三峡ダムって何?

1. 三峡ダム
中国長江(揚子江)流域の重慶直轄市から湖北省宜昌市一帯に建設中のダムで、1993年着工、2009年完成予定。洪水抑制・電力供給・水運改善を主目的としている。三峡ダム水力発電所は、完成すれば1,820万kWの発電が可能な世界最大の水力発電ダムとなる予定だが、多くの問題が指摘されてきた。ダム湖の長さ:約570km、通常水位:標高175m。
2006年5月20日に工事を終える三峡ダム(Getty Images)
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この三峡ダムが予定より9ヶ月早く、5月20日に全工程が落成する。しかし、発電機26基の試運転調整にさらに2年間かかるため、全面運転は2009年からになるという。
href="http://jp.epochtimes.com/jp/2006/05/html/d68545.html">出典

なお、ダムの全長約570kmは東京・大阪間の距離より少し長い。
2.住民の強制移転
ダム工事に伴い強制移転を余儀なくされた住民の数は110万人とも140万人とも言われている。これら「三峡移民」の多くは充分な補償も受けられずに貧困層へと転落している。
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しかも、2006年5月19日にドイツテレビ・1チャンネルの取材を受け、三峡ダムの建設のために移転した130万人の現地住民に、中共政権が事前許諾した補償金をいまだに支払っていないと暴露した人が、この件について6月8日中国公安当局の取調べを受け、その直後、帰宅の途中に何者かに襲われ暴行を受け重体になった。治療代を払えないため、手術を受けられなかったが、ドイツ政府が6万元(日本円約9万円)を援助したため、18日同氏は手術を受けることができた。この事件はドイツ国内で大きな反響を呼び、テレビ関係者らは、同氏のために募金口座を開設した。ドイツ外務省は中国政府に調査を求めた。北ドイツラジオ局も中国大使に抗議状を提出した。全ドイツ記者連合会はドイツ政府に対し、中国政府に人権保障を促すよう求めた。同連合会のミシェル・コカオン会長は 「この事件に非常に驚いた。社会各方面に対し人権問題の重視を呼びかけたい。すべての駐外国記者が妨害を克服し、取材活動を続けることを期待する」と述べた。
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2. 史跡の水没
三峡は中国の紙幣にも描かれる中国を代表する名勝であり、多数の船が国内・国外からの観光客を乗せてクルーズしている。しかし、ダムができることで、長年親しまれていた景観が大きく変わってしまうと懸念されていた。
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そして、心配されたとおり、三峡ダム156メートル湛水工事が開始されてから11日目にあたる2006年9月30日早朝、長江沿岸に位置する古城大昌の南門埠頭は水浸しになった。推測によれば、10月15日に古城大昌は完全に水没するという。
重慶市巫山県大昌古城はおよそ1700年前の晋の時代に構築されたもので、今まで三峡地区で唯一完全に保存されていた古城である。10月15日、湛水工事により、大昌古城と周辺にある広範囲におよぶ水田が水没し、古城とその周辺地方で約12平方キロメートルの湖が形成されると観測されている。そして、三峡地区で最も大きい湖-大昌湖となる。

また、中国第二の唐の城と呼ばれている重慶市雲陽県高陽鎮にある明月■(ミン・ユエ・パー)唐の時代の遺跡、及び巫山の小三峡桟道は既に水没している。
歴史考古学専門家によれば、明月■唐の時代の遺跡は三峡地区でのA級重要発掘遺跡で、総面積は15平方メートル以上である。遺跡の 上部は唐の末期から五代十国までの建築物が見つかっており、下部には唐の前期、中期の建築物が見つかったという。同遺跡は三峡地区で発見された遺跡の中 で、保存状態が最も良いうえに、規模も最も大きい唐の時代の遺跡で、2000年度十大考古発見の一つでもある。
