今回は、イラク戦争の結果が見えたことで、遂に始まった、NATOの発展的解消及び、海洋国家連合結成と中東問題につき、前例としての3C政策と3B政策との対比において、検討してみたい。
<参考>
------------引用--------------
http://www.asahi.com/international/update/1122/005.html?ref=rss
NATO、日本など「グローバル・パートナー」承認へ
2006年11月22日10時11分
米国務省のバーンズ次官は21日、ラトビアの首都リガで来週開かれる北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で、NATOの加盟候補国ではないもののアフガニスタンなどで密接に協力する日本や韓国など5カ国を対象に、「グローバル・パートナー」と名づけた新たな協力国グループとして組織、共同訓練などの活動を強化するよう米国として提案する、と明らかにした。
バーンズ次官は、首脳会議にあわせた大統領のエストニア、ラトビア歴訪に関する事前説明の記者会見で語った。NATOが、冷戦下の対共産圏同盟から、地球規模での対テロ戦に対処する集団安全保障機構へと性格を変えてきたとみなしての制度改革の一環。首脳会議で承認される見通しだという。
同次官によると、5カ国は日韓のほか、オーストラリア、スウェーデン、フィンランド。このうち、日韓豪は地理的にみて、NATO加盟国の条件である欧州大西洋地域に含まれないため、加盟候補国の対象に入らない。欧州の2カ国は国是として中立政策を保っているため、現時点ではやはり加盟は現実的な選択肢として検討の対象になっていない。
だが、どの国もアフガニスタンで、軍事作戦または民生面に関してNATOと密接な協力関係にある。イラクやバルカンの紛争後処理などでも存在感を示してきた。各国ともNATOとの関係強化に熱意を見せているため、現実の環境に合わせた協力国の分類を新たに設け、関係を制度化することになった。
具体的には、共通の脅威に関する戦略的な対話や、軍事作戦に関する共同訓練をより頻繁に実施することなどが考えられているという。
------------引用--------------
------------引用--------------
安倍首相:インド首相来日時、米豪加えた戦略対話目指す 毎日新聞 2006年11月23日 19時13分
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20061124k0000m010043000c.html
安倍晋三首相は来月13日に来日するインドのシン首相との会談で、米国、オーストラリアを加えた4カ国による 戦略対話の実現を目指す方針だ。地域協力などを話し合う「緩い結合体」(外務省幹部)からスタートさせたい考えで、 既に各国と事務的な協議を進めている。ただ政府内には「中国包囲網のような印象を与える可能性がある」との懸念 がある上、米国も明確な立場を示しておらず、実現までには曲折も予想される。
「アジア太平洋地域において、日米豪印の4者が対話を深めることは有意義だ」。麻生太郎外相は16日、ベトナム・
ハノイでのライス米国務長官との会談で、4カ国の戦略対話実現を目指す考えを伝えた。
安倍首相は自由と民主主義という「基本的価値観」を共有する国々との連携をうたい、就任前からインドやオーストラリアとの戦略対話実現を公約に掲げた。日米豪の3カ国には既に、安全保障問題などを協議する閣僚級の戦略対話の枠組みがあるが、政府はインドとの関係強化も模索。先月末に来日したインドのナラヤナン国家安全保障顧問とも、対話実現に 向け協議した。
ただ、非同盟国として全方位外交を進めるインドは、シン首相が21日に中国の胡錦濤国家主席と会談するなど中国との 関係強化も重視しており、日米豪印4カ国での戦略対話には慎重論もある。安倍首相は15日の米CNNなどのインタビューで、 戦略対話について「中国に対抗するものではない」と強調するなど「中国けん制」論の否定にも努めている。【大貫智子】
------------引用--------------
中東には5千年以上の歴史があるが、現在に直接連なってくるのは第一次世界大戦の戦後処理において、ドイツ側に立って参戦したオスマントルコが解体され、英国がその利権を手中に収めた頃からだろう。この経緯を見ることは、現在につながる中東問題の根源やドルやユーロといった問題を理解する上で、必要不可欠であり、多くの示唆を与えてくれる。
第一次大戦で敗戦したドイツにおいて、特筆すべきは、優れた外交手腕を発揮したのは、プロイセン首相を務めたビスマルクの外交政策との対比である。ランドパワーたるプロイセンの周囲には、ロシア、オーストリア、フランス、イギリスという列強があり、神聖ローマ帝国全体をさえ纏め得ないプロイセンに勝機はあり得なかった。
