名将たちの教育論(第五十五回:最終回)
おわりに イギリスから鮮血を流して独立を勝ち取ったアメリカ人は1776年7月4日の“独立宣言”において人間の基本的人権として “生命と自由の尊重”、 “幸福の追求”、 “人民主権の政治”、 “革命権の保持” を掲げた。そして 「自由・民主主義こそ国の政治制度のあるべき姿だ」 とした。革命権を掲げたのは、独立戦争がイギリスの植民地支配体制に対する革命であったからである。 アメリカは、このような基本的人権は神から与えられた自然権であるとしているが、日本の伝統的な認識では自然権の解釈が異なり、生命も自由も神とは関係がない。国家と国民の関係も“契約関係”とは認識していない。これは人間の権利を述べたもので、義務を述べたものではない。義務(使命)を果たさなければ権利を要求する資格がないはずだが――。 ビルマ戦線で活躍した英国のスリム元帥がいうように 「自由がなくとも規律は存在するが、規律(世間様)...
名将たちの教育論(第五十四回)
おわりに 本質論が議論できないような教育は教育ではないだろう。有能な学生は海外の現実を学ぶことから、日本の発展に寄与するのである。 「余は“良い指揮をするためには、如何に服従するかを知らねばならない”という格言を信じない。それは逆である。服従を要求する者は、優れた指揮を知らねばならない。なぜなら不服従には確固たる強い心がある証拠だ」(セント・ヘレナにて、ナポレオン、1817年) 「服従を求める者は指揮法を知らなければならない」(「政略論」マキャベリ、1517年) この論法を利用してみれば、世界平和の理想を実現するためには、先ず日本が平和主義でなけばならないと考えるのは机上の空論である。それは逆である。世界が平和になるためには、平和を実現する方法を知らねばならない。なぜなら、世界に戦争が起こるのは確固たる理由と信念があるからだということになる。 海洋国家は大陸国家のように四周を隣接国家に...
名将たちの教育論(第五十三回)
第3章 名将たちに学ぶ日本の教育改革 第2節 経世塾の必要性 日本の歴史を振り返れば、明治維新を前にして優れたシンク・タンクとしての政策塾があった。佐久間象山は1839年、江戸で私塾「象山書院」を開き多くの逸材を養成した。勝海舟、河井継之助、坂本竜馬、橋本佐内など素晴らしい面々である。 1855年には、「長崎海軍伝習所」が開かれ、将来の日本海軍を背負う逸材を生んだ。 翌年には、幕府が江戸に「洋学調所」が開設されて日本開国のリーダーを育てた。そして長門では、吉田松陰が「松下村塾」を開いて明治維新の気力の原動力となった。 1858年には福沢諭吉が江戸に「蘭学塾」を開き、西欧文化の導入をリードした。 今日、このような経世塾は「松下政経塾」をおいてほかにない。日本の教育システムの中で最終段階の教育機関として、このような政策・戦略研究所や経世塾が多数、設立される政策がなければ日本の将来はない。 20...
名将たちの教育論(第五十二回)
第3章 名将たちに学ぶ日本の教育改革 第2節 経世塾の必要性 欧米では、様々な政策・戦略研究所が設立され、かつその研究所には指導者育成塾が併設されている。国会議員は、わずかな費用の支払いでテーマを示してこれらの研究所に政策研究を依頼することができる。だから個々の議員にブレーン・グループを持つ必要はない。研究所からは数個の選択肢が回答されるだろう。その選択肢から自分の政治信条に合致するものを採用すればよいのだ。 「政治家であろうと軍人であろうと評論家であろうと、指導者たる者は普通の人たちが持たない信条を持ち、全体像を明らかにし、それを具体化するシナリオを画き、人々に影響を与える力を持たなければならない。そして人生の年輪を増すにともない堅固に信条の実現に向かうことである。そうすればなんと非難されようが栄光を目指す人物としてオーラが漂うようになる。それが単なる趣味と異なる点である」(「剣の刃」ド...
名将たちの教育論(第五十一回)
第3章 名将たちに学ぶ日本の教育改革 第2節 経世塾の必要性 さらにアメリカとイギリスの教育制度には、「大人のための教育機関」がある。それらは数多くの戦略・政策研究所である。今日、 「居眠り、立ち歩き、私語、無断欠席といえば学級崩壊の姿かと思えば、それは日本の国会の姿である」 といわれている。その国会議員が深く研究した政策を立案するためにブレーン・グループを雇用すれば、年間の費用は1.5億円が必要と言われている。国会議員727名の合計では約1000億円を必要とする経費となる。 名将たちの教育論(第五十二回)へ続く...
名将たちの教育論(第五十回)
第3章 名将たちに学ぶ日本の教育改革 第1節 「六三三四制」の改革 日本の指導者になろうと大志を立てた青少年が義務教育のあと最初に勉学しなければならないことは、自己の信念の確立である。その信念はド・ゴール大統領が述べるように、他人に対して全体像を明らかにできるものでなくてはならないし、その全体像が人々から納得されるものでなければならない。信念の裏付けは哲学にほかならない。そのような見識は大学に進学する条件とすべきだろう。したがって哲学を学ぶ学校が義務教育と大学教育の間に必要なことは論を待たない。その期間は青春の炎が燃える2年間で十分だろう。 社会科学と自然科学の違いは、人間の価値観を挿入するか、否かの違いにすぎない。 「哲学は学べない。哲学することを学ぶだけだ」 名将たちの教育論(第五十一回)へ続く...