三峡ダムの湛水工事が完全に終了する際には、水位175メートル以下にある約39ケ所の古跡が水没すると予想されている。三峡地区には60ケ所の旧石器 時代の遺跡、80ケ所の新石器時代の遺跡、100ケ所の巴人遺跡、470ケ所以上の漢の時代から魏晋南北朝時代の遺跡、300ケ箇所以上の明と清の時代の 古跡、または多くの古道や桟道などがある。そのため、考古学界では、ダムを完成するのに膨大の重要文化遺産が破壊され、その価値は計り知れないと言っている。
水没する三峡古城大昌
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3. 水質汚染
三峡ダムの水没地及び周辺地域からの汚染物質の流入により長江流域、黄海の水質悪化、および生態系への影響が懸念されている。対策として、三峡ダム地区(湖北省—重慶市)の汚水・ゴミ処理場の設置が計画されており、既にその60%が稼働している。しかし、人口3000万人を超える重慶など上流域での、工業・生活排水対策が不十分であれば、貯水池は「巨大な汚水のため池」になりかねない。中国国家環境保護総局は、貯水開始後のダム地区の水質について、「大きな水質変化はない」との観測結果を発表している。だが、一部水域で、大腸菌群や浮遊物による汚染が発生していることも明らかにしており、環境への悪影響が懸念される。
また、2002年以降、エチゼンクラゲが日本沿岸で大量発生し漁業被害が深刻化しているが、その要因の1つが三峡ダムではないかという仮説が立てられており、国立環境研究所などが検証を始めている。
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台湾中山大学海洋地質および化学研究所の陳鎮東教授はこのほど、長江三峡ダムから放出した水が中国大陸沿岸に沿って南下し、有機質と農薬汚染をもたらすだけではなく、海水中の窒素やリン酸塩を含む栄養成分濃度も夏季の10倍以上に上り、濃厚な栄養成分が生成したため、藻類の繁殖過剰をもたらし、海水中の酸素不足によって魚類および甲殻類の生存が脅かされるとした上、有毒性の赤潮までもたらす恐れがあると警告した。中央社が伝えた。
陳教授は、東南アジア区域変遷グローバル研究委員会(SARCS)を主宰しており、ここ3年間で行った共同研究課題「東南アジア陸地および海洋の炭素循 環研究」の研究結果から、湖・ダム・河川から放出された温室効果ガスが深刻な状況にあると発表した。また、陳教授のもう1つの研究「三峡ダムが海洋環境に もたらす影響」では、東海の生態状況を重視するよう呼びかけたという。
陳教授は、夏季の場合南西の風が吹き、高温・高塩であるが栄養成分塩類含量の低い南海および一部の黒潮は台湾海峡を通過することから、三峡ダムから放出された水は北東へ流れるため、台湾に対する影響はないとした。しかし、冬季の場合は北東の風に変わり、台湾海峡の水温は夏季に比べて15℃まで下がること と高濃度栄養成分塩類、長江から流れてきた有機質、農薬などで、台湾北部海域が汚染にさらされる可能性を示した。
また、陳教授は繁殖過剰した藻類は死んでから、海に沈み分解する過程で海水中の酸素を大量に消耗するため、酸素不足で魚類や甲殻類の漁獲に影響をもたらすとした。さらに、高濃度栄養成分で過剰繁殖した藻類が毒性を持つ渦鞭毛藻(うずべんもうそう)である場合、有毒性の赤潮が形成され、食物連鎖を通じて人にも害を及ぼすかもしれないと警告した。
陳教授は、三峡ダムから放水された水は冬季では、台湾海峡に向かい江蘇省、浙江省沿海の赤潮藻類を南へ流すことによって台湾海域に影響をもたらし、夏季の場合は北上する暖流は赤潮を逆に北へ流すことから、緯度の高い地域が影響されることに対しても懸念した。
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揚子江は、全国の水消費量の36.5%を占める水資源であり、揚子江流域には19の省や市が集中し、GDPの3分の1をここで生み出している。政府の発表に よると、沿岸に位置する上海や南京、武漢、重慶などの大都会の廃水処理率は半分にも満たない、地方都市の処理能力はさらに低い、各都市は揚子江に汚染水を 排出し続け、2004年には288億トンの汚染水が排出されたという。これは揚子江の汚染の主たる原因と見られている。
