祖国を想う
1年数ヶ月の海外での滞在を終えて、日本に戻ってきた。ロタ島でのSPAMハムにもうんざりしていたので、コンビニの弁当でさえもとてもおいしいものに感じることができる。さすが日本だ。日本の食べ物は世界でも最高であると思う反面、日本の異常な雰囲気を感じることができる。電車に乗っても、人に活力がまるで感じることができない。
新宿の街を歩いてみた。とても廃頽的な雰囲気が漂っている。酒を飲み、周囲も構わず絶叫するサラリーマン。合コンに明け暮れる学生たち。生活のリズムが非常に短期的な願望に渦巻いている。世の中がものすごい早さで激動しているにも関わらずである。アメリカによるイラン攻撃の噂がまことしやかに語られている。中東に原油の80%以上を依存する日本は「潜在的な問題地帯」とされるホルムズ海峡を遮断される恐怖をどれくらい考えているのであろうか。

ホルムズ海峡
核実験を始めた北朝鮮問題も同様である。幸か不幸か我々日本国民もひっ迫した世界情勢の中で生存している。この激動の時代を生きるためには、日本国家にも個々の日本人にも長期的なビジョンが必要である。連山で現在コラムを執筆していただいている山脇正俊教授がビジョンを持つことがどれだけ大切かということを明確に記載されている。(http://www.teamrenzan.com/archives/writer/yamawaki/post_117.html) 誰も知らない
これはロタの島民よりも経済大国の日本人こそ学ぶべき教訓である。ビジョンもなく日々の生活を過ごすのであれば、日々に右往左往して、揚げ句の果てには刹那的な方向へと進むのは明白だ。中東やアジア各国の良識のある友人は現在の日本に警告を発している。刹那的な快楽以外に人生の価値を見いだせない人間を見ていると、中国王朝末期のアヘン中毒患者を連想してしまう。そこから自力で抜け出すことはほぼ不可能に近いのかもしれない。その縮退状態に陥った顛末の代償は個人だけではなくその後の世代が被ることになることに後ろめたさはないのであろうか
久しぶりに日本に戻ってきたのでDVDを借りてみることにした。見た映画は主人公の柳楽優弥さんがカンヌ映画祭で日本人初の、史上最年少の主演男優賞に選ばれたことで有名な「誰も知らない」である。この映画は現在の日本の病巣を知る上で最高の教科書の一つだ。

物語は家族が新居へ引っ越しする場面から始まる。母親役を演じる(YOU)と明(柳楽優弥)、京子(北浦愛)、茂(木村飛影)、ゆき(清水萌々子)の4人の子供たち。母子家庭で4人の子供たちの父親はすべて異なるのだが、子供たちの仲は良く、いつも笑いが絶えない。見ていて、とても明るい気持ちにさせてくれる映画だと思う。しかし、少し他の家庭と異なるのが、母親の経済的事情で子供たちが学校に行かせてもらえないことと、母子家庭で子供が4人もいると家を追い出されるという理由で、兄の明の以外は他の子供たちの存在は近所の人たちにも知らせていないこと、そのため、「大きな声で騒がない」「ベランダや外に出ない」という厳格なルールを子供たちは言い渡される。また母親(YOU)は子供たちに愛されているという事実は唯一の救いの反面、性に対してとても自由放埒な女性である。男の元へ出かけるので子供たちをおいて、1日や2日もしくは1ヶ月、2ヶ月も家に帰って来ないことも多く、ついにある朝を迎えて「お母さんはしばらく留守にします。京子、茂、ゆきをよろしくね」という手紙を明に残し、20万を置いて出ていった。母親の帰りを待ち続ける子供たち、そして二度と母親が帰ってこないことを知りながらも、兄弟たちにはつげず、家の切り盛りをする兄の明とそれを助け合う兄弟たちの優しい姿は胸に焼き付いて忘れることができない。同時にあまりにも無責任な母親に大きな怒りを感じてしまう。このような母親の存在は現代社会では、マイナーというわけではなくてどちらかといえばノーマルな部類に入るのかもしれない。兄の明と母親役を演じるYOUとの次のような会話が印象的だ。兄:「お母さん、少し勝手すぎるよ。」母親:「勝手なのはあなたを置いて出ていったお父さんでしょ。お母さんが好きな人と一緒にいるのが悪いの?」(細部は若干異なるかもしれません)
明の懸命な努力で出費を抑えるもののお金はすぐにそこをついてしまう。母の元彼氏(たち)に会いに行き、資金を援助をしてくれるように依頼したり、友人が働く、コンビニで廃棄の弁当をもらってきたり、電気とガスが止められた後は水を汲みに公園まで出かけて行くなど子供たちの生きるための過酷な戦いが始まる。一番最初に栄養不足のための(映画の中ではカップ麺ばかりがつづく日々)犠牲者となったのは、妹のゆきだ。兄、明は冷たくなって帰ってこなくなった妹ゆきをボストンバックにつめて、ゆきに飛行機を見せてやりたいという気持ちから羽田の発着場まで運んでいく姿に涙を抑えることができなかった。私は海外での1年2ヶ月の生活を終えて日本に戻って参りました。北マリアナ連邦は日本に比べてずっとまずしい生活を送っているが、子供たちが栄養不足で死んだり餓死をするということはない。親が子供を大事にするというのは世界中どこに行っても不変の社会のルールのようなものだ。現在のあまりにも異常である日本に対して鳥肌が立ち、怒りを覚えたのは当然のことなのかもしれない。日本に資源がない。日本を支えているのは世界でも最先端の技術力だ。それを担っていく子供たちを見殺しにしつづけるのであれば、日本という国が浮かび上がることは二度はない。恋愛も人生もどのように生きるのは個人の自由かもしれないが、それが自分の子供や周囲の人の犠牲の上になりたっているとすれば道理の履き違えも甚だしい。まだ自分を生んだ両親やそれに脈々とつながる祖先を顧みて恥だと感覚が今の日本人にはもうないのかもしれない。「誰も知らない」という作品は日本社会に対する警告の作品である。
弱者の切り捨てが始まっている
最近の調査によると、小泉内閣の見事な改革の成果が実り、生活保護世帯が104万世帯、貯蓄ゼロ世帯が23.8%,パート非正規雇用者が1650万人、フリータが213万人、職に就いていないものが64万人、自己破産申請者が24万人、ホームレスが2万5千人、年間自殺者が市場最多の3万人という結果になった。弱者の切り捨てが始まっている。法の改正など社会の更なる市場原理主義化の導入により一部の勝ち組と膨大な貧困層に分離したアメリカ型の社会になるのだそうだ。この貧困層には厳しい現実の生活があるだけで社会を変革するための長期的なビジョンなどもてるはずもない。「希望」や「活力」が失われた日本の社会。アメリカ文明もイラク戦争の諸問題を始め大きな矛盾を露呈している。その矛盾を解消するためにプロレタリア革命でも起きるのであろうか。そのような気力も今の日本には感じることができない。ただただ泥のように溶解するのみである
このサイトでは各コラムニストの手によって、日本復権のためのエッセンスが随所に記載されている。まずは情報媒体としてだけではなくその背後にある執筆者の志の高さを感じていただきたい。世界の多くの国が日本人に期待している。それは事実だ。まず我々はすべきことは本サイト通じて正気に戻ることである。日本人は祖国に対して世界に対してnoblesse oblige を果たさなければいけない。