ところが彼は、列強各国が抱いていたフランス憎しの感情を利用して対仏同盟を主導し、最終的に普仏戦争に勝利してフランスに城下の盟を誓わせた。対内的にも恐怖政治を誘導することなく、巧みな内政を駆使し、オーストリアを除く旧神聖ローマ帝国領の大半を併呑した。
最終的に武力行使という手段を使ったが、これはフランスに外交上の完全な敗北を認識させるために行使したもので、国を賭けての戦争ではなかったことに特徴がある。あくまで外交というソフトなアプローチで望み、ときには利益をちらつかせ、ときには威嚇を見せつけ、武力行使を極力伴うことなく戦略上の勝利を築き上げた。
オーストリアと戦争した際には、ウィーンまで進軍すべしという参謀の進言をはねつけ停戦し、後の対仏戦の際のオーストリアの好意的中立を勝ち取った。彼は、戦争の勝利と戦力均衡による和平を人生においてともになしえた、稀有の宰相だ。彼は孫子を読んでいたといわれる。反対に、ウィルヘルム皇帝は第一次大戦後、亡命先のオランダで孫子を手に取り、「もっと早く読むべきだった」と悔やんだとされる。
ビスマルクを失って以降、ウィルヘルム皇帝の海外植民政策はイギリスのそれと対立し、第一次大戦に至る。シーパワーがランドパワーの海洋進出や中東進出をどうやって阻止するかの典型が、この期間の英独関係なので、詳細に見てみる。
ビスマルクはドイツ帝国には海外植民地は不要との立場だった。外交政策を尽くした上で、その延長に必要最小限の戦争を考える、孫子にも通じる戦略である。しかし、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世とその配下の官僚は宰相ビスマルクを解任した。というのも、ビスマルクがヨーロッパ諸国の動きを慎重に見極めた外交を展開していたのに対し、この皇帝と官僚は世界進出を目指した夜郎自大の外交を展開したかったのだ。この点、元老という国家のリーダを失い、官僚国家となった、昭和期の日本とよく似ている。
ヴィルヘルム2世は1898年、1900年の2回にわたり制定された艦隊法によって艦隊を拡張し、海軍力を強化させた。
この当時、「ドイツの将来は海上にあり」とのスローガンがあった。
これにイギリスが非常な警戒をした。1906年にイギリスは、それまでの艦船よりも攻撃力を飛躍的に増大させたドレットノート級を建造。さらに、イギリスの植民地だったカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどに独自の海軍を認め、より機動的にイギリス系の海軍が活動できるようにし、ドイツの動きに対応した。1890年、ドイツでビスマルクが引退すると、ヴィルヘルム2世(位1888~1918)はロシアとの再保障条約の更新を拒否した。
そのため、ドイツから離れたロシアはビスマルク外交によって孤立していたフランスに接近して露仏同盟(1891~94年に成立)を結んだ。
露仏同盟の成立によって、ビスマルクが最も恐れていたドイツが東西からロシア・フランスにはさまれる状況が現出した。
ドイツは露仏同盟の成立後ロシアの東アジア進出を支持し、自らはバルカンから西アジアへの進出をはかり、3B政策を推し進めた。
3B政策はベルリン(Berlin)・ビザンティウム(Byzantium)・バグダード(Bagdad)を結ぼうとするドイツの西アジアへの進出をはかる帝国主義政策の代名詞で、主要3都市の頭文字をとってこう呼ばれている。 まさに、ランドレーンによる中東の「囲い込み」を狙った政策だ。
ドイツは、1899年にトルコからバグダード鉄道(トルコのコニアからバグダードを経てペルシア湾に至る予定線)の敷設権を獲得し、1903年にはバグダード鉄道会社を設立し、3B政策の中心として建設を進めた。バグダード鉄道は1918年までに3分の2が完成し、この間トルコにおけるドイツの勢力が著しく強まった。
なおバグダード鉄道は、広義には19世紀末以来のドイツ資本による近東での鉄道事業の総称としても使われる。
ドイツの3B政策はイギリスの3C政策を脅かすこととなり、また両国の激しい建艦競争も相まってイギリスとドイツの対立は強まった。この両政策は中東を囲い込むのに鉄道を使うか、船を使うか、すなわち、ランドパワーとシーパワーの中東争奪戦であり、第一次大戦の原因になった。
イギリスは20世紀の初頭まで「光栄ある孤立」を誇ってきたが、ロシアの東アジア進出に対抗するために「光栄ある孤立」を捨てて1902年に日英同盟を結んだ。
1904年に日露戦争が始まると、日本の同盟国であるイギリスとロシアに同盟国であるフランスは日露戦争に巻き込まれることを避け、ドイツに対抗するために1904年に英仏協商を結んだ。
イギリスとフランスは英仏協商によって、エジプトにおけるイギリスの、モロッコにおけるフランスの優越権を相互に承認して長年にわたる植民地をめぐる対立を調整した。
