知識は使い方で差がつく

知識は使い方で差がつく

石油・ドル本位制という競争原理のもとで機能する国際経済の枠組みは、温暖化をすすめて気候の変動と海面水位の上昇とを同時に地表へともたらした。温暖化を抑えるための国際条約である京都議定書はめでたく発効したのだったが、温室効果ガスの排出削減は日本の場合前進ではなく後退を続けている。これまでの対策すべてが、前進どころか却って状況を悪化させたというデータが報告されている。温暖化防止対策に何年もの間投じられてきた国の予算は、まったく効果をあげていなかったのだった。国はこの現実を、理解することができていない。効果のない対策を更に推し進めるために、捨て金になる公金を追加投入し続けているというのが現状なのだ。定常的な対策にこだわるという判断のもとに、政府は二酸化炭素を増やしながら国民の負担を増加させているのである。地球全体のCO2濃度は、この三年程度で約40ppm(0.0004%)増えていた。ごく微量の二酸化炭素濃度が増えたというだけで、気候の安定が大きく損なわれて自然が猛威を奮うようになっている。地球のエコシステムがどれほど精妙なバランスで保たれていたのかということを、この星の住人は数値データの微量な変化から読み取らなければならない。

温暖化というこの状況を招いた経緯をほんとうに理解していたら、少なくとも無駄に終わった対策のために投じてきた国税を他に善用する途は残されていただろう。この簡単な事実を認識することができていなかったために、京都議定書の削減目標から遠ざかる一方という展開に陥ってしまったのである。判断力の低下という現象には、明白な原因がある。それが、教育システムというものが生み出した問題だったのである。知識集約型の教育を戦後一貫して続けてきたツケが、今、漸く目に見える結果として浮上してきたように思われる。知識を得るという行為(これを学習と呼ぶのがこの星のナラワシである)に、年々歳々価値をおく風潮が高まっている。

現在の教育システムに見られる一般的な傾向は、問題解決能力を開発するのではなく、クイズに答えるための定められた思考回路の構築を行うという点に顕著である。知識をもっているというだけでは、臨機に応変する対応をとることができない。世の中というのは、答えの用意されていない問題で充ちている。正解のない問題に対応する有効な解というのは、失敗の経験から学んだ者だけが導けるものなのだ。正解というものは状況が変わる毎に異なってゆく。変化し続ける事象に対応するには、本質を見定めなければならない。この国の教育システムは、失敗を避けるためのトレーニングになっていた。失点を最小化することに最善を尽くそうとしてきたために、失敗が教えるその意味を知る機会を放棄してきたのである。テキストやマニュアルが用意されていない事態に直面すると、そこで立ち止ってしまうケースが報告されている。この時に生じた判断の先送りの結果を、この国では不作為と呼ぶのである。


洞察力は退化する

予め用意された問答を覚えることだけを強要されるようになったのは、考える力よりも素早い回答を競わせて優劣を「早く」決める必要があったからだった。既存の教育方針からは、ものごとを見抜くための洞察力を磨き上げることはできない。判断能力が衰えたのは、知識の集約に特化した選抜方法が一般化したからである。ここでは知識の質より、選抜の効率の方が重要視されている。短い時間で合否判定を正確に行うためには、○か×かの二値化したデジタル方式の試験が理にかなう。つまり学ぶ必要があるこども達のためではなく、選抜する側の都合で教育内容が決められてきたのだった。そこで学習する「項目」(学ぶ内容ではない!)だけがどんどん増えるようになっていったのである。予め設定されている問題を効率よく解くことができたか、ということが評価の判断材料になっている。この教育方法は既知の課題にはよく対応するのだが、未知の課題に対してはまったくお手上げになってしまうのだ。よかれと思って実施した知識の量的な拡大は、判断することができない指導者を大量に生み出す仕組みを作り出していたのである。日本の現状に現れているさまざまで困難な状況は、これまでの戦後教育システムが築きあげてきたその結果だったのである。

