格差社会

最近、日本で格差が広がっていると言われている。そのことを非難しているニュアンスが籠められていることが多い。 これはおかしいと私は思う。

格差を非難する人は多分、人間は平等であるべきだと思っているのだろう。もちろん弱者保護は必要だ。しかし、それはセ イフティネットとして、不幸な人たちを救うためのものであって、有能な人の待遇を下げ、無能な人の待遇を上げる悪平等であってはならない。そのことは旧社会主義諸国が実証済みだ。

そもそもつい最近までよく言われた「1億総中流」というのがおかしかった。能力があろうがなかろうが、努力をしようが怠けようが、関係なく中流の生活ができる、という社会は非常に無理をした、非効率な社会だろう。その時代と比較して、「最近格差が広がっている」というのは、事実の指摘としては間違いではないが、これを非難することは間違いだ。むしろこれは社会が異常だった時代から正常化しているのだと私は思う。

格差社会が問題にされるとき、決まって引き合いに出されるのがワ-キング・プアだ。これもおかしい。

国際的な移動が自由に行える現在、給与水準の低い国から未熟練労働者が給与水準の高い国に入ってくるのは自然だし、税金その他の高い国から企業が 低い国に逃げ出すのも自然だ。それを止める術はないし、もしその動きを無理に止めれば、その国全体の効率が下がって世界的な競争に敗れるだけだろう。 日本に良い働き口がなければ、海外で働けば良いだけだと私は思う。どうしても日本で働きたいならば、勉強して自分の能力を高める他はない。海外にも出たくない、知的武装を行う気力もないならば、海外から流入してくる未熟練労働者の賃金水準で我慢するしかない。道はこの二つしかないと私は思う。

一方、収入の高い家庭ほど進学率が高く、子どもの学力も家庭の収入が高いほど上になるという調査結果がある。その結果、教育格差が起きると言う人もあるが、これに政府が介入すべきかどうかは慎重な議論が必要だろう。

自然に起る格差を無理になくそうとすれば、政府による所得移転が必要となり、どうしても大きな政府、重税が必要になる。北欧はそのような社会を選んでいるようにも見えるが、役人や規制が増えれば贈収賄が増えることはこれまた旧共産圏が実証済みだ。これを防ぐには市民による厳重な政府の監視が必要なのだと思う。私達の社会はそこまで成熟していると言えるのか、私には疑問だ。

アジア通貨危機

革命者

あやうい高所得者層

日本の若者に未来はあるか(1)

日本の若者に未来はあるか(2)

日本の若者に未来はあるか(3)

日本の若者に未来はあるか(4)

コメント

まあ、貴方の格差社会が正しいと言う事が結論ならば仕方が無いのです。

所得の再配分があって、そのおかげで日本は一億総中流になり、購買力が高まった中流市民が内需を拡大し、GDPの9割が内需で賄われていた現象がおかしな現象と言われるならそれも良い。
そのおかげで日本が世界第二位の経済圏となり、金融関係も敗戦後再度整備しなおせた事がおかしいと言うのならばそれも良い。

まあ、日本のGDPが半分くらいになれば、貴方の様な人も目が覚めるのではないかと思います。
http://klingon.blog87.fc2.com/blog-entry-48.html

ここに書かれているフーバー政権の様になる前に、日本人の中のシニカルな層が目を覚ましてくれたら。
そう思いますがね。

しかし能力論ですか?

私なんかは逆の考えしますがね。
あの主婦とかに生活保護とかではなくて、月に家族の人数あたり4万円ずつ与えたらどうするかな?
乗数効果付の景気効果無いかな?

とか考える方ですから。

このまんまでは国民所得恒等式 Y =C+I+G+(EX−IM)の所得と消費がボロボロになってしまうと思うのですがね?そうすれば投資も潰れてしまうでしょう。
アンドリュー・メロンの清算再びでしょうね・・・。

経済や社会に対する考えが、私と貴方では多分180度違いますね。

格差を固定して支配層を固定しないと
支配層に他国等のスパイが入り込むと言う
可能性が高まるかも知れぬし
日本に敵の多い状況では
格差固定化解消と言うのは
歓迎出来るのかどうかだが
外敵を打倒した後ならその限りでは
無い訳だろうか
(故に現在利益を享受している支配層は
 外敵を全力で打倒する必要は
 有る訳だろうが)

私は『格差のあることの良し悪し』と『格差のあり方がどうあるべきか』ということは分けて考えるべきと思います。

私は某研究者さんのおっしゃるように「ノーブリス・オブリージュ」を持った指導者層の維持という面においてある一定の『格差があること』は望ましいと思います。しかし、現状はそうした維持機構としての「格差」ではなくなっている(むしろ悪用されている)。だから問題である、と思います。

