実効ある温暖化対策というのは、交流の高圧送電を全廃するという方法以外にはない。中途半端な形で既存のインフラを残しても、捨てる電気を許容してCO2を量産し続けるだけである。電力分野で展開しなければならない喫緊の課題は、集中制御型の交流送電を離れ、新エネルギーによる電源の分散化へとシフトするということだけなのである。直流回路と持続再生が可能なエネルギーシステムを組み合わせることによって、電力分野から温室効果ガスと放射性廃棄物を同時に全廃することができるようになる。これまでに日本が達成してきた経済の成長は、高品位の交流送電というインフラがあったからこそできたことだった。しかし、環境の悪化がさまざまな変化を地表へともたらすようになってしまったため、既存の方式に準拠しているということが、自らの首を絞めつける行為になったのだった。京都議定書は国際条約である。現実をみると、その遵守は間違いなく不可能だといわざるをえない。第一約束期間の達成期限は2012年、残された時間はあと僅かだ。この数年間にCO2が高々40ppm増えたというだけで、自然災害が猛威をふるい旱魃と洪水が多くの地域でおきるようになっている。状況証拠を確認したこの段階で行動をすぐ開始しないと、因果関係を立証しようとしている間にも自然災害はどんどん凶悪化してしまうだろう。
日本のリーダーシップが求められている
既存の小型発電機を当座補完的に使うことで、過不足のない電力供給系を新規に構築することができる。前回の報告で言及した通り、電源を分散してエネルギー備蓄を消費地で直接成り立たせることができるのだ。そのプログラムは、いつでも実行可能な状態にある。機が熟したら、電力会社であっても分散化の動きを止めることはできない。その実現がのびのびになっていたというのは、変化を望まない勢力が国内に大勢いたからだった。既存のインフラである交流送電の成果にこだわっていたため、一斉転換をするという方法はこれまでに検討されたことすらなかったのである。もともと保守的な土壌であったということに加えて、産業構造の転換を敢えて行う必要そのものがなかったからだった。しかし、このところ環境条件の悪化が急速に進んでしまったため、大転換への決断を早めなければならないという必要性が俄かに生じてきた模様である。
交流送電から脱却するには、電力の効率的な創出とその備蓄が需要地でなされるようになっていなければならない。現在市販されている蓄電装置や発電装置などを組み合わせるだけで、二酸化炭素を一気に減らす効果を実現することができるようになっている。やればできることをやろうとしなかったために、温暖化が進んで自然が文明を攻撃するようになってしまったのだった。穏やかだった気候はその様相を変え、原因者である人類を襲い始めるようになっている。だが、新興工業国のエネルギー需要は急速に高まっており、先進諸国がエネルギー消費を抑えたとしても、それ以上の温室効果ガスを生み出すことは確実な情勢なのである。京都議定書の枠組みでは、どうやっても温暖化を防止することはできない。有効な対策を実際に示してみせることによって、日本は世界を牽引して行く責務をこれから果さなければならないだろう。当座必要なものは、この国の中に総て揃っている。このチャンスをとりに行くかどうかは、国民の決断ひとつにかかっている。
温和な地球環境を取り戻すために
水分解による水素抽出法は複数のものが実用化の直前にきている。特許の出願ベースでみても200件ほどのアイデアが登録されている。その他の要素に属する個々のコンポーネントの殆どは、市販レベルの領域にある。単独運転されている装置が既に複数でているので、システム化に特段の問題はない。これらの候補の中から最も合理性の高いモデルを選択し、最適な構成となるような組み合わせ方を決めてやれば基本となる形ができる。これ以上時間を無駄に費やしていてはならない。惑星のあらゆる生命にとって二酸化炭素の濃度は、既に警戒レベルを突破してしまったように思われる。環境異変は大きく進み始め、嘗てない規模の自然災害が世界中で観測されるようになってきた。この現実を人類は速やかに、そして謙虚に受け容れなければならない。
