第1章 軍人たちの教育システム
第5節 教官に求めるもの
(義務感こそ第一)
「“義”とは、誠実に正しい行いを守り、悪を羞じることであって“利”と“罪”に対立する概念である」
したがって義務(duty)は“義”を務めることである。
「余は国家の第一の公僕である」(フレデリック大王)
の言葉のようにビザンチン帝国の最後の皇帝となったコンスタスンチヌス一一世皇帝は1453年、トルコ軍から包囲されたコンスタンチノープルから脱出を勧められたが
「余は勧告に感謝する。この首都から逃れれば、余自身にとって利があるだろう。しかし、余は脱出しない。教会の神を残し、神父を見捨て、先祖の墓地を見捨てて王冠を脱ぎ、窮地にある民を残すことはできない。―――余がこの地において死することは余の帝国に対する義務である」
と戦死した。キリスト教では、“義”の反対は“罪”である。したがって
「義務に無頓着な勇者の価値は危険に直面して脱走する臆病者と同じだ」(1815年1月8日、ニュー・オーリンズの戦闘においてジャクソン少将)
と言うことになる。
名将たちの教育論(第二十回)へ続く
