【書評】潜水艦隊 井浦祥二郎著(1)

1.序文

真珠湾奇襲作戦から終戦に至るまで、太平洋戦争時の日本の潜水艦作戦を余す所なく活写した、潜水艦戦の名著として井浦祥二郎著「潜水艦隊」がある。太平洋戦争において、日本の潜水艦隊を如何にして米国艦隊と戦ったのか? また戦後、米国太平洋艦隊司令長官であったニミッツ大将が、日本の潜水艦について「これほど強力で期待された兵器が、まったくその能力を発揮しなかったという事実は、史実上類をみない希有の例である」述べたのは一体何故か?井浦祥二郎著「潜水艦隊」を読んで考えてみよう。

2. 日独米の潜水艦使用方針の違いに関して

潜水艦は平時の艦隊訓練では、水上艦部隊を補助するという形で専ら艦隊戦闘訓練に重視して、どうやって、敵の戦艦や航空母艦、その他の艦艇を攻撃撃沈し、米英海軍の我に対する553の優勢を破るかということに専念した。(p16)

日本の潜水艦隊は相手の主力艦隊を撃滅することを想定して設計・訓練されている。それでは一方、ドイツ潜水艦(Uボート)の使用方針は何かというと、徹底的な通商破壊(通商物資や人を乗せた商船を攻撃すること)であり、イギリスとアメリカを往来する商船を主に標的とした。イギリス首相ウィンストン・チャーチルは「私が本当に怖れたのは、Uボートの脅威だけである」と述べた逸話はとても有名である。またアメリカも潜水艦の使用方針に関しても、ドイツのUボートの豊富なデータを下に通商破壊作戦を主とした。当時の日本は、ほぼすべての石油、鉄鉱石、ボーキサイト、天然ゴムを海外からの輸入に依存している。これらの資源が輸入できない場合、日本は戦争継続するだけの工業生産力を維持できない。よってアメリカはこの日本のアキレス腱に対して、執拗に攻撃を続け、戦争の後期には日本の工業生産力は完全に崩壊してしまったのである。

私は潜水艦長時代に体験した実際場面と、専任参謀として、戦隊兵力の運用を計画し、これが指導補佐にあった体験から、潜水艦をもってする敵艦隊の追尾攻撃の成果には、次第に疑問を抱くようになった。そして日本海軍の潜水艦使用方針にかんしては、いまだ確たる自信を得ないうちに、大戦に突入したのである。(p21)

この太平洋戦争における日独伊潜水艦の使用方針を教訓として、基本的に潜水艦は通商破壊戦に振り向ける事が常識であると考えられている。また太平洋戦争開始当時に第3潜水戦隊の専任参謀として潜水艦戦に従事した著者の井浦祥二郎氏も日本海軍の潜水艦使用方針に関して確たる自信を持たないまま戦争を開始したというエピソードもこの常識を裏付けるものである。それでは、日本の潜水艦使用方針は間違っていたのだろうか?間違っていたとしたら、日本の意図とは別に何が誤算だったのか?以下、その原因を考察してみよう。

3. 日本の潜水艦使用方針の意図

古典的な海軍戦力のバイブルとして、マハンの「海軍権力史論」という著書がある。本著作によると 海軍は持てるすべての力をもって、相手の主力艦隊を撃破する事に専念すべきという「艦隊決戦思想」が語られ、通商破壊作戦は邪道であるという。日本海軍はこのマハンの理論に立脚して、潜水艦を太平洋戦争に使用したのである。

とにかく、こちらが絶対的な制海権を得ていれば、相手側の商船が海を通れなくしてしまうことが可能である。(中略)そのため最初はまず通商破壊などにも目もくれず、全ての軍艦を集中させて、相手の艦隊を撃破することが第一である。そしてそれを行ってしまえば熟柿が落ちるように自然に相手のシーレーンも遮断される。

