『連山』は新しい時代に即した知的コラムを募集しています。
1. サバイバル生活の意義
そこで、ラビ・バトラ著 資本主義消滅最後の5年を読んでみると、石油価格の異常な高騰と、アメリカの住宅バブルの崩壊により2010年に資本主義が消滅すると予測されている。この本は、2006年度2月に出版されたのだが、時代はその後、ラビ・バトラ氏の予測に合わせるかのように推移しているのである。資本主義の崩壊は、ドルによるアメリカの支配体制の終焉を意味するのだから、基軸通貨であるドルが紙切れになってしまうことで、対外的な決済手段を失った日本(だけではないが、その他の多くの国も同様)は、このまま何もしなければ、食料も石油も手に入れることができずに、飢え死にしてしまう運命をたどるのかもしれない。
冒頭から、随分、物騒な話しで申し訳ないのだが、そんな過酷な時代が来るかどうかなんて、はっきりとはわからないし、来るとしても10年以上先のことかもしれないのだが、リスク管理の意味も含めて、仮にそのような、水も食料もエネルギーも十分に手に入れることができないという時代が来ると予測して、今のうちから、サバイバル生活のシミュレーションをしてみるのは大切なことではないだろうか?
2. サバイバル生活のイメージ

Zion Wilderness Survival School & Wilderness Survival & Backpacking Tips by HikingwithMike
"サバイバル生活と聞くと、読者の皆さんは何を想像されるだろうか?"
船が難破して、無人島に放り出されたロビンソン漂流記(1981年に「世界名作劇場」で放映されたテレビアニメ)を思いだす人もいるだろうし、グアム島のジャングルで28年間もサバイバル生活をしていた旧日本軍元軍曹の横井庄一さんを思い出される方も多いのではないだろうか。どちらにしても、エネルギーも水も、食料も当たりのように享受している、我々日本人にとって、それらの世界は随分、我々の日常生活からはかなりかけ離れているように思われる。
しかし、1995年の阪神・淡路大震災によって、電気、ガス、水道、通信などのライフラインが長期間に渡り破壊されたことはまだ記憶に新しいし、21世紀に入ってからも、同じように地震、台風などの自然災害が頻発する可能性がある。また、戦争によって引き起こされる第三次オイルショックの可能性や、本稿冒頭で紹介したラビ・バトラ氏が予言する資本主義の崩壊により、普段当たり前とみなしていた文明生活がいつ何時脅かされるかわからないのだ。これらの事態に備えて事前に知識がなければ、冷静に対処することは不可能に近いし、特に水と食料が解決されなければ、我々を待っているのは「死」でしかあり得ない。日本列島全体で、文明が崩壊するような大災害に見舞われた場合、大都市を中心にパニックになることは火を見るより明らかである。
<究極のサバイバル生活を送ることを余儀なくされた場合の検討事項>
家族に供給する水はどのように確保するのか
家族に供給する食料はどのように確保するのか
それらを調理する火はどのように起こすのか
外部との通信手段はどのように確保するのか
・・・・など
「そのような究極の事態に備えて、何を準備し、どのような予備知識が必要で、そして、そのような場面に遭遇した時、どのように行動すれば良いのか?」
2. サバイバル生活シミュレーション
21世紀に起こるかもしれない大災害に備えて、サバイバル生活のシミュレーションをしてみようと言っても全く何をしていいかわからないという人は、まずその生活のイメージ掴むためにもニンテンドーDSゲーム「サバイバルキッズ〜Lost in Blue〜」を購入することをお勧めする。本ゲームは船が難破して、全く文明の機器が存在しない無人島に放り込まれた15歳の少年が、サバイバル生活を送るアドベンチャーゲームなのだが、ゲームと思って馬鹿にしてはいけない。たかがゲームだが、されどゲームなのだ。サバイバル生活のイメージを知るためにも、学ぶことはたくさんあるのだ。
今回、筆者が、ロタ島でのサバイバル生活を送る前に、このゲームをやってみようと思ったのは、2つ理由があって、1つはこの少年が放り込まれた無人の島が南の島だったので、そこで取れる果物や魚が、今回サバイバル生活を送るロタ島に極めて似ているのである。(実際、このゲームに出て来るパパイヤ、パンの実、バナナ、ヤシの実、タロイモなどはこのロタ島では山のように取れるのである。)2006年度8月にこのロタ島を訪問されたスイス近自然学研究所の山脇正俊先生は、ロタ島の自然の豊かさを以下のように表現されているのである。
ロタ島には、野生のバナナ、ココナッツ、パパイヤ、マンゴー、パンの木(写真)、ロタレモン(写真)、アボガド、スターフルーツなどなど、あり余る熱帯の果樹が生えている。しかも、誰も見向きもしないほどだ。いや、フルーツバット(写真)(注3)が一部を食べているし、熟して地に落ちたものは小動物が食べる。ココヤシの実(ココナッツ)はヤシガニ(写真)(注4)の大好物だ。
