今回は、イラク戦争の結末が見えたことで、遂に動き出した、「中東版NATO」の展望を検討してみたい。
まず、この時期に、英国のブレア首相が、UAEのドバイを訪問し、「穏健派諸国による対イラン同盟」を提示した理由について、前号を読まれた読者はお分かりであろう。
シーパワー連合が、イラクを東西に分割し、西イラクを西ドイツとみなし、湾岸穏健派諸国を核として、チグリス-ユーフラテスからナイルまでを島とする、「新たなシーパワー連合」すなわち、「中東版NATO」を設立するための、地ならしをブレアが行っているのだ。私の過去のメルマガを読まれた方には周知の事実だが、英国はシーパワーの中核である「国際金融資本」の宗家であり、今回のブレア中東訪問の動きは、国際金融資本がお家芸である、均衡戦略から、中東を支配していく方針を鮮明にしたものである。アメリカが二つ目の空母戦闘群のペルシャ湾岸への派遣を検討しているのも、このためだ。
今後、ドバイは「中東のニューヨーク」として、国際金融資本の新たな根拠地となるだろう。今回、史上初めて行われたUAEの選挙も、この文脈で考えるべきだ。
<参考>
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http://news.bbc.co.uk/nolavconsole/ifs_news/hi/nb_wm_fs.stm?news=1&bbram=1&bbwm=1&nbram=1&nbwm=1&nol_storyid=6195743&checkedBandwidth=nb&checkedMedia=asx&subtitles=hide&alreadySeen=1
Moderate Muslim states must form an "alliance of moderation" to counter Iran's influence, Prime Minister Tony Blair has urged.
He called on the world to "wake up" to the monumental struggle between the forces of moderation and extremism.
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http://www.afpbb.com/article/1187604
【アブダビ/UAE 20日 AFP】トニー・ブレア(Tony Blair)英首相は19日、中東歴訪の終わりにアラブ首長国連邦を訪問し、同国指導者らと会談を行った。首相は中東歴訪の目的について、中東地域の和平促進やイスラム諸国とのより緊密な関係構築、2国間貿易の推進などとしている。写真は同日、アブダビ(Abu Dhabi)のZayed大学を訪問し、学生に囲まれるブレア首相。訪問後に質疑応答が行われ、今回歴訪したパレスチナ自治区、イスラエル、イラクの情勢などが取り上げられた。(c)AFP/EDDIE KEOGH
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このように、アラビア半島が、シーパワーと化していく上で、鍵を握るのはUAEだ。UAEは、よく知られているように、主要な産油国(日本にとってこのUAEは最大の石油供給国でもあり、日本の原油総輸入量の20%をこのUAEに依存している。)ではあるが、油田が発見される以前は、貿易港として、インド洋交易の中継基地となっていたように、本質的には、シーパワーなのだ。
特に、ドバイは最大の商業都市であり、石油資源に乏しく、早くからリゾート開発や、外資系資本の誘致に力を注いでいた。最近は金融センターの建設や不動産開発(湾岸諸国から流入したオイルマネーによるバブル市況に近い)が盛んである。
<参考>
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http://www.jnt.co.jp/area/dubai/info/history.html
ドバイはもともと小さな漁村でした。漁業、真珠取りをし、ヤギや羊を飼い、デイツ(ナツメヤシ)を育て、それからイランなど近隣諸国との貿易をしていました。1830年ごろ、リワオアシス周辺(アブダビ)で生活していたバニヤス族(ベドウィン)、マクトゥーム家(現ドバイ首長の家系)がドバイに移住し、権力を握るようになります。19世紀後半に、この湾岸地域はイギリスの保護下に置かれます。イギリスはこの地域を東インド会社への貴重な中継点とします。20世紀初頭には、ドバイでの貿易が盛んになり、ドバイは商人の町と呼ばれるようになります。そして、次第に諸国の商売人たちもドバイに落ち着くようになります。