名将たちの教育論(第四十九回)
第3章 名将たちに学ぶ日本の教育改革 第1節 「六三三四制」の改革 もう一つの方法は、軍隊教育の場のように全寮制の学校を増設し、「公の教育に週5日間(71%)、私の教育に2日(29%)」とする方法がある。 毎日通学する教育では、一日の睡眠時間を3分の一、学校生活時間を3分の一、私時間を3分の一とすれば「公教育36%、私教育64%」となる。どちらを選択するかは、父兄の子弟教育に対する方針で決まる。 二つ目は、選択肢の多い教育コースである。 三つ目は、人生の最も感受性の敏感な青春に哲学と倫理を学ぶ機会を与えることである。 「士官学校の教育において、最も重要な課目は哲学と歴史である。戦いに勝利するための戦争学よりも、社会科学としての戦争学を士官学校の時代に教育しなければならない。その広い視野の教育が戦前の日本士官学校や海軍兵学校に欠落していた」(槙校長訓話1956) 戦前の士官学校や海軍兵学校は...
名将たちの教育論(第四十八回)
第3章 名将たちに学ぶ日本の教育改革 第1節 「六三三四制」の改革 今日、日本には「総合大学」という実体のない概念が存在する。実体は、各学部がイギリスのカレッジに相当している。各カレッジの教育内容を横断的かつ総合的に教育する大学はない。 アメリカとイギリスと戦前の日本の教育システムを比較してみると三つの着想が生まれるだろう。 一つは、子弟の教育は、早い時機から団体生活に慣れさせることが必要であり、その一つの方法が全寮制の学校である。 学校は商品を生産する工場ではない。子供たちにとって、人生で初めて経験する社会生活の場である。西欧では学校は子供たちの「公の場」と呼んでいる。 必然的に子供もたちは、学校生活が始まると一日が「公」の生活と「私」の生活に区分されることになる。公の場における教育は聖職者の使命であるが、「私」の生活の場における教育は、父兄の責任である。その教育内容は「公私混同」して...
名将たちの教育論(第四十七回)
第3章 名将たちに学ぶ日本の教育改革 第1節 「六三三四制」の改革 戦前の日本の教育システムは義務教育が6年間であった。 6年制の小学校 義務教育のあと上級の学校に進まない人たちは 2年制の尋常高等小学校 5年制の中学校または工業学校または商業学校 2年制の高等学校または4年制の専門学校 4年制の大学 一般中学校を卒業した人たちのうち大学に進学する人たちは、2年制の高等学校を経ることになった。この2年制の高等学校の教育目的はイギリスと同様に「人生とは? 国家社会とは?」と哲学を身に付けることであった。課目は数学、哲学、倫理学、国語、外国語の5課目のみである。 旧制高校の学生たちは、日夜、哲学を論じ合ったものである。日本の青少年が成長の最も重要な時期、17~18才の期間に哲学する英国式や戦前日本式の2年間の高等学校制度は是非とも復活したいものである。なせなら、...
名将たちの教育論(第四十六回)
第3章 名将たちに学ぶ日本の教育改革 第1節 「六三三四制」の改革 次にイギリスの教育システムを眺めてみよう。 アメリカ革命戦争の敵イギリスの学校制度は義務教育の開始が1年早く、義務教育期間は5才から16才までの11年間である。義務教育の前には3年の幼稚園があるから、一番早くから教育を受ける子供は2才からスタートする。そこには二つのコースがある。 ○ 公立学校(Maintained School)コース 6年制の小学校(Primary School) 5年制の4種類の中学校:Modern School Technical School Grammar School Comprehensive School) 高等学校は私立学校コースに入る ○ 私立学校(Independent School)コース 6年制 (三三制)全寮制小学校(Preparatory School) 5年制全寮制私...
名将たちの教育論(第四十五回)
第3章 名将たちに学ぶ日本の教育改革 第1節 「六三三四制」の改革 すべての公的行事には国旗を掲げ、国歌を演奏し、牧師が説教するか、聖書に手を載せて“神に忠実”を誓う。家庭では、食事を始めるまえには聖書の一節を述べて神に祈る。 ところが日本国民の産業部品化というアメリカの占領政策によって日本の学校教育は「善良な人材」の教育を軽視すると一般的な学校の教育の内容は「能力付与」が教育の目的になってしまっている。こうして日本の教育の優先順位は「知育第一」になり、“善良な人材の育成”の重要さは無視されてきた。 したがって日本の教育を改革する第一歩は学校制度の改革である。最初に敗戦によって導入した六三三四制の本家、アメリカの教育システムを眺めてみる。 アメリカでは、“善良な人材”の育成の大部分を教会に依存している。したがって学校制度は人間の条件を教育する必要がないから、その部分を除外して能力付与主義...