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沿岸漁師の探訪記事
三峡ダムにより、長江の汚染が深刻化している。魚は水質汚染で激減。漁師が網をなげても揚がってくるのはゴミばかりだ。大河に魚をよみがえらせようと立ち上がる人はいるが、支援体制ができていない。
小ぬか雨の中、漁師たちは漁船を出し、黙々と作業していた。黒くどろりとした水の中を、長い柄付き網でさらう。引き揚げた網には、富栄養化した河川特有のアオコや、ペットボトル、ビニールなどの生活ゴミがあふれている。
三峡めぐりの出発点でもある重慶市万州区。このあたりは、もうほとんど魚がとれない。三峡ダムで水がせき止められたため水流が緩慢となり水質汚染が急激に 進行。なのに、ダム湖底に農地を沈められた農民は、漁師になるしかない。かつてここの漁師は100人ほどだったが、今では2000人以上にふくれあがっているという。
「魚がとれないのならゴミをまずとろうと思った。ゴミをとりされば、きっと魚が戻ってくる」。網でゴミをすくい上げていた男たちの1人、劉古軍さん(40)はそう言った。漁師100人あまりで結成した長江のゴミさらいチーム「万州区清漂隊」の隊長だ。
昨年、環境保護活動に尽力した人物として「緑色人物(エコロジー・パーソン)」にノミネートされた。もともとは食品加工工場の主任。その工場はダム湖底に 沈み、今はもうない。4万元(1元=約16円)の補償金、手持ちの船による貨物輸送でそれなりの稼ぎを得ているが、漁師たちの苦境を見捨ててはおけなかっ た。
「私の父は“長江漁王”と呼ばれた名漁師だった。若いころには通常の3倍、1・5トンもあるカラチョウザメをつり上げたこともある」。長江上流域に遡上(そじょう)して産卵するカラチョウザメは三峡ダム建設でその生息環境が破壊されたといわれる絶滅危惧(きぐ)種だが、70年代は このあたりにもかなり生息していた。
しかし2003年6月、ダムの貯水が始まると、上流から流れてきた生活ゴミが厚さ2メートルほどもたまり、上を人が歩けるほど環境が悪化。翌04年春、父親は「長江に魚を戻してくれ」と遺言のようにつぶやいて69歳で亡くなった。
劉さんは、父の望みをかなえるつもりで、漁師たちとともにチームをつくった。「河川の清掃業として新ビジネスにつなげられれば、漁師らの新しい暮らしの糧となるとの期待もあった」という。
だが船の燃料、集めたゴミを処理場に運ぶトラック代、最低限の人件費を含めると年間300万元以上かかり、重慶市などから出る幾ばくかの支援ではとても足りない。人件費にあたる100万元以上が赤字で、劉さんは貨物輸送による自分の収入もほぼ全部つぎこんでいる。
この3年でさらったゴミは5万トン。「やってもやってもゴミは無くならない。環境保護活動家なんて持ち上げられても、資金も集まらないし、もう続けていくことは限界だ。せめて、企業や政府が私たちを清掃員として雇ってくれれば…」
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「あと40年内に長江の淡水魚は絶滅するかもしれない」。著名な魚類学者、中国科学院の曹文宣氏が昨年11月、中国紙上でそう警告したほど、長江汚染の進行は速い。農業省漁政局によれば、長江で誕生する食用魚の稚魚はかつて300億匹といわれたが現在4億匹。近年の漁獲高は年間10万トンで1950年代の4分の1にまで減少し、希少動物だったヨウスコウイルカは昨年、すでに絶滅したとの指摘もある。
長江水利委員会の報告によれば、長江に垂れ流される排水・汚水は05年で296・4億トン(前年比2・9%増)でうち7割は工業廃水。三峡ダム地区だけで も毎年10万トン以上の浮遊ゴミが回収される。曹氏によれば三峡ダム建設地の宜昌市では、1964年当時、45億匹の稚魚がいたが、01年は数億匹、05 年には5000万匹に減少したという。