日本海軍が潜水艦を主力艦隊攻撃に使用した真の意図は太平洋上の「制海権」の獲得である。(制海権:海上戦力による海域の軍事的な支配権を言う。制海権が得られた海域においては敵の海上戦力の進入を拒否抵抗し、味方の船舶の安全かつ自由な航行を助ける。)制海権がなければ通商を行うことはそもそもできない。よって、通商破壊をまず先に主眼に置く事はそもそも効率が悪いのである。理論的に日本海軍の潜水艦使用方針は通商破壊にあけくれたドイツのUボートに比較してた正しいように思われる。しかしドイツのUボートがイギリス海軍に脅威を与えたの対して、なぜ日本の潜水艦使用は太平洋上でその能力を発揮する事ができなかったのか?

日本海軍は、就役中の潜水艦60隻で戦争に突入、戦争中に 114隻を竣工させている。まず第一の素朴な疑問として、これだけの潜水艦で戦争の全期間に渡り、太平洋上で制海権(米国戦艦と空母を全滅させる)を維持する事などそもそも可能であったのだろうか? 一時的に太平洋の制海権が日本のものとなったとしても日米の鉄工生産量(1:24) 、石油精製量(1:24) 、石炭生産量(1:12) 、電力(1:4.5) 、アルミ生産量(1:8) 、航空機生産機数(1:8) 、自動車生産台数(1:50) 、船舶保有量(1:1.5) 、工場労働者数(1:5) の比率は括弧内の数字で見て取ることができる。(資料は開戦通告はなぜ遅れたか:斎藤充功、新潮新書より抜粋)日米の工業生産力の比はまるで赤子と大人ほどに差があり、一時的な日本側の優位などは圧倒的な米国の工業生産力の前に容易に劣勢に立たされるのであり、史実は実際にそのように推移したのである。

昭和16年4月、国家総力戦を研究する「総力戦研究所」が開所した。この研究所には中央官庁、陸海軍、民間の平均年齢33歳の研究生36名が集められた。(中略)総力戦研究所が昭和16年8月に出した研究結果は「日米戦日本必敗」であり、この研究発表は昭和16年8月下旬、首相官邸で近衛総理、東條陸相他の前で発表された。

太平洋戦争開戦前に日米の工業生産力比より「日米戦日本必敗」の研究データが近衛総理、東條陸相他の前で発表されている。このデータからも日本が戦争の全期間に渡り、太平洋上で制海権を獲得し続けるということはほぼ不可能であることが想像できる。よって、潜水艦を主力艦隊攻撃に向ける使用方針はこの時点で変更をするべきではなかったのだろうか? しかしながら、連合艦隊司令部の潜水艦使用はひどく混迷しており、真珠湾攻撃後のハワイ作戦後期において、井浦祥二郎氏が専任参謀を勤める第三潜水部隊にサンフランシスコ沖北太平洋湾視察という命令が下されている。著書の中で著者は本作戦後に次のような建策を連合艦隊参謀に強く意見している。

通信設備の極めて貧弱な、視野の狭い、しかも速力のおそい潜水艦を3隻ぐらいあの果てしなく広い北太平洋にばらまいてみたところで、敵情視察にはつんの役にもたたず、ほんの気休め程度のものに過ぎないのだということ、それよりか、無線諜報機関を活用したり、航空機の策敵を実施するなりすべきだということ、そして潜水艦はもっと有効な方面にしようするようにしてもらいたいこと等々(p118)

知の潜水艦隊

まず、日本人は「知性とは何か(クリック)」を考えてもらいたい。人と動物を別け隔てるものは知性なのだから。テレビを使った大規模な詐欺事件は社会を崩壊させます。それに対抗するには知的に対抗するのが一番です。また、それ以上に重要なのが知のシーレーンです。選択する事によって選択されるのが情報社会です。マスコミを支配すれば情報を操作できますが真実はかえられません。インターネットの海でディープ・サブマージ(深く潜行)している人々もそれは同じです。戦前の教訓を活かすも殺すも、読者次第です。嘘つき達は残り18ヶ月で攻勢終末点を越えるでしょう。

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