キュロスの教育〔第四巻〕

第四巻 第一章

敵の反撃は無かった。キュロスは撤退し、野営の準備をした。歩哨を配置し斥候達を放つと、キュロスは部下を集めて中央に立ち、神々と兵達を称え、服従能力と指導能力に秀でていたクリュサンタスを大隊長に任命し、彼を皆の前で表彰した。

アッシリア軍は司令官や多くの勇敢な兵士が戦死したので、脱走兵が耐えなかった。リュディア王クロイソスと同盟軍は落胆し、夜間、多くの財貨を残したまま陣を去った。翌朝、キュアクサレス王率いるメディア軍とキュロスのペルシア軍は、無人となった敵陣で朝食を取った。キュロスは、叔父のキュアクサレス王の所に行き、残兵補足の為に志願兵を募りたいと話すと、王は難色を示した。そこに、かつて親族だと言いキュロスの接吻を受けたメディア人が居たので、キュロスは王の許可を得てその者に志願兵を募るようにと依頼した。

 

第四巻 第二章

この時、神に導かれたかのように、アッシリアに隷属しているヒュルカニア軍の使者が、キュロスの所にやって来た。ヒュルカニアは1000騎の騎兵大隊でアッシリアの後衛軍を務め、また、家族も最後尾に伴わされており、それらを含めた普段の仕打ちを思って今が反逆の時だと考え、同盟を結びに来たのだった。キュロスはヒュルカニア使者の申し出を受け入れ、互いに神に誓って同盟の約束を取り交わし、日のあるうちに出陣する事を決めた。メディア人の助力を得て志願兵は多く集まり、キュロスとティグラネスの軍は全員、メディア軍の殆どが出陣し、ヒュルカニアの使者達はキュロス達を自軍の所へと先導した。夜明け前にヒュルカニア軍が見えたので、キュロスは、軍の1人とヒュルカニア使者をそこに向かわせ「友軍であるなら右手を挙げて出迎えるように」と指示し、自軍には「もしヒュルカニア兵達が逃げたり武器を取ったりしたら、お前達は彼らが逃げないように努めよ」と命じた。ヒュルカニア兵達は帰ってきた使者の言葉を聞くと、喜んで右手を挙げてキュロス達を歓迎した。キュロスはヒュルカニア兵達を信頼している事を伝え、同盟者や協力者として扱い、彼らもそうするよう求めた。そして、敵の司令部の場所を聞きだし、迅速に勝つ為の作戦を伝えると共に、勝利時の略奪を禁じ、明るいうちにキュロスのもとに戻ってくるようにと皆に指示した。ヒュルカニア軍はキュロス達を先導し、キュロスは両翼に騎兵隊を配置してペルシア軍と共に中央に位置して進軍した。夜が明けると、敵はこの事態に気がつき混乱し、逃走した。リュディア王クロイソス、プリギュア王も全速力で逃げ出した。ヒュルカニア兵は、カッパドキアとアラビアの王やアッシリア兵とアラビア兵達を殺し、メディア兵も彼らに負けずに追跡を強めた。キュロスは騎兵隊に、反撃してくる兵を殺すよう命じた。それから、騎兵や軽装歩兵や弓兵で武器を縛って引き渡さない者や、馬を天幕に残さない者の首を刎ねる。と、布告した。降伏した兵達はキュロスの指示に従った。キュロスは、軍事行動と計画の為には、兵達の飲食物と天幕が必要な事に気付くと、すぐに、敵の兵站責任者を集め、彼らに「毎日、今までに用意していた2倍の食料を、各天幕に準備せよ」と命じた。それから、ペルシア軍の中隊長達を集め「同盟軍に配慮する為に、ご馳走を彼らの後に取るようにしよう。それから、自軍よりも多い捕虜に警戒しなければならない。また、陣内の財貨の分配については、メディア兵とヒュルカニア兵とティグラネスに委ねる」という旨を述べ「目先の利を捨て、富の生まれる根源を獲得する事が、富をより永続的なものにする。今が、祖国で鍛錬した、食欲と利得の抑制力を示す時だ」と説いた。すると、ペルシア貴族のヒュスタスパスが賛成し、次いで他の全員もそれに賛同した。キュロスは意見の一致を確認した後、各小隊から5名を選出して陣営内を巡回させ、彼らに、「食糧の準備をしている者らを誉め、そうでない者を容赦なく罰するよう」指示した。

 

第四巻 第三章

メディア軍とヒュルカニア軍がキュロスに獲得した戦利品を示しに来るのを見て、キュロスはショックを受けた。そこで、中隊長らを再招集し「私達は接近戦で敵兵を逃走させる事が出来ても、逃走兵を捕捉し殺す術を持たない。騎兵の助力を得て、敵に加えているこれらの損害を、我々ペルシア軍でも行えるようにする為にも、騎兵隊の創設が必要だ」と言った。クリュサンタスはキュロスを支持し「騎兵になるとケンタウロスの利点を我が身に併せ持つ事が出来る」と喜び、馬術を学ぶ事を強く望み示した。他の皆も同様の意見だったので、「遠近にかかわらず、通過すべき道を徒歩で行くものは恥ずべき者だ。という法を作る」事をキュロスが提案し、全員がそれに賛成した。

 