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揚子江水利委員会の最近の発表によると、2004年度には中国揚子江に288億トンの汚染水が排出され、水質がさらに悪化して いるという。
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ヨウスコウカワイルカの絶滅
ヨウスコウカワイルカ
三峡ダムの建設は、ヨウスコウカワイルカの生息環境に対し、致命的な被害を与えている。 たとえ現時点でヨウスコウカワイルカが絶滅していないとしても、10年以内には絶滅してしまうだろうと言われていた。 ヨウスコウカワイルカが絶滅した場合、クジラ目に属する科としての絶滅は、有史以来初めての出来事となる。
2006年12月14日、中国・日本・アメリカなどの研究グループ(baiji.org foundation)により、ヨウスコウカワイルカは絶滅したといえると報道された。調査では同年11月から12月にかけて揚子江流域ののべ3,500kmに渡る大規模調査が行なわれたが、ヨウスコウカワイルカは1頭も発見することができなかった。
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武漢市の水生生物研究所で飼育されていた最後のカワイルカ「チーチー」はメスのカワイルカを迎えることなく、2002年に死んでしまった。推定年齢25歳。人間なら70歳を超えていて、死因は老衰だったという。飼育されているヨウスコウカワイルカは一頭もいなくなってしまった。
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5.土砂堆積
三峡ダムは、流入する土砂で埋没してしまうのではないかと懸念する意見もある。これに対して当局は、三峡ダムは流域面積108.4万平方Km、土砂流入5.3億トン/年で、年間平均総流入量4500億トンに対し、有効貯水量は220億トンで5%にも満たない。また、土砂吐きにはダム下流側に7m× 9mのゲート23門を設け、6月~9月の洪水時に175m満水位から35m水位を下げて、洪水と共に土砂を排出する計画になっており問題は生じないとしている。
中国の清華大学で は、100年に渡る土砂堆積を予測する実験を行い、懸念される土砂の堆積について次のように解説している。「年間平均5.3億トンの土砂流入と推測されるが、ダム完成直後は土砂が貯水池に堆積し、下流への流出土砂は流入してくる土砂より少なくなる。しかし75年経つと流入土砂量とダムから下流へ流出する土砂量とが等しくなる」(これは三峡ダムに限らず、世界中のどのダムにも共通して言えることである)
しかし、この手法では、ダム底にたまる砂利や栗石の排出は困難であり、また、そもそも土砂排出が計画通り機能するかに関しても疑問を呈する声がある。
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土砂堆積問題を解決しようとする自然との絶えない戦争が続けられており、一つの対策は新たな問題を生んでいる。土砂堆積を防止するため、揚子江上流である四川と雲南にそれぞれ1つずつの大型ダムを建設する計画である。
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6.地震の可能性
2006年8月、香港の中国人権情報センターは三年以内に三峡ダムが強い地震を引き起こす可能性があると発表した。同発表によると、当局は1993年より同ダム近辺についての地質調査を行っているが、その結果および重要な地質資料が極秘となっている為に、外部機関が精査することが出来ないとしている。
蓄積された水の重さにダム付近の岩盤や地質が耐え切れずに「地震」を引き起こすのでは無いかという懸念が寄せられているのも事実である。仮に何らかの理由でダムが決壊した場合、その流域に未曾有の大惨事をもたらすことは必至である。