なお協商とはゆるい国家間の協力提携の関係をいう。
日露戦争で東アジアでの南下政策を阻止されたロシアは再びバルカンへの進出をはかってドイツ・オーストリアと衝突するようになった。
そのためロシアは、1907年にイギリスと勢力範囲を協定して英露協商を結んだ。英露協商ではイランの北半分をロシアの、イランの南東部をイギリスの勢力範囲として分割し、ロシアはアフガニスタンにおけるイギリスの優越権を認め、またチベットについては中国の主権を認めて相互内政不干渉を協定した。
この英露協商の成立によって、従来の露仏同盟・英仏協商と合わせて、イギリス・フランス・ロシアの間に三国協商と呼ばれる協力関係が成立し、三国同盟(ドイツ・オーストリア・イタリア間の軍事同盟)と対立することとなった。
イタリアは統一後北アフリカのチュニス進出をねらったが、フランスがチュニスを保護国とすると(1881)、ドイツ・オーストリアへの接近をはかり、1882年に三国同盟を結んだ。
しかし、イタリアは「未回収のイタリア」(イタリアは1870年以後もオーストリア領にとどまったイタリア人居住地域のトリエステ・南チロルを未回収のイタリアと呼んでその併合を要求し続けた)をめぐってオーストリアと対立した。
そのため、イタリアはその後フランスに接近し、トリポリにおけるイタリアの、モロッコにおけるフランスの優越権を相互に認めて1902年に仏伊協商を結んだ。
領内に多くのスラヴ系民族をかかえていたオーストリアはパン=スラヴ主義(スラヴ民族の独立・団結を主張する立場)の影響を恐れ、3B政策を推し進めているドイツと結んでパン=ゲルマン主義(ゲルマン民族や国家の団結を主張する立場)を唱えてバルカンへの勢力拡大をねらった。
1908年にオスマン=トルコで青年トルコの革命が起こると、この混乱に乗じてブルガリア(スラヴ系国家)はトルコからの独立を宣言し(1908.10)、オーストリアはボスニア=ヘルツェゴヴィナを併合した。
ボスニア=ヘルツェゴヴィナはスラヴ系住民が多く、パン=スラヴ主義の先頭に立ったセルビアがかねてより併合をねらっていたので、セルビアはオーストリアに対して激しい敵意を抱き、また再びバルカンへの進出をはかるロシアとオーストリアの間にも緊張が高まった。
ロシアは、1912年にセルビア・ギリシア・ブルガリア・モンテネグロの4カ国の間でバルカン同盟を結成させ、これを指導下においた。
バルカン同盟4カ国は、イタリアがトリポリ・キレナイカを奪おうとしてイタリア=トルコ戦争(伊土戦争、1911~12)を起こすと、これに乗じてトルコに宣戦した(第1次バルカン戦争、1912.10~13.5)。
トルコはただちにイタリアとの戦争を終わらせてバルカン同盟4カ国と戦ったが敗れ、イスタンブルを除くバルカン半島に残されていたトルコ領の大部分とクレタ島をバルカン同盟4カ国に割譲した。
しかし戦後、領土分割問題からブルガリアとセルビアが対立し、ブルガリアがセルビア・ギリシアを攻撃して第2次バルカン戦争(1913.6~13.8)が始まった。
セルビア・ギリシア側にはモンテネグロの他にルーマニア・トルコも参戦したので、ブルガリアは大敗し、ルーマニア・セルビア・ギリシアそしてトルコにも領土を割譲した。そのためブルガリアは以後ドイツ・オーストリアに接近するようになった。
バルカン戦争によって勢力を伸ばしたセルビアとそれに反発するオーストリアの対立が激化し、それにともなってパン=スラヴ主義とパン=ゲルマン主義が激しく対立したのでバルカン半島は「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれるようになった。第一次世界大戦は一般的には、バルカン半島の支配権をかけ、汎ゲルマン主義と汎スラブ主義の衝突から起き、そして、欧州の枠組みを変えたとされる。
確かにそのとおりだろう。しかし、第一次世界大戦の真の意味は、ドイツの3B政策と英国の3C政策の衝突の結果、オスマントルコの解体がもたらした中東の枠組み変容である。この視点はどういうわけか、世界史の教科書などでも大きくは扱われない。
何故だろうか。それは、第一次世界大戦で決定されたこの地域の枠組みが、現在の中東情勢そして世界情勢に直接インパクトを与えておりまだ、歴史ではなく、リアルタイムの問題だからだろうと推察される。
重要な点として、欧州の枠組み変容は欧州というローカルな地域の問題だが、中東の枠組み変容はエネルギーの供給地であるため世界的グローバルな問題なのだということを念頭に入れてもらいたい。G8で中東が主要議題となり、アメリカが中東に戦略重心を移行しているのもそのためだ。
「石油が戦略エネルギーである限り、中東を制するものは世界を制する」と考えているのだ。中東をハートランドと考えれば、まさしく、マッキンダーに通じる大陸派地政学の実践だ。
