京都議定書の限界
文明は地下に眠る炭素資源からエネルギーを取り出す術を得たことで、今日まで続く成長と飛躍的な発展を遂げてきた。人類は科学を手段とすることによって文化的な生活の進化を急ぎ、地下に埋蔵されていた資源を次々に発見してこれを大量に消費し続けている。その結果、エネルギーを取り出した後の二次性生物である二酸化炭素の濃度を上空で高め、地球全体を暖めるという温室効果を顕在化させてしまったのである。地表では大気圏で生じた温暖化という現象によって、穏やかだった気候の安定が損われさまざまな予測を超える変化が自然現象に現れるようになっている。
産業革命以来人類は熱エネルギーを応用することで外燃機関・内燃機関などを発明し、そのメカニズムを合理化してより洗練されたものへと仕上げていった。電気エネルギーを供給するためのインフラを普及させ、照明だけでなく、通信、娯楽、映像、音楽、教育、情報、などを含むさまざまな分野で技術革新を日々生み出す原動力を引き出している。だが、温暖化を進めたことによって気候を安定させていた条件が失われ、広範囲にわたる大規模な災害をいたるところに生み出すようにもなったのだった。温暖化が進めばすすむほど、気候の変動は悪化して一層凶暴化するようになっている。これまでにとってきた多くの対策とその結果とをつき合わせると、何の効果もあげていなかったということが見えてくる。
人類は、炭素燃料の消費を抑えれば温暖化が止められると思い込んだのだが、その実効はなかった。電力分野でエネルギー消費を受益者が抑えても、供給側では炉の燃焼を維持していたからである。自動車の販売台数も伸びている。京都議定書は、エネルギー消費を増やすことで発展してきた社会を、経済成長を止めずにエネルギーの消費効率を改善させることによって、二酸化炭素の削減を先進国に受け入れさせるためのものだった。ニンゲンがこれまでやってきたことは有効解を探すということではなく、エネルギー消費をできるだけ削減するという対策だけである。二酸化炭素の排出削減が困難であるということは、当時から理解されていなかったようである。経済成長と消費動向の相関を要素として採用してこなかったということが、削減義務を機械的に課すことで問題を解決できると思わせた。二酸化炭素の排出量を減らせなかったのは、手段を与えずに削減目標という課題の達成のみを要求したからだ。経済成長を犠牲にしない限り、京都議定書の枠組みで温暖化を防止するのは不可能なことである。
京都議定書という国際条約の定める削減目標が実現不可能なものであったことから、あらゆる日本の温暖化対策から実効というものが失われていったのである。国民はエネルギー消費を減らす努力を怠らなかったのだが、炭素燃料の輸入が減ったという事実はなかった。京都議定書を遵守するためには、名目上の数値を堆(ウズタカ)く積み上げてみたところで実際の効果は得られない。燃焼そのものを減らすという行為が実行されていなければ、温室効果ガスの濃度は増加するばかりなのである。炭素燃料の輸入量の推移を確認すればすぐ分かることを、エネルギー消費抑制の結果で計ろうとしたことが錯誤の根源になっている。削減義務を個人のレベルにまで細分化して確認しようとしてきたために、消費行動とCO2排出との間に一対一の対応があると錯覚するようになったのだった。このことが国民の膏血を絞って得た国税を、効果のない対策を実行するために使い続けさせるという拙い現実を生み出したのである。これらの経過のもつ意味を自覚することができなくなっていたということが、大金を投じて推進してきた温暖化対策を無効な結果に終わらせている。身から出た錆ということではあったのだが、国民は堪ったものではあるまい。ただでさえ苦しい生活を強要されている中で支払ってきた血税が、無為に費やされていたということを証明することになったからである。
ドルが担っている機能
炭素燃料に占める主要な成分となっている原油は、経済基盤の基礎となっている機軸通貨であるドルの価値を裏付けるという役割を果している。一般に「石油・ドル本位制」と呼ばれている現在の枠組は、石油の取引をドルで行うという了解のもとで成り立っているものなのだ。石油の需要が増えればドルの需要も増えてゆく。ドルの通貨発行権をもつアメリカが繁栄する一方となる展開が、その段階で生じるようになっていたのである。このような状況の中でアメリカがドルの発行権を強化しようとするならば、原油市場で価格の高騰が起きるようにするのが順当な戦術であろう。