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サウジアラビアが、聖地メッカを抱え、イスラム教の守護者として立場をもち、広大な砂漠地帯という内陸部と二千万を越す人口を有するのに対して、中東のほぼ中央に位置し、ペルシャ湾に面し、海へのアクセスもよい、潜在的なシーパワーであるUAEは、近未来の石油資源枯渇と沙漠化の緑化、二酸化炭素排出抑止による地球環境保全の観点から、新エネルギー産業育成を主眼とするMASDAR(アラビア語で「源泉」)プロジェクトを始動している。
<参考>
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http://www.teamrenzan.com/archives/writer/ichikawa/masdar_1.html
MASDAR PJにおけるプロジェクト推進候補の一つにあがっている「有機ハイドライド技術によるUAE国内の水素インフラ提携構想」に関する技術説明を市川よりプレゼンを行った。
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つまり、国を挙げて、原油輸出に依存する一次産業国からの脱皮と、シーパワー化を図っているのだ。今回のブレア訪問と「穏健派諸国による対イラン同盟」設立は、このような文脈でこそ、理解されるべきだ。
ここで、シーパワーとなることは、本質的には「国際金融資本を受け入れる」ということと同義だということも、私の過去のメルマガをお読みいただければ、ご理解いただけるであろう。
国際金融資本は、その発祥を紀元前のバビロニアに求めることができ、そこからエジプト、ギリシャ、ローマ、ベネチア、スペイン、オランダ、イギリスとその拠点を移してきた。
彼らの支配の本質は、軍事的直接支配ではなく、あくまで間接支配に徹っし、経済的便益を追求するところにその本質がある。これは、軍事支配のコストを考えれば、当然の結論だろう。しかし、「間接支配」を行うには、それを正当化し、支配される側にその状態を必要と感じさせる条件が必要だ。これが、「敵の存在」だ。
例えば、欧州において、国際金融資本の始祖として、宮廷ユダヤ人が皇帝や諸侯から種々の特権を得て生活していたことは一般によく知られている。宮廷ユダヤ人とは、王侯貴族の経済力を支える、御用商人であり、金貸しだ。
16世紀以来、ヨーロッパに成立する絶対主義体制下では、富国強兵策とその為の財政的裏付けとなる貿易による重商主義が重んじられた。そうした状況の下でユダヤ人は大々的な経済活動のチャンスを握ることになった。特に現金や貴金属等で財産を蓄えていたユダヤ人の資金力や全ヨーロッパに散在していたユダヤ人の国際商取引網は、領封君主の寄せ集めの国であったドイツで特に必要とされていたのである。
ヨーロッパではドイツほど宮廷ユダヤ人の経済力に依存した国はなく、19世紀に至るまで、ドイツ諸侯でユダヤ人を宮廷の側近にしていなかった者はほとんどなかったと言っていい。彼らは、諸侯が戦争等で入用になった時は、資金を提供した。裏を返せば、彼らの資金提供がなければ、諸侯は何もできないという状況にあったのだ。つまり、経済力を握られている限り、宮廷ユダヤ人を諸侯は必要とせざるをえなかったのだ。
例えば、ドイツの分裂と衰退を決定的なものにした30年戦争(1618~48)の際、フォン・ヴァレンシュタイン将軍はカトリック側に立って、ドイツ皇帝フェルディナンド2世のために傭兵隊を組織したが、その財源はオーストリア・ハプスブルク家の宮廷ユダヤ人ヤコブ・ハセヴィにより提供されたものであった。
また、バイエルン王国の筆頭宮廷ユダヤ人アーロン・エリアス・ゼーリヒマンは、1802年に全バイエルン王国の税収入を担保に取り、300万フランケンを王国に融資している。またその6年後には同国の関税収入を担保として、400万フランケンを貸し付けている。
プロイセンの宰相ビスマルクと皇帝ヴィルヘルム1世の経済顧問であった宮廷銀行家ゲルソン・フォン・ブライヒレーダーは、普仏戦争(1870~71)に勝ったドイツが、フランスから取るべき賠償金の額を決定した人物であった。
ビスマルクは、この宮廷ユダヤ人に彼個人の財産管理を全て託していた。ビスマルクはブライヒレーダーに相談することなくプロイセン王国の財政や戦費を動かすことはなかったという。
