リデルハート解析(1) 微分するシーレーン

目次


序章
リデルハートの間接アプローチ
艦隊決戦主義と太平洋シーレーンの破壊

序章

日本はなぜ、太平洋戦争(大東亜戦争における日米戦争の呼び名)に敗北したのだろうか? おそらくほとんどの日本人はこの問いに答えることはできない。なぜなら、戦後の学校教育の中で、日本軍が太平洋戦争に敗北した理由について、

「軍部が馬鹿だったから。」
「軍部が、政府の命令を無視して暴走したから。」
程度のことしか学ぶことがなかったのだから、日本人の太平洋戦争に対する無知についても当然のことと言える。では、なぜ日本人はこれほど太平洋戦争について、何も教育されていないのだろうか? 少し考えればこれだけ、不思議なことはない。日本人だけで、およそ230万人の軍人と、80万人の民間人が犠牲になった戦争について何も知らないなんて、かなり異常であるとは言えないだろうか?

例えば、1993年10月28日、翌年(1994年)のアメリカワールドカップの出場をかけて、カタールのドーハで、日本代表とイラク代表がアジア地区の最終予選を行ったが(サッカーのお話)、終了間際のロスタイムで、イラク代表の同点ゴールが入り、日本のサッカー代表が予選敗退することになった一連の出来事は「ドーハの悲劇」と呼ばれるが、この時、日本がワールドカップに出場できなかった理由が

「選手が馬鹿だったから。」
「選手の能力がなかったから。」
「選手が監督の命令を無視して、暴走したから。」
程度でしかその敗因研究がされなかったならば、1998年フランスワールドカップに出場することはできなかっただろう。

成功したことについては過信せず、失敗したことについてはその原因を追及するということは日常生活の中でも当たり前に行われているにも関わらず、膨大な犠牲を出した太平洋戦争についてはその失敗の原因が語られることはなかった。太平洋戦争の失敗の研究がなされなかったのは、敗戦国の日本を半永久的に同じ過ちを繰り返し行わせようという戦勝国側の故意的な意図があったとのではないかと、個人的にに考えている。

「日本はなぜ、太平洋戦争(大東亜戦争における日米戦争の呼び名)に敗北したのか?」
1992年12月~93年8月にNHK総合テレビで放送され、今年8月にDVDで発売されることが決定したNHKスペシャル「ドキュメント太平洋戦争」と、戦略の古典的バイブルと言われるリデルハート「戦略論」から、太平洋戦争における敗北の理由を考えてみよう。

「ドキュメント太平洋戦争」は、その完成度とインパクトの強さからシリーズをめぐって様々な意見が寄せられ、単に50年前の戦場での問題ということを越えて、今日の私たち日本人に多くのことを問いかけた。インパール作戦の裏でどの様なことがあったのか追った「第4集 責任なき戦場」は、文化庁芸術作品賞を受賞し、改めて内外からの評価の高さを示した。キャスター:山本 肇 語り:長谷川勝彦

[ドキュメント太平洋戦争」の内容紹介より

日本人とはどのような民族特性があり、その特性ゆえに極限の戦場の中で、どのような決断がなされ、戦争をどのように好転もしくは悪化させていったのか、我々、日本人が太平洋戦争の敗北について学ぶことは我々自身について学ぶことなのである。


リデルハートの間接アプローチ


リデルハート 1895年10月31日 - 1970年1月29日)とは第一次世界大戦に従事した経験もあるイギリスの軍事評論家である。彼の著書『戦略論―間接アプローチ』が戦略論の古典的バイブルとして、有名なのは、第二次世界大戦において、ドイツ国防軍がリデルハートの間接アプローチを応用して、電撃戦を組み立て、少ない国力で、フランス西部戦線、オランダ侵攻、ベルギー侵攻など多大な功績をおさめたからである。第二次世界大戦後においても主流となったのは彼の間接アプローチ理論であり、1991年のイラク戦争においても彼の間接アプローチ理論が採用されている。

