古畑嚆矢の最近のブログ記事

2007年2月23日

二十世紀が教えること

究極のエネルギーである水素を供給する組織が相互に連携をとりあうようになると、惑星の環境を変える新たな力が生まれてくるようになる。水素資源とその抽出システム並びに分散型エネルギー供給系の普及を担当する未来の組織は、惑星の環境を回復させるだけでなく、文明の再生をも果すことになるだろう。この活動を推進するための基盤づくりを急ぎ、惑星の機能を早く回復させるための努力を続けなければならない。ニューラルネットワークが形成されるようにして、繋がる相手を相互に見出しながら着実に成長していけばよい。NGOとして機能する地球政府(撞着語法についいては「水にまつわる物語(二)」でその背景を説明している)というものは、既存の政府が国境線の内側の利益代表であるのに対して、国境の制約を越えた惑星の意思決定機関という位置づけになる。国会を支える下部組織に地方議会が位置づけられているように、地球政府の下に各国の政府が配されるようになるだろう。究極の資源を手段とする平和な革命は、生命の繁栄と快適な文明を実現するためのものなのだ。国連が抱え込んだこの閉塞した状況を脱して、新たな枠組みの確立を速やかに進めなければならない。


プログラムの背景

既存の政府のやってきたうしろ姿を映し出してみせる鏡、というのが非政府系の地球政府が担う当初の役割の一つである。中核を構成するユニットは基本プロジェクトの統括業務を担当し、さまざまな経済活動を側面から支援することになるだろう。ドル本位制が招いた数々の不具合を指摘し、その具体的な対応策を示さなければならない。NGOの組織化がいつできるのかということは、このブログを始めとしていくつかの情報サイトへ集ってきた認識の量で決まることである。今できることは、基本コンセプトを示して反応をみるということだけなのだ。繋がる相手を間違えると、取り返しのつかないことになる。究極の資源は、究極の目的のためだけに使われなければならない。目先の利益にとらわれていると、平和を実現するための戦略の全貌が見えなくなってしまうのだ。扱う資本が巨額なものになるために、要らぬ誘惑に惑わされてはならない。

組織の核となる部分は、時間をかけて見定めたそれぞれの知性が決めるだろう。コアができたら水素エネルギーの普及を進めるという手段を用い、温暖化などの20世紀が生み出した変化を悉くなくしていく行動に着手する。具体的なプログラムを策定し、直ちに実行することになるはずだ。その内容については中核部分ができた後で、広報部門から適切なタイミングで詳らかにされるだろう。経済格差が生み出した各種の国際的な軋轢を緩和し、対立を強めて武力抗争に走ってきたこれまでの展開に早くけりをつけなければならない。中立状態で独立性を保つ姿勢を堅持するということは、惑星の将来にとって極めて重要な意味をもつ。足下の利益だけを追求しようとしたために、見知らぬ街に張り込んでしまうようなことがあるのだ。アメリカが迷い込んだのは、イラクという名の奇妙な街であった。国際経済は既に、アメリカが犯した過ちに大きな影響をうけるようになっている。弊害の多くは未だ潜在化している状態にあるの。このまま推移していくと、やがて測り知れない対立項となって改めて浮上してくるようになるだろう。


炭素資源が生み出したもの

IMF体制はアメリカにだけ利益をもたらすものだったが、米政権はそのメリットを自国の軍事力に厚みをもたせるために使ってきたのである。力の政治が平和を維持する、とアメリカは世界中に対してそう信じ込ませてきたのだった。その結果、軍事予算はアメリカに引き摺られるかたちで年々増加する一方となり、核の拡散さえも歯止めが効かなくなってしまったのだった。経済成長を続けている国なら問題にはならなかったのだが、リセッションにはいった国では財政赤字を増やすという問題を悪化させるのである。現状をみると、戦争抑止力の強化という名目で核燃料の軍事転用が図られている。ある圧力の作用を受け続ける系では、対抗するための内発的な圧力を生み出して平衡状態へと移ろうとする。対立がせり上がっていくのは、どちらの勢力も力に頼るしか方法というものをもっていなかったからなのだ。力が生みだすものは、新たなる対立でしかない。力に恃む対応の仕方というものが、20世紀までの歴史を作ってきたのだった。

IMF体制が生み出した結果から人類が学べば、この逆となるプロセスを地球政府が実行すればよいということが判るだろう。水色革命と呼ばれる運動の推進母体となる組織は、国連では出来なかったことを可能にする能力をもつようになるだろう。現在の国連という枠組みの中では、制約となる項目が多すぎる。国家の利益を代表する反応場というかたちでは、惑星全体の利益を扱うことはできない。京都議定書が効果のないものになっているのは、国家相互間の利益調整が円滑に進まなかったからだった。石油の消費を前提として成り立つドル本位制というものは、二酸化炭素を削減するための国際条約である京都議定書からアメリカを早々に離脱させてしまった。炭素燃料の消費が減れば、その分だけドルの権能を損なってアメリカに不利益をもたらす、ということが米政権には分かっていたからであろう。


ドルの活用法を先鋭化させたもの

機軸通貨になっているドルのもつ求心力は、アメリカにだけ富を積み上げるという結果をもたらした。あらゆる国から固有資産の所有権を奪って、その名義を悉くアメリカ化しようとしている。その運用益はアメリカ本国へと移転され、分配再投資されてゆくのである。ドル経済圏という枠組みの中では、アメリカが栄えると、地上のどこかで困窮に苦しむという国を生みださざるを得ないのだ。資本の論理は、ドルの発行権をもつ国にだけ特別な優位性を与えてきたのだった。だが、温暖化対策が進むようになれば、石油に代表される炭素資源の消費は減らざるをえなくなるのである。炭素燃料の消費が低下すれば、ドルの需要は同じ割合で減ってゆかなければならない。これは、アメリカにとって不利益以外のなにものでもないだろう。米政権はドルが世界中から集めてきた富を、悉く蕩尽してしまっている。

国債発行で得たドルの支出先は、イラクとアフガニスタンなどをはじめとして地球全域に展開している米軍を維持するための経費だったのである。ドルという通貨が持っていた神通力というものは、水素エネルギーが普及していくに連れて次第に弱まっていかざるをえないのだ。ドルの力が衰えると、アメリカのもっている力も同じようにして劣化していくことになるだろう。ドルの持つ属性の一つである過剰流動性は、その仕向け先となる国を求めて各国の通貨に対して攻撃をより強めていくだろう。その先鞭をつけたのは、政府日銀のとってきたこれまでのビヘイビアであった。戦費の追加が必要になったブッシュ政権に、ドルの機能を高度化させる道を選ばせてきたのは日本政府なのである。米国債を売りつけることを最終目的とした外貨高の誘導を演出し、当該国の中央銀行に市場介入を強制するよう配慮させたのは、日本がこれまでにとってきた通貨政策の結果だったのである。国債の発行によって戦費を調達するという手段を与えた最初のケースになったのは、紛れもなく日本という国だった。


【イラクでは米軍の駐留期間が予想を超えて長引いたため、駐留を継続するための費用を追加して捻出する必要に迫られている。ブッシュ政権は、ドルを手段とした集金作戦を見境なく展開するようになってしまった。その手口が年々増長するようになっているのは、ブッシュ政権自体が追い詰められている証拠なのである。ドル経済圏というからくりの仕掛けを顕在化させてでも、米軍を維持するための資本を調達しなければならなくなっている。もはや末期症状というべき事態なのだ。国際経済はいずれ、ドルの機能を見直さざるを得なくなる時を迎える】


人工の基軸通貨が平和を導く

ドルの需要が減ると、アメリカは軍事費を減らさざるを得なくなる。米軍を世界中に展開している強い経済力というものは、アメリカという国から次第に失われてしまうのである。最後のエネルギー資源である水素がドル以外の通貨で手に入るのなら、米国民以外誰もドルという名の通貨を必要とはしなくなる。それによって世界が不安定化するということは、おきない。炭素資源を奪い合う最悪の事態が回避されていれば、どの国でも新たな侵略を行う理由はなくなっているからだ。大義名分のない戦争は事態を悪化させて、攻撃をはじめた国を却って軍事的に拘束するのである。そして、ついには疲弊させるという結果を招くのだ。イラクにおけるアメリカの事例が絶好のサンプルになるだろう。ブッシュとフセインの持つ力の差は歴然としていたのだったが、米軍は最終的にイラク領内から撤収することさえできなくなってしまったのだった。米軍の駐留が長引けば長引くほど、ブッシュ政権がこれから抱え込むことになる赤字は増加せざるを得なくなる。アメリカの経済は、このようにして次第に逼迫してゆくことになっている。アメリカを支えてきた先進諸国は、自国の経済を犠牲にしてアメリカに更なる奉仕をしなければならないだろう。

アメリカがイラクで使う戦費を直ちに調達するためには、ドル売りを仕掛けて外貨高を誘導し、ドルを買い支えるための介入を強要してやればよい。米国債の追加需要を喚起すれば、米政権には自動的にドルが現金でやってくるようになっている。人民元が高くなっている状態を続けているのは、ドル資本による元買いがすすんでいるということを示している。中国政府は、ドルの価値と元とを狭い範囲で連動するよう制御している。元が買われて高くなると、ドルは相対的に安くなる。元ドル間にある通貨価値の乖離が拡大しないようにするためには、安くなったドルを中国政府自らが買って通貨価値を復元する必要があるのだ。

元を安くするという方法が一番効果的にみえるかも知れない。だが、その有効性を引き出す戦略を中国は知らない。人民元がただ安くなっていくだけだったのなら、ドル資本にとっては元への投資がより有利になるだけのことなのだ。火に油を注いだら、一気に炎上するのは明らかであろう。下手な手を打てば、為替操作国として指弾されることにもなりかねない。市場経済から切り離されたら、国の成長速度は衰える。繁栄が止まって国民が離反していったら、政府自体がもたなくなってしまうのである。元安という状況を中国政府が先に提供してくれるのなら、アメリカにとっては願ってもないことだろう。少ないドルでより多くの元が買えるようになるからだ。展望のない元安政策というものは、ドル資本による対外資産の買収工作を一気に進めさせてしまうのである。


風が吹いて儲かるものは

日本の例では、米政権の意を受けた小泉内閣が政策として外資導入を行ってきた。政府が外資を国内に呼び込んでいるのだから、効率的なドル売りができるような環境を政府自らがしつらえていた、ということができるだろう。周期的な円高とドル安のサイクルの出現は、その結果減衰しない波を作り出したのだった。ドル売り円買いというドル資本による投資戦術が、日銀にドルを買わせる動因として95年の円高以降はたらいている。この事実が外貨準備高を押し上げていったのである。日銀が買ったドルは90%が米国債になっている。円高が続いている限り、日本のドル資産は回収することができない塩漬け状態になってしまったのである。外貨準備高というのは、不良債権の残高と同じ意味なのだ。ドルの需要が減ってゆくと、アメリカには収入源となっていたものが消えてしまうのである。中国と日本の外貨準備高が突出して高くなってしまったのは、中銀と日銀が為替市場に介入して積極的にドルを買ってきたからであるに相違ない。ドル安を演出して相手国の中央銀行に為替介入するよう仕向けると、アメリカの国債が大量に売れるというあの「風と桶屋」の関係がつくられていたのだった。

ドルの需要が減っておきる流動性の低下という局面では、市中に滞留していたドルが行き場を失うことになっている。ドルの通貨価値を保っていたシステムが、やがて毀損されてしまう時が、いつか必ずやってくる。価値の下がったドルを欲しがるような国はない。ドルでなければ石油は買えなかったのだが、環境負荷のない水素資源なら地球政府が発行する新通貨があれば簡単に手に入る。そんな時代がやってくるのである。ドルがあっても、地球政府が供給する水素エネルギーシステムを買うことはできない。価値が下がったドルの引き取り手がなくなった時、アメリカにはハイパーインフレという状態が確実に訪れる。その時日本と中国などの債権国が保有するドル資産のすべては、短期間で価値のないものになってしまうのだ。ドルに代わる新しい機軸通貨を予め作っておく必要があるというのは、破局の時が近づいているからである。そのきっかけとなるのが、京都議定書の遵守とその強化策の励行だったのである。低廉かつ安全な水素エネルギーとその応用技術が日本から登場すると、アメリカはもっていた力を急速に失ってゆくだろう。


平和は価値の代表だ

アメリカの力が衰えると、その隙に乗じる国がでてくると思うかもしれない。だが、その見通しは正しくない。アメリカが繁栄してこられたのは、ドルが機軸通貨として機能することが許されていたからなのだ。ローカル通貨のままのドルであったのなら、富の求心力を引き出すことは不可能だった。自国に充分な経済力が整っていなければ、覇権を握っている状態を維持することは困難だ。収入源となる植民地をもっている国が群雄となり、世界を支配しようとした時代の末に今日のドル経済圏が作られている。だが、歴史はアメリカにだけ教訓となる見本を残そうとし、環境破壊と核の拡散を最終結果として与えたのである。アメリカには問題を認識する能力も意志もなかったため、テロリストの術中にすっかりはまってしまったのだった。状況認識ができていれば、イラク侵攻が拙速であったことは分かっていなければならない。ドイツとフランスという二つの国家が、その点を当初から指摘していたという事実が存在する。

ロシアがエネルギー資源を手段として活用することはできるが、低廉な水素エネルギーが登場した時点でそのポテンシャルは一瞬で陳腐化するだろう。中国の経済成長率は今後も維持されるにしても、アメリカの凋落に伴って生じるハイパーインフレでは、一兆ドルを超える在外資産を失うのである。日本の外貨準備に充てられているドル資産も、同様にその価値を失ってしまうことになる。邦貨換算で100兆円の在外資産が水の泡と化す可能性は、とても高いものなのだ。外貨準備という在外資産が資本の空洞化を生んだのだった。外貨準備に充てられている資本を外資導入の実施以前に国内市場に投入していたら、日本の繁栄は保証されたものになっていただろう。そうではなかったために、日本の労働者は二極分化することになったのである。外資はその収益を悉くドル転してしまったのである。日本経済からはこうして利潤の循環作用が消失していったのだ。カネが回らないというこの状況を生み出すことになったのは、政府の判断が基本的に誤っていたからなのである。格差社会というものは、そこから生まれてきたものだった。政策判断の失敗であったということは、一目して瞭然たるものがある。国民を困窮させたその責任は、政府においてその総てを負うべきものであろう。

水素エネルギーのノウハウをもつ地球政府は、軍事大国が備えてきた武力を無効化する能力をもつだろう。力による世界支配は、炭素エネルギーを手段として発展してきた歴史の結果だったのだ。それが有限な資源であったことから特別の価値をもつようになり、互いに希少価値を奪い合うという展開をとることが時の経過と共に濃厚になってゆくのである。(日中間の課題である春暁ガス田を巡る経過などはその典型といえる) イラク戦争はその最初のケースになっていたのだった。アメリカに力を与えていた石油・ドル本位制というものが、世界の平和を遠ざけて緊張を強いてきた原因になっている。究極のエネルギー資源がありふれた水であったということが理解されるようになると、価値はものから概念へとシフトする。既存の価値を裏付けていたものは金であったり石油であったりしたのだったが、水色革命ではものではなく、平和という概念が一切の価値を代表するものになるのだ。


エネルギーは繁栄の基礎

人類の生存と繁栄は、エネルギー資源の確保を前提としなければ成り立たない。どこへ行くにしても、エネルギーは絶対的に必要なものなのだ。徒歩では体内に蓄えた脂肪を燃やしてエネルギーに変えているのだし、電車では電気エネルギーだった。自動車ならガソリンなどの揮発油を爆発させ、直線運動を円運動に変えて推力を得ている。エネルギーを熱(量)や動力に換えることができなければ、生命を存続させることは一切できない。現在は炭素資源から熱エネルギーを取り出しているため、限りある地下資源を掘り出すことで国の成長と繁栄とが維持されている。その代わり、CO2という二次性生物の増加で温暖化がすすみ、気候の変動を自然災害が凶暴化するほどまでに悪化させてしまったのである。

この原因となった二次生成物というのが、二酸化炭素をはじめとするその他多くの酸化物であったのだ。このような状態を世界中で維持し続けてきたために、地球の温暖化がこのところ急速に進んだのだった。二酸化炭素濃度の変化をみると、僅かに40ppm増加しただけなのである。この程度に過ぎない二酸化炭素濃度の微量な変化というものが、マクロベースで自然災害を巨大化させるようになってしまったのである。この事実は、温暖化が臨界条件を既に突破した、ということを示唆するものであるといってよいだろう。海流が消失してしまったら、海洋生物は絶滅する。食物連鎖の頂点に立つ人類は、海産物を摂取することができなくなる。また、旱魃も同時に進むことから、農作物などの収量は悪化せざるを得なくなる。この淘汰の時代を生き延びる個体の数は、とても低いものとなるだろう。


クリーンエネルギーは平和の礎

途上国では遅れていた経済成長を急ぎ、先進諸国に追いつくためのエネルギー資源の確保に腐心するようになっている。地下深くに埋蔵されている炭素資源を大量に手に入れるためには、アメリカの通貨であるドルを調達して決済しなければならない。アメリカには自国通貨であるドルを供給することで、あらゆる国の通貨が大量にやってくるようになっている。ドルを発行することについては、特段の制限は設けられていない。発行し過ぎて余ったドルがある時などは、金利を引き上げれば直ちに回収することが可能になるのである。余ったドルを回収したら、それを日本などの貿易黒字国へと売りつけてしまえばよい。そのドルは米国債となって、直ちに現金で戻ってくるようになっているのである。問題がみえていないと、アメリカだけが得をする経過を傍観していなければならない。知識のただしい活用法を、人類は再点検する必要があるはずだ。

ドル売りの窓口となっているファンドなどには日本の資産が手に入るだけでなく、米政府には国債の追加発行が可能になるのである。このような状態が米政府には与えられていたのだった。つまり、ドルの過剰流動性を貿易黒字国に割りふってしまえば、リフレッシュされたドルが現金で米政府へと還って来るようになっていたのである。ドルを売り続けていれば、ドルの通貨価値が高くなるようなことはおきない。世界各国がもっているドル建ての債権などは、ドル安の状態である限りアメリカの外へ出ることはできないのだ。このからくりに世界はほどなく気づくことだろう。金融当局者に通貨ダイナミックスの意味が分かっていても、国民が知らなければ問題になるようなことはなかったのだった。すくなくとも、いままでは。


水色革命は日本が起点

アメリカがドルを供給して得た富を政権の裁量で恣意的に使ってしまったために、地球には経済の不均衡が生みだされ、ミリタリーバランスを維持するための軍事予算の増加が強制されるようになっていったのだった。核の拡散、南北問題そして温暖化による気候の変動までが生み出されてしまったのは、ドル本位制の結果なのだった。アメリカがドルを発行することで得た各種の資本効果をイラクなどで使い果してしまったとしても、米軍の駐留経費が足りなくなれば国債を追加発行して戦費を調達することができるのだ。ドル売り外貨買いを進めれば、米国債が自動的に売れるようなシステムになっていたのである。アメリカが売るためのドルは、市中に余っている。日本のこれまでの対応をみると、システマティックな通貨戦略をアメリカに取らせるキッカケとなっただけでなく、実際にドルをリフレッシュするための再生工場に自ら率先してなっていたということが見えてくるだろう。自覚なき日本政府の対応はアメリカを増長させ、ドル資本による日本買いを慫慂して国内市場をアメリカのためのものにしてしまったのだった。これほどの売国行為は他にあるまい。この事実を国民は正しくみていない。

自国で発行したローカル通貨を売ってドルを買ってきた国では、アメリカに渡した自国通貨で固有の資産を改めて売り渡さなければならなくなっていったのだ。これはドル需要国すべてにとって、避けることのできない運命なのである。アメリカはドルが世界に与えてきた経済格差を放置して拡大し、ドルを供給して得た外貨でその国に再投資という経済攻撃を繰り返し行ってきたのである。その結果ドルを買えば買うほど、その国は貧しくなる一方という展開へと陥っていったのだ。
貧困国がドルを買うのは必需品を購入するためだったのだが、アメリカにはその国から得るべきものがなくても、ドルを遅滞なく供給しなければならないという義務があった。石油・ドル本位制という枠組みは、ドルを発行する権利をもつ国の繁栄と、石油を買うために自国通貨を売ったことで貧しくなっていく国とを、同時併行的に生み出していたのだった。


誤謬の連鎖

アメリカが世界を牽引して行くに足る能力を持つ国であったのなら、偏頗でアンバランスなこのような国際社会が生まれるようなことはなかったであろう。ドルを供与する国が受けるべき当然の権利として、アメリカは獲得したその外貨から得た資本の使い道を、軍事力を充実させて戦争抑止力として使う道を選んだのだった。アメリカが力を恃んで平和状態を維持するためにその資本力を使ってきたことから、終わりのない軍事予算の拡大へと世界は邁進してゆくことになったのである。ドルの発行国であるアメリカは、ドルを買った国が受けている困窮の意味を理解することができなくなっている。

単なる通貨の取引であるという観念から出られなかったアメリカ人は、セプテンバーイレブンや反米国家が現れている事象の裏にある背景の意味を推し測りかねている。この姿こそが、アメリカの現状をよく表わしている。米国人にとってドルは、単なるローカル通貨でしかないのだ。ドルが帯びている特別な優位性などは、当然の権利としてしかみていない。アメリカがテロの対象とされなければならなかったその理由を、アメリカ人が一番理解できていないのである。イラクで内戦状況が悪化する一方となっていったのは、アメリカ国民が問題そのものを正しく見ることができていなかったからなのだ。同時多発テロの攻撃を受けて噴気にかられ、アフガニスタンを解放したときの勢いのまま、イラクを攻撃しようとする政府を支持してきたのである。大量破壊兵器という未確認情報を信じたために、イラクにはもともと存在していなかったテロリストをそこへ呼び込んでしまったのである。それだけではなく、破壊活動を国際化させてしまうという結果まで招き寄せたのだった。米国民は最近になって事実関係を認識できるほど冷静になったため、さきの中間選挙ではブッシュの敗北が決定的になったのである。

問題点が見えていないと、対策を誤ってより悪い結果を手に入れることになるのである。バブルの崩壊でも日本政府はその対応を完全に誤ったのだった。日本が受けているこの困難な現状は、当時の為政者がとった不作為というその行動の連鎖によって生み出された結果だったのである。政府が対策らしいものを講じたのは、銀行の救済という選択が最初の政策判断であった。短焦点でしかものを見られなくなっていた国会は、当時急務となっていた取り付け騒ぎを抑えるために公金を急いで支出してしまったのである。これが日本の将来を決定付けた直接の原因になったのだった。

腐った銀行に国税を投入してしまったために、客観的な判断を行う余地を失ったのだった。国庫から支出した貸付金の回収ができなければ、国民に損失となったその理由を説明しなければならない。取り付け騒ぎに対応させるための国庫からの資本供給は、その時既に実施されてしまっていたのである。潰すべき銀行を蘇生させたというのは、公金の投入が先になされてしまっていたからだった。政府自らが銀行を潰すという選択肢を放擲してしまったため、その後貸し付けを拒まれた中小企業経営者が大量に自殺せざるを得なくなっていったのである。政策判断の誤りが、多くの中小企業経営者の命を奪い、社員を路頭に迷わせてはローワークの作業密度を上げることになったのだった。


ターンニングポイント

水素エネルギーへの転換を先延ばししてはならない。チャンスを進んで放棄するような行為は、国の繁栄を失わせる結果を招く。温暖化は総ての生命にとってピンチだが、水素エネルギーの実用化に成功した国は世界のエネルギー需要を統御する力をもつのである。この部分が政府に見えていたなら、全精力を傾注して水素資源の開発を急ぐべきだったことは分かっていなければならない。水素エネルギーを確保することは、文明にとって最後のチャンスなのである。未解決の技術的な課題は既にない。効率化を進めていくことにより、アメリカがもっている優位性に等しい立場を手に入れることができるのだ。

政府自体が自立するという強い意欲を持たなければ、日本で眠っている水素エネルギーのノウハウは、アメリカの制御下におかれてしまうだろう。正しい判断ができなかったからこそバブル後の処置を誤ったのだし、外貨準備高を膨大な額にまで膨らませてもその意味に気づかない。獲得した知識を活かすものは、ものを考えるための力なのである。知識をもっているというだけでは、なにも変わらない。国民に愛国教育を施すその前に、政府はアメリカをではなく、日本の国民を率先して愛さなければならない。問題のある教育システムに則ったまま愛国教育を施しても、反発を募らせるだけだろう。判断能力を涵養しなければ、どれほど知識があってもそれを使いこなすことはできない。正しい判断を行うためには、要素抽出を怠ってはならない。充分な知識があれば、得たデータの変数処理をすることができるだろう。要因分析をするには知識水準の高さというものが必要なのだ。権威の判断に頼るのではなく、自己責任で問題の本質に迫るべきである。失敗の積み重ねというこれまでの時の厚みが、その時きっと役に立つだろう。


おわりに

本稿をもって「太陽系第三惑星で今おきていること」というこのシリーズは終了します。三ヶ月間という枠の中で多くのものを盛り込んだため、記事単体のボリュームが拡大するということになりました。お伝えしたかったことの本質的な部分には、ほぼ言及することができました。人類にとって最終最後のこのチャンスを、ぜひ活かしてほしいと願っています。最後になりましたが、この場を提供してくださいましたチーム連山の皆様に御礼申し上げます。拙い訳文になりましたが、些少でも参考となることがありましたら以て幸いといたします。

2007年2月16日

エネルギーシフトと通貨危機

実効ある温暖化対策というのは、交流の高圧送電を全廃するという方法以外にはない。中途半端な形で既存のインフラを残しても、捨てる電気を許容してCO2を量産し続けるだけである。電力分野で展開しなければならない喫緊の課題は、集中制御型の交流送電を離れ、新エネルギーによる電源の分散化へとシフトするということだけなのである。直流回路と持続再生が可能なエネルギーシステムを組み合わせることによって、電力分野から温室効果ガスと放射性廃棄物を同時に全廃することができるようになる。これまでに日本が達成してきた経済の成長は、高品位の交流送電というインフラがあったからこそできたことだった。しかし、環境の悪化がさまざまな変化を地表へともたらすようになってしまったため、既存の方式に準拠しているということが、自らの首を絞めつける行為になったのだった。京都議定書は国際条約である。現実をみると、その遵守は間違いなく不可能だといわざるをえない。第一約束期間の達成期限は2012年、残された時間はあと僅かだ。この数年間にCO2が高々40ppm増えたというだけで、自然災害が猛威をふるい旱魃と洪水が多くの地域でおきるようになっている。状況証拠を確認したこの段階で行動をすぐ開始しないと、因果関係を立証しようとしている間にも自然災害はどんどん凶悪化してしまうだろう。


日本のリーダーシップが求められている

既存の小型発電機を当座補完的に使うことで、過不足のない電力供給系を新規に構築することができる。前回の報告で言及した通り、電源を分散してエネルギー備蓄を消費地で直接成り立たせることができるのだ。そのプログラムは、いつでも実行可能な状態にある。機が熟したら、電力会社であっても分散化の動きを止めることはできない。その実現がのびのびになっていたというのは、変化を望まない勢力が国内に大勢いたからだった。既存のインフラである交流送電の成果にこだわっていたため、一斉転換をするという方法はこれまでに検討されたことすらなかったのである。もともと保守的な土壌であったということに加えて、産業構造の転換を敢えて行う必要そのものがなかったからだった。しかし、このところ環境条件の悪化が急速に進んでしまったため、大転換への決断を早めなければならないという必要性が俄かに生じてきた模様である。

交流送電から脱却するには、電力の効率的な創出とその備蓄が需要地でなされるようになっていなければならない。現在市販されている蓄電装置や発電装置などを組み合わせるだけで、二酸化炭素を一気に減らす効果を実現することができるようになっている。やればできることをやろうとしなかったために、温暖化が進んで自然が文明を攻撃するようになってしまったのだった。穏やかだった気候はその様相を変え、原因者である人類を襲い始めるようになっている。だが、新興工業国のエネルギー需要は急速に高まっており、先進諸国がエネルギー消費を抑えたとしても、それ以上の温室効果ガスを生み出すことは確実な情勢なのである。京都議定書の枠組みでは、どうやっても温暖化を防止することはできない。有効な対策を実際に示してみせることによって、日本は世界を牽引して行く責務をこれから果さなければならないだろう。当座必要なものは、この国の中に総て揃っている。このチャンスをとりに行くかどうかは、国民の決断ひとつにかかっている。


温和な地球環境を取り戻すために

水分解による水素抽出法は複数のものが実用化の直前にきている。特許の出願ベースでみても200件ほどのアイデアが登録されている。その他の要素に属する個々のコンポーネントの殆どは、市販レベルの領域にある。単独運転されている装置が既に複数でているので、システム化に特段の問題はない。これらの候補の中から最も合理性の高いモデルを選択し、最適な構成となるような組み合わせ方を決めてやれば基本となる形ができる。これ以上時間を無駄に費やしていてはならない。惑星のあらゆる生命にとって二酸化炭素の濃度は、既に警戒レベルを突破してしまったように思われる。環境異変は大きく進み始め、嘗てない規模の自然災害が世界中で観測されるようになってきた。この現実を人類は速やかに、そして謙虚に受け容れなければならない。