いきおい、戦争は彼らにとって、最も儲かるビジネスだった。ナポレオン戦争で、ロスチャイルドが英国中の富を独占したことは有名だ。すなわち、戦争を企画し、実行することをプロジェクトと見なし、利益を上げるというビジネスを全欧で展開したのだ。これが、30年戦争以降の欧州の戦乱の真相だ。
彼らにしてみれば、ランドパワーの封建領主など、赤子の手をひねるようなものだろう。現在の標的は、中東の王侯貴族だ。彼らは、国際金融資本の代理人である、英国首相ブレアの申し出を受けるだろうか。ブレアがイラン脅威論をぶち上げ、イランがその手にはのってはならじと、ぺルシャ湾沿岸のアラブ諸国へ、イランの核技術を供与する考えを表明したことに見られるように、中東湾岸諸国へ、ランドパワー、シーパワー両陣営の壮大な「切り崩し工作」すなわち調略が始まった。まさに、関が原前夜の石田三成と徳川家康が諸侯に恩賞を約束し、加勢を依頼したことそのものだ。家康は江戸において、関が原前の7月24日から9月14日にかけて、160通近い恩賞を約した書状を書き、味方を増やすべく諸大名に回送している。
<参考>
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http://www.afpbb.com/article/1181570
【テヘラン/イラン 17日 AFP】マハムード・アフマディネジャド(Mahmoud Ahmadinejad)大統領は、ペルシャ湾沿岸のアラブ諸国が核技術取り入れたいとの意向を示したことを受け、イランの核技術を供与する考えを表明した。イラン国内のメディアが16日報じた。
「イラン・イスラム共和国は、クリーンエネルギーとしてまた石油の代替エネルギーとしての平和的な核技術の経験と有意義な成果を域内すべての国家に供与する準備がある」と同大統領はイラン訪問中のクウェート使節のMohammed Zeyfullah Shirar氏に述べた。
サウジアラビアの首都リヤド(Riyadh)で開催された湾岸協力(Gulf Cooperation Council、GCC)首脳会議が、核開発に意欲を示してから一週間たって、アフマディネジャド大統領はのこの申し出を発表した。GCCの声明は、「ペルシャ湾岸諸国は、関連する国際合意の枠組みの中で、平和利用を目的とした核技術を有する権利を持つ」ことを宣言していた。
GCC加盟国家の首脳はまた、西側諸国が核兵器開発の隠れみのと疑念を抱くイラン核開発問題の平和的解決を求めた。イランは、増加を続ける人口をまかなう電力を発電する意向にすぎないと主張している。
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今後の中東穏健派諸国のシーパワー化を占う上で、欧州の歴史、さらには日本の歴史は多くの示唆をあたえるだろう。
上述の如く国際金融資本が主催した最初の大規模戦争である30年戦争の講和条約である、1648年のウェストファリア条約で分割された国境を、「国民国家」というイデオロギーで偽装し、正当化した。ウェストファリア条約以前の欧州は相互に親戚である王侯貴族の封土、すなわち、貴族の所有物にすぎなかった。
しかし、実際は、国民国家を統合する絶対王政の軍事力を財政的に支えていたのは、上述のようにロスチャイルドに代表される「宮廷ユダヤ人」だったのだ。この国民国家というイデオロギーがいかに近代以降の戦争の正当化に用いられたか、世界史を見れば一目瞭然だ。
このような視点で中東をみるに、欧米は中東を政治の道具にしてきた。例えば、ビン・ラディンのグループも、1979年のアフガニスタン紛争のとき、ソ連軍に対抗するために米国が資金援助してイスラム原理主義ゲリラを利用したのが発端である。アフガンのソ連軍に対抗するため、地域の軍事バランスを大きく壊す可能性すらあった、携帯式ミサイルまでをも供与し、ビン・ラディンのグループを支援したのだ。
これは、国際金融資本の常套手段である、現地マイノリティに援助を与え、裏で操る手法だ。
重要な点として、中東諸国は、第一次大戦後、オスマントルコが解体されて以降、国際情勢の主役であったことはなく、常にバンドワゴンであった。彼らが欧米に反旗を翻した唯一の例は産油国の労働組合であるOPECだが、石油が市場商品化していく中で、OPECの価格支配権も低下しているという。
<参考>
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AF%E3%82%B4%E3%83%B3%E5%8A%B9%E6%9E%9C
バンドワゴン効果(バンドワゴンこうか、bandwagon effect)とは、あるオピニオンが多数に受け入れられているという情報が流れると、そのオピニオンへの支持がいっそう強くなることを示すこと。「バンドワゴン」とは行列の先頭の楽隊車のことであり、「バンドワゴンに乗る」とは、時流に乗るとか、多勢に与するという意味である。