間接アプローチ(Indirect approach strategy)とは正面衝突を避け、間接的に相手を無力化・減衰させる戦略(wikipediaより抜粋)のことである。これだけでは、少しわかりずらいかもしれないが、間接アプローチとは、「将を射んとせば先ず馬を射よ(しょうをいんとせばまずうまをいよ)」のことだと言い換えれば、日本人にとっても、馴染み深くなると思う。大きな目的を達成するためには、その目的そのものに直進するのではなくて、その周囲から攻めるのがよいということを日本人なら過去の歴史から知っているからである。

例えば、大阪城を落城させるために、徳川家康は大阪冬の陣の和議において、大阪城の外堀を埋めさせたのは間接アプローチの代表例である。また、織田信長が石山本願寺を攻略する際に、本願寺に物資補給する毛利水軍を、織田の九鬼水軍による鉄甲船で撃退(1978)し、大阪湾の制海権を握った後、兵糧攻めを行ったのも間接アプローチの代表例として、日本史に燦然と輝いている。難攻不落だと思われた石山本願寺が信長に和議を結ぶことになったのは、制海権を失った2年後の1580年(天正8年)である。

しかし、間接アプローチとは、間接的でありさえすれば、何でもありなのかと言えば決してそうではない。リデルハートは「戦略論」第20章の「戦略及び戦術の真髄」において、次のように戦争の原則をまとめている。


積極面6ヶ条
1.目的を手段に適合させよ。
「目的を決定をするにあたっては、明確な見通しと冷静な計算とを重視すべきである。「消化能力以上の貪欲」は愚である。軍事的英知は「何が可能か」を第一義とする。それゆえ、誠実を旨としつつ、事実に直面することを学ぶべきである。(略)」
無理な作戦立ててはいけないということ。不可能な作戦を精神論でなせばなる的に押し通すのはやめなさいということを積極面第1ヶ条で、リデルハートは述べている。

2.目的を常に銘記せよ。
「計画を状況に適合させる間、常に目的を明記しなければいけない。目的達成のために方法は1つではなくてそれ以上あるが、しかしいかなる目標も必ず目的に指向されるように細心の注意を払う事を忘れてはならない。(略)」
目標が目的に取って変わるということは日常生活の中でしばしば体験することがある。例えば、環境問題を解決するために、大学に行きたいと考えていた学生が、その目的を忘れ,受験勉強で成功するという目標自体が目的に取って変わられて、名声の高い大学に入学したものの、他の大学の方が環境問題を学ぶ上で適しているなんてことはよくある。リデルハートは積極面第2ヶ条で「初心忘れるべからず」と戒めているのである。

3.最小予防線(最小予期コース)を選択せよ。
「敵の立場に立ってみる事に努め、敵が先見し又は先制することが最も少ないコースはどれであるかを見よ。(略)」
計算だけでは決して計測することはできない相手の心理面を考慮に入れろということをリデルハートは積極面第3ヶ条で述べている。常に相手の立場に立って相手がどのように行動するのかを予測することがが重要なのだ。

4.最小抵抗線を乗ぜよ。
「わが方の基本的な目的に対し寄与すべき目標へ指向されているという条件を充たすところの最小抵抗線を利用すべきである。(戦術においては、この金言は予備兵力の使用に適用し、戦略においては随時の戦術的成功の利用に適用するものである。)」
相手の弱点を徹底的に攻撃せよとリデルハートは積極面第4ヶ条で述べている。

5.代替目標への変更を可能にする作戦線をとれ。
「こうすれば、敵をジレンマの立場に追い込み、敵の守備の最も薄い目標を少なくとも1つは攻略できる機会を確保するところまで、進む事ができ、またそれを手がかりとして逐次攻略することが可能となろう。(略)」
例えば、攻撃目標が1つしかないのであれば、攻撃される側にとってはその目標地点に全兵力を集中すればよいので防備することは比較的用意であると言える。しかし、相手がどこを攻めてくるのか全くわからないとしたら、守備兵を分散しなければいけないので、攻撃する側にとっては、各目標地点を個別撃破することも可能になる。

6.計画および配置が状況に適応するよう、それらの柔軟性を確保せよ。
「わが方の計画は、成功を収めた場合もしくは失敗に陥いった場合又は部分的に成功を収めた場合において次のステップを予見し、それを生み出すべきである。わが方の配備(又は隊形)は最も短時間のうちに次のステップの利用、換言すれば状況への適合を許すようなものにすべきである。(略)」
作戦が成功した場合、失敗した場合、部分的に成功した場合など、結果がどのようになってもそれらに対して対応できるように、作戦に対して十分な柔軟性を確保すべきだとリデルハートは積極面第6ヶ条で述べている。