分散電源を普及させるためのコンポーネントは、最終的に残った候補の中から最も合理性の高いものが選ばれる。標準化を進めて量産体制を速やかに整えることにより、温暖化対策としても、またエネルギー対策としても、そして経済対策としてもそれぞれ有効となるエネルギー供給系を提供していかなければならない。電源と電力貯蔵システムに限れば、仕様を決めさえすれば標準モデルを決定することができる。最終候補となるモデルを絞り込んでしまえば、国際標準となるスペックを直ちに公開することができるだろう。この段階にさしかかる頃には、ドル経済圏の終焉へと向かう最初の一歩が踏み出されているはずだ。ドルの需要が低下していくと、その代わりとなるものが新たに必要になってくるのである。国際経済は当初混乱するだろうが、人工の第三通貨が登場するようになれば、主な経済問題となっていた原因などはほぼ解消されるはずである。


【ドルがローカル通貨にまで退けば、やがて南北問題は反転して国家間にできていた貧富の差は縮まる。そして軍拡基調は反転して軍縮へと向かうようになる。アメリカに富を吸い上げられてきた国では経済活力を取り戻し、国民には豊かな生活が戻ってくるようになるだろう。ドル資本が持ち去った富の巨大さを考慮すると、貧困からの脱出は早くなってよい。ドル本位制がどのようなものだったのか、という真相を世界が正しく知るようになるのは、おそらくこの頃のことになる】


市場の変化とビジネスチャンスの創出

家電製品の市場では、置き換え需要の大きなチャンスがやってくるだろう。何故なら、直流回路による電力供給系が標準化されるようになるからである。交流の方が優れている電気製品に対しては、周波数変換装置(インバーター)で適切な周波数をもつ交流を適宜出力してやればよい。定格で運転されている回路であるのなら、交流の発電機を当初から導入するという方法が選択できる。需要地で発電すれば、送電する必要は生じない。

直流化することによって可能になる二次電源の関与は、エネルギーシステム全体に余裕を与えるという絶大な効果を発揮する。この直流化回路によるエネルギー供給モデルを、現在の交流高圧送電にそのまま導入することは可能である。だが、送・変電ロスを削減する効果は小さい。交流送電が問題だったのは、電流損失と接地電流を許容しなければならなかったからである。電力会社の経営判断で電源の分散化を推進すれば、発生していた巨大な経営損失を減らして収益率を改善するという絶大な効果がすぐにでも実現するのである。発想を切り替えれば、新市場をつくりだすことは夙にできていたのである。国内の投資家がエネルギー問題のもつ真の意味に気がつけば、有効な温暖化対策はビジネスチャンスとなって顕在化していたはずである。

電力会社がこの大きなチャンスを見送ってきたのは、系統制御が複雑になって発電所の管理も難しくなると思われていたからだ。出力調整をしない発電所はベース電源と呼ばれ、電力全体の大きな部分を占めている。このような発電形態になっていたために、需要が減ってゆく時間帯で供給電力を過剰なものにしていたのだった。深夜の電力需要は日中の半分程度になっている。発電量を減らせないベース電源が生み出している系統電力は、全体の65%を占めている。そのベース電源が生んだ電力で50%しかない深夜の電力需要に対応していたのだったから、無駄な発電を承知の上でやっていたということになるのである。余った電気がどこへいくのかというと、トランスの高圧側コイルを経て地下へと直ちに捨てられてしまっていたのだった。この間の消息については、第十回目の報告書「負苛平準化とは何か」で周辺情報をできるだけ記述しておいた。


新市場創出によるビジネスチャンスの拡大

ベース電源の比率を上げて送電系統を高圧化したことが、電力輸送に下限を設けるという結果になっていたのだった。需要が伸びていれば電力会社のとった選択は最適なものになっていただろう。ところがニンゲンは24時間働く能力をもっていなかったのである。睡眠をとるために、活動を休まなければならない。電力の供給を増やした状態を安定化させてやれば、すべてうまくいくと単純に思い込んだことが誤りの始まりだったのだ。これまでの将来予測モデルというのは、リニアリティをもった単調な推移を前提として成り立つモデルになっていた。一定の傾斜角で直線的に推移するとした仮定のデータを、そのまま変数処理しないで導入してきたのである。その弊害が年金制度の欠陥となって、既に顕著な反応を引き起こしている。

右肩あがりの人口の増加を前提としたモデルであったため、少子化が影響する事態が出現するようになると、たちまち対応がとれなくなってしまったのだった。年金システムの脆弱性を見抜いていた国民が早々と遠ざかり、年金機構全体の将来展望が揺らいだのである。教育システムは、このような単純にものを考えようとするパターンを生み出していたのである。それがデータの形になっていれば、その根拠を誰も疑おうとはしないのだ。変数処理をしなくてすむモデルの方が、彼らには扱い易かったようである。考えるトレーニングを避けていると、単純なモデルを選択しがちになるのだ。その結果どうなったかということは、年金制度が直面している現状をみれば明らかであろう。

温暖化防止を急ぐのなら蓄電ユニットを無償配布するだけで、有効な温暖化防止対策を実施することができる。その費用は、炭素資源を輸入していた資金を以て振り替えてやればよい。蓄電設備を導入するのは一度だけのことである。寿命の長い蓄電モデルはキャパシタと呼ばれているものだが、電荷を静電気の状態で備蓄するものであるため劣化する要素が少ない。寿命の長さは住宅が健在である限り、使い続けることができるほどである。蓄電することによって電流損失を減らし、その分の資源を輸入しなくなるのは毎年得られるメリットなのだ。資源の輸入にかかっていた費用の一部は、この措置により永遠に削減することができるようになる。この簡単な理屈にいつになっても気づかない、という現実の裏にあるものをこそ寧ろ忖度するべきではなかろうか。水を資源化する技術が普及すると、この効果は更に絶大なものになる。


ライフサイクルの変化

電気製品は一通りのものが既に普及しており、置き換え需要以外に当該分野での大きな市場拡大は見込めない。ところが直流化に対応した電気製品の普及が進むようになると、置き換え需要が新たに生まれてメーカーには活気が戻ってくるようになるのである。だが、この状態が長く続くということはなさそうだ。既存の電機メーカーが一斉に参入してくると、飽和点に到達するのが早まってしまうからである。メーカーが乱立していると、市場は短期間で成熟化してしまうだろう。半導体分野では四年周期だった波に乱れが生じるようになっている。メーカーが乱立し、シェアの奪い合いがおきるようになったからだった。IT革命が短期間で終わってしまったのは、乱立していたメーカーが一斉にひとつの市場へと参入してきたからなのである。

成熟した市場になるまでの間はプラス成長を維持するのだが、その先どうなっていくのかは消費者のマインドが決めることである。水がエネルギー資源だったということが理解されるようになると、エネルギー消費は拡大基調へと転じるようになるだろう。使っても減らない再生型の資源なら、そこからどんなにエネルギーを取り出したとしても枯れることは決してない。一次資源がどこにでもある水になれば、環境負荷は当然ながらまったく生じなくなるのである。しかも、その運転費用は殆どかからない、というモデルが登場してくるようになる。そんなことを可能にするのが水色革命というものなのだ。


消費モードの変化

エネルギー消費は、抑制の励行から反転して拡大へとシフトするようになってゆくだろう。この変化で環境が悪化するということはない。水が電気と熱を生み出して、再び元の水に戻るというサイクルを繰り返すだけのことだからである。標準化を進めることにより、エネルギーコストは極めて低廉なものになってゆく。量産効果が生じてくるのだ。電源は燃料電池と太陽電池を併用するモデルが最も合理的である。蓄電装置はこれから評価が定まるが、市場は世界規模であるためメーカーには大きなビジネスチャンスがやってくるだろう。だが、どこかで突然陳腐化するというリスクを拭い去ることはできない。現在計画中のプログラムでは、主二次電源に高温超伝導電力備蓄システムをおき、副二次電源にその他の蓄電システムを配するという複合モデルが計画されている。バッファが多くなればなるほど、エネルギーの分散備蓄はより磐石なものになってゆくのである。製品の価格は量産化の工夫次第で信じられないほど短期間で低下するだろう。

より優れた蓄電装置がこの先登場する、ということが既に分かっている。それが高温超伝導による電力貯蔵システムというものなのである。高温超伝導応用技術による電力を輸送するための方法は、既に実用試験の最終段階に入っている。だが直流化が進んでいけば、電力を輸送する必要そのものがなくなってしまうのである。送電する必要がなければ、そのための施設もまた不要な存在となる。電力は消費地で生産し、そのまま損耗のない状態で貯蔵するのが一番だ。超伝導電力貯蔵技術を公開するその時機を決定するのは、水分解装置を供給する新たな組織が担当することになるだろう。単独で電力貯蔵だけを事業化しようとするのは、決して合理的なことではない。発電所と送電設備などの一式は嘗てのSLがそうであったように、全国の博物館で歴史の遺物として陳列されるようなものになる。またそうならなければ、温暖化を止めることはできないのだ。


【その次のステップである水を資源とするシステムが世界中で実用化が可能な状態になるのは、それほど遠い先の話ではない。準備の進め方次第なのだが、開発着手後一年程度でプロトタイプを提出することができるだろう。問題は、この発明を託すパートナーの選択ひとつにかかっているということなのだ】

超伝導電力備蓄システムが生む変化

電気抵抗のない超伝導電力貯蔵並びに供給技術が登場してくるだけで、エネルギー産業の様相は一変してしまうことだろう。携帯用の小型電気製品を除き、総ての電気エネルギーシステムは超伝導方式による二次電源をもつようになる。一次電源はどんなものであっても構わない。あらゆる発電機を直流システムに組み込むことが可能である。(超伝導は交流電流でも差し支えないのだが、周波数がもつ位相の異なる電流の出し入れで高調波を生じさせると、超伝導状態が突然破れることがある。超伝導は電流密度が極めて高いため、常伝導状態への突然の復帰はたいへん危険なことなのだ) 

経済合理性に基づいた取捨選択を繰り返していくことにより、より良いものだけが最終的に残される。この淘汰の時代を生き抜くためには、不合理なシステムであってはならない。法則を知るものは、遠回りをしない。無駄なことのために時間と費用をかけ続けるというのは、愚かなことである。実効のない温暖化防止対策を継続している政府当局者の現在の姿こそが、まさしくその例に該当する絶好の見本になっている。自分のやっていることさえ見えていないのだから、状況が改善するはずはなかったのだ。知性が備わっていれば、授かった知識を活かすことはできていただろう。

知性は正しい判断の裏づけがなければ生まれてこない。判断を正しく行うことが、進化してゆくための基礎だったのである。たとえ蛮行と呼ばれることがあったとしても、試行錯誤を繰り返すことによって知性を研ぎ澄ませていけば、最終判断を誤るようなことはない。失敗を許容する社会の方が、進化するその速度は速くなるのである。失敗を恐れる時代は、停滞を生むのだ。バブル後に経済を長く停滞させていたのは、為政者が失敗を恐れたからだった。正しい判断を保証するべき教科書が、用意されていなかったからである。温暖化対策でもまた停滞を続けようとしていくのなら、気候の変動をより早く過激なものにするだけである。


抵抗をなくすことが好結果を生む

超伝導の特徴はたくさんあるのだが、電力貯蔵で必要な要素は電気抵抗の不在という項目である。電気抵抗がなければ、電力の損耗はおきない。一旦電気エネルギーになったものは、永遠に電流としてそこに存在し続ける。そこから電流を宅内回路にまで引き込むには、若干の工夫がいる。その逆の充電という行程では、ほぼ一瞬で作業が済んでしまう。抵抗がないからである。太陽光発電は超伝導応用技術が普及すれば、その市場を世界規模にまで急成長させるのは確実である。未利用エネルギーから電気エネルギーへの変換効率が低いという制約は、最早問題ではなくなるのだ。

太陽電池の場合、立地条件とモジュールを設置する面積を確保できれば、その他の発電機を導入する必要自体をなくしてしまうだろう。超伝導は、そんなことを可能にする技術である。ライフスタイルによって電力消費に差がでるようになると、そこで知性が花開くステージがやってくる。日本人が知を個性として生かす方法に注目するようになれば、大きな変化が生み出せるようになる。群れたがっているうちは、その脆弱性を衝いてやれば集団のパワーを劣化させることができるのだ。たとえば日米同盟の現状がそうであるように、仮想敵がもつ危険性を強調するだけで、日本という国をアメリカに従属させておくことができるようになっている。

エネルギー消費を拡大したいのなら、燃料電池を併設すればよい。それには水分解型の水素抽出装置が必須条件となる。動作原理が熱化学反応であるため、熱源さえあれば水槽から水素を任意に取り出すことができるだろう。その適用温度範囲は現段階で600℃台となっている。熱を得るために電気を使うのは、これまで不効率なことであった。だが、超伝導による電力貯蔵システムができていれば効率という問題は意味を持たない。充分すぎるほどの電力貯蔵が、未利用のエネルギーを活用することによって実現しているからである。反応に必要な一次エネルギーをそこから随時取り出せるということは、地域を問わず可能なのである。たとえ太陽光が不十分な地域であったとしても、燃料電池で補完してやれば問題はない。その効率の改善をシステム設計の部分で調整してやれば、独自性が生み出せるだろう。電源は何であっても差し支えない。エネルギーコストの差によって、導入する設備などは自動的に決まってゆくのである。


水素エネルギー社会の構築へ向けて

水素エネルギーが登場して炭素系のエネルギー資源の需要が減っていくようになると、ドルの通貨価値は次第に低下するようになる。原油の需要が細るというだけでドルは市場で余りはじめ、世界中から需要を失ったドル紙幣が溢れだすときがやってくるのである。原油取引の指標を見れば分かるように、1樽という単位当りの原油取引の単価はドルで表示されている。つまり、ドルでなければ原油を買えないようになっていたのだった。ユーロで決済することが一部で行われるようになったのだったが、それはつい最近はじまったことである。この変化はドルに依存することによって生じるリスクの高さに、産油国の側が気付き始めているということを示していた。ドルを持つことで生まれるリスクの一つは、アメリカが取ってきたドル安政策の結果であった。これが産油国にとってデメリットになっている。原油を売って得た収入は、すべて価値の下がった安いドルになってしまったからである。

ドルをもつことで生じる更なるリスクというのは、ドルという通貨がもつ過剰流動性というものの存在である。ドルに固有の属性である過剰流動性が切り離せないものであったため、インフレリスクというものが常に付きまとうようになっている。だがドルが機軸通貨になっている限り、アメリカに実際のインフレがやってくるようなことはおきないのだ。何故なら、世界中にドルを売りつけて過剰になった部分を吸収させてしまうことができるからである。これは特定の外貨を買い続けることで簡単に実現することなのだ。実に簡単な話であろう。その結果日本では、理由の分からない円高が度々発生するようになっていたのである。

突発的な円高を解消するためには、高くなった円の価値をもとの位置にまで人為的に引き下げてやらなければならない。通貨価値の調整を行うという目的で、日銀はこれまで為替市場に介入を重ねてきたのだった。外貨準備高が積みあがってしまったのは、その介入を続けてきた政策の結果だったのである。取り崩すことのできない資産をどんなにたくさん抱えていても、それは判断能力の欠如を示す指標でしかないのだ。国債を売ったアメリカは現金をドルで合法的に手に入れたのだったし、ドル安が続いている限りその償還を求められるようなことはなかったからである。この状況を平然として受け容れているというのは、問題の意味がみえていないからこそできたことなのだ。


ドルをリフレッシュするための市場システム

円を売ってドルを買いそれで長期債を購入していたのが、日銀のとってきたこれまでの介入スタンスであった。アメリカがインフレになる懸念が高まってゆくと、市場で余って出たドルを使ってドル資本が円などの外貨を積極的に買いにでてくるのである。ドルの属性である過剰流動性は、日本の資産を買うことで消滅させてしまうことができるのだ。ファンドが円を買って経済成長が見込める土地や企業などに投資すると、その変化が生み出した一切の要素はファンダメンタルズの結果であるといえるのだ。市場で余ったドルがある時は、回収してファンドの投資資金へと振り替えてやればよい。通貨価値を維持することがそれでできるからである。諸外国の固有資産を買収する効果と大きな値上がり益、運用益とが同時に見込めるようになっていたということなのだ。円資産からもとのドル資本へと買い戻す段階では、事前の円買いでドル安状態が予め設定されているのである。為替差益まで上乗せした利潤をドル資本に提供してきたのが、これまでの日本という国がやってきたことだったのである。国が貧しくなってアメリカが栄えたはずである。


【日銀がファンドのドル売り円買いに対抗するための介入を実施していたことから、アメリカはドル売りを仕掛ければ米国債が売れるという事実を体験から学んだのである。発行した米国債が売れ残らなければ、長期金利は低下したままで安定を維持することができる。長期債が完売状態になっていたら、株価の上昇を誘導することさえ可能になるのである。米国債が常に売れ残らないという状態が維持されているのなら、企業の借り入れ金利は下がって収益率は増加している。金利負担が低下するのなら、企業の支払利息は当然減っていなければならない。このため収益率が向上してダウ平均株価が上昇する、という好結果が得られるようになっている】


資本の移動に伴って為替市場では往復のそれぞれの行程で、ファンドに為替差益までが提供されるという仕組みができていた。円ドル相場の振幅をみていたら簡単に判ったはずのことなのだが、その問題のもつメッセージを読み取ることは誰もしなかったのである。外貨準備高が積み上がっていったのは、金融当局と政府とが共に状況を認識していなかったからである。(現在は日米間の金利差が拡大したことからファンドにとって円への投機はリスクを高めるようになっている。ドルの過剰流動性は日本を避けて、その行く先を変えていたのである。それがタイ・バーツであったり人民元であったりしたのだが、NYの株式市場が新たにその仕向け先になっていたという点には特に留意しておくべきである。キャリートレードを経て円からドル、ドルから人民元へと向かう投機の流れができている。この事実を、ここで警告しておいた方がよいだろう。元高局面でも米国債が売れるのである。イラクへの増派計画が迫っているので、米政権の資金需要は切迫したものになっているということを考慮するべきだ)


知識を活かすのが思考力

アメリカに富を集中させていたものは、ドルとそれを機軸通貨として認めてきたIMF体制であった。ドル経済圏は、IMF体制が生み出したものである。これらの事実のもつ意味に先進諸国は気づこうとしなかった。これが国際社会の現状だったのである。気づいていた上で国が蒙る損失を敢えて見逃していたのなら、それは犯罪に等しい行為だと言わなければならない。問題の結果を受け容れることしかできなかった国では、アメリカの手口を覚る以前に自らの困窮という結果を先に手に入れてしまったのだった。(これらの国が先進諸国から見て南側の地域に分布していたことから、南北問題という言葉が生まれている) ドル資本が持ち去った富は、その国を確実に貧困化させるのである。反米国家は貧困の増大という結果から、その原因がドル資本にあったということを勘づいている。ドル資本がやってくるまでは、貧しいとはいえそこそこの生活を送ることができていたのである。通貨のもつそのメカニズムが生んだ不均衡の意味を国際社会が理解した時、ドル本位制という枠組みはどのように変化するのだろうか。

ドルを得て色々なものを輸入するようになった国では、物を買って豊かになったはずなのに生活はというと逆に苦しくなっていったのだった。ドルを買ったことが自国通貨をアメリカに与え、アメリカの代理人としてドル資本が民族に固有の資産を買い占めていくのを傍観せざるを得なくなっているのである。その国から利潤というものが国外へと持ち去られていったのは、ドル資本を導入したことが原因でおきたことだった。反米国家のドル資本に対する認識は、まさしく妥当なものだったのである。原油の高騰で最も困るのは、石油を消費することしかできなかった貧しい南側の国なのだ。

日本の場合は円高が効いていたため、石油価格の上昇が消費市場へ影響を与えるまでに相応の時間がかかっていたのだった。ドル資本の動きが洗練されて次第にシステマティックなものになっていったため、今まで通貨間にできていたからくりがみえなかった国でも、徐々に察しがつくようになっていったもののように思われる。ところが、先進国ではアメリカの通貨戦略の存在に気づいてさえいない、というのが現状なのである。通貨のもつダイナミズムとメカニズムをチェックしていれば、簡単に判っていたことだった。だが、真相を突き止めようとした国はなかったのである。


知性なき通貨戦略の実態

ドル資本の決算は年に四回行われている。このため、ドル資本を受け入れた国では、流動性に厚みを与えていたものが直ちに失われてしまうようになっていたのである。獲得した現地通貨で計上した収益などは、ドルを還流させるため直ちに使われてしまうのだ。その前には意図的なドル安という再投資の状態が予め誘導されているのである。ドルの還流をより有利な条件にして、アメリカの意図を悟らせないようにしておくためだった。円の価値が前もって高められていれば、ドルは安くなったその分だけより多くのボリュームとなって本国へと還ってくることができるのだ。そこで事前の再投資が行われるようになっていたということなのだった。このため、ドル資本は常に行き来を繰り返すサイクルを維持するのである。ドルを買うたびに貧しさが募るようになっていけば、誰であっても問題の所在に気づくだろう。その結果、反米国家と呼ばれる国々が生み出されるようになっていったのである。アメリカはイラク戦争の戦後処理で大いに手間取ってしまったため、駐留経費の調達に分別というものがなくなってしまったのだった。資本調達を急いだからこそ、貧困化して反米色を強める国がこのところ頓に目立つようになってきたのである。

年が改まった2007年一月からは、タイ・バーツに対してドル売りの強い投機的な圧力がかけられていた。しかしタイ政府が外資の流入を制限したことから、ドル資本がみな国外へと逃げ出してしまったのだった。ドル資本はその後中国へと転じた模様である。人民元に対する投機的な圧力が高まっている。元高ドル安が募ったため、中国の通貨当局は値下がりしたドルの価値を引き上げてやらなければならない。通貨政策で人民元をドルに連動するようにしていたため、為替市場がドル安に動くとドルを買うための介入をせざるを得なくなっているのである。アメリカは中国政府のとっている通貨政策の脆弱性につけ込み、ドルを集中的に売りつけて中国政府がドルを買わざるを得なくなるように仕向けている。中国の外貨準備高がこの三年で急速に伸びていたというのは、イラクで米軍の駐留が長引いていたことと連動する結果なのである。中国が元を売ってドルを買う介入を実施すれば、米国債を買わざるを得なくなるのである。米国債が完売状態になっているというのは、ドル資本の投機でドル売り圧力が予め高められていたからである。中国は元高も困るがドル高はもっと困る、という事態にまで追い込まれている。

2007年2月 9日

分散電源の課題

この報告書の第二回目の分で言及した独立分散方式のエネルギー供給系において、蓄電装置の次に重要となる項目は電源の選択である。住宅用だから小型の電源で差し支えない。一日は24時間ある。1kwh出力の装置があれば、一日定格で稼動させると24kwhの電力が生み出せる。交流発電機では電力の備蓄ができなかったため、最大需要を賄うには最低でも3kwh出力の電源が必要になっていたのだった。だが、直流電源と蓄電システムを導入すると、1kwhの小型電源があればそれだけで充分エネルギーの分散備蓄が可能な状態になるのである。


直流化の効果

直流の小型電源であれば、需要地で直接発電した電気で充電しておくことができる。エネルギーの備蓄が自宅で可能になるということなのだ。蓄電装置の容量が24kwh以上あれば、1kwhの小型発電機で充分な電力を貯めておくことができるだろう。毎月600kwhの電気を消費している家庭なら、一日平均20kwhの電気製品を動かしている。差し引き4kwhの利用されなかった電力が、蓄電装置の中には残されている。翌日発電するときには、使って減った分の20時間相当の発電をすればよい。または蓄電する電力量を毎日4kwhずつ増やしていくことができる。これを続けていくと、月間では120kwhの余剰電力を備蓄しておけるようになるだろう。

電気を貯金するようなことが可能になれば、自家消費する分を賄って尚余りある充分なエネルギー備蓄が家庭でできるようになる。自然災害など不測の事態に遭遇しても、エネルギー備蓄が充分であれば心配はないだろう。要するに蓄電装置の能力が適宜増やせるようになっていれば、発電装置は小さな機種であっても構わないということなのである。蓄電量を大きめにとるによって、交流ではできなかった発電量を減らしていく効果が引き出せるようになる。直流化を推進することによって無駄な燃焼を減らしてやれば、二酸化炭素の発生は次第に防げるようになっていくだろう。


二次電源が分散化に最適なわけ

2kwhを出力する電源なら充電効果はその倍になる。12時間の充電で24kwhの電力を生み出すことができる。これをフル稼働させれば48kwhまで増やせるのだが、蓄電装置の容量も倍にしておく必要がでてくる。住宅のスペースによって装置の種別を使い分けて、ライフスタイルに合ったエネルギー供給システムを設計すればよい。電気を消費している時間帯にあわせて発電機の稼動を制御するという方法もある。蓄電装置との組み合わせ方を工夫することによって、分散電源の導入費用を抑制する効果が引き出せるようになる。充放電効率が高く、且つ電圧変動の影響も受けないライフタイムの長い蓄電システムが最も汎用性の高いものとなる。装置類の機能に足らざるところがあるのなら、システム設計を工夫することで対応することができる。

充電効率を高めるには、電源の発電能力の高いものを選ぶべきである。時間効率が向上するからだ。短時間で充電を済ませておくことによって、翌日の需要に随時前以て準備しておくことができるようになる。発電能力を高めると装置の価格が上昇してエネルギー単価のコストアップ要因になるのだが、エネルギーの安定確保という要件を高度化することができる。住宅単位で一週間程度のエネルギー備蓄ができるような状態になっていれば、大きな災害に遭遇しても日常生活に影響がでるようなことはない。立地環境に適した少し大きめの発電装置を選んでおくと、システムとしての付加価値を上げることができるようになる。蓄電装置も同様の趣旨で、少し大き目の容量を選ぶのがよいだろう。それには超伝導応用技術で電力を貯蔵するのが最適な方法なのだ。超伝導は電力輸送だけでなく、電力を効率よく貯蔵する目的で使っても差し支えはない。その実用化は目前のところにきている。


望ましい基本的なシステム

一般の住宅で消費している電力は、月間500kwhから800kwh程度の範囲にきている。家族構成、部屋数、電気製品の数などになって消費電力は変化する。30アンペアの基本契約を前提として考えると、概ね最大で800kwh程度の電力が使われているとみられる。1000kwhを消費する家庭になると、30Aの契約ではブレーカーが頻繁に落ちてしまうだろう。
住宅用二次電源として要求される蓄電能力には、月間の消費電力の四分の一となる125kwhから200kwhに相当する電気を備蓄する能力をもたせたい。一週間程度停電が続いたとしても、その間日常生活を維持することができるようにしておくべきだからである。商用電源(電力会社の交流)では、災害時には送電インフラそのものが寸断されてしまうことがある。交流送電にロスが多いということは、前回までに繰り返し報告してきたところである。損失を減らすためには独立分散型の電源を導入して、送・変電ロスを減らすべきである。直流型のエネルギー供給システムは、それだけで災害対応能力をもっている。

文明に相応しい優れたエネルギー環境を維持するためには、一日に使う電気の五倍から七倍相当の蓄電容量をもった電力備蓄装置の導入が望ましい。10kwhの発電出力をもつ電源を導入するなら、十時間あれば100kwhの電力を充電することができるようになる。月に500kwhの電力を消費している家庭なら、毎月の電力が50時間(二日程度)あれば確保できるということになる。電源はいろいろなものが自由に選択できるので、課題は蓄電容量を確保することとその量産化によるコストダウン、そして環境負荷の少ない発電モデルの選択ということになるだろう。


新エネルギーに分類される発電装置

太陽電池を組み込んだシステムにすると、ランニングコストを引き下げるという経済効果が得られる。自然エネルギーだから当然環境効果は優れている。回路は直流の方が望ましいが、分散化されていれば交流出力であっても大きな問題はない。電流損失は発生するが、長距離送電でなければ当座無視しても構わない。二次電源から交流を出力するには、インバーターが必要だ。直流電源なら太陽電池に次いで燃料電池が最適なのだが、市販時期が当初の予定よりだいぶ遅れている。住宅用では電解膜を使うものと電解質(セラミックス)を使うモデルの二系統が主流になるだろう。前者は低温で稼動するのだが、後者は最新のモデルでも500℃以上の熱環境が必要だ。電解液を使うものでは課題解決に手間取っている。燐酸型燃料電池は当初普及するかに見えたのだが、使い勝手が悪いために需要は伸びず生産は停滞している。定格運転(ハーフロード可)しかできない発電装置であるため、需要水準が一定で安定している回路でしか使えないという制約をもっている。この点が普及の障碍になっていたのだった。

改質プロセスで必要になる熱源を天然ガスの燃焼に求めたのでは、温暖化を遅らせることはできたとしても、水没を却って早めるという結果を引き寄せてしまうだろう。海面水位の上昇が予測していた2.2mm(max)を超えて3.3mmになっていたことが先週末に報道されている。当事者は誤差が生じた原因を推し量りかねているようだ。炭化水素を燃焼で酸化させたら、炭素はCO2に、水素はH2Oへと変化するのは当たり前のことだろう。この簡単な理屈がニンゲンに見えなくなっているのである。知識力を涵養するために、思考するための力を犠牲にしてきたからだろうと思われる。考える力が養われていたら、要素化することは簡単にできたはずである。要素が抽出されていたら、要因の分析はできていなければならない。要素を抽出するという作業が不十分だったために、平均気温の上昇という条件だけで結果を予測していたのだった。予測数値にみられる誤差の原因は、認識の齟齬にあったのだ。