名将たちの教育論(第四十四回)
第3章 名将たちに学ぶ日本の教育改革 第1節 「六三三四制」の改革 古代ギリシャのメロス島の人々が言残した名言“愛と利は反比例する”から愛が自分に向けられれば、個人主義は簡単に利己主義に転換してしまう。しかし利己主義の愛は自分自身からもすべてを奪う。 “世界は二人のために”と歌う二人は、周囲の人々からすべてを奪う。そして最後に互いに奪い合って殺しあう。 愛は他人に捧げなければ意味がない。“愛はすべてを奪う”から愛する人に自分を捧げる自己犠牲の精神が人間社会において普遍的価値を持つのである。そうでなければ 「個人主義は二枚舌の生みの親」 になってしまう。ところが “賢明にして正直かつ無欲で勇敢”が個人主義成立の基本条件なら、そんな完全な人間はそんなに多くはない。しかし、個人主義が美徳と誤解する人間は“傲慢”になる。 「私の考えが最も良い!」 これこそ今日の多くの嫌われる日本人に見られる体質で...
名将たちの教育論(第四十三回)
第3章 名将たちに学ぶ日本の教育改革 第1節 「六三三四制」の改革 学校教育のシステムをどのように構築するかは、国家が教育の目的を何と考えるかにかかっている。 アメリカの基本的人権の考え方は人間の備えるべき道徳については清教徒であることが前提となっている。なぜなら、清教徒の道徳論を除いた“基本的人権”を“基本的動物権”と記述しても適用できる。例えば動物園の野獣が 「殺すな。檻に閉じ込めるな。美食をよこせ。俺たちのことは俺たちで決める。人間よ従え!」 と主張することができる権利となって基本的人権と同じ主張になってしまう。 言い換えれば、アメリカの基本的人権思想を日本に導入するには、 「人間の心は“公正”、“名誉(恥じを知る)”、“博愛”という着物をきていなければならない」 という“人間の条件”の項目が付帯していなければ人間社会が野獣社会に堕する危険な思想なのである。そうでなければ人間の顔...
名将たちの教育論(第四十二回)
第2章 部隊の練成 第3節 平時の戦闘:訓練 訓練は平時における戦闘である。指揮官が後方の指揮所で安穏として平時の事務業務を行なっていては戦闘に敗北する。古代ギリシャのスパルタから訓練は国王が現場で自ら指導して工夫した。それは戦術の父と呼ばれるエパミノンダスもマケドニアのフィリップ二世もアレキサンダー大王もすべての世界の名将は訓練を自ら指導している。 「訓練はあらゆる業務に優先する」(「将軍たちへの教書」フレデリック大王) 陣頭指揮は名将たちの常識である。今日、IT技術が進歩したので、すべての指揮官は携帯式コンピュータを持っていれば、業務全般の情報はすべて即時に現場において入手できるし、命令指示を発令することができる。 指揮官にとって、指揮所に大きい個室の事務室は不要な時代になったのだ。現代の指揮官は歴史の名将と同様に訓練現場において部隊指揮を執ることができるのだ。 「訓練の陣頭に立たな...
名将たちの教育論(第四十一回)
第2章 部隊の練成 第2節 団結心の培養 (「ドイツ国民に告ぐ」) 今日、日本における教育改革にさまざまな論議が行なわれているが、第一は、フレデリック大王やフィヒテが啓蒙しているように、「拡張された自己の認識」に立つ個人主義である。それは一族を背負っていることである。 そのような個人の集合体である国家は家風と家訓の集合体という国民文化を持つことになる。 第二は、フィヒテが国民団結のために主張した事項から教育改革の核心に寄与すると思われるものを抽出してみると (1) 学校は学生・生徒にとって最初の社会秩序を生み出すための「共同社会」にせよ。 (2) 知育は体育と一体化して教育せよ。頭脳に教えるだけでなく、身体の中に学問を染み込ませよ。 (3) 教育内容で最も重要なものは“徳育”である。人間の条件を身に付かせよ。 団結はスローガンで得られるものではない。究極的には人間一人一人に対する愛情...
名将たちの教育論(第四十回)
第2章 部隊の練成 第2節 団結心の培養 (「ドイツ国民に告ぐ」) 欧州においても、国家は“拡大された個人(先祖代々の中の個人)”の集合体と認識する国々と国家は“現存する個人”の集合体と認識する国々が存在している。 日本もまた拡大された個人の集合体であり、地縁的結合の集合体としての国家だから日本における教育は、このような日本の国柄を基礎としたものでなければならない。 フィヒテが説くように国家の教育は国家・社会の主権の独立と平和、繁栄に寄与するものでなければならない。国家は国際社会における個人の保証者なのだ。 それに加えて日本の教育では、「家」の尊厳と威信、平和と繁栄にも寄与しなければならない。伝統と家系を重んずる西欧諸国では、それぞれの家庭が「家風と家訓(family tradition and motto)」を持っていて、それを誇っている。そしてそれらは同じ宗教的、歴史的土壌に培われ...