分散電源を普及させるためのコンポーネントは、最終的に残った候補の中から最も合理性の高いものが選ばれる。標準化を進めて量産体制を速やかに整えることにより、温暖化対策としても、またエネルギー対策としても、そして経済対策としてもそれぞれ有効となるエネルギー供給系を提供していかなければならない。電源と電力貯蔵システムに限れば、仕様を決めさえすれば標準モデルを決定することができる。最終候補となるモデルを絞り込んでしまえば、国際標準となるスペックを直ちに公開することができるだろう。この段階にさしかかる頃には、ドル経済圏の終焉へと向かう最初の一歩が踏み出されているはずだ。ドルの需要が低下していくと、その代わりとなるものが新たに必要になってくるのである。国際経済は当初混乱するだろうが、人工の第三通貨が登場するようになれば、主な経済問題となっていた原因などはほぼ解消されるはずである。
【ドルがローカル通貨にまで退けば、やがて南北問題は反転して国家間にできていた貧富の差は縮まる。そして軍拡基調は反転して軍縮へと向かうようになる。アメリカに富を吸い上げられてきた国では経済活力を取り戻し、国民には豊かな生活が戻ってくるようになるだろう。ドル資本が持ち去った富の巨大さを考慮すると、貧困からの脱出は早くなってよい。ドル本位制がどのようなものだったのか、という真相を世界が正しく知るようになるのは、おそらくこの頃のことになる】
市場の変化とビジネスチャンスの創出
家電製品の市場では、置き換え需要の大きなチャンスがやってくるだろう。何故なら、直流回路による電力供給系が標準化されるようになるからである。交流の方が優れている電気製品に対しては、周波数変換装置(インバーター)で適切な周波数をもつ交流を適宜出力してやればよい。定格で運転されている回路であるのなら、交流の発電機を当初から導入するという方法が選択できる。需要地で発電すれば、送電する必要は生じない。
直流化することによって可能になる二次電源の関与は、エネルギーシステム全体に余裕を与えるという絶大な効果を発揮する。この直流化回路によるエネルギー供給モデルを、現在の交流高圧送電にそのまま導入することは可能である。だが、送・変電ロスを削減する効果は小さい。交流送電が問題だったのは、電流損失と接地電流を許容しなければならなかったからである。電力会社の経営判断で電源の分散化を推進すれば、発生していた巨大な経営損失を減らして収益率を改善するという絶大な効果がすぐにでも実現するのである。発想を切り替えれば、新市場をつくりだすことは夙にできていたのである。国内の投資家がエネルギー問題のもつ真の意味に気がつけば、有効な温暖化対策はビジネスチャンスとなって顕在化していたはずである。
電力会社がこの大きなチャンスを見送ってきたのは、系統制御が複雑になって発電所の管理も難しくなると思われていたからだ。出力調整をしない発電所はベース電源と呼ばれ、電力全体の大きな部分を占めている。このような発電形態になっていたために、需要が減ってゆく時間帯で供給電力を過剰なものにしていたのだった。深夜の電力需要は日中の半分程度になっている。発電量を減らせないベース電源が生み出している系統電力は、全体の65%を占めている。そのベース電源が生んだ電力で50%しかない深夜の電力需要に対応していたのだったから、無駄な発電を承知の上でやっていたということになるのである。余った電気がどこへいくのかというと、トランスの高圧側コイルを経て地下へと直ちに捨てられてしまっていたのだった。この間の消息については、第十回目の報告書「負苛平準化とは何か」で周辺情報をできるだけ記述しておいた。
新市場創出によるビジネスチャンスの拡大