そもそも国のために他の誰かにできない仕事をやる人については、(それが生得的地位であろうとなかろうと)その地位や所得を「格差」でもって支持する必要があると思います。そこを充分保障しておかないと、せっかくの有能な人が売国奴に変化しやすくなります。一方、充分地位を保障されているのに売国やサボタージュをするような人には、法で強烈なペナルティー(例:切腹)を課せばよいのです。

エリートはハイリスク・ハイリターン、庶民はローリスク・ローリターン。理想的には「格差」のある方が、多様な人材(怠け者から働き者まで)を社会に生かすことができるわけで、これを格差の上下で互恵関係が生じるようにしておく、これが伝統的の良君の考え方と思います。皇族や明治の元勲による政治も基本的にはその思想を受け継いでいると思います(但し、江田島氏の記事にコメントしたように、当時のエリートは国家の命運をつなぐ上で、一つ禁を犯しました。これが後の世に影響を与えていると考えますが、ここではおいておきます)。

私は日露戦争以後の日本の庶民(とくに半端な知識人)は、国家のエリートや兵隊さんに色んな要望を出すわりには、精神論だけでこき使おうとしすぎたのではないかと思います。精神論と実状に「格差」がある。これは悪い「格差」です。民主主義の欠点は、己についての自己評価が甘くなれば、衆愚になるということです。衆愚と国家社会主義が同時進行すると指導者や兵隊のモラール低下がおきる。今の日本もその延長にあります(現代においては「兵隊」の部分を先端科学の技術者や専門家に置き換えた方がよいかもしれません)。

結局庶民としては格差のあることではなく、格差間の移動の柔軟性や正当性が関心ごとだと思います。この柔軟性と正当性があれば、能力のある人はやる気がおき、結果として共同体に彼・彼女が働いた利益が還元されます。固定化した総中流化社会(総下流化社会)ではこのインセンティブが働かず、結果として共同体全体が損をします(そして社会主義国のように没落します)。

また、指導者としては、最底辺の「ワーキングプア」層(しっかり働いているのに、特別な社会的評価を受けにくい人々)が共同体の根幹を揺るがすような深刻な不安定集団にならないように管理することが望まれます。「百姓はいかさず、殺さず」という言葉は、日本のマルクス主義者により意図的に曲解されていますが、要は底辺所得の人々を生活に困窮しないようにし、かつ分不相応な主張をしないように、それなりの社会保障をするべし、という意味が含まれており、もっとポジティブに評価してよい思想と思います。

というわけで、私は、経済左派が所得格差の結果平等だけを唱え、経済右派は所得格差の必要性と柔軟性を主張するばかりで、格差の正当性が議論されていないことが、問題の本質であると思います。よって、国家や共同体利益に繋がる格差間の互恵関係=適材適所システムをどのように作り出すかということと、「ワーキングプア」層の不安と不満をどのように解消すればよいかということ、この二点に絞って議論や具体案を練るのが良策であると思います。

その支配層と言うのが外国系列の支配層と言うのが今の日本ではないのですか?

例えばあの柳沢。あれは何ですか?
政治家からリーマン・ブラザースの顧問に天下りしてたと言う輩ですよね?

その他でも安倍内閣のメンツで外国勢力がどれだけ居るのでしょうかね?
http://klingon.blog87.fc2.com/blog-entry-98.html

格差社会について書いたエントリーです。
もう、政府のシンクタンクやら指標を分析した社団法人まで、全部小泉内閣から安倍内閣のやり口が出鱈目だと判定していますよ。

それと、アメリカのジニ係数が高いのは、極端な金持ちが多く、「FRB」等のとんでもない民間企業があるからだと言う事をお忘れなく。
2ドルのハンバーガーでアメリカなら腹いっぱいになりますが、日本では違いますからね。
国民の受けられるサービスの格差は日本がすでに一番大きいかも知れない。

こう言う現象を正しいと言い切れるのはね。
国が何故あるのか?営利活動以外の再分配のためでしょう?

いまや日本は夜警国家に一番近い国になっている。
医療費の負担も18.3%先進国では最も高い。
それなのに租税は低所得者に取っては最も高い国の一つとなっている。

なんとか改善しないと、先進国の範疇から脱落して、どこか他の国に改善して貰わないといけない後進国同様になりかねませんね。
まあ、どこも助けてくれる訳はありませんが。

アーミッシュ等の小集団では
格差を解消しても
長期に上手く行くかも知れぬが
共産主義が一番人を殺したと言うのも
事実かも知れぬし
国家単位では長期に保つのか
どうかだろうし
モラルの低下での崩壊や
外敵に技術差等を付けられて
やられると言う事かも知れぬし
ジョゼ・ボベが仏大統領選で勝ったとしても
ユーロが暴落するだけと言う事は
無いのかだが

>三輪様

ブログ、以前から拝見させていただいております。

>その支配層と言うのが外国系列の支配層と言うのが今の日本ではないのですか?