このような観点から、世界的グローバルな視点から考えた第一次世界大戦の真の意味はオスマントルコから英国への中東利権移行、第二次世界大戦の真の意味は英国から米国への中東利権移行というのが正しい。ドイツや日本の枠組み変更は、ローカルな話なのだ。
第一次世界大戦の推移については、詳述を省くが肝心のメソポタミア戦線において、1916年4月26日ロンドンに於いて、サイクス(イギリス外務省・中東担当官)とピコ(フランス前駐ベイルート領事)との間でパレスチナからメソポタミアに渡る広汎な地域を含む旧トルコ領土の戦後処理について秘密協約が結ばれた。サイクスピコ協定は当時の秘密外交の所産であり、英仏以外の意見は斟酌されていない。
協定の骨子はまずバクダットとエルサレムの間に線を引き、その北部をフランスの影響地域、南部をイギリスの影響地域とする。そのうえであるアラブ人王(ハシミテ家から予定)のもとで王国を建設するが、両国の影響下に置かれることに変わりはない。内容は、ベイルートを首都とするレバノン沿海部をフランスの植民地とする。アラブ主権国家をダマスクスに設立し、シリアとしてフランスの保護国とする。
一方、ハイファとアグラ(十字軍の根拠地)をイギリスの直轄都市とする。後背地のパレスチナは英・仏・露の保護国とする。同時にトランス・ヨルダンからアラビア半島の大部分にアラブ主権国家を設立し、イギリスの保護国とする。メソポタミアはイギリスの自由裁量とし、トルコ東部はロシアの自由裁量とする。
以上であるが、現在の国境をほぼ決定したと言ってよい。あきれるほどの19世紀的秘密外交には違いないが。イギリスは領域としての領土に最早こだわっていない。ハイファとアグラは石油パイプラインの終点だとして明記されている。この地域を領有しても負担だけで実利はないことに気づいていたのだろう。一方フランスはシリアを手に入れたが、戦間期反乱処理に追われ、治安部隊の派遣費用を負担しただけだった。
上述のように、英国とドイツが3C政策と3B政策で中東をシーパワーとランドパワーで囲い込もうとした事が、結果として第一次大戦に繋がり、ランドパワーは敗れ去ったように、ユーロとドルによる中東の囲い込みは、イラク戦争をはじめとする戦争に繋がった。まさに、私が、何度も指摘したように、歴史のパターンは繰り返されるのだ。
このことに見られるように、関が原である中東をランドパワーが押さえるか、シーパワーが抑えるかは、世界で最も重要な問題だ。
例えば、1973年10月、第4次中東戦争が勃発。OAPECがアラブ非友好国に対して石油禁輸を宣言、石油の供給が止まり西側諸国では大きな混乱が起こった際、当時のニクソン政権はUAEやクウェート、サウジといった、湾岸諸国の軍事占領を計画したという。
湾岸戦争や、今回のイラク戦争もこの文脈で考えるべきものだ。イラク戦争はアメリカの統治という点では失敗したが、前号で述べたイラン-イラク-シリア-レバノン4カ国同盟の阻止という点では成功した。
今後の戦略は、イスラエルによるイラン攻撃から、イランを引き釣り込み、「対イラン防衛を名目とした、湾岸諸国の米軍による占領」すなわち「第四次中東戦争や湾岸戦争方式」なのではないか。こういうことを阻止するためにも、日英が基軸となり、アラビア半島をアクエリアス化し、アメリカやイスラエルやイランとの間で、均衡を保たせることが、世界の運命を左右する重要な戦略だ。
関が原を押さえ、湾岸諸国のドル離れを阻止し、原油資源をアメリカが握るために、追い詰められたイスラエルを鉄砲玉に使う可能性は、非常に高い。そのための、今回のガザ撤退だろう。
<参考>
------------引用--------------
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20061126STXKA004726112006.html
イスラエル軍「ガザ撤退完了」
【エルサレム26日共同】イスラエルのオルメルト首相とパレスチナ自治政府のアッバス議長は25日夜、電話会談し、イスラエル軍とパレスチナ武装勢力がガザ地区での戦闘を26日朝に停止することで合意した。首相府が同日未明、発表した。軍報道官は同日朝、ガザ地区からすべての軍部隊が撤退を完了したと述べた。
イスラエル軍は6月にイスラム原理主義組織ハマスなどによる兵士拉致事件が起きてから、ガザ地区で空爆や部分侵攻などの作戦を続けていた。戦闘が停止すれば約5カ月ぶりとなる。停戦が持続すれば、拉致兵士の解放や両者の首脳会談実現に向けた協議に好影響を与えそうだ。
首相府やパレスチナ当局者によると、議長は首相に対して、ハマスを含むパレスチナの全組織がロケット弾発射や武器密輸など、すべての攻撃的な行為の停止で合意したことを伝え、イスラエル軍の作戦停止とガザ撤退を要請。首相も同意し、パレスチナ側が攻撃をやめれば軍部隊の撤退を始めると表明した。 (13:51)