名将たちの教育論(第三十九回)
第2章 部隊の練成 第2節 団結心の培養 (「ドイツ国民に告ぐ」) 明治の日本では国家は「家」制度を国家結合の単位として「戸」籍を定めてきた。家とは祖先から孫子まで連なる血縁の歴史的家族集団である。一方では“郷村”で代表される日本の伝統的な「一揆(地縁的結合)」の思想が血縁的結合よりも優先した。この発想にもとづくインフォーマルな県人会や同窓会などが一つの社会関係として国家社会の秩序を支えてきたのである。フィヒテが暗示しているものは、日本の郷村のような血縁的結合と地縁的結合を合体させ、歴史を積重ねた国家像と政治システムであったように思える。 今日でも一部の大手企業などの組織でみられることであるが、戦前の大学はもちろん企業や官僚組織、軍隊においても県人会が盛んで、休日の夜は県人が集まって励ましあい、胸襟を開いて国家を論じたものである。 日本は伝統的戸籍法がないアメリカの国家概念とはまったく違う...
名将たちの教育論(第三十八回)
第2章 部隊の練成 第2節 団結心の培養 (「ドイツ国民に告ぐ」) 兵士は現在の組織に属する一人ではない。彼の背後には家族があり、家族の隣には兄弟があり、さらに背後には先祖から続く一族が居る。指揮官は一人一人の兵士について、その重みを感じなければならない。一人一人が重いのだ。“人は石垣、人は城、情けは味方、仇は敵”である。 「諸君の軍団は先祖代々からの家族と考えよ。単なる家庭ではない。だから自己中心に考えるな! 一族中心に考えよ。一族の中に君の家族が在る。君が戦死すれば妻子は悲しむが、我慢して家族を救え。一族が君の残された妻子を支える」(「軍人のための記録」、ロシア・トルコ戦争の英雄ドラゴミロフ露大将、1890年) 1806年、ナポレオンはプロシャを占領した。翌年、彼はニーメン河の筏の上でロシア皇帝アレキサンドルおよびプロシャ国王フリードリッヒ・ウイルヘルム三世と会見してチルジット条約を...
名将たちの教育論(第三十七回)
第2章 部隊の練成 第2節 団結心の培養 (「ドイツ国民に告ぐ」) 戦前の日本では哲学者フィヒテの「ドイツ国民に告ぐ」が広く識者に愛読された。近代的な国民とは何か、国民文化とは何かについて哲学いることに多くの示唆を与えていたからである。今日でも西欧ではジョン・ロックおよびアダム・スミスならびにマルクス、レーニンを越えているとして愛読されている。――もっともアメリカ人は好まない―― ところが敗戦後、日本人はこの著書を読まなくなった。だが、世界の名将たちは愛読している。それは伝統という歴史的連続が必要な軍隊にとって身に合う着物であるからだろう。 18世紀にキリスト教の新教を国教としたプロシャ(ドイツの前身)は大国に囲まれていた。西にフランス、南にオーストリア帝国、東にロシア、北にスェーデンであった。友邦は西隣の小さなハノーヴァー公国だけである。当時のプロシャの国力は国土面積、人口、経済・産業力...
名将たちの教育論(第三十六回)
第2章 部隊の練成 第2節 団結心の培養 (仲間意識) 一般の学校教育においても団結精神の高揚は世界中の常識であって、学校を代表するスポーツ・チームを応援するのは団結の初歩的表現である。 もちろん仲間意識には歴史的経緯を伴う。最も歴史的時間のない仲間の例は入学直後の学生の同期生意識であろう。たまたま一緒にある学校に入ったという歴史的意味以外に原点はない。 「近代的軍隊の規律は、知性と仲間意識で造られるべきである」(「戦争についての思考」リデル・ハート、1944年) 仲間意識が醸成する規律のスタートは平等である。しかし、人間の原始的な上下関係は年齢という経験の程度から始まる。経験は認識の始まりだから、人間は自然のうちに年長者を尊敬する。それが組織の中の兄弟意識である。 「余の第一の望みは国民がお互いに兄弟のような仲間意識を持つことです。そして互いのために生命を捧げる仲間になることです」(ワ...
名将たちの教育論(第三十五回)
第2章 部隊の練成 第2節 団結心の培養 (仲間意識) 将校の良し悪しを見分けるのは簡単である。その方法は将校に彼の部隊の集合を頼むとよい。この将校という言葉を先生と読み替えても同じだろう。 「一声掛けたら笑顔で部下が集まるのは良い将校である。部下の集合が鈍く暗いのは無能な将校の証拠である」(「将校」ローマ将軍オナサンダー、58年) 「悪い連隊なんかどこにもない。悪い大佐がいるだけだ」(ナポレオン) 団結の原点は仲間意識である。それは血縁一族意識と別物で、地縁的結合と言ってよい。日本の郷村の思想であろう。 「団結精神の本質は平等である。だからこの精神は階級や職務の壁を取り払って上下に働く」(ビューラー米中将、1956年) 軍隊を発生史にみれば、先輩と後輩の協同がスタートである。戦う知識は文言では教えられない。“徒弟教育”がすべてといってよい。そこに生まれる感情は尊敬と友情によって結ばれる...
