第1章 軍人たちの教育システム
第4節 士官学校の教育
近世になると今日的な陸軍士官学校や海軍兵学校ではないが、国王が設立する多様な士官学校が誕生した。例えばナポレオンは1784年にパリ王立陸軍士官学校に入校している。ちなみにフランスのサンシール陸軍士官学校は1802年にナポレオンが国立の学校として開校したものである。また、イギリス海軍は繋留した軍艦に王立海軍兵学校を開設していた。
イギリスのダートマス海軍兵学校の公式的な開校は1902年であるが、前身の王立海軍大学(Royal Naval College)は国王勅許によって1694年に開校されている。
軍事学校がこのような形で創設されたのは、軍事学が広義の技術に属する戦略・戦術、指揮・統率、部隊管理などの言葉や文章のみでは教育できないもののほかに、兵器などの工学や経理学などのような普遍的科学の学問の教育が必要になってきたからである。
また新兵士の教育は、主として規律・協同という徳育と戦技、戦闘ドクトリンおよび野性的生存能力であって「技育」に属するものを大量生産的に教育する必要が生じてきた。それは国家が傭兵国家(King with mercenary)から武装国家(Nation at arms)に近代化を始めたからであった。
名将たちの教育論(第十回)へ続く

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