キリストの棺

[概要]

1.墓室の発見

1980年3月28日、エルサレムで巨大住宅団地建設のブルドーザーが岩盤を砕くと墓の前室が現れた。連絡を受けたIAA(イスラエル遺物庁)が調査すると、墓室の入り口の上には屋根型の下に環の浮き彫りがあった。中には骨棺が10個、(但し、内1個は正式に保存される前に消失)、その中の6個には名 前が刻まれていた。マリア(ヘブライ文字)、ヨセ、ヨセフの息子イエス(アラム文字)そして十字、マタイ、イエスの息子ユダ、マラとして知られたマリアム ネ(ギリシャ文字)。発掘した考古学者は「ありふれた名前で何も特別なものはない」と報告し、ユダヤ教会は墓室を鉄板で覆い、コンクリートで固めて封印した。墓室の封印は過去に解かれた形跡があったが、骨棺には異常がなかった。9個の骨棺はIAAの倉庫に保管された。


墓室入り口のシンボル(「キリストの棺」口絵写真より引用)


ポントルモの「エマオの晩餐」キリストの頭上に同様のシンボルが描かれている (「キリストの棺」口絵写真より引用)


1ドル紙幣の裏


一部拡大図

なお、このような墓室が見られるのは紀元30年から70年までの40年間に限られる。
2002年、紛失されたと思われていた骨棺がテルアビブで見つかった。骨棺には「ヨセフの息子ヤコブ、イエスの弟」と刻印されていた。


墓室の平面図(「キリストの棺」口絵写真より引用)


墓室の側面図(「キリストの棺」口絵写真より引用)

2.イエスの時代

イエスが磔にあったのは紀元30年頃、そして紀元312年にコンスタンティヌス1世がキリスト教をローマ帝国の正式な国教とした。カソリックであ る。そしてイエスの教えを直接受けたユダヤ人のキリスト教徒とは次第に意見をことにするようになり、カソリックは彼らの信仰を異教として禁止する。 それらの禁止された教えに関する文書が1945年12月、エジプト南部の町、ナグ・ハマディ付近で発見された。「ナグ・ハマディ文書」と呼ばれ る。「トマスによる福音書」、「フィリポ言行録」、「マリアの福音書」等が含まれている。カソリックの見解ではこれらは異端のグノーシス派の教えであると されている。 カソリックの本山、サン・ピエトロ寺院はペテロの墓の上に建てられたと言われているが、その地下では異教徒の墓地しか発見されていない。ペテロの骨棺はユダヤ人キリスト教徒の共同墓地から発見されたが公認されることはなかった。 「ユダヤ人のキリスト教徒」はユダヤ教徒から見ても異端の徒であった。彼らはキリスト教会からもユダヤ教会からも無視されて、孤立することになる。そしてやがて消滅したのだろう。

3.6つの名前が同一の墓室に現れる確率

これらの骨棺にある名前はいずれも当時としてはごくありふれた名前だった。しかし、これらの一つ一つはありふれた名前でもそれらが同時に現れる確率は小さい筈だ。 著者らはそれを計算してみた。「ヨセフの子イエス」、ヘブライ文字の「マリア」、「イエスの息子ユダ」、ギリシャ文字の「マラ・マリアムネ」、 「ヨセフ」これらの名前が一つの墓に集まる確率は250万分の1となった。なお、「マタイ」は血縁関係が立証できないので計算から省き、「ヨセフの息子ヤ コブ、イエスの弟」も確率計算からは省かれている。これらを計算に入れれば確率はさらに小さくなる。

4.マグダラのマリア

「フィリポ言行録」を書いたフィリポはマグダラのマリアの兄である。彼によれば、マグダラのマリアの洗礼名はマリアムネだった。 マグダラのマリアの生まれたガリラヤ湖周辺では主要な言語はギリシャ語だった。マグダラのマリアはイエスに命じられて、フィリポ、バルトロマイと共に伝道の旅に出て、伝道の後イスラエルに戻って葬られた。なお「マラ」とは使徒・師の意味。

ペテロはマグダラのマリアに反発し、しばしば口論になった。ペテロは女性が使徒になることに反対していたと言われる。イエスの死後、「マリアの福音書」が禁止されたことと関係があるのかも知れない。

マグダラのマリアが娼婦出身であると言うのは、マグダラのマリアを貶めるために、後からカソリック教会が作り上げた話のように思われる。彼女が娼婦であった証拠は発見されていない。そして「マリアの福音書」は禁書とされ、彼女の教団は消滅した。ペテロはマグダラのマリアに勝った。そして女性がカソリック教会で指導的な地位を占めることは禁止された。