名将たちの教育論(第三十四回)
第2章 部隊の練成 第1節 規律の確立 もう一つの軍律は軍隊社会の文化の維持・発展である。軍隊が国家・社会から野獣の集団と認識されるようであれば、傭兵部隊は国家から雇われることはないであろうし、国民から構成された国家の軍隊であれば、国民からの信頼を失う。 「規律は命令や法令で造られるものではない。伝統が規律を造る。だから指導者は自戒して規律を守り、背中で教えよ」(「軍の精神と肉体」ピケ仏大佐、1921年) このような軍隊社会の文化という意味での規律は法律ではない。将兵は何ものにも囚われず自ら考えるのが原則であり、軍規は判断の指南書に過ぎない。 「規律ある人は社会で生活できて個人の自由を保持できる。自由がなくても規律を維持できるが、規律なくして自由を維持できない。騎士道を守ること(Noblesse oblige)は軍人の衿持である。自制は人間の弱みを守ってくれる」(スリム英元帥、1957年...
名将たちの教育論(第三十三回)
第2章 部隊の練成 第1節 規律の確立 部隊訓練の本質は、この第三番目の心と心を結び付けることである。その方法は規律の確立にほかならない。 軍律のない部隊は武装した暴徒であって、祖国にとって敵よりも危険な存在である。指導者は命令・指示に機敏に従うことをもって軍律だと感じ、多くの詳細な軍律を定めるべきだと考えるが、それは間違っている。軍律は少ないことが最良である。そして公平に処罰しなければならない。そうでなければ指揮官は嫌われる。人々は処罰の恐怖と同じように公正と博愛を望んでいる。厳正は親身を伴っていなければならない」(「随想禄」サックス仏元帥、1732年) 軍規の誕生は戦闘ドクトリン(得意技)からの要求である。軍隊の戦闘は個人の戦闘の積分ではない。得意技としてのチーム・プレーなのだ。だから戦闘陣形における“上下左右の協同連携”は絶対的な要求である。 軍律は、そのチーム・プレーの約束動作...
名将たちの教育論(第三十二回)
第2章 部隊の練成 第1節 規律の確立 「人間、二人寄れば心は三つになる。それぞれの心と一組の心である。だから我慢がなければ人間は扱えない」(「戦争の改革」フラー英少将、1923年) 第一次世界大戦の末期にイキリス軍は大規模な戦車軍団による突破作戦を計画していた。フラー少将は、この攻勢の総指揮官に指名され、攻勢の準備を着々と整えていた。それだけにこの名言は“生々しい現実味”がある。学校教育で良い市民になれと教育しても、組織の心を理解できる人になれと今日の日本の学校教育で行なわれているだろうか? 「良い人は必ずしも良い市民とはかぎらない」(アリストテレス) 個人々々の心が良くても夫婦2人の心は3つ目の心を生む。その3つ目の心が社会人として“協同の心”でなければ、その夫婦は良い社会人ではない。これを実証する例が今日の日本に何と多いことだろう。 例えば、良い両親のもとで仲良く育った二人の兄...
名将たちの教育論(第三十一回)
第1章 軍人たちの教育システム 第6節 将校を育てる (戦術は軍人の表芸) 怒りは臆病と無能の産物で、実行できないとなれば、通常、怒りは恨みとなって心の底に沈殿する。しかし、恨みを沈殿させる受容性がないものは、最初に人間の条件を失い動物のように発狂する。いわゆる“キレル”状態になる。これは人間であることを止め、動物になったことにほかならない。 「俺は狂信的な人間は嫌いだ。頭の働きが閉じ込められている」(スキピオ“アフリカヌス”) 大胆な案と狂気の案を峻別しなければならない。その道具が“冷静な勇気”である。 「余が部隊指揮官に求めるものは、事に臨んで常に冷静で分別力のある判断ができる人材である」(ウエリントン英公爵、1811年5月15日) 冷静になれば状況がもたらす情報について軽重本末を妥当に認識できるようになる。 「精神的要素と物質的要素の間に調和がとれていなければ戦争に勝てない。こ...
名将たちの教育論(第三十回)
第1章 軍人たちの教育システム 第6節 将校を育てる (戦術は軍人の表芸) 大胆な案は、通常、実行が容易ではない。しかし、 「激烈と大胆はしばしば通常の方法では達成できないことを達成する」(「政略論」マキャベリ、1517年) 戦術に絶対的な最良案がないのは経験則であるから、大胆な案には、危険な不利点が存在することは間違いない。 「大胆な人物は何でも引き受けるが何でもできるわけではない。しかし大胆と剛直は安全をもたらす。」(ナポレオンの金言) 大胆な案に内在する危険な不利点は、安全性の欠如という重要な問題を投げかけるように考え勝ちであるが、実は、その危険度を想定し、最悪の事態にとるための予備を準備するのは常識であろう。それを準備していなければ 「大胆は通常は正当であるが、賭けは通常、悪である」(リデル・ハート) ということになる。大胆と賭けは紙一重なのだ。 “砂漠の狐”とあだ名された第...