------------引用--------------
ここで重要なのは、ランドパワーとシーパワーの優劣をどう見るかだ。鉄道は敷設コストや国境をまたぐ上でのリスクもある。これは、鉄道敷設の利権や用地の買収や各国政府との調整や交渉、さらには、一旦敷設してしまうと、その維持コストや防衛コストも大量に発生するという意味だ。19世紀において、この鉄道が、技術的に開発された時点では、鉄道敷設は植民地経営、帝国主義の根幹とも見られていた。マッキンダーがその地政学を上梓したのは、当時の鉄道の隆盛を見てのことで、彼のランドパワー論(世界島(ユーラシア大陸)の中央部でシーパワーの力が及ばないユーラシア北部を「ハートランド」と名付け、鉄道や道路などの陸上交通や通信技術が発展すれば、ランドパワーが沿岸地域に及んでいるシーワーを駆逐し、圧倒することになると主張した。)とは、つまるところ「鉄道を握るものは国家を支配し、ユーラシアを制する」するという議論と言える。
3B政策は、このマッキンダーの理論の実践といえる。日本の満州経営における、満州鉄道の敷設もこの観点で考えるべきであり、ランドパワー戦略の実践だ。
現在でも、ランドパワー陣営には、朝鮮半島縦貫鉄道をシベリア鉄道と連結させ、極東と欧州を鉄道で結ぶ構想がある。
現在の北朝鮮情勢をめぐる、胡主席派ランドパワーと江沢民シーパワー派の争乱の根底には、中国東北地域を開発、発展させ、朝鮮半島や日本海海上交易路と結び、ロシアや欧州への鉄道を使った生産や物流の拠点とする、ランドパワー構想がある。その実現に、金正日体制は邪魔なのだ。だから、胡主席は、潰そうとしている。
<参考>
------------引用--------------
http://www.geocities.jp/curoka3/061119a.htm
北朝鮮を経由するユーラシア横断鉄道建設のスローガン。
------------引用--------------
一方で、シーパワー、すなわち船舶輸送は、輸送コストも海洋の存するところ、自由に浮力を用いて航行できるため、鉄道と比較にならない優位をもっている。例えば、シベリア鉄道は毎年2万個のコンテナを極東からヨーロッパに輸送し、そのうち8,300個は日本からの輸出品を運んでいる。これは日本からヨーロッパに船などで運ばれる一年当たり36万個のコンテナに比べれば非常に少ない数であり、コンテナ船の大型化やスピードアップ、ソ連崩壊後の鉄道の混乱などでシベリア鉄道を経由する比率は落ちている。
さらに、海洋については、鉄道と異なり、敷設コストや維持コストもかからないというメリットがあり、防衛についても、チョークポイントのみを支配すればよい。
反対に、鉄道を防衛しようとすると、その敷設地域全体の安全保障のための膨大な陸軍が必要になる。すなわち、満州における、関東軍だ。
この観点から、ランドパワー、シーパワーを分ける大きな点が輸送、安全保障コストである。シーパワーの利点の一つが海を活かした低コスト、大規模輸送であり、海洋の存在する所は船により、どこへでも国境に関わらず、自由かつ低コストで多量の物資を運びえることから関係国、地域との国際貿易や国際分業化達成により、シーパワー間を相互依存の関係(対等なパートナーシップ)としている。
シーパワーとランドパワーとどちらが国家発展上有利かについて考察してみたい。鉄道や馬車が物資輸送の主役であった時代には、ランドパワーにも有利な点があった。道路しか道が無い場合、その道を押さえた国が優位に立つのも当然である。しかし、科学技術の発展による港湾の整備や船舶の大型化により、輸送効率や国際的分業体制などのシステムが確立したため、シーパワーの優位が明確になり、近世における蒸気機関の発明はこのことを決定的にした。海から離れた内陸部や山間部を抱えること自体が、輸送、移動、通信、エネルギー等の社会インフラといった点で高コスト体質を構成する。陸上では国境を越えることにともなう、コスト、地政学リスクも計り知れない。
さらに、極論すれば、シーパワーは海空軍だけで安全保障できるが、ランドパワーは人手(人件費)のかかる陸軍を大量に保有する必要から、安全保障コストも計り知れない。
究極的には、ランドパワーが土地支配を本質とするのに対し、シーパワーは情報支配に特化できる。膨大な陸軍や治安部隊を配備し、常に隣国に目を光らせねばならないランドパワーに対し、インターネットや情報衛星、メディアやコンピュータの支配だけで、世界を管理できるのだ。海は輸送ルートとしてのハイウエィであるのみならず、情報ハイウェイでもある。かって、19世紀に英国が張り巡らせた海底ケーブルやアメリカの情報衛星によって収集された情報をシーパワー陣営が握っているかぎり、最終的な勝利は不動だ。