単なる知識を扱うだけの教育は、未知の問題に遭遇すると何が求められているのかを理解することができない人間をつくりだす。判断能力は、未知の問題と遭遇することで養われるのである。判断のないところに決断は生まれない。(マニュアルがなければ行動できない世代が注目されたのは、もう二十年以上も前のことである) バブルの崩壊を長い間理解できなかった政治指導者達は、皆この教育方針で育てられてきた世代に属している。バブル崩壊後の失われた十年とは、決断すべき指導層にできていた洞察力の欠如が生み出したものなのだ。知識力が高くなればなるほど、思考力を育成するための時間は減らされてゆく。日本の現状は、知育偏重型の教育システムが時間をかけて熟成させた結果作り出したものなのだ。教育を授ける側の当事者が無自覚のままでいるというこの現状こそが、問題をより深刻化させている。いじめの問題を最後まで認めようとしなかったのは、学校と教育委員会のトップたちだった。自覚なき教育者が指導してきた時代の長さこそが、「理由なき」自殺者の数を積み上げさせてきたのだった。判断を回避してきた日本の教育機関を作り出した戦後の文教政策は、陰湿ないじめを同時多発させるという結果を生み出すことになったのである。


日本の覚醒と惑星の未来

現象を見てその意味を知らずにいるのは、考えることをやめてしまったからである。本当の知識とは、創造する力を引き出す能力を発揮するものなのだ。回答することはできても、解答することができない学生を量産するのが教育システムの実態であった。理解できない問題に直面して尚考えようとしないのは、知識を修得するだけで満たされるシステムが日本にできていたからなのだ。この傾向は、先進国一般に広く見られる現象のようである。世の中には知識だけでは片付かない問題がたくさんある。知識の使い方が試されているときに、教科書に書いてないからといって行動しようとしないのは、問題解決能力を退化させていた証拠なのである。推理は創造を生む。それには観察力が必要だ。問題が持っているその意味を知ることができれば、有効な対策はすぐに立てられる。それができていなかったというのは、単に問題そのものが理解されていなかったということなのだ。知識を持つということは確かに大事なことではあるが、その使い方を知らなければブタの首を飾る真珠に等しいのである。投資の対象として合理性がなかったら、その結果は損失となって還ってくる。法則の示す方向の先にあるものを知ったとき、この国はおおきく変わるようになるだろう。

将来を決めるリソースの総てが、この国の中に備わっている。知識を増やしてきたのは、選抜方法を高度に効率化しようとしたためだった。選択する側の都合で習得する知識の量が決まるという即物性が、教育システムの質を劣化させている。国や人生のあり方にとって必要不可欠な知識は、現在の高等教育からは学びとることができない。体験を通じて個々に学び取ってゆかなければならないのだ。知の必然性がないものを量的に拡大したところで、その知識を生かせなければ無駄な投資という結果に終わるだけである。親と教育機関は合理性のない教育システムを、ひたすら練り上げていく立場でものをみていたのだった。状況判断ができない指導者というのは、このような教育システムを無批判に受け容れてきた階級が輩出してきたのである。土地神話は、信じる者が土地に投資してきたことから生まれている。学歴神話もまた、知識を信奉する当事者総てが生み出してきたものなのだ。渦中にある者は、自らの姿を見ることができない。

地球と国家の再生は、国民の覚醒如何にかかっている。惑星の未来は、そこで決まるのだ。犠牲者は成長を遂げていた当時のこども達、つまり現在の指導者層に犇く団塊世代とそれに続く前衛世代。そして、いま教育システムに載せられている当のこども達である。NEETの中には、既に覚醒した者が少なからず含まれている模様である。健全化のプロセスは以前から始まっていた、とみてもよいだろう。教育システムに取り込まれていったものの中からは、突然キレて抑制がきかなくなってしまうケースがたくさんでている。その攻撃の対象とされたのは、「学習」を強要してきた保護者だったのである。健全な精神状態を求めて行動した結果が、抑制することができずに刑事事件へと発展してしまったという不幸な事例が多数でている。価値のない学習の強要を回避しようとするなら、必然的にドロップアウトするしか道はない。忍耐する道を選んだ者の一部からは、内圧が臨界点に達して突然暴走するというケースがでている。知識欲は食慾に優るものだが、そこへ至るまでには意味の統合作用が起きていなければならない。


