名将たちの教育論(第二十二回)

第1章 軍人たちの教育システム

第5節 教官に求めるもの


(義務感こそ第一)

「恥じを知れ!」
 は現存している個人自身だの恥じではなく、御先祖様の恥じが含まれているのだ。だから恥じを濯ぐためには、個人の生命は鴻毛より軽いということになる。
 戦前の日本では、青少年が世間から非難されるような悪業を行なうと、
「世間様に申し訳ない」
 という認識が教育指導の原点に使われた。個人は自由であるが、その行為や態度が社会の秩序を破壊することは許されない自由であることを意味していた。アメリカの民主党の基本思想である“社会リベラリズム”とほぼ同じ考え方である。
南北戦争を戦った南軍でも
「義務は我々の最も崇高な言葉である。最善を尽くして義務を果たせ!」(南軍のリー大将)
「財貨は栄華をもたらすが、義務のみが栄光という名誉をもたらす。だから義務は俺たちの奪取目標であって、結果は神のものだ」(“石壁”・ジャクソン中将、1862年)
 と北部に比して国力半分にも満たないにもかかわらず1861~65年まで4年間、祖国の生存を戦争目的にして戦った。
北部は最終的に南部の滅亡を戦争目的とした。第二次世界大戦の日本とアメリカの戦争目的と戦争期間がそっくり同じである。


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