一説には、アメリカは、情報衛星やエシュロン、さらには、米海軍の海底調査等を通じ、地球上の天然資源の分布をかなり正確に把握しているという。さらには、日本の地球シュミレータを駆使した気候変動予測はかなりの確度で地球が受けるダメージや、気候難民の流出を予測できる。これらの地球環境や資源に関する情報は、最重要の戦略構築の基盤だ。こういった、「情報支配」が崩れない限り、シーパワーは不滅だ。この、情報と技術を駆使し、アクエリアス化で、エネルギー戦略を脱カーボンとし、世界に地政学上の革命を起こすことがが、今後のシーパワー戦略の根幹になる。
このように、ランドパワーはその地政学的かつ本質的脆弱さがある限り、シーパワー連合の敵ではない。むしろ、現在、ランドパワーは主導しているフランスは、幕末以来一貫し、日本政府に敵対しており、現代も、対中武器輸出の旗振り役であるなど、日本の仮想敵だ。社会党のロワイヤルが次期大統領になり、ブレアと同じように、「親米」に舵を切らなければ、海洋国家連合とフランスは徹底的に対決し、相当、ひどいことになるだろう。よく言われる、左派か右派かは関係ない。ブレアは労働党だが、イラク戦争に出兵した。全ての戦略は、地政学に基づいて規定され、政治家個人の思想信条や主張は無意味だ。
政治家がどうしても主張を貫き、反米に走る場合、「辞任」を余儀なくされることになる。田中角栄や細川護熙や村山富市や橋本龍太郎のように。これが、戦略地政学というものだ。
冒頭で述べたように、現代の3C政策は、日米英同盟であり、インドや英連邦を含め、世界の海を支配する。反対に、現代の3B政策は、フランス主導で形成される。そして、両者は必ず中東の覇権をかけて、激突する。第一ラウンドがイラク戦争だ。ここで、アメリカが敗退したことで、かえって、シーパワー連合が促進され、海洋国家戦略を実施する契機となった。穿った見方をすれば、真の意味でのグローバルなシーパワー連合を結成する上で、イラク戦争の敗退は必要なコストであったのかもしれない。
注意すべきは、19世紀の3B政策は鉄道で行われたが、現代の3B政策は、天然ガスや原油の輸送パイプラインで行われるという点だ。参考までに、「BTCパイプライン」についての下記記事を参照されたい。
対抗するシーパワー連合は、シーレーン防衛のための海軍と、効率性を確保する上での、高速、大容量タンカーの開発が喫緊の課題だ。下記記事に見られるように、日本の造船業界の技術が必要だろう。
パイプラインVSタンカー。地政学リスクを考えると、どちらが有利かは、言うまでもない。最も重要な点として、パイプラインを敷設し、エネルギー供給を依存すると、その設置国に生殺与奪を握られる事だ。このことは、ウクライナや東欧とロシアの間で実証済みだ。ロシアは現在、旧ソ連諸国に対し、同じような恫喝を繰り広げている。
<参考>
------------引用--------------
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20061122AT2M2101M21112006.html
ロシア、輸出ガス値上げ・旧ソ連諸国に通告
【モスクワ=古川英治】ロシアの天然ガス独占企業ガスプロムが旧ソ連諸国に対し来年のガス輸出価格の引き上げを一斉に通告した。プーチン政権は価格交渉で、価格を優遇する見返りにパイプラインの運営権の引き渡しや政治的な要求を突きつけている。交渉不調の場合は供給停止も辞さない構えで、年初のウクライナへの一時供給停止をきっかけに欧州に広がった「ガス危機」の再燃を懸念する声もある。
プーチン政権の支配下にあるガスプロムはベラルーシに現行の四倍の価格を通告した。今年は割安なままで価格を据え置いたが、同国がロシアとの国家統合に消極的なことや幹線パイプラインの利権を渡すことを拒んだため強硬姿勢に転じた。ロシアは原油輸出量の削減もちらつかせ圧力を強めている。 (07:01)
------------引用--------------
参考までに、下記の両記事を読み比べ、どちらがリスクとコストが高くつきそうか、読者の皆様にも考えてもらいたい。
KGB元中佐が亡命先のロンドンで暗殺されたように、決戦正面たる中東戦線に続き、西部戦線でも、既に両軍の「槍合わせ」は始まった。EU議長国のフィンランドは、エネルギー分野などを含むロシアとの包括的な新協定について、予定していた協議開始が不可能になったと発表し、強硬に反対するポーランド政府を説得できず、EUとしての交渉権を確立できなかったことに見られるように、ロシアとEUの関係悪化は時間の問題だったが、現実化した。
今後は、EUの右傾化そして、EU分裂崩壊を予測する。既に、移民排斥を主張するルペンの支持も急上昇している。極論すれば、「ルペンやハイダーの欧州」だってありうる状況だ。
私が数年前から主張し続けたように、全ては、地政学によって決まることを、EUは事実で裏打ちするだろう。