原油を高騰させる理由は何であってもかまわない。もっともらしくみえるものなら、それで充分に通用するのである。投資家は、数字の向かう先をみて将来を判断している。情報の真贋で判断するのではなく、趨勢をみて決断を下すのである。これまでの原油高騰の局面でもいろいろな理由付けがなされてきたのだったが、そのどれもが実態を反映するものとはなっていなかった。需給状態の現状を見ると、原油の備蓄は既に過剰な様相を示すようになっている。市場参加者が適正な判断を行える状態になったということが、高騰状態にあった原油価格をこの秋引き下げることへと繋がっていったのだった。(その後オペックが減産を決めてからというもの、原油価格は緩やかに上昇したのだが腰はまだ定まらずふらついているようにみえる)
原油価格の急落でドルの需要水準が下がっていたことから、市場では機軸通貨であるドルの過剰感が生じていた。世界中に展開していたドル資本はその通貨価値を維持するため、過剰流動性を希釈する必要に迫られたのだ。その結果NYの株式市場で一段高いレベルの平均株価が出現し、その状態が現在も尚維持されるようになっている。FRBが政策金利を引き上げることで過剰流動性を回収していたのだったが、金利を上げ過ぎてしまったためその手段がこのところ使えなくなっている。アメリカは回収したドルを使って過剰流動性を希釈するために、ファンドを窓口とした日本資産の購入を集中的に進めてきたのだった。ユーロが誕生することに伴ってEU域内で流通していたドルが余ることを察知したファンドが、一斉に日本買いへと走ったために起きたのが当時80円を超えたあの円高の理由だったのだが、米政府とFRBはその事実から多くのことを学んだのである。ドルのもつ過剰流動性を吸収させるための仕向け先を日本へと絞ったことが、その後円高状態を利用した外資系ファンドの暗躍を支援するシステムを生み出すようになっていったのだ。
円が急騰したことから日銀は後に未曾有の低金利政策をとっている。このため、米系資本に円を買うための絶好の漁場を与えるという結果が生み出されたのだった。ファンドは円を買ってその資金で土地と企業を買収し、それを担保にドルに対して高くなっていた低利な円資本を日本市場で大量に調達することに成功したのだった。(日本の金融当局は円高が異常高進したその理由を未だに探しあぐねている) これらの経緯はアメリカのシナリオ通りに進んだことを示しており、それは現在も尚続いている。アメリカの優位を決定付けているものは、日本が選択した劣位に甘んじるというこの姿勢だったのである。それを可能にしていたものとは、日本政府の無知と同盟関係の歴史的なしがらみである。このため日本をアメリカの属国とみる傾向が年々強まってゆくようになっている。
このバックグラウンドを知らない金融当局と前政権の首相であった小泉らは、アメリカに指嗾されるまま外資導入を政策として採用したのである。外資を導入すれば、必然的に円高になる。考えるまでもなく分かることだろう。円高対策でドルを買って円を売る介入を日銀が実施してきたために、財務省は短期証券を発行して日銀にドルを買わせるための資金調達を行わなければならなかった。その累計が一昨年ついに90兆円に達する規模にまでなっていたのだった。この現実を、日本の国民すべてが知らされていなかったのである。巨額の債務は日本の外貨準備高の推移とまさしく符号していたのだが、日本の知識階級にはドルを仲立ちとしたこの相関関係の存在が明らかに見えていない。問題を指摘する声はどこからも聞こえてこなかったからである。ある種の遠慮があったということはできるかも知れないが、結果の深刻さを考えたら黙過していることはできなかったはずである。行為に結びつかない認識というものは、あって無きが如きものなのだ。
ドルが生み出した力学の実態
アメリカの窓口機関となっているファンドに政府公認で日本の固有資産を売り渡してきたために、日本国内でファンドが得た収益は四半期毎に悉くドル転されてアメリカ本国へと還流していったのである。(長銀の買収にみられる経緯には、日本が実施した国の資産を売り渡すという行為のエッセンスが凝縮されている) このため日本国内で循環するはずだった利潤から厚みというものが失われ、いざなぎ景気を超える長期の経済成長があったにもかかわらず、カネが国内にまわらないというキッカイな世の中が生み出されてしまったのだった。資本を循環させなければ、成長のスパイラルを呼び込むことは不可能である。日本の国民だけが受けているこの困窮とは、政府が外資を導入して利潤を短期間で回収再利用させるための仕組みを許容したことが原因となって起きたことである。売上高と収益の増加が続いていたとしても、それはアメリカとファンドの投資家を潤すことにしか役立っていなかったのである。日本企業はというと、馬車馬の状態におかれてひたすら走り続けることしかできなくなっている。