水は生命と平和の基礎

不具合の原因となっていたものをなくしてやれば、円滑な社会システムの構築が可能になる。その状態が作られていなかったというのは、ドルという通貨とその価値を支えている地下資源とが、社会制度に対して負苛を与え続ける状態が許容されていたからである。石油・ドル本位制またはIMF体制と呼ばれているものなのだが、ドルを機軸通貨として機能させるための経済基盤になっている。温暖化対策として水素エネルギーがこれから普及するようになると、ドルの需要そのものが減ってゆく。水素資源が登場して炭素資源の消費が減ると、水素エネルギーの需要はどこかで一気に急増するようになる。コストメリットと環境メリットとが同時に得られる時代が、いずれやってくるからである。現在、炭素資源の方が技術的にも経済的にも使い易くなっているため、量産効果を発揮できない水素エネルギーの評価は低くなっている。だが、低廉な水素資源が提供されるような時代になると、状況は一気に反転するようになる。炭素エネルギーは環境負荷を募らせるため、今後は課税の対象として拘束条件が次第に強められていくだろう。京都議定書は、将来、途上国も規制の対象としなければならない。炭素資源に吹いていた追い風は、水素資源の登場で突如として反転する時を迎えるのである。今から準備をしておく必要があるのは、その時期が近づいているからなのだ。

ドルが果しているその役割が矮小化するようになると、アメリカは間違いなく資金難に陥る。ドルの需要が減っても、それを吸収する国があるうちは紙幣を追加発行することができる。だが、通貨のからくりに気づく国が次々に出てくるようになると、ドルを新たに引き取ろうとする国はなくなるだろう。ドルという通貨では水素エネルギーが導入できないようになると、ドルの価値は急落してしまうのだ。ドルはアメリカ国内だけでなく、世界中で一斉に溢れ出すようになるだろう。引き取り手がいなければ、どこにも行き場というものがなくなってしまうからである。この段階に至ると、アメリカの繁栄は終わる。アメリカの代わりを務めることができる国は、もう現れない。機軸通貨というものをもたない限り、どのような大国であっても国際社会をリードすることはできない。機軸通貨の発行権をもつということは、この星の命運を決めるということを意味する。価値の裏づけのない通貨は、どのような国であっても発行することができない。誰も信用しないからである。石油なき後の通貨価値を裏づけるものを、世界は大急ぎで探さなければならなくなるのだ。だが、それは、金を除くと水素以外にはありえない。


地球政府はアメリカに学ぶ

アメリカが主導することで成り立っている現在の国際関係は、遠からず崩壊するときを迎える。不合理なシステムが成長を続けることはできない。IMF体制に合理性があったのなら、南北問題やテロリズム、反米国家などが生み出されるようなことはなかったのである。全体の量が定まっているという条件の下では、どこかの国の繁栄はどこかの国の窮乏を意味するのだ。ドルが役割を終えた後の新しい枠組みの中では、水素エネルギーを供給する国や組織に資本が集中するようになるだろう。旧来の枠組みがそのまま生き残るということはできない。温暖化を募らせただけでなく、アメリカただ一国だけを繁栄させて他の国に貧困を押し付けてきたという現実が残されている。アメリカが集約した資本は、米軍を世界展開するために使われてきた。現在ではイラクで米軍が膠着状態に陥ったため、退くことさえ困難になってしまったのだった。この困難な状況を打開するために、アメリカは派兵を増強する対策を押し進めている。そのため、米政権は現在新たな資本の調達を迫られるようになっている。イラク戦争が正しい選択であったのなら、このような展開を辿ることはなかったであろう。

水素エネルギーは誰でも作ることができるのだが、経済合理性が備わっていなければ何の価値も得られない。炭素資源よりも水素が高価なものであるのなら、代替能力を引き出すことはできない。最も効率的で安全な水素抽出技術をもつものだけが、機軸通貨の発行権を与えられるのだ。その権利義務を正しく執行することによって、世界全体を平和の状態におくことができるようになるのである。どのような方法で水素を取り出したとしても、水素は水素であるに相違ない。あらゆる元素の基本となる宇宙で最初に出来た、そして最も多く存在する基本の物質なのだ。だが、このエネルギーを使いこなせる組織はただ一つだけである。最も優れた水素資源の作り方は、簡素で平易なものでなければならない。安全性を担保する能力は、そこからしか生まれないからだ。優れたシステムというものは、シンプルなモデルだというのはよく知られた事実である。