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湖北省隋州で2006年10月28日午後、マグニチュード4・2規模の地震が発生した。民運センターは、一介の地震学者の意見を引用し、今回の地震が隋州と宜昌の間にある嚢樊・広済地質断裂帯と関係があり、三峡ダムの備蓄水量が高位に達してから、周囲の断裂帯に影響し地震を誘発したとの見方を発表した。
新華社通信の報道によると、27日午後6時50分頃、隋州市三里崗付近でマグニチュード4・2規模の地震が発生した。湖北省地震局によると、震央の区域 では、家屋が倒壊、武漢、荊州、荊門、嚢樊、宜昌、天門等でもそれぞれ有感地震があり、とりわけ天門では地面が強烈に震動したという。三里崗鎮劉街村の村 民・胡中朝さんによると「家族と一緒にテレビを視ていたら、家屋が大きく揺れだし、テレビとテーブルが激しく震動した。揺れは約十数秒続いた」という。
新華社通信によると、28日午後にも湖北省で再度地震が発生、震央は隋州市三里崗付近で、規模はマグニチュード4・2だという。
湖北省地震局のネット報道によると、2006年10月27日午後6時52分に隋州市三里崗付近にマグニチュード4・2程度の地震が発生して以来、翌28 日の午前8時まで、群発地震48回があり、最大のものはマグニチュード2・5規模であった。報道によると、これらの群発地震は、27日の余震であるとみら れている。
香港の「中国人権民主運動情報センター」の報道によると、この地震は、三峡ダムの水位量が156メートルに達した後に、付近の地震断裂帯に作用して発生した可能性が高く、近くマグニチュード4・2以上の地震が発生してもおかしくないという。
中国長江三峡総公司の副総経理・曹広晶氏によると、全地球規模から看ても、ダムの貯水量が地震を誘発するのはよくあることで、「2003年6月に、三峡ダムの水位が135メートルに達して以来、三峡ダム区域では、大小の地震を千回以上観測している」と述べている。
新華社通信のネット速報によると、観測の結果、9月20日から水量が目立って更新した一ヶ月、三峡ダム地区で定位観測された地震は145回に上った。
地震の専門家によると、総ての大峡谷は、地質が断裂して形成されたもので、元々の地質は安定しておらず、そのような地質が不安定な大峡谷にダムが建設されて、水位が100メートル以上になると、巨大で不均衡な圧力差が地質断裂上に加わり、地震を発生し易いという。
専門家によると、問題の焦点は、三峡ダム一個だけが地震を発生させたのではなく、三峡ダムの近辺100km以内に別の大型ダム2個、即ち清江隔河岩水庫 ダムと葛州ダムが存在しているために、この地質が不安定な地域に、大型ダム三個が極めて近い距離で不均衡な圧力を地質断裂上に加えて、その圧力差のために 地震を誘発する共同作用を生じ、その結果、三峡地区で強烈な地震が発生しやすくなるのであるという。
「民運情報センター」の先の報告では、消息筋によると、三峡ダムで地震が発生しうるという論証を進めていたところ、三峡ダムの建設プロジェクトに反対していた地質学者が排斥された。このため、これら計画に反対していた地質学者たちは、外国の学者たちとともに、三峡ダムが強烈な地震を誘発するという論証をさらに煮詰めたいと思った。しかしながら、中国の関係部門は、地質資料が国家機密に属するとして、専門家の閲覧を許さなかった。
消息筋によると、今年一月、北京当局は、再度地質学者たちを招集、三峡ダム地区で発生しうる地震についての研究、同地区での活動断裂、断列辺縁、さらに 地球物理場での異常地区における重点考察などについて命じた。しかし、半年経っても、当局は「高度の秘密」であるとして、調査結果について、一切の情報公開をしていない。
情報センターは、消息筋の判断からして、これから将来の三年以内に、三峡ダム地区で強烈な地震が発生し、マグニチュードは6・5程度であるとみている。 専門家の指摘では、60年代からすでに大型ダムが誘発した地震事件は12件あり、死亡者数千人を出している。現在の三峡ダムの貯水量は、393億立方メー トルに達しており、地区の地質が複雑であるため、発生する地震規模も巨大であるとみられている。