米政権が潤ったのは、日銀が介入して得たドルで米国債の大量発行が可能になったからである。発行した長期債が売れ残らなければ、長期金利は安定しているか寧ろ低下している。これが企業の収益増加を意味することであったことから、NY株式市場の取引が活発化するという展開が産みだされている。(日本の税収アップには役立っていた、ということはここで一言しておくべきであろう。安倍内閣による新年度の国債発行予定額は、この税収の増加を見込んで五兆円の減額を見込んだものになっている)
【アメリカが京都議定書から逸早く離脱することを決めたのは、地下資源の消費抑制がドルの発行権を狭めることになることが分かっていたからである。アメリカが世界を安寧な状態に保っていると自負しているため、ドルの発行権を最大活用して任務を遂行することが己の責務だと思い込んだようである。米政権はアメリカに集まってきた富を独占し、自国の軍事支出を拡大することで富の再配分を合理化してきたのだった】
ドルを売りつけて貿易黒字国側の通貨を高くしてやれば、当該国の中央銀行が為替市場に介入してくるのは分かっていたことである。ドルには過剰流動性というものが常に付きまとっている。市場で余ったドルで外貨を買うことを演出することにより、ドルを安く売って過剰流動性をその国に吸収させることができるようになっている。米国債が売れるのは、その結果の一つだったのである。ドルを買った国ではドル資産が増える効果が得られるのだが、その債権はドル安の状態が維持されている限り還流できないものになっていた。処分できない在外資産をもつということは、不良債権を抱えているのと同じ意味のことである。ドル資産を円転しようとすると、回避したはずの円高がたちまち再現されてしまうからである。
ドル本位制の弊害と反米国家の誕生
水素エネルギーが登場すると、石油・ドル本位制という現在の枠組みが崩れることになる。ドルの需要が減れば、その過剰流動性はその場で顕在化するのである。余ったドルの仕向け先にされた国では、自国通貨が買われて高くなると同時に、安売りされた大量のドルを抱えて始末に困るようになる。ドルを有効利用しなければ損失が増加するだけなのだ。ドル売りにまわればドルの価値は一層低下してしまう。水素エネルギー社会が浸透すればするほど、ドルの過剰流動性は顕著になって誰の眼にも明らかなものになってゆく。つまり、ドルの信用度が大幅に低下するという事態が出現するときが、すぐそこにやってくるということなのである。ドルのもつ属性を吸収させるための仕向け先がなくなった時、アメリカには行き場を失ったドルが溢れてハイパーインフレが勃発するのである。困るのは米国民とドル資産をもつ国とその資産家である。米政府はインフレが高じれば高じるほど、負っていた債務が軽くなってゆくという大きなメリットが得られる。国家の借金がチャラになれば、経済をそこから建て直してゆくのは容易なことである。
ドル資産を最も多くもつ国家は、中国である。その規模は一兆ドルに達している。次が日本、そして韓国、台湾という順になっている。アメリカにハイパーインフレが起きたとき、これらの債権国の被害が最も甚大なものになるのである。水素エネルギーの導入を急ぐのは必要だが、その前に国の資産を保全しておくことが何にも増して重要なこととなる。日米同盟に拘ってアメリカに義理立てをしていると、京都議定書が定めた削減数値が実現されてゆくのに伴って、ドルという通貨が生み出すリスクをより高めてゆくことになるだろう。これを回避する手段は、ある。水素エネルギーを普及する組織ができたら、そこで具体的な戦略を立案し戦術を公開することになるだろう。アイデアを先取りされると、他国の先行を許し資産の保全が困難になってしまう。出遅れたところがババをひくのは、法則の定めるところである。