名将たちの教育論(第二十九回)
第1章 軍人たちの教育システム 第6節 将校を育てる (戦術は軍人の表芸) 戦場の状況を分析すれば、いくつかの作戦方針案が浮かぶ。問題はどの案を選択し決断するかである。作戦方針案には、 ◎ 安全性を第一に考える案 ◎ 実行容易な案 ◎ 大胆な案 ◎ 後悔が少ない案 の通常、4種類が生まれる。戦略は安全第一の案を選ぶのが歴史の経験則であるが、戦術では大胆な案を選ぶ。一般社会では、実行容易で期待値が大きい案を選ぶのと大違いである。 そのためには戦場を一瞥しただけで戦場の要点と焦点を見破る“戦局眼(Coup d’Oeil)”と決断のための”冷静な勇気(Courage d’Esprit)”が不可欠である。 「指揮官は、あらゆる考慮事項を“公算”と言う光で直観する力を持たなければならない。そうでなければ多くの異論や見解によってカオスに陥る」(クラウゼヴッツ) “剣道の名人と達人はどこが違うのか?”の...
名将たちの教育論(第二十八回)
第1章 軍人たちの教育システム 第6節 将校を育てる (戦術は軍人の表芸) 有事になれば軍隊は法理外の“力学の世界”で行動する。戦術はこの世界における行動術である。 この世界の行動は基本的に自由だから、すべて自分で判断しなければならない。その判断の基準は自分の“信条”と“戦いの原則”および“騎士道”である。 戦場はクラウゼヴィッツが名著「戦争論」において説明しているように“4分の3は霧の中”に包まれている。だから将校は霧の中の実体を推測しなければ作戦方針を案出することもできなければ、決断することもできない。 「名将に最も不可欠な資質は“想像力”である」(「リデル・ハートへの手紙」マッカーサー元帥、1959年) 想像力は創造力に発展する。このためには4分の1しか判らない情報を分析する能力が必要である。指揮官たるものは浜の真砂よりも多い無限の事実から決断に必要な根拠を見つけ出し、それを至当に...
名将たちの教育論(第二十七回)
第1章 軍人たちの教育システム 第6節 将校を育てる (将校とは) 軍人社会はフリー・メイスンの社会に似た傾向がある。戦争ではないときには世界中の軍人に国境がなく仲間である。軍隊は発生論的に言えば国家と無関係な組織である(「軍隊は戦争機械」比較法史研究 第12巻)から世界中の軍人社会には将校の親睦互助会であり、研修会としての「将校団」が相互に交流を図っている。そこには国籍がなく階級だけが区分原理になる。 「階級とは、命令違反するときを判断できる能力に応じて与えられる」(プロシャのフレデリック・ウイリアム皇太子、18世紀初期) その能力とは軍事的識能にほかならない。だから軍人の機能的な忠誠は“腕前”に捧げられる。 「国家防衛システムの骨幹は正規軍であり、正規軍の骨幹は将校である。彼らは軍の魂である。予算を縮小しても最後に残さなければならないものは“将校団”である。将校1名の価値は兵士100...
名将たちの教育論(第二十六回)
第1章 軍人たちの教育システム 第6節 将校を育てる (将校とは) 平時における軍人は豊な生活を得られると想像することは大間違いである。世界中の軍人は蓄財できない。日本の武士たちも生活はつつましいものであって、妻女は生活の糧を助けるために内職したものが多い。 “質実剛健”は武士や騎士の美徳である。 プロシャを西欧列強の座に登らせることに成功したフレデリック大王は1752年、「政治上の遺言」において 「将校を有事のために育成するには、平時において至当な評価を受けていることを楽しみ、それに見合った生活を可能とするだけでなく、名誉のために血を流すことに対する尊敬が必要である」 将校を養う糧は、財ではなく尊敬である。政治家はもちろん国民も将校に対する尊敬の念がなくてはならない。 「今日から一人前の男になるにあたって余は諸君が生涯を通して良い海軍将校であると同時に紳士であることを期待する」(任...
名将たちの教育論(第二十五回)
第1章 軍人たちの教育システム 第5節 教官に求めるもの (忍耐力を付与しよう) 筆者の座右の銘は1775年にワシントン大統領が決意を誓って友人へ送った手紙の文章である。 「忍耐と気迫は年齢を問わず事を成す」 失敗は手段方法の誤りと考え方の誤りに存在する。そこで教育にあたって教官は手取り足取りで成功のための手段・方法や考え方を教育しようとする。しかし、それでは被教育者は問題解決能力を増すことはできない。「守(師の方法を守る)」 「破(師の方法から抜け出す)」 「離(師の方法よりも優れた自分の方法を編み出す)」 これは剣道の教育の三段階であるが、最初の「守」においても被教育は自分の納得と考えで師の手段・方法を取り入れなければ身に付かない。借り物の衣服を着たようになる。したがって教官の教育手法は「ヒント方式」となる。茶道のような日本文化の教育には“形より入る”手法が重視されるが名先生は“形”...