ロタ島というのは、サバイバル生活を送るうえで、水も、食べ物も豊富にあるので非常に恵まれた場所だということができる。日本で大災害を起こった場合、ロタ島とは状況はかなり異なってくるのであるが、究極の状態の中で、生き抜く上での何らかのエッセンスはお伝えすることができるのではないかと考えている。
そして、このゲームをやってみようと思った最大の理由は、たかがゲームと言えど非常にシリアスなのである。人間が生きて行こうとおもったら、当たり前なのだが、水と食料が必要で、それに休息も適宜に取らないと疲労が蓄積して倒れてしまう。主人公の少年には、空腹度を表す「満腹ゲージ」、のどの渇きを表す「水分ゲージ」、疲労度を表す「スタミナゲージ」という3つのパラメータがあって、何か活動をするたびに、どんどんそれらのパラメータが減っていって、最終的に生命を表すHPが0になった時に、死んでしまうのだが、ゲームを始めた最初の頃は何をしていいのかわからずに、右往左往して結局体力だけが消耗して、力果てて死んでしまうということになってしまう。
なので、このゲームでサバイバルするために
腹が減る→魚を捕ったり、果物を取りに行く。
喉が渇く→清流で水を飲んだり、果物で喉を潤す。
疲労が蓄積する→疲れを取るために寝床に戻る
という絶え間なき反復行動を繰り返すことになる。実際、ゲームに慣れるまでの間は、この基本動作だけでで一日が終わってしまう。腹が減って、魚を捕りに行っても、最初の方は簡単に取る事はできないし、水を飲みに行っても天気が悪いと川の水は飲めないといった感じなので、いったん文明生活を離れて、生きるためにサバイバルしなければいけないということが、どれほど難しいのかということを実感することができるのだが、ゲームの途中で、主人公の少年と同じ船で難破した女の子を見つけると、状況はさらに困難になるのである。
<自分以外の第三者がいる場合のサバイバル生活検討事項>
自分は腹が減っていないが、女の子がお腹が空いている
自分は喉が渇いてないが、女の子が喉渇いている
自分は疲れてないけど、女の子がかなり疲れている
女の子が登場すると、自分のことでだけではなくて、女の子の衣食住も考えないといけないので、主人公の行動がさらに制限されることになる。この部分は家庭持ちの人がサバイバル生活をシミュレーションする上で役に立つのではないかと思う。しかし、女の子が増えることは決してマイナスばかりではない。主人公の少年が山や川で獲得した鶏や野菜や魚を料理してくれるし、一人でいた時よりも、多くの食料と水を確保しないといけないとう必要性から、体力を使わずに効率的に水と食料を得るために、石を加工して、木の棒と組み合わせて、「手モリ」を作ったり、「釣り竿」を作ったりして、魚を捕りやすくしたり、猪や鹿を捕まえるためにワナをしかけたりといったように、頭を使うようになるのである。
3. サバイバル生活のはじまり、はじまり
話しを元に戻すと、今回、筆者は小笠原諸島の南隣り太平洋西部のミクロネシアにあるアメリカの自治領、北マリアナ連邦ロタ島でサバイバル生活を敢行する。水も食料も基本的に自給自足である。住まいはこの期間の間だけ、現地人から借り受けることにしたが、状況はほとんど南の島のフローネの世界なので、ただ読んでいるだけでも、結構楽しめるのではないかと思う。
南の島の生活の一例を挙げると、喉がかわいたら、ココヤシを割って中のジュースを飲んで水分を満たすという「サバイバルキッズ〜Lost in Blue〜」で見られたワンシーンをここロタ島でも実際に体験することができる。



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参考コラム:バイオディーゼル燃料を学ぶ 第三回

コメント
>見事やしの実をゲット!
いい笑顔してますね!
( ´▽`)σ)´Д`)
日本でサバイバルを余儀なくされるというと、アメリカの地震兵器等か戦争か東海大地震の発生などなのでしょうか?
サバイバルは生き残れればの話ですね。。
Posted by Meaning at 2008年2月18日 13:34
応援しています。
小野田少尉(「たった一人の30年戦争」)を思い出しました。
Posted by 匿名 at 2008年2月18日 14:16
ゲッソリしているのかと思ったら、健康そうですね。
安心しました。
それだけフルーツや魚等が採れるなら、サプリメントより日本食の材料かな、と思いました。
健康と成功を祈ります。
Posted by 川原祐造 at 2008年2月18日 18:31
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