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ここで、中東が常に欧米の目的物、はっきり言えば、おもちゃにされてきたのは、全アラブを糾合する権威がなく、容易にシーパワーのお家芸である均衡戦略すなわちマッチポンプにはまるからだ。ブレアがドバイでイランの脅威に対抗する穏健派諸国の連合を提示したのは、そういう意味だ。
ここで、同じような、欧米の植民地支配を19世紀に受けかかかった日本について考えてみたい。当時の国際金融資本のシナリオとしては、アメリカの南北戦争が終結したため、余剰した兵器在庫のマーケットとして、開国後の日本の内乱を見込んでいた。薩長と幕府の両方を英国とフランスの国際金融資本が支援し、漁夫の利を分け合う戦略だ。しかし、当時の日本の支配者はそのような戦略が見えていたのだろう。徳川慶喜は、内戦を回避し、恭順を示した。その功労に、薩長政府も慶喜への公爵授与で応えた。背景として、朝廷の存在も大きい。天皇親政という形で、明治維新への国際金融資本の関与を偽装し、シーパワー連合たる大英帝国への準加盟を果たしたのだ。これが、近代化というものだ。
当時の日本の知識人は、このような背景を当然、知っていた。しかし、表立ってそれを批判できないため、森鴎外は「殉死」を、夏目漱石は「坊ちゃん」を書き、滅び行く「古き武士道」を惜しんだのだ。
このような世界史と日本史を見るに、国際金融資本の中東への関与は、UAEを「長州藩」として、果たされていくのではないだろうか。そう考えると、湾岸諸国統一通貨の中央銀行がアブダビに置かれることも辻褄があう。中央銀行と通貨発行権を梃子にその国を支配するのは、彼らの十八番なのだから。穿った見方をすれば、UAEが英国の保護国から独立した70年代以降、全ては国際金融資本による、UAEのニューヨークやシンガポールや香港化のシナリオに乗ったものであったのかもしれない。そう考えると、UAEが強力な王権の出にくい、「首長国連合」である点も説明がつく。以下の記事のように、英国はUAEの建国に大きく関わっている。
<参考>
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http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/zatsu/churitsu.html
現在は別々の国家になっているアラブ首長国連邦とオマーンだが、かつては大海洋帝国を築いたオマーンのスルタンの宗主下にあった。しかし19世紀にオマーン宮廷が弱体化すると、各地の部族が独立状態になって数多くの首長国が生まれ、19世紀後半に相次いでイギリスの保護領になった後も、戦国時代のような状態が続いて、首長国同士は勢力拡大を争っていた。このため各首長国やスルタン領の領地は流動的で、絶えず変動し続けていた。
イギリスはインドへの通路となるアラビア湾岸を他の列強に奪われたくなかったから保護領にしただけで、内政はおろか首長国同士の争いにも干渉せずに放置し続けていたが、戦後になって石油が発見されると、採掘権を確保するために各首長国やスルタン領の境界線を明確にすることが必要となった。そこで1950年代に各首長との部族や氏族のつながりや、交易関係をもとにして首長国の領域がはっきり決められ、その結果各首長国の領土は飛び地だらけの複雑なものになった。さらに重要な町ではそれぞれ別の首長やスルタンに忠誠を誓う複数の部族が混住していることもあって、どこの領地に帰属すべきか決めかねる場合もあった。こういう場所はとりあえず「中立地帯」ということにして境界線の画定は棚上げされた。
もっとも住民たちは政府ではなくそれぞれの部族のリーダーに従って暮らしていたわけで、同じオアシスに住んでいても、A首長国とつながりの深いA部族の人はA国の住民、B首長国とつながりの深いB部族の人はB国の住民となっても、特に不都合はなかった。いわば戦国時代の民衆は地元の殿様に従って暮らしていたわけで、その殿様が豊臣方についていようが、徳川方についていようが民衆には関係なかったようなものだろう。最終的な主権はどちらにしてもイギリスだった。
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ここで問題になるのは、米英関係だ。中東を巡っては、英米関係は、常に対立してきた。スエズ動乱はその典型だが、今後の英米関係を予測するに、アメリカのイラクからの撤退後は、英国の関与が確実に増すだろう。