次は、東部戦線だ。シーパワーは古代よりテミストクレスやネルソンあるいは秋山真之といった優秀な司令官の存在が戦局を大きく左右する。今後、日本にいる、たった一人のシーパワー戦略家が百万の軍勢や10個機動部隊、戦略空軍に匹敵し、全世界の戦局を決するということを、世界は理解するだろう。
<参考>
------------引用--------------
http://www.janjan.jp/world/0609/0609131139/1.php
グルジアがシェワルナゼ政権崩壊(2003年)とともに一気に親欧米国家となったことは、改めていうまでもない。中東に次ぐ豊かな埋蔵量を持つカスピ海の石油を、トルコに運び出すBTCパイプラインが通過したことで、同国はますます欧米との結び付きを強めている。米国で学んだシャーカシビリ氏の大統領就任自体が、CIAのシナリオだった、との説が当時有力だった。
しかし、イランを足場に中東への関与を強めたい(地図参照)ロシアにとって、グルジアは戦略要衝だ。トルコがNATOの一角を占めていることもあり、もしグルジアを完全に失ってしまえば、黒海から地中海への出口を失ってしまう。自慢の黒海艦隊も袋のネズミとなる。ロシアがグルジアを手放せないのは、当然だ。
ワイン輸入禁止、天燃ガス値上げは、親欧米路線をひた走るシャーカシビリ政権に対する強い牽制である。
元国家安全相の逮捕をめぐる捜査の過程で、グルジア政界では、ロシア治安機関から資金を得ている政治家がいることが明らかになっている。
黒幕ロシアを相手取ってのこれだけの大捕り物は、小国グルジアの治安機関だけでなしうる業ではない。3年前のシェワルナゼ政権転覆同様、CIAが関与していると見るのが妥当だろう。
天燃資源に乏しく、さしたる輸出産業もないグルジア経済は、低迷からの脱出口さえ見出せずにいる。失業率12.6%、全人口の半分以上が貧困ライン(1日の生活費が1ドル未満)下にある。
ロシアとの領土紛争が続いているため、首都トビリシなどに数十万人もの国内難民を抱える。ロシアから輸入する天然ガスの値上がりは、台所を直撃する。国民には不満が溜まっており、反政府運動に火が着きやすい状況にあることも確かだ。
6日の一斉逮捕の際、警察は「正義の党」の下部組織がアジトに隠し持っていた兵器や現金をビデオ撮影しており、即日テレビで公開した。政府のリスク管理能力をアピールする狙いからだ。
すご腕のKGB要員でもあった元国家安全相は、ロシアからの資金を得て、親ロ政党とその下部組織をフルに動かして、グルジア国民の反政府感情を煽ろうとしていた。だが、反ロ感情の強いグルジア国民には受け入れられずに失敗に終った。
------------引用--------------
------------引用--------------
http://nippon.zaidan.info/kinenkan/history30/1/1311.html
31年のスエズ動乱によるスエズ運河の閉鎖はスエズ・ブームを引き起こし、世界の海運界にタンカーの大型化をもたらしたが、そのほとんどをわが国の造船業が吸収し、驚異的な発展のきっかけとなった。さらに42年6月再度勃発した中東紛争によってスエズ運河が再び閉鎖されると運賃は急騰し、スエズ運河に依存しない超大型タンカー、大型バルクキャリア、大型兼用船等の需要が増大し、造船ブームが到来した。しかし45年後半からの通貨不安の増大、46年12月の大幅な円切上げによって、わが国造船業は約2,400億円の為替差損をこうむったが、47年後半には海運市況の好転、円再切上げの思惑から輸出船の受注が増加していった。
25年、30年当時は進水量においてイギリスが世界一であったが、31年にはわが国の進水量はイギリスを抜いて世界一となり、40年以降、全世界の造船高の43%から49%を占めるまでになった。船舶の大型化も急ピッチですすみ、48年度には史上最高の受注量を記録するとともに、その進水量も1,567万総トンと全世界進水量の49.7%を占めるに至った。同年度には48万4,000重量トンの巨大タンカーがわが国の造船所において進水した。
このような造船業の発展は、技術の向上、設備の合理化、さらには企業の近代化に官民一体となって努力した結果であったが、将来さらに一層の繁栄、発展を期するためには、日進月歩の技術革新に対処する技術の開発と、ますます厳しさを加えつつあった国際受注競争にたえることのできる国際競争力の培養に努めることが必要であった。
特に専用船の大型化が、それに見合った建造技術の確立を超えて予想以上の速さですすみ、油槽船の分野においては50万重量トン以上の船舶の建造さえ計画されるに至った。巨大船の建造は当時の技術からすれば一応可能ではあったが、安全を保証するだけの建造技術の確立があったわけではなかった。船型の巨大化に伴って根本的に解決しなければならない技術的な諸問題、より一層合理化を図る必要のある諸問題、また、より一層安全性を確保するために考慮しなければならない問題など、多くの諸問題が未解決のまま残されていた。