正しい認識が有効解を導く

科学という有力な手段を手に入れていても、その使い方が誤ったものになっていたのである。問題というのは、その事実にニンゲンが気づかなかったということである。現実認識ができていたら、要素化の漏れに気づくことに困難はなかっただろう。とても簡単なことだったからである。考えるための努力がナオザリにされていたため、現象化したものの背景を推し量るという作業が困難になっていたようだ。知識を得ることは確かに重要なことなのだが、使い方を教えておかなければ何の役にもたたないのである。天然ガスの燃焼を抑制していれば、水没を遅らせることができていたのである。二酸化炭素の発生だけを抑えれば片付く問題ではなかったということに気づいていたら、予測値を超える結果を得て悩むことはなかっただろう。

太陽光で超高温域まで熱を増幅する装置は存在しているが、日照密度が下がれば熱を維持することは困難だ。熱エネルギーから電気エネルギーを取り出すのは、一般にとても効率のわるいプロセスである。既存の発電機でみると、原発の熱で約33%、その他の熱エネルギーからでは多くても25%を超えることはない。(マイクロガスタービンでは28%というモデルが市販されている) コンバインドサイクルでは50%近くになっているが、複合効率になっているので割り引いて評価するべきだ。


分散電源としての燃料電池

燃料電池で電気を作るための資源は、水素分子H2である。炭化水素を改質するために、加水分解するという方法が用いられている。この方式は、水素を取り出した後の炭素系廃棄物の処置を別途考慮しなければならない。水素を取り出すための一次資源となるものは、水以外のものでは必ず副産物となる物質をうみだす。再生型の水素抽出モデルはいくつかでているが、分解効率の限界と安定性及び持続性などはいずれも保証されている訳ではない。二次生成した物質の最終処理という課題は、炭化水素を資源とする燃料電池では今後も引き続き残されることだろう。

エネルギーにならなかった残された炭素系の化合物の残渣が、大気中の酸素と反応して温室効果をもつガスにならないことをただ願うのみである。炭素資源が燃焼で熱と二酸化炭素を生み出していたというあの関係が、水素系化合物においても同様に成り立つ。とりわけ炭化水素ではその典型的な事例ができている。二酸化炭素と水を生み出していたのだったから、温暖化とその結果である水位の上昇とが同時におきてしまっていたのだった。炭化水素の資源化をすすめると、水蒸気を二次生成させてしまうのである。ここを見てこなかったために、海岸線の変化が予測を超えて早まったという結果が生まれたのである。


その他の独立系分散電源

燃料電池の普及機が登場するまでは、ガスエンジン、ガソリンエンジンなどの所謂発動機式発電機(発々)を採用して急場を凌ぐ必要がある。太陽電池と併用することで、日照量が足りないときにだけ補助的に発電してやればよくなるからだ。ランニングコストが低下するので、受益者は増えるだろう。初期費用が高いのは量産化で対応できるが、太陽電池ではその方法が使えない。生産が追いつかなくなっているからだ。基材となるシリコンの安定確保とメーカーによる生産の効率化などに、尚一層の創意工夫が望まれる。

分散電源で直流化を実施するなら、送変電ロスは生じない。集合住宅や工場などではマイクロガスタービン発電機の方が効率的な場合がある。システムの組み方次第で面白いものができるだろう。軍用で実績をあげているメーカーが普及機をリリースしている。量産化が可能な装置から先に採用をすすめ、コストダウンを早く実現するのがよいだろう。交流ならディーゼルエンジンの方が回転むらなくて、周波数を安定させておくことができる。だが、軽油の燃焼で生じる弊害は当然増加するだろう。ガスエンジン発電機では、カセットボンベ(ブタンガス)でも発電することができるようになっている。完全な対策ではないものの、京都議定書の削減数値を遵守するには取り敢えずの手段としての有効性は引き出せる。

「発々」は直流でも交流でも任意の電流を出力することができる。これらの小型発電機は、あくまでも燃料電池が登場するまでの間のつなぎの存在である。ノイズの発生は避けがたく、CO2またはH2Oの発生を許容しなければならない。従って、長期的な使用は推奨できない。独立分散型のエネルギー供給システムでは、蓄電装置の関与は必要条件である。システムに二次電源が確保されているなら、災害対応能力を賦与するだけでなく、電流損失を減らして資源消費の効率化を進める効果が引き出せる。高圧の交流送電そのものを廃止すれば、日本が守るべき京都議定書の削減数値を達成することが可能になる。このままでは、日本が京都議定書の定める数値を遵守することはできない。電力業界がどんなに反対しても、それを押しのけて生命環境を守るのは文明の義務というべきものである。


移動体用の電源システム

電気自動車(EV)なら、走行中に生じている慣性エネルギーを取り込むことができる。蓄電容量を減らして移動体を低価格化させることが可能になるはずだ。加速で使ったエネルギーを減速時に回収すれば、発電する機会を減らすという効果が引き出せる。モーターと発電機は基本的に同じものである。使い方次第で発電機になったりモーターになったりする。これを適宜使い分けることで、慣性エネルギーを発電機に取り込ませて次の発進加速に備えておけばよい。揚水式水力発電というのは、この回転機がもつ特徴を生かしたものである。移動体では鉄道分野で回生ブレーキが早くから使われてきた。自動車用の発電システムを小さくするのは可能だが、蓄電容量と充放電効率を最大化してより合理的なモデルを提供するべきだ。燃料電池自動車では、キャパシタと回生装置を併用するモデルが既に一般化している。加速性能が優れて高いのは、キャパシタを採用した結果であった。放電効率が頗る高くなっているため、大電力を出力して運動性能を競うレースなどになると、キャパシタ搭載車はとりわけ有利な存在になるだろう。

燃料電池を搭載する移動体では、次のステップとして高圧水素から液化水素へのシフトが進むものとみられる。(BMWでは液化水素を使った移動体を既に開発している) 圧縮効率は液化水素の方が高い。走行距離で圧縮水素と液化水素との間に差がつくようになると、低温工学がいよいよ時代の脚光を浴びるようになるはずだ。この分野は、今後高温超伝導の応用システムで欠くべからざる基本の技術になるだろう。高温超伝導応用技術は、冷媒の再冷凍システムと組み合わせない限り、長期的な使用には耐えられない。超伝導応用技術の実用化は、低温工学の発展如何にかかっている。液体水素の冷熱で超伝導を可能にする金属線は既に市販されている。だが、高温超伝導がおきる理論的裏づけは、未だ確認されたものがでていない。(高温とはいうもののその熱は液体ヘリウムの温度より高い、という意味である。液体ヘリウムがもっている熱は-269℃、絶対温度で4Kと表記される)


超伝導応用技術

液体ヘリウムの温度領域で確認されている超伝導では、その現象を裏づける理論は定まっている。マイナス269℃(4K)より高い温度領域で発生する超伝導状態のことを、高温超伝導と呼ぶ。液体窒素はマイナス196℃(77K)を超えると気化して蒸発を開始する。77K以下の温度領域で発生する超伝導現象であれば、低廉な熱資源である液体窒素で電気抵抗なしで電力の長期貯蔵が可能になる。高温超伝導の材料となっているのが絶縁性能の高い碍子に使われているセラミックスだった、というのは非常に興味深いことである。電力輸送を目的とした超伝導ケーブルは薄膜状のセラミックスで、リボンのように巻きつけて使う製品になっている。長尺化が進んでいるので導入は早いとみられていたのだったが、目下のところ実用化の話は聞こえてこない。薄膜では超伝導の特徴である断面当りの大電力を確保することができないので、容量不足は否めない。

マイナス253℃以下の熱をもつ液体水素に金属系の超伝導線をドブ漬けできるかどうかは、これからの確認課題である。熱に中性の絶縁材で被覆してやれば問題はないのだが、シンプルなものの方がよいのは言うまでもあるまい。液体水素が自動車分野などの開発案件で標準化されていくのなら、超伝導応用技術の普及は大幅に早まるだろう。超伝導電気自動車は、燃料電池自動車を簡単に追い越すほどのコストポテンシャルをもっている。住宅用では太陽電池と超伝導電力備蓄システムが用意されていれば、年間を通じて充分な電力を確保しておくことが可能になる。このような変革がこの先十年以内に集中的におきるだろう。単にやる気の問題になっているだけのことなのだ。流れの先にある状態が見えるようになっていれば、今なにを為すべきかということはすぐに判ることである。


その他の発電システム

電気を作り出す方法で未だ注目されていないものは、水から直接電流を取り出すというものである。ダイレクトメタノール型の燃料電池が、既に登場している。基本原理はこのDMFCと同じである。水から直接発電することができるという点に着眼した、地下で研究されている開発案件の一つである。水とメタノールはどちらも「水素化合物」という点では同じ種類のものである。違いというのは、水には酸素原子がついたH2Oであるのに対して、メタノールでは炭素に水酸基がついたCH4-OHとなっているという点である。単分子当りの水素の量に違いはあるが、水素化合物という点では同じグループに属している。ダイレクトメタノール型燃料電池が稼動しているので、ダイレクトウォーター型の燃料電池が登場しても決しておかしくはないはずだ。炭素が関与する分子結合より、水素が介在する分子結合の方が結びつきは弱い。ニンゲンが原理を知ってその応用を可能にする方法に気がつけば、よりシンプルな発電システムが近い将来陸続として登場してくることになるだろう。

DMFC型燃料電池の機構は、固体高分子型PEFCと基本において変わりはない。このタイプは別名PEM型とも呼ばれている。Pは水素の原子核であるプロトンつまり陽子のことである。Eは交換を意味するExchangeからとっている。Mは膜Membraneの頭文字である。陽子交換膜と呼ばれている透明なフィルム状の高分子からできているのが、この固体高分子型燃料電池なのである。この膜の特徴は、陽子だけを選択的に透過させるという稀有なその性質にある。軽水素には中性子がついていないため、陽子がこの膜を通り抜けることができるようになっている。初期のPEMはナフィオンという商品名で大手の化学メーカーであるデュポンから供給されていたのだが、複数の国産品が市販されているという情報を間接的に聞いている。

電子より1800倍も大きな陽子だけが通り抜けることができて、それよりもごく小さな電子はこの膜を通過することができない。陽子と同じ重粒子であるハドロンに分類される中性子も通り抜けることが出来ないため、軽水素以外の原子からでは電離現象を引き起こすことができない。陽子と中性子は同じ種類のクォークからできている。組成のあり方が違うだけなのだが、その差はとても大きい。陽子ならPEMという交換膜を自由に行き来することができるのに対して、中性子では膜だったものが壁に変ってしまうのである。これが水素から電気を取り出すための基本原理の一つになっている。しかしながら、この電解膜型の動作原理を正しく説明している記録には、一つを除き未だお目にかかったことはない。電離現象を化学反応として捉えていると、物理反応でおきている電離現象を理解できないようである。


クォークの僅かな違いが大きかった

電解液、電解セラミックスなどを介することよって、タイプの異なる燃料電池が生産されている。燃料電池を説明するのに水の電気分解の逆反応という例えで説明するのが一般化しているが、正しいものであるとは言い難い。水素と酸素を反応させて生まれるものはというと、電気ではなく水なのである。電解質(膜・液)を経て取り出した電気エネルギーを集めて電流とし、それを積層させて電圧を高め、負苛でエネルギーを放出して還流してきた電子が原子核と装置内部で再会を果すのが燃料電池の仕組みなのだ。その後水素原子へと復元したものが大気中の酸素と反応することによって、純水を排出するようになっている。水素に中性子がついていたものの比率が多かったら、地球の回復は遥かに困難な仕事になっていただろう。この原理に着目していれば、水素資源の相を経由せずに水から直接電流を取り出す可能性を見出していたはずである。


【六種類あるクォークの内、原子核を構成する陽子と中性子はアップクォークとダウンクォークの二種類だけからなっている。違いというのはアップクォークの電荷が2/3であるのに対して、ダウンクォークではマイナス1/3となっているという点である。陽子にはアップクォークが二個とダウンクォークが一個ついている。中性子にはダウンクォークが二個とアップクォーク一個がついている。陽子の電荷がプラスになっているのは、クォークの組み合わせ方にある違いからきていることである。中性子は電荷が相殺されてゼロであるため、電気的に中性になっている。この僅かな違いがあるだけで、PEMという改札口を陽子が通過できて中性子がとおせんぼされていたのだった】


電解膜によって原子核から引き離された電子は定められた電極へと集まり、纏まることによって直流電流をうみだしている。所定の電圧は、このPEMからできているセル(発電単位)を積層(直列化)することによって得たものである。高電圧の出力モデルであればあるほど、セルを収めたスタックの量は増えてゆく。燃料電池が高価な装置であったのは、高額なスタックを多数積み重ねて電圧をかせぐ必要があったからである。低圧で統一した回路を設けることができれば、燃料電池をコストダウンさせることは充分に可能である。(だが、動力用電源にはならない) 住宅用のエネルギーモデルに低圧型直流回路が必要だとしてきたのは、システムをコストダウンする効果が得られるからである。


ダイレクトウォーター型燃料電池(DWFC)の概要

ダイレクトメタノール型燃料電池は、純水素も改質器も用いずに炭化水素を直接電離することが可能なことから製品化されている。PEMの原理が分かればこれが水にも応用できるということが見えてくるのではなかろうか。水もメタノールと同様にPEMが要求する濡れ性を備えている。電子を捕捉する面積が広くとってあれば、電流密度を上げる効果が得られる。PEMの能力を向上させるのに水圧という要素が使えるので、住宅用なら水ダイレクト型燃料電池があってもよいはずだ。水素化合物である水から直接発電することができるので、電解膜を採用すると非常に優れた発電システムになるだろう。ダイレクトメタノールは、腕時計、パソコン、携帯電話などの小型電源として使われるため、ポテンシャルマーケットの大きさは極めて巨大なものである。ダイレクトウォター型燃料電池は大型化が可能である。その市場性はグローバルだといってよい。

燃料電池自動車は、このPEMを採用した固体高分子型の燃料電池で作られている。純水素を燃料としているため、改質プロセスは必要がない。熱の誘導を必要としないのは、改質装置を省くことができる純水素を採用したからである。移動体では走行時不規則な揺れと予期しない加減速が発生することがある。これは改質プロセスにとって大きな動乱要因となるため、出力を安定させておくことが困難なのである。燃料電池自動車の燃料が高圧水素になっていたのは、改質を必要とする天然ガスなどの炭化水素のままでは動力用資源として、燃料電池では使えないという制約があったからだった。住宅用なら固定された静穏な状態が安定的に保たれている。改質装置で加水分解すれば水素の発生効率をより高める効果までが引き出せる。

加水分解では水蒸気を必要とするため、予め加熱しておくための燃焼が絶対的に必要なのだ。加熱行程で一旦熱エネルギーを作りだす必要があり、コ・ジェネ方式で熱エネルギーを取り出してできるだけ有効利用しなければならない。熱エネルギーと電気エネルギーを別々に作りだすという作業が求められているのは、システムにとって大きな問題なのである。燃料電池のスペックを比較しただけでは、この差が見えてくるようなことはない。総合効率という概念には、総合損失という部分が隠されている。図を見たために地の方が見えなくなってしまったのなら、その全体のもつ真の意味を知ることはできない。エネルギー供給システムの設計に当っては、これらの点を充分考慮するということが重要なことである。

2007年2月 2日

負苛平準化とはなにか

電力会社は負苛平準化という深刻な課題をかかえて、ながいこと苦しんでいる。おきている事態の内容を知ると、問題のもつ意味の深刻さが分かるだろう。課題の解決に十社こぞって腐心している、というのが現状である。有効解が見出せないのは、問題の本質を見ていないからだと思われる。電力需要の変化を示す負苛(電力消費)にデイベースで生じている落差が、無視できないほどまでに大きくなっているからである。時は原発を導入した頃へと遡る。遠距離送電が必要になったことが、送電を高圧化することになったそもそもの発端だった。ここ数年の「年」負荷率の推移をみると、ほぼ56%台に落ち着いている。今後も当分大きな変化はないとエネ庁では観測している。年負苛率とは、年間で最も高い電力需要の日を挟む前後三日間の平均を分母とし、その他の電力需要全体の加重平均を分子として導いた割合の数値である。(北海道では冬にピークがきている) 


要素化の不備

電力需要の方が供給電力量を上回ってしまうようになると、その送電系統に属する一部の電圧が急激に低下することがある。電圧が低下すると電力供給が不安定になるため、当該エリアでは自動的に広域停電がおきるようになっている。発電所では供給する電力量を充分確保しておくために、ピークである盛夏に遊休設備を稼動させて需要の急増に備えてきたのだった。甲子園の高校野球と気温の上昇が重なる八月初旬頃に、冷房と家電製品の電力需要が急増するという傾向があるようだ。電力会社では需要の急増が供給の限界に達しないよう、設備の増強と経費の抑制に配慮しているのである。数年前には、東電管内の原発が不祥事の露見ですべて停止していたことがあった。気温が上がりだす六月下旬にさしかかる頃から、大電力を消費している工場の休日を増やすよう要請してようやくことなきを得たことがある。

電力需要の動向を判断することは、随時おこなわれている。30分単位で電力の需給ギャップを点検し、需要の増減に電力会社は速やかに対応しようとしている。(過剰供給が発生していても、最大30分間は無駄な電力供給が続いているということ) 多くの発電機が連携して大電力を生み出しているのだから、その内の一台の発電機を送電系統から解列したところで、燃焼炉が稼動を続けていたのだったら二酸化炭素を減らすことはできなくて当然である。このポイントを見落としているからこそ、頑張って省エネすれば温暖化を止められると思い込んでしまったのだった。考慮すべき要素を除外したまま平然としていたのだから、その誤りにいつまでたっても誰一人気づかないのである。温暖化対策の実効があがらなかったのは、交流送電の成り立ちを国民が知らされていなかったからなのだ。

負苛の違い

日負苛とは、一日を単位とした電力需要の変化するその様子のことである。通常曲線で表されるが、山と谷は一つずつしかできない。日中の最大電力需要を100とした場合、深夜の需要は50%程度にまで低下している。電力会社の発電システムは常に発電を行っているベース電源と、需要に応じて供給量を制御するための調整用ミドル電源、そして最大需要に対応するためのピーク電源の三種類が用意されている。ベース電源とは原子力、石炭火力、水力の半分程度を含み24時間365日常時運転を行っている発電所のことである。ミドル電源とはLNG火力が主電源とされているが、東電には石炭火力が少ないため一概に調整用電源だけだと断じることはできない。ピーク電源とは石油火力のことである。発電コストが最も高い石油火力は、できるだけ使わない方針で運営されている。二酸化炭素を最も多く吐き出しているのは、石炭火力である。次に石油火力、最も少ないのがLNG火力という順になっている。

石炭火力がベース電源になっているため、電力分野で生み出している二酸化炭素を減らすことが困難になっていたのだった。すべての火力発電所をLNG火力に切り替えるなら、ある程度のCO2削減効果を生み出せるはずである。発電所の建設コストが新たにかかってくるため、電力料金にも影響が及ぶことになる。京都議定書の達成期日までにはまず間に合わないだろう。石炭からLNGに切り替えるという計画は、業界内部でも議案として上程されていないようである。LNG火力へとシフトするためのその意志決定権は、電力会社の経営陣とその集合体である電事連にある。決断が早ければ、今頃は石炭火力の比率は大幅に低下していたことだろう。発電コストをみると石炭と比べて一円程度の差しかないのだが、LNGは原油価格と連動する性質をもっているため、相場の変動を受け易い資源である。経済環境によっては、リスクの高いものになるという可能性を秘めている。サハリン2では、政治的な要因まで考慮しなければならなくなってしまった。昨年暮れのことだった。

問題は、ベース電源の合計が65%であるのに対して、深夜の電力需要が50%でしかないというその点にある。差を構成する15%の電力の内、3%は揚水式水力発電で消費されている。残りの12%が捨てられていたのだったが、電力会社は深夜電力という低廉な料金体系を導入して状況の改善に努めている。電力会社は負苛の落差を均して平準化するための対策に取り組んでいるのだが、実際の効果を確認したとするデータは公開されたものが未だない。深夜電力に関するデータが検索ででてこないため、実態調査の結果に関する報告は行われていないようである。12%の電力のうち深夜電力で消費されているデータが公開されていない以上、正確な数値を知ることは目下のところ不可能だ。電力会社がエコキュートのキャンペーンに力を入れているところをみると、相応の普及効果があったとみるべきであろう。この点については、推測する以外に方法はない。だが、12%という電力の大きさに追いつくようなものになっていなかったということだけは、確かである。


既存の平準化対策

エコキュートは、自然冷媒の一つである二酸化炭素を200気圧に圧縮して得た熱を交換し、約90度のお湯を作りだすというものである。(「空気の熱でお湯を沸かす」というフレーズは、二酸化炭素を圧縮する原理からいうと適切な表現だとはいえない。大気成分中のCO2濃度は約380ppmしかない。百分比にすると僅か0.0038%なのだから) 圧縮機を使うために40アンペアの基本契約が必要だとされている。回転機で圧縮するため、深夜のノイズ源になっている場合がある。深夜電力という制度が導入された背景に鑑みると、電力の消費効率が低い装置であれば捨てる電気をより多く減らすのに効果があるはずだ。できるなら深夜の電力需要が下がっている午後十一時から翌朝の六時までの間、一貫して大電力を消費するような効率の悪いものの方が寧ろ望まれているということになるだろう。

需給率というデータには%という数値しか表れてこないため、プロセスの一部を捨象するという効果があったように思われる。エコキュートの導入効果が集計できていないのは、その電力消費が短時間で終わっていたからであろう。熱を生み出す効率が高くても、深夜の電力需要を創出して無駄な電流を減らす効果は大して得られない。需給ギャップを圧縮して負苛を平準化させるには、深夜発生する長時間のエネルギー消費というものが絶対的に必要なのである。問題の所在を取り敢えず韜晦することができれば、あとは経営管理上の内部問題というところにまで収斂させていくことができる、ということなのだろう。電気代を半減させてでも深夜電力の消費を増やしたいということなのだから、少しでも表層の無駄をなくして表向きの損失を減らしたいという切なる思いがよく伝わってくる話である。


販売方法は適切か

電力会社の戦略にみられる思慮の浅さという問題は、負苛平準化という課題にだけこだわってきたというその方針のあり方にみることができる。関係者には負苛平準化という課題がある種の執着となっており、電力会社の社員の間では「負苛平準化」という言葉だけが一人歩きすようになっている。そこに利益を増やす方法があったにもかかわらず、その存在に気付くことができなくなっているのだった。エコキュートの効用は消費者が負う給湯コストの削減という点にあるとみせて、実は深夜捨てている電力を現金化するためのものだった。供給側の電力会社では、日負苛のバランスがとれてさえいればどのような装置であっても問題はなかったのである。装置システムに保温機能をもたせれば昇温は可能だが、高い価格になる時間帯で電気を消費することになったのでは、エコキュートを導入した意義は消えてしまう。

入浴用だけの目的であれば温度が半減する夜にはほど良い位の温熱になるのだが、飲用としては使えない。冬季に沸騰させるためには、改めて加熱する必要がでてくる。消費者のメリットは、低廉な深夜電力料金の適用が受けられるという点にある。だが、基本契約を変えて40アンペアにしているケースでは、基本料金そのものが高くなっている。運用コストが下がっても料金設定のベースが上がっていたのなら、効果の一部は相殺されていなければならない。この点を情報開示した上でエコキュートの採用を売り込んだのかどうか、が今後のチェックポイントになるだろう。


判断能力に現れた電力会社の欠陥

電力会社が負苛平準化という概念にこだわらなくなっていたら、有効解というものがみえてきたはずだ。気付くべき対象というのは、俗に24時間風呂とよばれている温浴システムのことである。この電気製品はレジオネラ菌の問題が注目を浴びてからというものすっかり廃れてしまったのだが、現時点でみる限り評価に耐える進化したモデルが一機種だけ存在する。この装置をエコキュートの代わりに導入していれば、深夜電力の低廉な料金制度を導入する必要なしに需要を喚起することができていただろう。この24時間風呂は業界団体で定めた自主基準を完全にクリアしたモデルになっている。紫外線殺菌に加えて光触媒と熱殺菌を併用することで問題を完全に解決している。風呂掃除は家事労働の最たるものだったが、このモデルは家庭から風呂掃除という重労働をなくしてしまった。回収した不純物などは五方弁を自動で切り替えることにより、システムの外部へと汚れ成分を定期的に排出している。全自動でシステム自身をクリーンアップする機構を備えた温浴システムというのは、他に類のない出色のものである。

24時間風呂は使ってみたら分かるのだが、手放せなくなるほど重宝する装置である。システムに浄水場がついているようなものだから、一日中いつでもきれいなお湯に入ることができる。このため、運動選手や三交替勤務に従事している人などには必需品になっている。お年寄りにはこれほどありがたいものはないだろう。風呂場で受ける冬の温度ストレスで、心臓に負担をかけるようなことが軽減されるからである。電気代は当然上がるのだが、水道料金とガス代は応分に減っている。この差は家族構成によって変動するので、一人住まいの場合にはメリットは少ない。総合コストは却って廉くなる例の方が圧倒的に多い。そんなことを可能にしたのが、熱平衡という物理現象だったのである。家族が多くなればなるほどその経済効果は顕著になって現れる。電力会社にとってはオール電化を促進する結果が得られるというだけでなく、負苛平準化をする必要そのものを消してしまう結果までがやってくるのである。深夜電力料金制度をなくせるというだけで、大きな利益が新たに発生するようになっていただろう。値引きして売っていた電気を定価で販売できるようになったなら、収益率が改善しない訳がない。

24時間電力を消費するのが24時間風呂なのだから、需要率は当然向上する。需要率が低かったことが、電力会社の経営を圧迫する大きな要因になっていた。オール電化キャンペーンとは、即ち需要率を改善させるためのものなのだ。交流は発電したら使い切らない限り捨てるしか方法がない電気なのである。需要率が上がるということは、捨てる電気が減っているということなのだ。発想を柔軟にして執着となっていたものを突き放してみると、大きなチャンスを見逃していたということが見えてくるだろう。お茶を淹れるための給湯なら、電気ポットを併用すればよい。
エコキュートにこだわっていると、経営資産の価値を半減させるという結果だけが待っている。どちらが得か、電気事業者はよく考えてみる必要があるだろう。水資源の保護という観点からも、電力会社がこの装置を導入する意義は大きい。資源を消費して作った電気なら、捨てるよりは使った方がよいのは当たり前のことだろう。二酸化炭素の増減に影響がでない範囲で電力会社の収益を増加させるものならば、無駄を抑制して収益に換えることができるだろう。そこで生まれた利潤を環境対策費へと用いることによって、真に実効ある温暖化防止活動に着手することができていたはずなのである。およそ4500万戸あるといわれる住宅でガスの燃焼が減っていけば、二酸化炭素の発生量をその分減らすことができるだろう。導入コストはエコキュートの六割程度で、消費者の負担は減っている。


オール電化を目指すなら

電力会社がオール電化を積極的に進めていても、停電したらそこは牢獄に等しい場所になってしまう。新潟の地震では、オール電化マンションの欠陥が露わになっている。電気がとまってしまったため、生活の一切が成り立たなくなったからである。冷蔵庫は腐敗した食品の倉庫になり、お湯も沸かすことができなくなった。保存食を加熱調理することさえできなかったのである。一瞬にして原始時代の生活へと逆戻りしてしまったのが、新潟の震災で報告されたオール電化マンションの実例なのだ。このような事態に陥るのが、オール電化された最新鋭の住宅なのである。この課題を解決するには、電力供給のバッファとなる蓄電設備の早期普及が必要になる。蓄電容量が多ければ、停電が引き伸ばされてもある程度対応することができる。この程度のことなら、やろうと思いさえすればすぐにでも実行することは可能なのだ。電気を貯めておく量は近い将来大幅に改善する、という具体的な見通しが得られている。

負苛平準化という課題は、蓄電設備の導入で大幅に改善するだろう。深夜捨てている電気を備蓄しておけば、翌日の電力需要を減らす効果がひきだせる。系統管理を安定化させておくと、発電所の出力調整をする機会が減らせるようになるのだ。安定的な電力消費は、発電所にかかる負担を軽減するという効果がある。需要と供給が一致していないのが交流送電の宿命なのだが、その差を圧縮する方法がないという訳ではない。電力会社がやろうとしなかっただけのことだった。何故なら、原発が必要不可欠な存在になっていたからである。出力調整ができない発電所が供給する電力というものは、消費する側で使い切るしか無駄を省く方法というものはない。定格運転で電力を消費する回路を最も必要とするのが、現在の交流による高圧送電だったのである。電力貯蔵システムが標準化されるまでは、電力会社は無駄な電力の輸送を深夜延々と続けることになっている。負苛平準化を急ぐ電力会社の背後には、発電と送電で生じている特別に大きな損失の排除という要因があったのだ。