ベース電源の比率を上げて送電系統を高圧化したことが、電力輸送に下限を設けるという結果になっていたのだった。需要が伸びていれば電力会社のとった選択は最適なものになっていただろう。ところがニンゲンは24時間働く能力をもっていなかったのである。睡眠をとるために、活動を休まなければならない。電力の供給を増やした状態を安定化させてやれば、すべてうまくいくと単純に思い込んだことが誤りの始まりだったのだ。これまでの将来予測モデルというのは、リニアリティをもった単調な推移を前提として成り立つモデルになっていた。一定の傾斜角で直線的に推移するとした仮定のデータを、そのまま変数処理しないで導入してきたのである。その弊害が年金制度の欠陥となって、既に顕著な反応を引き起こしている。
右肩あがりの人口の増加を前提としたモデルであったため、少子化が影響する事態が出現するようになると、たちまち対応がとれなくなってしまったのだった。年金システムの脆弱性を見抜いていた国民が早々と遠ざかり、年金機構全体の将来展望が揺らいだのである。教育システムは、このような単純にものを考えようとするパターンを生み出していたのである。それがデータの形になっていれば、その根拠を誰も疑おうとはしないのだ。変数処理をしなくてすむモデルの方が、彼らには扱い易かったようである。考えるトレーニングを避けていると、単純なモデルを選択しがちになるのだ。その結果どうなったかということは、年金制度が直面している現状をみれば明らかであろう。
温暖化防止を急ぐのなら蓄電ユニットを無償配布するだけで、有効な温暖化防止対策を実施することができる。その費用は、炭素資源を輸入していた資金を以て振り替えてやればよい。蓄電設備を導入するのは一度だけのことである。寿命の長い蓄電モデルはキャパシタと呼ばれているものだが、電荷を静電気の状態で備蓄するものであるため劣化する要素が少ない。寿命の長さは住宅が健在である限り、使い続けることができるほどである。蓄電することによって電流損失を減らし、その分の資源を輸入しなくなるのは毎年得られるメリットなのだ。資源の輸入にかかっていた費用の一部は、この措置により永遠に削減することができるようになる。この簡単な理屈にいつになっても気づかない、という現実の裏にあるものをこそ寧ろ忖度するべきではなかろうか。水を資源化する技術が普及すると、この効果は更に絶大なものになる。
ライフサイクルの変化
電気製品は一通りのものが既に普及しており、置き換え需要以外に当該分野での大きな市場拡大は見込めない。ところが直流化に対応した電気製品の普及が進むようになると、置き換え需要が新たに生まれてメーカーには活気が戻ってくるようになるのである。だが、この状態が長く続くということはなさそうだ。既存の電機メーカーが一斉に参入してくると、飽和点に到達するのが早まってしまうからである。メーカーが乱立していると、市場は短期間で成熟化してしまうだろう。半導体分野では四年周期だった波に乱れが生じるようになっている。メーカーが乱立し、シェアの奪い合いがおきるようになったからだった。IT革命が短期間で終わってしまったのは、乱立していたメーカーが一斉にひとつの市場へと参入してきたからなのである。
成熟した市場になるまでの間はプラス成長を維持するのだが、その先どうなっていくのかは消費者のマインドが決めることである。水がエネルギー資源だったということが理解されるようになると、エネルギー消費は拡大基調へと転じるようになるだろう。使っても減らない再生型の資源なら、そこからどんなにエネルギーを取り出したとしても枯れることは決してない。一次資源がどこにでもある水になれば、環境負荷は当然ながらまったく生じなくなるのである。しかも、その運転費用は殆どかからない、というモデルが登場してくるようになる。そんなことを可能にするのが水色革命というものなのだ。
消費モードの変化