わが国の造船業が世界第1位の地位を維持し、将来にわたってその指導的立場を確保していくためには、これらの諸問題を解決して、すでに稼働している超大型船を含めた巨大船に対するこれまでの造船技術の見直しを行い、これから建造される超大型船および巨大船に対する総合的な技術水準の向上を達成することが必要であった。
このため本会は、造船および造船関連工業の振興事業として、設備の近代化をはじめ、企業の合理化、技術の向上、品質性能の改善などの諸事業を促進する必要を痛感し、これらの事業を積極的に取り上げて、造船および造船関連工業のより一層の発展を図ったのである
------------引用--------------
以上

コメント
イランが倒れれば
米軍のイラク以外の中東諸国への
駐留は困難と成るかも知れぬし
イランはイスラエルの核施設限定攻撃後
反米化が拡大した後で
生かされ続けると言う可能性も
有るのだろうか
この所のユーロ高と言うのも
ブルガリア・ルーマニアをEUに円滑に加盟させ
トロイの木馬化する為の
米英の罠であると言う事は
無いのかだが
Posted by 某研究者 at 2006年11月27日 15:54
某研究者様
いつも、ブログで拙文を引用いただきありがとうございます。
次号で書きますが、アメリカがとりうる戦略は一つしかありません。
すなわち、イランにメソポタミアを支配させ、湾岸諸国と安全保障条約を結ぶ、NATOや日米安保の中東版です。
Posted by 江田島 at 2006年11月30日 12:58
>次号で書きますが、アメリカがとりうる戦略は一つしかありません。
>すなわち、イランにメソポタミアを支配させ、湾岸諸国と安全保障条約を結ぶ、NATO
>や日米安保の中東版です。
詳細は次号を待ちたいが
矢張りイランは米軍湾岸駐留の口実を作る為に
生かされると言う事かも知れぬが
イランがハマス等の様に
譲歩する可能性も有るだろうし
譲歩しては米軍駐留の口実が
無くなる訳だろうから
イスラエルを利用して
核施設のみを限定的に攻撃させ
イランを反米化させ
譲歩させないと言う
方向なのだろうか
Posted by 某研究者 at 2006年12月 1日 18:08
ユーロも
ブルガリア・ルーマニアが
7%程度の経済成長をしている状況では
彼等が原因で崩壊するのかだろうし
来年独伊の消費税増税による経済低迷で
ユーロが暴落する可能性も有るだろうが
これも確実なのかどうかだが
http://hiromorita.exblog.jp/4715635
上の様にユーロ経済も来年は
日本型不況に成ると言う
意見も有る様だが
米と異なり住宅バブルが続いている以上は
未だ成らないと言う
意見も有るが
永久にバブルを続けられるのかだろうし
低金利の日本からの
資金が有る限り
バブルは続くと言う意見も有るが
欧州が日本の利上げを阻止する為に
北朝鮮等を利用して
軍事圧力を掛けて来る可能性も
有るかも知れないが
ユーロが若し崩壊なら
此れに拠る石油下落で
ロシアも崩壊し
中国も投資減退等でバブルが崩壊すると言う可能性も
有る訳だろうし
ランドパワー勢が
総崩れに成ると言う事は
無いのかだが
ユーロも北朝鮮やイランを利用して
日米に圧力を掛けて来る可能性も
有るかも知れないが
Posted by 某研究者 at 2006年12月 1日 18:19
>欧州が日本の利上げを阻止する為に
>北朝鮮等を利用して
>軍事圧力を掛けて来る可能性も
有るかも知れないが
>ユーロも北朝鮮やイランを利用して
>日米に圧力を掛けて来る可能性も
有るかも知れないが
日本も防衛庁を防衛省に昇格させた訳だろうから
軍備強化等で此れに対抗しようと
考える可能性は有るかも知れぬが
シーパワー連合勝利後
日米英同盟は保たれるのかどうかだろうし
日本も米英にやられるのを恐れて
他の国を強化すると言う可能性は無いのかだが
ランドパワー連合打倒後に
米英から投資を引き上げ
軍事力強化で乗り切ると言う可能性も
有るかも知れぬが
Posted by 某研究者 at 2006年12月 1日 21:24
日本も来年中には利上げをする必要は
デフレ脱却が遅れれば
参院選に問題が出る事にも成り得るだろうから
有るかも知れぬし
此れでユーロが暴落し住宅バブルも
崩壊すると言う可能性は
有るかも知れぬが
欧州が北朝鮮を利用して
利上げせぬ様に圧力を掛けて来るかも知れぬし
日本も軍事力強化で此れに対抗と言う
事に成るかも知れぬが
(まあ矢張りユーロ及び
シーパワー連合勝利後
米英に対抗する為の
防衛庁の防衛省昇格で
有った訳だろうか)
Posted by 某研究者 at 2006年12月 1日 21:47