人類にとって最後のチャンスとなるこのタイミングを見逃すと、環境の回復ができたとしても政治経済のアンバランスを解消することができなくなってしまうのだ。アメリカにとってドル本位制の枠組みを維持するというのは至上命題である。現在は石油がドルの価値を裏付けているため、機軸通貨であるドルを需要にまかせて発行することが許されている。需要が減れば過剰供給になるのは当たり前のことだろう。現在の枠組みを支えてきたIMF体制が、アメリカに保安官の仕事を与えていたのだった。任務の遂行に必要とされる資本は、ドルを売りつけることでいくらでも調達することができるからである。ドルを売って得た外貨は、その国をアメリカの経済植民地にして国民の生活をより圧迫するようになってゆく。反米国家は、このメカニズムが顕在化したことによって生み出されたものなのだ。ドル資本を国内に呼び込んだという事実が、国力を衰弱させた原因になったということを国民が察知しはじめている。反米国家は、アメリカの繁栄が自らの犠牲に上に成り立っているということをよく知っている国のことである。日本が真実を自覚するようになるのは、遥か先のことになるだろう。
日本政府の現状と水色革命
水素エネルギー社会を建設するということは、IMF体制を見直すための経済環境を作り出すという意味をもっている。炭素燃料を買わなくても済むようになれば、ドルの需要は減ってゆく。水素エネルギー社会の建設を担当する組織には、これまでの枠組みを転換する空前絶後のチャンスが与えられるということになるだろう。その意味で地下資源のない唯一の被爆体験国という経歴を持つこの日本にあるノウハウで、その重要な役割を果すべきなのだ。そのための条件は、この国の中にほぼ整っている。実行する気になれば、世界は日本の技術についてくるだろう。アイスランドは早い段階でこの見通しに基づいた行動を起こしている。だが、水素化プロジェクトというものは民間の組織で行わなければ意味がない。日本の政府はアメリカに馴致されている。現実認識さえできていないという困った状況におかれている。問題というのは、その自覚さえない政府が維持されているというこの現状にあったのだ。
水素エネルギー社会実現の鍵となるノウハウは、この日本という国の中に用意されている。どこか小さな国の一部を借りて本部を移し、世界を牽引してゆくための独立した組織網を展開して速やかに水色革命を実行に移さなければならない。人類に残された時間はそう多くない。水素エネルギーによる地球の回復は、新しい枠組みを建設することと並行して進めなければならない。炭素エネルギーを大量に消費するということが、アメリカに富を提供するシステムを成長させてきたのだった。軍備の増強と核の拡散、テロと南北問題、そしてなによりも地球の温暖化による気候の変動が、あらゆる生命に対する淘汰圧になろうとしているのである。生命にとって喫緊の課題を解決するということは、水素エネルギー社会を牽引してゆく組織の建設ひとつにかかっていることなのである。
水素エネルギーは、炭素エネルギーが生み出した枠組みを大きく転換するという能力を秘めてそこに待機している。このポテンシャルを引き出してやれば、国連の再生と環境の回復を同時に実行することさえできるようになるだろう。アメリカが謙虚な国に戻るというだけで、国際社会に生まれていたバイアスはほぼ解消されるようになる。アメリカ以外の国が覇権をもつことはできない。機軸通貨としての能力をその国の通貨はもっていないからである。市場経済で統一された平等な国際関係が成り立っていれば、偏頗な傾斜を生む経済力を新たに出現させることはできない。通貨によって生まれる求心力を利用しなければ、どんな国であってもリーダーシップを発揮し続けるのは不可能なことなのだ。市場経済が浸透した国際社会では、経済力は軍事力に優るようになるのである。軍備を勝手に増強すれば、財政赤字を単独で悪化させるという結果を招くのである。覇権を握るために国際社会の信用を失ったら、その国の経済を発展させることはできなくなる。水素エネルギーのノウハウをもつ未知の組織は、国家の枠を超越した行動をとらなければならない。これが非政府系の組織でなければならないとするその理由である。力に頼ろうとする国に対して、価格競争力を生み出す魔法のランプである水分解システムを安易に供与することがあってはならない。