消極面2ヶ条
1.対手が油断していないうちはー対手がわが攻撃を撃退し又は回避できる態勢にあるうちは、わが兵力を打撃に投入するな
「非常に劣勢な対手に対する以外には、対手の抵抗力又は回避行動が麻痺状態に陥らない限り、効果的打撃を加えることは不可能であるということは歴史上の経験の示すところである。であるからこのような麻痺状態が十分に進行していない限り、いかなる指揮官も敵に対する真面目な攻撃を発起すべきではない。麻痺状態は敵の組織の崩壊及び精神面での組織崩壊の同等物である指揮崩壊によって引き起こされる。(略)」
正面突破の攻撃方法は味方の被害が甚大であるから、極力避けよとリデルハートは消極面第1ヶ条で述べている。まずは心理面などの間接アプローチで相手の抵抗力削いだ上で、効果的な打撃を相手に与えることが非常に重要なのである。

2.一たん失敗した後は、同一の線(又は同一の形式)に沿う攻撃を再開するな。
「単なる兵力の増強は必ずしも新規の線に沿う攻撃を意味しない。そのわけは、敵もまたその休止の間において自己の兵力を増強しているであろうことはありうべきことであるからである。わが方を撃退した敵の成功が敵を精神的に強化するであろうことは、さらにもっと有り得べきことである。(略)」
人間というのは一たん、失敗した時に、その原因を自分の努力不足に結論づけてしまい、全く同じ方法で、全く同じ相手と対戦して、また敗北してしまうというケースはよくある。対戦相手も前回と同じ方法で攻撃してくれるのであるから、防御するのも、相手の攻撃方法の予測がつくので、非常に簡単になる。なぜなら、失敗した方法を再度繰り返すのは、相手を心理的に安心させる直接アプローチになってしまっているからだ。一たん失敗した後は同じ方法や形式で再度攻撃を再開するなとリデルハートは消極面第2ヶ条で述べているのである。


艦隊決戦主義と太平洋シーレーンの破壊


「日本はなぜ、太平洋戦争(大東亜戦争における日米戦争の呼び名)に敗北したのか?」その理由をリデルハートの戦略論に基づいて、以下詳細に考えていこう。

ところで、まず日本はなぜアメリカと戦争をしたのかお分かりだろうか?意外にこれほど基本的な質問にさせ答えを窮する人が多いと思うので、日本がアメリカとの戦争を決意した経緯とその理由について簡単に振り返ってみよう。

1937年7月、北京の盧溝橋で起きた発砲事件を契機に、日本軍と国民党政府が日中戦争という戦争状態に突入し、しだいにその戦場は拡大していった。その後、中国国民党率いる中華民国政府の首都・南京を陥落させたが、アメリカやイギリス、ソ連からの軍需物資や人的援助を受けた蒋介石は首都を重慶に移し、国共合作により中国共産党とも連携して徹底した抗日戦を継続することになる。この連合国による中華民国政府に対する人的、物的支援によって、日中戦争は泥沼化していく。アメリカ、イギリスは日本が戦争継続に必要な軍事物資、石油と鉄鋼の輸出制限を行うという強硬な対日政策を行う。1941年4月から日本の近衛文麿内閣はアメリカとの関係改善のために渡米するが、事態の改善を図ることはできず、「資源のない日本」は戦争を継続するために必要な資源の獲得と、英米の物資の輸送大動脈である援蒋ルートを断ち切るために、1941年7月、南部仏印に進駐した。

これに対し、アメリカのルーズベルト大統領は在米日本資産の完全凍結と石油輸出全面禁止という更なる強行措置に出る。当時、アメリカに90%の石油とほぼ100%のくず鉄を輸入していた日本にとって、取りうる選択肢は「中国からの完全撤退」か「対米戦争の決意」という2つの選択肢しか残されていなかった。

