「水素エネルギー社会におけるインフラ及び都市・住宅に関する研究」

国土交通省国土交通政策研究所が水素エネルギー社会について大変まとまった報告書を発表している、「水素エネルギー社会におけるインフラ及び都市・住宅に関する研究」国土交通政策研究 第59号、2005年12月、である。1年前の資料だが紹介してみよう。著者は、前研究調整官 瀬本 浩史、研究調整官 山田 哲也、前研究官 江岡 幸司、研究官 山形 創一(敬称略)である。

◆報告書の要旨
この報告では次の5つの項目について検討・整理を行っている。
 ・水素エネルギー社会とその将来展望(執筆:水素エネルギー協会 岡野一清理事)
 ・わが国の水素エネルギー社会への取組
 ・水素エネルギー社会を目指す各国の戦略的取組(執筆:京都大学国際融合創造センター・フェロー 大橋一彦氏)
 ・水素エネルギー社会における新たなインフラのあり方(執筆:京都大学国際融合創造センター・フェロー 大橋一彦氏)
 ・水素エネルギー社会における新たな都市・住宅のあり方(執筆:株式会社住環境計画研究所 中上英俊所長)

わが国の水素エネルギー導入目標

以下、私の興味に沿ってまとめてみた。

◆水素パイプライン
水素を大量に扱っているヨーロッパやアメリカには長距離パイプラインがあり、大量の水素が工業原料や産業用として利用されており安全に利用されている。また、炭素鋼材料に対する水素脆性については、200℃以下の温度では問題はなく、ヨーロッパでは炭素鋼鋼管による全長1000km に及ぶ60 気圧の長距離パイプラインが30 年以上無事故で使用されている。
水素エネルギー社会が実現すれば市内に水素パイプラインが敷設されて家庭や工場に水素が送られることが予想される。
一般に水素供給チェーンでの主たるコスト要因は、製造部門はそれほどではなく、燃料
の配送と貯蔵からのものである。水素を配送する最も安価な方法は、パイプラインによるものである。したがって、長期的な解決策は、水素パイプライン・ネットワークの構築にある
しかし、初期には、容量にして15%程度までの水素を天然ガス・パイプラインに注入し、所謂、ハイタン(欧州ではNaturalhy と称する)として輸送する方法がある。このハイタンを直接、公共バスや自家用車で使用して、温室効果ガスや大気汚染物質を50%程度まで削減している都市が欧米で増加しつつある。種々の供給源からの水素は、このような天然ガスと水素の混合ガス(ハイタン・米国のBrehon Energy PLC の商標登録用語)パイプラインにより配送されると思われる。
水素ガスパイプラインの漏洩調査から、接続部やシール部は、天然ガス・パイプライン以上に頻繁にチェックする必要があることが再確認された。そのため、水素パイプラインは、一般に天然ガス・パイプラインよりも低圧で操業されている。

◆燃料電池自動車
現在の燃料電池自動車は高圧水素タンク又は液体水素タンクを搭載するものが多い。その場合、軽量コンポジット容器に350 気圧の高圧で貯蔵すると走行距離が350km 程度なので、貯蔵圧力を700 気圧にして500km 走行を可能にする開発が行われている。液体水素を搭載すれば600km 走行が可能になるが、数日間運転しないでおくと液体水素がガス化して圧力が上昇しタンクの安全弁が作動する問題がある。
また、燃料電池に使用される触媒は白金、ルテニウム等高価な貴金属であり、それらのリサイクルは必要不可欠になる

◆アメリカ
アメリカでは燃料電池車が本格的に普及する2020 年頃までは水素利用のつなぎとして価格が大幅に安い水素エンジン車を導入しようとする動きがある。
アメリカは石炭を将来の重要な水素源と位置付け石炭ガス化とCO2 固定化技術を開発する「FutureGen」プロジェクトを大々的に展開している。
また、北米での水素製造や貯蔵に関する規格・基準を2005 年までに策定したい意向である。
米国の水素ビジョンは、定置式燃料電池設備と、さらに国産の多様な資源からもたらされる水素ベースの交通システムに焦点が置かれている。

◆EU
QuickStart と呼ばれ、2004 年~2014 年で水素製造と利用に関する20 億ユーロの予算を持つ欧州連合のロードマップがある。その他では、韓国の科学技術省による、2019 年までに28.43 億ドルの予算を持つ水素エネルギー・イニシアティブ、及び2003 年~2015 年の間で2.27 億ドルの予算を持つ米国の水素燃料に関する水素促進計画などがある。
VES(CEP)(ドイツ)により実施された種々の研究データに基づくと、Honda FCEV 燃料電池車を100km 走行させるに必要な水素(大規模中央製造設備による天然ガスの水蒸気改質)コストは、同じ距離を従来の石油内燃エンジン車(100km 当たりで8 リットル)で走行するに必要な燃料コストと同程度となるという。
良く知られている水素関連計画は、『公共バス実証プロジェクトNEBUS』で、他には、ミュンヘン空港の水素サービス・ステーションがある。
また、アイスランド政府は、世界最初の水素エネルギー社会を構築するビジョンを打ち出して
いる。
EUの水素ステーション(2004)
ベルリン・世界最大
フランス

