名将たちの教育論(第二十一回)

第1章 軍人たちの教育システム

第5節 教官に求めるもの


(義務感こそ第一)

戦前の日本では
「人は何のために生きるのか?」
 が教育の言葉として問われた。この世に生を受けたものは、世のため、人のために貢献しなければならない。それは人間の本然の使命である。
そのような青少年の仲間は、そのような貴重な人間の生命を傷つけ、殺害することは罪悪であると教育された。それが少なくとも明治維新からの日本の教育における原点であった。
 “権利(手段)があるから義務(目的)を果たし責任を負う”という逆順の考えではなく、“義務(目的)を遂行するために権利(手段)がある”という正順の考え方である。
「御先祖様に申しわけないぞ!」
 教育の原点は“生命の尊重”ではなく、“生存の意義(使命)”であったのだ。この考え方の違いは大陸国家の歴史と島国の日本の違いから生まれたものである。大陸国家では、生存そのものが困難であったのだ。
 “御先祖様に――”という言葉には、多くの名将たちや哲学者フィヒテと同じように個人に対する認識を、単に現在生存している個人ではなく、先祖から子孫に連なる血縁の中の“拡張された自己”とする考え方が含まれている。その認識が日本の伝統なのである。
 そして“申し訳ない”の言葉には、御先祖様の名誉という認識が含まれている。



名将たちの教育論(第二十二回)へ続く