むしろ、英国の書いたシナリオに米国がのるしかなくなっていくその最初の例が湾岸諸国NATOと湾岸諸国統一通貨ではなかろうか。
米国民主党は、第二次大戦で英国救援のため日独と戦ったことをみてもわるが、本来、英国の代理人だ。今回の中間選挙における民主党の勝利もそのような文脈で考えるべきだ。そして、この動きは、確実に国際金主資本の鬼子である、イスラエルの切捨てにつながる。それに反発するイスラエルの右派が先制攻撃にでることを阻止できるかどうかがポイントだ。
湾岸戦争の際、米軍はイスラエル空軍のイラク空爆を阻止するため、敵味方識別コードを与えなかったという。つまり、コードをもらわず、イスラエル空軍機がイラクへ飛行すれば、米軍機に撃墜される可能性があったのだ。
この動きの先に、19世紀のような、アラブが英国領に戻っていくことを予測する。
この動きは、当然、ロシアの利害と衝突する。ロシアは中東が不安定化し、原油価格が高騰し、戦争が勃発し、ロシア製兵器が売れれば売れるほど、利益になるからだ。今後は、英(MI6)露(FSB)間での、水面下の死闘が繰り返されるであろう。モサドも関与するから三つ巴だ。リトビネンコの死はそのゴングだ。
このように考えていくと、イラン-イラク戦争以来の中東30年戦争とは、実は、欧州の30年戦争と同じように、周辺国や御用商人の利害、打算で延々と継続させられたというのが真相だということがわかる。
要するに、シーパワー化しようが、ランドパワーと組もうが、中東諸国としては、どちらも相応の苦難が予想されることは、歴史が証明している。そうすると、国際金主資本を巡って、同じような立場の日本とは、利害が一致することになる。そして、日本は中東への領土的野心がなく、かつ中東が保有していない、水素ハイドライドに代表される新エネルギー技術を保有している。
つまり、VOL120でも述べたように、遠交近攻の観点からも
http://www.teamrenzan.com/archives/writer/edajima/vol120.html
中東諸国や日本は個別に国際金主資本やランドパワーに立ち向かうのではなく、同じ立場として手を取り合う余地が十分ある。
日本のエネルギー戦略を考えても、サウジのカフジ油田、イランのアザデガン油田、そしてサハリン沖天然ガスが全て、失敗した。エネルギーにしめる石油の割合は,石油危機前の1973年には8割近かったが,液化天然ガスや原子力の増加により,98年には5割に下がっている。また,今日では,原油を市場から買い付けることが容易になり,自主開発原油の重要性は薄れつつあると言われる。しかしながら日本の自主開発原油は,原油輸入量の15%でドイツやイタリアのように20~30%を確保している国に比べ低いため,自主開発原油は将来の石油確保のための保険である。この確保に、「全敗」した以上、保険の無いエネルギー政策しか取れないことになる。これは、既に突入した世界戦国時代において、致命的な戦略上の弱点、アキレス腱であろう。
このことから、CTF有限責任事業組合が日本政府の意を受けて取り組むUAEのMASDARプロジェクトにおいて、水素エネルギー供給会社を設立し成功させるしか、他に策は無い。
この戦略状況は、まさに、日本海海戦と同じ「Z旗上がる、天気晴朗なれど波高し、皇国の荒廃この一戦にあり、各自奮励努力せよ」なのだ。官民挙げて、UAEのシーパワー化に英国と共同で当たるべきだ。アクエリアス実現を目指すMASDARプロジェクトはその契機となるだろう。
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Z旗
http://www.z-flag.jp/main/information.html
Zがアルファベットの最後の文字であることから、「この戦いに敗れれば後がない」という意味で、 海戦の時に用いられることとなった。
トラファルガーの戦いのときネルソン提督がはじめて用いたと云われる。
日本では、1905年(明治38年)5月27日、日本海海戦において、バルチック艦隊を目前にした連合艦隊旗艦「三笠」が、「皇国の興廃此の一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」という意味を込め、士気の高陽を図るため使用する 。 日本海海戦の大勝利の後、日本海軍では重要な海戦の際に、Z旗を掲げることが慣例化する。太平洋戦争の真珠湾攻撃の際、奇襲部隊の空母「赤城」もZ旗を掲げた。