おっしゃるとおりです。
上で「しかし、現状はそうした維持機構としての「格差」ではなくなっている(むしろ悪用されている)。だから問題である」といったのは、まさにその点を指摘したつもりです。ただ、言葉足らずだったようで、申し訳ありません。私も外国勢力のひも付きになった「安倍内閣」の問題を常に意識しています(それはこの連山の他のコメントにおいても触れています)。

私も経済には、あまり強くありませんが、三輪さんがブログで書かれた論旨や解析には納得しています。というか、その誠実な努力に素直に頭が下がります(私も似たようなブログを作っていたのですが、数ヶ月前から放置してますので)。

私の上記の論説は、「妥当な格差」というものを社会の適材適所システムとした一種の理想論です。現実をまったく見ていない、と言われればその通りなのですが、まずはビジョンを示しておかないと議論が迷走しそうな気がしたので、示させていただきました。

また、私はWCEの肯定派でしたが、三輪さんのブログで
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20070201/118220/?P=1
という背景があったことを知り、WCEをまともに推進するには、解決しなければならない深刻な問題があまりに多いことにくらくらしました。

で、どうすればよいか、ですが、ここで全てを議論するわけにはいかないので、要点だけ述べます。

やはり、私は格差そのものが「悪」ではないと思います。
国外勢力の都合の良いように「格差」が悪用され、国家の利益と関係なく、勝手に改変されているからまずいのです。
機能していないのは「指導層という入れ物」の中にある人物であり、問題の本質はその人物をどう交換するか、だと思うのです。
格差があるから、問題人物を交換できない、という話ではありません。

もちろん、庶民の経済状況があまりに悪いのであれば、どこかで一時「ばら撒き」をして対症療法をしなければならないと思いますが、それはあくまでも「カンフル剤」のようなもので、一時元気になっても病気が治るわけではないと思うのです。

日本は明らかに国家社会主義体制という戦後も続いた官僚主導による結果平等の慢性病に入っています。これについては長期的な体質改善は必要です。
ただこのもっともな「課題」が小泉政権から、旧来の体制を壊すための「棒」として使われ始めました。その棒には確かに「格差肯定」と書いてはありますが、棒に怒っても仕方ないのです。その棒を振るって、国民の財産まで、勝手に壊している人物とその行いが悪いのです。
上記の日経BPの先生も同じようなことを言っていると思います。

三輪さんがご自身のブログで指摘されている「悪法」に対して、「対案」を提出する、というのは相手の土俵にのる愚作だと述べていますよね。
それと似たように、社会から「格差」を無くすべきかどうかという議論は、現状の「格差」が引き起こす問題の本質をごまかそうとしている相手の意図にのせられてはいないでしょうか。

それとも私が勘違いしてますでしょうか?うまく伝わらなければ申し訳ありません。

経済格差はコンピューターが脳に接続される様な段階では
一定の医食住環境・コンピューター環境は
無料化される訳なら
余り意味は無いのかも知れぬが
人口や領土差・経済・技術差を背景とした文化的影響力の格差は
問題視される可能性も有る訳だろうが
韓国等の様に文化鎖国をして
大国の文化の影響を遮断すると言う
方向も有る訳だろうか

格差拡大と言うのも欧州(或いは中国等もか)を
革命で混乱させる為に
英等が仕組んだ物と言う事は
無いのかだが

孔明氏の言う様に
30年戦争・ナポレオン・WW1・2と
英が生き残る為に大陸勢力を共食い・混乱させて来たと言う事は
有るかも知れぬし
英も
今度はボベ等を利用して反格差・反グローバリズムで大陸を混乱させ
ユーロを崩壊させようとして居るのか
どうかだが
(フランス革命やロシア革命と言うのも
 英の仕業なのかどうかだが)

まあ只英の工作が常に成功して来た訳では
無いだろうし
サルコジが勝つ可能性も
テロや移民の暴動等を起こせば
有るかも知れぬが
果たしてどうだろうか

ホワイトカラーの給与も
野球の様に交渉で決定すると言う
方向も有るだろうし
満足出来る基準と言うのは
個人差は有る訳だろうし
此れを考慮しても良いかも知れぬが