◆日本
1993 年度末より工業技術院/新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトとして「水素利用国際クリーンエネルギーシステム技術」開発プロジェクト、通称WE-NET(World Energy Network)計画があり、500MW の水素燃焼タービン発電システムなどの研究が行われた。そのほか、水素が低圧で安全に貯蔵できる高性能水素吸蔵合金、MW級水素ディーゼルエンジン、の研究が行われたが、予定より早く2002 年度をもって終了した。
その後、2003 年から2007 年までの5 年計画として、「水素安全利用等基盤技術開発」プロジェクトが発足し、圧縮水素容器の超高圧化技術、液体水素容器技術の開発、水素貯蔵技術として水素吸蔵合金などの研究が行われた。
その結果、現在設置されている水素ステーションとしては、愛知・瀬戸、愛知・瀬戸南、青梅、相模原、秦野、川崎、東京有明、東京千住、横浜旭、横浜大黒、東京霞ヶ関、横浜鶴見、の12箇所があり、各ステーションを利用してトヨタ、日産、ホンダ、ダイムラークライスラー、GM、三菱、スズキの燃料電池車の走行とこれらのステーションの実証運転を行っている。
香川県

経済産業省は水素エネルギーの普及に関して、実証試験、規制緩和、国の導入助成などにより、燃料電池車と水素インフラの導入を2010 年までに軌道に乗せ、2010 年以降は産業界が自力で市場拡大を図るとのシナリオを設定している。そして、一般に日本で本格的な水素エネルギー社会が始まるのは2030 年~2040 年頃からだろうとされている。

一方、自動車向けの水素燃料消費量は2030 年に車が15 百万台になってもエネルギー全体の10%以下なのでCO2 削減効果はさほど大きくない。従って燃料電池車の種類、台数を増やすこと、大量に化石燃料を使用している発電分野においてMW 級の水素エンジンコージェネレーションや500MW級水素燃焼タービンなどを開発し少なくとも全エネルギーの10%以上を水素に置き換えることを考慮する必要があろう。なお、水素エネルギーの導入初期には業務用車やバスが中心となると思われている。
また、非常に小型の家庭用水素供給装置は、将来の電気分解による水素製造の重要な選択肢の1つになるだろう。

水素やハイタン用パイプラインを段階的に整備・建設する次の段階では、マンションや学校、病院等の公共建物を有する特定の区域への水素供給が可能になるものと考えられる。

供給ステーションで直接分散型で水素製造するよりも、燃料電池車が増大するにつれて急激に投資コストが上昇するので、中央集中型水素製造の方が経済的になると思われる。

我が国には、北米の(230 万km)や欧州(80 万km)のように全国に張り巡らされた天然ガ
ス・パイプライン網が不在のために、水素エネルギー社会の初期段階でのハイタン輸送もままならない状況である。

今後は、①可及的速やかに、サハリンや東シベリアからの天然ガス・パイプラインの実現を図り、②それと連結させる北海道から九州までの国内縦貫パイプラインを建設する、
さらに、③そのラインパイプ材は、将来の水素輸送を前提に、水素仕様とする、④水素エネルギー社会への移行の初期段階では、水素原料としての製鉄所や製油所等の副生水素、あるいは既存のLNG基地からの天然ガスを収集する支線ラインを連結する、⑤このパイプラインの敷設専用帯としては、幹線道路や新幹線、河川の側道、沿岸海域等を優先的に利用
出来るようにする、⑥さらに、大都市周辺部においては、平成12年5月に公共使用に関する法律が成立した「大深度地下」の利用を検討するなどの働きかけが不可欠であろう。また、地域単位のローカルな水素パイプラインの設置が期待される。

2003 年のエネルギー種別のおおよその構成割合は、電気40%、都市ガス30%、LPG10%、灯油20%である。住宅におけるエネルギーの電力シフトが顕著であり、中でも冷房用の伸びが極めて高い。そこでエアコンは燃料電池駆動タイプや排熱吸収式冷凍機タイプも考えられる。掃除機等の可動型家電製品には小型燃料電池が搭載されることもあるかも知れない。

しかし、家庭における熱需要、電力需要の使用パターン、量は千差万別であり、各戸に1 台の燃料電池を導入すると、その運転時間、運転モードが制約され、効率的運用の妨げとなる。そこで、
・ 1 つの燃料電池を2 世帯住宅へ導入
・ マンションコジェネシステムの活用
・ マイクログリッドの活用等
などの対策が考えられる。

各国の水素社会へのロードマップ

従来の日本の水素エネルギー政策は燃料電池に特化してきた嫌いがある、水素エンジン自動車、水素エンジン船舶、コージェネレーション用の水素エンジン、大容量の発電用水素燃焼タービンなどにも目を向けるべきだろう。