水素エネルギーへの転換を促す組織は、資本主義のあり方を変えるだけの力をもっている。水素の一次資源がどこにでもある水だったということが理解されるようになったら、誰もそれを奪おうとは思わない。必要なのは、水から水素資源をとりだすノウハウを確保しておく、ということただ一つだけである。水素エネルギー社会を建設するための民間組織の核ができたなら、世界の平和を実現するための方法と方向を指し示すことができるようになる。ドルに代わる中立中性の独自通貨を発行し、ドルに代わってこれを供給してゆくことで水素を取り出すノウハウを広めてゆくようにすればよい。通貨発行権は国家にだけ属するようなものではない。平和本位制という新しい枠組みの下で交換レートを決めるための要素は、平和による繁栄にどれだけ近づいているかということをみる財政収支の結果なのである。その国がもつ経済の健全性をみれば、平和にどれだけ近づいているかということがみえてくる。経済の健全さということが国を成長発展させる根拠になっていることから、バランスシートをみれば水素エネルギーのノウハウを有利な条件で供与すべきかどうかを判定することができるだろう。つまり、軍事予算が過大になっている国は水素エネルギー社会の実現を遠ざける、という状況に置かれ続けるということになるのである。この枠組みのことを、平和本位制と呼んでいる。
平和本位制が未来を展く
軍事力をすべての国が手放せば、防衛するための行動は意味をもたない。水素エネルギーとは、このような社会が建設できるということをニンゲンに伝えるためのものである。このチャンスを人類が逃がすなら、バイアスのかかった政治経済システムを永遠に保守して暮らす世の中を甘受するべきだ。環境が回復しても経済が偏ったものにとどまっていたのなら、この惑星に真の文明は訪れない。究極のエネルギーは、究極の平和を実現することに使ってこそ意味をもつ。水素資源を人類が手にするとき、望ましい星のあり方が多くの人の眼に見えるようになっているだろう。水素は水から簡単に取り出せる。水こそが究極の資源だったということを人類が知るのは、すぐ目の前にまできているのである。
地球は水の惑星と呼ばれる星である。この状態は太陽系の精妙なバランスの上でなりっているものである。地球から最も近い恒星系はここから四光年ほどのところにあるのだが、地球と同じ環境の惑星を探しだせる確率はきわめて低い。地球を捨てて移住するというアイデアは、検討の対象にはならない。速やかに放棄するべきだ。宇宙開発をやってもニンゲンが生きているうちに辿りつける惑星は限られている。そのすべてがニンゲンの生存にとって不適切な環境である。守るべきものは、地球以外には存在しないのだ。その環境を悪化させてきたものをなくすというのは、人類に与えられた本来の責務だったのである。水素資源を水からとりだすノウハウをもつ未知の組織が果すべき役割りとは、世界を構成しているシステムを健全化するということただ一つだけである。地球の回復は、人類のもつ意識が先に健全化することによってのみ実現するのである。
惑星の命運を決めるラストチャンスを人類が活かさなければ、地球の未来は直ちに決定する。生命の殆どが絶滅するという結果がそこに待ち構えているからだ。マスタープランを知り、グランドデザインを描いた上で一歩ずつ進んで行くと、ニンゲンにとって望ましい結果がすぐにやってくるだろう。エネルギービジョンをもつことは重要だが、それで済むということではない。この星の経済ダイナミックスは、ドルという通貨が存在を許されることで生み出していた。ドルに力を与えていたものは、アメリカを核として成り立っている世界銀行、BIS(国際決済銀行)、を包括する所謂IMF体制と呼ばれる枠組であった。アメリカのローカル通貨であるドルが機軸通貨になっている限り、平等な経済システムを建設することは不可能だ。アメリカにだけ求心力を与えている市場経済をFTAで拡大したところで、WTOで国際間の軋轢を調整することはできない。ますます荒れる一方の展開になるということが分かっている。新しい機軸通貨を創出してドルを本来の位置であるローカル通貨へと戻してやることによってのみ、真に平等な取引条件というものの基礎が築けるようになるだろう。

コメント
小生は還暦を迎えた青年です。この小生が考えている、考えて来た事よりもより適正な表現、より正確な言葉、知識で明日の世界を地球市民社会の建設への道しるべを築いている人物・同士に合えたような感銘を得ました。 小生はメールがまだ未軸ですが、おって貴殿達の概要を確認した中で同士に志願したいと現意志を伝えます。
Posted by 日本 太郎 at 2007年1月10日 23:03
For Your Information
http://plaza.rakuten.co.jp/iihoshi/
参考になれば幸いです。
Posted by 古畑嚆矢 at 2007年1月14日 07:42
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