次世代のエネルギー供給モデルとはどんなものか

この星がもっている課題の半分程度は、エネルギー資源を見直すことでほぼ解決する。だが、ニンゲンはその方法をまだ手に入れている訳ではない。知識がないということではなく、その活用法を知らないだけである。認識を深めていくに連れて大きな進化を果すのは確実なのだが、知識をもったことで慢心してしまい、それを道具として使いこなすことができなくなっている。知識を充実させる一方で猜疑心を肥え太らせていたのなら、学習効果は得られない。見たものを素直に信じられない自信のなさが、権威という第三要素の判断に喜んで従おうとさせている。(水から水素と酸素を抽出する小型の装置があっても、その能力を信じることができないようである) 権威であるが故に正しい、という論理はなりたたない。判断が誤っていたのなら、最悪の結果だけが待っている。薬害エイズという問題では、その典型的な事例を新聞記事にみることができるだろう。


交流に代わるべき新しいエネルギー供給モデルを逸早く構築していたら、人類はエコシステムにかかっていた負の圧力を逓減する効果を引き出していただろう。炭素資源に基づく集中制御型の交流送電システムが、温暖化にまつわる多くの問題を生み出していたのだった。交流送電という電力輸送システムがもっていた限界に学べば、その反対の自己完結型のエネルギーシステムが必要であるということは見えていなければならない。交流電流がどのようなものかという基本的な疑問について、監督官庁をはじめとして多くの専門家が誰一人として答えようとしなかったのは事実だ。知った上で放置していたのなら、効果のない対策を継続させた国の行為に対する幇助だといわなければならない。知らなかったのなら、斯界の権威というその看板は偽りのものである。教える立場にある側がこの状態だったのだから、国民が省エネ節電に励んで温暖化を防止したと信じこんだというのも無理のない話である。

集中制御型の送電系統に置き代わるものは何かというと、独立分散型と呼ばれるエネルギー供給システムである。相互に独立して成り立つ発電拠点となることから、電気を輸送する必要そのものを生じさせることのないモデルだといえる。送変電ロスが消えたら、その部分で発生させていた費用がなくなるのは理の当然というものだ。交流の送変電プロセスで生み出されていたロスは、概ね20%から30%程度と見積られている。情報が公開されたら詳細を知ることができるのだが、電力会社には今のところディスクローズする気はないようだ。だが、既に傍証となるものがでている。ガス会社が販売する予定の燃料電池を導入すると、それだけで電気代が20%程度下るということが一年ほど前の新聞広告にみえていた。交流に適合させた発電システムであっても、自家発電に切り替えるだけでこれだけの費用をセーブすることができるということなのである。直流回路に統一すれば、エネルギーの消費効率を更に大きく改善することができるだろう。

あたらしいエネルギー供給システムの基本は、直流回路である。これに蓄電システムを組み込んでおくと、必要な電流だけを払い出せばよいというモデルができあがる。交流送電が限界を迎えていたのは、電力を備蓄することができないシステムになっていたからである。電気を貯めておけるようなものにしてやれば、必要な時に必要なだけ電流を供給すればよいというシステムを構築することができる。無駄のでないエネルギー供給システムを作るのは、決して不可能なことではない。直流回路になっている自動車の電気系統は、早い段階でそんなことを実現していたのである。電池と名のつく電源を使う回路は、すべて直流電流がベースとなっているモデルなのである。アウトドア用品には直流対応型のシリーズがたくさん用意されている。直流回路を単純化すると、小学校の実験でやったあの乾電池と豆電球の関係になる。この方式では不必要な電流は発生していない。スイッチが入ったときにだけ、適切な電流が所要量だけ流れるようになっている。蓄電を可能にする直流回路では、交流のように常に電流を流している必要そのものがない。この違いを対比してみせることによって、交流送電が生み出していた損失の大きさを明瞭な数字で示すことができるだろう。

蓄電装置は複数のモデルが登場している。市販レベルにある大容量の装置は、各種の蓄電池、リチウムイオン二次電池、そしてキャパシタである。これらのシリーズには多くのバリエーションがあり、特性を考慮した使い分けがなされている。高温超伝導による蓄電方式も登場しているのだが、時期尚早とみえて実用段階にはまだ到達していない。システムの組み方次第では有力なツールになっていたのだったが、交流送電にこだわってきたため電力輸送で期待される能力のみに着目してしまったことから、電気エネルギーの分散備蓄という未開の地平が足下にあってもそれが見えなくなっている。まことに惜しむべきことである。

合理化するための段階をスキップしてしまうと、ニンゲンには必然性の推移というプロセス全体が見えなくなってしまうようである。洗練された結果だけを与えたのでは、利器を使いこなすことはできない。その時だけ有り難がりはするものの、先へ向かうための進化を却って遅らせることになる。貧困からの解放に寄付が有効でなかったのは、それが貧しさから脱するための手段に繋がっていなかったからである。日本の民主主義は敗戦の結果与えられたものだった。そのため、内的な必然性が未熟なままで導入されている。熟成された認識に基づいて内発的な民主化が行われていたのであれば、日本の政治システムにこれほどスが入るようなことはなかったであろう。ニンゲンに理解できるシステムを徐々に積み重ねていくことによって、一歩ずつ着実に進化を遂げて行くという方法をとるのがヨロズよさそうに思われる。