5.ローマの支配下で家族を守る

イエスの時代のイスラエルはローマの支配下にあった。ローマ人は属領で王を名乗ろうとする者とその血族を全て殺したが、その兄弟は許すことが多かった。「ユダヤ人の王」と呼ばれたイエスは自分の子が殺されないように弟と称した可能性がある。

同じ理由から、妻も「同伴者」とか「最愛の友」と呼んだかもしれない。

最後の晩餐の絵でキリストにもたれる若い男が描かれることが多いが、これはキリストの息子かもしれないと言われている。当時12・3歳と思われるからだ。

6.DNA分析

著者らは現地で骨棺に残る残留物からDNAを抽出し分析した。イスラエル当局の妨害により一部しか実行できなかったが、少なくともイエスとマグダラのマリアに血縁関係のないことが分かった。

二人は夫婦であったとしか考えられない。

7.簡素

マグダラのマリアが着ていた布は亜麻とパルプ状にした繊維とを混ぜた安いものであった。イエスの骨棺に残っていた繊維はさらに粗末なもので、恐らく藁から作られたものだろうと言われている。

イエスの骨棺も、発見された10の骨棺の中では飾りのない最も簡素なものであった。


イエスの骨棺(「キリストの棺」口絵写真より引用)


マグダラのマリアの骨棺(「キリストの棺」口絵写真より引用)

8.ヴィデオ

以上の探索過程はDiscovery Channelによってドキュメンタリとして放送された。下記で見ることができる。

ヴィデオ1
ヴィデオ2
ヴィデオ3
ヴィデオ4
ヴィデオ5
ヴィデオ6
ヴィデオ7
ヴィデオ8
ヴィデオ9
ヴィデオ10

[感想]

1.これは恐らく本物であろう。1日も早く正式な調査が世界的な規模のチームで行われるべきだと思うが、現在の政治情勢では残念ながら当分実現しそうもない。或いはこの本を出版したこと自体がそのような動きを早めるかもしれない。

2.宗教界の反応はおそらく「嫌なものを見つけてくれた」ということではないかと想像する。私の理解によれば、宗教では聖典に基づいて教義が確立しているもので、これを俗世で発見された事実によって変える事はできない筈だ。かと言って、捨てて仕舞えば俗世の非難を浴びることは明らかだ。そうなると、封印をし、無視する、という現在の形が妥当な所であると思う。

3.しかし、本当の信仰を持っている人ならば、このような発掘によってその信仰が揺らぐことはないだろう。そのような人達は調査をもっと進めて欲しいと思うかもしれない。少なくとも調査を行うことに反対はしないだろう。
結婚していようが、子供がいようがイエスの偉大さは変わらない。古代の人たちの信仰と現代人の信仰とが全く同じ形である方が不自然なようにも思える。「奇跡」は信仰を広めるための手段であって、信仰自体とは実は無関係なものなのではないか。

4.このような人たちが増えてくれば、歴史的事実に基づいた新しい信仰形態を唱える人たちが出てくる可能性がある。そしてそのような動きを容認するのが時代の趨勢であろう。

5.「ダヴィンチ・コード」でイエスの結婚説は世の中に広まっているし、そのような意見はその前から各所に出ていた。今回決定的と思われる証拠が見付かったというに過ぎない。「ナグハマディ文書」も公開されて日本語訳も出ている。読んでいる人も増えているに違いない。
このように興味深い歴史的な遺産の発掘を恐れる宗教界は、考えを改めて、どんどん調査に協力するのが本来の姿であろう。

6.問題はこれがイスラエルにあることだ。ユダヤ教の国家が、キリスト教会が困るようなことを進めれば政治的に複雑な反作用が起きることが予想される。当分はそっとしておいて国際世論の向かう先をじっくり観察するのが得策、と言うことになるのも現状では止むを得ないのかもしれない。

7.この本がベストセラーになれば、調査をすすめる動きを加速するだろう。この本を買うことがその動きに協力することになるかもしれない。

[参考文献]

キリストの棺
シンハ・ヨコボヴィッチ、チャールズ・ペルグリーノ著、沢田博訳、イーストプレス刊

・ [概要]においては読者が理解しやすいように、原文の章立てを変更してある。

・ 第一次十字軍テンプル騎士団に関する叙述、紛失した骨棺がこの墓室から出たと言える理由は、いずれも読者が混乱する恐れがあるので割愛した。興味のある方は原文を御覧頂きたい。

・ 画像は1ドル紙幣を除いて、すべて参考文献から引用した。

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コメント

とても、勉強になりました。
私も、この本を購入したいと思います。

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