第八巻 第五章
キュロスは、バビュロンの状況が良くなったので、ペルシアへ行軍する事を決めた。キュロスの軍は、秩序正しく迅速に陣営を設置することが出来た。キュロスの天幕は東に向けて張られ、パン職人達は右手側、料理人達は左手側、馬を右手側、駄獣を左手側と決め、その他も、場所と形状から各々が自分の場所を見分けられるようにした。
陣を引き払う時は、各人が荷物を纏め、輜重兵が駄獣にその荷物を載せた。こうして一つの天幕を撤収する時間で全天幕を撤収した。荷物を解くのも同様に、料理においても分業を行い、時間の短縮を図った。
キュロスは、戦いを有利に導く機会は非常に短時間であり、各人が準備の為にそれに乗り遅れて皆が大損害を被らないようにする為、常に必要な物が何処にあるのかを把握させようと、整頓する習慣に配慮した。
陣営内では、キュロスは最も安全な陣営の中央の場所を占めた。その周りに最も信頼している者を、続いて騎兵達と御者達を円形に配置し、その左右が軽装歩兵、前後が弓兵の場所で、大盾を持った重装歩兵が彼らの周りを城砦のように取り囲み、重装歩兵と軽装歩兵と弓兵達は隊伍を組んだまま眠った。このようにしてキュロスは敵襲に備えた。
全指揮官は各自の天幕に印をつけており、伝令達もそれに熟知していたので、彼らは最短距離で目的の指揮官達にキュロスの命令を伝えることが出来た。
メディアに着くと、キュロスはキュアクサレスを訪ねた。キュアクサレスはキュロスからの贈り物を受取ると、自分の娘と結婚するように言い、メディアの国を持参金とした。キュロスはこれに、父母の承諾を得たら申し出を受ける、と答えた。
ペルシア国境に着くと、軍隊を残し、多くの犠牲獣と贈り物を携えて友人達と共に都城に入った。カンビュセスはキュロスからの物を受け取ると、長老と行政官達を集めてキュロスの業績を述べ「キュロスを王位継承者にする」と公言し、キュロスには「ペルシアが攻められた時や、法の廃止を企てる者がおれば、ペルシアを救援するよう」、長老と行政官達には「キュロスを権力の座から追い落とそうとする者が居れば彼を援護するよう」相互に神々を証人として協定を結ばせた。
ペルシアを発ち、メディアに着くと、父母の許可を得ていたので、キュアクサレスの娘と結婚した。
第八巻 第六章
キュロスはバビュロンに到着すると、主要な部下達を集め「城砦の守備兵や守備隊長達には、城砦を守備する以外は何もしないように命じてある。だから、他の者達を太守に派遣し、住民の統轄、税の徴収、守備兵達への給料を支払わせる等をしてもらう。太守には、その土地での家と土地と召使達を与える」と、離反者をすぐ罰せれるよう守備隊を王の配下にしたままにして、太守を希望する者達を募り、その中から適任者を選び、兵力を与え「翌年遠征する。兵士、武器、馬、戦車を提示する用意をしておくように」と命令し、任地に派遣した。
キュロスは毎年、諸領地に巡察者とその軍隊を送った。巡察者は、太守が救援を求めていたら助け、太守が仕事を等閑していたらそれを正させ、そうしない者は王に報告した。
キュロスは、馬が1日で疾走し得る距離毎に駅停を設け、昼夜問わず、書類を馬と運び手によるリレーによって運ばせ、諸領地の状況を速く知り、速く対処する事をした。
翌年、キュロスは軍隊をバビュロンに召集した。騎兵12万、鎌戦車2000台、歩兵60万の戦力で遠征し、シリアの国境外からインド洋までの間の全種族と、エジプトを征服した。東のインド洋、北の黒海、西のキュプロスとエジプト、南のエチオピアが、国境となり、全種族、全ての都城がキュロスに忠実な態度を示した。キュロスは春の気候を好み、冬はバビュロンで7ヶ月、春はスサで3ヶ月、真夏はメディアの首都エクバタナで2ヶ月を過ごした。
求む(平成19年12月23日迄に投稿)
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