遠回りであってもステップ・バイ・ステップで、着実に前進してゆくというのが大切なことなのだ。進化のプロセスに生じた段差がみえなければ、パラダイムシフトを正しく伝えてゆくことはできない。変化のプロセスが経験的にみえているのなら、その後の展開を理解し将来を予測することができるだろう。創造する行為に合理性という裏づけを与えることもできるはずである。飛躍した技術を先走って導入したところで、進化のバックグラウンドがみえていなければ省略された部分の持つ意味はわからない。データ通信の初期に音声カプラーを使って半二重通信を暢気にやっていたひとが、いきなり光通信の大容量双方向通信を与えられてもその進化のプロセスを理解することはできない。進化していったプロセス(モデム、パケット通信、ISDN、ADSL、光など)の推移が見えていなければ、新たに発生するトラブルにすぐ対応するということは困難だ。無駄なことのようにみえるかもしれないが、進化のプロセスをいちいち辿って進むということが大切なのである。


【科学技術と呼ばれているものは、そのようなプロセスを経て進化を着実に遂げてきたのだった。多くのパラダイムシフトを閲して今日に至ったのは、ものの流れを踏みしめながらやってきたからである。理想的なエネルギーモデルがそこにあっても、試行錯誤を経た上で手に入れたものでなければその価値のもつ意味はみえてこない。エネルギー分野でこれから起きるシフトは、この惑星の今後に重大な影響を及ぼすものとなる。究極のエネルギーと呼ばれる水素資源の登場は、人類にとって最終最後のチャンスだというメッセージでもあったのだ】


直流化を実現するための手段となる蓄電システムは、リチウムイオン二次電池とキャパシタが有望視されている。使い勝手に応じたシステムアップを行えばよいのだが、リチウムイオン二次電池には発火事故という危険性がつきまとう。内部で樹状突起が成長しはじめると、絶縁壁を突き破ってショートすることがあるからだ。リチウムイオン二次電池を組み込んだパソコン製品で発火した事故が相次いだため、ソニーというメーカーでは莫大な損失を抱えこむことになった。そんな事例が先月表面化したばかりなのである。大容量化、軽量化に加えて安全性が保証されなければ、この種の蓄電装置が世界に浸透するのは遅くなるだろう。

供給する電圧が安定しているのはリチウムイオン二次電池の方なのだが、キャパシタは内部抵抗が少ないため充放電が短時間で完了するという特徴をもっている。ライフタイムではキャパシタの方が圧倒的に長く、その特性を活用すれば普及浸透を早める効果が引き出せる。キャパシタは直流回路では電荷を貯め込むデバイスだが、交流送電の分野ではコンデンサと呼ばれ波の位相を90度進めるために使われている。(トランスのコイルを通過したときに生じた90度の遅れを修正することが目的である) 日本語では蓄電器という訳語が充てられている。静電気の状態をとることから、静電容量を表すファラッドという単位が適用されている。実用化するための鍵になるのは、それぞれの装置とも量産による生産コストの低下という部分だけである。どちらの装置であってもシステムを組むことは可能である。製品の価格が充分に下がるようになれば、これらの蓄電装置を複合させた形式の直流回路を提案することもできるだろう。直流回路でなら高温超伝導応用技術の実用化を早めることができる。この段階に至ると、おそらく一週間以上の電力の貯蔵が家庭やオフィス、工場などで実現しているはずである。


直流化の実現は、この国にエネルギーの分散備蓄を可能にする状態をつくりだす。蓄電容量を増やせば、その分だけエネルギーの安全保障を確立することができるのだ。このことは住宅単位で災害に対応する能力を身につける、ということを意味している。地方公共団体では災害時に備えた準備を続けてきたのだが、備蓄は質・量共に不十分なままである。燃料は劣化しポータブル発電機はサビつきをおこしているという報告がある。独立分散型のエネルギーシステムが充実するなら、災害時には救護活動の拠点として機能させることができるだろう。直流化はエネルギーの分散備蓄を成り立たせるため、地域単位で不測の事態に対応できるモデルを世界中に証明するものとなる。

京都議定書を遵守するためのキーデバイスは、電源よりも蓄電システムの方が先でなければならない。蓄電が可能な状態になっていれば、翌日の発電義務は低下していたはずなのだ。電源を含めたその組み合わせ方の工夫次第で、より合理性の高いモデルを提案することはできていたのである。蓄電を可能にする直流回路を標準化しておけば、深夜捨てていた電気で充電を済ませておくのは簡単なことだった。

燃焼炉そのものの稼動を止める以外に、電力分野が生み出す二酸化炭素を削減することは不可能である。自家発電システムに蓄電装置が加わるだけで、交流送電を全廃することができるようになる。産業用電力などでも需要地で独自に発電することにより、送電ロスを生じさせないシステムを作ることはできたはずだ。送変電ロスを全廃して工場の生産コストを引き下げる効果に着目していたら、価格競争力を増強する効果までが早い段階で得られていたのである。独立分散電源は、災害対応能力をもっている。製造ラインが止まるのは物流が遮断され、部材の供給が止まった時くらいのものである。燃料のバルクが需要地に用意されていれば、生産設備が止まるようなことはおきない。高温超伝導応用技術は、電気エネルギーをバルクの状態で保存しておくためのものである。

発電出力の微調整を行うには、エネルギー供給システムの単位は小さい方がよい。生産ラインごとに独立分散方式で個別に制御するモデルなら、燃料を節約すると同時に二次生成物であるCO2も減らせるようになるはずだ。蓄電システムがあるというだけで、環境負荷のない自然エネルギーは息を吹き返すことだろう。業界の発展を促して、環境の改善を進めるという好結果が得られるからである。(太陽光と風力の課題については項をあらためて報告する) 発電コストを低下させる正のスパイラルを導くように配慮するということが、日本を世界のリーダーに変えることへと繋がってゆく。その先の未来へ人類が早く到達するためには、交流送電を切り離すという日本の決断がなににもまして重要なこととなる。

コメント

中東のバビロンプロジェクトでは現在世界最大の日本の直流送電を来れる大規模なシステム設計がされていると噂されていますね。楽しみな事です。