困難な状況をチャンスへと変えるには

一つは需要を増やすという方法だが、捨てていた経営資産を現金化する道を開くことはできても、二酸化炭素の排出を減らすことにはならない。エコキュートは深夜電力という低廉な料金体系が用意されていなければ、導入促進効果は得られない。電力会社の収益は殆どないのだが、電力を捨てるという無駄をある程度省く効果は得られる。24時間風呂なら通常の料金体系のままで、電力需要を増やすことができる。電力会社の収益率は倍増するようになるはずだ。導入費用は後者の方が廉く、水資源の節約と炭化水素の燃焼によって生じるCO2を抑制する効果が得られる。受益者のメリットはエコキュートなら電気代の低減だが、24時間風呂は水道代とガス代の削減と同時に風呂掃除という重労働をなくし、自宅を温泉地に変えてしまうという点であろう。世界規模でみると真水の不足が大きな国際問題になっている。日本全体では水に不足するようなことはないのだが、飲み水にも事欠くという地域が増加しているため、水飢饉の深刻さは年々際立つようになっている。

別の方法は電力会社が蓄電ユニットを無償で各家庭に配置し、供給電力の年間を通じた平準化を実施するというものである。蓄電装置が浸透していれば、負苛変動に発電所側の対応が追われるということはなくなるだろう。安定した定格運転で発電していれば、資源の消費効率は高くなる。消費する側に蓄電ユニットが設けられていれば、所要の電力はそこから逐次とりだすことができる。空席があれば電流はその場所を目指して流れ込んでいくため、キャパシタの場合ほぼ充電した状態を常に保つことができるようになっている。この対策を実施すると発電所にかかっていた供給義務という負担は減り、過剰な燃焼を減らすという効果が得られる。この時炭素資源の消費は減っているので、輸入する炭素系資源の量は当然低下していなければならない。炭素資源の輸入が減っていけば、その分の購入費用を減らすことができる。蓄電ユニットの普及をこの節約が見込まれる費用で賄えば、国庫金からの支出を前提としない温暖化防止対策が導けるようになる。


理のないシステムは生き残れない

負苛平準化が必要になったのは、原発を導入して高圧送電を普及させたからであった。送電ロスを減らすには、電圧を高めてやればよい。最大100万ボルトの電圧が東電管内の高圧の系統にはかかっている。つまり、需要が減った深夜でもこの高い電圧を維持していなければならなくなっている、ということなのだ。もともと原発は出力調整をしないという前提で作られている。需要が減れば、捨てるしか選択肢はなかったのだった。そこでエコキュートに飛びついたということなのである。深夜電力を利用してお湯を沸かす貯湯槽は40年近く前から登場していた。コストダウンだけでは、消費者に対する訴求効果はなかったようである。そこで、揚水式水力発電が登場し、電力全体の3%の電力を位置エネルギーに換えて再利用するようになっていったのだった。この方式は初期投資が嵩むため、水力発電全体の発電コストを最大化することになったのである。エコキュートとして製品が市販されたのは、2002年のことである。当時はダイキンただ一社だけだったが、今では多くのメーカーがライセンス生産を行うようになっている。

負苛平準化がエコキュートで片付けば問題はなかったのだが、深夜帯の電力需要は期待するほど伸びていなかったようである。余った電力を備蓄するようにしておけば、捨てる電力を生かすことができたはずである。電力会社でも蓄電システムを研究しているのだが、開発目的が高圧の交流送電をそのまま前提としたものになっている。二系統の電力備蓄方式にまで絞り込まれているようだが、進展はみられない。大電力を備蓄することに拘っているということと、200℃の高い温熱管理が安全性の確保という面で課題となっている。発想を切り替えたら、住宅単位で実施できる蓄電方式の普及は簡単にできていたはずなのだ。電力会社では、系統管理を変更してまで蓄電設備を導入する積もりはない。ここに民間の企業が付け入る隙ができている。二酸化炭素を減らせないことが明白になると、国は最終的に追い詰められていく。問題の所在に気がつけば、打つべき手はおのずから決まるのだ。ビジネスチャンスは、すぐそこにまできている。


交流高圧送電の課題

原発を導入したことで遠隔立地が必要になったのだった。送電系統が延長されていったため、エネルギーの輸送効率を高めざるをえなくなっていた。送電する電力に下限が生じたため、負苛平準化という問題を生み出すことになっていったのだ。送電電圧を高めてきたのは、電流損失を防ぐことが目的であった。電流と電圧という成分の積で電力が構成されている。電力は全体の量であり、電流と電圧はそれぞれが単独の状態を表す指標になっている。電圧を上げると電流値は低下するという関係にあり、全体のエネルギーを示す電力は常に一定となる状態を保っている。電流損失を減らすには電圧を上げて電流値を小さくしてやればよい。電気抵抗で失われる電流が減れば、損失を抑制する高い効果が得られるのである。送電系統の高圧化は電気抵抗が生む熱損を減らす目的で導入されたものだった。長距離送電の場合、電力を輸送する途上で生じるロスは無視できないほど比率として大きなものになっている。低圧送電だった頃40%ほどあった電気抵抗で熱になっていた損失は、電圧が二倍になることによって半減し20%にまで減ったのである。更に電圧を倍増させることによって10%になるというように、電圧と電流は相互変換することができるようになっている。現在公表されている送電で生じている電流損失は約8%程度だとされている。これには無効電力とされる損失が3%含まれている。

変圧器のコイルを交流電流が通過するときに、リアクタンスと呼ばれる一種の抵抗が生じている。コイルに発生している抵抗で電流が流れにくくなっているから、磁気エネルギーになっている時間も長くなっている。この磁気エネルギーが対抗する別のコイルに新たな電流を発生させているのである。このようにして変圧器の中では電気エネルギーが磁気エネルギーを経て、再び電気エネルギーへと戻されている。コイル同士の間には空間が設けられており、電気エネルギーは非接触で移転することができるようになっている。このときにできる作用を電磁誘導と呼ぶ。電流が移転される二次側のコイルから電流を引き出す位置を変えることによって、電圧が変化する。電流を取り出すときのポイント(タップ)の設定位置を変えることによって、任意の電圧を引き出せるようになっている。

トランスと呼ばれる変圧器の中の一次側(入力)のコイルで電気エネルギーが磁気エネルギーへと変わり、二次側(出力)のコイルでは磁気エネルギーが電気エネルギーへと戻されている。この変圧プロセスでは、3%程度の電力が失われている。変圧行程が多ければ多いほど、変電ロスも増えるということなのだ。この部分は殆ど公表されていないところであろう。発電機は通常2万ボルト3万アンペア出力というのが標準だとされている。これを並列に繋いで50万ボルトに昇圧するときに、最初の変圧がおこなわれている。最寄りの変電所または給電所までは通常6万6千ボルト(60Hzの地域では7万7千ボルト)にまで減圧された電流がきている。中間の変電所を通過する度に変電ロスが生じているので、100万ボルト送電の場合に最も大きな変電ロスが生じているはずである。変電所を五つ通過する送電系統の場合、合計で15%の変電ロスが生じているということになる。これに送電ロスの8%を加えると23%の電力が送・変電プロセスで失われているということになる。


系統管理の課題

日中にピーク電力を賄っている石油火力発電所では、需要を予測したの電力に対して通常8%多めに発電した電力を供給することになっている。需要予測を上回ることはほとんどない(停電がおきるからである)ので、概ね23%+8%=31%以上の電力が使われずに投棄されているとみなければならない。深夜なら8%の過剰供給分を15%へと変えてやればよい。合計すると23+15=38(揚水式水力を控除すると35%)という数字がでてくる。つまり、深夜失われている電力は無視できないほど巨大なものになっているということなのである。負苛平準化が電力会社にとってどれほど深刻な課題になっているのかということが、この数字をみれば見えてくるだろう。いつまでも交流送電をつづけていてはいけない。発電所では蒸気圧を常時保っている必要があるため、二酸化炭素を減らすことができなくなっている。京都議定書を遵守するためには、交流送電から速やかに脱却しなければならない。それが可能になった時、日本が生んでいる二酸化炭素はほぼ半減することになるのである。(電力分野で生み出しているCO2は、全体のおよそ48%に達している) 自動車産業が生み出しているCO2を削減する圧力が消えると、日本経済を牽引する能力を維持することができるようになる。その間に、輸送分野では独自の対策をとることができるだろう。

この他に、接地点から投棄されている限流と呼ばれる処理をされている電力がある。送電系統の接地点とは、変圧徽内部の一時側コイルから地中に繋がっているラインである。二次側の需要が減った時に、一次側のコイルからリアクタンスという抵抗を経て接地(アース)されている。これが負苛変動を調節するための隠れた仕組みになっている。限流されている電力のデータはとられていないため、経産省でもおそらく把握していない成分になっているはずだ。これらの要素を総て加味すると、エネルギーになっていない電気の量は極めて高いものになっていなければならない。電力会社が事実を懸命に秘匿したがっているのは、このような背景があったからである。

2007年1月26日

通貨メカニズムが作り出したもの

ドル資本は機軸通貨に固有のダイナミズムを活用して、貧困化する国を生み出すようになっている。現在の枠組みにおけるアメリカの繁栄というのは、犠牲となるものを常に必要とする。これからも栄え続けようとするアメリカは、多くの国に更なる犠牲を求めることによって、その立場を堅持してゆくことになるだろう。アメリカにとってドルは売るものであって、本来自らが買うようなものではなかった。外貨に投資していた資本を回収するときにドルが必要となったため、為替市場で元の通貨に買い戻していただけのことだった。ドル資本を操っていた一群が決算を行うには、一旦ドルに戻して利益を確定しなければならない。その時にドル高になり過ぎないよう適度な交換レートを維持しながら、機軸通貨としてのドルを安定裡に還流させているのである。(現在起きている円安状態は、これとは別の理由で抵抗線を一時的に突破したもので、日銀の利上げまたはイラクへの増派が終われば反作用へと転じるだろうと思われる)

アメリカのローカル通貨であるドルは、同時に機軸通貨でもあるという特異な性質をもっている。外国の需要に応じて売り渡したドルは、最終的にアメリカへと還って来るような仕組みになっていた。アメリカが為替市場でドルを調達しているのは、利益をドルで計上しなければ決算ができなくなっていたからである。その時に為替差益が乗せられるようになっていれば、行きと帰りで二度おいしい利益がドルに添加されるようになっていた。ドルを調達する段階では一時的なドル高になるのだが、その勾配を利用した円買いをその後実施すれば、資本の往復で差益をそれぞれ上乗せすることができるようになっている。

ドル売りで安くしておいた機軸通貨を高くなっていた外貨で買い戻すなら、ドルの量は帰路で増加していることになる。その前にはFRBによる政策金利の引き上げという段階があり、金利を目当てにしたドル預金が増えるようになっていた。ドル高を誘導するには金利の引き上げと、ドル資本の引き揚げという二系統の手段が用意されている。これらの方法を使い分けることによって、外貨への投資(投機)が随時実行できるようになっていたのである。多くの国が、必要なものを買うために自国の通貨を売ってドルを買っている。ドルの買い手が世界中にたくさんあったからこそ、遠心力というものがドルという機軸通貨には与えられていたのだった。ローカル通貨の売り手でもあった世界に散在するドルの買い手というグループは、アメリカに富を集積するという求心力を生み出していたのだった。この通貨メカニズムというものがアメリカに富を集め、軍事費を増強して国際社会に緊張を与えていたのである。アメリカの力による庇護が必要だと世界に思わせていたものは、ドルを買わざるを得なかったアメリカ以外の国だった。


勝者は資本が決めるもの

ドルを売る立場の国であるアメリカには、発行経費を負担するだけで外貨とその国に固有の資産とが「勝手に」やってくるようになっていた。この違いが、繁栄と貧困を同時に生み出す原因になっている。そのメカニズムについて調査してきたことを、これまで反復して報告してきたところである。資本を集約する立場の国であるアメリカは、その優位性を利用して軍隊を世界中に展開する費用に充てている。ドルを買って自国の資本をアメリカに提供している国では、ドルのもつメカニズムの実態を何一つ知らされていない。巧妙に隠されていたからである。経済格差が温存されたままの状態が続いているのは、その所為だったのだ。世界各国はひたすらドルを買い続けることで、アメリカを結果として支援してきたのである。軍事的な軋轢が高まる一方という展開になっていたのは、この経緯を知ればみえていたことである。通貨メカニズムの機能を見ることができていたら、アメリカと交渉する余地の存在に世界は気づいていただろう。

この通貨が生むダイナミズムを承知していると思われる国は、残念ながら未だ一つとしてでていない。反米国家でさえドルが果していた機能を指摘したことがないのだ。問題を理解していれば折衝の道具として早い段階で使うことができていただろう。ドル資本の流入で国が貧しくなったという因果の表層に気づいた国が、最近になって漸く目立つようになってきたところなのだ。通貨メカニズムの生み出した弊害を世界が正しく理解したら、一斉に反米国家になってしまうのではなかろうか。既存の反米国家は状況証拠だけでアメリカに注意を促そうとしたために、論理よりも感情で対応しようとする道を選択している。その態度が説得力に欠けたものになっていたため、訴えるべきことがらを却って伝わらなくさせてしまったようである。

ベネズエラ以外の反米国家とは、ドルが生み出した貧困を自らの結果で傍証している国のことである。(ベネズエラは有数の産油国で、原油高の恩恵を受けて潤っている。ドルの優位性が見える立場にあったことから、問題の所在に気が着いたもののように思われる) ドルがなければ国際間の決済ができないため、もたざる国ではやむを得ずドルを買って必需品を手に入れてきたのだった。その行為が劣悪な条件を甘受するという意味であるということを、先進諸国は今以て知らされていない。ドルとの通貨交換を円滑に行ってきたことで、国際経済を共に進化させてきたという関係ができていたからだった。市場の拡大があったからこそ、ドル本位制と呼ぶべき現在の枠組みが誕生したのである。ドル・ショック後の市場経済は計画経済を相対的に矮小化させ、ソ連の資本調達能力に限界を与えたのだった。市場規模が相対化されたことによって流動性の規模に差が生じ、米ソの軍縮合意をその後成立させた遠因になっている。ソ連の共産主義体制が自己崩壊していったのは、軍縮交渉が終わった後すぐのことだった。

中国の共産主義体制が生き残ったというのは、経済特区という市場経済の導入実験が奏功した結果である。共産主義体制でありながら、市場経済を導入するという一国両制という仕組みを鄧小平は考案していた。90年代の初めは、市場経済で国際社会が統一された時代となった。ドル経済圏が急速に広がったため、93年から二期続いたクリントン政権では、リセッションから脱して財政黒字が溜まるようになっていた。90年には先代のブッシュが湾岸戦争を開始し、クエートをイラクから解放した。この伏線があったために、アメリカはその後イラクという国に条件付けられてしまったのだった。2003年の三月には国連を押し切って、イラクに米軍を強引に侵攻させている。だが、大量破壊兵器という根拠が偽りであったことから、テロリストの側に大義を与えることになっていったのだ。イラクを相手としたニ度の戦争は、いずれもブッシュという名の家系からでた大統領父子によって引き起こされている。


ドルと政治の相関関係

計画経済圏が消滅した結果、ドル経済圏が急速に拡大していった。市場が急拡大した結果ドルのもつダイナミズムが膨張し、クリントン政権では大幅な黒字を計上してブッシュ政権にその成果を引き継いでいる。2001年には同時多発テロがおき、ブッシュ政権はテロリストを追い詰めて翌年にはアフガニスタンを解放している。その直後からイラクの大量破壊兵器を理由とした戦略行動を展開し、未確認情報を根拠とした攻勢に転じて当時イラク大統領だったフセインを逮捕している。第二次大戦後の日本の民主化に倣ってイラクを民主化してアメリカに帰順させようとしたのだったが、今のところ内戦状態を煽って分断国家になろうとする道を歩んでいる。イラクでの米軍は大儀なき戦いを強いられ、戦意は低下して戦死者の数だけが徒に増えていったのである。テロリストには聖戦という名分が与えられ、士気は高揚して米軍をイラク領内に膠着させるという結果を導いた。ブッシュ政権はクリントン時代に積み上げた黒字をアフガニスタンとイラクで使い切ってしまい、足りない分の戦費調達に腐心する立場へと立たされている。ドル資本の跳梁跋扈は、その頃から際立つようになっていったように思われる。日本では、外資の導入を政策として掲げる内閣さえ登場するようになっていた。

共和党政権は世界中からドルという通貨が集めてきた富を、イラクで使い果たしてしまったのだった。機軸通貨をもっているアメリカをさえ経済的に逼迫させてしまうのが、現代の戦争なのである。アメリカが衰えたとしても、他の国がそれに取って代わることはできない。どの国の通貨であったとしても、ドルのような求心力を発揮することは不可能だからである。資本の力がなければ、戦争を継続することはできない。ドルに力を与えているIMF体制が、アメリカに資本を集約させてきたのである。中国やロシアがどんなに力をつけたとしても、アメリカのような国になることはできない。その国の通貨を欲しがらせる根拠がなければ、どの国であったとしても指導的な役割を果すことは不可能なのだ。このことはアメリカが温和な国になれば、世界中が繁栄するということを示唆している。軍事支出がなくなるというだけで、その国の経済は成長を遂げることができるようになるのである。核を含む軍拡基調になっているこの現実は、アメリカに資本が集まってきたことによって引き起こされたものだった。


繁栄は犠牲を前提とする

アメリカ以外の国は、エネルギー資源などの必需品を買うために自国通貨を売り渡して、汎用性のあるドルに換えなければならない立場である。アメリカはその外貨を受け取ってドルを供給することにより、あらゆる国で通用する機軸通貨としての機能をドルに与えてきたのだった。ドルを譲渡する国が栄えてドルを買った国が衰えていったのは、その国に固有の資産をドル資本へと売り渡す結果になっていたからである。ドルは世界中で流通しているため、需要が減るというだけでたちまち供給過剰になるという特徴をもっている。通貨の供給量が増えすぎると、貨幣価値は余剰となった流動性が低下させてしまうのだ。このインフレ状態となることを予め回避するために、FRBは政策金利を引き上げて余ったドルを逐次速やかに回収してきたのだった。その結果金利を高め続けたことによって、FRBは自らの選択肢を狭めるという立場に陥っている。

金融緩和をしたくても、ドルの過剰供給が禍いとなる可能性がある以上慎重にならざるを得ないだろう。この背景を知っていると、日銀の利上げ観測にある種のダイナミズムの影響のでていたことが見えてくる。日本経済の実態は率先して利上げする状況にはない。機動的な利上げはいつでもできるようになっている。先走って利上げしようとするその意図に、中央銀行間にあるとおぼしき何らかのダイナミズムを感じざるを得ない。ドル経済圏を形成する中枢であるG7では、中央銀行相互の間合いで金融政策の動向判断を行っている。利上げ判断などは、経済実態が明瞭になった時点で行ったとしても決して遅過ぎるということはない。インフレの懸念がない低金利の状態で政策金利を率先して引き上げるという必然性は、本来あるはずのない話なのである。根強いインフレ期待があるのは事実だが、タイミングを無視した安易な利上げは状況を悪化させることにしかならない。国内経済の充実を図った上で、効果を見ながら利上げするのなら話はわかる。先に利上げありきという専行行為は、自主性に欠けていることを自ら証明するメッセージになっている。

ドルを発行するという権利は、アメリカだけがもっている特権なのだ。アメリカが供給したドルが市場で余れば、回収するための方法はたくさんある。ドルを回収し過ぎたとしても、増刷しさえすればアメリカの収入は却って増えることになる。いくらでもドルを供給することができるのが、アメリカという国なのである。市場で余ったドルの使い道は決まっている。金利の引き上げでドル高になると、国内に滞留しているドル建ての債権が流動化し易くなる。このため、アメリカにとっては資本の流出という危険な状況が生まれるのである。その対策としてドル安状態を維持しておくことを目的にしたドル売りという行為が、機動的に行われるようになっている。ドルが高くそして円が安くなり過ぎないように、ファンドを窓口とした「適切な」為替制御が行われている。経済分野では特別に有利な立場にあるというのが、ドルの発行権をもつアメリカという国だったのである。


アメリカの戦略

ドルの過剰流動性を回収するための手段として、政策金利を引き上げるというのが一般的に行われてきた方法であった。高くなった金利を目当てに戻ってきたドルは、ファンドなどのドル資本に再投資させるための原資として利用することができる。このドルで日本円を買わせれば、即ち円高という状態が実現する。110円を超える円高を日銀が嫌うため、余ったドルを回収して市場に再投入するだけで米国債が売れるようになっている。ドル資本はこの時、日本に固有だった資産をいくらでも手に入れることができる。日銀を為替市場に介入させてドルを買わせれば、FRBが利上げして還流させたドルの行き先は自動的に決まるのだ。それが米国債だったのである。ドルが足りなくなったら、印刷して追加発行すればよい。需要がある限り、ドルの発行は際限なく行うことができるのである。余ったドルの引き取り手を作るのは、とても簡単なことなのだ。回収したドルをファンドなどに再利用させることによって、日本資産と米国債の売却益とがセットでアメリカへとやってくるようになっている。これほどおいしい話は外にないだろう。

だが、FRBは政策金利を上げ過ぎてしまったのだった。金利差の広がった国がでてきたため、その国にドル資本が投資できる環境が失われようとしている。そこでドル売りを仕掛ける対象とした国の金利を、先に上げさせておくという必要が生じていたのである。日銀に利上げするという行為を先行させておけば、日米間にある金利差を圧縮する効果が得られる。日銀がFRBの意図を隠して国内景気の動向判断だけを根拠にした利上げを実施するなら、アメリカの術中に嵌まろうとする行為だと言わなければならない。日本政府には、このバックグラウンドというものに感心がなかったようである。そこで利上げに慎重になるというとても常識的な判断が生じるようになっていた。今回FRBが望んでいる利上げを行おうとした三名の日銀理事の態度からは、この問題に潜む本質的な部分を見ることができそうだ。財務相が利上げに賛同していたというのは、G7に直接関与してきた財務官僚がFRBの意向をよく承知していたからだろうと思われる。

日銀が買ったドルは、殆どが米国債として運用されている。ドル資産全体に占める長期債の割合は約90%である。ドルの現預金が5%、金塊が5%という構成になっている。日本がもっているドル資産を総称して、外貨準備高という。その合計は120円換算で100兆円を超えている。日本は90兆円の長期債と5兆円ずつのその他ドル資産をもっているということができるだろう。問題は、このドル資産が取り崩せないものだったという点にある。円高対策で買ったドル資産を円に戻して回収しようとすると、更なる円高の更新が発生してしまうのである。外貨準備高というのは、回収することができないドル資産のことを意味していたのだった。取り戻すことができない資産であるのなら、正しくは不良債権と呼ばなければならない。アメリカはドルを日本に売りつけさえすれば、過剰流動性を消滅させて日本の資産をファンドに与えるだけでなく、長期債まで買わせるという仕組みを保持しているのである。償還を求められない債務は、それがどんなに増えたとしてもアメリカの脅威になることはない。


ドル経済圏のメカニズム

ドルという通貨を支援している石油に付随する特別の価値が、炭素エネルギーを消費して成長する経済体制を拡大させてきたのである。この枠組みの中では、アメリカが失うものは何もない。ドルを印刷して渡すだけのことなのだから、外貨収入がアメリカに溜まる一方という展開になるのは当然のことだった。だが、ドルを買わなければエネルギー資源を入手できない国では、国民の労働資産をドルに換えなければ国が成り立たないのである。アメリカにはリスクがなく、ドル需要国には売り渡した自国通貨による外資からの買収というリスクが発生するようになっていた。ドルを買うという行為は、自らの資産をドル資本に売り渡すという意味なのだ。ドル資本がやってくると国が貧しくなるという現実は、反米国家へと転じる国を増やす傾向を既に顕在化させている。イラクでの駐留経費が足りなくなったことが、市場で余ったドルを使って特定の国に売りつけるという行為を増長させるようになっていたのである。米国債を買わせるという戦術をドル資本に展開させているのは、米軍を増派するための追加予算が必要になったからである。アメリカがイラクに貼り付いたままで経済が維持されていたというのは、ドルを買い続けてアメリカに資本を集約させている国が世界中にあったからこそできたことなのだった。

アメリカには紙幣を印刷する経費を負担するだけで、世界中から富が続々と集まってくるようになっていた。このドルが生み出していた貧困の背景を知れば、アメリカ以外の国はすべて反米国家になってしまうだろう。このからくりが見えていなかったからこそ温暖化が進んで少しも改まらなかったのだし、京都議定書からアメリカが一方的に離脱することを許してしまったのだった。ドルが生み出していた問題の本質がみえていたのなら、有効な対策というものは即座にでてきていなければならない。イラクでの駐留が予想を遥かに超えて長引いてしまったため、アメリカは強引にドルを売りつけて戦費を調達しようとするまでになっている。この展開は反米国家の簇生へと繋がってゆくことになりそうだ。


【反米国家がこのところ急に目立つようになったのは、戦端を開くことを急いだブッシュ政権がイラク戦争をコントロールできなくしてしまったからだった。日本政府には、その現実がまったく見えていない。内閣が外資を呼び込むという過ちを行って平然としているのは、認識能力の欠如を物語るものである。国民の困窮はその結果であった。呼び込んだ外資に利潤を持ち去らせるまま放置しているということが、国内経済の状況を悪化させていたのである。外資が日本にい続けたくなるような環境を作ってやれば、この国の経済は強い活力と高い経済成長をすぐに取り戻すようになるだろう。そのためには、アメリカに付随して活動するドル資本に対抗するための同様の組織を、国内に作っておかなければならない。通貨戦略の面で相互に釣り合いが取れるようになると、ドル資本によって誘導された結果である現状を脱して、状況は劇的に変わるようになるだろう】


敵とは何のことか

京都議定書が温暖化を止められずにいたというのは、要するに問題の所在が那辺にあったのかをつきとめていなかったからである。不具合の箇所を特定することができたら、問題の意味は見えてこなければならない。改善させるための方法などは、その時点ですぐに分かっていたことだった。認識は行動を生む原動力だ。知っていて放置していると、健康が損なわれてだんだん元気がなくなっていく。精神のパワーが下がりだすと、ますます行動力が失われてしまうのである。日本は、問題そのものが未だ見えていないという状態にある。有効な対策を講じることができていなかったのは、その証拠だと言える。アメリカの行っている通貨戦略の意味を知った後の日本は、富の漏出を抑えようとするだろう。日米同盟は、日本をアメリカに従属させておくためのものになっている。日本に損害を加えていたのはアメリカであった、ということがもうそろそろ見えてきてよい頃だ。その他の国がどんなに敵対的であったとしても、アメリカがやってきたことに比べたら、その実害においては節度あるものだったのだ。

中国の反日的な姿勢は、靖国参拝という行為を敢えて実行した人物がいたことから引き起こされたことである。あれは、まさしく嫌がらせだといってもよい行為であった。国家の首長がその立場で行うべきものではなかった。相手の嫌がることをやった国が反撃を食らうのは、情として了解可能なことである。原因がいなくなったら問題そのものが消えてしまった、という事実に国民は謙虚に接するべきだろう。朝鮮民族は、侵略を行ったという歴史をもたない。先制攻撃する方法を意味として知らないのだ。侵略されてばかりいた国だったのだから、先に攻撃を開始するという行動に経験知というものが欠けている。このような歴史的な経緯の存在が、北朝鮮に優れた外交交渉能力を与えたようである。その対応方法には、比類のないほど柔軟で強い素地によって裏打ちがなされている。

北朝鮮を強気に見せかけているものは、弱さを承知しているが故の戦術であるに相違ない。経済力からみても、そして人口比からみても、北朝鮮にはどうみたところで勝ち目というものはないだろう。核燃料にしてもごく微量のものしかもっていないのである。だからこそ何をするか分からないという不気味さを、繰り返し演出しておかなければならなかったのである。その小さな国が、アメリカと対等な立場で交渉を行っている。小さな国であってもできるような対等な交渉ごとを、遥かに力のある日本の指導者層が延々と見逃してきたのである。寧ろアメリカ一辺倒というありさまだったということは、誰にでも思い至ることだろう。日本が自立することができていなかったということは、結果において明らかなのだ。指導者のもつ認識次第で、日本はアメリカとも北朝鮮とも充分に渡り合える真に対等な国になっていたはずである。もしそうなっていたならば、六カ国協議というものは生まれてはいなかった。


日本は自立した国になれ

ミサイルに核弾頭を実装するためには、より大規模な核実験の成功例を積み上げておかなければならない。北朝鮮が行った核実験の実態をみると、ごく小規模な爆発を一度だけ行ったに過ぎない。言わば、予備実験みたいなものである。ここから見えてくるものを知れば、北のスタンスが読み取れるはずである。金正日にとって、日本に積みあがっている核燃料の方が余程脅威になっていたはずである。資金も技術も人材も豊富な日本がその気になれば、短期間で核保有国になる可能性は充分に高かった。東アジアの国々はそのような疑いの眼で日本を見ている。何故なら、憲法さえ自在に解釈してしまう国がその日本だったからである。日本政府の特徴的な憲法解釈は、その具体的な脅威の証拠だったのである。警察予備隊創設以来近隣諸国になにを考えているか分からない危険な国、という印象を与え続けてきたのである。北朝鮮が先に核保有国になってしまえば、日本がその後を追うのは困難になる。国際社会が核拡散をこれ以上認めるはずがなかったからである。