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香港の中国人権情報センターは7月25日、長江三峡ダムで向こう3年間に強い地震が起きる可能性が極めて高いが、中国当局が三峡ダムの重要な地質資料を秘密にしているため、地震が起きる可能性を外部の者が精査することができないと発表した。
中央社の報道によると、同センターは情報筋から得た発言を引用し、中国では1993年に三峡ダムで大地震を起こす可能性があることを論証する作業が行わ れたが、当時中国全人大常務委員会がすでに三峡ダムの建設を決定したため、このような論証はもう「後の祭り」になったことを明かした。
情報筋の話によれば、三峡ダムの強い地震が起きる可能性についての調査では、ダム建設に反対する専門家は排斥された経緯があるという。ダム建設に反対し た、ある地質専門家は海外の地質専門家数人と共に同ダムで強い地震が起きる可能性を論証しようとしたが、中国の関連部門は地質資料が国家秘密であることを理由として、専門家に閲覧させなかった。
情報筋はまた、今年1月に中国当局が突然再び多くの地質専門家を招集し、三峡ダムの地震発生の可能性に関する研究を始め、同時に同ダム地区の活断層や断層周辺などを重点的に調査したが、半年掛けて得た資料を当局は極秘資料として扱っている。
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日本人が2004年8月に中国の三峡ダムで3D測定器による地すべり調査をしていた。調査結果は中国語らしく、しかも既に削除済みのようだ。以下はその紀行文なので割愛する。
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専門家は、三峡ダムがもたらす地域の地質学的影響に対して、懸念している。貯水池の水位が上がれば上がるほど、災害が発生する可能性が高くなる。水位が156mを超えてはいけないという請願書に53人の科学者が署名し、さらに去年は、中国人民政治協商会議が水位が156mに達する時期が予定より早まってはいけないという報告書を国務院に提出したものの、このような懸念は却下され、工事は強行された。
中国政府は、環境専門家と地質学者、気象学者、水文学、考古学者などを総動員し、世界最大のダム建設がもたらす地震誘発と水質汚染、土砂蓄積など、様々な問題を減らすため、できる限りのことをしたと主張している。最先端監視システムを導入し、地震と山崩れを防ぎ、また、水没によりある植物種が絶滅するようなことがあるなら、遺伝子銀行を作って、それを保全すると主張している。
貯水池の水位を予定より低い位置で留めたとしても、先端地震監視システムが必要だが、今までそのようなものは設備されていない。地震に対する情報システ ムと避難計画も存在しない。結局、三峡ダムは、揚子江に作られた最大の脅威であり、水没地域の地域社会を脅かすばかりではなく、下流に住んでいる数百万人 の人々にも致命的な災害をもたらす脅威となっている。移住民の問題も非常に深刻だが、これは少なくとも金銭的な補償ができる問題だ。しかし、地震のような 問題は、どの方法でも解決はできない。
このような致命的な問題があるにもかかわらず、中国当局は水力発電にはよい点があるという。それは「水は再生可能で、発電費用も安い」とのこと。しかし、三峡ダムの1kWh当りの発電費用は80-90ウォンだが、人々が支払う電気料金は1kWh当り、30ウォン程度に過ぎない。このように周辺地域にもたらす悪影響があるにも関わらず、非効率的で、競争力もないダム建設が進められているのは、まぎれもなく政治的な目的があってのことで、水力発電計画は不正と腐敗の温床になっている。
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7.権力闘争
「三峡ダム」の着想は孫文(孫中山)によるといわれている。1919年にこの構想が発表されてから国民党政府のもとで調査が進められた。
共産党政府のもとで1950 年に国務院に「長江水利委員会」が設けられ、ソ連のダム専門家の協力を得て予備的調査が始まった。1956年に調査完了報告と1963 年着工方針が提起され、「長江企画弁務室(長弁と略称、主任は林一山)」が設けられた。