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http://www.kankyo-news.co.jp/ps/qn/guest/news/showbody.cgi?CCODE=3&NCODE=258
アラブ首長国連邦のアブダビ政府が主導する再生可能エネルギー導入とCO2排出抑制の大規模プロジェクト「マスダール計画」に、日本の技術が名乗りを挙げる。CTF有限責任事業組合(東京都千代田区、03・5835・1167)は、北海道大学の市川勝名誉教授の技術を生かした水素エネルギー利用を1つの核とする提案を、UAE大学と共同で行う方針を固め、参加企業を募る。各社の技術を集約して1つの計画にまとめ、来年1月に、同大学と共同でマスダール側に提案する予定。
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http://www.cnn.co.jp/world/CNN200612200022.html
米国、ペルシャ湾に空母戦闘群を追加派遣か 対イランで
2006.12.20
Web posted at: 19:03 JST
- CNN/AP
ワシントン――米国防総省高官は18日、イランの核開発などをけん制するためペルシャ湾に展開する米海軍艦艇を増強することを検討している、と述べた。最終承認された計画ではないが、二つめの空母戦闘群を派遣することなどを考慮している。
空母の追加派遣が承認される時期については触れなかった。イラン近海には現在、空母アイゼンハワーの戦闘群が展開、イラクやアフガニスタンでの軍事作戦に従事している。艦船4隻、潜水艦を引き連れている。
米軍はまた、今年10月下旬、ペルシャ湾で計6カ国が参加する海軍演習を実施、イランの反発を買っている。
イランは、欧米が警告するウラン濃縮などを継続、国連安保理で制裁決議が煮詰まっている。米国はまた、イランのイラクの宗派対立を煽る活動を行っているとも疑っている
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http://jp.epochtimes.com/jp/2005/12/html/d36819.html
ロシア国防相セルゲイ・イワノフ氏は、「ロシアはイランに戦術地対空ミサイル・システムを売却する予定である」と発表し、「これは純粋な国防目的で、中東の軍事バランスを崩すものではない」と釈明した。VOAが6日伝えた。
ロシア・メディアは、これは防空システム29セット、7億米ドル相当の対イラン武器輸出の一環であると伝えた。この売却が表面化した際、イラン国防当局は懸念に値しないと述べたが、イスラエル外務省スポークスマンは、「中東の危険国を利する」と激しく攻撃した。これに呼応する米国もこの取引を非難した。
モスクワ・カーネギーセンターのアレクセイ・マラシェンコ氏は、武器売却は驚きであるが政治的には予測できたとし、「ロシアはあらゆる手を使ってもイランとうまくやっていきたいと願っている。モスクワ当局にとって、中東地域で独自の外交政策を展開できると証明することは重要なこと」と話し、さらに「この兵器システムを導入することによって、イランは中東においてより強い立場となり、米国との武器取引でも強気に出ることができるようになる。これはテヘラン当局の核開発プログラムに関する議論にも影響を及ぼすだろう」と述べた。
ロシアのエンジニアが現在、イランに核開発プラントを建造中で両国は平和利用であると主張している。モスクワ当局は国連による核査察に強硬に反対している。
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http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/31708/
「脅して乗っ取り」露主導に サハリン2の権益譲渡問題、外資巨大事業が困難に
【モスクワ=内藤泰朗】日本の商社など外国資本だけで進められてきた「サハリン2」が、ロシア側の圧力に屈し近くロシア主導となることがほぼ確実となった。ロシア側は、事業の完成間近に国家総動員で脅しをかけて事業主に権益を移譲させ、事実上、事業の乗っ取りをもくろむ。ロシアでの巨大事業はこれを受け、国家主導でのみ可能となるものとみられる。
■8割方まで完成
英字日刊紙モスクワタイムズによると、ガスプロムの取締役会議長を務めるメドベジェフ第1副首相は12日、同社が「近くサハリン2の権益約50%を獲得することになる」と語った。
その内訳は、ロイター通信によると、ガスプロム側は、同事業の55%の権益を有して主導する英蘭系メジャーのロイヤル・ダッチ・シェル側から30%、日本の三井物産と三菱商事からそれぞれ10%ずつを譲り受け、最大50%の権益を確保するという。