北朝鮮が追加の核実験を行えば、核燃料の備蓄はすぐに底をついてしまうだろう。補充が済んでいるという情報がリークされているが、現実的な観測だとはいえない。核燃料の備蓄を取り崩して敢えて核実験を強行するのであれば、実戦配備するためのリスクは小さくなっていなければならない。核あるが故に、米朝の二国間交渉はかろうじて対等な関係性が維持されている。アメリカにとって日本が北の核によって脅かされている、という状況こそが最大のメリットになっていることを想起するべきだ。日本を攻撃する敵が身近にいると思いこませておきさえすれば、米政権は日本政府を頤使することができるのである。日米同盟が必要だと思い込ませておきさえすれば、日本はアメリカに対する富の供給機関にとどめておくことができるのだ。日本がアメリカの属国状態になってしまったというのは、日米関係を対等なものから貶めた指導者達がこの国に大勢いたからなのである。


日本の役割

日本はこれから、問題点を指摘してアメリカと対等な関係で対峙しなければならない。日本が次世代のリーダーとなるためには、不具合を強要した原因者に対して毅然たる態度をとってみせることがなにより重要なことなのだ。IMF体制が生み出した諸問題を逐一指摘し、その対策と効果とを実際に示してやれば世界は日本についてくるのである。水素エネルギーのノウハウを日本がもつということが、その時真の価値を発揮するだろう。日本がリーダーシップを発揮できなければ、水素エネルギーをもっていても状況を変える力に変えることはできない。水色革命を推進する覚悟を国民個々がもつならば、世界の平和を誘導することがこの国からできるようになるだろう。

攻撃しようとする敵が存在していなければ、防衛するための一切の行為には意味がない。単一の市場経済になっている国際関係は、敵を作ったほうが負けるのだ。合法的な経済活動による収益源が消えてしまったなら、国家の繁栄は見込めない。非合法な方法が招くことになるその結果とは、イラクにおけるアメリカの状態をみれば歴然としている。国を繁栄させるものは、経済合理性ただ一つだけなのだ。どれほど軍事力をもっていても、そして強大な資本力をもっていたとしても、理のある相手には勝つことができないのである。力は決定因子ではない。力で何でも解決してきたアメリカが最後に陥った場所が、イラクという国であった。世界は、アメリカの得たこの教訓に学ばなければならない。


水色革命は日本をリーダーに変える

日本がいつまでも自立しようとしなかったのは、アメリカの核の傘というものが必要だと思いこまされていたからである。更にエネルギー資源を何一つ持っていないという不安が、この国を蔽っていたからだった。この二点がほぼ同時に消えてなくなったとしたら、日本の行く手を阻むものはなにもない。言いたいことも言えずに唯々諾々としてアメリカに付き従ってきた政府は、内容も外形もともに大きく変わった立場を手に入れることだろう。日本に必要だったものは、水素資源を確保して独自の哲学に基づく指導態勢を貫くということに尽きるのだ。コアになるものがきちんと立っていれば、肉付けは自在である。アメリカは日本の意志の前に、恭順の態度を示して協力を惜しまなくなるだろう。強いものを正しく評価するという点では、アメリカは極めて率直な態度を示す国なのだ。そうなったら、真に良好な日米関係というものが築けるようになるだろう。

水色革命は、日本にエネルギー資源を作りだす方法を与え、軍拡の根本原因であったドル本位制に引導を渡す役割を果すよう国民に求めるだろう。平和本位制への移行は日本が水色革命を実現した後で、はじめて可能な状態になるのである。重要な役目を果すのは、次代のリーダーとなるものの責務であろう。日本が周辺諸国から信頼されていなかったのは、憲法すら一度も遵守したことがなかったからである。法律を勝手に解釈してしまうような剣呑な国を、どの国家の国民が安んじて信頼するというのだろうか。日本は自らの姿を見ずに国際社会に向かって、指導的役割を担うよう勝手に庶幾していたのである。常任理事国になろうとしたのは、その強い思いが行わせたものだった。憲法を当時の日本に与えたアメリカでは、共和党政権によって派遣された米軍がイラクから撤収できなくなっている。そこで、ドルのもつ力を使って資金を生み出すための呪文を、今、必至の形相で唱えているところなのである。日本はアメリカにとって、単に外堀という程度の意味しかもっていない国なのだ。アメリカが日本を守っているのではなく、日本がアメリカの盾になっているという現実を国民は知るべきだ。


日本の自立と恒久平和

アメリカが日本を守ってくれる国であったのなら、ドルを勝手に売りつけてくるような行為をとるはずがないだろう。日本がアメリカの防波堤になっていたからこそ、この国を足がかりにして東アジア全域に米軍を展開することができているのである。為政者と国民はアメリカから敵という名の幻を見せられていただけだったのだ。それはアメリカとって都合のよい敵であって、日本が敵視すべき存在ではなかったのである。日本が属国になっていたとする根拠は、ここにあったのだ。日本人と政府とはアメリカに見せられた幻の敵を、すっかり実在するものとして信じ込んでしまったのだった。(ソ連が崩壊した段階で対立の脅威となっていたものは消滅していたのである。存在しない脅威を敵と呼ぶことはできない。当たり前の判断さえできなくなっていたのが日本という国だったのだ) 

55年体制とは、朝鮮戦争で防衛線が必要になったアメリカによって作られた防人の代表からなる幻視集団のことだった。それ以来与党勢力はアメリカのための日本という国をひたすら保守し、営々と恒産に勤しんできたのである。これが、自立しようとしない国を作ってきたそもそもの原因になっていた。今ではすっかり骨抜き状態にされ、諌めるべきところを進んで過ちに加担する目的でイラクへの派兵を行っていたのである。それでも飽き足らず、米軍再編の移転費用を全額負担するために防衛庁長官を率先して渡米させていたほどであった。やるべきことが逆になっているということにさえ気づかない、というアリサマは当時世界の笑いものになっていたものだ。この姿が対岸からどのような格好に見えていたのかということを、今なら振り返って知ることができるだろう。

「防衛とエネルギー」それぞれの安全保障政策が意味をもたなくなれば、アメリカに日本が依存している理由は消えてしまう。今まではアメリカだけが友好国であったのだが、これからは総ての国を友好国と呼ぶべきだ。敵対していては何も始まらない。自国の発展のために、余ったドルを売りつけてくるような国に忠誠を尽くす義理はないだろう。日本に固有の資産であった土地と企業、金融機関などを買収させたうえ、100兆円規模のドル建ての長期債まで買わせて支援することをアメリカは強要していたのである。このバックグラウンドを知らなかった日本政府は、アメリカの戦略を真に受けて外資の導入を政策として推進してしまったのだった。長い経済成長が続いていたにもかかわらず国民に還元されるものがなかったというのは、外資が獲得した利潤の総てをアメリカへと持ち去らせていたからだ。少子化とワーキングプアの増加は、起きるべくしておきている。国民の困窮が、アメリカとドル資本を潤しているということを見落としてはならない。その責任がこの国の政府とその政策にあったということを国民が知ったとき、水色革命は粛々として始まるだろう。

2007年1月19日

知識は使い方で差がつく

知識は使い方で差がつく

石油・ドル本位制という競争原理のもとで機能する国際経済の枠組みは、温暖化をすすめて気候の変動と海面水位の上昇とを同時に地表へともたらした。温暖化を抑えるための国際条約である京都議定書はめでたく発効したのだったが、温室効果ガスの排出削減は日本の場合前進ではなく後退を続けている。これまでの対策すべてが、前進どころか却って状況を悪化させたというデータが報告されている。温暖化防止対策に何年もの間投じられてきた国の予算は、まったく効果をあげていなかったのだった。国はこの現実を、理解することができていない。効果のない対策を更に推し進めるために、捨て金になる公金を追加投入し続けているというのが現状なのだ。定常的な対策にこだわるという判断のもとに、政府は二酸化炭素を増やしながら国民の負担を増加させているのである。地球全体のCO2濃度は、この三年程度で約40ppm(0.0004%)増えていた。ごく微量の二酸化炭素濃度が増えたというだけで、気候の安定が大きく損なわれて自然が猛威を奮うようになっている。地球のエコシステムがどれほど精妙なバランスで保たれていたのかということを、この星の住人は数値データの微量な変化から読み取らなければならない。

温暖化というこの状況を招いた経緯をほんとうに理解していたら、少なくとも無駄に終わった対策のために投じてきた国税を他に善用する途は残されていただろう。この簡単な事実を認識することができていなかったために、京都議定書の削減目標から遠ざかる一方という展開に陥ってしまったのである。判断力の低下という現象には、明白な原因がある。それが、教育システムというものが生み出した問題だったのである。知識集約型の教育を戦後一貫して続けてきたツケが、今、漸く目に見える結果として浮上してきたように思われる。知識を得るという行為(これを学習と呼ぶのがこの星のナラワシである)に、年々歳々価値をおく風潮が高まっている。

現在の教育システムに見られる一般的な傾向は、問題解決能力を開発するのではなく、クイズに答えるための定められた思考回路の構築を行うという点に顕著である。知識をもっているというだけでは、臨機に応変する対応をとることができない。世の中というのは、答えの用意されていない問題で充ちている。正解のない問題に対応する有効な解というのは、失敗の経験から学んだ者だけが導けるものなのだ。正解というものは状況が変わる毎に異なってゆく。変化し続ける事象に対応するには、本質を見定めなければならない。この国の教育システムは、失敗を避けるためのトレーニングになっていた。失点を最小化することに最善を尽くそうとしてきたために、失敗が教えるその意味を知る機会を放棄してきたのである。テキストやマニュアルが用意されていない事態に直面すると、そこで立ち止ってしまうケースが報告されている。この時に生じた判断の先送りの結果を、この国では不作為と呼ぶのである。


洞察力は退化する

予め用意された問答を覚えることだけを強要されるようになったのは、考える力よりも素早い回答を競わせて優劣を「早く」決める必要があったからだった。既存の教育方針からは、ものごとを見抜くための洞察力を磨き上げることはできない。判断能力が衰えたのは、知識の集約に特化した選抜方法が一般化したからである。ここでは知識の質より、選抜の効率の方が重要視されている。短い時間で合否判定を正確に行うためには、○か×かの二値化したデジタル方式の試験が理にかなう。つまり学ぶ必要があるこども達のためではなく、選抜する側の都合で教育内容が決められてきたのだった。そこで学習する「項目」(学ぶ内容ではない!)だけがどんどん増えるようになっていったのである。予め設定されている問題を効率よく解くことができたか、ということが評価の判断材料になっている。この教育方法は既知の課題にはよく対応するのだが、未知の課題に対してはまったくお手上げになってしまうのだ。よかれと思って実施した知識の量的な拡大は、判断することができない指導者を大量に生み出す仕組みを作り出していたのである。日本の現状に現れているさまざまで困難な状況は、これまでの戦後教育システムが築きあげてきたその結果だったのである。

単なる知識を扱うだけの教育は、未知の問題に遭遇すると何が求められているのかを理解することができない人間をつくりだす。判断能力は、未知の問題と遭遇することで養われるのである。判断のないところに決断は生まれない。(マニュアルがなければ行動できない世代が注目されたのは、もう二十年以上も前のことである) バブルの崩壊を長い間理解できなかった政治指導者達は、皆この教育方針で育てられてきた世代に属している。バブル崩壊後の失われた十年とは、決断すべき指導層にできていた洞察力の欠如が生み出したものなのだ。知識力が高くなればなるほど、思考力を育成するための時間は減らされてゆく。日本の現状は、知育偏重型の教育システムが時間をかけて熟成させた結果作り出したものなのだ。教育を授ける側の当事者が無自覚のままでいるというこの現状こそが、問題をより深刻化させている。いじめの問題を最後まで認めようとしなかったのは、学校と教育委員会のトップたちだった。自覚なき教育者が指導してきた時代の長さこそが、「理由なき」自殺者の数を積み上げさせてきたのだった。判断を回避してきた日本の教育機関を作り出した戦後の文教政策は、陰湿ないじめを同時多発させるという結果を生み出すことになったのである。


日本の覚醒と惑星の未来

現象を見てその意味を知らずにいるのは、考えることをやめてしまったからである。本当の知識とは、創造する力を引き出す能力を発揮するものなのだ。回答することはできても、解答することができない学生を量産するのが教育システムの実態であった。理解できない問題に直面して尚考えようとしないのは、知識を修得するだけで満たされるシステムが日本にできていたからなのだ。この傾向は、先進国一般に広く見られる現象のようである。世の中には知識だけでは片付かない問題がたくさんある。知識の使い方が試されているときに、教科書に書いてないからといって行動しようとしないのは、問題解決能力を退化させていた証拠なのである。推理は創造を生む。それには観察力が必要だ。問題が持っているその意味を知ることができれば、有効な対策はすぐに立てられる。それができていなかったというのは、単に問題そのものが理解されていなかったということなのだ。知識を持つということは確かに大事なことではあるが、その使い方を知らなければブタの首を飾る真珠に等しいのである。投資の対象として合理性がなかったら、その結果は損失となって還ってくる。法則の示す方向の先にあるものを知ったとき、この国はおおきく変わるようになるだろう。

将来を決めるリソースの総てが、この国の中に備わっている。知識を増やしてきたのは、選抜方法を高度に効率化しようとしたためだった。選択する側の都合で習得する知識の量が決まるという即物性が、教育システムの質を劣化させている。国や人生のあり方にとって必要不可欠な知識は、現在の高等教育からは学びとることができない。体験を通じて個々に学び取ってゆかなければならないのだ。知の必然性がないものを量的に拡大したところで、その知識を生かせなければ無駄な投資という結果に終わるだけである。親と教育機関は合理性のない教育システムを、ひたすら練り上げていく立場でものをみていたのだった。状況判断ができない指導者というのは、このような教育システムを無批判に受け容れてきた階級が輩出してきたのである。土地神話は、信じる者が土地に投資してきたことから生まれている。学歴神話もまた、知識を信奉する当事者総てが生み出してきたものなのだ。渦中にある者は、自らの姿を見ることができない。

地球と国家の再生は、国民の覚醒如何にかかっている。惑星の未来は、そこで決まるのだ。犠牲者は成長を遂げていた当時のこども達、つまり現在の指導者層に犇く団塊世代とそれに続く前衛世代。そして、いま教育システムに載せられている当のこども達である。NEETの中には、既に覚醒した者が少なからず含まれている模様である。健全化のプロセスは以前から始まっていた、とみてもよいだろう。教育システムに取り込まれていったものの中からは、突然キレて抑制がきかなくなってしまうケースがたくさんでている。その攻撃の対象とされたのは、「学習」を強要してきた保護者だったのである。健全な精神状態を求めて行動した結果が、抑制することができずに刑事事件へと発展してしまったという不幸な事例が多数でている。価値のない学習の強要を回避しようとするなら、必然的にドロップアウトするしか道はない。忍耐する道を選んだ者の一部からは、内圧が臨界点に達して突然暴走するというケースがでている。知識欲は食慾に優るものだが、そこへ至るまでには意味の統合作用が起きていなければならない。


水は生命と平和の基礎

不具合の原因となっていたものをなくしてやれば、円滑な社会システムの構築が可能になる。その状態が作られていなかったというのは、ドルという通貨とその価値を支えている地下資源とが、社会制度に対して負苛を与え続ける状態が許容されていたからである。石油・ドル本位制またはIMF体制と呼ばれているものなのだが、ドルを機軸通貨として機能させるための経済基盤になっている。温暖化対策として水素エネルギーがこれから普及するようになると、ドルの需要そのものが減ってゆく。水素資源が登場して炭素資源の消費が減ると、水素エネルギーの需要はどこかで一気に急増するようになる。コストメリットと環境メリットとが同時に得られる時代が、いずれやってくるからである。現在、炭素資源の方が技術的にも経済的にも使い易くなっているため、量産効果を発揮できない水素エネルギーの評価は低くなっている。だが、低廉な水素資源が提供されるような時代になると、状況は一気に反転するようになる。炭素エネルギーは環境負荷を募らせるため、今後は課税の対象として拘束条件が次第に強められていくだろう。京都議定書は、将来、途上国も規制の対象としなければならない。炭素資源に吹いていた追い風は、水素資源の登場で突如として反転する時を迎えるのである。今から準備をしておく必要があるのは、その時期が近づいているからなのだ。

ドルが果しているその役割が矮小化するようになると、アメリカは間違いなく資金難に陥る。ドルの需要が減っても、それを吸収する国があるうちは紙幣を追加発行することができる。だが、通貨のからくりに気づく国が次々に出てくるようになると、ドルを新たに引き取ろうとする国はなくなるだろう。ドルという通貨では水素エネルギーが導入できないようになると、ドルの価値は急落してしまうのだ。ドルはアメリカ国内だけでなく、世界中で一斉に溢れ出すようになるだろう。引き取り手がいなければ、どこにも行き場というものがなくなってしまうからである。この段階に至ると、アメリカの繁栄は終わる。アメリカの代わりを務めることができる国は、もう現れない。機軸通貨というものをもたない限り、どのような大国であっても国際社会をリードすることはできない。機軸通貨の発行権をもつということは、この星の命運を決めるということを意味する。価値の裏づけのない通貨は、どのような国であっても発行することができない。誰も信用しないからである。石油なき後の通貨価値を裏づけるものを、世界は大急ぎで探さなければならなくなるのだ。だが、それは、金を除くと水素以外にはありえない。


地球政府はアメリカに学ぶ

アメリカが主導することで成り立っている現在の国際関係は、遠からず崩壊するときを迎える。不合理なシステムが成長を続けることはできない。IMF体制に合理性があったのなら、南北問題やテロリズム、反米国家などが生み出されるようなことはなかったのである。全体の量が定まっているという条件の下では、どこかの国の繁栄はどこかの国の窮乏を意味するのだ。ドルが役割を終えた後の新しい枠組みの中では、水素エネルギーを供給する国や組織に資本が集中するようになるだろう。旧来の枠組みがそのまま生き残るということはできない。温暖化を募らせただけでなく、アメリカただ一国だけを繁栄させて他の国に貧困を押し付けてきたという現実が残されている。アメリカが集約した資本は、米軍を世界展開するために使われてきた。現在ではイラクで米軍が膠着状態に陥ったため、退くことさえ困難になってしまったのだった。この困難な状況を打開するために、アメリカは派兵を増強する対策を押し進めている。そのため、米政権は現在新たな資本の調達を迫られるようになっている。イラク戦争が正しい選択であったのなら、このような展開を辿ることはなかったであろう。

水素エネルギーは誰でも作ることができるのだが、経済合理性が備わっていなければ何の価値も得られない。炭素資源よりも水素が高価なものであるのなら、代替能力を引き出すことはできない。最も効率的で安全な水素抽出技術をもつものだけが、機軸通貨の発行権を与えられるのだ。その権利義務を正しく執行することによって、世界全体を平和の状態におくことができるようになるのである。どのような方法で水素を取り出したとしても、水素は水素であるに相違ない。あらゆる元素の基本となる宇宙で最初に出来た、そして最も多く存在する基本の物質なのだ。だが、このエネルギーを使いこなせる組織はただ一つだけである。最も優れた水素資源の作り方は、簡素で平易なものでなければならない。安全性を担保する能力は、そこからしか生まれないからだ。優れたシステムというものは、シンプルなモデルだというのはよく知られた事実である。


エネルギー資源は光と水

水素資源だけを確保すればそれでよい、というものではない。電気エネルギーにしたり、運動エネルギーにしたりすることが、自由自在にできるようなものになっていなければならない。エネルギーシステムに経済合理性がなければ、標準化は不可能だ。既存の枠組みを捨てなければ、新しい概念を理解することは困難である。理解が得られなければ、認識の合成はおきない。内側からの観測だけでは水素エネルギーの誕生は偶然にしかみえないが、外側の視点から眺めたら必然としてよく見えるようになるのである。立つその位置によって、ものの相は異なってみえるものなのだ。右向きの矢印は、裏に回れば反転して左を指すものへと変化する。現在位置を確認できない状態で行う判断というものは、できるだけ避けるべきだろう。全体の像を把握するその見極めがついたなら、迷うことはない。一路邁進するだけのこと。一時は産業の米とまで呼ばれた石炭が、東京オリンピックを境に石油にとって代わられてしまったのは、経済合理性というものが石炭には欠けていたからだった。両者はいずれも炭素系のエネルギー資源という点では、同じものである。新エネルギーでも水素であればそれでよい、ということではない。低廉且つ安全な水素でなければ、水色革命という健全化のためのプロセスを生み出すことはできない。

水以外の物質から取り出した水素では、一時的な有効性を引き出せたとしてもエネルギーのサイクルを導くことはできない。石油や天然ガスから水素を抽出しようするのは、問題の意味がみえていない証拠なのだ。論議の対象にさえならないレベルの話なのである。有限な資源という点一つをとってみても、飽和する時の到来を読み込んでおかなければならないのである。更に、二次生成物が生む副作用も考慮しておかなければならない。一次資源が高価なものであるならば、水という新たな資源に敵うはずはない。水素資源を作り出すだけでなく、最も合理的なエネルギーシステムを設計することにより、廉価な水素を安全且つ速やかに取り出すことができるモデルを提供するべきだ。技術的な課題で未解決のものはない。効率の向上だけが主要なテーマなのである。異なった技術を融合するのに、それほどの時間はかからない。地球政府の母体となる組織が出来るのを待って、一斉に活動を開始することになるだろう。社会体制と産業構造とが大きく変わるようになるために、公開のタイミングが慎重に測られているというのが現状である。


水色革命と平和本位制

水素抽出のノウハウをもつ組織は、独自通貨の発行権を単独でもつだろう。ドルが果してきた従来の役割は、水素エネルギーが登場すると意味を持たなくなるのである。ドルの需要そのものが消えてしまったら、アメリカは機軸通貨となっていたドルの発行を続けることはできない。この段階でドルの過剰流動性が顕在化するのである。ドルは市場に溢れ出すようになる。つまり、ドルの投げ売りが始まるということなのだ。ドルの買い手があったからこそ、ドル安外貨高という状態が維持されていたのだった。ドルを欲しがる国がなくなれば、アメリカの通貨戦略は反転してその矛先を国内へと向け、自らを攻撃の対象とする反作用を惹起する。帳尻というのは、必ず合うようになっているのである。アメリカのインフレが始まったら、IMF体制存立の基盤は消え去る。そこで、ドルに代わり得る新しい機軸通貨が俄かに必要になってくるということなのである。ここが見えていれば、先回りして準備を進めておくことに困難はないだろう。

大切なことは、アメリカの通ってきた道の同じ轍を踏まないということである。やってはならないことをやってきた国に、地球政府が倣う必要はない。その反対を実行すれば、成功が確実に導ける。結果の分っている仕事ほど楽しいことはない。反転したお手本が用意されているというのは、実に有り難いことである。低廉な水素エネルギーをもつものは、世界の枠組みを決定する位置に立つことができる。人類が歴史から学んできたものを次に生かそうとするのなら、繁栄は目前にある。利益を独占しようとするのなら、新たな軋轢を生んで対立を極めるという結果だけが待っている。温暖化が止まっても、地政学的な対立が募れば経済の発展は望めない。競争原理は破壊を生み、創造原理は平和を育む。人類はこれまで競争原理に基づいて行動してきたのだった。地球の現状はその結果を露わにしているのである。気候の変動然り、核拡散もまた然りである。教育システムが競争原理の極致であったということは、今更言うまでもないだろう。


新通貨は貧困を排除する

ドルが貧困を生み出していたということは、ドル資本が流入していった国が反米化しているという事実がよく伝えている。アメリカは回収したドルを再利用するだけで、あらゆる外貨を手に入れることができる特権をもっている。この立場を利用して、市場で余ったドルを貿易黒字国に売りつけてリフレッシュさせた資本をドルで調達してきたのだった。その実行の窓口になっていた行為者が、ファンドと呼ばれる一群である。日本では外資系のファンドが土地と企業を新規に買収しようとするだけで、円高が繰り返されるようになっている。円高は、市中で余ったドルを回収する目的でFRBが金利を引き上げた後でおきている。

アメリカがドルの過剰流動性を回収すると、その後で円高現象がおきるのだった。これは過剰流動性を貿易黒字国が消し去っているということを意味していた。この時の円高を利用して、既に円転されていたドル資本が有利な条件でアメリカへと還流していったのである。このため、110円から120円の範囲で通貨が往復する過程で、富の円滑な移転が繰り返されるようになっていた。FRBの利上げが先行して日米間の金利差が大きく広がってしまったため、リスクを嫌うファンドが円以外の別の通貨にこのところ集中するようになっている。

アメリカはドル資本を使って、世界中から外貨を集めることに成功してきた。原油の値上がりではドルの需要が増え、原油の値下がりでは市中で余ったドルを呼び込んだNYの株式市場が活況を呈するというサイクルができている。過剰流動性がストックマーケットに導かれていたということになるだろう。FRBが政策金利を動かせないようになっていたため、行き場を失ったドルの過剰流動性が株式市場へと向かったのだった。2006年の九月下旬にこの兆候が始めて現れている。原油の値下がりが先におきていたため、市場にはドルが余っているという状況が生まれていた。通貨価値を維持するためには、ドルをダブつかせたまま放置しておくことはできない。NY市場の株価はFRBの金利政策次第で、今後更に一段高いレベルで取引されるようになるだろう。暖冬で石油の需要が減りドルがダブついている状況下での金融緩和というのは、およそイメージしにくいことである。


ブッシュ政権の終焉

ドル資本で人民元を買うという手法がこのところ頻用されているようだ。(中国政府は、外貨準備高が突出したことで生じるリスクに気づいている。だが、打つ手はなかったようである。中国の通貨当局は、ドル資本が制御できる状態に嵌め込まれている。外貨準備高の伸び率は、今年最も高くなるだろう) タイでは外資の流入を規制する対策がとられていた。その結果通貨危機は去ったものの、株式市場からは活気が失われてしまったのである。市場を支えていた外資が国外へ一斉に逃げ出してしまったからである。円ユーロを経てユーロドルへと向かう底流も生み出されていたという形跡が覗える。ブッシュ政権はイラクからの撤収を急ぐために、一時的な増派を既に実施しはじめている。

一月になってから始まった円安は、ブッシュの二万人増派計画と連動するタイミングでおきている。人民元に対する投機的行動に配慮すると、何がおきていたのかということがみえてくるだろう。兵員を増派するための資金が新たに必要になったため、第三国からドルを回収して米政権へと還流させるルート造りが急がれていたようだ。金利差の広がっている日本では、投機的な円買いではなく逆方向の円売りが進んでいた。日本から出ていったドル資本が中国へ向かうと、元高ドル安が導ける。そうなると中国政府は、ドルを直ちに買わざるを得なくなるのである。元ドル相場はタイトなレンジで連動する特殊なモデルになっている。アメリカはその隙に乗じた通貨戦略で米国債の需要を創出し、新たな戦費の調達を図った模様である。

【政策金利の引き上げを日銀が見送ったことは、正しい判断であった。(報道各社は昨1月17日、朝刊で利上げを一斉に報じるというフライイングをおかしていた。利上げの見送りは本日の会議で正式決定されている) もし日銀が政策金利を引きあげることになっていたら、為替相場は円高に戻して中国の損害は少なくっていたことだろう。国内経済の動向をみて判断するだけでなく、国際経済における日本の状況を織り込んだ政策判断を日銀は今後心がけるべきだろう】


2007年1月12日

水にまつわる物語(二)

非政府系の政府とは何か

地球を復元するプロジェクトを始めるには、要するにアメリカがやってきたことの逆をやればよい、ということがこれまでの報告を見れば分かるだろう。ドルをローカル通貨に戻して新しい中立・中性の機軸通貨に変更する、というのがこれから生まれる革命政府の実行するべき二番目の仕事になるだろう。できてしまった偏りをなくすためには、軸足を国家にではなく惑星の上に置かなければならない。革命政府とは言うものの、実態は国境を超越した民間の非政府系組織の集合体のことである。(表現上の撞着は現象界の通弊なのだ。「無」を説明するのに、その言葉を存在させた状態を以て証明する以外に方法というものがない。ミンコフスキーの時空間には、不整合性というものが仕込まれている) 国境線に拘束された国を代表する組織という形ではなく、惑星を代表する組織であればその出自が何であったとしても差し支えはない。この惑星にできている不具合の殆どは、ドルが起源となって生み出したものだった。

【地球政府が着手すべき最初の仕事というのは、水素エネルギーシステムを供給するという事業である。エネルギー資源の供給事業抜きで地球政府を樹立しようとするのは、無謀な行為だ。水色革命の中核となるものがプログラムに装備されていなければ、求心力を引き出してアメリカが生み出した誤りを反証することはできない】

国連が国の集まりであったのに対して、水色革命が生む地球政府という未知の組織体は、枠の制約に捉われない茫漠とした意識の集合という形態をとるだろう。内外を隔てているものは国家であれば国境だったが、惑星にはそのハザマとなる部分はみあたらない。国境の内側を代表するのが、これまでの政府という概念であった。水色革命でいうところの地球政府とは、惑星を代表する意識の集合体のことである。従って、国境線による制約からは完全に解放された状態を保つ存在となる。特定の国に偏ることなく、一定レベルの認識に基づいた判断が可能になっていれば、国家による対立の原因を生まない滑らかな活動を行うことができるようになるだろう。平和を求める人の意識を繋いでネットワークを構築し、究極のエネルギーである水素の資源化を実現してその手段とする。水の惑星と呼ばれる地球の回復は、地球政府の成立時期如何にかかっている。その中核となるのが、水素エネルギー供給にかかわるハード成分とシステム化のための方法なのである。


