カワウソはどんな動物か

カワウソ(獺,川獺)は、ネコ目(食肉目)、イタチ科カワウソ亜科に属する哺乳動物の総称である。北・南極、オーストラリア大陸を除けば、各大陸の河川・海岸に生息しており、地域ごとにユーラシアカワウソ(ヨーロッパカワウソ)、カナダカワウソ、コツメカワウソ(小さい爪のカワウソ、という意味)、ツメナシカワウソ、ビロードカワウソ、オオカワウソなど、世界で13種の仲間がいる。イタチの仲間なので、イメージ的にはイタチを大きくしたものだと思えばよい。お馴染みの「ラッコ(下の写真)」もカワウソの一種で、「海カワウソ」など呼ばれることもある。

ラッコラッコ
出典:ニホンカワウソ友の会

泳ぎが得意であり、水中での生活に適応している。また、ラッコ以外のカワウソは陸上でも自由に行動している。南極、オーストラリア、ニュージーランドを除く、世界全域の水辺や海上で生息している。
水かきをもった四肢は短く、胴体は細長い。このような体型は水の抵抗が少なく、敏捷な泳ぎを可能にしている。体は密生した下毛と固くて長い剛毛に覆われており、これらの体毛が水をはじくことにより、水中で体温が奪われることを防いでいる。頭の上部は扁平で、耳、目、鼻が同一線上に並んでいるため、水に潜りながらこれらの感覚器を水面上に同時に出し、外界の様子を窺うことができる。また、水中では耳孔や鼻孔を閉じることができる。
肉食性であり、ザリガニ、カエル、魚などを捕まえて食べる。小臼歯が良く発達しているため、骨まで砕いて食べてしまう。

ニホンカワウソ Lutra lutra whiteleyi は、ユーラシアカワウソ Lutra lutra の1亜種である。しっぽが長いなどの形態的特徴や遺伝的特徴から、別種とする意見もある。北海道に生息した個体群は本州以南の個体群と多少の違いが見られるとされるが、標本数も少なく、若い個体の特徴しかわかっておらず、形態的な検討は十分でない。

頭胴長58cm、尾は付け根が太く先が細くて45cm、体重8kg。 体の色は背中が黒褐色、腹面が灰褐色。歩行するとき尺取虫のように背中を丸め、それから体を伸ばす。

昔は人里近くにも多くいたようだが、毛皮が高額で取り引きされたこと、肝(きも)が高価な薬になることなどのために乱獲された。

さらに、本州以南にみられるものを別種のニホンカワウソ(L. nippon)とする見解もある。

カワウソは夜行性の動物で、夜になると雌雄2頭が 一緒に巣から出てきて、エサをとりに川や海岸に現れる。エサは主に生きた魚、エビ、カニ・カエルなどで、アユ・ウナギが好物とか。死んだものは食べない。単独で行動し、多くの餌を必要とするため行動範囲がかなり広い。 夜行性とされるが日中も活動する。出産の時期は一定していない。
また、ヌタ場とよばれる場所を いくつかもち、そこで泥遊びをして、体についたダニなどを落としたり、毛づくろいをしたりする。寿命は10~13年くらいが最もふつうといわれている。

愛媛県では県獣として、愛南町御荘にカワウソ村を設定するなど、保護活動に努めてきたが、1975年、宇和島市九島(くしま)での発見を最後に、県内で生きているものは一頭も見つかっていない。愛媛県立博物館に展示してあるニホンカワウソは、漁網などにからまって死んだ個体の剥製である。国内に保存されているほとんどの剥製(はくせい)がこの博物館に所蔵されている。

千葉県内では明治~大正時代にかけて、白井町(鈴木1979)や君津市(君津市史自然編 1996)、上総(林 1903)、長生郡(林 1913)などで生息が 確認されているが、1947年に睦沢村上市場河川脇(成田 1993)で個体が目撃されて以降、記録がない。

北海道では、1950年代に斜里川付近で捕獲された個体が最後の記録。本州の生息情報は1954年和歌山県友ヶ島海岸が最後。それ以降は四国での情報に限られ、高知県須崎市で1979年に発見された死体が最後の確実な情報とされる。

伝説の「河童」はカワウソがモデルといわれている。釣り人が釣り糸を垂れている横で、カワウソが釣られた魚を狙って魚篭(びく)を覗き込んでいたとか、子供たちが泳ぐ後ろを、カワウソが追いかけてきて競争をしたとか、あちこちでそんな話は残っている。

また、彼らは魚をとると、月夜の下、一箇所に集めて皆で収穫を祝うようなことをしていたようで、その光景を、人々は「獺祭(だっさい)」と呼び、親しんでいた。このことから転じて自分のコレクションを集めて大勢の人に見てもらって自慢することを「獺祭(だっさい)」と言うようになった。

江戸本所七不思議のひとつに「置いてけ堀」の故事がある。それは、夕方に堀で釣った魚を魚籠(びく)に入れ帰ろうとすると、堀の中から「置いてけ~、置いてけ~」という声が聞こえる。釣り人はびっくりして、逃げ出すが、気がつくと魚籠(びく)の中の魚がなくなっている。

あるいは、魚をそこに置いていけば何事もないが、魚を置いていかないと道に迷い、いつまでたっても帰れなくなってしまうとも伝わっている。

いずれにしても、江戸町民にさえ親しい動物だった。

なお、韓国にはまだ野生で残っていると言われている。

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