エネルギー資源は光と水

水素資源だけを確保すればそれでよい、というものではない。電気エネルギーにしたり、運動エネルギーにしたりすることが、自由自在にできるようなものになっていなければならない。エネルギーシステムに経済合理性がなければ、標準化は不可能だ。既存の枠組みを捨てなければ、新しい概念を理解することは困難である。理解が得られなければ、認識の合成はおきない。内側からの観測だけでは水素エネルギーの誕生は偶然にしかみえないが、外側の視点から眺めたら必然としてよく見えるようになるのである。立つその位置によって、ものの相は異なってみえるものなのだ。右向きの矢印は、裏に回れば反転して左を指すものへと変化する。現在位置を確認できない状態で行う判断というものは、できるだけ避けるべきだろう。全体の像を把握するその見極めがついたなら、迷うことはない。一路邁進するだけのこと。一時は産業の米とまで呼ばれた石炭が、東京オリンピックを境に石油にとって代わられてしまったのは、経済合理性というものが石炭には欠けていたからだった。両者はいずれも炭素系のエネルギー資源という点では、同じものである。新エネルギーでも水素であればそれでよい、ということではない。低廉且つ安全な水素でなければ、水色革命という健全化のためのプロセスを生み出すことはできない。

水以外の物質から取り出した水素では、一時的な有効性を引き出せたとしてもエネルギーのサイクルを導くことはできない。石油や天然ガスから水素を抽出しようするのは、問題の意味がみえていない証拠なのだ。論議の対象にさえならないレベルの話なのである。有限な資源という点一つをとってみても、飽和する時の到来を読み込んでおかなければならないのである。更に、二次生成物が生む副作用も考慮しておかなければならない。一次資源が高価なものであるならば、水という新たな資源に敵うはずはない。水素資源を作り出すだけでなく、最も合理的なエネルギーシステムを設計することにより、廉価な水素を安全且つ速やかに取り出すことができるモデルを提供するべきだ。技術的な課題で未解決のものはない。効率の向上だけが主要なテーマなのである。異なった技術を融合するのに、それほどの時間はかからない。地球政府の母体となる組織が出来るのを待って、一斉に活動を開始することになるだろう。社会体制と産業構造とが大きく変わるようになるために、公開のタイミングが慎重に測られているというのが現状である。


水色革命と平和本位制

水素抽出のノウハウをもつ組織は、独自通貨の発行権を単独でもつだろう。ドルが果してきた従来の役割は、水素エネルギーが登場すると意味を持たなくなるのである。ドルの需要そのものが消えてしまったら、アメリカは機軸通貨となっていたドルの発行を続けることはできない。この段階でドルの過剰流動性が顕在化するのである。ドルは市場に溢れ出すようになる。つまり、ドルの投げ売りが始まるということなのだ。ドルの買い手があったからこそ、ドル安外貨高という状態が維持されていたのだった。ドルを欲しがる国がなくなれば、アメリカの通貨戦略は反転してその矛先を国内へと向け、自らを攻撃の対象とする反作用を惹起する。帳尻というのは、必ず合うようになっているのである。アメリカのインフレが始まったら、IMF体制存立の基盤は消え去る。そこで、ドルに代わり得る新しい機軸通貨が俄かに必要になってくるということなのである。ここが見えていれば、先回りして準備を進めておくことに困難はないだろう。

大切なことは、アメリカの通ってきた道の同じ轍を踏まないということである。やってはならないことをやってきた国に、地球政府が倣う必要はない。その反対を実行すれば、成功が確実に導ける。結果の分っている仕事ほど楽しいことはない。反転したお手本が用意されているというのは、実に有り難いことである。低廉な水素エネルギーをもつものは、世界の枠組みを決定する位置に立つことができる。人類が歴史から学んできたものを次に生かそうとするのなら、繁栄は目前にある。利益を独占しようとするのなら、新たな軋轢を生んで対立を極めるという結果だけが待っている。温暖化が止まっても、地政学的な対立が募れば経済の発展は望めない。競争原理は破壊を生み、創造原理は平和を育む。人類はこれまで競争原理に基づいて行動してきたのだった。地球の現状はその結果を露わにしているのである。気候の変動然り、核拡散もまた然りである。教育システムが競争原理の極致であったということは、今更言うまでもないだろう。