なぜ国連ではダメなのか

国家という枠組みを残したまま新しい組織へと移行しても、グローバルな課題を扱うための健全な機能を引き出すことはできない。地球政府は国家の利益を代表するものではなく、惑星の利益を代表するものでなければならないのだ。国家は国家のままであった方が、国民の具体的な利益に適うだろう。国のアイデンティティは、外交交渉では欠かすことのできない要素である。国家という枠の中で従来通りの責務を果すというのが、政府としての本来の義務なのだ。ここでいう地球政府とは、国家を代表する政府にはできなかったことを実行するための暫定組織なのである。水素エネルギーシステムの供給をその手段として、あらゆる民族が繁栄するための文明の基礎となることを目指すべきであろう。平和な状態を保っているためには、健全な経済成長が維持されている必要がある。国境を超越した活動ができる状態を保つためには、既存の政府が備えている形に収まっていてはならない。国連は、国の利益を代表する機関の集合であった。調整するための機能が備わっていても、変革を進めて状況を改善するという能力が備わっているという訳ではないのだ。(京都議定書は温室効果ガスの排出削減を期限までに実現することはできない) 地球政府はどこかの国の一部を借りて、そこに独立した統治地域を樹立して活動するのがよいだろう。国連本部がニューヨークにおかれているのは、はじめから平等性を放棄するというメッセージを世界へ伝えているようなものだった。常任理事国という特別な国が存在する、ということからもわかるだろう。

独自の通貨を新たに発行する必要があるというのは、現在の機軸通貨であるドルが問題の根源になっていたからである。他の国がアメリカと同じことをやろうとしても、それは不可能な話なのである。機軸通貨としての能力は、あらゆる地域と国家で通用するという普遍的な価値をもっていなければならない。ドルには、石油という価値の裏づけとIMFによるSDRという資本の裏づけが与えられている。文明の基礎はエネルギーの確保にあったのだ。しかし、炭素というエネルギー資源を採用した結果、地球がもっていたエコシステムに重大な影響がでてしまったのである。温暖化による気候の変動は、その結果であった。水素エネルギーでなければ、新たな時代の指導的な役割を果すのは不可能なことなのだ。また水素であればよい、という訳でもないのである。経済合理性が備わっていなければ、水素であっても資源としての価値は消えてしまう。安全で且つ低廉な水素エネルギーを制御する能力をもたない限り、この惑星に進化を生み出すことはできないのである。


平和本位制は文明の基礎

水素エネルギーシステムの供給は、平和本位制という枠組みに基づいて実施されなければならない。地球政府と呼ぶべき民間の組織が発行する通貨(名称未定)は、軍事費の負担率の差で交換比率が決定されるだろう。軍事予算の少ない国なら、最も有利な条件で新通貨と交換できるようになるという訳である。軍事大国は、当然ながら最も不利な価格で水素エネルギーシステムを導入しなければならない。水素エネルギーシステムによって得たクリーンエネルギーで生産した製品に価格差がつくことから、軍隊のない国に最も有利な経済条件が与えられるという社会構造が作られる。後れていた経済成長を取り戻し、先進国に追いつくには現在の貧困をアドバンテージに換えてやればよいのである。水素エネルギーで経済発展を目指そうとするなら、先進諸国はまず軍事予算を率先して減らさなければならない。経済格差を縮小均衡させるには、平和本位制という枠組みを採用するのが最も効果的な方法なのである。

通貨の選択が平和を導くものであることが理解されると、再生産に繋がらない破壊のための投資をしようとする国は減ってゆくだろう。生産性の高い仕事が重用され、付加価値の落差と品質との総合力で製品が評価されるようになるはずだ。優れた産物がより優れた産物を生む好循環がものの価値を高めるようになってゆく。このような循環にはいると、文明の質はひと際高まることだろう。エネルギー消費にコストが発生しなくなれば、市場が拡大して生産は刺激され、経済をより活気づかせるようになるのである。生産性が向上すると、余暇時間と可処分所得は共に増加する。これが人類の進化を促す方向へと作用する。文明は花開き、より高いレベルの生活を楽しむような暮らしが当たり前になっていくのである。余裕は豊かさを導き、豊かさは余裕の質に影響を与える。労働の歓びや消費の楽しみなどは、文明を育むメリハリを人類に与えるだろう。この段階になると高い認識が生まれ、無意味な消費は擯斥されるようになっていく。経済不均衡を均して条件などの平等化を進めていけば、国家間にあった経済格差は徐々に縮まっていくようになるだろう。


新通貨発行の権利と義務

水色革命の基礎となる水素エネルギーシステムは、平和本位制に基づいて地球政府という第三者組織が直接供給するべきだ。決済方法は新通貨を以て行い、その国の経済が活力を取り戻すまでの間、相対取引で行うのが市場規模の拡大に繋がって行くだろう。水素を製造する装置はいくらでもある。だが、高い生成効率と安全性、安定性があって且つ備蓄供給までが単一のシステムとなっているものでなければならないのだ。マスタープランをもっている地球政府以外には、できないことである。そのノウハウは日本の中で現在眠っている状態にある。システムとして統合された水素エネルギーを供給するという事業は、全体で一式となるものである。このため、単独で一部分だけを切り出しても経済効果というものは引き出せない。炭素エネルギーを代替する能力にも欠けるので、原油相場が急騰しない限り経済合理性は得られない。炭素エネルギーより低廉な水素資源でない限り、「水克炭」という効果を引き出すことはできない。地球政府が独自の新通貨を発行できるとするその根拠は、誰にもできない高効率の水素エネルギーシステムのノウハウをもつということにある。その上で事前にプログラムしてあるプロセスを適宜打ち出していけば、追随してくることができる企業は最終的になくなってしまうだろう。

地球政府は惑星の利益代表となるため、水素エネルギーの供給を拒むことはできない。だが、究極のエネルギーを平等に分配しなければならない、という義務があるという訳でもないのだ。そこで、この星の秩序に影響を与えている軍事費の割合をみて、適切なレートで水素エネルギーシステムを供給するということになるのである。つまり、平和を実現するためにどれだけ有効な努力をした国なのか、ということが交換レートを決める評価基準になるということなのだ。地球政府が得た外貨は、その国に再投資するためにだけ当面使われるだろう。アメリカは、この再投資に回すべき資本を軍事力の増強という手段に使ってしまったのである。この恣意的な行動が軍拡だけでなく、核の拡散までをも実現させてしまったのだった。アメリカがやってきたことを廃して、やらなかったことをこれから実行すればよいということが、やがて誰の目にも見えてくるようになるだろう。平和本位制が定着するまでの間、ドルの役割の一部も残しておく必要がある。ワーストケースであるハイパーインフレがおきると、ドル資産をもつ世界の国々と組織や個人を直撃してしまうようになるからだ。


地球政府の担当分野

新通貨を発行することにより、ドル本位制が生み出していた多くの問題を地上から一掃してしまうことができるようになる。その手段となる水素エネルギーシステムは、温暖化防止効果を発揮して気候の変動をもとの安定な状態へと連れ戻すのだ。つまり、最終的に地球のエコシステムを復元するということなのである。そのプロセスを一段階ずつ実現していくことによって、国際政治の舞台から軍事支出を減らし平和の実現を近づける効果を引き出だしてゆく。経済力が備わっていなかった国には、これまで先進国だけが得ていたのと同様の優位性が与えられるだろう。軍事力を持ち続けようとする国からは、経済力が次第に失われていくようになるということなのだ。このプロセスを設けることによって、相互間の認識を統一する効果が早く得られるようになるのである。経済に均衡状態が成り立つようになると、軍事力の保持はマイナス方向へと作用するより強い要因へと変わっていくのである。

ドルの弊害は、これまでのレポートで概観してきた通りの状態を「今」だに維持している。現象として生起している問題の多くは、IMF体制によるドル経済圏の中でおきていたことなのだ。水素エネルギーの普及が進みだすと、ドルの需要が減るのは石油・ドル本位制の宿命である。これを回避する術はない。ドルの供給が増え過ぎてどんな結果を惹起したのかということは、これまでに繰り返し何度も言及してきた通りである。ドルの買い手があるうちはドル安効果を引き出せても、ドルの値下がりがある閾値を超えてしまうと、その通貨を必要とする買い手そのものがいなくなってしまうのだ。この段階でドルの暴落が起きるのである。ドルは、既にその発行残高が過剰と言われるほどにまで多くなっている。石油の需要が減れば、ドルの価値は下がりだす。そして、ついには止まらなくなってしまうのである。ドル資産はリスクそのものだった、ということがその時になって漸く目に見えるようなものになる。地球政府が発行する新通貨は、ドルがやったような過剰流動性を生み出すことはない。アメリカの行為に学べば、不具合を消して合理性がすぐにでも生み出せるようになるだろう。


新通貨の価値を裏づけるもの

平和本位制は、ドルの機能を代替する能力をもっている。価値の裏づけとなるものは低廉な資源である水素エネルギーの安定供給と、平和の実現による財政収支の改善である。軍事予算を減らすことができれば緊張が解け、歳出項目を再生産のための予算へと振り替えることができるようになる。新通貨の発行を担当する地球政府には、水素エネルギーシステムの供給をその手段として平和を実現する機会が与えられるだろう。通貨交換のレートを定めるための決め手となるのは、その国の財政収支に占める軍事予算の割合なのだ。軍事予算がゼロであれば、最も有利な交換レートを適用することができるようになるのである。財政が健全化されていれば、その国には経済リスクというものがなくなっているはずである。軍隊が企業化した民営の形態をとっていたとしても、それが産業として成り立っている地域には、水素エネルギーの供給は同じ条件でなされるようなことはない。平和の価値を理解した国にだけ、究極の資源である水素エネルギーシステムを有利な条件で提供することができるのだ。これは、地球政府がもつ基本的な義務の一つなのである。

地球政府は、平和本位制のもつ意味を認識した当該国の特定の組織に、その推進業務を依託するだろう。水素の供給を事業とする者は数多く誕生しているだろうが、システムとして評価に耐えるものでなければ合理性がなく最後まで生き残ることはできない。核となる水分解装置がなければ、平和本位制の実現は困難だ。水素エネルギー供給システムに価格競争力がなかったら、通貨の発行権など本来生み出せるはずがない。温暖化が進めばエコシステムが破れるため、生命を維持するサイクルであった食物連鎖も機能しなくなるのである。地下資源は有限であるため、希少価値が高まるに連れて奪い合いなるという展開が高い確率で予測されている。豊かであった地下資源の底が見えてくれば、より深いところの資源を採掘する必要がでてくるだろう。温暖化対策では将来炭素税の導入もあり得る。水素と炭素のエネルギーコストは、益々開いてゆくことになるだろう。炭素エネルギーから経済合理性が失われてゆくのは、火を見るよりも明らかなことなのである。


循環再投資による螺旋形の成長

アメリカがやった失敗の実例に学ぶと、通貨交換で得た外貨はその国の繁栄に限定した再投資を行い、資本の循環を増幅させてやればよいということが分かるはずである。アメリカが得てきたドルによる資本の攻勢は、その国を繁栄させることを無視して米政府による軍事費の充当へと使われてきたのである。ドルの求心力を善用していれば、市場全体が拡大してアメリカが得ていたものも更に拡大することができていただろう。ドルによる利潤の回収を一旦先送りしてやれば、その国の潜在市場を扶育して購買力を増やすことができていたのである。(中国の経済政策の成功がその証明である。消費市場の拡大が求心力を引き出している) このような展開を形作っていくようにするならば、世界中から貧困をなくすことができるようになるのである。資本の論理を極めてゆくと、自分の毒で自らの成長を止めてしまう自家中毒の状態に陥るのだ。外来種の植物が繁茂してもやがて枯れてしまうのは、毒性が強すぎて自らの生命力が失われてしまったからだった。戦略的なファンダメンタルズの動向をそのまま放置していると、拡大基調が飽和して収束へと向かう時を早めるのである。その予兆を、反米国家の簇生という最近の傾向にみることができる。ドル経済圏という枠組みは、エネルギーの枯渇で頓挫するという終末期をほどなく迎えることになっている。温暖化が進めば、更に早い生命の終焉が待っているのである。

実のなる種は、大きく育ててから収穫を行うべきである。成長させる喜びと育ったものをみる楽しみを味わおうとしないドルという名の集金システムは、南北問題を深刻化させて軍事費の増加を一掃拡大してゆくものになってしまった。イラクでの駐留期間が長引いているため、米政権には深刻な資本の必要性が生まれている。ドルがこれまでに導いてきた国際経済というものは、常に拡大を目指すことを義務付けられているのである。経済成長とは、規模の拡大を意味するもののことなのだ。目先の利益の回収に躍起になっていると、長い焦点でものを見ることができなくなる。国際社会に今できている軋轢の殆どは、余裕が失われたことによっておきたことなのである。平和本位制の導入によって文明が復活すれば、エネルギーは自在に作り出せるようなものとなり、貧困の状態は短期間で改善されるようになってゆくだろう。

2007年1月 5日

水にまつわる物語(一)

革命前夜

水を一次資源とするエネルギー供給システムは、遠からず実用化の段階を迎える。そして直ちに世界中へと普及するようになってゆくだろう。待っているための時間は既にない。このモデルを核にしたエネルギーシステムを速やかに供給していくことによって、最も合理的な社会システムを逸早く構築していかなければならない。水素エネルギーの登場は、既存の枠組みを大きく変える契機となるだろう。ことの成否を決定する鍵となるのは、水を分解する効率の高さとその持続安定性並びに安全性などの維持である。

水素資源を安定的に生産しこれを大量備蓄しておくための有効な技術には、これまでに複数の方法のあることが確認されている。残された課題は、水素を水から取り出すための方法の標準化ただひとつだけである。その他の技術に関するさまざまな方法は、最も合理的なモデルを一つだけ選択すればよいレベルに達している。水以外のあらゆる資源では、エネルギーと環境そして経済に通有する諸課題を解決することはできない。持続して再生する能力をもっていないエネルギー資源では、必ず飽和するという結果を生み出すのだ。この課題の持つ意味を認識することができるなら、惑星の回復と文明の再生は可能であろう。


手順書の抄録

住宅用の水素抽出モデルは、できるだけ小さなものの方が望ましい。技術開発は日々進んでいる。水素を原子の状態で備蓄しておく技術に人類が気づくなら、多くの研究者が一斉に手を挙げるだろう。真実はシンプルなものなのだ。エネルギー産業の研究所が最も早く水素原子の創出法を知る、という可能性は頗る高い。水色革命の要諦となる技術の核とは、電子スピンのエネルギーレベルを基底状態におくというだけのことなのだ。最も効果的な触媒の組み合わせ方が定まったら、それが世界標準のモデルになるだろう。水素ガスを圧縮して貯蔵する方法は、その時点で意義を失ってしまうのだ。同一の電子スピンをもつ水素原子同士は、共有結合をとることができない。従ってH2という分子となることができず、相互に反発しあうという物理化学的な作用は発生しなくなる。これが水素ガスの圧縮プロセスをなくし、水素資源を安定状態で長期保存しておけるようにするのである。触媒は、電子のもつ量子特性に作用する能力を秘めている。

水を元素にまで分解するその反応速度が早いものであるならば、水から直接水素原子を取り出すというシステムを構築することができるだろう。天然水がやっていることを人工的に効率化して、水素資源を取り出すというだけのことなのだ。水を一次資源とする方法に気づいたら、水素の状態にまで資源を精製しておく必要そのものがなくなってしまう。水分解反応を素早く行うモデルを導入することによって、水素を瞬時に取り出してやれば水素分子を貯蔵するというプロセスは基本的に不要なものとなる。水素ガスを高圧化して大量に備蓄しておくための設備は、そこにあっても殆ど意味のないものになってしまうだろう。

原油と並んで現在主流になっている炭化水素をエネルギー転換すると、地球のもつ水の絶対量が増えてしまうという深刻な副作用が新たに生じるのである。温暖化によらなくても、水位の上昇は既に引き起こされている。天然ガスを燃やすと二酸化炭素と気体の水が同時生成するからだ。天然ガスを燃やすと、大気の湿潤化が進んで降水量が増加するのである。これが新たな気候変動の要因になっていることを知るべきだ。このメカニズムについては後日別便で詳細を報告することになるだろう。


誰も知らないこと

水素を備蓄するのではなく水槽の水資源から直接水素が取り出せるようにする、というのが水色革命を成功させるポイントの一つになるだろう。この装置が行き渡るようになると、エネルギー消費は自動的に拡大してゆく。水はどこにでもある物質だからである。雨や雪になって落ちてくるものがそのまま資源として使えれば、だれも石油や天然ガスを買おうとは思わない。エネルギー資源を奪い合う必要もなくなるから、資源を守るための武装も排除することができるのである。水の発見によって、人類は枯渇しない究極の資源を遠からず手に入れる。雨水などを貯めておくことにより、自宅や企業などで直接エネルギーを取り出すというシステムが登場するだろう。夢のような話だと思うかもしれないが、量子特性を活用すればそんなことが可能になるのである。従って資源を調達するためのコストは、当然ながらかからない。これこそが智恵と呼ぶべきものであろう。

運転コストを最小化するモデルが標準化されると、普及は大いに早まるだろう。システムとしての環境負荷は、排熱を除けば限りなくゼロに近づく。水を循環させてエネルギーを取り出すというシステムであるところから、持続再生が可能な最終モデルになると言ってよい。つまり、人類が消費するエネルギーに制限というものはなくなってゆくのである。この方法を活用することによって、誰にもできない水素エネルギー社会を実現することができるようになるのである。プログラムは既にできている。その実現はタイミング次第。地下資源よりも低廉な水素資源でない限り、水色の革命は成就しない。経済合理性を確保することができなければ、人類を含むあらゆる生命の維持は極めて困難なものになる。統合システムの完成度が高ければ、イニシャルコストが高くても運用コストは低下する。量産段階では初期投資さえも大幅に縮小するようになるのである。普及のためのプログラムを少しく検討することにより、量産効果によるコストダウンの実現はより容易な仕事になるだろう。


混沌から秩序へ

手順に従ってシステムを進化させていけば、エネルギー消費を増やして文化生活を謳歌することができるようになるはずだ。電気代は基本的にかからない。ガソリン代も不用である。ガス代も消えてしまうだろう。システム設計と供給方法を工夫するだけで、エネルギーの安全保障は住宅単位でできる簡単なものとなる。殆どのエネルギーは、水からとりだすようなものになってゆく。水分解反応で必要とされる複合触媒は、簡単に手に入るものである。劣化が遅いためきわめて長い期間使い続けることができるだろう。

ライフタイムの長いキャパシタは、蓄電装置を買い替える必要そのものを生み出さない。住宅が健在であるうちは、蓄電ユニットをそのまま使い続けることができるのだ。電気を熱に変えるというのは、決して合理的な方法ではない。このため、蓄熱システムの開発は急務となる。解決策はたくさんある。この部分が充実してゆくと、熱源にかかるエネルギー負苛は最小化する。水分解で必要となる熱がそこから取り出せるようになると、最も発電効率の高い固体酸化物型の燃料電池を組み合わせることが可能になる。蓄電装置がそこにあるというだけでバッファ効果が生まれ、発電機にかかる負担を大幅に軽減することができるようになるだろう。発電機の小型が可能になるという訳だ。


温暖化防止は難しい課題ではない

京都議定書の遵守は、現段階でみるときわめて困難な課題であろう。たとえ現状を維持できたとしても、温暖化は止まらずに悪化する一方である。成層圏付近の二酸化炭素は自然に減ってゆくものなのだが、それには長い時間が必要なのだ。二酸化炭素を増やすのは簡単である。人口が増えるというだけで、その効果が引き出せる。戦闘機が空を飛び回ったり、軍用車輛や艦船が移動したりするだけで、より多くの酸化物を二次生成して大気中へ排出するようになるのである。軍事用の移動体は、エネルギーの消費効率を考慮して作られていない。民生用の移動体とは比較にならないほど二酸化炭素とその他の酸化物を大量に生み出している。戦闘訓練に励めば励むほど、CO2、NOx、SOxの濃度は上ってゆかざるをえないのだ。実際の戦闘になったら、大気圏に酸素化合物が短期間でどれほど増加するのだろうか。第二次世界大戦の末期には、二酸化炭素の大量発生が記録されている。

自動車の生産台数も年々伸びていた。メーカーの業績は、生産台数の多寡と収益率などで評価されている。たとえそれが温暖化の元凶になっていたとしても、自動車の生産台数を競いあっているというのがこの業界の姿なのである。温暖化はメーカーの問題ではなく、ユーザーに帰属する問題だということになっているようだ。二酸化炭素の次に多い温室効果ガスであるメタンは、CO2より20倍以上もの熱を貯め込む能力をもっている。六フッ化硫黄にいたっては二万三千倍の温室効果さえ発揮するのである。この物質は絶縁性能の高さが評価されて、変電所の断路器などに必ず使われているものである。人類が交流送電に依存しなくなれば、二酸化炭素と六フッ化硫黄によるリスクは減って行くだろう。交流送電に固有のリスクとロスとコストなどは、次世代のエネルギーモデルでは死語になっているはずである。交流送電に依存しない社会の建設は、決して不可能なことではない。原発の温存に拘っている一部の議員諸氏が、主務官庁と一般電気事業者にこれまで高い圧力をかけていた。核軍拡に転用できるリスクの存在にアメリカが気づいたため、原発の推進は日本にとって地政学的にはマイナス要因になるという国際環境が今生まれようとしているころなのだ。

2006年12月29日

ドルが生み出してきたもの

ドル経済圏成立の来歴

国際経済の基盤になっている現在の石油・ドル本位制という枠組みは、ドル経済圏を主軸とする市場経済システムというべきものを生み出した。この経済基盤を作りだしていたものがIMF体制と呼ばれるものである。ドルで決済する仕組みを国際経済に与えて、ドル経済圏そのものの存立を支援するための土台を構成するという役割を果している。ドル・ショック以降ドルの価値を裏付けるものの代表が石油だとされ、その延長線上に今日の国際経済というものが成り立っている。先進諸国がIMFに積み立てたSDRと呼ばれる資金は、ドルの発行権をもつアメリカに通貨価値の補償を行うためのサブシステムになっている。当初はブレトンウッズ体制と呼ばれていたドルを機軸通貨と定めた連合国による合意は、金本位制から一方的に離脱したニクソンのあの時の決断以来、IMF体制と呼ぶべきものへと変貌を遂げている。

【前身のブレトンウッズ体制という名称は、第二次世界大戦の復興を進めるための方法について討議したワシントン郊外の地名から取られている。1944年のことだった。ヒットラーの自殺によってドイツの敗戦が確定したのは、翌年の五月のことである。二度の原爆投下で日本が受諾した敗戦という結果は、その三ヵ月後のことだった。連合国側では当時、戦後処理についての計画が既に討議され合意が成立していたのである。ドルが機軸通貨として認定されたのは、この時の会議で決まっていたことだった】


アメリカに繁栄を補償していた仕組み

ローカル通貨の一つに過ぎなかったドルが機軸通貨として指定されたのは、金の保有率で最も高い50%を確保していた国が当時のアメリカだったからである。その後フランスがドルと金との兌換を実際に求めたことから、アメリカの金保有率が半減してしまったのだった。そこで金本位制の桎梏から離れてドル経済圏を拡大するための方策が検討され、あのドル・ショックというものが生みだされている。金本位制から一方的に離脱するという意思決定の仕方は、時の大統領であったニクソンの英断によるものである。1971年のことだった。そこでドルという通貨の裏づけとするための新たな価値が必要となったことから、石油が担っていたエネルギー資源としての価値を以て金を代替するように変更したのだった。その結果経済基盤にあった上限という制約が消え、金融市場が急拡大するようになってデリバティブなどの新たな金融手法が編み出されていったのである。金のもつ量的な制約から離れてドル市場全体が急拡大したことから、米政府は爾来潤沢な資金を手に入れることに成功してきたのである。

為替市場では変動相場制への移行が進められ、固定相場制をとっていた日本もその枠組みの中に取り込まれていった。通貨価値の切り上げを迫られるようになり、一ドルが360円と定められていた円は、短期間でその価値を三倍相当にまで上昇させてしまうようになっていった。為替相場にみられる円の下限は、今の所120円の手前辺りに設定されているようだ。これ以上の円安は、ドル資産の還流を促す可能性を顕在化させるというアメリカにとっての危険性を秘めている。つまり円安の更新は、アメリカにとって大ごとになるのである。債権の償還とその還流が可能な状態になると、ドルの求心力が失われてそれが遠心力になってしまうことになるからだ。ドルが高くなり過ぎると、ドル資産に固定されていた資本が流動化するのである。このことは、驚異的な規模のインフレがアメリカで発生するということを意味していた。

ドルが高くなると、エネルギー資源を買うためだけでも余計な費用が発生することになる。これは物価の上昇と同じことなのだ。ドル高では債権国がもっているドル建ての長期債が解約され易くなるため、長期金利は自動的に上昇してしまう。ドル高になると、アメリカ国外では物の値段が上がると同時に、国内では債権国による長期債の売却が発生して長期金利は上がりだす。これだけで、世界規模のインフレと呼ぶべき状況が発現してしまうのである。被害を最小化しようとしてドル資産を処分しようとする動きが顕在化すると、アメリカのハイパーインフレは眼と鼻の先である。ドルに投資していた国が一斉に資本を引き上げだしたら、インフレを止めることはもう誰にもできなくなるだろう。アメリカ国内には売られたドルが溢れだし、過剰流動性が顕在化するだけでなく一層際立つようになってゆくのである。その結果、ますますインフレが募って最悪の事態が出現するということなのだ。アメリカにとって債権国の通貨価値を引き下げるというタイプのドル高だけは、絶対に回避しなければならないものなのである。

機軸通貨であるドルが国際市場で余りだすという事態は、アメリカが最も警戒していたインフレを惹起する前駆症状なのである。変動相場制の下では、機軸通貨であるドルの発行権(シニョレッジ)をもっているアメリカが絶対的に有利なのだ。賭場に参加する胴元と同じ結果が得られるからである。ドルの需要を国外に意図して作りだしてやれば、自国通貨を発給するのに制約というものがなくせるのである。ドルの需要とは、貿易取引で生じるものだけがその対象ではない。
世界の市場でダブついたドルを回収するために、金利を引き上げて呼び戻すというのがこれまでのFRBがとってきた戦術であった。その余って回収したドルを用いてファンドに日本などの貿易黒字国へと投資させてきたのが、これまでに観測されているアメリカの手口になっていた。ファンドに円を買わせて日本の資産を買収するよう促すと、官民ともに大きな利益が得られるようになっていたのである。現在アメリカが採用しているドル安という政策には、過剰流動性を貿易黒字国に吸収させて尚、当該国の資産を買収するという意味が込められている。


ドル操作国という存在が問題の生みの親

原油相場を上昇させてやれば、ドルの需要は自動的に増加する。もっと簡単なのはターゲットと定めた国にドルを大量に売りつける、という方法なのである。目的とする国の資産に投資先を振り向けてやるというだけで、ドル安を誘導することが間単にできるようになっている。ドルには過剰流動性という属性が常に付き纏っている。インフレを予防するためにこの過剰流動性を回収してきたのが、中央銀行の元締めとなっているFRBであった。政策金利の引き上げという手法で、これまで段階的な利上げを着実に行ってきたという事実が記録されている。このような方法で過剰流動性を解消してきたのだったから、ドル高を演出するのは簡単なことだった。ドルがダブついていなければ、ドルの供給量を絞り込むだけでドル高は簡単に実現するのである。ドル安にしたいのであれば、回収したそのドルを積極的に再利用すればよい。ドルを売って特定の外貨を集中的に買っていくと、日本なら円高ドル安という状態が即座に生まれでるのである。アメリカは、このような手法を使って強いドルと弱いドルとを巧妙に使い分けてきた。このためアメリカには二種類のドルがある、というのが研究者一般の共通認識になっている。

要するに、アメリカが望めば任意の価値をドルに与えることができるようになっている、ということなのである。輸入するにはドル高の状態にある方がアメリカにとっては有利なのだが、では何故ドル安政策がこれまで延々と実施されるようになっていたのだろうか。ドル高からでは得られない大きなゲインが、おそらくそこにはあったはずなのだ。ドルを売り惜しめばドル高が出現するのだし、外貨を求めればドル安という状態を誘導することができる。通貨価値の決定権は、アメリカだけがもっている特権だったのである。円ドル相場で何が起きていたのかということを、日本はこの際よく承知しておくべきである。ここがみえていたら、アメリカの目論見と戦略とが浮き彫りになっていたはずなのだ。その戦術となっていたのがドル安政策だったということなのである。アメリカが仕掛けていたこれら通貨に関する戦略というものは、要因分析がしっかりなされていれば95年暮れ頃までには遅くても判明していたはずのものである。日本の金融当局者は円高が異常昂進した当時の経過をおしなべて謎と形容するばかりで、原因を突き止めようとした形跡はみられない。経緯を調査したとするその結果は、今以て一つも発表されたものがない。


これまでの主な経過

金本位制を離脱したあとのアメリカには、ドルの発行に制限というものがなくなっていた。需要がある限り、ドルを供給することができる立場が確保されていたからである。ドルのもつ機軸通貨としての機能が洗練されたものになり、アメリカがドルの効力を最大化したことで市場経済へと向かう動きが急速に進んでいったのである。85年にはプラザ合意という歴史的な決定がなされている。アメリカと当時対蹠的な立場にあったソビエト連邦では、IMF体制によるドル経済圏のマスが急拡大したことによって計画経済体制の崩壊を早めている。これはアメリカの通貨戦略がもののみごとに奏功した結果だったと言ってよいだろう。ドルのもっていた求心力がアメリカの軍事費を増やし、経済規模を拡大できなかったソ連の軍事費負担をより過酷なものへと変えてしまったのだった。ソ連型の赤色革命で生まれた共産主義体制は、その後5年を経ずして終焉を迎えることになったのである。バブル景気の絶頂期にあった日本の繁栄振りが、共産圏の消費者に与えた影響は大きなものがあったようである。米ソの軍縮合意に調印するための首脳会談で日本を語る時の両巨頭の表情には、日本に対する羨望の眼差しが相互に映し出されていたものだった。