名将たちの教育論(第二十四回)
第1章 軍人たちの教育システム 第5節 教官に求めるもの (忍耐力を付与しよう) 義務の遂行は容易ではない。あらゆる抵抗に耐えながら目標に向かって一寸でも前進しなければならない。辛抱が将兵に要求される。 辛抱の原則が教えている通り、辛抱は決意の本質から直接に導かれるものである。 「自分の希望をもって忍耐する人は勇気のある人である。臆病者はすぐに絶望する」(「ヘラクレス」ユーリピデス、紀元前422年) ナポレオンの手紙集にある通り、勇気に次ぐ兵士の資質は忍耐である。将兵にとって辛いことに、“勇気”と“忍耐”は自然に身に着くものではない。意識的に自分に言い聞かせて押し付けなければならない資質である。勇気と同じように 「手の平に“忍”の一字を書いて飲み込み、耐えるしかない」 人間として最も苦しい精神的苦痛は侮辱を受けるときである。侮辱を受けても勇気と能力があれば怒りを起さない。しかし臆病と無能...
名将たちの教育論(第二十三回)
第1章 軍人たちの教育システム 第5節 教官に求めるもの (義務感こそ第一) 1805年10月21日、トラファルガーの海戦に傷つき死を前にしてネルソン提督は 「神に感謝します。余は義務を果たすことができました」 陸軍砲兵の合言葉“最後の一門”は世界共通である。大砲は最後の一兵となっても撃ちつづけなければならない。それが砲兵の義務である。なぜなら弾先には味方の砲兵の支援を期待して歩兵が敵陣に肉薄しているからである。 「義務の観念は勝利をもたらす」(F.V.レナタス) とは言え、義務の遂行は生命がけになる。生命の尊重という権利を投げ捨てるのだ。1944年、アーンヘムの戦闘における第一空挺師団の犠牲に対してチャーチル英首相は 「“無駄ではない”は生存者の誇りであり、戦死者の墓銘碑である」 「戦死することもなく、戦傷を負うこともなく目標を達成できなかった指揮官は義務を完遂していないのだ」(パッ...
名将たちの教育論(第二十二回)
第1章 軍人たちの教育システム 第5節 教官に求めるもの (義務感こそ第一) 「恥じを知れ!」 は現存している個人自身だの恥じではなく、御先祖様の恥じが含まれているのだ。だから恥じを濯ぐためには、個人の生命は鴻毛より軽いということになる。 戦前の日本では、青少年が世間から非難されるような悪業を行なうと、 「世間様に申し訳ない」 という認識が教育指導の原点に使われた。個人は自由であるが、その行為や態度が社会の秩序を破壊することは許されない自由であることを意味していた。アメリカの民主党の基本思想である“社会リベラリズム”とほぼ同じ考え方である。 南北戦争を戦った南軍でも 「義務は我々の最も崇高な言葉である。最善を尽くして義務を果たせ!」(南軍のリー大将) 「財貨は栄華をもたらすが、義務のみが栄光という名誉をもたらす。だから義務は俺たちの奪取目標であって、結果は神のものだ」(“石壁”・ジャ...
名将たちの教育論(第二十一回)
第1章 軍人たちの教育システム 第5節 教官に求めるもの (義務感こそ第一) 戦前の日本では 「人は何のために生きるのか?」 が教育の言葉として問われた。この世に生を受けたものは、世のため、人のために貢献しなければならない。それは人間の本然の使命である。 そのような青少年の仲間は、そのような貴重な人間の生命を傷つけ、殺害することは罪悪であると教育された。それが少なくとも明治維新からの日本の教育における原点であった。 “権利(手段)があるから義務(目的)を果たし責任を負う”という逆順の考えではなく、“義務(目的)を遂行するために権利(手段)がある”という正順の考え方である。 「御先祖様に申しわけないぞ!」 教育の原点は“生命の尊重”ではなく、“生存の意義(使命)”であったのだ。この考え方の違いは大陸国家の歴史と島国の日本の違いから生まれたものである。大陸国家では、生存そのものが困難であ...
名将たちの教育論(第二十回)
第1章 軍人たちの教育システム 第5節 教官に求めるもの (義務感こそ第一) 今日の日本の学校教育は個人の“権利の主張”を強調している。一般社会でも義務の遂行は謳われず、 「誰が責任をとるのか?」 の言葉が横行することになった。しかし、日本を占領したアメリカでは 「義務は権利や責任より重要である。なぜなら責任は分散や回避の言い抜けもあるが、義務には分散も回避もない。仲間から死刑にされよう」(ワシントン大統領から議長への手紙、1776年2月) ワシントンは“独立戦争によって手にしようとした権利は手段であって、義務は目的である。目的を果たさないものに手段(生命の尊厳)は不要だから死刑にする”といっているのだ。責任は義務を果たしますという約束のようなものである。重要なことは権利や責任よりも義務の遂行である。 名将たちの教育論(第二十一回)へ続く アクセス地図 知の重爆撃機『連山』による日本復興...