その後中ソ対立、文化大革命(1965-75)などが発生、さらに三峡プロジェクトに対する多くの疑念が提出され、このプロジェクト自体が共産党内部の権力闘争の具となったことなどにより着工はされなかった。
毛沢東は1958 年に林一山と李鋭の両者の意見を聴取し、建設慎重路線に方向転換した。しかし建設推進派はただちに巻き返しに転じ、建設反対派に「反党的」「右派分子」としてレッテルを貼り、1959 年に李鋭を失脚に追い込んだ。そして文化大革命後、ダム建設構想が再浮上した。
1981年、中国政府はアメリカのダム専門家を招いて意見聴取した。しかし、中国政府の期待に反して、アメリカの専門家は三峡ダム建設計画について批判的な見解を明らかにした。
それにもかかわらず、重慶市政府と交通部の強い圧力により、ダムの水位が150m案から175mに引き上げられていった。
1989 年の「全国人民代表者会議(略称「人民代」)」に先立って、中国人ジャーナリスト戴晴の編集による『長江 長江――三峡工程論争』が公刊され、多大な影響を及ぼした。272 名の代表の名の下に三峡プロジェクト早期実施に反対する報告書が提出され、その結果、姚依林副首相はダム建設を少なくとも5年間延期することを表明した。
ところが、天安門事件の直後戴晴は政府当局に逮捕され、10ヶ月にわたって拘留され、『長江 長江』は発売禁止となった。こうして、ダム建設批判は封殺された。
1992年の全人代で「三峡プロジェクト建設決議」が採択された。従来、全人代の決議は全員一致で採択されるのが通例であったが、この決議に関しては、出席者2633名のうち、賛成1767名、反対177 名、棄権664 名、無投票25 名であった。
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8.その他の問題
(1) 重慶の水不足
重慶市で最近、少雨に伴い干ばつが深刻化し、約150万人の市民と、約98万頭の家畜が水不足に陥っている。
10月19日の水位(Getty Images)
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(2) 不良債権と産業空洞化
重慶市万州区信用聯社主任 唐弋夫の指摘によると、長江三峡ダム地区の不良債権額は7年連続で増加しており、一部金融機関は、三 峡ダム地区を高金融リスク地区として挙げており、金融状況の悪化が、三峡ダム地区の産業空洞化を更に加速させているという。
香港「大公報」は、唐弋夫の言葉を引用し、ダム地区における金融業は、現在金融状況の悪化による悪循環に陥っており、民間の投資が撤退するとともに、銀行の資金が滞留または流出しており、ダム地区の投資が顕著に減少していると述べている。
唐弋夫によると、ダム地区の貸付先について、構造的な矛盾が突出しており、産業構造が不合理であるために産業の発展が歪んだものとなっている。現在の貸付先は、主として不動産、船舶運輸等の方面であり、これらが全体の約60%を占めている。ダム地区の特色である、塩気化学工業及び派生産品の生産・加工、 柑橘類、ザーサイ、漢方薬の材料等副農産物の「生産、加工、販売」等の各部門に係る貸付けは15%に及ばない。また、第三次産業に対する貸付けが増加して いるが、第一次、第二次産業に対する貸付けはハイペースで縮小している。
報道によると、ダム地区における企業は数が少なく、質が低い。このため、一部金融機関は、貸付け計画、支店ネットワークを縮小せざるを得なくなり、これが、金融サービスの更なる減退をもたらしている。
唐弋夫によると、金融の状況は、資金の集約及び様々な社会資源の配分にかかわる重要な要素であり、長江三峡ダム地区における産業の最適化・高度化及び構 造調整を順調に実現させ、ダム地区の経済に調和ある発展をもたらしたいのならば、既に悪化している金融の状況を改善させなければならないという。

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統帥権・他 松村劭氏再び語る

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