エネルギー消費は、抑制の励行から反転して拡大へとシフトするようになってゆくだろう。この変化で環境が悪化するということはない。水が電気と熱を生み出して、再び元の水に戻るというサイクルを繰り返すだけのことだからである。標準化を進めることにより、エネルギーコストは極めて低廉なものになってゆく。量産効果が生じてくるのだ。電源は燃料電池と太陽電池を併用するモデルが最も合理的である。蓄電装置はこれから評価が定まるが、市場は世界規模であるためメーカーには大きなビジネスチャンスがやってくるだろう。だが、どこかで突然陳腐化するというリスクを拭い去ることはできない。現在計画中のプログラムでは、主二次電源に高温超伝導電力備蓄システムをおき、副二次電源にその他の蓄電システムを配するという複合モデルが計画されている。バッファが多くなればなるほど、エネルギーの分散備蓄はより磐石なものになってゆくのである。製品の価格は量産化の工夫次第で信じられないほど短期間で低下するだろう。
より優れた蓄電装置がこの先登場する、ということが既に分かっている。それが高温超伝導による電力貯蔵システムというものなのである。高温超伝導応用技術による電力を輸送するための方法は、既に実用試験の最終段階に入っている。だが直流化が進んでいけば、電力を輸送する必要そのものがなくなってしまうのである。送電する必要がなければ、そのための施設もまた不要な存在となる。電力は消費地で生産し、そのまま損耗のない状態で貯蔵するのが一番だ。超伝導電力貯蔵技術を公開するその時機を決定するのは、水分解装置を供給する新たな組織が担当することになるだろう。単独で電力貯蔵だけを事業化しようとするのは、決して合理的なことではない。発電所と送電設備などの一式は嘗てのSLがそうであったように、全国の博物館で歴史の遺物として陳列されるようなものになる。またそうならなければ、温暖化を止めることはできないのだ。
【その次のステップである水を資源とするシステムが世界中で実用化が可能な状態になるのは、それほど遠い先の話ではない。準備の進め方次第なのだが、開発着手後一年程度でプロトタイプを提出することができるだろう。問題は、この発明を託すパートナーの選択ひとつにかかっているということなのだ】
超伝導電力備蓄システムが生む変化
電気抵抗のない超伝導電力貯蔵並びに供給技術が登場してくるだけで、エネルギー産業の様相は一変してしまうことだろう。携帯用の小型電気製品を除き、総ての電気エネルギーシステムは超伝導方式による二次電源をもつようになる。一次電源はどんなものであっても構わない。あらゆる発電機を直流システムに組み込むことが可能である。(超伝導は交流電流でも差し支えないのだが、周波数がもつ位相の異なる電流の出し入れで高調波を生じさせると、超伝導状態が突然破れることがある。超伝導は電流密度が極めて高いため、常伝導状態への突然の復帰はたいへん危険なことなのだ)
経済合理性に基づいた取捨選択を繰り返していくことにより、より良いものだけが最終的に残される。この淘汰の時代を生き抜くためには、不合理なシステムであってはならない。法則を知るものは、遠回りをしない。無駄なことのために時間と費用をかけ続けるというのは、愚かなことである。実効のない温暖化防止対策を継続している政府当局者の現在の姿こそが、まさしくその例に該当する絶好の見本になっている。自分のやっていることさえ見えていないのだから、状況が改善するはずはなかったのだ。知性が備わっていれば、授かった知識を活かすことはできていただろう。
知性は正しい判断の裏づけがなければ生まれてこない。判断を正しく行うことが、進化してゆくための基礎だったのである。たとえ蛮行と呼ばれることがあったとしても、試行錯誤を繰り返すことによって知性を研ぎ澄ませていけば、最終判断を誤るようなことはない。失敗を許容する社会の方が、進化するその速度は速くなるのである。失敗を恐れる時代は、停滞を生むのだ。バブル後に経済を長く停滞させていたのは、為政者が失敗を恐れたからだった。正しい判断を保証するべき教科書が、用意されていなかったからである。温暖化対策でもまた停滞を続けようとしていくのなら、気候の変動をより早く過激なものにするだけである。
抵抗をなくすことが好結果を生む