第四巻 第四章

正午過ぎになると、メディア兵とヒュルカニア騎兵達が、捕虜達を引き連れて戻って来た。兵達の無事を確認すると、兵達は自分らのした事を語った。キュロスは彼らを称賛し、土地の様子を聞きだすと「私達は、それらの土地の所有者の支配者になり、その所有者をそこに留まらせるようにするのだ。捕虜が自由に生きているのを見れば、他者も、戦よりは服従を選ぶだろう」と言った。皆はそれに賛成した。キュロスは捕虜達に「武器を私達に渡して服従すれば、支配者が代わった事意外、お前達にとって何も変わる事はない。お前達は二度と戦をしてはならない。誰かがお前達に不正を働けば私達が戦ってやる。これに従わない者がいれば、私達をそこに連れて行け」と言った。捕虜達はキュロスに敬意を表し、彼の言葉に従う事を約束してこの場を去った。

 

第四巻 第五章

彼らが去ると、キュロスはメディア兵達とアルメニア兵達に、天幕内でご馳走を食べるよう、また、捕虜達を見張るようにと言った。ヒュルカニア兵にも同様の食事を天幕内でとらせ、キュロスとペルシア兵達は陣営外でパンを食べて見張りをした。逃亡者達を捕らえた者にはその財貨の所有を許し、逃亡者は殺すように。と、命じた。この結果、夜に出歩く者は居なくなった。メディア王キュアクサレスは、戦の勝利を祝って宴を開いた。彼は大きな騒音を聞いたので「多くの兵がここに残って宴を楽しんでいる」と思い込んだ。しかし、それは召使達が主人らが居ないのをいいことに破目を外して騒いでいた音だった。夜が明けると陣営内にはメディア兵や騎兵隊がいない事に気が付いて驚き、キュロスの配慮の無さに怒り、急ぎ使者をキュロスのもとへと走らせ、兵らを脅して呼び戻そうとした。出発した使者とその配下の騎兵隊はキュロスについて行かなかった事を後悔しつつ、真夜中頃にキュロスの陣営に到着した。夜明け前、キュロスはマゴス(ゾロアスター教の司祭階級者達)を呼び寄せ、神々への捧げ物を選ぶように命じた。それから貴族達を集め「ペルシアがアジアを支配する事を望むのならば、大至急、軍隊を送るよう要求するのが良いと思う」と述べ、兵を派遣してもらえるように依頼するよう、最年長の者をペルシアに送った。それからキュロスはメディア兵達を招集した。この時、キュアクサレスの使者が来て、皆の前で、キュアクサレス王の怒りと帰陣命令を伝えた。そこで、キュロスは「私達は叔父上の許可を得、また命令によって出陣したのだ。そして、多くの敵が駆逐され、友軍が敵を壊滅させた今、叔父上はご自分が孤立されていない事をお知りになるだろう。そして私達の成功によって、不安も怒りも和らぐだろう」と言い、使者には休むよう、ペルシア兵には戦列を組むよう、ヒュルカニア王には自軍を完全武装させるように命じた。ヒュルカニア王がそのようにして戻ると、キュロスは戦力補充の為、メディア王の使者と共に来た騎兵達をいかに留めるかを相談した。そしてキュロスは使者にキュアクサレス王へ手紙を渡すように指示して送り出した。

そして、メディア軍とヒュルカニア軍の指揮官達を呼び、戦利品を分けるように伝えた。また、陣営内の商人達に「商品を売って陣営内が不自由しないようにするように」と告知した。すると、指揮官達はキュロスに「殿下と殿下の部下達がおられないので分配できない」と言うので、キュロスは「騎兵隊を創る為に馬と馬具を得たい」事を述べた。指揮官達は快諾した。それからキュロスはマゴス達の指示するものを取り置き、次にキュアクサレス王の為の物を選び、後は兵達へ分配するように、と、言った。メディア軍の指揮官達に「叔父上のもとから来た使者と一緒に来た騎兵にも取り分を分配し、叔父上に事実を知ってもらう為に使者達には留まるよう勧めよう」と述べ「ペルシア兵達にはお前達が分配した後の残りの戦利品を分ける」と伝えた。この後、キュロスは馬と馬具や馬卒達を受取り、中隊に平等に分けるよう命じた。また、捕虜の内で奴隷の者は名乗り出るよう告知し、姿形の美しい者らには自由人として武具を与え、食糧への配慮も約束した。そして、ペルシア兵達には常に鎧を身に付け槍を持って馬で駆けるように命じ、騎兵になった各指揮官には、歩兵隊を代わりに指揮する者を貴族らの中から任命させた。

第四巻 第六章

この間、ゴブリュアスと言うアッシリアの老人が騎兵隊を護衛にキュロスの所へやって来た。「私はアッシリア人で、1000騎の騎兵、城砦、広大な土地を所有しております。私が仕えていたアッシリア先王は、殿下方の手によって倒れ、憎むべき先王の息子が王になりました。今の王は、わが息子を狩猟に招待した時、二回連続で息子に負け、その怒りで息子を槍で射殺したのです。どうか私を家臣にして、私の為に復讐者になって下さい」と言った。キュロスはそれを受け、復讐する約束をし、今までの権力等の所有を容認すると、お前は私達に何をしてくれるのかを尋ねた。するとゴブリュアスは「殿下がお越しの時は城砦を提供し、貢税を納め、進軍時には共に参ります。それから、我が処女の娘を殿下に委ねさせて頂きます」と答えた。こうして話しは進み、互いに神々を証人として約束を交わした。キュロスがゴブリュアスの所への道を尋ねたので、ゴブリュアスは案内人を残して去った。それからメディア兵達は神々への供え物をマゴスに渡し、キュロスには見事な天幕と、アジア一美しいスサの女性アブラダタスの王妃と二人の歌姫を選び、キュアクサレス王にも次善のものを選んだ。進軍に必要なものを補充し、ヒュルカニア兵やキュアクサレスの使者達にも分け前を与え、残りをペルシア兵達で分けるように、キュロスに渡した。

「知は力なり」(Ipsa scientia potestas est)