新通貨は貧困を排除する

ドルが貧困を生み出していたということは、ドル資本が流入していった国が反米化しているという事実がよく伝えている。アメリカは回収したドルを再利用するだけで、あらゆる外貨を手に入れることができる特権をもっている。この立場を利用して、市場で余ったドルを貿易黒字国に売りつけてリフレッシュさせた資本をドルで調達してきたのだった。その実行の窓口になっていた行為者が、ファンドと呼ばれる一群である。日本では外資系のファンドが土地と企業を新規に買収しようとするだけで、円高が繰り返されるようになっている。円高は、市中で余ったドルを回収する目的でFRBが金利を引き上げた後でおきている。

アメリカがドルの過剰流動性を回収すると、その後で円高現象がおきるのだった。これは過剰流動性を貿易黒字国が消し去っているということを意味していた。この時の円高を利用して、既に円転されていたドル資本が有利な条件でアメリカへと還流していったのである。このため、110円から120円の範囲で通貨が往復する過程で、富の円滑な移転が繰り返されるようになっていた。FRBの利上げが先行して日米間の金利差が大きく広がってしまったため、リスクを嫌うファンドが円以外の別の通貨にこのところ集中するようになっている。

アメリカはドル資本を使って、世界中から外貨を集めることに成功してきた。原油の値上がりではドルの需要が増え、原油の値下がりでは市中で余ったドルを呼び込んだNYの株式市場が活況を呈するというサイクルができている。過剰流動性がストックマーケットに導かれていたということになるだろう。FRBが政策金利を動かせないようになっていたため、行き場を失ったドルの過剰流動性が株式市場へと向かったのだった。2006年の九月下旬にこの兆候が始めて現れている。原油の値下がりが先におきていたため、市場にはドルが余っているという状況が生まれていた。通貨価値を維持するためには、ドルをダブつかせたまま放置しておくことはできない。NY市場の株価はFRBの金利政策次第で、今後更に一段高いレベルで取引されるようになるだろう。暖冬で石油の需要が減りドルがダブついている状況下での金融緩和というのは、およそイメージしにくいことである。


ブッシュ政権の終焉

ドル資本で人民元を買うという手法がこのところ頻用されているようだ。(中国政府は、外貨準備高が突出したことで生じるリスクに気づいている。だが、打つ手はなかったようである。中国の通貨当局は、ドル資本が制御できる状態に嵌め込まれている。外貨準備高の伸び率は、今年最も高くなるだろう) タイでは外資の流入を規制する対策がとられていた。その結果通貨危機は去ったものの、株式市場からは活気が失われてしまったのである。市場を支えていた外資が国外へ一斉に逃げ出してしまったからである。円ユーロを経てユーロドルへと向かう底流も生み出されていたという形跡が覗える。ブッシュ政権はイラクからの撤収を急ぐために、一時的な増派を既に実施しはじめている。

一月になってから始まった円安は、ブッシュの二万人増派計画と連動するタイミングでおきている。人民元に対する投機的行動に配慮すると、何がおきていたのかということがみえてくるだろう。兵員を増派するための資金が新たに必要になったため、第三国からドルを回収して米政権へと還流させるルート造りが急がれていたようだ。金利差の広がっている日本では、投機的な円買いではなく逆方向の円売りが進んでいた。日本から出ていったドル資本が中国へ向かうと、元高ドル安が導ける。そうなると中国政府は、ドルを直ちに買わざるを得なくなるのである。元ドル相場はタイトなレンジで連動する特殊なモデルになっている。アメリカはその隙に乗じた通貨戦略で米国債の需要を創出し、新たな戦費の調達を図った模様である。

【政策金利の引き上げを日銀が見送ったことは、正しい判断であった。(報道各社は昨1月17日、朝刊で利上げを一斉に報じるというフライイングをおかしていた。利上げの見送りは本日の会議で正式決定されている) もし日銀が政策金利を引きあげることになっていたら、為替相場は円高に戻して中国の損害は少なくっていたことだろう。国内経済の動向をみて判断するだけでなく、国際経済における日本の状況を織り込んだ政策判断を日銀は今後心がけるべきだろう】


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