しかし、シェル側は、権益移譲についてガスプロム側と基本合意に達したことは認めつつも、条件など「交渉しなければならないことがまだたくさんある」と述べるにとどまった。
ガスプロム側は当初、ロシアで唯一外資だけで進められてきたサハリン2の25~30%程度の権益獲得を狙っていると伝えられていた。しかし、外資が、10年以上の歳月をかけた総投資額200億ドル(約2兆3200億円)の巨大事業は、8割方まで完成しながら、ガスプロムが権益50%を取得して完全な主導権を握ることになる。
■武闘派たちの影
ロシアでは、「ロシアの資源はロシアのために使われるべきだ」という資源ナショナリズムが強く、サハリン2など外資参画事業の見直しを求める発言が増大。ロシア天然資源監督局は12日、同事業の環境破壊による損害賠償を求め、来年3月に提訴すると述べ、損害額が最大300億ドル(約3兆5000億円)にものぼると試算した。同額は、同国国家予算の実に15%に相当する。
事業主はこれに対し、天然資源省の環境アセスメントを受け許認可を得て開発を始めたと主張するが、トルトネフ天然資源相は「事業の環境要件は、10年前の基準と現在では大きく異なる」と述べ、かつて許可を得た事業もその時の情勢でルールが変わり得るとの考えを示していた。
こうした外資を目の敵にした資源ナショナリズムの高揚や当局によるさまざまな圧力の背後には、プーチン政権を支える旧ソ連国家保安委員会(KGB)人脈の中でも最強硬派とされるシロビキ(武闘派)たちの影が見え隠れする。同国の民間石油元大手ユコスを破綻(はたん)に追い込み、反政権的な姿勢を示していたホドルコフスキー元社長をシベリア流刑にした勢力だ。
世界的石油高騰を背景に強気のシロビキたちは「今度は環境破壊という地雷を投資家たちの足下に埋め込んできた」(英BBC)。強引な手法に警戒感を強める外資のロシアでの巨大事業参加は今後、困難になるものとみられる
【用語解説】サハリン2
ロシア・サハリン州沖合に眠る原油と天然ガスを開発するプロジェクト。それぞれ英蘭系の石油のロイヤル・ダッチ・シェルが55%、三井物産が25%、三菱商事が20%出資して設立した「サハリンエナジー」が事業主体。石油は1999年、液化天然ガス(LNG)は2006年にそれぞれ生産を開始した。環境対策費が膨らみ、総投資額は当初の100億ドルから200億ドルに倍増するとみられている。
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http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20061222ig91.htm
日本のLNG輸入量は年約6000万トン。09年にはサハリン2から、 その1割近い500万トン程度を輸入する予定だ。供給契約は維持されるが、約束を平気で破る体質への不安は一層強まった。ロシアへの過度の依存は危険だ。
経済産業省は、今春まとめた「新・国家エネルギー戦略」で、30年には自主開発原油の輸入比率を現在の15%から40%に引き上げる目標を掲げた。今回の事態は、イランのアザデガン油田の権益削減に続く挫折だ。海外での資源開発戦略を練り直す必要がある。
(2006年12月23日1時39分 読売新聞)
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以上

コメント
アメリカでは大学を中心に環境派と科学者が連動して動いているようです。市民運動に飛び火するのは時間の問題です。そうなれば日本の裏世界は大混乱になるでしょう。
イランの石油輸出急減、2015年にはゼロに…米大学
研究者は「『平和目的だけ』という主張はウソだろうが、イランが核エネルギ
ーを必要としているのは事実」と分析。また、「米国は、軍事攻撃よりも、省
エネで石油価格を下げるほうが、イランに痛手を加えられる」と主張している。
(2006年12月26日11時23分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20061226i404.htm
Posted by 陸遜 at 2006年12月26日 18:10
どうでしょうね?
最近の産油量の減少は、古い巨大油田が枯渇に向かい、新しい巨大油田の開発が外資の導入が下手で思うように行かない。
そう言う背景があるからだと言う話ですが。
問題のアデガザン油田等も、そう言う外資の導入が上手く行ってない油田の一つなのですから。
Posted by 三輪耀山 at 2007年1月10日 20:02