ソ連崩壊後はドルという通貨がなければ国際間のあらゆる決済ができなくなっただけでなく、エネルギー資源を確保することさえ不可能になっていったのだ。市場は金本位制だった頃の数倍規模へと急速に拡大している。アメリカには、ドルを発行したことに伴う外貨収入が押し寄せてくるようになっていた。米政府はドルを売って得た外貨をファンドに貸し与えることによって、相手国資産の所有権を確保するという戦略を陰で支援してきたのである。ドル安外貨高を誘導していたのは、先進諸国に対してのことであった。それ以外の国にはドルは高いままの状態を維持し、一次産品などの購入には入手済みの現地通貨を以て支払ってきた。それらの国では恒常的なドル不足が発生し、石油を買うことさえままならないという状態に陥っている。これが南北問題と呼ばれているものを生み出した原因になっている。テロの淵源を探ってゆくと、結局ドルの供給を惜しんだアメリカの仕業へと還元されてしまうのである。南側の貧困は、ドルを買ってからでなければ一切の決済ができないようになったことからおきたことなのだ。一方貿易黒字国に対しては、反対に積極的なドル売りの波状攻撃を進めさせてきた。こうすることによってドルのもつ過剰流動性を日本などに吸収させ、ドル安を誘導して円高状態の維持更新を進め、米系ファンドに利潤の回収を有利な条件で行えるよう取り計らってきたのである。


アメリカの手口

円高になればなるほど日本では日銀が為替市場に介入してくるため、円売りドル買いをどんどん進めさせるためのドル売りが可能な状態になっていた。ファンドに円資産を買い続けさせていれば、金利をあげて回収してきたドルを日本に改めて売りつけることができるようになっていたのである。日銀ではドルを大量にもっていても、それが実需の決済に使えるという訳ではなかった。そこで最も安全だと信じられていた米国債への投資が行われるようになっていったのである。アメリカがドルの過剰流動性を外国に吸収させようとすると、最終的に長期債が売れるようになっていたのだった。しかもファンドには日本の資産までが手に入るような結果が用意されていたのである。円高になってさえいれば、より少ない円で多くのドルを買い戻すことができるため、ファンドが日本であげた収益を還流させる時には為替差益までが獲得できるようになっていた。

金利を上げて高くしたドルを使って円を大量に買う往路では、その場で円高ドル安という状態が実現するのである。世界市場で余ったドルは、このようにして日本に吸収させてしまえばドルの過剰流動性を抹消することができるのだ。だからアメリカはインフレにならなかったのである。ファンドが得た円資産で計上した収益は円高状態になるのを待ってドル転し、それを還流させてやればより少ない円で多くのドルが復路でも戻ってくるのである。ファンドの投資行為は、資本の行き来だけでも利潤を生み出すようなものになっていた。ドル資本が国内に流入してきたというだけで国が貧しくなっていったのは、このようなメカニズムが働いていたからなのである。日本は円高を強要されてドルを買わされてきたのだったが、このドル資産は外貨準備高という名称で一括りにされ取り崩せないものになっている。在外資産としては貸し方勘定になっているのだが、原資は財務省の借り方勘定であるところの借金なのである。得をしているのはアメリカただ一国だけである、ということはもはや言うまでもないだろう。

ドルが安くなっている限り、この在外のドル資産を日本は取り戻すことができない。円高状態の時に手持ちのドルを円転すれば、必然的に円高がより進んでしまうことになるからだ。このためアメリカがドル安政策をとり続けている限り、米政府には償還を求められない安全な債務が積みあがっていくようになっていたのだった。財務官僚と日銀の双方が共にこのアメリカの戦略に気づかないフリをしているため、国民の多くは未だに盲目状態のままに置かれ続けているのである。つまり、現実認識が国全体でできていないということになるだろう。この背景を知っていて国を売る行為に加担するような政治家は、この国にはいないと信じたいものである。認識なしに固有の資産を売り渡してきた指導層を無知と形容して憚らなかったのは、自らが国に損害を与えていたという事実が見えなくなっていたからである。


ファンダメンタルズとは何か

ファンドが投資行為の表向きの窓口となっているために、為替相場の値動きはファンダメンタルズを反映したものであるとされている。だが、アメリカはドルの価値を任意に決定することができる立場を保っており、ドルをツールとして使うことで世界中から資本を回収する身分を享受してきたのである。アメリカは任意の通貨政策をとることによって、市場経済がドルを動かしているかのように見せかけることができる立場にあったのだ。その役割を実際に果していたのが、ドル資本と呼ばれるファンドの一群だったという訳である。ファンドはアメリカの意を受けて市場からドルを調達し、その資本で外貨を買って成長力のある貿易黒字国の資産へと投資を行ってきたのである。この段階で円高ドル安が確定するようになっていたのだった。ファンダメンタルズという経済の基礎的な諸条件などは、戦術核が担っているような役割を商取引の分野で果すためのアメリカ側の方便に過ぎなかった。

世界中がドルという通貨を必要とする経済環境ができあがってからというもの、アメリカにはあらゆる地域から富が集まってくるようになっていった。ドルを需要に応じて発行すればするほど、外貨がアメリカの資産として集積されてゆくのである。アメリカに富が集中するようになったため、政権はドルが生む求心力をより多く使えるようになったのだった。ドルに過剰流動性が付随しているということは、既に繰り返し述べてきた。市場にドルが余りだすということは、そのままインフレに直結するという意味である。そこでFRBが政策金利を引き上げてインフレに陥る前にドルを市中から回収するような制度がつくられていた。日本はアメリカが発行しすぎたドルの再生工場にさせられていた、ということができるだろう。円売りドル買いという通貨政策を日本がとり続けて外貨準備を積み上げている以上、この国の民が困窮しないはずはなかったのである。

現在の経済状態がFRBによって保たれている限り、アメリカにインフレが起きるようなことはない。過剰流動性は外貨準備高の多くなっている国が率先して引き受けているからである。ドルを際限なく追加発行しても、市場にはインフレリスクを回避するようなシステムができていた。イラクでの戦費が嵩んだとき、ドル全面安の展開になったことがある。今年は二回そのような現象が観測されている。自国通貨が買われてドル安を仕向けられた国では、どちらにせよドル買いで対応せざるを得なくなるのである。その結果ドルが売れるだけでなく米国債までが追加発行できるようになり、米政府には使途に制約のないドルが現金で大量に戻ってくるという仕掛けが機能するようになっていた。しかも、その債務はアメリカにとって返済を求められない種類のものなのだ。ドル資産というものは、ドル安政策を続けている限り永遠にアメリカの外へでることはできない。外貨準備高とは、要するにドル建ての不良債権という意味をもつもののことなのである。


ドルは集金システムになっている

ドルが機軸通貨となっているために、南北問題、テロリズム、温暖化などの多くの未解決の課題が生み出されるようになったのである。水素資源が実用化されるようになると、ドルの価値を裏付けている石油はドルを支えることが困難になる。水素資源によるエネルギー消費が増えはじめると、炭素資源によるエネルギー消費は減ってゆく。低廉良質な水素資源が登場するというだけで、炭素資源を簡単に駆逐してしまうことになるのである。水素が高価な資源であると信じられているため、アメリカは今のところ鷹揚に構えている。だが、日本にある技術を統合することにより、低廉で安全な水素を大量に供給するのは不可能なことではなくなるのである。原油の需要が減ればドルの需要も同じような割合で減ってゆく。ドルは市中に広く出回っているので、原油が値下がりを起こしたと言うだけで余ってしまうようになっている。ドルの通貨供給量が増えているというこの現実は、インフレになる確率が高まっているという意味をもつ。ドルが予測を超えた値下がりを始めたとたん、ドル資産の投売りが一斉に始まってしまうようなことは実際に起こり得ることなのだ。

原油の決済でユーロを指定するケースが増えているのは、ドルのもつインフレリスクが高まったことを示すものである。アメリカのインフレがはじまると、成長性の高い国の通貨がドルで買われるようになる。このため、日本なら円高ドル安という状態が再現されることになるだろう。95年四月にはこの先駆的な円高現象がおきていた。この歳の暮れにEUの通貨であるユーロが正式に採用されることが決まっている。ドル資本は、EU市場から日本へと半年早く緊急避難を開始していたのだった。日本はバブルの崩壊から丁度五年という年月が経過していた頃である。このタイミングで急進的なあの円高がおきたのだった。そろそろ回復期に入ってよい頃だと、多くのファンドが推測したとしてもおかしくはないだろう。インフレの前ぶれは、急激な円高の再来という予兆を伴うのである。為替相場の値動きを見ていれば、インフレ懸念がどの程度深刻なものなのかを予測することは充分に可能である。


水素エネルギーが実現するもの

水素エネルギーが普及段階を迎えると、ドルは機軸通貨としての役割を終えることになるだろう。ドルという通貨では、低廉な水素エネルギーシステムを導入することができなくなっているからである。ドルが問題だったのは、ドルと交換した外貨がアメリカの集金システムの道具にされていたからである。アメリカが獲得した外貨は、実需を除くとその国の資産を買い占めるために専ら使われていた。単純な投資行為であるため、ファンダメンタルズの結果だと説明することができたのである。ドル資本は現地通貨で買収した資産を使って得た収益を、全額本国へと送金してしまう。ファンドは投資効果の実績を作らなければ、出資者から見限られてしまうのだ。

外資系のファンドは四半期毎に決算を行っているため、日本で発生した利潤のすべては速やかにアメリカ本国へと還流していくようになっている。その結果、ドルを買った国からは富を逸早く流出させ、その国でおきるべき資本の循環が生み出せないようになっていた。最善を尽くしたと信じたその結果が、アメリカへの富の流出を急がせていたということになるだろう。自国通貨をファンドに売り渡した国から経済活力を奪ってゆくようなシステムが、日本政府によって維持されている。それが根付いてしまっているということが、この国の現状を生み出していた。知識の修得に熱心になった余り、要素を抽出して要因となったものを分析することに関心が向かなくなってしまったようである。

反米国家が誕生し続けているというのは、ドルの持つこのメカニズムに国民が気付き始めたという証拠なのである。自分達の貧困がドル資本の流入の結果だと察知したことが、反米色を強めさせるようになっている。時とともにアメリカの繁栄がすすみ、自らは貧困の淵に沈んでゆくという経過を年毎に体験するなら、どの国であったとしてもおのずから真実が見えるようになって当然なのである。貧困の病根は、アメリカに資本を集約する富の一極集中という傾斜を米政権とFRBが作り出したその戦略の結果だったのである。アメリカが繁栄すればするほど困窮する国が増えていたというのは、ドルのもつ属性である求心力が作用していたからだった。

アメリカは世界中から集めた富を使って軍備を整え、その他の軍事大国に防衛予算を増加させて当該国の財政収支を圧迫するという戦略をとっている。核の拡散はその結果の一つなのである。アメリカが悪の枢軸と規定したことが、北朝鮮とイランに核装備を急がせた原因になっている。イラクに大量破壊兵器が存在しなかったにも関わらず、アメリカは国連を押し切って一方的に侵攻し時の大統領だったフセインを逮捕した。本来ならこの逮捕は無効とされなければならない。根拠のない侵攻で行われた逮捕だったからである。(12月27日の報道ではフセインの死刑がこの日確定している) 水素エネルギーの実用化を急ぐことによって、ドルが世界に与えてきたこのような不合理なダイナミズムを消し去り、繁栄による平和な状態を早く地上に導くことができるようにしなければならない。それが、これから低廉な水素エネルギーシステムを供給する側の責務というものになるだろう。

2006年12月22日

ラストチャンスを人類はどう活かすのか

京都議定書の限界

文明は地下に眠る炭素資源からエネルギーを取り出す術を得たことで、今日まで続く成長と飛躍的な発展を遂げてきた。人類は科学を手段とすることによって文化的な生活の進化を急ぎ、地下に埋蔵されていた資源を次々に発見してこれを大量に消費し続けている。その結果、エネルギーを取り出した後の二次性生物である二酸化炭素の濃度を上空で高め、地球全体を暖めるという温室効果を顕在化させてしまったのである。地表では大気圏で生じた温暖化という現象によって、穏やかだった気候の安定が損われさまざまな予測を超える変化が自然現象に現れるようになっている。

産業革命以来人類は熱エネルギーを応用することで外燃機関・内燃機関などを発明し、そのメカニズムを合理化してより洗練されたものへと仕上げていった。電気エネルギーを供給するためのインフラを普及させ、照明だけでなく、通信、娯楽、映像、音楽、教育、情報、などを含むさまざまな分野で技術革新を日々生み出す原動力を引き出している。だが、温暖化を進めたことによって気候を安定させていた条件が失われ、広範囲にわたる大規模な災害をいたるところに生み出すようにもなったのだった。温暖化が進めばすすむほど、気候の変動は悪化して一層凶暴化するようになっている。これまでにとってきた多くの対策とその結果とをつき合わせると、何の効果もあげていなかったということが見えてくる。

人類は、炭素燃料の消費を抑えれば温暖化が止められると思い込んだのだが、その実効はなかった。電力分野でエネルギー消費を受益者が抑えても、供給側では炉の燃焼を維持していたからである。自動車の販売台数も伸びている。京都議定書は、エネルギー消費を増やすことで発展してきた社会を、経済成長を止めずにエネルギーの消費効率を改善させることによって、二酸化炭素の削減を先進国に受け入れさせるためのものだった。ニンゲンがこれまでやってきたことは有効解を探すということではなく、エネルギー消費をできるだけ削減するという対策だけである。二酸化炭素の排出削減が困難であるということは、当時から理解されていなかったようである。経済成長と消費動向の相関を要素として採用してこなかったということが、削減義務を機械的に課すことで問題を解決できると思わせた。二酸化炭素の排出量を減らせなかったのは、手段を与えずに削減目標という課題の達成のみを要求したからだ。経済成長を犠牲にしない限り、京都議定書の枠組みで温暖化を防止するのは不可能なことである。

京都議定書という国際条約の定める削減目標が実現不可能なものであったことから、あらゆる日本の温暖化対策から実効というものが失われていったのである。国民はエネルギー消費を減らす努力を怠らなかったのだが、炭素燃料の輸入が減ったという事実はなかった。京都議定書を遵守するためには、名目上の数値を堆(ウズタカ)く積み上げてみたところで実際の効果は得られない。燃焼そのものを減らすという行為が実行されていなければ、温室効果ガスの濃度は増加するばかりなのである。炭素燃料の輸入量の推移を確認すればすぐ分かることを、エネルギー消費抑制の結果で計ろうとしたことが錯誤の根源になっている。削減義務を個人のレベルにまで細分化して確認しようとしてきたために、消費行動とCO2排出との間に一対一の対応があると錯覚するようになったのだった。このことが国民の膏血を絞って得た国税を、効果のない対策を実行するために使い続けさせるという拙い現実を生み出したのである。これらの経過のもつ意味を自覚することができなくなっていたということが、大金を投じて推進してきた温暖化対策を無効な結果に終わらせている。身から出た錆ということではあったのだが、国民は堪ったものではあるまい。ただでさえ苦しい生活を強要されている中で支払ってきた血税が、無為に費やされていたということを証明することになったからである。

ドルが担っている機能

炭素燃料に占める主要な成分となっている原油は、経済基盤の基礎となっている機軸通貨であるドルの価値を裏付けるという役割を果している。一般に「石油・ドル本位制」と呼ばれている現在の枠組は、石油の取引をドルで行うという了解のもとで成り立っているものなのだ。石油の需要が増えればドルの需要も増えてゆく。ドルの通貨発行権をもつアメリカが繁栄する一方となる展開が、その段階で生じるようになっていたのである。このような状況の中でアメリカがドルの発行権を強化しようとするならば、原油市場で価格の高騰が起きるようにするのが順当な戦術であろう。

原油を高騰させる理由は何であってもかまわない。もっともらしくみえるものなら、それで充分に通用するのである。投資家は、数字の向かう先をみて将来を判断している。情報の真贋で判断するのではなく、趨勢をみて決断を下すのである。これまでの原油高騰の局面でもいろいろな理由付けがなされてきたのだったが、そのどれもが実態を反映するものとはなっていなかった。需給状態の現状を見ると、原油の備蓄は既に過剰な様相を示すようになっている。市場参加者が適正な判断を行える状態になったということが、高騰状態にあった原油価格をこの秋引き下げることへと繋がっていったのだった。(その後オペックが減産を決めてからというもの、原油価格は緩やかに上昇したのだが腰はまだ定まらずふらついているようにみえる)

原油価格の急落でドルの需要水準が下がっていたことから、市場では機軸通貨であるドルの過剰感が生じていた。世界中に展開していたドル資本はその通貨価値を維持するため、過剰流動性を希釈する必要に迫られたのだ。その結果NYの株式市場で一段高いレベルの平均株価が出現し、その状態が現在も尚維持されるようになっている。FRBが政策金利を引き上げることで過剰流動性を回収していたのだったが、金利を上げ過ぎてしまったためその手段がこのところ使えなくなっている。アメリカは回収したドルを使って過剰流動性を希釈するために、ファンドを窓口とした日本資産の購入を集中的に進めてきたのだった。ユーロが誕生することに伴ってEU域内で流通していたドルが余ることを察知したファンドが、一斉に日本買いへと走ったために起きたのが当時80円を超えたあの円高の理由だったのだが、米政府とFRBはその事実から多くのことを学んだのである。ドルのもつ過剰流動性を吸収させるための仕向け先を日本へと絞ったことが、その後円高状態を利用した外資系ファンドの暗躍を支援するシステムを生み出すようになっていったのだ。

円が急騰したことから日銀は後に未曾有の低金利政策をとっている。このため、米系資本に円を買うための絶好の漁場を与えるという結果が生み出されたのだった。ファンドは円を買ってその資金で土地と企業を買収し、それを担保にドルに対して高くなっていた低利な円資本を日本市場で大量に調達することに成功したのだった。(日本の金融当局は円高が異常高進したその理由を未だに探しあぐねている) これらの経緯はアメリカのシナリオ通りに進んだことを示しており、それは現在も尚続いている。アメリカの優位を決定付けているものは、日本が選択した劣位に甘んじるというこの姿勢だったのである。それを可能にしていたものとは、日本政府の無知と同盟関係の歴史的なしがらみである。このため日本をアメリカの属国とみる傾向が年々強まってゆくようになっている。

このバックグラウンドを知らない金融当局と前政権の首相であった小泉らは、アメリカに指嗾されるまま外資導入を政策として採用したのである。外資を導入すれば、必然的に円高になる。考えるまでもなく分かることだろう。円高対策でドルを買って円を売る介入を日銀が実施してきたために、財務省は短期証券を発行して日銀にドルを買わせるための資金調達を行わなければならなかった。その累計が一昨年ついに90兆円に達する規模にまでなっていたのだった。この現実を、日本の国民すべてが知らされていなかったのである。巨額の債務は日本の外貨準備高の推移とまさしく符号していたのだが、日本の知識階級にはドルを仲立ちとしたこの相関関係の存在が明らかに見えていない。問題を指摘する声はどこからも聞こえてこなかったからである。ある種の遠慮があったということはできるかも知れないが、結果の深刻さを考えたら黙過していることはできなかったはずである。行為に結びつかない認識というものは、あって無きが如きものなのだ。


ドルが生み出した力学の実態

アメリカの窓口機関となっているファンドに政府公認で日本の固有資産を売り渡してきたために、日本国内でファンドが得た収益は四半期毎に悉くドル転されてアメリカ本国へと還流していったのである。(長銀の買収にみられる経緯には、日本が実施した国の資産を売り渡すという行為のエッセンスが凝縮されている) このため日本国内で循環するはずだった利潤から厚みというものが失われ、いざなぎ景気を超える長期の経済成長があったにもかかわらず、カネが国内にまわらないというキッカイな世の中が生み出されてしまったのだった。資本を循環させなければ、成長のスパイラルを呼び込むことは不可能である。日本の国民だけが受けているこの困窮とは、政府が外資を導入して利潤を短期間で回収再利用させるための仕組みを許容したことが原因となって起きたことである。売上高と収益の増加が続いていたとしても、それはアメリカとファンドの投資家を潤すことにしか役立っていなかったのである。日本企業はというと、馬車馬の状態におかれてひたすら走り続けることしかできなくなっている。

米政権が潤ったのは、日銀が介入して得たドルで米国債の大量発行が可能になったからである。発行した長期債が売れ残らなければ、長期金利は安定しているか寧ろ低下している。これが企業の収益増加を意味することであったことから、NY株式市場の取引が活発化するという展開が産みだされている。(日本の税収アップには役立っていた、ということはここで一言しておくべきであろう。安倍内閣による新年度の国債発行予定額は、この税収の増加を見込んで五兆円の減額を見込んだものになっている) 


【アメリカが京都議定書から逸早く離脱することを決めたのは、地下資源の消費抑制がドルの発行権を狭めることになることが分かっていたからである。アメリカが世界を安寧な状態に保っていると自負しているため、ドルの発行権を最大活用して任務を遂行することが己の責務だと思い込んだようである。米政権はアメリカに集まってきた富を独占し、自国の軍事支出を拡大することで富の再配分を合理化してきたのだった】


ドルを売りつけて貿易黒字国側の通貨を高くしてやれば、当該国の中央銀行が為替市場に介入してくるのは分かっていたことである。ドルには過剰流動性というものが常に付きまとっている。市場で余ったドルで外貨を買うことを演出することにより、ドルを安く売って過剰流動性をその国に吸収させることができるようになっている。米国債が売れるのは、その結果の一つだったのである。ドルを買った国ではドル資産が増える効果が得られるのだが、その債権はドル安の状態が維持されている限り還流できないものになっていた。処分できない在外資産をもつということは、不良債権を抱えているのと同じ意味のことである。ドル資産を円転しようとすると、回避したはずの円高がたちまち再現されてしまうからである。


ドル本位制の弊害と反米国家の誕生

水素エネルギーが登場すると、石油・ドル本位制という現在の枠組みが崩れることになる。ドルの需要が減れば、その過剰流動性はその場で顕在化するのである。余ったドルの仕向け先にされた国では、自国通貨が買われて高くなると同時に、安売りされた大量のドルを抱えて始末に困るようになる。ドルを有効利用しなければ損失が増加するだけなのだ。ドル売りにまわればドルの価値は一層低下してしまう。水素エネルギー社会が浸透すればするほど、ドルの過剰流動性は顕著になって誰の眼にも明らかなものになってゆく。つまり、ドルの信用度が大幅に低下するという事態が出現するときが、すぐそこにやってくるということなのである。ドルのもつ属性を吸収させるための仕向け先がなくなった時、アメリカには行き場を失ったドルが溢れてハイパーインフレが勃発するのである。困るのは米国民とドル資産をもつ国とその資産家である。米政府はインフレが高じれば高じるほど、負っていた債務が軽くなってゆくという大きなメリットが得られる。国家の借金がチャラになれば、経済をそこから建て直してゆくのは容易なことである。

ドル資産を最も多くもつ国家は、中国である。その規模は一兆ドルに達している。次が日本、そして韓国、台湾という順になっている。アメリカにハイパーインフレが起きたとき、これらの債権国の被害が最も甚大なものになるのである。水素エネルギーの導入を急ぐのは必要だが、その前に国の資産を保全しておくことが何にも増して重要なこととなる。日米同盟に拘ってアメリカに義理立てをしていると、京都議定書が定めた削減数値が実現されてゆくのに伴って、ドルという通貨が生み出すリスクをより高めてゆくことになるだろう。これを回避する手段は、ある。水素エネルギーを普及する組織ができたら、そこで具体的な戦略を立案し戦術を公開することになるだろう。アイデアを先取りされると、他国の先行を許し資産の保全が困難になってしまう。出遅れたところがババをひくのは、法則の定めるところである。

人類にとって最後のチャンスとなるこのタイミングを見逃すと、環境の回復ができたとしても政治経済のアンバランスを解消することができなくなってしまうのだ。アメリカにとってドル本位制の枠組みを維持するというのは至上命題である。現在は石油がドルの価値を裏付けているため、機軸通貨であるドルを需要にまかせて発行することが許されている。需要が減れば過剰供給になるのは当たり前のことだろう。現在の枠組みを支えてきたIMF体制が、アメリカに保安官の仕事を与えていたのだった。任務の遂行に必要とされる資本は、ドルを売りつけることでいくらでも調達することができるからである。ドルを売って得た外貨は、その国をアメリカの経済植民地にして国民の生活をより圧迫するようになってゆく。反米国家は、このメカニズムが顕在化したことによって生み出されたものなのだ。ドル資本を国内に呼び込んだという事実が、国力を衰弱させた原因になったということを国民が察知しはじめている。反米国家は、アメリカの繁栄が自らの犠牲に上に成り立っているということをよく知っている国のことである。日本が真実を自覚するようになるのは、遥か先のことになるだろう。


日本政府の現状と水色革命

水素エネルギー社会を建設するということは、IMF体制を見直すための経済環境を作り出すという意味をもっている。炭素燃料を買わなくても済むようになれば、ドルの需要は減ってゆく。水素エネルギー社会の建設を担当する組織には、これまでの枠組みを転換する空前絶後のチャンスが与えられるということになるだろう。その意味で地下資源のない唯一の被爆体験国という経歴を持つこの日本にあるノウハウで、その重要な役割を果すべきなのだ。そのための条件は、この国の中にほぼ整っている。実行する気になれば、世界は日本の技術についてくるだろう。アイスランドは早い段階でこの見通しに基づいた行動を起こしている。だが、水素化プロジェクトというものは民間の組織で行わなければ意味がない。日本の政府はアメリカに馴致されている。現実認識さえできていないという困った状況におかれている。問題というのは、その自覚さえない政府が維持されているというこの現状にあったのだ。

水素エネルギー社会実現の鍵となるノウハウは、この日本という国の中に用意されている。どこか小さな国の一部を借りて本部を移し、世界を牽引してゆくための独立した組織網を展開して速やかに水色革命を実行に移さなければならない。人類に残された時間はそう多くない。水素エネルギーによる地球の回復は、新しい枠組みを建設することと並行して進めなければならない。炭素エネルギーを大量に消費するということが、アメリカに富を提供するシステムを成長させてきたのだった。軍備の増強と核の拡散、テロと南北問題、そしてなによりも地球の温暖化による気候の変動が、あらゆる生命に対する淘汰圧になろうとしているのである。生命にとって喫緊の課題を解決するということは、水素エネルギー社会を牽引してゆく組織の建設ひとつにかかっていることなのである。

水素エネルギーは、炭素エネルギーが生み出した枠組みを大きく転換するという能力を秘めてそこに待機している。このポテンシャルを引き出してやれば、国連の再生と環境の回復を同時に実行することさえできるようになるだろう。アメリカが謙虚な国に戻るというだけで、国際社会に生まれていたバイアスはほぼ解消されるようになる。アメリカ以外の国が覇権をもつことはできない。機軸通貨としての能力をその国の通貨はもっていないからである。市場経済で統一された平等な国際関係が成り立っていれば、偏頗な傾斜を生む経済力を新たに出現させることはできない。通貨によって生まれる求心力を利用しなければ、どんな国であってもリーダーシップを発揮し続けるのは不可能なことなのだ。市場経済が浸透した国際社会では、経済力は軍事力に優るようになるのである。軍備を勝手に増強すれば、財政赤字を単独で悪化させるという結果を招くのである。覇権を握るために国際社会の信用を失ったら、その国の経済を発展させることはできなくなる。水素エネルギーのノウハウをもつ未知の組織は、国家の枠を超越した行動をとらなければならない。これが非政府系の組織でなければならないとするその理由である。力に頼ろうとする国に対して、価格競争力を生み出す魔法のランプである水分解システムを安易に供与することがあってはならない。

水素エネルギーへの転換を促す組織は、資本主義のあり方を変えるだけの力をもっている。水素の一次資源がどこにでもある水だったということが理解されるようになったら、誰もそれを奪おうとは思わない。必要なのは、水から水素資源をとりだすノウハウを確保しておく、ということただ一つだけである。水素エネルギー社会を建設するための民間組織の核ができたなら、世界の平和を実現するための方法と方向を指し示すことができるようになる。ドルに代わる中立中性の独自通貨を発行し、ドルに代わってこれを供給してゆくことで水素を取り出すノウハウを広めてゆくようにすればよい。通貨発行権は国家にだけ属するようなものではない。平和本位制という新しい枠組みの下で交換レートを決めるための要素は、平和による繁栄にどれだけ近づいているかということをみる財政収支の結果なのである。その国がもつ経済の健全性をみれば、平和にどれだけ近づいているかということがみえてくる。経済の健全さということが国を成長発展させる根拠になっていることから、バランスシートをみれば水素エネルギーのノウハウを有利な条件で供与すべきかどうかを判定することができるだろう。つまり、軍事予算が過大になっている国は水素エネルギー社会の実現を遠ざける、という状況に置かれ続けるということになるのである。この枠組みのことを、平和本位制と呼んでいる。

