第3章 名将たちに学ぶ日本の教育改革
第1節 「六三三四制」の改革
今日、日本には「総合大学」という実体のない概念が存在する。実体は、各学部がイギリスのカレッジに相当している。各カレッジの教育内容を横断的かつ総合的に教育する大学はない。
アメリカとイギリスと戦前の日本の教育システムを比較してみると三つの着想が生まれるだろう。
一つは、子弟の教育は、早い時機から団体生活に慣れさせることが必要であり、その一つの方法が全寮制の学校である。
学校は商品を生産する工場ではない。子供たちにとって、人生で初めて経験する社会生活の場である。西欧では学校は子供たちの「公の場」と呼んでいる。
必然的に子供もたちは、学校生活が始まると一日が「公」の生活と「私」の生活に区分されることになる。公の場における教育は聖職者の使命であるが、「私」の生活の場における教育は、父兄の責任である。その教育内容は「公私混同」してはならないのである。
戦前においては、父兄にとって学校は別社会だった。学校における教育には干渉しないという不文律があった。学校の先生もまた私の生活の場における教育には干渉しなかった。それぞれの家庭には「家訓」があり、家庭における子弟の教育は家訓に基いて「我が家流」が確立していたのだ。
公の学校教育と我が家流の教育の合作が個性ある青年の育成である。青年の教育は、マスプロダクションの画一的な商品生産ではないのだ。一人ひとりが職人の手で作られた芸術品なのである。それは「公」の教育という社会生活共通部分と「我が家流」という特色から出来上がっている。
いま先ず各家庭は「子供の教育に関する家訓」を作ることを奨励するとともに、PTAを廃止して「公私混同」の教育体制を整頓しなければならない。
名将たちの教育論(第四十九回)へ続く

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