超伝導の特徴はたくさんあるのだが、電力貯蔵で必要な要素は電気抵抗の不在という項目である。電気抵抗がなければ、電力の損耗はおきない。一旦電気エネルギーになったものは、永遠に電流としてそこに存在し続ける。そこから電流を宅内回路にまで引き込むには、若干の工夫がいる。その逆の充電という行程では、ほぼ一瞬で作業が済んでしまう。抵抗がないからである。太陽光発電は超伝導応用技術が普及すれば、その市場を世界規模にまで急成長させるのは確実である。未利用エネルギーから電気エネルギーへの変換効率が低いという制約は、最早問題ではなくなるのだ。
太陽電池の場合、立地条件とモジュールを設置する面積を確保できれば、その他の発電機を導入する必要自体をなくしてしまうだろう。超伝導は、そんなことを可能にする技術である。ライフスタイルによって電力消費に差がでるようになると、そこで知性が花開くステージがやってくる。日本人が知を個性として生かす方法に注目するようになれば、大きな変化が生み出せるようになる。群れたがっているうちは、その脆弱性を衝いてやれば集団のパワーを劣化させることができるのだ。たとえば日米同盟の現状がそうであるように、仮想敵がもつ危険性を強調するだけで、日本という国をアメリカに従属させておくことができるようになっている。
エネルギー消費を拡大したいのなら、燃料電池を併設すればよい。それには水分解型の水素抽出装置が必須条件となる。動作原理が熱化学反応であるため、熱源さえあれば水槽から水素を任意に取り出すことができるだろう。その適用温度範囲は現段階で600℃台となっている。熱を得るために電気を使うのは、これまで不効率なことであった。だが、超伝導による電力貯蔵システムができていれば効率という問題は意味を持たない。充分すぎるほどの電力貯蔵が、未利用のエネルギーを活用することによって実現しているからである。反応に必要な一次エネルギーをそこから随時取り出せるということは、地域を問わず可能なのである。たとえ太陽光が不十分な地域であったとしても、燃料電池で補完してやれば問題はない。その効率の改善をシステム設計の部分で調整してやれば、独自性が生み出せるだろう。電源は何であっても差し支えない。エネルギーコストの差によって、導入する設備などは自動的に決まってゆくのである。
水素エネルギー社会の構築へ向けて
水素エネルギーが登場して炭素系のエネルギー資源の需要が減っていくようになると、ドルの通貨価値は次第に低下するようになる。原油の需要が細るというだけでドルは市場で余りはじめ、世界中から需要を失ったドル紙幣が溢れだすときがやってくるのである。原油取引の指標を見れば分かるように、1樽という単位当りの原油取引の単価はドルで表示されている。つまり、ドルでなければ原油を買えないようになっていたのだった。ユーロで決済することが一部で行われるようになったのだったが、それはつい最近はじまったことである。この変化はドルに依存することによって生じるリスクの高さに、産油国の側が気付き始めているということを示していた。ドルを持つことで生まれるリスクの一つは、アメリカが取ってきたドル安政策の結果であった。これが産油国にとってデメリットになっている。原油を売って得た収入は、すべて価値の下がった安いドルになってしまったからである。
ドルをもつことで生じる更なるリスクというのは、ドルという通貨がもつ過剰流動性というものの存在である。ドルに固有の属性である過剰流動性が切り離せないものであったため、インフレリスクというものが常に付きまとうようになっている。だがドルが機軸通貨になっている限り、アメリカに実際のインフレがやってくるようなことはおきないのだ。何故なら、世界中にドルを売りつけて過剰になった部分を吸収させてしまうことができるからである。これは特定の外貨を買い続けることで簡単に実現することなのだ。実に簡単な話であろう。その結果日本では、理由の分からない円高が度々発生するようになっていたのである。
