1.ヒュパティア

ヒュパティア
出典
カール・セーガンのコスモスでこの人の存在を知った。
ヒュパティア(またはヒパティア、Hypatia)は3~4世紀、アレクサンドリアに生きた女性の数学者・天文学者・哲学者であった。
父は数学者・哲学者(テオン)。400年頃アレクサンドリアの哲学校の校長になった。彼女はプラトンやアリス トテレスらについて講義を行ったという。そして、彼女の知的な才能と雄弁、謙虚さ、美しさは、多数の生徒を魅了した。
彼女は天体観測儀や液体比重計を発明したが、科学的で神秘主義を拒絶したために、当時のキリスト教徒から神に対する冒涜の象徴とされた。
キリスト教徒であったテオドシウス1世は、ローマンカトリック以外の宗教・哲学・科学を迫害する方針を定め、当時のアレクサンドリアのキリスト教司教の求めに答えて、エジプトの非キリスト教の宗教施設・神殿を破壊することを許可した。キリスト教の暴徒は、サラピス寺院やアレクサンドリア図書館や他の異教の記念碑・神殿を破壊した。
キリスト教徒の集団により、414年、アレクサンドリアからのユダヤ人の違法で強制的な追放が行われ、415年、総司教キュリオスの部下である修道士たちは、馬車で学園に向かっていたヒュパティアを馬車から引きずりおろし、教会に連れ込んだあと、彼女を裸にして、カキの貝殻で、生きたまま彼女の肉を骨から削ぎ落として殺害した。死骸はばらばらに切り刻まれ、高々と往来へと運ばれ、そして焼かれた。しかも誰もこの殺人のかどで罰せられることはなかった。
370年代には、きわめて厳格な司教エビファニオスが著書『バナリオン』で異端と同様ギリシア哲学も攻撃するようになる。四世紀半ば頃、ナグ・ハマディ文書として知られる異端文書がエジプトの砂漠のなかに隠された。
五世紀はじめになると、異教徒と認められた者は一連の皇帝の勅令によって徐々に高位の行政職・軍事職を追われた。異教の知識人たちの多くはひっそりと社会から身を退くか、もしくはペルシアのようなキリスト教圏外の国々へ流れるようになった。彼女の死を契機として、エジプトにおける異教的な学問研究に終止符が打たれた。
アレクサンドリアに集まっていた多くの学者たちは迫害に耐えかねて次々に亡命し、古代の学問の中心地であったアレクサンドリアは凋落した。しかもこのような暴挙を行ったアレクサンドリアのキリスト教司教キュリオスはアレクサンドリアから異教徒を追放した功績者として大いに讃えられ、その死後、教皇レオ13世により「教会の博士」として聖人の列に加えられた。
これらの事件により、ピタゴラスの 誕生から続いてきたギリシャの数学・科学・哲学の歴史は終焉する。そしてヨーロッパの科学的な思考は、14~16世紀のルネッサンスまで長い、1000年前後の眠りに入る。

ヒュパティアの最後
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2.アレクサンドリア図書館
なおこの時キリスト教徒によって放火されて失われたアレクサンドリア図書館は、紀元前300年頃、プトレマイオス1世によってエジプトのアレクサンドリアに建てられたものである。世界中の文献を収集することを目的として建設され、古代最大にして最高の図書館であったと言われている。その蔵書はおよそ70万巻にものぼった。アルキメデスやエウクレイデスら世界各地から優秀な学者が集まった一大学術機関としても知られ、薬草園が併設されていた。
アルキメデスもアレクサンドリア図書館に留学していた。幾何学を大成したエウクレイデス、地球の直径を計測したエラトステネス、天動説 の集大成『アルマゲスト』を著し、千数百年にわたってヨーロッパに影響を持ち続けたプトレマイオスら、古代における学芸の巨人もこの図書館で研究していた。
アレクサンドリア図書館は、書物の収集のためには手段を選ばず、そのためには万金が費やされていた。例えば図書館は写字生を多数抱えており、組 織的に写本を作っていた。当時はまだ製紙技術も印刷技術もなかったため、その蔵書は、ナイル川のデルタで栽培されていたパピルスを原料としたパピルス紙 に手書きされた巻物が中心であった。アレクサンドリアに入港した船の荷物に書物があれば没収し、写本を作成して原本は図書館に、写本は元の持ち主のもとに戻す、などという手段すら取られていた。多額の担保金をかけてよその市から貴重な文献を借りた時には、原本を返さずに写本を戻し、莫大な違約金を支払ったという逸話もある。
しかしその後、キリスト教徒による焼き討ちによって図書館の莫大な蔵書のほとんどは、併設されていた薬草園共々灰燼に帰してしまった。そして後世の略奪や侵略による度重なる破壊で、やがて建物自体も失われた。ヒュパティアが虐殺されたのも同じ頃である。
3.イデオロギー
このようなキリスト教徒の残虐性と知性に対する憎悪は恐るべきものであると私は思う。そして、このような伝統が、中世の魔女狩り、異端審問、十字軍の虐殺、大航海時代のアメリカ大陸・アフリカ大陸での虐殺に直接つながっているように思われる。
或いはそれは現在のイスラム原理主義者の行動にもつながっているのかもしれない。彼らの立場には理解できる点もあるが、その極端な行動は理解の範囲を超えている。
ナチスのユダヤ人ホロコーストもそうだが、元共産圏のスターリン、毛沢東、ポルポトの大虐殺も常軌を逸しているように見える。
これらの人たちは全く思想をことにしているようだが実はそうではないのではないか?彼らの共通点は彼らが特定のイデオロギーに奉仕していた、または奉仕する振りをしていた、と言うことだ。
それが大虐殺の行われていた時代には口実として利用できた。 つまり、イデオロギーはその思想内容が何であれ、悪であるのかもしれない、ということだ。
では「イデオロギー」とは何か?
私の見るところでは、それは人間の自然の感性を歪める超越的な存在だ。一度特定のイデオロギーのとりこになると、人は本来持っていた感性が告げることを、イデオロギーに反するものとして圧殺してしまう。内心の声に耳を傾けることができなくなる。そして反人道的な行動が正義であると思い込む。
したがって、私達はあくまでも世俗的でなければならないのではないか?人間の本来持っている動物としての直感的な判断力を失わないためには、世俗を超越した一切のイデオロギーから自分を切り離すべきなのではないか? これが私が「ヒュパティアの無残な死」から学んだ教訓だ。

ヒュパティア
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