それでは、アメリカが中国と戦争している日本に対して、なぜこれほど強圧的な態度を取っていたのかというと、アメリカは、1929年に始まる世界大恐慌から脱出するために、大規模なデフレ対策としての公共事業として、大規模な戦争を必要としたためである。そのスケープゴートに日本が選ばれたのである。アメリカが世界大恐慌を克服したのはニューディール政策という公共事業を行ったからだという神話を今でも信じている人が多いが、実際は、対日戦争によってアメリカはその未曾有の大恐慌から脱出することに成功したのである。本稿では、日本がなぜアメリカと戦争をしたのかを述べることが目的ではなく、「日本はなぜ、太平洋戦争(大東亜戦争における日米戦争の呼び名)に敗北したのか?」をリデルハートの戦略論を基に、明かにすることが目的なので、以下の永井俊哉氏の論文を紹介するに留めておく。

ルーズベルト大統領は、ニューディールという平和的な公共事業で、アメリカ経済を世界大恐慌から救うことができたという神話をいまだに信じている人もいるが、実際には、ニューディールは失敗に終わっており、アメリカ経済を世界大恐慌から救ったのは、第二次世界大戦の特需である。戦争は、民族・宗教・イデオロギーの対立が原因で起きるわけではない。それらはたんに戦争主体を区別するのに役立つ徴標に過ぎない。戦争、とりわけ大規模な戦争の原因はデフレである。

デフレ局面においては、供給が需要に対して過大であるから、働き盛りの男性である兵士に殺し合いをしてもらって、労働市場における供給過剰を削減することが求められる。しかし男性労働者は消費者でもあるから、デフレ解消という点では逆効果の面もある。だから、リフレ型戦争では、大量破壊兵器を用いて、人間以上に施設を攻撃し、過剰になった生産設備を削減することに力が注がれる。

そして、「中国からの完全撤退」もしくは「対米戦争の決意」を決定する国策再検討会議が1941年10月に開催された。その国策会議で決定されたのは前者ではなく、後者の「対米戦争の決意」である。日米開戦と同時に日本は東南アジアの資源地帯を抑え、ドイツがヨーロッパ戦線で勝利する事を前提に戦争を継続して、有利な条件でアメリカと講和するという作戦がその会議で決定されたのである。

しかし、資源のない日本が、この作戦を成功させる唯一の鍵は「海上輸送」である。当時において、日本とアメリカの国力は全く桁外れに差があった。戦争を継続させるために必要な石油も石炭もボーキサイトもスズも食料もすべて海外に依存している日本はそれらの資源を日本に運ぶ「海上輸送」こそが最大の課題であったのだ。

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日本とアメリカの継続力比(1941年:左の数値が日本、右がアメリカ)
石油 1 : 721
鉄鋼 1 : 18
GNP 1 : 13
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ここで、リデルハートの積極面第4ヶ条:最小抵抗線を乗ぜよを思い出して頂きたい。
「わが方の基本的な目的に対し寄与すべき目標へ指向されているという条件を充たすところの最小抵抗線を利用すべきである。(戦術においては、この金言は予備兵力の使用に適用し、戦略においては随時の戦術的成功の利用に適用するものである。)」
相手の弱点を徹底的に攻撃するのは戦略の初歩中の初歩である。つまり、日本の最大の弱点は資源がないゆえの「海上輸送」だったのであるから、このシーレーンを破壊することが、アメリカの対日戦争において、最優先事項であったことは、容易にご理解いただけると思う。アメリカはリデルハートの間接アプローチに従って、日本の「海上輸送」の破壊という作戦を開戦以後、忠実に実行している。


リデルハート解析(2) 積分する海上護衛戦 に続く


主要アクセス先(平成20年6月14日現在)


未来に起こることを予想するのは簡単です。特に日本での地震や中東大戦争は外しません。
峯山氏への質問は『連山』のコメントではなく、東京での講演会(クリック)でお願い致します。
1.北京五輪は中止か 峯山政宏
2.四川大地震を予知した連山
3.3日前に宮城内陸地震を予想
このままの世界線の積分では今年の8月~12月日本で大事件が発生するでしょう。(下記情報交換先の一部)一部の日本のマスコミは真実を前面公開することはしませんが一部の特権階級にのみ伝達するでしょう。例え一部でも同じ日本人です。彼らは助かるでしょう。我々は無償で情報を提供しました。後は日本本土にいる連山読者の自由な判断です。


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[割り振り] 59.190.135.138

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