突発的な円高を解消するためには、高くなった円の価値をもとの位置にまで人為的に引き下げてやらなければならない。通貨価値の調整を行うという目的で、日銀はこれまで為替市場に介入を重ねてきたのだった。外貨準備高が積みあがってしまったのは、その介入を続けてきた政策の結果だったのである。取り崩すことのできない資産をどんなにたくさん抱えていても、それは判断能力の欠如を示す指標でしかないのだ。国債を売ったアメリカは現金をドルで合法的に手に入れたのだったし、ドル安が続いている限りその償還を求められるようなことはなかったからである。この状況を平然として受け容れているというのは、問題の意味がみえていないからこそできたことなのだ。
ドルをリフレッシュするための市場システム
円を売ってドルを買いそれで長期債を購入していたのが、日銀のとってきたこれまでの介入スタンスであった。アメリカがインフレになる懸念が高まってゆくと、市場で余って出たドルを使ってドル資本が円などの外貨を積極的に買いにでてくるのである。ドルの属性である過剰流動性は、日本の資産を買うことで消滅させてしまうことができるのだ。ファンドが円を買って経済成長が見込める土地や企業などに投資すると、その変化が生み出した一切の要素はファンダメンタルズの結果であるといえるのだ。市場で余ったドルがある時は、回収してファンドの投資資金へと振り替えてやればよい。通貨価値を維持することがそれでできるからである。諸外国の固有資産を買収する効果と大きな値上がり益、運用益とが同時に見込めるようになっていたということなのだ。円資産からもとのドル資本へと買い戻す段階では、事前の円買いでドル安状態が予め設定されているのである。為替差益まで上乗せした利潤をドル資本に提供してきたのが、これまでの日本という国がやってきたことだったのである。国が貧しくなってアメリカが栄えたはずである。
【日銀がファンドのドル売り円買いに対抗するための介入を実施していたことから、アメリカはドル売りを仕掛ければ米国債が売れるという事実を体験から学んだのである。発行した米国債が売れ残らなければ、長期金利は低下したままで安定を維持することができる。長期債が完売状態になっていたら、株価の上昇を誘導することさえ可能になるのである。米国債が常に売れ残らないという状態が維持されているのなら、企業の借り入れ金利は下がって収益率は増加している。金利負担が低下するのなら、企業の支払利息は当然減っていなければならない。このため収益率が向上してダウ平均株価が上昇する、という好結果が得られるようになっている】
資本の移動に伴って為替市場では往復のそれぞれの行程で、ファンドに為替差益までが提供されるという仕組みができていた。円ドル相場の振幅をみていたら簡単に判ったはずのことなのだが、その問題のもつメッセージを読み取ることは誰もしなかったのである。外貨準備高が積み上がっていったのは、金融当局と政府とが共に状況を認識していなかったからである。(現在は日米間の金利差が拡大したことからファンドにとって円への投機はリスクを高めるようになっている。ドルの過剰流動性は日本を避けて、その行く先を変えていたのである。それがタイ・バーツであったり人民元であったりしたのだが、NYの株式市場が新たにその仕向け先になっていたという点には特に留意しておくべきである。キャリートレードを経て円からドル、ドルから人民元へと向かう投機の流れができている。この事実を、ここで警告しておいた方がよいだろう。元高局面でも米国債が売れるのである。イラクへの増派計画が迫っているので、米政権の資金需要は切迫したものになっているということを考慮するべきだ)
知識を活かすのが思考力
アメリカに富を集中させていたものは、ドルとそれを機軸通貨として認めてきたIMF体制であった。ドル経済圏は、IMF体制が生み出したものである。これらの事実のもつ意味に先進諸国は気づこうとしなかった。これが国際社会の現状だったのである。気づいていた上で国が蒙る損失を敢えて見逃していたのなら、それは犯罪に等しい行為だと言わなければならない。問題の結果を受け容れることしかできなかった国では、アメリカの手口を覚る以前に自らの困窮という結果を先に手に入れてしまったのだった。(これらの国が先進諸国から見て南側の地域に分布していたことから、南北問題という言葉が生まれている) ドル資本が持ち去った富は、その国を確実に貧困化させるのである。反米国家は貧困の増大という結果から、その原因がドル資本にあったということを勘づいている。ドル資本がやってくるまでは、貧しいとはいえそこそこの生活を送ることができていたのである。通貨のもつそのメカニズムが生んだ不均衡の意味を国際社会が理解した時、ドル本位制という枠組みはどのように変化するのだろうか。