名将たちの教育論(第十九回)
第1章 軍人たちの教育システム 第5節 教官に求めるもの (義務感こそ第一) 「“義”とは、誠実に正しい行いを守り、悪を羞じることであって“利”と“罪”に対立する概念である」 したがって義務(duty)は“義”を務めることである。 「余は国家の第一の公僕である」(フレデリック大王) の言葉のようにビザンチン帝国の最後の皇帝となったコンスタスンチヌス一一世皇帝は1453年、トルコ軍から包囲されたコンスタンチノープルから脱出を勧められたが 「余は勧告に感謝する。この首都から逃れれば、余自身にとって利があるだろう。しかし、余は脱出しない。教会の神を残し、神父を見捨て、先祖の墓地を見捨てて王冠を脱ぎ、窮地にある民を残すことはできない。―――余がこの地において死することは余の帝国に対する義務である」 と戦死した。キリスト教では、“義”の反対は“罪”である。したがって 「義務に無頓着な勇者の価値...
名将たちの教育論(第十八回)
第1章 軍人たちの教育システム 第5節 教官に求めるもの (肉体的鍛錬を行なえ) 「健全な精神は健全な肉体に宿る。虚弱な身体は我侭によって造られる。虚弱な体躯の人が新鮮で剛毅な心をいつまでも持ちつづけることは難しい。それ故、健康で強健な体躯は貴重である」(普墺戦争、普仏戦争、第一次世界大戦で豪腕を発揮したドイツのフォン・デル・ゴルツ元帥) 教育において“強い心”を育成するためには肉体的鍛錬が必要であることを説いている。 「健全な肉体条件を持たない指導者は、通常、困難な情勢を克服しようとする意志を失うものである。体力に弱点を持つ指導者の弱気は組織にたちまち蔓延する。だからこんな指導者はただちに辞職させなければならない」(「大戦の回想」マーシャル米大将、1976年) 教育者は健康な姿を学生に見せなければならない。健康不良の姿を被教育者に曝すことは避けたいものである。 名将たちの教育論(第十九...
名将たちの教育論(第十七回)
第1章 軍人たちの教育システム 第5節 教官に求めるもの (勇敢を教えよ) 生まれながらにして勇敢な人は数少ないとなれば、凡人の我々は救われる。しかし、ここに教育の重要性がある。勇敢な国民が多い国は発展することはローマ共和国の発展の歴史が示している。戦略の父と言われるカルタゴの名将ハンニバルによって敗北に次ぐ敗北を重ね、ローマを守るベテラン兵士が底をついたとき、多くの軍事に素人のローマ市民が戦力の回復に死を覚悟して兵士に応募した。 このローマの再挑戦魂は世界軍事史の中で燦然と輝く教訓である。偉大なローマ帝国はこの敗戦の中から立ち上がったときがスタートだと評価して差し支えない。 日本が第二次世界大戦に敗北したからといって国民が腰抜けになっては古代ローマ人から笑われるだろう。そんな根性では、国家はもちろん日本人の尊厳も威信も回復できない。 「戦場は錯誤と失策と臨機応変で充満しているものである...
名将たちの教育論(第十六回)
第1章 軍人たちの教育システム 第5節 教官に求めるもの (勇敢を教えよ) 勇敢な人間になればよいと人は言うかもしれないが、そんなに簡単に勇気のある人間になれるものではない。 「恐怖心は意志を粉砕する。そして目標に対する精神集中を失わせる。恐怖心は危険のバロメーターなのだ。肉体的恐怖は肉体力をつけて克服できるが、精神的恐怖は目標を見詰めることによって克服すべきである」(「戦争学の基礎」フラー少将、1926年) ここで勇気ある人間を育てるために三人の名言を味わいたい。 「人間、生まれながらにして勇敢な者は少ない。大部分の人たちは規律と教育訓練によって勇者になる」(「ローマの軍事教書」F.V.レナタス,378年) 「恐れを知らぬ資質が勇気の定義なら、余は勇者を見たことがない。すべての人間は恐怖心を持っている。知的な人ほど恐怖心が強い。勇敢な人は恐怖にかかわらず勇気を自分自身に無理強い続ける人...
名将たちの教育論(第十五回)
第1章 軍人たちの教育システム 第5節 教官に求めるもの (勇敢を教えよ) 「罪を犯すような人間になるな!」 と強調しても教育したことにはならない。犯罪に立ち向かうには“勇気”が必要である。“怒り”ではない。 「犯罪に立ち向かう勇気と行動を持て!」 と教育しなければならない。怒りは自分の臆病と無能の産物である。“犯罪に立ち向かう”精神と行動を教えなければ教育とはいえない。 「臆病は邪悪と自己中心主義が発明するものである」(「戦略」ローマ皇帝マウリス、600年) 「貪欲な指導者は国を滅ぼし、外国から侮蔑される」(「戦略論」ローマ皇帝マウリス、600年) マイクロソフトで巨万の富を築いたビル・ゲイツ氏も“恐怖心”は事業決断に重要な役割を果たしたとのべている通りである。彼が言うように 「戦場における本当の敵は銃弾ではなく恐怖心である」(戦争学研究者ロバート・ジャクソン、1804年) 戦争では...