第2章 部隊の練成
第2節 団結心の培養
(「ドイツ国民に告ぐ」)
欧州においても、国家は“拡大された個人(先祖代々の中の個人)”の集合体と認識する国々と国家は“現存する個人”の集合体と認識する国々が存在している。
日本もまた拡大された個人の集合体であり、地縁的結合の集合体としての国家だから日本における教育は、このような日本の国柄を基礎としたものでなければならない。
フィヒテが説くように国家の教育は国家・社会の主権の独立と平和、繁栄に寄与するものでなければならない。国家は国際社会における個人の保証者なのだ。
それに加えて日本の教育では、「家」の尊厳と威信、平和と繁栄にも寄与しなければならない。伝統と家系を重んずる西欧諸国では、それぞれの家庭が「家風と家訓(family tradition and motto)」を持っていて、それを誇っている。そしてそれらは同じ宗教的、歴史的土壌に培われたものである。
その共通の歴史的経験を持つ集合体が国家なのだ。みんながお互いの家風と家訓を体感できる人たちの集まりと言ってよい。
ところが敗戦によって「先祖代々、親戚・兄弟一同」が力を合わせ、助け合うという思想が戦後の戸籍法によって破壊されたのだ。
名将たちの教育論(第四十一回)へ続く
求む(平成19年12月23日迄に投稿)
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コメント
国家、団体、組織体、要するに集合体となる団体は個人の集合体である。。個人個人が成り立たなければ、集合体(各種団体)も成り立たなくなるのではないでしょうか?
この国は戦後復興するために、労働者に仕事を与え、農家には農地解放して、農家も労働界も個人の生活を守ろうとして、団体行動をしてきました。それが成功したものですから、今の指導者は団体を作れば何かうまく行くのではないかと錯覚を起こしておるようです。(戦後直後の指導者から受け継いだ指導者たちの錯覚)。。。。
現在の団体の指導者たちは、団体を守れば国までも守れると錯覚を起こしておるようですね。
国及び団体を守るためには、労働者個人(失業者をつくらない)と農業者個人の生活を守ることがこれからの国を守るための団体の指導者たちの役割,使命でしょう!個人個人を守らなければ、この国をも守りきれないはづです?
経済界、行政体、各種団体、農業団体の指導者たち、この国を守るためによく考えてほしいものですね!
Posted by 通りすがり at 2007年11月26日 06:32