ドルを得て色々なものを輸入するようになった国では、物を買って豊かになったはずなのに生活はというと逆に苦しくなっていったのだった。ドルを買ったことが自国通貨をアメリカに与え、アメリカの代理人としてドル資本が民族に固有の資産を買い占めていくのを傍観せざるを得なくなっているのである。その国から利潤というものが国外へと持ち去られていったのは、ドル資本を導入したことが原因でおきたことだった。反米国家のドル資本に対する認識は、まさしく妥当なものだったのである。原油の高騰で最も困るのは、石油を消費することしかできなかった貧しい南側の国なのだ。
日本の場合は円高が効いていたため、石油価格の上昇が消費市場へ影響を与えるまでに相応の時間がかかっていたのだった。ドル資本の動きが洗練されて次第にシステマティックなものになっていったため、今まで通貨間にできていたからくりがみえなかった国でも、徐々に察しがつくようになっていったもののように思われる。ところが、先進国ではアメリカの通貨戦略の存在に気づいてさえいない、というのが現状なのである。通貨のもつダイナミズムとメカニズムをチェックしていれば、簡単に判っていたことだった。だが、真相を突き止めようとした国はなかったのである。
知性なき通貨戦略の実態
ドル資本の決算は年に四回行われている。このため、ドル資本を受け入れた国では、流動性に厚みを与えていたものが直ちに失われてしまうようになっていたのである。獲得した現地通貨で計上した収益などは、ドルを還流させるため直ちに使われてしまうのだ。その前には意図的なドル安という再投資の状態が予め誘導されているのである。ドルの還流をより有利な条件にして、アメリカの意図を悟らせないようにしておくためだった。円の価値が前もって高められていれば、ドルは安くなったその分だけより多くのボリュームとなって本国へと還ってくることができるのだ。そこで事前の再投資が行われるようになっていたということなのだった。このため、ドル資本は常に行き来を繰り返すサイクルを維持するのである。ドルを買うたびに貧しさが募るようになっていけば、誰であっても問題の所在に気づくだろう。その結果、反米国家と呼ばれる国々が生み出されるようになっていったのである。アメリカはイラク戦争の戦後処理で大いに手間取ってしまったため、駐留経費の調達に分別というものがなくなってしまったのだった。資本調達を急いだからこそ、貧困化して反米色を強める国がこのところ頓に目立つようになってきたのである。
年が改まった2007年一月からは、タイ・バーツに対してドル売りの強い投機的な圧力がかけられていた。しかしタイ政府が外資の流入を制限したことから、ドル資本がみな国外へと逃げ出してしまったのだった。ドル資本はその後中国へと転じた模様である。人民元に対する投機的な圧力が高まっている。元高ドル安が募ったため、中国の通貨当局は値下がりしたドルの価値を引き上げてやらなければならない。通貨政策で人民元をドルに連動するようにしていたため、為替市場がドル安に動くとドルを買うための介入をせざるを得なくなっているのである。アメリカは中国政府のとっている通貨政策の脆弱性につけ込み、ドルを集中的に売りつけて中国政府がドルを買わざるを得なくなるように仕向けている。中国の外貨準備高がこの三年で急速に伸びていたというのは、イラクで米軍の駐留が長引いていたことと連動する結果なのである。中国が元を売ってドルを買う介入を実施すれば、米国債を買わざるを得なくなるのである。米国債が完売状態になっているというのは、ドル資本の投機でドル売り圧力が予め高められていたからである。中国は元高も困るがドル高はもっと困る、という事態にまで追い込まれている。
