、中東の国内産業を育てるより包括的な計画に組み込まれました。石油精製所から排出される水素を使って、燃料電池で発電し、その電力で国内工業を育てると同時に、そこから産出される水を灌漑に使おうという計画です。この計画を湾岸協力会議(GCC)加盟国向けに説明するPDF本とフラッシュを作成したので、本サイトでも公開することにします。」
http://www.j-energy.co.jp/cp/release/2002/20021218_1.php
「燃料電池にその燃料である水素を容易に貯蔵・供給する方法として有機ハイドライドが注目されています。有機ハイドライドは,水素を有機化合物と反応(水素化反応)させて液体化した物質で,触媒を介することで容易に水素だけを取り出して供給することができます。定置用,車上搭載用,モバイル用の燃料電池に応用可能で,二酸化炭素排出を伴わない画期的な燃料電池用液体燃料です。有機ハイドライドから水素を取り出したあとの液体は,再度リサイクルして使用することができます。」
このような、日本の技術こそが、中近東諸国が最も欲しがっている水の獲得に必要不可欠だ。実は、ここにこそ、中近東への調略の可能性がある。
以上