平和本位制が未来を展く

軍事力をすべての国が手放せば、防衛するための行動は意味をもたない。水素エネルギーとは、このような社会が建設できるということをニンゲンに伝えるためのものである。このチャンスを人類が逃がすなら、バイアスのかかった政治経済システムを永遠に保守して暮らす世の中を甘受するべきだ。環境が回復しても経済が偏ったものにとどまっていたのなら、この惑星に真の文明は訪れない。究極のエネルギーは、究極の平和を実現することに使ってこそ意味をもつ。水素資源を人類が手にするとき、望ましい星のあり方が多くの人の眼に見えるようになっているだろう。水素は水から簡単に取り出せる。水こそが究極の資源だったということを人類が知るのは、すぐ目の前にまできているのである。

地球は水の惑星と呼ばれる星である。この状態は太陽系の精妙なバランスの上でなりっているものである。地球から最も近い恒星系はここから四光年ほどのところにあるのだが、地球と同じ環境の惑星を探しだせる確率はきわめて低い。地球を捨てて移住するというアイデアは、検討の対象にはならない。速やかに放棄するべきだ。宇宙開発をやってもニンゲンが生きているうちに辿りつける惑星は限られている。そのすべてがニンゲンの生存にとって不適切な環境である。守るべきものは、地球以外には存在しないのだ。その環境を悪化させてきたものをなくすというのは、人類に与えられた本来の責務だったのである。水素資源を水からとりだすノウハウをもつ未知の組織が果すべき役割りとは、世界を構成しているシステムを健全化するということただ一つだけである。地球の回復は、人類のもつ意識が先に健全化することによってのみ実現するのである。

惑星の命運を決めるラストチャンスを人類が活かさなければ、地球の未来は直ちに決定する。生命の殆どが絶滅するという結果がそこに待ち構えているからだ。マスタープランを知り、グランドデザインを描いた上で一歩ずつ進んで行くと、ニンゲンにとって望ましい結果がすぐにやってくるだろう。エネルギービジョンをもつことは重要だが、それで済むということではない。この星の経済ダイナミックスは、ドルという通貨が存在を許されることで生み出していた。ドルに力を与えていたものは、アメリカを核として成り立っている世界銀行、BIS(国際決済銀行)、を包括する所謂IMF体制と呼ばれる枠組であった。アメリカのローカル通貨であるドルが機軸通貨になっている限り、平等な経済システムを建設することは不可能だ。アメリカにだけ求心力を与えている市場経済をFTAで拡大したところで、WTOで国際間の軋轢を調整することはできない。ますます荒れる一方の展開になるということが分かっている。新しい機軸通貨を創出してドルを本来の位置であるローカル通貨へと戻してやることによってのみ、真に平等な取引条件というものの基礎が築けるようになるだろう。

2006年12月15日

水素エネルギーは状況をどう変えるのか

資源としての水素には分子状態のもの以外にも、原子状態で存在するものがある。これまでにニンゲンが得てきた知識によると、水素原子は単独では短時間しか存在することができないと思われていた。しかし、医療分野で活性水素の存在が知られるようになってきたことから、その事実を立証する必要に迫られている。天然水の中に活性水素が多く含まれているということは、飲用したあと体内の活性酸素が減っていると見られる変化のあったことから、原子状態の水素が存在するという仮説が支持されるようになってきたのだった。有毒な活性酸素に有益な活性水素が反応すると、活性酸素(一重項酸素)の毒性が消えて只の水になってしまうのである。このことから、生体機能の回復と健康の維持増進に活性水素が関与しているらしいという疑いが浮上してきたという訳だ。この活性水素の飲用を続けていると二週間程度で身体症状に変化が認められるようになったことから、ここ数年間で経過観察に関する研究の報告が纏められるようになってきた。活性水素に注目している医療分野は、主にガン、糖尿病などの臨床を担当する機関だった。それぞれの分野で共に顕著な改善が複数例報告されていたことから、人体と活性水素との関係について認識を改める機会が今後増えるようになるだろう。

活性水素とは、原子のままの状態で存在する水素のことである。原子核である陽子ひとつに、電子がひとつだけついているものが水素原子の構造である。同位体とよばれる水素も存在するのだが、その比率はコンマ以下で極めて低い。水素原子には中性子がついていない、とするのが一般に理解されている概念だといってよいだろう。この中性子をもたないものを軽水素と呼んで区別している。単に水素というときは、この軽水素のことを指している。元素は一つの電子軌道に二つの電子を得て安定するものであるところから、軽水素は足りない分の電子一つを求めて、不安定な状態から落ち着いた分子の状態へ移とうとする性質を直ちに発揮するのである。反応する相手を見つけて分子になろうとする性質を強くもつものを、フリーラジカルと呼ぶ。水素原子が単独で存在しないとされてきたのは、フリーラジカルとしての水素の性質が知識人の間に膾炙していたからであろう。水素原子がフリーラジカルの状態から安定した分子状態に遷移するのは、原子核同士で最外殻の電子軌道をシェアしあう状態をとったときである。電子軌道を共有する状態となった水素分子が互いに強く反発しあうようになることから、常圧下では希薄なガスになってしまっていたのである。水素分子を資源として大量に備蓄するためには、高圧化して圧縮しなければならない。水素資源を400気圧から800気圧にまで高めなければ走行距離が稼げなかったというのは、この水素分子となって新たに生じた遠ざけあう特異な性質のためだった。

電子軌道を共有する分子構造を成り立たせるための条件は、それぞれがもっている電子の属性が互いに異なっていなければならないということである。同じタイプの電子同士が単一の軌道を共有することは「絶対に」できない。(パウリの排他律) 量子力学では電子スピンの向きが上方向か下方向かという要素でその違いをみている。量子化学では磁気モーメントという概念で説明するのが一般的である。意味内容についてはどちらも同じことを言っている。双方において違いと呼べるものはない。電子スピン(磁気モーメント)の向きが同じ電子同士であるのなら、共有結合をとることはできない。これは物理法則なのである。このことから電子のもつ量子的な属性(量子数という要素)を統一してやれば、単原子だけで構成された水素資源を作ることができるということがみえてくる。電子のエネルギーを上げるより下げる方が容易で且つ確実なため、エネルギーを放出させて低い準位の電子状態に統一してやればよいということが見えてくるだろう。活性の高い電子からエネルギーを吐き出させてしまえば、繋がり合って分子化しようとしてもできない基底状態にある水素原子が大量に得られるということになるのだ。それを可能にするのが触媒だったということが、近年になって漸く理解されるようになってきたところなのである。

電気的な手法を用いて活性水素をつくるアルカリイオン整水機には、白金が触媒として使われている。天然水には白金と同様の触媒効果をもつミネラル成分が多く含まれている。天然水を採取した土地によって活性水素の量に差がでているのは、無機質が分布するその地域に特有の組成の違いが原因である。(ルルドの水が最も古くからよく知られているものだが、メキシコやドイツにも不思議な効能を示す水の存在が広く知られている。日本では九州日田の天然水がもつ効能が顕著で一般に浸透しているようである) 
電子のもっている量子としてのこの属性を触媒を用いて低い方に均してやれば、活性水素(水素原子)を大量に作り出すことができるということが判るだろう。これが電解水素とよばれる活性水素を作り出す装置で作った水が、病人の自然治癒力を引き出していた理由だったのである。この装置を開発した先生の説明によると、白金のコロイドに水素が原子状態で付着するからだということなのだが、電磁相互作用のはたらきを超越して電子が何らかの結合状態を取るということは考えられないことである。物理と化学の共通集合の部分を知らないと、反応の実態を正しく理解することは困難であろう。

活性水素ができるその原理を知っていれば、水素分子による膨張圧力を回避することができるということなのだ。液化水素の蒸発を抑える効果も引き出せる、ということになるだろう。水素を高圧化することなく且つ液化水素の蒸発を減らすことも可能であるのなら、水素エネルギー社会の実現を早める効果が引き出せるはずである。多くの技術的な急進展が近い将来あったとしても、決しておかしくはないのである。量子効果の応用法に気付けば、高圧ボンベを導入する必要はなくなってしまうのだ。高圧化するそもそもの理由は、分子状態の水素が互いに強く反発しあうという並々ならぬ属性をもっていたからであった。活性を保たせた水素原子のままの状態で水素資源を備蓄することができるのなら、大気圧のままで備蓄する形態をとることは可能でなければならない。

燃料電池自動車なら一回の充填で走行可能な距離を、高圧ボンベなしで、普通の乗用車並みのレベルにまで伸ばせるようになるということである。圧縮すれば走行距離は当然伸びることだろう。水素エンジン自動車でも燃料電池自動車と同様に、高圧水素から常圧水素へとシフトするのは必定である。液体水素での備蓄を目指すのなら、真空断熱と再冷凍システムにかかっていた負苛を減らす効果が引き出せる。液化した水素は電子スピンのエネルギーを放出してその向きを変えるとき、微小な熱を発生させていた。これが液化水素を気化させる熱源となっていることから、エネルギー状態を最低にしておけば、内的条件による気化を防いで再冷凍するための負担を軽減する効果が得られるのである。また液化水素の冷熱で誘導する高温超伝導応用技術が公開されるようになると、さまざまなテクノロジーを刺激して大輪の花を集中的に咲かせる百花繚乱の時代がやってくるようになるはずだ。この時、日本が世界を牽引して行くための「外的」条件が整うだろう。

水を資源とする究極のエネルギーシステムをつくれば、環境に負荷を与えない自給自足型の汎用モデルができるだろう。発電した後元の水に戻るだけだから、環境負荷は一切生じない。あらゆる水素化合物をエネルギー資源とすることは理論的に不可能なことではないが、水素を抜き去った後の最終処置をどうするかという課題が新たに生じてくるだろう。その処分方法を前もって検討しておかなければ、二酸化炭素の単純な増加が温暖化による気候の変動を生み出していた現実があるように、なんらかの非水素系化合物を生み出して未知の現象を惹起しないとも限らない。二酸化炭素が温暖化を促進する温室効果ガスだった、ということが一般に知られるようになったのは80年代になってからのことである。18世紀半ばの産業革命の頃から20世紀の終わる頃まで、人類が二酸化炭素濃度の上昇がもつ意味を理解することはできなかったのだ。
副作用のない持続再生が可能なエネルギー供給システムというのは、水を起源とする循環型の水素資源でなければ成り立たないのである。それを有効なものにする方法はたくさんある。古典的な電気分解法ではエネルギー収支がとれないため、経済合理性を引き出すことはできない。電気分解という方法を実用化するためには、ある特別の条件を満たさなければならない。その条件とは、超伝導という電気抵抗のない状態を安定的に維持する、ということである。

電気分解以外で水から水素を取り出す方法はたくさんある。確認されているものの中で最も小型のものなら、自動車に搭載することもできるような潜在能力をもつものが登場している。水素はガソリンと同じ内燃機関で燃やすことができる資源であるため、バイフューエルという方式を採用する自動車が数年前から市販されていた。先行しているこのBMWというメーカーでは、スイッチ一つで燃料種別を切り替えることができる水素・ガソリン併用型エンジン車の開発が進められていたのだった。そのバイフューエルタイプの自動車で高圧水素から液化水素へと備蓄方法を切り替えたモデルが、つい先月発表されたばかりである。バイフューエルという燃料を併用するための方式は、水素ステーションがまだ普及していないために編み出された暫定的な措置である。水素供給インフラが整うまでの間は、この経過モデルが水素エンジンによる移動体のトップランナーになっているだろう。だが、液化水素の応用技術が普及浸透するようになると、超伝導電気自動車の方がおそらくコスト面で有利になるはずである。日本は、将来をしっかりと見据えた慎重な投資を堅実に進めるべきであろう。

水素を資源とする近未来の移動体は、その動力源が内燃機関であろうと燃料電池であろうと、必ず純水を排出することになっている。水素燃料で走る移動体が登場すると、ヒートアイランド現象はなくなってしまうだろう。多くの移動体が散水して走りまわるようになるため、気化熱による冷却効果が日中安定して得られるようになるからである。その代わり、日本の夏では毎日のように夕立が戻ってくるようになるだろう。冬なら水のままタンクに備蓄しておくことによって、まとめて側溝などに捨てればよい。水を分解する装置が一般化すれば、燃料タンクには水を注入すれば運動エネルギーが取り出せるというモデルが登場するだろう。この段階になると二次生成した純水を循環させるモデルが登場しているはずである。燃料となる水を補給することなく長距離走行を可能にするのは、それほど難しい課題ではなさそうだ。そんなことを実用化するシーズは、既に発明されたものがニンゲンの手の上に乗っている。花を咲かせるかどうかは、同時代を生きる人類の心がけ次第だといえるだろう。

この小型水分解装置の動作原理は、熱化学反応というものである。熱と触媒があればいつでも水を分解することができるようになっている。反応速度は極めて速い。この方式なら水素分子の状態で資源を備蓄するまでもなく、水の状態のままで水素資源を取り出す装置へと発展させてゆくことができるだろう。600~700℃程度の熱源は必要だが、これは蓄電装置にある電力から取りだす工夫を導入すればよい。蓄電容量を多めにとっておけば、熱が不足して水分解に困るようなことはおきない。蓄熱材と組み合わせてやることで、電力消費の少ない水分解システムを構築することは充分に可能である。近在に工業炉をもつ工場があれば、その廃熱を有効利用することもできるだろう。不用になった熱を資源として水分解反応に応用するなら、より合理性の高い水素資源の創出が可能になるはずだ。

内燃機関の排熱は600℃程度である。この熱を水分解反応に取り込むことができるため、エンジンを始動させた後でなら水から水素を熱化学反応で連続的に抽出することは可能である。このモデルでは、燃料タンクには水が入っていればよい。二次生成するのも水であるところから、若干の工夫を加えることによって、閉鎖系のエネルギーモデルが自動車産業に登場する時代がやってくるものとみられる。大気を燃焼室内に取り込まなければ、窒素酸化物が生じるようなことはおきない。水には燃焼に必要な酸素が33%含まれている。大気中の酸素はおよそ21%なので、水分解した後の酸素を転用すれば燃焼効率を既存のエンジンより大幅に高くすることができるだろう。

臨界温度に達すると、水素と酸素とが同時に得られるようになるという装置である。反応容器内で再結合しないような配慮は必要だが、水素分子だけを先に取り出して燃料電池で発電を行うのなら、蓄熱で消費した分の電力を常に補えるシステムを組むことができるだろう。内燃機関でも同様のシステムを維持することは不可能ではない。水分解で同時生成した酸素の使い道は、いろいろなプランが検討されている。蓄電装置をエネルギーシステムに組み込むということは、直流の二次電源をもつということである。交流がゼロボルトである大地を目指して流れ下ってゆくのに対して、直流の二次電源ではプラスからでた電流は自身がもつマイナスの電極へと向かってゆく。負苛を発生させる電気製品のスイッチが入ると、そこで始めて電流が流れるような仕組みになっているので無駄な電流は生じない。これは交流の非接地系でも同じことなのだが、交流で発生する負苛変動は地下へ投棄する電流の方を見えないところで増やしていた。直流の二次電源とは決定的に異なった結果を、交流送電は生みだしていたのである。
エネルギー供給システムに蓄電装置というバッファ(緩衝装置)を組み込むということは、使った分だけを後でゆっくりと充電してやればよいということである。需要の減った時間帯で消費した分の電力を補充してやれば、翌朝からの需要に予め備えておくことができるようになるのである。

現在日本の石油備蓄残高は、海上で備蓄している分も含めてほぼ半年程度の需要を賄うレベルに達している。小型の水分解装置を住宅や企業などに導入することにより、石油を備蓄しておく必要性は大幅に減らせるはずである。水を分解するための熱を生み出す電力がバッファの中に用意されていれば、いつでも水素資源を水から取り出すことができるようになるからである。抽出した水素は燃料電池で電流となり、蓄電装置にできた充電するべき余地を埋めておくために使われる。小型の水分解装置の仕上げを急ぐことにより、所定の電流を随時取り出すことが可能な状態を需要地で実現することができるのだ。このようなまだ埋れている研究開発案件の仕上げを早めてやることで、炭素資源を輸入していた費用の総額である五兆円という金額の殆どが、日本のエネルギー産業のバランスシートから毎年消してしまえるようになるのである。

不要になった炭素資源を購入するための決済資金を善用するなら、大きな経済発展を導く飛躍のチャンスをこの国の中に作り出せるようになる。日本にはこのとき、世界を牽引してゆくという大きな使命が与えられることだろう。但し、航空燃料と高分子化学の分野では、原油の輸入は今後も末永く残されるはずである。航空機では水素の燃焼速度が極めて速いため、消費効率も非常に高くなっている。スペースシャトルの補助燃料タンクが異様に大きかったのは、液体水素と液体酸素を大量に消費して巨大な推力を生み出すロケットエンジンだったからである。航空機ならロケットのような大きな推力は必要がない。水素という燃料は航空機の運行にとって、決して経済効率のよい資源であるとはいえないのである。大量の水素燃料を積み込むスペースを客席に充てるなら、その分だけ収益を多くすることができるのだ。燃料補給の間隔を長く取れるようになっていれば長距離飛行ができ、運用効率はその分改善されたものになるだろう。


エネルギー備蓄を分散状態で充実させておくというのは、決して不可能なことではない。総合力を引き出すことにより、災害時であっても日常生活を変える必要のない住宅用エネルギー供給システムを提供することは可能である。独立分散型のエネルギー供給システムを搭載した免震構造住宅を普及させることにより、大地震に遭遇しても避難場所へ移動するという事態を回避すればよいことだ。住宅に太陽光発電システムが搭載されていれば、水素燃料がなくてもある程度の充電は可能である。自然エネルギー(太陽電池、風力、マイクロ水力)などと、燃料電池を併用するなら最適な電源構成となるだろう。蓄電設備を導入するだけで、無駄となっていたエネルギー消費を応分に減らす効果が得られるからである。高温超伝導応用技術の実用化が進むと、数年以内に水を資源とするエネルギー供給システムは普及段階を迎えるようになるだろう。この技術は既に実用化の直前のところまできている。開発の仕上げを急ぐことにより、短期間で普及機をリリースすることができるようになるはずだ。この段階に至れば、環境の回復と経済の再生を同時に進めることは容易であろう。超伝導応用技術の仕上がり方次第という話ではあるのだが、太陽電池がそこに設置されているというだけで、自然エネルギー単独でも十分な住宅用の電力備蓄を実現することができるようになっているはずである。


2006年12月 8日

次世代のエネルギー供給モデルとはどんなものか

この星がもっている課題の半分程度は、エネルギー資源を見直すことでほぼ解決する。だが、ニンゲンはその方法をまだ手に入れている訳ではない。知識がないということではなく、その活用法を知らないだけである。認識を深めていくに連れて大きな進化を果すのは確実なのだが、知識をもったことで慢心してしまい、それを道具として使いこなすことができなくなっている。知識を充実させる一方で猜疑心を肥え太らせていたのなら、学習効果は得られない。見たものを素直に信じられない自信のなさが、権威という第三要素の判断に喜んで従おうとさせている。(水から水素と酸素を抽出する小型の装置があっても、その能力を信じることができないようである) 権威であるが故に正しい、という論理はなりたたない。判断が誤っていたのなら、最悪の結果だけが待っている。薬害エイズという問題では、その典型的な事例を新聞記事にみることができるだろう。


交流に代わるべき新しいエネルギー供給モデルを逸早く構築していたら、人類はエコシステムにかかっていた負の圧力を逓減する効果を引き出していただろう。炭素資源に基づく集中制御型の交流送電システムが、温暖化にまつわる多くの問題を生み出していたのだった。交流送電という電力輸送システムがもっていた限界に学べば、その反対の自己完結型のエネルギーシステムが必要であるということは見えていなければならない。交流電流がどのようなものかという基本的な疑問について、監督官庁をはじめとして多くの専門家が誰一人として答えようとしなかったのは事実だ。知った上で放置していたのなら、効果のない対策を継続させた国の行為に対する幇助だといわなければならない。知らなかったのなら、斯界の権威というその看板は偽りのものである。教える立場にある側がこの状態だったのだから、国民が省エネ節電に励んで温暖化を防止したと信じこんだというのも無理のない話である。

集中制御型の送電系統に置き代わるものは何かというと、独立分散型と呼ばれるエネルギー供給システムである。相互に独立して成り立つ発電拠点となることから、電気を輸送する必要そのものを生じさせることのないモデルだといえる。送変電ロスが消えたら、その部分で発生させていた費用がなくなるのは理の当然というものだ。交流の送変電プロセスで生み出されていたロスは、概ね20%から30%程度と見積られている。情報が公開されたら詳細を知ることができるのだが、電力会社には今のところディスクローズする気はないようだ。だが、既に傍証となるものがでている。ガス会社が販売する予定の燃料電池を導入すると、それだけで電気代が20%程度下るということが一年ほど前の新聞広告にみえていた。交流に適合させた発電システムであっても、自家発電に切り替えるだけでこれだけの費用をセーブすることができるということなのである。直流回路に統一すれば、エネルギーの消費効率を更に大きく改善することができるだろう。

あたらしいエネルギー供給システムの基本は、直流回路である。これに蓄電システムを組み込んでおくと、必要な電流だけを払い出せばよいというモデルができあがる。交流送電が限界を迎えていたのは、電力を備蓄することができないシステムになっていたからである。電気を貯めておけるようなものにしてやれば、必要な時に必要なだけ電流を供給すればよいというシステムを構築することができる。無駄のでないエネルギー供給システムを作るのは、決して不可能なことではない。直流回路になっている自動車の電気系統は、早い段階でそんなことを実現していたのである。電池と名のつく電源を使う回路は、すべて直流電流がベースとなっているモデルなのである。アウトドア用品には直流対応型のシリーズがたくさん用意されている。直流回路を単純化すると、小学校の実験でやったあの乾電池と豆電球の関係になる。この方式では不必要な電流は発生していない。スイッチが入ったときにだけ、適切な電流が所要量だけ流れるようになっている。蓄電を可能にする直流回路では、交流のように常に電流を流している必要そのものがない。この違いを対比してみせることによって、交流送電が生み出していた損失の大きさを明瞭な数字で示すことができるだろう。

蓄電装置は複数のモデルが登場している。市販レベルにある大容量の装置は、各種の蓄電池、リチウムイオン二次電池、そしてキャパシタである。これらのシリーズには多くのバリエーションがあり、特性を考慮した使い分けがなされている。高温超伝導による蓄電方式も登場しているのだが、時期尚早とみえて実用段階にはまだ到達していない。システムの組み方次第では有力なツールになっていたのだったが、交流送電にこだわってきたため電力輸送で期待される能力のみに着目してしまったことから、電気エネルギーの分散備蓄という未開の地平が足下にあってもそれが見えなくなっている。まことに惜しむべきことである。

合理化するための段階をスキップしてしまうと、ニンゲンには必然性の推移というプロセス全体が見えなくなってしまうようである。洗練された結果だけを与えたのでは、利器を使いこなすことはできない。その時だけ有り難がりはするものの、先へ向かうための進化を却って遅らせることになる。貧困からの解放に寄付が有効でなかったのは、それが貧しさから脱するための手段に繋がっていなかったからである。日本の民主主義は敗戦の結果与えられたものだった。そのため、内的な必然性が未熟なままで導入されている。熟成された認識に基づいて内発的な民主化が行われていたのであれば、日本の政治システムにこれほどスが入るようなことはなかったであろう。ニンゲンに理解できるシステムを徐々に積み重ねていくことによって、一歩ずつ着実に進化を遂げて行くという方法をとるのがヨロズよさそうに思われる。

遠回りであってもステップ・バイ・ステップで、着実に前進してゆくというのが大切なことなのだ。進化のプロセスに生じた段差がみえなければ、パラダイムシフトを正しく伝えてゆくことはできない。変化のプロセスが経験的にみえているのなら、その後の展開を理解し将来を予測することができるだろう。創造する行為に合理性という裏づけを与えることもできるはずである。飛躍した技術を先走って導入したところで、進化のバックグラウンドがみえていなければ省略された部分の持つ意味はわからない。データ通信の初期に音声カプラーを使って半二重通信を暢気にやっていたひとが、いきなり光通信の大容量双方向通信を与えられてもその進化のプロセスを理解することはできない。進化していったプロセス(モデム、パケット通信、ISDN、ADSL、光など)の推移が見えていなければ、新たに発生するトラブルにすぐ対応するということは困難だ。無駄なことのようにみえるかもしれないが、進化のプロセスをいちいち辿って進むということが大切なのである。


【科学技術と呼ばれているものは、そのようなプロセスを経て進化を着実に遂げてきたのだった。多くのパラダイムシフトを閲して今日に至ったのは、ものの流れを踏みしめながらやってきたからである。理想的なエネルギーモデルがそこにあっても、試行錯誤を経た上で手に入れたものでなければその価値のもつ意味はみえてこない。エネルギー分野でこれから起きるシフトは、この惑星の今後に重大な影響を及ぼすものとなる。究極のエネルギーと呼ばれる水素資源の登場は、人類にとって最終最後のチャンスだというメッセージでもあったのだ】


直流化を実現するための手段となる蓄電システムは、リチウムイオン二次電池とキャパシタが有望視されている。使い勝手に応じたシステムアップを行えばよいのだが、リチウムイオン二次電池には発火事故という危険性がつきまとう。内部で樹状突起が成長しはじめると、絶縁壁を突き破ってショートすることがあるからだ。リチウムイオン二次電池を組み込んだパソコン製品で発火した事故が相次いだため、ソニーというメーカーでは莫大な損失を抱えこむことになった。そんな事例が先月表面化したばかりなのである。大容量化、軽量化に加えて安全性が保証されなければ、この種の蓄電装置が世界に浸透するのは遅くなるだろう。

供給する電圧が安定しているのはリチウムイオン二次電池の方なのだが、キャパシタは内部抵抗が少ないため充放電が短時間で完了するという特徴をもっている。ライフタイムではキャパシタの方が圧倒的に長く、その特性を活用すれば普及浸透を早める効果が引き出せる。キャパシタは直流回路では電荷を貯め込むデバイスだが、交流送電の分野ではコンデンサと呼ばれ波の位相を90度進めるために使われている。(トランスのコイルを通過したときに生じた90度の遅れを修正することが目的である) 日本語では蓄電器という訳語が充てられている。静電気の状態をとることから、静電容量を表すファラッドという単位が適用されている。実用化するための鍵になるのは、それぞれの装置とも量産による生産コストの低下という部分だけである。どちらの装置であってもシステムを組むことは可能である。製品の価格が充分に下がるようになれば、これらの蓄電装置を複合させた形式の直流回路を提案することもできるだろう。直流回路でなら高温超伝導応用技術の実用化を早めることができる。この段階に至ると、おそらく一週間以上の電力の貯蔵が家庭やオフィス、工場などで実現しているはずである。


直流化の実現は、この国にエネルギーの分散備蓄を可能にする状態をつくりだす。蓄電容量を増やせば、その分だけエネルギーの安全保障を確立することができるのだ。このことは住宅単位で災害に対応する能力を身につける、ということを意味している。地方公共団体では災害時に備えた準備を続けてきたのだが、備蓄は質・量共に不十分なままである。燃料は劣化しポータブル発電機はサビつきをおこしているという報告がある。独立分散型のエネルギーシステムが充実するなら、災害時には救護活動の拠点として機能させることができるだろう。直流化はエネルギーの分散備蓄を成り立たせるため、地域単位で不測の事態に対応できるモデルを世界中に証明するものとなる。

京都議定書を遵守するためのキーデバイスは、電源よりも蓄電システムの方が先でなければならない。蓄電が可能な状態になっていれば、翌日の発電義務は低下していたはずなのだ。電源を含めたその組み合わせ方の工夫次第で、より合理性の高いモデルを提案することはできていたのである。蓄電を可能にする直流回路を標準化しておけば、深夜捨てていた電気で充電を済ませておくのは簡単なことだった。

燃焼炉そのものの稼動を止める以外に、電力分野が生み出す二酸化炭素を削減することは不可能である。自家発電システムに蓄電装置が加わるだけで、交流送電を全廃することができるようになる。産業用電力などでも需要地で独自に発電することにより、送電ロスを生じさせないシステムを作ることはできたはずだ。送変電ロスを全廃して工場の生産コストを引き下げる効果に着目していたら、価格競争力を増強する効果までが早い段階で得られていたのである。独立分散電源は、災害対応能力をもっている。製造ラインが止まるのは物流が遮断され、部材の供給が止まった時くらいのものである。燃料のバルクが需要地に用意されていれば、生産設備が止まるようなことはおきない。高温超伝導応用技術は、電気エネルギーをバルクの状態で保存しておくためのものである。

発電出力の微調整を行うには、エネルギー供給システムの単位は小さい方がよい。生産ラインごとに独立分散方式で個別に制御するモデルなら、燃料を節約すると同時に二次生成物であるCO2も減らせるようになるはずだ。蓄電システムがあるというだけで、環境負荷のない自然エネルギーは息を吹き返すことだろう。業界の発展を促して、環境の改善を進めるという好結果が得られるからである。(太陽光と風力の課題については項をあらためて報告する) 発電コストを低下させる正のスパイラルを導くように配慮するということが、日本を世界のリーダーに変えることへと繋がってゆく。その先の未来へ人類が早く到達するためには、交流送電を切り離すという日本の決断がなににもまして重要なこととなる。

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